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デラシネ掲示板

「月刊デラシネ通信」と「石巻若宮丸漂流民の会」の掲示板です。
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アイランダー2006 / しらせやしま
こんばんは。
お久し振りです。漂流民関係の催しではありませんが、東京・池袋のサンシャインシティで今月25,26の両日「アイランダー2006」という離島を紹介する大きな催しが行われるそうです。宮城県からは寒風沢島や網地島などが参加します。これらの島々の方が東京での催しに参加することは滅多に無いことだと思います。
詳しくは
http://www.i-lander.com/profiles/miyagi.html
をご参照ください。
No.20 - 2006/11/23(Thu) 22:50:43

Re: アイランダー2006 / クマ [ Home ]
こんにちわ。こちらこそご無沙汰でした。
面白い催し物があったのですね。残念ながら地方出張中のため伺えませんでした。
宮城も島の多いところ。田代島、寒風沢ぐらいしか行っていませんが、宮城の島巡りも悪くありませんね。
No.21 - 2006/12/01(Fri) 12:41:17
(No Subject) / 雪狼 [ Home ]
本日の河北新報のコラム「河北春秋」に、
津太夫やこの前の寒風沢のことについて書かれていました。
以下のページを参照してください。

http://www.kahoku.co.jp/column/syunju/20061120_01.htm
No.18 - 2006/11/20(Mon) 10:42:36

Re: (No Subject) / クマ [ Home ]
情報ありがとうございます。この欄でわが漂流民のことがとりあげられるのは初めてではないですね。前にはたしか、ウクライナに60年以上住んでいた日本人が里帰りしたときにも漂流民のことを書いていたように思います。論説委員のなかに、こうして漂流民のことに関心をもってくれる人がいるということは、心強いかぎりです。
No.19 - 2006/11/20(Mon) 14:47:14
帰ってきた光太夫展 / クマ [ Home ]
去年オープンした鈴鹿市の大黒屋光太夫記念館で、開館一周年記念の特別展「帰ってきた光太夫−ラクスマンの来航と日露会談」が開催されています。
内容については上のHOMEをクリックして見てください。

会期 2006年10月7日(土)〜12月10日(日)
   10時から16時 月・金(祝日の場合は翌日)、第3火曜日休館
会場 大黒屋光太夫記念館(三重県鈴鹿市若松中一丁目1−8)電話 059−385−3797

石巻若宮丸漂流民の会会員秋月さんからの情報でした。

ちょっと遠いけど、一度見たいと思ったので、これを機会にがんばって見てこようかと思っています。
No.17 - 2006/11/05(Sun) 00:10:00
ボリショイサーカス / E.HONMA [ Home ] [ Mail ]
大島さんの著書、ボリショイサーカス(ユーラシアブックレット)読ませていただきました。クマさんのニックネームの由来はここから来ているのでしょうか。サーカスの奥深さも知り、面白く読ませていただきました。ソ連解体でボリショイサーカスの行方もどうなることでしょうか。21世紀のサーカスはどのような方向に進むのか不安もありますね! 興味のある方、ぜひ一読ください。
No.15 - 2006/11/02(Thu) 21:35:43

Re: ボリショイサーカス / クマ
本間さん、こんばんわ。拙著ブックレット読んでいただいたのですね。ありがとうございます。そうですね。やはりクマには愛着があります。最初にボリショイサーカスのメンバーと一緒に旅をして、横浜港でお別れでした。その前夜動物たちは荷揚げされたのですが、クマ5頭載せた檻が船に上げられていくのを見て、オイオイ泣いたことをよく覚えています。
では12日にお目にかかれるのを楽しみにしています。たぶんその頃までにお祖父さんのアメリカ出稼ぎ日記を読み上げていると思います。
No.16 - 2006/11/04(Sat) 00:00:12
レザーノフの願い / きぬと
ひさびさに投稿させていただきます。

最近知ったことです。素朴な疑問、レザーノフの願った日露通商は、いつ実現したのでしょうか? 教科書的には、1858年の日米修好通商条約によって日本は外国との通商を取り決め、本格的に開国したことになっています。同じ年、ロシアも日露修好通商条約を調印しています。しかし、実はこの前年1857年にロシア使節プチャーチン(3度目の来日)と長崎奉行の交渉により、日露追加条約という条約が結ばれているのを知りました。この条約、すでに日本とロシアとの通商について取り決めているのです。ということは、いわゆる「鎖国」以後、オランダ以外の国で日本との通商を勝ち取った国は、アメリカではなくロシアということになります。しかも、長崎の史料を読んでいたら、実際に対露通商の準備として、長崎にロシア会所なるものが設置されたようです。
しかし、悲しいかな、この記念すべき条約、翌年には破棄されてしまいます。その上、日露間ではあまり通商は盛んにならなかったようですね。ともかくも、レザーノフが願った対日通商は、制度上は、プチャーチンの手によって1857年に実現したことになるでしょう。当時のロシアに対する感情が決して悪くなかったことも、このことから読み取れる気がします。

雪狼さん>拙稿ご活用いただければ幸いです。『休明光記』は存じており、私も「ヲロッコ人」というサハリンの先住民について調べた際に利用したことがあります。しかし、レザーノフ関連の事も言及されていたのですね。貴重な情報ありがとうございます。

クマさん>嘉兵衛の資料館、私も知りませんでした。サイトを見ると、レザーノフ来航関連のものも展示しているようですね(史料の実物かどうかは分かりませんが)。いらっしゃる機会がありましたら、ここや会報にてぜひご報告ください。
No.14 - 2006/10/21(Sat) 16:03:08
高田屋嘉兵衛のサイト / クマ [ Home ]
いろいろ調べているうちに面白いサイトを見つけました。高田屋嘉兵衛の資料館が、故郷の淡路島にできたのですね。函館の北方資料館は、嘉兵衛の子孫の方が設立したもので、ここにもたくさん資料がありますが、嘉兵衛の故郷の五色町にも資料館がありました。これはいつか行かないといけませんね。
この投稿したURLをクリックしてください。
No.13 - 2006/10/21(Sat) 01:34:17
津太夫の案内板 / 雪狼 [ Home ]
明後日津太夫の案内板の設置に関する会議があるそうで、そこにお誘いを受けました。これまでも宮戸のほうが盛り上がっているのに寒風沢はイマイチで残念に思っていたので、大変嬉しい限りです。
東北大のアジア研究センターで行なわれたセミナーで、津太夫の墓を探された方と知り合い連絡先をもらっていましたが、その方にも11月の除幕式に参加いただくよう誘いをかけていくつもりです。

ところで左平の子孫はいないのでしょうか・・・帰国した四人の中で一番陰が薄いのに違いありませんが、二百年を経てさらに影が薄くなっていくとは。
ロシアで「どぶろく」(=サマゴン?)をつくったり、エヴェンキの生活を詳細に報告した人としても、決してその他大勢に片付けられるべき人ではないのですが。

ということは、今度は左平について何か書けと?
No.9 - 2006/10/15(Sun) 22:09:38

Re: 津太夫の案内板 / 雪狼 [ Home ]
そんなわけで昨日、塩釜にて津太夫の子孫加藤さん・NPOの綿さんとお会いしてきました。会合のほうは残念ながら中止になっていたので、3人で今後の寒風沢におけるPR作戦などを話し合ってまいりました。
お二人とも我がHPを御覧になってくださっていて、とても嬉しく思います。
No.12 - 2006/10/18(Wed) 09:00:02
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