12988
今日のわたし
日記・メモ帳がわりに思い付きを書いています

Name
Mail
URL
Subject
Color
Cookie / Pass
投稿パスワード

人生を楽しむ / ぴあ 引用

アインシュタインは、
「あなたの強みは何ですか」と聞かれて、
「好奇心です」と答えています。

好奇心は私たちを成長させる強力なエンジンです。

No.384 2011/11/02(Wed) 13:26:29

 
今日の名言1 / ぴあ 引用

どうやって登り越えていくかを考えてもがいてみるんだ。

       (by マイケル・ジョーダン)

登れないなら、登り方を変えてみる。それが「考える」
ということなのね。
登れない・・・と諦めたりするまえに。
どうしても同じやり方で登りたいなら、どうして
そのやり方を選んでいるのか、を考える。

No.385 2011/11/07(Mon) 14:29:46

 
Re: 人生を楽しむ / トキ(ぴあ改め) 引用

{真理への道で、人は二つの失敗を犯す。
一つは、その辛さに負けて途中で諦めてしまうこと。
もう一つは、肝心な最初の一歩をためらうことだ。}

と仏陀が言ったそうです。

そんなこと「当たり前じゃない?」と思うようなことです。
仏陀が言ったから、頭を垂れて「なるほど」なんて言うだけで。
ほんとうに当たり前で、誰でも納得できることを
ヌケヌケと言えるところがスゴイと思うけど。
でも、まぁ。なんで改めて、こんなことを言ったのか。なのよね。

No.386 2012/02/05(Sun) 02:59:56


困難を困難にしない / ぴあ 引用

原発の問題が起きて困ったねとか。どうしたらいいんだろう、とか。

そもそも、何かの現象をとらえて、こういう視点から見ることは危険です。
それは、現象に問題があるという、誘い、意識を固定してしまうからです。
しかし、これは、あるべくして起きている。という視点に立つと・・・。

たとえば、絶体絶命の危機が訪れた人は、悟る。という人がいます。
絶体絶命ですねぇ。逃れようのない危機。あと三日しか生きていられないとか。
そして自分には、そんな危機がこないから、悟れない〜と。

じっさいは、そんな危機は、常に起きているわけです。
しかし、逃げおうせているのです。あってはならないモノと危機を観る。
危機があっても知らない見ないように無視する。とか。
危険を遠くから察知して、それを避ける。その能力が高いのですね。
見ない。聞かない、話さない〜の三猿状態。

さあさあ。勇気を出して直面しましょう。。。ですね。
起きた事は起きた事です。なくすことはできません。
事実を見る。事実を聴く。事実を話す。
逃れようがないものとして。

そうすると、浮かび上がるモノがあります。
「これによって社会が変わるなぁ」とか。
「変わった社会と、どう関わろう」とか。
「どういう社会を作っていこう」とか。

破壊は、どうじに創造のはじまり。
どちらに乗るか。
その分岐点に立っている。

No.381 2011/05/18(Wed) 14:06:03

 
Re: 困難を困難にしない / ぴあ 引用

それにしても・・・
脱原発・反原発に対する公の抵抗は、強いですねぇ。
な〜んか、思考停止しているみたいな感じ。

No.382 2011/08/06(Sat) 03:15:34

 
Re: 困難を困難にしない / ぴあ 引用

新種の藻類に除染能力 
<山梨大・東邦大など確認粒状に加工した藻類バイノス>


 100分の1ミリの緑色の藻類がセシウムやストロンチウムなど放射性物質を効率よく取り除くことを、山梨大と東邦大が確認した。大量に増やすこともでき、来月に福島県伊達市の住宅地で土壌を洗ったり、建物の壁、道路に塗ったりして、除染に使えないか実験をする。

 この藻類は、ベンチャー企業の日本バイオマス研究所(千葉県柏市)の湯川恭啓社長が5年前にめっき工場の
廃液処理施設で見つけた。単細胞で葉緑素を多く含む新種で、バイノスと名づけられた。

 バイノスは生命活動が活発で色々な物質を取り込むことから北里研究所の伊藤勝彦博士が除染に利用できないかと提案し、山梨大医学部の志村浩己助教らが福島県内で取った汚染水で実験した。すると、10分間で放射性
ストロンチウムを8割、セシウムを4割取り除くことができた。
バイノスが細胞のまわりに出す分泌物が放射性物質を
吸いつけて離さないとみられる。

No.383 2011/10/21(Fri) 01:44:06


原発は、いらない / ぴあ 引用

風力や地熱の潜在力大きいと発表 東北のエネルギー調査

 環境省は21日、風力や地熱、水力発電など再生可能エネルギー
の利用可能性について、東北地方(新潟県を含む)では、
火力や原子力などによる現行の発電量を上回る潜在力がある
とする調査結果を発表した。
福島第1原発事故を受け原子力を含むエネルギー政策の見直しが
避けられない中、注目を集めそうだ。

 環境省が民間調査会社に調査を委託。規制などのため立地困難な
場合を除き、風速や河川流量などの一定要件を満たす場所すべてで
設置を進めると仮定し、発電可能な電力量を推計した。

 それによると、風力発電は陸上と洋上設置を合わせて全国で
19億キロワットの発電が可能だった。
うち東北地方は3億キロワットで、東北電力の2009年度の
供給力1655万キロワットを大きく上回った。

 温泉発電を含む地熱発電は、全国1400万キロワットのうち
東北が350万キロワット。
河川や農業用水を利用した中小水力発電は、全国1400万
キロワットに対し東北430万キロワットだった。

 環境省は「太陽光は地域によって大きな差は出ないが、
風力や地熱は地形など自然条件から東北に大きな可能性がある」
と話している。

 また、再生可能エネルギーの固定価格買い取り制度を導入した
場合、事業として採算が取れる発電量も試算。
風力発電は全国ベースで2400万〜1億4千万キロワット、
地熱発電は110万〜480万キロワットだった。

ただ今国会に提出済みの同制度の導入を盛り込んだ関連法案は、
成立の見通しは立っていない。

2011/04/21 19:37 【共同通信】

↑というニュースを読みました。
なんでもっと早く調査をしなかったのか。

No.380 2011/04/29(Fri) 02:20:21


意識の変容 / ぴあ 引用

わたしらは投影と反映によって、この世界を認識しています。
観察されるモノと観察するモノなのですが、この分裂によって
どちらが「自分なの?」という疑問があります。

なにが自分なのか分からないことが、すべてを狂わせる。不安にさせる。
本当は分かれていないのに分けるからヤヤコイシのね。
で、分けないでいられないものでしょうか?
・・・というところに焦点を当てます〜と。

さて、そのように〜わたしたちは無明の中にいます。
無明とは、この場では、とりあえず
明らかになっていないコトがある世界感です。
分裂・矛盾が見せている世界だけが世界。でしょう。

朝起きて「このまま眠っていたいなぁ♪」とフッと思う。
「いやいや、それではいけない」と叱咤する。
こんなふうに、最初の自分の思いと、相反する思いが
あって葛藤しあいます。
そんなココロの矛盾で苦しんでしまったり。

無明から、どこへ向かったらよいか。

仏教では
「肉眼」→「天眼」→「慧眼」→「法眼」→「仏眼」と開けていく。
ということになってますね。

そのように道筋は、用意されています。

物事を主客に分けて頭で考えて認識する手法は、使えない。
それを、完全に徹底的に理解すると
この手法を変革することが、どうしても必要になるんですね。
で、相対界の手法を使わない認識の仕方は、どういうものか?となる。

相対界の手法ではない認識の方法とは何か?
具体的に言ってしまうと
絶対界の手法での認識となるように思います。

禅の公案のように言うとですね〜
「右手で、右手を、つかんでごらん」って。

相対界では「右手で、右手をつかめない」のです。
しかし絶対界では、つかめるんですね。
そういう意識変化が起きる。

No.377 2011/01/06(Thu) 02:39:17

 
Re: 意識の変容 / ぴあ 引用

たとえば何かを怒る。
そのとき怒りだけを、分離してみる。
そのまま怒りを観察する。と。

怒っても、時間がたつと忘れてしまうように。
やがて・・・怒りは消えていきます。
感情を分離することが出来るようになると
感情は、切り離すことが出来るモノだと理解します。

何から切り離したのでしょう。
もちろん「自分という意識」からです。
すると、分かってきますが
感情は「自分本体ではない」ということ。

自分と感情が一体になっていると
自分は感情そのものだと錯覚します。

感情と思考は、一体になって行動します。
1/ムっとする。(感情)
2/バカにされたと思う。(思考)
3/これは理不尽だから抗議しよう。(思考からの行動)
こんなふうに・・・ですね。

ムッとした瞬間の感情を思考が入る前に切り離す。
すると、2)3)の連鎖が、まるで映画を見ているように
展開しますが、肯定も否定もなく、見る事が出来ます。

やがて、この感情は必要あるか必要ないか
ムッとしない見方はあるのか、何が起きているのか。
と、冷静に観察して。
必要ないならば、放置します。関わりません。

なぜなら、感情と思考は「自分」ではないから。
そもそも感情も思考も分離出来るのですからね。
「自分」ではない。と気づくでしょう。
大きな気づきです。
そのように感情と思考は「自分ではない」のです。
そこでやっと静かに感情が起き思考が意味づけするのを、
見守る事が出来た、ということです。

感情と思考は、まるで洋服のようなものです。
洋服を指さして「これは自分です」とは、言わないでしょ?
感情と思考は一緒になって、バカにされたとか見くびられたとか。
しているのですが。
洋服ですから脱ごうと思うだけで、脱げるものなのです。
「いらない」と言って、捨て去ることが出来るものです。

感情と思考を完全に分離すると、なにが残るでしょう?
これでパラドックスが起きる。意識の転換。
「何もない」と。
自分と思った感情も思考もはない、と。
自分と思いたい執着も、ただの古着。

No.378 2011/02/14(Mon) 02:49:50

 
Re: 意識の変容 / ぴあ 引用

それにしても・・・
地震以降の日本。
変革の始まりでしょうか。

No.379 2011/04/12(Tue) 04:41:41


大みそか / ぴあ 引用

トモダチとか知人とかの悩みの相談を受ける。
で、ウンウン、なるほど、どうなったの、それでどうしたいの?
みたいに聴いている。

なかなか、大変だなぁ。。

などと、思いながら、、、

時間をおいて冷静になってから
全体像を把握しようと、相手の話を反芻しているうちに
オヤオヤ、これは、私の問題だった。
と気づく事があります。

わたしの解決しきれていない問題が、相手の存在を通して
今、この瞬間を使って、わたしに直面してきたのだ。と。

まったく世界は、わたしのために、このような状況を
わざわざ作って、姿を現してくれている。
そんなふうに、直接の形でなく、間接的に触れようとする。
そんな世界の姿が・・・あります、ね。

わたしたちは、世界を、勝手に「こういうもの」と決めているけれど。

本当は
どんなに世界は人間を育てようとしてくれているか。
そこに思い当たる、、、日常の様々な事実とか現実とかいうものには
別の大いなる視点(もくろみ?)があって、

ときどきフイに、気づけよ。そろそろ気付けよ。と言われている。
気付けば、ただ、物語がひとつ、終りになるだけなんだけど。

明日は京都にブラリ〜旅をしようと思いつき、その気のまま動きます。
こんなことが出来る・・・もしかしたら、有難い境遇なのかも。

No.376 2010/12/31(Fri) 03:47:04


関わりにおいて / ぴあ 引用

つねにリーダーとしての自覚を持て。

じっさいに、リーダーになれ。
ということではなく。

人の後をついていく人は、結果を観て
責めたりグチが多くなったり。

リーダー意識を持ってモノゴトに関わると
結果に対して責める視線は、持ちにくくなる。

上手く行けば、良し。
上手く行かなかったら、失敗を生かそうとする。
どちらにしても、良い方向を目指す。

始まる前から、チャチャをいれたがる
「気分だけリーダー」は、困りもの。ですが。

つまりは、リーダーとは、責任を一身に受け取る人。
関わる全員を生かそうとする人。

ではないかな〜と思うね。

No.373 2010/09/23(Thu) 03:47:47

 
Re: 関わりにおいて / ぴあ 引用

で、具体的には。

会社員なら、自分の会社だと思って行動する。
店員なら、自分の店だと思って行動する。
ということになりますね。

自分のものだと思ったら
小さいことも疎かにしなくなる。みたいな・・・。

No.374 2010/10/22(Fri) 04:23:05

 
Re: 関わりにおいて / ぴあ 引用

「関わりにおいて」もなにも、ないね。
結局は、関わりしかないのだから。

No.375 2010/12/22(Wed) 06:09:03


生きる意味 / ぴあ 引用

私の生きている意味は?
誰もが、そう考えたことは、あるでしょ?

そういう疑問を持った時
私たちは、これから、それが示されるとか
探そうとするのですが。

その答は。
自分自身の中に、すでに、ある。んですね。

これまでの生きてきた道に。

どんな人生だったでしょう?
いや、もう、なにもなく平凡で。
という人もいるでしょうが。

平凡で結構。
平凡の中に、答があります。

波乱万丈で、苦しくて、悲しくて。
という人もいるでしょう。

それで結構。
その中に、答があります。

このように生きた。
それが、私たちの「生きる意味」そのものなのです。

No.370 2010/07/12(Mon) 03:05:00

 
Re: 生きる意味 / ぴあ 引用

そして。

なるべくなら生きる意味に、早く気付く。
そこが大事なんでしょうね。

死ぬ寸前に「これが自分の生きた意味か」と
分かっても、な〜んの意味もない。

生きる意味を理解して
それを実践していくこと。

だから。
ひとりひとり、自分の使命は違うんですね。
ひとりひとり生きる道が違う。
そこにも意味があるんです。

「あなた」として生まれた理由を見つけること。
それが、幸せ・・・なのかも知れません。

No.371 2010/08/16(Mon) 03:00:30

 
Re: 生きる意味 / ぴあ 引用

「カラフル」というアニメ広告が気になって
原作本を読んでみました。

んーーーー。上手いなぁ。という感じ。
上手く騙されました。
騙された〜と思ってから、深い。と感動。

No.372 2010/09/01(Wed) 03:55:46


真実の見方 / ぴあ 引用

「なぜ・・?」と言ってはいけない。
と言う人がいます。

「なぜ・・」の後に
責めるような言葉が続くから。
でしょうか。

なぜ、自分に、こんなヒドイことが起きたの〜
なぜ、頭が悪いの・・・
なぜ、言う事を聞かないの!

うーーん。
暗くなるなぁ。

「なぜ・・」を発する、ということは
現実を受け止めたくない。
という意思表示になるんですね。

そして「なぜ」でなく「どうやったらいいか」
という方向に向かわせたらいいです。
と・・・なります。

このヒドイ境遇をどうしよう。
この頭が悪いのを、どう変えよう。
言う事を聞かせるには、どうしたらいいか。

ということになりますね。
「なぜ」では拒否していますが
「どうしたら」では受け止めています。

あったことは、あったこと。なんですね。
ないことには、出来ないんですね。

で。さらに言うと
「どうしたら」も、いらないんじゃないかな。
現実は、もうすでに、受け止められていますから。
「どうしたら」は、結局、現実の否定かも。

あったことは、あったこと。
つまりは、もう過去なんです。
終わったこと。なんです。

そうしますと。
「何が自分に起きたのか」を、ゆっくり
余裕を持って調べられる、んじゃないかな。

原因を究明するのも、結果を変えようとするのも
もしかしたら、本当には受け止めていないことなのかも。

あるべきことが、起きた。
それは、もしかしたら、自分に必要な事じゃないかな。
何か、教えようとして、現れたことなのではないか。

と・・・なりますと。
やがて。
「あって良かった」に到達する。

そんな気がします。

No.368 2010/04/13(Tue) 23:15:23

 
地に足がつく / ぴあ 引用

若いころは「関係ないや」と通り過ぎないと、覚えなければ
ならないことが多すぎて、大変なんですよね。

一度聴いたら「それはもう、知っている」。
新しいこと、知らないこと。。
知りたい、知識を得たい。

で、本道の真ん中を、どんどん通り過ぎる。
急がなくちゃ〜忙しい。忙しい。

だけどねぇ。
「自分には関係ないや」と捨ててきたコトが。
たまりにたまると。
本当の自信は・・・ないんですね。
欠けているトコロがあるから。
うっすらと、自分では、知っているから。

どうなんですか。
と聞かれると・・・困ります。

そこで、覚えることが終わってから、ゆっくりと
「関係ないや」で通り過ぎたことを、学び直す。

そんな時間がきます。

「知っている」「関係ないや」の
あいまいなトコロを丹念に拾います。

すると、パズルの抜けた部分が、ぴったりとハマる。
おおー。これは、こういうことだったのか。と気付く。

部分を生きていた状態から、全体を生きることに反転する。

・・・最近〜ホントに、そんな気がしてます。
やっと、全存在で生きることが大事なんだな。っと。
そんな感じ〜

No.369 2010/05/23(Sun) 00:26:28


今に集中 / ぴあ 引用

恐怖を、どう扱うか。
・・・結論は、無視する。ということになります。
これを扱うと、ドツボにはまる。ように思います。

私は、人前で話をするのはニガテです。
もう恐怖に襲われてガチガチになります。
で「私には無理だ」と引きます。

そのとき。です。
恐怖を無視することにしました。
「いま、することだけに集中する」それだけ。

すると、なぜか。スラスラと話し始めた自分がいました。
あららら。
恐怖は、自分が作っていただけなのだ。
と、気づいたわけですね。

上手い話が出来たかどうかは、別の話。
人前で話をしなければならない状況で緊張する
という事態から逃れている自分の発見。

「できない」のではない。
「しなかった」だけなのだ。
しないから、いつまでも「できない」のだ。

だからね。やっぱりね。
思考が作る恐怖に関わるのは、間違い。
しなければ「失敗」もない。
失敗をしたくない自分が、勝手に恐怖を作っていた。
・・・のですね。

No.367 2010/03/10(Wed) 01:00:06


私の中にある / ぴあ 引用

豊かさとは、私の内側から生まれてくる新しい何かなのです。
それが才能であり、私の本質であり、私の光なのです。
私がそこから何を引き出すか、それが私自身の道になる。

私に何が起ころうと、私に起きてくることはすべて、
私自身に基づき、原因している。
そのことを理解することがなければ、
人は一生愚かさの中で生きることになる。
そして、そこに自由は、生まれようがないのです。

No.364 2009/10/01(Thu) 12:55:15

 
Re: 私の中にある / ぴあ 引用

そもそも現実と言うのは、見る人の心の中にあるものです。
外に展開されているものではなく。
外にあるモノを見て、あれはああで、これはこうでと
判断しているだけです。その人の判断がその人の現実。

ですから「世界は、自分が作っている」と表現されたりします。
そして「自分が世界を変えられる」と。
その人が、世界をどのように見ているか。なのですからね。
その構造を、はっきりと自覚する。

それで、世界はそのままでも、あの人はあの人のままでも
実際にはなにも変わらずに変わった・・・となる。

No.365 2009/10/23(Fri) 10:18:47

 
Re: 私の中にある / ぴあ 引用

常に、なにかしらの拠り所を持とうとします。
知識とか経験とか情報とか。

しかし。
そんな拠り所としているもの
これらすべてを、脱ぎ捨て、脱ぎ捨て
最後に残るモノは、なんでしょう?

No.366 2009/12/18(Fri) 00:37:27


以下のフォームに記事No.と投稿時のパスワードを入力すれば
投稿後に記事の編集や削除が行えます。
167/200件 [ ページ : 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 ... 17 >> ]

- HOME - お知らせ(5/4) - 記事検索 - 携帯用URL - フィード - ヘルプ - 環境設定 -

- Skin: Modern v1.12 -

Rocket Board Type-X (Free) Rocket BBS