お題目
- 2008/12/10(水)*No.164
01.旅立つ日の空は
02.振り返らないと決めた
03.うしないませんように
04.求めるものの影
05.たとえばこの先に
06.もう行かなければ、
07.願いを辿る道
08.残してきた過去のこと
09.届くようにと祈る
10.いつか来る日へ
いつもいつも大変お世話になっております。ペコリペコリ。locaさまよりお借りしました!
01.旅立つ日の空は(ルクスペイン)
- 2009/08/12(水)*No.167
恐ろしいくらいの青に包まれていた。
朝靄が視界をうっすらと覆い、光源はいまだ遙か天井にある。ただぼんやりと広がり始めた光の大地が徐々に深遠なる闇を打ち祓おうとしている。
朝が来る。
目覚めという名の時間がもうすぐそこにまでやってきている。
シンと静まり返る街の中、聞こえるのはただ波の音だけ。何もかもがいまだ眠りの淵にあるはずの時刻だ。
目を落とした腕の時計は、かすかな音を立てて時を刻む。待ち合わせの時刻に迫ろうとしている。ふいに感じた気配は、背後から流れ薄闇に濃い影を作りだした。
「時間だ」
告げた声は無機質で感情というものを一切感じさせない音のようなものだった。告げられた事実を結果として受け取り、西条アツキは言葉でなくうなづくことで返答する。
闇が大地からかき消される瞬間は、紅の丘の向こう、遙かなる水平線から湧き出す光源によるものだ。
ああ、朝が来る。
言葉にせずとも自然とそう意識する。無意識ともいえるだろうか。
手にする荷物は無いに等しい。組織によってすでに部屋も荷物も撤収が済んでいる。後は、ただわずかな痕跡も残さず二人の姿が街から消えればいいのだ。
そう、何もなかったかのように…。
「…………」
視線は、光源から離れることはできなかった。アツキの中には確かにこの街の出来事が刻み込まれている。それはあまりにも鮮明に、それでいて複雑に絡み付いている。良くも悪くも、だ。
風が頬を通り過ぎていく。その風には潮の香りがほのかに鼻腔をくすぐった。この街が本来の姿を取り戻した。その結果がこの自然にあふれた空気と雰囲気なのかもしまれない。
もう少しすれば生きとし生ける者たちが目覚めの時を迎え、今日という一日が始まるだろう。
「……アツキ」
わずかに温度の低い声音で名を呼ばれてアツキは視線だけを向け、しばらくしていつの間にか隣に佇んでいる主を見上げる。「リュウ・イー」と口は開かずともアツキの面持ちが告げていた。
「忘れろ。…とは言わん。だが、今は立ち止まる時ではない」
抑揚の感じさせぬ声が静かに響く。反応するように風がわずかに身じろいだ気がした。アツキは口を開かない。その必要がないとわかっている。
――― 目が合う。
――― 双眸が交差する。
アツキが一つ頷くのを見て、リュウ・イーは踵を返し歩き始めた。しばらく眼前の景色を眺め、アツキはその光景を焼きつけるように一度目を閉じてゆっくりと見開く。深呼吸をし、吸いこんだ朝の冷えた空気が肺いっぱいに取りこまれる。
歩き始めたリュウ・イーを追って、アツキも背を向ける。
二人を照らす朝焼けの空は、徐々に青く澄み渡ろうとしていた。
呟き*「旅立ち」と言われるとどうもこのシーンが思い浮かんでくる。
02.振り返らないと決めた(IWGP)
- 2009/10/27(火)*No.168
街は、徐々に年末の忙しさへと引きずられ、街路樹の緑がいつの間にか茶けた枯葉に代わって路面を転がり、肌寒さは少しずつ熱いだけだった季節からの移行を人々に痛感させようとしている。
テレビでは連日新型インフルエンザの話題。街中は、マスクをした人々がそれでもいつものように右に左に行き交い、クラクションは甲高くビルの狭間で鳴り響く。意識するもせずも、時間というものは刻々と流れ、確実に過ぎ去っている。それをはたと感じさせる一瞬に後悔にも似た感傷を抱くのは、特別なことできないだろう。
「マコト、で、あれからどうしたよ?」
夏の薄生地のスーツから、若干色合いの落ち着いた生地の厚い暗色のスーツに、黄色味がかったシャツ、紺と白のストライプのネクタイを指で緩めつつ、ぼんやりと薄い灰色がかった空を見上げるマコトへと、サルはいつもの調子で口を開いた。
「別に…どうもこうもしねぇよ」
面倒くさそうな声音で薄いグレーのパーカーを柄シャツの上に羽織ったマコトが告げる。どこか照れくさそうな戸惑いも混じった複雑な声に、サルは軽く首を傾げる。
「…妹、できたんだろ?…まぁ、紙の上だけでも」
「まあな。…だからって、実感なんかねぇよ。一緒に暮らしているわけでもねえ」
「そりゃあ、そうだ」
喉奥で軽く笑って、サルはスーツのポケットに両手を突っ込んだ。肩が笑いの余韻に震えるのを面白くない眉を寄せた面持ちで見下ろしたマコトは、口を尖らせて、雑踏の真中、ステージ傍の手すりに腰を下ろした。中央では噴水の緑色の水が風に散り、柱のオブジェの上に鳩が止まっている。
つい先日、マコトはいつものように面倒事に巻き込まれ、そして足掻いてバタついて、ない頭で考えまくった結果、紙の上では妹ができた。
海を渡って日本という黄金の国に夢を持ってやってきた少女、いや立派な考え方をした一人の人間が、ただ単に人種や国籍の違いだけで様々な苦労を理不尽な扱いを受けて、それでここに逃げてきた。面倒事には、向こうから巻き込みまやってくる。面倒事の真中には必ず姿がある、散々な言われ方のトラブルシューター、マコトはそうして今回も絡みに絡んで、目の前で手の届く熱い人間を助けるために、いや、そんなお綺麗な心ではなく、理不尽さに反抗した結果、そういうことになった。
マコトの母親は、噂によくよく聞いていた肝の据わった女性というのはサルもよくよく知っていたが、鶴の一声ということでマコトもその時にはさすがに驚いたことだろう。
「にしても、お前の母さんってのはすげえのな」
「……俺もできれば世界中で一番敵に回したくない」
母親の話になるとどうも分が悪いというのはマコト自身自覚しているのだろう、面持ちが陰る。サルは今度は声をあげて笑った。「同感だ」と告げる。
マコトはそのままぼんやりと道行く人々を眺めながら、ゆっくりと息を吐いた。
「こんなに多くの人間がいるってのにな。たった一人も同じヤツはいない。…つくづく世の中ってのはおもしろいと思わないか?」
「マコト…面白い人間のトップ3に入るお前が、いうな」
「いや、それはないだろ」
ギョッとした面持ちでサルの顔を凝視するマコトに、耐えることなく吹き出して笑う。その驚いたツラはなんだ、と指をさしたい気分だ。手のひらで「ありすぎだ」と仰ぐリアクションを見せながら歯を見せて口元をゆがめる。
「サル、お前だってトップ2くらいには入ってんじゃないか?」
「じゃあ、トップ1はお前だって認めるんだな、マコト」
「俺がトップってのはありえないだろ。何より似合わん。…タカシくらいじゃねえか?なんでもトップが似合うのは」
「言えてる…と、あんまり立場上俺にめったなことは言わせんな、マコト」
G-ボーイズの連中を曲がりなりにも敵にはまわしたくない、というのが本心だ。灰色と黒の領域に住んで奴らは半数以上がそうだろう。残りの半数のことは面倒すぎて考えたくないのはマコトの本音だが。
不意にマコトが腰を下ろしていた手すりから飛び降りた。靴底が砂利を噛んで鈍い音を立てる。乾いた埃が風に舞った。
「よし、決めた」
「何を?」
ポンッとジーパンの裾を手ではたく。ゴツイとまではいかないものの節のはっきりした手を拳の形に握ってサルへと向けた。目を軽く瞬かせてサルは首を傾げたままマコトを見上げる。不遜な顔に口元が弧を描く。
「俺はもう…振り返らないことにする」
何に対しての後悔なのか、サルが口にすることはなかった。
マコトもさして固定された物に対する後悔ではないだろう。むしろ、その覚悟の発端が『後悔』なのかもわからない。ただ、そう言葉に出して決めたというのは、むしろ、覚悟に似ている。
「……いまさらかよ」
しばらく上手い言葉が見つからず、サルはバツが悪そうに自分の後頭部をガシガシと手で掻いた。最近気になる頭皮の具合はこの際不問にしておく方がいい。告げた言葉には茶化すつもりもないが、素直にうなづいてやるのも癪なのだろう。
「今更で、悪いか?」
「…いや、お前らしいわ、マコト」
お互いが肩を竦め合い、相手の目を見据える。凛と響きそうなほど、まっすぐな目とぶつかる。お互いが、お互い。まだまだ捨てたもんじゃないと思える相手だ。
どちらともなく、プッと吹き出して大声で笑い合う。
驚いた通行人が目線だけを向けるも、厄介事から逃げるに長けた連中はすぐさま常の視線へと戻った。風が音もなく吹き、枯葉が舞う。
海を越えてやってきた小さな嵐に巻き込まれた、妹となった彼女の顔を思い浮かべてマコトは一つ胸を張る。
つぶやき:新刊9巻の話の後、かな。ちょっと驚いた。
03.うしないませんように(ルミナスアーク3)
- 2010/01/07(木)*No.170
――― もう誰も、失いませんように。
あの時、俺はそう誓った。フェリシアに襲われ、火柱の上がる教会を見上げて強く心に誓った。穏やかな日々を、大切な人たちを目の前で失い、何もできない自分の非力さに歯噛みするしかなかった。あの瞬間に、今ほどの力があったらと何度も思った。
だが、過去は変えられない。
リリが目の前で笑って死んでいったあの時、俺はただただ抱きしめることしかできなかった。温かい彼女の身体が少しずつ冷えていくが分かった。今まで、すぐ今まで会話を交わし、笑顔を見せてくれた彼女はいない。少しずつ体温が失われていくさまを俺は黙って抱きしめながら泣き叫ぶことしかできなかった。
もう、あの時の想いをするのはたくさんだ。
リリの仇を取るため、俺に出来るのは目覚めたマギとしての能力を最大限使い、憎いフェリシアを根絶やしにすること。それしか俺にできることはない。いや、だからこそ俺は生かされたんじゃないか。
「レフィ、よせっ!」
叫び声にも似た声が聞こえたような気がする。アシュレイの切迫した声音はいつものクールさも微塵に感じさせないなとのんきなことを思う自分がいる。鉄拳制裁の風紀委員長の容姿が脳裏をよぎった。だが、止まるつもりは毛頭ない。
振り上げる剣、呼応して光を纏う刀身を天へと掲げる。短い詠唱は考えるまもなく口から発せられる。まるですべてがわかっているように自身の思考を妨げない。
テネス・ルーの力に蝕まれた幼馴染、グレンが目の前で苦しんでいる。光と闇の両派によって呻きをあげている。今ならばまだ救えるはずなんだ。
「目ぇ、覚ませ!グレン」
振りろした剣が視界を奪うほどの閃光を放ち、ややあって轟音が地面を揺らす。五感のすべてが一時的に麻痺するような力の解放。これが星の瞳の力、アウラ・ルーのもつ力なのだとフェリシア王スミルサフは言っていたのを思い出した。
「…俺、は?……レフィ?」
グレンの身体を包む暗く重いオーラが消える。眼前のヤツは、いつもの瞳の色をしていた。物心ついた時から俺が知っている真正直で力馬鹿の友の目を…。
――― もうだれもうしないませんように
救えた。
あの時とは違う。俺の力で大切な人を救うことができた。
だが、ホッと息を吐いた瞬間、それまでみなぎっていたはずの力は失せ、重力に耐えることもできず俺の思考は闇に落ちた。誰かに抱えられる温もりだけを消える意識の端に感じながら。
呟き:とりあえず、グレン生還話。彼が死亡するか否かの選択をどうしても間違えられない自分がいる(笑)
04.求めるものの影 (池袋ウエストゲートパーク)
- 2010/02/02(火)*No.171
「マコト、お前には影がないな」
何を言われたのかわからずに俺は手を止めて王様を見た。
飲みかけていたグラスを手に、中の氷を揺らしながら目の前の王様は何食わぬ顔で飲んでいる。脇に控えていた一条も言葉の意図を組み損ねているのだろう、眉を寄せたままだ。
G-ボーイズの幹部会議の後、偶然としてはできすぎたシチュエーションで会った俺は、いつもの場所で王様のタダ酒にあやかっていた。トラブルシューターの自分のところではそういう些細な出来事もよく転がりこんでくるのだが、さして大きな山場もなければ、小さな事件は王様の手を煩わせずに終わる。
最近特に顔を突き合わせれば、王様はどうも庶民の暮らしを所望しているようにも思えたのだが、程よく酔いが回り始めるといつもはクールな王様も少々内心から染み出すものがあるのだろうか。
「俺の影?」
「正確には、お前の奥にある闇だな」
琥珀色のアルコールが半分ほど入ったグラスを目の前で小さく揺らし、クールな王様の目は俺を見据える。普通のヤツらなら蛇に睨まれたなんとやらというところだろうか、俺には馴染み深い。意味深な言葉に眉を寄せる。
「庶民にもわかる言葉で話してくれ」
「怒るな。別に悪いことじゃない。むしろ、貴重だな」
わざと声を荒げれば、冷ややかながらもどこか笑みを含む口元がからかうように吊りあがる。してやったりとでもいいたいのだろうか。王様の思考は高貴過ぎて庶民にはついていけない。
「人を珍獣みたいに言うな」
「珍獣か…ある意味、的を得てる」
さらりと流されるものだと思った言葉を薄いながらも楽しげに笑う様には一条もおどいたような面持ちで主を見ていた。俺も掴んでいたグラスを落としそうになって慌てる。
「おい、タカシ…お前、酔ってるのか?」
「この程度で酔うわけがない」
「じゃあ、なんなんだよ」
この陽気ともとれる言動は、キングらしからぬと言われても仕方ない。クールな王様が酔いもしないのにこの陽気さでは、南極の氷が溶けきって水面が100メートル上昇したとしても俺は嘘じゃないと思う。
タカシは、人の心中など察しているのかいないのか分からない様子でグラスをハニーブラウンのテーブルに置いた。そして、首を傾げるような仕草で椅子の背に持たれる。
「人は、常にメリットとリスクを考えながら生活している。少なくともこの街のなかにいる連中は9割強が、だ。もちろんその中に俺も含まれる」
キングは優雅という形容詞がぴったりの動作で足を組み、酔いを感じさせない面持ちで俺を見る。口元にひやりとする笑みは見えるが、目の奥が笑っていない。淡々と語る口調で、一息つくかのように言を止めた。
「だが、マコト。お前にはそれがない」
「単純だと言われてる気がするが?」
「そうともいう。だが、それだけでもない」
俺の答えが分かっていたかのように考える間もなく告げられる言葉。タカシの頭の回転の早さをよくよく知っているつもりだが、こういう問答になると途端に実力の差を思い知らされる気がしてあまり心中穏やかではない。
小さくもコラムを書いて日銭を稼いでいる俺より、よほど文才もあるだろう。一度俺の代わりに書いてみないかと言ってみたい。あくまでも言ってみたいだけだが。
「損得勘定の社会の中で、その概念のない存在。表も裏もない存在というのは稀有だ。むしろ脅威でもある」
「それが、俺だと?」
「そういうことだ。だから、お前には影がない。求めることで増殖する闇がない。欲が無いというべきか…」
タカシは珍しく言葉を探す様に部屋の中へと視線を動かす。脇に控えている一条も会話の矛先に暗雲を感じたのか、険しい顔をしていた。
俺は、腕組みをしてタカシとは逆にテーブルへと乗り出す様に両肘をつける。テーブルに置かれた皿が揺れて音をたてた。
「んな難しいことを考えたことはない。俺は俺のしたいようにする、これまでもこれからも」
「それがマコト、お前だ。そういう存在が、ここでは脅威となる」
俺の目を射抜くようなキングとしての視線の強さにも、俺はたじろ議もしないで見据え返す。ある種、険悪ともとれる空気に周囲がざわめいたのを一条で手で制した。そして、ゆっくりとタカシは俳優のように脚を組みかえて、一言。
「だが、俺は嫌いじゃない」
「……回りくどい」
「ま、マコトさん…」
一条がなんとかフォローをしようと思っていたのだが、結局王様に振り回されて終わる俺を見て、なんとか名前を呼べたに過ぎなかった。
俺は、言葉で勝てるはずもないので、代わりにタカシが飲んでいたグラスの酒を一気に飲み干してやった。周りからいかなる声が上がるもお構いなしだったが、タカシはそれをみて声を出して笑ったので、周りは更に騒然としたようだ。
呟き:タカマコ?…キングが相変わらずエセですな。
05.たとえばこの先に (ルミナスアーク3)
- 2010/02/04(木)*No.172
「例えば、この先にあるのが『死』だとするならば、お前はどうする?」
学園の中にある教会で祈りをささげていたディーノから突然そう言われ、レフィは意図が分からずに首を傾げた。
目の前にあるのは祈りをささげる対象。数えきれぬ人々の希望の象徴であり、幸福の捧げてくれるはずの神の偶像。無償の救いを与えてくれるはずの像。
教会で育った関係で物心ついた時からそれは自らの傍にある。だが、今、ディーノが指し示す方向に希望のはずの象徴が形容されるのは矛盾をはらみ過ぎていて上手く飲み込めない。
相手の様子にディーノもそれを察したのか、視線をやや落とし、言を探るように腕を組んだ。
「希望の先にあるものが、生とは限らない。むしろ、人によっては死であることが救いになる」
目を向けた先、ディーノ視線はレフィへと注がれつつもどこか遠くを眺めているように見え、レフィは訝しげに眉を寄せる。
彼の言葉はいつもどこか抽象的で掴みにくい。するりと指の間を抜け出てしまいそうな感覚だ。それでも思うところは自分と変らない。物事を捉える方向が真逆なだけで見つめるものは同じだと感じる。
「…あんたの言ってることは難しすぎて俺にはわからん」
「そう、だろうな。…俺にもよくわからん」
口を開きながらもどこか言葉を探しあぐねたようにディーノは顎に手をついて視線を戻す。レフィは、小さくため息を零しながらも相手をみあげた。ディーノの方から話かられること自体が珍しいことだ。なおさら掴み損ねても逃がしたくはない。
「あんたにわからないことが、俺にわかるわけないだろ?」
「偉そうに言うな」
「いや、偉くないし、そうじゃなくて……、ディーノ、あんたはな、生きているんだぜ?」
話の筋が互いにすれ違い会話にならない会話が続き、レフィは言葉を探すもまとまらない。その様をいつものように冷静に眺めながらディーノはつまらなさそうに首を傾げた。当たり前のことを何をいまさら、とでもいいたげに。
「生きていなければ、こうして話もできないだろ?」
「そうだけど、あのなぁ…」
言葉を探りあぐねてガシガシと己の頭を掻く。伝えたいことはわかっているのにたどり着くための道が見えない。そんな心境だ。同じものを見て、感じるものも類似しているのに、見方が違うだけで食い違う。同じことを口にしているのに平行線をたどるようでもどかしい。そうでなくともレフィは物事を冷静に言葉で表現することは得意ではない。
「あんたは俺の仲間だ。生きて共に戦う仲間なんだ。戦った先にあるものが『死』だとしても、俺はみんなと一緒に必ず乗り越えて生きてやる」
足を踏み出し、相手へと歩みよれば近づく距離。真正面から射抜くように見上げてレフイはディーノを指さし、まとまらぬ言葉をフォローするような動作で告げる。ディーノは、黙って聴きながら目をわずかに柔らかく細めた。
「生きてるってことは、いろんなものを感じるってことだ。嬉しいことも悲しいことも楽しいことも自分自身で感じることだ。あんたは今、生きている。俺もな?感じられるものがある限り、俺は諦めたりしない」
言いながらレフィは、トンッと相手の胸板を軽く握った拳で叩く。この衝撃が相手に何かを感じさせたなら、それが生きているからだと伝えたい。言葉足らずはいつものことだが、それをカヴァーするだけの行動力がそうさせる。
ディーノは、拳の触れた軽い衝撃をゆっくりと掌で撫で、そのまま握りしめて肩を下ろした。
「……お前という奴は」
困ったような嬉しいような複雑な面持ちを浮かべて、ため息交じりに呟く。彼の心中に湧く様々な感情を一言で表すことができずにいる。ため息は、自嘲かもしれない。レフィは、わずかに視線を泳がせて「なんだよ」と言いたげに肩をすくめた。
「どうしてお前は、こうもストレートに俺の心に入り込んでくるんだろうな、レフィ」
言わずにはいられないといった様子でディーノは口を開いた。
「…難しいことはわからない」
「まぁ、いい。いつか分からせてやる。そうだな、生きながら死んでいるよりも生きていることを感じられる方があの方の弔いにもなる、か」
「あんたがあんたの為に生きなきゃ、同じだぜ?」
告げられた言葉をどこか懐かしく感じてディーノは目を止める。口調は違えど、かつて何度となく聴いたことのある言葉。人は違えども、主と仰いだ今は亡き盟友の懐かしい微笑みの記憶とともに脳裏をよぎる。
「同じことをいうな」
「はぁ?」
レフィの顔を見て、ディーノは小さく笑う。彼の疑問は正しい。過去を共有する相手ではないのだから、何と比べられているのかわかるはずはない。それでもつい口からこぼれるのは、ディーノの性分か。
「あの方と、ロイス様と同じことを言うな、お前は」
「俺は、そのロイス様とやらは面識ないんだが…」
「…まぁ、いい」
ふと緩めた口元に自分が笑っていることを自覚して、ディーノはわずかに目を見開いたが何も言わずに口を閉じる。向けた視線の先に沈黙のまま佇む希望の象徴へ内心礼を述べながら。
呟き:ディーノとレフィ。この二人…グレンが離脱してから急接近だと思う(笑)
06.もう行かなければ、(ルクスペイン)
- 2010/02/08(月)*No.174
「どこへ、だ?」
時計を見て席を立ったアツキを目で追うこともなく言葉のみが追いつく。振り返れば、リュウ・イーは相変わらず書籍へと目を向けたままだ。それでも、こちらの様子を捉えているのはさすがだろうか。
「学校行事…だと思う」
「学校行事?…この時期にか?」
夏休み前のこの中途半端な時期に学校行事というのは珍しい。リュウ・イーは目線を文字から反らせず、口を開く。アツキはふと考え込むように口を閉じたが、小さく頷いた。
「……ボランティア活動、という行事らしい」
「ボランティア?…なるほど。高校生らしいな」
「そういうものなのか?」
「そういうものなんだろうな」
お互い曖昧さをぬぐえない言葉の応酬にアツキは目を瞬かせてから首を傾げ、リュウ・イーはやや肩を竦める。チラリとアツキを見る視線にはどこかからかいを含んでいる。ややおいて手にしていた書籍へとしおりをはさみ、本を閉じた。
「ターゲットの情報収集、ご苦労」
「…情報収集になるのか?」
ボランティア活動というものがどういうことをするのかアツキには分からず、首を傾げたままだ。その様子が可笑しかったのかリュウ・イーはいつものニヒルな笑みではなく、どこか柔らかな雰囲気で脚を組みかえる。
「さあな?成果があればそうだろう?」
「…そう、だな」
「深く考えるな。お前の探査能力は、認めている」
相手の意図が掴めずに傾げた首を戻せずにいるアツキを見て、珍しいことにリュウ・イーは白い歯を見せた。面持ちはやはり不遜の限りだが、アツキは慣れているからか気にならない。
深く考えるな、と言われればアツキは素直に「わかった」と頷き、時計を再び仰ぎ見る。クラスメイトとの集合時間は刻々と迫り、アツキはやや急ぐように出口へと向かう。部屋のカギの心配はこの際必要ないだろう。
必要最低限の荷物が入ったショルダーバックを肩にかけ、ドアノブを回す。背中に視線を感じるが、相手が何も言わないのなら尋ねることもない。押し開いたドアの向こうは、初夏の熱に揺らめいている。虫の鳴き声が忙しない。
「…アツキ」
ドアを閉めようとして、ふと冷ややかな声音が届く。振り返るとリュウ・イーと視線が合った。交わる双眸。
「何かあれば、俺を呼べ。必ず、な?」
念を押されて、アツキはゆるく瞳を伏せ、そうして小さく頷いた。翻す背中がドアに隠れ、やがて小さな音とともに閉まる。
リュウ・イーは、静かにそれを眺め、そうして再び閉じた本を開いた。
呟き:ある日の出来事、みたいな。何かあれば駆けつけるのが彼だな、と。
07.願いを辿る道 (ルミナスアーク3)
- 2010/05/07(金)*No.175
しん、と静まり返る夜の闇。宿舎に戻ったが一向に訪れぬ眠りの気配にレフィはため息を零し、寝転がっていたベッドから降りた。
辺りは昼間の賑やかな学園生活とは打って変わったような静けさに包まれている。ドアを押しあけたその微かな音すらも耳に響くほどに。
廊下に出て、己の足音だけを聞きながら外へと歩き出た。室内ほど静まり返るわけではなく、木々が風に触れあう音、小さな羽虫の羽音、微かにだが生を感じるその外界をレフィは黙って見上げた。
闇の中でもほのかに明るいのは空に星があるからだ。
月はどうやら隠れているのだろうか、その丸い情景を見ることはなかったが、代わりに大小の星々がきらめきを放っている。幼い頃から変わることのない夜空の風景だ。そして、リリイと最期に話した夜も星が綺麗だったことをレフィは不思議と覚えている。
「―― 眠れないのか?」
背後から聞こえた声にレフィは驚いて身を固め、そして呆れ交じりのため息を大袈裟なほどに吐いてから振り返る。佇む声の主を予想通り眼前に納めれば、肩を竦めてみせた。
「…いちいち気配を消して近づくな、グレン。悪趣味だぜ?」
「ああ、すまん。癖でな…」
悪びれた様子もなく告げるグレンにレフィは小さく息を吐き出す様にして笑った。グレンもそんなレフィを見て笑みを零し、隣に歩みを進めて夜空を見上げる。瞬く星の合間にひとすじの流れ星が駆け抜けて消えた。風は心地よく、それでいて穏やかなこの情景は、すぐそばにまで迫る選択の刻を夢だと思わせる。何かを言い淀むようにグレンは視線を落とし、そして目を伏せた。
「なぁ、レフィ。…思い出さないか?」
「相変わらず唐突だな。…なんの話だよ?」
「昔、まだ俺たちが教会にいたころ、いつだったか流れ星の降る夜があっただろ…覚えているか?」
「ああ、あの時は夜中いっぱい森を走りまわって…あとですげぇ怒られたよな」
しばらく考えて「ああ」と声を上げ、レフィは苦笑いにも似た面持ちでグレンを見上げる。同意するように頷いて同じく苦笑いを浮かべた。
「あの時は…確かに大変だったな。頭にこぶができたぞ」
「そうだった、そうだった。…リリイが心配そうに…俺たちを見ていたな」
当時は痛い思いをしたが、今では笑い話になる。だが、思い出の中にはいるものの、今は共にいない彼女の姿をふと脳裏に過らせれば、忘れてしまいたいほどの過去がレフィを捉えた。
忘れていたつもりはないのに、ひどい後悔の念に駆られる。彼女を助けられなかったことだけが、何よりも深く心を貫いた傷を負わせていた。今なおその傷口は、鮮血を吹いている。
「……リリイにはあの時からずっと…心配ばかりかけてた…俺は」
夜空の星が流れていくのをレフィがどこか遠くを見ている視線に気づいて、グレンは口元を結んだ。そして幼子をあやす様に掌をレフィの頭へ乗せる。くしゃりと髪を撫で、乱す様に崩した。
「不安な気持ちはわかる。…だが、お前は俺が守る」
「な、なんの話だ!グレン」
子どもをあやす仕草に眉を寄せて、レフィは手で振り払うようにして間合いを開ければ、己よりも上背のある親友を見上げる。グレンは懐かしむように瞳を伏せて、そして笑った。
「思い出したんだよ…リリイにお前のことを頼まれていたことを、な」
「リリイが?」
「ああ…レフィ、お前はいつもムチャばかりしているからな。彼女だけでは手が足りん…あの流星群の夜、そう頼まれたのを思い出した」
静かに息を吐き、懐かしげなまなざしを空へと向け、グレンは頷きながら口を開く。かつて自分とレフィを支えて支えられて共に生きていた彼女の存在は、形を失った今でも常に傍にいる。そういう気がしてならない。
振り払われた掌をヒラヒラと振り、グレンはにこやかな笑みを浮かべ、レフィは己の拳を握りしめる。沈黙を埋めるように、風が草木を揺らして二人の合間を過ぎて行った。
「……ったく、お前もリリイも…」
「レフィ…」
握りしめた拳を緩く開き、深い息を静かに吐き出してレフィは、呆れ交じりの言を紡ぐ。そして手荒に自分の頭を掻いた。
「俺がそう簡単にやられるわけねぇだろ…心配しすぎなんだよ」
見上げる面持ちはいつもの不敵なものでグレンは、軽く目を見開き、頷きながら口元に笑みを浮かべる。
「余計な世話を焼くのも俺の癖だ…我慢しろ」
「俺が我慢するのか…おい、グレン」
「当り前だろう?俺が世話焼きなのはお前にだけだからな…」
声に出して笑い、グレンは得意げな面持ちを浮かべて、そして再び夜空を見上げる。流星の瞬きはいつの時も静かにそこに存在している。それが姿無き者たちが自分たちを見守っているかのように思えてならない。
しんと静まり返る宿舎を振り返り、グレンは振り払われた手を再びレフィの頭に乗せ、「戻るぞ」とだけ告げれば後は振り返らず歩き始めた。
「おいおい、勘弁してくれ…ッ」
撫でられた頭に残る温かな感触。レフィは己の掌で触れながら夜空へと顔を上げる。ふと、その手に誰かの手が重なったような感覚を覚え、目を見開いた。
目には見えない誰かの手のひらを感じる。グレンと自分と、…リリイ。遠い昔の約束が今もまだ残っている。ただ姿は見えないだけで、願いはいつまでも誰かと共に残っていく。
レフィは、己の手を再び強く握り、そして頷いた。
「そうだな、まだ立ち止まるには早い、か」
誰に告げるでもなく呟いた声に風が木々を揺らして応える。
誰か懐かしい声を感じたような気がしてレフィは、もうひとつ頷いた。
呟き:まとまりが…無くなった…ガクリ。
08.残してきた過去のこと (ルクスペイン)
- 2010/08/10(火)*No.176
「ふむ、久しぶりだな…」
久々に降り立つ見慣れた土地に桐生は一つ深呼吸して呟く。街のにぎわいはここを離れる時と変らず悠久の時は静かに流れている。
たった数年前、ここで起こった不可思議で怪奇的な事件の数々がその爪跡深く刻んでいるようには、さして見えない風景だ。眺める紅に染まる海岸通り。心地よい風には、あの忌々しい「サイレント」の気配は微塵も感じ得ない。
否、感じるほどのレベルではない、というべきか。
「……まったく、中途半端ではあるけれどね、僕の場合は」
誰に告げるでもなく零した言葉は風に流れた。
数年前、如月学園を中心に起こった奇怪な事件の数々。すべては偶然のようでいて、オリジナルサイレントという人間の精神に寄生する狂気の存在によって引き起こされていた事件。被害者は、知り合いの中にも多い。人の命が失われ、引き金となる怒りや悲しみの感情が、この街の特殊な状況も合間見会え引き起こそうとした天変地異。その現場に携わり、一度は敵対し、そして相対し、仲間となって戦い抜いた。
守りたいモノを守るために。
意識せずとも歩く先は、紅に染まる水平線。夕焼けが美しい朱に染め上げる幻想的な空間。見晴らしの広い公園には、見知った顔ぶれがあり、ふと足をとめた。
「あ、やっぱり戻ってきたんだね」
「…キミは、確か」
記憶に間違いが無ければ、神代ナミではないだろうか、と桐生は思い浮かべた。前に見た時よりも幾分大人らしく、伸びた背丈と面持ちは姉のヤヨイと似ている気がする。
向ける笑顔は、記憶のまま満面と言えた。
「お帰りなさい。…あ、お兄ちゃんは?」
そう言ってナミは桐生の後ろを探すように首を伸ばす。誰の姿を追うのかとしばし考え、思い当たる節の人物像が浮かべば苦笑交じりに口を開く。
「……西条か?彼とは、しばらく会っていないよ」
「そうなんだ?お兄ちゃんも一緒かと思った」
「すまないな」
なぜそう思ったのか、とまでは口にせず、よぎった予感だけを自嘲に忍ばせ、海を眺めている彼女のところまでゆっくりと歩み寄る。ナミは、小さく首を横に振った。
ただしばらくお互い何も口にすることなく、黙って波の音と朱かに徐々に夕闇へと変る情景を眺めている。静かに風が木々を揺らし、サワサワと音が過ぎていく。
「あれから、みんな元気かい?」
口を開いたのは桐生だった。彼の言う「みんな」が誰を差すのか、ナミは感良く察して、元気よく頷く。
「元気だよ?お姉ちゃん達は高校生を卒業して、大学に行ったり、ケーキ作ったり、本屋さんだったり、アナウンサー?さんだったりしてるよ?」
「それはそれは…なによりだ」
指折り数えながら誰々かの姿を思い浮かべる仕草に桐生は小さく吹き出すように笑った。それぞれが、それぞれの道を歩んでいる。ならば、なにも杞憂など必要ないではないか、と。
この街に戻ってきた理由の一つがナミの言葉で払しょくされ、桐生はようやく大きく息を吸い込んだ。あの事件のことの発端を荷ったという罪悪感が、彼女の言葉一つで軽くなったような心地にさえなる。不思議なものだ。
不意にナミが立ち上がった。
背丈はいまだ桐生よりも20センチほど低く、立ち上がった彼女と目が合うのは見下ろした後のこと。ナミは、桐生の顔を見つめながら、それでもどこか遠くを見つめている。そういう不思議な感覚を覚え、桐生は眉を寄せる。
「残してきたモノは、貴方のすぐ傍で見守っているよ?」
はっきりと口にされた言葉に、桐生はわずか目を見開いた。疑問形として投げかけられた言葉は、彼の深淵にある洞を刺激し、いとも容易く引きずり出した。痛みに胸の奥が軋むような感覚が、自覚の後にやってくる。わずかに目を細めて耐えた。
「なに、を…」
問い掛けに答えるより早くナミは再会した時のまま微笑みで、すうーっと腕をあげる。指は、桐生の後方に向けられ、指し示す様に止まった。振り返るよりも早く、桐生の耳に届いたのは、声。
「……ヒビキ?」
声音の懐かしさから想定の人物が視界に収まり、桐生は目を軽く瞬かせる。見慣れた和服姿で淵の黒い眼鏡をかけ、幾分ナミと同じく大人びた旧友、宇波リョウだ。
「ああ、ヒビキだ。どうしたんだ、久しぶりだな」
「リョウ、相変わらずだな」
駆けよる懐かしい顔に、わずかに目を見開く。唐突な再会に一瞬思考が出遅れたが、両手を握られブンブンと上下に振られればその勢いと温かさに実感を得る。成長という変化は見受けられるものの、その芯は変わりのない友の姿に桐生は人知れず安堵した。
「相変わらず唐突だね、キミは。来るなら来ると一言いってくれてもいいものだろ?」
「何分にも突然だったんだ。悪かったな、リョウ。…みんなは元気かい?」
そうして始まる他愛のない会話は、昔から変わらない。
クスクスと小さな声で笑う彼女と目が合う。にこやかな楽しげに微笑む姿は、あの事件の時となんら変わらない。いや、あの時以上の強さを秘めている。
始まりのこの街に置いてきた過去のこと。
記憶の隅に辛うじて残るような些細な出来事さえも、今の彼女、リョウ達を作りだした力となっているのだろうか。疑念にも似た不可思議な心境に、ついと目を細めた桐生は、感覚にひっかかる鈴の音のような響きに顔を上げる。
視線を投げた先には朱に染まる美しい海とさざ波が、寄せて返す波の音を伴って静かに広がっていた。
「…ああ、そうだ。彼も来ているよ?」
「え?」
波の音につられてわずかに聞き逃した言葉尻を桐生は慌てて捕まえる。穏やかな面持ちの中に少しだけ意地悪く笑ってリョウは、口元を緩めた。
「今しがた彼の姿を見つけたと、野崎さんがはしゃいでいたからね。間違いないんじゃないかな?」
「彼って、西条なのか?…いや、しかし」
FORTはそこまで暇じゃないだろう…と言いかけた言葉を桐生は飲み込む。視界の端に、朱に染まる公園の端、眼下に海を臨む、潮風の心地良いすぐその先で一人佇む青年の姿を捉えたからだ。
「あ!お兄ちゃん!」
ナミの声が凛と響く。リョウが手を挙げて軽く降るのを眺めつつ、声に気付いて振り返る彼の姿は、たくましくもあり、強さを秘め、そしてか変わらずそこにあった。
「お帰りなさい、お兄ちゃん」
「ただいま」
と。波の音にかき消される彼の声が桐生の耳にも静かに響いた。
そんな気がした。
呟き:まとまりませんな。再会というか、出会いというか、…神出鬼没かな。
09.届くようにと祈る (池袋ウエストゲートパーク)
- 2010/08/18(水)*No.177
「えらくパンチの利いた車だな」
いつものいかつい高級車ではなく、今にも止まりそうな果物屋の仕入れ兼配達専用オンボロ軽トラックの助手席に脚を投げ出してタカシが口を開く。抑揚のない声音は、さして気分を害しているわけではない。いつものこと、だ。
「もう10年越えの俺専用車だからな」
いいだろう?と庶民の皮肉を鮮やかに乗せて笑顔を作るが、タカシは鼻で笑っただけだ。王様の相手はいつも戦々恐々なのだと、いつかわからせたいマコトでもある。
すでに日は落ち、賑やかなネオンが眩しく光。昼間の猛暑の名残を夜の熱気とともに漂わせ、蒸し暑さと騒々しさが街を包んだ。
ガタガタとアスファルト舗装の脇道から路地を抜け、車幅ギリギリで電柱を避けながら車を走らせ工業地帯の海岸沿いに出た頃には、遠くに見えるネオンはそのままに工場街灯程度になり始めていた。時折大型のトラックとすれ違えども一般車両は昼間に比べて格段に少ない。
しばらく車を止められる場所を探しながら軽トラを走らせ、フェンスのない船積倉庫街の外壁を左右に細い路地を抜けて、ようやく眼下に黒い波が打ち寄せる海辺へ出た。アスファルトからは昼間の熱気がじわじわと上がり、マコトの額を汗が流れる。首に巻いたタオルで無造作に拭いながら、助手席から降りたタカシを見れば、自分ほど暑さを感じている様子もなく背伸びを一つ。クールな王様は、汗だくのマコトを見て再度鼻で笑い、マコトはそれに渋面しただけだった。
「あー…しまった。なんか買ってくれば良かった」
「今さらだろう…、それにさっき食ったばかりだ」
はたと気付いたように声を上げるマコトをタカシは息を吐き出すようにして笑う。
飲み物一つも買わずに男二人でこんな色気のない埠頭の海をみれば、時間が時間だけにぼやくしかない。
そもそもこの状況の原因はさかのぼること数時間前のマコト自身であるのだから、否定のしようもないのだ。ガシガシとバツが悪そうに頭を掻いて荷台に乗せてある肩幅ほどの段ボールをそろそろと下ろす。頭を突っ込むようにして中から丸い筒状やら台やらを取り出すマコトを余所にタカシは岸壁に身を乗り出しようにして海を見ている。夏の暑さに熱され蒸し暑さは残るものの潮風が心地よい。都市の海はそれなりに雑臭も含むが、埃立つ焼けたアスファルトジャングルよりはいくらかマシだ。
「タカシ、あんまり覗いてると落ちるぞ?」
「お前と一緒にするな…、いや、お前となら落ちてもいいな」
「夜の海にダイブ…遠慮しとく」
洒落にならない、とぼやきつつ、マコトが手元は慣れた様子で組み立てていく。黒いフォルムの円柱を台座に取りつけて金具で固定。伸ばした足をそれぞれネジで止めてレンズをはめる。つたう汗を腕で拭って、手首の時計を見ればそろそろ日付が変わる頃合いだ。できあがりを察してか、タカシがマコトの横に立ち、上から覗く。見上げたマコトと目が合えば、マコトがにやりと笑った。
「ほら、できたぞ、王様」
「よきにはからえ」
「殿様かよ」
ハハッ、とマコトが陽気に笑って出来上がった望遠鏡を撫でる。タカシも軽く肩を竦めて、身を屈める。いつもはクールな王様が、やけに楽しそうだとマコトは思った。
「お前が飲みながら、『今夜はペルセウス座流星群だ』と言うから、こうなる」
「まさかお前が『流れ星見たい』って言わなきゃ、こうならないだろうが」
「俺は乗ってやっただけだ」
暇だったからな、と付け加え、タカシ裸眼のまま夜空を見上げた。
時刻は深夜に差しかかろうとしている。それでも眠ることのない街は、薄明かりに照らされている。光化学スモッグでぼやけて見えない夜空に星があることを流星群の話を聞くまでは忘れていたのだ。日常の自然と言われている営みからすでに離れて久しいこの街。そして、住まう自身が、今更なにを馬鹿げているのだろうか、と自問したくもなる。ガキのようにマコトが楽しげに組み立てる望遠鏡を見下ろしてタカシはふと視線を落とした。
「そろそろだ、タカシ。覗いてみろよ?」
調整が済んだのかどこか得意げな面持ちで立ち上がるマコトが、ポンっと撫でるようにタカシの頭に触れた。囚われていたろくでもない思考から引きはがされる。目を二、三度瞬かせてタカシが顔を上げる。昔と変わらない口元の片方だけを笑みの形に吊り上げ、そう得意げに笑うマコトがいた。
「…俺は普通に見えるけどな」
「それを言うな、それを…」
視力の善し悪しについて求めているわけではない。わかっていても素直に認められるほど純粋なガキではないのだ。ガキの年はすでに過ぎた。
呆れ交じりに呟くマコトに不遜な面持ちを向け、それでも言われるままに望遠鏡を覗きこむ。ちょうど尾を引く流星が、右から左に流れ落ちた。マコトが隣で声をあげるのを聴き裸眼でも見れると察したが、しばらく覗きこんだままでいる。
――― この想いが届くように、と祈る。
流れ星が消えるまでに3度の願い事を言えばそれは叶うという迷信。
視線を望遠鏡から上げ、マコトが嬉々として喜ぶさまを見ながら、タカシはそっと胸の内で呟く。知られたくない想い、それでも知ってほしいと思う想い。矛盾していることは、いわずもがな、だが。
「タカシ、願い事し放題だな」
「マコト、お前、3度も間違えずに言えるのか?」
薄く靄の掛かる夜空を見上げて一つ息を吐く。いつものクールな声音にマコトは、眉を寄せ、そして口元をへの字に曲げる。それを見て腕組みをしてタカシは答えを待つ。
「―――2度に負けてくれ」
真顔でそんなことを言うマコトに、タカシは久しぶりに声をあげて笑った。
呟き*少し前にあった「ペルセウス座流星群」のニュースから思いついた。だが、キングがニセモノすぎる。
10.いつか来る日へ (英雄伝説 零の軌跡)
- 2010/12/14(火)*No.178
クロスベルに戻ってきた。
故郷に戻ってきた。そう懐かしさを感じる間も、今のこのクロスベルを観ると無いような気がする。
特殊支援課は相変わらず街中のいろんな依頼に溢れ、それでいて少しずつ街の人々と、そしてこの街の裏に隠された複雑な状況を日々ヒシヒシと感じている。
「遅くなって…ごめんな、兄貴」
わずかな空き時間にロイドはようやく兄の墓へと参ることができた。
クロスベルに配属されて初日からプラント内での魔獣退治へと駆り出され、遊撃士の実力を目の当たりにし、日々追われる生活が続いていたわけで、落ち付いて墓参りに行くのもはばかられていたのが実際のところだ。
花を手向ける今もまだ、実感は薄い。冷たくなった兄の亡骸を抱きしめ、悔し涙を流した日が、未だすぐさまにとどまっているような気がする。
いや、とどまっているのは自分の心なのではないだろうか。
自問自答をするも答えがでることなどないのだと、頭の片隅ではわかっている。
ロイドは、もう一度墓石に両手を合わせた。
穏やかな風が、やや肌を刺すような冷たさを持って流れていく。街並みは大きく変わり、昔の面影は薄くなった。人は常に便利さと目新しさを求め、賑わいを見せる街中に新旧の混在は幅広く残っている。人々の暮らしぶりは、まるで濁流のように上から下へと流れ落ち、そのスピードに乗りそこなうことを恐れている。
それでも、この静かな墓地からの眺めは、あの時から変わらずにあった。
「死んだ人の年を考えてはいけないというけれどな…」
ため息交じりに呟いてロイドは腰を上げた。兄が亡くなってから数えてしまう「もしも」を。
兄貴が生きていたならば…。
自分の前にある道は、違う道だったかもしれない。そもそも警官になろうとはあのときまでは思わなかった。
「兄貴の代わり…俺に出来ると思うか?」
兄貴が亡くなった時、初めて兄が関わっていた多くの人々の存在を知った。ロイド自身に見せていた顔ではない、仕事やそれ以外で関わる人々に見せていた顔を。そして多くの人々に兄の姿、言動に惹かれていた。もちろん憧れはロイドの中にもあったし、理想でもあった。
そんな兄が亡くなったのは、本当に唐突で当然で、予想だにしていなかった。
ロイドは無意識に拳を握っていた。爪が掌に食い込む、その痛みすら感じないほど内心に溢れる感情は複雑だった。背中を追ってきたはずの兄は無く、自分の非力さを痛切に感じる毎日。選び抜いた結果が、最良であったのか、今でも迷いは残るものばかり、だ。
返ってくるはずもない答えをしばらく黙ったまま待ち、代わりに聞こえる風の音を目を閉じて受け止め、ロイドはようやく長い息を吐いた。開いた目にはいつもの強さが戻っている。
「…見ててくれよ、兄貴」
いつか来る日。いつか何もかもわかる日が来る。
そんな予感を胸にロイドは特殊支援課のあるビルへと足を向けた。
ランディが、何度目か痺れた足を組み直し、出入り口のソファでグラビア雑誌を読んでいたのは、昼下がりのこと。女性陣は、支援依頼の関係で出かけている。なんでも女性からの依頼の為、同じ女性に相談したい、とのことだった。
「俺が行くって言ったんだけどなぁ…あーあ」
先ほど依頼人が女性というだけで一人盛り上がるランディをいつものように冷たい眼差しで睨んでから出て行った二人の面持ちを思い出してランディは僅かに肩を竦め、めくるページが巻末を迎えるとテーブルに置いて欠伸交じりの背伸びを一つ。見上げた時計の針は、あれから1時間も過ぎてはいない。
ふと、気配を感じてランディは顔を上げた。欠伸交じりの涙目を手で拭い、向けた視線の先には建物に向かっているロイドの姿がある。
「よお、ロイド。今、戻りか?」
「ああ、ランディ。ただいま。…何かあった?」
ドアが開いたところでロイドも気付いたのか、軽く手を挙げて室内へと足を踏み入れる。ランディに挨拶をしながらも室内の静けさに軽く天井を見仰いで、口を開いた。二人の気配を感じ得ないからだろう。ランディは小さく笑って、組みかえたばかりの足を床についた。
「支援要請の関係で、お嬢とティオすけは依頼主に会いに出てる。課長は…たぶん部屋で煙草でもふかしてんじゃないか?」
いつもの飄々な口ぶりにロイドも「なるほど」と小さく何度か頷いた。軽く背伸びをしながら、ランディの見据えるような視線が気になってロイドは目を瞬かせる。
「ランディ……なんか俺の顔についてるか?」
「いや、ついてるようには見えねぇけど。どうしてだ?」
逆に尋ねられてロイドは眉を寄せ、困ったように視線を流す。ランディは、ニヤニヤと意地の悪い顔を浮かべる。
「どうしてって…、なんか睨まれたような気がしたんだけど…」
「いや、睨んではないさ…お前さん、なんか吹っ切れたような顔してるな、と思ってさ」
行儀悪く片足を座っているソファに上げて、膝の上に顎を置きながらランディは口端を吊り上げる。ますますわからない、と言いたげにロイドは首を傾げた。
「悩み多き年頃だから、何か心配ごとがあればお兄さんに相談しろよ?」
「そんなに変わらないだろ?…まぁ、確かにいろいろとランディの方が経験豊富だとは思うけどね」
「そうだろ?」と得意げな相手の面持ちにロイドは自然と声を零す様に笑い、わずかに口元を引き締める。
「俺は、まだまだ頑張らないと、な」
「………」
揺らいだ視線の先がどこか遠くを見つめているようでランディは、小さくため息をつきながら立ち上がる。今までへらへらしていたとは思えないどこかピンと張った雰囲気にロイドも無意識に視線を向け、二対の瞳が交差した。刹那、くしゃりと髪を軽く乱すような指先の動きと共に頭の上に掌が降ってくる。響く重みに目をパチリと瞬かせ、閉口しながらランディを見上げる。
「ロイド、お前さんなぁ…」
振りかかる声音はやんわりと柔らかいが、どこか翳りのあるランディの面持ちに思わず目を見張る。その揺らぐこともなく物事を見つめる大きな瞳の中に己に対する疑問を映し出す相手を見下ろして、ランディは幼子をあやす様にくしゃくしゃになるまで髪を乱し、片方の口角を笑みの形に吊り上げた。
「焦んなよ、ロイド。お前は、お前で良いんだからな」
おまけとばかりに手荒さを加えて髪を乱し、軽く相手の頭を振ってからいつもの飄々とした面持ちに変える。照れくささも生じたためだろうが、次に目が会った瞬間、ランディは内心目を見張った。
「なぁ、ランディ。待っててくれないか?」
揺らぐこともなく見せる強い信念を具現化した瞳が、力強く輝きを伴ってそこにある。思わずと言った態で、ランディは眉を寄せる。気にとめることも無くロイドは続けた。
「ランディと同じ場所で、同じ高さで見えるものを知りたいんだよ。…だから、俺がそこに立つまで待っててくれないか?」
迷いもなく発せられる言葉にランディは茶化すことも忘れて、気恥ずかしさを感じながらかろうじて肩を竦めてみせる。己の心の内をありのままにさらけ出せることを純粋だとは思わない。世の中の物知らずと笑う人もいるだろう。だが、ロイドの言葉とその面持ちは、若さゆえと言える信念と共に秘めた情熱すら感じさせる。向かうべき道を冷静に見つめている一人の青年の姿だ。
「…バーカ、俺みたいになってどうすんだよ」
その眩しさにランディは目を細め、内心嫉妬心すら感じる己に自嘲気味な笑みをいつものそれに紛れ込ませた。
気付いたのか気付かないままなのか表面上ではわからぬままロイドは小さく笑い、口元を緩める。ただ、向けられる視線は、一片の濁りすら感じさせることはなかった。
「ランディみたいというか、俺は…」
「わかってるって…、つうか、お前な。お嬢の言う通り、誰彼かまわず口説くんじゃない」
「べ、別に口説いてるわけじゃ…」
ギョッとした様子で目を瞬かせロイドは慌てて身を引くと、ランディの何やら企んでいる面持ちに罰が悪そうな顔を見せて口の中でもごもごと唸る。それを見てランディは、声を零して笑った。
お互い、いつか来る日への一歩をようやく踏み出せた気がしていた。
呟き:勢いで書きあげたような感じですが、ロイドとランディです。構図的には逆にしたいのですが、どっちもどっちで良いヤツラですね(笑) この物語の世界観と人物が大好きですよ。