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WINGBEAT COFFEE ROASTERS
(No Subject) / xekri
質問です。

rafsiが複数ある場合(船とか)、どういう使い分けがあるのでしょうか。
No.326 - 2009/06/20(Sat) 16:22:51

Re: / nalteo
まず、子音で終わるものと、母音で終わるものがありますね。 合成語において、後者はどこにでも使えますが、前者は後部要素に使えません(なぜなら合成語およびその他の内容語はどれも母音で終わらなければならないからです)。

「港」という合成語を bloti zdani から造るとします。 後部要素は -zda です。 前部要素として lot-, blo-, lo'i- のどれもが可能です。 次の組み合わせが出来ます:

- lotyzda
- blozda
- lo'izda

どれも有効です。 しかし、加工の度合や認識のしやすさに少し違いがあるようです。 lotyzda では -y- が追加されており(なぜなら t と z は直に隣り合えないから)、 lo'izda では lo'i- が blo- よりも bloti の形態素として僅かに認識しにくいです。 このことから、 blozda がより好まれる傾向にあり、辞書に載る可能性をより持っている、と言えます。 これはやや感覚的な基準で使い分ける例です。

「船尾」を bloti zargu から造るとき、後部要素は za'u となりますが、すると、前部要素として lo'i は使えなくなります。 なぜならこれらの組み合わせでは連続子音が出来ないからです。

- lo'iza'u

これは CVV CVV の型で、機能語(ma'ovla)の集合と同一ですから、 lo'i za'u にばらけます。 内容語(brivla)は連続子音を要します。 そこで、 lo'i- の代わりに lot- か blo- を使います。 lotyza'u は lotyzda と同様に -y- が挿入されていますが、これは形態論的にも音韻論的にもカウントされません。 こうして -y- は音節要素とはされませんから lotyza'u の t と z は連続子音とみなされます。 bloza'u では bl が連続子音です。 この2つの候補のうち、先の例と同じ理由で、 bloza'u が好まれる傾向にある、と言えます。

例をもう1つ考えてみましょう。 船尾に屋根の付いた船があるとして、この屋根を bloti zargu drudi から lo'iza'udru で表せるでしょうか。 -dru には連続子音が含まれています。 しかしこれは合成語における最初の5字以内にありません。 したがって無効です。 どうして連続子音は初めの5字以内である必要があるのでしょうか。 lo'iza'udru をよく観てください。 CVVCVVCCV という型ですが、 CVV は機能語と同じですから、 CVV CVVCCV すなわち lo'i za'udru にばらけてしまいます(おまけに lo'i という機能語が実際に存在します)。 これが代わりに bloza'udru や lotyza'udru であれば、ばらけません。 代わりとして使えるこのような rafsi を持っていなかった場合、 -r- で繋ぐこともできます: lo'irza'udru。 r と z が連続子音を形成するので、ばらけません。

語彙表に載っている以外にも、4字と5字の rafsi があります。 bloti の4字 rafsi は blot-、5字 rafsi は bloti です。 4字は最後の母音を除いただけですが、このことから、末尾母音だけが違う gismu がなぜ存在しないのかが解ります。 gusni (光)が gusti であれば、 gusta (レストラン)とは一見異音ですが、それぞれの4字 rafsi「gust-」で重なってしまっていたのです。

「雪水」として snime djacu から si'ejau ・・・は(先に述べた理由から)出来ません。 djacu には jac もありますが、後部要素として使えません。 その場合、2通りの仕方があります。 まず、5字 rafsi である djacu そのものを使えます。 si'edjacu、これで最初の5字以内に連続子音が含まれます。 或いは -r- で繋ぎます。 si'erjau、これでやはり最初の5字以内に連続子音が含まれます。
No.327 - 2009/06/20(Sat) 19:08:09

(No Subject) / xekri
なるほど、なんとなく分かってきました。

ありがとうございました。
No.329 - 2009/06/20(Sat) 21:14:26
mi .io mlatu / nalteo
『吾輩は猫である』第一章の訳が終わりました。
http://sites.google.com/site/jbotijlan/lisri/mi-io-mlatu/pa-mo-o

括弧内の語は、原文には含まれていない要素で、日本語話者以外の人のために私が加えたものです。 例えば原文では主語が頻繁に省略されていますが、そのような省略に慣れていない人にとっては誰が何をしているのかがわからなくなります。

今回、単語は全て分けて書きました。 例えば .iseki'ubo でなく .i se ki'u bo というふうに書きました。

質問や批評をお待ちしています。
No.322 - 2009/06/17(Wed) 09:03:46

Re: mi .io mlatu / monaka
お疲れ様です。
今私は語彙増やしをやっていて忘れていなければ覚えた単語の量が現在70ほど。これが400くらいになったら覘いてみたいと思います。
主語省略の対策はとても良いと思います。せっかく訳すのならやはり多くの方に見てもらえた方がいいですからね。私が訳していたら日本語には主語省略という概念がありませんから日本語以外の話者への配慮を欠いた訳になっていたと思います。
No.324 - 2009/06/18(Thu) 10:04:34

Re mi .io mlatu / xekri
ありがとうございます。
読んでみます。
No.325 - 2009/06/20(Sat) 16:12:19
スラフォーリア / monaka
スラフォーリアという人工言語(自作言語)をご存知でしょうか。日本の古語に似たもので、なんでも人間(というか生物)本来の感覚に近い言葉を紡げるそうです。

http://ij-sura-foria.sblo.jp/


少し前にロジバンでは能格言語と主格言語のものの見方を中和できると説明されましたがそれは真実なのでしょうか?ロジバンではx1を動作主体として明示の有無にかかわらず存在するものとして扱いますがそういった考え方は主格言語の考え方となり能格言語の感覚で文章を作れないのではないでしょうか。
今ふと思ったのですが、日本人が現代語と古語をちゃんと勉強したら世界観が世界最強になれるような気がします。
No.307 - 2009/06/10(Wed) 18:04:00

Re: スラフォーリア / nalteo
ええ。 草案者の純一さんとはメールのやりとりをしたことがあります。

> ロジバンではx1を動作主体として明示の有無にかかわらず存在するものとして扱いますがそういった考え方は主格言語の考え方となり能格言語の感覚で文章を作れないのではないでしょうか。

mi so'ida lo nu lo gerku cu mrobi'o cu klaku
では、 mi は必ずしも klaku の主体・主格ではありません。 それは、読み手本人が主格言語と能格言語のどちらに傾倒しているかとか、能動と受動のどちらを文脈から認識するかといった要因に左右されることです。 或る人は、 lo nu lo gerku cu mrobi'o (犬が死んだこと)が能動的に mi を泣かせている(つまり mi が客体)と捉えます。 つまり犬の死が私を泣かせたという観点です。 また或る人は、 lo nu lo gerku cu mrobi'o と mi をきっかけとして現れる so'ida (沢山の涙)を主体と捉えます。 つまり沢山の涙が犬の死と私の存在によってこぼれるという観点です。

しいて言えばロジバンは活格言語(active-stative language)で、主格言語と能格言語の中間にあります。 

トラウマによる精神障害を被っているAさんが“主格”の部分を伏せて言う klaku so'ida は文法的なロジバン表現です。 klaku の x1 はそもそも主格でも能格でもないですから、たとえ mi klaku so'ida としても、 mi はAさんにとっては(純一さんがスラフォーリアの解説で指摘なされたように)「私で」などとされ、「私が」とはされません。 「で」か「が」か、といった要素をロジバンのPSは指定しません。 そういった助詞の選択がロジバンでは強要されないのです。

> 日本人が現代語と古語をちゃんと勉強したら世界観が世界最強になれるような気がします。

“強い世界観”の基準とは何でしょうか?

格助詞を頻繁に欠いた古語も、「風吹く」にみられるように、風は「吹く」(動詞)ものであって「吹い」(形容詞)ものではない、という固定的な言語観に基づいています。 或る言語で動詞とされるものが別の言語では形容詞とされる、ということはよくあります。 言語間のそういった相違を新旧の日本語は乗り越えません。
No.308 - 2009/06/10(Wed) 21:35:15

Re: スラフォーリア / monaka
おお、ご存じでしたか。
なるほど、ロジバンでは文章をどう捉えるかは自由なわけですね。もちろん行為と状態を別けたように主体(かな)を明示して主格言語的な文章にしたり能格言語的な文章にしたりも出来るんでしょうけど。でもその場合、能格言語の知識がないとするとやはり不自然、いや不思議な感じの文章になるんでしょうね。

>> 日本人が現代語と古語をちゃんと勉強したら世界観が世界最強になれるような気がします。
>
>“強い世界観”の基準とは何でしょうか?


世界観が世界最強というのは正しくないですね、すみません。ようは自分の外の世界、実世界の事を表すのに適した抽象的な言語と自分の中の世界、精神世界の事を表すのに適した感覚的な言語の二つをたった一つの言語で身につけられたらすごそうだというだけの話です。実際には古語はもはや外国語感覚でしか身につけられないでしょうし、他言語の動詞やら形容詞やらの感覚、ここでは横の広がりとでも言っておきましょうか(ちなみに主格や能格などは縦の広がりのイメージです)は無視していますからこの考え方は考え方の視野が世界最広になるというものではないんですよね。
古語は個人的に原文で読みたいものがあるのでそのうち学びたいと考えています。

ありがとうございました、では。
No.309 - 2009/06/11(Thu) 09:32:56

Re: スラフォーリア / 純一
はじめまして。突然お邪魔してすみません。
スラフォーリア作者本人です。
nalteo様からは色々と適切なご助言を頂きました。

私は、言語学の専門ではなく、共感覚や自閉症の研究の一環として言語を見ているというスタンスです。

>言語間のそういった相違を新旧の日本語は乗り越えません。

私もそう思います。その意味では、現代日本語も平安日本語もスラフォーリアも、日本特有の民族性や文化から逃れられないように思います。逆に、ロジバンはそうではないと思います。

いわゆる自閉症や知的障害の方、極度の鬱に陥った方などは、実際に日本の古語的な世界認識に戻るにもかかわらず、「日本人であること」から逃れるという最も原初的な世界認識にまで遡ることは、ほとんど無いと感じます。それを文法的に言い換えると、「格」については、今でも一般健常者の日本語も潜在的には能格言語的であるとさえ言えるのに、「吹く」が「吹い」になるようなことは、かなりの知的障害があっても無いわけです。つまり、民族性やその土地の風土というのは、幼児期あるいは原始日本の早い時期からその言語(原始日本語)に影響を与えていて、むしろ、日本の一般健常者と知的障害者の間にある世界認識の差よりも、日本の知的障害者と欧米の知的障害者の間にある世界認識の差のほうが大きいということがあり得ると、共感覚や知的障害者と向き合っていて感じるようになりました。

とりあえず、人類がアフリカを単一の起源に持つという説に従うなら、おそらくロジバンはその「アフリカ的な世界認識」をさえ、我々が日本人であることから逃れたところで記述し得るんだと思います。一方で、私の周りの共感覚者・知的障害者が、自然言語に実在してきた文法(日本の古語やスラフォーリア)を頭で理解できるのに、ロジバンが理解できない、というのは、興味深い気がします。つまり、民族性や風土・気候というのは、そこまで早い時期から人類の普遍性に食い込んで多少なりとも侵食するものなのかという驚きを、私は感じたんです。そこが、今考え込んでいます課題です。monaka様がおっしゃる「最強の世界観」というのは、むしろ先の「アフリカ的世界観」を完全に記述するということと同義だと私は思います。すると、日本の古語ではなく、ロジバンがふさわしいということになると思います。ところが、日本の共感覚者・知的障害者は、すでに日本語的な世界認識を示していて、ロジバンがむしろ理解できない。すなわち、「格」という概念が完全に不問になったり、「吹く」が「吹い」になるようなことは、なぜか無い。スラフォーリアは、そこまでしか語れないと考えています。

長くなりました。失礼しました。
No.311 - 2009/06/11(Thu) 11:18:56

Re: スラフォーリア / nalteo
こんにちは、純一さん。

> 「格」については、今でも一般健常者の日本語も潜在的には能格言語的であるとさえ言えるのに、「吹く」が「吹い」になるようなことは、かなりの知的障害があっても無いわけです。つまり、民族性やその土地の風土というのは、幼児期あるいは原始日本の早い時期からその言語(原始日本語)に影響を与えていて、むしろ、日本の一般健常者と知的障害者の間にある世界認識の差よりも、日本の知的障害者と欧米の知的障害者の間にある世界認識の差のほうが大きいということがあり得ると、共感覚や知的障害者と向き合っていて感じるようになりました。

ここで私が考慮しておきたいのは、接語と接辞の違いです。 「私が」の「が」は、格すなわち文法範疇(grammatical category)の標識として働く接語です。 「吹く」の「く」は、語彙範疇(lexical category)の形態素として働く接辞です。 接語は、形態論的にも統語論的(構文上)にも独立している要素です。 つまり話者が文を形成する上で元来“いじりやすい”要素です。 接続の対となる別の語の形態などに関係なく付け替えることが容易です。 対の「私」の形に関係なく接語を「私が」「私で」「私に」と付け替えることが容易です。 統語論的に独立しているというのは次のことを云います:

【風・の|吹く|森・を|駆ける|垂れ耳・の|かわいい|白い|ウサギ】が

この「が」は、「ウサギ」という名詞を越えて、複数の語からなる名詞句全体に係ってその格を表しています。 一方の接辞、ここでは特に「吹く」の「く」と「駆ける」の「る」等は、形態論的にも統語論的にも独立していない要素です。 「く」を除いた「吹/fu」は語として使えず、「く」自身も単独の語として使えません(厳密には「吹く/fuk-u」の接辞は「-u」です)。 このような要素は拘束形態素(bound morpheme)と呼ばれています。 統語論的に独立していないというのは次のことを云います:

風の【吹-く】森を【かわい-い】【白-い】ウサギが【駆け-る】

「く」「い」「る」は、単独では、それと接続している語幹の範囲を越えた構文関係を結びません。 また、「吹-く」と「駆け-る」の相違にみられるように、同じ語彙範疇(動詞)の接辞でも、語幹によって異なる形が用いられます。 これらの付け替えは、「が」などの接語のそれよりも多くの条件に制約されています。

日本語の生得話者なら誰でも「吹く」として「吹い」とはしないことが脳神経のレベルで幼児期の言語習得過程といくらか関連している、ということはあると思います。 しかし上記のように、「私が」を「私で」にするのが「吹く」を「吹い」にするよりも容易であることの基盤が言語構造そのものにあります。 既成の言語構造に制約されるかたちで、「吹い」の使用がもともと困難となっています。
No.312 - 2009/06/11(Thu) 17:28:59

Re: スラフォーリア / monaka
nalteoさんへ

うっかり納得した気になっていましたが、主体ではないにしろx1が埋まっていない状態ならx1の存在が暗示される事はわかるのですが(でも本当にわかっているかは怪しいですが)、x1が主体ではないとするとx1が埋まっている状態の文、たとえば

mi nelci do



do se nelci mi

あとついでに

fe do nelci fa mi



fe mi se nelci fa do


などにはどのような違いが出るのでしょうか。




純一さんへ

はじめまして。軽い気持ちで話題に出したのですがご本人が書き込まれて非常に驚いています。
私はウィキペディアのロジバンの項で能格言語の存在を知ったのですが、“てにをは”の使い方が多少特殊なんだろうくらいの印象しか受けず特に興味も湧きませんでした。しかし、偶然スラフォーリアを知り(iモードでロジバンかエスペラントか人工言語か何かを検索している途中にブログに行き着いたのですが、どうやって行き着いたのか、何でブログを読もうと思ったのかはもう覚えていません)、主格言語と能格言語でみている世界が違うという事実に非常に驚かされました。そして、実はついこの間まで日本語が能格言語だったということにも。こういったことから私のような者はどうも古語を学ぶことによってより人間本来の感覚に近い世界を見ることができると考えてしまいます。人としてどうなのよって話ですが。

どんな状況に置かれたとしても日本人であることには変わらないというのは面白いですね。“三つ子の魂百まで”と言いますがどんなことが人生にあったとしても日本人であり続けられるというのは嬉しいです。

ロジバンが人間本来の世界観を記述しえるという考えは、なんというか、すさまじいですね。私は遊びでロジバンを学んでいるだけのはずなのですが、学び始めた当初から考えるとずいぶんと明後日の方向に歩いている気がしてしまいます。学ぶ程にわかってくるロジバンの潜在能力と自分がロジバンを使ってやろうとしていることが釣り合っていない気がしてしまうのです。でも目的無く学び続けることは不可能ですし、それに、ロジバンを学んだことによってどんな物語を自分が紡げるのかがとても楽しみだったりもします。

あ、ちなみに私は一般人が芸術言語としてロジバンを学んでいる、言語学とか外国語とかプログラミング言語とかさっぱり、というスタンスです。

知識に乏しいためあまり面白い返信ができなくてすみませんでした。
No.313 - 2009/06/11(Thu) 17:56:47

Re: スラフォーリア / 純一
>nalteoさん

ありがとうございます。ということは、我々共感覚者や軽度の自閉症者・知的障害者の方も、接語と接辞の違いへの理解を体から失っていないからこそ、接語のほうから順番に「間違ってゆく」、ということが言えることになりそうです。だんだんと整理が付いてきました。

日本の幼児期の動詞の間違いで、
ドアがあからった。(「開く」と「開ける」の混同?) 意味は「ドアが開いた」
おはじきをはじけた。(「はじける」と「はじく」の混同?)「おはじきをはじいた」または「おはじきがはじけた」

といったものがあるのも、すでに周りの大人の日本語の動詞分類の制約の中で、無理に自分たちの世界認識(動詞の自他のない状態)を表現しようとして、そうなったとも言えそうです。そうなると、接語の独立性(=自由に使える)というのは、先のような社会的少数者や幼児にとって自分の世界認識を表現するのに便利である一方で、日本語用言の接辞の制約性というのは、すでに日本の幼児の世界認識を表し得ない部分が出てくるのかもしれません。

仕事の関係で、よく明治・大正・昭和初期の新聞を読むのですが、漢語動詞の使い方が、共感覚者や知的障害者と同じだと思うことがあります。例えば、「回転する」という動詞は、今では「が回転する」と自動詞的に使いますが、明治時代までは「を回転する」とも使われています。「回転させる」はむしろ少なかったようです。そういう動詞がたくさん見当たります。これは、主格言語への移行時期というとらえ方もできるのかもしれません。一方、大和言葉でも古くから明らかに自他に近い概念で分けられる語(先の「あく」と「あける」など)もあるため、先の社会的少数者が、接語を自由自在に「間違えた」場合に、合わせてその後ろの動詞・接辞の使い方がどうなっているか、もう少し調べる必要を感じました。ありがとうございます。

最近では、「違う」を「違く」などと形容詞ク活用させる若者が増えています。(私個人としては、違和感を覚えますが。) これは英語の「be different」に引きずられた結果かどうかは分かりませんが(動詞differもあるため)、少なくとも日本人にとって「物事が異なる」「たがふ」「すれちがふ」ということが、「動作」ではなく「状態」であると認識されるように変化したことは間違いないと思います。一方で、格助詞を自由に付け替える自閉症者・知的障害者は、「吹く」が「吹い」にならない。これを私は、「そういった社会的少数者の世界認識は、日本の古語的であり、周りの現代一般日本人の世界認識の欧米化に追随しない」とのみとらえていた傾向があったことになりますが、そこにnalteoさんのおっしゃる「言語構造」の問題も加味して考えなければならない、ということですね。


>monakaさん

私は、極めて感性的な発想や体験を言語から語ろうとしていて、独特のアプローチになっていますので、なかなか前途多難です。普段は、いわゆる語学としては、ロジバンではなくて、日本の古語(和歌など)や中国語・朝鮮語・英語・フランス語・スペイン語などをやってきました。


>主格言語と能格言語でみている世界が違うという事実に非常に驚かされました。

このことにはある程度の反論も覚悟しているのですが、私の周りには実際に「自我・自分」と、「他我・他者」「他の物体」との区別が付かない症状をお持ちの方がいることからも、「違う」と言えると考えています。また、主格言語社会では「知的障害」「言語障害」になってしまうのに、能格言語社会ではそうはならない「文法間違い」もけっこうあります。


>こういったことから私のような者はどうも古語を学ぶことによってより人間本来の感覚に近い世界を見ることができると考えてしまいます。

そういう考えは、案外、いいところを突いているような気はするのです。むしろ、「なぜ自分はそう思うか」という実感を、私の場合は共感覚・自閉症などの社会的少数者というテーマを軸として、いつも交流させていただいている心理学・脳科学方面の方々に対して、説得力を持ってうまく説明するのが目標です。


>ロジバンが人間本来の世界観を記述しえるという考えは、なんというか、すさまじいですね。

「アフリカ的」というのは少し大袈裟だったかもしれませんが、上古代日本語のニュアンスに近いことも表現できると思います。一つだけ違うのは、「ロジバン+民族性や風土=自然言語」ということなんだと思います。例えば、「苔」と「moss」という単語に感じる味わいは、全く異質のものですね。前者は日本庭園に必須の、愛でるべき美しいものというニュアンスがあります。それをたったの一単語のレベルで表すには、ロジバンは不十分かもしれません。しかし、「自我」と「他我」とのつながり方の調整、能動でも受動でもないニュアンス、といった、我々社会的少数者が求めている、現代日本語・現代英語にはない感覚を、ロジバン文法は記述しうると思います。

長々と書いてしまいました。勉強になるので、質問があるときには、またお邪魔します。
No.314 - 2009/06/11(Thu) 21:19:27

Re: スラフォーリア / nalteo
> mi nelci do
> do se nelci mi


> fe do nelci fa mi
> fe mi se nelci fa do


項の順序が変わるだけです。 SE類とFA類は、項の位置の標識であり、格の標識ではありません。 fe do は、“x2 がここにある”ということを示しているにすぎません。 ただし読み手の側での副次的な感覚作用として、態の相違(能動態/受動態)に近いものが感じられることがあるかもしれません。 mi nelci do を「私はあなたを好く(好き)」と捉える傾向にある人は、 do se nelci mi を「あなたは私に好かれている」と捉えやすい傾向にあると考えられます。 また、以下に述べますが、語順の如何は必ずしも主格言語と能格言語の相違に関連しません。

能格言語でも、標識による語順の変化があります。 バスク語は基本的にSOVとされていますが、標識が付いてOSVとなることがあります。 マヤ語はVOSですが、VSOとなることもあります。 しかしバスク語の場合、語順は、主語や動詞よりも話題と焦点といった要素で決まるので、SOVという捉え方はあまり的を射ません。 「犬は骨を食べる」について次の2つのバスク語文を比較できます:

txakurr-ek hezurrak jaten dituzte
hezurrak txakurr-ek jaten dituzte

バスク語では、文頭の語が話題、動詞の前の語が焦点となります。 ここでは、能格の接辞 -ek の付いた txakurrek (犬)が、1文目では話題、2文目では焦点となっています。 txakurrek の能格を定めているのは語順ではなく接辞です。 この接辞に当たるものがロジバンでは要されません。 (能格-絶対格と主格-対格を擬似的に表し分けることはできます。 例えば能格は seja'e や ta'i (具格/道具格で能格を表す言語が実際に存在します)で絶対格は ja'e や seta'i、そして主格は gau や zu'e で対格は segau や sezu'e、というふうに。)

ところで、能格言語の動詞に能動態は無い、と言われることがありますが、早まった見解のようです。 次のページで専門家がバスク語の能動態の例を挙げています:
http://forum.wordreference.com/showthread.php?t=705366
No.315 - 2009/06/11(Thu) 22:30:35

Re: スラフォーリア / nalteo
> 仕事の関係で、よく明治・大正・昭和初期の新聞を読むのですが、漢語動詞の使い方が、共感覚者や知的障害者と同じだと思うことがあります。例えば、「回転する」という動詞は、今では「が回転する」と自動詞的に使いますが、明治時代までは「を回転する」とも使われています。

Google で「を回転する」を全語検索すると230,000件が揚がります。 「動画を回転する」「レイヤーを回転する」「ファイルを回転する」「ボールを回転する」など。

> 「回転させる」はむしろ少なかったようです。そういう動詞がたくさん見当たります。これは、主格言語への移行時期というとらえ方もできるのかもしれません。

「させる」は使役の助動詞ですね。 日本語の場合、使役は態として確立しています。 態として確立している使役はモンゴル語にもあります。 助動詞を付けない使役もあります。 「上げる」「曲げる」「壊す」「返す」などがそうです。

使役そのものは主格言語あるいは西洋語に限らずほぼ普遍的に確認されます。 語形を変えて表す方式、複数の語を連ねて表す方式(迂言法)など、幾つかの方式があります。 諸言語での例がこちらに載っています:
http://en.wikipedia.org/wiki/Causative

> 最近では、「違う」を「違く」などと形容詞ク活用させる若者が増えています。(私個人としては、違和感を覚えますが。) これは英語の「be different」に引きずられた結果かどうかは分かりませんが(動詞differもあるため)、少なくとも日本人にとって「物事が異なる」「たがふ」「すれちがふ」ということが、「動作」ではなく「状態」であると認識されるように変化したことは間違いないと思います。

英語の影響よりも、述語としての提言性を避けようとする気持が働いているのだと私は思います。 伝統的なところでは「好く」の代わりに「好き」とする例があります。 「私はあなたを好く」では「私→あなた」という項の関係が明るみに出ます。 これに恥ずかしさや決まりの悪さを覚え、「あなたが好き」で緩和するようになったと思われます。 (「数寄」という当て字もあります。) 述語の提言性がぼかされるというこの特徴は次の例にも見受けられます:

ありえない → ありえないし
つよい → つよいし
きれい → きれい、みたいな
やばい → (なんかマジ)やばい(んだ)けど
すごい → どんだけー

「ちがう」の提言性の緩和は、「ちがく」からさらに進んで「ちがくね?」ともなります。

また、ク活用は副詞を派生させることができます。 「違く歌う」は「副詞+動詞」とみなせます。 「良い」を「良く」にして「良く歌う」とするのと同じです。 「違く」は連用形「違って」の代わりとなります。
No.316 - 2009/06/12(Fri) 00:54:44

Re: スラフォーリア / 純一
ありがとうございます。

「回転する」は私の早計でした。今も普通に使いますね。「運動する」「影響する」などが該当の動詞でした。

http://www.gengo.l.u-tokyo.ac.jp/~itsuki/papers/sinojapanesev.pdf(漢語動詞の変化)

「違く」は、確かにそちらが原因かもしれません。全く寿命が異なる状況での比較なので分かりませんが、「違くね?」や「やばいんだけど」が今後定着していけば、「正しい」言葉と見なされていくでしょうね。生き残れば「好く」→「好き」と同等の扱い、生き残らなければ、そうではない(日本人に普遍の述語の提言性の緩和欲求を反映したものではなく、一部の日本人のそれにしか当てはまらない)ということなのかもしれません。「ありえないし」「つよいし」などは、私の場合、よりきつく挑発的なニュアンスと感じられることもあるので(列挙の接続助詞「し」のあとに何か続くという不安感がある)、理解までにはもう少し時間がかかりそうです。

1.「私はあなたを好く」
2.「私はあなたを好きだ」
3.「私はあなたが好く」
4.「私はあなたが好きだ」

今でこそ、3だけは不自然に感じられますが、幼少の頃には1から4まで差がないと感じられていた記憶があるのが不思議です。そういった、アスペルガー症候群に特有の幼児記憶も加味して考えていきたいです。
No.317 - 2009/06/12(Fri) 21:01:24
パンドラハーツ / monaka
昨晩(日付的には今日ですが)見ていたアニメの印象に残った台詞をロジバン訳したくなり試みましたがうまくいきませんでした。

母を失っている知り合いの少年の父親を救うことが出なかったと塞ぎ込む主人公の少年オズをオズと契約している少女の姿をしたチェイン(魔物)が慰める(慰める意図があったかはわからない)場面での台詞

「独りが寒いことだというのは私にもわかる。チェインにだってわかるんだ。
.i lodu'u pada lenku zo'u mi ji'a jimpe .i.oi la .tcein. ji'a jimpe

 お前はきっと、そのガキが寒いおもいをしているのが、悲しいんだろう。」
.i ju'o do lonu lo verba cu lenku cu badri

lenkuが寒いを表せるのかが既に不安なのですが、そうだとしてもlenkuのx1は「冷たがっているもの」ではなく「冷たいもの」なので間違っているのはわかるのですがどうしたら「寒い」を表せるでしょうか。また、絶対に独りをpadaで表せていないのはわかるのですが独りがどういうことなのか分解できませんでした。それにzo'uを初めて使ったので使い方があっているという自信がありません。その他もろもろも。
よろしくお願いします。
No.304 - 2009/06/05(Fri) 20:25:22

Re: パンドラハーツ / nalteo
文法上の誤りはまったくありません。 zo'u もばっちりです。

ここでの「独り」とは、「孤独である状態」であって、「1人」という人数を越えた意味合があります。 lo za'i sepli あるいは lo zazysei で表せます。

「寒い」は比喩としての lenku でいいと思います。これに lo zazysei をどう結びつけるかです。最も手軽なのは jai を用いることです。 jai lenku で、通常の lenku のPSで定義されているもの以外の項が x1 に置かれていることが示されます。(このとき cu は省略できます。)

lo zazysei (cu) jai lenku

もう少し具体化するなら、状況・境遇の中心を表すBAIである seva'o を jai に繋げます:

lo zazysei (cu) jaiseva'o lenku


寒い“おもいをしている”は、 cinmo でいけます。比喩としての lenku にそのまま連ねます:

lo verba cu lenku cinmo
No.305 - 2009/06/05(Fri) 21:21:46

Re: パンドラハーツ / monaka
文法は大丈夫でしたか、とりあえず安心しました。孤独はsepliが使えましたか、気付きませんでした。paは、まぁ「孤独」ですからよほどの事がない限り明示する必要はないですよね。おお、jaiは使い方が謎だったのですが実は使えるやつだったんですね。
まとめてみますと

.i lodu'u lo zazysei jaiseva'o lenku zo'u mi ji'a jimpe .i.oi la .tcein. ji'a go'i
.i ju'o do lonu lo verba cu lenku cinmo cu badri

簡単な文章だと思ったのですが意外に長くなりましたね。比喩的な表現をする場面は多々ありますからこれからもjaiにはかなりお世話になりそうな予感がします。
本当はもうひとつ訳したい台詞があったのですがちょっと今はきついみたいです。

ありがとうございました、では。
No.306 - 2009/06/06(Sat) 00:51:19
漫画事情 / monaka
日本語の漫画の台詞は当然縦書きで右から左へ読みます。
仮に漫画をロジバン訳する場合、文字に依存しないロジバンはどんな文字で表記されるべきでしょうか。
むしろASCII文字を使う事を前提に漫画は描かれるべきなのでしょうか。
No.289 - 2009/06/02(Tue) 20:17:37

Re: 漫画事情 / nalteo
日本語の漫画が西洋語に訳されるとき、縦書のためのフキダシの中に(たいていは大文字の)アルファベットが入ります。横書用のフキダシに入れるよりも改行が多くなるので、始めはちょっと読みにくさを感じますが、これは慣れで解消します。右から左への流れは、以前は英語に合わせて左から右に直す(同時にコマ割りも反転する)ことが多かったようですが、manga 文化が世界に広まった今では日本語式が保たれるようになってきています。ここに『ナルト』と『銃夢』の例があります:

http://narutobleachscanlations.blogspot.com/2007/10/naruto-chapter-375.html

http://www.haven-reader.net/index.php?mode=view&series=Battle+Angel+Alita+-+Last+Order&chapter=003&page=8&next=Next+-%3E%3E

(背景音が日本語文字のままなのは、文字を取り替える際に絵をいじってしまうのを防ぐためです。しかし出版社によっては専用の漫画家を雇ってアルファベットにすることもあります。)

私としては、縦書の日本語と横書のASCIIロジバンが共存することには特に問題を感じません。日本語の新聞や雑誌でも縦書と横書が混ざりますよね。また、日本語を横書にして左から右に読むという方式の漫画は不可能ではないはずです。伝統に慣れている読者にとっては「あれ?」と思われるでしょうが。
No.290 - 2009/06/02(Tue) 21:03:10

Re: 漫画事情 / monaka
「ロジバンは言語間の違いを中和出来ると聞いていたのに、なんだウソか。」
「文字が無いとかウソかよ。」

そんな風に言われても仕方ないかもしれません。
もちろん言語なのですから言語仕様に合わせて伝わるように読む人に負担をかけないように配慮すべきです。
ただ、ちょっとがっかりしました。

ありがとうございました、では。
No.291 - 2009/06/02(Tue) 23:15:07

Re: 漫画事情 / xekri
別にカタカナ/縦書きで表現しても良いように感じます。
xと'、lとr等の違いを明確に区別する為の工夫は必要でしょうが。
No.292 - 2009/06/02(Tue) 23:46:25

Re: 漫画事情 / nalteo
>「ロジバンは言語間の違いを中和出来ると聞いていたのに、なんだウソか。」

右から左に読む言語と左から右に読む言語を中和するには、上から下あるいは下から上にずっと(改行無しに)文字を連ねるしかありません。できないことではありません。しかし不便です。そのような中立性には実用的価値がありません。

縦書の言語と横書の言語を中和するには、斜書しかありません。できないことではありません。しかしやはり不便です。実用的価値がありません。

>「文字が無いとかウソかよ。」

ロジバンの基盤は文字でなく音声にあります。子音と母音の組み合わせを明確に表せる文字体系はどれもロジバンの表記に採用できます。この意味でロジバンは文字を“所有”しません。しかし文字でロジバンが表されることがないというわけではありません。
No.293 - 2009/06/02(Tue) 23:55:49

Re: 漫画事情 / nalteo
> 別にカタカナ/縦書きで表現しても良いように感じます。
> xと'、lとr等の違いを明確に区別する為の工夫は必要でしょうが。


「y」に当たる文字も必要です。

画数の少ない漢字を仮名に見立てて補充することができるかもしれません。例えば「y」は「乙」など。「'」はそのままで表せばいいと思います。「a'u」は「あ'う」。

閉音節(子音で終わる)と開音節(母音で終わる)の違いは平仮名との組み合わせでなんとかなるかもしれません。例えば「citka」は「しトか」。

或いは内容語は漢字にできます。「mi pu citka pa finpe」は「みぷ食ぱ魚」。
No.294 - 2009/06/03(Wed) 00:22:52

Re: 漫画事情 / monaka
平仮名、片仮名、漢字を混ぜれば当然かなりの字数を知っていなければなりません。
平仮名と片仮名と一部の漢字で代用する場合、拗音を考慮しないとして母音5つ×子音17+単独の母音、子音とシュワー含む記号で最低110文字習得しなければなりません。
拗音を考慮するくらいなら素直にアルファベットを使った方が良さそうです。
対象が日本語話者のみならちょっと文字を読むときの規則を変えてやるだけで済むんですけどね。

漫画に話を特化するならば作者の意図した導線で台詞や絵をおえる文字が採用された方が実用的です。
日本語だって縦書きのみだったものが今ではどう書いても読む方向がはっきりわかるなら読めてしまうのですからASCII文字だってやろうと思えばできると思うんですよ、なぜか慣れたがらないだけで。
別に横書きで漫画を描いてもいいのですが(実際に面白い横書きの作品もありますし)、横書きだと画面の使い方が左右にも上下にも反転してしまうためそれを考慮して描くのはかなりきつそうです。


>右から左に読む言語と左から右に読む言語を中和するには、上から下あるいは下から上にずっと(改行無しに)文字を連ねるしかありません。できないことではありません。しかし不便です。そのような中立性には実用的価値がありません。
>
>縦書の言語と横書の言語を中和するには、斜書しかありません。できないことではありません。しかしやはり不便です。実用的価値がありません。


縦書き横書き斜め書き出来る日本語を使っている人たちにその説明で納得してもらうにはかなり無理があるように感じます。

>ロジバンの基盤は文字でなく音声にあります。子音と母音の組み合わせを明確に表せる文字体系はどれもロジバンの表記に採用できます。この意味でロジバンは文字を“所有”しません。しかし文字でロジバンが表されることがないというわけではありません。

現在の有力なロジバンに採用されている文字はASCII文字です。現在の状況だとASCII文字の欠点や制約が言語に影響を与えてしまいます。

一応言っておきますと私は現状を理解しているつもりです。
ただ、ロジバンで描かれた漫画なのに表記が英語に引っ張られて導線が無茶苦茶になっている様子を想像して残念な気分になっただけです。本来なら日本語を読んでいる感覚に近く出来たはずなのに。
4コマや2ページ漫画などでいろいろ試して本番の漫画をどの方向で描こうか決めていこうと思います。
No.295 - 2009/06/03(Wed) 21:18:44

Re: 漫画事情 / nalteo
> 横書きだと画面の使い方が左右にも上下にも反転してしまうためそれを考慮して描くのはかなりきつそうです。

上下にも反転するのですか? フランス語訳の日本漫画は左右を反転させるだけなのですが:
http://www.eurojapancomic.com/europe/italy/milano/image/db_page2.jpg

> 縦書き横書き斜め書き出来る日本語を使っている人たちにその説明で納得してもらうにはかなり無理があるように感じます。

そうでしょうか。斜め書きができてもそこに普遍的な実用性はありません。文章の文字を斜めに連ねるというのは、例えば小説では非常に不便です。コンピュータで入力する場合は尚更です。中立性の名の下にそこまでする必要はないでしょう。また、縦書きに向いていない他の横書き言語にたいして日本語が横書きを可能としているとき、どちらが実用的な方式であるかは自ずとはっきりしています。

> 現在の状況だとASCII文字の欠点や制約が言語に影響を与えてしまいます。

たしかにASCII文字はロジバンの可能性を制限しているところがあります。しかしこの制約は、表記文字を他の既存の実用的な文字体系に改めることで大きく解消できるものではありません。

> ロジバンで描かれた漫画なのに表記が英語に引っ張られて

ASCII文字はそのままで英語の表記に使えますが、文字体系としてはラテン・アルファベットを使う言語全てにたいして中立的です。ASCIIでロジバンを表記することは英語で引っ張ることを意味しません。

キリル文字やテングワール文字(http://vodka-pomme.net/projects/tengwar-for-lojban/lojteng)など、ロジバンの表記に使える文字体系は他にもあります。しかし中立性と実用性を併せて考えると、今のところはASCIIが最も無難であるという結論になります。

> 本来なら日本語を読んでいる感覚に近く出来たはずなのに。

縦書きの日本語を読む感覚に近くするには縦書きの文字を使うのが一番です。しかし音声構造を明確に表せて且つ一般人がすぐに認識できるような縦書きの文字体系が存在しないのです。これはロジバンの所為ではありません。
No.296 - 2009/06/03(Wed) 23:08:30

Re: 漫画事情 / monaka
>上下にも反転するのですか?

本当に左右や上下を反転させるわけではありませんよ。私も左右反転された漫画は読んだことが無いので詳しくは知りませんが自然な導線で台詞をおうと縦書きと横書きでは読む吹き出しの順番が違ったり吹き出しが飛ばされたりするようです。今後色々と試しては行きますが、横書きは画面を横に使うのが得意、縦書きは画面を縦に使うのが得意なのではないのかなと予想しています。

>そうでしょうか。斜め書きができてもそこに普遍的な実用性はありません。文章の文字を斜めに連ねるというのは、例えば小説では非常に不便です。コンピュータで入力する場合は尚更です。中立性の名の下にそこまでする必要はないでしょう。

斜め書きどころか渦巻きの様な書き方もできます。実用性ややる意味は謎ですが出来ないと書いたら嘘になるので書いただけです。ちなみに漫画では出来た方が実用的です。

>縦書きに向いていない他の横書き言語にたいして日本語が横書きを可能としているとき、どちらが実用的な方式であるかは自ずとはっきりしています。

横向きに向いていない他の言語は縦書きされた原書の横に自国の言語を置いて読むという実用的なことができなくてかわいそうですね。日本語は別に必要なら横でも縦でも(斜めでもって書いたらまた突っ込むんですかね)書けますね。これでは偏っている、中立とは言えない文字を使っていると日本語話者が見ても仕方ないですよね。何度も言いますけど事情は分かっているつもりでこのあたりは例え話みたいなものだったんですよ。実用性片手に頑張っても普段から使い分けている人にこれ言ってどう納得してもらうんですか。

>ASCII文字はそのままで英語の表記に使えますが、文字体系としてはラテン・アルファベットを使う言語全てにたいして中立的です。ASCIIでロジバンを表記することは英語で引っ張ることを意味しません。

英語も横書きのみの言語ですし例も英語だったので代表して英語といっただけです。ってかそれくらいは読み取ってください。ASCII文字が妥当っぽいのは分かります。あくまでコンピュータ上だけの話なら実用的で誰もが納得です。

>音声構造を明確に表せて且つ一般人がすぐに認識できるような縦書きの文字体系が存在しないのです。

やはりそうでしたか、残念です。もともと縦書きの日本語は今では横書きにも慣れましたしラテン・アルファベットも大文字を縦に並べればいけると思うんですけどね。もしくは倒して読むのに慣れるとか。本の背表紙やネット上でも縦に細長いところに広告を載せるのに縦書き出来るなら便利そうなところは、まぁ長文を読むには向かないにしろあると思うんですけどね。

>これはロジバンの所為ではありません。

ロジバンと関係無いところで残念ですよね。ロジバンならいけると思うんですけど。
No.297 - 2009/06/04(Thu) 10:00:27

Re: 漫画事情 / nalteo
> 斜め書きどころか渦巻きの様な書き方もできます。実用性ややる意味は謎ですが出来ないと書いたら嘘になるので書いただけです。ちなみに漫画では出来た方が実用的です。

斜め書きとは、文字そのものの向きを変えずに斜めに連ねるものを私は考えていました。単語や文全体の向きを斜めや渦巻きにするということならどの文字体系にもできます。文字の向きを変えない斜め書きも、ラテン・アルファベットでできないわけではありません。手書きなら簡単にできます。しかしコンピュータでの入力はどうでしょうか。日本語文字でもASCIIでも、即座に斜めに入力するなどといったことはできません。 Illustrator や Photoshop などの画像編集ソフトでは文字レイヤーを斜めに傾けたり渦巻きに並べることはできます。 Flash では特殊効果の一部として文字の向きを変えずに斜めに並べることもできます。 Manga Studio (Comic Studio) でも、フキダシに関して何か特殊なことができるかもしれません。

結局のところ、できないことではないのです。日本語文字もASCIIも他の文字体系も、斜め書きや渦巻き書きに拡張できるのです。

> 横向きに向いていない他の言語は縦書きされた原書の横に自国の言語を置いて読むという実用的なことができなくてかわいそうですね。

同じ内容が異なる言語で書かれた2つの本を置き並べて一行ずつ読み比べていくという作業のことですか? それとも翻訳を原書の中・文のすぐ隣に一行ずつ書き込んでいくということですか? どちらにしても、これは“縦向きに向いていない(横書きの)他の言語”についてのことではないのですか?

> 日本語は別に必要なら横でも縦でも(斜めでもって書いたらまた突っ込むんですかね)書けますね。これでは偏っている、中立とは言えない文字を使っていると日本語話者が見ても仕方ないですよね。何度も言いますけど事情は分かっているつもりでこのあたりは例え話みたいなものだったんですよ。実用性片手に頑張っても普段から使い分けている人にこれ言ってどう納得してもらうんですか。

中立的とは言えない文字を使っているのはその文字を選んだ或いは仕方なく選ぶはめになった話者です。ロジバンそのものは文字を選びません。これはロジバンそのものの問題ではなくて、ASCIIよりも中立的で且つ一般的な文字体系がまだ存在しないという境遇による問題です。縦書きにも横書きにも対応できて、既に世界中の人々に広く読まれることができて、どのコンピュータからでも入力できる、そういう文字体系があったならば、これがASCIIよりも有力なロジバンの表記文字として普及していたはずです。しかしそういう文字体系がまだ無い。

この状況説明で納得してもらうのです。これでも納得してもらえないのなら仕方ありません。その人達は事実を理解するよりもロジバンを否定することのほうに興味があるのです。

> 英語も横書きのみの言語ですし例も英語だったので代表して英語といっただけです。ってかそれくらいは読み取ってください。

「横書き言語に引っ張られて」の代わりに「英語に引っ張られて」と仰ったので、「英語」に特別な含意があるのだろうと私は読み取りました。

> もともと縦書きの日本語は今では横書きにも慣れましたしラテン・アルファベットも大文字を縦に並べればいけると思うんですけどね。

そうですね。

> 本の背表紙やネット上でも縦に細長いところに広告を載せるのに縦書き出来るなら便利そうなところは、まぁ長文を読むには向かないにしろあると思うんですけどね。

日本や中国で建物から道路にたいして広告看板が立って出るのも、縦書きを利用したものですね。西洋語だと横向きに面積をとるので、通行者の邪魔になったりします。
No.298 - 2009/06/04(Thu) 17:19:52

Re: 漫画事情 / monaka
>斜め書きとは、文字そのものの向きを変えずに斜めに連ねるものを私は考えていました。単語や文全体の向きを斜めや渦巻きにするということならどの文字体系にもできます。文字の向きを変えない斜め書きも、ラテン・アルファベットでできないわけではありません。手書きなら簡単にできます。しかしコンピュータでの入力はどうでしょうか。日本語文字でもASCIIでも、即座に斜めに入力するなどといったことはできません。 Illustrator や Photoshop などの画像編集ソフトでは文字レイヤーを斜めに傾けたり渦巻きに並べることはできます。 Flash では特殊効果の一部として文字の向きを変えずに斜めに並べることもできます。

内容があれなので出したくなかったのですがたとえばこんな感じです。
http://dic.nicovideo.jp/a/フランちゃんウフフ
地図なんかも地形に沿ってこんな感じに文字を配置できるのは僅かばかりではありますが利点ですね。
「できるのにやらない」→「できない」と思われても仕方ないですよね。

>Manga Studio (Comic Studio) でも、フキダシに関して何か特殊なことができるかもしれません。

どの言語で翻訳されても作者の意図した導線で読める仕掛けができれば面白そうですね。でも実験材料には事欠かないはずなのに吹き出しに番号を振るくらいしか例を知らないのは現状で読者が満足してしまっているのかもしれません、う〜ん。

>同じ内容が異なる言語で書かれた2つの本を置き並べて一行ずつ読み比べていくという作業のことですか? それとも翻訳を原書の中・文のすぐ隣に一行ずつ書き込んでいくということですか? どちらにしても、これは“縦向きに向いていない(横書きの)他の言語”についてのことではないのですか?

テレビなんかで昔の書物が映ったときに現代語訳で横になんと書かれているか表示されたしますよね、たとえばあんな感じです。漢詩や日本語の古い文書(たとえば古今和歌集とか)なんかは横書きにできませんからコンピュータ上であっても原文と横書きの訳を並べることは出来ません。この前、英語の下に和訳、ロジバンの下に和訳ということをやったばかりなのでわかると思ったんですけど。
えっと、なんでこんな話をしたんでしたっけ?ああ、中立とか中和とかの話しでしたか。なんにせよロジバンと関係無いし現状では文字の制約は誰もどうしようともしていないんでしょうからこの討論は無意味ですね。でもよもや漫画の翻訳というのはLLGの誰も予想だにしていなかったでしょうね。


>縦書きの日本語を読む感覚に近くするには縦書きの文字を使うのが一番です。

実用性はど返ししてとりあえず平仮名をラテン・アルファベットの近い形のやつに置き換えて縦書きしてみますかね。あくまでお遊びですが。ちなみにカタカナは強勢です。

                   M  ひ  私
                   I  さ  は
                      ん  あ
                   N  マ  な
                   E  く  た
                   L  し  を
                   C  さ  好
                   I  り  き
                      の  で
                   D     す
                   O     。

ずれてたら済みません。
意外と感触がよさそうに感じるのですがどうでしょうか。漢字、ひらがな、カタカナを駆使することで字間を必要としない日本語と強勢を明示することで字間を空ける必要のなくなるロジバンの表記方法がばっちり噛み合っていませんか?ちょっとテンションあがってきました。なんかこの表記法が公式でよくないですかね(zo'o) 大きい文字で子音と母音を分けるのは場所を取るだけで実用性はないと思っていたのですが、漫画という特殊な環境では、しかもロジバンなら活路を見いだせるかもしれません。でも実際に描いてみない事にはわかりませんね。
一応言っておきますとコンピュータやひらがなの知名度など(ひらがなはもはや元の音は所有してないので日本人にももはやって感じですが)の実用性はここではど返しして考えていますしちゃんと自覚していますよ。
No.299 - 2009/06/04(Thu) 19:16:43

Re: 漫画事情 / nalteo
> 地図なんかも地形に沿ってこんな感じに文字を配置できるのは僅かばかりではありますが利点ですね。

このあたりは言語そのものの機能とは関係ありません。文字コードの応用性です。例えばASCIIは応用すれば地図だけでなく写真も表せます:
http://en.wikipedia.org/wiki/ASCII_art#Image_to_text_conversion

> 「できるのにやらない」→「できない」と思われても仕方ないですよね。

その人の単なる早とちりです。そういう人達には説明をしてあげればいいのです。

> でもよもや漫画の翻訳というのはLLGの誰も予想だにしていなかったでしょうね。

LLGのメンバーの中にはSFコミック好きの人も含まれるので、少しぐらいの想定はあったと思います。

翻訳そのものは問題ではありません。ロジバンをちゃんと学べば、ちゃんと訳せるようになります。あとは、そのロジバン訳の音声をどの文字がフキダシの中に入れてくれるかです。それは話者が選択することです。

> 漢字、ひらがな、カタカナを駆使することで字間を必要としない日本語と強勢を明示することで字間を空ける必要のなくなるロジバンの表記方法がばっちり噛み合っていませんか?

もちろん、それによってロジバンの新しい表記法を編み出すのは結構です。

ただ、「MI NELCI DO」の例が既に示しているように、アルファベットを縦書きにすることも不可能ではありません。このとき、(monakaさんが自覚していると仰ったように、)すっかり“初期化”した日本語文字に新たな音声を割り当てて、これを他のロジバン話者に暗記してもらい、日本語文字を入力・出力できるようにコンピュータの設定を変えてもらう、ということには簡便性と中立性がありません。日本語話者にとっても、或るキャラクターの台詞は音節文字である本来の日本語仮名で書かれ、別のキャラクターの台詞は音素文字である改造仮名で書かれる、というのが続け様に替わると、読みにくくなるのではないでしょうか。作品の中で異なる言語が共存するとき、字面の相違を無くすことは必ずしも効果的ではありません。
「私はあなたを好きです。ひさんマくしさりの」
「私はあなたを好きです。MI NELCI DO」
後者のほうが、ロジバン文の開始がすぐにわかり、頭を切り替えやすくなります。ロジバン文だけ色を変える、といったことが考えられますが、漫画が白黒の場合にはできないことです。開始点がわかっても、音節文字が音声的に関係の無い音素文字になったりその逆になるのを頭がスラスラ切り替えて捉えられるようになるにはそれなりの慣れが必要です。そうなると作品は楽しんで読めるものではなくなってしまうかもわかりません。
No.300 - 2009/06/04(Thu) 20:59:11

Re: 漫画事情 / monaka
>そういう人達には説明をしてあげればいいのです。

日本語の漫画をラテン・アルファベットで縦書きした例ってないですかね。

>文字コードの応用性です。例えばASCIIは応用すれば地図だけでなく写真も表せます

そう言えばこんな動画があります。一応、音量注意ですかね。
http://www.nicovideo.jp/watch/sm398526
http://www.nicovideo.jp/watch/sm443647
http://www.nicovideo.jp/watch/sm454686

なんか、nalteoさんがどっち向いて話しているのかわからないんですけど。

>LLGのメンバーの中にはSFコミック好きの人も含まれるので、少しぐらいの想定はあったと思います。

それに日本語の漫画は含まれていませんよね。

>「私はあなたを好きです。ひさんマくしさりの」
>「私はあなたを好きです。MI NELCI DO」


何でロジバンに翻訳された台詞に他言語が混在すると思うのか分からないんですけど。

私は脱線した部分もありますが基本的に漫画×ロジバンの話を中心にしているつもりなのですがどうもnalteoさんが私の質問や回答のどこを見て話しているのかわからないのです。nalteoさんは漫画が好きじゃないんですか?嫌いで嫌いでこの不毛なやり取りを無難に終わらせようとしているならそう言ってください、もう二度とここで私は漫画×ロジバンの話はしませんから。
No.301 - 2009/06/04(Thu) 22:22:44

Re: 漫画事情 / nalteo
> 日本語の漫画をラテン・アルファベットで縦書きした例ってないですかね。

台詞全てを縦書きのアルファベットにした例は私は見たことがありません。あるとしても、慣れが必要となるでしょう。そういうことを(横書き言語圏の)出版社は懸念します。だから、(横書き言語話者にとって)より親しみやすい横書きが主流となります。

> それに日本語の漫画は含まれていませんよね。

含まれていたかもしれないし、含まれていなかったかもしれません。重要なことではありません。漫画の描き方に影響をより与えるのは文字体系であって言語構造ではありません。LLGは言語構造を設計したのであって文字体系を考案したのではありません。LLGの誰かがロジバンで漫画を描くことを想像していたとしても、縦書きに対応できるかどうかといったことまでを考慮する責任も余地もありません。縦書きに対応させよう、と奮起しても、ロジバンの設計に関して寄与できることは何も無いのです。なぜなら縦書きか横書きかというのは文字体系の領域だからです。どの文字体系を用いるかによって如何様にでもなることです。ロジバン語の漫画を縦書きで描けるかどうかは、そのことについてLLGが思いを巡らしていたかどうかとは無関係です。

また、日本語の漫画は既に、致命的な問題も無く横書きの西洋語で大量に翻訳されてきました。よほど幅の狭いフキダシでは、原文の日本語がそうであるように訳の西洋語も縦に文字(アルファベット)が並べられます。ただし先に申したように、全ての台詞をそのように処理すると(西洋語の話者にとっては)読みにくいものとなります。だから基本は横書きとなります。そしてそれでやっていけるのです。横書き言語圏の人達はみんなそうして訳された日本の漫画を楽しんでいるのです。

> 何でロジバンに翻訳された台詞に他言語が混在すると思うのか分からないんですけど。

日本語を話すキャラクターがロジバンを話すキャラクターと交流する、というのがあなたの漫画の設定の1つではないのですか?

> nalteoさんは漫画が好きじゃないんですか?嫌いで嫌いでこの不毛なやり取りを無難に終わらせようとしているならそう言ってください、もう二度とここで私は漫画×ロジバンの話はしませんから。

そんなことはありません。私は漫画が好きです。ここで漫画×ロジバンの話をすることに反発するようなものが私には何もありません。
No.302 - 2009/06/05(Fri) 01:21:02

Re: 漫画事情 / monaka
>横書き言語圏の人達はみんなそうして訳された日本の漫画を楽しんでいるのです。

でしょうね、それは事実です。

>日本語を話すキャラクターがロジバンを話すキャラクターと交流する、というのがあなたの漫画の設定の1つではないのですか?

ああ、ちょっと違います。魔法の詠唱や精霊が話す言葉は日本語で人間などが話す言語はロジバンを予定しています。ですがこの漫画はロジバン訳しようとは思ってはいますが台詞は全て日本語で書かれ、本来の設定とは日本語とロジバンが逆転します。また、詠唱などは音だけ貰ったカタカナ語を想定しています。人間などと精霊とは言葉が通じない設定なので(一部例外がいますが必要なら翻訳された台詞を使うだけなので問題無いです)文字は何でもいいんです、ロジバンが読めればにやりと出来る程度でしょうか。場合によっては縦書きと横書きで分けることによって頭を切り替えられるようにするかも知れませんが詠唱や精霊のしゃべる言葉は設定上日本語なので横書きにして他言語であることを明示するのは少し勇気がいるかもしれません。ただ、鋼の錬金術師ではラテン・アルファベットを使っている主人公達の言語が縦書き、漢字を使っている他国から来た人たちの言語を横書きにしている、という例もあるので読み易くなるなら柔軟に対応した方がいいのでしょうね。一応、過去から来た少女が現代の言葉、つまりロジバンを勉強していくというような話も考えていますがどちらかといえばこれは「そういう設定」というだけで言葉のわからない少女が仲間と友情を深めたりとかそんな話を書きたいだけなので今のところロジバン部分にどの文字を使うかなどは考えていません。少なくても読む負担がかかり過ぎるような構成にはしません。つまり、一般的なファンタジー漫画と同じだと考えてください、設定上話している言葉が日本語ではないというだけです。私の場合、その設定上の言葉に翻訳するつもりだというだけなんですよ。

始めからお互いが想定していたものが違うのですからそりゃおかしくなりますよね。なんかもうよく分からなくなったので出た材料で漫画と関係ある部分を抜き出すと

・ロジバンはASCII文字で書かれることが無難で実用性を完全に無視する場合に限り他の文字を使っても悪くはない。
・ASCII文字、すなわちラテン・アルファベット自体は縦書き可能だがやっても誰も読まない。
・日本語式で描かれた漫画は現状でも十分に楽しむことができる。
・横書きで漫画を描く場合、単に左右が反転するというわけではないので書き方に縦書きとは違う工夫が必要。
・nalteoさんは漫画が好き。

ロジバンの仕様と関係無いところで何でこんな苦労しないといけないのかと。これだから芸術家気質は嫌になります。認めたくはないんですけどわがままで縦書きで読むことを強要しているだけなんですよね。そのくせ横書きも面白そうだからやろうとしているしどっちなんだよって話ですよ。とりあえずはファンタジーのやつとは全然関係無い漫画で色々と試そうと思います。中身は、「らき☆すた」みたいなやつにしようと思っているんですけどっていう説明でわかりますかね、でも恋愛要素あるから別物かも。

では。
No.303 - 2009/06/05(Fri) 03:14:17
2ちゃんねるより / nalteo
http://academy6.2ch.net/test/read.cgi/gengo/1205354869/

>>182
単語を覚える為に沢山の(日本語との)対訳例があると嬉しいのですが、
日本語で書かれた長めの小説をロジバン語に語順をなるべく変えずに訳してあるものはありますか?
一文又は一行単位で本文に訳が書いてあるとありがたいのですが。そう、丁度下の画像のような感じに。
http://img.blogs.yahoo.co.jp/ybi/1/ee/62/still715/folder/1210339/img_1210339_15971460_2
<<

画像ファイルが壊れていて文字化けするようです。

Wikisource に、著作権の掛からない日本語文献が所蔵されています。この中からお好きなものを選んでいただければ、その(一文ずつの)対訳を私が試みてみます。「文学」のカテゴリーには次のような文献があります:
http://ja.wikisource.org/wiki/Wikisource:%E6%96%87%E5%AD%A6

青空文庫のページからも無料で文章をダウンロードできます:
http://www.aozora.gr.jp/

もちろんニュースサイトからも:
http://dailynews.yahoo.co.jp/fc/

簡単な文章なら童話など:
http://hukumusume.com/douwa/
No.282 - 2009/05/31(Sun) 21:23:00

Re: 2ちゃんねるより / xekri
182です。

非常にありがたいです。

夏目漱石作の「我輩は猫である」
http://www.aozora.gr.jp/cards/000148/card789.html
を訳してもらえますか?
No.284 - 2009/06/01(Mon) 02:08:22

Re: 2ちゃんねるより / nalteo
こんな感じに対訳していきますがよろしいでしょうか? 合成語(kadmanku, tadypre等)は使わないほうがいいでしょうか? 「ニャーニャー」等は試験的・非公式な擬音語標識「sa'ei」を付けて訳していますが、このような試験的表現は使わないほうがいいでしょうか? 第一章を終えればこれをまとめてココ(http://sites.google.com/site/jbotijlan/lisri)に置いておきます。

pamo'o


ni'o

mi.io mlatu
吾輩(わがはい)は猫である。

.i nu'o se cmene
名前はまだ無い。

ni'o

na'esai te sidbo lo du'u pu jbena fo makau
どこで生れたかとんと見当(けんとう)がつかぬ。

.i ge'e morji lo po'o du'u bu'u lo cilmo kadmanku cu sa'ei .nian.nian. klaku
何でも薄暗いじめじめした所でニャーニャー泣いていた事だけは記憶している。

.i mi.io bu'u pare'u
吾輩はここで始めて

viska me lo remna moi
人間というものを見た。

.i ji'a vedu'o lo balvi
しかもあとで聞くと

ra me lo tadypre noi jutsi co cicprije traji fo lo'i remna
それは書生という人間中で一番獰悪(どうあく)な種族であったそうだ。

.i lo dei tadypre
この書生というのは

so'oroiku mi'a kalte ce'o glajicla ce'o citka vau ti'e
時々我々を捕(つかま)えて煮(に)て食うという話である。

.i ku'i ca ra
しかしその当時は

no ge'e zei da sidbo ja'e
何という考もなかったから

lo nu na sai zei terpa
別段恐しいとも思わなかった。

.i po'o ca lo nu gau cpana lo ko'a xanloi gi'e tai'i .suut. se lafti
ただ彼の掌(てのひら)に載せられてスーと持ち上げられた時

cu cinmo lo ge'e fulflu
何だかフワフワした感じがあったばかりである。

.i lo nu ga'u lo xanloi cu cnisma ru'e viska lo tadypre flira
掌の上で少し落ちついて書生の顔を見たのが

cu ka'u me lo remna moi visycfa vau pe'i
いわゆる人間というものの見始(みはじめ)であろう。

.i da poi caku cizra ci'o
この時妙なものだと思った感じが

cu caza'o stali
今でも残っている。

.i ra'u lo flira noi se jadni .ei lo kerfa
第一毛をもって装飾されべきはずの顔が

cu xulxutla tai lo patxu
つるつるしてまるで薬缶(やかん)だ。

.i baku penmi lo ji'a mlatu
その後(ご)猫にもだいぶ逢(あ)った

gi'e ku'i noroi go'i lo tai nalpa'e
がこんな片輪(かたわ)には一度も出会(でく)わした事がない。

.i ji'a lo flira midju cu dukse punli
のみならず顔の真中があまりに突起している。

.i je ra'i lo ri kevna so'oroi tai'i .puxpux. danmo vasxu
そうしてその穴の中から時々ぷうぷうと煙(けむり)を吹く。

.i tai vaxnandu .e'enaisai
どうも咽(む)せぽくて実に弱った。

.i fe lo du'u ra me lo sigja moi noi lo remna cu vasxu
これが人間の飲む煙草(たばこ)というものである事は

cu caco'isai facki
ようやくこの頃知った。
No.285 - 2009/06/01(Mon) 04:54:45

Re: 2ちゃんねるより / xekri
はい、この形式で大丈夫です。
合成語の実際的な作り方も参考になるので、必要ならどんどん使って貰って構いません。
試験的な物で表現する場合は、公式にはどう書くのかを知りたいです。

ところでページがうまく表示できないようなのですが、まだ作られて無いのでしょうか。
No.286 - 2009/06/01(Mon) 15:24:59

Re: 2ちゃんねるより / nalteo
> ところでページがうまく表示できないようなのですが、まだ作られて無いのでしょうか。

設定を直しました。これで表示されるようになるはずです。
No.287 - 2009/06/01(Mon) 16:43:57

Re: 2ちゃんねるより / xekri
表示されるようになったことを確認しました。
No.288 - 2009/06/02(Tue) 17:57:03
ロジバン辞書 / monaka
ロジバン辞書の編集をしたいのですが(View Only)という設定になっているみたいで編集ができません。
設定はどこで変更できますか?
No.280 - 2009/05/31(Sun) 15:26:24

Re: ロジバン辞書 / nalteo
画面左下の「* users, * new msgs」をクリックしてページ専用のメッセンジャーを表示させてください。設定変更の仕方を私がそこで教えます。
No.281 - 2009/05/31(Sun) 17:30:54
ユーザー放送 / monaka
11:30からユーザー放送を開始しました、よかったら見に来てください。

http://live.nicovideo.jp/watch/lv1211273
No.265 - 2009/05/30(Sat) 11:37:35

Re: ユーザー放送 / monaka
12:00次枠です。

http://live.nicovideo.jp/watch/lv1211649
No.266 - 2009/05/30(Sat) 12:06:46

Re: ユーザー放送 / monaka
12:35次枠です。

http://live.nicovideo.jp/watch/lv1212026
No.267 - 2009/05/30(Sat) 12:37:27

Re: ユーザー放送 / monaka
13:10次枠です。

http://live.nicovideo.jp/watch/lv1212491
No.268 - 2009/05/30(Sat) 13:11:17

Re: ユーザー放送 / monaka
14:00次枠です。

http://live.nicovideo.jp/watch/lv1213186
No.269 - 2009/05/30(Sat) 14:02:00

Re: ユーザー放送 / monaka
14:30次枠です。

http://live.nicovideo.jp/watch/lv1213685
No.270 - 2009/05/30(Sat) 14:34:25

Re: ユーザー放送 / monaka
15:10次枠です。

http://live.nicovideo.jp/watch/lv1214255
No.271 - 2009/05/30(Sat) 15:12:30

Re: ユーザー放送 / monaka
15:45次枠です。

http://live.nicovideo.jp/watch/lv1214705
No.272 - 2009/05/30(Sat) 15:44:33

Re: ユーザー放送 / monaka
16:20次枠です。

http://live.nicovideo.jp/watch/lv1215205
No.273 - 2009/05/30(Sat) 16:19:39

Re: ユーザー放送 / nalteo
終了5分前ぐらいのところで聴くことができました。「.ui .oiro'odai」をコメントしたのは私です。喉が痛いみたいなことを仰っていたので、 oiro'o (身体に関する不満)に dai (同情)。 ui は、妹さんが食事を準備するとかで放送に使える時間が増えたらしいことにたいする「やった」の気持です。
No.274 - 2009/05/30(Sat) 20:05:27

Re: ユーザー放送 / monaka
おお、やはりあのコメントはbanpreさんでしたか。
今日は家に父親しかいないようなので父親が寝たら生放送をしたいと思います。
ですが、おそらく枠取りが困難を極めることが予想されますので放送を行えなかったらすみません。

どうやらLFBの課程が終わったようです、ヤフー。
LLCもいいですがとりあえずロジバンの文章を読もうと思うのですが何かいい文献はありませんか?
あと、そろそろ単語を覚えていきたいと思うのですが何か良い教材はありませんか?
やはりjMemorizeを日本語化しながら地味にやっていくしかないでしょうか。
心配なのはjMemorizeのあのやつにma'ovlaは網羅されていましたでしょうか。
No.275 - 2009/05/30(Sat) 20:37:24

Re: ユーザー放送 / nalteo
> LLCもいいですがとりあえずロジバンの文章を読もうと思うのですが何かいい文献はありませんか?

『lo nu binxo』
http://www.lojban.org/tiki/tiki-index.php?page=lo%20nu%20binxo
は lujvo をまったく使っていないので、初心者にたいする負担が比較的小さいです。カフカという有名なチェコ人作家の小説で、或る朝目覚めたら巨大な昆虫に変身していたという主人公の話です。 Wikisource に英語訳やスペイン語訳が載っていますが、日本語訳はありません。探せばインターネット上にあるかもしれませんが。

短いものなら、私が訳した
『ブラブラたろう』
ロジバン: http://sites.google.com/site/jbotijlan/lisri/la-buraburan-tarosuken
日本語: http://hukumusume.com/douwa/I/jap/12/22.htm

『かちかち山』
ロジバン: http://sites.google.com/site/jbotijlan/lisri/la-katcikatcik-cmanan
日本語: http://www.ffortune.net/symbol/12si/s04/katikati.htm
などがあります。ただし、 i を - に、 lu ... li'u を { ... } に置き換えるなど、試験的な部分があります。また、以前に書いたものなので文法の誤謬があるかもしれません。

> あと、そろそろ単語を覚えていきたいと思うのですが何か良い教材はありませんか?
> やはりjMemorizeを日本語化しながら地味にやっていくしかないでしょうか。


たしか、辞書の語表を指定の仕様のテキストファイルに出力できればそれを jMemorize が取り込んで各単語を自動的に1つ1つのカードに分けてくれるはずです。しかしそのテキストファイルをどうすれば出力できるのかが私にはわかりません。

> 心配なのはjMemorizeのあのやつにma'ovlaは網羅されていましたでしょうか。

rafsi 形を有する ma'ovla は全て含まれています。例えば先日の zon という rafsi 形を有する zo'a が含まれています。つまりロジバン辞書で gismu のページに載っている ma'ovla はみんな含まれます。それ以外は含まれていませんね。
No.276 - 2009/05/30(Sat) 21:29:23

Re: ユーザー放送 / monaka
21:50枠取れました。

http://live.nicovideo.jp/watch/lv1219801
No.277 - 2009/05/30(Sat) 21:55:06

Re: ユーザー放送 / monaka
22:40次枠です。

http://live.nicovideo.jp/watch/lv1220392
No.278 - 2009/05/30(Sat) 22:41:54

Re: ユーザー放送 / monaka
ありがとうございます。
日本語訳の有無は考慮しなくてもたぶん大丈夫です。
どうしてもわからなかったら質問しますので。

jMemorizeはやはり手作業で日本語化していきますね。
まぁ、自力で翻訳するしかなかった頃に比べたら楽なものですよ。
くじけそうになったら相談します。

ma'ovlaは基本的には含まれていないんですね、残念です。
でもとりあえず語彙を増やしたいのでma'ovlaは後になってしまっても問題無いと思います。

では。
No.279 - 2009/05/30(Sat) 23:16:58
泡が出る / monaka
ユーザー放送で「泡が出る消毒薬」をロジバン訳して欲しいとコメントを頂いて試してみたのですが

lo vicyvidxu'i poi jbena lo ponmo
泡を産む消毒薬

造語部分にも不安がありますが、産むが違うと思います。
また、poiで修飾していますが「泡が出る」の部分をtanru化して並べた方が原文に近いんですよね。
どうしたらいいでしょうか。
No.258 - 2009/05/27(Wed) 11:36:21

Re: 泡が出る / banpre
無声音(p, f, s, c, t, k, x)と有声音(l, m, n, r を除く b, v, z, j, d, g)が隣り合う際には y を挿入します。 c と v の間にはちゃんとありますね。同じ理由で、 d と x の間にも挿みます。(私は個人的に、カジュアルな環境ではドットを省くようにこの y も省いていいと考えていますが。)

造語内部の語順は、「vimcu vindu xukmi」よりも「vindu vimcu xukmi」のほうがいいかもしれません。漢字としての「消毒薬」では「vimcu」が先に来ますが、 tanru/lujvo では「外延→中核」の順で並べます。つまり左側の要素を順に取り除いていっても概念の中核が順に残るようになるということです。実際に確かめてみましょう:

- vimcu vindu xukmi (消毒薬)
- vindu xukmi (毒薬)

「vindu」が「vimcu」よりも概念の中核に近いというのはすなわち基本が毒薬であるということになってしまいます。そこで順を入れ替えるとこうなります:

- vindu vimcu xukmi (毒消薬)
- vimcu xukmi (消薬)
- xukmi (薬)

「消薬」という日本語はありませんが、毒を消す薬や汚れを消す薬(化学物質)の総称・上位概念として想定できます。このようなより基本的な概念を右側・右向きにまとめておくのが無難です。そこで「vidvicyxu'i」をお奨めします(今のところ原則では c と x の間には y を挿みます)。

「ponmo」は「fonmo」ですね。

原文に近づけるなら、名詞としての「泡」は sumti にします。ですから「lo fonmo」のままでいいでしょう。これを何らかの selbri の対象にすれば格助詞「を」も訳したことになります。

「jbena」は、 x1 が産まれるもの、 x2 が産み主です。ですから「se jbena lo fonmo」か「seljbe lo fonmo」ですね。「jbena」は生物に関して使われるのが普通です。非生物には「cupra」などを使えます(その場合 x2 が「lo fonmo」となります)。原文よりもロジバンらしさを活かすなら、「fonmo」のPSを活用して

- lo vidvicyxu'i poi (ke'a) se fonmo

さらには

- lo selfo'o vidvicyxu'i (発泡性のある消毒薬)

とできます。
No.259 - 2009/05/27(Wed) 14:44:30

Re: 泡が出る / monaka
ありがとうございます。
まさかのタイプミス・・・、でもpとfは音も近いし間違えても仕方ないかも?
次からは気を付けます。

有声音の存在する無声音とその有声音が並ぶと発音しにくいのはわかります。(xはこの説明だと不足ですが)
ですがcとxが並べられないというのはよくわかりません。
どこかに禁音列の表の様なものがありましたっけ?

消毒薬ではなく日本語っぽい「毒消し草」の方で考えれば分かりやすいですね。
大切なことを後に言う日本語の特性がロジバンの造語と上手くかみ合っているようです。
でもロジバンの文章では大切なことを先に言うんですよね、ちょっと味気ない感じを受けてしまいます。

cupraが使えたんですね、違うような気がしたのですけど。
lo selfo'oで「発泡性(これだと発泡物かな)」と使えるんですね、このあたりはロジバンの文に慣れていないと難しいですね。


ロジバンを始めてから気づけば8か月ほど経っているようなのですが未だにLojban For Beginnersの講座を満了していません。
ゆっくりでも続いているのだから問題はないのですが流石にそろそろ一丁前の文章が作りたいですね。
一周年までに漫画を書き始められたらなぁ、なんて。
No.260 - 2009/05/27(Wed) 21:13:12

Re: 泡が出る / banpre
> cとxが並べられないというのはよくわかりません。

有声音のペアが無いことと関係しているのかもしれません:

p - b
f - v
s - z
c - j
t - d
k - g
x -

cx/xc だけでなく kx/xk、それから mz も駄目だとされています。でもこのあたりは文法に大きな影響を与えないので、今後変更されるかもしれません。

禁音列を全て網羅した表はありませんが説明ならCLL3章(http://www.lojban.org/no/publications/reference_grammar/chapter3.html)の6節にあります。

> 消毒薬ではなく日本語っぽい「毒消し草」の方で考えれば分かりやすいですね。

まさにそうですね。

> でもロジバンの文章では大切なことを先に言うんですよね

そうですか? どんな例があるでしょうか?

> ロジバンを始めてから気づけば8か月ほど経っているようなのですが未だにLojban For Beginnersの講座を満了していません。

英語を相手に継続できているだけでもすごいと思います。
No.261 - 2009/05/27(Wed) 21:35:23

Re: 泡が出る / monaka
>> でもロジバンの文章では大切なことを先に言うんですよね
>
>そうですか? どんな例があるでしょうか?


No,66 「Re: nu+」にて
>BAI句は同階層ならどこにでも配置させられます。「ドラえもん」と「笑いながら飛んでいる」と「空」どちらのイメージを先に読み手に思い浮かべてほしいかによって語順を変えられます。

これはそういう意味だと思っていたのですが違うようですね。
英文で主に学習しているせいで最初に重要なことを先に言わなければならないような気になっていたようです。
実際、SVO的な書き方をした方がいいっぽい様ですし、まぁこのあたりは自由にやり過ぎるとむしろ読みにくくなるだけなんで問題はないんですけどね。
ちなみになぜこんなことを言い出したかといいますと、「通りすがりの仮面ライダーだ」というセリフをロジバン訳したいと思っているのですが「仮面ライダーだ」を「通りすがりの」の後に持ってきたい、つまり一番大切な「仮面ライダーだ」の部分を「通りすがりの」でちょっとだけ勿体付けたいなと思って、でもロジバンの規則が「先に大切なことを言う」だとそれをやらない方がいいのかなと、そんな経緯です。
でも「通りすがりの」をどうロジバン訳したらいいのかわからずに途方に暮れていたりします。

CLLまで早くたどりつきたいですね。
えっと、CLLつまりThe Lojban Reference Grammarはロジバンの文法をすでに学習した人向けの講座ですよね?
そう言えば、wikipediaのThe Lojban Reference Grammarへのリンクをクリックしてもtikiに飛ばされてしまうのですがこれはリンクミスですかね。
No.262 - 2009/05/27(Wed) 22:53:18

Re: 泡が出る / banpre
ドラえもんの例は、言葉の重要さの序列というよりもイメージの組み立て順についてです。場面の雰囲気が先に描写されていることはときに読者にとって効果的です。しかしだからといって場面の後に描写されるキャラクターがそれだけ副次的な存在であるということにはなりません。あくまでも意識の流れにおいてどのイメージが先に映り出されるかであって、この序列はイメージ間の優劣関係をかならずしも含意しません。

> 「通りすがりの」をどうロジバン訳したらいいのかわからずに途方に暮れていたりします。

zo'a klama から zonkla ですね。 zo'a は、円と直線の接点をイメージしてください。ライダーは円の枠の上にいます。これをつたって向こうからやってきたライダーは直線との接点に際してセリフを吐き、そのあとまた遠ざかります。近づいて接触して遠ざかるというこの動きが zo'a です。

jbikla は「近づいた」まで表せますが、そのあと離れることが含意されず、「(通り)すがり」のニュアンスが訳せません。

> えっと、CLLつまりThe Lojban Reference Grammarはロジバンの文法をすでに学習した人向けの講座ですよね?

具体的には私は憶えていませんが、LFB(Lojban For Beginners)が扱わない文法内容があったはずです。この分を含めて詳細に解説しているのがCLLです。ですから、LFBを終えてCLLに目を通す中で「えっ、こんなこともできたんだ」と新しい発見をすることがあります。また、CLLには練習問題がありません。序章から最終章に向けて読み進めるというよりも、気になったところを集中的に詳しくおさらいするのに適っています。 cmavo 類名ごとの索引と例文が載っている20章のページをブックマークしておいて、気になった cmavo の使い方をここから調べることができます:
http://www.lojban.org/no/publications/reference_grammar/chapter20.html

ロジバンを何に使うかという目的によってその人に要される文法知識が異なってきます。私の場合は数式表現に関する文法が最も後回しになりました。この部分には今でも私の知らないことがあり、必要があり次第CLLを開いて確かめる、といった具合です。

> そう言えば、wikipediaのThe Lojban Reference Grammarへのリンクをクリックしてもtikiに飛ばされてしまうのですがこれはリンクミスですかね。

ua、修正しました。
No.263 - 2009/05/28(Thu) 00:03:22

Re: 泡が出る / monaka
語順は自由に決めてしまっても大丈夫なわけですね、安心しました。

通りすがりはそれで大丈夫なんですね。
zo'aは使えそうだとは思っていたのですがどう使ったらいいのかよくわかりませんでした。
klamaは使うとしたらx4をうまく使えば・・・なんて変なことを考えていました。

ありがとうございました、では。
No.264 - 2009/05/28(Thu) 08:47:56
klaku / monaka
今日のユーザー放送でロジバンの文章を作ってくれた方がいました。

vifne cergusni i le tricu cu klaku le clani ctino

klakuは単に涙を流しているという意味で使えるのでしょうか。
また、このような表現の時は確か比喩表現であることを表さなければならなかったと思うのですが風諭、暗喩、擬人化などの区別の表し分けなどはあるのでしょうか。
No.252 - 2009/05/24(Sun) 19:42:59

Re: klaku / banpre
綺麗な文ですね。

> klakuは単に涙を流しているという意味で使えるのでしょうか。

はい。

> このような表現の時は確か比喩表現であることを表さなければならなかったと思うのですが

義務ではありません。比喩であることが話者の間で明らかである場合にはそのままでOKです。

> 風諭、暗喩、擬人化などの区別の表し分けなどはあるのでしょうか。

それらを個別に指示し分ける cmavo はありません。しかしどれであるかは語の組み合わせ自体で大方定まります。例えば le tricu mi satre pe'a (木が私を撫でる)を擬人法でないとはみなせません。また、 lo tarci culno tsani cu carvi pe'a lo jbini be lo remei (満天の星空が二人の間に降り注ぐ)を暗喩でないとはみなせません。


ところで、放送を聴いてみたいと思っていたのですが、日時を確かめることができませんでした。コミュニティのページのどこかに記載されているのでしょうか?
No.253 - 2009/05/24(Sun) 20:24:09

Re: klaku / banpre
他の修辞法についても考えてみました:

- まるで怪物のように叫ぶ。(直喩)
- krixa tai lo cizda'u

- そのワインを開けてくれ。(換喩)
- .e'o kargau tu'a lo vanju
- .e'o kargau le vanju

- ペンは剣より強し。(換喩・象徴喩)
- le penbi le dakfu cu bapmau

- 彼女の笑顔が、僕にとって元気の薬だ。(擬物)
- lo ko'o nuncisma cu me le velmikce be mi

換喩や擬物では le が役立ちます。通常の(換喩や擬物でない) sumti は lo で表すことでこのあたりの分別をよりはっきりさせることができます。

- 紙もすっかり値上がりしたので、本当に困る。(提喩)
- fau lo nu lo pelji ba'o jdima zenba cu je'u raktu

提喩というのは上位概念で下位概念を(或いはその逆を)表すことです。 lo pelji は lo vimku'a pelji (トイレットペーパー)の上位概念で、トイレットペーパーが高値になったことに困っている状態が暗示されます。

- 犬がワンワンと鳴く。(擬態)
- lo gerku cu sa'ei .uan.uan. krixa
No.254 - 2009/05/24(Sun) 21:08:25

Re: klaku / monaka
ありがとうございます。
ロジバンでは比喩表現の明示は必須ではないんですね、cmevlaの「.」といい結構適当なんですね。

比喩表現の種類がこんなに多彩だとは思いませんでした。
語学・数学・情報系の知識が乏しい私にはこの学習のあたりが第二の壁なのかもしれませんね。
ロジバンを学習できる環境のある人たちの中で私は一番ロジバンから遠い所にいるのかもしれません。


ユーザー放送は基本的にゲリラ放送です、すみません。
えっとですね、ユーザー放送というのはニコニコ動画で行える生放送、絵付きのネットラジオのことです。
Stickamやstream.tv(お、この表現はもしや集合)のニコニコ動画版ですね、知ってたらすみません。
こういったサービスの俗称ってないんですかね。
ニコニコ生放送を行う場合、同時に配信できる番組の数に限りがあるため有料で枠の予約をするサービスをしない場合は枠が空いているときに放送開始ボタンをうまく押さないと配信できないんですよ。(この行為のことを枠取りという)
また、放送時間は30分まででこれまた延長料金を支払わないとつづけて放送を続けることができません。(延長は最大6時間、料金は予約分を含めて6000円、実行したものはニコニコ大百科に名前が載るためちょっとした英雄気分が味わえるが・・・)
混雑する時間帯になると最悪2時間粘っても枠を取れないこともあります。
ほぼ確実に取れる時間帯は日本時間で平日は深夜4時から夕方の5時くらいまで、休日は早朝のみです、まぁものすごく混雑しているかものすごく運が悪くない限りは長くても10分ほどで取れるんですけどね。
ですが、私の家のパソコンが妹の部屋にあるため妹が私よりも家にすごく遅く帰ってくるか休日にどこかに遊びにでも行っていて私に用事がない時くらいしか放送が行えないんですよ。
つまり放送日時を決められないんです。

ユーザー放送をしたくて選んだ題材がロジバンというだけなのでそんなに面白いものではないと思いますよ。
人工言語以前に自然言語の怪しい私が無知識だったり言語学をやっていたりプログラミング言語をやっていたり数学が得意だったりする人たちの質問に困惑しつつも放送事故と闘いながらぐだぐだで終わる、そんな放送ですよ。
そういえばユーザー放送中に「日本で唯一のロジバン番組」とコメントをいただいたのですが実はこういった配信方法でロジバンを紹介したのは私が世界で初めてだったり・・・しないか。
正直なところ、banpreさんのようにちゃんとした知識を持っている方が聞いていると思うと怖くて放送自体できません。
結構適当なことを言ってしまっているかも知れないのでフォローしていただけるならそれは有意義なのでしょうけど。
No.255 - 2009/05/26(Tue) 16:30:41

Re: klaku / banpre
なるほど。たいへんそうですね。

パソコンが妹さんの部屋に置かれているということは、物を牛耳る力が妹さんのほうにあるということでしょうか(zo'o)。ネットブックが日本では今3万円から買えるそうですが、何かのプレゼントとして転がり込んでくる(?)といいですね。

nalteo という名のアカウントでコミュニティに登録させていただきました。そのうち拝聴できることを望んで。
No.256 - 2009/05/26(Tue) 19:05:57

Re: klaku / monaka
>パソコンが妹さんの部屋に置かれているということは、物を牛耳る力が妹さんのほうにあるということでしょうか(zo'o)。

実はなぜかユーザー放送で私の妹の話題が出たりします。

おお、コミュニティへの参加ありがとうございます。
ちゃんと放送できそうな時に枠を取りましたらこちらにお知らせを貼りたいと思います。
編集パスを設定しておけばここの掲示板では記事を消せるんですよね?

では。
No.257 - 2009/05/26(Tue) 21:58:29
以下のフォームに記事No.と投稿時のパスワードを入力すれば
投稿後に記事の編集や削除が行えます。
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