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集合と群 / monaka
集合と群は具体的にはどのような違いがあるのでしょうか。
No.242 - 2009/05/21(Thu) 17:38:06

Re: 集合と群 / banpre
まず、集合は“行為”しません。集合である cuxna (選ぶ)の x3、 rirci (珍しい)の x3、 ciste (体系)の x3 などはどれも何も行為しません。集合は、いくつかの個に共通してみられる性質を基に成立する観念上のグループです。例えば「ko'a rirci fi lo'i tcadu xabju/彼は都会に住む者にしては珍しい」では、 tcadu xabju という性質を共有する者のまとまりである lo'i tcadu xabju についての珍しさ・例外性を述べています。 lo'i tcadu xabju そのものは ko'a が rirci すなわち「彼」が「珍しい」ということに関して何も行為していません。

一方の群は行為します。例えば、群である trene の x2 (車両)は、「列車」という現象に関してまとまって行為します。各車両が一緒に「列車の車両」をしています。 gubni の x2 (大衆)も群です。「公共」であるというのは、 x2 が群となって x1 に行為する(x1 を共有する)ということです。

項は、PS上で特に集合か群かを指定されていなくても、 ce や joi といった非論理接続詞で集合や群にすることができます。この場合も、“行為する/しない”の区別が可能です。

「mi joi do bevri lo pipno」は、 mi と do が一緒に bevri を行為する(ピアノを運ぶ)ことを表します。 mi と do が別々にピアノを運ぶ「mi .e do bevri lo pipno」との違いに注意してください。

「mi ce do simxu lo ka bevri lo pipno」は、「ピアノを運ぶ」という性質に関して mi と do が共通である、つまり集合の要素であることを表します。焦点は共通性質の構造にあって共同の行為そのものには無いことに注意してください。

「ti pluta la .cinjuk. la .xatci,oj. la .nakanon. ce la .kitcijoj. ce la .kokubunj.」は、新宿←八王子までの路線の間に中野と吉祥寺と国分寺という点を含む集合があることを表します。“新宿←八王子の間にある”という共通性質による集合です。

複数の項を結ぶとき、集合か群かがわからなければ、 ju'e で対応できます。これは集合か群かを指定しない接続詞です:

- mi ju'e do bevri lo pipno
- mi ju'e do simxu lo ka bevri lo pipno
- ti pluta la .cinjuk. la .xatci,oj. la .nakanon. ju'e la .kitcijoj. ju'e la .kokubunj.
No.244 - 2009/05/21(Thu) 20:31:04

Re: 集合と群 / monaka
分かりにくいですね。
例えば少し前に使った例文の

loi mlatu po'onai cu nelci loi spati be la'o ly. Nepeta cataria ly.

では猫も植物も両方「群」ですが好むことと好まれることは行為なのでしょうか?
植物を好むことは私には性質に感じられるのですが。
No.246 - 2009/05/22(Fri) 21:06:56

Re: 集合と群 / banpre
猫達が一緒に、そして植物達が一緒に、「x1 は x2 を好く/ x2 は x1 に好かれる」という現象の行為者として関わっています。「好かれる」を行為する、というのはピンとこないかもれません。しかし、イヌハッカが猫に好かれるのはそもそも何故なのかを考えてみてください。イヌハッカが育たず、猫の前に在することがなく、薫らなければ、「猫はイヌハッカを好き」という現象は起きません。イヌハッカは、育ち、猫の前に在することがあり、猫の好きな匂いで薫るからこそ、自らを猫に“好かせる”ことができるのです。逆に、猫がイヌハッカを嗅がなかったり、これに魅力を感じない場合にも、「猫はイヌハッカを好き」という現象は起きません。行為は相互的です。

「mi nelci ko」という表現も考えてみてください。「私があなたを好きであるようになんとかしなさい」という意味です。例えば髪型が格好悪いとか、着ている服がダサいとか、性格が意地悪とか、そういうのを直しなさい、ということです。このとき ko が髪型や服装や性格を mi の気に入るように直せば、「好かれる」を行為したことになります。

> 植物を好むことは私には性質に感じられるのですが。

たしかに、「loi mlatu cu ckaji lo ka nelci loi spati」などでは、植物を好むことを性質に見立てることができます。しかし「loi mlatu cu nelci loi spati」では、「好く」は性質ではなくモノとモノの間に起こる行為です。また、行為は必ずしも意志を含意しませんから、“好きたいから好く”であるとは限りません。植物を気に入りやすいという無意志・無意識の傾向から「好く」を行為する、と捉えることができます。

この“行為”という捉え方が難しければ、“状態”でもいいでしょう。ロジバンでは基本的に行為と状態を始めから区別しません。これらを指定する際には zu'o と za'i などを使います。 nelci 単体は行為と状態の両を兼ねます。

このことから、「赤い」や「悲しい」も「歩く」や「落とす」と同じ行為/状態の枠組で捉えられます。言語によっては、「赤い」は「赤をする」「赤む」という行為として表されます。「悲しい」は日本語でも「悲しむ」つまり行為として表すことがありますよね(「好く」「好む」も動詞であることから行為を表しているのがわかります)。このような相違をロジバンは中和します。

「水である」なんかも行為/状態です。水であるという状態は、酸素と水素が一緒に(群となって)行為する現象です。これをロジバンでは「loi kijno joi cidro cu djacu」と表現できます。直訳では「酸素と水素が水する(水む?)」です。

「おまえなにしてんの?」という問いかけに、ふざけて「人間やってる」と答えることがたしか日本語でもあったと思うのですが、その観点と似ています。「mi prenu」は、「人間である」という状態であると同時に「人間をしている」という行為でもあります。哲学の文脈では、状態と行為の境界は錯覚として論じられることもあります。
No.247 - 2009/05/22(Fri) 22:25:19

Re: 集合と群 / monaka
なるほど、行為するとは何かを少しは理解できました。
わざわざ分けない限りは「見る」も「見えている」もロジバンでは区別されない、両方とも行為するに分類されるわけですね。
そうなると性質とは、つまり行為しないとはどのようなことを言うのでしょうか。
状態=行為だと例えば「選ばれる」の対象は選ばれたという状態、すなわち行為しているように見えます。

でも一度説明していただいてますし、文章を読んで行けば理解できるようになるのかも知れませんが・・・・
No.248 - 2009/05/23(Sat) 00:38:54

Re: 集合と群 / banpre
性質とは定義するのがとても難しいものです。定義できるものではないとする哲学者もいます。でも、ロジバンに関しては、“こういう「ka」の使い方はしない”といった指標がいくらかあります。例えば、

do ka prami

とは言いません。 do そのものは性質ではないからです。仮に「do」=「ka prami」なら、他の人が愛の性質を有することが「do」そのものを有することを意味してしまいます。実際には「ka prami」は個人と同一ではなく個人の属性として認められるものです。「do」が「ka prami」を有するという行為、あるいは「ka prami」が「do」にあるという状態、を表すには、「do」と「ka prami」の“関係”を表します。関係を表すのは selbri です。そこで「ckaji」が出てきます。この場合「ka prami」は項として扱われるので、冠詞を付けて次のようにします:

do ckaji lo ka prami

あるいは tanru にします:

do ka prami kei ckaji

この「do」は「ka prami kei」の x1 ではなく「ckaji」の x1 ですから先程のような問題はありません。

あるいはさらに lujvo を考案できます:

do pamkai

大切なのは、 do そのものを ka ... の x1 すなわち性質そのものとみなさないことです。

> 状態=行為だと例えば「選ばれる」の対象は選ばれたという状態、すなわち行為しているように見えます。

バスク語やチベット語は能格言語と呼ばれ、「〜る(能動)/〜れる(受動)」に関して日本語や英語のような主格言語と異なる観点を持っています。

【男-が】着いた
【gizon-a】 etorri da

【男-が】【子供-を】見る
【gizon-ak】【mutil-a】 ikusi du

日本語では「少年」は見られている状態にあるものとして捉えられます。バスク語では、語尾「-a」が同じであることからわかるように、「見られる」という状態の主が「着く」という動作の主と同じように行為の“絶対格”つまり中心として捉えられます。「着く」が行為することであるように、「見られる」も行為することとなります。同様に、「選ぶ」と「選ばれる」のどちらが行為の中心であるかも、主格言語と能格言語とで解釈が異なってきます。

こういった相違がロジバンでは中和されます。格が指定されないからです。

【男-が】着いた
【gizon-a】 etorri da
【lo nanmu】 ba'o klama

【男-が】【子供-を】見る
【gizon-ak】【mutil-a】 ikusi du
【lo nanmu】【lo nanla】 pu viska

このようにロジバンでは項の形態を同じに保ちながら主格言語(日本語)と能格言語(バスク語)のどちらの観点からも行為/状態の関係を捉えることができます。
No.249 - 2009/05/23(Sat) 04:21:02

Re: 集合と群 / monaka
「選ばれている対象」という表現は不適切でした、cuxnaのx3はまだ選ばれていませんでした。

>「ti pluta la .cinjuk. la .xatci,oj. la .nakanon. ce la .kitcijoj. ce la .kokubunj.」は、新宿←八王子までの路線の間に中野と吉祥寺と国分寺という点を含む集合があることを表します。“新宿←八王子の間にある”という共通性質による集合です。

これも私には性質というよりも状態に見えてしまいます。
PS上で集合だと宣言しておけと言われているから仕方なくそうしているといった感じです。

やはり感覚でどうにかするしかないのでしょうか、性質は定義できないようですし。
No.250 - 2009/05/23(Sat) 10:19:29

Re: 集合と群 / banpre
> 「選ばれている対象」という表現は不適切でした、cuxnaのx3はまだ選ばれていませんでした。

x3 は“ずっと”選ばれません。選ばれるのは x2 です。また、ロジバンでは時間点がデフォルトで指定されないので、 x2 は、既に選ばれた、今選ばれている、これから選ばれる、のいずれにも当てはまります。

> これも私には性質というよりも状態に見えてしまいます。

“新宿←八王子の間にある”は、状態でもあるし性質でもあります。状態は性質を具現します。その性質を共有するもの同士で数学的に形成されるのが集合です。

> PS上で集合だと宣言しておけと言われているから仕方なくそうしているといった感じです。
> やはり感覚でどうにかするしかないのでしょうか、性質は定義できないようですし。


集合であることにはちゃんとした数学的基盤があります。集合論について私が理解できていないことはけっこうありますが、 pluta の x4 がなぜ群(mass)でも個(individual)でもなく集合(set)であるかは感覚に依存することではなく数理性に基づく原則であるのを認識しています。集合を説明するWiki記事があるので参考にしてみてください:

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%9B%86%E5%90%88
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%9B%86%E5%90%88%E8%AB%96
No.251 - 2009/05/23(Sat) 18:46:18
smart.fm と Livemocha / banpre
主に日本人に人気のある言語学習サイト smart.fm (http://smart.fm) は、なかなか便利です。ここにロジバンの音声付例文集を作ってみたいのですが、リストの作成に際して学習言語を指定しなければならず、しかしその学習言語としてロジバンがサイト側で登録されていないので、困っています。サイトの管理者陣に何度か問い合わせ始めてから数ヶ月経ちましたが、いまだ反応がありません。個人単位での要望件数が少ないからかもしれません。学習言語としてのロジバンの追加を望む方はこのページからその旨を伝えることができます:

http://smart.fm/feedback

とりあえず英和の組み合わせで、英語欄にロジバンを入力するという形で、仮の簡素なリストを作ってみました:

http://smart.fm/lists/89911

音声はアップしていません。英語読みの発音が自動生成されますが、ロジバンの発音ではありません。

投稿された翻訳を拍手機能で評価し合えるのも良いと思います。


ユーザー層がより国際的な言語学習サイトとして Livemocha (http://www.livemocha.com) があります。日本語に対応しています。ユーザー同士でお互いの得意な言語を教え合うための環境が smart.fm よりも整っています。自分の音読を投稿し、それをネイティヴに評価してもらうこともできます。

要望の高い言語からその学習コースをサイトで用意してもらえます。先日、エスペラントが学習コースとして認定されました。要望の高さは投票で決まるようです。ロジバンの学習コースを求める投票ページはこちらです:

http://livemocha.uservoice.com/pages/2163-features/suggestions/192502-add-a-course-in-lojban

1人3票まで投じられます。今のところ100票ほどが集まっています。左上のアイコンをクリックして自らの票分を選ぶだけで出来ます。
No.240 - 2009/05/20(Wed) 08:04:03

Re: smart.fm と Livemocha / monaka
このような場所でロジバンを学習できる利点は何でしょうか。
結局英語を話せなければまともに話し合えない現状では少なくとも日本人にとっては学習場所が提供されたところでロジバン学習の追い風になるとは私には思えないのですが。
No.241 - 2009/05/21(Thu) 17:35:01

Re: smart.fm と Livemocha / banpre
まず、ロジバンの学習コースが日本語やドイツ語のコースと同等の立場で設立されれば、人工言語にたいする軽視・蔑視を少なからず和らげられるはずです。また、言語に興味のある人達が集まり、かつ友達機能を備えたサイトなので、ロジバンの存在と魅力の“伝達路”が構築できます。例えば、学びたい言語として日本語を設定しているユーザーの画面のお薦めユーザー欄には日本語を話すユーザーが表示されるようになっています。このときリストアップされているユーザーの“教えることができる言語”として日本語の他にロジバンが挙げられていれば、それを見るユーザー達に少なくともロジバンの存在を知らせることができます。交流が行われればその中で「ロジバンって何?」と尋ねられるかもわかりません。これはロジバンがどんなものであるかを伝える機会となります。

> 結局英語を話せなければまともに話し合えない現状では少なくとも日本人にとっては学習場所が提供されたところでロジバン学習の追い風になるとは私には思えないのですが。

補助言語として最も広まっているのは英語です。しかし日本語を補助言語として使えないわけではありません。ドイツ語や英語のネイティヴで日本人に日本語で自身の他の得意言語を教える場面はあります。また、“話し合う”というプロセスは学び始めの段階では必須ではありません。日本語を習うドイツ人は何らかの日本語文章を投稿し、その日本語の誤謬を日本人が自然な日本語に直し、ドイツ語を習うその日本人は何らかの(ドイツ人が投稿した文章とは関係の無い)ドイツ語文章を投稿し、そのドイツ語の誤謬をドイツ人が自然な日本語に直す・・・こういうやりとりだけでもお互いの能力に磨きをかけることができます。そうしてお互いにある程度の能力にまで到達すれば、相手の母語を使って文法など細かいことに関して質問し合えるようになります。その場合にはもはや英語など無用となるのです。
No.243 - 2009/05/21(Thu) 18:59:52

Re: smart.fm と Livemocha / monaka
人工言語に対する軽視・蔑視というのは初めて聞きました。
言語をひとつ習得するのには膨大な労力と時間がかかるのは当然ですからネイティブのいない言語が学習の選択肢から外されるとしてもそれは当然ですからそのあたりにそういった軽視感や蔑視感が生まれるのでしょうかね。
でも英語とスペイン語を除けば(インドネシア語やヒンディーなどの扱いは良くわかりませんが)ほとんどの言語はその国でしか話されていないのが普通ですから行ってみたい国の言語を学ぶなどという目的ではなく趣味として言語を学習する上では自然言語と人工言語の差異は無いように感じられますね。
でも言語として成立している人工言語はたぶん少ないのでファミコン時代の終わり頃にクソゲーが大量に作られた時の様な感覚になっていたとしても仕方ないのかもしれません、「人工言語は未完成」だという。
私自体は人工言語についての知識はありませんから憶測ですけどね。

ロジバンの知名度を上げたいというのはわかります、私もユーザー放送でロジバンを紹介していますし。
ただ、人工言語というものの存在すら知らない人が大半であるこの世の中で最初の掴みでどれだけまともに取り合ってもらえるのか心配です。
相手に合わせることが前提とはいえ何か有効な説明を用意しておきたいですね、私は欲しいです。

確かに文章の不自然なところを直すだけなら補助言語は必要ありませんね。
でも例えば過去の私のようにcuktaのx2に本の題名を突っ込んであったりnoiを使わずにとりあえず知っているnuで何とかしようとしたり初心者はとんでもないことをやらかしますから私は補助言語無しに文章の間違いを直してあげられる自信はありません。
でも実際はこういった心配は杞憂なのかもしれませんけど。
No.245 - 2009/05/22(Fri) 21:03:20
po'onai / monaka
同項で「po'onai」という単語が作れるとありましたが表にはその単語は載っていませんでした。
たとえばpo'oが使われていた例文のpo'oをpo'onaiとした時

loi mlatu po'onai cu nelci loi spati be la'o ly. Nepeta cataria ly.
猫だけが学名Nepeta catariaという種の植物を好きなわけではない。
猫も学名Nepeta catariaという種の植物を好む。

などとなるのでしょうか。
No.229 - 2009/05/14(Thu) 16:12:45

ベン図など / monaka
たびたびすみませんが、同項の例文

.i da'i do zvati le nu la rikis.martin. tigni .inaja do tirna la'o sy. La Vida Loca sy.

の解説をしていただけませんでしょうか。
la'o sy. La Vida Loca sy.がスペイン語なのはわかるのでいいのですが
zvati、tigni、.inajaの解釈が私には難しいです。
No.230 - 2009/05/14(Thu) 17:19:29

zoとか / monaka
たびたびすみませんが、同章Bits and piecesの項の例文

zo ba'e basna le valsi poi se lidne jenai lidne zo ba'e

がわかりません。
No.231 - 2009/05/14(Thu) 19:10:03

Re: po'onai / monaka
たびたびすみません、同項の例文

ti poi to vi'onai do'u mi na djica lo drata toi plise cu fusra

もわかりません。

この章は私にとって鬼門なのでしょうかね。
No.232 - 2009/05/14(Thu) 19:34:34

Re: po'onai / banpre
> loi mlatu po'onai cu nelci loi spati be la'o ly. Nepeta cataria ly.
> 猫だけが学名Nepeta catariaという種の植物を好きなわけではない。
> 猫も学名Nepeta catariaという種の植物を好む。


> などとなるのでしょうか。

はい。猫だけでなく他の何かもイヌハッカ(Nepeta cataria)が好き、ということです。

ちなみに現在この意味合では「po'o/po'onai」は冠詞のすぐ後に付ける習慣が広まっているようです。冠詞の対象が1語なら違いはあまりありませんが、例えば「lo bunre mlatu」のように2語以上となる場合、「茶色い猫」という存在全体に「po'onai」を掛けるには、「bunre mlatu」をまとめている「lo」そのもの或いはその範囲を閉じる「ku」にこれを掛けます。「lo bunre mlatu po'onai」だと、「茶色くて、猫だけでないもの」つまり「茶色い【猫+α】 」という意味になります。同様に「lo bunre po'onai mlatu」は「【茶色い+α】猫」となります。「lo po'onai bunre mlatu」或いは「lo bunre mlatu ku po'onai」で「【茶色い猫】+α」となります。


> .i da'i do zvati le nu la rikis.martin. tigni .inaja do tirna la'o sy. La Vida Loca sy.

「le nu la rikis.martin. tigni」は「リッキー・マーティンが演じる、という事象」つまり「リッキー・マーティンのコンサート」を意味します。そこに「do」が「zvati/居る」、というのが1つ目の文です。これを次の文に繋げているのが「inaja/それなら」です。論理接続詞(logical connective)ですから、2つの文の間の論理関係を表しています。ここでは、1つ目の文が真なら、2つ目の文も真、ということを表しています(nara=naja という語呂で憶えられます)。「do zvati le nu la rikis.martin. tigni」が本当に起こるなら、「do tirna la'o sy. La Vida Loca sy.」も本当に起こるでしょう、という意味です。また、「da'i/もしも」が、1つ目の文が仮定であることを強調しています。まとめるとこうです:

もしリッキー・マーティンのコンサートに行かれるのなら、『La Vida Loca』をお聴きになるでしょう。

日本語ではたいてい「行く」が述語として選ばれますが、本質的にこれは地点間の移動を意味するので、「行った後にそこに居続ける」という状態が必ずしも含意されません。生の『La Vida Loca』を聴くには、或る地点からコンサート会場に移動するだけでなくその会場に“居”なければなりません。そこでロジバンの例では「klama」でなく「zvati」が使われています。「klama」だと、自宅からコンサート会場に向かう電車の中で曲が聞こえてくるといった場合も含まれてしまいます。
No.233 - 2009/05/14(Thu) 20:00:09

Re: po'onai / banpre
fi'i お構いなくどんどん質問してください。


> zo ba'e basna le valsi poi se lidne jenai lidne zo ba'e

ちょっとした引っ掛け例文ですね。

「se lidne 〜/〜に先行される」と「lidne 〜/〜を先行する」が「jenai」で論理的に対照されています。「先行される(YES)、先行する(NO)」、つまり「先行され、先行しない」という対照です。この右側の「ない」の要素が接続詞に含まれています。「jenai」は左のものが真で右のものが偽であることを表します。最後の「zo ba'e」は、 poi 節の中で「se lidne」と「lidne」が共有する x2 です(「se lidne」にとっては本来の x1 となることに留意してください)。

この poi 節は「le valsi」に係っています。この部分をまとめるとこうなります:

「ba'e」に先行され/を先行しない単語

そしてこれは「basna/強調する」の x2 です。何に強調されるのか。 x1 の「zo ba'e」です。全部まとめるとこうなります:

「ba'e」は、【「ba'e」に先行され/を先行しない単語】を強調する

言い換えればこうです:

「ba'e」は、(左でなく)右の単語を強調する


> ti poi to vi'onai do'u mi na djica lo drata toi plise cu fusra

場面として、リンゴが在り、それをいつか食べようと子供がずっととっておいたのだけど、ついに腐ってしまい、もう食べられないからこれは捨てて他のリンゴを食べなさいとお母さんに言われたのだけど、食べると決めたのだから捨てたくない、他のリンゴなんかいやだ、というように葛藤している子供が思い浮かびます。

構造自体はそれほど複雑ではありません。 to ... toi を丸括弧に置き換え、 poi 節の範囲を角括弧で表すとこうなります:

ti [poi ( vi'onai do'u mi na djica lo drata ) plise] cu fusra

基本の bridi は「ti fusra/これは腐ってる」です。「ti」が「リンゴ」であることが poi 節で述べられています。それと同時に、他のリンゴはいやだ、という話者の内面がさらに to 節の中で述べられています。これは2部に分けられます:

vi'onai do'u | mi na djica lo drata

他のもの(リンゴ)は欲しくない、という bridi と、気持「承知しない/言われたとおりにしない」を表す「vi'onai」とのまとまりです。何者かが話者に他のリンゴを欲するよう薦めていて、それにたいして話者が「いやだ」と抵抗していることが推測できます。「vi'onai」は sumti を取り込めるので、これに「mi」が流れないように「do'u」が置かれています。
No.234 - 2009/05/14(Thu) 21:12:29

Re: po'onai / monaka
ありがとうございます。
po'oの表している意味がわかりにくいですが、これは文章を読んで行けばわかるようになるんですかね、
今はどこに掛かるかだけ覚えておきます。

zvatiが日本語の行くや来るで表していることを表しているわけですね。
inajaはベン図を見ても意味を把握できなかったのですが、「それなら」でいいんですね。
意味を把握していけばベン図に全部真、全部偽が存在しない理由がわかりそうです。
tigniはnu内で扱っているのでPSを全て含んでいるんですよね、X1しか含んでいないとなぜか勘違いしていました。

強調の部分は恥ずかしながら「zo」の意味が分かっていなかっただけのようです。
zoは普段使っている語で言えば「la」の様なものだったんですね。
ba'eを紹介するための例文だと解釈していたので混乱してしまいました。
いや、間違いなくba'eを説明する文章ですが初心者は混乱しますよね。

リンゴの文はto ... toiの扱いがよく分からなかったのですがもう大丈夫です。
それにしても辞書に載っていないnai修飾されたCOI類は多いですね。
この文で思ったのですが、COI類は後に続く語を必ず取りこむのですか?
No.235 - 2009/05/15(Fri) 20:36:15

Re: po'onai / banpre
> po'oの表している意味がわかりにくいですが

po'o は「〜だけ」という意味です。 ti po'o kukte で「これだけがおいしい」です。反転した ti po'onai kukte は「これだけじゃないがおいしい」すなわち「おいしいのはこれだけじゃない」です。この自然な日本語の語順に合わせれば kukte fa ti po'onai となります。響きもちょっと似ていますね:

oishiino wA kore dakejaNAI
kukte fA ti po'oNAI

> inajaはベン図を見ても意味を把握できなかったのですが

私もまだ図を見るだけではどの接続詞に相当するのかがすぐにはわかりません。 inaja や na.a の図に関してはとりあえず次のように考えることができます:

- 丸Aのうち丸Bと交差しない部分が白なのは、丸Aだけが真となれないから。
- 交差部分が赤なのは、丸Aと丸Bが共に真となれるから。
- 丸Bのうち丸Aと交差しない部分が赤なのは、丸Bだけが真となれるから。
- 丸Aと丸Bの外が赤なのは、両方が偽(両方以外の何かが真)となれるから。

ここから、“Aが真ならBも真、しかしBが真となるためにAが真である必要はない、また両方が偽であることもある”という論理関係が生まれます。

> ベン図に全部真、全部偽が存在しない

在るには在るようなのですが、この2つは全然使い道が無いのでわざわざ紹介する必要が無い、ということだと思います。

> tigniはnu内で扱っているのでPSを全て含んでいるんですよね

はい。 x2 は歌や踊りで、 x3 が聴衆ですね。言葉として省略されていても nu がしっかり拾って抽出しており、 nu の中にコンサートの絵が装填されています。

> zoは普段使っている語で言えば「la」の様なものだったんですね。

そうですね。厳密には、複数の語を引用する lu の仲間です。 zo は1語のみを引用します。 lu では引用範囲を示すのに li'u が要りますが、 zo では引用範囲が明らかなので専用の境界詞がありません。また、 zo の代わりに lu ... li'u を使ってももちろん問題ありません。

> それにしても辞書に載っていないnai修飾されたCOI類は多いですね。

原理は単に元の意味の反転なので、全ての組み合わせを敢えて網羅して載せる必要は無いと思われます。載せたら載せたで悪いことではもちろんありません。ただ、ロジバンに特有の表現・ニュアンスであって英語や日本語の自然な訳を見つけるのが難しいものである場合があります。例えば u'ucu'i の日本語訳が未完ですが、何か適当な言葉はあるでしょうか? 「無邪気」とか考えてみましたが、どうもしっくりしないのです。

> COI類は後に続く語を必ず取りこむのですか?

sumti と selbri が対象です。他のものは逆にそのCOI句を修飾したりします。例えば coi .ui は「やあ、嬉しさ君」ではなく「やあ(嬉)」です。この ui は取り込まれているというよりも coi と両立しています。

私はメーリングリストで質問するときによく次のような結びを付けます:

mu'o se ckire spuda mi'e tijlan

se ckire spuda が mu'o に取り込まれ、 tijlan が mi'e に取り込まれます。つまり2つのCOI句です。直訳は次のとおり:

「以上です、ありがたき返答者さん。こちら tijlan。」

返信してくれる人にたいして前もって謝礼を送っておくわけです。「よろしくお願いします」に相当します。
No.236 - 2009/05/15(Fri) 22:06:41

Re: po'onai / monaka
ありがとうございます。

po'oの部分は私の書き方が適当過ぎましたね、すみません。

> ちなみに現在この意味合では「po'o/po'onai」は冠詞のすぐ後に付ける習慣が広まっているようです。冠詞の対象が1語なら違いはあまりありませんが、例えば「lo bunre mlatu」のように2語以上となる場合、「茶色い猫」という存在全体に「po'onai」を掛けるには、「bunre mlatu」をまとめている「lo」そのもの或いはその範囲を閉じる「ku」にこれを掛けます。「lo bunre mlatu po'onai」だと、「茶色くて、猫だけでないもの」つまり「茶色い【猫+α】 」という意味になります。同様に「lo bunre po'onai mlatu」は「【茶色い+α】猫」となります。「lo po'onai bunre mlatu」或いは「lo bunre mlatu ku po'onai」で「【茶色い猫】+α」となります。

これだけ説明していただいたのですが「茶色い【猫+α】 」や「【茶色い+α】猫」などは一体どういうことなのかよく解かりません。
「【茶色い猫】+α」なら単純に茶色い猫以外、白い猫やもしかしたらモグラなどの可能性もあるという意味なのはわかるのですが。
「茶色い【猫+α】 」はαがどうあれ茶色にされてしまうのでしょうか。

ベン図の円の外は両方偽である場合だったんですね。
na.aは論理包含という理解しにくい部類にある論理の様ですね。
とりあえずは「ならば」と覚えておきます。

u'ucu'iですか、初めて見た時は「改善」などと思いましたが今は、そうですね、「教訓」とかどうですかね。

COI類についてはわかりました。
心態詞系はできるだけ身につけたいものです。

辞書のckireはx2が「に」でx3が「を」ではないでしょうか。
No.237 - 2009/05/16(Sat) 00:28:14

Re: po'onai / banpre
> 「茶色い【猫+α】 」はαがどうあれ茶色にされてしまうのでしょうか。

大方そうだと思います。【+モグラ+木+チョコレート】など、茶色であることが常識としてわかっているものだけでなく、【+クジラ+血+マヨネーズ】などもありです。

po'onai のこのような位置に実際にどんな用途があるかはよくわかりません。しいて考えれば、茶色いものは何でも好きだという人が「mi nelci lo bunre mlatu ...」まで言ったところで他の茶色いものが思い浮かばなかったり挙げるのがめんどくさくなったりして「猫だけじゃないよ」という念押しのために po'onai を置く、といったことでしょうか: 「mi nelci lo bunre mlatu ... y ... po'onai」。

> u'ucu'iですか、初めて見た時は「改善」などと思いましたが今は、そうですね、「教訓」とかどうですかね。

なかなかいい線いってると思います。とりあえずそれで訳しておきましょう。

> 辞書のckireはx2が「に」でx3が「を」ではないでしょうか。

ua ki'e そのとおりですね。修正しました。
No.238 - 2009/05/16(Sat) 01:07:40

Re: po'onai / monaka
なるほど、そうなると確かに普段は冠詞に付けた方が無難ですね。

ありがとうございました、では。
No.239 - 2009/05/16(Sat) 13:28:33
venfuとdoi / monaka
Lojban For Beginnersの13章Discursivesの項で

.i .ai mi venfu do doi melbi .e ji'a le do cmalu gerku

というのがあったのですが訳と内容が合っていないように思うのですがどうなのでしょうか。
また、doiはterbriにならないと解釈していたのですが実際にはどうなのでしょうか。
No.224 - 2009/05/12(Tue) 20:35:18

Re: venfuとdoi / banpre
訳はとくに誤りではありません。場面として、綺麗な女の人とその小さな飼い犬が話者に遊びで(悪質でない)いたずらをしたところが設定されています。これにたいして話者が「やったなぁ、おかえししてやる」と冗談で返答しているのが例のロジバン文です。「I'll get you」は「つかまえてやる」とか「こらしめてやる」といった意味で、「ai mi venfu do」を英語話者向けに訳したものです。「doi melbi / my pretty」は「かわいこちゃん」でしょうか、日本語ではあまり考えられない用途ですが。

> doiはterbriにならないと解釈していたのですが実際にはどうなのでしょうか。

呼びかけを表す「doi ...」のまとまりはUI類と同じようにどこにでも挿入できるもので、確かに本 bridi の terbri とは関係ありません。例文は次のいずれのようにしてもPSに影響しません:

.i [doi melbi] .ai mi venfu do ...
.i .ai [doi melbi] mi venfu do ...
.i .ai mi venfu [doi melbi] do ...

ただし次の場合には注意が要ります:

.i .ai mi [doi melbi venfu] do ...

「melbi」と「venfu」が繋がってしまいます。「doi」の範囲は次のように示せます:

.i .ai mi [doi melbi do'u] venfu do ...
.i .ai mi [doi melbi] cu venfu do ...
.i .ai mi [doi melbi] ku venfu do ...

「doi」は sumti にも係れますが、それでも terbri とはなりません:

.i .ai mi venfu do [doi lo melbi] ...
.i .ai mi venfu do [doi la .melb.] ...

これら「doi ...」のまとまりは「venfu」の x3 ではありません。
No.225 - 2009/05/12(Tue) 21:23:16

Re: venfuとdoi / monaka
ありがとうございます。
なるほど、venfuは軽いノリも許容しているんですね。
doiはbridiとは関係ないんですね、わかりました。

あと、 doi melbi .e ji'a le do cmalu gerkuの部分なのですが、
私は.eは項を繋ぐものだと解釈しているので

... [doi melbi] .e [ji'a le do cmalu gerku]

になると思っていたのですが見たところ

... doi [[melbi] .e [ji'a le do cmalu gerku]]

となっているように思えるのですがどうなのでしょうか。
No.226 - 2009/05/12(Tue) 22:38:34

Re: venfuとdoi / banpre
e は確かに項を繋ぐものです。しかし melbi は項ではないので、その前の do が接続対象となります:

.i .ai mi venfu [[do] doi melbi .e ji'a [le do cmalu gerku]]

doi le melbi であれば構造が変わります:

.i .ai mi venfu do doi [[le melbi] .e ji'a [le do cmalu gerku]]
No.227 - 2009/05/12(Tue) 23:23:51

Re: venfuとdoi / monaka
なるほど、doi melbiは項ではなかったのですね。
do=doi melbiなのでこれなら話が通りますね。

ありがとうございました、では。
No.228 - 2009/05/13(Wed) 00:20:56
ネイティブスピーカー。 / monaka
先日、ユーザー生放送を行ったときに頂いた質問なのですが、
ロジバンの読み書き話し聞きができる人はいったい何人いるのかわかりますか?
また、日本でロジバンがわかる人がどのくらいいるのか分かったりしますか?
No.216 - 2009/05/07(Thu) 22:13:17

Re: ネイティブスピーカー。 / banpre
チャット(#lojban)には常時50〜70人ほどが入っています。この人達のほとんどは少なくとも簡単なロジバンの読み書きができるはずです。聞き話しの程は定かではありません。(ちなみに200万人いるとされているエスペラント話者でも #esperanto には10〜30人しか入りません。興味深い対照です。)

jboselkei という英ロジ翻訳ゲームのサイトには約280のアカウントが登録されています。実際に英文をロジバンに訳してポイントを稼いでいる人達は90人ほどです。

アメリカでは恒例のロジバン学習者達による独自の(十数人規模の)集まりや Penguicon (SFファンとLinuxファンによる千人規模の大会)でロジバンが会話で用いられる機会がありますが、すらすら話せる人は片手の指で数えられる程度だといいます。

比較的新しい identi.ca というマイクロブログのロジバン・グループ(http://identi.ca/group/lojban)には現在15人ほどのメンバーがいます。そこはロジバンでやりとりすることが前提なので、全員がある程度のロジバンを使えます。

日本語ページを対象に「ロジバン」でググると、 Twitter などでロジバンを取り上げている日本人が数人いるのがわかります。しかし彼らのどれだけが実際にロジバンを読んだり書いたりできるかは不明です。

ロジバンと英語で書かれている私の Blogger ページ(http://kludai-iuiu.blogspot.com/)に訪問者の分布を世界地図で表示するガジェットをこのあいだ追加しましたが、これは Blogger のハシゴ機能で偶然やってくる人もカウントするので、表示されている人数が必ずしもロジバン話者であるとは限りません。それでも、データが蓄積すればするほど、ロジバンを読みにやってくる人達の傾向がそのうち地域別にはっきりしてくるかもしれません。
No.217 - 2009/05/07(Thu) 23:55:36

Re: ネイティブスピーカー。 / monaka
なるほど、ちゃんとした統計はないもののロジバンを堪能に話せる人は数えるほどしかいないわけですね。
集まりなどがあるということは簡単な会話を楽しむ機会はあるわけですか、うらやましいです。
書くのと話すのとは違いますから出来れば会話をする機会が私にも欲しいですね、今はそもそも語彙がないので難しいでしょうけど。
そういえばメーリングリストは登録しましたがチャットにはまだ入ったことがないですね。
語を調べる速さと会話が進行する速さがどうなってしまうのか楽しみなところ・・・・です。
実のところメーリングリストの使い方がわからなかったりします、調べればわかるのかな。

ロジバンを検索しても学習している気配のある人は私を除いて一人二人いるかといったところですよね。
私も長らくロジバン関連の記事を書いていないので他にロジバン学習者の方が訪問に来たとしてももうロジバンから離れてしまっているように見えるかもしれません。
日本語話者のロジバン学習者の方ともっと交流したいですね。

このガジェットは面白いですね。
意外にも日本から見に来ている人が多いですね。


あと気になったことを少々。
マイクロブログのロジバン・グループのやり取りで「la !lojban」と「!」が付いていますがこれは何ですか?
名前に「@」が付いていますがこれは何ですか?
名前が母音で終わっているようですがこれはいいのでしょうか?
No.218 - 2009/05/08(Fri) 19:34:17

Re: ネイティブスピーカー。 / banpre
チャットではメッセージを全員宛てと個人宛てに振り分けることができるので、自分のペースで読み書きしたい場合は相手を個人に絞るといいでしょう。

現在、私のコンピュータは断続的にインターネットへの接続が切れてまた繋がるという不具合があり、 #lojban に接続しても数十分で切れてしまってページを再度開かなければならないということがありますが、チャットルームで私(tijlan の名で入っています)を見つけた際には声をかけてください。

「la !lojban」の記号は、メッセージをサイト identi.ca 内の特定のグループに宛てるためのものです。「lojban」がグループ名で、その左に「!」を付けると、グループ専用のメッセージ置き場に投稿されます。「@」は特定のユーザー宛てに投稿するのに使います。「!」と「@」を2つともメッセージに含めることもできます。

名前が母音で終わるのが文法的なのは、それがロジバン語である場合のみです。例えば la cribe とか doi zensurla は誤りではありません。 doi timojbo の名前は本来は非文法的で無効です。しかしこれはサイトのアカウント名であり、サイトの機能上「@」はアカウント名しか対象にできないので、仕方なく doi @timojbo となります。(『クロノトリガー』のロジ版でも、プレイヤーがキャラクターの名前として「Lucca」を登録すると、対話文で「la Lucca ...」などとなり、正規の文法から逸しますが、仕方のないことなので特別に許容するしかありません。)
No.219 - 2009/05/08(Fri) 22:19:15

Re: ネイティブスピーカー。 / banpre
メーリングリストについてですが、 lojban-beginners@lojban.org (初心者向け)あるいは lojban-list@lojban.org に(背景が青の専用インターフェイスで)登録なさったと思います。これらのメールアドレスに誰かが投稿したものは登録者全員に配布されます。投稿内容が質問であれば、それにたいする返答を他の登録者が投稿でき、これがまた登録者全員に配布されます。

フランス語話者やスペイン語話者専用のリストも別にありますが、だからといって lojban-beginners@lojban.orglojban-list@lojban.org が英語話者専用ということではないと思います。日本語で書かれていてもいいはずです。日本語の読めない人は受信したそのメールを無視し、日本語を使える人が代わりに返答する、ということだと思います。しかし日本語によるメールは少なくとも私が知る限りでは一度もこれらのリストに投稿されていません。

ところでチャットでは一度だけ、私が遊び半分に日本語で「こんにちは」と試しに打ったら、日本人だという方から返事をいただいたことがあります。
No.220 - 2009/05/08(Fri) 23:07:48

Re: ネイティブスピーカー。 / monaka
どの範囲が名前になるのかわかりにくいですね、ロジバン由来以外の文字羅列はロジバン化しないといけないということですかね。
!はsaiで?がpeiなのはわかりますが@はどういうんでしょうかね。

チャットは見てみましたが重くてダメでした。
No.221 - 2009/05/09(Sat) 12:18:55

Re: ネイティブスピーカー。 / banpre
> !はsaiで?がpeiなのはわかりますが@はどういうんでしょうかね。

doi 或るいは tecu'u, tebe'i などですね。

> チャットは見てみましたが重くてダメでした。

重いのが続くようでしたら他のクライアントを試してみてください。日本語対応のクライアントがここで紹介されています:
http://wikiwiki.jp/2chIRC/?IRC%A5%AF%A5%E9%A5%A4%A5%A2%A5%F3%A5%C8%BE%D2%B2%F0
No.222 - 2009/05/09(Sat) 21:41:02

Re: ネイティブスピーカー。 / monaka
ネットラジオを聴きながら聞いている人たち同士でチャットする目的で入れていたLimeChatがあったので試してみたところどうやらうまくいきそうです。
サーバーの設定がよくわからなかったので適当なのですが大丈夫でしょうかね。
ありがとうございました。
では。
No.223 - 2009/05/11(Mon) 19:18:58
cmavo / monaka
cmavoのUI1類とかBY2類などの数字は何を表しているのでしょうか。
数字がついていないものもあるようですが。
No.213 - 2009/04/30(Thu) 23:27:22

Re: cmavo / banpre
意味から振り分けたものだと思います。UIやBYなどのアルファベットは cmavo を文法規則(構文)から分けた分類名ですが、それぞれの類に属する語をさらに意味合から分けたものを数字でグループ化しています。

iu と ti'e は同じ文法規則で使うので共にUIですが、意味の種類が異なります。 iu は感情(“愛しい”)を表しますが、 ti'e は認識態度(“そうであるらしい”)を表します。前者のような感情系は1、後者のような認識系は2としてまとめられています。

数字が付いていないのは、単に、意味合からさらに分化できるようなものがその類には無いからでしょう。

ちなみにアスタリスク(*)が付いているのは、個々の cmavo を組み合わせた派生的なものであることを示します。 iunai は iu と nai からの派生なのでUI*1となっています。
No.214 - 2009/04/30(Thu) 23:54:13

Re: cmavo / monaka
ありがとうございます。
一応、数字は無視出来るみたいですね。
ある方が便利なのかもしれませんがそう感じるのはまだ先のようです。

では。
No.215 - 2009/05/04(Mon) 12:58:09
jalra / banpre
ロジバン辞書の jalra を私はこれまで「ゴキブリ科」と訳していましたが、よく調べたところ、これは「バッタ目」のほうが的確なのがわかりました。ゴキブリは「網翅目(もうしもく)」にも「バッタ目」にも属するそうです。
No.206 - 2009/04/16(Thu) 04:41:30

basti / monaka
お久しぶりです。
しばらくぶりにロジバン辞書を見ましたが中身が大変に充実していて驚きました。

bastiは「x1はx2と、x3(状況)において交替する」となっていますが、これでは意味がわかりません。
この訳だとx1は交換という行動を起こす人になってしまいます。
どちらが交換されるものでどちらが交換後に置き換わるものなのでしょうか。
No.207 - 2009/04/23(Thu) 19:42:59

Re: jalra / banpre
良い指摘ですね。

x2が交換されるものです。x2の代わりにx1、という意味です。
No.208 - 2009/04/23(Thu) 20:10:26

Re: jalra / monaka
編集までしていただきありがとうございます。
あと、「交換」と「交替」を勘違いしていたようです、すみません。
交替ならばx1は主語でありえますね。
交換だと思っていたものですからx1が主語であるはずがないと思ってしまいました。

では。
No.209 - 2009/04/24(Fri) 17:28:13

spita / monaka
spitaのx2とx3の違いがわかりません。
例えば眼科なら、x2は眼でx3は白内障などとなるのでしょうか?
No.210 - 2009/04/27(Mon) 19:44:38

Re: jalra / banpre
眼科医院/病棟(x1)は、人(x2)の眼の病(x3)を診る/治療する所です。 x2 は治療対象の本体ですから、眼よりも人のほうが無難です。

また、「入院する」と言うときに x2 を使えます:

mi se spita fi lo ka bongu spofu
私は骨折のせいで入院する
No.211 - 2009/04/27(Mon) 20:10:27

Re: jalra / monaka
ありがとうございます。
患者よりも病気のほうが優先順位が高そうなものですが話し手にとってはどの個人が利用しているかのほうが優先度が高いんですね。

では。
No.212 - 2009/04/27(Mon) 20:21:27
zei / banpre
合成語を造る(訳す)のに便利な zei を知っていますか? 合成語に必要な rafsi 形がわからなかったり、 rafsi 形をもともと有さない語を繋げる場合に使えます。例:

ui zei klaku (嬉+泣く=嬉し泣きする)
ii zei krixa (怖+叫ぶ=ぎゃあと叫ぶ)
u'o zei cmoni (勇+唸る=雄たけびをあげる)
B zei batke (B+ボタン=Bボタン)
MP3 zei zgica'a (MP3+音楽機器=MP3プレイヤー)
(la) obaman zei jecta (オバマ+政体=オバマ政権)
(la) tokion zei tcadu (東京+都市=東京都)
No.205 - 2009/04/14(Tue) 03:17:34
2ちゃんねるより / banpre
>>179
>  細かいニュアンスに力を入れられた言語よりも、率直な言語の方が好きだ。なぜなら私が人工言語に求めているものは、世界共通の母語となることではなく、世界共通の論理的な記号となることだからだ。
> 文化的な観点から、各国の言語は各々これから先もずっと使われていくべきだ。だが、評論などの論理的な文章、論理的な思考力が必要な学問、論理的な討論などの場では、無意味な文法や単語知識だらけの英語と取って変われて、より難しい概念を扱える人工言語が必要だ。


> 以上が僕の考えです。
> これを踏まえていただき、スピーカーの方にお聞きしたいことがあります。
> ロジバンは僕の期待に応える論理的な言語ですか?


ロジバンは使い方次第で率直にも繊細にもなります。率直である例を挙げます。

- sutra klama
これは漢字で表すと「速・来」となります。形容詞・副詞・動詞は区別されません。語形変化に気をとられずに内容語をそのまま使えます。この点でまず率直です。

誰がどこに「来」るのか。この行来者や目的地を言語学的には述語「来(る)」の“項”と呼びます。日本語にも項は存在しますが、各述語について明確に定義されているものではありません。これがロジバンでは定義されています。「klama」の項は、1番目が行来者、2番目が目的地であると定義されています。これらを「私/mi」と「あそこ/ta」で埋めて
- mi ta klama
とすると、「私はあそこに来(る)」という表現になります。すると、項のこのような順番を暗記しなければロジバンは使えないということでしょうか。いいえ。日本語で「〜は/が」や「〜に/へ」といった助詞が述語「来る」における項「私」と「あそこ」の役割を明示するように、ロジバンでもそのような標識を使えます。「が/gau」と「へ/fa'a」を使って先の例文を次のようにできます:
- gau mi fa'a ta klama
項の役割を直に表せるということです。この点でも率直です。
(ちなみに「gau」「fa'a」はそれぞれ内容語「gasnu/おこなう」「farna/方向」からの派生です。)

述語は冠詞を付けるだけで項として扱えるようになります。述語「klama」に冠詞「lo」を付けて「lo klama」とすると、「klama」の1番目の項が抽出されて「行来者」となります。1番目と2番目の項を入れ替える「se」を添えて「lo se klama」とすると、2番目の項が抽出されて「目的地」となります。この点でも率直です。

ロジバンの項は、多くの西洋語やエスペラントのそれのように格や数に応じて変化しません。やはり語形変化に気をとられずに済みます。

ロジバンの冠詞には、内容語の意味をそのまま事実的中身として取り出すもの(lo)と、とりあえずその意味であると話者が捉えていることを表すもの(le)と、単にそういう文字列で話者が呼んでいることを表すもの(la)とがあります。例えば「lo cribe」は「真に熊であるもの」、「le cribe」は「熊であると思っているもの」、「la cribe」は「“熊”と呼んでいるもの」です。つまり話者は自分がなぜそのような語(cribe)を使うにいたっているのかに関して的確に表現できます。この表現能力は特に評論・討論・学問において有意義です。

合理性が優先されるなら、構文の曖昧性を完全に駆逐できるよう設計されているロジバンには“無意味な文法”が存在しません。
No.204 - 2009/04/09(Thu) 02:03:45
仮名表記 / marup
2chのロジバン広場(http://academy6.2ch.net/test/read.cgi/gengo/1205354869/
に投稿されていた日本語仮名表記を、
EditGridのロジバン辞書
(http://www.editgrid.com/explore/user/tijlan/%E3%83%AD%E3%82%B8%E3%83%90%E3%83%B3%E8%BE%9E%E6%9B%B8)
に転載させていただきました。
列の編集がlockされていてできなかったため、
適切な列への移動や、発見された誤植の訂正などよろしくお願いします。
No.199 - 2009/04/06(Mon) 04:44:50

Re: 仮名表記 / banpre
rafsi の左側に移動しました。

「r」「l」を「ル」「ルゥ」で表し分けているのはなかなか良いと思いました。

「citsi」を「シトスィ」とするのは一案ですが、「シツィ」も間違いではありません。つまり連続する子音を二重調音として扱うということです。同様に「mutce」は「ムトシェ」の代わりに「ムチェ」とできます。こちらの方が可逆的で無難です:

mutce → ムチェ → mutce
mutce → ムトシェ → mutoce

他に簡略化できる二重調音の例:

cidja → シヂャ
cadzu → シャヅ
No.200 - 2009/04/06(Mon) 06:34:27

Re: 仮名表記 / marup
すみません、紛らわしいことをしてしまいましたが、
2chへ仮名表記の投稿をなされたのは、私ではありません。
日本人の初心者がロジバンの読みを大まかにつかむことにも有効だと思い、転載させていただいた次第です。

たしかに、二重調音として扱った方が可逆的でいいかもしれませんね。
音韻論的にはどちらが近いのでしょうか?
コミュニティー内でも、日本語での表記について議論しているということですが、結論はどのようになっていますか?

また、2chへの投稿では単語の意味が日本語訳されていましたが、EditGridとは若干の違いが見受けられます。
たとえば、badnaでは、バナナとばしょう科、と異なっており、これは後者の方が広範な定義、ということでしょうが、国名がEditGridで未訳なのは意図があってのことでしょうか?
No.201 - 2009/04/06(Mon) 17:46:40

Re: 仮名表記 / marup
連投で申し訳ありません。
cmavoの仮名表記も転載いたしましたが、
これは類の左隣と意味の左隣のどちらが適切でしょうか。
あと、母音の前の「.」は「。」で表記するべきでしょうか?
No.202 - 2009/04/06(Mon) 17:53:33

Re: 仮名表記 / banpre
連続する子音を個別に発するか二重調音として発するかは話者の母語背景による自由な選択です。この選択は表記上の曖昧さをもたらしません。[dʒ]でも[d͡ʒ]でも外見は「dj」のままです。ロジバン内では、どちらかが音韻論的により正しい、ということはありません。ただし二重調音として特に発せられる仮名(「ヅ」など)が存在する日本語との対応に関しては、なるべく連続子音を個別に扱わないほうが日本語話者にとって親切となると思われます。

日本語仮名表記に関して考察したページがあります:
http://www.fa-kuan.muc.de/HIRAGANA.RXML
これ以外には特に議論というほどのものは見当たりません。

ロジバンの表記体系は1つに限定されていないので、仮名や漢字によるシステムを考案するのは興味深い実験です。
しかし曖昧性があってはなりません。
例えば「cpare/登る」と「cipare/312」を表し分けられなければなりません。
これは「シパレ」にはできません。
ロジバンの内容語(brivla)は条件として連続子音を含むので、開音節(母音で終わる)を基本とする日本語仮名による表記が困難となりやすいです。
代わりに漢字を当てる方法があります。
これによって
- 登 (cpare)
- シパレ (cipare)
の区別が可能となります。
機能語(ma'ovla)はみな母音で終わるので、こちらこそ仮名表記に向いています。


> badnaでは、バナナとばしょう科、と異なっており、これは後者の方が広範な定義、ということでしょうが、国名がEditGridで未訳なのは意図があってのことでしょうか?

「バナナ」と「バショウ科」、どちらを意味欄に載せるかについて私には強い意見がありません。いま確かめたところ、「バナナ」が他の欄にも載っていませんでしたが、これでは不便なのでとりあえず place structure 内に追加しました。「badna」が「バショウ科」全般を指し、その例として「バナナ」がある、ということがわかるようにしなければなりません。けれども「バショウ科」よりも「バナナ」のほうが認識しやすいことから意味欄に後者を載せる分には私は反対しません。

私は国名や地名は後回しにして他の項目を先に訳してきました。公式のリストに載っている以上、どなたかがこれらを訳す分には問題ありません。ただその一方で、このような概念を gismu として用意する考え方には私はあまり賛同していません。 gismu となっていない他の国名との不均衡に非中立性があるからです。「スペイン」はあっても「スウェーデン」や「ケニア」がありません。「水」や「来る」といった概念と違い、国名にはそれほど根源的・普遍的なものがありません。歴史による風化・変化に左右されるものです。この手の概念は借用語(fu'ivla)として用意すべき、というのが私の個人的な意見です。


> cmavoの仮名表記も転載いたしましたが、
> これは類の左隣と意味の左隣のどちらが適切でしょうか。


アスキー表記の右隣が良いと思います。移しました。


> あと、母音の前の「.」は「。」で表記するべきでしょうか?

どちらでも良いと思います。違和感をなるべく抑えるなら「.」のほうが適っているでしょう。半角(.)だと全角仮名文字との隣り合わせでは小さすぎて見えにくいかもしれません。
No.203 - 2009/04/06(Mon) 21:14:43
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