しまのたかしハイブリッド人生心理学 島野隆ブログand掲示板
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●島野の著作そしてハイブリッド心理学に関する感想・質問・ご意見など投稿して頂けます^^。
●心の悩みのご相談
については、ハイブリッド心理学「取り組み実践」を進めるためのポイントヒントなどを、ここではごく簡潔アドバイスいたします。
*より詳しくアドバイスするとどのようなものになるのかは、
 
メール相談事例集実践編書籍など読んで頂くと参考になるかと思います^^。
返答入れて頂いた順に返していきます。日数がかかることもありますので、ごゆっくりお待ち下さい^^。


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(No Subject) / tok 引用
No.1308 2019/02/11(Mon) 23:04:22

島野さん

今までの価値観で生きることの限界は感じています。例えば下記のような問題があります。

・受け身他力本願思考が強く、自分で切り開いていくという感覚がない
・仕事は、己の現実が惨めで恥ずかしいという感情に圧倒されてしまい目先に集中できない

仕事のことに関しては、実際の相談事例として過去記事は参考になりました。
ですが己の能力の低さに「この年齢でこんな事もできないなんて人がいるのだろうか?」といった自責や恥ずかしさを感じないよう、考えないようにする労力で疲れてしまうのです。

こうなりたい、頑張りたいという情熱や原動力があるわけでもなく、
できれば仕事などしないで家で引きこもっていたいタイプなので、何を原動力にして前へ進めばいいのかわからずにいます。

無駄なことを考えるより目の前のことをただ積み重ねるしかない、平日も休日も関係なく、でも一体何のために? 生きてていいことなんてこの先あるんだろうか、何の望みもないのに…と、放っておくとどんどんネガティブな方向に頭が行ってしまう。

考え方を変えなければと頭ではわかっていても、内面は虚無感や無気力、劣等感などが渦巻き、もう無理じゃないかと感じることもしばしばです。

原動力となるものがない、望みの方向性が見えないときはどこから手を付けたらいいのでしょうか。


 
Re: / tok 引用
No.1309 2019/02/12(Tue) 14:04:44

主に仕事面について、相談です。

感情と行動の分離、過去記事で注射の例えがわかりやすかったです。
怖い感情はありつつも、自分にとって注射の有無が今後どのように影響するのかを冷静に判断して、腹くくって受けるというイメージでしょうか。

今まで私がやってたことは、仕事ではなく言われたことをやるだけのことも満足にできない、
作業員であったという自覚と、自分はかなりどうしようもない人間なのだという気持ちを感じるままにしつつ、目の前のことに集中しようと努めてはいます。
このスキルでは同業種の転職は不可能ですが、社会を生きるスキルも分からないまま転職や退職を考えたところで、何も良い方向には行かないと思います。


 
Re: / tok 引用
No.1310 2019/02/12(Tue) 15:22:14

連投ばかりですみません。
職場では誰にも相手にされてない感じで辛くあります。
例えばプログラマなら業界10年の人が、初心者講座に通う的な感じで、若い人に混ざって恥を忍んで受けに行こうかと思ってもいますが、現時点で使い物にならないのが会社のお荷物でしかない気がして‥。
本来、プライドなんかかなぐり捨てて頑張らないでどうすんだよってとこなんでしょうけど。
仕事もプライベートも、健康(糖尿病予備軍です)面も、すべて行き詰まりを感じています。


 
前進思考への転換^^ / しまの 引用
No.1311 2019/02/13(Wed) 11:34:36

これはずばり「前進思考への転換」から取り組むのがいいと思います。
『入門編下巻』では「思考の文法変換テクニック」(P.33)として説明しているもの。
抜粋しますと・・抜粋というか一部だけ省略ですが、
==========
 まず「怒り嘆き形」の思考を「望み形」の思考へ
 これが大きな流れを変えるものになります。「こんなんじゃ全然駄目!」「こうあるべきなのに!」と怒り嘆きの思考が湧いてきたら、「では自分は何がどうなるのを望むのか」を問います。
 これが、日常の思考を心理学的幸福主義の生き方思考に変えていく、大きな舵取りになるでしょう。その分、これは実際には結構な思案を必要とするものになるかも知れません。
・・(略)・・
 もう一つの「文法変換テクニック」は、より細かいレベルで実践します。
 「否定形文法」から「肯定形文法」へ
 これは話の内容を特に変えたり考え直したりすることはせず、とにかく文章として「肯定形」で終わるようにします。
 コップを落として割ったのであれば、「なんてこった、割ってしまった!」ではなく、「割らずに済んでたらいいな!」へ。これを日常浮かぶ思考で行うのは多少最初は違和感があるかも知れませんが、重要なのは人に伝えるために書いたり喋ったりする文章です。メールをよく使う人であれば、この見直し実践がしやすいでしょう。
 「‥でなければならない」「‥ではいけない」「駄目」「怒りを感じます」といった否定形で終わる文章を、「‥にできるといい」「‥であれば嬉しいです」といった肯定形に変えます。音楽のメロディを短調から長調に変えるように、機械的にでも。

 怒りと嘆きに心が流れそうになったら、必ずこの2つを実践するのです。
 自分に問うのです。では何がどうなるのが、お前の望みなのか。
 そしてそのための具体的な思考を検討するのです。何をどうすればそれに近づくか。完全無欠な人間はいないという限界に、しっかりと向き合いながらです。
 これを、100パーセント徹底させるまでやるのです。
 意識努力なしに自然に肯定形文法の言葉が出るようになった時、自分の性格も、マイナス思考が減り、人との対応の中でも、以前より情緒も安定し、穏やかで、かつ積極的になっていることを感じるでしょう。

==========

書い頂いた内容見るに、やはり基本的に「怒り嘆き形」なっておられるようで、マイナス指向土壌になっていると同時に、具体的な前進の方向性見えないものにさせていると思います。

こんな状況として理解頂くと良いかと思います。頭痛がして医者に行けば、「頭が痛いんです・・」と言えばあとは医者全てやってくれるかも知れません。原因を調べ適切な対処をする。
しかし、「人生」というのはそのようにはいかないわけですね。「人生がうまく行きません・・」と訴えて、良い人生作り出してやれる医者はいない^^;
それを人生への取り組みバージョン考えるならば、頭痛多少軽減できればいい程度なのか、それとも原因を究明し根本解決したいのか、あるいは頭痛というもののさまざまな原因について医学的な勉強をしたいのか、などなど、によって違い出てきます。そうして人それぞれが違う人生の歩みというものが出てくるわけですね。
そのように、「何をどうしたいか」「実際何がどうできそうか」という具体的内容落としていくことで、そこに前進始まるわけですね。
その内容方向性は、まずは自分自身だけ考えることができます。

そうしてまず思考の基本的な型前進形にしていく重要なのは、「今を原点」として前進すること。つまりいきなり高い完成形になろうとせずに、ゼロから、自分に着実にできること見出しにそれを拡大向上させていくというステップ踏んでいくことですね。
そのためには、まず目の前にある一本のペンを、右から左に動かすことができるか、といったレベルから考えるのだ、というのがハイブリッド心理学流です。
実際それもかなり困難なハンディというのが、いくらでもあるのだという人生観です。

まずアドバイスとなるのはそんな話ですね。ブログでも以下などで書いていますので一読頂ければ^^。
カテゴリー「(1)プラス思考」
カテゴリー「(3)人生を豊かにする思考法行動法と価値観」の中の「一歩一歩の向上思考」(3記事)

ということで、書いて頂いたもの幾つかコメントするならば、

>できれば仕事などしないで家で引きこもっていたいタイプなので、

この「家で引きこもっていたい」別にokですね。なら家でどんな風にすごせる方策を練るのも良し。これはちょっとまた別テーマ出てくる感じでもありますが、思考の全体「道徳思考」というハイブリッド心理学からはあまり望ましくないものなっているかも知れませんね。「こうであるべき」から考える思考。そこからの脱却重要です。
夫婦は何でも理解し合うべき、とか。ハイブリッド心理学からはそうではなく、「愛」「喜びと楽しみの共有」として向かうという価値観です。共有できない別々のものがあっても大いに良し
どちらも
『辞典』 実践-4 「愛」「自尊心」「人生」のための価値観と行動法
整理していますので参照あれ^^。

>例えばプログラマなら業界10年の人が、初心者講座に通う的な感じで、若い人に混ざって恥を忍んで受けに行こうかと思ってもいますが、現時点で使い物にならないのが会社のお荷物でしかない気がして‥。

これは具体的な話になりますが、もIT会社でプログラマSEをやった経験から言うと、プログラマSEかなり適性や体力(長時間労働)が要求される職種ですので、30代以降くらいから始めようとするのではかなりハードルが高くなるという個人的感想です。
手に職をつけるなら「簿記」とかの浮かびますね。まこうした職種紹介はもう僕の専門外になりますので、ごくごく参考まで。

いずれにせよまず思考の型前進形にしてみること。そして「今を原点」にすること。そこからどんな思考展開できるかになると思います。検討してみて頂ければ^^。



罪悪感との向き合い方 / tok 引用
No.1297 2019/01/05(Sat) 17:10:31

夫に対する罪悪感に悩んでいます。私たち夫婦は41歳で子供がいませんが、
それは私がずっと拒絶し続けてきたせいであり、その頃は精神的にかなり荒れており夫のことを傷つけてきました。
夫としては20代で産み育てる人生を歩みたかったのにもう生きる事に意味がない、残りの人生は抜け殻だといって昼夜逆転したり酒を飲んだり、半ば自棄的な生活を送っています。
今更になって後悔と罪悪感、この先に希望がない気がして押し潰されそうになっています。
償うことがもう出来ないのだと思うと、死んでしまいたい気持ちになります。
でもこれは自分が楽になりたい、自分が救われたいだけだという気もしています。
もともと人生に意味も何も感じず虚しさばかりが募ります。
自分のせいで夫の人生が狂ったと言われると死にたくなります。
どう向き合えばよいでしょうか。何もかも失って自殺する未来しか見えなくなっています。


 
Re: 罪悪感との向き合い方 / tok 引用
No.1298 2019/01/05(Sat) 17:12:43

冒頭の”その頃は”は20代のことです、分かりづらくてすみません。


 
「罪悪感」から「これからの生き方」への転換^^ / しまの 引用
No.1302 2019/01/13(Sun) 10:17:29

「罪悪感」への向き合い方というのは、これまた一冊の本書けるような沢山の話になりますが、まず一言指針書いてみるとこうなります。
問題を切り分け、具体的前進の検討や自分の根底の望みへの向き合いへと転換すべし。
と。

まず「切り分け」については、説明全体としてはちょっと言葉足らずですが『辞典』こう書いた通りです。
実践5-1 悪感情の種類別の克服対処の指針 - 悪感情の種類ごとの克服対処の指針/罪悪感
==========
「罪悪感」感じるものには、人の期待に応えられない自分の自己理想を損なう、そして他に害を与えたという、主に3つがあると言えるでしょう。
しかし「成長」への歩み立つならば、前二者「罪悪感」感じるのは不適切であり、それらは、自らの目標と「愛される望み」への向き合い、そしてありのままの自分を受け入れての前進という、心のテーマへと変化します。また他に実際に害を与えた時「罪悪感」合理的とは言えますが、それもやはり、償いと補いのための最善の行動への意志へと置き換わります。
そのように、「罪悪感」は、「成長」への歩み別れを告げるべき感情だと言えます。
==========


つまり、実際に他に害を与えた、そしてそれに対する贖罪などが済んでいないのであれば、罪悪感に耽っているのではなくどう贖罪つまり謝罪や賠償を行うかの具体的行動の検討しなさい、と。
一方、他の期待や自分の理想を損なったというとなると、本来それは「罪」というのとはちょっと話が違うのでは、と。この場合そもそも自分はどう生きたいか真剣に向き合うのが重要「自分としてはこれからこうしたい!」というのが明瞭になれば、そこからまた、過去に自他の期待に添えなかったことへの思いも、どこか落ち着き所を見出すのでは、という

ですので、書いて頂いた状況について考えると、まずは旦那さんの期待に添えなかったというものではある一方、実際に害を与えたことへの贖罪ができていない、というものではない、と言えると思います。社会的損害のような話ではなく、あくまで夫婦間の価値観や理想像の行き違い問題
ですのでそれについては、自分がこれからどう生きたいかに向き合うのが重要、ということですね。

こんな状況としてイメージするのがいいと思います。旦那と連れ立って車で旅行をしている。どちらも運転が未熟であり、時々交代しながら旅の途中まで来て、あらぬ所に来ていることに気づく
そこで、どっちが悪いという話をしても、あまり始まらないということですね。必要があれば運転技術の習得し直し加えたりしながら、改めてこれからどこに行きたいか、どう行けるか検討まず先です。そして、新たに出発するしかない。そうして多少とも望む方向に進むようになったら、互いに、あの時は自分の運転のこれが悪かったな、と思い返すこともできるかも知れない。

ということで、罪にどう向き合うかというよりも、これからどう生きるか全体になるわけですね。
そうして目線をまずは「過去の罪に向き合う」ではなく、「これからの生き方」切りかえられるか、に向き合ってみて頂くと良いかと思います。

そのためまずとにかく視野を広く持つことが重要だと思います。
20代で子供を育てることができなかったから人生終わりなんて、あまりに限定しすぎ^^;
これから産む可能性もあるかも知れないし、里親という選択肢もある。
またそもそも旦那さんの期待に応えだけが結婚というものでもない。
そうした問いを、自分で出していくことからですね。すぐに気持ちを切り替えられることを求めるのではなく、まず思考のレベル「こうしたものはあり得るか?」という選択肢立ていかにできるかからになると思います。

それが全ての始まりであり、そこでまた沢山歩み出しの苦労や躓きもあり検討事項出てくるかと思いますが、まずここでは始まり入り口ところ話だけにしておきましょう。まずはそうした目線の転換向き合ってみて頂ければ^^。


 
Re: 罪悪感との向き合い方 / tok 引用
No.1305 2019/01/23(Wed) 12:08:28

島野さん

ご返信ありがとうございます。
まさに「今後どう生きたいか」に集約する話ではあるのですが、そこが自分でもよくわからないのが問題だと思います。

夫として現在の状況は、
・100%私のせいである(当時私が、話し合う余地のない程激しい拒絶をしたため)
・里親は考えていない(自分の子供でなければ嫌、代理でも嫌)
・人生を犠牲にしてきたので、私が生まないならこのまま死ぬまで自暴自棄し続ける、私の言うことは絶対に聞くつもりはない

だそうです。
私自身がどうしたいかですが、この年齢になってもやはり生みたくはないのです。
今更言うのは、夫を傷つけてきた罪悪感と、老化を感じだした寂しさや焦りなどのせいだと思います。
夫には、精神的に荒れていた自分を支え続け、愛情を注いでくれたことに対する感謝の念があります。だからこそ、罪悪感もあります。

でもどう生きたいかを考える時、いつも虚無感と無力感に襲われます。
仕事でも職場では相手にされていない感じもあり、友人もなく、現実に失望することばかりで何をやっても無駄な気がして、趣味を持つ以前に物事に興味を持つことが出来ずにいます。
何かを見てもやっても、映画のあらすじだけ聞いてるような冷めた傍観的感覚です。
以前は優越感を持てそうなことが原動力になっていましたが、年々優越感を持てることも減ってきて今はほぼ皆無。

傷つかないために、どうせ何をやっても無駄、評価されなくてもいいのだ思い込もうとしています。それでいて地道な努力を嫌うくせに結果を欲しがる性格だと思います。

発達障害の傾向があり、理解力の低さ、社会的能力のなさ、会話の下手さその他全体的に能力が低いため、いつも人に馬鹿にされている気がしてなりません。逆に自分も他人を馬鹿にしていると思います。
他人は基本的に私を見下す敵だという考えがいつもあります。
自分に似た人を見下し、ないものを持つ人を過剰に大きく見て恐怖する。

じゃあどんなのが理想なのかというと、
何らかの能力に恵まれ、生き方に自信を持ち、人生を幅広く楽しみ、若く美しい女性を理想としているらしい。
趣味もなく夫と子供だけに全人生を捧げるような生き方は嫌だが、ただ一人であるのも嫌なのです。


こうして書いて見えてくる自己像は幼稚・未熟であり、恥ずかしい自分自身から逃げ、覆い隠したい目的で何か身に着けようとしますが、その事そのものには無関心なので面倒くさくなり続かないという。
そして、こんなダメ人生の責任をどうしてもとりたくないと考えています。

自分のしょぼい能力への不安と、夫との罪悪感に縛られて不幸になる未来が確定している気がして、ますます人生から逃げたくなっています。
今までの人生、自分を直視しないためだけに生きていたのかもしれません。


 
まず心の目を肥やすことから^^ / しまの 引用
No.1307 2019/02/08(Fri) 16:26:50

やはりまず自分がこれからどのように生きていきたいかという方向性持つことからになると思います。そこから、旦那さんへの対応見えてくるかと。
そしてそれが分かるのは、もちろん自分自身を置いて他にないということになるかと^^。
その点ちょっと物足りないかも知れませんが、ハイブリッド心理学「自らによる成長」のための自己取り組み心理学になりますので、あまり突っ込んで「こんな生き方はどう?」といったご提案をするものではなく、そうした自分自身への向き合い大切ですとアドバイスできるまでとなりますです。
子供をまだどうもうけられるか云々といったもあくまで自分への問いごく一例になりますので、ぜひ他の視点からも「これからこんな生き方はどうか?」という問い自分自身に向けてみて頂ければと思います^^。

「こう生きたい」という方向性が見えない場合ハイブリッド心理学からは、たとえで言えば、一度立ち止まって・・というかすでに立ち止まっているわけですが、運転技術や足回りの確認向上取り組みます。
つまり「価値観」「思考法行動法」さらには「心の自立」といった心の基盤について学び、それについての自分自身心のあり方確認検討し、今までと違う姿勢への可能性自らに問う、といった取り組みです。
そのためには、まずは多少読書からになると思います。

>以前は優越感を持てそうなことが原動力になっていましたが、年々優越感を持てることも減ってきて今はほぼ皆無。
>発達障害の傾向があり、理解力の低さ、社会的能力のなさ、会話の下手さその他全体的に能力が低いため、いつも人に馬鹿にされている気がしてなりません。逆に自分も他人を馬鹿にしていると思います。他人は基本的に私を見下す敵だという考えがいつもあります。自分に似た人を見下し、ないものを持つ人を過剰に大きく見て恐怖する。
といった記述から見るに、「自尊心」について学ぶのが良いかも知れませんね。これは『理論編上巻』詳しく取り上げています。
そうして多少読書進め、ある程度頭に入ってから、「これはどう考えられるか」具体的糸口材料見つけてみる、という進め方良いと思います。

と言いますのも、書いて頂いたことは主に「自己像」「自分自身への感想」についてですが、これは「外面行動は建設的なもののみ行い、内面感情はただ流し理解する」というハイブリッド心理学「感情と行動の分離」基本姿勢において、感情側のものに位置づけられます。
つまり自分自身をそう感じていることについては、「ただ流す」それだけです。
もちろんそれだけだと何の変化要素もなく「外面行動は建設的なもののみ行う」というもう一方の軸重要になります。まずはその材料探しから。そのため心の目を肥やすことからですね。

そうして、ま読書進める前すぐでもいいのですが、「これはどう考えられるか」具体的糸口材料をどれか絞ってご質問頂ければ、また詳しいアドバイス可能かと思いますので^^。



(No Subject) / TOBI 引用
No.1304 2019/01/22(Tue) 01:24:39

島野さんは、一度素性の良い仕事(職場)で、普遍的と言えるような外面的行動の技術を身に付けるべきだということを書かれていたと思います。でも、「素性の良い職場」への就職というのは誰もができることではないと思います。私も、尊敬できる人がいるような職場には恵まれませんでした。
 「素性の良くない」とも思えるような仕事や職場、そもそも一人で物事を極めていくような仕事や職場であっても、普遍的な外面的行動技術を身につけることができるのでしょうか?
 幸運にも素性の良い職場に巡りあわないと、普遍的な外面的行動技術を学ぶことは難しいと思われますか?


 
時代の変化・「仕事の普遍的スキル」入門^^ / しまの 引用
No.1306 2019/02/05(Tue) 11:14:29

これはまず書いて頂いた言葉としては3つほどテーマになる感じかと。
1.「素性の良い仕事(職場)」・・・「素性」とは「生まれ育ち」のことで、まずは職場の性格などのになるかと。

そして「普遍的と言えるような外面的行動の技術」ですが、これはハイブリッド心理学としては2つテーマになります。
2.建設的行動法一般・・・「建設的対人行動法」「原理原則行動法」「ウインウイン行動法」から成る
3.「仕事の普遍的スキル」


時代の変化・・

これですが、
>島野さんは、一度素性の良い仕事(職場)で、普遍的と言えるような外面的行動の技術を身に付けるべきだということを書かれていたと思います。

かなり以前ですが、旧掲示板仕事スキル関係書いていたもののかなと。以下など。
これはまずは1.「素性の良い仕事(職場)」になるかと。
===========
過去ログ2006.2収録 文字装飾はつけ直し
『「太陽と惑星」の社会構造』
しまの No.909 2006/02/21
・・(略)・・
企業働くようになり、最後長く勤めた大きな会社にいて、そのイメージがこの社会の基本構造であるのを感じるようになった次第です。
社会で
上位者と位置付けられる者達は、まとまって大きな集団を作る傾向がある。下位に行くほど、分裂して小さい。さらにその大きな集団実際生活してみて、まあ僕が行った所が良かった幸運もあるのでしょうが、暖かい、光のある世界だったと感じます。だから「太陽と惑星」というイメージぴったりきます。
決して
「け落しけ落される」世界ではなく「純粋さ、思いやり、誠実さ」そして「建設的であること」何よりも大切にされた会社文化があったと思います。それが顧客の信頼を得て、継続的な利益つながるわけです。

そうした集団入ることを、人生の目標の一つにすることに、僕は大賛成です。そうした集団は決して排他的ではなく、その会社の社員になるのでなくとも、その取り巻き集団(^^;)中に入るだけでも、沢山学ぶことなどの恩恵があるでしょう。
・・(略)・・

===========

ということで、主旨的ご指摘頂いたようなこと書いた言っていいのかなと思いますが、
実は今じっくり読み返して、すぐ浮かんだ感想とは、
「今は違う」
というものなんですね。

ちょっと時代考証などしますと、社会出たのが85年仕事場パソコンなるものもない頃で、88年大手IT企業移り、その後Windows95登場パソコンそしてインターネット普及などの流れ2005年会社を辞め執筆専念という経緯です。
それからまだそう時間も経っていない2006年上記文章など書いていたわけですが、その時点実際そう思えていたわですね。
しかしもう違う。どう違うかというと、会社にいた歳月というのは、基本的「情報」閉ざされた場の中に閉ざされていた時代なんですね。だから、同じ閉ざされた場でもなるべく大きな場の方が情報も豊富で有利であったわけです。その中でスキルを獲得していく、そのために教育するという風潮もあったと思います。
ところが今はそうではないですね。インターネット普及からさらに、SNS社会行動インフラになったという段階
ここ至り人間社会、人間文化そのものが、「集団の時代」から「個の時代」に転換した感じています。いつ頃からかと言えば、やはりfacebook株式公開した2012年頃が、その転換点かと。

そうして「個の時代」となった職場におけるスキル習得について起きている変化とは、
情報が基本的には開かれた場の上にあり、仕事場の中で教育していくというよりも、即戦力、そして自分自身を教育できる人材を求める風潮。
というものになると思います。

また「素性の良い仕事場」について言えば、社会経済発展途上にあった一回り前までは、上位の大集団がその経済的ゆとり情報の豊富さ教育熱心さ、そしてまだまだ発展するという活力によって素性の良い仕事場になることがより可能であったと考えられますが、のような低成長時代となると経済的ゆとりもなくなり、活力も低下しがち、そして「個の時代」化により職場教育の手薄化などもあり、上位の大集団「素性の良い仕事場」とはもうあまり言えない風潮ではないかと思います。
時代、そしてこれから時代において「素性の良い仕事場」というのは、やはり「個を大切にする仕事場」だと思います。具体的にどういうことかなどの考察はここでは省きますが、それはむしろ小規模のベンチャー的企業など見られるようになっているのではないかと感じます。

ということで、「仕事場」について言えば・・「大学」とかになるとまた話は違うと思いますが、「上位の大集団が素性良く学びやすい」というのはここ数年でという時間レベルで急激に変化している、つまりもうそうは言えない、というのが僕の考えです。

ではどうすればいいかと言うと、時代の潮流そのまんまですね。自らを教育すればいい。
実は「普遍的」というのであれば、これは前からそうなんですね。「普遍的」であるとは、時と場所を越えて通用するということですから、特定の場所で身につけるというものでは、元々ないんですね。特定の場所で身につけられるのは、個別限定的スキルです。まあ特定の場「普遍的スキル」銘打った教育するものある可能性もありますが、あくまでそれは「考え方」教えるとどまり「身につける」のはそこからさらにさまざまな場での経験を通して、になると思います。


仕事の普遍的スキル入門

では「仕事の普遍的スキル」とは何か、それはどのように獲得されるのかについてごく簡潔に書いておきましょう。
なおご質問「普遍的と言える外面的行動の技術」という言葉は、仕事スキルだけではない対人行動法全般、冒頭でテーマ整理した、
2.建設的行動法一般
指しているかも知れませんが、これはもう仕事場限らず全ての生活場面取り組むものになりますので、素性の良い仕事でうんぬんはもうない話になりますね。これはいいですヨネ。こちらについては
辞典 「実践3-1 行動学」
など参照頂ければ。

ということで、
3.「仕事の普遍的スキル」
という本題そのものになりますが、『辞典』の「実践3-2 仕事の普遍的スキル」での整理まだあまり書けていませんので、ここでごく輪郭など書いておきましょう。
まず定義としては、「未修得の特定技能を求められるようなものでなければ、詳しい指示を受けなくても、置かれた仕事の場において自分がすべきことがすぐ分かり、作業をすみやかに行うことができる」といった能力などと言えると思います。
これはのような課題側面から成るものと言えます。
 ・この社会で「仕事(業務)」というものがどのように構成されているのかが分かる。そこでの個々の作業の役割が分かる。
 ・ミスをなくすための工夫を考えることができ、実際ミスを最小限にして作業することができる。
 ・トラブルへの対処ができる。
 ・向上への工夫ができる。そのために必要な他者との調整ができる。

このためにまず基礎教養的スキルとして・・これは当然時代応じて変化するものですが、パソコンのスキル多少英語力文章力プレゼンテーションスキルなどがあります。その上上記のような課題側面習得するためには、実際の仕事携わりながら、それなり勉強たとえば社会人向け自己啓発本、また経験で言うと「簿記」勉強(これは結局3級も受かりませんでしたが^^ゞ)が、企業でのお金の流れ把握する上で役に立ち、ひいては企業の業務の構成把握できるようになったりしました。
そして結局仕事というのは人との調整というのが大きなものになりますので、テーマとして
2.建設的行動法一般
基礎になります。
そして仕上げとして、「実践3-2 仕事の普遍的スキル」の冒頭に書いた、
=============
「役割」「工程」「管理」そして「生み出す価値」といった専門的視点できるだけ早く意識を向け仕事場におけるその具体形の把握のコツをつかむことが、仕事のスキル獲得への近道になります。
=============
というものになります。
これは『入門編上巻』P.212「価値言葉」として指摘したものでもあります。ご一読頂ければ^^。
その具体例は、
メール相談事例集 No.002 視線恐怖および「職場での自分の位置への不安」の克服
またこの掲示板「スキル」とかで検索して頂くと出てくると思います。

これらを一言こう言うこともできますね。「仕事の普遍的スキル」とは、仕事の普遍的なスキルとは何かが分かることだ、と。まあ言葉の繰り返しですが、実際まさにそういうことだと思います。

ということで、それなりに結構高度な話であり、社会人生活を通してまずはざっと10年といった歳月を経て獲得できるものになると思います。結構ハードルの高い話でもありますが、気休めにハードル低い話をあつらえても意味ないかと思いますので^^。
それに向けて、まずはそうした目標意識を持つか。そしてそれなりの勉強を積み重ねるかになると思います。「運」というのはあまり関係ないかと^^。
まずはそんな話になりますね。お答えになりましたかどうか^^。



損得について / yamada 引用
No.1301 2019/01/12(Sat) 21:30:17

携帯電話の料金を下げるべく携帯電話会社の乗り換えを検討しています。多くの携帯電話会社に話を聞いたところ,もっとも金銭的にお得だと言える会社が分かりました。ですが,その会社にたどり着くまでにかなりの時間と労力を使い,わずかな金額の多寡にも注意を払う自分に卑しさも感じました。得をすることは出来たかも知れないが,このような得を求める行動(損を回避する行動)を過度に行うと,長期的に人生を通してみれば損をする(人生を失う)こともあるかもしれないと思いました。

メルカリで安い商品が出るのを毎日チェックしながら時を過ごし,最終的に安く買えたはいいが,チェックをしていた時間や労力に見合っていなかった。

1000円割引のクーポンが出たから,欲しいものを探し出し,多少無理して購入する。

温泉宿に泊まり,無料だからと言って不必要に朝夕二度温泉につかる。

よりお得なものを得るため,何がお得かどうかの調査するが,その調査に時間をかけすぎる。制限時間が設定されていないと,延々と考え続け,気づいたときには多くの時間を浪費してしまっている。

より条件のよい転職先を探すが,転職活動に多くの時間をかけすぎて,1年が経ち,転職する機会を失う。


自分の決断の基軸が,「損得」になってしまっている事がよくある。よくあるというか,何事にしてもそうかもしれない。働くことだって,結婚することだって,より楽で,よりオトクなものを選択する。そんな自分が卑しいと思いつつ,それに代わる決断の基軸も特に見当たらず。

損得感・効率性といった決断の基準について,お考えがあればお聞きしたいです。


 
「お金」との付き合い・損得計算の熟達への道^^ / しまの 引用
No.1303 2019/01/15(Tue) 15:12:10

正しい損得思考

これは比較的単純問題かもですね。損得効率考えてしまっているのが問題なのではなく、損得効率うまく判断できていないという問題になると思います。間違った損得思考や計算をしているという問題

ありがちなのは、まさに

>損得感・効率性といった決断の基準について,お考えがあればお聞きしたいです。

ご質問頂いていますが、「基準」間違ってしまっているというケースかと。

まず最初から言いますと、「損得で考える」ということ自体を、ハイブリッド心理学では否定しません
むしろ「損得」で考える主義です。それへの対照となるのは「とにかくこうすべき」という道徳主義のような思考になると思いますが、ハイブリッド心理学ではそれに立たないのはご存知かと?^^。
ハイブリッド心理学では、自分の生き方や行動を、損得で考え、決めるという主義です。
重要なのは「基準」にするかで、「幸福」基準にします。「お金」ではなく。これは「材料」にはなり得るだろうが、基準にはしない

「基準」にするとは、それがより上のものを選択するということですね。自分より幸福になるであろうものを選択する。これをもう一義的なものとして掲げます。
ただしその「材料」が、人それぞれ時と場合多種多様になるわけですね。「お金」その一つでしょうが、それだけ考えるというのはあまりに視野が狭い話であるというのはよろしいかと^^。

ともかく、まず正しい「基準」で損得を考えることだ、というです。
ありがちなのが、「材料」を「基準」にして考えてしまうのが、この損得思考損得計算全体歪み惑い出てくる原因、というものです。
通常食事であれば、「旨さ」基準最終的に選ぶと思います。文字通りの材料で決めるのではなく。また値段ももちろん判断材料にはなると思いますが、基準ではないですね。これはよろしいかな。

ということで、書いて頂いたものは、ずばり「金銭値段」を「基準」にしてしまっているのが惑い原因かと思います。「クーポン」やら「無料」やらと。
もちろん「お金」を基準にものごとを考えるのは世の人ありがちですが、「幸福」を基準に考え、人生に時間が限られることを見据えた時、「お金」は「基準」としての座を失うのみならず、「材料」としての強みさえも次第に色あせる、と言えると思います。
なぜなら、「お金」によって我々「幸福」つながるためのさまざまなもの手にできる思い描いて人生を歩み始めるわけですが、「お金」を得て、それによって得たものが「幸福」につながっていないのを感じた時、それは「時間を失う」という「損」であることを、知るからです。人生には時間の限りがあります。だからそれはまさしく、人生を失うことつながるものなんですね。
言えるのは、「お金」を基準にすると、時間がかかる、ということですね。お金を得るために、時に、というより大抵必要になる、膨大な時間お金のちょっとした差異右往左往し沢山の情報に付き合わされる時間
ならば、「お金」という基準を思い切ってとっぱらってその先で得られるものを手にしてしまえば、全体としてはるかに得で効率良いということにもなるわけです。実際それが得られるのあれば、という条件つきになりますが。


「お金」との付き合い・損得計算の熟達への道

以上のような基本的考え方として、ハイブリッド心理学からは、「損得計算の熟達への道」というのがある、と言えるかと思います。
それは同時必然的に、「お金との付き合い方」という、現代人宿題だと言えます。現代人にとり「お金」が、生活振り決定づける基盤でもあり、損得思考における極めて強力な材料、さらには基準にもなり得るものだからです。

2つ課題あるという考えになります。
一つ「道」としてあるもの。つまり人生の歩み段階に応じた課題があり、それにいかに向かうことができるかという課題
「依存の愛から旅立ち、自立の自尊心を経て、成熟の愛へと向かう」というハイブリッド心理学「命の生涯」の思想対応するにて、以下のようながあるというものになります。一言で言えば・・というよりちょっと長くなりますが、
まずはとにかく、「仕事」の能力向上に向かうといい。それが同時に、この社会で自分がどの程度のお金を得ることができるのかの、おおよその目安になる。そうして人生の歩みの折り返し頃になれば、自分が人生でどんな生活振りができるのかの目標と実際の達成状況というものが見えてくるようになる。するとほどなく、お金が生活基盤として重要であるのは引き続く一方、やりがいや生きがいをどう得るかが、多少ともお金を度外視した形で重要性を帯びてくるだろう。その先に、やりがい生きがいを見出すと共に、人生の終わりまでの金銭の見通しを立てることを足場に、金銭への惑いや金銭欲を卒業するというのが、「お金とのつき合い」という宿題の一つのゴールの形と言えるだろう。
これがまあ、「損得」といったテーマで、惑い全体から卒業するまでのというです。「損得感」となると出てくる話

一方もう一つ課題とは、そうしたどんな時点にいるにせよ課題となる、「損得の判断力の向上」という課題です。
「損得」および「損得感」大小上記「道」に応じて様変わりするわけですが、ここではどっちかというと細かい損得場面どう素早くかつ的確に処理していけるかという、日常的な話であり、ご質問としてはこっちとしては焦点かもですね。

まあ、こうなれれば損得判断の達人という姿あるということになると思いますが、それはどんなことか。
「幸福」損得基準にする限り、それはとくかく損得金額計算が正確迅速にできればいいというのではない、のはいうまでもないことですね。
考えでは、いくつかの、達人たる判断則しっかり身につけることだ、と考えます。
それは上述のように、
1.損得の「材料」になるものを「基準」へと格上げしてしまわない
ということから始まり社会経験人生経験の中で学ぶべきことしっかり身につけた姿です。思いつくものをあげていけば、
2.代償のある小さな得は、実は基本的に損
この「代償」よくあるもの「時間」ですね。あとはたとえば「ストレス」買ったりしてごく僅かな株価変動右往左往しているのは、もうそれだけで
3.小さな得を餌に大損を食わされることなかれ
「確実な利回り」の文句エサに、老後資金をごっそり騙し取られる高齢者なんと多いことか。
そしてとりあえず最後に、これ重要ですが、
4.何のためにそれをするのか、自分自身を知れ
たとえ洋服好き着ない服ヤフオク出品するというのをよくやっていますが、中には100円200円といった値段でしか売れず、手間時間が割りに合わなそうなものも良くあり、準備作業に入ろうとして「何でこんな面倒なことを・・」自問すると、「まだ使えるものをいきなり捨てるという行為が、僕は嫌なのだ」答え返ってくるわけです。で、なるべく面倒を感じないよう、他のもののついでのような出品作業を進める。
そこでは「お金」よりも、「満足感」というプラス感情が、目的なんですね。それに見合った行動をする満足感

そうした細かい損得判断を、日常生活の中で素早くできる、即断できる、といった自分感じるようになって、自分人生の一つの側面で達人になれたような満足感得られるわけですね。
決して金銭額の問題ではないわけです。
そうした判断うまくできないというのは、まるで交差点を前にしていつまでもハンドルを切ることができない運転者のようなもので、何より自分が情けなくなってしまうと思います。金額的な損というより、こうしたマイナス感情こそが、なんですね。

テーマ整理および思いつく僕の考えざっと書きなぐりましたが、考え方基準はこれでおおよそお分かりかと。
書いて頂いた具体的内容については、「クーポン」「無料」とかは、まず目的が先にあって、そして時間かけず手に入るもの大いに使うのがいいですね。クーポン探し時間をかけるという行為良しとなるのは、それ自体趣味として楽しめる場合です。
電話料金は、これは長い目で見ると結構影響ありますので、調べるのに時間食うのは多少アリと思いますけどね。どっちかというと、この程度の金銭金額問題ならこの程度時間かけて検討して良しという自分の按配加減への自信なさというマイナス感情問題かと。これは判断力全体的に上がることで、「これはこれで良し」という時間配分判断力満足感向上すると思います。
一方、

>働くことだって,結婚することだって,より楽で,よりオトクなものを選択する。そんな自分が卑しいと思いつつ,それに代わる決断の基軸も特に見当たらず。

これは卑しいというより、4番目的が見えていないという、ちょっと別次元の問題があるかも知れませんね。自分人生の生きがいどのように設計するかという、どっちかというと「道」の方の次元の話
これは取り組みとしても遠大なものになりますのでここではもう話を膨らせませんが、アプローチとしては、「人生での望み」といったテーマでの向き合い、そこに妨げありそうであればどのように「望み」に蓋がされたのか自己分析などがある、と一言添えておきましょう^^。

まずは基本的考え方から確認し、あとは日常生活での細かい場面でのハンドルさばき積み重ねになりますね^^。



セツクス依存症です / リリィ 引用
No.1290 2018/12/03(Mon) 13:19:01

36歳主婦です。
10歳から自慰を覚え15歳でセックスを覚えてから、沢山の人と手当たり次第に寝てきました。
そもそも15歳の時のお相手もセフレですし、自分は淫乱なんだと思ってきました。
30歳で結婚してからは夫以外の人とは寝ないと決めたのですが、今年プロの男性と寝てしまいました。
結局、プロの方の子供を孕んでしまい、自分は何て弱いんだろう。駄目なんだろうと苦悩しました。その事を逐一、相談していた友達にも呆れられてしまい。本当に自分が何故生まれたのか、よくわからないのです。
セツクス依存症になってしまった要因についてずっと考えて来たのですが、5歳くらいの頃お風呂で悪戯をされた事を思い出して、たちまち苦しくなってしまいました。
今だにお風呂からの連想か水や雨が苦手で、雨の日は泣きたくなってしまいますし、誰かに無茶苦茶に抱かれたくなってしまいます。
結婚してるのだから、夫とすればいいのですが、夫とは達した事がなくこのままで結婚前のようには手当たり次第に誰かを探すのではないか?と不安です。
私はどうしたら、変われますか?永らくこの症状に気が付かずに生きてきた為、仮に治っても私からセックスを取ったら何も残らないのではないか?の不安もあります。
アドバイス頂ければと思います。


 
「依存症」へのハイブリッド心理学アプローチ^^ / しまの 引用
No.1292 2018/12/16(Sun) 15:53:37

これも先のご質問相談「美容整形」といったのと同じくハイブリッド心理学ではあまり頻繁には取り上げないテーマなのですが、ハイブリッド心理学からどのようなアプローチになるのかなとちょっと一考してみましょう^^。
「依存症」というテーマですね。その中「セックス依存症」という特定テーマ独自の話もあるか。


「依存症」とは

まず「依存症」とは、特定の行為にのめり込む様子そのものではなく、そこに「やめたいのにやめられない」という心身ストレス自己コントロール不能があるものを言いますね。これは世の医療関係良く言われ周知のことと思います。
問題その先で、なぜそうなるのか原因と、ではどう克服するかというアプローチについては、かなり世の医療関係一般違うアドバウス言うことになるのかなと。
一般的には、依存症の裏にある心の闇多少配慮をしたとしても、深い心理分析にはあまり踏み込まないまま、とにかくやめるための隔離や防御、また自助グループ参加による励ましなどになるのかなと思います。
一方ハイブリッド心理学からアプローチするなら、裏にある心の闇についての、結構細かい分析からになると思います。それが自ずと、克服アプローチ方向示し始める

がまず「依存症」の裏にあるものとして想定するのは、「身をけずるような空虚感」です。それから逃れるために、たとえば飲まずにいられない
ただそれが「依存症」という激しい姿になるのには、もう一枚加わるのではないかと。
それは、「やめられないこの自分は駄目だ」という自己叱責が、「自分というものを保てない」かのようなパニック感を起こし、そこから逃れるためにその依存行動走る、というものではないかと想像します。過去自分が保てないような混乱感から、セックス救われたという心の状態一度出来上がると、パニック混乱からその依存行動繰り返し走るというのはもう分かる話です。
するとつまり、「依存をやめられない自分という自己叱責パニックから逃れるために依存する」わけですね。こうなるともう自己循環自動的にその依存行動コマが回ることになります。
書いて頂いた状況についても、そんな面があるのではと。こんな自分では・・という不安混乱頂点に達すると、誰か自分を抱いてくれる人探さずにいられなくなる、と。


克服への真の基本姿勢

それに対して、どう向き合うのが良いのか。
そうした今までの依存行動に、「もうこれは絶対駄目!」という禁止かけるであろう世の一般と、実はまさに逆の姿勢から入るわけですね。
過去の依存行動に、感謝することです。過去の依存的セックス行動に。なぜならそれが、自分を保てなくなくなるぎりぎりの精神破滅から、自分を救ってくれたのですから。
その上で、これからは、その自分を救う役割を、自分自身が果たすことです。

これは突飛なアドバイス聞こえるかも知れませんが、実は「認知療法」大家デビット・バーンズが示した真実の克服姿勢です。自分の不合理行動どうにかしたいなら、まず今までのそれに感謝することからです、と。事実そうするしか手がないなら、そうするべきであったということなのです、と。多分「認知行動療法」はこうした真のアプローチの精神抜いたまま、ただ禁止訓練をするようなものになっているのではないかと。
ともかく、「過去の依存に感謝しなさい。そしてこれからは自分がその役割を担いなさい」というものですね。依存行動繰り返すのではなく、と。


具体的実践

深刻な自己コントロール不能についてはそうした向き合い転換図るとして、あとは具体的実践になりますね。
美容整形についてのアドバイス同様ハイブリッド心理学では精神論道徳論ナシです。ただ社会行動学からの良し悪し出てきますね。
3つ取り組みになると思います。

1)良し悪しをセットで見る目
依存症克服にあたり、地味ながらも・・つまり即効性はないものの、最終的な答え見出すための一番基礎になるのがこの、「良し悪しをセットで見る目」になると思います。
つまり、ある行為魅力的な側面と、不快な側面を、セットで見る目です。そしてその行為向かおうとする時、自分が不快な側面にも向かう行為をしようとしていることを、しっかりと意識することです。
まあ実際魅力と不快がセットであるならば、セットとしてのその行為について、自分がどのように向かうべきものかの答えを出さねばならないわけです。魅力的側面だけ取って、不快な側面後から不本意に遭遇するもののように意識するのではなく。
お酒であれば、その旨さと酔いの至福だけでなく、その後悶絶するような二日酔いを、飲む行為なのだとしっかり意識する。その両者量的バランスどうなのかも、しっかり吟味しながらです。
パチンコであれば、勝つ興奮だけでなく、負けて大きく損をする行為を、今行うのだとしっかり意識する。
無差別的な性行為であれば、うーんまずは犯罪に遭う危険・・場合によっては即命に関わるような。病気を移される危険。また配偶者がいるのであれば知られた時にどうなるか。

それはとっくに聞いた話だ、ということにはなるかも知れませんが、重要なのは、要求に蓋をするのではなく、いかに根底から健全化できるかです。
そのためには、基本的自制利くという前提において(それが不可能な時上記のような向き合い)、心の中では欲求を開放したで、まず不快な側面についてしっかり確認して自制を確かなものにし、さらにその上で、その欲求健康で自然な度合いを超えた性質部分について精緻な自己分析をする、といった実践有用になります。

・基本的自制
この「基本的自制」と「精緻な自己分析」について詳しく説明し始めると、それぞれで本が書けてしまうような話になると思いますが、ごくキモのポイントを書いておきましょう。
まず基本的自制確実にするためには、精神論的・道徳論的な思考ではなく合理的科学的思考でいかに日ごろから生きていくか重要になると思います。道徳的善悪というよりも、打算計算自分にとり合理的なほどほどの線徹底的に追求する。まあお酒パチンコには「ほどほどな量」があるとしても、不倫にはほどほどというのはないとは言えるでしょうね。
ともあれ、道徳論精神論で欲求に蓋をするというのは、鬱積した欲求がふとしたきっけかけで堰を切って暴走するという、元の木阿弥になりがちですので、合理的計算打算探求に切り替えるのがお勧めということです。

・精緻な自己分析
精緻な自己分析というのは結構高度な話になりますが、その分問題の核心せまり得るものになります。
自己分析闇雲に行って効果が出るものではなく、「外面行動は建設的なもののみ行い、内面感情はただ流し理解のみする」という「感情と行動の分離」姿勢しっかりと心底において根づいた上で、建設的行動を妨げるマイナス感情について、自分でも分からなかった根底の理由突きとめられることで、劇的な変化起きるものと言えます。
詳しくなどに譲るとして、ずばり今回の話関係しそうなポイントは、
愛が深く妨げられるごとに、性が強く刺激を帯びる。
という心のメカニズムです。
それはどのように起き、そして回復克服されるのか。島野の考えとは、愛が損なわれた悲しみを葬り去ることでこそ、それは深く損なわれるのであり、その回復克服は、いかに他人と深い性愛体験のようなものを持てるかなどではく葬り去った悲しみを自身の中でどれだけ取り戻し受けとめ尽くせるかにある、といったものになります。
その視点から考えるに、

>セツクス依存症になってしまった要因についてずっと考えて来たのですが、5歳くらいの頃お風呂で悪戯をされた事を思い出して、たちまち苦しくなってしまいました。今だにお風呂からの連想か水や雨が苦手で、雨の日は泣きたくなってしまいますし、誰かに無茶苦茶に抱かれたくなってしまいます。

というのは、問題の始まりの核心実は性的な悪戯をされたことではなく、それよりずっと前の段階何らかのきっかけ生まれた、幼心に抱かれた「あるべき愛が損なわれた」という闇の感情かも知れない。それがなければ、悪戯払いのけられるようなものとしてです。
そしてこれらが回復克服されるのは、
『理論編下巻』最後の方これ一番下「魂に魂が宿る」)で「Y子さん」島野伝えてきたような、「悲しみへの向き合い」あるいは「悲しみの取り戻し」のような体験になるかも知れません。
性の問題限らず心の問題根底結局「愛」の問題行き着く、というのがハイブリッド心理学の思想とも言えます。
上記「Y子さん」の言葉も含め、その全体については『理論編下巻』ぜひ一読頂ければと思います。

2)全てのマイナス感情への本格取り組み
そうして核心の問題回復克服されるごとに、逆のメカニズム働くと言えます。つまり、
愛が深く取り戻されるごとに、性の刺激は薄れていく。
というものです。
これはより一般化した表現(?)をするならば、
心を病むごとに、性が強く刺激を帯びる。
ということであり、
心が健康になるごとに、性の刺激は薄れていく。
ということです。

心の病み回復克服取り組みがうまく進むごとに、視点性の問題よりも、心の問題全体移っていくということでもあります。
それをなるべく先取りするよう、性の問題だけに視野を狭めず全てのマイナス感情について取り組んでいくといい。これが2つ目実践アドバイスになりますね。
『辞典』「実践5-1 悪感情の種類別の克服対処の指針」など見て頂くと、ざっとどんなことがあるのか把握できると思います。

3)生活全体の充実向上
病みの傾向動揺といったマイナス面への取り組み上記のようなものとして、あとは生活全体の充実向上というプラス面への積極的な取り組みになりますね。これは言わずもがなですね。
上述心のメカニズムなども含めて言えるのは、病んで空虚な心の中で、性はまさに闇夜に光る月のように魔力的な力で心を惹きつけるものである一方健康で充実した心の中では、まさに輝く青空に浮かぶ月のように、その魅惑的刺激を薄めるものです。その輝きの絶対値同じまま。

そうした心の世界違いをぜひ視野に置いて、それ以外のものへのアンテナ張るようにしていく。まあ個人的な趣味嗜好の問題はありますが、動物を飼ったり植物を育てたりといった、「命」に触れる活動などが、島野からお勧め一つですね。

最後もう一つ視点

>仮に治っても私からセックスを取ったら何も残らないのではないか?の不安もあります。

とのことですが、医学的に言って、人間の性機能30代半ば頃から急速に衰え始めます。徐々に、というよりもガタンガタンと階段を下りていくように。それに伴い、性行為の快感度急激に薄れていきます。その後は、イメージの中で性行為が快楽のように映るだけの、残滓を追うような姿になりがちなのが現代人ですが、まあ参考になるかどうか、今57歳ですが、ここで述べたような心の取り組み究極的な結果なのか、男性機能はまだありますが(^^;)性欲ほとんど消えています。それが実に快適な心の状態でもあります。面倒なことが一切ないし^^;
ともあれ、セックスを取ったら・・と言ってもそれは取られるというよりも、内側から消えていってしまうものです。そう遠くない将来・・。

そんなことも視野に、以上3つ実践取り組みなど検討してみて頂くと良いかと思います^^。


 
アドバイスありがとうございます / リリィ 引用
No.1293 2018/12/17(Mon) 15:27:25

ご丁寧な回答ありがとうございます。不覚にも声をあげて泣いてしまいました。

私の根底にある怒りを燃料に性欲の炎が私を焼き尽くすような状態で、薄汚い性欲を持っているんだから醜い気持ちが心の底にあるからセックスは止められないんだ。と、事あるごとに自分を攻めてきましたし、その度に誰かの身体を求め自分自身では壊せないから相手に私の事を壊して貰いたくて恐ろしい目に遭ったり、惨めな思いも沢山して来ました。今までは、セックスしてくれるかどうかでしか人を見ておりませんでした。そんな状態でしたが、過去の依存行動に感謝する。の文を拝見しかなり救われました。

既に最初に悪戯してきた相手も、初体験の相手もこの世におらず私は底無し沼のような場所に独り取り残されたような気持ちになっていたのかもしれません。初体験の相手の事が本当は好きだったように思うのですが、ちゃんと伝える事が出来ないままで肉体関係だけを繰り返し、付き合わないなら別れる事もないと開き直り、今日までが過ぎてしまった事を後悔していますが、彼が旅立った今となっては最早どうする事も出来ないでいます。

この「好き」の感情にも歪みが生じており、まずセックスしてからの相性で人を好きになる事がほとんどで、通常の恋愛における好きになってからセックスすると言う行程を一度も踏んだ事がなく、もしかしたら今まで好きと思った感情は全てまやかしで、私に人を好きになるような感情は無くセックスを得る為の手段として好きの気持ちに似たような状態になっていたのではないか?今まで感じた気持ちは幻想なのではないのか?と不安に襲われたりします。この逆転現象を改善しないと愛まで辿り着けないのではないか?主人との関係は適切なものか?と思うのです。
もしかしたら、その結果セックスに多くを割いてしまったが為、一度も誰の事も好きでなかったのかもしれないと思うと恐ろしいのですが、本当の事を知りたく思います。

性機能の事はわかりませんが、肉体的な衰えは感じ初めており、このままでは誰からも関心を持たれず抱かれなくなるのでは無いか?の不安はずっと付きまとっていました。今まで選ばなかったタイプともセックスする必要があるかもしれないと思うと苦痛で仕方ないのに、セックスしないとはとても言えない自分が嫌でたまりませんでした。性欲が内側から消えてくれる日が来るのが楽しみやら、淋しいやら今は複雑です。人に知られたくないような秘密を教えて頂きありがとうございます。

何とか好きになる気持ちに生じた歪みを正して本当の愛までたどり着きたいです。本当の愛が見つかるなら性の刺激が薄れても仕方ない事なのかな?と思えています。恐縮ですが、またアドバイス頂けたらと思います。 よろしくお願いします。


 
「本当の愛」への道^^ / しまの 引用
No.1294 2018/12/21(Fri) 15:06:34

アドバイス残りがあった感じですね^^。
依存から抜け出すというのを超えて、豊かな心に向かうというより大きなご質問でも、「本当の愛」といった言葉出てきてますね。ハイブリッド心理学主題にも近づいてきます。

これもちょっと逆説的で、まずは「本当の愛か?」と問うことを、やめることからになるかもですね。
なぜなら我々それが分からない未熟から歩むのですから、そう問うことは、何か良く分からないものを無理に空想上のイメージにして、それに満たない現実を批判するというマイナス状態にしかならない可能性大きいからです。やはりこれも道徳的意識の一方で心の根底は何も変わらないというものになりがち
まずちょっと訓示のような言葉浮かびましたので書いてみましょう。

人との関係において、「本当の愛」を求めてはいけません。それを求めた時、人は「今そこにある愛」を見ることができなくなるのです。
外面行動においては「愛」を、「喜びと楽しみの共有」と位置づけ、内面においてそのための、偽りのない自分の感情を、追求し続けることです。その中で自分が最後まで守り続けるべきものはどれなのかを、探していくのです。
そして、愛が完璧でないことを、許すことです。その時「本当の愛」は誰にも気づかれることなく、また気づかれる必要もなく、道ばたの土に芽生える小さな草の芽にように、芽生え始めるのです。

を追って要点書いてみますと、また3つになりますね。まあその順に3つのステップで実践するというより、テーマにそうした広がりがあるということであり、実践としては同時にその3つに、今すぐ取り組み始めるというものになると思います。
1)愛の感情だけに見入らない
2)「喜びと楽しみの共有」として愛に向かう
3)人生の全体に向かう


「どうしたら愛が得られるのか」というテーマ問いに対し、『入門編下巻』基本指針を、「愛が欲しければ愛だけに見入るな」といった言葉書いています。「そして人生の全体に取り組むのだ」と。
(9章 愛への道)
=============
 「愛」への欠乏感と飢餓感に悩むケースでは、私はしばしば「愛が欲しければ愛だけに見入るな」という言葉を使ってアドバイスをしています。
 愛以外の人生領域に積極的に目を向け、まず自己の確立へと向かうのです。そして何よりも、自分から楽しめるものを見つけることです。
 その上で、愛を「喜びと楽しみの共有」と位置づけ、再び向き合い直すのです。
 そこから、自分を見失うのではない、本当の愛への能力が、育ち始めます。

=============

といった言葉(P.268)
まあ我々おおよそ中学校にも入る頃、相手を好きという感情一致した時バラ色の世界が広がるようなこととして「恋愛」というものを意識し始めるわけですが、人生の歩みを通し、心が成熟していくで、それとはまったく次元の異なるものとしての「真実の愛」呼べるものを、見出し得る。それは相手をどう好き、愛してるかといったものとは全く異なるものであり、言葉で言うなら、自分の命の重みがどう相手に置かれるかといったことだと言えると思います。
ただそれは人生歩む途上で、どう心を見つめたところで見えるものでもなく、人生を通して見出す・・否、「見出す」ようなものでもなく、その人の人生そのものとして築かれるものだと。

まああまりアドバイスとしてまとまりがないですが、そうした広い視野を持って、人生のさまざまな問題取り組んでみるといいと思います。基本的な対人行動法「仕事」というもののスキル趣味など。
そうした全て積み重ねとして、「本当の愛への道」というのがあるということですね。
まあ当座の懸案事項については、

>今まで感じた気持ちは幻想なのではないのか?と不安に襲われたりします。この逆転現象を改善しないと愛まで辿り着けないのではないか?主人との関係は適切なものか?と思うのです。

それぞれの相手を本当はどう思っていたのか。本当に好きだったのか。
といった問い方ではなく
何を共有したのか。
という問い向き合ってみるといいと思います。前者の問い方はやはり道徳的自己批判だけなりがちなのに対し、後者の問い方真実に近づけるものになるのではと。その結果見えてくるものが、ほっこりできるようなものであれ苦々しく感じるようなものであれ、自分自身の真実に近づくことは、「強さ」生み出します。そして「強さ」が、「真実の愛」可能にしていくわけですね。

結婚好きという気持ちの一致より、「現実生活の共有・支え」というのがまずは実際的なものですね。まあこれもまた一つ話題テーマですが。
年齢的な話も含め、性感の一致なんてことではなく、たとえば今怪我や病気になった時最後に守ってくれるのは、少なくとも今は旦那さんなのではと。ならば性生活の中で達する必要なんてなく、その感謝の気持ちを込めて触れることができればそれで十分だと思いますヨ^^。

あっと、

>人に知られたくないような秘密を教えて頂きありがとうございます。

これは全然秘密ではなく友人との会話心理アドバイスの場でも話題に触れた時は結構言ったりしている話です^^ゞ
そもそも性衝動性行動子供を生み育てるために作り出された身体機能です。子供を生む時期外れたらそれは消えるのが動物であり、その点人間明らかに過剰であり暴走迷走していますね。
自分という唯一無二の動物種としての健康と幸福追求した結果の一環として、57歳そういう状態であるのを、むしろ自然な健康だと自信を持って公言したいと感じるほどですので^^。まあ公言などする必要も機会もないですが。

まあモヤモヤしているものときほぐし視点持つとして、今答えを出すものというより、人生の全体への取り組み重要ということですね^^。


 
ありがとうございます。少しずつ進めそうです。 / リリィ 引用
No.1295 2018/12/27(Thu) 22:35:36

ありがとうございます。何度も何度も読み返しました。
不貞を働く度に、この夫婦関係は適切なのか?こんな歪な状態で本当の愛なのか?と、
夫婦でいる権利が私には無いのではないか?と、自問自答を繰り返してきました。
沢山の人の黒い性欲を刺激し、散々楽しんで悦んだ癖に、何も知らない旦那の隣で涼しい顔して清い振りをして添い遂げる権利が私にあるのだろうか?と性欲が鎮まると汚れた自分が嫌になる波が押し寄せて、惨めで仕方ないのに、為すすべがなく本当に長い間ずっと苦しかったです。

そんな不安定な状態でも、旦那は何も知らないとは言え沢山の時間を共有してくれた事、一緒に美術館に行ったり、旅行したり、ご飯を食べたりしてくれた事を思い出し、これからもずっとこの人と一緒にいたいと思いました。これが本当の愛なのかはわからなくても、私にとってはそこにある身近な愛です。

今後、旦那に本当の事を言うべきかは、とても迷いますし、きっと打ち明ければこの関係は終わるんだと思います。私が旦那の立場なら知らずに生きて行きたいと思いますが、それは私の勝手な言い分かもしれません。その辺は、まだモヤモヤしています。

それに、まだ性欲を完全に制御出来てる訳ではなく、雨の日には私の中で炎となって暴れ出すこともあります。それでも少しずつ穏やかな夜を積み重ねています。もしかしたら、このまま静かに昼の月のように薄っすらとした存在になるのかも?と思っています。
全部、話して変わるキッカケを与えてくださり島野さんには本当に感謝しています。ご丁寧に説明して頂いたお陰で、あれから誰ともセックスせずにいれています。もしかしたら、変われたのかもしれません。本当にありがとうございました。


 
過去の過ちの後悔の克服^^ / しまの 引用
No.1296 2018/12/31(Mon) 11:10:46

あともう一テーマあった感じですね。病み傾向からの抜け出し豊かさへの前進、そしてもう一つ重いテーマとしての残るのが「過去の過ちの後悔」克服です。

まず、

>今後、旦那に本当の事を言うべきかは、とても迷いますし、きっと打ち明ければこの関係は終わるんだと思います。私が旦那の立場なら知らずに生きて行きたいと思いますが、それは私の勝手な言い分かもしれません。その辺は、まだモヤモヤしています。

「愛」「喜びと楽しみの共有」として向かうものとする価値観からは、「知らずに生きたいというのは勝手な言い分では」というのとは明確逆の姿勢になります。
「何でも共有」「何でも分かり合うべき」ではなくあくまで共有するのは「喜びと楽しみ」つながるものだけです。それ以外のものは、無理に共有しない
「どちらが正しい」かではなく、それが「価値観の選択」というものなんですね。自分の価値観心底においてどれなのかと問い最終的自分はこれを取る!確信し、それに従った行動自信持てるようになる。
「何でも分かり合うべき」という価値観は、「愛」を、互いを自分の所有物にする欲求結びつきやすいですね。これはやがて「愛」壊れるパターンです。
それが本当に守りたい愛であるごとに、「喜びと楽しみの共有」以外のもの求めない、詮索はしない、という姿勢にも確信が持てると思います。に、本当の愛ではないもの愛であるかのようにしがみつこうとした時、「何でも分かり合うべき」という観念感覚起きるとも言えるかも知れませんね。

そうして「喜びと楽しみの共有」だけに徹して行動する具体的姿勢は、例え
メール相談事例集「No.001 パートナー不信危機を乗り越え、生き方の全体に向き合う」
など読んで頂く参考になると思います。
また僕自身ですと、これは自伝小説続編物語のようなものとしていずれにしたいものですが、生涯唯一ずっと関わりを持ち続けることになった初恋女性は、国民的芸能人とも親交のあったりする、とても華々しい側面も持つ人なのですが、僕からそうした面について聞くことは一切せず、主に小学校の頃のこと今のことだけ話題にするのは、にとって決意とも言える姿勢でした。なぜならそうした面について僕から聞いた時、彼女と対等な関係ではなくなってしまうからです。だからSNSで彼女の活動振りを知ろうとするなんてのも、絶対やらない

ちょっと話が膨らみましたが、実は「後悔の克服」つながる話です。
これについての基本的指針を、
辞典 - 実践5-1 悪感情の種類別の克服対処の指針 - 悪感情の種類ごとの克服対処の指針 / 後悔
我ながら深い言葉だと感心(^^;)する短文書いています。
============
「もう忘れましょう」というありがちアドバイスとは真逆とも言えるものが、ハイブリッド心理学からの指針になります。
つまり後悔感情が少しでもあるのであれば、とことんその悔いの感情と共に生きるのです。それがその後悔超える成長へと導く唯一の道です。これがどういうことかは、まずは決して後悔をしないための決断によって行動する姿勢で生きるに、やがて見えてくるでしょう。
============

と。
今回のご相談で言えば、「とことんその悔いの感情と共に生きるとは、「話してしまって楽に・・」という考えや姿勢決して取らない、ということです。それが苦しければ、その苦しみ自分自身の中で向き合うことです。

上記短文補足する言葉をまた訓示のように書くならば、こうなります。
過去への後悔を消せることで、未来への前進が見えてくる、のではありません。今という一瞬一瞬を自らの決断で確信を持って生きることを積み重ねた先に、やがて過去への後悔がどう消えるのかが分かる日が、訪れるのです。
と。
加えれば、それが訪れる日というのは、人生の歩み後半以降だと考えるのが正解です。その覚悟が、何よりこれから人生の歩み力強い足場になると思います。

それで具体的どんなものとして、後悔超えるもの訪れるのか。それを想像するのはまだ尚早言っていいかなと^^。
まず目の前の行動自信確信を持って向かえるようになることからですね。今回のアドバイス意識方法価値観といったテーマにまずじっくり地道に取り組んでいくことから進めて頂ければと思います^^。

なお今回のアドバイスちょっとデリケートな内容もありますので、僕のアドバイス内容いったんログ確保済ですので、投稿削除文章削除など何なりして頂いて構いませんので^^。その場合は僕のアドバイス部分だけ再掲載など調整しますのでご心配なく^^。


 
ありがとうございます。 / リリィ 引用
No.1299 2019/01/07(Mon) 21:18:39

ありがとうございます。
何でも共有するべきではない、喜びと楽しみを共有する。の言葉に、こんな世界があったのかと思い知り、私が目指す夫婦の形が見えた気がしました。

もうこれで長年の苦しみから解放されたのかな?意味のないセックスをせずに生きていけるのかな?と油断していたのですが、突然湧き出した性欲に負けて、知人男性とセックスしてしまいました。
この人に抱かれたら、病気になるかもしれない、旦那に今度こそ知られてしまうかもしれない、共通の知り合いにバラされてしまうかもしれない、性病にかかるかもしれない、この人と二度と会えなくなるだろう、リスクを考え自分が不快な側面に向かっている意識もあったのに制御出来ませんでした。

今までは行為前には期待も不安もあったけど、今回は自分に対する嫌悪感しかなく、このまま逃げ帰りたい。と思ったのに、結局セックスしてしまいました。
ただ、唯一の救いは私自身が変化してるからか以前のような刺すような強い快楽は無く、こんなものなら無理してする必要は無かったな。と思えた事で、したくないセックスをしてるんだと客観的に見れました。
旦那にも知人にも申し訳ないし、また性病の検査に行かねばならないのは億劫ですが、今度こそ変わりたいと思っています。

性に溺れた過去を全て無い物として生きることは出来ませんし、今後も性欲の波が来て抗えなくなるかもしれません。そんな時に読み返して自分を制御する道しるべにしたいので、投稿削除や文書削除はしないつもりです。
多分この情報量だけで私にたどり着くのは不可能でしょうし、仮に誰かにセックス依存症である事を知られても断れるような人になりたいと思います。

この後悔が消える日が来るのかは想像出来ませんが、大変お世話になりました。何度も導いて頂きありがとうございました。また、人生の行き止まりに当たった時にはお願いするかもしれませんが、その時はよろしくお願いします。
本当にありがとうございました。


 
Re: / しまの 引用
No.1300 2019/01/08(Tue) 11:26:50

>こんなものなら無理してする必要は無かったな。と思えた事で、したくないセックスをしてるんだと客観的に見れました。

まあそうした小さな変化積み重ねですね^^。そういっぺんで変われるものでもなく、揺り戻しというものもあると思います。それでもそうした小さな変化を、長い人生積み重ね続ける20年30年後には驚くほどの別世界にいる自分しみじみ感じる。
そうした長い目で向かって頂ければ^^。




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