44156

破壊者の幻想譜

竹本ファンの小説連載の場として自由にお使いください
ここではフィクションが扱われます
各自の責任でこれらの情報をご利用ください

なお管理人が掲示板の運営に支障をきたすと判断した投稿については
予告なく削除することがあります
ご了承下さい

HOME | お知らせ(5/1) | 記事検索 | 携帯用URL | フィード | ヘルプ | 環境設定 | ロケットBBS
名前
メール
URL
件名
/ 編集パス
続モノ・ダイアローグ / 杉澤鷹里
 公園に二人、俺と西宮杏子とがベンチに腰かけ座っている。
No.1455 - 2008/04/13(Sun) 23:38:26

モノ・ダイアローグ(14) NEW / 杉澤鷹里


……それは、俺の確信だった。

 俺は、女性をあがめる。女性との距離を常に取ってきた。俺の小説を見ればいい。決して到達しえぬものとして、理想の女性は描かれる。理想の女性は、理想であればあるほど、触れえぬものとなる。
 だけれど、西宮杏子にとって、俺は、俺が思うよりも、ずっとずっと距離の近いところにいたのだ。西宮杏子が、まあ、いいか、と思う、その程度には、俺は彼女の近くにいた。
 西宮杏子にとって、俺にとっての西宮杏子は決して到達しえぬモノではなかった。
 それが俺の確信だった。

 一つの場面が、フラッシュバックとして蘇る。
「残念だ、なんて言ってるヒトは、ダメ」
西宮杏子と俺の誘った後輩と、俺とが、お好み焼き屋から、病院へと歩いているときのことだ。
 直前、俺は、西宮杏子に言った。
「西宮君のこと好きですね。仕事に対して、真摯なところとか。周りに対する配慮ができるところとか。まあ、何より美人だし。ああ、だからつくづく、残念だと思うんです」
「センセイ、その続きは枕元で囁いてやってください」
と、後輩が続ける。それに対する、西宮杏子の答えが、
「残念だ、なんて言っているヒトは、ダメ」
だったわけだ。
 もちろん、論理的には対偶、つまり、ダメじゃないのは、残念だ、なんて言わないヒト、は、真であるとは言えるものの、逆もまた真ならず、つまり残念だ、なんて言わなければ、ダメじゃない、というのは必ずしも真ではない。
 けれども、「含意」として、そこに、残念だ、なんて言わなければ、ダメじゃない、というメッセージを読み取ってしまうのは、どうしようもなく読み取ってしまうのは、それは決して、ストーカー的妄想狂の突拍子もない妄想とは言えないだろう。
 俺は、西宮杏子にとって、一番ではない。一番でなくても、十分に選ばれうる、そういう位置にいた。
No.1462 - 2008/05/04(Sun) 23:03:56

モノ・ダイアローグ(13) / 杉澤鷹里
「ぶわははは」
と、俺は突然笑い出す。
「気づいたんだ。自分は間違っていた」
俺は言う。
「なぜ、世間には、連日のように不倫のニュースが溢れてるんだろう?」
俺は続ける。
「結婚している、ということが100点の減点? とんでもない。そんな減点はそこにはない」
「家庭と西宮杏子の排他性? そんな論理的な関係などない。家庭を選び、西宮杏子を選ぶということは、決して矛盾するものではない。それはまったく可能なことなんだ」
「そうでしょうか?」
西宮杏子は、小悪魔っぽい微笑を浮かべ、そう言った。
 その言葉と微笑とが俺の胸に突き刺さった。
No.1461 - 2008/04/27(Sun) 08:16:41

モノ・ダイアローグ(12) / 杉澤鷹里
 俺が西宮杏子に選ばれない、というだけの問題ではなかった。
 俺は西宮杏子を選ばない。悲しいけれど、それが俺の答えだった。どんなにどんなに好きでも、19歳の自分がかみさんを好きだったということ、それを越えることはできない。それはもう、分かりすぎるほど、分かりきったことだった。
 仮に万が一、西宮杏子が自分を選び、二人の関係が親密なモノとなったとしよう。
 今以上に深く深く西宮杏子を愛する。けれども、いずれ、その関係は歪みを生じる。選択を要求される。今の俺の気持ち、それは、19歳の俺の気持ちを越えることはできない。
 そのときの俺の苦しみは、今の苦しみとは比べられないモノとなるだろう。引き裂かれる思い。より一層の幸せと、そしてそれ以上の苦しみ。
 その苦しみを予期しうる俺は、西宮杏子に向かおうとする気持ちを押しとどめる。俺は西宮杏子と二人食事をする機会を持ちながら、それがあまりに絶好の機会であるがために、後輩を誘ってしまう。
 そしてそれなのに、次の日、俺は猛烈な後悔を抱く。
「どうして、そんな絶好の機会を、俺はみすみす逃してしまうのだ……」
 俺は完全に引き裂かれている。西宮杏子を選ぼうとする気持ち、家族を守ろうとする気持ち。
No.1460 - 2008/04/26(Sat) 22:53:05

モノ・ダイアローグ(11) / 杉澤鷹里
「楽しみはだけれど、いつしか苦悩に変わる」と俺は言う。
「苦悩ですか?」西宮杏子は、そう言って、俺を見つめる。
 俺は小さくつぶやく。「いつだってそうなんだ」と。
 俺は西宮杏子を見つめて続ける。
「この目の前にいる、絶世の美人。この美人に選ばれたい、この美人に好かれたい、という気持ちが自分の中で高まっていく。今、二人の関係は決して、険悪なものではない。だけれど」
俺は寂しく言う。
「その先はない」
 友好的な関係であること、医療技術者として尊敬されているということ、それは、男女としての関係がどうか、ということとはほとんど関連性がない。
 西宮杏子は美人だ。この世の中で女性が美人である、そしてその女性が十代の後半から二十代の前半である、ということほど恐ろしいことはない。西宮杏子を巡って犇めく男たち。恐ろしくたくさんの男が群がる。その女性の世界観を変えてしまうほど、その女性の前に男どもは無力にひれ伏していく。次々に。
 無数の男から、女はまったく自由に相手を選ぶことができる。男は選ばれるだけの存在だ。
「犇めく男たちは、いったら6点とか、7点とかいうような点数で評価されている。それぐらいの点数で、1、2点の差を争っている」と、俺は言う。
「だけれど、結婚しているという点で、それだけで、もう100点の減点なんだ。1、2点を争うゲームの中で、100点の減点。はっきり言ってレース参加資格なし。ってことだ」
俺はよく、思い描く。マラソンの中継で、沿道を必死になって走っている男の姿を。彼はレースに参加していると思いこんでいる。だけれど、彼にレース参加資格はなく、ただただテレビの前のヒトたちに「痛いヒトだなあ」と哀れみを抱かれるに過ぎない存在だ。
 俺の姿は、沿道の参加資格のないランナーそのものだと言える。俺が西宮杏子を好きで、西宮杏子とあわよくばお付き合い願いたいと、考え、そしてそういう言動を繰り返す、という時点で、俺は無様で、滑稽なのだ。
 西宮杏子と過ごす、深夜の病棟の二人の時間が、とても幸せなのに、幸せだから、辛くなっていった。
No.1459 - 2008/04/25(Fri) 01:54:31

モノ・ダイアローグ(10) / 杉澤鷹里
「先生、まだ、いるんですか?」「先生、本当にいつ寝てるんですか?」……「でも、先生いつもいてくれてるから本当に助かるわあ」
 コメディカルの厚い信頼を自分は勝ち取っていたように思う。治療方針について、患者の状態について、誰よりも理解しているのは、この研修医なのだ、という共通認識。
 俺は嬉しかった。
 自分がそこにいる、ということが圧倒的な好意を持って迎えられる、ということ。確実に自分の場所がそこにはあった。俺の常軌を逸した仕事量。それは純粋な仕事の楽しみによってだけではなく、俺に対する俺の歪んだ愛情、俺のナルシスティックな欲望に駆られてこそ成り立っていたと言える。
 そして。
 西宮杏子がいた。
 12時を過ぎた、病棟に二人。山積したカルテを黙々と書き続ける二人の間に大した会話があるでもなかったけれど、それでも会話は、ささいなものでもあり続けたし、俺は一貫して博学の先輩医師という立場にあり続けた。
 満ち足りていた。
 ギリシャ彫刻を思わせるような彼女の整った顔立ちを、眺めているのが楽しかった。患者の病態をきちんと把握できず、病状をよくする術を自分が持ち得ないことに抱く彼女の苦悩を好ましく思った。彼女の言葉はフランクで、いささか侵襲的な彼女のコメントによって、軽くプライドが傷つけられることさえ、心地のよい体験だった。
 職場にいつづけることが本当に楽しかった。
No.1458 - 2008/04/20(Sun) 22:10:26

モノ・ダイアローグ(9) / 杉澤鷹里
 楽しかった。
 仕事は、それ自体、俺には最大の楽しみとしてある。
 それは、きっと間違いではない。鉄道オタクが列車を愛するように、俺は、抗生剤を愛する。時刻表を愛でるように、ラボデータを愛でる。そこには確かに純粋な愛着があるのだ。それはそうなのだ。
 だからこそ、俺は、そこに西宮杏子のいない救急の三ヶ月を本当に本当に毎日楽しくて仕方がない、とばかりに過ごせたのだ。6時からはじまり、1時までかかる、そういう仕事を、楽しんで過ごしたのだ。命、を助ける、というそれだけを目的として、胸を開き、心臓を揉み、腹を開き、出血部位をおさえる。そして、気づけば、ただ切り刻まれた死体と成り果てたものの傍らで全身血塗れになっている。そんな状況を心安らかに過ごせたのだ。
 だけれど、5時に家に帰り、7時には病院に来てしまう、ということを3日続け、4日続けてしまうという水準まで行き着いたとき、本当にそこに仕事への愛だけがあったのだろうか。純粋に仕事を仕事だけを俺は楽しんでいたのだろうか?
 そのとき、俺の心臓は確かに悲鳴を上げていた。動悸の自覚と、心電図異常。西宮杏子は、言った。
「先生死にますよ。先生は、いつかぽっくり死ぬと思います。」
彼女らしい、ばっさりとした切り捨てかただった。あるいは、そこには本当に親身になって心配する気持ちがあったのかもしれない。あるいは、……これはうがった見方だが……同じ環境で、自分では絶対にしえないような徹底した仕事をしうる、先輩医師に対する羨望があったのかもしれない。だけれど、そう彼女が言ったとき、俺という人間の異常性が、濃厚に滲み出ていたのだろうと思う。「お仕事頑張りますね」という言葉が、肯定的なモノから、否定的なモノへと意味合いをかえてしまう。価値が顛倒してしまうような、狂気にも似た徹底性が、そのときの俺にはあった。
 それは、純粋に仕事への愛と言えただろうか?
 いいや、きっとそうではないのだ。
No.1457 - 2008/04/16(Wed) 01:11:08

モノ・ダイアローグ(8) / 杉澤鷹里
「私が二重になっている。私が二人いる。杉澤さん、あなたは不誠実なヒトです。どうしようもないヒトです」
と、西宮杏子は、言った。
 そうだ。と、俺は思う。俺は不誠実な人間だ。どうしようもない人間なのだ。
「自分の中には、たくさんの好きがある。自分の中にたくさんの好きがあって、そのそれぞれがあるいは、矛盾しているのかもしれない。それでも、そういう気持ちがある、ということを自分は否定することができない。たとえ不誠実であっても、それが事実である以上、それはそうだとしかいいようがないんだ」
 たくさんの西宮杏子、を構成する女性たち。その全てを俺は愛する。
「あなたが不誠実なのは」
と、
 西宮杏子は続けた。
「一つのどうしようもない、好きだ、という気持ちを、相対化するために、もう一つの好きだ、という気持ちを、わざと膨らませたこと」
 今、自分の中で、どうしようもなく膨らんでくる、好きだ、という気持ち。今、目の前にいる西宮杏子を好きだ、という気持ち。抑えがたいその気持ちを、抑えるために、俺は、メールをした。過去の西宮杏子に。
 過去の西宮杏子に、今でも好きだ、という気持ちを伝えようとした。
 それは不誠実なのだろうか。過去の西宮杏子を俺は好きだ。その気持ちは間違いじゃない。ただ、ずっとずっとコントロール可能な気持ちにまで、おさまっているわけなのだけれど。
 それだけじゃない。西宮杏子へと向かおうとする気持ち。その気持ちについてそれを真正面から肯定し、そしてその思いのままに、突き進むのが、誠実なことなのか? それこそが、大いなる不誠実でなくて、なんであろう。
 西宮杏子と、向き合うということ。
 その全てが俺の不誠実なのである以上、どの西宮杏子へ、向かおうと何ら変わるところがないではないか。決定的に収斂していかないように、たくさんの愛をたくさんの愛として、持ち続ける。
「それが、不誠実な人間の、どうしようもなく不誠実になってしまう人間の、せめてもの……」
「私は納得いきません」
と、西宮杏子は、断じた。
No.1456 - 2008/04/13(Sun) 23:39:31
5年 / 杉澤鷹里
 いつしか、ここをはじめて、5年が経っていた。
 物語は、きっと、まだまだ、続くのだと思う。
 まだまだ続くのだ。
No.1454 - 2008/04/13(Sun) 00:31:01
杉澤鷹里のオブセッション / Keen
>「突きの李松」について

まずは、山口雅也さんの『続・日本殺人事件』を思い出しました。
(フクスケも出演してますが……/墓穴☆)

これまでの杉澤鷹里作品を通して感じることは、「世評」に対する自意識と(もっとも、これは誰にでも多かれ少なかれあるものですが)、「スペシャリスト」に対する拘泥。
「より高みへ」と希求するのは良いことですが、逆に足を取られてしまったのでは本末転倒ですよね。理想は理想として、現実には、日々の地味な精進があるだけでしょう。
あとは、本人の美意識だけではないでしょうか?
No.566 - 2003/10/21(Tue) 14:53:37

エンデ『モモ』と、時間泥棒のことも。 / Keen
>  と、まあ、こう書いてみたところで、意志薄弱な僕は結局、小説を書いたり、統計力学の勉強を続けたりして、後悔するんでしょうけどね。ひひひ。

なーんだ、わかってんじゃん。(^0^*

> うわあ、何書いたか、僕はよく覚えてないんですね実は。あんなことも、こんなことも書いちゃったのだろうか? 
>  ……関係はいたって良好です。

イロイロ偉そうに書いたけど、実は、私も似たような状況なんですよね。
でも、「あーんなこと」はされてないし、「こーんなこと」もしてないわよ。
フフフ♪
No.590 - 2003/11/10(Mon) 23:12:10

Re: 杉澤鷹里のオブセッション / 杉澤鷹里 [ Home ] [ Mail ]
Keenさま、

「対話の努力」続けていきたいと思います。
ちなみに、このことで、一番鍛えられるのは夫婦喧嘩だと実感する日々です(笑)。

>これは、鷹里くんにとって本当に「切り捨てる」べきものなのでしょうか?

 現代社会で専門職を選び取るということ・そしてそのうえでさらにメインストリートを外れるということ・既に二十台半ばであること、などという状況では、相当のものを切り捨てなければならないというのは、一般的な事柄のように思います。
「100Mをより速く走るための努力をする」ことは、それ単独だけ取り出せば、良いことなのかもしれない。だけれどそのために犠牲になる「算数を勉強すること」「漢字をよめるようになること」との兼ね合いを考慮するとき、それはおのずと「ほどほど」の水準にとどめることが要求されるわけです。そして、にもかかわらず水準以上の「100Mをより速く走るための努力」をすれば(その結果、授業中寝てしまうということになるなどして)むしろ負の価値を呈することになります。
 そして現代という社会は、専門以外の「ほどほど」の水準を限りなく小さいものにしていると私は思います。

>もちろん、時間的制約はあるでしょう。でも、心の片隅にでも留めておいて、「今は無理でも、いつかは……」という気持ちは切り捨てないでほしいと思います。

 時間的制約という問題ではないのです。むしろ心の問題です。何かに向かう強力な精神ということです。相撲取りが土俵の上で、彼女のことを思い浮かべていては、ダメです。
 そして私は、土俵の上で相撲のことだけを考えるのが苦手な人間です。だから、何度も何度も表明しなければならない。私は小説家の卵ではない、私は社会科学者の卵ではないと。

 と、まあ、こう書いてみたところで、意志薄弱な僕は結局、小説を書いたり、統計力学の勉強を続けたりして、後悔するんでしょうけどね。ひひひ。

>(実は、削除前の書き込みを秘かに読んでいた姉さんでした☆)
うわあ、何書いたか、僕はよく覚えてないんですね実は。あんなことも、こんなことも書いちゃったのだろうか? 
 ……関係はいたって良好です。
 
No.587 - 2003/11/07(Fri) 23:56:56

言葉はすれ違うもの / Keen姉さん
>ただ、私は姉さんの伝えようとしていることの核心を今ひとつつかみ損ねているような気がします。
>だから、私が恐れているのは、私が頓珍漢な返事をしている/するのではないかということです。

これは、お互いさまでしょう(笑)。だからこそ、「対話(の努力)」が必要なのではありませんか?

>私は姉さんのメッセージを私に対するものだと思ってしまった。だけれどそれは「作家・杉澤鷹里」へのものだった。

これは、私の書き方がまずかったですね。ゴメンナサイ☆
私は、「作家」であること=「自分自身と真摯に向き合う」こと、という風にとらえているので、いわゆる「職業的」作家という意味ではありませんでした。
それに、私は鷹里くんのプライバシーに関する知識がないので、自ずと「作家」という面からのアプローチになってしまうのです。

>より正確に言えば、「私が何について精進しなければいけないのかよく分かっている。よく分かっているのだけれど私はそのほかのことにも力を注いでしまう。無駄なこと邪魔なことをしてしまうのです。なかなか、その無駄なことを切り捨てることが出来ないでいます」ということになります。
>その私の必要のない努力・してはならない努力・邪魔な努力の一つが、社会科学の基礎理論の探求ということであり、そしてもう一つが「作家・杉澤鷹里」というものです。

これは、鷹里くんにとって本当に「切り捨てる」べきものなのでしょうか?
もちろん、時間的制約はあるでしょう。でも、心の片隅にでも留めておいて、「今は無理でも、いつかは……」という気持ちは切り捨てないでほしいと思います。そしてそれは、「人間・杉澤鷹里」の成長にとっても、大切なことなんじゃないかな。

>ううむ。厳しい言葉です。
>「突きの李松」は、「評価それ自体が評価される事実を作る。人間の『何を言い(書き)、何を行ったか』ということを、ひいては『どういうつもりであるか』ということさえも評価が規定してしまう」物語というのが書いたときの意図だったのですが、姉さんの解釈もありですね。そしてそれは当人にとって不本意な評価も、冷厳な事実としてあるということの妥当性を言うわけで、(自分で描出しといてなんですが)相当に厳しい世界観だと思います。
>仲間内でのスキンシップを意図したのに、権力者によるセクハラだと糾弾されるような(ああ、まだ拘ってる)

だから、「対話の努力」が必要なのですよ(笑)。
形だけの謝罪や弁解は、相手をよけいに傷つけますからね。
(実は、削除前の書き込みを秘かに読んでいた姉さんでした☆)

ま、そんなこともイロイロ経験して、ひとは成長するのよね。

「落ち込むこともあるけれど、私は元気です」(『魔女の宅急便』より)
No.586 - 2003/11/06(Thu) 10:58:45

Re: 杉澤鷹里のオブセッション / 杉澤鷹里 [ Home ] [ Mail ]
>厳しいこと言っちゃって、ゴメンね☆

 私のことを真剣に考えてくれてありがとうございます。
 ただ、私は姉さんの伝えようとしていることの核心を今ひとつつかみ損ねているような気がします。
 だから、私が恐れているのは、私が頓珍漢な返事をしている/するのではないかということです。
 
 たとえば、スペシャリストとジェネラリストについてなど。
 なかでも決定的に私が誤解していたと思うのは、
>「作家・杉澤鷹里」へのエール
ということでした。
 私は姉さんのメッセージを私に対するものだと思ってしまった。だけれどそれは「作家・杉澤鷹里」へのものだった。

 私は「そして悲しいことに、私はいまだに何に対して日々の地味な精進をすればいいのか、分からないのです。」と書いたけれど、より正確に言えば、「私が何について精進しなければいけないのかよく分かっている。よく分かっているのだけれど私はそのほかのことにも力を注いでしまう。無駄なこと邪魔なことをしてしまうのです。なかなか、その無駄なことを切り捨てることが出来ないでいます」ということになります。
 その私の必要のない努力・してはならない努力・邪魔な努力の一つが、社会科学の基礎理論の探求ということであり、そしてもう一つが「作家・杉澤鷹里」というものです。

 姉さんのエールは大変ありがたいと思うのだけれど、本当のことを言えば、私は「作家・杉澤鷹里」が私の中で小さくなっていくことを望んでいるのです。世評についてはどうか分かりませんが、より高みへと到達したいと私が常日頃思っているのは事実であるし、その高みへの到達が苦しく呆れるほど退屈な日常の反復によって実現されるということも私の常に思うことであり、明確な目標があり、かつまた日常の強制力が私の日々の精進をうながしている状況とあって、これからはその目標実現のための努力を徹底したいと思います。
 必ずしもメッセージ通りに受け取ってはいないと思いますが、良いきっかけになりました。ありがとうございました。

 この辺の話は「ナチュリストの日」でもう少し文芸的にかつ個人情報の開陳を織り交ぜつつ行う予定だったのですが、変に気負っちゃって果たせてませんでした。

>それに対する評価は、自ずと後からついてくるものでしょう。
>>この英雄を人々は敬愛をこめて今なお称揚する。突きの李松、と。

 ううむ。厳しい言葉です。
「突きの李松」は、「評価それ自体が評価される事実を作る。人間の『何を言い(書き)、何を行ったか』ということを、ひいては『どういうつもりであるか』ということさえも評価が規定してしまう」物語というのが書いたときの意図だったのですが、姉さんの解釈もありですね。そしてそれは当人にとって不本意な評価も、冷厳な事実としてあるということの妥当性を言うわけで、(自分で描出しといてなんですが)相当に厳しい世界観だと思います。
 仲間内でのスキンシップを意図したのに、権力者によるセクハラだと糾弾されるような(ああ、まだ拘ってる)
No.585 - 2003/11/06(Thu) 02:15:17

鷹里くんへ / Keen姉さん
厳しいこと言っちゃって、ゴメンね☆
これは、「作家・杉澤鷹里」へのエールです。もっと大きくなって欲しいから。
No.584 - 2003/11/05(Wed) 18:07:58

むしろ逆。 / Keen
>>「世評」に対する自意識 について、

>これは新鮮な感想でした。というのも、普段私の作品に対する感想というのは、それとは全く逆のもの(「他者に対する恐れがない」とか「世間の評価を気にせず我が道を行く不遜な態度」とか「読者に書いていない」とか)が圧倒的に多かったからです。

それらの批評は、単に「杉澤鷹里」に対する理解が浅いだけです。
「自分の書きたいモノを書く」ことと、「読者に媚びる」こととは違います。
(ただし、これとは別に「他者への配慮」というものも存在します。)
また、表層的にそう見えたとしても、全ては過剰なまでの「自意識」の裏返しにすぎません。そしてそれが、

>それをして「世評」への意識があると感じられたのであれば、そこには私自身がまだ気づいていない私の特徴があるのだと思います。

ということではないでしょうか。

>過剰なまでのスペシャリストへの憧れと、けれでも欠落を嫌う結果ジェネラリストになってしまう実際との、目も眩むような乖離。

これもその現れと言えます。「スペシャリスト」になれない者が、オールマイティな「ジェネラリスト」になどなれるはずもありません。いずれにせよ、「完璧」などという神の領域にはほど遠いのが、凡夫たる人間の姿なのですから。

ではなぜ、杉澤鷹里は「欠落を嫌う」のか?「完璧な人間」など存在しないというのに。
それが<「世評」に対する自意識過剰>なのですよ。

>そして悲しいことに、私はいまだに何に対して日々の地味な精進をすればいいのか、分からないのです。

というわけで、これは要するに「甘え」です。「今の僕は見せかけのニセモノなんだ!本当の僕は、もっとスゴいんだぞ!」という子供と同じです。
辛い(=つらい/笑)かもしれませんが、「虎の穴」で指摘されたことを反芻してみて下さい。人間は、「どういうつもりであるか」ではなく、「何を言い(書き)、何を行ったか」によって判断されるのが現実なのです。それに対する評価は、自ずと後からついてくるものでしょう。

>この英雄を人々は敬愛をこめて今なお称揚する。突きの李松、と。
No.583 - 2003/11/05(Wed) 18:04:23

Re: 杉澤鷹里のオブセッション / 杉澤鷹里 [ Home ] [ Mail ]
Keenさま、

 非常に興味深いご意見ありがとうございます。
>「世評」に対する自意識
 これは新鮮な感想でした。というのも、普段私の作品に対する感想というのは、それとは全く逆のもの(「他者に対する恐れがない」とか「世間の評価を気にせず我が道を行く不遜な態度」とか「読者に書いていない」とか)が圧倒的に多かったからです。また、分けても「幕間に」投稿している作品は、私自身ですら「こんな極私的な日記みたいなものを投稿していいのかしら」と悩んでしまうほどその傾向が先鋭化していると思っておりましたので、それをして「世評」への意識があると感じられたのであれば、そこには私自身がまだ気づいていない私の特徴があるのだと思います。

>「スペシャリスト」に対する拘泥
 この傾向は私自身、私の最大の特徴だと思ってます。過剰なまでのスペシャリストへの憧れと、けれでも欠落を嫌う結果ジェネラリストになってしまう実際との、目も眩むような乖離。
 作品にもその傾向が反映され、能力の極端に偏った人物を、私は好んで描いているように思います。

>日々の地味な精進
 本当にその通りだと思います。そして悲しいことに、私はいまだに何に対して日々の地味な精進をすればいいのか、分からないのです。
No.567 - 2003/10/22(Wed) 19:51:37
モノ・ダイアローグ / 杉澤鷹里 [ Mail ]
 あたりは闇に支配されている。人の気配がするのだが、この暗闇の中では判然としない。俺はペンライトを取り出して、点けてみる。小さな光の輪が宙をさまよう。やがて、その光の輪に照らされて白い顔が浮かび上がる。光は瞳に入り、瞳孔はまたたくうちに収縮し虹彩の青さが際立った。その高い鼻筋は痛々しいほどに繊細で形良く、顔に大きな影をつくっていた。
 西宮杏子だった。
「こんにちは、杉澤鷹里さん」
 彼女はそういって微笑んだ。俺は、久しぶりに会う西宮杏子の存在に少し緊張している。
「ども。お久しぶり」
 ペンライトを当てたまま会話をするというのは失礼であろう、と俺は思い、ペンライトを消した。
 するとガチャン。という大きな音がして、スポットライトが点された。俺と西宮杏子とは、公園のベンチに座っている。目の前には時計と噴水とが見える。
No.1422 - 2007/05/03(Thu) 10:47:12

モノ・ダイアローグ(7) / 杉澤鷹里
 そして、その思いは実際のところ、かなりの妥当性を有していたと思う。見たまえ。杉澤鷹里としての俺が、この四ヶ月、一体何をしただろう? 
 ああ、娘を前にして、俺は娘の父である以外の何者でもなかったのだ。そして、だからこそ、娘が生まれた、ということそのことを、西宮杏子によってあらわされる何かに、告げることができなかったのだ。
 
「でも」
と西宮杏子は言う.
「杉澤さんはこうして告げた。だから私は知っている」
西宮杏子は続ける。
「杉澤さんは一方で私との関わりを持ちたいという思いに駆られて、私にメールを送った。杉澤さんはそしてその一方で、そのメールが私との間に越えることの出来ない一線を引いてしまうのだという思いをも抱いた。ともあれ、杉澤さんは私にメールを送った」
No.1446 - 2007/09/23(Sun) 20:30:58

モノ・ダイアローグ(6) / 杉澤鷹里 [ Mail ]
「かわいいでしょうね」
そんなふうに西宮杏子は、続ける。
 彼女は娘の誕生を言祝いでいる。
 そうだ。娘が生まれた、ということ、それを俺は、西宮杏子に告げることができないでいた。
 娘が生まれて、世界が変わってしまった。まったく、娘のかわいさと来たら、かわいいという概念をイデアのまま体現させたかのようなものである。心奪う、魂を抜かれる、というのはこのことかと俺は何度も思った。自分がどんどん自分のあずかり知らぬ力によって突き動かされ、娘に没頭していき、そして、消耗していくのをひしひしと感じた。
 娘へと向かう気持ち、それは、この目の前に今いる、西宮杏子の存在と相容れるものではない。

 俺は思っていたのだ。
 俺の想像の世界、理想の女性たち、探求されるべき美しき机上の理論。そういったものたちと、娘の具体性とは、きわめて両立困難なものなのだと。
 空中楼閣は、娘を思う気持ちの前で、崩壊していくのであろうと。
No.1445 - 2007/09/23(Sun) 00:10:16

モノ・ダイアローグ(5) / 杉澤鷹里
 沈黙が続くのを恐れる俺は、なんとか言葉を出そうとする。
 だけれど、言葉にならない。西宮杏子に告げるのを俺は拒んでいるのだ。

 西宮杏子には、言えない。

 それは俺の不実なのだ。俺の心に何一つ疚しいところは、ない、とそう宣言できない、闇のようなもの、それは、西宮杏子というかたちをして目の前にいる。
 沈黙を続ける俺に、西宮杏子は言った。
「おめでとうございます」
No.1436 - 2007/07/08(Sun) 23:14:16

モノ・ダイアローグ(4) / 杉澤鷹里 [ Mail ]
 いかんいかん。西宮杏子が賛同者になってしまっている。
 俺は俺に言い聞かせる。
 これでは、かつて「矢吹駆−ナディア」「犀川創平−西之園萌絵」に見いだした、「中年男の妄想」と同じではないか。
(それはこんな内容である。
「 ナディア、好きです。
 森博嗣さんが確か自身で書かかれていたと思いますが、「ナディア‐矢吹」関係と「西之園萌絵‐犀川」関係ってそっくり。作者の理想化された自己像のような、専門的な学問知識を持つ名探偵と、若く美しく聡明な女子大生ワトソンのコンビ。名探偵は滔々と自分の専門分野をワトソン役に語って、ふんふんと感心して聞いてもらえる。ワトソン役が単純な道化に終わらない。その聡明さで事件の真相に肉薄し、けれど、わずかなところで間違えてしまう。そしてワトソン役が淡い恋心を名探偵に抱くし、名探偵のほうもまんざらでもないんだけど、二人の仲は進展しそうで進展しない……と、まあ瓜二つです。
 哀れ中年男の自己愛に満ちた妄想もここまで膨らむか、というかんじ。
 チクショウ、うらやましい。あこがれてしまいます。」)
 あくまで、批判者として西宮杏子がいる限りにおいて、この「モノ・ダイアローグ」という試みは、成立する。自分の生み出したキャラに自分を賞賛させるほど、滑稽なことはない。
「これが、滑稽なのは、それだけじゃないと思うんですけど」
西宮杏子は、そうつぶやいた。
「これって、最初に言ってた、カギ括弧をつけて『と言った。』と付け足せば、小説だっていう暴論の実践ですよね。内容的には、ほとんどエッセイ以下の駄文のように思えるんですけど」
「だ、だって、最近小説の投稿がないんだもの……」
 哀れな管理人を、西宮杏子は哀れみすら抱く価値がない、といった眼で見ている。
No.1426 - 2007/05/06(Sun) 11:58:25

モノ・ダイアローグ(3) / 杉澤鷹里 [ Mail ]
 西宮杏子は問う。
「旅行記では、たとえば『倉敷・広島の旅』では、細かな電車の出発時間も書かれていたりして、これまで書かれてきたものと、かなり異なった印象を抱くのですが」
 俺は答える。
「ネットを利用していて、何度かブログに書かれているものを参考にすることがあって、こうした情報って役に立つなあ、って思ったんだ。例えば、自転車の車種の違いによる乗り心地の変化、なんてのは、なかなかカタログからでは、分からない。そうした情報を利用しているうちに、自分もこうしたネット社会の情報の共有に、益する活動をしたいと思うようになったというわけ。だから、意識的に旅行の参考情報となるようなものを、載っけてる。そうした情報として重要なのが、料金や時間など数値による情報だと思うんだ。もちろん、こうした数値的な情報だけでなく、自分のものの見え方、考え方を楽しんでもらえたらいいと思うんだけれど」
「ある特定の活動を行う時の参考資料というわけですね。たいていのガイドブックに載っているコンセンサスのある事柄というよりも、私的な体験のほうが、私的な体験であるがゆえに、ブログという形態の情報提供では、かえって有意義なものとなる。私もそんなふうに思います」
 西宮杏子が賛意を示すので、俺はおおいに満足する。
No.1425 - 2007/05/05(Sat) 19:06:16

モノ・ダイアローグ(2) / 杉澤鷹里 [ Mail ]
「当初の予定では、竹本さんの『トランプ殺人事件』を論じるつもりだったんだ」
「『トランプ殺人事件』を選択した理由は?」
「『トランプ殺人事件』は、非常にシンプルな構成をしている。そして、そこで描かれていることも実にクリアだと思われる。だけれど、そうでありながら、かならずしも、誰にとってもストンと腑に落ちる話ではない」
「クリアな話だけれど、多くのヒトにとってはそのようには受け取れない。と、そうお考えなんですね」
「そう。それを、シャノン流の情報理論を見取り図として論じれば、かなりコンパクトに主題を抉出《けっしゅつ》できるのではないかと思ったんだ」
「でも、実際現在のところ展開しているのは……」
「『トランプ』ではなく、『キララ』論だね」
 少年回廊で書いていたことが、面白くなっていったのだ。だから優先して始めただけであって、『トランプ』を論じる気がなくなったわけではない。
「『トランプ』のことや『キララ』のことは、また後で聞かせていただこうと思うのですけれど、それにしても最近非常に積極的にネットでの活動をされていますね」
 西宮杏子は、続ける。
「青都探のブログでの旅行記、虚無なる「匣の中の匣」でのいくつかの議論、そして青都探のデザインの変更、あとミクシィでの活動も一頃さかんにされていたようですが」
「ちょっと時間の余裕ができたから」
なんと信じがたいことにこの4ヶ月あまり週40時間労働に限りなくちかい状況なのだ。それ以前、週80時間強、下手したら100時間を越えていた労働環境から比べれば、まるで天国のような状況なのである。
「週40時間労働のほうが、週80時間労働よりも、楽なんだねえ」
 俺はしみじみとそう洩らした。
「当たり前です、それ」
 西宮杏子は、俺の鋭い論考に、そう感想を言った。
No.1424 - 2007/05/04(Fri) 15:50:39

モノ・ダイアローグ(1) / 杉澤鷹里 [ Mail ]
「ミステリ評論の賞にでも応募してみようか、と構想していたんだ」
 俺は話し出す。
「だけれど」
 俺がそう言うと、西宮杏子は、その可愛らしい顔をわずかに傾ける。それだけで傾聴している様子がうかがえて、俺は十分に満足し、話を続ける。
「応募しようかと考えていた創元推理評論賞は、2003年に中止になっていた」
「少なくとも四年以上、関心を持っていなかったわけですね。その程度の興味しかなかったんだ」
 なかなか鋭く、憎らしいことを言う。
「まあ、評論なんかは、かなりレベルの高いものでも、ネットで検索すれば読むことができるから、お金を払ってわざわざ読むものなんてほとんどないわけで、評論賞が廃止されたのも已むを得ないんじゃないかと思う。でも、膨らんでしまった構想は、このまましぼませてしまうのは惜しい」
「もったいないですね」
「で、俺は思いついた。全てをカギ括弧でくくって、『と、言った。』と続ければ、それで小説になるじゃん、って」
「え?」
「そうだ、そうなんだ。小難しい理屈をこねるだけ、こねて、それで、『と、言った。』と続ければ、それは登場人物の発話なんだ。登場人物の発話なんだから、それは一つの小説なんだ。それは小説の賞に応募することができるんだ」
「……そんな小説読みたくないんですけど……」
「ぐわははは」
 俺の計画の壮大さのあまり、西宮杏子は言葉を失っているようだった。
No.1423 - 2007/05/03(Thu) 12:02:28
デザイン変更 / 杉澤鷹里 [ Mail ]
 デザインを変更しました。スレッドを少し細くして、行間を少し広くしました。
No.1428 - 2007/05/17(Thu) 21:02:36

ご返答ありがとうございました。 / 通りすがりのシト
   管理人さま。

>よたろうさんが、30文字前後で折り返しているのは、そのあたりのことが絡んでいると思うんですが。
>自分としては、30文字〜40文字で折り返されるのが小説の表示としては読みやすいよなあと思っていますがいかがでしょうか。

あ。そこまでご注意なさってるなら、ただの一閲覧者としては何も言う事もありません。
自分も、30文字〜40文字で折り返すのには同意です。
そのくらいが、ちょうどスラスラと読みやすいのではないかと思います。

>ブラウザや設定によっては目も当てられない状態になっているのかもしれませんね。

ご安心を。自分のPCに限っては、さほど問題もなく閲覧できるようです。
ただ、人によってパソコンの機種やブラウザ、フォント設定など管理人さんと違っているでしょうから、そこらへんは管理人さんが、デザインを折角、工夫されてもどうにもならず、辛いものがありますよね。自分もHP製作などで、そこが一番頭をかかえるところです。

さて、新連載「モノ・ダイアローグ」が始まったようですし、自分としては楽しみが増えました。よたろうさんの「Nirvana Engine」の再開、それと「一瞬の畸形の夏」の第2部の再開も多いに楽しみにしております。ではまた。
  (たいへん、おいそがしいので今日は自家用ジェット機で帰宅させていただきます。)

      キィィ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜ンッ
              「あっ!故障かっ!?」
      ぶす、ぶす、ぶす、ぶす、ぶす・・・・・・・・・・・・・
No.1431 - 2007/05/20(Sun) 23:46:33

ご意見ありがとうございます / 杉澤鷹里 [ Mail ]
通りすがりのシトさま、
 ご意見ありがとうございます。
 具体的に、どのような不具合が生じているか、ご教示いただけたら幸いです。
(ネタバレになるなら、メールでひそひそでお願いします)
 今回、デザイン変更したのは、(実は前々から気づいていたのですが)設定によっては、自分が意図していたより、ずっと多くの文字が表示されてしまっていたからです。フォントサイズの設定の問題ですけども。
 よたろうさんが、30文字前後で折り返しているのは、そのあたりのことが絡んでいると思うんですが。
 自分としては、30文字〜40文字で折り返されるのが小説の表示としては読みやすいよなあと思っていますがいかがでしょうか。
 今回のデザイン変更では、Nirvana Engineの折り返しの不具合が出ないギリギリのところにしたつもりですが、ブラウザや設定によっては目も当てられない状態になっているのかもしれませんね。お知らせください。
No.1430 - 2007/05/19(Sat) 21:18:34

Re: デザイン変更 / 通りすがりのシト
今までのデザインのままが良いと思います。
いままでの投稿者の方は、1行に並ぶ文字数を、ある程度頭に入れて、
文章を書かれているのではないでしょうか?
No.1429 - 2007/05/19(Sat) 00:50:11
そういえば / 杉澤鷹里
 青都探で連載中の倉敷・広島の旅。
 この方面を青春18きっぷで旅するって『ウロボロスの摂動論』のワンシーンじゃん。
(姫路も相生も登場します)
 今回も姫路駅でイカ焼き食べました(なつかしー)。
No.1417 - 2007/03/29(Thu) 22:47:52

そういえば(2) / 杉澤鷹里
 少年回廊BBSに記した「タマミ」についての考察。ほとんどここの「他者に伝えるということ」と同じ恋愛観じゃん。
 人間変わらないなあ、と思いました。
No.1418 - 2007/03/30(Fri) 11:09:27
幸せ生活 / あだち
 

   失礼します。
      「こころを強くするメッセージ」のご案内 です。

   ■□■□■□■ 「願いはきかれるのです」 ■□■□■□■

     「教科書」「経営学書」「哲学書」――これらすべて、願い
    求めることは「教えて」いますが、「祈る」ことは教えていません。

     願い・求めることは祈りがあってはじめて「実現」されるもので
    す。願う相手・求める対象がなければ、それを受け入れ・応答
    するスベがありません。 願い・求めることは「地上」のものです。
    天空に上り行くには「天上」の祈りが必要です。それには「御座」
    にいる方を認識することです。

          ――――――――――――――― 

    ・ あなたの求めるものは、私の名によって願い求めなさい。
    ・ 私の名によって願うことは、何でもかな てあげよう。父が子
     によって栄光をお受けになるためである。
    ・ 何事でも私の名によって願うなら、私はそれをかなえてあげ
     よう。
    ・ 私たちが何事でも神の御旨に従って、願求めるなら、神は
     それを聞き入れて下さるということである。
    ・ そして、私たちが願い求めることは、なんでも聞き入れて下
     さるとわかれば、神に願い求めたことは、すでにかなえられた
     ことを知るのである。

          ―――――――――――――――

     イエスの「名」によって願い求めることです。「人にはできない
    が、神にはできる」という信仰の法則に従うことです。

     さまざまな「神」をお持ちのあなた、騙されたと思って「〜のも
    のをキリストの御名によって祈ります」と呟いてみては――

     口に出し・呟くことは「タダ」なのです。あなたの不信仰を神
    はご存知です。にもかかわらず、その祈りを受けてくださるのが
    主イエスキリストの父なる神です。

     実践・実行せずしてただ願い求めても、無駄・無益・無意
    味です。その「タダ」が大いなる「奇蹟」をもたらすかも知れま
    せん。

      「新約聖書」をお読みください。元気・勇気・ヤル気が
    与えられます。

    ========  安達三郎 ========
No.1415 - 2007/03/03(Sat) 18:12:22
「一瞬の畸形の夏」の頃 / 杉澤鷹里
「一瞬の畸形の夏」は2000年の5月〜7月に書かれた。キシネンリョにとりつかれていた時期であるとともに、恐ろしい勢いで小説を書きまくっていた時期でもある。

 私の小説の多くがそうであるように、この作品も未完成のまま──謎という謎、伏線という伏線がほったらかしにされたまま──幕引きとなっている。
 本来、自分が犯人なのかもしれないという疑念を抱く、西宮杏子の苦しみが描かれる第二部へと引き継がれるべく構想されたものであったのだが、頓挫したままだ。
 機会があれば、「抜き取られた文字こそがメッセージで、この文庫本はいわば、その残りかすみたいなものなのじゃないかな。だからこれはいわばさかしまのメッセージ。さかしまの世界に宛てられたさかしまの言葉じゃないだろうか」「私はそこにいなかった! なぜなら、私は白人であるのだから」などという科白が決定的な意味を持つような第二部にチャレンジしたいと思っている。

 長らくのご愛読ありがとうございました。
No.1407 - 2006/12/31(Sun) 13:26:32

おっと、いけねえ / 杉澤鷹里
 この物語はフィクションであり、実在する個人、団体とは一切の関係がありません。杉澤鷹里の足は長いわけでも、滑舌がいいわけでもありませんし、ましてや殺人鬼ではありません。
 と、断り書きをするのを忘れておった。危ない、危ない。
No.1414 - 2007/03/03(Sat) 11:05:32
新年明けまして / 杉澤鷹里 [ Home ]
 新年明けましておめでとうございます。
 と、まあ、ようやく。

 ついに四回目の年越しを迎えた「破壊者の幻想譜」です。

 また、超長期連載のNirvana Engineも三回目の年越しをするわけで、この作品の今後が気になるところです。

 本年もよろしうお願いします。
No.1410 - 2007/01/07(Sun) 20:13:39
一瞬の畸形の夏 / 杉澤鷹里 [ Home ]
〈一瞬の畸形の夏〉
No.1254 - 2006/01/28(Sat) 22:37:48

西宮杏子 / 杉澤鷹里 [ Home ]
 ……彼女は薄暗い部屋の中に、一人うずくまっていた。彼女の目からは涙が溢れている。私は、ただ黙って彼女を見守っていた。手を差し伸べてあげることができたら良いのに。私はそう思った。それはとても出来そうになかった。私の手は彼女の所にまでは届かないのだ。彼女の喉元にこの手が届くのであれば、優しく彼女を包み、楽にしてあげることが出来るのに。そんなことが出来ない私は、ただ見守るだけだった。
 彼女の心に私の居場所が少しも与えられていないのが、私にはとても悲しかった。だから、私は彼女の心を占めているものを除いていった。彼女の心に隙間ができて私の入り込む余地ができるだろうと、そう思ったからだ。だけれど私の除いたものどもへの彼女の思いは変わることがなかった。いや、むしろ純化された思い出となって彼女の心を占めている。
 この私はどうしても彼女の心を占めることができないらしい。私が彼女の体を一人占めにするとき、彼女の心は彼女の体から逃げ去るのだった。私と彼女の心とは一つになれない。あの事件に接して以来、私と彼女の心とは別のものになってしまったのだ。これからも私と彼女の心とは別のものとして、生きていくに違いない。
 私はただ見守るだけだった。ただ鏡のこちら側から見守るだけだった。

(了)
No.1406 - 2006/12/24(Sun) 18:10:29

新聞記事 / 杉澤鷹里 [ Home ]
 私は長いこと新聞を広げてたたずんでいた。ヒグラシがカナカナと鳴いている。夕日が部屋にさしこみ、部屋は赤く染まっていた。私はただ、たたずんでいた。
 それは小さな記事だった。高校生の焼身自殺。杉澤鷹里は、私の杉澤君は死んだ。
 半ば予想はできたことだった。あの掲示板の文章を読んだときから、このような結果になるのではないかと、私は今日のような事態を漠然と思っていた。それでも、私の心にはぽっかりと穴が空いている。
 杉澤君はにこやかに笑い、真っ直ぐな瞳で私を見てくれて、私は満たされていた。私はそんな日々をぼんやり思い出している。

……ザザーザザー。波の音だ。あの日の波の音が聞こえる。波は、厭きることもなく押し寄せ返りいき、再び押し寄せてくる。ザザーザザーと静かで長閑な波の音が、私の耳に心地良い。そう、その夏の良く晴れた日、午前四時に部屋を飛び出した私は、杉澤君と二人でマウンテンバイクとばして、見に行ったのだ。海から昇る朝日を。海岸で杉澤君と寄り添い、日が昇るのを待っていた。
 一向に現われる素振りさえ見せない太陽を待つうちに、私はひどい眠気に襲われていた。杉澤君の胸に顔を埋め、夢と現実の間で私は不思議な幸福の光に包まれていたように思う。そう思う。

 そうだ。私は幸せだった。偽りのものであったとしても私は幸せだった。良き友と恋焦がれる人と伴にあれた私は!
 ……私には、もう何もない。

 ヒグラシはカナカナと力無く鳴いている。長い夏はもう終わりに近づいている。私は思う。長かった一瞬の畸形の夏は、何よりかけがえの無いものとしてこれからも私の心の中に生き続けるだろう。夏の中の波の音もセミの鳴き声も花火もみんな一緒に私の心の中に閉じ込められて、いつまでも私と伴に……。
No.1402 - 2006/12/16(Sat) 20:43:38

漁り火 / 杉澤鷹里 [ Home ]

 街を歩く私の心は沈んでいた。海の底に沈んでいた。海溝にまで入り込んでいるのかもしれないし、アンコウの臓腑に納まっているのかもしれなかった。何千キログラムパー平方センチメートルもの圧力を受けて、私の心は押し潰され原型を留めていないに違いない。あるいは、アミラーゼと反応して溶解し半ばアンコウの一部として吸収されているのに違いない。心は海の底に沈んだままなので、私の身体はこうして街を歩いていても、それは丁度鎖に繋がれた犬がするように辺りをうろうろと歩くだけだった。
 街はひどく暗かった。
 街灯は等間隔に置かれているのだけれど、多くは光を発していなかった。暗い道はいい。だけれど、海の底に沈んだ私の心を探すのには相応しくない。光の矢、光の洪水、光の渦。それが必要だ。あたりを探してみたのだが光を発するようなものなど転がってはいなかった。だから私の身体は、辺りをうろつくだけだった。
 ……潮の香りがする。海がすぐそばまで迫っている。私の心はどの辺に沈んでいるのだろう? この目の前の海のどこかに沈んでいるのだろうか。こんなヘドロの滞留しているような海は嫌だ。私の心が可哀想。もっと清浄な海に沈んでいてほしい。私はこんなにも直向きなのだから。清らかな透明な海に沈んでいますように、そう願った。
 私は思い出す。幼い日々、父に連れられてよく夕方の海を見に行ったっけ。荒漠とした砂丘は夕日に赤く染まり、風紋がくっきりと現われて、ひととき壮大な物語を私に与えてくれた。やがて太陽が沈んで、空がゆっくりと茜色から紫色、濃藍色へと変わっていくと、水平線にぽつり、ぽつりと明かりが灯るのだった。幼い私はそれを出鱈目な数の体系で数えていった。あの灯りに誘われてイカがやってくるのだよ、と父は教えてくれた。そう、それらはイカ釣り船だった。イカ釣り船の発する漁火は、波打ち際でぼんやりと時を過ごす私の目さえ貫かんばかりの光の矢を放っていた。時が経って、境界もひどく曖昧な黒色に染まった空と海とを、イカ釣り舟の光の洪水だけがほんのりとした黄色に染めて、その周りにだけ水平線を作っていた。

 私にも、必要なんだ。私の心を誘うための強烈な灯りが。私の心を海の底から引きずり出してしまうような光の矢、光の洪水、光の渦が。見渡してみても、辺りに光を発するものはない。私は再びうろうろと歩いて進んだ。
 やがて私は見つけた。こんなにもよく燃えるものがあったじゃないか。あまりに身近にあるものなので、すっかり見落としていた。これに明かりを灯せば、きっと海をよく照らし、私の心はそれに誘われて海の底から浮かび上がってくるだろう。

 目の前にはどす黒い海が広がっている。私はポケットから取り出した小壜から、粘性係数の低いピンク色の気体と液体の中間のようなものを、私の体に降り注いだ。頭、額、頬、首筋、胸元……気体と液体の中間のものは私の体を隈なく濡らし、すぐさま蒸気となって立ち昇った。ひんやりとした感覚に私はククと笑った。そこでゆっくりとマッチを擦った。光はすぐに灯った。

 光の矢。光の洪水。光の渦。
 私はにんまりと笑った。
 この光に誘われて、私の心は海の底から浮かび上がってくるだろう……。
No.1401 - 2006/12/10(Sun) 13:13:42

新しいメッセージ / 杉澤鷹里 [ Home ]
 それは入学式の日だった。ちらちらとクラスメートの視線が私に集まる。皆、何か思うふうであり、私にはそれがひどく苛立たしく思われた。聞きたいことがあるのなら私に直接聞けば良いのに!
「あのさ、あんた日本語喋れるの?」
本当は私に直接話し掛ける人がいるとは思われなかったので、その言葉に私はちょっと戸惑ってしまった。
「ええ、生まれたのも育ったのも日本国。日本の国籍を持ったれっきとした日本人ですから」
私のその返答に相手は吹き出した。
「何それ? そんな言い方しないよ、フツー。あたし芦屋タエ。よろしく」
突き出された右手を私はとっさに握り返していた。これが、私とタエとの初めての出会いだった。
「西宮杏子です。あんずの子できょうこ。よろしくお願いします芦屋さん」
「ふふ、とても上品な日本語ですこと。もっと気楽に喋ってよ。ふふふ、あんたってほんと綺麗な顔してるね。まるで作り物みたい」
これから二人は友達になるのかな、そんな予感に満ちていた。窓の外には桜が咲き誇っていた。どこか遠くから校歌を歌う声が聞こえてくる。ドンドンと太鼓が叩かれて、校歌にリズムを与えていた。春ののどかな日だった。私はなんだか満ち足りていた。
……目が覚めた。タエは……今はいない。そう、これが現実だ。私は寝返りを打った。枕が濡れている。
……考えてみれば、タエは私に私があまり言ってほしくないことをよく言ったものだった。人形みたい、アン、白雪姫、Hello。けれどタエの言葉には悪意がなかったし、明るさに包まれていて、私はタエの言葉が気にならなかった。タエの誰に対しても分け隔てのない態度が私には嬉しくて、私はタエといるとき実に心安らかになれたのだった。

 そんなタエも今はいない。
 初七日を過ぎた。私はあの日からずっとタエのことを考えている。タエとの思い出、タエの笑顔、タエの夢。私を悩ませていたマスコミ関係の人も、最近はずっと少なくなった。友達、第一発見者。マスコミの格好の取材対象であったようで、ひっきりなしに鳴らされるチャイムの音に私は気が狂いそうだった。今は静かになった。私はどうすればいいのだろう? 警察には杉澤鷹里の登場から事件に至るまでの経緯を話した。お葬式ではタエのお母さんに同じ話をして、そしてその際、「私が殺したんだ、私が殺したんだ」と半狂乱になって、小母さんを困らせたりもした。友の死によって、異常なまでに神経が昂ぶっていたから、あんなこともできたのだろう。今の私にそんな告白はできそうにない。
 警察からの連絡はない。
 杉澤鷹里は捕まったのだろうか? それとも別の真犯人がいたのだろうか? 一体、どうなったのだろう? すべてを吐き出した抜け殻の私はどうすればいいのだろう?
 体育祭は中止になっていた。いまさらそんなことを考えてみるのもおかしなことだったけれど。私にはもう何もすることがない。
 ?──。私は思わず立ちあがる。見られている。マスコミの人だろうか?私は辺りをうかがった。人影は確認できなかった。と、そのとき。
 ガーガー。突如そんな音がして、私の体はビクッと反応する。ああ、FAXだ。誰とも話したくないので、ベルの音を切っていたのだった。私はひどく重たい体を引きずりながら、吐き出された紙切れを手に取った。
 明石君からのものだった。

「あの掲示板にまた杉澤鷹里名で書き込みがありましたので、ご報告します」
私の目は大きく見開かれていた。タエを殺した犯人は今でも自分の妄想のなかでのうのうと生きて、現代社会を闊歩している。私は、ともすれば訳の分からぬことを叫んで走り出してしまいそうな私の心を押さえつけて、その文章に目を通した。
No.1400 - 2006/12/01(Fri) 21:55:18

焼却炉にて / 杉澤鷹里 [ Home ]
さて、どうしたものだろう。タエはどこに行ったのか。今は少しでも早くタエに会って、これは私の悪戯だったごめんなさい、そう言いたい。
私は少しの思案の後に、体育館を通り抜けて、山に面する焼却炉のところにまでやってきた。
 そしてタエの日に焼けた肌とくりくりとよく動く瞳を、私は見たと思う。そう……私は見た、タエの肌と瞳とを。

 悪夢にうなされて跳ね起きる。気付いたとき、私はただ天井を見ていた。信じられない事態の推移に、私はしばらくの間の記憶を欠いている。

 時計は十時を指している。月曜日の夜だろう。私の叫び声を聞きつけてやってきた体育教師の引き攣った顔。パトカーのサイレン。ケダモノじみた凶悪な顔の刑事。泣いて言葉を発しない私。そんなひどく断片的な記憶が甦る。それはひどく昔のことのように思われた。五年十年、百年くらい前の記憶のように。
 また一つの記憶の断片が甦る。それだけはひどく鮮明だった。
 焼却炉と私とは向き合っている。そこには置かれていた。タエの身体の部分たち。焼却炉の上に置かれていたタエの首。だらしなくどこを見るともない瞳。あんなにくりくりとよく動いていたのに! 日に焼けていてそれなのに血の気のない顔色。いつも日に照らされて綺麗に輝いていたのに! そんなタエの首は動く素振りもなくただ置かれていた。その下の砂地に横たわっていた首のないタエの体。タエは水色のTシャツとオレンジのパンツを着こなしていた。タエの履きなれていたテニスシューズの磨り減ったかかとが、目にひどく痛かった。体の前の地面には赤黒いシミができていた。太陽に照らされて白く輝く砂地と、輝かないシミ。ミーン、ミーン、ミー。油蝉の鳴き声がひどくうるさかった。
 思い出した。そしてひどく憂鬱になった。せっかく悪い夢から覚めたのに、それより現実のほうがずっと悲惨だった。……タエは死んだ。タエは殺された。だから私はこんなにも長い間たち上がることができないで天井を見つめている。
 私があんな悪戯をしたために、タエは殺されてしまった。タエは私に殺されたようなものだ。私は涙を流していた。溢れて流れる涙の雨はポタポタと布団を確実に濡らしていった。殺人鬼杉澤鷹里。タエのでっち上げではなかった。私の馬鹿げた妄想が、タエを殺してしまったんだ。私が殺したんだ。私が殺したんだ。
 テレビが点いていた。ニュースはタエのことをさかんに報じていた。またも学校での犯罪、マスコミはそうやって煽っている。三年前に同じ街で起きた少年犯罪のことを想起させるのだろう。まるでお祭騒ぎだった。私は耐えられなくなって、テレビを消した。私の覚束ない記憶以上にテレビでの報道は絵空事じみていた。みんな幻想かもしれない。私の夢なのかもしれない。タエの死も、杉澤鷹里も、一夏の幻想だ。私はこんなことを思ってみるのが無意味であると痛いほど分かっていたが、それでも気がつくとそんなことを考えていた。
No.1399 - 2006/11/23(Thu) 15:51:17

体育館にて / 杉澤鷹里 [ Home ]
 タエの仕業だろうか?私はけれど言い知れぬ不安を抱いた。時計をちらりと見る。一時二十分。掲示板上の杉澤鷹里はタエの狂言である、という確信が揺らいでいる。私はたまらず電話を取り、押しなれた番号を叩いた。
 タエは既に家を出た後だという。私は心の底のほうから湧き上がってくる何かに突き動かされて、慌てて身支度を整え部屋を飛び出したのだった。
 外には、この日も灼熱の太陽が輝いている。バスの動きがいつもに増して緩慢なものに感じられ、学校までの道のりがひどく遠いものに思われる。私はひどく苛立っていた。徒に早くなっていく自分の心臓の鼓動を叱った。なんで、こんなに不安がっているの。馬鹿ね、タエが悪戯の仕返しをしただけじゃない。私は私に必死になって無意味なことを語りかけている。早く、一刻も早く高校に着きますように、そう願うしかない。

 燦燦と輝く太陽は校庭で駆け回っているサッカー部員たちの姿を照らし出している。私は彼らを横目に階段を駆け上がって体育館を目指した。心臓はバクバクと高鳴っていて、私はもうおかしくなりそうだった。木陰と木漏れ日とが世界をまだら模様に染めていて、私はそのまだらの世界を進んで階段を上り詰めた。後ろから聞こえてくるサッカー部の掛け声はだいぶ遠くなった。代わって目の前の体育館からバンバンとボールが床を叩く音がする。私は、きょろきょろと辺りを見る。体育館の周りのコンクリートのたたきは、太陽に照らされて白く輝いている。そしてそこには干されていた。
 黄色い蛍光色のユニフォームたち。バスケ部のものに違いない。汗臭くなったそれらを洗って干しているのだ。
 私は少しホッとする。体育館の中の様子を見てみる。近くはバスケ部、ステージのほうはバレー部が練習をしている。時折、ホイッスルのピーという鋭い音が鳴り、部員たちは一斉に動きを変える。タエの姿はここにはなかった。私は安心して、体育館を離れた。
No.1396 - 2006/11/04(Sat) 07:39:37

天啓 / 杉澤鷹里 [ Home ]
 天啓だった。私は私が私ではない別の誰かが、私を名乗り私として行為しうるということに慄然とした。彼女によって私は指し示されているということ、それによって私は存在者たりえているのだということ、そのことを思わずにはいられなかった。
 彼女の心と私の体とは一つのものなのだろうか? 私たちは一つに交わることができたのだろうか?
 ……そうに違いない。彼女は彼女であると同時に私なのだ。だからこんなにも激しく胸の鼓動が、そして息遣いが聞こえる。そう思う。
 であれば、その帰結するところは明らかだ。
 私は見ることになるだろう。よく乾いた虫のいない肌触りが心地良い洗濯物たちを。
No.1395 - 2006/10/27(Fri) 22:32:37

土曜日の朝 / 杉澤鷹里 [ Home ]
 次の日、日曜日の朝−人によってはこの時間を昼というだろう−を私は大きな欠伸とともに迎えた。その前に、お尻から挨拶代わりの空気の振動が発せられたのだけれども、それは私の名誉のために伏せておこうと思う。
 私はお腹をポリポリ掻きながら、目覚めの牛乳を一気飲みにする。ルルルル。電話の音。私は欠伸をかみ殺しながら、受話器を取った。
「もしもし」
「あっ、あの、ええと、きょ、杏子さんのクラスメートの明石康友と申しますが…え、ええと」
「ああ、明石君どうしたの?」
「あっ、な、なんだ、西宮さんか。ええと、こないだの掲示板の話なんだけれども」
明石君のもごもご口の中でいう言葉はとても聞き取りにくかった。私の掲示した文章に返答があったのだという。ひどく奇妙な文章だったから私に連絡をとった。そういうことらしい。
 返答?誰からのものだろう。タエが私の行為に気づいて応じたのだろうか?ともかくその返答というのを早く見たい、私がそう言うと明石君はしばらく考えて、FAXはあるのかと私に聞いてきた。今私が持っている受話器に繋がっているものこそ、父が私に持たせてくれたFAXだ。明石君は、じゃあパソコンからそのFAXに直接送るから、そう言って、電話を切った。
 私は、状況を理解しようと必死に頭を働かせた。しかし、捻っても叩いても私の頭からは何も出てこない。すぐにこの日二度目のベルが鳴った。
 ガーガー、そんな音ともに吐き出されたのは『天啓』そうタイトルをつけられた奇妙な文章だった。
No.1394 - 2006/10/20(Fri) 23:12:46

洗濯 / 杉澤鷹里 [ Home ]
 昼間、圧倒的な熱量をもって君臨する我らが太陽を徒に在らせ続けるだけなのはもったいないと、私はそう思うので、ブラウスとジーンズと少しの靴下とパンツとを洗ってしわを伸ばして太陽の前におずおずと差し出した。太陽に照らされて白く輝く私の衣服たち。ひどく爽やかな気持ちになる。
 太陽が私の衣服にこびりついた、隙あらば私の体に穴を空けようとする虫どもを灼き殺してくれるだろう。
 気分の良くなった私は、ついでに布団も干すことにする。布団に巣食った私の安眠妨げる虫たちを、太陽は灼いてくれるだろう。煉獄の炎、何千匹、何万匹という虫を灼き尽くしておくれ!私はひととき天にまします我らが太陽に祈りをささげた。
 太陽の光は燦燦と降り注ぎ、私はおおいに満足をする。
 数時間後にはよく乾いた、虫のいない、肌触りの心地良いものになるだろう。
 
 私は嬉しくなって外に出る。山の斜面に立てられた団地たち。それらのベランダには衣服が踊り、布団がはためいていて壮観だ。
 ああ、私は思わず溜め息をつく。何万匹、何億匹の虫たちが灼かれているに違いない。なんて美しい風景なんだろう。
 私はスキップでもしたい気分になって、斜面をくねくね曲がる道を進んでいった。山の中腹にある学舎が目に入る。私はその中に侵入する。校庭や張り巡らされた階段を進んでいく。太陽は燦燦と輝いている。体育館の周りのコンクリートのたたきも太陽に照らされて白く眩しい。

 ああ、私はもう一度、思わぬ溜め息をついてしまった。ここにも洗濯物が干されている。肺、心臓、胃、小腸、大腸、腎臓、肝臓、脾臓、膵臓、膀胱、子宮。よく洗濯されたそれらがコンクリートのたたきに広げられ干されている。
 虫を灼きつくしているのだろう。体の中の虫という虫を太陽の光で灼きつそうとしているのだ。
 私はちょっと羨ましくなって、そしてちょっと落胆する。私はただ布団とブラウスとジーンズと靴下とパンツを干しているだけだから。
 にわか雨に注意してね、私はそういうふうに、姿の見えない洗濯物の持ち主に、忠告をして山を下っていった。

 あの洗濯物たちは、やはりよく乾いて虫がいなくて肌触りが心地良いんだろうか。私はちょっと思った。一つぐらい取ってきても分からなかったんじゃないのかな。私はそうも思った。
 まぁいいや。家に帰れば、よく乾いた虫のいない肌触りが心地良いブラウスとジーンズと靴下とパンツとが待っているだろう。
 そんなことを思いながら、足取り軽やかに私は坂を下っていった。
 太陽は燦燦と輝いていて、私の行く道を明るく照らしている。ひどく爽快な、晴れた日のことだった。
No.1392 - 2006/10/14(Sat) 19:23:39

明石康友 / 杉澤鷹里 [ Home ]
 クラスには明石康友という人がいる。彼は度の厚い眼鏡を掛けていて、ひょっとこみたいな口をしている。ごくごく大人しい人で、そこにいるのにいないような禅問答のごとき状態を体現している、そんな人だった。
 私はそんな彼の家に来ている。部屋には私のよく知らないアニメのポスターがあちこちに貼られていて、フィギュア、というのだろうかアニメのヒロインを模した人形が三体ほど並べて飾ってあるのが、ちょっとだけ不気味だった。彼はどんな心境でいるのだろう。私をあの人形たちの一つとして見ているのだろうか。そんな不安を胸に彼を見てみるのだけれど、眼鏡に阻まれて彼の心を見抜くことはできない。
 そして私は?…よく分からない。ただある目的のためにここに来ている。…明石君のお母さんと妹さんが台所で、何かさかんに噂話をしているのが、かすかに聞こえてきた。その話の内容が大体のところ推測できたので、ひどく可笑しかった。…私は、明石君がパソコンを使うタイプの人であろうという偏見の元に行動したのだ。その予測は見事にあたり、私は自分の頼みを伝え明石君は突き出た口の中でもごもごと、家に来ても良いけど別に…、そう答えてくれたのだった。
 最初に、インターネットでSIRBUSというサークルのホームページを探してもらう。明石君は慣れた手つきでキーボードとマウスとを操り始める。彼の口の中でもごもごいう質問に私が可能な限り答えていくと、タエのうちで見たものと同じ掲示板が登場する。私は思わず「それそれ!」と叫んだ。ざっと目を通す。相変わらず、下らない内輪話で何の事だか分からない。地に足の着かない三流インテリ。そんな言葉が頭に浮かぶ。期待した杉澤鷹里の名前は見当たらなかった。私はさっそくノートに書き上げた文章を明石君に見せて、これをSIRBUSの掲示板に、杉澤鷹里という名前で、掲示して欲しいと言った。
 明石君はノートをパソコンの横に並べると、猛烈な勢いで打ち込んでいった。私はその様子をじっと見ていた。
 ?──。誰かの視線を感じた私はとっさに後ろを振り返った。けれど私の後ろにはただ人形が飾ってあるだけだった。私はただ黙って、明石君のほうに視線を戻した。
 できあがったらしい。先程までの掲示板に新しく、『洗濯』そう題された私の文章が掲示されたのだった。
「これで、できたよ。あと他にすることある?」
「ううん。これで、どのパソコンでも見れるわけね」
「まぁ、こんなところにアクセスする物好きならね」
「OK。ありがとう」
私は挨拶もそこそこに彼の家を後にした。長く留まっていると人形にされてしまうのに違いない。
 道すがら私は思う。これは陰惨な嫌がらせだろうか。陰湿、悪質、卑劣、卑怯。ううん、ちょっとした軽い悪戯だ。これでおあいこにして、また次の日からは元の私とタエとの関係に戻れば良い。体が自然に振舞えば、それも可能なはずだ。そう私は信じている。私は手にした文庫本を、タエの家のポストに投函して、そして帰路に着いた。
 投函された文庫本からはいくつかの文字が切り取られている。その部分を繋ぎあわせれば、
「明日二じ
 体育館にまつ
 杉澤鷹里」
そういう言葉が浮かび上がるはずだった。
No.1391 - 2006/10/07(Sat) 20:39:03

小さな悪戯 / 杉澤鷹里 [ Home ]
 翌朝、母の見送りを受けて私は何日かぶりに学校へと向かった。久しぶりの外の世界は相変わらず暑かった。私はこの暑い世界を、母によって幾分かは軽くされたそれでも決して爽快というわけではない心を引きずって、学校へ向かっている。
 休み明けのタエな違和感に悩まされながら、私は授業をやり過ごした。私は何気なく芦屋タエと話をしないように振舞っている自分に気がついた。タエも私のそんな態度に気がついてか、積極的に話し掛けてこようとはしない。
 すこし、淋しかった。

 放課後の作業はだいぶ進んでいて、私は取り残された気分になってしまう。タエと私とは事務的な話をしただけで、後はワッペンを針でつんつんと縫い合わせて押し黙っている。こんなことでいいの?私はそう思う。油断すれば顔から火が出るほどの、羞恥と怒りの気持ちが沸いて出る。
 そうだ。私は思いつく。この気持ちに見合うだけの軽い悪戯をタエに仕掛けよう。その思いつきに私の心はぱっと明るくなる。
 私は自分の思いつきに酔いしれて、ちょっとした興奮のうちに放課後の単調な作業を終えた。
No.1390 - 2006/09/30(Sat) 04:04:32

母さん / 杉澤鷹里 [ Home ]
 恐怖はすぐに私を襲った。鏡に映る私の胸の鼓動が目に見えて大きく早くなる。どくどく、自分でも自分が脈打っているのがよく分かる。
 扉が大きく開かれる。私は慌てて、私の体を隠そうとする。私の細い腕には、それはあまりに大きな仕事であったようで、ごく最低限、胸と脚の付け根とを覆うのがやっとだった。そんな情けの無い格好で、鍵を開け扉を開けた侵入者と私とは相対した。
「お母さん!」
侵入者と私とがしばらくの間睨み合いをした後、私はそう叫んだのだった。侵入者は誰あろう西宮杏奈。私の母だった。
「あれ、おったんかいな。……なんちゅう格好しとるの。自分の裸に見蕩れるなんて五年は早いわこの子は。でも、気をつけんとあっという間に崩れるけぇ気ぃつけんさいよ。十年後には見てられ無くなっちゃうから」
「チャイムも鳴らさないでいきなり入ってこないでよ!それも何の連絡もよこさないで!」
「何言っとるぅ、チャイム鳴らしたんだけど、あんたが出んかったんだが」
きっとシャワーを浴びていたために気づかなかったのだろう。
 私の動悸はまだ続いている。けれど母の訛りのきつい言葉を聞くと、ちょっとホッとする。
 私の二十五年先をきわめて精度の高い近似をすればこうなるのだろう、というのが母である。最近顔に脂肪がつきだしているのが気になるところだ。母はそんな顔を緩ませながら言う。
「夏休みにも帰らんかったけぇ、どうしとるんかなぁと思って、来てみたんだが」
「タエと勉強するけぇ、って電話したが。なんで自分の娘の言うことが信じられんの」
私の言葉も母の言葉に応じて、たちまちのうちに豹変してしまう。ここは翻訳するのが良いのだろう。今までタエとの会話で用いられていた関西の言葉を翻訳してきたように。
 私は身にごく軽いものをまとって、母と向かい合いに座る。
「どうしたの? 病気でもしていたんじゃないの。何だかやつれて見えるし、部屋の中も散らかっている」
「別に何ともない。ちょっと面白くないことがあっただけ」
「分かった、彼氏と喧嘩したんだ。へぇ、あなたにも恋人が出来たんだ。男の人を嫌っていたあなたにねェ」
「勝手に決めつけないでよ!」
 母の観察眼の鋭さに、私は舌を巻いていた。誤魔化しきれないと思ったけれど、軽くあしらって、無理に話題を転じて父のこと弟の事を聞いてみたりする。いつしか私は饒舌に下らないことを次から次へと母に対して語っていた。私の心はだいぶ軽くなり、落ち着いていた。
「どう、痴漢とかストーカーとかそういう被害はないの?」
「うん……特には」
母にはそれが最大の心配事であるようだった。そのことが心配で、私がこの街に来ると決めたとき自分もついて行くと言ってきかなかったぐらいに。結局、父の仕事の都合でそれは見送りになったのだけれど。
「あのね、お母さん。私が子供のとき三の丸で女の人が殺されたことがあったでしょ。あのときの犯人って捕まったんだっけ」
「ああ捕まったよ。どんな人だったか覚えてないけどね。大阪かどっかから来た人だったんじゃないかな。それが、どうしたの?」
「うん、別に……」
どう説明したらいいのか私には分からなかったので、この話題はそれっきりになった。
 その後、母と私とは二人並んでスーパーで買い物をして、二人並んで一畳に満たないキッチンに立ち、料理を作った。鯵のたたき、ダシ巻き卵、菜っ葉と油揚げの炊き合わせ、ワカメの味噌汁。何日ぶりのまともな食事だろう。私は、貪り食らうような勢いでそれらを食していった。久しぶりに顔を合わせる母との会話は、ひどく楽しかった。

 私と母とは一つベッドで寝る。ふざけた母はこんなことをいう。
「誰かこのベッドで寝たのかい?」
「ううん、タエのうちにはよく行くけど、タエを連れてくることはあまりないから」
「そういうことじゃないよ、もう」
 暗闇の中で、母の温かみが伝わってくる。私は母の背中にしがみつき、しばらく泣いた。
「どうしたの?」
母の問いかけに私はしゃくりあげながら呟くだけだった。
「母さん、母さん。……ごめんね。……なんだか心が弱くなっちゃった」
母は私を優しく抱きしめてくれた。 
No.1389 - 2006/09/23(Sat) 18:22:55

本当の私 / 杉澤鷹里 [ Home ]
 天井を見ることにもだいぶ飽きた。今日で四日か。土日で良かった。学校は二日しか休んでいないことになる。これ以上休めば、クラスの輪から弾き出され、体育祭がひどくつまらないものになるだろう。そんな打算が働いたのか知らないが、私はひどく重い体を引きずって、ユニットバスに向かっていた。
 熱いお湯が、私の体に沿って流れていく。私はぼんやりとただシャワーに打たれるがままになっていた。だが、そのとき私は気づいた。何本もの、何十本もの金色の髪が、水に流れて落ちていく。排水口にとぐろを巻いている。
 これは「雨」だ! 私のどこかが叫んだ。私には「傘」がない! 全てが洗われて流されて……。私は慌てて、蛇口を捻った。慌てた私は蛇口を逆に捻ったのだろうか、一向に水の勢いは衰えない。私は水飛沫を浴びながら、闇雲に二つの蛇口を捻くりまわした。そして、ようやく「雨」は止んだ。
 私は乱れた息を落ち着ける。
 馬鹿馬鹿しい。ただのお湯じゃないの。私はじっと排水口の髪の毛を見つめた。ストレスだ。いじめの酷かったときにもこんなふうに何本もの髪の毛が抜け落ちたっけ。それはそれでひどくショックだった。失恋の痛手がこんなふうに直接、身体に作用してしまうなんて、私にはショックだった。
「雨」など降るはずがないと理性は分かっていたけれど、それでもシャワーを浴びることに感性的な気持ち悪さを覚えたので、私はそれ以上体を洗うのを止めた。
 部屋に戻った私の姿が鏡に映っている。
 濡れた金色の髪が幾筋かほつれて私の顔に張り付いていた。青い瞳に軽く被さるやや重めの二重瞼は少し腫れている。また今日も少し泣いたんだ。紫色に変じている薄い唇がワナワナと震えている。温まり足りなかったのか。冷房を切らなくては。
 白い体。この夏の太陽にも灼かれることのなかった体。全体をきめの細かい肌が覆っている。体から伸びている細い腕、長い足。自分ではそうと意識していなかったけれど、浴衣などを着るには些かバランスが悪い長さであるようだった。そして二つの足がくっついている所にある栗色の薄い毛。軽くカールがかかっている。髪の毛よりも色素が濃い。キュッとしまったお腹。膨らみきらない胸。桃色の二つの点に集中して張り巡らされた神経の反応。こうしてじっと見ているだけで、ひどくくすぐったい。白い肌の下を流れる青い静脈も特にこの辺りに集中して現われている。胸はわずかにトクトクと震えているようだった。私のやや痩せ気味の体は同級生の中でも発育が遅れているほうであるらしい。
 私はそうして部分部分を見ていき、最後に全部を眺め回す。ギリシアの彫刻のような端正な姿態、とでもいうのだろうか。私は私の顔と体が嫌いだったが、それでも私はギリシア彫刻よりも私のほうが優れていると思っている。
 私は生きているのだから。生きて脈打ち、食事をし、排便をして、失恋をする。そういうふうに生きているという点において私は彫刻より美しい、そう思う。まぁピグマリオンというのもいるそうだけど。人に恋されて愛されてそれゆえに生を得た人形。
 そんなことを思うと、私はちょっとドキリとする。私はピグマリオンと同じではないのだろうか。私は本当は人形なのに、勘違いしているだけかもしれない。命あるものだと勘違いして振舞っているただの人形。
 けれど、そんな馬鹿げた妄想は、本当の恐怖の前に消し飛んだ。ガチャリ。何の前触れもなく鍵が開けられ、扉が開かれたのだ。
No.1388 - 2006/09/17(Sun) 00:19:36

泥棒猫 / 杉澤鷹里 [ Home ]
 九月ももう中旬だというのに、夏は終わりそうに無い。気温は連日三十度半ば近くまで達し、暑さに強くない私の体は壊れる一歩手前だった。一方で心のほうは、日ごとに平静さを取り戻しつつある。最初の数日こそ、杉澤君と会えるかもしれない/会ってしまうかもしれないという期待/不安の綯い交ぜの気持ちを抱きつつバスに揺れていたが、日が経つにつれて、一向に姿を見せることの無い杉澤君のことに私の心は揺らがなくなっていた。
 バスを降りてから高校までの少しの道のりを私はゆっくりと歩いていく。小さな校庭を埋め尽くすように蝉たちが力の限り鳴いていた。
 体育祭が近づいている。連日その準備で忙しい。放課後には、クラスの女子全員でワッペン作りをしている。今日も帰る頃には日が暮れているだろう。
 一瞬の風が私に涼気を運んで、私は一息ついた。

 西日が放課後の東棟を黄金色に輝かしていた。私たちはその光に照らされながら作業を進めている。クレヨンしんちゃんのお尻を出したポーズ、私が軽い冗談のつもりで言ってみたそんなアイデアが採用されてしまって、私たちは毎日お尻を作っている。
「タエは?」
「何かどうしても外せない用があるんだって」
「デートじゃない」
「そう、そんな感じだった」
「嘘っ!」
私がタエの不在について何気なく聞いてみると教室にはたちまち女性週刊誌的お喋りの花が咲いた。
 タエがデートか……フフフ、家に帰ったら電話してみよう、とっちめてやるんだ。タエはどんな人と付き合うんだろう。私はそんなことを思いながら、しんちゃんのお尻を作っている。

 日は暮れて帰り道の視界は悪い。気温は下がる気配がないけれど、太陽の動きは正確に九月中旬のものになっている。バスの窓越しに街の明かりが流れていく。
 駅に着く。多くの乗客が降りて、運転手も交代される。それを待つ変な空白の時間。駅に向かう人々の流れを、私は眺めていた。

 !──。私は息を呑んだ。駅前の明るい光の中に照らされる一組の男女。一人はタエだった。タエは嬉しそうな顔をしながら男を見やっている。そのタエに、にこやかな笑いを見せる長身の筋肉質の男は、他の誰でもない杉澤鷹里、私の杉澤君だった。
 どうして?私は混乱の海に投げ出されながら、あるべき結論にたどり着こうと必死にもがいた。私が見たのは幻覚だったのでは?頭に血が上り顔が火照る。タエによく似た人? 杉澤君によく似た人? きっと私の顔や胸元は桃色に染まっているだろう。タエと杉澤君とは以前から知りあいだった? 耳の先は真っ赤になっているのかもしれない。
 私は思い至る。私は杉澤鷹里作『傘』をどこで見せられたのか。杉澤鷹里作『ストロー』を誰に読ませられたのか。
 そういうことだったのか……。
 私はパソコンなど叩いたことが無いから詳しいことは分からない。それでも、きっと芦屋タエにはこういうことが可能であったはずだ。無名の一サークルの掲示板に紛れこませた自分の文章を、私に杉澤鷹里と署名された誰とも分からないものの作ったものとして見せる。そういうことが……。六月二十三日の硫酸魔の事件をモチーフに、でっち上げられた五月二十八日の『傘』。私の過去の事件をたまたま知り得たがゆえに、作ることが可能となった『ストロー』。
 私は芦屋タエに、杉澤君のこと、杉澤君とのデートのことをことあるごとに語っていた。そんな嬉しそうに語る私を芦屋タエはいつも冷ややかな顔で見ていたように思う。そうだ、これは彼女の私への復讐なんだ。自分にボーイフレンドがいるという優越感を誇示していた友へのささやかな、そして決定的な復讐。
 私はすっかり打ちひしがれていた。

 何とか家にたどり着いた私は、水母のような力の無い体を、ベッドに沈めた。
 一度沈んだ水母の体はもう浮き上がることがないように思われた。
No.1387 - 2006/09/09(Sat) 02:08:30

十年前の事件 / 杉澤鷹里 [ Home ]
 私はそれを読んで、込み上げてくる恐怖を抑えることが出来なかった。
「まぁ、こんな事件は実際には起こってないみたいだけど……」
「何言ってるの!」
 私は思わず叫んでいた。柿谷を下り、県庁が見えてくる。左手に黒塗りの塀が蜿蜒と続いている。……私の体はぶるぶると震えている。そこを右手に曲がって県庁を舐めるように進み、鳥居をやり過ごしてお堀に至れば城壁が見えてくる。……肘も膝も顎もがくがくと震えている。歴史に名高い兵糧攻めが行われたその城の城壁を、私は、子供の私はよじ登り、そして……。ああ!
「どうして? これは……これは」
 私は昏倒したのだと言う。

 気付いたとき私はタエのベッドに横たわっていた。
「起きた?」
「私……」
「無理しなくていい。何か知ってることがあったとしても、無理して言わなくていいから」
「ううん、聞いて欲しいの。私、この街に来る前には、山陰の小さな、といっても山陰では一番大きな街に住んでいたんだ」
「ちょっとだけ聞いたことがある。あんたの故郷だね」
故郷、不思議な感触の言葉だ。「西宮さんは違いますね」ふとあの女先生の声が甦る。「皆さんの故郷はどこですか?」先生の問いかけに応じて口々に叫ぶ子供たち。「鳥幡」「鳥幡」「大阪」「鳥幡」「姫字」……私も同じように「鳥幡」とそう叫んだのに、それなのに先生は「西宮さんは違いますね、西宮さんの故郷は皆さんの故郷よりずっとずっと遠いところ、フランスというところです」そう言ったのだ。私は心の中で泣きながら叫んでいたように思う。「違う、私の故郷は鳥幡なの!」……昔の話だ。
「そこには、大きな黒塗りの塀があって、お堀があって、平山城があるの。その城跡は私たちの遊び場だった。かくれんぼ、鬼ごっこ、イモ……いろんな遊びをしてた。その日も、十年前のその日も、私と何人かの友達は連れ立って、その城跡で城壁登り競争をしてた。私は高いところに登るのが得意で、一番に上り詰めた。三の丸にある櫓跡。そこで私は、変なものを見た。女性の死体を見つけたの」
はっきりと思い出す。乾いた黄土色の地面に力なく横たわっていた女性。お腹が切り開かれていて、中から何やらグニョグニョしたもの、多分小腸だろう、が溢れ出ていた。そして、そのグニョグニョと柔らかいものには、何本ものあれが突き立てられていた。
 ストロー。
 非常識な事件であったから、地元の警察も非常識なことを考えた。子供の私たちが、ストローを突き立てたのではないか。そう疑ったのだ。
 タエはしばらく黙って聞いていた。私は堪えきれずに叫ぶ。
「杉澤鷹里って、誰? どうしてこんなことを知っているの? これは偶然じゃない!」
タエは口開く。
「その事件の犯人はどうなったの?」
「ううーん、どうなったんだろう。捕まったような気がするけど……でも、よく覚えていないなぁ」
「あんたの杉澤君ってさ、そのときの友達のうちの一人じゃないの」
「え? ……どうだろう。杉澤、杉澤……ううん。少なくともタカリだなんて変わった名前の子がいたら覚えてると思うんだけど。断言できないけど、そうじゃないと思う」
「そっか」
タエは口を閉ざしてしまった。私に関する昔の事件を知っている掲示板上の杉澤鷹里。私の杉澤君。不安はこみ上げてきて止まらない。

 私はこの日もまた芦屋邸に泊まることになった。
No.1382 - 2006/08/26(Sat) 19:25:51

文献検索 / 杉澤鷹里 [ Home ]
「で、それっきり、別れちゃったんだ」
「別れたというか、会ってないの。もう会うことが出来ないの。互いに電話番号も住んでる所も知らないし」
 明日からまた授業が始まるという日、私は久しぶりに芦屋邸に出向いていた。タエはすっかり真っ黒になっていて近づけば太陽の匂いがするのではないかと思われた。
「ふーん。変わったカップルだったんだ。ところで警察には連絡したの?」
「どうして? 硫酸魔とあの人が同一人物という確証は全然無いじゃない。私一人が勝手に勘違いしている可能性は高いわけだし。あーん、どうして連絡先を聞かなかったんだろう」
「それで良かったんじゃないの。付き纏われる心配が無いわけだし。ちょっと捜してみたんだけどね、こんなのもあったんだ。結構古いやつ。杉澤鷹里が殺人犯かどうかは別にして、絶対変。付き合いたいタイプじゃないよ」
 タエはA4のコピー用紙を私に手渡した。私は震える手でそれを受け取った。
「ストロー」
 そうタイトルが付けられていた。
No.1379 - 2006/08/19(Sat) 22:50:21

祭の後 / 杉澤鷹里 [ Home ]
 二人は花火の余韻に浸りながら、喫茶店での会話を楽しんでいる。外には花火見物客の長い蛇がのたうっている。何千人の人がいるのだろう。何万人の人が繰り出したのだろう。この店も人で溢れている。私たちのところにも席空くのを待つ人たちの視線が飛んでくる。
 私は宇治金時ミルクかき氷を楽しんでいた。餡子と練乳の甘さが、抹茶の渋みと氷の冷たさで締められて上品なものへと変わり、口元を緩ませる。
 杉澤君はミルクシェーキを頼み、ストローが立ったストローが立ったと喜んでいる。
 この充実したときがこのまま続けばいいのにと、私がそう切望した瞬間、それは壊れた。杉澤君は言った。
「お酢って酢酸じゃない。CH3COOH。他にもさ塩酸のお酢とか硫酸のお酢とかあっても良いと思わない?」
はじめ食べ物で何が好きかという話だったと思う。杉澤君は寿司が食べたい、と叫び、こうしてお酢の話になったのだ。私は私の顔の筋肉が、急速に緊張していくのを感じた。毛穴がキュッとしまり、体中の毛が鬼太郎みたいにピンと立つ。杉澤君は拘ることの無いようで、口は滑らかだった。中学生の頃、実験で硫酸と塩酸を舐めたことがある。ph4くらいだから大丈夫だと理科の先生が言うんだ。確かにお酢みたいに酸っぱかったけど、結構しつこく口に残って、なんだかぬんめりとして気味が悪かった。おかげで、その日の給食がひどく不味く感じられたのを覚えている。塩酸はいい、けれど硫酸は怖い。あれには脱水作用があるからね、たんぱく質が炭化してしまう。人間が煤になっちゃう。
 そこまでしゃべって、杉澤君は私の異変に気づいたらしい。
 今日二度目、杉澤君の口は言う。
「どうしたんだい?」
 私は辛うじて「ごめんなさい。気分が悪くなっちゃった」と呟くと、のそりと立ち上がって、人を掻き分け店の扉を開けていた。外には蛇行する巨大な蛇。
「ちょっとどうしたの。大丈夫? 送っていくよ」
そんな杉澤君の声が聞こえたような気がした。私は構わず蛇の中に飛び込んだ。何千人の人が構成しているのだろう。私は押され揉まれてすぐに蛇の一部となる。
 どうして? 私は心の中で何度も叫んでいた。どうして私の杉澤君がそんなことを? どうしてそんな人が私のことを? 私を見つめた真摯な瞳の輝きも、私に夢を語った誠実な舌の滑らかさも、私を捕らえるための偽りのものだったのだろうか? どうして世界はこんなにも簡単に壊れてしまうのだろう? まるで母の大事にしていたヴェネツィアングラスみたいじゃない。
 辺りにはみっしり犇めく人の群れ。私はその流れよりも速く進むことが出来ないし、また流れに逆らって来た道を帰るわけにもいかない。私のこの心は溢れる人の群れに押し潰されるような恐怖を味わっているのに、それでも関係なしに私のこの身体は蛇の一部として進むのだった。
 杉澤君は追いかけてきているのだろうか? きっとそうなのに違いない。だけれど、二人はもう出会うことなどないのだろう。二人とも巨大な蛇の一部なのだから。もう勝手にその位置を変えることが出来ない蛇の一部。
 金魚すくい、ヨーヨー釣り、焼きとうもろこし。夜の暗闇の中、異様な明るさに照らされる屋台たち。私の前に次々に現われては去っていく。
 屋台が去り、そして私の夏の思い出たちも去っていく。一瞬の畸形の夏の思い出。
 私は大粒の涙をぼろぼろとこぼしていたのだと思う。
 蛇の一部である私は蛇の全体と共にそのままどこかへと、進んで行ったのだった。
No.1377 - 2006/08/13(Sun) 20:28:30

花火大会 / 杉澤鷹里 [ Home ]
 でも、私はこうして、ここにいる。
 駅。
 今日は花火大会。二人行こうと約束していた私は、こうして杉澤君を待っている。
 一体どんな顔をして、どんな話をすれば良いんだろう? これまでどおり何気なく振舞えば良いじゃない。そう思うのだけれど、これまで私がどんな顔をしていたのか、どんな話をしていたのか、私にはとても思い出せない。杉澤君と過ごした日、杉澤君と繰り返した会話、それら全てが一瞬のうちに変貌し、失われてしまうのではないだろうか。私は不安に駈られている。変に喉が乾いて仕方が無い。私の目の前には、先程からちらちらと、杉澤君の大きな手に握りつぶされてしまう仏蘭西人形のことが、現われ消えている。
「ごめん。待たせたね」
 独特の歯切れの良い口調。杉澤君の声だ。私はとっさに応えている。
「ううん、そんなことないよ」
振り返った私の前には、しかしただ雑踏があるばかり。杉澤君の姿はない。街行く人は訝しそうに私の姿を見ている。幻聴だったらしい。
 私は頬を赤らめる。
 それから十分位しただろうか、杉澤君はいつものように快活な笑顔を、筋肉質の長身の体の上に浮かべて現われた。軽く挙げられた杉澤君の左手に応じて、私も片手を軽く挙げて振っている。体は自然に振舞っている。これで、いい。私はそう思った。

 河原に向かって歩く二人、いつものように二人は何気の無い会話を続けている。ただするだけで私は満たされ、快い気分に浸っていられる、そういう会話。全てが空々しいものに変貌するのではないかと危惧していた先程の私が、今はなんだかおかしい。
 河原に向かうまでの道のりには、何人もの人々の列。小さな兄弟たちと疲れた母さん。浴衣を着たガングロ女子高生。手を取り合うアベックたち。
 私も杉澤君の手をそっと握る。杉澤君はその整った顔を、めいいっぱい崩して笑みを浮かべ、私の手を握り返した。
 その笑顔を見た私の心からは、「傘」も握りつぶされる仏蘭西人形も離れていくのだった。

 河原に至る。河原にはブロイラーの如くみっしりと詰まっている人の群れ。空には、色とりどりの花。川面にもまた、揺れて震える花。
 最近では、可哀想な魚やパンダたちさえ空に打ち上げられてしまうのだけれど、私は大輪の花がやはり空に似合っていると思う。空いっぱいに広がる花。空という舞台を自己主張激しく蓋い尽くしてしまう大輪の花。一瞬の後には、その花火は空に枯れ果ててしまう。巨大であるがために、華麗であるがために、一瞬しか与えられない命の輝き。今は失われた花の輝きを遅れて至る花開くときの音が告げ、残響を残す。私は知らず涙を流していた。
「どうしたんだい」
ひどく心配そうに見つめる杉澤君に、私は何も言うことが出来ないで、ただその胸へ飛び込んで、顔を埋めるのだった。

 そうだ私はこの日私のそう長くない人生の中で稀有の大切なときを過ごしたと思う。
No.1376 - 2006/08/05(Sat) 20:53:28

硫酸の雨 / 杉澤鷹里 [ Home ]
 目を通した私は言葉を発することができないでいた。一体これは何だろう。ひどく不快な気分にさせる。分からない。どうして杉澤鷹里の名がこんなところ、こんな誰も目を通さないような二流大学の一サークルの掲示板なんかに、あるのだろう。
「これって、今年の五月二十八日のことでしょ」
なるほど、文章の最後には、‘杉澤鷹里 さん 2000/05/28<Sun> 08:45:42 ’とある。
「で、これ」
タエは私の気持ちなどお構いなしにさくさくと新聞のホームページに移動する。
「硫酸の雨? 街のはずれに女性の変死体!」
私はディスプレイを覗き込み、記事を読む。私の顔から血の気がどんどんひいていき、ジンワリと額に汗が浮かぶ。ぽつぽつと腕に鳥肌が立って、手がプルプルと震えていく。私の体は私にコントロールすることができないものに変わっている。私は、タエのベッドに座り込む。
 記事は告げている。青都でおきた奇妙な事件。六月二十三日。雨降りしきる日、一人の女性が街はずれの路上で絞殺された。殺された女性には硫酸がかけられて、顔はほとんど原型を留めていなかったという。女性の身元は不明。
 タエの口が開かれる。タエの言おうとすることは痛いほど分かったので、私は耳を閉ざせられたらいいのにと心底思った。
「予告殺人みたいなものかな。この掲示板で杉澤鷹里を名乗っている人とこの殺人とはなんだか関係あるよね」
私は私の意識が薄れているのをどこか遠くで感じていたように思う。
「杏子! ちょっと杏子しっかりしてよ!」
タエが私を軽く睨んでいる。
「杏子ってそんな気が弱いとは思わなかったわ。本当に、もう。まだあんたの杉澤君とこの掲示板の杉澤鷹里とが同一人物とは限らないでしょ。それにこの文章の作者と、硫酸魔とだって同一人物ではないかもしれないし」
 そうだ。そうだけれど……。雨へのあの固執は……。

 私は結局この日、芦屋邸に泊まった。ひどい貧血だった。小母さんの作ってくれた御飯にも手をつけることが出来なくて、申し訳ないことをしたと思う。タエと二人、ベッドに入った私は震えて眠ることが出来ないでいた。
「なんか、悪いことしたかな」
暗闇の中でポツリと言うタエに私は、そんなことないよありがとう、と言うのが精一杯だった。
No.1373 - 2006/07/22(Sat) 23:01:31

/ 杉澤鷹里 [ Home ]
 雨は降りしきる。雨を照らす街灯。雨に打たれる水溜まり。雨は街灯の光り浴びて姿あらわし、一瞬後に消えて、そしてまた一瞬の後には水溜まりの波紋として現れる。幾千万の石畳は雨に洗われて、幾千兆の塵芥は雨に流される。
 雨は全てを洗い、全てを流し……
 雨に打たれる世界の中で私だけが流されない。私は傘を持っているのだから。傘は私を雨から守り、この雨に濡れる夜道の散歩という安らぎを与えてくれるのだ。
 私はゆっくりと足を進めていく。大きな雨粒はぼたぼたと傘を乱れ打つ。傘の柄を通して私に伝わる振動が心地良い。
 車道を走る黒塗りの車が私の横を走り抜け、やや前方でキキッと止まる。テールランプが雨を赤く染める。やがて車の中から、等身大の女の人形がはじき出される。車は再び走り出す。人形は悲鳴のような泣き言のようなか細い声を発している。雨は降りしきる。彼女の上にも、また。
 人形を纏う白い木綿のワンピースは洗われて流されて。その下のピンクのブラジャーとパンティも洗われて流されて。
 一時、彼女の声が大きくなる。彼女の長い黒髪も洗われて流されて。雨は裸の人形に無数の不定形の穴を開ける。丁度漫画のチーズのように穴の開いた人形。ふくよかな胸、形のいい腰の線。一度露わになったそれらは洗われて流されて、今は見る影もない。
 白い光沢ある体の中心のモノが、キラリと輝いた。洗われて流されて……
 どれほどの時間、私は足を止めていただろう。
 道には、人形の悲鳴のような泣き言のようなか細い声だけが残った。だけれど、それもまた雨の音に紛れ、消えて行く。後には人形が残すものなど何もない。ただ降りしきる雨。
 雨はこのように全てを洗い全てを流すのだ。
 余計なものの流された世界は心地いい。
 私は傘の柄をぎゅっと握り締める。傘は雨から私のこの身体を守り、だから私は夜の雨に濡れる街を楽しめるのだった。
 私は再び歩きはじめる。行く道には、ただ降りしきる雨。
No.1372 - 2006/07/16(Sun) 22:14:54

インターネット / 杉澤鷹里 [ Home ]
 八月も半ばを過ぎた。私と杉澤君とはあれから何度か逢瀬を重ねている。時には海で、時には山でドラマの話小説の話を語り合い、国のこと世界のこと宇宙のことを議論しあった。杉澤君は独特な世界観の持ち主ではあったけれど、決して偏屈などではなくて私は話しをするたびに新鮮なものの見方に触れることができた。いつでも杉澤君との時は瞬く間に過ぎていき、別れて一人になると私はまた会える時を心待ちにするのだった。
 そんな日々のただなかに、タエから電話があった。興味深いものを見つけたのでちょっと家に来て欲しいのだという。私は残暑厳しい初秋の坂道を汗を掻きながら登っていった。
 見晴らしの良い高台のお洒落な家が芦屋邸。私は見知った小母さんに挨拶をして、タエの部屋に向かう。
「来たよ」
「来たんだ。相変わらず涼しそうな顔をしているね」
私はちっとも涼しくないのだけれど……。パソコンの前に座り、振り返る彼女の顔はこんがりこげ茶色に焼けている。彼女はテニス部だ。
「ネットサーフィンしてたらさ、こんなものを見つけたの」
彼女は数学や物理で私の半分の点を取るのがやっとのくせに、パソコンが大好きだった。……そんな区分も(私の顔と同じくらい)意味などないか。
 彼女が見せるディスプレイを私も覗き込む。
「SIRBUS掲示板」
どこかのサークルの内輪向けの掲示板らしい。何やらマニアックな評論やサークル運営に関すること、といったいわばどうでもいいことが蜿蜒と続いている。
「どうしてこんなところを」
「これさ、私の志望する大学のこと見てみようと思ったら出てきたんだ」
タエは、青都にある古びた大学を志望していたっけ。
「で、これこれ」
タエはスクロールさせて、指差す。「傘」そんなタイトルのつけられた奇妙な文章だった。
No.1368 - 2006/07/01(Sat) 20:07:38

水族館 / 杉澤鷹里 [ Home ]
 ぎこちない時を過ごした後、私たち二人は水族館の中を歩いていた。海の生き物たちと一緒に私の心は漂っている。巨大な水母とともに漂う私の心。目の前を何千匹もの青魚が通りすぎていく。水槽に向けるのと同じ目で私たちを見つめる夏休みの家族旅行者のことも、この日は気にならなかった。杉澤君は嬉しそうな顔をしながら、次々に話題を提示する。杉澤君の滑らかな口調は私の緊張をほぐしてくれた。彼の高校では私は誰一人知らぬものなどないほどの有名人なのだそうだ。彼は数ヶ月前からずっと私を‘付狙っ’ていた。私がよくバスの中で推理小説を読んでいるのを知った彼は、この計画を思いついたのだという。こうして出会えて自分は夢の中にいるようだ。
 彼の明瞭な発音と豊富な話題が私を心地よいところに導いていく。杉澤君もバスケットが好きだということを知り、気づけば私も次々にNBA選手の名前を挙げてはいかにも楽しそうに語っていたのだった。ちょっとはしゃぎ過ぎたかなと、自省して私は水槽を見やった。
 水槽の中を、透明な魚が泳いでいる。透ける体に骨だけが見えるのだ。
「体の中まで見られて恥ずかしくないのかな」
「骨折したときレントゲン撮らなくてすむね」 
二人は同時にそんなことを言って、そして笑った。

 水族館を出て、二人は松と石と水の公園を歩いた。見る間に入道雲が海の彼方からやってきて、空一面を蔽った。凄まじい雷と激しい雨。私たちは急遽、近くの喫茶店でそれらをやり過ごす。ホットミルクにチョビチョビと口つける杉澤君の姿はなんとも可愛らしい。
「ああ、雨が全てを洗い流してくれる」
ガラス越しに雨に打たれる海と陸とを見ていた杉澤君はそう呟いた。私は思わず息を呑む。この人は私と同じだ。そのとき私は、杉澤君と私とを結ぶ赤い糸の存在を確信したのだった。
 夕立は程なく終わり、赤く染まった空の下で私たちは別れた。私は夕日に照らされる杉澤君の大きな背中を少しの間見つめていた。そして手に持った文庫本に目を落とす。『杖球−杉澤鷹里』。帰り際、杉澤君は私に二冊目の文庫本を手渡してくれたのだった。
No.1356 - 2006/05/28(Sun) 21:59:00

七月二十九日 / 杉澤鷹里 [ Home ]
 七月二十九日。その日、書割のような夏の風景が私の目の前にあった。落ち着かない午前中を何着もの服を手にしてやり過ごした私は、覚束ない足取りで駅を目指して歩いている。ふわふわと夢の中を進むよう。
 海岸沿いの私鉄を利用して、煙突の並ぶ工業地帯を抜けていく。すぐに白砂と松林の美しい海岸が見えてくる。この内海にこれまで良いイメージを抱いていなかったけれど、こうして太陽の光に輝いている姿を見ると、妙な感動が湧き上がってくる。
 駅から水族館までは結構な距離がある。胸の高鳴りは一歩一歩足を進めるたびに大きくなっていくようで、この距離に私の心臓が耐えられるかちょっと心配してしまう。
 水族館が見えてきた。するとおかしなことに私はひどい不安に襲われた。この水族館で本当に良かったのだろうか、もう少し離れたところに新しく作られた大きな水族館のことかもしれない……。そもそもあんなメッセージは悪戯かもしれないし、または別の意図があったのかもしれない……。
 私はひどく緊張した顔をしていたと思う。
「来てくれたんだね」
 私はハッとする。‘杉澤’君がいた! 彼は壁に凭れ掛かり、笑顔を私に向けていた。軽く手を挙げて、こちらに近づいてくる。長い足を纏うジーパン、筋肉質の上半身を被うTシャツ、はっきりと整った顔立ち。今まであやふやだった‘杉澤’君がはっきりとする。ごめんね、タエ。まるで俳優みたい。とても格好良い。
「来てくれるとは思ってなかった。だけれど来てくれることしか考えられなくて、昨日は眠れなかった。……何と言えばいいんだろう……ええと、杉澤鷹里です。よろしくお願いします、西宮杏子さん」
 明瞭な発音で彼はそう言った。
「別に今日あなたとお付き合いしようなんて考えていないの。こんな変質者のようなことをする人間の顔を一度見てみたかった、ただそれだけです」
何を言っているのだろう、私は!
「それでもいい。西宮さんが僕のためにわざわざここまで来てくれた。それだけで僕は幸せだ。ああ、君の笑顔はこんなにも世界を明るくするものなんだ!」
……やっぱり少しおかしな人なのかもしれない。
「大体、自分の名前を正直に名乗れない人を信用するわけにはいきません」
私がそういうと、彼はすこしきょとんとした顔をする。そして私は知ったのだ。彼の名前が本当に杉澤鷹里であることを。わざわざ学生証を見せてくれた彼のあっけらかんとした態度に、私は気恥ずかしくなり頭には血が上る。あんな捻くれた小説を書く人がこんな好青年風だなんて、とても信じられない、思わずそんなことを言ってしまった私の前で、杉澤君は慌てて言った。同姓同名なんです、と。自分と同じ名前の小説家の小説が気になって手にするようになった、そういうことらしい。
 杉澤君は黒い綺麗な瞳で私を真っ直ぐに見つめている。
No.1353 - 2006/05/06(Sat) 22:27:07

紹介杉澤作品 / 杉澤鷹里 [ Home ]
 梅雨が明けてから灼熱地獄の教室と校庭とで幾日かを過ごすと、夏休みが始まった。塾と補講と家庭教師に束縛される可哀想な人もいるし、泥と汗とに塗れてボールを追い駆ける勇ましい人もいる。私はそんな生活とは無縁に、図書館通いを続けて七月二十九日を待っている。
 私は図書館で‘杉澤鷹里’という小説家について調べている。成果は大して得られていないけど。まず何より著作が少ないのだ。私が目を通したのは『射玉行』『杖球』『凶双星』の三作品だけ。他に『一瞬の畸形の夏』という短編をどこかに連載しているようなのだが、それは手に入らないでいる。『杖球』はバスケット風のスポーツを題材にしている、いわゆるスポ根もの。『射玉行』に比べて明らかに肩から力が抜けていて、バスケ好きの私にはだいぶ楽に読めた。『凶双星』は、ある事件をきっかけに違うものとなっていく双子の人生を描いたもの。テーマに作者の力量が追いついていないといった感じ。途中でストーリーが崩壊し、しっちゃかめっちゃかの不条理モノになっている。それはそれで迫力がある。いずれの単行本にも著者略歴のようなものはついていない。
 その他文芸誌にも目を通してみたが、杉澤鷹里について何かを得ることはできなかった。熱心に図書館に通い日本語の本を貪り読む白人の姿は、周りの人の興味をひくようだった。自分に注がれる視線が少しつらい。
 ともあれ、杉澤鷹里という小説家について調べてみた結果、私に言えることは特にない。それでも私はこの一週間とても楽しいときを過ごしたように思う。私は小難しい幻想小説などではなく私の‘杉澤’君を追い求めて、図書館を這いずり回っていたのだから。

 そして、七月二十九日がやってきた。
No.1345 - 2006/04/23(Sun) 21:41:18

梅雨明の朝 / 杉澤鷹里 [ Home ]
 次の日の朝、世界は明るい光に包まれていた。昨日まで雲低くたれこめていた空、今は青一色に染められている。雨が全てを流し去ったこの空は、とても澄んでいた。テレビは梅雨が明けたことを告げている。私の嫌いな季節、夏が始まったのだ。それでも私は爽やかに、そう実に爽やかに、この朝を迎えたように思う。
 私はいつもより二十分も早く家を飛び出していた。外は暑くなりそうな予感を孕んでいたが、それでも乾いた風が心地よい。バスの中で私は落ち着かないときを過ごした。彼の姿は見なかった。キョロキョロ絶えず辺りの様子を窺っていた私の姿は、他のお客さんにどのように映ったのだろう。それを思うと私は恥ずかしくて、顔から火がでそうだった。
 いつもより二十分だけ早い朝の学校はいつもとまるで違う様相を呈している。校庭の隅に生える草ぐさは緑の蒸気を発していたし、蝶々は風に舞い、蜂は空中に静止して、それぞれ久しぶりの空中での時を楽しんでいるようだった。一匹の油蝉がけたたましく鳴いている。相手のいない彼の鳴き声は止むことがないように思われた。
 がらんとした教室。私はそこで、友が来るのを今か今かと待ち構えている。クラスメートが一人やってき、二人、三人と瞬くうちに席が埋まっていくと、いつもの見慣れた風景になる。ようやくタエはやってくる。
「タエ、遅い!」
「おっはよー! 何いってんの、いっつもチャイムと同時に駆け込んでくるくせに。……何かあったの、杏子?」
「うん、あのねちょっと聞いてよ」
 私は熱っぽくバスで出会った‘杉澤’君のこと、文