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「障労」障害者の労働・差別を考える会

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年賀状のお返事 NEW / 徳見
新春のお喜びを申し上げます。
 今年の2月で「くも膜下」3年になります。
やっと1時間ぐらいなら、チターを弾くことができるようになりました(ただし、医者には内緒です!)。
 今年の元旦も、娘一家が来て、前日まで数日(?)かけて作った料理を「おいしい、おいしい」と言って食べてくれて、にぎやかに楽しく過ごしました。孫たちは、今春、長女は高校、次女は中2、長男は小3……歳をとるのは早いもので、私も「介護保険」の対象者となって、これまでの「障害者自立支援法」のワクよりもさらに厳しい制度にしばられての生活を強いられることになりそうです。
 原発「事故」を始めとして、将来への不安もジワジワと押し寄せてきていますが、皆様にとって、いい年になることをお祈りいたします。
                2012年1月
No.131 - 2012/01/28(Sat) 23:23:49
JR西日本の障害者差別 / 匿名希望
最寄駅のJR御幣島駅の若い駅員……仕事が空いている時は改札口で、いつも「ありがとうございます。」と乗客に挨拶しているのに、私が通行する時は露骨に無視をする。
一度や二度ならともかく、最寄駅を利用する度にこれをやられると、だんだんと電車を利用するのが嫌になってくる……。
本来、乗客に気持ちよく電車を利用してもらう為の駅員の挨拶が、車椅子利用者・視覚障害者などの乗客を追い払う為の嫌がらせの道具にもなるとしたら、本末転倒だと思う。
利益・効率最優先の企業鉄道、JR西日本の闇の深さを感じる……。
No.129 - 2011/08/21(Sun) 22:33:35

Re: JR西日本の障害者差別 / すけっと
大阪の状況はよく分かりませんが、東京・横浜あたりの私鉄・JRなどは、車椅子利用者には過剰なほどの気の使いようで、電車を使うのが心苦しくなるほどです。徳見は、いつもは、すけっとの運転する車で移動するのですが、時々は電車を利用します。先日、知人の個展を見に、新宿の小田急デパートへ、久しぶりで電車で行きました。最寄りの田園都市線あざみ野駅で切符を買うと、すぐに駅員がスロープを持って来て、「何号車の何番目の扉」に乗せてくれて、乗り換えの渋谷駅に着くと、すでにスロープを持った駅員が待機しています。駅員から引き継いだ別の職員が、JRの改札口まで案内してくれます。田園都市線からJRまでは、エレベータを下りて、いったん外に出て、道路をわたって、さらにエレベータを2回乗り継いで……、というわけで、かれこれ10分ぐらいはかかったでしょうか。また新宿駅でも、ご丁寧に、ホームから、小田急デパートまで、案内してくれました。帰りは、「行きの道を戻ればいい……」と、新宿駅で、駅員の申し出をお断りしたところ、結局ホームにたどり着けず、案内を頼むはめになりました。とにかく、新宿や渋谷、横浜といった「大きな駅」は、「行き先表示」はあっても、車椅子は全く通れません。したがって、駅員の案内が不可欠だということを、思い知らされました。
 ついでに言えば、以前(たぶん10年以上前、駅にエレベータなどの設置もあまりないころ)には、駅の階段下で、すけっとが駅員を呼びに行っているあいだに、「通行人」が、4〜5人で、車椅子をかついでくれて、駅員が来たころには、もう用がすんでいた、などということがよくありましたが、いまは、エレベータのせいで、そんな「交流」もなくなりました。
No.130 - 2011/09/14(Wed) 23:18:58
寒中お見舞い……! / すけっと
 徳見は、一昨年春、くも膜下出血で手術、一か月ほど入院しました。一応生還しましたが、もう一つ残っている脳動脈瘤がパンクしないように気をつけなくてはならず、その上、腕の痛みが激しくなって、弾くことが楽しみだったチターも、近所の「ペインクリニック」の医者から厳禁されています。ここでの痛み止めの治療が生活の日課のような日々が続いています。
 この痛みが、「もしかしたら二十年以上前に手術した頸椎症がさらに悪化したためかもしれない」と、「くも膜下」の主治医が心配してくれたので、昨年8月、「頸椎の専門病院(九段坂病院)」で診てもらったところ、「腕の痛みは、五十肩のたぐいで、頸椎とは関係ない」「心配なら、頸の手術をした病院で診てもらいなさい!」と、「門前払い」されました。その結果を、「心配してくれた主治医」に報告したところ、「他でも診てもらったら……」というので、10月になって、近くの「労災病院」に行きました。結局、そこの医者も、「以前手術した病院へ行くのが一番いい。こっちにはデータもないし……」と、診たがらないことが露骨に分かる言い方で、「門前払い」されました。
「頸の手術した病院」というのは、横浜市大系列の病院(南共済病院)であり、二十数年前のことでした。そのときの主治医は、「(徳見の場合は)自分が手術してうまくいかなかった十例のうちの一例」などと言い、二年もの入院のあと、リハビリのために横浜リハセンターを紹介してくれましたが、そこでの転倒事故により、車椅子となりました。また車椅子になったことを理由に、横浜市から解雇されて、結局、「リハセンターに対して事故の責任を問う裁判」と「車椅子を理由にした解雇は無効」という二つの裁判をおこないました。十年以上にわたる二つの裁判は、いずれも最高裁まで行って、敗訴しました。この間の経緯については、ホームページを参照してください。
 その過程で、徳見は横浜市大系列の病院にかかることはできなくなってしまいましたが、すでに裁判が終わって5年以上たち、もはや過去のことなのですが、今になっても、そのことが尾をひいていて? 横浜市大系列以外の病院でも「診療拒否」されるとは!
……というわけで、痛みをかかえたまま、そして再びチターが弾けるようになるかどうか分からないまま、ペインクリニックでの「痛み止めの治療」に疲れたら、静かに、心穏やかに、じっと我が身をかばいつつ暮らすしかないよう、と徳見は覚悟を決めているようです。
No.128 - 2011/01/20(Thu) 21:45:44
いよいよ手術? / すけっと
くも膜下の手術後、通院している主治医が、徳見の症状をみて、「至急、頸椎の手術をしたほうがいい」と、九段坂病院を紹介してくれて、明日、初診でかかることになった。ここは、何年か前に、「再手術はリスクが大きすぎるから……」と言われて、今日にいたっているのだが……。今回は「リスク覚悟」で、手術に踏み切る必要があるのがもしれない!
No.127 - 2010/08/18(Wed) 22:04:00
カッパさん・その後 / ヒマダ
2月に友人・知人数人が、3月に緑学園の生徒数人が「追悼」の集まりをもった。いずれも、いい集まりだった!
No.126 - 2010/04/14(Wed) 22:49:30
カッパさんが死んだ! / すけっと
 この(2009年)11月、57歳という若さで、全身を癌に冒されて、逝ってしまった。
 1976年春、私は横浜の北のはずれで、「緑学園」という学習塾を開設した。その夏休みから、カッパさんが講師として来ることになった。彼を見た瞬間、一人の女子中学生が、「あっ、カッパ!」と叫び、それ以来、塾での呼び名は、カッパになってしまった。ちなみに、私はヒマダ(「ヒ」にアクセントをつけて!)と呼ばれていて、今でも「ヒマダ!」と呼ばれると(もちろん呼んでくれる「子どもたち」は、もうみんなオトナだが)、あの時代の雰囲気が瞬時によみがえってくるのである。
 カッパさんが塾にいた年数は、今改めて計算してみると、わずか(!)5年ほどであった。彼が結婚して子どもが産まれると、それまでの給料では生活できなくなったのが、その理由だった(と思う)。彼より10歳ほど年上だったが、私も「お一人様」で、「生活」のことなど全く考えもせずに、子どもたちとの「格闘」に、彼と共にすべての時間を費やしていたのだったし、それが私の「生活」だったのである。だから、彼が家族を養わなければならない(しかも、「障害児」をかかえて!)という事情などは、その当時の私にとっては、関心の外だったのである。今から思えば、ほんとうに申しわけないと思う。そんな私に対して、「給料を上げてほしい……」などと、彼は言い出せなかったのだろうし、言ったとしても、それ以上出せない状況であることを知っていたのであろう。
 緑学園設立当時の(学校)教育状況は、それまでの「詰め込み教育」の反省期に入り始めていたのであった。
 もう知る人も少なくなったようだが、私が高校のころ、「ソ連」が、人類初の人工衛星「スプートニク1号」を打ち上げた(1957年)。「米ソ冷戦」の中で、アメリカにとってはもちろんのこと、日本においても、「スプートニクショック」といわれ、「ソ連に追いつけ、追い越せ」と、「科学技術振興」が叫ばれ、それ以来、学校教育においては「学力向上」が目標となっていった。その一方で「落ちこぼれ」が問題になっていったのであった。したがって、「緑学園」のような、「落ちこぼれ」を対象にした「補習塾」も、それなりに存在理由があったのである。
 しかし、時代は変わり始めていた。1973年には、「石油ショック」がおこり、一方で、水俣病をはじめとして、さまざな「公害問題」が噴出して、それまでの「高度経済成長」にかげりが見えてきた。そのような社会状況の中で、緑学園開設の少し前(1972年)には、日教組(日本教職員組合)が「学校5日制」「ゆとりある教育」の提起をし、文部省でも 学習指導要領の全面改正をおこない、1980年度から、学習内容、授業時数の削減、「ゆとりの時間」を設けるようになったのである(同時に、1979年の「養護学校義務化」もセットであったが!)。
 こうして「ゆとり教育」が始まると、「塾業界」は急速に「進学塾化」へと変身をしはじめた。学校がやらない「受験教育」を塾に求めるという「親の期待」に応えるためである。ちなみに、今の大手の進学塾は、ほとんどこの時期に変身を遂げて「高度成長」したのであった。
 かく言う緑学園は、そのような時代の波に乗ることを潔しとせず(といえばカッコいいが、実は「乗り遅れた」だけのこと……?!)、旧態依然として「落ちこぼれ塾」として存在したために、「あの塾はバカが行く塾」という定評をうけて、しだいに生徒数が減少していった。
 カッパさんに子どもができて、「退職」せざるをえなくなったのは、そんな時期であった。
 緑学園は、彼が辞めてからも「遊び塾」をやりたいという人たちと共に、さらに5年ほど続いたのだが、時代の波には逆らえず、結局は閉鎖することになってしまった。
 思えば、カッパさんと共に「塾をつくってきた」5年間の日々が、私にとっても(そして彼にとっても)、もっとも充実した日々ではなかっただろうか。
 ところで、最近の(学校)教育状況は、また以前のように「学力向上」のかけ声のもとに、「能力主義教育」が叫ばれ出しており、「時代は繰り返す」といった感がある。
 会うたびに「また緑学園のような塾をやりましょう!」と語っていたカッパさん、そのたびに「ぼくがもっと若かったらねぇ!」としか返事できなかったが、「塾」なんて「必要悪」だと思っている私にとって、「またも緑学園が必要とされるような時代になりそうで、喜ぶべきか、悲しむべきか……」などと、彼の死の2か月ほど前にも話したばかりだった。
No.124 - 2010/01/09(Sat) 23:17:32
近況報告 / すけっと
徳見は、2度のチター音楽祭(10月25日・国立近代美術館講堂/10月31日・越谷)や、昨日は、呉林俊(オ・リムジュン)のセミナー(http://www.j-koreans.org/)に参加したり、今日は、娘の家族と、新横浜の「山海楼」の「食べ放題」を堪能したりして、右腕の痛みや、そのためにチターが弾けなくなったりした苦しみや悔しさを除けば(もちろん、除くことはできないのだけれど!)、まぁ、何とか生きている。昨日のセミナーで、以前からの知人である故呉林俊夫人の福岡美枝さんから、「徳見さんの裁判の『報告集会』みたいなものを、ぜひやったら……」と言われて、徳見「……」と、返答に窮する! これまで、さまざまに支援してくれた方々への「報告」は、しなくてはいけないのだろうが、今の徳見には、そんな気力も体力もない! 日々の生活の中で、生きることだけで精一杯という感じである。
No.123 - 2009/11/08(Sun) 22:56:24
神奈川県政の精神障害者差別 / 匿名希望
神奈川県の広報紙 県のたより9月号
県のたより 9月号
ともに働く社会をめざして
9月は障害者雇用支援月間
働くチャンス!障害者就職面接会


そして県のたよりの次のページを見ると
  
   県職員採用選考(身体障害者を対象)

仕事内容 行政事務 小中学校等事務 警察事務

パソコン教室とか県 市 区とか施設とかでもやるけど、事務職に就くためにやっているにもかかわらず

それを県自らがが真っ向から拒否 身体障害者のみを対象
No.118 - 2009/09/13(Sun) 02:56:33

Re: 神奈川県政の精神障害者差別 / スケット
精神障害者への差別は、身体障害者とはまた違った意味での厳しいものがありますよね。ご存知と思いますが、http://nagano.dee.cc/をご参照ください。
No.119 - 2009/09/27(Sun) 22:50:52
チターができない?! / すけっと
先日、新しいチターを購入。「チター奏者が使うようなすばらしいチター」なのだが、このところ、徳見の右手が腫れてきて、さらに、腕・肩の痛みがでてきて、チターを弾くのに困難を感じ始めていた。かかりつけの医者に相談すると、一人は「クビから来ているから、治療のしようがない」、もう一人は、「チターは禁止」というご託宣。せっかくの新しいチターも、当分は日の目を見ないのだろうか。徳見からチターを奪ったら、あとはどう生きればいいのか……?! 当すけっとは、一人でチターを練習するのだが、何ともつまらないこと! 「徳見ができないなら、こっちも、いっそチターをやめようか」と言うと、「上手になって、自分のためではなくて(チターを聴く)人のためにも、続けなさい」と言ってくれるのだけど……! いずれは、徳見がチターを弾けなくなる日が来るだろうとは思っていたけれど、それが今なのだろうか!
No.116 - 2009/09/01(Tue) 23:22:43
久しぶりで蓼科へ / すけっと
 標高1000メートルほどの山荘は、慢性的な頭痛に苦しめられている徳見にとっては、頭痛をほとんど感じることがない場所だという。ただ、今回は、くも膜下以来続いている、手足・腰などの関節痛には、まったく効き目はなかったようです。チターのお友達と一緒に演奏したり、その子ども3人が、チターに合わせて踊ったり、楽しいひとときを持つことができました。
 横浜は連日30度近い日々だったようですが、蓼科は朝晩は20度ほど、昼間の「暑い」ときでも、25度程度。久しぶりで帰宅した横浜の暑さに、じっと耐えるしかありません。
 
No.114 - 2009/08/10(Mon) 22:45:50
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