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内面感情ではなく「場面」に取り組む^^ / しまの 引用
No.720 2013/12/03(Tue) 09:28:16

取り組み実践の手順

>このような状況における、「内面感情はただ流し理解し、外面行動は建設的なもののみにする」学び・取り組み実践は具体的にはどういったことになるか教えていただけないでしょうか?

取り組み実践は、どのような状況においても、
『入門 - 3.取り組み実践』
「外面・内面・外面」と繰り返す「向き合い」の実践
で説明した、
1)「心の健康と成長に向かい得る行動法」の理解
2)それについての自分の納得、および内面感情への向き合い
3)それを踏まえての行動の結論検討

という手順で進めます。

多くの人ありがち、というか大抵の人そうなるのが、上記1)のステップが抜けてしまうものです。ハイブリッド心理学の方向性に沿った、「心の健康と成長に向かい得る行動法」良く分からないまま、内面に向き合おうとします。そして自分の「気持ち」「感じ方」のどこが悪いのだろうと考え始めてします。
するともうもう全く違う方向、今までの思考の繰り返しになってしまいます。3)の行動結論も、出ようもない。

書いて頂いた内面向き合いも、ちょっとそんな感じかもですね。


否定価値はどう働くか・・

まず以下についてコメントしておきますと、

>ただ、これが自分の中にある「否定価値」から来ているのだろうか、自分は相手を否定しているのだろうかと思うと、なんだか自分が根本的に間違っているような気持ちになります。相手を否定することによって「自分は正しい」という傲慢な気持ちもあるようです(自分が神になる…でしょうか?)。

「否定価値」まああるのでしょう。それをもし脱しているようなら、こうした問題とうの昔に解決可能なものへと解きほぐされると思います。

ただ、上記引用「否定価値」どう働いているのかを言うならば、相手への否定感情湧くことよりも、「自分が根本的に間違っているような気持ち」というのが、「否定価値」直接働いている部分なんですね。
また少し後の、
>内面では「どうせ自分なんて」という落胆と悲しみを感じます。
という部分。それが、まさに「否定価値」働いて、意識の表面に現れているもののように見えます。

それに比べりゃー相手について否定的感情湧くのは、書いて頂いた状況ではむしろ恐らく健康な話で、実際相手に何か嫌なところがある(^^;)からだと思います。それを無理してつき合っているのが問題・・行動結論まで安直に進めるとまた元も子もないので、上記のような取り組み実践手順しっかりと踏まえましょうというになるわけです。


「楽しみの共有」vs「友達約束同盟」

するとどうなるかごく手短に書いてみますと、問題場面は恐らく仕事場面ではなく交友として、ハイブリッド心理学からの「心の健康と成長に向かい得る行動法」とは、
これも『入門 - 3.取り組み実践』の中の『「学び」の主要テーマ』の中では、
4.「愛」と「自尊心」のための価値観と行動法
で書いた、
==================
「愛」 ・・・ 「分かり合い認め合う」というものではなく、より純粋「喜びと楽しみの共有」として位置づけ目指す
==================
という、最も基本的な話該当します。交友であれ恋愛であれ、さらには家族関係であれ、これが基本になります。

書いて頂いたのは、多分「分かり合い認め合う」という姿勢モードでの、交友だと思うんですね。
「友達なんだから、こうするよね」というモードそうならない時、「嫌いなの?」という、本来プラスの世界のはずの「交友」が、マイナスの世界の「もめごと」のようなものと化してしまいます。「友達約束同盟」姿勢と呼べるものですね。

そうではない、「楽しみの共有」として交友を築く姿勢を、まず「選択」するか問いのテーマになります。
それは、楽しくないのであればつき合わない、というか一緒の行動を特に無理にしない、という姿勢であり行動法です。
さらにこれをカドを立てることなく実現するため、「言葉の使い方」極めて重要になるものとしての、
3.行動学
具体的実践も出てきます。
ごく入門的な例を言えば、「私はそれには参加しません」という否定形の言葉ではなく、「私はその日はこれに行く予定です」といった肯定形の言葉のみ使う
どーでもいい話ですが最近会社時代親友遊びに来た時、事前の連絡時親友そうした言葉の使い方をしているのを見て、続く友達っていうのはやはりそうなんだなーと感じたひと駒がありました^^。


「内面」ではなく「場面」に取り組む

そうした観点から、「外面行動は建設的なもののみ、内面感情はただ流し理解する」ことに取り組むということです。
上に書いた手順の通り、具体的場面における「心の健康と成長に向かい得る行動法」が、ハイブリッド心理学の方向性からは具体的にどうなるかを、知ることからです。
そしてそれについて自分の理解納得を問うことから、自分の内面感情理解することが始まります。

そのようなものとして、まず「場面」取り組みます。
これは蓮さんへのレス
『課題は「離反」ではなく「依存」^^』 しまの No.712 2013/11/29
でも書いた
最初から「内面」に取り組むのは、誤った取り組み法です。それは船の碇を下ろさないまま、海の上の作業をしようとするような話です。感情という海流流されたまま、その感情どこからどの方向に流れるのか、どう役立てればいいかもつかめなくなります。
海の上で作業をしたければ、まずをおろして自分の思考と行動を安定させることが必要です。根本的な目的海流つまり感情把握し、それを役立てることだったとしても、自分という安定していないのであれば、まず思考と行動に取り組むことだけを、先に行う必要があります。

ということで、
>このような状況における、「内面感情はただ流し理解し、外面行動は建設的なもののみにする」学び・取り組み実践は具体的にはどういったことになるか
は、

>最初から苦手と感じたり、途中から何かをきっかけにそう感じたり、状況は様々ですが、自分の中に相手に対して何かしらのストレスを感じることが内的に起きています。
さらに自分の心の中を見ていくと、その人の言動や行動に対して否定的な感情があります。


というのが、いったいどのような内容「場面」のことなのかの、正確で詳細な把握理解からです。その一つ一つについて、ハイブリッド心理学から「心の健康と成長に向かい得る行動法」を言えます。そしてに、それについての理解納得を問うことから、「内面」への取り組みが始まる。

「状況は様々」なのを、一つ一つどういう状況なのか詳しい把握からです。そこに、それが自分にとってどういう意味の出来事であったのかの、まさに「分析」始まります。
具体的場面内容ありきの取り組み開始になりますので、差しさわりない表現範囲詳しい場面状況など一つ一つ取り上げて頂ければ、それぞれについて具体的アドバイス返していけますので^^。


動揺根本消滅までの道

補足として、こうした動揺根本的にゼロへと消滅するまでの道のり大まかに書いておきますと、まずは
1)「楽しみの共有」行動法への納得を問う段階
2)その実際の実践を問う段階

を通して、実際他人との間で、外面においてはもう完全にカドが立つことなく交友行動を行うもしくはやめるの判断決断ができるようになることのは、最後
3)実際自分が相手をどう好きかそうでないかの「望み」に向き合い、そうした行動法を携えて向かう中で、「望み」そのものが成熟していく、つまり相手をどう好きかによってどんな交友を続けるかの結論が、次第にブレのないものになっていく。

という道のりになると理解しておいて頂くといいでしょう。
「感じ方」について、「正しい」「悪い」という尺度で取り組むことは、そこにはないのだ、というになります^^。

またこの文脈「否定価値の放棄」には、まずは触れることはできません。他の取り組みも含めて、自分「強く」なったことを足場に、ものごとの悪い面に目を向ける衝動向き合う作業として取り組みますが、「神的なものへの思考」などといった哲学宗教的なテーマかなり本腰を入れて取り組む作業になります。道順としては、上記2)3)あたりです。

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課題は「離反」ではなく「依存」^^ / しまの 引用
No.712 2013/11/29(Fri) 14:58:51

課題は「離反」ではなく「依存」

これはずばり、取り組み課題は「離反」ではなく「依存」かもですね^^。

つまり、まだ「人に与えられた枠の中で生きる」という生き方姿勢と行動法にいるために、行動様式「服従か反発か」というものになってしまっています。これは基本的に「依存」の中にいるからです。

「破壊」「自衛」「建設」という行動様式を言っていますが、その選択問えるようになるのは、「自立」からです。
「依存」では、行動様式「服従」「反発」という別の話になります。そこで「服従」か「反発」か選択問うことは、あまり成長に向かうことではありません。後者を「選択」したとしてもです。
まず「依存」を抜け出すことです。それが課題です。

書いて頂いた内容印象を一言でいえば、「人に教えられた誤った生き方を引きずって、自分からハズレくじばかりを引いている」というもの^^。
まず、人に教えられた誤った生き方から、抜け出すことです。そうすれば、当りくじハズレくじがあるのが、見えるようになります。そしたら簡単です。手を伸ばして、当りくじをつかめばいい。

いずれにせよ「取り組み実践」としては、『入門』
「外面・内面・外面」と繰り返す「向き合い」の実践
で説明しているように、
1)課題場面における「心の健康と成長に向かい得る行動法」は具体的にどのようなものになるのかの理解
2)それについての自分の理解納得、および対比としての内面感情への向き合い
3)それを踏まえて今取るべき外面行動の結論検討

進めるものです。
重要なのは、1)「心の健康と成長に向かい得る行動法」が、「健康な心の世界」前提にすることです。「健康な心の世界」における「心の健康と成長に向かい得る行動法」を、まずはどう想定できるか。
それにまず取り組みます。

書いて頂いたものにはおおよそ5つほど題材があるかと思いますが、それぞれ手短に書いてみますと、

1.
>ただ、「人生のパートナー」という課題に関しては、「自由」と「安全」への望みが強いためか、異性への恋愛感情すら芽生えない状況。極論すると「現実の異性なんて信用できるか!」というところでしょうか^^; そういう望みが強いのも、人間関係であんまりロクな目に遭ってないため、既に人間不信に陥っていることが原因なところまでは自覚しています。
これはに、どうであれば「信じられる」という話なのか一度持てた間柄は何があっても変えないことを約束してくれることを求めているようなことはないか。

2.
>自分を含め、一緒に行動している人同士が互いに運動部の顧問のような目を向けている状態だったのを思い出すと、今でも気持ち悪さを感じます。社会人になってからも、プライベートで人と接するときにそういう環境が多く、かなりゲンナリしました。
そのような閉鎖束縛的ではない、オープンで自由な交友の和を、具体的にどう考えることができるか
「自分を含め」となると、「人間不信」とはちょっと自分を棚に上げた話ではないかということになってくるかもですねぇ^^;

3.
>「いつもギリギリに出勤してしまう。余裕をもって出勤しようとしても内面で強烈に拒絶してしまう」
>似たようなことで、同僚から「減量したいなら徒歩で通勤してみては?」と提案されたのですが、「こんなトラブルまみれの職場のために、何時間も移動時間を割くのは嫌だなあ…」という感覚が湧いて、適当にやり過ごすだけにとどめた、ということもありました。どうやら、登校拒否の中高生のような心境に陥ってる模様です。
これはもう書くまでもないですね。自分としてはどんな行動戦略を持つか。それがまるでなしですね^^;

4.
>人を頼るのが苦手な傾向に気付きました。
>過去の職場でも、他の部署から急ぎの作業をいくつも振られた時、のんびりやってる他の先輩たちを尻目に一人で焦って錯乱する場面を何度も経験したのを記憶しています。急ぎの作業が増えたのでお願いしますと頼んでも、じゃあやっといて、の一言で済ませられてしまうこともしばしば。「なぜ自分だけ追いつめられてるんだろう」と精神的に疲弊し、仮病を使って数日欠勤したこともありました^^;
今考えてみると、人間不信がいろんな場面に悪影響を及ぼしてきたなあと。

これは具体的なコミュニケーション技術課題ですね。言葉の使い方一つで事態が変わります。

5.
>登校中などに「死ぬまでこんな面倒臭い人生がずっと続くのかなあ…」などと、小学生らしくないことを考え、ゲンナリしていたことも結構多かったように記憶してます。
>考えてみると、怒りに覆われてる時も、「こんな世の中生きてても何も面白くないし、親の弔いが終わったら俺の役目は何もなくなるから死んでもいいや」という自暴自棄な思考を日常的に持っていたのを記憶しています^^;
まあこれは過去の話として、「ではどうであればいいか」の具体的思考がないままの感情という、総合的な表現ですね。

ということで、問題は全て、自分としてどんな行動法が取れればという戦略がないまま、与えられた枠への不平に流れる、というものになっていると思います。
僕からは、言葉の表面印象以上に、まず良い環境が与えられることを求めている、子供の心がある・・というか働いているという印象
そんな話として、取り組み課題は「離反」ではなく「依存」だというです。
まず課題は、「自分としての行動法の戦略を持つ」ことです。


「自分」ではなく「場面」に取り組む

「取り組み実践」上述のように、まずハイブリッド心理学からの行動法の答えはこうだというのを、知ることからです。で、それについて自分はどう感じるかに向き合うことから始める

そこで取り組み課題材料にするのは、「場面」です。「自分」ではありません。
「場面」に応じて心の健康と成長に向かう行動法があり、それに取り組むことで、「自分」における取り組み課題が分ってきます。そこからさらに詳しい分析取り組みもできます。

「自分」最初から「課題」に考えるのは、結局、「自己理想像」にそぐわないものを取り上げるという取り組み姿勢になります。
「自己理想像」とっかかりとして取り組むこと自体悪いことではありませんが、それだけでは心は固定化されます。成長に向かうことなく、長い目では心は停滞と貧弱に向かってしまいます。

また「離反」一般的に言って、取り組み課題にはできません「離反」は、「場面」への対処がうまくできない場合に、最後に自分の心を守るための、比較的健康な反応だからです。
取り組むべきは、「場面」への対処を知らないでいる状態克服です。
さらには、「離反」に覆い隠された、「望み」が、取り組み課題になります。

ということで、まずは上記引用番号を振った、2、3、4あたりから取り組みになりますね。ハイブリッド心理学からの答えどんなものか、見当つきますか。分からなければまたご質問頂ければ。
そうして、まずは社会で自分が生きるための、自分から持つ行動法への自信というのが、異性とのおつき合い足場になるという順番として、やがての話にも取り組めるようになる、という道順です。
そうした道順有無で、話が全く変わります。現状の、自分としての生き方および行動法の戦略をあまり持てない状態のまま、異性への望みを考えても、一体どんな完璧無比の異性を求めるのか、ちょっと見当もつかない^^;

ちょっと辛口アドバイスだったかもですが、検討あれ^^。

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「成長と成功を知り、覚悟と共に自分の望みを問う」^^ / しまの 引用
No.724 2013/12/05(Thu) 17:49:40

問題課題の把握

>そもそも問題として僕が捉えている内容は、ハイブリッド心理学で言うところの具体的な問題場面状況に沿っているのか不安です。上記は感情の動揺の大きい場面ですが、また治療そっちのけの質問をしてしまっているのではないかと。

まずは問題課題場面の把握としてはokだと思います^^。視線恐怖でケンカ売ってくるように見える相手どう対処すればいいか、だと治療そっちのけになってしまいますが、なぜ視線恐怖になるかの心の衰弱状況そのものに、問題課題移すということで^^。

で、まず前の方で書いて頂いた内容を見れば、視線恐怖になるのもうなずける背景が見える感じです。
まあ一言でいえば、
・人との親愛コミュニケーションがうまくできない
・「能力」や「見た目」が、人を見る際に重みを持っている

という一方で、
・「芸人を目指して」いるとは、不特定多数の人の目を意識する面かなりあると思いますので、
こりゃー視線恐怖にもなるわな、という感じ^^。


心の成長への土台を築く

それに対するアドバイスは、まずは、一言「心の成長への土台を築く」ということです。
20代半ばという若さ、また「気分は常にすっきりしません。常に悩んでいる状態」といった、広範囲な心の問題課題状況があることに対して、テーマ特定の話いいのですが、テーマに関わりなく言える基本への取り組みなお重要になると思います。

「心の成長の土台を築く」とは、一言で、

「成長」と「成功」を知り、自分の「望み」を問う

ということだと言えます。
そのような姿勢意識、そして思考を、築くことです。これこれについて、「成長」このようにあり、「成功」こうであれば可能になる。ならば自分今何を望むのか、と自分に向き合う姿勢です。そので、次の行動を考える。
これがやはりまあ、先のにーなさんへのレス
『内面感情ではなく「場面」に取り組む^^』 しまの No.720 2013/12/03
で、
============
取り組み実践は、どのような状況においても、
『入門 - 3.取り組み実践』
「外面・内面・外面」と繰り返す「向き合い」の実践で説明した、
1)「心の健康と成長に向かい得る行動法」の理解2)それについての自分の納得、および内面感情への向き合い3)それを踏まえての行動の結論検討
という手順で進めます。
============

という、
「外面・内面・外面」の向き合い姿勢の、総合版でもあるわけです。


「成長」と「成功」への正しい答えを知る

そこでテーマが「心の成長」一般であればハイブリッド心理学から答えがありますし、テーマ具体的な実践的目標であれば、どうすれば「成功」できるかの、良質の答えがまたそれなりに出てきます。
そうした、「成長」「成功」について、まず正しい答えを知り、それを踏まえ自分の「望み」を問う。そうした姿勢、またそうした手順で考える思考を、築いていくことです。

まあそこで得てしてには間違った答え、勘違いの答え結構溢れていますので、見分けていくことが重要になりますね。
まあこれも一言で言えば、正しい答え長い向き合いの中で、残ります。間違った答え、勘違いの答えは、それを聞いた時は「そうか♪」と分かった気分を安直に感じさせる一方で、うまく行かない消えて散ってしまうものです。
正しい答えは、うまく行かない場合にも、なぜうまく行かないのかの「教え」をもたらします。それは時に「痛み」でもあります。しかしその「痛み」自分を成長させるものであることが分ってきた時、「痛み」など無縁を装う安直な教え全てが、誤ったものであるのが分ってきます。
この違い早く見分けて、次第に、勘違いの答えすぐ捨て正しい答え蓄積していくようになれるのが、これまた「成長」です。


「覚悟」と共に「望み」を問う

ですので、「心の成長の土台」として「成長と成功を知り、自分の望みを問う」ことにおける「自分望みを問う」とは、

「覚悟」と共に「望み」を問う

ということだとも言えます。「成長」「成功」への正しい答えとは、そこには必ず「痛み」を経るがあることを教えるものであろ、それを知った上で「望む」とは、必ず「覚悟」を伴うものになる、ということです。
「覚悟」という心の働き重要性は、
『詳説』でも『5章 基本的な妨げへの取り組み』「2つの心の世界を持つ」などでも書いていますが(P.108)
「心の依存」「心の自立」分ける、意識面における最も根底の違いは、この「覚悟」という姿勢持てるか持てないかの違いではないかと、僕としては考える次第です。

だから、「覚悟と共に望む」ということが、成長への原動力の、本質だということです。
覚悟のある望みが人を成長させ覚悟のない望みが、人を未熟にとどめる、さらには堕落させる、と言えるかと。


「望めるもの」の答えは「覚悟」の先にある

まずはそれがテーマに関わりなく言える、心の成長土台作り取り組みとして、あとは各テーマに応じた「成長」と「成功」答えを知り、それについての自分の理解納得向き合う
さらにそれを足場に、「場面」に応じた具体的行動法を考える場合は、さらに詳しい状況に応じてというになりますが、まずは各テーマについての答え考え方向き合うことからということで良いかと思います。

でまず「交友」については、

>僕が挙げた問題場面には、僕の「愛情」の認識が、「分かり合い認め合う」ことになっているから生じることも含まれていると思います。そのため友人に対しての独占欲も強く持っているとも思います。愛情は「喜びと楽しみの共有」がハイブリッド心理学での学びということを基準に考えると、楽しい事を探すことに意識を集中させる、などになるのでしょうか?

その通りですし、「この場合の答えは?」という情報自分から探しにいく実践、いいじゃないですか^^。しかも質面倒くさ『実践』を読んでとなるとなおさら^^。

>また、ハイブリッド人生心理学の取り組み実践・詳説、4章学びへの理解では、友人をどう増やせるかの前に、まず自分が本心から楽しいと思えるものを探す。という風な事を書いてらっしゃいますが、この答えはどの様な導き方から出るのでしょうか?

自分から楽しいと思えるものに向かうことのない交友は、やがてただの束縛になり破綻します。自分から楽しいと思えるものに向かうことなく、ただ友達関係だけ欲する人は、誰も同じ苦しみを体験することになります。前の方「交友」について書いて頂いたようなものですね。僕ももちろんそうでした。
そこで、「自分から本当に楽しいと思えなければ、駄目なのだ」「形だけの友達関係では駄目なのだ」気づく。それとも、「友達でいる約束」のようなものに、しがみ続けるか。前者の人間自分の可能性の解放に向かって変化し、後者の人間閉塞感の坂をただ下りていきます。
について学び人の心自分の心様子良く観察すれば、すぐ分かることです。

それともご質問「自分が本心から楽しいと思えるもの」が、どのように導き出されるか、ということですかな。
こっちはすぐに導き出せる答えではなく、一言でこう言えるかと。

「覚悟」の門を通って、自分の足で歩いていく中で、向こうからやってくる
ものだ、と。

「覚悟」とは、「成功」への答え示す条件自分に足りないのであれば、自分はこのままでは成功しない、ということを覚悟するということです。
「交友」テーマであれば、もし自分が心底から楽しめないのであれば、孤独を受け入れることを、覚悟するというです。
「諦める」ということではなく。このままでは自分成功しない。その「覚悟」持った上で、それでもなお「望む」のであれば、自分が変化していく可能性に向かって、そこから歩き始めることです。

そうして「覚悟」を通ることで、心に変化が起きます。ただしそこで「楽しめるもの」「望めるもの」すぐに導けるようになる、という安直なものではありません。
まずは引き続き設定した目標に向かって、歩いていく。するとその先のどこかで、「あっこれは楽しい」というものが訪れる時がやってくる。「自分で導く」のではなく、「向こうからやってくる」ものとして。
だから、歩き続けなければならないわけです。まず行動してみる。自分にとってそれが楽しめるものかどうか分かるのは、後のことです。あるいは、自分にとってこれは根本的に、楽しめないものなのだ、という自覚訪れる可能性もあります。ただまあ年齢若いほど、性急な結論は必要なく、沢山の揺れ戻りを経るものと考えておくのが良いでしょう。


人生の主要テーマの全てに向かう

そういった向かい方を、「交友」「恋愛」「仕事」といった、人生の主要テーマ全てにおいて行うことが重要になります。
また、「趣味」も含めた、さまざまな領域で、そうした向かい方することです。

なぜなら、一つの領域で得た「成長」が、他の領域での「成長」に波及する、役立つという、相互連鎖があるからです。
これが分ってくるのもまた「成長」^^。
「交友」において心の健康と成長に向かい得る行動法分ってくることは、当然、「恋愛」「仕事」においても行動を健全化させていきます。
「仕事」において得る自信は、何よりも「恋愛」において大きな足場になります。これがあるないとでは、「恋愛」全く違った話になってきます。これは先日蓮さんへのレス
『課題は「離反」ではなく「依存」^^』 しまの No.712 2013/11/29
でも触れた話。

ということで、他の領域ざっと見てみますと、「恋愛」については、
>4.5年前までは、他の男性と話したらいけないなどと、束縛をすることが多かったので、相手のことを尊重するように意識しています。
とのことで、不健全パターンだった(^^;)のが健全化に向かっているということでいいとして、

「仕事」については、
>コールセンターに勤めているのですが、威圧的な態度をとられたらこっちもそうしたり、お客様のスタンスによって自分も冷たくなったりして、そんな対応をする自分に対し自己嫌悪しています。
については、『詳説』を読んで学ぼうとする姿勢があるのなら、いくらでも自己嫌悪に陥るだけではない対処法取り組めると思います。
「学び」テーマとしては、『入門 - 3.取り組み実践』で言うと、「「学び」の主要テーマ」
3.行動学
であり、その中の「原理原則行動法」が、コ−ルセンタ−業務ほどそれが活用できる仕事はないとも言えるものになると思います。
情報としては、この掲示板でよくリンク載せていますが以下など。
2010.05.18 3つの「行動学」
2010.05.19 「原理原則立脚型行動法」(前)
2010.05.20 「原理原則立脚型行動法」(中)
2010.05.21 「原理原則立脚型行動法」(後)
より本格的に学ぶなら、
ハーバード流交渉術 (知的生きかた文庫)
などは「ハイブリッド心理学指定の必読書」と。

また
>現在芸人を目指していて、
についても、そうした向かい方つまり「成功を知り望みを問う」という向かい方重要、というか、でないと現実の地に足をつけた前進できようもないと思います。
「成功を知る」とは、成功した人の姿を知るということではなく、成功の条件は何か知るということです。「成功を望む気持ちが強い」のはいいのですが、そうした視点あるかどうか。
「芸人」であれば、まずはユーモア好きで、基本的人に接するのが好きであることといった「条件」、そして日ごろから「ネタ帳」を書くなどの積み重ね重要になると推測しますが、

>楽しく振舞おうとするため疲れる。
となると芸人目指すというのはちょっと違和感を感じますが、まあこれも「交友」「仕事」などさまざまな領域上述のような向かい方をする中で、なぜ、そしてどんな芸人を目指すのか向き合いも、地に足をつけた検討の前進ができるようになると思います。


ということで、まずは「成長と成功を知り、覚悟と共に自分の望みを問う」という心の成長への土台培うことに向かい、さまざまなテーマでその同じ向かい方をする。
そうした人生への向かい方始めることで、自分成長の変化が始まる。まずはそれをつかめるかどうかだと思います。そのに、各領域でのさらに細かい話も出てくるということになりますね^^。

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