#115 空ゆく風のこいのぼり
 劇団東演公演『空ゆく風のこいのぼり』を紀伊国屋ホールで観劇しました。青年座の磯村純さんが演出をした舞台です。

 宮崎県野辺町、南九州の内陸にある山間の町。この町に一年中こいのぼりがたなびき、風の強い日には、ばさばさと威勢のいい音をたてる家がある。昔ながらの鍛冶屋を営む日高さんの家である。風に飛ばされた帽子を追って日高さんちの庭まで来た女性が、空にたなびくこいのぼりを見上げて佇んでいる…、そんなところから芝居は始まっていく。

 女性の名は岡野ひとえさん、東京のOLで会社の同僚と温泉に来たのだが、今朝は温泉に入っているうちに置いてきぼりにされてしまったのだ。こいのぼりがたなびくのを見ていると、縁側の戸が開き老人が彼女に声をかける…。老人の名は日高孝吉さん、奥さんの加代さんと二人で、一年中こいのぼりがたなびくこの家で、鍛冶屋をして暮らしている。この老夫婦のところには、近所の農婦のカスミさんや、町でスーパーを経営し町会議員にも立候補する深海継道とその弟の栄一郎、役場の篤、国際交流員のチーサオなどが出入りをしている。

 こいのぼりを見ていたひとえは、ひょんなきっかけで、この老夫婦の世話になり、そして鍛冶屋の見習いとなる。ひとえがこの町に来てから2週間が経ち、次第に日高家にも、この町にも馴染み始めた頃、ひとえの母親が迎えに来ると同時に、会社の後輩2人もやってくる。老夫婦が親御さんが心配するといけないと思い、連絡をしておいたのだ。しかし、ひとえは実家には帰らず、後輩も追い返してしまう。ここでの生活が少しずつだが、ひとえの心を癒してくれたのだ。その晩、孝吉はひとえに、うすうすは知っているだろう一人息子のひろとしの話を始める。

 ひろとしと孝吉はある時「星」の話をしていて、それから数年後に、近くの山に隕石が落ちたという話を聞いたひろとしは、友だちと2人でその隕石を探しに行ったのだが、行方不明になってしまったのだ。町の人たちの捜索で友だちは見つかったのだが、ひろとしは見つからずじまいで、孝吉と加代の夫婦は、ひろとしがいつでも帰ってこれるようにと、目印にこいのぼりを一年中掲げているのだった。こいのぼりを掲げてから40年の時が過ぎ、こいのぼりも段々と傷んできていたが、ある嵐の晩に、強い風でこいのぼりが全部飛ばされてしまった。それを見た加代は倒れてしまう…。

 とてもいい芝居でした。人の気持ちの伝わる優しさ溢れるドラマでした。

 この舞台では、気持ちが繋がったり想いが伝わるキーワードがいくつかあります。

 まず最初は、題名にもなっている「こいのぼり」です。行方不明の子どもを持つ親の想いを凝縮しているだけではなく、この町の人々の様々な気持ちも代弁していたように感じました。こいのぼりを掲げた棒(棹)が揺れて風にたなびくさま、こいのぼりが下がって風のない状態など、場面ごとの細かい工夫がとても良い演出でした。

 次のキーワードの「片方の耳が聞こえない」です。実は、ひとえは子どものときに高熱で片方の耳が聞こえなくなっており、また行方不明になったひろとしも片方の耳が聞こえないのだ。孝吉がひとえと最初に会話を交わしたときに、その聞くそぶりから片方の耳が聞こえないことに気が付き、それで他人とは思えず世話をしたのだ、ひとえも仕事のストレスからくる幻聴や頭痛で、同僚と温泉に来たのだが、同僚もちょっと…と思い置いてきぼりをしたのかもと想像する。しかしだからこそ、ひとえは日高さん夫婦に出会うことができたのだ。


 東京での派遣社員から正社員、そして今は主任というOL生活。ストレスから体に変調をきたしたひとえを、優しく包み込む野辺町の人々。また、ひとえが来たことで、40年も抱えていた頑な想いから解放される孝吉と加代の老夫婦。お互いを理解し直した継道と栄一郎の兄弟。人と人との出会いと関わりが、人と人との繋がりを作り、人を想う気持ちを作る。


 優しさに包まれたいい舞台でした。
2008/10/29(Wed)18:40:16

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