マサヤさん、こちらにもコメントさせていただきます。 >アラン・ドロンが警察署長 キネ旬72年12月下旬号のシナリオ採録(三木宮彦)を読み返してみたら警部となっていましたよ(笑)。 ところで、メルヴィル人気投票なんですが素敵な企画でしたね。 わたしはメルヴィル作品未見のものも多いのでご遠慮させていただいてしまったのですが、「サムライ」が一位とは凄いですね。驚きました。純粋にドロンだけが主役の作品ですから、ドロン・ファンとしてはうれしい限りです。
さて、「リスボン特急」ですが、この作風から、わたしにはトリュフォーやゴダールが絶賛していた40年代のフィルム・ノワールを表現したハリウッド・ノワールへのオマージュだったようにも感じています。 そして、ブロンソン、イーストウッド、マックイーン大活躍の当時のハリウッドのアクション映画郡をヘリコプターのミニチュアでちゃかす反骨、しかもこのミニチュア・シーンによってクレンナの行動がよりサスペンスフルになる「ブレヒトの異化効果」的な表現ではなかったのかとも感じられます。 いろいろあったのでしょうが、アンリ・ドカのカメラも使わず、そこからも脱皮しようとしているようにも感じられますし、初めてドロンに刑事をさせている(ドロンの希望だったとも伝えられていますが)ことも着目すべきことだと思います。 ドロンとしては、同時期に製作オファーを受けていて、かなわなかったヴィスコンティの「イノセント」のトゥリオ・ヘルメル伯爵のキャラクターも意識していたのかな、とも思うところです。コールマンもトゥリオも傲慢で、そのために最後は滅びる(コールマンも滅びたようなものですから)という構図がとても似ているように思うのです。 さらに、最近思うのですが、メルヴィル&ドロン作品が一作・一作とレベル・アップしていったようにも見えてしまっているんです。 自身がコールマンを選んだことが本当ならドロンも「死の美学」から脱皮しようとしているように見えます(本当に脱皮するのは「ボルサリーノ2」あたり以降ですが)。 黒澤の三船でいえば、最後の「赤ひげ」がメルヴィル&ドロンの「リスボン特急」とでもいいましょうか?
そして、メルヴィルが、この作品にトリュフォーやゴダールが絶賛していた40年代のフィルム・ノワールを表現したと考えると、また、また、メルヴィル(≧ヌーヴェル・ヴァーグ)へのドロンの反発が、そこのところにもあったのではないかなどと、勝手な想起に悩んでしまうんですよね(笑)。 コールマンの不満そうなキャラクター、ドロンのそんな憤りも出ていたんじゃないかな、なんて・・・。
警察権力=シネマ・ド・パパ 犯罪者シモンとそのギャング集団の魅力=ヌーヴェル・ヴァーグの魅力
でなきゃ、当時のドロンがデカをやるわけないですよ(笑)。
書き散らかしてすみません。 では、また。 |
No.1273 - 2008/11/30(Sun) 14:36:12
|