みなさん、こんばんは。 ゴダールの『気狂いピエロ』(65)の原題「ピエロ・ル・フ Pierrot le fou」は、実在のギャング、ピエール・ルトレル Pierre Loutrel(1916−46)のあだなです。フランス語の「ピエロ」はピエールの愛称で、「ル・フ le fou」は「キチガイ」という意味のほか「道化=ピエロ」の意味もあるので、それをもじったあだななのではと思われます。 「きちがいピエロ」ことピエール・ルトレル、「マンモス」ことアベル・ダノス(1904−52)は、1941年から44年まで、アンリ・ラフォン(1902−44)と共にフランスのゲシュタポ、カルラングの主要メンバーでした。しかし、その後、レジスタンス側へと転向、二重スパイとなりました。 1945年に、ルトレルらはギャング団「Gang des Tractions Avant(前輪駆動団=シトロエン・ギャング)」を結成、仲間にレモン・ノディ、1950年の「公敵第1号」エミル・ビュイソン(1902−56)、ベン・バルカ誘拐に関わったジョー・アティアらがいました。「トラクシオン・アヴァン(前輪駆動)」はシトロエン社のシトロエン・トラクシオン・アヴァンのことです。 競輪王者だったアンドレ・プス(19−05)もルトレルの知人でした。 http://andrepousse.free.fr/Pigalle2.htm アンリ・ラフォンと共にフランス・ゲシュタポの中心人物とされる、元警部のピエール・ボニは、1933年の疑獄事件「スタヴィスキー事件」の秘密工作に関わり警察を辞職、戦時中はカルラングに協力、戦後、ラフォンと共に銃殺刑に処せられました。『薔薇のスタビスキー』(74)ではボニ警部役はクロード・リッシュが演じています。 http://www.france-justice.org/html/affaire_seznec/pierre_bonny.htm ノゲイラ著『サムライ』120頁より「ドイツによる占領がすべてを一変させたね。戦前には、一方に「暗黒街(ミリュー)」、もう一方に警察があった。それから、突然、占領とともに、ドイツのゲシュタポとフランスのゲシュタポが生まれたんだ。フランスのゲシュタポはフランスの警官とやくざとで構成されていた。警官と同数のやくざがいたんだ。パリのゲシュタポでいちばん有名なのにローリストン通りのゲシュタポがあるが、あそこには同時期にアベル・ダノスとボニ警部がいた」。 フランスから米国へのヘロイン密輸組織「フレンチ・コネクション」の原資は第二次大戦中にカルラングの資金を、ラフォンの部下オギュスト・リコールが流用したものです。なお、映画『フレンチ・コネクション』原作者ロビン・ムーアは今年2月、85歳で亡くなりました。 フランス・ゲシュタポ、ラフォン=ボニ組の話はTV映画『93, rue Lauriston 』(2004。ドニ・グラニエ=ドフェール)で描かれています。題名は上記メルヴィルの談話にもあるように、ゲシュタポの置かれていた住所です。 ジョゼ・ジョヴァンニの小説『気ちがいピエロ Histoire de fou』はピエール・ルトレルをモデルとしています。自ら監督した映画版『ル・ジタン』(75)も「シトロエン・ギャング」を描いています。「ピエロ・ル・ナイフ(お人よしのピエロ)」という役をモリス・ビローが演じています。柴田錬三郎訳『ル・ジタン 犯罪者たち』(ケイブンシャ文庫)は『Histoire de fou』の自由翻案(?)だそうです。 ジョヴァンニのサイト(仏語) http://www.jose-giovanni.net/index.html ジョヴァンニ原作、クロード・ソテ監督の『墓場なき野郎ども』(60)は、「マンモス」ことアベル・ダノスをモデルにしています。リノ・ヴァンチュラの役名はアベル・ダヴォスに代えられています。スタン・クロルの役名はレモン・ナルディですが、モデルはレモン・ノディでしょう。 アベル・ダノスについてのエリック・ギヨン・インタヴュー(仏語。ダノスの写真が見られます) http://vids.myspace.com/index.cfm?fuseaction=vids.individual&videoid=7811893 『Abel Danos, dit : Entre Résistance et Gestapo』(2006,Fayard)の著者 エリック・ギヨンのサイト(仏語) http://ericguillon.wordpress.com/
ノゲイラ書229頁。「パリの七つのゲシュタポはすべて同じように編成されていたんだ。そのなかでいちばん有名なローリストン通りのゲシュタポには、既に君に話したが、『墓場なき野郎ども』のアベル・ダヴォスであるアベル・ダノスがいた」。 以下のサイトにあるクロード・ソテの談話によると、ソテは実際のダノスのことは知らなかったようです。 http://www.rialtopictures.com/classe.html フランス国家警察の元刑事ロジェ・ボルニシュ原作、ジャック・ドレー監督の『フリックストーリー』(75)は、1947年のエミル・ビュイソンを描いています。アンドレ・プスもエミルの兄ジャン=バチスト役で出ています。 以下の英語レヴューでは『サムライ』と比較しながらも、演出はメルヴィルには及ばないとしています。 http://filmsdefrance.com/FDF_Flic_Story_rev.html ボルニシュ原作、ドレー監督の『友よ静かにCENSORED』(76)は、1945年の「シトロエン・ギャング」を扱っています。「マンモス」ことリュシアンに扮すのはモリス・バリエ、レモンに扮すのはロベール・ベルタン。ドロン扮すのはロベール・ル・ダングですが、「ル・ダングle dingue」は「キチガイ」の意味。 http://filmsdefrance.com/FDF_Le_Gang_rev.html クロード・ルルーシュ監督、ジャック・デュトロン主演の『レジスタンス/反逆 Le Bon et les Mechants』(ビデオのみ。76)も「シトロエン・ギャング」の歴史を扱っています。ブリュノ・クレメール、セルジュ・レジアーニも出ています。 http://filmsdefrance.com/FDF_Le_Bon_et_les_mechants_rev.html ノゲイラ書284頁。「パリの〈ホテル・マジェスティック〉に本部を置いていたゲシュタポから逃げるジェルビエは、リヴィエール、[のちの]新共和国連合[引用注:仏語では「UNR」]の代表だよ」。 UNR代表のリヴィエールという人物はいないようなので、これは、1947年のフランス人民連合(RPF)に参加したポール・リヴィエール(12−98)のことだと思われます。彼は大使館付武官として56年12月から59年末まで東京にいました。 http://www.ordredelaliberation.fr/fr_compagnon/848.html シムノンに『メグレと超高級ホテルの地階 Les Caves du Majestic』(77)という小説があります。1945年にリシャール・ポチエ監督、アルベール・プレジャン主演で映画化されていますが、近年のTV映画版(93)のDVDがアイ・ヴィ・シーから『新メグレ警視/ホテル・マジェスティックのワイン蔵』の題で2001年に出ています。監督はスイスのクロード・ゴレッタ。メグレ役は『レジスタンス/反逆』、『危険を買う男』(76)のブリュノ・クレメール、ジャック・タチの親戚のコメディアンで『プレイタイム』修復に尽力したジェローム・デシャンも出演。以下、日本での放映情報。 http://www.foxcrime.jp/bangumi/maigret/episode.shtml なおゴダールの『気狂いピエロ』はジョヴァンニの小説『気ちがいピエロ』とはまったく関係ありません。ベルモンド扮するゴダールの主人公は、そもそもフェルディナンという名前で対独協力作家フェルディナン・セリーヌから採られています。「ピエロ・ル・フ」という愛称は、彼をだますマリアンヌという女性が「モナミ・ピエロ(わたしの友だちのピエロ)」(別名「月の光 Au clair la lune」。フランスの18世紀の有名な民謡。歌いだしが"Au clair de la lune, Mon ami Pierrot,")と呼びたいがために勝手につけたものです。 「月の光」を歌う人たち http://jp.youtube.com/watch?v=K5sP-o5lags
『気狂いピエロ』の原作はライオネル・ホワイト(1905−85)の『妄執 Obsession』(60)ですが邦訳はありません。本当はナボコフの『ロリータ』を元ネタにしたかったようです。原作と言っても、ゴダールのことなので、いくつかの設定を転用しているだけでしょうが。ホワイトはキューブリックの『現金に体を張れ』(56)の原作(『逃走と死と Clean Break』)で有名です。 |
No.1074 - 2008/05/03(Sat) 01:37:40
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