自分の位置、というほどのことじゃないけど、 カルカンエコーという者の行方、として、 大体は、周囲に於いてどうイメイジされているか 分かっているつもりだ
何を成し遂げたでもなくおそらく 諦めたか仕事に就いてコツコツと生活しているか 歌うのを辞めてライブもしなくなり 音楽漂う現場に関わりも持たなくなった、など
皆がそういうことを、わざわざ口に出すことは 無いだろうけれど、イメイジとして、 そんなところだろうな
まずライブを中止したいきさつさえ、 私自身も濃厚に発信したでもないし、 復習がてら書けば、簡単に言うところの顎の調整、 その治療経過で日数は大きく左右されたし、 手術が終わってからどういうことをしてるのか そんなことは周知されるでもないだろう
世界が嫌になっていたのもある
それはまた別の話としてともかく、
で、私が現場に出ていない間に一体、 何が起きているのかな。 何か変わったり、しているだろうか。 システムが変わったり、歌う人々の傾向が変わったり、 しているだろうか。 焦点を狭めれば、僕が全身で感謝するといった人物が 歌を届けているだろうか そういうものが世界に広がっているだろうか
随分ずっと言ってはいるけど、 こざかしいことに過ぎないんだろう、 それでも構わないしそういうもんだろうと知っている、 僕は、 僕の知ったことを言葉にし旋律に乗せ、 そのフィクションをかいくぐって 必要な人々のところまで運べれば それで終わるのだ
あとは頼む、と この先は頼んだよ、と
終わらせるためにも、 やっておくことがある それを今やっている
長い間、歌い続けるっていうタイプじゃないんでね 危険だから封じてしまえと手が下る寸前まで 波紋を打つといったところであって 時間が無いなら一層に 一発で仕留めるものを作らないとならない
作ってはならないものもある それを作るために動いている
またライブやり始めて、 復帰おめでとうなんていうのは全く必要ないし めでたいというよりは 遂に終わらせようと動いたのだなと そういう目で見てもらっていいと思う
個人の苦渋なんてやはり 他者にはそのままに映らないものだ 僕がどんなだろうと、あるいは貴方がどんなだろうと 人々は殆ど全てを汲んでくれはしない
どうなるかなんてわからない でも、やらなかったらゼロでしかない
娯楽でも遊びでもないんだ
そういうものは、人々に必要が無いかもしれない それでも やるしかないのです
思いなど、届かぬものであり 祈りなど、非力である だとして、それでいいってことでもないじゃない
また言うけど、同じようなこと思ってるひとが いるなら、どうなってんだってことだ どうして届かないの、何が壁になってるわけ?
変に長くなった
まぁ、あいつ(俺ね)辞めたんだな、みたいな 空気をここんとこ察してるんでねw 辞める辞めないじゃないだろうに
時期が必要だっていうの、いつか理解されるかな まぁいいさ。精進します。 No.1079 - 2012/01/30(Mon) 00:49:37
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