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わたしには、本当の自信がありません。 それは、まだ、わたしには理解していないことがある。 ということなのだろう、と思うのです。
わたしは、なぜ生まれたのか。 わたしは、いったい何者なのか。 わたしは、果たして、明日生きているのか。
すべて理解されていない、のに生きている。 ただ「予感」はあるのです。 その「予感」が「確信」へと近付けるために 生きる事が、、それがたぶん、わたしの今 精一杯ありったけの、なけなしの自信。 |
No.189 2006/01/25(Wed) 09:57:11
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いろんな視点を経験することが人生だと思います。
予感される道へ進む体験があなたの生まれた目的であり、 確信があなたそのもの実現かもしれません。 混ざり気のないピュアな衝動でありエネルギーだと思います。 その確信という目的に向かって予感の道を確実に歩むのが 自信につながる生き方(人生)と思います。
そういう意識が真の自らを観察していくのでしょうね。
アメリカも最初はピューリタン意識で、それから世界の警察、 食糧庫と言われた時代もあったが今の拝金、支配主義は ピュアな感覚から外れてきたような感があります。 これが今のアメリカの困難を生み出していると思う。 いまのアジアもこのジレンマがある。 |
No.190 2006/01/26(Thu) 22:10:26
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こんばんわ。
>その確信という目的に向かって予感の道を確実に歩むのが >自信につながる生き方(人生)と思います。
そうなのだと、今は、信じています。 わたしは、いつも、いざとなると自信がない。 そういう自分を、見たくない・・・という 怖れがありました。 どうしたら、いいのか、分からなかった。 けれど、今は、確信へと進む。それしかない。 それだけを支えに、灯明として、生きたい。 そのように、思っています。 |
No.191 2006/01/27(Fri) 02:56:35
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