#157 12人の怒れる男たち(俳優座劇場)プロデュース)
 映画のヘンリー・フォンダ主演でも有名な『12人の怒れる男たち』。昨年秋には、蜷川幸雄演出でも公演されています。この作品は、今までに6〜7回観ていますが、その中でも1番か2番のいい舞台でした。

 陪審員の一人ひとりが魅力的で、とてもいいアンサンブルの舞台でした。

 日本も昨年から陪審員制度が始まった。その影響もあると思うが、自分が陪審員のひとりだったら…という思いも交錯しながら舞台と向き合う自分に気が付いた。アメリカほど多種多様な人種や宗教、価値観がなく、また人との争いを嫌う国民性ゆえに、陪審員室という密室で、陪審員たちの中で勇気をもって「父親を殺したと思われる少年のために、1時間話し合いましょう」と言えるだろうか。

 緻密でリアリティーある作品の構成、ぐいぐいと観客を引き付けるドラマの展開、登場人物の深い人物像、作品全体が持つ凛とした風格。傑作の舞台でした。

 最初にこの作品を観たときの衝撃は今も覚えている。演出はふじたあさや、美術は内山勉。板橋の高島平区民館のホール。舞台部分に音響機材、客席部分の中央に4本の柱と斜幕で仕切られた舞台、その中には長い机と12脚の椅子。舞台を両側からはさむ形で、平台を組みその平台にパイプ椅子を並べた客席。約1時間50分休憩なしのこの舞台を観て、人間の尊厳と勇気、命の重さを感じました。
2010/02/02(Tue)13:29:43

#156 どん底(俳優座)
 今回の劇団俳優座の『どん底』は、大胆な翻案がされている舞台だ。帝政ロシア時代の洞窟のような地下室を舞台に、社会の底辺に生きる人々を描いた群像劇は、明治維新後の江戸が東京へと名を変えてからまだ間もない頃の東京下町の棟割り長屋をぶち抜いた崖下の裏店(木賃宿)を舞台とする貧困に苦しむ人々の群像劇に翻案された。

 登場人物の置き換えも、サーチンは博打打ちの遊び人佐八(中野誠也)、ペーペルはそのまま泥棒の灰次郎(内田夕夜)、錠前屋のクレーシチが鋳掛け屋の鋏助(島英臣)、帽子屋のブブノフが下駄職人の塚次(塩山誠司)、「役者」も身を持ち崩した江戸三座の歌舞伎役者くずれ(村上博)、「男爵」は旧幕臣の落胆した殿様(河野正明)、ナースチャが夜鷹のおさよ(山本祐梨子)、巡礼ルカはお遍路の伊之吉(可知靖之)などなど絶妙だ。

 朽ち果てんばかりの裏店の一室に、鋳掛け屋とその女房(桂ゆめ)、振り売り(来路史圃)、役者くずれ、殿様のなれの果て、下駄職人、遊び人、夜鷹など雑多な住人が暮らしているところへ、ある日、お遍路の伊之吉がやってくる。

 原作の『どん底』を非常にうまく明治時代初期の日本に翻案し、たぶん年配者の方々にとって、登場人物の原作のロシア名のよりも日本名のほうが、作品のもつ意味やテーマが伝わりやすいのではないか、と思う。

 演出の安川さんが以前演出した藤沢周平作品の『今日の雨明日の風』『夕映えの人‐三屋清左衛門残日録‐』などで見られた、俳優座の時代劇のいいところが見られる舞台でした。

 俳優では、全体のアンサンブルがとても良く、その中でも、男優では遊び人佐八役の中野誠也さん、お遍路の伊之吉役の可知靖之さん、役者くずれ役の村上博さん、下駄職人の塩山誠司さん、泥棒の灰次郎役の内田夕夜さん、女優は来路史圃さん、清水直子さん、大庭藍さん、桂ゆめさん、山本祐梨子さんの全員が良かったと思う。
2010/02/02(Tue)13:26:58

#155 出雲の阿国
この作品にはある思い入れがありました。それは、以前、前進座の嵐圭史さんが「観賞運動」という冊子に書かれた文章の中に、『出雲の阿国』のある台詞が書かれていて、それが印象に残っていて、機会があれば見たいと思っていました。

阿国:唄うたあと、唄聞いたあと、踊りを見たあと、何が残ろうか?

伝助:楽しんだ心が残ろう。

阿国:心が残ろうか…

伝助:残るとも、残らいでか。銭では買えぬほどのものが、残ることもあるわ。

この台詞が非常に気になっていました。

とてもいい舞台でした。分かりやすく、華やかで、簡素な装置が四条河原の小屋の舞台にも楽屋にも見え、阿国を演じる妻倉和子さんが、とても華やかで美しく阿国そのものという感じがしました。その相手役となる2人も、三九郎役の高橋祐一郎さんは、さわやかな切れ者の野心家らしさ、風格のある演技が凛々しく、また伝助役の山崎辰三郎さんは、ほんわかとした優しさの中に、芸への厳しさと阿国を想う強さを感じさせる演技で、この3人はとても良かったと思います。
2010/02/02(Tue)13:24:41

#154 第三の証言
 1954年。江戸川をはさんで東京都と面しているところにあるビスケット工場・東山製菓。この工場では不思議なことばかり起きる。新米工の飯田新三は、工場のいたるところでネズミの死骸を見つける。新三は騒ぎたてるが、他の工員たちはこの状況に馴れきっているせいか無関心である。おまけに工場長はおらず、肝心の社長はどこからか届く電報の指図で動いている。この工場には他にもおかしい点がたくさんあるのだが、何といっても給料がいいのだ。工員たちは、少々のことには目をつぶっても今の職を失いたくない。そんな時、ネズミが肝臓障害で死んでいるという保健所の診断が届く。ビスケットの粉が毒ではないかという疑惑が広がっていく…。

 あらすじを読んでもわかるように、深い社会性のある舞台でした。現実と理想、観る者はどちらの側に立つのか、この公演が初演された時代は、企業や行政が市民からまだ信頼されていた時代で、ビスケットの粉の毒がどれだけ伝わったのか分からないが、食品偽装が取り上げられた現代、55年前に書かれた作品が胸に迫り、どちらの側に立つのか突きつけてくる。この作品を旗揚げ公演として取り組んだ劇団青年座の凄さを、今更ながら感じています。

とてもいい芝居でした。
2010/02/02(Tue)13:22:16

#153 Calleng−ed(チャレンジ−ド)
 バルセロナ・オリンピックの水泳の平泳ぎでメダルを期待されていた高橋は、代表選考会の日本選手権で3位にとどまり、オリンピック出場のチャンスを逸する。競技者としての将来を思い悩んでいたところ、都立の村山盲学校の校長から、保健体育の教師として「視覚障害の生徒に水泳を教えてほしい」と懇願される。
 教職につきながらも心の奥底に挫折感を秘めた高橋、傷つきやすい心を持った生徒たちは「悪意なき同情」に反発する。自分の学んだこと、今まで教えられたことを生徒たちに伝えるために、高橋は再び日本選手権に出場する。高橋の挑戦に、生徒らが共感し信頼を寄せ始める…。

2004年3〜4月「遠い水の記憶」というタイトルでアトリエ公演された作品でした。

Callengedとは、「挑戦するチャンスを受けた者」という意味で、障害を持っている人を表すアメリカの新しい言葉で、正式には「The Callenged(ザ・チャレンジド)」というそうです。「挑戦という使命や課題、あるいはチャンスを与えられた人々」という意味がこめられていて、15年くらい前から使われ始めたようです。

アトリエで初演された時期に、この作品を『ミュージカル リーディング 遠い水の思い出』(イッツフォーリーズ)という形で見ておりました。その時初めてこの作品の作者の神品正子さんを知りました。

それがとてもいい作品、舞台でしたので、東京芸術座の公演も見たいと思っていましたが、実際には見ることができませんでした。今回見ることが出来て本当に良かったと思っています。

イッツフォーリーズの『遠い水の思い出』は、盲学校の校長先生の長島さんが、学生時代に水泳をしていたことの経験(記憶)から、盲学校の生徒たちにも水泳の楽しさを知ってほしいと願い、東京都に掛け合い、やっとの思いで盲学校に水泳のプールを作ることができた、ということが中心になっていました。

今回の東京芸術座の公演では、「水の記憶」ということよりは、水泳というスポーツを通して、人が何かに挑戦するということ、挑戦する勇気ということをテーマに、盲学校の生徒たちの社会からの見えない差別なども織り交ぜながら、チャレンジドという舞台を作りあげました。

簡素な装置(美術)から創造される舞台は、非常に豊かな演劇的な空間を生み出し、さりげないが印象的な音楽は、記憶に残るシーンを私の脳裏に焼き付けました。

同じ原作から作られた2つの舞台。約5年以上のタイムラグはありましたが、それぞれの劇団の特徴が生かされた素晴らしい舞台でした。

こういう経験ができると、演劇を観続けることの楽しさと素晴らしさを実感します。
2010/02/02(Tue)13:20:09

#152 グレイクリスマス
1945年、敗戦。その年のクリスマスに、GHQによって母屋を接収され、離れに移り住むことになった伯爵・五條家。朝鮮戦争が始まる1950年まで、毎年のクリスマスの日を通して、五條家の人々の様々な生き方が描かています。

敗戦によって右往左往する伯爵家、爵位を失っても殿様気分の五條紀明、進駐軍からの戦犯容疑に怯える弟の紀孝、自虐的な行為を繰り返す長兄の紘一と、戦犯となった婚約者を心配する娘の雅子。敗戦を認めようとしない召使たち。その中で、五條家の後妻の華子は、進駐軍将校のサロンとなった五條邸で、義妹の慶子とともにホステスとなって一家を支える。支配階級の悲哀が浮かび上がる中に、戦前から抑圧されていた女性たちが、それぞれの生き方を模索します。

サロンで会った日系アメリカ人将校のジョージ・イトウから、日本をピープルのための国家にと熱く語る彼に徐々に惹かれていく華子。新憲法が発布され、自由や女性の権利に興奮する。華子はクリスマスに思いをこめて、ジョージにオルゴールを贈る。しかし、時代は朝鮮戦争を迎えようとしていた。GHQ内部の民政局と情報局の内部抗争のはてに、ジョージは朝鮮行きを志願するが…。


10年前にも見ている芝居で、いい芝居なのは分かっていましたが、私が思っていた以上に、とてもいい芝居、とてもいい舞台でした。

作品としても素晴らしい作品ですが、今回は演出、出演者が特に良かったと思います。

主役の三田和代さんをはじめ、一人ひとりが舞台の上で生きている人間として輝いていました。俳優座と文学座を中心としたキャスティングですが、最高のキャスティングでした。個人的には、三田和代さんは別にして、五條紀昭役の児玉泰次さん、実業家の三橋(華子の兄)役の小笠原良知さん、ジョージ・イトウ役の石田圭祐さん、五條紀孝役の森一さん、五條紘一役の細貝光司さん、五條雅子役の若井なおみさん、女中頭役の長浜奈津子さん、権藤役の清水明彦さんがとても良かったです。

また、華子が日本国憲法の前文を読むラストは、その日本語がとても美しく、また華子のシルエットがとても綺麗なシーンで素晴らしい舞台でした。
2010/02/02(Tue)13:17:43

#151 『おじいちゃんの知恵袋』 劇団スタンド・バイ公演 
【おじいちゃんの知恵袋】という言葉はあまり馴染みがない。こと知恵袋に関して言えば、圧倒的におばあちゃんに押されているのが現状だ。確かにその袋の中には、「あっ、そうなんだ。物知りぃ」といいたくなるような急な発熱を下げる方法や頑固な汚れを落とす方法といった、日常の中のちょっとした悩みを解消してくれる生活の知恵は入ってないかもしれない。しかし、「分かった!俺やってみる!」と身体の奥底ならわきあがってくるようなどんな強大なものにも屈しない方法や転んでも前を向いて立ち上がる方法といった、社会の中でぶちあたった壁を乗り越えるための知恵がいっぱいつまっているのではないだろうか。ひょっとすると、おばあちゃん以上に目からウロコの生活の知恵もはいっているかもしれない。と、こんな言葉を作・演出の高崎さんはこの公演のちらしに載せている。

「おばあちゃんの知恵袋」なら聞いたことあるけど、おじいちゃんのは聞いたことがない。ちらしの作者の言葉も気になり、またこの劇団の前回の公演「えっちすけっちわんたっち」が非常に良かったので、そんなこんなで、観に行きました。

 「武田・山口法律事務所」、名前の通り、武田喜美子弁護士と山口吉展弁護士が経営する弁護士事務所で、他に若い居候弁護士の榊 恵美、西 勝の2人にベテラン事務員の鴨志田睦郎、アルバイトの宮川さくらが働いている。ある日、この弁護士事務所に柳井信子という中年の女性が相談に訪れる。40年前に、父と離婚した母がある男性と心中したのだが、無理心中だったのではないか?、真実を知りたいとのことだった…。
 40年前の心中事件を今さら調べ直しても、依頼人にとって良い結果が出るとは限らない、逆に嫌な思いをするかもしれない、と武田弁護士は柳井信子さんに言うが、実は、柳井は結婚が決まり、今、母がなぜ幼い私を残して心中したのか、私をどう思っていたのか知りたいのだと言う。結局、この話を武田弁護士は断るのだが、数日後、この話に同僚の山口弁護士が引き受けたことがわかる…。

 前回の「えっちすけっちわんたっち」同様に、とてもいい芝居でした。まず上演台本がよく出来ていて、セリフと演技にスピード感があり、テンポ良くドラマが展開している。その上、テーマがしっかりとあり、心地好い緊張感とリズム感、笑いの中にホロっと心揺さぶる作品で、とても好感が持てる舞台、劇団でした。

いくつか問題もありますが、個人的には、前回、今回と見て、好きな劇団の一つになりました。
2009/11/27(Fri)18:56:24

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