40825
ロジバン広場

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WINGBEAT COFFEE ROASTERS
jvozba / nalteo
ロジバンの合成語を自動で作成・分解してくれるページがあります ―

http://jwodder.freeshell.org/lojban/jvozba.cgi
No.418 - 2010/02/26(Fri) 11:23:39
変身1 / monakas
http://www.lojban.org/tiki/tiki-index.php?page=lo%20nu%20binxo
の、ロジバン訳版「変身」を最近少しずつ読んでいます。まだ一行だけですが。
そこでわからないことを質問したいのですが

作者名が .franz.kafkas. だったり、主人公の名前が .gregor.samsas. だったりするのは問題ないのでしょうか?
日本語ではそれぞれ フランツ・カフカ と グレゴール・ザムザ (グレーゴル・ザムザだったりもしますが) でドイツ語でも Franz Kafka と Gregor Samsa です。

あと一つ質問があったのですが質問内容をまとめている内に自己解決しました。
No.411 - 2010/02/10(Wed) 15:59:26

Re: / nalteo
>作者名が .franz.kafkas. だったり、主人公の名前が .gregor.samsas. だったりするのは問題ないのでしょうか?

私も以前に同じことを訳者自身に尋ねました。 名前のロジバン化は必ずしも音声優先である必要はない、とのことでした。 ウィキペディアの各言語版のカフカ記事の題名を見てみると、ローマ字圏ではほとんど Franz Kafka です。 ts の音の無いフランス語でも Franz、有るエスペラントでも Franz です。 音よりも字からの認識性が優先されています。 (日本語でも「キム・ジョンイル」が非音声優先の「金正日」と書かれることがありますよね。) スペル優先のロジバン化の利点がもっと明確な例として、「ロンドン」の landyn と london があります。 la landyn よりも la london のほうが、読む際に即座に識別できる人が多いはずです。

でも、 frants.kafkas や gregor.zamzas のほうを支持するのは間違いではありません。 このあたりの仕様傾向を生む・変えるのは話者達自身です。
No.412 - 2010/02/10(Wed) 21:27:32

Re: 変身1 / monakas
ありがとうございます。

個人的には歓迎できかねますね。少なくとも日本人にはロジバンが使いづらい方向へズレていっています。
「金正日」はそういう表記ですが、「franz.kafkas」はそういう音では有りません。違う言語なのですからある程度は仕方無いことは承知出来ますが(日本語化は元の音がほぼ残りませんし・・・・)、近づける努力はした方がいいと思います。(日本人は日本語化された外国人の名前からだいたい音、綴りを想像できます)
このロジバン訳された「変身」がそのまま機械的に文字をキリル文字やアラビア文字、デーヴァナーガリー文字に置き換えられ、あわよくばロジバンの初心者向け教材なんかに使われたらと思うと恐ろしいです。少なくとも日本人が「変身」の前情報なしにこれを読んだなら音声が優先される言語であるロジバンを信じて「フランズ・カフカ」が著した「グレゴル・サムサ」が主人公の小説だと思うことでしょう。
「知っていれば問題ない、ギャップを楽しめ」なんて西洋人や承知している日本人に言われたらロジバンの前評判を聞きつけて始めた日本人学習者はロジバンに幻滅して離れてしまうこと請け合いですよ。

愚痴を言って申し訳ありません、本当は質問する前から視覚的効果を狙ったものだろうということくらいは検討がついていたんですよ。ただ、やはり良くないですよ、偶然にも今表記がアルファベットだったというだけの理由でロジバンで外れたことをするのは。結局、そういう表記が乱用されて西洋まみれになって「ロジバンも結局エスペラントと同じか」ってなっちゃいますよ。表記をなんとかしたいならそういう方法がロジバンには用意されてるのに・・・・。でも、僕みたいな日本人が参加してる環境じゃないと意識が変わってきませんよね、チャットみたいな状態じゃそりゃ伝わって手っ取り早い方を取りますよ。ってか、「ロンドン」って landyn って発音するのか、誰だよ「ロンドン」って訳したやつ。以上、単なる愚痴でした。

ロジバンで簡単にルビを振る機能があれば問題無いんでしょうけどね、ありましたっけ。例えば

la .frants.kafkas. (= Franz Kafka )

みたいな感じに。見にくいだけかなぁ、日本語なら「小鳥遊 最中 (たかなし もなか)」とかって書いてあったら見やすいし読みやすいんですけどね。そういえば、ニコ動の海外の反応シリーズで外国人が Flandre Scarlet をどう読むか論議している場面があったのですがどうやって発音のやり取りをしていたんだろう?そもそも「ルビ」という考え方が外国にあるのでしょうか?あったとしても「無い方がカッコいい」とかありそう、あるのが当たり前、むしろあった方がカッコいい時があるなんていうの日本人感覚とはずれている可能性はありますね。

ああ、なんかまとまらないです、すみません。
自分は「視覚的効果を優先している時もある」程度に解釈していきますから問題無いです。ロジバン文を積極的に書くようにならないと話にならないですしね。
No.413 - 2010/02/10(Wed) 23:39:02

Re: 変身1 / nalteo
>このロジバン訳された「変身」がそのまま機械的に文字をキリル文字やアラビア文字、デーヴァナーガリー文字に置き換えられ、あわよくばロジバンの初心者向け教材なんかに使われたらと思うと恐ろしいです。少なくとも日本人が「変身」の前情報なしにこれを読んだなら音声が優先される言語であるロジバンを信じて「フランズ・カフカ」が著した「グレゴル・サムサ」が主人公の小説だと思うことでしょう。

予備知識を持っていなければ判らない・誤解しかねないのは元音声をできるだけ優先した kafkas や gregor でも同じです。 元が Kafka か Kafkas なのか、 Gregor か Grego か Gregory なのか、判りません。 元音声を伝えることが重要なら、それは cmevla 自体においてよりも発音記号で la samsas no'u zoi [zamza] zoi のように一度注記して解決できることではないでしょうか?

ちなみにこの物語の主人公の名はペルシア語では zamza でなく samsa の音でアラビア文字化されています ―
http://fa.wikipedia.org/wiki/%DA%AF%D8%B1%DA%AF%D9%88%D8%B1_%D8%B3%D8%A7%D9%85%D8%B3%D8%A7

また、著者について調べたいとき、正しい音声よりも正しい綴りを知っていたほうが有利です。 Google では
frants kafka ― 146,000件
franz kafka ― 2,130,000件
という大きな違いがあります。

>ロジバンで簡単にルビを振る機能があれば問題無いんでしょうけどね、ありましたっけ。例えば
>
>la .frants.kafkas. (= Franz Kafka )
>
>みたいな感じに


ルビ部分は先述の no'u を使っても繋げられますが、括弧を to ... toi に見立てればそのようにもできますね。 ドイツ語であることを示すなら、言語コード( http://www.loc.gov/standards/iso639-2/php/code_list.php )の DEU で囲んで次のようにできます ―

la .frants.kafkas. ( DEU Franz Kafka DEU )

この「括弧+言語コード」をテンプレートとして認識する何らかのプログラムをブラウザに組み込めばロジバン文章用にルビが自動的に表示されるようになるかもしれませんね。

>そもそも「ルビ」という考え方が外国にあるのでしょうか?

英語圏における聖書の元言語(ギリシャ語とヘブライ語)版には、単語ごとにルビが振ってあります ―
http://herballure.com/Images/Bible/Interlinear/Revelation/16-8,hl8-5332,r75,h300.jpg
でも見た目は文そのものと変わりませんね。
No.414 - 2010/02/11(Thu) 01:58:16

Re: 変身1 / monakas
> また、著者について調べたいとき、正しい音声よりも正しい綴りを知っていたほうが有利です。

私は日本人なので日本語以外のサイトがでても文献を読めません。ロジバンで書かれた文章で仕入れた情報をロジバンで検索したいとき元の綴りと合ってても無意味です。特定の言語で検索したい場合でも結局一旦その言語でどのように表記しているのか調べなければ検索しようもありません。

>予備知識を持っていなければ判らない・誤解しかねないのは元音声をできるだけ優先した kafkas や gregor でも同じです。

ある程度は仕方ないと思いますが、なんとか表現しようという心意気が大事だと思います。それにロジバン内の話ですし。自分の「もなか」なんて本来「も↑な↑か↓」ですがロジバンでは moNAkas と変な感じになりますがロジバン化されたらそう成るんですからいいんですよ。

>元音声を伝えることが重要なら、それは cmevla 自体においてよりも発音記号で la samsas no'u zoi [zamza] zoi のように一度注記して解決できることではないでしょうか?

大事なのは元の表記とロジバンにおける音だと思うので発音記号は流石にやりすぎだと思います。使い道がほとんど無いですし。でもルビ的に使えそうですね、文章中に出てきた漢字を無理やり読ませてかっこいい感じに演出するのに使えそうです。あ、でも漢字を使うとなると漢字ごとの意味も表記出来ないとかっこよさが伝わりにくいか?その辺は、まあ頑張ります。

>ちなみにこの物語の主人公の名はペルシア語では zamza でなく samsa の音でアラビア文字化されています

一度そうやって流通してしまうと怖いですね。ロンドン・・・・

>ルビ部分は先述の no'u を使っても繋げられますが、括弧を to ... toi に見立てればそのようにもできますね。 ドイツ語であることを示すなら、言語コード( http://www.loc.gov/standards/iso639-2/php/code_list.php )の DEU で囲んで次のようにできます ―
>
>la .frants.kafkas. ( DEU Franz Kafka DEU )
>
>この「括弧+言語コード」をテンプレートとして認識する何らかのプログラムをブラウザに組み込めばロジバン文章用にルビが自動的に表示されるようになるかもしれませんね。


面白いですね。どの言語の名前かとかもわかっていいですね。母語で名前が表記されるのって嬉しいですよね。分かる人以外は読みとばすでしょうがいいんです。

前情報がどうのってのはあまり意味がなかったですね、すみません。

>英語圏における聖書の元言語(ギリシャ語とヘブライ語)版には、単語ごとにルビが振ってあります

古いですね、参考資料がこれくらいしか無いんだとするとルビ文化は無いんでしょうね。確かにグーグルクロームはルビ機能がついていないようです。

私はロジバンは音声優先の言語だと思っているので当然、ロジバン化が優先されると思っています。そこがずれているのかも知れません。結局、ASCIIを使っている現在の状態ではそれは狭い考えなのかも知れません。でも私にとってはドイツ語を読むときはドイツ文字に見えるし、英語を読むときには英文字に見えるんですよ。つまり、ロジバンはロジバン文字使ってるのに勝手に音ねじ曲げいんじゃねぇぞ、と。ズレてんのかなぁ。
No.415 - 2010/02/11(Thu) 12:19:44

Re: 変身1 / nalteo
>> また、著者について調べたいとき、正しい音声よりも正しい綴りを知っていたほうが有利です。

>私は日本人なので日本語以外のサイトがでても文献を読めません。ロジバンで書かれた文章で仕入れた情報をロジバンで検索したいとき元の綴りと合ってても無意味です。

検索でカフカのウィキペディア記事が揚がれば、それがどの言語版であれ、ウェブ内リンクを通じて日本語版の記事を開けます。 「frants kafka」という綴りで題された記事は1つもありませんが、「franz kafka」なら十分にあります。 だから後者の綴りのほうが少しでも有益です。 Google 翻訳でも同じです。 翻訳先が日本語に設定されていれば、翻訳元の言語はアラビア語でもタイ語でもローマ字の「franz kafka」を「フランツカフカ」に訳してくれます。 「franz」が「frants」だと、カタカナにならずに「frants」のまま訳されます。

「ロジバンで検索したいとき」とは何のことでしょうか。 何らかのロジバンの大きなデータベースがあったとして、検索文字列が元の綴りと合っていることが無意味かどうかを決めるのは、データベース側で franz.kafkas と Franz Kafka が関連付けられているかどうかです。 関連付けるのは難しいことではありません。 メタ情報として
zoi Franz Kafka zoi goi lu franz.kafkas li'u goi lu frants.kafkas li'u goi ...
というふうに各綴りを関連付けておけば、そのどれを検索しても Franz Kafka に辿り着くようになります。

>自分の「もなか」なんて本来「も↑な↑か↓」ですがロジバンでは moNAkas と変な感じになりますがロジバン化されたらそう成るんですからいいんですよ。

「も」と「な」の両にアクセントがあるなら、「MONAkas/mónákas」とできます。 cmevla の音声文法は brivla と ma'ovla のよりずっと自由です。 「mnk」すら立派な cmevla です。

>大事なのは元の表記とロジバンにおける音だと思うので発音記号は流石にやりすぎだと思います。使い道がほとんど無いですし。

SFやファンタジー系の物語では、名称の元の表記に用いられる文字として私達の一般のコンピュータに組み込まれていないものが想定されることはよくあります。 文字そのものを持たない音声言語における名称であることもあります (文字を使わないモンスター達の間でのみ存在する名称など)。 そのとき、元表記として「la'o zoi Franz Kafka zoi」や「la'o zoi もなか zoi」のように示すことはできません。 そこで発音記号が役立ちます。 いったん発音記号で名称の本来の音声を伝えたなら、そのすぐ後に「goi」で任意の cmevla を設定してこれを使ってゆくことができます。

>>ちなみにこの物語の主人公の名はペルシア語では zamza でなく samsa の音でアラビア文字化されています

>一度そうやって流通してしまうと怖いですね。

ペルシア語のこの [samsa] はドイツ語の /samsa/ の純粋な字訳です。 音訳より字訳のほうが無難である場合があります。 例えばドイツ語の /r/ は方言によってフランス語系の [ʁ] やロシア語系の [r] に分かれますが、それらに近い [ɣ] と [ɾ] が個別にペルシア語に在ります。 このとき、ドイツ語の /r/ を含む名称をペルシア語に音訳しようとすれば、 [ɣ] の字(غ)と [ɾ] の字(ر)による2通りの綴りが出来てしまいます。 一方、字訳なら、ドイツ語の /r/ はペルシア語の /r/ すなわち <ر> に変えるだけで済みます。

怖いというほどの事ではないと思います。 しいて怖いと言えば、例えば「The United States of America」を「米」や「美」などの表意文字で表すといったことではないでしょうか。 純粋な字訳や音訳と違って、余分な意味合が加わります。 そしてそれは、「米(こめ)の代表的生産地ではない」とか「美しくない面もある、美しい国は他にもある」といった矛盾を生みます。 非合理的な先入観につながりかねません。 一方、 Samsa をペルシア語やロジバンに [samsa] の音で訳すことの基準は合理的です。 ドイツ語の音韻論を反映するものではありませんが、ドイツ語の綴りを正しく反映します。 本来の発音が分からなくても、「ドイツ語では Samsa と書くんだろうな」ということが分かります。 有益な情報です。

>でも私にとってはドイツ語を読むときはドイツ文字に見えるし、英語を読むときには英文字に見えるんですよ。つまり、ロジバンはロジバン文字使ってるのに勝手に音ねじ曲げいんじゃねぇぞ、と。

ドイツ文字をロジバン文字にすると samsa になる、ということで良いのでは? 「音を捻じ曲げるな」ということはドイツ語内でも高地方言者と低地方言者の間で言い争えます。 しかし実際にはそのような言い争いは一般化していないと思います。

音声が基本であるというロジバンの原理はロジバン自体での音と字の関係についてのものであって、他言語をどう処理するべきかについて定めたものではありません。 大文字やセミコロンなどの情報が音声に表れない英語やエスペラントは文字を基本としているが、音声に表れない文字情報の無いロジバンは音声を基本としている(つまり音声が文字を決定する)、そういうことです。 この原理は、 Samsa のロジバン化が samsas でも zamzas でも、破綻しません。
No.416 - 2010/02/11(Thu) 22:51:05

Re: 変身1 / monakas
>「も」と「な」の両にアクセントがあるなら、「MONAkas/mónákas」とできます。 cmevla の音声文法は brivla と ma'ovla のよりずっと自由です。 「mnk」すら立派な cmevla です。

いえ、これは日本語では高低アクセントなのにロジバン化すると強弱アクセントになるから変な感じだと言ってるだけです。

>SFやファンタジー系の物語では、名称の元の表記に用いられる文字として私達の一般のコンピュータに組み込まれていないものが想定されることはよくあります。 文字そのものを持たない音声言語における名称であることもあります (文字を使わないモンスター達の間でのみ存在する名称など)。 そのとき、元表記として「la'o zoi Franz Kafka zoi」や「la'o zoi もなか zoi」のように示すことはできません。 そこで発音記号が役立ちます。 いったん発音記号で名称の本来の音声を伝えたなら、そのすぐ後に「goi」で任意の cmevla を設定してこれを使ってゆくことができます。

日本では発音記号は一般的ではありません。そもそもモンスター独自の言語を作るなら人間と言葉が伝わらない描写のみでいいですし、人間側はモンスター側の発音を自分たちの使っている音でなんとかしますよね。仮面ライダークウガでは敵の怪物が独自の言語を使いますが日本語の音で音が構成されています。漫画では魔法の詠唱でラテン語などを読む場合でもアルファベットではなくカタカナの場合が多いです。日本だとそんな感じなので読まれない発音記号を使うことに意味を見いだせないわけです。ヨーロッパだと独自音でオリジナル言語を作るのが一般的なんですかね。


なんか、読んでたら馬鹿らしくなってきたのでもういいです、アルファベットでそのまま表記してた方がgoogleでは便利ですね、そうですね。訳から表記を追えるのは確かに便利ですもんね。音重視なら例えば「レモネード」は「ラムネ」と発音した方が近いらしいですし、音より表記に重点を置いた訳で溢れてますし、それが便利で使い勝手がいいんですよ。でも、気に入らないんですよ。
No.417 - 2010/02/12(Fri) 01:08:51
gismu のアルゴリズム / nalteo
大川純平という方のブログに「人工言語ロジバンの魅力」という記事があります −
http://okawghumpe.exblog.jp/9867969/
返信を投稿しようとしたところ、サイト側の処理でスパムコメントと判定されてしまいました。 直に大川さんにメールを送りましたが、 gismu のアルゴリズムについて紹介できる良い機会なのでこちらにも一部投稿しておきます。

----------------
各語彙の音声配列は、実は良く考え抜かれたアルゴリズムを基に選択されたものであります。 このアルゴリズムは各原語の共通音の組み合わせの“スコア”を計算します。 例えば「くる/いく」の意味の5字語根として原語 lai (中国語), kam (イギリス語), ana (ヒンディー語), ven (スペイン語), prixod (ロシア語), ja (アラビア語)の組み合わせが膨大にありますが、その中で最大スコアを有する klama が選択されました。 スコアの計算方法の英語解説はこちら
http://www.lojban.org/no/publications/reference_grammar/chapter4.html#s14
にあります。 一部を紹介しますと、 klama では、原語の母音順序として a-i, a-, a-a, e-, i-o, a- とありますが、この中で第一母音として最も共通しているのは a なので e と i は除外され、そこから klama の第一母音が決定されたのです。 また、まるで原語をそのまま繋げたような tcati (茶, tea) などもありますが、偶然であり、その音声配列もちゃんとアルゴリズムを通じてコンピュータで創出されたものです。

原語についてはこちらを参照できます −
http://www.lojban.org/tiki/tiki-index.php?page=gismu+Etymology&bl=y
https://www.dealloc.org/~mublin/
No.410 - 2010/02/08(Mon) 21:20:35
暗記 / kua.hu
最近ロジバンの学習を始めました、初学者です。
心態詞や語根を暗記しようと思っているのですが、
何をどうやって覚えれば良いでしょうか?
 no.400の質問を参考にしました
No.408 - 2010/01/30(Sat) 15:30:37

Re: / nalteo
jMemorize という単語暗記ソフトがあります ―
http://sourceforge.net/projects/jmemorize/
別製のカード集をファイルとして開くことで使います。 ロジバン/日本語のカード集として、以前に「もっちー」さんがまとめてくださったものがあります ―
http://ux.getuploader.com/mochirial/
「未完成」とあるように、全ての語根&心態詞が正確に載っているわけではありません。

Quizlet というサイトではブラウザからそのまま単語暗記作業ができます ―
http://quizlet.com/group/25374/
ここに投稿されているカード集も未完成です。

心態詞の一覧表があります ―
http://ja.wikibooks.org/wiki/%E3%83%AD%E3%82%B8%E3%83%90%E3%83%B3/cnima%27o

文法解説も少しあります ―
http://ja.wikibooks.org/wiki/%E3%83%AD%E3%82%B8%E3%83%90%E3%83%B3/%E7%B5%B1%E8%AA%9E%E8%AB%96/cnipau

Twitter などのアカウントをお持ちなら、心態詞を混ぜた日本語文を色々つぶやいてみることで随時実践できます。 例えば

― もうすぐ雨が降りそうだ

この表現で特に心態と関わっているのは「〜そうだ」で、これは za'a などで表せます。 そこで「降り」の活用を戻して

― もうすぐ雨が降る za'a

などとできます。

幾つかの心態詞の形は語根が元になっています。 例えば za'a は zgana、 pe'i は pensi、 su'a は sucta に由来します。 一方の習得がヒントとなってもう一方の習得を容易にします。

一覧表にあるように、心態詞はどれも nai などで意味を反転させられます。 「新しい話題」を導入する ni'o と「古い話題」を導入する no'i がありますが、 nai を使えば ni'o と ni'onai で両方を表せます。 同様に、「こんにちは」と「さようなら」は coi と co'o の代わりに coi と coinai として表せます。 このようにして暗記量を少し抑えることができます。

語根についても同じことが言えます。 to'e > na'e > no'e などで意味のグラデーションを表せますから、例えば「熱い」と「冷たい」は glare と lenku の代わりに glare と to'e glare とし、 lenku の暗記を後回しにできます。

ロジバンの語根の源の1つは中国語ですから、日本語話者でも、一部、漢字音と結びつけて憶えることができるかもしれません。 中国語単語との対応表はこちらにあります ―
https://www.dealloc.org/~mublin/lojban-source-words_zh/

1つの語根で複数の語根をまとめて表せる場合があります。 例えば jalge は rinka, mukti, nibli, krinu などの意味を総合します。 rinka 等は後回しにしてまず jalge を先に憶えることで暗記量を抑えられます。

ロジバンの語根は、関連し合う事物・概念を束ねるパッケージとして存在します。 例えば klama は「来る者」「来る所」「来る起点」「来る道」「来る方法」といった事物を束ねます。 mi ti ta klama における mi, ti, ta などのことです。 辞書で各語根はどの事物を束ねるかについて定義されています。 その綿密さに初学者は当惑することがありますが、定義の全内容を一度に憶える必要はありません。 語根の根本的な意味を憶えることから始められます。 klama の根本的な意味は「来」です。 klama と「来」を連想できるようになったなら、次に現象としての「来」の意味をじっくり考えてみます。 「来」という現象は「来る者」無しには成立しません。 同様に「来る所」や「来る道」なども不可欠です。 こうして語根の理解を少しずつ深められます。 このように、ロジバン語根の学習は、文字列の機械的な暗記だけでなく、物事の性質・構造にたいする洞察を要します。 このことは、学習者の洞察力を鍛えるだけでなく、少しの語から多くの語を獲得できるという言語学的メリットも生みます。 日本語では「目的地」「出発点」「道筋」「移動手段」などは別々の語根から成っていますが、ロジバンではどれも1つの語根から lo se klama, lo te klama, lo ve klama, lo xe klama のように取り出して表せ、関連するこれらの事物のために新たな語根を個別に憶える必要がありません。 語根の暗記ではそういうことも念頭に置くといいでしょう。
No.409 - 2010/01/30(Sat) 21:52:14
体言止めの訳しかた / guska'uk
今月ロジバンの学習を始めました、初心者です。
詩などに使われる体言止めの訳しかたについて、教えてください。

体言止めは、ただの体言ではなく、命題でありながら、用言を体言に換えて、余韻を残したものだと思います。
だから、体言止めの詩を訳すときは、cu を省いて、体言のように見える命題として扱ってみようと思いました。

この考えに基づき、種田山頭火の
大空晴れわたり死骸の沈黙
という俳句を以下のように訳しました。
lo ganra tsani klina gi'e le morsi xadni smaji
(前半は体言止めではないので正確には
lo ganra tsani cu klina gi'e le morsi xadni smaji
だと思いますが、全体のリズムを良くするために、前半のcuも省きました。)

しかし、twitter でこの訳をつぶやいたところ、複数の人からクレームが来て、cu を忘れるなとか、体言を gi'e で繋ぐなとか言われてしまいました。

cu が無いと、「曖昧な命題」ではなく必ず「体言」と認識されてしまうのでしょうか?
そうだとしたら、体言止めの文と、ただの文やただの体言とを訳し分けるには、どのようにすれば良いでしょうか?
No.403 - 2010/01/22(Fri) 04:21:32

Re: 体言止めの訳しかた / nalteo
coi

selbri を用言、 sumti を体言と呼んで考えてみます。

lo ganra tsani klina gi'e le morsi xadni smaji
には用言がありません。 2つの体言が連なっている形です。 連結部に gi'e が置かれていますが、 gi'e は命題のための用言を繋げるものなので、ここでは非文法的です。 体言を正しく繋げる方法はこのようにあります ―

A e B
ge A gi B

文の接続詞を使っても大丈夫です ―

A ije B

ただしこれでは命題としての味があまり出ません。

「体言止め」という捉え方をそのままロジバンに持ち込めば、「死骸の沈黙」はやはり体言(sumti)にしよう、という案に至ります。 別の捉え方では、「死骸の沈黙」は用言の抽象化として表せる、という案が湧いてきます。 ロジバンには抽象詞 NU がありますね。 これで次のようなことができます ―

nu morsi xadni smaji

morsi xadni smaji は命題を作る用言で、それを抽象化する nu も構文上は用言です。 でも、 morsi xadni smaji を1つの「モノ」として包み込んでいるところは体言とよく似ています。 「体言のように見える命題」の出来上がりです。

命題を作る大きな用言のまとまりであるこの nu 節はもちろん gi'e で繋げられます。 ただし繋ぎの相方も用言でなければいけません。 lo ganra tsani klina は先述のとおり用言でなく体言です。 cu で分けた lo ganra tsani cu klina は体言と用言から成る命題です。 これを gi'e で次のように繋げると ―

lo ganra tsani cu klina gi'e nu morsi xadni smaji

nu 節の x1 が lo ganra tsani となります。 詩的にはおもしろい表現ですが、原文の忠実な訳ではないおそれがあります。 lo ganra tsani cu klina と nu morsi xadni smaji を別個のまとまりとして繋げるには、両者それぞれを文とみなして、「... ije ...」か「ge ... gi ...」で組むのが妥当だと思われます。

私の感覚では ganra tsani klina も nu で抽象化してみたいところです。

以上の方法で、お求めの訳し分けが出来そうです ―

lo ganra tsani cu klina .ije le morsi xadni cu smaji (通常文)

nu ganra tsani klina .ije nu morsi xadni smaji (体言止めらしき文)
No.404 - 2010/01/22(Fri) 05:11:30

Re: 体言止めの訳しかた / guska'uk
coi ki'e .ui

体言止めの訳しかたについては、とても良く分かりました。
今後は nu を使う手法で体言止めを訳そうと思います。

しかし gi'e と ije の扱いかたが、まだわかりません。

辞書を見ると、gi'e は
logical connective: bridi-tail afterthought and.
logji jonma'o .i te jorne le li'erla'i brirebla le se li'erla'i brirebla ja'e lo kanxe
と定義されています。
実際の命題では、用言より後に体言を置くこともできますが、brirebla(bridi の末尾)とは必ず用言なのですか?
そして、それは1語からなる用言だけですか?

一方、ije は
logical connective: sentence afterthought and.
logji jonma'o .i te jorne le li'erla'i jufra le se li'erla'i jufra ja'e lo kanxe
と定義されていますから、jufra (statement) と呼べるものを接続すると考えました。
jufra は必ずしも命題でなくても良さそうですが、例えば体言(項)だけからなる jufra 間を接続することを考えた場合、e と ije の違いは何ですか?どういうときにどちらを選べば良いですか?
No.405 - 2010/01/22(Fri) 07:26:09

Re: 体言止めの訳しかた / nalteo
>実際の命題では、用言より後に体言を置くこともできますが、brirebla(bridi の末尾)とは必ず用言なのですか?

いいえ。 この例を考えてみてください ―

mi citka ti gi'e gleki
mi citka vi ti gi'e gleki

ti はもちろん体言。 「ここで」を意味する vi ti は、タグ(tag)と体言から成っています。 この ti や vi ti といったものは英語で term と総称されています。 gi'e の前は用言でも term でもいいのです。

ただし、用言1(citka)と用言2(gleki)がどの体言を共有するかについて注意が要されます。 例えば ―

mi citka gi'e gleki ti

ti が gleki だけの x2 ならこれで問題はありません。 citka と gleki の共有する x2 なら、 citka のシッポが ti の前にまで及んでいることを示さなくてはなりません。 そこで使うのが vau です ―

mi citka gi'e gleki vau ti

今後この構文の発展形を理解・応用する上で、次の形式をメモしておくことをお勧めします ―

[共有term] 用言1 [term1] /VAU/ GIhE 用言2 [term2] /VAU/ [共有term] /VAU/

term と書いてある箇所には、 terbri 体言も tag 体言も入ります。 term1 は用言1の x2 でもいいし、先ほどの vi ti のようなものでもいいのです。 ただし用言2とは関わらないものです。 用言1と用言2が共に関わる term は共有 term だけです。

この形式から、 gi'e の後に体言が来れないのは何故かも解ります。 用言2の前に体言を置くと、用言1の前に来る体言と対称化してしまい、用言1と用言2の共有できる体言の空間が1つ消滅してしまうのです。 実際のロジバン文法は両用言の前に来るこの共有 term の空間を確保しますが、そのことには明らかな利点があります。 確保していなかったなら、各用言の x1 を明確に表したい場合に mi citka gi'e gleki gi'e plipe と言って済ませるところを mi citka gi'e mi gleki gi'e mi plipe と言わなければならなかったのです。

term に関して知っておくと良いもう1点として、用言の直前に来る tag は用言の一部とみなされる、ということがあります。 例えば ―

mi citka gi'e ca gleki

この ca は独立の term でなく用言 gleki の一部とみなされます。 ちなみに ca と gleki の間に体言が来れば term が生まれてしまい、構文違反となります。 そのような term を gleki に掛けたい場合には term2 の空間に置きます (mi citka gi'e gleki ca lo cabdei)。

tag がこのように用言の一部となれることは、 lo ca gleki のような体言がなぜ可能なのかを説明します。 投稿が長くなり過ぎるといけないので今回は割愛しますが、これについてもっと知りたいのであれば遠慮なく訊いてください。


>gi'e と ije の扱いかたが、まだわかりません。

一般に、同じ体言に異なる用言や term を連ねたいときに gi'e を使います。 同じ体言を繰り返すことを gi'e で回避できるのです。

gi'e で組む表現は *必ず* ije に拡張できる、と言われています。 例えば ―

mi citka ti gi'e gleki la'e dei vau ui



mi citka ti vau ui ije mi gleki la'e dei vau ui

に拡張できます。


>jufra は必ずしも命題でなくても良さそうですが、例えば体言(項)だけからなる jufra 間を接続することを考えた場合、e と ije の違いは何ですか?どういうときにどちらを選べば良いですか?

用言が登場しないかぎり、体言を接続する e と ije の違いが文意の違いを生むことは厳密にはありません。 しかし感覚上の相違は生まれてもおかしくありません。 e で繋げる体言は文の境を越えないので、同じ文の中で同じ用言に係っているものだろうという直感が働きやすくなると思われます。 一方の ije で繋げる体言は文の境を越えるので、異なる用言に係っているだろうという印象が生じやすくなると思われます。 感覚の問題であり、文法間違いの原因にはなりません。

質問にたいする応答として選ぶ際には構文が大きな条件となります。 例えば ―

ma citka

という質問にたいして

mi ije la alis

と答えるのはあまり的確ではありません。 mi は直前の文に ma が出ていることにたいして効力を持っている体言ですが、その次の文の空間の中で言う la alis には同じだけの効力がありません。 感覚的には mi の続きとして ma に答えたものであることが伝わるでしょうが、厳密にはこの la alis が ma への答として振舞うことを文法は保障しません。 mi e la alis のほうが的確な応答となります。 ただし la alis go'e のようにして疑問文への関連を明示すれば、これを単独の mi の後に ije で繋げても応答は曖昧になりません。
No.406 - 2010/01/22(Fri) 09:21:02

Re: 体言止めの訳しかた / guska'uk
ki'e .uisai

納得しました。
特に、gi'e の存在する意味がよくわかったのは、わたしにとって大きな収穫です。

初心者ですからこれで十分ですが、また疑問が沸いたら来ますので、よろしくお願いします。
No.407 - 2010/01/22(Fri) 12:06:41
学習法 / IOP
ロジバン初学者です。1ヶ月ほど… 
皆さんは、どのようにして学習されましたか?
No.400 - 2010/01/06(Wed) 17:16:48

Re: 学習法 / nalteo
私が習い始めたのは3年前でした。 私の場合、 jMemorize などでまず語根と心態詞を集中的に暗記しておいたことで以降のロジバン付き合いが易しくなりました。

心態詞と語根の暗記は概ね独りで出来ます。 そしてこの2種の言葉を憶えるだけで、特に文法をかじらなくとも自分を発信できるようになります。 例えば「早く出発したほうが良いと思う」を、心態詞1つと語根4つだけから次のように表現できます ―

pe'i clira cliva xamgu zmadu

「〜と思う」は、日本語や英語やエスペラントでは述語として表すのが基本で、思いの対象(「〜」の部分)として更にもう1つの文・述語を組み込むことになります (また、形容詞・副詞・名詞・動詞、定形・不定形、時制の使い分けなども要されます)。 文の中に文が在るこの構造はロジバンで次のように対応します ―

mi jinvi lo du'u lo nu clira cliva cu xamgu zmadu

しかしこれは先の「心態詞+語根」でより直感的に表せます。 この簡潔な文体の大切さはベテランの間でも広く認識されています。

lo や du'u や cu などのいわゆる機能語は、より複雑かつ非曖昧な表現を可能にします。 使いこなすには文法を学ばなければなりません。 文法領域を絞って少しずつ学んでいくのが良いと思います。 ロジバンでは機能語の文法領域・文法的役割の分類は語彙表に記されています。 例えば lo は LE、 du'u や nu は NU です。 同じ文法領域・分類に属する nu と du'u は、どちらかの使い方を学べばもう一方も使えるようになります。 このことを念頭に置くと、ロジバン文法を体系的に習得できます。

よく使われる語とほとんど使われない語があります。 語の使用頻度から学習対象を設定すれば効果的です。 使用頻度の統計があります ―
http://dag.github.com/lojban-irc-stats/

初めのうちは合成語や借入語には気を留めなくてもいいです。 立派なロジバン表現を織る上で重要視されるものではありませんから。 これらを一切用いずにロジバン訳された文学作品にフランツ・カフカの『変身』などがあります。

翻訳をすると両言語の理解が深まります。 個性的なロジバン文体の養成にもつながります。

学習者同士の共時連携の場として大きな可能性を秘める Google Wave があります。 現在はまだ招待制ですが、その制限が解除される将来にはこの掲示板などもそちらに移行できるでしょう。 ガジェットが増えれば協同翻訳や音声・ビデオ通信も統合できるでしょう。 Lojban For Beginners 日本語版の著者 Ai さん等が構想しているものもあるそうです。
No.401 - 2010/01/08(Fri) 04:27:05
イモ / monakas
ui co'i ninyna'a i'i doi io
.i a'o mi'o ru'i simxu

お久しぶりです、前回の質問が投げっぱなしになってしまってすみません。
学習の方、滞っておりますが徐々にやっていきたいと思っております。
では新年一発目の質問をば。

jMemorizeで学習できる単語の一つ目が samcu (キャッサバ) なのですが、patlu (ジャガイモ) と何が違うのでしょうか。両方共日本語では「芋」なので分類の違いかと思ったのですが samcu がタロイモ、ヤムイモ、 patlu がサトイモと分類で分けられているわけではないです(タロイモはサトイモ科サトイモ属ですし)
No.397 - 2010/01/04(Mon) 15:46:54

Re: イモ / nalteo
i'i.ui cnino nanca doi monakas

samcu も patlu も、食用でデンプン質の球根のことです。 両者を分けるのは、芽から栽培できるかどうか、だと思います。 ジャガイモやサトイモの芽は植えれば同じものが生るそうです。 そういった種を patlu に、残りは samcu に配している、ということではないでしょうか。 英語版の定義では「use samcu for starchy/tuberous roots that do not reproduce from eyes of tuber」とあります。

私は特に詳しくはないので、どちらにどのイモが属するかについて私の書いた定義は修正が必要かもしれません。

イモ全般は cidja balji から djabalji で表せそうです。 balji は次の6種類に分かれます ―
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%90%83%E6%A0%B9#.E7.90.83.E6.A0.B9.E3.81.AE.E5.88.86.E9.A1.9E
このように、「_イモ」の付くものは球根類として同じでも異種に分かれます。 このあたりの分類は難しそうですね。
No.398 - 2010/01/04(Mon) 20:32:40

Re: イモ / monakas
ありがとうございます、それであってそうですね。
なぜ分けるのか謎ですがきっと必要なんでしょうね。

では。
No.399 - 2010/01/04(Mon) 22:10:57
造語法 / stamonas
coi
mu'o mi'e .stamonas.

はじめまして.卒論でロジバンを研究対象にしているのですがかなり混乱しています.

lujvoの造語法は,
http://www.lojban.org/publications/reference_grammar/chapter12.html
によると,それぞれのrafsiの元のgismuによるtanruの並びから,Place Structureを固定化して意味も最ももっともらしいものを採用するということですが,意味の決定の仕方が自然言語に近いものなのかどうかをどなたか教えてください.
つまり,
.i do farlu nagi'a ba jaurva'umro li'u (.tiki tiki pembos.のテキストより一部修正)
における jaurva'umro の意味は,(IRC #lojbanで聞いてみたところ,jbovlasteには無いそうなのですが,溺死する,という意味で捉えてよいと聞きました)
((djacu vasxu) morsi)
となって,日本語では
「水+息をする」的に死ぬ
となって「溺れる」に近くはなるのですが,djacu, vasxuの持つPSはどのように処理されるのかが疑問です.
自然言語の「格」の考え方では,主格・対格・与格・奪格・・とたいていのx4までのsumtiは必須な格を持つと捉えることができます.このlujvoにおける(djacu vasxu)は,morsiの必須なsumti以外の格を付与され(この場合,理由/原因格とでもいえましょうか),morsiの隠れた項となるという考え方が出来ます.
lojban本来の文法機構とはかけ離れた考え方ですが,lujvoの意味の決定においてこのような考え方が全く存在しないのならば,単なる空論として切り捨てることができます.lujvoの意味の決定には法則があるのでしょうか? 長文になり申し訳ありません.ki'e
No.390 - 2009/11/13(Fri) 00:17:02

Re: 造語法 / nalteo
返信がものすごく遅れ(u'u)、もはや卒論の参考にならないかもしれませんが、回答を試みます。

>((djacu vasxu) morsi)
>となって,日本語では
>「水+息をする」的に死ぬ
>となって「溺れる」に近くはなるのですが,djacu, vasxuの持つPSはどのように処理されるのかが疑問です.


たしかに、各 lujvo は、1語として融合する前の段階としての tanru を想定でき、 jaurva'umro の それは当然 djacu vasxu morsi です。 ただし、成分同士の修飾関係の組み方に関する法則の程度は lujvo と tanru とで異なります。 tanru の各成分は、単語として、構文規則の影響下にあります。 djacu vasxu morsi は、文中の単語を統べる規則に従って、たしかに上記のあなたの解釈のように、 djacu が vasxu を修飾し、 djacu vasxu が morsi を修飾する、という仕組になります。 一方、 lujvo の各成分すなわち rafsi は、単語ではないので、構文規則の影響下にはない、と考えることができます。 だから、 jau- と -va'u- と -mro の修飾関係は、 ((A B) C) という型に限定されず、 (A (B C)) ともなりうる、と考えることができます。 作者が実際に辞書でどう定義するかに左右されます。 jbopre (ロジバン話者)皆が同意する考え方ではありませんが、そういう解釈があります。 別の解釈では、 lujvo の成分は tanru の成分と同様に構文規則(の相似物)に支配される、とされます。 djacu vasxu morsi の修飾関係を通常の左寄り ((djacu vasxu) morsi) から右寄り (djacu (vasxu morsi)) にするには ke や bo を使わなければならないように (i.e. djacu ke vasxu morsi, djacu vasxu bo morsi)、 jaurva'umro の修飾関係は通常で左寄りであってこれを右寄りにするには ke や bo を使う、とされます。 挿入する ke や bo は当然 rafsi 形の kem や bor にします。 それでも、実際には、右寄りの (A (B C)) でも kem 等を挿入していない、という lujvo は jbovlaste に多くあります。

lujvo の PS の組み方すなわち各成分語からどの項を選んでそれらをどのように並べたり重ねるかは、作者任意です。 これに関して処理法は定まっていません。 同じ位置に2つ以上の項が重なってもいいし (e.g. jaurva'umro の x1 が morsi 1 と vasxu 1)、項の順がひっくり返ってもいい (e.g. jaurva'umro の x2 が djacu 1)。 ただし、 PS を問われればその lujvo の作者は明確に答えられなければなりません。 (PS を定義しなければ意味はもちろん曖昧となり、その(ときに有用な)曖昧性は既に tanru で実現できるので、 lujvo の存在意義のためにも造語時点でその PS は定義しておくことが望まれます。 そしてそれを必要に応じて他の jbopre がどこかで確認できるようにしておくことも望まれます。 jbovlaste に投稿しておくとか、注釈として文書の隅に添えておくとか。 自分がその場で作った lujvo であってその PS を詳しく定義するつもりがない場合にはそのことを za'e で伝えることができます: ri za'e jaurva'umro 。)

(ちなみに「溺れる」は必ずしも死に至らないので、 morsi を含まない語が適切です。 xlali jinru から xlajinru など。 「溺死する」は、私なら mrojinru などを使います。)


>自然言語の「格」の考え方では,主格・対格・与格・奪格・・とたいていのx4までのsumtiは必須な格を持つと捉えることができます.このlujvoにおける(djacu vasxu)は,morsiの必須なsumti以外の格を付与され(この場合,理由/原因格とでもいえましょうか),morsiの隠れた項となるという考え方が出来ます.
>lojban本来の文法機構とはかけ離れた考え方ですが,lujvoの意味の決定においてこのような考え方が全く存在しないのならば,単なる空論として切り捨てることができます.lujvoの意味の決定には法則があるのでしょうか?


各成分語(rafsi)の供する項についてどの格を認識するかは(ロジバンでは)読み手しだいです。 死者 morsi 1 は、水 djacu 1 を具格とする主格(水によって死に至る者)とも、逆に水を主格とする与格(水が死を与える者)とも、或いは水を能格とする絶対格とも、捉えられえます。

tanru と違って lujvo では PS の項の数を増やせます。 morsi の項は元来1つだけですが、 jaurva'umro では成分語それぞれの項を取り合わせて拡張できます。 morsi 1 を x1 そして djacu 1 を x2 とする場合、この x2 は x1 にたいして副次的に見受けられるかもしれませんが、原理的に PS 上の各項の存在意義は同等であるので、この x2 すなわち djacu 1 は morsi 1 と同様に「必須な sumti」となるはずです。

「隠れた項」は PS 上に無いもの、つまり後から BAI 類などで付加するものだと思います。 例えば morsi ri'a lo djacu の項 lo djacu は BAI 類 ri'a で述語 morsi に付加するもので、 morsi の PS 上にはありません。 各 lujvo について何が「隠れた項」であるかを決定するのは辞書による PS 定義です。 jaurva'umro で djacu 1 はこの lujvo の PS に組み込まれていなければ「隠れた項」となります。 組み込むかどうかは、その lujvo の使用においてその特定の項がどれだけ有意義であるかにしたがって作者が決めます。 「溺死する」という意味の伝達において「どの液体によって溺れたか」という情報が有意義であれば、 djacu 1 をこの lujvo の PS に組み込むことが望まれます。 (同じ lujvo でも、価値観の異なる作者によって異なる PS が定義されえます。 どの定義が良いかを多数決で示すための投票システムが jbovlaste にあります。)
No.392 - 2009/12/11(Fri) 23:53:07

Re: 造語法 / stamonas
お忙しい中返答をいただき、本当にありがとうございます。ki'ecai

差し支えなければ、nalteo様からのお返事の一部を、話者からの信頼できるコメントとして引用させていただけますでしょうか。

EsperantoやLojbanのような人工言語を語る上で、話者の定義を厳密に求めるのは難しいのですが、その言語を用いて自分の伝えたいことを伝えることができると考えられる人を話者とすることにしています。nalteo様は、この広場をご覧になっている皆様の、日本語からlojban訳への希望を一定の量訳されているようですし、また、語の選択においてご自分の基準を確立されている(「溺れる」の解釈について)ので、私の定義においての「話者」に当てはまると考えております。
No.394 - 2009/12/16(Wed) 16:44:37

Re: 造語法 / nalteo
> 差し支えなければ、nalteo様からのお返事の一部を、話者からの信頼できるコメントとして引用させていただけますでしょうか。

もちろんどうぞ。
No.395 - 2009/12/18(Fri) 23:11:48

Re: 造語法 / stamonas
ありがとうございます.励みになります.
今回行った考察については,別稿としてWebのどこかにて公開したいと考えています.
公開に際して何かの問題がございましたら,my.comp.lang @ gmail.comまでご連絡くださいませ.
取り急ぎ,お礼まで.
No.396 - 2009/12/22(Tue) 00:06:02
(No Subject) / nalteo
ただいま私は諸用でインターネットになかなか接続できない日々が続いています。 返信の遅れをお詫びします。
No.391 - 2009/12/11(Fri) 19:29:58
lerfu / nalteo
『訳要望』のアブギダとアブジャドですが、これは合成語にすると長くなるし、学術的に普及しているこの原語に近い形でロジバン化できるので fu'ivla にしました。 一応合成語も追加しておきました。

計画文字は「フィーチュラル/featural」を「フューチュラル/futural」と読み違えてしまいました。 訂正しました。
No.388 - 2009/08/27(Thu) 21:32:24
以下のフォームに記事No.と投稿時のパスワードを入力すれば
投稿後に記事の編集や削除が行えます。
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