しまのたかしハイブリッド人生心理学 島野隆ブログand掲示板
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●島野の著作そしてハイブリッド心理学に関する感想・質問・ご意見など投稿して頂けます^^。
●心の悩みのご相談
については、ハイブリッド心理学「取り組み実践」を進めるためのポイントヒントなどを、ここではごく簡潔アドバイスいたします。
*より詳しくアドバイスするとどのようなものになるのかは、
 
メール相談事例集実践編書籍など読んで頂くと参考になるかと思います^^。
返答入れて頂いた順に返していきます。日数がかかることもありますので、ごゆっくりお待ち下さい^^。


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(No Subject) / こたろう 引用
No.1230 2016/11/29(Tue) 22:01:35

具体的行動場面のご相談です。

僕と、同じ課の上司三名、
他にお客さんが7名ほどで、
自社の設備の見学の後に懇親会があります。

行動法とどのような姿勢、態度、言葉を選ぶのかいいかアドバイスをいただきたいです。

状況としては
●上司とは馴染めていない。上司が明らかに自分と話す時に気を使っている。一人の上司とはほぼ話していない。
●交渉等はない。
●お客さんは業種が違う。

目指すべきゴールとしては

●なんだ、こんなコミュニケーションのとれないやつがいるのかこの会社は?と思われないようにする。
●上司には馴染んでいないが、馴染んでいる風を装う方が印象がいいはずなので、そうする。
●飲みの席でも受動的になってしまうので、少なくとも自分から話を降るように努力をする姿勢はみせる。
●期が近く馴染めている先輩に劣等感から敵意を抱いてしまうが、お客さんにも先輩にもなるべくそれを悟られないようにする。
●上座下座等のマナーは守る。

●お客さんと話せるように相手の会社の情報を少し持っておく。
見学する自社設備は、自分の課で管理しているものではないので、それに対しても知識がない。
ある程度は話せるようにしておきたい。

→とはいえ、付け焼き刃の知識で質問、返答をすると逆に話がつまってしまう。

私は普段は関わりがないので、すみません、詳しいことはわかりません。等でいいのか。

また相手の話に質問してわからなくなった場合、すみません、勉強不足で、等の
決まり文句をいくつか用意しておきたい。
→その後上司からすいません、こいつ新人なんですけどマナーがなってなくて、等のフォローが入る事が想定される。その時も、上司に対して怒りが湧いてしまい、すねる子供のような外面印象になってしまうのが怖い。あまり上司に対しても形式張った対応をするよりは、身内感をみせつつ、相手の方に謝るようにした方がいい。

●マナーとして話しておいた方がいい事がわからない。
例えば、今後案件で関わらせていただく事がありましたらよろしくお願いします。等が別れ際に使えそうだが、当日は上司がそのような言葉を言うあとに、ヘコヘコと頭を下げつつ、大人の真摯な態度とはほど遠い態度を出してしまいそうな感じがする。
いくつかパターンがあれば少し安心して
取り組める気がする。

あとは基本的な酒の席の下っ端のマナーとして、何かご参考になる事があればお願いします。
相手の方のお名前は把握して、グラスがあいたら何か飲まれますか?と確認。


 
Re: / こたろう 引用
No.1231 2016/11/29(Tue) 22:22:53

●お前は何なんだ?なんで馴染もうとしないんだ?
やりづらいだろ、仕事が?

●何かおかしいんじゃないのか?
なんで何ヶ月も経ってるのにろくに話してない人がいるんだ?

●もっと部長とかに飲み会等に来てもらえるように
やるんだよ。是非飲みたいですーって。そうすれば可愛がられるだろ?

●同期の中で浮いてるらしいけど?
一緒に帰ろうとしたら途中で別の電車に乗り換えたり、
飲み会の当日に休んだり。なんなんだ?


こういうことを言われるようになりました。
仕事も出来る訳ではないので、結局のところ
なんでお前みたいなやつを採用したんだ、って
事になるんでしょう。

グループの営業さんは普段別の拠点にいるのですが、
忘年会では交えて話します。

おそらく

今年の新人くんはどう?みたいなことを聞かれ、
私達もあまり仲良く慣れてないんです、でもそうはいえない、という気まずい空気が流れる事が想定されます。
もうその状況が恐怖です。


別に会社なんてどうでもいいし、という
逃避的思考によって恐怖を緩和させようと
してしまいますが、困るのは後々ですよね。


もうわかりません。
楽しみが共有できないのに半ば強制的に
就業後の運動等の幹事を任され、自分がやりたくもないのに人数集まるように誘えと言われます。

業務の一貫だと捉えるしかないんですね。


 
職場での「役割の遂行」と「楽しみの共有」^^ / しまの 引用
No.1232 2016/12/07(Wed) 09:17:31

これはずばり、指針はこうです。

「仕事」は、「役割の遂行」
「プライベートな交友」は、「楽しみの共有」
この2つは、基本的には切り離されたもの、また切り離すのが良いものです。

一方「職場における親交」は、その両方合わせ持ったようなものとして、2つ指針要請の度合い多少弱めた上合成したものであり、それを実際どのように行うかは、職場および個人に応じてさまざまであり、具体的場面に応じて「こうすればいい」言えるようなものは、ハイブリッド心理学からはない、と。
つまり「役割の遂行」である性質ある面においては「それも仕事の一つ」としてやる必要があるものもあるだろうし、その性質が薄いものについては、興味なければうまくかわす方法を考える。この判断はもう職場および個人応じたものでしかない。

その結果アドバイスとしては、まずは最初2つ「仕事」「プライベートな交友」指針について、それぞれじっくりと取り組むことだ、人生の歩みとして。それが成熟するごとに、「職場における親交」持ち方についても、自分なりのもの安定した心で持てるようになるだろう、というものになります。
現時点での「職場における親交」持ち方について戸惑うものがあるのであれば、まずは可能な範囲でそれを行ってやり過ごすのがいいだろう、というものになります。
それがおのおのの具体的場面で、どんなもの一番自分に最適なものになるのかは、結局自身で模索するしかない、と。
なんともファジー(曖昧)でしょうが、曖昧を許容し対応できるのが、成長であり人間の幅というものでもあります。

>私は普段は関わりがないので、すみません、詳しいことはわかりません。等でいいのか。

話の内容自身の立ち位置にもよると思います。

>あとは基本的な酒の席の下っ端のマナーとして、何かご参考になる事があればお願いします。相手の方のお名前は把握して、グラスがあいたら何か飲まれますか?と確認。

酒の席のマナーというテーマ専門ではなく何も言えません。僕個人としても、ITの仕事をして酒の席のマナーという意識も知識も特に持ちませんでした。ごく一般的なマナーの範囲でいいと思います。まあ僕自身結局会社の酒の場にはあまりなじめませんでしたね・・。
もし特別酒の席マナーというテーマ関心あれば、ネットなどで情報があると思いますのでご参考にされては^^。

>もうその状況が恐怖です。
>別に会社なんてどうでもいいし、という 逃避的思考によって恐怖を緩和させようとしてしまいますが、困るのは後々ですよね。

今の会社がどうでもいいという考え確信を持てるのであれあ、まあそれもいいでしょう。代わりに自分はどう生きる、というプランと戦略持つのであれば。そうした大きな視野臨む必要がある、ということですね。

ということで、僕からアドバイスできるのは、「仕事」「役割の遂行」「プライベートな交友」「楽しみの共有」という切り離された指針まずじっくり取り組んで下さい、ということです。
怖れ克服は、そうした歩み、そして自分が持つ価値観などの、全ての結果としてあります。今まで出たさまざまなテーマについても、理解納得、そして実践の方の状況どうでしょう、と自身に確認頂くのが、まずはアドバイスとしてできることになると思います。
そうした大きな方向性への歩みが成熟するごとに、「職場における親交」といったファジーテーマどう向かうかへの自分なりの答えも、出せるようになるでしょう、と。
今判断が難しいものについては、上述のように、可能な範囲でやってなんとかやり過ごすしかない、と。

ご検討頂ければ^^。

なお
>具体的行動場面のご相談です。
とのことですが、5つも6つも出てくるようになると、やはりまず基本的方向性指針になってきますね。まずそれを踏まえどう考えられますか、と。
正真正銘具体的場面の話については、1つか2つに絞って頂くと、またより具体的なアドバイスができるかも知れませんね^^。
ただそれもやはり、基本方向性話を抜きにしてどんな話になるかは、何ともですが・・。


 
Re: / こたろう 引用
No.1236 2017/01/29(Sun) 17:03:09

可能な範囲で行ってやり過ごしているな、と思われながらなんとか
会社にいくという事ですね。

親交がなくてもまずは仕事上にやりとりができるようになる、
という事ですが、それは相手もその姿勢があってこそ成立する話で
あって、相手は個人的親交がないとやりづらそうなんですがね。
実際裏で色々言われてますし。

仕事上のやりとりだけできればいいと思ってるのかあいつは、とか。

どう考えてもそっちの方が一般的だと思うんですが・・・。


後は、感情ですよ。結局人は感情を見てますよ。
行動を、とかいいながら、行動の裏にある感情がどうだとかそんな
噂話ばっかりです。感謝の気持ち、思いやりの気持ち、他者への最低限の愛着、
そういうのが見えない人間は徹底的に叩かれてますよ。
そんな話聞かずにいればいいなと思いますけど、飲み会も最初は義務ですし。
なんとか作った外面を「社会行動」として
人が見てくれる事を期待していますが、結局人は仕事にも私情を持ち込んでますよ。


やりますよ。仕事ですから。でもあからさまに嫌悪感や緊張感を示されますよ。
やっぱり。


 
Re: / しまの 引用
No.1237 2017/02/01(Wed) 06:38:17

>可能な範囲で行ってやり過ごしているな、と思われながらなんとか会社にいくという事ですね。

「業務そのものについては申し分ない」という高い評価獲得できることを、まずはぜひ目標にすると良いと思います^^。
交友についてもまずはできるだけ前向きに^^。


 
Re: / こたろう 引用
No.1239 2017/03/14(Tue) 09:13:29

前向きな気分は全て、自分の全体の表面で
こねくりまわしているだけで、そこで
浮かぶ思考も全て、外から借りてきたもののよう。

その下には抑え込まれた広大な広さの
怒り、虚脱感の自己がある。

その自己に触れると、外面行動、態度と
して前向き、最低限の明るさを保てなくなる。

基本は怒りとその抑圧。

怒りには、自分をこけにした、、、
つまりいうと、自分は優先的好意を受ける
権利があるので、それを妨げた他人への
復讐という意味合いが含まれていて、
自覚をした上で外面に対して全く表出を
しないというのは、プライドが傷つく。

だから、全力で抑え込まないといけない
という従属的自己の切迫性と、対等な関係で
感謝を持ち、人間関係を作るのだという
建設的自己が、懸命に怒りを押さえ込む一方で、復讐の自己、卑下的になる事を絶対に許さないとする自己は、少しばかり現実に
その態度を表出する事によって、暴走する事を防いでいるという状況があります。

外面では建設的である事、相手に対して攻撃的な態度を取らないようにしている
のですが、それは自分さえも欺き、冒頭で触れたような表面でこねくり回した
自己像に入り込んでいる時にしか徹底できず、
その奥にある「人は自分が何をしても許すべき。何をしても好きでいないといけない。」という感情をありありと自覚すると、その部分に若干の譲歩をして、行動が
揺らいでしまっています。

具体的には、仕事等で指導を受けている際に、感謝の言葉を述べつつ無表情で
あったり、内容が理解できない時に、もう少し詳しく教えてもらえませんか、と
いった言葉に「あなたの教え方が悪い。なぜ自分が下手に出なければいけないのか?」
といった態度を、相手に気取られるか気取られないかくらいの強度で表現したり、
という感じです。

徹底できないのは価値観選択ができていないからだろう、と思っていましたが、
攻撃的自己が暴徒化することを防ぐために、ギリギリの線で幻想を保つために
行動を表出しているという状況が振り返るとありました。

もちろん、それで人間関係がうまくいくはずもなく、
ある方は僕に近寄ると体が緊張し、声が上ずり、一刻もはやくここを去りたい、
といった様子になります。そして特に自分のその「怒り」「誇り」の部分は、
それに激怒を示し、
「相手から、教えてもらう立場なのだからと卑下的で誠意のある態度を要求されている。自分は関わりづらいと周りの人に伝聞しているに違いない。そんな人間に誠意を
みせるなどプライドが許さない。」
となり、ぎりぎりの線で「怒りや相手への見下し」を表出しない外面印象を
作るも、やはり相手の緊張や声のうわずりが見えてくると、怒りがどんどん膨張し、
目だけは挑戦的な態度を示したり、「はい」という返事に無機質さを含めようと
したり、といった外面の態度への表出がどうしても起こってしまいます。
これも、懐柔策であり、怒りの部分が暴徒化してどうしようもなくなるのを
防いでいるのだと思います。

自分の場合は、内面感情を流しながら態度として違うものをとるという事が
どうしても不可能なようで、その時間だけは自分は「神経症的な心など持っていない。」
という風に自分を思い込ませないといけないようです。

さもなければ、本当は相手を存在してもしなくても構わない、小さな虫のような
存在としてしかみていないのに、まるで一般的な他人が他者へ抱くであろう
「尊重」といった態度を大嘘として今まとっている。
という自己認知に耐えきれず、行動の態度に必ずほころびが出てしまいます。


 
Re: / こたろう 引用
No.1240 2017/03/14(Tue) 12:43:52

そしてその回収、という部分でも困っています。

外面においては、すでに、あからさまではないものの、
敵意、離反によって、仕事の話をする際に非常に気を遣われるところまでは状況が悪化しています。

また、馴染め馴染めと言っていた上司も、
なかなか変わらない自分に愛想を尽かしたのか、
ほとんど触れてこなくなりました。

仕事を振らなければならないのに、
周囲が気を遣うために、誰と組ませたらいいのか
困惑されているという話も聞きました。


イメージでは、
「本当にはじめの頃は付き合いづらかったよな」と
それが笑い話になるいつかを空想してばかりです。


仕事の内容は自分で学習して身につける、と思うのですが、
自社の製品のため、直接製品の事について尋ねない事にはわからない事がたくさんあります。


そしてそういった話を、自らの業務の傍ら
教えてもらうためには、やはり個人として、
仕事の質問だけして心が篭ってるのかわからない感謝の言葉を述べてそそくさと去るような関わり方ではなく、相手を理解し、本物の感謝が感じられるような人間関係がないと、難しいと思うんです。


やはり壁となるのが、
優先的好意を得られないと怒るという
自己である事は明らかですが、
現在はそこに譲歩をしないと、
しばらくは友好的な態度を取った後に
急に相手を避け始めるという状態になってしまいます。


選択をしようとすると、むしろその部分が
燃え上がり、現実を徹底的に破壊する、つまり
もっとあからさまに不機嫌な態度を取ったりする、
という方向に飲み込まれそうになります。


 
建設的感情の想定^^ / しまの 引用
No.1242 2017/03/20(Mon) 10:35:07

>優先的好意を得られないと怒るという自己である事は明らかですが、現在はそこに譲歩をしないと、
>もっとあからさまに不機嫌な態度を取ったりする、という方向に飲み込まれそうになります。

非建設的感情力づくで押さえ込んだり、譲歩(?)して調整といった姿勢では克服できないと思います。
建設的行動法は、あくまでその支えとなる建設的な感情あって成り立ちます。

まずはそうした全く別世界建設的感情想定できるかどうか、からになるかと。
まずは、実感は持てないこうした感情もあり得る、という想定から。そして、そうした感情であればこうした行動ができるかも知れない、という行動法想定へ。そこまでできて、非建設的感情について「ただ流す」というのが可能になってきます。で、なんとか踏ん張って建設的行動へ。
そこからやがて、建設的行動法実践積み重ねを通して、建設的感情の方が優勢となり、心の片方非建設的感情流れるのを、もはや踏ん張るような努力必要なく流せるようになる。そしてやがて、非建設的感情心の根底から、その存在を消え去らせていく。
年単位積み重ねになります。

そうしたものとして、たとえば「孤独を受け入れる」「匿名性において生み出す」といった姿勢をしている次第です。
検討してみて頂ければ^^。


 
Re: / こたろう 引用
No.1248 2017/06/16(Fri) 21:02:35

お久しぶりです。
人間関係については、上記の状態からほとんど進歩がなく、
非常に苦しい状況が続いています。

「みんな優しいのに質問にこない」
「まだ何かを共有した関係になれていない」
「自分はおとなしいタイプだからって殻に閉じこもってる場合じゃない」

こういうことを言われてばかり。

それでも、仕事は与えていただけるので、
周囲の和やかな人間関係からうまれる他愛のない雑談を
聞きながら、心はものすごい緊張感の中、
仕事をしてきました。

常に軽い頭痛、腹痛の中仕事をしているため、
効率は非常に悪く、それもひとつの問題になっています。

しかし、さらに状況が辛辣なものになりそうです。

社交的で出来る同期が、同じ部署に来ることになりました。

僕が一年かけてほとんどつながりを築けなかった周囲の方と、
おそらく一週間足らずで打ち解けると思います。

加えて、その同期は同期から距離を置いていた僕にも、
割と積極的にかかわってくれている人でした。

しかし、遠方に配属になったため疎遠に。

というよりは、僕はただ「舞台」をこなしていただけであり、
やっぱり内面には好意など微塵もなく、
本当は相手への敵意が渦巻いています。
彼との関係も、同期が分散する最後に、
長期的な人間関係を築くことから開放されるという
勢いで、社交的に振舞っていたごく短期間に築かれた
薄氷の上の自己像によるものでした。

しかし、短期間だった同期での研修から長く時間がたち、
その後同期の集まりにも行かない僕は、
「舞台」を演じることに行き詰まり、部署では「コミュニケーションのとれない」
「一言話しかけるのにも部署の皆が気を遣う」という客観的な印象の人間になってしまいました。

部署の人たちには、研修期間の同期の集まりに行かない自分、会社の飲み会を欠席する
自分は、まだ知られていません。

おそらく「部署でも人と交われないけど、同期でもやっぱりそうなんだ。」

と認識され、

同期には「同期とも交われないけど、部署でもやっぱりそうなんだ。」

と認識されることになると思います。


そしてそれは僕にとって、もう誰にも話しかけられないという
状況になるんです。

上記の認識がされたらもう心が相手に大して前向きな感情を
一切湧き上がらせられなくなります。


終わりになるなと感じます。


 
「外面・内面・前進」の取り組み実践^^ / しまの 引用
No.1249 2017/06/20(Tue) 13:55:49

実践の進め方「外面・内面・外面」の3段階などと説明していますが、
(辞典 実践1-2 「取り組み実践」の進め方 -  「実践」の基本的な進め方/「外面・内面・外面」の3段階ハンドルさばき
「外面・内面・前進」とも言えますね。

上の話要点としては、

外面・・・人に指摘されたことなどで(もちろん自分で把握する問題でも^^)、具体的改善あり得るものについてじっくり着実取り組む
>「みんな優しいのに質問にこない」
など。

内面・・・阻害度の大きな問題から、価値観取り組み自己分析向き合う。
阻害度の大きな問題というのは、まずは「怒り」「敵意」など破壊攻撃的な感情ですね。それを抱えていると、いくらでもそれが火種になって感情動揺蒸し返されていきますので。
>本当は相手への敵意が渦巻いています。
といった部分
自分なぜ怒り敵意持つのか。その根底にある価値観どんなものか。その価値観の変換どうあり得るのか
同じような動揺でも、敵意抱くままの動揺と、敵意なしの動揺大分違うものになります。後者いずれ根本解消向かうのがかなり大きく望める

前進・・・自分この人生仕事どのようなものとして向かうか自分適性能力自分どう捉え、どう生かすか。それともとにかく収入のために、少々のことには目をつぶるか。

具体的な個々テーマについては、僕からすでに言い尽くしているかと思います^^。まずは上記視点確認から、僕からのアドバイスだとどんなことだったか再確認などしてみて頂ければ。テーマ指定頂ければ個々に再度説明可能かと思いますので^^。

なによりもまず、「こう見られる」「こう扱われる」という受け身一辺倒の思考から、「自分としてはこう考える」「自分としてはこう行く」という自己起点自己能動の思考にするのがスタートになると思います。
そこから、上記視点などでじっくり取り組んで頂ければ^^。



久々の経過報告 / 引用
No.1238 2017/03/03(Fri) 14:31:00

お久しぶりです。
今年に入って以降、自分の予期せぬ形で価値観について切り込めたので、ご報告いたします。

私の対人関係の中で、以前「仕事中に柄の悪い連中に目を付けられやすい」事などのご相談をした事がありますが、それ以外にも、比較的面倒な方々に懐かれやすく、振り回されやすい時期も少なからずありました。
そして、また最近SNSにおいて同じような目に遭い、結局こちらが接していくのは無理だと感じて突き放したのですが、何故このような懐かれ方をするのか・・・と自分の傾向に疑問を感じ、改めて確認をしてみました。
結局は「自分の心や体がどう動いてるのか」について、完全に見えてなかったのが原因ですが、それまで無意識に、自分に対して「辛そうにしてる相手の事を分かってやらないといけない」という圧力を掛けている自分があり、そしてその奥底に「親の辛さを分かってやろうと必死になってるのに、イジメなどで辛かった自分の事は親から分かってもらえず、慰めも何も無しに、優等生の模範解答みたいな上っ面のアドバイスしかくれなかった」という学童期の自分の辛い感情があったことに気付きました。その影響で、内面の奥底では、思い切り「分かり合い認め合う」側に居たなあと。
その圧力によって不本意な人に思わず声を掛けてしまい、挙句に振り回されてしまうのだ、と結論付けると、肩の荷がどこかで降りた気分でした。
「私はメンタルヘルスの専門家でもないし、そういう方々が辛そうにしていても、自分の足で立って歩くことを期待すればいい。身内でもないのだから、私が何かしてやる必要は無いのだ」と。

これによって、本当の意味で「未熟な愛」からの抜け出しに向けて、かなり前進できたように思えます。
今までの私の問題自体が、どちらかと言うと自尊心寄りの問題だと思い続けていたので、想定外の結果ではありましたが。

その後の自身の様子も、かなり予期せぬ形になりました。
結局前回のご相談の後、しばらくすると、アドバイスを受けた行動法に則って仕事をしているにもかかわらず、やはりガラの悪い連中に目を付けられ続けることは変わらず、完全に嫌になって仕事では精一杯手を抜いてたわけですが。上記の愛に関連する項目での変化が起きてしばらくすると、仕事に対する嫌悪感が多少減ってる自分に気付きました。とは言え「また訳の分からん連中に目をつけられたら・・・」という不安は、特に治安の悪そうな週末深夜の作業において強く残っていますが。
想像の域を出ないですが、上記の変化で自立の意志が明確になったのかも知れない、とも思えます。
変化があった直後にまた「ハイブリッド人生心理学の取り組み実践・詳説」を一読し、それに沿ってアレコレ思考したのもプラスになったのかも知れません。

更にブログの記事の中から「感情を鵜呑みにしない」ことについて読み漁り、以前に比べて内容に対する納得感が多少増したように思えます。
「感情と行動の分離」については、ご説明通りの事がどうしても出来ない状況がずっと続いてましたが、ようやく、自覚した動揺場面で試してみようかというレベルにはたどり着けた気がします。
かなりノロノロした進み具合ですが、スタートラインにようやく近づき始めた感じではあるのかも知れません。

今後は「愛を求めずに人に向かっていく姿勢」を意識しつつ、「感情と行動の分離」に関して、より理解を深めていこうと考えています。


 
「愛」についての「心の依存から自立への転換」^^ / しまの 引用
No.1241 2017/03/16(Thu) 11:30:17

>かなりノロノロした進み具合ですが、

まあ取り組み人生そのものですので、急げば先にいけるわけでもないですので^^。
に、今どう自分の人生の前進に向かうか、ですね。

>今後は「愛を求めずに人に向かっていく姿勢」を意識しつつ

『入門編下巻』の以下などの話になりますね。「9章 愛への道」P.281)
========
 今まで、人の愛情や温情を得てから、「活動」が始められると考えていたかも知れません。働くことも。遊びを楽しむことも。買物をすることも。そんなものとしての「愛」への高い意識を持つことが、自分の支えであるかのように感じていたかも知れません。
 しかし愛を遠ざけたのは、まさにその姿勢だったのかも知れないのです。そのつながりを、私たちの意識は捉えることができないような形で。
 見えてくるのは、それとは全く逆の道です。愛がないところにおいて、行動していくのです。そのための具体的な考え方を、建設的な行動法と社会を生きる知恵とノウハウとして学ぶことができます。
========


「愛がこうあるべき」という意識守ることが、自分の中人への愛生み出すための死守線のように感じていた。それとはまさに全く逆の姿勢こそに、自分の中人に向かうための愛生み出すことが見えてくる。
「心の依存から自立への転換」関連する、大きな転換になると思います^^。

さらには、「ガラの悪い連中」「訳の分からん連中」という感じ方そのものについて、それは何をどう感じていたのか、別の感じ方はあり得ないかなど、検討できるかも知れませんね^^。



怒りにつてい / green 引用
No.1220 2016/10/06(Thu) 20:14:56

怒りについて質問があります。他人から不当な扱いを受けて苦しみを味わったと感じた時に、その相手に対し怒りを感じ、その相手が不幸になることを願う気持ちになることが時にあります。その状況を分析すると、自分は正当に扱われるべきであるという欲求があり、それが理想となって、その理想を守ろうとしているように思います。またその守られるべき理想に従わない他人は罰を受けるべきだという思いがあるように思います。この理想に対し、怒ったところで変わることのない不当な扱いを受けたという現実があります。自分がどんな理想を持とうとも、それとは関係なくお互いに傷つけ合ってしまう不完全な現実があります。現実というものが圧倒的な力で全てを包み込んでるように見えます。理想を手放し、その現実の流れに委ねることが、怒りを手放すことであり、神になることをやめることではないかと思いました。理想を持っていることを認識し、それを持つことの不合理さを理解し、現実を受け入れることで怒りを感じることによる苦しみから解放されるのではないかと思いました。このような考えはハイブリッド心理学的に正しいでしょうか?


 
まず具体的な思考法行動法への取り組みから^^ / しまの 引用
No.1225 2016/10/13(Thu) 07:40:26

>理想を手放し、その現実の流れに委ねることが、怒りを手放すことであり、神になることをやめることではないかと思いました。理想を持っていることを認識し、それを持つことの不合理さを理解し、現実を受け入れることで怒りを感じることによる苦しみから解放されるのではないかと思いました。

う〜ん、ただ理想を手放すことで怒りを手放すというのは、神になろうとするのをやめるというより、積極的な前進全体捨ててしまうような・・^^;
「理想」持つこと自体不合理ではないと思いますヨ^^。「前進の方向性」なるものだと思います。

ハイブリッド心理学での「神になろうとするのをやめる」というテーマは、一言で、「未熟」「弱さ」基盤にして人間が抱く、深層意識レベルでの「神になろうとうする衝動」を、「真の強さ」の獲得足場にして、一種「悟り」のように、その深層衝動気づき捨て去るといった、結構難解な話であるのが実情です。

まず「未熟」「弱さ」脱する成長全版の歩みだというになりますね。深層衝動への悟り取り組み先立ち思考法行動法などの具体的な取り組み重要になります。


>他人から不当な扱いを受けて苦しみを味わったと感じた時に、その相手に対し怒りを感じ、その相手が不幸になることを願う気持ちになることが時にあります。
>自分がどんな理想を持とうとも、それとは関係なくお互いに傷つけ合ってしまう不完全な現実があります。

どんな悩みなのか、その具体的内容を言って頂ければ、まず思考法行動法レベルでの具体的アドバイス返せるかと思いますので^^。


 
Re: 怒りにつてい / green 引用
No.1227 2016/10/16(Sun) 21:03:49

掲示板に書き込んだときは、怒りと憎しみの感情に心が覆われていて、その心の状況を見たときに、見えたものを書き込んだ次第です。今は怒りと憎しみの感情が落ち着いて来たので、思考法行動法は建設的なものを選ぶことができそうです。具体的な内容はなかなか書きづらい面もあり、内面の状況のみを書きました。感情的なものは結構、生理的な面があると思います。その生理的な面が落ち着いて来たのではないかと思います。
外面的な状況は、自分がまるで嘘をついたり他人を利用したりしてより良いものや立場を得ようとする人であると思われ、そのような内実の共わない見せかけだけの変わり者で価値のないようような人間として扱われるような状況です。誇張や推測が入っていますが、ざっとこんな感じで、見下されたり敵対的な態度で扱われるという状況です。恐らく多数の他人が自分について持っているイメージが全く身に覚えのないものであるという感覚です。それらの感覚が自分の内面の投影である面も多々あることはわかるのですがざっとこんな状況です。そんな状況下にかなりの長期間置かれている感じです。これまで怒りを感じたり自分に問題があると思ったりを繰り返しております。


 
「人の目」への惑いを超えた「現実において生み出す」という歩み^^ / しまの 引用
No.1229 2016/10/27(Thu) 10:27:11

2つの話できるかと思います。

1.自己内面の「投影」「外化」を理解する

>恐らく多数の他人が自分について持っているイメージが全く身に覚えのないものであるという感覚です。それらの感覚が自分の内面の投影である面も多々あることはわかるのですがざっとこんな状況です。

確かに、「投影」である多々あると思います^^。
特に注目したいのは、「全く身に覚えのないものであるという感覚」という部分ですね。心理学的に、かなり奇妙なこと起きているらしいものとして。
つまり、「恐らく多数の他人が自分について持っているイメージ」とは、greenさん心の中で抱く空想であり、外部あるものではない。よって、それが「全く身に覚えのないもの」あることは、あり得ない。というになるかと。
この理屈よろしいですかな。つまり「恐らく多数の他人が自分について持っているイメージ」とは実は自分自身が自分について抱くイメージの中で、人に抱かれることを怖れるものだ、という。もし本当に身に覚えさえないものなら、そもそも他人がそんなイメージを自分に向けているという発想さえ、しようがない、という
まあそれが「身に覚えのないイメージを他人が自分に向けている」という空想なるとは、その自己イメージ否定しようとする「抑圧」それだけ強いのだろうと、心理学的には解釈されるものになるかと思います。

「空想」と「現実」を見分ける

ということで、アドバイスが大きく2つになってくる次第です。
まずは、今言っている「投影」「外化」であることの確認
これは作業としては、そうであることの確認というより、に、他人が自分にどんなイメージを向けているかを示す客観的事実どのようにあるのか確認です。
つまりまあ、実際に何か言われたのか、というですね。
そうしてまずは、何が空想であり何が客観的事実なのかの、区別をしっかりとすることですね。

そうして
>そんな状況下にかなりの長期間置かれている感じです。
というのがそう空想しているというであれば、「怒り」不合理なものとして、多少鎮まるのでは、という

2.新しい生き方姿勢と行動法への視野

もちろんそれであとは気にしないように、という消極安直ではなく、根本的克服は、対人姿勢対人行動法そして人生への姿勢といった全てにおおいて、現状のものとは違う、新たなものへの視野をいかに持ちそれに向かうかある、と言えると思います。
つまり単刀直入ぶっちゃけた表現をするならば、こんな話。
基本的に人の目目当ての生き方をしているからそうなる。それとはまったく異なる、「現実において生み出す」という対人姿勢、対人行動法そして人生の前身への視野を持ち向かうと良い。
といったもの。

まあそう聞い「人の目目当てに生きているつもりはない」お感じになるかも知れませんが、まさにそれ「抑圧」だとは言えるかもしれません。
そもそも我々人間は、人の目の中で生きる存在であり、自分の行動の仕方がどう正しいかを、最終的には人の目によって判断できる存在だと言えます。
しかしそこで、人の目に悩み惑い、自分を見失っていく者と、人の目に揺らぐことのない自己を築く成長へと向かう者がいる。この違いか。
その違いとは、自分向上させるための方法として、人の目に高く見られるであろう自己イメージを自分に当てはめ強いるという方法を取ろうとするものと、ありのままの自分を原点として受け入れ地道で着実な一歩一歩の向上に向かおうとするものとの違いだ、というのがハイブリッド心理学考えです。

惑い動揺を込みにした前進

前者は、「こんな自分に・・」という焦りとストレスさいなまれるのみではなく、「偽りの見せかけ」に向けられる他人からの白い眼の感覚苦しみ、やがて、こんな自己理想など持たないのがいいのかという疑念から、人生そのものへの不明へと陥っていく、というのがかなり典型的な流れになります。
後者まさにその正反対・・という安直なものではないのがまさに理解のポイントになります。つまり「ありのままの自分を原点として受け入れる」とは、前者の状況を原点として受け入れて一歩一歩の向上に歩む、ということなのですから。
つまり、自己理想を自分に押しつける焦りストレス、そして偽りの見せかけへの他人からの白い目への怖れといったものの存在を、認め、受け入れることを込みにして、一歩一歩の向上歩む、のが後者になるということです。そうしたものを、人それぞれの程度において免れないのが、我々人間「未熟」からのスタートなのですから。

そうした歩みとしてあるのが、「内面感情はただ流し理解し、外面行動は建設的なもののみ行う」という「感情と行動の分離」に始まるハイブリッド心理学取り組み実践だということになります。

料理名人になるためには、「愛情を込めてつくる」なんていう精神論ではどうにもならず、何十という食材について学び何百というレシピ考え何千実際調理体験積む、ということになると思います。
それと同じように、「こんな自分」という焦りストレス人の目への怖れドツボにはまるのを踏みとどまりながら、「こんな自分」という自己理想捨てることなく、やがてはそれに近づくことも視野入れるような、生き方姿勢行動法学び実践は、こんな場面ではこれがベストでは?といった何十パターンもの学び模索、そして何百という生活と人生の体験積み重ねによって、というものになります。

「現実において生み出す」

ここまでハイブリッド心理学のご紹介段階であり、実際の取り組みは、より具体的な場面内容ごと詳しい話になってきます。
それでも、多少状況を想像して、大きな方向性として言えること書いてみましょう。

考えられるのは、

>外面的な状況は、自分がまるで嘘をついたり他人を利用したりしてより良いものや立場を得ようとする人であると思われ、そのような内実の共わない見せかけだけの変わり者で価値のないようような人間として扱われるような状況です。

との文章省かれているものとして、「フレンドリーさや親切さの人間を演じて」というような言葉当てはまるのでは、というものです。
そこに、「偽りの見せかけへの白い目」といった怖れ感覚生じ得る
「理想」書いておられるものも、そうした「人物像」「人物印象」の理想ではないかと思います。

ハイブリッド心理学取り組み実践では、まずそうした「人物像」としての「自己理想」「人の目イメージ」などは、「ただ流し理解する」という内面感情側位置づけます。
そして外面行動側では、新たな行動法として、「ハーバード流交渉術」などの「行動学」学び、実践の模索をすることを行います。
「行動学」ポイントは、まさに「人物を問わない」ことにあります。人物印象の良さによって得をするというのとは別世界の、行動法そのものの洗練によって最善の結果を現実において生み出すことに向かう、心の世界知るのです。

この、内面理解外面行動法両輪に、自分の人物像を意識することなく、やがては自分の人物像を可能な頂点にまで高めるであろう歩みへと向かう何年もの歳月をも通してです。
そこでは同時に、「嘘をついたり他人を利用したりしてより良いものや立場を得ようとする人」と見られるなんて懸念など微塵もなく消える、自分自身によって価値を生み出す形での、大きな人生目標定めるといった出てくるでしょう。

「神になろうとするのをやめる」というのは、そうして「現実において生み出す」という歩みで、「真の強さ」知り獲得することを足場に、「弱さ」基盤にして意識深層人間が抱く「神になろうとする衝動」をに気づき捨て去るという「悟り」のようなものになる、というのがハイブリッド心理学考えです。

ざっとそんな話になりますね^^。
「行動学」については、アドバイス良く出るテーマなので、最低限の情報へのリンクなど
『辞典』 - 行動学
載せていますので参照頂ければ。より豊富な説明情報へのリンクなど今後整備していきますp(^^)q

あとは前アドバイスの通り、具体的場面内容に応じた具体的アドバイスご希望であれば、また新規トピックなどで何なりとご相談頂ければ^^。



「問題の起き始め場面」 / 治男兄さん 引用
No.1224 2016/10/12(Wed) 12:50:41

問題の起き始め場面は何であったか。
全ての始まりは、「私悪い事をしてる」というこの短い一通のメールからです。
当時は何を言っているか分からず、私の不倫がその理由と理解し、そんな事はない、
相手の女性も離婚暦があるから、理解してくれていると思い込んでいた。
その後も何度か夕食を共にしたが、あの忌まわしい発言があった。
聞こえない振りをして、一人になってからずいぶん考えた。
「私貴方の前から消える」と小声で言った事もある。これも聞き流してしまった。
全ての根源がここにあると考える。
1月1日の元旦に朝から近くの海の見える場所に行き、昼食を食べた。
愛していると言うと何故か顔を左右に振る。何の意味か聞く事を怠った。
彼女は夕方になるとそそくさと帰ってゆくのが通例だった。
それ以降、あの忌まわしい発言が頭から離れず、1週間くらいメール連絡はしなかった。
2週間後か1ヵ月の間少しのメールに対しても返事が来なくなった。
メールの着信拒否をしていると思った。相手が全く連絡してこない事も不愉快に思い、
「嫌いだ。カス」などというメールを送った。ごく一時的な感情だが、相手には応えたと
思われる。2月に入ってからと思うが、電話連絡をした。
メールの拒否はしていない事が分かった。また、嫌いだ、カスが私の本心だと勘違いして
いた。これも後で分かった事だが。なぜ嫌いだなどというメールを送ったかというと
ここでは書けない極めて不愉快な忌まわしい発言を私に投げかけて知らん顔していたから
という理由だが、その事を伝える事が出来なかった。これにも重大な問題があると思う。
それ以降は、私が好ましいと思う写真などをメールで送るなどして、割と普通のやり取り
があったが、「貴方ならすぐ彼女が出来る」「ずっと引き止めるような事してるね」
というメールが来るに至り、全く私に愛情を感じていないような、当たり障りのない
ことだけ返信してくるようになった。そして、「何度もメールで言ったように、家族を
大切にして」というメールがあった。何度もというが、これが初めてのことだった。
他の男とのやり取りを間違えて私に送ったと勘違いしていたらしい。
この半年程度の期間、全てメールだ。
あまりに気になったので、電話した。普通に会話して、大丈夫なんだね、元気なんだねと
確認した後電話を切ると、「もう電話しないでください」というメールが来た。
全く、何が何だか分からなかったから、それからもメールで何度もやり取りしたが、上手に逃げてゆくというかあしらっているのが分かった。ますます、不愉快と不安でいたが、結局「自分勝手で卑怯でインチキで人非人だが、そんな君を愛した」というメールを送った。
怒り心頭に発したのだろうと思われるが、さよなら、約束は破棄しますというメールが来た。
私は、分かっていればよろしい、約束は破棄しないというメールを送った。
その後半年位して、私の身近にいる方々と夕食をとっている事が分かり、私にもメールが
来た。「お久しぶりです。とりあえずメールが来たから。私メールはしません」という
メールが来た。頭にきたので、どうして奴らに会えるのに俺には会えないのか、私を
陵辱するにも程がある。奴に小さな小瓶の芳香剤を送ったのは何故か、恋人なのかとメールを送った。
その相手が二股の相手である。
それ以降、着信拒否・メール拒否となった。
それから長い間考え続ける事となった。今年に入って、二股を掛けられていた事を知った。
そして、様々な言動に全て辻褄が合った。そのころ、全てが分かった。責めたりしないから、会話しませんかと留守電に残した。
固定電話なら繋がったから数回連絡したが、連絡は全く来ない。電話番号も変えられた。
彼女が私を勝手に分かれた事にした時点が、私悪い事してるという時期と一致し、回りから少しの情報で二股が発覚し察しがついたという状態だった。
全てが分かって全てがとっくに終わっていた事が分かった。
ちゃんと会って話してくれという私の願いは最後まで実現できなかった。


 
「愛を育てるための心のルール」^^ / しまの 引用
No.1228 2016/10/20(Thu) 11:10:11

より早い時点での対処行動

>全ての始まりは、「私悪い事をしてる」というこの短い一通のメールからです。
>「私貴方の前から消える」と小声で言った事もある。これも聞き流してしまった。

この辺確か問題始まり時点という感じはありますね。一方後の方は、もう始まりというより泥沼段階のような^^;
あとその始まり段階にしても、実はもっとさらに以前に、互いの関係がスムーズでないことに気づける時点あったのではと想像いたします。
いずれにせよ、より早い段階で、自分がもしこういう行動法をしていれば、より良い方向へと事態も動かせた、というものを自身で考え得るようになるのが、取り組みになると思います。

ごく単純な話、
『「問題の起き始め場面」に取り組む^^』 しまの No.1223 2016/10/11
での
1.連絡拒否などの仕打ちを回避する行動法・・・「相手を変える
一つの方法とは、相手に脈がない察知した時点で、先手を打ってこちらからは連絡しなくする、といった行動法を取れば、まず連絡拒否されることもない、といったがあります。まこっちから連絡しないのなら相手にとっても連絡拒否する手間不要というですね^^;
でもそれでは、可能性もあまり育てられない消極一辺倒ですので、よりバランスの取れた指針として、ハイブリッド心理学から言えるものをお伝えしようかと思います。
なおそうした消極策のようなものも、「行動法バリエーションの思考」というとしては、あらゆる候補を考えつけることが重要だというになると思います。


「愛を育てるための心のルール」

ということで、よりバランスの取れた指針を、「愛を育てるための心のルール」としてお伝えしようかと思います。

4つほどあります。関連資料へのリンクなど整理するのも読む方も大変(^^;)と思いますので、ここではごく簡潔ポイントを書いてみます。

1.相手への行動は肯定的なもののみで構成する
恋愛交際などに限らず、これがハイブリッド心理学からの対人行動法全て指針になります。「それは駄目だ」と言うのではなく「こうするといい」と言う行動法であり、誘われて断る際には「行きません」ではなく「(他のことを)これをします」という行動法です。生半可なものではなく、「ハーバード流交渉術」など高度な行動学学び重要になります。

2.愛と似て非なる感情を見分ける
愛ではない感情を愛だと思い込んで行動することが、まさに愛を破壊します。まずはそれを見分けることが重要になります。
ただ性愛欲魅力ある相手「所有」あるいは相手「所属」したいという生活上の世話お金など良くしてもらうことへの。そして「プライド」というのが絡んで破壊的役割演じます。相手に拒否されたことが、欲が満たされないフラストレーションと、プライドを傷つけられたという怒り結びつき憎悪へと膨張するというのが典型的流れです。
この克服のため、欲は欲自覚すること。そして「自尊心」相手にどう扱われるかではなく、自分がどう自らを幸福にする能力を持つかという、自律的なプライド姿勢変えていくことが重要です。

そもそも「愛」とは、「一体化」へと向かう感情全てであり、生命現象のレベルとしてあるものであり、人間の薄っぺらい「意識」納まるものでない、というのが一言ハイブリッド心理学「愛」へ思想です。
頭で「愛とは何か」と気難しい思考を繰り返すよりも、以下のような指針の下で向かうことによって、人生を通して「愛」何か分かっていき、心を惑わすものから心を豊かにするものへと変化していくであろう、と。

3.相手との関係は「相手を好きでいる感情」ではなく、「相手とどう生活を共にできるか」によって築いていく
を、外面行動としては「喜びと楽しみの共有」として向かうもの位置づけます。
これと対照になる非成長形は、「愛していればこうするべき」というものであり、プライド愛の名の下に膨張させ、やがてどちらかが耐えられず破壊的結果向かうというのが、やはり典型的です。
これは上記1.肯定的行動というのと手をつなぐものになります。相手への行動肯定的なもののみとし、相手が喜ばない、楽しめないのであれば、その行動相手に強いない

この指針結果相手との関係は、相手をどう好きかの感情によってよりも、現実的に相手とどのように「生活を共にできるか」によって築くものと位置づけます。どんなに好きな相手でも、現実生活上一緒にいるのが成り立たないものがあれば、その現実愛の名の下に目をつぶることはしないように、と。

一つテーマ加えておけば、「愛している」と相手に言うことは、上記指針からは良い悪いどっちとも言えないものです。文化的性格的に、そう言い合うのが嬉しいのであればそうする良しそうでない場合無理して言うものでもなし安易に「愛している」という言葉は、欲とプライドその言葉の下に隠すものだという批判を、免れないこともあるでしょう。
ちなみに・・とまあどうでもいい話ですが、「愛しているとは言わない派」です^^;

4.相手を好きでいる感情の中の最も純粋なものを、自分自身の心の中で守る
そうして「喜びと楽しみの共有」そして現実生活共有なり得ない場合は、無理に相手と共にいようとすることをやめるという選択肢提示するものになります。これは孤独を受け入れるということでもあります。
それでも、相手を好きでいる感情は、心の中で開放し、守ることです。どのように好きなのかに、とことん向き合うことです。
これが、愛の感情最も純粋なものにし、豊かな感情へと変化させていきます。そして心が豊かになると、行動の幅広がる。そして再び、相手に対して外面行動として何ができるか、新たな自分向き合いへ、という流れになります。


恋愛交際における「引き際」^^;

取り組み実践としては、
@基礎科目:上記「愛を育てるための心のルール」理解納得への向き合い
A実践科目:今回のケースで、どのようにより早い段階でどう対処できていたら良かったか検討
というものになると思います。

まあまずは、引き際のスマートさ、といった話にはなるかもしれませんね。
相手交際継続を望んでいないことを感じ取った時点で、どんな問題があるのか、ごまかさずに、誠実そして真摯に話し合い、良識的な結論を提案し、そして合意を得ることです。もちろん、相手への思いやりも大切です。
その内容は、「愛を育てるための心のルール」への理解納得得られるほど、よりスムーズなものになると思います。それは相手からこちらへ信頼にもつながり、一定の冷却期間を置いた後、再び交際へと結びつくといったこともあるかも知れない。

まずは「愛を育てるための心のルール」への理解納得が、結構大変な話なるかと思います。
ハイブリッド心理学から言えるのは、そうしたに、に言った、「愛の感情を最も純粋なものにし、豊かな感情へと変化させる」といった心の情景がある。あらゆる惑い凌駕する感情として。というところまでです。その道行くかどうかは、もう各自の選択だ、と。「愛」について、別の考え方、別の道もあるだろうが、それについては何も言えない、と。

ということで、上記@A実践として、検討してみて頂ければ^^。



囚われの心 / 治男兄さん 引用
No.1216 2016/09/16(Fri) 11:18:03

どうしてこんなに長く心が囚われたのか考えた。
自分の良心・倫理観・考えは両刃の刃となり自分と他人を傷つける。
3年半苦しんで事実や相手の気持ちが分かると、それまでの熱病のような囚われの気持ち
が徐々に解放される。分かってみると、本当にちっぽけで無意味な時間を費やしたと
徐々に冷静にしてくれる。
これまでの相手の発言は、無意味で何の正統性も無い。
全部分かったと伝言を残してよかった。相手は全く私の事を気にしておらず、悪いと
思っていたけれど嘘をつき通せると思っていた。
嘘の上塗りになるから私と話がしたいなどと思うはずも無い。
残念ながら相手は良心があるとは思えないほどの嫌な事を私にした。
悪い事をしたと自覚しながら、平気で私に謝罪すらないし誠意ある態度は皆無だ。
仲たがいをしたままで連絡さえ取れないのは嫌だったが、今後一切連絡が無くても良い。
そう思うようになりたいし、徐々になっている。
考えたくも無いのに考えてしまうというこれまでの毎日の気持ちが解放される事を望んで
いる。考えて考え抜いて、その理由・原因・自分の心が分かれば徐々に割り切れる。
ようやく相手がどれくらい私を嫌っているかが分かったから、嫌ってくれて踏ん切りが
ついたと思う。良かったと思う。
汚らわしいという思いと決別したい。あと3年半でこの会社ともお別れできる。
自分を別の場所においてみる。下劣な連中とは付き合わない。
家族とも決別する。これで良いと思うことを自分優先で行う。必ず幸せになる。
残念ながら、好き・嫌い・信じる・信じないという事を考えてしまう事からは解放され
ない。
ここに問題があるのかどうか分からない状態です。早く楽になりたいのに。


 
外面行動法と内面向き合いへの取り組み実践^^ / しまの 引用
No.1218 2016/09/26(Mon) 14:03:56

遅くなりまして^^ゞ


決別すべきもの・・

>汚らわしいという思いと決別したい。あと3年半でこの会社ともお別れできる。自分を別の場所においてみる。下劣な連中とは付き合わない。家族とも決別する。これで良いと思うことを自分優先で行う。
>ここに問題があるのかどうか分からない状態です。早く楽になりたいのに。

あるいは決別すべきは、「望ましからざる誰か」ではなく、「悪い面ばかりに意識を向ける自分の心」だ、という話になるかも知れませんね^^。

人間誰も不完全な存在ですので、良い面ではなく悪い面ばかりに目を向ける心ある限り全ての他人望ましからざる存在に見えてしまいます。そして一度そうした人々とおさらばできても、新たに出会う人悪い面ばかりに目を向ける心によって・・・。
繰り返しということですね。同時にそれは自分の悪い面ばかりに目を向けて攻撃する心でもあり、自然そこに、「苦しみ」湧くことになります。

もちろん、だからと言って「良い面だけを見ること」上の空に自分の心に押しつけたところで、実際社会を生きる上でのリスクうまく対処できなくなってしまいますので、我々はまずものごとの良い面と悪い面を公平に捉えて合理的に対応する外面行動法得た上で、自分自身の内部で悪感情ではなく良い感情を引き出し増大させる心の技術重要になる、ということですね。


ハイブリッド心理学の取り組み実践

それ向かうとは、ものごとの見方考え方思考法行動法について学びながら、
自分自身の心真摯に向き合い「選択」を成していくことで自分の心がどんな感情を返してくるのかを確かめていき、
そして再びそれを「選択」へとフィードバックしていく。
これを日常の全ての具体的体験積み重ねていくという、地道な道のりになる。
それがハイブリッド心理学の取り組みになります。

そのために僕からできる手助けは、そうした具体的場面内容についてできるだけ詳しく(個人情報につながるようなものは不要^^)お聞きした上で、それについての見方考え方思考法行動法、そしてそこからどのように内面感情への向き合いつなげていくのかと言った、ハイブリッド心理学取り組み具体的実践示唆するようなことになります。

上の話について言えば、数えれば何十にもおよぶような、相手との場面や、日常生活仕事人生課題場面などを総じて感じたこと書いておられると思いますが、取り組み実践はその一つ一つの場面ごとに、詳しくじっくり行うものになります。自分が何を感じたかに、まず心の外部どんな出来事起きたのかの、客観的把握から始めてです。

そうした数十もの実践をここで全てアドバイスするのは不可能ですので、これはというものを何か1つ、あるいは多くて2、3個程度詳しく書いて頂ければ、それに応じた詳しいアドバイスを書けるかと思います。すでに書いて頂いた件について取り上げたいようでしたら、その旨言って頂ければ僕の方見当つけてアドバイス返しますので^^。

まあ恐らくポイントは、相手の言い分なども認めた上で、自分を守ることのできる行動法といったもの、そしてそこに含まれ得るフラストレーション耐え得る心のあり方とはどんなものか、といったになるかと。それが得られれば、外面的には今のままでも何も問題ないという視野生まれるかも知れない。

いずれにせよ、そうしたじっくり「取り組み実践」検討なさるとよろしいかと思います^^。


 
Re: 囚われの心 / 治男兄さん 引用
No.1219 2016/09/29(Thu) 17:18:26

早く全てを完全に忘れて楽になりたいという気持ちがありますが、これを一つ一つ具体的
に記載してゆく事により、記憶が更にアップデートされてしまうのではないかという恐怖
を省みず、まずは、直近にあった本当に不愉快な事を書きます。
電話を拒絶する、着信拒否に加えて番号を変えたか何かで、とにかく連絡不能にされた。
こんな事は、人としてやってはいけない事ではないかと思う。
そこまで私という人間を拒絶する理由は何か?
嫌だからという事以外無い。
相手は本来優しく、思いやりのある人と思うが、私の知らないところで私の最も嫌がる事
をしておいて、更にその行動を私に示唆し、理由も言わず面会を拒否し、メールのみで
私をあしらい、長い事迷路のような謎に取り組ませた。
そういう結果になっている事を十分に承知しておきながら、私の周りの人々とは連絡を
とり続け、私以外とは仲良くしている。最も私が嫌な事をされた男性とは繋がっている。
私の目の前にその不愉快な奴がいる。毎日会ってしまう事を余儀なくされる。
本来、ちゃんと説明したり、面会したり、喧嘩したりすべき相手である私を全く無視して
いる。こんな事を平気で出来る人間ではないはずと思い込んでいる私にとって、信じられ
ない程に非礼で愚劣で冷酷な、嫌な奴だと思う。1年ほど前にその事を伝えたが、理解
しているかどうかも分からない。生まれて初めてこんなに酷い仕打ちを受けたという
思いが自分を苦しめる。もうすでに長い月日が経過し、相手には記憶が無いはずだが、
くよくよ考えているのは、未だに好きだからという事だと思っている。
一方では、心底不快でおぞましいと思っている。早く完全に忘れたいと思っている。
あと一歩という気持ちで毎日嫌な奴のいる会社に来るあいだに考えた。
私は胸を張って生きてゆけるが、私に嫌な事をした女性は少なくとも私から逃げ、避けて
生きて行かなければならない。厚顔無恥という事が有るならば、平気でいると思うが
これだけ避けるところを見ると、嫌な事を避けているという事が明白だ。
従って、必ず暗い部分が残っている。
いづれにしても、出会えて幸せだったが、こうした愚劣な言動をした女性は私にとって
無意味で早く完全に忘れ乗り切りたい。もう2度と会いたくない。


 
Re: 囚われの心 / ハロー兄さん 引用
No.1222 2016/10/11(Tue) 12:07:47

恐ろしい事に気がついた。
私に言ったおぞましい質問は、あの嫌な奴と私が何か裏で繋がっていて、弄んでいると
思ったらしい。
逆に言うと私はそんな風にしか見られていなかった。
何の繋がりも、連係も、全く無いのに疑ったらしい。
彼女の行動は両者を苦しめ傷つけた。
私がそんな酷い事をしていないと気が付いた時、取り返しも付かず逃げるしかなかった。
本当の心を確かめもせず、ただ闇雲に逃げていった。
私との繋がりを塵屑のように捨てていった。
残されたのは私一人、本当にナイーブな私の心だけだった。
3年9ヶ月、これが私の考えた結論という事になる。
結果として2人の男を弄んだ事になる。
それでも、今でも時々、会いたいと、話したいと思う事がある。
なんという事だ。
勝手で、卑怯で、インチキで、人非人で、卑怯と分かっていながら卑怯な事をした。
哀れな女性という事になる。


 
「問題の起き始め場面」に取り組む^^ / しまの 引用
No.1223 2016/10/11(Tue) 13:37:25

「感情と行動の分離」の姿勢で始まる「取り組み実践」

アドバイスとしては、ハイブリッド心理学「取り組み実践」ご紹介になりますね^^。

>まずは、直近にあった本当に不愉快な事を書きます。電話を拒絶する、着信拒否に加えて番号を変えたか何かで、とにかく連絡不能にされた。こんな事は、人としてやってはいけない事ではないかと思う。

ハイブリッド心理学「取り組み実践」は、
『辞典』トップページ最初項目
実践-1 「感情と行動の分離」の基本姿勢および実践
まとめていますように、
・「外面行動は建設的なもののみ行い、内面感情はただ流し理解することのみ行う」という「感情と行動の分離」の姿勢を車の両輪のように携え、自分の「望み」に向き合い、全てを尽くして「望み」に向かって生きていく
というものとして営むものになります。

その「感情と行動の分離」というのがどうピンとくるかは上記リンクからの説明を読んで頂いて検討頂くとして、話の最初に来る
・動揺する感情を克服したいのだから、まずは感情を鵜呑みに考えない
というのは、まずは合意されるのではないかと^^。


まず課題を捉える

そこから、『辞典』その後にまとめたような外面内面への実践検討が始まるわけですが、まず重要なのは、
・課題を捉える
ということからですね。
課題の捉え方から、ハイブリッド心理学としての方向性がある、というになります。それに沿って、「実践」検討進めるものとしてです。

それを自分で考えられるようになるのも、日常的「読書」「実践」積み重ねによるというになるのですが、それをすぐにというのも大変ですので、参考答案のようなものをまずご紹介するのがこの読者広場役割ということで、簡潔僕が考えたものなど書いてみましょう。
大きく3つ課題になる、と。ごく簡潔指針添えましょう。また、説明『辞典』から手早くリンクできるよう整備中ですが、まだまだ未整備でご不便おかけしますが、どんな項目該当するかを添えておきます。

1.連絡拒否などの仕打ちを回避する行動法・・・「相手を変える」
一言で、相手を否定したり攻撃したりすることは一切しない肯定的、建設的内容言動駆使して相手を動かす行動法です。
以下実践項目該当
実践2-1 「破壊から自衛と建設へ」の基本行動様式の転換
実践3-1 行動学

2.上記行動法を支える価値観の検討・・・「自分を変える」
「愛」についての価値観です。
「愛」を、どのように向かうべきものと考えるか。ハイブリッド心理学推奨するのは、「愛」を、約束事のように束縛し合うものではなく、「楽しみと喜びの共有」として向かうというものです。共有できるものがない時は、何もせず、孤独を受け入れ
また、そもそも「愛」とは何か深い理解への取り組みも出てきます。
以下実践項目該当
実践4-1 「価値観」への取り組み

3.その先にある最終的な克服への視野
これはまず上記2つが、その検討選択結構なのようにある大きな取り組みになる、と言えると思います。最終的な克服は、その現れる、と。
それは一言で、「愛」自分自身の中で、何の動揺も苦しみも伴うことのない、豊かで美しい感情へと変化していく。外面的な結果どうなろうともです。それが我々何よりも得難い心の幸福与えることになります。
これは「歩みの学び」全て関係しますが、
歩み-3 「魂の感情」
が最も直接的に関係するテーマになります。


「問題の起き始め場面」に取り組む

以上はまずは実習科目全体のオリエンテーションのようなものとして、実際の科目として、まずは上の
1.連絡拒否などの仕打ちを回避する行動法・・・「相手を変える」
からになりますね。

そこでハイブリッド心理学からの取り組みアプローチとしては、「連絡拒否にされた」といった「問題」「起き始め場面」材料になります。
つまり相手との関係どうもギクシャクし始めているような気が、初めてしたような時点
そこで、自分の行動をもしこうこうというものにしていたら、相手が連絡拒否になるようなこともなかったであろう。そうした行動法考えてみるのが、この場合実践になると思います。

多少具体的に、どんな出来事状況だったのかを書いて頂ければ、具体的検討アドバイスを返すことができるかと思います。恐らくそれはすぐには合意できないようなものになるかも知れませんが、そこから、「価値観」といったテーマへと自ずとつながっていきます。

一方、

>こんな事は、人としてやってはいけない事ではないかと思う。

以降書いて頂いたものは、問題起きた後に感じた内容として、「感情と行動の分離」における「内面感情はただ流す」という対処のものになります。まあこれも実践一部ですね。内面感じたことありままに開放し、つぶさに書いておくのも良し。ただそれは外面行動とはいったん切り離す。そして外面行動については、「行動法」「学び」始めることからです。

まあかなりもどかしい感じるかもですが、ハイブリッド心理学での取り組みは、そうした具体的場面ベースでじっくり進めるものになります。
ご検討頂き、取り組みご関心があれば、「問題の起き始め場面」など振り返ってみて頂ければと思います^^。




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