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No.212に関するツリー
石版 幕間「つまらない講釈」
- 文矢 -
2007/12/08(Sat) 18:41:39
[No.212]
└
石版 第二幕「これがあの男に...
- 文矢 -
2007/12/15(Sat) 07:12:24
[No.216]
└
石版 第二幕「これがあの男に渡...
- 文矢 -
2007/12/21(Fri) 07:50:50
[No.223]
└
石版 第二幕「これがあの男に渡...
- 文矢 -
2007/12/22(Sat) 10:24:56
[No.224]
└
石版 第二幕「これがあの男に渡...
- 文矢 -
2007/12/24(Mon) 07:58:53
[No.226]
└
石版 第二幕「これがあの男に渡...
- 文矢 -
2007/12/25(Tue) 14:35:52
[No.227]
└
石版 第二幕「これがあの男に渡...
- 文矢 -
2007/12/26(Wed) 07:51:31
[No.228]
└
石版 幕間「つまらない講釈」
- 文矢 -
2007/12/28(Fri) 10:50:43
[No.231]
└
石版 第三幕「受け継がれるべき...
- 文矢 -
2008/01/02(Wed) 17:56:58
[No.234]
└
石版 第三幕「受け継がれるべき...
- 文矢 -
2008/01/08(Tue) 15:08:33
[No.238]
└
石版 第三幕「受け継がれるべき...
- 文矢 -
2008/01/09(Wed) 20:39:32
[No.240]
└
石版 第三幕「受け継がれるべき...
- 文矢 -
2008/01/27(Sun) 15:38:16
[No.248]
└
石版 第三幕「受け継がれるべき...
- 文矢 -
2008/02/02(Sat) 07:03:52
[No.252]
└
石版 第三幕「受け継がれるべき...
- 文矢 -
2008/02/04(Mon) 07:55:48
[No.253]
└
石版 第三幕「受け継がれるべき...
- 文矢 -
2008/02/04(Mon) 07:56:24
[No.254]
└
石版 幕間「つまらない講釈」
- 文矢 -
2008/02/09(Sat) 14:26:59
[No.256]
└
石版 第四幕「踊り狂うかの様...
- 文矢 -
2008/02/11(Mon) 08:25:03
[No.258]
└
Re: 石版 第四幕「踊り狂うか...
- 文矢 -
2008/02/20(Wed) 20:41:06
[No.261]
└
石版 第四幕「踊り狂うかの様...
- 文矢 -
2008/02/24(Sun) 08:03:45
[No.263]
└
石版 第四幕「踊り狂うかの様に...
- 文矢 -
2008/03/02(Sun) 07:50:03
[No.266]
└
石版 第四幕「踊り狂うかの様に...
- 文矢 -
2008/03/11(Tue) 08:01:28
[No.268]
└
石版 第四幕「踊り狂うかの様に...
- 文矢 -
2008/03/22(Sat) 18:12:15
[No.269]
└
石版 第四幕「踊り狂うかの様に...
- 文矢 -
2008/03/23(Sun) 18:05:39
[No.270]
└
石版 第四幕「踊り狂うかの様...
- 文矢 -
2008/03/31(Mon) 07:32:07
[No.276]
└
石版 第四幕「踊り狂うかの様に...
- 文矢 -
2008/04/06(Sun) 19:17:43
[No.289]
└
石版 幕間「つまらない講釈」
- 文矢 -
2008/04/07(Mon) 06:17:52
[No.290]
└
石版 第五幕「古代からの因縁」...
- 文矢 -
2008/04/12(Sat) 06:31:58
[No.301]
└
石版 第五幕「古代からの因縁」...
- 文矢 -
2008/04/13(Sun) 07:39:30
[No.302]
└
石版 第五幕「古代からの因縁」...
- 文矢 -
2008/04/19(Sat) 17:52:26
[No.303]
└
石版 第五幕「古代からの因縁」...
- 文矢 -
2008/04/26(Sat) 04:30:07
[No.304]
└
石版 第五幕「古代からの因縁」...
- 文矢 -
2008/05/03(Sat) 15:27:39
[No.305]
└
石版 幕間「つまらない講釈」
- 文矢 -
2008/05/03(Sat) 15:40:10
[No.306]
└
石版 第六幕「彼は満足したのだ...
- 文矢 -
2008/05/17(Sat) 21:04:12
[No.307]
└
石版 第六幕「彼は満足したのだ...
- 文矢 -
2008/05/26(Mon) 18:26:19
[No.316]
└
石版 第六幕「彼は満足したのだ...
- 文矢 -
2008/06/03(Tue) 18:17:18
[No.317]
└
石版 第六幕「彼は満足したのだ...
- 文矢 -
2008/07/24(Thu) 06:59:36
[No.343]
└
石版 第六幕「彼は満足したのだ...
- 文矢 -
2008/07/28(Mon) 10:42:40
[No.344]
└
石版 第六幕「彼は満足したのだ...
- 文矢 -
2008/08/04(Mon) 06:57:01
[No.346]
└
石版 第六幕「彼は満足したのだ...
- 文矢 -
2008/08/05(Tue) 18:55:42
[No.347]
└
石版 第六幕「彼は満足したのだ...
- 文矢 -
2008/08/11(Mon) 17:33:32
[No.355]
└
石版 第六幕「彼は満足したのだ...
- 文矢 -
2008/09/21(Sun) 19:45:49
[No.378]
└
石版 第六幕「彼は満足したのだ...
- 文矢 -
2008/10/25(Sat) 18:57:53
[No.403]
└
石版 第六幕「彼は満足したのだ...
- 文矢 -
2008/11/08(Sat) 06:36:38
[No.414]
└
石版 第六幕「彼は満足したのだ...
- 文矢 -
2008/11/22(Sat) 19:57:33
[No.421]
└
石版 第六幕「彼は満足したのだ...
- 文矢 -
2008/11/24(Mon) 07:07:31
[No.422]
└
石版 第六幕「彼は満足したのだ...
- 文矢 -
2008/12/07(Sun) 06:27:52
[No.425]
└
Re: 石版 第六幕「彼は満足した...
- ??? -
2008/06/03(Tue) 23:03:34
[No.318]
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石版 幕間「つまらない講釈」
(親記事) - 文矢
さあ、第一幕は一時閉幕です。皆様、休憩時間です。お手洗いへはあそこの出口から、お飲み物などを飲んで休憩したい方はあちらの方にショップがあります。皆様、一旦、肩の力を抜いて休んで下さい。
大丈夫です。休むぐらいの時間は十分にありますよ。次の幕が始まるまではですかね。そして、始まるまでは又、この私のつまらない講釈でもお聞き下さい。おっと、わざわざお聞きいただかなくても結構です。自由ですから。この時間は自由です。
例えるのなら、私の話はあれです。テレビアニメのあらすじの部分。聞かなくたって前の回から見ている人は分かる。そう、そんな感じなのです。だから力を入れて聞かなくても結構です。
皆様、第一幕はどうでしたか? 面白かったと思っていただけたら本望です。つまらないと言ったあなた。そこのあなたですよ。あなた。責める気持ちなんて全くありません。我々が悪いんですからね。どんな展開があなたの好みでしょうか? 軽く言って下さい。軽く。
何々? バトル的な展開ですって? 成るほど。第一幕の戦いはほとんどありませんでしたからね。すいません、退屈だったでしょう。心の底から謝らせていただきます。
ですが、それならそのお客様にとって大好きな展開が待っている筈です。そうです。第二幕はそんな展開。バトルの展開です。
秘密道具を使えば何でもあり? 確かにです。『あらかじめ日記』だとという道具があります。これは、これに書いた事は全て本当に起こってしまうという反則の道具です。他にも、反則レベルの道具はたくさんあります。 だから、つまらなくなってしまうと思うでしょう。
でもですね、考えてみて下さい。我らがドラえもん一行だけが道具を使えるわけじゃありません。敵方も秘密道具を使えるのです。ですから、相手も『あらかじめ日記』を使うかもしれない。それならどうなるのでしょう? これは私の予想ですが、両方が使ったらそれは相殺される筈です。多分ですがね。
そしてです。敵方のイカたこ達には何があるでしょう? そうです、脅威のレリーフです。とんでもない力を持つレリーフです。
ドラえもん方はほとんどのものを失いました。じおすは消え、レリーフは消え、タイムパトロールのメンバーもどらEMONを残しては消えてしまいました。どうなるのでしょうか?
後五分ぐらいで第二幕が開幕します。皆様、席にお着きください。それではお静かに。もうすぐ始まります。
ゾクゾクしていますか? ワクワクしていますか? ドキドキしていますか? そう思っていただければ光栄です。
それでは、第二幕が開幕します。同じことを言いますが、一秒たりとも、お見逃しの無いように――
石版 第二幕「これがあの男に渡ってしまった」
[No.212]
2007/12/08(Sat) 18:41:39
石版 第二幕「これがあの男に渡ってしまった」
(No.212への返信 / 1階層) - 文矢
極限状態。例えば、戦争中の密林の中。例えば、暗闇の中、誰かに襲われている。そんな事を体験した人は必ずある「物」を見る。それは、幻覚。戦場だったのなら、敵の軍隊が目の前に現れたりする。声を出したら、死ぬ。こらえて、こらえて、こらえて、やっと生き残れる。そんな、極限状態。
裏山の夜。そう、ドラえもん達もその極限状態を体験していたのであった。裏山の崖になっているところに、彼らは穴を作った。『キャンピングカプセル』なんかすぐに破壊される。地下室も作ったが、発見されて終わった。最後の手として、穴を掘り、隠れたのだ。
軟体防衛軍による攻撃は、続いているのだ。気づいたら夜になり、練馬の街に明かりが灯り始めても戦いは止まない。攻撃。攻撃。それは絵で見た地獄と似ていた。何回殺されても死なないというのが地獄で、その永遠こそが恐怖となる。永遠。人を恐怖させるのは、この言葉では無いのであろうか。そして、彼らは恐怖を感じていた。
「ママ、ママ、ママ……」
「あ、あ、あ」
端の方で、のび太、スネ夫、静香達は震えていた。泣きながら。恐怖で。どらEMONは何が起こってもいいように身構えていた。ドラえもんも、道具を取り出し、ジャイアンは戦う姿勢を見せていた。
何で、母親達は裏山に探しに来ないのか。のび太が質問したその言葉に、どらEMONは明確な答えを出していた。秘密道具の中で人を近寄らせないものがある。時間が大分あったから、設置されたのだろうという事だった。
つまり、彼らを誰かが助けてくれる可能性は限りなくゼロなのだ。タイムパトロール本隊でさえ、気づいてくれない。孤独。ただの、孤独である。
どらEMONの脳内には、ある言葉が焼きついていた。――「永戸! 最後の命令だ! ドラえもん君達を守れ!」「絶対にだ!」
自分の尊敬する男が言ったその言葉。信頼しあっていた仲間の言ったその言葉。最後の、言葉。
守らなければならない。この少年達を。日本刀を握り締める。例え、右腕を、命を失おうとも。かつて、自分の尊敬する男、大島がやった様に。覚悟は、できていた。確かに、その右腕に。覚悟は、全て。
その時だった。穴の入り口から音が聞こえた。『透明クラッカー』を吹き付けた布でガードしていたが、すでにそれはバレているようだった。入ってくる。この中に、入ってくる。
「じっとしているんだ!」
どらEMONはそう言うと、『透明クラッカー』をドラえもん達に吹き付けた。そして、日本刀を取り出す。そして盛大に布が破られる。軟体防衛軍のロボットが、目の前に現れた。
一体だけのようだった。緑色。いかにも、量産型という感じがするがゼクロスのとはタイプが違った。さっきから、ずっと戦っているのはずっとそのタイプだった。
緑色で、ゴツイ形をしており、高さは三メートル程。コクピットは胴体にあり、顔は半円型で黒いラインには二つの眼が光っている。そして、手には鋭い爪が五本。肩と足にマシンガンが取り付いてあった。
「やあやあ、生き残りさん。こんにちは」
すでにモードを変えているらしく、声が穴の中に響く。どらEMONの頬を汗が伝る。そして、鋭い目。
「永戸どらEMON、今参る」
日本刀を抜き、どらEMONは走り出した。ロボットへと。ロボットは穴の中に足を踏み入れ、肩から弾丸を発射した。どらEMONの胴をかすり、穴の壁へとその弾丸はめり込んだ。
横っ腹から噴出す血。だが、止まらない。その男は止まらない。地を蹴り、空を歩き出す。そして日本刀が、振り落とされた。
その姿。まるで、侍。宮本武蔵の様な剣豪。ロボットの胴体の中心に線が入る。そして、割れて落ちていくロボット。
その音が墓穴を掘った。――気づかれた。三体のロボットが目の前にやって来る。
どらEMONはポケットに手を突っ込んだ。その時に、三体のロボットから一斉に弾丸が発射された。どらEMONの体にそれが襲う。だが、不思議な現象が起こる。弾丸が空中で停止したのだ。その弾丸の周りにはヒビが入っている。
「『バリヤーポイント』!」
そして後ろからドラえもんの声。そう、ドラえもんがすでに投げ込み、発動していたのだ。『バリヤーポイント』を。自分の周り二メートルにバリヤーが発生する。
だが、家庭用であるこの道具のバリヤーは、すぐに壊れ、崩れ落ちた。だが、その時間さえあれば十分だった。ロボットが停止したわずかな時間。その間に、どらEMONは動き出した。
何故ポケットに手を入れたか。それは、この道具を取り出す為だった。どらEMONは三体のロボットに軽く触れた。
「何を! 無駄だぞ!」
ロボットの内一体が手を動かし、どらEMONを壁にたたきつけた。どらEMONは軽く胃液を吐いた。激痛が走る。どらEMONは衝撃を吸収するチョッキを着ていたが、骨にヒビが入った様だった。
この後、彼らは攻撃を続ける筈だった。だが、違った。違ったのだ。
三体のロボットは宙に浮き、それぞれがぶつかり合った。ロボットの外装にヒビが入り、彼らは落ちていく。
『NSワッペン』その道具を、どらEMONはさっき付けたのであった。その為に時間を使った。これを付ければ、NのワッペンとSのワッペンを付けた者は引かれ合い、逆は逆に弾きあう。複数体を相手するには丁度良かったのだ。
どんどんやって来る…… 『どこでもドア』はすでに壊れていた。ここも移動しなければ駄目だ。一体、何処に?
「ドラえもん君、『どこでも窓』を出してくれ!」
「え? と、通れませんよ。『スモールライト』もやられましたし」
「いいんだ! 急いで!」
どらEMONがそう叫ぶと、ドラえもんは『どこでも窓』を出した。慌てているが、いつもの様に色々なものを出すことは無かった。正確に、一つだけ。
どらEMONはポケットからビニールテープの様な物を出す。『どこでも窓』の中にそれを突っ込んだ。『どこでも窓』を閉じる。そして、どらEMONは穴の中にそのビニールテープの様な物を張った。
「逃げるぞ!この線の向こうに行け!」
気がついた時、そこには地平線が広がっていた――
「どうやら、あの穴の中にいるようだな」
ミサイル研究所が呟く。手にはさっき使った気圧ロケットが数本握られていた。ゼクロスはまだ、ミサイル研究所達がいるこの場所に待機していた。
イカたこはすでに戻ってきていた。ポケットの中に、レリーフを持ってだ。『タイムふろしき』を使ったのか、すでに元の体に戻っていた。年齢は、二十歳すぎぐらいだろうか。
「恐らく、彼らは終わりだ。何もする事は無い。必死に足掻いて、死ぬ。それで終わりの筈。だから我々はレリーフの解読を急ごう。すずらん、あれを出せ」
「分っかりました〜」
すずらんはそう言われると、スキップしながらマシンの壁をたたいた。すると、引き出しが現れる。引き出しは、壁と同じベージュ色とでも言うのだろうか。そんな色で出来ていた。ただ、パスワードを入れないと開かない仕組みだった。
すずらんは、パスワードを打ち込み、中から何かを取り出す。
それは、レリーフだった。もう一枚の、レリーフ。『Do not pass this to that man. (これをあの男に渡すな)』と刻まれている、レリーフ。そのレリーフはもう一枚と同じような輝きを放っていた。
「我々が、世界を平和に導く」
[No.216]
2007/12/15(Sat) 07:12:24
石版 第二幕「これがあの男に渡ってしまった」 其の弐
(No.216への返信 / 2階層) - 文矢
「早く向こう側へ走れ!」
どらEMONが叫ぶ。その言葉に従い、ドラえもん達は急いでテープの向こう側の世界へと走る。全速力で。のび太は少し遅れていた。足が遅いからだけではない。泣いているからだ。さっきまでと、同じ理由で。そして、後ろからどらEMONも走り出す。
その時だった、後ろに音が響いた。地面が割れるような轟音。爆発だ。どらEMONはガッツポーズをし、後ろの張ってあったテープはその衝撃で切れた。そして、穴の中に踏み込もうとしていたロボット達もその爆発で吹っ飛ぶ。
「ち、『地平線テープ』ですよね?」
ドラえもん。そう、どらEMONが使ったのは『地平線テープ』という道具だった。そのテープを張る事により、その先に地平線が見える別空間が現れる。だが、テープが外から切られると、もう一度外で誰かが張らない限り、外に帰れないという恐ろしい面ももっている。ドラえもんはそれを不安に思い、問いかけたのだ。
「大丈夫、さっき『どこでも窓』を使っただろ。あそこの先に張ってあるんだ」
どらEMONが辺りを少し見回すと、確かにもう一つ、別の空間と地平線空間が繋がっている。そこから脱出しよう、という作戦らしい。
ドラえもんが一安心した頃、のび太はまだ泣いていた。不安ではない。じおすを、助けられなかった。タイムパトロールの人々も、同じように助けられなかった。助けられない運命だったのかもしれない。だが、のび太は許せなかった。助けられなかった自分を。助けられる力が無かった自分を。だから泣いているのだ。悔しくて。悲しくて。
地平線の空間は静かだった。『お医者さんボックス』でどらEMONは傷を治している。三十分程休憩して、脱出する予定らしい。どらEMONは考える。どうやったら、この先も逃げれるか。そして、どうやったらイカたこ達にバレないで本部と連絡することができるか。その事についてだった。
――本部はまだ状況を完全に理解していないだろう。それがどらEMONの考えだった。大島は三時間毎に連絡を送っていた。そして、最後に連絡を送ったのは「どらEMONがじおすの居場所を見つけた。今から向かう」と連絡した時、午後五時だ。今の時間は午後七時。後一時間経たなければ状況に気づかない。そんな時間だ。
どらEMONがテープでつなげた場所、それは練馬区外のとある駅前だ。恐らく、外へ出てもバレないだろう。だが、奴らは連絡する為の電波を妨害してはいないであろうか。そんな不安だった。可能性を信じて、行動するかしかない。どらEMONはそう考えた。
そんな時だった。他のところに、元の空間への出入り口が開いた。他のところに、『地平線テープ』が張られたのだ。ほとんど物音は無い。だから、誰も気づかなかった。
距離は、どらEMONから二十メートル程離れている。そして、ゆっくりと中から『何か』が現れた。
それは、奴の得意技だった。思い出してほしい。初めて、奴と一行が出会った時もそうではなかったか? 気づいたのは、別方向から見ていたじおすだけでは無かったか? そう、奴の名前はゼクロス――
ゆっくりと、ゆっくりと射程距離に入るまで近づいていく。ゆっくり、ゆっくりと。その間、誰も気づかない。
そして、最後の一歩。これも、音はたたなかった。ゼクロスの、射程距離に入った。地平線の空間に、銃声が響いた。二発。
「EMONさん!」
静香。手に持っている『お医者さんカバン』を持ってどらEMONへと走り出す。その静香以外、その状況は時が止まっているようだった。
どらEMON。一発は手入れをしていた日本刀で弾き返した。だが、もう一発は腹を貫通した。腹から血がドクドクと流れ出る。そしてだ、そんな状況からゼクロスが構えた。
「それじゃあな、永戸どらEMON。このゼクロスのこの戦いに置ける最初の犠牲者として名に残るさ」
ゼクロスの声が場に響く。そして、銃声。
だが、それは肉に当たる鈍い音は出さなかった。硬い物に当たる音。そして、どらEMONの目の前に腕が飛ぶ。それは、ドラえもんの腕だった。銃弾をどらEMONに通さないようにした、ドラえもんの腕だった。
「痛いね…… この痛み、ゼクロス! お前も味わいやがれ!」
そして、ジャイアン。空を歩き、ロボットの足を掴む。破壊してやる。全力で。ジャイアンはそう考えた。ギシギシと足が音をたてる。
ゼクロスは笑いながら、ジャイアンを足で蹴飛ばした。ジャイアンは地面に叩き付けられる。ドラえもんは『空気砲』をその間に取り出していた。残った片方の腕にはめ、叫ぶ。
「ドカン! ドカン! ドカン!」
三発の空気弾がゼクロスを襲う。だが、それも無駄だった。少しへこませた程度で、ゼクロス自体にはダメージが無い。
ゼクロスは構えた。弾丸をドラえもんの核へと打ち込めるように。完全に、止めをさせるように。ドラえもんは動けなかった。恐怖に、圧倒されていた。
動けない。そんな感覚、初めてだった。トラウマになっている鼠に対しても、びっくりして動けていた。スイッチを切られたりした時以外、動けない時など存在しなかった。なのに、なのに――
「残念。このゼクロスの最初の獲物は青狸だったか。まあいいだろう。誇りに思え。このゼクロスに殺される事を」
銃声が響いた。だが、それはドラえもんには届かない。弾き返されていた。誰がどうやって弾き返したか? 答えは単純だ。ドラえもんがガードしてから、復活できる余裕があった者。そう、その通り……
「残念ながら、君には誰も殺させるわけにはいけない」
「……どらEMON」
[No.223]
2007/12/21(Fri) 07:50:50
石版 第二幕「これがあの男に渡ってしまった」 其の参
(No.223への返信 / 3階層) - 文矢
絶対にこの子供達を守る―― どらEMONはすでに、そんな覚悟を決めていた。絶対に、ここにいる全ての者を殺させはしない。いや、一人だけ殺しても良い奴がいる。それは自分。この永戸どらEMONだ。それ以外は、絶対に殺させはしない。どらEMONは、そう考えていた。
自分の尊敬する者、大島。自分の信頼する仲間達、松村、小出、田中。そいつらとの約束を破るわけにはいかない。絶対に、絶対にやり遂げなければならない。だからどらEMONは痛さを堪え、日本刀を握り締める。
助ける。ここから、彼らを脱出させる。それだけを思う。だからこそ、今から戦う。奴を。ゼクロスを、一刀両断にしてやる。彼らの平和を、自分の平和を守りきる為。
ゼクロスとの距離は十メートル。それを、ゆっくりと縮めていく。走って一秒程で近づける距離。そう、射程距離に入るまで。気づかないくらい、ゆっくりと。
その間、誰も喋りはしなかった。漫画とかでよくある、オーラとでもいうのであろうか。彼らは、それを体験していたのだ。呼吸するのにも体力を使うような、重い場の空気。
射程距離に入るまで、後五十センチ。四十五センチ。四十センチ。三十五センチ。三十センチ。
ゼクロスは、動いていなかったが、その気になれば銃弾を撃ち込めるであろう。ただ、どらEMONが日本刀を握り締め、いつでも弾けるような構えだった為、撃ち込まない。
残り二十センチ。十五センチ。十センチ。八センチ。七センチ。六センチ。五センチ……
その時、ゼクロスの腕が動いた。ゆっくりと腕を上げていく。ゼクロスの考えはこうだった。奴の腹には怪我がある。『お医者さんボックス』を使ったとしても、そこまですぐには治らない。痛みがある筈。という事はだ。痛みを感じてピクリと動きが止まる一瞬がある筈。そう考え、銃弾を撃ち込む事にしたのだ。
「残念だったな。ゼクロス。すでに、射程距離だ」
最後の一歩をどらEMONは大きく踏み込み、空を歩いた。そして、日本刀を振り上げる。ゼクロス、操縦桿を握り締める。どらEMON、刀を振り落とした。
一瞬。一瞬の映像というのを見た事があるであろうか。テレビ番組とかでよくあるであろう。例えば、俳優がセットから出た途端、セットが大爆発する。今起こったことも、それと同じ一瞬の出来事であった。
ゼクロスは一瞬の間に、ロボットをずらした。少しのズレぐらいはどらEMONも考えていた。だが、それでも無駄だった。斬れたのは、ゼクロスのロボットの左腕だけであった。
それは、ゼクロスのロボット操作の腕を静かに物語っていた……
「エクセレント! それでこそこのゼクロスに殺される権利があるというものだ。永戸どらEMON。正式に名乗らせてもらおうか。私の名前はゼクロス・アークウィンド。スペルはゼット、イー、シー、アール、オー、エス。Zecrosだ」
「お前の目的は、その名前を未来に残す事らしいな」
どらEMONはさっきの出来事に動揺しながらも、静かに言った。
「残す? 違うな。残されるのだ。確実にな。このゼクロスという名前は!」
「同じようなものさ。だから、俺も目的を教えてやるよ。タイムパトロールの目的をな」
そういうとどらEMONは静かに眼鏡をあげた。腹の傷が痛むが、関係なかった。大きく口を開けて叫ぶ。
「タイムパトロールの目的とは! いいか? タイムパトロールの目的は、『未来を残す』事だ! 将来のすばらしき人々に『未来を残す』事だ!」
「未来を?」
「ああ、その通りだ。だからこそ、お前らの集団を止めなければならない。今、この状態の人々が作った未来を、破壊しようとしているという事だからな」
十年前のことだった。永戸どらEMONは二十二世紀で暮らす平凡な少年だった。友達と笑い、家族とは時に喧嘩もし、勉強も面倒くさがる。そんな少年だった。
そんなどらEMONが変わったのは、ある出来事が切欠だった。今までの平凡な日常を、全て崩す、大事件。
その日、どらEMONは学校へ友達と向かっていた。下らない話をしながら、笑いあっていた。宿題はやったとか、昨日やっていた番組、面白かったよな、とか。そんな普通の小学生の会話であった。
「なあ、何だあれ?」
友達の一人が言った。場所は、マンションが建つらしい空き地。そこには、見慣れない透明のガラスみたいなものでできたケースがあったのだ。それを悪戯で動かそうとしたが、重くて動かない。
だが、それでも不思議な魅力があった。近づいて、もっと調べたい。そんな魅力がそれにはあった。
「やばい、もう少しで学校入れなくなるぞ」
その時、どらEMONが空間に浮かぶ時計を見て呟いた。時間になると、自動的に門が閉まってしまうシステムなのだ。やばい、とばかりに一行は急いで学校へ向かった。
学校内。四時間目。もう少しで給食を食べれる、そんな時間だった。子供達の集中力も切れてきていて、窓の外をずっと見る。そんな時間帯だった。目の前のパソコンに授業内容が移されていても、興味がある子供は数人しかいなかった。
そんな時、爆発が巻き起こったのだ。その場所は、さっきガラスのケースが置いてあった場所だった。
日常の歯車が壊れ、非日常の歯車が静かに回りだした――
[No.224]
2007/12/22(Sat) 10:24:56
石版 第二幕「これがあの男に渡ってしまった」 其の四
(No.224への返信 / 4階層) - 文矢
爆発の瞬間、どらEMONは髑髏を見た。爆発したあの空き地から出る煙が段々、段々とからめつき合い、そして形を成していく。目ができ、口もでき、その髑髏はどらEMONを見ながらケラケラと笑うのだ。まるで、どらEMONの運命を暗示しているかの様に。
数分間、教室の子供達は席を立ち上がり、ボーッとそれを見ているだけであった。教師も同じだった。そんな中、どらEMONだけが足をふらつかせた。
ケラケラケラ―― どらEMONの頭の中で、髑髏が笑い出したのだ。髑髏は、頭の中の無数の光がある世界にいた。不気味に高い声で、骨と骨をすり合わせる音を出しながら、笑うのだ。何回も、何回も、何回も、何回も、何回も、何回も。段々、段々、頭の中の自分に髑髏が近づいてくる。どらEMONは頭を抱えた。
あれは幻覚なんだ。僕が頭の中で見てる、ただの幻覚なんだ。実際に来るわけじゃない。実際に、来るわけでは、無い。だが、何度その言葉を繰り返しても落ちつかなかった。頭の中の髑髏は、不気味なあの高い声でおどろおどろしい歌を歌い始めた。
「うわあああああああ!」
思わず声を出していた。そして、絶望感が漂い始めた。教師が落ち着かせようとしていても、無駄だった。教師にはその行動が理解できなかった。爆発といっても、まだ我々には関係無い。関係無い出来事なのに。
声を出し、床にうずくまった時、頭の中の髑髏が、無数の光の中の一つを食べたのだ。笑ったまま。どらEMONはそれに対しても、恐怖を感じた。恐怖、恐怖、圧倒的な、恐怖。
「永戸君、どうしたの?」
そう言った瞬間、教室に血が舞った。恐る恐る、どらEMONが上を見上げた瞬間、そこには頭から血が吹き出てる教師の姿があった。教室の机に、パソコンに、生徒に、血の雨が降り注いだ。
気持ち悪い感触、赤くなっていく木で出来た机。何もかもが、異常だった。そして、生徒達は理解した。今、目の前でこの世界の掟、『死』が繰り広げられている事を。その掟にやられたら、従うしか無い『死』
教師は倒れ、教室に頭蓋骨が叩きつけられる鈍い音が響いた……
「助けて! 助けてよ! お母さん! お母さん!」
誰も落ち着こうとする生徒はいなかった。頭の中が混乱し、教室の中を恐怖で走り回る者もいたし、恐怖で床にひれ伏し、震える者もいた。学校内は、圧倒的な恐怖に包まれたのだ。
そして、銃声が響く。走り回っていた中の一人の胸から血が噴出す。教師と同じように、断末魔の悲鳴をあげながら、死んだ。ただの事実。それ以上でも、それ以下でもない。変わらない、事実。
生ぬるい赤い液体で水たまりができ、子供達の悲鳴の合唱が教室を恐怖のリズムでうめつくす。一人が廊下に出ようとすると、他の生徒もそれに続いた。どらEMONと、数人の生徒だけが教室で震えていた。
どらEMONの頭の中の髑髏は、光をたくさん食べていた。そして、またケラケラと笑って歌を歌うのだ。そして、段々と頭の中は暗闇に近づいていく。
数秒後、爆音が一階から聞こえてきた。それに伴う悲鳴。べチャべチャという気持ち悪い血の音――
外を見ると、すでにたくさんの家が爆発で消されていた。一階の生徒達も、爆発で死んだんだろう。自分達もいつか殺される。ミナゴロシだ。この事件を起こしている奴らは自分達を皆殺しにするつもりなんだ。
頭の中の髑髏は、光を食べ続けていた。残り、少ししか残っていない。髑髏の高笑いが頭の中でガンガンと響く。
また銃弾が教室を襲った。二、三発撃ち、その内の一発がまた一人の生徒に当たった。それがまた恐怖を加速させる。安全なところなんて無い。存在しない。髑髏が、光を、生命の光を食べ続けるだけなんだ。そう思い始めた。
そんな時だった。街の爆発が収まり始めた。街が静かになっていく。爆音が、聞こえなくなってきたのだ。気づけば、白いタイムマシンが街のいたる所にあった。
「『タイムパトロール』だ」
一人の少年が呟いた。絶望から、希望に変わった。たった六人程度しかない教室だが、喜びの声が巻き起こった。
助かる。助かる。助かる。助かる。だが、どらEMONだけはその中に入れなかった。まだ、いたのだ。頭の中の髑髏がまだ終わりでは無いと告げていた。
「ふざけるんじゃねえよ。時間の犬どもが」
銃声。近くで響いた。教室の出入り口に、一人の男が立っていた。ドア近くの生徒が一人、死んでいた。また、教室に血しぶきが舞う。その男の周りに、変な嫌な臭いが漂う。
「まあいいか。奴らが来てもこの改造銃で一発さ。この教室で遊ばせてもらうよ。ガキ共」
そう言うと、男は教室の中に入ってくる。そして、教壇の上に座った。教室の様子を見てほくそ笑みながら。そして叫ぶ。
「おい、そこの廊下側のガキ! 立て」
「へ?」
「立てって言ってるんだよ!」
そう言うと、男は廊下側の生徒に銃を撃った。生徒の左腕が吹っ飛ぶ。痛みで叫ぶ暇も無く、男はもう一度「立て」と命令した。生徒は立ち上がった。痛みも、恐怖に麻痺されて感じなかった。
男は、目の前の机から鋏を取り出した。そしてだ、気持ち悪くなる事をやり始めた。その生徒の指を切り始めたのだ。恐怖で生徒は叫び始める。その様子を見て、男は笑い始めた。
頭の中の髑髏は、さらに笑っている。駄目だ。駄目だ。駄目だ。終わりなんだ。
そんな時、男の右腕が吹っ飛んだ。突然の事だった。気づけば、教室に白い服を着た男がいた。
「いい加減にしやがれ。大村よ」
「タイムパトロールか!」
男は振り向き、銃でその白い服を着た男に対して撃ちこんだ。だが、その白い服を着た男はそれを避けた。そして、男に近づき始める。
男は恐怖で震えた。さっきまで、生徒達を恐怖させていたあの男が、震えたのだ。恐怖で、圧倒的な恐怖で。
「や、やめろ! 近づくんじゃねぇぇ! このガキの頭を吹っ飛ばすぞ!」
男は、さっきまで指を切っていた子供の頭に銃を突きつけた。その子供は、恐怖とあまりの痛みにボーッとしていた。白い服を着た男は止まる。だが、ひるむ事なく喋り始めた。
「ふん! そんなガキを人質にとらないと勝てる自信が無いのか? 臆病者のチキン野郎め」
「あ?」
その言葉で、男はキレた。銃を掴み、男に対して撃った。男の右腕が吹っ飛んだ。男は笑おうとした。だが、笑う暇も無かった。すでに、男の体は吹っ飛び、胴体に大きな穴があいていた。すでに、男は撃っていたのだ。
どらEMONは、ただただ、その様子を見ていた。何で、腕を撃たれたのにすぐに対応できたのかは分かっている。元から、腕を撃たれる覚悟をしていたからだ。いや、もしかしたら胸を狙われても最後の力で撃っていたのかもしれない。
「け、刑事さん!」
震える声でどらEMONは尋ねた。白い服を着た男は振り返ると、さっきまでとは違うやさしい顔でこちらを見てきた。腕を失った痛みは、感じていないようだった。
頭の中の髑髏は消えていた。さっきまで真っ暗だった頭の中のその空間は、光に満ちていた。
「な、何で腕を撃たれてもあいつと戦ったの?」
「それがタイムパトロールの目的だからさ」
「目的?」
「タイムパトロールの目的は『未来を残す』こと! 君達のような将来のある子供の『未来を残す』ことなんだ!」
そのタイムパトロール隊員の名前、それは大島といった――
[No.226]
2007/12/24(Mon) 07:58:53
石版 第二幕「これがあの男に渡ってしまった」 其の五
(No.226への返信 / 5階層) - 文矢
「どらEMON、お前は間違っているよ。その点をこのゼクロスが説明してやろう。我々は何も世界を壊そうなどと考えていない。イカたこさんの考えを教えてやろうか? 今の腐った世界を、平和へと変えるのさ。平和の為には武力が必要だ。今まで、平和と呼ばれていた状況は武力を使い、ある程度の支配をされている状態だろう? 日本の江戸幕府を考えてみろ。徳川家康が武力で勝利したおかげで三百年近く平和が続いている。そして今の二十二世紀は決して平和では無い! 表面上では平和でも、まだまだセコイ手を使っている政治家などがいる! 我々が世界を手にしたら、そんな事は絶対に許さない法律を作るのだよ。今の状況ではそれは無茶だ。だから世界の政治の実験を握るのを目的に、その手段としてあのレリーフが必要なのだよ。未来を壊しているのは今の二十二世紀の住民共なのではないか?」
「理解できんな」
「黙れ。このゼクロスの考えも理解できないデストロンの隊員め。イカたこさん率いる我々は平和というエネルギーが枯渇している二十二世紀を救う為、別の手段で世界を助けようとしているサイバトロンなのだよ」
ゼクロスはそう言い終わると笑い出した。誰もがその行動を疑問に思った。その時だった。
ロボット、腕をどらEMONに向けて叩きつける。どらEMONは刀でそれを防ぎ、さらにそのまま右腕も斬ろうとした。だが、それすらもゼクロスの作戦の内だった。ロボットの左足から、弾丸が発射される。どらEMONは防ぐ手が全く無い。
終わった―― どらEMONはそう考えた。覚悟はしていた。自分が死んでもいいという覚悟は。だが、覚悟をしてもどうしようも無い状況だった。防ぐことなどできない。
のび太はその様子を見ていた。ドラえもんも、ジャイアンも、スネ夫も、静香も。ドラえもんの腕は何とか治りかけていた。道具を使ったからだ。だが、今走り出しても届かないだろう。
のび太の頭の中では、あの光景がまた流れていた。助けられなかった犬。車に轢かれて、抱きしめられなかった犬。いつしか、その犬がじおすに変わり、じおすが車に轢かれるという光景が頭の中で流れた。また、助けられないのか。そうやって、のび太のもう一つの心が問いかけているようだった。
人は、死ぬ直前に何を見るのか。それは、過去の記憶が走馬灯の様にめぐってくるとも言われる。そして、死ぬ直前に起こった出来事が異常にスローモーションで感じられる事もある。それだった。今、どらEMONはスローモーションでその光景を見ていた。だが、体は動かない。
どらEMONは昔、アニメとかでそういう光景を見ると「避けろよ」と笑っていた。だが、それの避けれないというのが本当に起こる出来事なんだと今、理解した。避けれないのだ。体が思うように動かない。
金縛りのトリックも同じようなものだった。金縛りというのは頭は起きているのに体は起きていないので動けないというのが理由だという。それと同じだ。全くもって同じなのだ。
だが、その弾丸は当たることは無かった。全て、弾かれたのだ。どらEMONに当たる直前で、全て弾かれたのだ。恐らく、たいした武器では無いだろう。軌道がズレたのだ。
「このゼクロスの作戦が、失敗した……?」
ゼクロスは呆然としていた。そして、その間だった。どらEMONは力がかからなくなった腕から脱出し、その腕を斬った。そして、そのまま空を歩くようにして、コクピットへと駆ける。
「しまった!」
ゼクロスは急いで操縦桿を握りなおし、ロボットをのけぞらせた。どらEMONは対応できず、転がり落ちる。そして、ロボットをもう一度体勢を立て直させた。だが、その頃にはどらEMONも元の状態に戻っている。
撃ったのは誰か? その答えは簡単だった。立ち上がろうとしていた者だ。助けられなかった人を、その手で助けようとした者だ。抱きしめようと、命を失わないよう、抱きしめようとしていた者だ。
ドラえもんは呟く。
「のび太……!」
そこには、『ショックガン』を握り締め、涙を拭くのび太の姿があった。しっかりと、地面を踏みしめ、ゼクロスの方をにらむ。その姿は、勇者を彷彿させる。
「助けるんだ。今まで助けられなかった分。何人でも!」
のび太はそう叫ぶと、『ショックガン』を構えた。『ショックガン』じゃ大したダメージは与えられない。それは理解している。だが、これは細い木ぐらいなら倒せるぐらいのパワーは持っている。だからこそ、のび太は最高のサポートになる所へと撃ち込んだ。
それは『メインカメラ』だ。ロボットだからこそ、カメラがなければ周りが見えない。もちろん、サイドのカメラはあるであろう。だが、メインカメラが最も重要なのは変わらない。だからこそ、のび太は撃つのだ。
どらEMONはそれを感じ取った。引き金を引くのは何秒後にやればいいか。それを静かにサインで伝えた。ゼクロスからは見えない死角。ゼクロスからは感じ取れない死角。
後五秒、四秒、三秒。どらEMONはゆらりと動き始めた。二秒。ゼクロスは、操縦桿を握った。銃弾を撃ちこみながら蹴りを入れる作戦だった。一秒。どらEMONは構え、走る体勢を作る。一秒。
のび太は、引き金を引いた。メインカメラが割れる音が場に響き、どらEMONは走り出した。コクピット近くだと感づかれる。狙うなら、『あそこ』だ。
「カメラを撃ったか!」
ゼクロスは少し慌てたものの、操縦桿を握り、サイドカメラを頼りにロボットをジャンプさせた。どらEMONがコクピットを狙っていたのなら、着地する時に踏み潰せるタイミングだった。だが、違うのだ。どらEMONがどうしようとしているのかの予想は、見事に外れた。
どらEMONは日本刀を握り締め、目的の場所へと突っ込み、穴を空けた。そして、ポケットの中のライターを握る。
そこは、燃料タンクだった。そして、ライターのスイッチを付け、そのライターを入れる。後ろへとジャンプし、ロボットから離れる。
「燃料タンク! だが、何を……」
ゼクロスがそう言った瞬間だった。ゼクロスのロボットが爆発し、一気にロボットは炎に包まれた。赤い、不完全燃焼の炎がロボットの周りを包む。機体が静かに溶け始める――
コクピットも、赤い炎に包まれた。少しずつ、ゼクロスの体を焼いていく。脱出はできなかった。ロボットがその場に倒れる振動が伝わってくる。
「このゼクロスが! 後の世に名を残す、ゼクロスがぁぁ!」
叫びながらも、むなしい感じが体を伝っていた。もうどうしようもない虚しさ。操縦桿をつかもうとした腕も、無様に空を切った。操縦桿は、すでに溶け尽きていた。
ゼクロスは思い出す。何故、イカたこの軟体防衛軍に入ったのかを。それは、名を残したかったからだった。西郷隆盛の様に、ナポレオンの様に、名を残したかったのだ。
何故、名を残したかったのであろうか――? ゼクロスの考えはそこまで及んだ。そうだ、あれだ。あのせいだ。ゼクロスは思い出した。自分の親友の名前だった。
その親友は、自分よりも才能があった。だが、ある日だった。警察が間違えて撃った銃弾にやられてしまった。天才も、死んでしまえばただ虚しいものだと悲しみの中、ゼクロスは学習した。
だが、そんなある日ゼクロスはある人物の伝記を読んだ。その人物も、親友を亡くしていた。そして、その親友のことを演説で話したのだ。そして、その親友の名もその偉人と共に残っている。
ゼクロスはそれを見て考えた。自分が有名になれば、有名になれば親友の名前も残るんだ。虚しくなんかないんだ――
「ああ、そうか……」
ゼクロスは自分の命が消えていくのを感じながら親友の名前を思い出す。
ごめんな、名前を残せなくて。ごめんな、俺がこんなに駄目で。ごめんな、俺のロボット技術が中途半端で。
「ごめんな、マ……サ……ト」
ゼクロスはそう呟くと、炎に包まれながら絶命した。あの世で親友、久原マサトに会えることを祈りながら――
[No.227]
2007/12/25(Tue) 14:35:52
石版 第二幕「これがあの男に渡ってしまった」 其の六
(No.227への返信 / 6階層) - 文矢
何故、イカたこ達はゼクロスを送ったか? その理由は簡単である。ゼクロスなら必ず始末できるという信頼があったから。信頼は、人と人を結ぶにおいて最も重要な事だ。実際、今までゼクロスはその信頼に答えていたのであろう。
だが、その信頼は裏切られた。ゼクロスの敗北。さらに、ゼクロス死亡という残酷なまでの事実によって。死という言葉はこの世の定義で最も変わらない事実ではないであろうか。いくら泣き叫んでも、一度失った命は戻りはしないのだ。
これから語るイカたこ達の会話は、上記の事実が巻き起こる三十分ほど前から始まると思ってほしい。ゼクロスを出発させる直前だ。いいであろうか。それでは、語り始めよう。
「この英語で書かれているレリーフは意味が分からないし、こちらは文字が読めないな」
ミサイル研究所だった。その両手にはレリーフが一枚ずつ握られている。片方が、『Do not pass this to that man. (これをあの男に渡すな)』と書かれているレリーフ。もう片方が古代文字と石版の絵があるレリーフ。じおすが解読をしていたというレリーフ。
「えっと〜その二つを重ねてみると何かが起こるとかじゃないんですかあ〜」
「さっきこのゼクロスがやってみた。何も起こらない」
「そうなんですかあ〜」
ゼクロスとすずらんのやり取り。そう、彼らはすでにこの二つのレリーフを使ったら何かが出てくるのではないかというパターンはやり尽くしていた。だが、何度やっても結果は出ない。
世界を破壊できる力を持った石版の位置は、決して出ないのだ。何故、片方が英語で書かれているのか。それは、まだ誰も理解していなかった。
そんな時、イカたこが虫眼鏡とピンセットを片手に持ちながら古代文字の書いてある方のレリーフを取った。そして、そのピンセットで何かをつまみとった。そして口を開く。
「ここにだ、何かの破れカスみたいのがある。触った感覚からすると、多分プラスチックで出来た透明シートの欠片だろう」
「それがどうかしたんですかあ〜?」
すずらん。イカたこはその破れカスを透明な袋に入れる。その透明な袋はほとんど空気と同化しているが、ある程度の衝撃、汚れから中の物を守る為のテクノロジーが使われているものだ。
「これは間違いなく、じおすの手にあった時に付いていたものだ。これがどういう事か分かるか? じおすはこの上に透明シートを重ねていたのだよ。保護する為じゃない」
「分かりませんよ〜そんなの〜」
そんな中、ミサイル研究所が少し考えた後で答える。
「この上に、文字が書いたシートをのせていたんだ」
「その通り」
「ん? どういう事だ。文字が書かれているシートって」
ゼクロス。イカたこは少し笑いながら答えた。
「じおすは他の古代文字を参考にする為にその透明シートを置いたってことさ。そしてだ、よく見たらこの古代文字はあの文字に似ている」
「ヒエログリフだ」
ミサイル研究所は答える。ヒエログリフ。主に古代エジプトで使われた文字。神聖文字ともいわれ、二十一世紀の時点で完全に解読する事ができる文字だ。
イカたこは又、笑った。
「つまりだ、この古代文字はアフリカへと影響を与えた文字なのではないか? この古代文字が伝わるに伝わって、ヒエログリフになった。今まではそういう学説さえ無かったが、ありえるとは思わないか?」
イカたこはそういうと、ポケットから小さな機械を取り出し、それをいじりだす。それは、すぐに防衛軍専用データベースにつなげられる携帯子機だ。これで検索すれば、あらゆる事が現れていく。
「解読できるかもな、この古代文字を! これさえ使えば、今ある奴らをグチャグチャに踏み潰し、爆発させ、この世を完全に支配する事ができる!」
ミサイル研究所が興奮気味でそう言った。ミサイル研究所、彼は昔から荒っぽい性格であった。自分が気に入らない、許せない奴がいると、そいつには殴りかかった。そして、彼が喜びを最も感じる時。それは、何かを壊した時だった。自分が何かを支配して、さらに何かを壊せる。軟体防衛軍に入ったミサイル研究所にとって、それは大きな快感だった。
「そうだ、ゼクロス。この文字の解読は恐らく、すぐに終わるだろう。その間にどらEMON達を片付けておいてくれ。奴らは『地平線テープ』空間にいる」
「了解しました。もちろん、繋げるのはここじゃないですよね?」
「ああ、その通りだ。ここから繋げたら戦いのとばっちりを喰らうことになる。それは絶対に嫌だからな。外に出てやって来い」
「はい」
ゼクロスはそう言うと、マシンの中から出て行く。イカたこはレリーフの古代文字を一つずつ解読していった。その作業はとても地味だ。だが、それは気にならないであろう。どんな人にでもあると思う。どんなに地味な作業でも、それが自分の大きな目的に繋がるのなら熱中する。
例えば、プラモデル。一つ一つの地味なパーツだからって、それをサボる人はいないだろう。格好いいメカにするには、それ一つでも欠けたら意味が無いからだ。それと同じだ。
「イカたこさ〜ん、解読できたらすぐに取りに行きましょうよ」
「ああ、そうだな。ゼクロスが奴らを倒したらだ」
地平線空間。そして、ゼクロスが死んだ後。のび太は震えていた。周りの皆からは褒められるものの、死という言葉が襲い掛かってきていた。自分が人を殺すことに関与した。それが、嫌だった。人の命は重い。地球よりも重いという言葉さえもある。
のび太の頭の中に、ゼクロスの断末魔の声が焼きついていた。――『このゼクロスが! 後の世に名を残す、ゼクロスがぁぁ!』
ゼクロスは言っていた。自分は未来に名を残す者だと。確かに、そうだったんじゃないであろうか。自分がやらなければ、ゼクロスには別の人生があったのではないか。そんな気持ちが、のび太の心を取り巻いていた。
だが、時間は進む。どんな事が起こっても、秘密道具を使ってでさえも時間に支配されるものなのだ。
「とりあえずだ、今から逃げる」
「ど、何処に? ママに会える?」
スネ夫。スネ夫の精神は、限界に達していた。戦い。戦い。スネ夫の耳には、今までどらEMON達が戦った相手の声が焼きついていた。怖い。怖い。怖い。死にたくない。そんな気持ちだった。
「あそこのテープは、駅前に繋がっている。だが、家族の所に行こうとすると、家族に危害が及んでしまう可能性がある」
「じゃあ、どうすれば……」
静香。その質問に対し、どらEMONは冷静に答える。
「ここに『タイムベルト』がある。二つしかないが、『フエルミラー』で増やせるだろう。あそこから出て、未来へと行く」
「行けるんですか?」
のび太。
「そこは可能性に賭けるしかない。タイムパトロール本部に行けば、恐らく大丈夫だ」
その作戦は、結局実行することになった。駅前は、未来の本部前になるらしい。特別パスポートが無いと入れないが、どらEMONは持っている。行く。それしか判断は無かった。
ゼクロスが入ってきたテープはまだあったが、そこから入ろうというのは危険すぎて却下されている。
そして、一行は外に出て、『タイムベルト』のダイヤルを静かに動かす。未来へ、未来へ、逃げる。全てを、守る為に。
未来へ――
「ゼクロスが、死んでる」
それは、ミサイル研究所による報告だった。すでに、一行が出た後。ミサイル研究所が確認の為に地平線空間に入ったのだ。
そこにあったのは、ゼクロスの焼死体と、ロボットの残骸。まだ少しだけ煙が出ていたが。ゼクロスは絶命している。
『それは、本当なのか?』
ミサイル研究所は通信機で話していた。その相手はもちろんイカたこだ。
「ああ、完全に死んでいる。DNAデータを調べても、本人だ」
『そうか……』
その後、沈黙が続いた。そして、少し経った後、泣き声がミサイル研究所に届く。その泣き声は、すずらんのものだった。そして、イカたこからも一粒、涙が零れていた。
「泣いているのか?」
『いいや、泣いてないさ。悲しんではいるけどね』
泣いてるな―― ミサイル研究所は思う。ミサイル研究所から、涙は出なかった。ただ、あった感情は『何故、負けたんだ』という言葉だけだ。
勝たなければ、ただの敗者だ。敗者。それ以上でもそれ以下でもない。どんなに素晴らしい戦いをしても、負けだ。ただの敗者だ。
『ゼクロスの死は、受け入れよう。レリーフの解読ができた。今から、ヨーロッパに向かう』
「ヨーロッパァ?」
『ああ、スペインあたりかな』
「スペインねぇ、了解」
解読はすでにできていた。そして、イカたこのいる机の端に置かれているレリーフが光る。
そこに書かれている文字は『Do not pass this to that man. (これをあの男に渡すな)』
これを、あの男に渡すな。これを、あの男に――
これがあの男に渡ってしまったのだ。あの男に、渡ってしまったのだ……
石版 一時閉幕 第二幕「これがあの男に渡ってしまった」
[No.228]
2007/12/26(Wed) 07:51:31
石版 幕間「つまらない講釈」
(No.228への返信 / 7階層) - 文矢
さあ、これで第二幕は終了となります。先ほどの幕間と同じように、お手洗いはあちらから、何か食べたりしたい場合はあちらからです。第三幕が始まるまで、ごゆっくりお過ごし下さい。時間はたっぷりあります。
次の幕のストーリーも推理するのもよし、飯を食べながら友達と話すのもよし、少しだけ仮眠をとるのも良いです。ご自由に、ご自由にお過ごし下さい。そして、その選択肢の一つとして、私が少し話させていただきます。つまらない話ですが、聞かないのなら聞かなくて結構です。自由ですからね。
それではつまらない講釈を始めさせていただきます。第二幕の時点で、ドラえもん達は未来へと旅立とうとしています。イカたこ達は何か、罠を仕掛けているのでしょうか? 仕掛けていなかったとしても、タイムパトロール本部はどのような対応をとれるのでしょうか?
そしてです。イカたこ達です。ドラえもん達はゼクロスを倒しました。ですが、イカたこ達にとってのダメージは精神的なものを別とするとほとんど無いはずです。そして、イカたこ達はあのレリーフを解読したのです。ヨーロッパに、石版がある筈なのです。この物語、最後はどうなるのでしょうか?
おっと、「お前は知ってるじゃないか!」ですって? 違うんです。この物語の結末は、誰にも分かりません。厳密にいえば、私も登場人物の一人です。物語の結末は登場人物は知ってはいけないのです。ですから、私も知りません。ただ、皆様を案内するだけなのです。私が知っているのは、次の幕の展開を、少しだけです。
それでは、話を変えさせていただきます。皆様、ここにある何本かの線が見えるでしょうか? これは、物語の伏線です。伏線というのは、ある描写に説得力を持たせる為、前もって張っておく線です。
この伏線を回収していくことで、物語が成立していくのです。そしてです。見えるでしょうか? この線の中で最も太い線です。これは、この石版という物語の中で、最も重要な伏線なのです。
これから始まる第三幕では、この伏線を回収していきます。皆様、様々な予想を張り巡らせていると思います。あれがああだったとか、色々なことを考えているでしょう。
ですが、まともに展開を予想できる人はいないと思います。一つだけ言っておきましょうか? その伏線回収の鍵になる人物は、すでに第一幕に登場しています。
混乱しているでしょうか? 大丈夫です。恐らく、しっかりと回収する事だと思います。
それでは、第三幕が開幕するまで後一分ぐらいです。一秒たりとも、お見逃しのないように――
第三幕「受け継がれるべき意志」
[No.231]
2007/12/28(Fri) 10:50:43
石版 第三幕「受け継がれるべき意思」 其の壱
(No.231への返信 / 8階層) - 文矢
晴天。どこまでも続く青い空が広がり、太陽が照らしている。そんな空の下、一人の青年がいた。青年は、洞窟に入っていき、木で作られた簡単な椅子の上に座っていた。青年の足元には、モグラの形をしたロボットが転がっている。だが、様子からしてそれは壊れているようであった。
空は晴れているが、その青年の心は決して晴れていなかった。その理由は何故か。簡単だ。彼は、この時代の人間ではないからである。その青年の名前はじおす――
じおす。二十二世紀の博物館の館長で、レリーフを手に入れてしまったせいでイカたこ達との戦いに巻き込まれた。そしてだ、イカたこの道具によって別空間へと飛ばされたのだ。ここは地球だ。それなのに何故、じおすはここにいるのか。その理由は簡単だ。じおすは時空間に飛ばされたのである。そして、じおすは別の時代へとやって来た。紀元前、しかもエジプト文明が始まるよりも前の時代に。
時間系の道具は全て壊れていた。他の道具も一回か二回使ってしまったら壊れてしまう。イカたこのあの道具から強力な電波が発されたからだ。
そして何が問題か。暇に関しては完全に埋めれている。レリーフの解読だ。すでに紙にレリーフの古代文字を書き写していたのだ。そして、解読はすでに済んでいる。じおすにとって興味深かったのが、その文章が示していることだ。秘密道具を一度使って位置を検索した結果、その文章が示している石版の在り処は、今自分がいる場所の近くだということだ。近くといっても、何百キロも先の場所だが。
それよりも、問題があった。食料だ。『グルメテーブルかけ』は壊れている。他の食料系の道具はほとんど無く、『ほんやくコンニャク』と『圧縮非常食三十食分詰め合わせ』だけしかなかった。『ほんやくコンニャク』はそれを食べると、どんな種類の言葉も自分の知っている言葉になり、自分が喋る言葉も相手の知っている言葉になるという道具だが、普通に食べれる。『圧縮非常食三十食分詰め合わせ』は名前通り、非常食が入っている。そしてその非常食も残りは十四食分しか残っていない。
じおすは一日毎に壁に石で傷を付けていた。すでに、十日が経過しているのだ。じおすがこの時代に来てから。
「これも運命なのかねぇ」
ごめんな、のび太君。これが僕の運命なんだ―― これは、じおすが別の時代に飛ばされる直前に言った言葉だ。その時、じおすは自分が何処かに消えるという事を何となく感じていたのだ。レリーフを手にした瞬間に。だが、こうなる事は全く考えていなかった。
レリーフの古代文字は、ヒエログリフに似ている。ここからじおすは考えていた。このレリーフを作った文明は、エジプトに影響を与えているのでは無いであろうか。そういう事である。
エジプト文明はメソポタミア文明から影響を受けて発達したというのが定説である。『タイムマシン』を使って研究された事があるが、その通りであった。だが、『タイムマシン』で調べられるのには限界がある。その時代を破壊してはいけないからだ。だから、別の文明が存在していた可能性は十二分にある。
じおすは考えた。もう残りの食料は少ない。石版のある位置に行ってみてはどうであろうか、と。『どこでもドア』は壊れている。頼りになるのは他の道具だ。だが、少し使うだけで壊れてしまうであろう。やるしかない。
『陸上モーターボート』をじおすは取り出した。電波で少しイカれているが、少しは進めるであろうという考えだった。この道具は陸上で使えるモーターボートと考えてもらっていいであろう。
二十二世紀に戻ることは出来ない。自分の目的は何であろうか。じおすは思った。子供達に色々なものに興味をもってもらいたい、大人達には古代の事から教訓を得てほしい。二十二世紀にいる時、じおすはそれを目的にしていた。時々、これを期に考古学の道へと進みました、という手紙が来る。だが、今はそんな事は無い。自分の目的は、何であろうか。
答えは出なかった。ただ、興味だけだった。自分が死ぬまで出来ることはしよう、という事だけであった。
モーターボートは二十キロ程走ったら壊れた。途中で動きが止まり、大破したのだ。予想はしていたが、ショックは受ける。
他に道具はほとんど残っていない。日が暮れたので、じおすはそこで泊まることにした。何日か、こんな感じが続いていた。合計で進めたのは百キロというところであろうか。まだ、着かない。まだ、まだ、まだ。食料が段々と少なくなってきた。非常食も、残り五食しか無い。
途中で猛獣にもあった。その度に道具を使い、壊した。足は速いので逃げたりもした。足の筋肉は、陸上で鍛えたものだった。そして、体力も限界を迎えていく。
イカたこの電波は、体内にも影響を与えていた。体に時々激痛が走り、その度に体力が失われていく。『おいしゃさんカバン』はもしもの為に残そうとしている。何度使おうと思ったことか。一度しか出来ないと考えると、もっと重要な時が来るという気持ちになってくる。
そして、とうとう食料が尽きる。それまでの間、食料を補給することは出来なかった。重要なところで体に激痛が走り、それどころではなかったのだ。歩き続けたが、腹が減るばかりだった。
極限状態となる。人には会えなかった。一回だけ、ウサギを手に入れることが出来だが、それっきりだった。体が動かず、じっとしていても激痛は定期的に襲ってきた。
そして、じおすは倒れた。薄れていく意識の中、じおすは笑った。
「まさかだ! まさか、こんな死に方をするなんてな!」
自分の姿がひどく滑稽に見えた。博物館の館長となり、別空間へ飛ばされ、生き残っても結局死ぬ。何ができたのだろう。レリーフを手に入れてから、自分は何もできないまま死ぬのではないか。だからじおすは笑うのだ。
場所はジャングル。そして、じおすの意識は途切れた――
「ハウルス君、少し来てくれ」
「何ですか、名無しさん」
「此処に人が倒れている! 運ぶのを手伝ってくれ」
二人の男の会話がジャングルに響いた……
[No.234]
2008/01/02(Wed) 17:56:58
石版 第三幕「受け継がれるべき意思」 其の弐
(No.234への返信 / 9階層) - 文矢
目が覚めた時、じおすはその光景を信じることができなかった。何故か? 自分が寝ている場所がフカフカのベッドだったからである。触ってみてもなめらかで、二十世紀から使われているのとほとんど変わりがない。そこが不思議だったのだ。
じおすは冷静に考える。紀元前、この様なことになっているなどありえない。それがじおすの頭の中の常識だった。だが、違ったのだ。じおすが見る限り、このベッドは間違いなく、化学繊維でできているものなのだ。
さらにじおすは部屋の中を見渡した。自分以外はいない。窓はガラスで出来ている。そして、上を見ると電球の様なものが付いていた。黒いコードが電球へ繋がっていて、部屋のドアの向こうへと続いている。服を見ると、真っ白いシャツとズボンに替えられていた。
さすがに、二十一世紀とかのとは違う。形が違ったり、コードが太かったりなどだ。だが、その技術力は間違いなく、二十一世紀レベルだったのだ。じおすは、信じられなかった。鉄やガラスなど、様々な資源まで使われているのだから。
その時、ドアが開いた。じおすは少し身構えた。出てきたのは、白衣を着た茶髪の男だった。年齢は、じおすより少し上ぐらいであろうか。
「おお! 目覚めたのか。異国の住民よ」
「あなたは、誰ですか?」
じおすはまだ身構えていた。声や顔からして、良い人のような顔をしていると感じたが、ここで警戒は解けない。それがじおすの考えだった。言葉は『ほんやくコンニャク』で通じているようだった。
「私か。私の名前は名無し。変な名前だと思うかもしれないが、これが名前だ。科学者、とでもいうのかね。それが仕事だ。で、君の名前は?」
名無し。その名前をじおすは知っていた。あのレリーフを作ったとされている人物。名無し。紀元前の、科学者。
じおすの感情が昂ぶった。歴史上の人物。二十二世紀では偉人に会えるのではないか、と感じる人がいるであろう。だが、違うのだ。二十二世紀の法律で、過去に戻った時、その人物に干渉してはならない、となっている。なぜか、世界が壊れる可能性があるからだ。
のび太達はかなり昔の人と関わっている。だが、それに関しては許可されている。それはのび太達のその行動によって、現在があるという状況だからだ。そうでない場合、そういうのは無理だ。
だからじおすは興奮していたのだ。
「僕の名前はじ、じおすです」
「じおす、じおす君。早速だが君に聞きたいことがある」
名無しはそう言うと、手に持っていた服をじおすに突きつけた。それはだ、じおすが着ていた服、スーツであった。名無しは少し興奮しているように見えた。
「これは何かね?」
「それは僕の服です」
「そうだよ、その通りだ! だがね、気になるところがあるのだよ。この服は私が開発した新素材だ。それだけではない、この村で使われている技術は私が開発したものだ。それのおかげで、マー婆さんがこの前お礼としてパイを作ってくれた。あれは美味しかった。それでだ、重要なのは次だ、次。この服に関して!」
さっきからじおすが驚いていたあの技術。全て、この名無しが考えてできたものだったのだ。だが、今はそれが重要なのではない。名無しは、じおすの服を着て考えていたのだ。恐らく、ある程度の知識人だったら考えることだ。
「この服の素材は、私が作ったものの一段階上の素材だ! 君は何処の村のものかね? それだ、そこの村の科学者に会いたいのだよ!」
名無しの目はランランと輝いていた。名無しは、この時代の科学者で、この村で生まれた。村の名前はアドバン村。紀元前の普通の村だったが、名無しの開発によって変わったのだ。様々な技術が使われ、資源に関しては発掘すればいくらでもある。名無しは、若くして実質村の長となっていた。
何故、名無しが目を輝かせながらじおすに聞いたか。それは、名無しの探究心からだった。雷を見たり、静電気に触れたりしたことから、名無しは電気を作り出すことが出来た。じおすのスーツを作った技術を持っている人と協力すればさらなる技術が生み出せるかもしれない。それが、名無しの考えであった。
じおすは迷う。答えていいものか。だが、じおすは考えに考えた末、答えた。
「名無しさん、信じてもらえないかもしれませんが、僕は、未来人です」
じおすがハッキリと言うと、名無しの目の色が変わった。さっきまでよりも更に、輝き始めたのだ。未来、その言葉は名無しにとってとても重要だった。
「未来? 未来だと言ったのか。成る程、それはとても興味深い。ただね、証拠を見せてほしい。例えばだ、未来の様子だ。もしかしたら、さらに凄い科学者がいて、そいつの存在を隠蔽したいんじゃないかとも考えられるからな」
「……どういう風にやれば証明完了とみなされるんですか?」
じおすは焦った。あのゼクロスとかいう奴と同じようなタイプの変人じゃないか。それが、じおすの思ったことだ。だが、一つだけじおすが安心したことがある。名無しはじおすの敵ではない、という事だ。
「私の質問に答えてほしい。恐らくだ、時を移動する道具などがあるからどの時代を答えるか迷うかもしれない。君が生まれた時代を頼む」
「分かりました」
じおすは少し不安を感じたが、名無しは構わず進めた。
「まず、一つ目。君達の世界ではどういう暦で動いている?」
名無しの質問が始まった――
「ハルル……いや、違ったな。ハウルスだ。ハウルス、少し来てくれ」
「何? ジャール。名無しさんなら病院ですよ」
ハウルスは、ジャールという男に言われてそう答えた。ハウルスは名無しの研究者仲間で、村の中で中より上の地位を持つ。名無しとはよく共に研究をし、さっきも名無しと『ある物』の研究をしてから帰る途中にじおすに出会ったのだ。ジャールは村の正式な長の家の生まれで、大男だ。正式な地位は一番上だが、名無しには実質負けている。
「ハウルス、お前に用があるんだ。来い」
「分かりましたよ……」
ジャールはそう言うと歩き出し、村から少し離れた。村から出て少し行くと、森の中へ入る。その森の中へ、ジャールとハウルスは入っていった。ジャールは辺りを見回し、こう言った。
「ハウルス。お前と名無しは最近、何処かにある何かを研究しているそうだな。それは何か言え」
「単刀直入すぎじゃあないか? そもそも、お前に何故教えなければならない」
「本題に入る前に一つ言いたいが、名無しの前では敬語を使うが、俺には使えないということか?」
「その通り。敬意を表す価値が無いからな、お前には」
ジャールは舌打ちした。ジャールは自信家だ。自分が何でも一番だと思っている。だが、村の住民は分かっていた。ジャールはただの自信家にすぎないことを。ジャールの周りには、ゴロツキがいる。ジャールはゴロツキのボスだ。だから、村の住民は本音を言えない。
だが、ハウルスはジャールの心の弱さを知っている。ジャールの心は、思いの他、脆いのだ。だからハウルスはこんな態度をとっているのだ。
「確かだ。名無しさんが電気を使った道具を作った時、お前は暴れたよな? そんな筈は無いと。ま、結局は名無しさんの研究所を破壊しようとして、電気ショックでやられてしまったがな」
ハウルスは笑う。
「それは関係無いだろうがッ!」
「関係ある。もしもだ、もしも、お前の弱い心であれを見てしまったのなら、お前は暴れまわるに違いない。そして、それを破壊しようとするに違いない。だから教えたくない。良いか?」
そうハウルスが言った途端、ジャールはきれた。俺をナメるな、ナメるんじゃねえ。俺は、俺は、一番だ。ジャールは心にそう言い聞かせた。そして、気づいた時にはハウルスは吹っ飛び、木に叩きつけられていた。
「だから見せたくねぇんだ。この程度で揺れてしまうんだからな」
ハウルスはそう言って立ち上がると、土をはらって歩き始めた。ジャールは後ろから殴りかかろうとしたが、体が動いていなかった。ただ、嫉妬の心だけがうずまいていた。
ただ、嫉妬するだけだった……
[No.238]
2008/01/08(Tue) 15:08:33
石版 第三幕「受け継がれるべき意思」 其の参
(No.238への返信 / 10階層) - 文矢
「成る程、じおす君。君の言う事を信じよう」
名無しがこう言ったのは、じおすに質問し始めてから数時間後だった。その間、名無しは質問をし続け、じおすはそれに答えていたのである。そして、名無しは二十二世紀の事を完全に理解していた。じおすは疲れを感じていたが、開放されたことによってホッとしていた。
時代が変わっても、この光景は変わらないんだな―― 外はもう暗くなっていて、月が出ていた。その光景を見て、じおすはそう思ったのである。当たり前の事で理論とかも理解していたが、じおすはそれに感動を覚えていた。
「さて、じおす君。歩けるよな? 今日の夜飯はマー婆さんが作ってくれたものだ。マー婆さんの料理は絶品だぞ」
名無しの顔は笑っていて、じおすをリードするような歩き方でドアを開いた。名無しは大満足だったのであろう。じおすは今まで、飯はこの部屋に運ばれてくるのかと思っていた。だが、違った。ここは病院という認識は正しかった。だが、食事の時は、食堂へと移動したのだ。
それに驚いていた。じおすは起き上がり、歩き出した。ベッドの横に、台が横たわっているのが見えた。点滴の為の台だ。じおすは一日ぐらい前まで付けていた。現在の病院と同じように、これで栄養をとっていたのだと理解した。
食堂には、他の患者と看護師、名無しが言っていたマー婆さんがいた。全員が笑顔で、席に座ろうとしていた名無しもニコニコと笑っていた。マー婆さんは手に大きな鍋を持っていて、それを器に振り分けていた。
患者からマー婆さんから何から何まで、欧米人だ。じおすは日本人だから、少し変な目で見られたが、それが悪意の目では無いことはすぐに分かった。
「これが未来人のじおす君だ!」
「未来人? ああ、そうか。だから顔が違うと思ったぜ!」
「話を聞かせてくれよ」
じおすが席に座ると、患者達はすぐに話しかけてくる。じおすは笑いながらその質問に答えた。この時代に来て、じおすが初めて感じた感情がわきあがってきた。それは楽しさ、だった。一緒に誰かといるという事の楽しさだった。
「今日はシチューだよ。たんと食べな!」
じおす達の前にシチューが置かれる。湯気が出てきて、美味そうな香りが鼻にいく。スプーンを片手に持ち、患者達は一気に食べ始める。じおすは小声で「いただきます」と言った後、食べ始めた。
シチューはトマト味で、中には牛肉の胃袋が入っている。この料理は、トリッパというもので、じおすはこれを初めて食べた。じおすはモツ鍋とかでモツは食べたことがあるので、肉の食感がそれに似ているという事が分かった。肉は柔らかく、トマトの味がさらにそれを引き立てていた。
「美味しい! さすがマー婆さんだ!」
「そうかい? 嬉しいねぇ」
こんな会話が繰り返され、食べ終わる頃にはじおすも完全に打ち解けていた。人種は違っても、心が通じあうのだ。楽しい会話が続き、じおすはある質問をした。
「僕の治療は誰がやってくれたんですか?」
それを聞くと、名無しが自慢気に答える。
「私さ。この病院での手術とかの治療は私がやっている」
「まあ、そこまでの怪我の患者は滅多にやってきませんがね。だから名無しさんは研究者も続けられているんです」
看護師がそう言い終わった時だった。病院の玄関の方から、ドアが開く音がした。そして、声。息切れしている、ガラガラの声。
「誰かしら?」
看護師の中の女性が玄関の方へと行った。その間、会話はほとんど交わされない。そして、その女性の悲鳴が響いた。
「どうした!?」
名無しや看護師、じおすも駆け出した。そして、玄関を見る。
そこには、ハウルスの姿があった。傷だらけで、ボロボロのハウルス。服は破れ、顔からも、体中から血が出ていて、玄関に倒れていた。
「ハウルス君! どうしたんだ?」
名無しがハウルスを抱きかかえる。名無しとハウルスは師匠と弟子といってもいい関係だった。子供の頃から、二人で色々な事をやっていた。完全に、打ち解けていた仲だった。その声には、深い心配が混じっていた。
ハウルスは、ゆっくりと口を開き、ゼエゼエと途中途中ではさみながら喋り始めた。
「大変……だ。ジャールが俺の家の……あの……地図を……奪った……」
そう言い終わると、ハウルスはその場に倒れた。名無しはそのハウルスの姿、そしてその言葉に衝撃を受けた。
あの地図。それは、名無しとハウルスの秘密でもあった。二人が研究していた、とんでもないブツ。それだった。
「ハウルス! ハウルス! おい、ハウルス!」
その地図、そう、石版の在り処――
[No.240]
2008/01/09(Wed) 20:39:32
石版 第三幕「受け継がれるべき意思」 其の四
(No.240への返信 / 11階層) - 文矢
そこは、実に不思議だった。歩く度、それを見る度、触る度にその感情は高まっていった。不思議、いや奇妙と例えるべきだった。奇妙な空間が広がっているのだ。ジャール達の目の前には。とても、とても奇妙な光景が。
ジャール達は、四人のグループだった。一人は、地図を持っている。ハウルスから奪い取った、地図を。地図を一瞬だけ見ると、蟻が地図の上にいるように見えた。地図には様々な書き込みがされていたのだ。それは細かい目印だった。この目印が無く、地図だけだったらジャール達は絶対に迷っていただろう。それだけ、複雑な道だった。
そして、今。彼らの目の前には奇妙な光景が広がっていたのだ。場所は岩山。地面と岩肌には奇妙な傷がついていた。まるで、ドリルを使った跡の様な傷。欠けていることも無く、キレイに傷が付いていた。その傷が、今日や昨日付けられていたものだったらとても、おかしな感じがしただろう。だが、違和感を彼らは感じていなかった。我々の現実世界での様々な歴史的建造物が景色と同化しているように見えるのと同じ。何百年も、何千年も前からこの傷はあったのだ。ジャール達はそう感じた。
この傷が付いている道はまだまだ先まで続いていた。暗い夜の中、ランプの様なものを点けて行動していた。このランプは――名無しがそれ以上に高性能な物を開発していたが――ジャールが発明したものだった。そして、夜の道を進んでいく。
ジャールにとって、その道は栄光の道だった。ジャールはこう考える。名無しとかが研究している物を俺が先に解明する! そうすれば、ナンバーワンは俺だ。このジャールだ。ジャールは、そう考えたのだ。
「あ! ジャールさん、あれじゃないですか?」
地図を持っている部下が差したのは、目の前にある洞窟の様な穴だった――
場所は変わり、先ほど語ったジャール達の事とは時間的に少し前という事になる。村の病院。いつもは爽やかな風が吹き、笑顔で溢れている病院の玄関に、今までに一度も無かった重い空気がたちこめていた。名無しはハウルスを抱え、じおすや看護士達、患者達はただ立っているだけだった。
名無しは迷っていた。ハウルスは今、適切な治療をすれば助かる。だが、それができるのは俺だけなのだ。そこを迷っていたのだ。名無しがハウルスを助けることを選択すれば、ジャールが何かをやる。ジャールの方へ行ったら、ハウルスが死んでしまう。どうすればいいのか、名無しは迷った。
ハウルスと名無しは、親友といってもいい関係だった。ハウルスは名無しを尊敬している為、敬語で喋るがそれは形だけで、我々の現代の普通の友達と同じだった。だからこそ、名無しは見捨てることなど出来なかった。
看護士達は、ハウルスを自分たちが治療しようと考えていた。前の、ジャールが暴れてたのを知っているのだ。だからこそ、早く名無しには行ってほしかった。ハウルスと名無しがどれだけ固い信頼で結ばれているかは知っている。だが、自分達でも治せる。そう思ったのだ。
玄関にはドアがあり、簡易的な足拭きマットがあるのみだった。靴を脱ぐわけでは無い。壁には振り子の付いた時計も掛かっている。彼らの一日の感覚と、我々の一日の感覚は違ったが、時計の音だけは過去も、未来も、今、ハウルスが倒れている時でも変わらずに鳴り続けていた。
「ハウルスを、ハウルスを治療室へ連れてってくれ!」
名無しは叫んだ。名無しは決断した。ハウルスを、親友を助けるが為。その声からは名無しの迷いが感じられた。
「私達が助けます! 名無しさんは急いでジャールの所へ行ってください!」
看護士の一人がそう叫んだ。そうしている間も、ハウルスの呼吸は弱くなっていく。
「君たちを馬鹿にするわけでは無い、そこのところを分かってほしいのだが。私じゃないと、ハウルスの治療はできない」
そして、重い沈黙が空間を支配する。だが、それを打ち破る声があった。それは、じおすの声だった。
「未来の道具で、彼を治療できます」
じおすの秘密道具は、『お医者さんカバン』『簡易強力火炎放射器』『ショックガン』だ。残っているのだ。一度しか使えないが。この時代に飛ばされてから、何度も、何度も使おうかと迷ったその道具。じおすは感じていた。
もし自分が運命に支配されているのなら、運命が自分に指示をしているのなら、この道具を使うのは今、この時だ。自分の『お医者さんカバン』の運命の歯車は、今、この時の為に回っていたのだ。
「本当に、治せるのか? じおす君。ハウルスを! 治せるのか?」
口調はいつも通りだったが、声の調子からして名無しが慌てているのが分かった。じおすは、ハッキリとした声でこう言った。
「はい、できます」
少しの間の沈黙。じおすの目は爛々と輝いていた。運命の決断をしたのだ。
「頼んだぞ」
名無しはじおすに全てを任せることにした。時を超えた、友達に。
名無しは自分の部屋へと走った。病院の中の一角に、名無しの研究室があるのだ。その部屋は玄関に近く、玄関から食堂までの廊下にあるドアがその入り口だ。部屋の中から、鉄板が落ちるような金属音が響く。じおすはその音の感じを何処かで聞いたような気がしたが、あまり気にならなかった。
その間、じおすと看護士達はハウルスを持ち上げ、治療室へと連れてっていった。治療室には手術室のような台があり、その上にハウルスを乗せる。上にはライトがあり、メスみたいな物など、ある程度の道具は揃っていた。消毒薬もある。
玄関にいる名無しは、ライトと鉄砲だった。鉄砲といっても、仕掛けは簡単。安土桃山時代に伝わった火縄銃の様に、中に入っている火薬に火を付け、その爆発で鉛を飛ばすというものだ。だが、それだけでも十分だろうと感じた。病院の外には、彼が発明した移動道具がある。前と後ろに付けられたタイヤ――といっても、我々のゴムタイヤでは無い、木でできたものだが――を自力で動かす道具、自転車の様なものだ。
ジャールを止め、願わくば何も無かったことにする。それが、名無しの考えだった。そして、乗り物をこぎ始める。
病院の中。『お医者さんカバン』は正常に作動していた。もしかしたら駄目かとじおすは不安に思っていたが、様子を見てホッとした。治療室の外の看護士は、何度か「手伝わなくていいんですか」と質問していたが、じおすは『お医者さんカバン』について説明した為、質問はしなくなった。
ハウルスの傷は、立てかけた板に水を流すように治っていった。じおすは、二十二世紀の科学力の凄さを改めて感じた。ハウルスは、助かる。病院内の人たちは歓喜した。
「じおすさん、ありがとうございます!」
「いや、道具のおかげです。僕は特に何もやっていませんから」
『お医者さんカバン』はやはり壊れ、治療台の下に転がっていた。ハウルスはまだ目覚めていなかったが、直に起きるだろうというのは予想できた。
じおすは一息つこうと椅子に座った。
「これなら、気になるのは名無しさんの方だな」
「ええ、どうなったんでしょうか」
看護士達は喋り、考え始めた。名無しはどうなるのだろうか。名無しが出てからすでに二十分は経過していた。彼らはその場所、石版のある場所への距離を知らない。だから、もうすでに着いているであろうと考える人もいた。
じおすは、名無しがどれだけ信頼されているのかを感じた。
「……名無し、か」
レリーフを調べるにあたって、じおすは名無しの事についても調べていた。レリーフを作ったのは名無し。それを知っていた。だが、それぐらいしか分からない。そう、レリーフを作ったのは名無し。じおすは、急にその事を思い出した。
そうだ、名無しだ。あの、名無しなのだ。という事はだ。じおすは、すぐに判断した。さっき、名無しが向かったのは石版の在処だという事に。名無しが向かった先に、石版があるのだ。
そして、またじおすは思い出す。さっきの、名無しの部屋の金属音。あれは、何か。
「! あれは、レリーフだ」
じおすが手にしたレリーフには、石版の位置が彫られていた。其処からはすぐに推測できた。もう一つのレリーフは、石版の文字の読み方について彫られているに違いない、という事を。
レリーフの古代文字は、この村の文字だ。石版のとは別だろう。だから、それについてだ。
見たい―― その衝動が、じおすの体の中で沸き上がった。それを見て、何かしたいとは思わない。だが、自分の研究の一つの完成形として、それを見たいと感じたのだ、
気がついた時、すでに名無しの部屋の前にいた。様子からして、鍵はかかってないようだった。そして、開く。それは、床の上に一枚、机の上に一枚、無造作に転がっていた。
部屋は散らかっていたが、ゴミが機械系ばかりだったのであまり気にはならなかった。じおすはアニメでよく見た研究者の部屋の通りだと思った。ゴミを踏まないように気をつけ、机に近づく。心臓の鼓動が高まる。
そして、不思議な、別世界に連れてくかの様な光を放つレリーフを手にした。それは、じおすが調べたものだった。『ほんやくコンニャク』を食べたおかげで、文章はスラスラと読める。スラスラと、まるで、日本語を見ているかの様に。昔から、その文字に触れていたかの様に。
心臓が飢えた野犬の様な低い、かすれた音を出す。そして、もう一枚。その一枚は、何も書かれてないかの様に見えた。だが、違った。表と裏に、一枚ずつ、同じ材質のカバーが掛けてあるのだ。少し力を入れたら、はめこんであったカバーがとれた。そして、そのレリーフ。
「あ……あ」
それしか声が出なかった。じおすは震えた。その、恐ろしさに。其処に彫られていたのはやはり、文字の解読法。それは上半分しか彫られていなかった。下半分に彫られていたのは、その石版の内容。
世界を破壊できる力。彫られていたのは、それだった。じおすが、今まで一度も感じた事が無い程のとんでもない恐怖が体を駆け抜けた。
名無しも、それを感じていたのだろう。そこだけ、彫られていた文字が歪んでいるように見えた。机の上には、彫ったのに使われたであろう道具がおかれている。
じおすはカバーをはめこんだ。手は、まだ震えていた。じおすは子供の頃にやった、学校での災害シミュレートを思い出した。目の前に、立体でリアルな災害の様子が映し出される。じおすは震えながら、こうならないようにしようと誓ったものだった。その時のじおすより、今のじおすは恐怖していた。
そんな時だった。轟音が響いた。地面が揺れ、何かが破壊される音が響く。
「何だッ?」
じおすはレリーフを掴みながら、部屋の外へ出た。看護士達は病室の患者達の対応に追われていて、一人、じおすと共に外へと出た。
その時代の人々にとって、それは信じられない光景だったであろう。空の上に何かが浮かんでいて、その何かから轟音と破壊をもたらす物が出ている。それは、悪夢の様な光景だった。
じおすは分かった。未来の奴らが、やって来たと。そして、それは恐らく……イカたこ達であろうと。
「気持ち良いッ! 実にだ」
空の上で攻撃をした男。それは、ミサイル研究所――
[No.248]
2008/01/27(Sun) 15:38:16
石版 第三幕「受け継がれるべき意思」 其の五
(No.248への返信 / 12階層) - 文矢
「あそこだ!」
ジャールの部下が走り出し、穴の中へと入る。夜の変哲も無い道を歩いていて、精神が限界になったのだろう。部下は走ったのだ。この行動が最も重要だった。走る。その行動をしなければ、彼は生き残っていたであろう。
目の前にある穴へと部下は入る。ドリルの様な傷は、そこに何かが回りながら突っ込んだ、という事なのだろう。何かが。何かが突っ込んだ。突っ込んだのは何か。それは名無しも解明できていなかった。ただ、名無しは一つだけ予想していた。ただ、彼も確信は持っていなかった。名無しが考えたその説は、真っ暗な中、樹海を歩くようなものだった。本当にそうだという確信、自分が今歩いている道が本当に外へ通じる道だという確信など持てない。そんな状況だった。
悲鳴―― 穴に入った瞬間、豚を絞め殺したかの様な音がジャール達の耳を貫いた。
「おい! キラシー! どうしたんだ?」
ありえない、罠などあるわけない。名無し達が入っていたのだ。ジャールは驚き、頭の中で考えた。名無し達が罠など仕掛けるわけが無い、どうしたのか。ジャールはビビる仲間を押しのけ、ゆっくりと穴に近づいた。
穴から漂う、鉄の臭い。ねっとりと、ねばっこく、体につきまとっていく。腹から何かがこみ上げて、口へとそれが逆流してくる。左手で口を押さえ、吐き気を飲み込む。そして、右手で穴の中を照らしていく。赤い液体、さっきまで体の中を流れていたであろう液体がドリルの跡のくぼみに溜まっている。震える手をゆっくりと前へと押し出す。まずは手。さっきまでランプで照らせば純白の光を返していた上着が赤色の光を返した。次に胴体、左胸からは血が流れ、服を静かに染めていく。そして、顔。ジャールの喉を何かが逆流し、体中に気が走る。苦しみにもだえ、舌を出し、目をカッと見開いたまま、もう物体になった『それ』は光を返した。古代からどうしようもない法則として刻み付けられた一言。『死』……
キラシー、その名前だった物体の顔を見た時、ジャールは吐いた。吐きながらも、考えた。なんで、名無しとかは大丈夫だったのか。体重か? その時、まだ名無しは体重という概念を考えはしなかったが、それぞれの物の重さと言うのは当然ながら分かっていた。だからジャールは違うというのが分かった。キラシーと、名無し達の体格はほぼ同じだからだ。何でだ、何で。
「ジャールさん、中に入りましょうよ」
ジャールの部下の一人がそう言った。仲間の死には衝撃は受けていたが、あまりダメージは食らっていなかったのだ。ジャールの精神が、特別に脆いせいかもしれなかった。ジャールの部下は歩いて、ランプを持ちながら中へと入った。
ジャールが止めようとしたが、悲鳴は聞こえなかった。普通に入れたのだ。テクテクとすぐに、普通の家に入るように。
あれ? ジャールの頭の中が、崩壊しそうだった。考えることによって、吐き気が段々、消えてきた。そして、考えるようになった。何故か。それはすぐに予想が付いた。
答えは、これだった。歩くスピードだ。名無しとハウルスは歩いて入っていたのだ。明るい中、様々なことを言いながら歩いていたので、走るなんて無いだろう。だが、キラシーは走った。それによって、何かが反応した。これが穴の入り口の真実だった。
ジャールは 残っていた部下も呼んで、中に入った。ランプで照らしていくと、目の前に何かがあった。巨大な、巨大すぎる何か。
天井の穴からは月の光が降り注いでいた。その何かの前では、先に行った部下が膝をついていた。ひれ伏す。彼らがそんな事をしたのは生まれて初めてだった。そして、その何かをランプで照らす。
「あ……あ……」
ジャールは、自然に膝を付いた。死後、復活したイエス・キリストを見た時、同じように人は膝をついたであろう。あまりにも素晴らしいものを見た時、人はそんな行動をとるのだろう。
膝をついても、ドリルの様な傷からは痛さが無かった。ただ、それを見つめているだけだった。書いてある言葉なんて理解できない。意味が分からない。だが、体がそうさせるのだ。
ジャールは心の底から今までの事を悔やんだ。一番になる? そんな事は無理に決まっている。名無しは一番じゃあない。もちろん、自分なんかではない。一番は、一番は、これを作った奴だ。これを作った奴に会え、言葉をもらえるなら何でも捧げよう。ジャールの心は、そう思っていた。
目の前にあるのは、不思議な色をした物だった。『石版』だ。写真などで見たら。誰も素晴らしさは理解できないだろう。だが、その石版には――
火の臭い。普通にガスとかで使っていたら感じないであろう臭いが、じおす達の鼻に入ってきた。今まで平和だった村。こんな事が起こる、いや起こりえるなんて事、誰も想像しなかっただろう。火は暴れ馬のように姿をかえ、人を襲う。空の上にはまるで魔法使いがいるかのようだった。
空の上にいるのは魔法使いなどでは無い。じおすはそれを分かっていた。だが、ポケットを探っても『ショックガン』と『小型強力火炎放射機』の二つしか無い。二つとも、近距離でないと意味が無い。だから状況的には、何でもできる悪魔とただの小市民と同じだった。
逃げ惑う村の民、そこを狙って爆弾を落としていくミサイル研究所。ミサイル研究所の高笑いは、まるで物語に出てくる悪魔の声だった。低いところから爆弾を落としていたので、じおすにもその声は聞こえた。
じおすは思う。お前は何が楽しいのか、と。よく子供向け漫画とかアニメとかである、悪役を見てじおすはいつも思っていた。世界征服? そんな理由ばっかじゃん。それでどうするんだと。上で爆弾を落として笑っているミサイル研究所を見て、じおすはそうとしか思えなかった。
じおすは思う。自分自身が此処に来たのを何とかする為なら、俺だけを狙え。村を狙うな。じおすの怒りは、段々高まっていった。
じおすの耳を貫くような悲鳴が近くで響く―― それは、何の罪も無い一人の看護士だった。病院の中から気になって出てきたところを、爆弾が襲った。一瞬。その人が生きていた何十年間とは比べられもしない程の、一瞬。それだけで今さっきまで生きていた人は、『物』になるのだ……
「うわああああああ!」
他に出ていた者達が一斉に走り出す。外の光景を見て、病院の中から逃げ出そうとする者もいた。患者も元気な人ばかりなので、どんどん出てくる。だが、それはすぐに止まった。最初に逃げ出そうとした者が、爆弾にやられたからだ。
こんな死など、体験した者はいなかった。いや、我々の世界でもいないだろう。そんな恐怖。安楽死する方が楽だという、恐ろしい恐怖。そういう時、人はどうするか。絶望する。そして、どうせ死ぬんだからと何もしなくなる。今が、そんな状況だった。
「もう、死ぬんだな」
一人の看護士がそう呟いた。起きて外に出たハウルスは、その空気に何も言えないでいた。じおすはそれを見ていた。そして、段々空気は暗くなり、やはりミサイル研究所の高笑いが響こうとしていたその時だった。じおすが、言った。
「諦めるな! 簡単に、死を受け入れるな!」
その言葉で、死に集まっていた注目が、じおすへとうつされた。じおすは話を続ける。その言葉は、自分自身へも言っていたのかもしれない。
「いいか、死を受け入れて良い奴は、やる事をやるだけやり終わってそれを自分の運命だと思った奴だけだ! 皆、できることならもっと生きていたいだろう? 楽しみはたくさんあるじゃないか。マー婆さん、僕はあなたの料理をもっと食べたい。皆も、そうでしょう?」
その言葉で、場の空気は変わった。少しでも、がんばってみようという気持ちが伝わった。じおすの目と、言葉で納得したのであろう。ところどころから、言葉が聞こえる。
そして、ハウルスが口を開いた。
「分かった、逃げましょうよ。限界まで」
「いや、ただ逃げるだけなら駄目だと思います」
ハウルスの言葉に、じおすが答える。
「それはどういう事です?」
ハウルスは敬語を使う人を選んでいる。敬意を払うべき人には、敬語だ。
「ただ逃げるだけなら、『あれ』でボン! だと思います」
「じゃあどうすれば?」
じおすは、覚悟を決めていた。必ず、この人たちを助けてみせる、と。じおすは二十一世紀での事を思い出した。あの後、ドラえもん君達はどうだったであろう。恐怖にさらされてしまっただろうか。あの子達の無邪気な笑顔を見たかった。こんな年齢でそう思うのもあれだが、僕は博物館に来てくれる子供が好きだ。いつも物凄い関心を抱いてくれて、感心してくれる。じおすは、そう思ったのだ。
そして、じおすは自分の覚悟の結果を言った。
「僕が、囮になります」
「囮?」
じおすは周りを見渡した。するとだ、あるところを発見した。物見やぐらだ。やぐらの一番上の高さは、丁度ミサイル研究所がいる所と同じ高さだ。
「僕が囮になるので、皆逃げてください」
そう言い終わるか言い終わらないかぐらいの時、じおすは走り出した。やぐらへと。村の民達は、少しの間それを見ていた。だが、ハウルスが口を開いた。
「僕が先頭を行きます。皆、着いてきてください!」
ハウルスは歩き出した。じおすの意思を、無駄にしてはいけない。逃げるんだ。逃げてやる。ハウルスははっきりとじおすの意思を受け取っていた。村の民達は、ゆっくりとハウルスの後ろを歩き始めた。
じおすはすぐに、やぐらのドアを開け、階段を駆け上がった。やぐらは、家と同じ素材でできていて、真っ白だったが、あたりの炎によって真っ赤に染まっていた。壁の温度とかが高まっていたが、熱さは感じなかった。今さらだが、じおすはミサイル研究所の名前は知らない。だが、直感としてイカたこの手の者だろうという事は分かっていた。
そして、屋上。
「聞こえるか? とりあえず一つ質問をしたい! お前はイカたこの手下なのか? とりあえずはそれだけだ」
その時、ミサイル研究所は初めてじおすがいることに気づいた。そして、ミサイル研究所は言う。
「その通り! 俺はミサイル研究所。ところでじおす、お前をグチャグチャにする前に、一つ質問させてもらおう」
炎の音が聞こえる中、二人の言葉は異常に響く。
「お前の手に持っているものは何だ? ……もしかして、レリーフか?」
[No.252]
2008/02/02(Sat) 07:03:52
石版 第三幕「受け継がれるべき意思」 其の六
(No.252への返信 / 13階層) - 文矢
「ジャール!」
ジャールの意識が、現実へ引き戻された瞬間だった。自由に遊んでいた子供への、五時のチャイムの音。遊園地へ行った時の閉園時間の放送。いきなり、引き戻される。ジャールも、そんな気持ちだった。そして、ゆっくりと振り返ると、そこには予想通りの奴がいた。名無しだった。
名無しは、銃を構えていた。前に述べた通りの、簡単な銃。だが、名無しはすでに穴の中に入っていたので、ジャール達は見事に射程距離内だった。ジャールの他の二人の部下も、後ろを向いていた。
名無しは、一歩一歩近づいていった。そして、口を開く。
「私の持っているものは、お前らの心臓を貫通できるものだ。これで撃たれればすぐに死ぬだろう。分かったか? だからだ! だからそれから離れるんだ!」
名無しも、ハウルスも、最初にここに来た時は同じ反応を見せていた。だが、その意味を解明した名無しにとって、この石版は素晴らしい物という気持ちと、汚らわしい、使ってはならない物という二つの気持ちがぶつかっていた。
ただ、名無しの気持ちの中でハッキリとしているのはあの石版には、人を近づけてはならない。自分みたいに、意味の分かる者は特にだ。そんな、気持ちだった。
ジャール達は、立ち上がり始めた。最初の気持ちはすでに無くなっていた。少しボーッとしたような感じだった。もっとあれを見たい、という気持ちがあったがジャール達は名無しに従い、歩きながら穴から出て行った。
ドリルで彫ったかの様な跡は変わらず、不思議に思えた。名無しの手にあるランプはジャール達のよりも明るく輝いていたが、それとは逆に、彼らの雰囲気は暗かった。
穴から出て、歩き始める。名無しの乗ってきた乗り物は、跡があるところだと危険で使えない為、跡が無いところに止められていた。岩山から降りるのはあっとういう間に彼らは感じた。そして、名無しは乗り物のあるところまで行き、ハンドルを掴み、タイヤの部分を転がしながら同じように歩き始めた。
「ジャール。私は今、お前をこれで貫きたい気分だ」
ジャールは顔を上げ、名無しの顔を見た。その顔は、今までジャールが見た事の無い顔だった。
「私の大切な友を、お前は傷つけた。それが許せるか? だからこそ、私は村に帰ったらお前にしかるべき罰を与えようと思っているのだ!」
名無しの口調は荒くなっていた。ジャールは、石版を見たショックで更に精神が脆くなっていたのか、更に傷ついていた。俺はナンバーワンじゃない、名無しよりもずっと下だ…… そうジャールは思い始めていた。
そして、村へと少しずつ近づいた時だった。目の前に、人影が見えた。その人影の服は、どう見ても名無し達とは違う。胸の膨らみや、髪の長さから考えて、女の様だった。名無しが口を開こうとした瞬間、女の手元が光った。そして、ジャールの手下の一人がいなくなっていた。
つい一秒前までいた。だが、消えていた。落ちて隠れる位置のような崖や穴も無い。何も無い、平坦な道で、人が一人、大の大人が一人、消えていたのだ。それは、魔法のようにも思えた。
「ドルタ? 何処に……行ったんだ?」
静かだった。ジャールの今の言葉以外、何の音も無かった。木の葉がざわめくことも無かったし、虫も鳴かなかった。沈黙。圧倒的な、沈黙。
名無しは、女の方を睨んでいた。そして、数秒後。女は名無し達の方へ近づいてきた。その時も、その足音しか聞こえなかった。そして、ランプの照らす範囲内に入る。
そこにいたのは、やはり女だった。名無し達には分からないだろう。だが、我々にはその女が分かる。女の名前は、すずらん。イカたこの部下だった。すずらんは、右手に銃を持っていた。道具名は『熱線銃』
「お前は、何なんだ? じおす君と同じ時代の人か?」
名無しの言葉。そして、すずらんは言う。
「その通―り! 私はすずらん! 二十二世紀から来たんだ〜」
声の調子は明るかった。場の空気から浮いていたが、本人はさほど気にしていないみたいだった。そして、この場合、その明るさが不気味だった。アンバランスさ。それが恐怖になるのではないだろうか。まさに、それだったのだ。
すずらんは、『熱線銃』を構えた。すかさず、名無しも銃を構える。だが、名無しの弾丸が発射される前に引き金は引かれた。それは当たり前だった。名無しの銃は、撃つまで何秒もかかるのだ。そして、気がついた時、ジャールの部下がまた一人、消えていた。
「これはねぇ〜 『熱線銃』って言うの。一瞬であんた達をチリにできるんだ〜」
「すずらん、お前の目的は何だ? 私達を殺すことか?」
名無し。
「そうで〜す! あ、もしかしてお馬鹿さんに見えてる? でもね、『お馬鹿っ子世にはばかる』って言うでしょ? 馬鹿な子ほど偉くなるんだ」
そう言っている時、名無しはジャールに耳打ちをしていた。名無しの持っている銃は、後十秒はかかる。そしてだ、ジャールは名無しの乗り物に乗って走り出した。
名無しはある覚悟を決めていた。それは、死だった。だが、ジャールは逃がせる。名無しは、それがこの状況で最適なことなのだと感じていた。そして、運命の歯車はあざ笑うように回る――
「逃げる気ですかぁ〜? でもね、無駄なんですよ」
すずらんの声は相変わらず明るい。名無しは、銃の向きを変えた。発射されるまで、後五秒ぐらいだった。名無しは考えている。その時の名無しの集中力、それは何かを発明する時に発揮される能力だった。
「すずらん君。君は馬鹿だろ?」
「うるさいです!」
これで、遅れたのだ。すずらんが引き金を引くのが。一秒。火が、火薬に引火するまで、一秒。
一秒が。日常でありふれている一秒がとても長く感じられていた。
じおすが走り始めたのも、ほぼ同時刻だった。二人の青年が、同じ覚悟を決めていたのだ。二人は似ていたのかもしれなかった。違う時代に生まれた、二人の青年だった。
すずらんの引き金が引かれる。それの少し前に名無しの弾が発射されていた。そして、同時に木が倒れ始めた。名無しの弾丸が当たった為だった。すずらんの『熱線銃』の軌道上に木は倒れた。
「それで封じた気持ちですかぁ〜? そんなもん、チリにして、熱線は突き抜けるんです!」
その言葉通り、木をチリにした後、熱線はまだ続いていた。だが、それは遮られた。ある物体によってだった。
「名無しィィィィィィ!」
ジャールの叫びが響いた。それは、あまりにも残酷な光景だった。
木があった為か、名無しはすぐには死ななかった。熱線はジャールのところまで行かなかった。名無しの血が。飛び散る。
「すずらん君。君に一つ、言葉を贈るよ。じおす君が教えてくれたことばさ」
――それでは次の質問だ、じおす君。罰が当って当然だという人に罰が当った時、未来の人はどういう言葉を使う?
「ざまあみろ」
次の瞬間、名無しは消えていた。ジャールも、すずらんの射程距離から消えていた。ランプも壊れ、暗闇が広がる。そして、名無しの血はすずらんの目へと入っていた。しばらくは、秘密道具を使うこともできない。血が、目からとれないのだ。前を見れない。すずらんはただ、もがくだけだった。
「これが、レリーフだって?」
ミサイル研究所の質問に、じおすは揺らいでいた。そして、その反応はミサイル研究所に質問の答えを言っているも当然だった。ミサイル研究所はニヤリと笑った。
じおすの四次元ポケットには、『ショックガン』と『小型強力火炎放射機』そして、名無しの部屋から持ってきた『レリーフを作る為の彫る道具』だった。それだけしか無い。『ショックガン』の射程距離内に入るまで、後何十メートルもあった。
じおすが武器を持っていないであろう事も、ミサイル研究所は分かっていた。そして、手にはレリーフを持っている。ミサイル研究所の心の中は、まさに最高の気分になっていた。色々な物を壊せて、レリーフも手に入る。作られたばかりのレリーフもだ。ミサイル研究所はそう考えたのだ。
村の住民達はすでに逃げ終わっていた。じおすの目的は成し遂げられていたが、レリーフという新たな問題が浮かんでいた。
「レリーフがあるなら! お前に大して爆弾が撃てないじゃないか。だから、ある事をさせてもらう!」
ミサイル研究所は、爆弾を発射した。場所は、物見やぐらの下の部分だった。爆発して、物見やぐらが崩れ落ちていく。コンクリートとほぼ同じ物質の建物。それが、崩れていく。じおすは、足場が崩れていく恐怖を味わった。
そして、じおすの意識が一回飛ぶ――
[No.253]
2008/02/04(Mon) 07:55:48
石版 第三幕「受け継がれるべき意思」 其の七
(No.253への返信 / 14階層) - 文矢
気がついた時、じおすは物見やぐらの破片に押しつぶされそうだった。すでに、致命傷を食らったことをじおすは悟っていた。じおすの意識が飛んだのは、ほんの数秒だった。ミサイル研究所は、まだ上空にいた。ミサイル研究所は、完全に安全になるまで、降りてこないつもりだった。
破片は腹に突き刺さり、他にもいたるところに刺さったり、色々なところを圧迫していた。四次元ポケットは破れ、そこら中に道具は散らかっていた。レリーフはまだ、自分の近くにあった。
名無しが何故、レリーフを作ったのか、じおすは分かった。あまりにも恐ろしいものだという事が分かってしまったからだ。こんな秘密を一人で持っているには耐えられなかったのだろう。誰かに言いたかったのだろう。だが、その秘密は誰かに言えるようなものでは無かった。だから、レリーフにその秘密を彫ったのだ。自分の心の、はけ口を見つける為に。
じおすの息は荒かった。そして、一つの事を思っていた。これを、このレリーフを奴らに渡すわけにはいかない――
これを渡したら、平和が無くなる。ドラえもん君も、のび太君も、静香君も、武君も、スネ夫君も、全ての人の未来が無くなってしまう。それだけは、それだけは防がなければならない!
だが、じおすはもう一つの事も分かっていた。これを、奴らの手に届かないようにするのは無理だという事だった。今の自分には、もう時間が無いという事だった。
どうすればいいのか、どうすればいいのか。
そして、辺りを見渡して、ある事を思いついた。未来から、自分へと付いてきたもの。残っている二つの秘密道具の一つ。『小型強力火炎放射機』それを使う、じおすは思いついたのだ。
じおすの体に、激痛が走る。呼吸は荒くなるが酸素が自分の体にちゃんと取り込めていないだろうという事をじおすは感じた。まだ、建物の形は少しだけ残っていた。側面が三角形のような形で残っていたのだ。そして、それはまだ崩れてくる。これが完全に崩れない限り、ミサイル研究所は行こうとは思っていなかった。
そして、良い具合にその三角形の側面が、じおすの姿を隠していた。『小型強力火炎放射機』を掴む。これは、スイッチを押すと先から火が出る棒状のものだった。
そして、カバーがある方のレリーフを掴む。これを、奴らに渡してはならない。渡しては、ならないのだ。
ポロポロと、側面が崩れ始める。それと同時に落ちてくる粉は、まるで雪のようだった。そして、スイッチが入る。
先端から出る炎が、カバーとレリーフを同化させていく。不思議と、やり終わる前にそれが切れる心配は無かった。大丈夫。そう思うようになっていた。
ゆっくりと、ゆっくりとレリーフをまわしていく。そして、最後まで付け終わった時、レリーフは完全にカバーと同化した一つの板になっていた。やり終わった時に、『小型火炎放射機』は壊れ、炎が出なくなる。
これを、渡してはならない。ピキリと、三角形の側面から音が響く。もう少しで崩れる、という予告だった。ミサイル研究所もハンドルを握る。これをあいつらに渡してはならない。
じおすの体は、動いていた。守るには、未来を、守るのは今の自分にはカバーとレリーフを同化させるぐらいしかできない。だが、だが――
受け継いでほしい、自分の思いを。自分の、意思を。未来を守るが為に、誰かにこの気持ちが伝わってほしい。
すでに、じおすの体は動いていた。レリーフを彫る道具を掴み、レリーフにゆっくりと近づかせていく。彫り方は、分かっていた。じおすは、運命の神様が自分に言っているのだと感じた。
呼吸は荒くなっているが、じおすは落ち着いていた。レリーフを彫るのは、表面だけだった。誰かに、受け取ってほしい。何時の時代の人でもいい、誰でもいい。ただ、未来を守ってほしい。次に、誰かが受け取る時に……
側面が砕けた粉がじおすの体へと舞いながら落ちていく。そして、一文字、一文字、彫り終わっていく。ゆっくりと、ゆっくりと。
そして、三角形の側面が砕け始める。一つの破片はじおすの足に降り掛かり、足を潰した。痛みは感じていなかった。集中。一つの事に集中している時、例えば本を読んでいる時、何もかも忘れて熱中する事を体験したことは無いであろうか。じおすは、その何倍も集中していた。
そして、彫り終わったのとほぼ同時に三角形の側面が完全に崩れた。周りに破片が飛び散り、ミサイル研究所の姿がハッキリと見える。
じおすの心には不思議な安堵感があった。運命を、受け入れるというのは、こういう事なんだとも思った。
思うことはただ一つ。これを、伝わってほしい。このレリーフを、あいつらから守ってほしい。ただ、それだけ――
じおすの意識は、そこで切れた。そして、じおすの体の目が、じおすの意思で空く事は、永遠に無かった――
じおすが伝えたかった意思は、受け継がれるべき意思なのだ。未来を守る、タイムパトロールの目的、その意思は、誰かに受け継がれるべき意思なのだ――
――『Do not pass this to that man. (これをあの男に渡すな)』
石版 第三幕 一時閉幕
[No.254]
2008/02/04(Mon) 07:56:24
石版 幕間「つまらない講釈」
(No.254への返信 / 15階層) - 文矢
さあさあ、皆さん。これで第三幕は一時閉幕となります。先ほどまでと同じです。いい加減にしろ、と思う方もいるかと思いますが、説明させていただきます。お手洗いはあちら、何か食べたいのならあちらです。
時間はたっぷりとあります。今回の感想を話し合うのもいいですし、何をやってもいいでしょう。さっきと同じです。さっきまでと。
ですから、私も話させていただきます。つまらないでしょうので、別に聞かなくても、結構です。聞きたい人はお聞きください。私のつまらない講釈を。
どうでしたか? おっと、聞く形になってしまいましたね。ですが、それを聞きたいと思います。二人の、別の時代に生まれた男の覚悟。そして、この話の確信へと迫る石版の登場。そのあまりの神々しさに、ジャール達は膝をつき、ひれ伏しました。こんなところで、聞きたいと思います。どうでしたか?
おっと、「つまらなかった」ですって。すみません、我々一同、反省させていただきます。ですが、ところどころ聞こえるような「面白かった」の声。我々は、その為に物語を語っているのです。
我々劇団の命を失いながらも見せていく、物語。もう一度言わさせていただきます。どうでしたか?
第三幕が開幕する前、私は伏線、大きな伏線を回収すると言っていました。そうです、回収されたのはレリーフの文字です。レリーフの、あの英語。『Do not pass this to that man. (これをあの男に渡すな)』この伏線が、回収されたのです。
この文字は、じおすの遺志だったのです。じおすが、伝わってくれと願いながら書き込んだ、意思だったのです。誰でもいい、伝わってくれと。それこそが、じおすの意思だったのです。
そして、名無しの意思。村人に、一人でも多くでも、助かってほしい。そういう気持ちでした。名無しの意思によって、ヨーロッパにいた村人達は、アフリカ大陸へと渡り、エジプト文明の発展に協力したのでしょう。名無しの意思は、達成できました。
じおすの意思は達成されるでしょうか? いや、達成される筈だと私は思います。じおすの意思は、必ずといっても良い程、伝わる筈です。ドラえもん達に、必ず伝わる筈です。そして、じおすの意思は達成されるでしょう。あくまでも、私の予測ですがね。
え? じおすの行動は意味が無い? 何故でしょうか? そこのお客様、少し良いでしょうか。
石版の場所が分かったのなら、『ほんやくコンニャク』で読めるから、ですか。いいや、違うのです。『ほんやくコンニャク』の効果が発揮されるのは、その言葉が何処で、どんな人が使っているのかという、どちらか一つを知っているというのが条件なのです。お客様、いいでしょうか。
さて、次の第四幕はお待ちかねのお客様もいるでしょう! 戦いです。血で血を洗う、いや、未来風に言いましょうか。オイルをオイルで洗う戦いです。空中に舞う人の血と、ロボットのオイル。戦いが始まるのです。
果たして、ドラえもんは、のび太は、ジャイアンは、スネ夫は、静香は、どらEMONは、生き残ることができるのでしょうか。又、それぞれが笑顔になる事はできるのでしょうか。
そしてです、イカたこ達はどうなっているのでしょうか。何故、すずらんやミサイル研究所が紀元前に行ったのでしょうか。
お祭りになった釣り糸をほどいていくように、少しずつですが分かってきた謎。そして、それとは逆に新たにからまってくる謎。第四幕では、どれほど解決するのでしょうか?
第四幕がもうすぐ始まります。皆さん、お静かに。そして一秒たりとも、お見逃しに無いように――
第四幕「踊り狂うかの様に』
[No.256]
2008/02/09(Sat) 14:26:59
石版 第四幕「踊り狂うかの様に」 其の壱
(No.256への返信 / 16階層) - 文矢
目を開いた時、目の前には近未来の光景が広がっていた。空中を浮かぶ車、アスファルトとは別の材質でできた地面。そして、目の前にある巨大な白い建物。建物に書かれている文字、それは『タイムパトロール本部』の文字であった。見る人が何処の国かで、文字が違って見えるような仕掛けになっているものだ。
そして、のび太は周りを見渡す。周りには、同じようにボーッとしている仲間達がいた。全員、無事だということにのび太は喜びを覚えた。
どらEMONは自分たちが未来に行けたことの喜びを感じていた。どらEMONは此処からどう行けば中に入れるのか等を知っている。声を出し、先頭をリードし始めた。のび太達は歩いたが、どらEMONは歩かないで移動していた。
「これはベアリングロードになっているんだ。動け、と思えば動けるよ」
「ああ、そうだったのか」
彼らは、一度ドリーマーズランドという遊園地に行った事がある。そこで使われていたのがベアリングロード、これと同じものなのだ。不思議な道で、小さな球体が敷き詰められてできている。そして、上にいる物の脳内を読み取る機械が付いていて、何処かに行きたいと思えば動き出すのだ。早くやれと思ったらどんどんスピードが出る。
「EMONさん、タイムパトロール本部ってどういうものなんですか?」
静香。走りながらも、言葉は通じた。どらEMONはそれを聞くとすぐに答える。
「凄いところさ。セキュリティから何から何まで万全。中に入ればイカたこ達が襲ってくることは無いだろうね」
その時、一瞬だけどらEMONの目に人影が移った。その姿からして、普通の通行人のようだった。やけに規則正しい動きをしていた。
「EMONさん、何処に入り口があるんですか?」
「そこです」
どらEMONは止まり、壁の方を指差した。ジャイアンとスネ夫はさっきまでの恐怖とは裏腹に、テンションが上がってスピードを上げすぎた為、少し戻らなくてはならなかった。
どらEMONはポケットから黒いカードを取り出すと、それをドラえもんに手渡した。ドラえもんの腕は修理されている。どらEMONはそれを壁に通せという指示を出した。この黒いカードが特別パスポートだった。アナウンスが流れる。
『永戸どらEMON隊員。お入りください』
そう言うと、その壁に入り口が現れた。六人はすぐに中に入っていく。すると、右側に建物が見え、そこから若い隊員らしき者が現れた。手には機械を持っている。
タイムパトロール本部の建物は見えない。そこからは意図的に見えないようにしているからだ。
「え〜と、その子達は何でしょうか?」
「事件に巻き込まれた子達だ。とりあえず検査をして、認証してくれ」
隊員は機械でどらEMONの体の色々なところをチェックし始めた。指紋から声紋、与えられているパスポート、その他骨のチェックなどもされていた。そして、隊員が口を開く。
「はい、認証しました。そこの子供達も
「あれ? 歯のチェックはしないのか?」
隊員の言葉を断ち切り、どらEMONが眼鏡を上げながらそう言う。隊員は気づいたかのように、ライトと機械を取り出し、歯のチェックをしようとした。その時だった。どらEMONは隊員を切り裂いた。まっぷたつに。
「EMONさん! 何を!」
ドラえもんが叫ぶ。静香は悲鳴を上げ、スネ夫は震えた。ジャイアンとのび太も驚いていた。どらEMONの顔はさっきから変わっていなかった。そして口を開く。
「歯の検査なんて無い。よく見てくれ、こいつは機械だ」
「えっ」
驚いて見てみると、確かにそいつは機械だった。流れ出ているのは血ではなく、ただのオイルだった。そしてどらEMONは空を見上げる。
「そしてだ、イカたこの手の者だろ? 『上にいる者』」
どらEMONは日本刀を構えながら言う。それを聞くと、空間から一人の女が現れた。『透明マント』か何かで隠れていたらしかった。その一連の流れは、映画のワンシーンを見ているかの様に鮮やかだった。そして、女は歩き始める。
女の格好はそう、忍者だった。時代劇とか漫画とかでよく見る、黒衣装。その光景は、辺りの近未来とは全くあわなかった。女だと分かるのは、胸の膨らみと目の様子のせいだった。そして、女は顔のマスクをとる。その顔は、実に美しかった。年齢は、二十代であろう。どらEMONと同じのようだった。背には日本刀らしき物を背負っている。
「これは予想だが、多分、時空間をねじれさせたのだろう。未来から過去へ行く者は、同じように仮想空間に来ているに違いない。俺たちは過去から未来へ行くのに、仮想空間に入ってしまった」
女は頷いた。その時だった。どらEMONは日本刀で切り掛かった。だが、それは女を切り裂きはしなかった。女の背の日本刀がどらEMONの日本刀を止めていたのだった。金属音が反響してまだ響いていた。どらEMONはすぐに女から離れる。
「私の名はメタル。あなたが私を倒すつもりなら! 私の罪をおっ被ることね」
メタルは懐に手を入れ、何かを取り出しそれを投げた。日本刀は、いつの間にかしまわれていた。どらEMONが気づいた時、すでにどらEMONは壁に貼付けにされていた。貼付けにしているのは、氷のような形をした刃物だった。どらEMONはその名前を知らなかったが、それはクナイ。いわゆる手裏剣の一種であった。
「凍牙……と名付けているんだけど、どうかしら?」
メタルの声が不可思議な光景に響いた――
[No.258]
2008/02/11(Mon) 08:25:03
Re: 石版 第四幕「踊り狂うかの様に」 其の弐
(No.258への返信 / 17階層) - 文矢
アンバランス。この状況は、まさしくそれだった。近未来の光景の中に、昔、戦国時代の様な格好をした者がいる。そして、その者の使う物も完全に忍者なのだ。漫画やアニメでギャグで出てくるような、忍者。まさに、アンバランスだった。
「おおお!」
その時、ジャイアンが駆け出した。メタルへと、飛びかかろうとしたのだ。野球やけんかで培われた力は大人にも負けないほどのものでもあるだろう。だが、ジャイアンの動きは途中で止まった。いや、正しくは止まらさせられたのだ。ジャイアンの体は、メタルの数メートル前で動かなくなっていた。
その光景に対して、メタルは正確な答えを出す。ニヤニヤと、笑いながらだ。
「すでに私の凍牙はッ! 色々なところに打ち付けてある! そしてよ、凍牙には、丈夫な糸が通されている。分かるかしら? あなたは糸で動きが封じられているッ!」
今、彼らが戦っている世界はイカたこ達が作った空間だ。そして、その上には人工の太陽が浮かんでいる。その太陽の光は普通の太陽の様に、空間を照らしていた。人工太陽の光によって、キラキラと糸が光る。糸の先はメタルの左手に集まっていた。
誰も、動けなかった。動いたら動きが封じられるというのが分かりきっていたからだ。糸が今無い地点に行っても、メタルはちょっと手を動かせばいいだけのことなのだから……
そんな空気の中、最初に動いたのはメタルだった。背中の日本刀を取り出す。普通の日本刀なら、両手で持たないと斬ることはおろか、ちゃんと持つことはできないだろう。だが、日本刀には未来の技術が使われていた。右手で斬っても、切れ味は抜群。昔はかなりの強力でないとできなかった人体まっぷたつも、メタルの剣なら楽々であろう。
そして、一歩一歩進んでいく。どらEMONへと近づいていくのだ。その刀でどらEMONを斬る、というのは実に簡単であろう。
「それにしても、どらEMON。あなたは凄い判断力を持っているのね。あの警備員、本当の人間だったらどうした気?」
「タイムパトロール本部の周りには、一般人はほとんどいない。周りにいるように見える人は、全て隊員だ。だが、途中で見かけた奴は機械だった。お前らがリアリティを出そうとしたのだろうが、そこから俺は怪しんでいたさ。そして、もう一つ。ドラえもん君に俺のカードを通させたが、普通に入れた。タイムパトロールだったらありえない」
「成る程。長い言葉、どうもありがとう」
メタルはそう言うと、刀を振り上げた。その瞬間だった。どらEMONは刀を空中へと投げた。メタルにも当らず、ただ糸を切って地へと落ちた。そして、ジャイアンは解放される。どらEMONはニヤリと笑った。
「何? 子供達を逃げさせる気かし……!」
そこで、メタルは動きを止めた。ドラえもんがどらEMONの方へ駆け出すのが見えたからだ。そして、ドラえもんの持っている手の瓶を見る。手には、マジックで酸と書かれていた。それを投げようとしていると判断するのは一瞬だった。
メタルはまだ残っている低い位置にある糸でドラえもんを転ばせた。ドラえもんの手から瓶はすっぽ抜け、どらEMONの頭に当るとその瓶は割れた。
「う……ぐ」
まるで豚を絞め殺したかのような音が響いた。そして、メタルの笑い声。
「バン! バン! バン! バン!」
だが、次の瞬間だった。声が聞こえたかと思ったら、メタルは吹き飛んだ。メタルの体に、衝撃が走る。少しのダメージだったが、油断していたのかメタルは立ち上がるまで少しの時間を用した。
「バン、バン、バン!」
そして、凍牙もすぐに壊され、どらEMONの体は自由になった。メタルがどらEMONの姿をちゃんと見れた時には、すでにどらEMONは日本刀をつかんでいた。
ドラえもんの、作戦通りだった。酸というのはマジックで書いたハッタリ。瓶の中に入っていたのは『空気ピストル』その液体を指につけて「バン」と言うと、指から空気弾が発射されるものだ。そして、どらEMONはそれに気づき、使ったのである。
空気が、変わっていく。西部劇でよくある決闘。ジャイアンは、それはこういう空気の中やるのだろうと解釈した。のび太の体は、また戦いが始まるという不安と恐怖で体をふるわせていたが、決して目を逸らすことも無く見つめていた。
メタルの日本刀の名前はムラマサという。そういう名前の妖刀が昔あったといわれている。どらEMONの刀の名前は水裂、みずさきと読む。双方、物凄い切れ味があるものだ。
そして、一歩メタルが進む。黒い服に身を包んだ彼女はとても目立ってみえた。忍者というのは昔から、目立ってはならないものだがメタルはそうは思っていなかった。私が憧れているのは、相手を騙し、目的を達成するその行動そのものなのであった。そして、メタルは口を開く。
「ポリシーに合わないからあまりやりたくないんだけどね。やらせてもらうわ」
メタルは右手に持っている日本刀の先をどらEMONに向けた。柄の部分を軽く握っているように見えた。どらEMONはその点を見ていた。どらEMONの『空気ピストル』は残り三発だった。残っているのは左手のみ。どらEMONはそれを考えていた。日本刀を握っている右手と、左手で撃つ、ストーリーは完成していた。重要なのは、どうやってそれをやるかという事だった。
そして、メタルが走り出す。砂が空に舞い、粉雪のように落ちていく。
どらEMONのところに行った瞬間。メタルは日本刀を素早くおろした。そこでどらEMONは防ぐ。だが、それもメタルの考えの内だった。まるで壁に当ったボールの様にバウンドし、そしてもう一回振り下ろされた。それはどらEMONの水裂の射程外だった。どらEMONの体はこのままじゃまっ二つになっただろう。
「バン!」
どらEMONの叫びが響き、日本刀ムラマサの位置がズレる。当ったのは、メタルの右手だったのだ。そして、それは水裂の射程内――
そして、さっきの軽く握っているところ。どらEMONはそれを狙っていた。ムラマサは上空へとはじき飛ばされたのだ。そして、どらEMONは左手をメタルへと向ける。
「ポリシーに反するっていうのはそれなのよ。私は、物を大切にしたいんだけどね」
ここでどらEMONが気をとられなかったら『空気ピストル』で勝てたかもしれない。だが、そこが駄目だった。メタルの右腕には、糸があったのだ。そして、上空のムラマサの柄にはクナイ、凍牙が刺さっている。
そして、右腕をメタルは動かす。ムラマサは、空中で何者かに押されたかのごとく、どらEMONへと襲いかかる。この時、若干の空白があった。そして、どらEMONは水裂でムラマサを防ぐ。だが、それも意味が無いことだった。
「凍牙はすでにッ! 私の手にあるわ」
そして今、メタルの手の凍牙が投げられた……
[No.261]
2008/02/20(Wed) 20:41:06
石版 第四幕「踊り狂うかの様に」 其の参
(No.261への返信 / 18階層) - 文矢
心臓。誰でも分かっているだろう。人間の体の中で、血液を体へと送り出すポンプの役割を果たしている。我々は心臓を大きい物と思っているが、実際にはそれぞれの握りこぶしぐらいの大きさだという。そんなぐらいの心臓に鋭いものが突き刺さったらどうなるのであろうか。少しでも傷がついたら、腕についた傷の何十倍ものダメージを体へ与えるだろう。それがあるのは胸だ。
そしてだ、メタルが投げた凍牙はどらEMONに刺さっていた。丁度、心臓の位置に。凍牙が刺さっているところからはじんわりと血がしみてきている。抜いたら、物凄い勢いで血は吹き出るだろう。どらEMONの眼鏡は地面へと落ち、体まで崩れ落ちた。
タイムパトロールの制服に付いている、『TP』というエンブレムがやけに輝いていた。だが、そのエンブレムもゆっくりと赤く染まっていき、どらEMONのまぶたも閉じる。人が殺されて死ぬ時、たいていは目を開けたまま死ぬ。ドラマとかでよく目のところに手をかざしているのは、目を閉じさせる為だ。メタルはそれを見て、少し疑問にも感じたが、よくよく考えると凍牙の長さから心臓を貫けるわけが無いと思い、ほうっておいた。
メタルは糸をたぐり寄せ、日本刀を背中のさやに入れた。そして、凍牙も抜き、腰にかけてあった容器から水で洗い、懐へと入れた。その間、ドラえもん達はその光景を見ているだけだった。そして、のび太が目覚めたかのように叫ぶ。
「EMONさああああああん!」
だが、返事が返ってくることは無かった。どらEMONはただ、地面に倒れていた。
「無駄よ。外すとでも思っているの? 漫画アニメの忍に憧れていたとはいっても、止めをあまり刺さないのは見習ってないわ。それにしても、素晴らしかったわ。どらEMON。敬意を表すわ」
のび太の顔は、白くなっていた。驚きと、絶望の入り交じった顔だった。そのメタルの顔には、確かな説得力があった。人と話している時、嘘をついてるなと分かる時があるであろう。それは、顔が笑っていたり、目を見たりすれば分かる。そして、メタルの顔にはそれが無い。嘘をついているサインが無い。騙されやすいのび太だからこそ、さらに衝撃が倍増したのであろう。当然、ドラえもん達も動けなかった。
「この勝負、私の勝ちね」
イカたこが作った仮想空間。人工太陽が照らす中で、メタルの声は冷たく響いた――
そんな中、場の空気を壊す機械音が聞こえた。気づいたのは、スネ夫だけだった。スネ夫は胸を押さえた。スネ夫の心臓は、とてつもない程のスピードで動いていたからだ。そして、後ろを振り返った。そこにいたのは、スネ夫の予想通りだった。
ロボット。裏山で襲ってきたのと同じ。ロボット。ゴツい体。緑色で、三メートルぐらいの大きさ。顔は半円型で、人間でいう目の部分には黒いラインの中の二つの赤い光が輝いている。
スネ夫の体は震え、そして、口を開いた。
「ロボットだああああ!」
その瞬間、メタルから一気に後ろへと視線は動いた。五体。ロボットは、五体いた。どれも、ドラえもん達の後ろに。ドラえもんはポケットに手を入れ、『空気封』を全員の手に入るようにバラまいた。
「ドラえもん君達。あなた達には罪は無いのかもしれない。でも、死んでもらわなくてはならない。フフ。ケネディ暗殺の真犯人も、知った者は殺されるでしょ?」
メタルのそんな声が響き、ロボットが機械音を出して動き出す。何をやろうとしているのかは分からなかった。が、ジャイアンは突撃した。野球やけんかで鍛えたジャイアンの足腰。さっきのメタルの糸によるダメージはすでに回復していた。
ロボットの動きには限界がある。死角にさえ周りこめば撃つことはできないのだ。戦いの本能というか、何というか、ジャイアンはそこに入り込んでいた。それに気づいたスネ夫は震えながらも声を出してジャイアンを応援する。そして、ジャイアンは叫ぶ。
「ドカン!」
ジャイアンの空気弾。一発目は肩。肩のマシンガンに直撃した。その部分から煙が出て、軽く爆発する。中にあった弾のせいであろう。その瞬間、歓声が上がった。
そんな中でも、のび太は震えていた。ゼクロスの断末魔。それがまだ耳にこびりついていた。どらEMONがやられた時は、激しい怒りを覚えた。だが、本当にそれでいいのだろうか。自分たちが、殺しをやっていいのだろうか。だから、のび太は震えていた。自分は戦場の戦士にはなれないだろう、とのび太は思った。
ジャイアンはまだ動く。次は足に打ち込んでいた。さっき撃ったのとは別のロボットだった。ジャイアンは笑っていた。戦いが、楽しいとも感じていた。別に、人を殺すのが楽しいわけでは無い。だが、自分の思い通りに体が動くのが楽しかったのだ。
だが、次の瞬間だった。ロボットの体から、一気にマシンガンが発射された。ドラえもんは『ヒラリマント』を使い皆を守るが、限界があった。さっき切れた腕も、完全には治っていなかった。そして、辺りは煙に包まれる。
誰にも弾は当っていない。ただ、ロボットのパイロットは考えていたのだ。五人がまとまっていたら、色々とやっかいだという事を。奴らの装備などたかが知れている。だから、分断させることが必要だというのを考えていた。パイロットは、レーダーでドラえもん達を判断し、それぞれ別の方向へと行った。
「終わり、かしら。いや、でも何かがあるかもしれないわね。私も参加するか」
と、メタルが言いかけた時だった。後ろに気配を感じていた。位置は、タイムパトロールという看板がある建物の玄関。この建物の中は、イカたこ達の基地にもなっていた。――今、イカたこ達はいないが――どらEMON達を騙すが為に、空間を作るにはコストが大きすぎるからだ。
そして、メタルは後ろを振り向く。そこには、さっき殺した筈の男がいた。メタルは驚いた。確かに、凍牙は刺さったのに。心臓部分に、何故か、意味が分からなかった。
「どらEMON……」
「え? 逃げることは無いだろう?」
そうどらEMONが言った時、ドラEMONの体から何かが落ちた。それは、二本の日本刀だった。何かが刺さった後もある。そして、その日本刀は今、どらEMONが持っているのと同じ。水裂だった。
何故、どらEMONが生きていたのか。その理由は簡単だった。凍牙で操っていたムラマサが来る瞬間。その時の空白の間に、『フエルミラー』で水裂を増やし、心臓を守るように体の中へ入れたのだ。そして、どらEMONは服の下に常備している血のりも使っていた。
「この際、どうでもいいわ。少しこっ恥ずかしいけどね」
その時、メタルは不思議なステップを踏み始めた。当然、どらEMONはそれを見る。メタルは、いつの間にか扇子まで持っていた。そして、少し経った時に気づいた。メタルが踊っているというところに。その動きは美しかった。
――いかれているのか? どらEMONはそう思い、日本刀で切ろうとも思った。だが、体が動かない。さらにもう一つ。メタルの踊りをもっと見たいとまで思っていた。どらEMONの体は、動かなかった。
「馬鹿らしいと思う? だけどあなたの動きが止まっているのは事実」
メタルの声は響く。どらEMONはそれでも動けない。
「例えば、アニメを見ている時。邪悪な敵にむかついたりするでしょう? それと同じ。芸術というのは、人の心も操れるのよ。『モナリザ』の前で暴れ回る奴などいないでしょう? それが私の技。『魅惑の舞い』」
そして、メタルは静かにムラマサを抜く。その動きまでも美しかった……
[No.263]
2008/02/24(Sun) 08:03:45
石版 第四幕「踊り狂うかの様に」 其の四
(No.263への返信 / 19階層) - 文矢
メタルは、静かに歩いた。右手に握られているのはムラマサ。人工太陽の光にその刃は輝き、踊っているメタルの姿をさらに幻想的に見せていた。目をつぶっても、その呪縛からは逃げれない。目をつぶったところで、手をほんの少しだけ動かせるだけなのだ。まだその舞が見たいと思ってしまい、すぐに目が開いてしまう。
メタルはゆっくりと近づいていた。斬られる。そんな事は分かりきっていた。だが、どらEMONは慌てていなかった。手には水裂が握られている。
「なぜ、俺がここまで来るのに遅れたか分かるか?」
どらEMON。それでもメタルは舞を止めず、ただ話すだけであった。
「そんな事は関係ないでしょう?」
「関係あるさ。どうせなら、倒れないでそのまま斬り掛かってもよかった。なあ、何でだと思う?」
メタルは内心焦っていた。表面にはそれを見せなかったが、何か策があるとなるとそれは危険。それならば、どうするべきか。メタルは考えた。メタルはあまり秘密道具に詳しくはない。自分が使わないからだ。だが、ある程度は予想がつく。それがあくまでも戦いだったからである。
自動追跡ミサイルみたいのをやっていたらどうするか。それは無い。メタルは考える。それなら、姿を表さない方がいいからだ。それならどうするか。メタルは分かった。どらEMONがなぜ、目の前にいるか。そうだ、自分でコントロールをするからだ。地面、又は空中から何かで攻撃させるつもりなのだ。そして、それをスイッチか何かでコントロールする。それならどうするか。メタルはすぐに判断する。この場所をあまり動かないように舞っていればいい。そして、何かが来る直前に逃げればいい。そう考えたのだ。
そして、メタルは舞をその場でやり始める。
「教えてやろう。ドラえもん君達を傷つけないようにさ」
その瞬間、地面から水が吹き出した。それは、メタルとかどらEMONとかからは関係なく、範囲が広い為避けることもできないものだった。どらEMONは水裂を手を器用に使って動かした。そして、他の秘密道具を使い、瓶に何かを入れた。
何をするか。目をつぶり、どらEMONは二十二世紀のライターみたいなものを取り出す。そして、瓶の中にライターを入れ、瞬間的にそれを投げたのだ。爆発。
炎が一瞬広がり、ガラスの破片が辺りに飛び散る。その威力は思ったよりも凄まじいものだった。そして、どらEMONの体が動くようになる。メタルは舞をやめていた。いや、やめさせられたのだ。瓶の爆発によって。
水は相変わらず吹き出していた。どらEMONの『ジェットモグラ』が下の今でいう水道管に穴を空けたからである。どらEMONはどれぐらいで水道管にたどり着くかを計算し、そして丁度良いと思ったところでメタルに話しかけたのであった。
そして、爆発。水裂の力の一つとして、物を裂くというのがあるのだ。水を水素と酸素の分子に分解し、それに火を入れて水素に爆発をさせた。裂ける範囲は狭いが、範囲内のものはちゃんと斬れる。それが水裂なのだ。空気を電気分解するのと同じことだってできる。だが、その場合すぐに他の空気に混ざってしまうので関係ないが。
どらEMONはすでにメタルを自分の射程距離へと入れていた。水裂を振ればすぐに終わらせられる位置。そして、それをメタルは気づいていない。
チャンスだ―― どらEMONの鼓動が高まる。
水裂を動かした僅かな空気の揺れ。それをメタルは見逃さなかった。すぐにムラマサを音が聞こえた方法に構え、凍牙を何処かの方向へと二本投げた。
水裂はムラマサに止められる。だが、どらEMONはそこまでも予想をしていた。『空気ピストル』まだどらEMONの手には残っていた。
「バン!」
メタルの頭に直撃し、メタルの頭が揺れる。だが、メタルは意識を失いはしなかった。両手をクロスさせたのだ。さっき投げた凍牙はしっかりと壁に刺さっていた。右手に付いている糸の凍牙はメタルから見て左側。左手の糸の凍牙は右側に糸がクロスした状態で刺さっていた。そして、両手をクロスさせることで、どらEMONの体は動けなくなった。
「水裂を少し動かせば終わりだ、メタル」
「私は勝利を諦めない。それが忍という職業の意味でもあるし、私の生きる道なのだから……」
「どうすれば……いいの?」
静香の言葉。静香の隣にいるのはのび太だった。そして、目の前にいるのはロボット。一体だけだったが、二人を震わせるには十分な効果があった。いつ、マシンガンを撃ってくるのかも分からない。ジャイアンが相手したのとは違うということは分かっている。
――このゼクロスが! 後の世に名を残す、ゼクロスがぁぁ! 黙れ、黙るんだ。ゼクロスの断末魔はまだのび太の頭の中で響く。そして、それは人を殺すということの重さをも物語っていた。
次の瞬間だった。マシンガンが発射された。二人は空気砲で何発か落としたが、それも無駄だった。致命傷では無いが、体のいくつかの部分は貫通した。
静香は立ち上がれなかった。痛みと、恐怖で。のび太はその様子を見てある事を呟きながら立ち上がる。
「守……らな……きゃ……」
[No.266]
2008/03/02(Sun) 07:50:03
石版 第四幕「踊り狂うかの様に」 其の五
(No.266への返信 / 20階層) - 文矢
人の精神というのは、不思議なものだ。時によって、それは体まで影響する。例えばこんな事例も――都市伝説としてだが――ある。一人の男はある日からこう思い込むようになった。自分は昔、ナイフで腹を切られた、と。その男は何も証拠が無いのに、そうやって思い込んでいた。するとだ、男の体にナイフで切られた古傷のような跡が現れたのだ。どういう事だか分かるだろうか。人の精神というのは、これほどのパワーを持っている、という事である。星新一のある作品では、自分が死んだという事を自覚しなくて、永遠に生き続ける老人の話がある。この星氏の作品はあくまでフィクションだが、もしかしたら実際にありえるのではないであろうか。
普通、この年の子供だと、痛みで動けないところであろう。だが、のび太は痛みを感じていなかった。守る、静香を。自分の好きな人を、守る。その言葉がのび太の精神を支配していた。
ロボット。パイロットは、少し異常にも思いながら、冷静だった。マシンガンを撃てばいいだけなのだ。作戦も何もいらない。ボタンを押せばいいだけなのだ。
そして、パイロットは親指をボタンの上に乗せる。
のび太は『空気砲』を胴体のコクピット部分へ向ける。
とても、静かだった。静香は、ただそれを見守るだけだった。そして、静香は感じ取る。勝負は一瞬で終わるであろうと。
人工太陽は沈みかける。本当なら、ずっと出しててもいいのだが、夜の時間帯に来た時にすぐにバレるというイカたこの判断であった。暗くなっていくなか、のび太の視線は変わらなかった。
「ドカァン!」
そして、ボタンが押される。
そして、空気砲から発射される。
決着は、着いた。静香の思った通り、一瞬で。
マシンガンは空中へと発射され、のび太の方へ撃ち込まれはしなかった。その前に、ロボットが崩れたからである。空気弾で。
『空気砲』は声によって発射される道具だ。小さく「ドカン」と言ったら、小さい空気砲が発射されるであろう。その逆も言えるのだ。のび太の「ドカン」は大きく、深い言葉だった。『空気砲』へのび太の意思が伝わり、発射されたのだ。最大級の威力の空気弾が。
のび太の意思に答えた『空気砲』は、ひびが入り、バラバラになっていった……
どらEMONは迷っていた。この糸を切るかどうか。それがどらEMONにとっての問題だった。さっきから、騙したり騙されたりが続いている。そんな中、この糸を切っても良いのか。もしかしたら、何かしらのトリックがあるのではないか。それだった。
考えていると、メタルの顔が笑っているようにも見えた。場は沈黙に包まれる。
メタルの作戦は、作戦でも何でもなかった。ただの賭けだった。どらEMONが糸を切るか、切らないか。問題はそれだったのだ。それだけが、問題だった。
どらEMONはメタルの姿を観察した。左腕を服の中に入れている。左腕がそうなっていても、糸はピンと張られているだけだった。ヒントは、何も無い。メタルが何をやるかなんて分かる筈も無い。
どらEMONは糸を切った。水裂を使って。そして、すぐに身構えた。だが、メタルは物凄いスピードで飛び込んできた。どらEMONはメタルが手に何かを構えてないかを確認して切った。ムラマサは背中の鞘に入っているし、さっき服の中に入れていた左腕も何も無く外へ出ている。だが、どらEMONは斬られた。手には何も無いのに。
「人の成長というのは、精神によって成し遂げされる。ありがとう、私は今ッ! 賭けに勝利したのよ」
メタルの服は黒い。忍者の格好。服が黒かったから気づきにくいが、赤い何かが肩の部分を染めていた。それは、血だった。そして傷の部分からは刃物、凍牙が飛び出ていた。
メタルはさっき、左腕を服の中に入れた時に凍牙で肩を貫いたのだ。そして、筋肉を締めることによって凍牙を固定する。それによって攻撃をしたのだ。
そして、メタルはムラマサを構える。どらEMONは未だ吹き出ている水の中にいた。水裂を動かそうとしているのが見えた。だが、それもメタルの計算の内だった。メタルはポケットに入れていた瓶をどらEMONの近くの地面へと投げつけた。
瓶の中から出た液体は床に染みていく。そして、何か気体を出すようにブクブク言い始めた。
「この床は大理石。今、投げたのは塩酸。どういう事か分かる? 今、二酸化炭素があなたの周りで発生している! 中毒にはならないとは思うが、あなたは今火を付けれないのよ!」
メタルはムラマサの切っ先をどらEMONへ向け、踊り始めた。魅惑の舞である。どらEMONの体は動けなくなる。
「チェックメイトね」
人工太陽は夕日に変わっていた――
[No.268]
2008/03/11(Tue) 08:01:28
石版 第四幕「踊り狂うかの様に」 其の六
(No.268への返信 / 21階層) - 文矢
この世には、奇妙な体験談が確かに存在する。それは嘘かもしれない、だが、本当にあったかもしれない。嘘か、本当かはその当人にしか分からない事だし、都市伝説を個人で判断するなどできるわけが無い。ただ、今から話すメタルの体験談は実際の出来事である。
メタルが五歳の時である。メタルは友達と共に空中道路を歩いていた。その空中道路は歩行者のみが歩ける場所である。そもそも、二十二世紀の世界の移動手段は『どこでもドア』などの秘密道具や、空中を走る車なので、ほとんどの道路が歩行者専用手段といっても過言では無い。
くだらない世間話をしながらメタル達は歩いていた。保護者はその場にいなかった。そしてだ、『何故か』メタル達の目の前に騎馬隊――それも、欧州のスラっとしたサラブレッドでは無くずんぐりとした日本の馬――が現れたのだ。
馬には槍を持ち鎧を着た武士も乗っていたし、それは十人以上いた。騎馬隊は走り出す。子供達は何もできなかった。馬に関する事故で多いのは落馬だ。馬によっては最高で九十キロメートルものスピードを出す事もある。だから落ちたら致命傷になってしまうのだ。そんな速い馬に踏まれたら人はどうなるであろうか? しかもだ、奴らは車のタイヤよりも硬い蹄を付けているのだ。メタル達は、いとも簡単に踏みつぶされていった。
その光景は壮絶なものだった。血は飛び散り、子供達の内蔵は破裂した後さらに踏まれて皮も突き破られた。死ぬ直前、子供達はこの世の地獄を見たであろう。それを偶然目撃した人も、後に「地獄で鬼に拷問される人の様」と言った。
そんな中、メタルは無傷だった。友達の死体に囲まれながら、ただボーッと座っていた。まるで、今の騎馬隊が夢で他の事故がその中で起こったかの様に。
その後も、メタルの周りでは不思議な事件ばかりが起こった。目撃者がいたりいなかったりもするが、弓隊が周りに現れ、その弓によって周りの人が死んでしまったり、急に現れた大名と大名の側近達が目の前に現れ斬られたりなどだった。その事故の中でもメタルは無傷だった。
目撃者がいたり、その時メタルが秘密道具も何も所持していなかった事から、警察はそれを不思議な事故として処理した。それに、その凄惨な光景は幼い少女にとてつもないダメージを与えていたのだ。
ある日の事だった。メタルは、倉庫の中の古い木の箱を見つけた。好奇心でそれを開けてみると、巻物が入っているのを見つけた。開いてみたところ、それが家系図であるとメタルは理解した。紐を解き、開けてみるとそこの一番下にはメタルの名前、そして風魔小太郎という戦国時代の忍者の名前があった……
その日から、メタルの周りで奇妙な現象が起きる事は無くなった。メタルはそれを、血統の意味を理解したからだと感じた。そして彼女は、現在へ至る。自分の忍者という誇り高き血統と、その後死ぬ思いで練習した自己流の技を持って。
どらEMONは考えた。後ろにある水、前にある二酸化炭素。この状況を使って何か出来ないか、と。動きは舞で拘束されている。僅かな時間でポケットを探ってみると、発煙筒を発見した。だが、どらEMONは感じる。これじゃあ駄目だと。使えない、と。
発煙筒は無害の煙を出す物だ。確かにメタルの舞は見えないようになるが、発煙筒を突破されたら終わりだ。だからどらEMONはそう思ったのである。
メタルは段々と近づいていく。どらEMONの本能は時間が無いと告げた。
スネ夫は怯えていた。目の前にいたのは二体のロボット。無表情な、ロボット。人を殺す以外は土木工事ぐらいしか使い道の無いロボット。ドラえもんみたいに人間臭くないロボット。大昔のSFみたいなロボット。
中に人がいるというのが分かっていてもスネ夫はそのロボット達が人間が操っているものには見えなかった。人は銅の部分にいるんだろう、だがその部分は見えない。
スネ夫が当ったのはジャイアンが戦って肩のマシンガンを撃たれたのと、足を撃たれたのとの二体であった。スネ夫は手に『空気砲』をはめていたが、撃っていない。ただ、「ママ」「ママ」と言っておびえているだけだった。
その時だった。二体のロボットがマシンガンを撃った。だが、当らない。スネ夫はそれでさらに怯えた。そして、ロボットはまたマシンガンを撃つ。当らない。スネ夫はそこで気づいた。相手がスネ夫を怖がらせて楽しんでいるんだ、という事を。
「このマシンガンの弾を受けてみるかぁ〜? お前はハチの巣みてえに穴だらけになるぜ。そしてその穴からは血が飛び出してくるんだ」
ロボットのパイロットはスイッチを切り替えてスネ夫に話しかけた。
スネ夫は何回か、自分が撃たれるイメージを頭の中で見ていた。自分で想像したものでさえ怯えているのに、今のパイロットの言葉はさらにスネ夫を怖がらせた。段々と暮れていく人工太陽もさらにスネ夫を怯えさせた。
「え? ジャスがやられた? あの眼鏡の小僧と女の子にか?」
そんな中、パイロットの声が聞こえた。さっきからスイッチを切り替えるのを忘れていたのであろう。会話は赤裸裸に聞こえた。スネ夫は、はっきりとそれを理解した。
のび太としずちゃんがロボットを倒したのだ。のび太が。いつもいじめていたのび太が。そして、スネ夫は地平線空間での出来事も思い浮かべる。
僕だけじゃないか何も動いてないのは―― いつものび太をいじめているのに。いつも金持ちだからって粋がっているのに。
肝心な時には何もできない。
僕は、誰よりも駄目だ。背が低いとかそういう事じゃあない。
僕は、動けない。皆みたいに、はっきりとした意思を持って行動が出来ない。ただのハッタリ屋だ。
「ドカン!」
肩に傷があるロボットの肩に向けて、空気弾が突き刺さる。そのロボットの左腕はその場に落ちた。
「僕は、骨川スネ夫だ!」
スネ夫はロボットに向かって走りながら叫ぶ。
スネ夫は従兄弟のスネ吉の事を思い出していた。ある日の会話だった。スネ吉はロボットについて語っていた。
――「科学的に考えるとだ。ロボットの乗り込む部分はガンダムみたいに胴体がふさわしい。頭の部分なんて簡単に吹き飛ぶ。一番装甲が厚くできるのは胴体だ。そしてだ、この部分は外から開けられるようにしなければいけない。中にいるパイロットが電気切れで出れなくなったら困るだろう? その場合、何処にボタンを付けるのがふさわしいのか」
「ドカン」
スネ夫は力を調節する為軽く言う。スネ吉が言ったその場所へと。足に傷があるロボットのボタンがある筈のその場所へと空気弾は叩き込まれた。
ガチャリという音がして、パイロット部分は見事に開いた。中にいたのは、普通のおじさんだった。ただの、人間。
「ドカン!」
パイロットは対応できなかった。空気弾は胴体に当り、パイロットは気絶をした。スネ夫は、今までこんなに速く走った事があったかと思うぐらい速く走り、でっぱりを掴みながらパイロット部分へ乗り込んだ。
もう片方のロボットは撃つと相方のロボットが壊れる危険性がある為、移動するくらいしか出来なかった。そして、左腕が無いロボットが撃てる角度に回り込んだ時にはパイロットは地面に倒れ、パイロット部分が閉まっていた。
「おおおおおおおおおお!」
スネ夫は叫びながら、マシンガンの絵が書かれたボタンを押す。精密性は無いが、何発もの弾丸が腕の無いロボットに当った。カメラ部分は壊れ、腕の無いロボットは花びらが落ちるかの様にその場に倒れた。
「僕は、僕は、パパとママの子供なんだ!」
[No.269]
2008/03/22(Sat) 18:12:15
石版 第四幕「踊り狂うかの様に」 其の七
(No.269への返信 / 22階層) - 文矢
「地図から、二人が消えた……」
ロボットの中のパイロット――ナグドラ――は震える声で呟いた。彼は今、ドラえもんと戦っていた。
運転室はカメラの映像を映すメインモニターと、地図などを映すサブモニターに分かれている。そのサブモニターの設定を、ナグドラは仲間のロボットの位置が分かる地図にしていた。仲間のロボットがいる場所が白い丸になって分かるのだ。そして、その丸が二つ、消えていた。一つの丸は建物からあまり遠くない所。もう一つの丸が消えた場所にはもう一体、丸が残っていた。
ちっぽけな。秘密道具や武器も『空気砲』しか持っていないであろう糞ガキどもに、我々のロボットがやられている。我が軟体防衛軍の。大量生産型だが武力は強い、このロボット達が。
ナグドラは、ゼクロス・アークウィンドを見本にして、ロボットの扱いを学んだアメリカ人だった。ゼクロスも、アメリカ人である。だが、ナグドラはゼクロスを尊敬したわけでは無かった。ゼクロスの腕を学んで、自分のアイデアを取り入れてゼクロスを超えようとしていたのだ。
さっきからナグドラが戦っているドラえもんは、秘密道具を駆使して戦ってきていた。その中でもやられなかったのは、ナグドラがロボットを上手く扱ってきたからだった。
ナグドラは思う。このロボットと、少年達を馬鹿にしてはならないと。ゼクロスがやられたのはどらEMONが強いからだけでは無い。恐らく、この少年達の援護があったからであろう。ゼクロスは、馬鹿にしていたからやられたのだ。
マシンガンの弾数は全ての部位のマシンガンを使っても後二分は撃てるとなっていた。軟体防衛軍の兵士達は基本、このマシンガンを使って攻撃する。効率がいいし、あまりテクがいらないからだ。ナグドラも最初はマシンガンを使って攻撃をしていた。
だが、ナグドラは別の手を使うことを決意した。効率の悪い、テクもいる技だった。
「敬意を払わなければやらなきゃあ、いけない。面倒くさがってマシンガンを、使うか? I do not, それじゃあジャスや健一の仇を討つことは出来ないんだ」
ナグドラが決意したのは、人工の一番星が見え始めた時であった……
黒い煙がどらEMONの前に現れた。メタルからどらEMONの体は見えなくなり、どらEMONもメタルの舞を見えなくなる。どらEMONの体は自由になったのだ。
「それで、解決した気かしら? 通り抜ければ何でも無いのよ」
人工の夜空の下でムラマサは輝く。メタルは舞をやりながら近づいていった。
夜は本当の空さながらに星が輝いていた。一等星の星は強く輝いていたし、二等星の星は一等よりも控えめに光っている。それを見ていると、現実空間のように宇宙から光が来ているんじゃないかという気持ちにもなってくる。建物の『タイムパトロール』と書かれた看板は星の光に実に合っていた。このロゴは偽物だが、本当の『タイムパトロール本部』のロゴも夜空に合うようになっている。
メタルは足音もたてず、だが美しい舞を踊りながらどらEMONを殺す為煙の幕を超えようとしている。どらEMONはそれを感じていながら、冷静な顔つきのままだった。
どらEMONは口を開く。
「状況を考えているのか? ヒントをやるよ。グロイ死体を見るのはごめんだからな」
どらEMONは眼鏡の位置を直す。メタルは途端に辺りを見回し始めた。そして、頭の中で考える。発生する二酸化炭素。黒い煙。夜空。水道管から吹き出す水。ムラマサ。水裂。水素。水素爆発。魅惑の舞。凍牙――
単語を繰り返していく内に、メタルは気づいた。状況に。そして、動きを止めた。
「おや? 来ないのか?」
「化学反応、ね」
メタルは悔しげに言う。
酸性雨、この言葉は誰もが聞いた事があるであろう。その仕組み。二酸化炭素それだけでは、あまり有毒とはいえない。だが、それに排気ガスの中に含まれる物質が合わされるとそれは有毒ガスとなる。それに水が結びついたもの、それが酸性雨だ。酸性雨の中では亜硫酸、つまり硫酸などもある。
メタルはそれがこの状況だと考えた。水、二酸化炭素、排気ガス。全てが揃っている。このまま入るのは限りなく危険だ。メタルは思う。
中のどらEMONが『バリヤーポイント』を使っていたのなら、酸性の水から身を守れるし、凍牙を投げても無駄だ。そもそも、今のメタルにはどらEMONの正確な場所すら分からない。
メタルの黒装束は、夜になっていくにつれ空間と同化し、パッと見ただけではメタルの顔しか見えない。どらEMONの白いタイムパトロールの制服は闇の中でよく見えた。
音は水の噴き出す音と、二酸化炭素が発生するブクブクという音しか聞こえなかった。それ以外は静かで、遠くからドラえもん達の戦っている音らしきものも聞こえてきていた。
戦いの夜は更けていく。
ドラえもんは疲労していた。さっき治療した腕も不安だったし、秘密道具のストックも無くなってきている。さっきまで軽くあしらっていたようなロボットとはレベルが違うのだ。
この敵は強い。攻撃しても中々当らない。当ればちゃんとしたダメージは与えられるが、どんなに強い攻撃をしても当らなければ意味が無いのだ。
ドラえもんはゲームの戦闘を思い出していた。強い呪文を唱えた時、表示される「ミス!」の文字。そんな状況を何度も繰り返していた。
「『竜巻ストロー』……」
ドラえもんは呟きながら取り出した。このストローを吹けば竜巻が現れるというものだった。思いっきり吹けばかなりの威力になるであろう。
だが、ドラえもんは次の瞬間それを使う気力を無くした。ナグドラの操るロボットが変形し始めたのだ。
ガチャガチャと音をたて、姿が変わっていく。変わっているといっても人型じゃ無くなるとかそういう事じゃない。腕の形が変わっていくのだ。
両腕から現れる長い剣。そして、ロボットの指の先が外れていき、指の部分に空洞が出来る。そこから弾丸が出そうだというのは誰でも予想できた。
そして、ロボットから声が出てくる。
「ドラえもん君。君には敬意を表するよ…… だから、最高の手でしとめる」
ドラえもんは震え、小さく出したつもりの絶望の言葉も夜に響いた――
[No.270]
2008/03/23(Sun) 18:05:39
石版 第四幕「踊り狂うかの様に」 其の八
(No.270への返信 / 23階層) - 文矢
ドラえもんは最初、ナグドラが何をやっているか分からなかった。ナグドラは、腕からの剣を地面に向けたのだ。普通なら、切っ先をドラえもんの方に向けるだろう。下に向けて上へ上げてドラえもんを真っ二つにするつもりだろうか? 違う。それなら上から振り落とした方が威力もつく。
真っ白な大理石。壁は近くに無く、ドラえもんは位置を把握する事もできない。ナグドラと戦い始めた時、それでドラえもんは逃げることを諦めた。
ドラえもんは『竜巻ストロー』をくわえる。ナグドラの行動を見ながら、ゆっくりと。ナグドラは前へ行ったり横に行ったりしていた。下手糞なワルツを踊っているようなその姿は滑稽でもあり、不気味にも思えた。
そして、ある位置で下手糞なワルツは終わった。ナグドラは下に向けた剣を、地面へと突き刺した。
次の瞬間―― ドラえもんの右腕は吹っ飛んだ。ゼクロスにやられたのと、同じ位置。カランカランという金属の腕が大理石にぶつかる音が響いた。ドラえもんの右肩からはバチバチという音も聞こえる。
ドラえもんは何が何だか分からなかった。ただ、必死に対応しただけであった。
ナグドラが行った攻撃はこうであった。剣を地面に突き刺した。それにつっかかるようにしてナグドラのロボットの体勢は低くなる。それを利用して体勢が低いまま地面を蹴り、回転するように足でドラえもんに攻撃したのだ。ドラえもんは当る瞬間、『竜巻ストロー』を吹くことによって足の軌道を変えた。それによって何とか当るのを腕に変えられたのであった。
安心はできない。ドラえもんは今まで何度も乗り越えて来た経験からか、ロボットのシステムからかは分からないが、体を動かした。そしてナグドラの手から銃弾が発射された。紙一重でドラえもんは交わせた。
ナグドラは体勢を元に戻そうと素早くロボットを動かす。ドラえもんは息を大きく吸い込み、『竜巻ストロー』を思いっきり吹いた。竜巻はナグドラのロボットにヒットし、ロボットは無様に倒れた。
「おおおおおお! 食らえ、ロボットォ!」
ドラえもんはすぐ様『瞬間接着銃』を取り出した。この銃から発射される物に当ると、ベタベタに地面に接着され動けなくなるものだ。ナグドラとの戦いにおいて何回も使ったが、全てかわされていた。だがドラえもんには今なら当てられるという奇妙な確信があった。
引き金を押すとナグドラの体は見事に接着された。ナグドラは、動けなくなった。ドラえもんは喜んだ。自分の、勝利だと。
ナグドラは思う。これは、我慢しなければならない事だと。この地面に伏すというのは我慢しなければならないと。
「ロボット。イカたこは何処に言った? 言ってくれ」
ドラえもんはナグドラに近づく。その時、ドラえもんはプチッという音を聞いた。音のした方向を向くと接着部分が腕の剣で切られているというのが分かった。
逃げようとしても無駄だった。ナグドラは転がった。ドラえもんの方向へと。ドラえもんには接着剤が付き、体勢を崩して地面にくっ付く。ナグドラは立ち上がった。接着剤はもうナグドラにはくっ付いていなかった。
「二十二世紀の兵器が二十二世紀のお手伝いロボットの道具に対応できなくてどうなるんだ?」
ナグドラは剣を構えた。ドラえもんは、死という冷たい言葉を感じた……
どらEMONは緊張していた。なぜなら、この策が『ハッタリ』だからだ。無害のガスを出す発煙筒じゃ酸性なんて発生できない。それを分かりきっていて賭けにでたのである。そして、今のところその賭けは成功している。どらEMONは水によって落ちかけた眼鏡を静かに直した。
メタルは焦っていた。辺りはもう暗い。もう、『タイムリミット』が迫っているのだ。『タイムリミット』まで後十分だった。後ろに回ろうとも考えたが、その間に攻撃されてしまうであろう。
そうやって二人が考えている内に時間はどんどん経っていく。
『タイムリミット』それは、イカたこの持っている道具――じおすを吹き飛ばした道具――を応用したもので、設定した時間に人物とその人物が持っているもの、触れているものを自分のところへ来させるというものである。
メタルは舌打ちを打った。残り五分。仲間の五人の状況をメタルは確認したが、生き残っているのは三人だけであった。仕方が無い……
「聞こえるか? 生きているものは全員戦いをやめろ! どんな状況でもだ! 今すぐ戻って貴重なものを持て! 『タイムリミット』が迫っている」
メタルの言葉は、ロボットの無線機能から流れ出した。戦いは今、終わろうとしていた。
[No.276]
2008/03/31(Mon) 07:32:07
石版 第四幕「踊り狂うかの様に」 其の九
(No.276への返信 / 24階層) - 文矢
のび太と静香がどらEMONに再会したのは、目の前に倒れていたロボットが消えてから十分ぐらい経った時だった。
目の前のロボットが消えたという不可思議な現象と人工太陽が消えた夜という二つの恐怖に怯えながら、のび太と静香はこの人工空間をさまよっていた。仲間が何処にいるかという手がかりも無く、何となく建物の方に行ってみようという結論に二人は達したのだ。何となく、では無くちゃんとした理由だったらそっちの方に光が見えたから、というのもある。そして音のする方に行ってみたらどらEMONに出会ったというわけだ。
どらEMONの傷は『お医者さんカバン』により治りかけていた。のび太と静香の傷も『お医者さんカバン』で治療していた。
「EMONさん、何でロボットは消えたんでしょう?」
どらEMONの秘密道具により、三人の周りは明るかった。その明るさの中で静香はさっきから気になっていた事を聞いた。どらEMONは眼鏡を直して答える。
「分からない。だが、メタルは『タイムリミット』と言っていた。時間になると別空間へ飛ぶようにでもなっているんじゃあないか?」
「別空間? よく分からないな〜」
その時。機械音。場に緊張が走る。
のび太は空気砲を構え、どらEMONは水裂で水を斬れる体勢になった。どらEMONはともかく、のび太はほとんど戦闘の素人だった。今までの冒険の中で成長してきたとはいえ、普通の小学生だった。だが、今ののび太は違った。今までには無かった何度もの戦闘。それがのび太を戦士にさせていた。
戦士。のび太は昔、宇宙の殺し屋と決闘した事がある。銃の名手であり、様々な経験を通した冷静な判断を持つ宇宙の殺し屋。名はギラーミンといった。緊張の中、のび太は勝利した。のび太はこの数日、この時の集中力を持続させていた。それは戦場の戦士と同じだった。
だが、数秒もしない内に構える必要は無いと分かった。ロボットから知っている声が聞こえてきたからだ。
「僕だよ、スネ夫だよ! ロボットを乗っ取ったんだ」
その声が終わった後、コクピット部分が開き、スネ夫が現れた。
ロボットを奪い取った経緯、自分には何体のロボットが襲って来たか。それぞれが確認し終わった後、四人は移動し始める。ロボットの中は一人乗り、スペースを上手く使っても二人、何とか乗れるぐらいしかない。相談しあった結果、女で疲れている静香をそのスペースに乗せることにした。
どらEMON達は、ロボットについているレーダーを確認した。光っているのはもう無かった。
何分か歩いていると、ジャイアンが現れた。怪我を少ししているが、それは大したものでは無い。だが、ジャイアンにしては珍しくボーッと下を見ながら歩いている。
「ジャイアン?」
のび太が話かけるとジャイアンは正気に戻ったかの様に、どのように戦ったか等を喋り始める。ジャイアンはロボットと戦ったが、それは強くて倒せなかった、と言う。
そんな事を言いながら歩いていた時、声が聞こえた。どら声。「助けて」と言っているようだった。近づいてみると、そこには右腕を失い床に貼付けられていたドラえもんの姿があった。
右腕はドラえもんから少し離れたところに転がっていて、近くには何かが刺さったような跡があった。ナグドラとドラえもんの戦闘で付いたものであるが、普通の彼らには想像できなかった。
ドラえもんを救出し、もう一度自分たちの状況を確認しあった。
「つまり、僕たちは戦っていた。その内、のび太君やスネ夫君は倒したが、ドラえもん君や武君、僕の場合は相手が消えた。『タイムリミット』と言って」
そこからどらEMONが推測したのは、じおすを何処かへ飛ばした道具を応用したのではないか、という事だった。じおすを飛ばした奴は何処に行くか、イカたこの発言から考えるとコントロールできない物だと考えられる。だが、今回のは何処に飛ばすかが指定でき、彼らはイカたこの所へ向かったのでは無いか。それがどらEMONの考えであった。実際にそれなのだが今の彼らに理解する事はできない。
「と、とりあえず僕達は生き残ったんだよね?」
スネ夫。
「ああ、生き残ったさ。だが、レリーフはイカたこが持っている。まだ、戦わなければいけない……」
どらEMONは呟いた。だが、どらEMONは思っていた。今じゃあ追いつけない。レリーフを、止められない、と。それはその通りかもしれない。今のドラえもん達は何処にイカたこ達がいるかも知らないのだ。
人工世界の夜は更けていく。静かに、虚しく――
イカたこ達がいる場所。メタルはここに着いた時、ある事に気づいた。目の前に座っているイカたこも同じ事に気づいた。人工空間で誰がいるかなどのレーダーは別空間からも見られる。だから気づいたのだ。今、ロボットに乗っているのが二人しかいない。レーダーでは、三人だったのに。結論は簡単だった。『ロボットは一体、乗っ取られたのだ』
「とりあえずだ、書類を持ち帰り更に全滅しなかったのは感謝しよう。それにだ、今となってはロボットの一体や二体などどうでもいい」
イカたこは冷静に言い、立ち上がった。
この時メタルはイカたこの手首から血が出ていることに気づいた。血が出ているところをよく見ると、皮の下にボルトの様な、機械のパーツの様なものがあるのが確認できた。
イカたこはモニターのスイッチを切り替えると、興奮するわけでも無く氷のように冷たく黙っているわけでも無く言った。
「我々、軟体防衛軍の活動は、もうすぐ終了する――」
イカたこ達が作り出した人工空間の中、ドラえもん一行は戦った。時には血を流し、時には相手を騙し、時には倒れた。
そんな彼らの姿。まるで狂っているかのようだったかもしれない。ただの少年少女達が戦っているのを何も知らぬ人が見たら狂っていると思ったかもしれない。
だが、彼らの『運命』は戦え、と指示していた。だから彼らは戦ったのだ。まるで、踊り狂うかの様に――
石版 第四幕「踊り狂うかの様に」 一時閉幕
[No.289]
2008/04/06(Sun) 19:17:43
石版 幕間「つまらない講釈」
(No.289への返信 / 25階層) - 文矢
さあさあ、皆さん。これにて第四幕は一時閉幕でございます。前と同じように肩の力を抜いてリラックスして下さい。大丈夫です。お客様が全員来るまで、第五幕はまだ始まりません。安心して売店やお手洗いへどうぞ。
それではつまらない講釈を始めたいと思います。おっと、そこのお客様。落ちついて下さいませ。続きは今に今に語られるでしょうから。それまで、このつまらない講釈を聞いていて下さいませ。
第四幕。戦いに次ぐ戦い。圧倒的に不利な状態のドラえもん一行の必死の戦い、この戦いで成長できた者もいるでしょう。この戦いで敗北した人もいるでしょう。この戦いで何かを知った人もいるでしょう。我らがドラえもん一行は生き残ることができました。
のび太は静香、未来のお嫁さんを守る為に覚悟を決めて奮闘しました。今までず〜っと臆病者だったスネ夫も、戦いを始めます。どらEMONは何度も相手、メタルを騙して戦い続けました。ドラえもんもナグドラと戦いました。そして、ジャイアンも戦ったことでしょう。
そして、軟体防衛軍。イカたこはこう言いました。「我々、軟体防衛軍の活動は、もうすぐ終了する――」この言葉の意味は一体何なのでしょうか? そして忍者の末裔であるメタル、ゼクロス・アークウィンドと同じような技術を持つナグドラ。そしてミサイル研究所とすずらん。敵も味方も、役者が揃って来ました。
軟体防衛軍の目的は、石版に書かれている事を利用して、世界を支配する事です。その支配とは、テレビアニメの様な支配では無く、世界を平和に導くといいます。
石版を巡る、二つのグループの戦い。それは光と闇に例えられるでしょう! ですが、どちらも自分たちが光だと信じています。闇は相手だと、信じています。皆様方なら、どちらを光に例えますか?
さあさあ、次から始まるのは物語で最も見所がある話。次の幕から始まるこの話。トリモノでございます。紅白歌合戦でいうスター歌手。サッカーワールドカップで言う決勝戦。この物語が今! 終末に向けて走り出します。
軟体防衛軍とドラえもん一行は何処で出会うのでしょうか? ドラえもん一行は打ち勝つ事ができるのでしょうか? 軟体防衛軍を止める事ができるのでしょうか?
次の第五幕はクライマックスへの発端の幕になるかと思います。皆様が気になっている謎も、今に今に語られる事でしょう。
おっとそろそろ時間です。それではトリモノの始まりです。
誰が死に、誰が生き残るのか。役者達の命をかけた戦いの始まりです。
それでは、第五幕の開始時刻となりました。皆様、お静かに。一秒たりとも、お見逃しのないように――
第五幕「古代からの因縁」
[No.290]
2008/04/07(Mon) 06:17:52
石版 第五幕「古代からの因縁」 其の一
(No.290への返信 / 26階層) - 文矢
血。血。血。辺りには鉄の臭いが漂い、腐りかけた肉の臭いと混ざって異常な臭いをかもしだしている。そして、その『肉塊』から出された『生物』だった頃の排出物の臭いがさらに部屋をにおわせていた。部屋の中に何も知らぬ人が入って来たのなら、揺れる満員バスの中よりも、グルグルと回転する部屋で壁を眺めるよりも、もっと凄い吐き気を覚えたであろう。
『肉塊』は四つ、転がっていた。どれもが、『生物』であり、権力を持っていた『人間』であった。だが、もう喋ることは無い。その『肉塊』の周りにはウジャウジャとウジ虫がわいており、段々と死体は分解されていく。その『肉塊』は元々、かなりのテクノロジーを持った世界の『人間』だった。そんな世界の『人間』だから、自分がウジ虫にたかられる事になるなんて『人間』の頃は思いもしなかったであろう。
『肉塊』のそれぞれは、『ひどい』殺され方をしていた。猛獣の爪に引っ掻かれたような跡が残り、その跡からは白い骨が見えていた。死体の変色具合から、その猛獣の爪の様な物に引っ掻かれた時に死んだのでは無く、その後に心臓を何かでやられて死んだという事が分かる。つまり、殺した『物』は『人間』を苦しませるだけ苦しませた後、『肉塊』にしたのだ。
そんな凄惨な『肉塊』の近くに、『人間』が一人座っていた。彼の手には血が付いていた。血は手に付いていたが、不思議な事もあった。彼の手の指のつけ根から少し下あたりから指先までに血が付いていないのだ。まるで、そこに何かが付いているかのように。そして、彼の足下には銃が転がっている。
『人間』は男であった。二十歳過ぎぐらいの、男。転がっている『肉塊』と同じぐらいの年齢であろう。髪は黒く、目も黒い。彼は、東洋人であった。
彼の顔を見ると何か『違和感』が感じられる。彼の顔であった。彼の顔は、『何の表情もしてない』のである。人は、時々無表情になる。何もやる事が無かったりする時である。彼は、そうであった。こんな状況なのに。その顔は、下手糞な劇に使われる仮面に思えた。一つの表情だけしか作ってない仮面を被っているかのように。
彼はゆっくりと周りを見渡した。そして、鏡――
アルタは、そこで目を覚ました。夢。周りに『肉塊』が広がる、夢。アルタはよく、この夢を見た。
「夢、か」
アルタは周りを見渡す。ここは軟体防衛軍の基地である。今、基地があるのはヨーロッパであった。アルタ達のリーダーであるイカたこが移動させたのだ。レリーフを、解読させて。
アルタ。二十歳を過ぎた青年である。さっきの夢。無表情な男は、アルタであった。周りが『肉塊』で囲まれた中にいた男。アルタは、そんな夢をよく見る。
「イカたこを殺す、か」
夢の中でアルタが『殺した』者。それは、イカたこ達であった。アルタは、自分達のリーダーを殺す夢を見ていた。イカたこ、ミサイル研究所、すずらん、メタル。あの四人は、軟体防衛軍の幹部メンバーだ。
今日、石版の所へ行く―― この言葉は、昨日イカたこが言っていた言葉だった。軟体防衛軍の目的は、石版に書かれている事を使い、武力で世界を平和にする。アルタはそれを理解していた。
だが、アルタはそれに完全に同意していなかった。アルタの心は、その目的を正しいとしなかった。
イラつき。アルタは、イラついていた。殺したい。イカたこを、偉そうにしているイカたこを、殺したい。夢はアルタのそんな気持ちを表したものだった。
「さて、どうするか」
アルタはそう呟くと部屋から出た――
少し、時間が戻る。メタル達が戻ってくる前。
レリーフに示された地点から少し離れた場所。そこに、イカたこ達はいた。イカたこ、ミサイル研究所、すずらん。基地の外にいたのはその三人だけであった。
「イカたこさ〜ん、何でここに降りたんですかぁ〜?」
すずらんが馬鹿みたいな口調で聞く。ミサイル研究所は半ば呆れた目ですずらんを見る。イカたこは冷静に言う。
「すずらん、見ろ。どう見ても、ここに『人工的な何か』があった跡があるだろ?」
地面は平らで、草は生えていたものの、大きな木は生えていなかった。そして、地面の所々に石が埋まっていた。石といっても、レンガのように焼かれており、角がピッタリ九十度になっている。そして、錆びた部品のような物も転がっている。
「それにだ、此処の辺りは何故か『タイムテレビ』が使えないん
イカたこが言いかけた時だった。イカたこが地面に膝をついた。
そして、イカたこの右手が地面にぶつかる。イカたこの右手が、地面に吸い寄せられたかのようだった。まるで、磁石のS極とN極が引かれ合うかのように。そしてだ、奇妙だった。本当に、奇妙だった。イカたこの右手首の皮にボルトの様な形が浮き出ているのだった。手の皮の下に、ボルトか何かが入っているのだ。
「イカたこさん! どうしたんですかぁ〜?」
すずらん。
「何か、音がするぞ!」
ミサイル研究所。そう、彼の言葉通り、イカたこの手が地面に当った瞬間に、音がし始めたのだ。地響きとも、何ともいえぬような、音。その音を例えるなら、「ドドドドドド」という単純な擬音でしか表せない。そんな単純な音。だが、奇妙さを演出するには十分だった。
地面は揺れ始めた。地面が揺れるというと、誰もが地震と感じるであろう。だが、違うのだ。似ていても、違う。本と日記の様に、見た目は同じでも中身を読んだら違う。そんな、調べなければ分からないような違い。だが、その場にいたのなら誰もが違うと分かったであろう。
「イカたこォォォォ!」
ミサイル研究所は我を失って叫んだ。そこには、見た事の無い光景が広がっていたからであった。いや、聞いた事さえも無かった。ファンタジーの本でさえも、そんな光景は無かった。
起こったのは地面の変化だった。ボコボコと、まるで水が沸騰するかの様に泡立ち始めたのだ。液状化現象というのをミサイル研究所は聞いた事があったが、この現象とは意味が違うだろうと感じた。
次だ。次こそが、この「現象」の最も奇妙な事なのだ。
「あああああああああ!」
いつもは冷静なイカたこは叫んだ。体から、何もかもを出したかのような声。
今、起きたことを一言で説明するとこうである。「地面が、村になった」いや、そうとしか表せない。それ以外の説明は無理であった。
液体のようになった地面が急に盛り上がり、それが建物になったのだ。さらに、その建物が幾つも連なって行ったのだ。一瞬にして、多くの建物が建ち、さっきまで跡が残っていただけの場所が村になったのだ。
「何という、事だ……」
彼らはそう呟く事しか出来なかった――
[No.301]
2008/04/12(Sat) 06:31:58
石版 第五幕「古代からの因縁」 其の二
(No.301への返信 / 27階層) - 文矢
「イカたこさ〜ん、これは一体何なんですか?」
すずらん。だが、その言葉はイカたこには届かなかった。イカたこは、『頭の中の音』に集中していたからだ。例えるなら、ヘッドフォンをしている奴に話しかけている。そんな状態だった。
村。そんな感じだった。だが、村といっても我々が想像する紀元前の村の姿とは全く違う。二十一世紀の村のように思えた。そして、これまで石版を巡る物語を見て来たあなた方には分かるだろう。ここは、『アドバン村』名無しのテクノロジーによって支えられている村。じおすが、やってきた村。そんな紀元前の村が地面によって再現されているのだ。生物はいない、建物だけだが。
オウトウセヨ―― その時、イカたこはそんな声を聞いていた。聞いたといっても、耳から入る空気の振動による音ではない。右手首の皮の下の部品から響いているのだ。
イマカラ、ホシ ニ ハイル―― その声の他に、イカたこは何かが焦げる音とゴオオという何かの音も聞いていた。この声にイカたこは違和感があった。まるで、自動翻訳装置にかけたような音。元々、この声は違う言語だったんじゃないかとイカたこは思った。
イマハ ミカイダガ ミライノ ホシノジュウミンハ アース、チキュウト ヨンデイルラシイ―― そして、イカたこの聞いている音がさらに騒がしくなる。声が大きくなったわけではない。何かが揺れる音と、風のような音だった。
タブン ワタシハ コノホシガ ニカイジテン シタクライデシンデシマウ オウトウシテクレ キヅイタラ、スグニキテクレ―― そして、何かの爆発音が響き、そこでその音は終わった。イカたこは今、聞いた事を理解できなかった。何の音なのか。誰が発した音なのか。何も分からなかった。
「イカたこさん、どうしたんだ?」
ミサイル研究所の声がイカたこに聞こえた。だが、それに答えることはできなかった。また、声が響き始めたのだ。
『名無しさん、信じてもらえないかもしれませんが、僕は、未来人です』『未来? 未来だと言ったのか。成る程、それはとても興味深い。ただね、証拠を見せてほしい。例えばだ、未来の様子だ。もしかしたら、さらに凄い科学者がいて、そいつの存在を隠蔽したいんじゃないかとも考えられるからな』『ハウルス。お前と名無しは最近、何処かにある何かを研究しているそうだな。それは何か言え』『大変……だ。ジャールが俺の家の……あの……地図を……奪った……』『未来の道具で、彼を治療できます』『あ……あ』『気持ち良いッ! 実にだ』いくつもの声が響いた。今度の声はやけにはっきりとイカたこの頭の中に響いた。
そして、イカたこにそんな声が響いている間、村の様子はさらに変わった。ミサイル研究所とすずらんはただ、驚くばかりであった。さっきまでまともだった村の建物が急に崩れ始めたのだから。地面はどんどん変化する。
「うおあああああああ!」
イカたこは叫んだ。頭がはちきれそうだったからだ。周りでは一つの村の繁栄と滅亡が地面に再現されていた。
イカたこの頭に響く声は止まった。だが、数分はイカたこは喋れなかった。息がきれていて、体中から汗が吹き出ていた。
数分が経過し、イカたこは口を開いた。
「紀元前、ミサイル研究所、すずらん、そこにはレリーフがある筈だ。行ってくれ」
まだイカたこはハァハァ言っていた。ミサイル研究所とすずらんは様子から質問せず、過去へと向かった。そう、じおすと名無しが命を落としたあの時の村へと――
今、話したのは前述通り、メタルが帰ってくる前の話である。そして、次はメタルが帰って来た後。アルタの話となる。
アルタは時間を確認した。まだ、何時間かあった。石版のところへ向かうまで。アルタは、自分が臆病者だと思う。反感があっても、それを行動にうつさない。例えば、夢であったイカたこを殺したりなどができない。だから、臆病者だと思うのだ。
やはり、イカたこに従うしかないか…… そうアルタが思った瞬間だった。
「おいおい、このまま終わるのかよ」
『アルタの口』から、アルタが考えた事と違う言葉がもれた。アルタは口を押さえた。そして、辺りを見回す。誰もいない。秘密道具が付いているわけでもなかった。
辺りを見回している時、アルタはある事に気づいた。アルタがいるのは基地の部屋だ。その机の上に、鉄でできた長い爪の様なものが置いてあるのだ。丁度、手に付けれるようになっている。手首に輪になっている部分を通して固定して、鉄か何かでできている爪を使う『武器』のようであった。
夢。肉塊。引っ掻かれたような、跡。引っ掻かれたかのような、跡。『引っ掻かれたかのような』、跡。
「うわああ!」
アルタは叫び、座っていた椅子から飛び上がった。そうだ、この『爪』は、夢ででてきた肉塊を『作り出した』物として相応しいじゃないか。つまり、これは。これは。
「何を今さら驚いているんだよ。え? 『俺』」
また、アルタの口から考えてもいない言葉が――
[No.302]
2008/04/13(Sun) 07:39:30
石版 第五幕「古代からの因縁」 其の三
(No.302への返信 / 28階層) - 文矢
何なんだ、自分は―― アルタは口を押さえながら、考えた。さっきから考えもしない事が口から出てくる。いや、口から出るだけじゃない。自分が用意したわけでもない
『爪』も机の上に置いてあるし、わけが分からない『夢』も見る。アルタは思う。自分は、狂ってしまったんじゃないかと。そして、アルタはある可能性を思いついた。
『24人のビリー・ミリガン』という本がある。これは、実際にいたある男の半生を綴ったものである。ビリー・ミリガンという男は、連続強姦、強盗で逮捕された男だ。事件そのものは平凡だ。だが、普通の事件とは『違うのだ』それは、彼に接見した弁護士によって判明した。『ビリー・ミリガン』と弁護士が話そうとしている時であった。彼の口から、「僕はビリーじゃない。ビリーは今、眠っている」という言葉が出たのだ。それをきっかけとし、ある事が判明した。『彼は合計で二十四の人格を持っているのだ』その人格達は、とても一人の人間がやっているとは思えないイギリス訛りの英語を喋ったし、タバコを吸う人格などもいた。弁護士達はそれを演技では無いと判断した。ビリー・ミリガンという男は二十四の人格を持っているのだ。
アルタはそんな二十世紀に発行された本の話など知らなかったが、今話したビリー・ミリガンと一緒では無いかと考えたのだ。『自分には、自分では無いもう一人の人格がいるのではないか』そんな考えであった。
「その通りだよ」
口を押さえていても、声は出た。アルタの口から。アルタが考えていない言葉だった。
「何なんだ、『お前』は」
アルタの声。アルタが、『考えて』言った言葉だ。
「『お前』って言い方は酷いんじゃあないか? 同じ『俺』なんだからよ」
「うるさい。『お前』は――」
アルタ自身の声が途中で廊下から聞こえて来た足音でかき消された。足音は、アルタの部屋の前で止まるわけでもなく、そのまま通り過ぎて行った。
「え? よく聞こえなかったな『俺』もう一度言えよ」
アルタは唾を飲み込んだ。手を見ると、握っていたせいか汗をかいていた。いや、握っていたせいでは無かった。顔も、汗をかいていた。
「『お前』は、俺の『もう一つの人格』なのか?」
それを言った後だった。アルタはガラスを見た。そこには、思いもよらない顔があった。『どす黒い』笑顔の自分。絵とかで見るような爽やかな良い笑顔じゃない。それとは全く違う、よく理解できないような、笑顔。アルタは、それを『自分の顔じゃない』と感じた。だが、そんな思いは関係なく、口は動く。
「『その通り』」
「報告、ありがとう」
イカたこ達。イカたこの手にはレリーフが握られていた。だが、それはイカたこがドラえもん達との戦いで奪い取ったものでは無い。イカたこの目の前にいるミサイル研究所が持ち帰ったものである。
イカたこの前には、ミサイル研究所とすずらん、メタルがいた。
「だが、このレリーフの意味は結局分からなかったようだ。この文字は、じおすが書いたものとして間違いなさそうだが、何で書いたのかも分からない」
レリーフ。紀元前に、じおすが溶接したレリーフ。その跡は全く残っていなかった。何も知らない彼らからしては、そんな事は想像もできないであろう。じおすの使った道具も、落ちてくる破片達によってグチャグチャになってしまったのだから。
「とりあえず、石版があるという所にいきましょうよ、イカたこさん」
ミサイル研究所。
「待て。計画は重要だ。下の者を慌てさせちゃあ駄目だ。後、二時間待つんだ」
イカたこはそう言いながら、レリーフを眺めていた。見ていると、イカたこはある事に気づいた。指紋だった。誰かの指紋がレリーフの『Do not pass this to that man. (これをあの男に渡すな)』のnの右下にあったのだ。それは、紀元前からミサイル研究所が持って来た方だった。前から持っていた方には、時間が経ったせいか付いていなかった。
「指紋……ですか?」
メタルもそれに気づき、イカたこに質問する。
「ああ、指紋だ。多分、じおすのやつだろう」
「へ〜え、そんな風にはっきり付くんですかあ〜? 他に見たことが無いですよ」
イカたこが言った言葉の後にすずらんが言う。
一般人が、実生活において指を実際に見る以外で指紋というのを見ることなど、ほとんど無いであろう。セロハンテープなどに指をくっつけるぐらいであろうか。レリーフの指紋は、はっきりとしていた。
イカたこはレリーフをじっくりと眺めた後、壁を押してそこから出て来た引き出しに閉まった。そして、部屋を見回して言う。
「後二時間、決して緊張を切らさないでほしい。全ての戦いにおいて、敗北したものは緊張を切らしたものだからだ。それじゃあ、三人とも部屋に戻ってくれ」
イカたこの部屋からはまず、すずらんが出た。イカたこの部屋へ入る扉は、普通に見たら分からないようになっている。入ろうと思えば簡単に入れるが、何処から入るかが分からないようになっているのだ。長い廊下の壁の一部になっているから、気づく人はほとんどいないであろう。イカたこの部屋の周りには、監視カメラなどがある部屋が一つ入っているぐらいであった。
廊下は、白かった。その白さがまた、静かさを引き立てている。音など何もしない。ちょっと物を落としてしまったぐらいで音が響く。それぐらい静かだった。
すずらんの足音が響く。すずらんの部屋までは、大分距離があるのだ。
すずらんの後ろには、ミサイル研究所がいた。すずらんが監視カメラのモニター室の前を通ろうとした瞬間だった。ミサイル研究所はある事に気づいた。モニター室のドアが破壊されているのだ。丁度、人が一人通れるぐらいの穴を空けられて。その穴の向こうは冥界の穴だというかのように、暗かった。だが、その穴の向こうからわずかな音をミサイル研究所は聞いた。
「すずらん!」
ミサイル研究所の声は静かな廊下を震わせた。すずらんは振り返り、ミサイル研究所の方を向く。すずらんは、そこで振り向いてはいけなかった。ギリシャ神話でハデスはオルフェウスに「振り向いてはいけない」と言った。今の状況はそれだった。すずらんは、振り向いてはいけなかったのだ。
音もたてずに『そいつ』はすずらんの背中をえぐった。真っ白な壁はたちまち血に染まり、すずらんは悲鳴もたてずにその場に倒れた。『そいつ』は真っ白な壁と対比させているかのように、『どす黒い』笑い方をした。
「お前は、我々の仲間の……」
『そいつ』。アルタはハンカチで『爪』から血を拭き取ると、ミサイル研究所の方へ歩き出した――
[No.303]
2008/04/19(Sat) 17:52:26
石版 第五幕「古代からの因縁」 其の四
(No.303への返信 / 29階層) - 文矢
「名前は、覚えてないな」
ミサイル研究所は驚いていた。すずらんがやられた事じゃない。自分の気持ちについてだった。ミサイル研究所は、すずらんが倒れたことに何も感じていなかった。「何をしやがるこの野郎」とも感じていないし、「強いのか」とも感じていなかった。それに、驚いていたのである。すずらんの傷は心臓に達していないし、急所じゃないから、とかいう事でも無い。ミサイル研究所は思う。『すずらんが死んでいても、俺は何も感じないな』と。
「すずらんさん!」
メタルはドアを開いた瞬間に叫び、すぐにムラマサを抜き、左手で凍牙を投げた。だが、アルタは『爪』でそれを簡単にたたき落とす。そして、獣の様なスピードでミサイル研究所に襲いかかった。
アルタは、さっきからずっと『どす黒い』笑い方をしていた。最も『どす黒かった』のはすずらんを『爪』で攻撃した時だった。例えるなら、ハンマー投げで新記録をとった選手の会心の笑い。例えるなら、ムカつく奴に罰が下り、思いっきりガッツポーズをした時の笑い方。そんな笑いを『どす黒く』したものだ。
ミサイル研究所は片方の『爪』を右に流した。だが、もう片方の『爪』は軽くだが右の太ももの肉をえぐった。血は辺りに飛び散る。ミサイル研究所はアルタの目に入ってくれればなと思ったが、アルタの目は塞がれなかった。
ミサイル研究所は後ろに飛んだ。不思議な事に『何故か』右太ももの出血はほとんど止まっていた。アルタはミサイル研究所を追いかけようとしたが、すぐに後ろを振り向き、『爪』でメタルのムラマサを止めた。
日本刀の重さというのは、相当なものである。秘密道具の一種の為、メタルの様な女性でも軽々と扱えるようになっているが、上から振り落とせば下のものにかなりの負担がかかる。だが、アルタの『爪』はびくともしなかった。相当の筋力がある、と二人は判断した。
部屋の中でイカたこは動こうとしたが、ミサイル研究所が「やめろ」というジェスチャーを送った為、椅子に座ったままであった。
「なあ、PKって知っているか?」
ミサイル研究所はアルタに対して言う。
「サッカーか?」
メタルはすでに一歩退いていて、アルタはミサイル研究所の方へ走りながら質問へ答えを返した。
「超能力の一種さ。物体へ、干渉ができる」
ミサイル研究所がそう言った瞬間だった。アルタの『爪』が両手とも、『潰れた』よく、マジックで瓶に新聞をかぶせて、グチャリと潰すというのがある。その新聞紙が潰れるのと同じ感じ。形をとどめない程、グチャグチャに潰れてしまった。当然、手からは血が出る。アルタの悲鳴が響いた。
アルタの足は止まった。メタルは、すずらんの看護をしていた。すでに、『終わった』と分かったからだ。
「何を、した?」
アルタは呟いた。『どす黒い』笑いが、崩れていた。その顔は、さっきまで獣のような奴だったとは思えなかった。ただの、人間に見えた。
「『何を、した』と思うゥゥ?」
ミサイル研究所はニタリと笑った。彼も、勝利を確信していたからだ。
アルタは脳内で考える。物体に、干渉する能力。秘密道具などでは無い、本当の、超能力では無いのか。そう思ったのだ。
「お前が誰なのかは後で分かるし、何が目的でもどうでもいいよなァァ。後一時間ちょっとで、力を手にするのだからな」
ミサイル研究所が手で合図のようなものをすると、次はアルタの膝が『潰れた』アルタはその場に惨めに崩れ落ちた。そして、一歩。ミサイル研究所はアルタに近づいた。
「もっと、もっと酷いことをやりたいが、そこのメタルとかは見たくないだろうからなァァ。今、殺してやるよ」
その時、メタルは見た。ミサイル研究所の顔を。その顔は『どす黒かった』アルタの顔と同じ、楽しんでいる、顔。そして、『今、殺してやるよ』という冷たい言葉。確実に殺せるという自信があるからこその、その言葉。
一歩、また一歩。アルタに近づいていく。
「アハ」
その時、アルタの口からそんな言葉が漏れた。
「アハハハハハハハハハハハァァァ!」
アルタは、どす黒く、だが、大きく深く笑った。思いっきり。
ミサイル研究所は、それを見てもう一回、『黒く』笑った。彼は、何度もこんな状況を作り出してきた。そして、必ずと言っていい程ミサイル研究所と戦った奴は『狂うのだ』恐怖のあまり、おかしくなってしまうのだ。
「ラストは、心臓だ」
グシャリと、潰れた。アルタの心臓の部分が陥没していた。そして、アルタは倒れた……
その時だった。『奇妙』な出来事が起こった。段々と、アルタの姿が薄くなり始めたのだ。そして、最後には消えてしまった。その場から、何の痕跡も残さず。
「『分身ハンマー』……」
ミサイル研究所はそう呟くと舌打ちをした。
[No.304]
2008/04/26(Sat) 04:30:07
石版 第五幕「古代からの因縁」 其の五
(No.304への返信 / 30階層) - 文矢
アルタは、走っていた。今、アルタがいるのはイカたこが作った空間。ドラえもん達が戦った空間であった。軟体防衛軍の基地から、やって来たのであった。そして今、彼はドラえもん達を探していた。
アルタがいるのは人工空間の中での建物の中。『タイムパトロール』という偽の看板が外に出ている建物だった。アルタはさっきからこの建物から人の気配を感じていた。重要な書類とかはメタル達が持ち帰っていたが、まだいくつか物が残っている。アルタはドラえもん達はそれをいじっているのではと予想した。
いいか、この『分身ハンマー』を使うのさ―― アルタは、『もう一人の自分』の言葉を思い出していた。
「いいか? 『俺』」
アルタの口が動く。鏡には、『どす黒い』笑顔のアルタが映っていた。アルタがいくらその顔をやめようとしても、顔は変わらなかった。まるで、仮面でも被っていてその仮面の顔を変えようとしている愚か者の様に。
「いいか、この『分身ハンマー』を使うのさ」
アルタはいつの間にか『分身ハンマー』を手にしていた。『分身ハンマー』は名前通り、誰かをそれで殴ると分身できる道具だ。これであまりやりたくない仕事をやらされる分身の方は色が薄くなる。
「『俺』と『俺』は、二重人格だ。これを使えば、上手い具合に分かれるだろう。『俺』と、『俺』でな。両方がやりたい事だろうから、薄くなる事も無い」
『どす黒い』顔のアルタは、楽しそうに語った。ゴールデンウィークの計画を立てている小学生の様に。
「それで、何をやるんだ?」
その言葉を言ったのは『どす黒くない』アルタだった。
「イカたこ達を殺す」
鏡の中の自分は、あまりにも『黒かった』自分の体が落ちていくかの様に感じられた。真っ黒な世界へと、落ちていく。底なんて無い。ただ、自分の体が蝕まれていく事を感じるだけ。ヒューと音をたてながら落ちていく。アルタは、そんな風な事を思った。
『どす黒い』顔のアルタが立てた計画は次のものだった。『どす黒い』アルタは、イカたこ達の部屋の横のモニター室に隠れ、イカたこ達が出て来たところを殺る。だが、もしかしたら『どす黒い』アルタは死んでしまうかもしれない。その時の為に、『どす黒くない』アルタは別空間からドラえもん達を呼んでくる。その為に空間転送装置をいじったりするのはモニター室のアルタがやる。計画はそんなものだった。
分身をした時、『爪』を持っていた為、『爪』も二つに増えていた。そして、『どす黒い』アルタが言った通り、体は薄くなっていなかった。
「それじゃあ、ちゃんとやれよ『俺』」
『どす黒い』アルタは、やはりその笑いをしながら部屋を出て行った。
「ん」
空間を走っているアルタに、不思議な感じが襲った。アルタは、それを『どす黒い』自分がやられたからだ、と理解した。
特別な感情は何もわいてこなかった。それ自体がくだらない事にもアルタは思った。どうせ、自分も死んでしまうんだ。アルタはそう思いながらドラえもん達を探していた。
「ふざけるんじゃあねえ!」
その時、アルタの耳にそんな声が入った。男、しかも子供の声だった。近くで聞いたらさぞ大きい声だったのであろうが、アルタの位置からではあまり大きくは感じなかった。
建物の廊下を声が聞こえた方向へとアルタは走り出した。足音は廊下に響く。廊下の壁の色は白く、ドアの色まで白かった。それぞれのドアには番号が付いていたが、アルタは確認しない。
そして、声が聞こえた場所に着いた時、アルタはドラえもん達を確認した。一つの部屋から、隣の部屋へと移動していた。さっき叫んでいたのはジャイアンで、隣の部屋にいたドラえもん達がどうしたんだ、と見ようとしていたのだ。
アルタは部屋の中をこそこそしながら覗いた。部屋の中の様子を見て、アルタはさっきの声の時、部屋にはジャイアンしかいなかったんだろうな、と予想した。彼らの顔は完全に覚えていた。
「誰だ!」
アルタが覗いている時、その声が聞こえた。部屋の中にいた者達は全員、あルタの方を向いた。叫んだのはどらEMONで、どらEMONは水裂を抜く。
「敵じゃない、説明する時間をくれ!」
アルタは一歩後ろに下がって言うと、どらEMON達の行動は止まった。
ここら辺は危険なんだって、昔の戦いの地雷があるかもしれないんだよ―― イカたこは子供の頃を思い出していた。血が出ている手首を見ながら。
イカたこは日本人だが、子供の頃はイタリアに住んでいた。そして、その時の会話を思い出していた。イカたこが、好意を抱いていた幼なじみとの思いでであった。
幼なじみの台詞を聞いて、元の場所に戻ろうとした瞬間、それは襲った。爆発。幼なじみが地雷を踏んだからであった。悲鳴をあげる時間もなく、イカたこの目の前で幼なじみは散っていった。その日から、イカたこは戦争を起こさないようにしようと感じた。そして、最初は純粋だったその思いも、武力を使って戦いを無くす、という考えに変わっていったのだ。
その時に、イカたこは手首に痛みを感じたことを思い出した。そして、その位置は丁度、土からあの村を出した時に引き寄せられた位置であった。
「あの爆発で、入ったのか……?」
アルタの騒動が収まった時、イカたこはそう言いながら外を見ていた。それは、彼がもうすぐその手で変える事ができると信じている外の景色だった。
「成る程」
アルタの話を一通り聞いて、どらEMONはそう言った。アルタは思う。駄目なんだろうな、と。何かを頼んだりする時、アルタは常にそう思っていた。マイナス思考というか、何というか彼にも分からなかった。
「EMONさん、どうするんですか?」
ひそひそ声で静香がどらEMONに聞いた。その時にはジャイアンの叫び声など、彼らの中では忘れ去られてしまっていた。そして、静香の質問からしばらく経った時、どらEMONは言った。
「その空間転送装置というのに連れて行って下さい。ここで迷っていても仕方がありません。アルタさん、あなたを……信じます!」
ドラEMONがアルタと一緒に歩き出すと、他の五人も少し走って二人を追いかけ始めた。
彼らは今から、イカたこ達のところへ向かうのだ。未来を、守る為に――
過去から続く因縁は今、一つのところでまとまろうとしている。それぞれがそれぞれの意思を継ぎ、それぞれがそれぞれの目的を持つ。
じおすの事。名無しの事。石版の事。イカたこの幼なじみ。その他にも様々な事がある。それらは因縁に例えられる。
関係無いと思っていても、生きている限り、その人につながっていくもの。
そう、それは過去からの因縁なのである。紀元前、古代からの因縁なのである……
石版 第五幕「古代からの因縁」 一時閉幕
[No.305]
2008/05/03(Sat) 15:27:39
石版 幕間「つまらない講釈」
(No.305への返信 / 31階層) - 文矢
さあさあ、皆さん。石版第五幕は一時閉幕となります。前までと同じように、この幕間の間はお手洗いに行ってもらってもいいです。食事をしてもいいです。しかしです。今回の幕間はあまりそういう事をしてはほしくありません。
第五幕が発端となれば、次なる第六幕はクライマックス! トリモノの本番です。
ですからお手洗いなどに行かないで、ここで考えながら第六幕を見てもらいたい、我々はそう思っているのです。
ああ、こんな講釈などをしないで、私は早く幕を開きたい気分です。この幕を開き、ドラえもん達による二度と行われない一世一代の物語を皆様方にご覧になってほしい。そんなはやる気持ちを押さえ、私は講釈をさせていただいているのです。
未来と現在を巻き込んだアクションショー! この物語を開幕させるにあたって、私はそう挨拶をしたと思います。アクションショー、には思えなかったお客様もいるかもしれませんが、どうでしたか? 未来と現在、そして過去を巻き込んだ物語になっていたことと思います。
全ては石版を名無しという紀元前の科学者が発見した事から始まったのです。
星新一という作家が言った言葉を少し変えさせて紹介したいと思います。「戦いを始めさせるのは子供でもできる。だが、その戦いを終わらせるには――」
そう、始まらせるのは簡単なのです。しかし、終わらせるのは難しい。
この物語は、どう終わるのでしょうか? イカたこ。ミサイル研究所。すずらん。メタル。ナグドラ。軟体防衛軍。ドラえもん。のび太。静香。スネ夫。ジャイアン。どらEMON。アルタ。役者は全て揃いました!
それではこんな講釈、早めに切り上げて始めたいと思います。そうです。皆様が見たいと思っている石版に関わる最後の戦いです!
何が起こるのか。誰が何をするのか。全ての伏線はこの幕で回収される事でしょう。
それでは開幕させていただきます。二度目は無い、最後の戦いです。一秒たりとも、お見逃しの無いように――
石版 第六幕「彼らは満足したのだろうか」
[No.306]
2008/05/03(Sat) 15:40:10
石版 第六幕「彼は満足したのだろうか」 其の零 ある記事と科学者
(No.306への返信 / 32階層) - 文矢
「僕は、空の声が聞こえるんだ」
我々が取材したイタリアの科学者、ローク・バイソン(35)はそう答えた。バイソン氏は、三年ほど前から自分の発見、発明を発表し始め、その高度なテクノロジーは我々が使う日用品にも使われている。上の言葉は、我々が「様々な発見などがありますが、それについてあなたはどう思っていますか?」という質問の答えである。
これは彼のジョークでも何でもない。彼は本気で言っているのだ。
確かに、バイソン氏の発明は地球のものじゃないような感じもする。発見や発明の高度なテクノロジーは、地球の普通の人なら思いつかないようなことばかりだ。しかも、彼は隕石から取り出した化学物質まで使われている。
切欠は、二十代の頃に行ったあるイタリアのある地域だという。地域といっても、ほとんど人が立ち寄らないところだ。森の中で、彼は不思議な機械のようなものを見つけたという。それを耳につけてみた時から、『空の声』が聞こえ始めたと、彼は笑いながら言う。
彼は、耳から外してその道具まで見せてくれた。小型な機械で、ぱっと見ただけでは気付かないようなものだった。そして、それを耳に付けてみると筆者にも言葉のようなものが聞こえた。
それは不思議だった。最初は訳の分からない言葉が聞こえてくる。その後に、『日本語が聞こえてきたのだ』まるで、英語の言葉を聞いた後に、翻訳された言葉を聞くかのように。会話の内容はここに書くようなものではなかったが、筆者の体は震えた。
バイソン氏は、これからも『空の声』を聞いて我々に役立つものを発明していくであろう。それは、地球からの産物ではない。空。宇宙からのテクノロジーも使われているのだ。
以上が、日本のある雑誌に載ったある記事である。二十一世紀の話だ。
事実だけを伝えよう。時間軸的にはドラえもん達が事件に巻き込まれる少し前だ。この記事に書かれたマーク・バイソン氏が、『自殺した』
遺書も残されていて、イタリアの警察は自殺と断定した。その遺書の内容を日本語にしたものを記そう。
『空の声。地球から離れろ。とんでもない物が、地球人によって解放される。ああ、空の声よ、助けてくれ』
上の支離滅裂な内容が、汚い字で書かれていた。捜査員はそれに一抹の不安を覚えたが、すぐに他の事件に熱中していった。
それでは、話を戻そう。ドラえもん達と、イカたこの戦いに……
[No.307]
2008/05/17(Sat) 21:04:12
石版 第六幕「彼は満足したのだろうか」 其の壱
(No.307への返信 / 33階層) - 文矢
少年は、光に包まれた。
光には常にあるイメージがある。それは、『希望』だ。『希望』が語られる時は常に光と共に語られる。闇と共に語られる『希望』など、存在しない。だが、少年を包んだ光は『希望』ではなかった。もっと、どす黒い、何か。それが偶然光を発しただけだった。
一人の男。名前は、イカたこ。彼が持っている機械。手で握れば周りからは逆立ちしたって見えないような大きさの機械。そして、その機械は光に包まれた少年に当っていた。
少年は当てられるその瞬間までジャンプをしていたのだろうか。イカたこに飛びかかったのだろうか。空中に浮かんだまま、光に包まれていた。そして、段々と消えていく体。
少年の体は足の先から消え去っていった。その間、少年はただ自分の体を見ているだけであった。まるで、局部麻酔をされて、その部分にメスが入っていくのをただボーッと見ている患者のように。いや、少年は今の例え通り麻酔をかけられたかの様に痛みを感じていなかった。
イカたこの顔に笑みが浮かぶ。常に冷静だったイカたことは違う、狂ったかの様な笑み。そう、『どす黒い』笑いだった。だが、その笑いは会心の笑みとは言えなかった。少なくとも、「やったぜ!」という笑みでは無かった。
そして、少年の体は消え去る。いや、例えるなら空間に溶けたというべきであろう。少年の名は、野比のび太といった――
話は、少し前に戻る。丁度、ドラえもん達がイカたこ達の所へとやってきた頃だ。ここからだ。イカたことドラえもん達の直接対決は、ここから語られるのだ。
「ようこそ」
挨拶。挨拶を特に日本人は重んじる。挨拶をされて嫌だ、という人はいないだろう。だが、今その場所に響いた「ようこそ」という挨拶は嫌な気分にさせるどころか、彼らに絶望を与えた。それは、女の声だった。
転送装置は、カプセルの形をしていて、部屋の中央にあった。声の持ち主は、部屋にある唯一のドアの前に仁王立ちをしている。ドラえもん達はまだ、カプセルの中の椅子に座っているだけだ。カプセルは透明で、部屋は真っ白だった。
どらEMONは立ち上がり、静かに水裂を抜きながら答えた。
「メタル……」
そう、そこにいたのはメタルだった。忍者の格好をした、美女、メタル。
「あなた達は、イカたこさんの所には行けやしない。私を倒して行くには、私の罪を背負っていかなければならないのだからね」
トントントン、という音。メタルはステップを踏み始めた。そのステップは魔法のステップ。見た者の動きを止める。『モナリザの前で暴れる人はいない』それは、メタルが言った例えだった。素晴らしいものの前では暴れられない。それが、メタルの技『魅惑の舞』だった。
「動けない……?」
のび太が呟いた。カプセルの椅子に座ったまま、のび太は動くことができなくなっていた。いくら動かそうとしても、動かない。体は震えるが、暴力的な行動をする事ができない、という事であろう。
「畜生! おい、動けるようにしやがれ!」
ジャイアンが叫んだ。いつもは暴れ回るジャイアンも、何もする事はできなかった。ロボットであるドラえもんも動けなかった。
二人、動ける者がいた。その内の一人は、対処法を知っている者。体を傷つけながら、戦った者。そして、いち早く立ち上がり、行動をしやすくしようとした者。
金属と金属がぶつかり合う音が場に響く。
「やはりね、あなたが来ると思っていたわ。どらEMON!」
どらEMONはニヤリと笑った。眼を閉じて行動をしていたのだ。それが『魅惑の舞』を破る方法であった。
「EMONさん!」
ドラえもんの声が響く。
水裂をメタルの刀『ムラマサ』で防いだ時、一瞬だけ『魅惑の舞』のステップが止まったがその後はまたステップが踏まれた。
ステップを踏んでいるといっても、メタルは入り口から離れなかった。眼をつぶって無理矢理突破するのは無理な状況になっている。
その時だった。どらEMONが一歩『退いた』
一瞬、全ての動きが止まった。そしてもう一回、どらEMONが退いた。その後も一分おきぐらいにどらEMONは一歩ずつ退いていった。
メタルは舌打ちをした。
そして、眼をつぶりながらどらEMONは退いていく。笑みを浮かべながら……
[No.316]
2008/05/26(Mon) 18:26:19
石版 第六幕「彼は満足したのだろうか」 其の二
(No.316への返信 / 34階層) - 文矢
どらEMONは退いていく。何故か、メタルをどかせる為である。アルタによると、『石版』への出発までは後少しだ。だからこそ、早くどかせなければならないのである。例え、完全に動けなくなる危険を犯してでも。
メタルは焦っていたが、舞うのはやめなかった。ところどころでどらEMONの動きは止まる。今の状態でメタルをくぐり抜けてそこのドアから抜け出すのはメタルをぶっ倒す以外無理であった。だからこそ、別の方法を完成させようとどらEMONは後ろに下がっているのである。「自分は危険だぞ。ほら、一気に倒してこいよ」どらEMONは目でメタルを誘っていた。ここでメタルがムラマサを使って倒そうとすると、ドアの前が空く。目をつぶれば、カプセルの中のドラえもん達も突破できるであろう。どらEMONはそれを狙っていた。
「面白い……わね。どらEMON!」
次の瞬間だった。メタルの手から、十本の影が放たれた。その影は、氷の様なクナイ、凍牙だった。小さいが、体を貫く程の威力をもったクナイ、それが凍牙だった。そして、その凍牙の影は『心臓を捉えている』
一ミリメートルのズレも無い。正確に、凍牙の切っ先はそれぞれの心臓を向いていた。心臓を、突き破ったらそいつは死ぬ。漫画のブラックジャックのような名医が隣にいたとしても、間に合わない。死という現実が襲いかかってくるだけなのだ。
少年達は、動けなかった。メタルは、魅惑の舞を続けている。凍牙が届くのはほんの一瞬、単位で例えるなら刹那。目をつぶる暇さえ、彼らには無かった。
そして、どらEMONには四つの影が迫った。メタルの、作戦だった。どらEMONはドラえもん達を助けようとするであろう。だが、さすがに四本も迫っていると自分のだけしかさばけない。それが、作戦であった。
ステップを踏みながらメタルは舞う。子供の頃から憧れてきて、何度も練習した魅惑の舞を。
「卑怯、だと思うかしら? それでも私は構わない。忍者というのは汚れた者。正々堂々勝負を挑まなくて暗殺をする、そんな人なのだから」
どらEMONは水裂をすでに抜いていた。だが、彼は感じていた。何かが終わっていくのを。自分には対抗する術が無い。何も、できない。どらEMONのさっきまでの策はメタルがこのような事をするのを考えなかった作戦だった。どらEMONはメタルには一対一で戦おうとする誇りがあると思っていたからだ。だが、それは違った。メタルは、忍者だったのだ。正真正銘の、忍者だったのだ。だからこそ、どらEMONは敗北を感じた。
世界が、閉じていく。どらEMONの頭の中が黒く染まっていく。
永戸! 最後の命令だ! ドラえもん君達を守れ! 絶対にだ!――
絶対にだ! 絶対にだ!
金属音が響いた。凍牙は全て、床に落ちていた。
部屋は、白かった。ギャーギャー騒いでいるのを黒や赤にすると、白だった。何処も灰色になっていない、白。部屋の中を色で例えるなら、そうだった。沈黙。
白い部屋に赤い液体が一滴落ちた。もう一滴。
「EMONさぁん!」
のび太は叫んだ。
どらEMONは刀を構えたまま、カプセルの前で仁王立ちしていた。凍牙が体に五本、刺さっていた。その傷口からは血が滴る。真っ白なタイムパトロールの制服が赤に染まる。
「守るんだ、守らなければ、ならないんだ」
静かに、だが強い口調でどらEMONは言った。
何が起こったのか、理論的には誰も説明できないであろう。例え、全てにおいて天才的だったというレオナルドダヴィンチでさえ、二十世紀の大天才アインシュタインでさえ、説明なんてできない。理論には、人間の気持ちは入らない。どらEMONの使命感、守らなければならないという気持ち。それが、超人的な動きをさせたとしか説明できない。たったの一瞬でどらEMONは十の影から守るべき対象を守りぬいた。
「凄い……」
メタルは舞うのをやめて呟いた。『あまりにも素晴らしいものの前では、人は暴力的な行動はとれない』魅惑の舞そのものは暴力的な行動ではない。だが、その目的はあくまで暴力的な行動といえるものだった。だから、メタルは動けなかった。どらEMONの一連の動きは、そう言える程、素晴らしかったのだ。
「さあ、メタル。戦おうか」
どらEMONは静かに刺さっていた凍牙を全て引き抜いた――
基地の外。そこには、緑の地面の上にキレイな幾何学模様がつくられていた。そう例えられる程に、軟体防衛軍の兵士達はキッチリと並んでいた。小学生の集会の何百倍も、キレイだった。それは、彼らの思想とトップの思想が同じだからであろう。それだけで、集団は驚くほど統一される。
そして、集団の前ではトップであるイカたこ、そしてその配下のミサイル研究所とすずらんが立っていた。その他に、ナグドラはロボットに乗って彼が率いるロボット隊の戦闘にいたし、実力のあるメンバーは軒並み前に揃っていた。
「もうすぐですね〜」
すずらんは笑いながらイカたこに話しかけた。イカたこはそれに軽く答える。
ミサイル研究所は笑みを浮かべていた。軟体防衛軍の中で、ミサイル研究所はただ一人だけ、違う思想を持っていた。表面にはそれを見せないが、間違いなくイカたことは全く違った。その思想の夢もかなえられる。最大の力が手に入る。ミサイル研究所の笑みはそんな笑みだった。
「そろそろ、話を始めるか」
イカたこはそう言うと秘密道具で台を作り出し、その上に乗った――
[No.317]
2008/06/03(Tue) 18:17:18
Re: 石版 第六幕「彼は満足したのだろうか」 其の二
(No.317への返信 / 35階層) - ???
おもろ〜い
[No.318]
2008/06/03(Tue) 23:03:34
石版 第六幕「彼は満足したのだろうか」 其の三
(No.317への返信 / 35階層) - 文矢
二人だ。重要なのは、そこである。メタルの『魅惑の舞』の中、二人動ける者がいたのだ。一人はどらEMON。彼は、メタルと戦い、投げられた凍牙から仲間を守った。
ここで謎かけである。もう一人は、誰であろうか?
答えよう。そいつは、アルタだ。
どらEMONの血が先についた凍牙が地面に落ち、音をたてる。メタルはムラマサを構えなおし、どらEMONも水裂の切っ先をメタルへと向ける。どらEMONの白いタイムパトロールの制服は、度重なる戦いの傷で、赤く染まっていた。
その時、メタルはある事に気づいた。状況を覆す、重要なことだった。それに気づいたのだ。
カプセルの中、空席が『3つ』あるのだ。今まで、誰かが座っていた筈のところだ。
一つは、どらEMON。じゃあ、もう二つは誰と誰だ? メタルは、考える。だが、答えを出す方法は、誰がいないかを見るしかない。
そして分かる。いないのは、アルタとのび太だ。
「どらEMON……のび太とアルタは、何処?」
「さあな、俺にも分からないさ!」
どらEMONは一歩踏み込み、振りかぶった。真上からの水裂はムラマサによって止められた。
どらEMONにとって、誰かが脱出したのならそれは好都合だ。別にそれを気にする必要は無い。一方、メタルは気にするしかない。自分の仕事は、「この部屋から一行を出さずに全員殺す」なのだ。
誰? メタルはムラマサでどらEMONと戦いながら、必死で人を確認した。金属音と、気持ち悪い鉄の臭いの中、一人一人数えていく。静香、ジャイアン、スネ夫、ドラえもん――
もしも、これが漫画だったら衝撃とかを表す効果音や、記号がついただろう。メタルは、誰がいないのか分かった。
そして、次の瞬間メタルは倒れる。メタルの足元には、どらEMONの足があった。足を払われたのだ。だが、メタルはそんな事気にしていなかった。体は倒れながらどらEMONと闘っていても、頭はフル回転している。
いないのは、アルタとのび太だ――
「凍牙ァァ!」
声が響く中、どらEMONの腕に凍牙が刺さった。さっきからの剣での戦いに慣れていたからか、それは驚く程あっさりと決まる。
ムラマサ。刀身に刻みつけられたその文字が、どらEMONにやけにハッキリと見えた。カランカランと、地面に刀が落ちる音がする。その刀は、水裂。そして、血。
凍牙が腕に刺さってから、メタルがムラマサでどらEMONを斬るまで、その流れは美しかった。殺し合いの風景なのに、それは洗練された芸術作品のようだった。
「EMONさああああん!」
あの愛らしいドラ声が部屋に響く。だが、どらEMONは答えられず、床に倒れた。
「この勝負、私の勝ちね」
息をきらしながら、メタルはそう呟いた。どらEMONは仰向けで倒れていた。斬られた部分は、腹の部分。横一文字に斬られていた。真っ二つにはならないが、それは深かった。だが、まだどらEMONは『生きている』
普段なら、とどめを刺す彼女もそれどころでは無かった。のび太とアルタが何処にいったのか。それを見つけなければならない――
メタルは、カプセルの方へと歩き出した。
少年は、光に包まれた。
のび太とアルタは走っていた。のび太の足は普通の人に比べて遅かったが、それでも一所懸命に走っていた。手にはショックガンが握られていた。アルタが渡した改造ショックガンだった。
アルタは、カプセルで別空間に行く前に、保険として部屋に別の出入り口をつくっていたのだ。アルタはメタルの動きから目をつぶるなどして何とか逃れ、その出入り口を空けていたのである。
「こっちだ」
アルタはそう言うと、廊下を左へ曲がった。
光には常にあるイメージがある。それは、『希望』だ。『希望』が語られる時は常に光と共に語られる。闇と共に語られる『希望』など、存在しない。だが、少年を包んだ光は『希望』ではなかった。もっと、どす黒い、何か。それが偶然光を発しただけだった。
のび太は空気がピリピリするのを感じた。そして、のび太は部屋を出る時にアルタに言われたのを思い出す。アルタが向かっているのは、集会場なのだ。
そして、ドアが見える。外へと通じるドアだ。
アルタはドアノブを握り、すぐに空ける。漫画なら、「覚悟はいいか?」とかそういう言葉が入るであろう場面だが、アルタは何もいわずにすぐに、本当にすぐに空けた。
そして――
[No.343]
2008/07/24(Thu) 06:59:36
石版 第六幕「彼は満足したのだろうか」 其の四
(No.343への返信 / 36階層) - 文矢
そこには、イカたこの後姿があった。
台に乗ったイカたこの前に、大量の軟体防衛軍の者――その中にはすずらん達も含まれている――がいて、イカたこは今の今まで演説をしていたようだった。台の上に乗ったイカたこは、振り返りあの冷たい目で二人を見た。そして、ため息をつく。
「メタルがやられた、というのはありえないな。出し抜いたわけか。まあいいだろ、ここには死ぬ為に来たのだろう? え?」
イカたこはそう言うと、冷静にポケットに手を入れた。四次元ポケットとなっているそのポケットから静かに道具を取り出す。じおすを、別空間へと送り去った道具。人を、別空間へと移動させる道具だった。
手を握り締めれば誰も分からないぐらいの秘密道具。イカたこはそれを取り出す以外は体を動かさなかった。その後は、ただ冷静に二人を見つめるだけであった。あの、冷たい目で。
ドアが閉まる音がする。軟体防衛軍の者達は驚く程静かで、何も行動をしなかった。冷や汗をかいているのび太が異常に見える程だった。誰も、喋ってさえいないのに。
のび太は手元にある改造ショックガンを握り締め、引き金に指を入れた。のび太の体が震える。恐怖ではない、のび太の頭の中には怒りしかなかった。
頭の中で再生される…… 助けられなかった犬。あの時、ギュッと抱きしめていれば。犬を、自分の体温で温めるただそれだけの事をしていれば。あの時、イカたこが敵だという考えにたどり着いた瞬間、殴っていれば。様々な後悔が頭を過ぎる。
そして、後悔だけでは無い。頭の中で様々な光景を思い出すと共にのび太の中に新たな感情が生まれる。じおすの姿を思い出す度に、静香の怯えている姿を思い出す度に、自分達を守る為傷つくどらEMONの姿を見る度に、その感情は高まっている。それは――
憎しみだ。
「オオォオオオオォ!」
のび太は雄たけびと共に狙いを定め、引き金を引く。その狙いは正確だった。銃口から発射されるエネルギーは、一直線にイカたこの元へと辿りつく。
ただのショックガンでも、細い木ぐらいなら簡単に砕けるし、喰らえば痕が残るぐらいのダメージがきて気絶する。アルタの改造ショックガンは簡単に人を殺せるぐらいの威力はある。
どんな感情も、怒りや憎しみには敵わない。戦いにおいては、邪魔になっていたのび太の優しい気持ちも、その瞬間には無かった。のび太のその気持ちはそれ程熱かった。だが、その気持ちは次の瞬間には冷める。熱い焼き石を、冷たい北極海に投げ入れたかのように……
「時間の、無駄だな」
エネルギーは、のび太に当たらなかった。イカたこの秘密道具で、別空間へと一瞬の後に消え去った。イカたこは呆れた目でのび太を見下す。
のび太の熱い気持ちは一瞬で冷め、静かな絶望へと変わる。
「他にする事は無いか? ここまで来たら時間を守る道理も無いからな。私にとって急ぐべき用事は無い」
イカたこはそう言うと、『どす黒い』笑顔を浮かべて二人を見た。見下す目。まるで、アメリカ人が黒人を見下すかのように、大富豪がホームレスを見下すかのような、その目で『どす黒い』笑顔を浮かべていた。
「……言いたい事を言ってもいいのか?」
アルタがボソリと言う。のび太は一歩退いて、アルタの顔を見た。最初は、のび太が知っているアルタの顔だった。だが、途中で気づく。アルタの顔が、どんどん歪んでいることに。のび太は、喋っているアルタの顔を見て震えた。
「もちろんだ。言いたまえ」
イカたこはあくまで冷静な口調で言う。
「バァァァァァァァァカ」
アルタは舌を出し、大声を出した。
その笑顔は、『どす黒かった』その笑顔は、アルタ自身の笑顔だった。そう、アルタがもう一人の自分の顔だと思っていた笑顔。
本当の二重人格だったら、『分身ハンマー』で片方が死んだらその人格は消える。だが、違う。二重人格などでは無かったのだ。
アルタの過去には、トラウマなんて無い。二重人格というのは、大体が少年時代のトラウマ等によって人格が割れて生まれる。だが、アルタにはそんなきっかけは無かった。二重人格になる理由なんて無い。今までのアルタのは、全て『演技』だったのだ。例えるなら、中学生が漫画とかで影響されて、突然変な事を喋りだすのと同じ。自分に勇気を持たせる為、一人で喋る。二重人格なんかでは、無かった。
「そもそもだ、武力なんかで平和になるとでも思ってるの? ハ! 笑っちまうね。徳川時代は武力でつくられたが、その時代の間も平和じゃなかったろうが。そもそも平和なんかつくらやしねえんだよ。人類が絶望しない限りはな。何度でも言ってやるぜ、ヘニョヘニョ野郎。バァァァァァカ」
アルタの口は驚く程、早く動いた。アルタが心底思っていることを言ったからであろう。そして、まだ彼は『どす黒い』笑顔をしていた。
何で、こんな奴に恐怖を感じていたんだろう―― のび太は、アルタの言葉に対してそう思った。そうだ、武力でなんちゃらなんて馬鹿だ。勉強とか論理面では頭が良いけど、間違ったことを言っているやつが強いわけない!
めちゃくちゃな論理かもしれないが、のび太はそう言い聞かすことでさっきの絶望を吹き飛ばした。そして、走り出した。
のび太はジャンプした。上からの方が、頭を狙いやすいと考えたからだ。だが、結果的にはそれは裏目に出る。神様が作り出した、世界の掟によって。
『空中では、人は移動できない』
地面は土だ。誰もいないところに不自然な砂埃がたち、足跡も残る。イカたこは横目でそれを見て、不自然に思うが、それを無視して動き出す。空中で動けない、のび太の懐へと。一歩一歩、進めていく。そして――
少年は、光に包まれた。
光には常にあるイメージがある。それは、『希望』だ。『希望』が語られる時は常に光と共に語られる。
闇と共に語られる『希望』など、存在しない。だが、少年を包んだ光は『希望』ではなかった。もっと、どす黒い、何か。
それが偶然光を発しただけだった。
一人の男。名前は、イカたこ。彼が持っている機械。手で握れば周りからは逆立ちしたって見えないような大きさの機械。
そして、その機械は光に包まれた少年に当っていた。
少年は当てられるその瞬間までジャンプをしていたのだろうか。イカたこに飛びかかったのだろうか。
空中に浮かんだまま、光に包まれていた。そして、段々と消えていく体。
少年の体は足の先から消え去っていった。その間、少年はただ自分の体を見ているだけであった。
まるで、局部麻酔をされて、その部分にメスが入っていくのをただボーッと見ている患者のように。
いや、少年は今の例え通り麻酔をかけられたかの様に痛みを感じていなかった。
イカたこの顔に笑みが浮かぶ。常に冷静だったイカたことは違う、狂ったかの様な笑み。
そう、『どす黒い』笑いだった。だが、その笑いは会心の笑みとは言えなかった。少なくとも、「やったぜ!」という笑みでは無かった。
そして、少年の体は消え去る。いや、例えるなら空間に溶けたというべきであろう。少年の名は、野比のび太といった――
[No.344]
2008/07/28(Mon) 10:42:40
石版 第六幕「彼は満足したのだろうか」 其の五
(No.344への返信 / 37階層) - 文矢
イカたこは舌打ちをした。普通なら、ここで満面の笑みを浮かべ「ざまあみろ!」とでも言ってケタケタ笑い出すだろう。だが、イカたこは気づいていた。笑えるような状況では無いことに。
イカたこは自分の手の上の秘密道具を見た。それには、ダイアルがついていた。ガチャガチャ回すやつだ。そして、そのダイアルは『LOOP』と書かれたところに合っていた。
「ループモード……のび太は結局ここに戻ってくるというわけか。やるじゃあないか、剛田」
そう言うとイカたこは振り返った。そこには、足跡があった。そこには、誰もいない筈なのに。イカたこは土を思いっきりそっちへと蹴った。するとだ、土がそこに人がいるかのように跳ね返ったり、そこの空間に土がついたりしているのだ。どういう事か、『そこに人がいるのだ』
下に布が落ちるような僅かな音とともに、青年は現れた。着ていた『透明マント』を脱ぎ捨てたのだ。何処にマントが落ちたのかはよく分からない。いや、知る必要性すら無いだろう。
青年は、軟体防衛軍の服を着ていた。髪は丸刈りで、体は細いが、何処となくジャイアンに似ていた。
「確か剛田武はお前の祖先だったな。まあ、祖先を殺したらお前が消滅するから剛田武の命だけは救うのは許したが、今の行動は許してない。まさか、この道具のダイアルを回すとはな」
イカたこの秘密道具がループモードになっていたのは彼、剛田がダイアルを動かしたからであった。立つ筈の無い砂埃と足跡は、『透明マント』を被った剛田がやったものだったのだ。
「イカたこさん、あんたに反逆させてもらおう!」
剛田はそう言うと、ポケットの中から『熱線銃』を取り出し、銃口をイカたこに向けた。
剛田は、ジャイアンの子孫である。フルネームは剛田清。セワシ達の世代より、一世代後の人間である。
「反逆の理由は何だ? お前の祖先の命は保証してある。分からないな。考えるのは彼らに感化されたとか、それぐらいだが……」
「感化? 違うさ」
剛田はそう言うと、笑みを浮かべた。そして、引き金を引いた。
『熱線銃』の銃口からレーザーが発射される。大抵のものはチリになってしまう、恐怖のレーザーだ。だが、そのレーザーはイカたこには届かなかった。のび太のショックガンと同じだった。別空間へと、レーザーが移動したのだ。まるで、ドンキホーテ、まるでブラックホールへ銃弾を撃ち込む男、剛田がイカたこに勝つ可能性はゼロパーセントに限りなく近かった。
「時間の無駄だな。最後に言い残すことは無いか?」
「俺はね、最初、別空間で剛田武に言ったさ。お前の命だけは助けてやるとね。あいつはそこで迷って、俺は後から連絡すると言った。そして、連絡をしたさ。どうしたと思います? イカたこさん」
「断ったんじゃあないか?」
イカたこはあくまで冷静だった。そして、一歩一歩剛田に近づいていく。手にはあの道具が握られている。そして、その眼は冷たい。
「そうさ、まあ話が長くなるからここで省きますがね。その時に言われた言葉をあなたに送りたいと思いますよ、イカたこさん」
イカたこはダイアルを確認した。ダイアルはちゃんと別空間から戻ってられないモードになっている。イカたこは剛田を射程距離に入れた。
「さようなら……いや、ここはイタリア。日本語じゃあ洒落てないな。アリーヴェデルチ、といこう」
イカたこはそう言うと、また『どす黒い』笑みを浮かべた。そして、秘密道具を剛田の体へ――
光に包まれて、剛田は消えていく。じおすや、のび太の時と同じように、消えていく。そして、じおすと同じように『永遠に戻ってこれない』
だが、剛田は笑っていた。
消える時に笑う。自分は戻ってこれない、秘密道具も壊れる。それを剛田は知っていたのに。笑ったのだ。それは、自分がやる事をやったという満足感でもあったし、もう一つ理由もあった。
「世界を力で救う? ふざけるんじゃあねえ!」
剛田は叫んだ。叫んだ。叫んだ。
腹の底から笑いながら、叫んだ。自分の祖先に言われたその言葉、それを叫びながら、叫んだ。
剛田はイカたこを見て、滑稽だと感じた。アルタの言っていた事と同じだった。ただのバカじゃないか、何が世界を救うだ。ふざけるな。そんなイカたこに従っていた自分自身も滑稽だと感じていた。そして、まだまだ笑う。笑い声はその辺りに響いた。消えた後も、耳に響いてくるようだった。
「……。アルタ、私の隙を狙おうということか?」
「ああ、そのつもりだったさ。だがやっぱ気づいていたのかァ? まあ、どうでもいいか。戦おうじゃないか」
アルタは、イカたこの後ろにいた。手には『爪』が装備してあった。そして、『どす黒い』笑い。
二人の『どす黒い』笑顔の二人が今、対峙した――
[No.346]
2008/08/04(Mon) 06:57:01
石版 第六幕「彼は満足したのだろうか」 其の六
(No.346への返信 / 38階層) - 文矢
自分は、何がしたいんだろうか―― アルタは考える。自分は、軟体防衛軍を裏切った。わざわざ、二重人格という逃げ道を作り出して。演技なのに、それによって心は楽になったのだ。この逃げ道を作らなければ、自分は裏切れなかったとアルタは思う。その後、色々な策を考えのび太と共にここまでやってきた。のび太と剛田が消えた今、アルタは考えるのだ。自分は、何をやりたいのだろうか、と。
アルタは思う。自分は地球を守るとか、平和とか、なったらいいなとは思うが、そこまでではない。じゃあ、何で裏切ったのかイカたこのやり方が気に入らないというそれだけの感情だ。裏切って、何がやりたいのかは特に考えてなかった。いや、違う。アルタは思う。考えていないわけでは無い。何か自分でもよく分からないものを無意識か何かの内で考えていたから、行動ができたのだ。何故なのか。アルタは考える。そして、アルタは思う。分かったぞ。
気に入らない奴、イカたこをぶっ殺す――
「さあ行くぜェェェ! お前をぶっ殺して、うじ虫をたからしてやるよ!」
ネガティブ、後ろ向きなアルタは無かった。イカたこを殺すという目的で動く、『どす黒い』笑顔のアルタしかいない。
血。血。血。辺りには鉄の臭いが漂い、腐りかけた肉の臭いと混ざって異常な臭いをかもしだしている。
「私を殺す? それは驕りというものだ。この場合は、撤退を選ぶのが正しい行動だと思わないか?」
イカたこはそう言うと、体勢を低くした。今までは、遠距離攻撃の武器を持っている者か、無抵抗の者だけだった。だが、『爪』を使うアルタに対しては、素早く動かないとやられてしまう。だから、素早く動ける低い体勢にしたのだ。
アルタの動きは速かった。縮まる距離。振られる『爪』。素早く右へ避けるイカたこ。だが、そこにはもう片方の『爪』飛び散る血……
そして、その『肉塊』から出された『生物』だった頃の排出物の臭いがさらに部屋をにおわせていた。部屋の中に何も知らぬ人が入って来たのなら、揺れる満員バスの中よりも、グルグルと回転する部屋で壁を眺めるよりも、もっと凄い吐き気を覚えたであろう。
イカたこの左腕の肉はえぐりとられ、イカたこはバランスを崩す。それを待っていたとばかりに、アルタは最初に避けられた方の『爪』を心臓へ向ける。その時のアルタの眼は獣が獲物をとらえる時に似ていた。いや、似ているでは無い。その通りだった。
だが、イカたこは『どす黒い』笑いをしていた。その笑いは、諦めとかやった事に満足だからとか、滑稽だからとかいう理由ではない。そんな理由では無いのだ。
アルタの『爪』の威力は凄まじい。鉄よりも硬い、二十二世紀の化学物質を使っている。それは、やろうと思えば鉄をみじん切りにできるし、台所で使ったら下にある物まで切ってしまうぐらいの物質だ。人間の体など、楽に貫通できる。
アルタは、臭ってくる血の臭いを楽しみながら、手を動かした。
『肉塊』は四つ、転がっていた。どれもが、『生物』であり、権力を持っていた『人間』であった。
だが、もう喋ることは無い。その『肉塊』の周りにはウジャウジャとウジ虫がわいており、段々と死体は分解されて――
アルタの体が、光に包まれた。アルタの脳内で再生された何時かの夢は、途中でプツンと途切れる。そして、足の先から消えていく。イカたこは、『どす黒い』笑顔のまま、喋り始めた。
「打撃攻撃や、ナイフとかでの攻撃には弱点がある。近距離でしか駄目なのと、攻撃の瞬間、体を固定しなければいけないことだ。お前の攻撃も、もちろん固定しなければ強力な一撃はできない。分かるか? 私は一瞬でもこの道具を当てればいいのだからな」
イカたこはそう言うと、アルタを見下しながら右手に握られている秘密道具を指差した。アルタは、もう『どす黒い』顔では無く、ただ虚ろな目でイカたこを見つめていた。すでに下半身は全て消え去っている。
終わりか―― イカたこも、誰も殺せぬまま終わり。自分がやれた事といったら、ドラえもん達を連れてきただけ。ああ、何の為に裏切ったのだろうか。アルタは思う。自分は、何なのであろうか。
さっき確認した。自分がやりたい事はイカたこを殺すことだと。だが、だが、それが出来なかった。さっきまでの、強気なアルタはそこにはいなかった。ただ、悲観的なアルタがいるだけであった。
「涙か……」
イカたこの言葉で、アルタはハッとした。自分が、涙を流していることに気づいたのだ。すでに、胸まで別空間まで行っていた。
何だよ、情けない。情けない。情けない。情けない。アルタは思う。情けない。情けない。情けない。情けない。
「何を今さら泣いているんだよ、『俺』?」
アルタは、そう呟いた。涙が止まる。
『もう一人の俺』をアルタは作り出した。演技をし始める。だが、最後に目にものを見せてやろう。そう思えるようになった。イカたこに、何かをしてやろうじゃないか。首のあたりまで、消えかかっていた。
そして――
「バァァァァァァカ」
『どす黒い』笑顔が、輝きの光を染め、光と共にその黒さは消え去った……
[No.347]
2008/08/05(Tue) 18:55:42
石版 第六幕「彼は満足したのだろうか」 其の七
(No.347への返信 / 39階層) - 文矢
集団を、統率する為のステップとして第一に必要なのはなんであろうか。それは、話を聞かせることである。話を聞かせなければ、集団はリーダーを尊敬もしない。小学校の頃、ギャーギャーうるさい中での校長先生の話をまともに聞けたであろうか。聞けるわけがない。だが、静かな中で校長先生の話を聞いたら違う。逆の例えとして、感動すると話題な演説会を行っている者がギャーギャー騒いでいる中で演説をしても、校長先生の話のようにまともに聞かないだろう。まともに聞かせる、それが大事なのだ。
今、イカたこの話をまともに聞ける者はいなかった。軟体防衛軍は統率がとれていない。ミサイル研究所が怒鳴り散らして、怯えて少し静かになるだけであった。
イカたこは冷静に考えた。冷たい目で集団を見回し、何をすべきなのか考えた。どうするべきなのか、今はどんな行動をとるべきなのか。何パターンか考えて結論を出した。台の上に乗り、マイクのスイッチを入れる。
「予定を変更しよう。皆が落ち着くまで時間をとる。そうだな、三時間ぐらいでいいだろう。今から各自の部屋へ戻るように。いつも通り、一番隊から部屋に戻ってくれ。以上」
イカたこはそう言うとマイクのスイッチを切った。
最初、軟体防衛軍の兵士はざわめいたが、イカたこの指示通り、建物の中へと戻っていった。イカたこは、このようにそれぞれが動揺している中では何かのトラブルが起きてしまうだろうと判断したのだ。
全員が部屋に戻っていくと、イカたこは残っている者を確認した。ナグドラ、ミサイル研究所、すずらんと、幹部メンバーの三人だった。
「いいか、今から命令を出す。兵士達の意思は大分揺らいでる。だからこそ、これ以上揺らがないようにしなければならない。どうするべきか分かるか?」
「え〜? 何ですか〜?」
すずらんがいつも通りの声でそう言う。冗談では無いんだろう、とイカたこは呆れながら思う。
「つまり、ドラえもんの奴らをぶっ潰せばいいと?」
「ミサイル研究所、その通りさ」
ミサイル研究所は嬉しかった。そして、残っている人数が何人かをすぐさま計算した。アルタ、のび太を抜いて五人、メタルが何人か殺していると考えても二人以上は残るだろうと考えた。それだけの人数を殺せる。ミサイル研究所はそう思うと『どす黒い』笑顔を見せた。いや、イカたこやアルタの『どす黒い』笑顔よりもさらに黒かったかもしれない。心の中で自分が正しいと思う信念さえも感じられない、本当に黒い。どこまでも、どこまでも黒い笑顔だった。
「すずらん、ミサイル研究所は先に行ってくれ。今、ターゲットは空間移動室、もしくはその周りにいる筈だ」
「了解で〜す」
すずらんは四次元ポケットから『熱戦銃』を取り出すと、スキップしながら基地の方へ向かった。そして、ミサイル研究所はゆっくりと、黒く黒く笑いながら基地へと歩き出す。
イカたこは、ナグドラに話しかける。
「ナグドラ、お前は部隊で行動してくれ。ロボットが入れる広い道は何処にあるかは知っているよな。なるべく、空間移動室の近くに行けるようにしてくれ」
「了解しました」
ナグドラはそう言うと、ポケットの中から無線を取り出し、自分の部隊へと連絡をとった。
「それでは行きます。ジャスや健一の仇を討つために」
ナグドラは、ゼクロスの仇を討つ為とは言わなかった。その事に気づくとイカたこは複雑な表情を見せ、最後に小さく笑った。
絶望が、襲ってきていた。
メタルは魅惑の舞のステップを踏む。ドラえもん達は動けない。脱出する為のアルタの作った出入り口もメタルによって塞がれ、外へ出る事はできなくなっていた。そして、どらEMONの腹からドクドクと流れていく血。深い、深い傷。
絶望が、襲ってきていた。
どらEMONの息は荒くなっていた。メタルの目を盗んで止血をしようとしたが、それも出来なかった。血は、メタルに斬られた時から流れっぱなしだ。
メタルは今さっき、イカたこから連絡を受けていた。のび太とアルタの情報だ。それを聞くと、メタルは安心し、冷静に動くようになった。
スネ夫と静香は絶望して泣いていた。ジャイアンは必死に体を動かそうとするが、少ししか動いていない。ドラえもんは汗をだらだら流しながら、どうすればいいかどうすればいいかと思ってパニックになっていた。
「最後に、言う事は無いかしら」
メタルは静かにそう言った。どらEMONはそれを聞くとフッと笑う。
「やはりな。メタル。お前は甘いよ、甘い」
どらEMONは顎を上にあげ、舌を出した。その行動の最中、何故か息が荒れてなかった。そして、その目は自信に満ち溢れていた。
コツンという、音とともにどらEMONの腹の下から一つの秘密道具が現れた。『お医者さんカバン』だ。
どらEMONは「しまった」という顔をし、それを隠そうと腕を伸ばす。だが、メタルの目にははっきりと入っていた。
「まさか……」
メタルの頭の中に、疑惑が生まれる。もしかしたら、もしかしたら、既にどらEMONはこの『お医者さんカバン』を使って傷を治しているんじゃあないか。そんな、疑惑だ。
もちろん、大怪我を負って、更に魅惑の舞で動きを封じられているどらEMONにそんな事はできるわけがない。そう、どらEMONは別空間の時と同じ。ハッタリ勝負に出たのだ――
[No.355]
2008/08/11(Mon) 17:33:32
石版 第六幕「彼は満足したのだろうか」 其の八
(No.355への返信 / 40階層) - 文矢
メタルは考えた。メタルの脳裏に浮かんだのは別空間での戦いの時だ。この煙は危険だと判断して、どらEMONに攻撃された時のことだ。あの時のことをメタルは後悔していた。あの時、退かなければ……
どらEMONは考えた。メタルはどうするだろうかと。ハッタリじゃないかと考えてはいるだろう。だが、その先どういう行動をするか。踏み込んで攻撃してくるか、それとも別の行動をとるか。どらEMONは考える。
この状況を写真で撮って、その写真を人に見せてもその人は何も感じないだろう。だが、この場にいる者は感じていた。漫画とかで表わされるような陳腐なものではない、それ以上の何か、『オーラ』とでも言うべきだろうか。メタルは既に舞ってはいない。だが、その『オーラ』でドラえもん達は動けないのだ。
メタルは『お医者さんカバン』を確認する。カバンはどらEMONの腹の下にあった。カバンの角がどらEMONから出ているのが見えたのだ。
メタルは考える。腹の下にある、という事は今カバンは使われていないという事だ。カバンを使うにはカバンを開けなければならない。どらEMONの腹の下にカバンがある、という事は開けられない、という事だ。
「決着を、つけましょう!」
一歩、踏み込んだ。両手でムラマサを握り、力を込める。
こいつは、傷を治してなんかいない、ハッタリだ! メタルはそう確信した。だからこそ今、メタルはどらEMONを殺す決意をしたのだ。ムラマサを振りかぶり、斬る。まるで、スイカ割りのように、思いっきり。
だが、一秒後場に響いたのは、メタルが望んだ音ではなかった。望んでなんかいない、金属音。ムラマサがぶつかったのは、水裂。どらEMONの頭ではない。刀。
どらEMONは静かにムラマサをずらし、完全にムラマサを交わした。メタルは目を動かす。どらEMONの腹へと――
「……何でっ何故!」
どらEMONの傷は、完全に治っていた。メタルの視線は、どらEMONの腹から足元にある筈の『お医者さんカバン』へと移る。そして、メタルの目は丸くなる。舌打ち。
「『どんぶら粉』を使わせてもらったよ。お前が考えている間にカバンの蓋を開けて治すことはできないが、粉をかけるくらいはできる」
そう、『お医者さんカバン』は地面に半ば沈んでいた。ひっくり返った状態で。どらEMONの手にも粉がついているので、メタルに気づかれず水面下、いや地面下で傷を治すことができる。
「思えば、長かったな。メタル。別空間の時も決着はつかなかった。今、終わらせよう」
どらEMONは水裂を握るその手に力を込める。
「……ええ、そうね。今こそ、任務を果たすわ」
メタルは動揺を抑え、ムラマサの切っ先をどらEMONへ向ける。
空気が重くなっていく。どらEMONもメタルも、既に考えるのをやめた。策を弄して、確実に勝とうとかは考えていなかった。ただ、剣道のように戦う。それで決着をつける。それしか考えていなかった。
酸素を深く吸い、二酸化炭素を深く吐く。目は相手へ向けている。滑らないようにもう一度手に力を込める。そして一歩、前へ踏み出す。
「決着だ」
「決着ね」
二人の声は重なり合い、その声が合図だったように二人は走り出した。金属音。刹那、血しぶき。
ドラえもん達は呼吸さえしなかった。ただ、目を見開いてその光景を見ているだけであった。そう、見ているだけ。
「決着だ」
「決着ね」
もう一度、何かを確かめるように二人の声は重なった。そして、片方の影が倒れる。
「メタル、俺の勝利だ」
水裂から血が滴る。メタルの胸は横一文字に斬られていた。そこから血が噴き出ていく。
メタルの顔は、和やかだった。少なくとも、四十歳ぐらいで家族を残して死んでいく男よりは和やかな顔だっただろう。メタルはすでに、生きたいとは思っていなかった。
「ええ、そうね……」
しばらくの沈黙。メタルの命は後数分だろう。どらEMONの胸のタイムパトロールのエンブレムが照明に反射する。そして何分かが経過する。その間、誰も喋らなかった。
「ふふ、こんな誇り高き死を迎えられるなんて。くのいちとして死ねるなんて。感謝するわ、どらEMON」
沈黙を打ち破るかのように、メタルは話し出した。
「どらEMON、あなたを見ているわ。あの世から、天国から、地獄から、何処でも。あなたがどうなるのか、どのような死を迎えるのか、これが、私の任務、使命……」
風魔小次郎の末裔メタル、彼女は自分の家系、そして自分自身の誇りを抱いてこの世から旅立った――
[No.378]
2008/09/21(Sun) 19:45:49
石版 第六幕「彼は満足したのだろうか」 其の九
(No.378への返信 / 41階層) - 文矢
イカたこは静かに本を読んでいた。場所は自分の部屋。読んでいる本は「注文の多い料理店」データでは無く、わざわざ過去から取り寄せた本のものだ。イカたこは、機械的な画面に映し出される文章よりも、こういう紙に印刷された物語を読むのが好きだった。
何度も何度も読み返した本だった。子供の頃から、何度もイカたこは読んでいた。
騙されていく紳士達の面白さ、そして食べられそうになるシーンの時の恐怖。イカたこにとっては二百年も前の物語なのに、イカたこはこの本が大好きだった。古典としてではなく、物語として。
イカたこはふと、ドラえもん達のことを思い出す。アルタとのび太――といってものび太はいずれ帰ってくるが――は始末したものの、彼らは今、基地の中にいる。メタルがやられていることをイカたこは知らないが、なんとなくやられてしまったのではないかと考えていた。ドラえもん達は今、基地の中にいるのだ。
「ようこそ、注文の多い料理店へ……」
イカたこは静かにつぶやくと、この物語と今の状況は違うなと思いクスリと笑った。
五分の休憩の後、どらEMONは立ち上がった。部屋に残っているのは静香とスネ夫。ジャイアンとドラえもんは既に部屋の外へ出ている。これは二つに分かれて動こうというどらEMONの提案からだった。
「EMONさん、大丈夫……?」
静香が心配しながら言う。静香とスネ夫の手には改造ショックガンが握られている。どらEMONが渡したものだ。スネ夫はドアの方にいて見張りをしている。
「ああ、大丈夫さ。そろそろ動こう……!」
どらEMONの動きが止まる。何故か、スネ夫が後退したからだ。スネ夫は二人の方を向き、震えた声で言う。
「来た、人が!」
その刹那。人影。男。
どらEMONは水裂を握りしめ、静香を後ろへ回させる。そして、確認。敵は誰で、どんな奴なのか。だが、どらEMONが確認する前。赤い液体が部屋を舞った。
「うっ……!」
血。血。血。血。スネ夫の腹。噴き出る。噴き出る。噴き出る。血。血。血――
スネ夫が発したのは「うわああああ」でもなく、「うおおおお」でも無かった。「うっ」と一音出しただけで終わり、そして倒れた。激痛。激痛。激痛。激痛。
スネ夫の腹を、何かが貫いたのだ。何か、それは裏山での戦いでタイムパトロールのタイムマシンを襲ったものと同じ。ロケット。圧力で発射される、ロケット。
「ククク…… 血の臭いってさぁあ、良い臭いだと思わないか? 吐き気がこみあげてくるような鉄の臭い」
どらEMONはそいつが姿を見せると同時に飛びかかった。刀を抜き、叫んだ。刀を大きく振り上げ、そいつを斬ろうとする。だが、血。
「てめえ……は!」
どらEMONは後ろへ吹っ飛びながら言う。どらEMONの横っ腹から流れる血。それも、ロケットによるものだった。
スネ夫、どらEMONを襲ったそいつは手にのっているロケットでカチャカチャ音をたてる。見下す目で三人を見る。そして、口を開く。まるで、口裂け女の様な口だった。
「俺様はミサイル研究所。喜べ。お前ら犬神家のような猟奇的な死体になれるぜ。池が無いのが残念だなあ〜。どらEMON、お前さあ、あれ持ってるか? 『お座敷釣り堀』」
何を喜べと言ってるの? 静香はそう思った。改造ショックガンを握りしめる力が強くなる。怒り、心配、恐怖、様々な感情が静香の中を駆け巡る。
「さあて、どうしようかなぁ」
ミサイル研究所は楽しそうにそう言うと、ドアを静かに閉めた……
[No.403]
2008/10/25(Sat) 18:57:53
石版 第六幕「彼は満足したのだろうか」 其の十
(No.403への返信 / 42階層) - 文矢
どらEMONと静香がミサイル研究所と会ったその時頃、ドラえもんとジャイアンは走っていた。ドラえもん、ジャイアン、二人とも手には改造ショックガンを握りしめていた。改造ショックガン、それが今のドラえもん達が使える最強の武器だった。
ドラえもんは考える。はたして、イカたこ達はどんな戦法をとってくるか。ドラえもんはとりあえず、人海作戦は無いと考えていた。通路は狭い。それなのに人をたくさん歩かせたら詰まって行動が遅くなるかもしれない。又、変装の道具を使われてしまうと人の多さが裏目となる。だから無いと考えていた。
それなら、イカたこはどうしてくるか。ドラえもんが考えた結論はこうだ。優秀な刺客を放ち、彼らが探し当てた順に殺していく。それが一番ではないか、安全だ。結局、ドラえもんはその結論へと至る。
通路の角を右に曲がる。アルタが前教えてくれた話通りのルートで進んでいる。目指しているのは、イカたこの部屋だった。
「ドラえもん、次左だよな?」
ジャイアンが言う。ドラえもんは頷く。この基地に二階は無い。あの空間移動の部屋から最も遠いところにイカたこの部屋はあった。
左に曲がったその時、轟音と共に基地が震えた。何回も。何回も。丁度一秒刻みで基地が震える。ドラえもん達の動きも止まる。
何が起こったのか、今のドラえもん達にそれは判断するのは不可能だった……
ミサイル研究所の不気味な笑い。静香は無理やり、震えをおさえた。
静香は恐怖という感情を抑えて考える。今、ミサイル研究所はどう考えているか。どらEMONの動き。それ。ミサイル研究所はそれを警戒している筈。それなら――
震える手。ミサイル研究所は静香の方を見ていない。「今だ」静香はその言葉を頭の中で何度も繰り返す。今だ、今だ、今だ、今だ。改造ショックガンの照準を必死に合わせる。今だ、今だ、今だ!
彼女は目をつぶり、引き金を引いた。響く銃声。だが、血は飛ばない。
――外れた。ものの見事に。改造ショックガンのレーザーはミサイル研究所には当たらず、壁に当たり壁を焦がしただけだった。
「ククク……お譲ちゃぁぁぁん、やるじゃあないか」
ニヤニヤと笑いながら、ミサイル研究所が静香を睨んだ。静香はその場にへたれ込み、改造ショックガンがカランカランと音をたて地面に落ちた。
「静香君!」
どらEMONは叫びながら立ち上がる。手には水裂を握りしめていた。ミサイル研究所と戦う準備は完璧だった。だが、ミサイル研究所は『戦う気は全く無かった』
「うっ……!」
どらEMNは、その場に倒れた。ミサイル研究所が攻撃したわけでは無い。だが、どらEMONは倒れたのだ。どうして倒れたか。理由は簡単だった。『何故か呼吸が苦しくなったのだ』
それは静香も同様だった。呼吸が苦しい。まるで、千五百メートル走をした後みたいにハアハア言っているのに酸素が入って来ない。どうして、どうして、どうして。静香もどらEMONも考えるが、答えは出てこない。
「くく……いや、待てよ。うん、逆の方がいいか」
ミサイル研究所が『どす黒く』笑いながら言う。その言葉からどらEMONはどういう事か考えるが、やはり答えは出てこない。呼吸は苦しいままだ。
だが、急に状況が変わる。二人の体に、圧力がかかったのだ。潰れそうなくらいの、圧力。重力といった方がいいだろうか。二人は這いつくばる。上を見上げると、ミサイル研究所の『どす黒い』笑いが見えた。
「何を……した?」
「くくく……ESPって分かる? 超能力さ。俺様は生まれつきの超能力者でね。フハ! 能力も教えてやるよ。大サービスさ。だって、お前らはこれから嬲り殺すだけなんだからさぁ。教えても問題無いだろ? 俺は圧力を操れるのさ。特定の場所のな。工夫すれば気圧も水圧も操れる。ここまで言えば分かるだろ?」
どらEMONは分かった。呼吸が苦しくなったのは、ミサイル研究所が気圧を下げたからだと。今、体に重力がかかっているのも圧力のせいだと。全てを理解し、その後絶望した。静香も、絶望をしていた。この男には、勝てない。
「フハハハハハ! 気持ち良いよ! 実になあぁぁ。これから、お前らは嬲られるだけ! さて、どうやって苦しめようかな、と考えるだけなわけだ。楽だな、楽! クハ!」
動けない二人。狂っているかのように踊るミサイル研究所。倒れて動かないスネ夫。部屋の中は、異様だった――
[No.414]
2008/11/08(Sat) 06:36:38
石版 第六幕「彼は満足したのだろうか」 其の十一
(No.414への返信 / 43階層) - 文矢
ドラえもん達は、理解した。さっき響いた轟音が何だったのかを。ドラえもん達は、理解した。自分たちが生き残る確率は限りなく低いと。ドラえもんは、理解した。又命を賭けて戦わなければならないと。
「ロボット……!」
ドラえもんは舌打ちをする。ジャイアンは改造ショックガンをそいつに向けた。ドラえもん達の目の前には、ロボットが立ちふさがっていた。別空間において、ドラえもん一行を襲ったロボット。それだった。
ドラえもんは思い出す。別空間で自分が戦った相手のことを。ナグドラだ。あの時、ロボット達が退却をしたからドラえもんは生き残れた。ドラえもんは考える。退却しなかったら、あいつに自分は殺されていたと。
「オラァァ!」
ジャイアンはそうやって叫び声を上げると改造ショックガンの引き金を引いた。銃口からレーザーが出される。レーザーはロボットの足、人間でいうと太もものところへ当たる。だが、ロボットに変化は無かった。当たった部分は軽く焦げただけで、ダメージを受けた様子は無い。ドラえもん達は、理解した。ロボットは、改造ショックガン程度じゃ何もダメージを受けないと。
ロボットに乗っているのはナグドラの部下だった。ナグドラがとった作戦はこうだ。自分を含めたロボット達を別々の場所へ一斉に突入させる。さっきドラえもん達が聞いた轟音はロボット達が基地の中へ入る時の音だったのだ。
ロボットから機械音が聞こえてくる。無機質な音。そして、ロボットの両腕、両脚、腹、五つの部分からマシンガンが現れる。
「うわあ!」
ドラえもんは慌てて腕をポケットへ突っ込む。何か、何かガード用の道具を、道具を! 慌てる。慌てる。だが、秘密道具は中々出てこない。いつもと同じだ。いらないヤカンとかばっかり出てきて肝心なものが中々出てこない。
ロボットは照準を二人に合わせていた。確実に殺せるように、頭、胸の二つを狙って。粉々に、ブッ飛ばせるように。ロボットのパイロットは『どす黒く』笑っていた。
「こっちだよ!」
その時、ドラえもんの腕をジャイアンが引っ張った。そして、ジャイアンは走る。ドラえもんも同じように走った。ジャイアンは考えたのだ。ロボットの死角を。長年の喧嘩の勘で。
死角、それは足と足の間だった。そこは通り抜けられる。ジャイアンは必死に考え、その結論を導き出したのだ。ジャイアンは、走る。
マシンガンが発射される。頑丈そうに見えた床はあっという間に吹っ飛び、イタリアの大地が顔を見せる。耳が裂けるかと思うぐらいの騒音が廊下にあふれる。
だが、弾は一つもドラえもん達には命中しない。マシンガンが撃たれるその瞬間、ドラえもん達は股下をくぐり抜けたからだ。ジャイアンが改造ショックガンをロボットの背中に向ける。
「ジャイアン、無駄だよ!」
ドラえもん。
「うるせえ! このままでいてられっかよ!」
ジャイアンは構うことなく、引き金をひこうとする。その時、ロボットが動き出した。ロボットが無機質なその音を出しながら、後ろを向く。それはマシンガンもこちらを向くことを示していた。
「畜生! 撃ってやらぁ!」
ジャイアンは叫ぶと、引き金を引いた。だが、それも肩の表面を焦がしただけだった。少し煙が出ているのが見えた。ロボットはまだ完全にはドラえもん達の方を見ていない。
「ジャイアン、撃つなら良いところがある! 僕が撃ったとこを狙うんだ!」
ドラえもんの頭を、閃きが走った。ドラえもんはジャイアンに言うと、すぐに改造ショックガンを構え、引き金を引いた。その動きは速かった。
まだ向きかけのロボット。右腕のマシンガンはドラえもん達を向いている。『それだった』ドラえもんは、マシンガンを狙った。マシンガンの、銃口を。
「そういう事か!」
ジャイアンもマシンガンの銃口を狙って引き金を引く。何発か銃口の周りを焦がす。そして、銃口へレーザーが入る。奥には火薬などがある、銃口の中へ。
――轟音。爆発。
ロボットの右腕はすぐに吹っ飛び、胴体の部分まで爆発する。操縦席にまで、それは飛び火する。
廊下が煙に包まれ、ロボットの機械音がやけに大きく聞こえる。ジャイアンの喜びなのかよくわからない雄叫びも廊下に響く。ドラえもんはガッツポーズをする。
廊下の壁を突き破ってロボットは倒れた。パイロットのうめき声が聞こえ、火薬や鉄の臭いが充満する。
「さあ、さっさと行こう!」
ドラえもんはそう言うと、廊下を走り出した。ジャイアンも一緒に走りだす。イカたこの部屋へと。早く、早く、行かなきゃ。行かなければ――
[No.421]
2008/11/22(Sat) 19:57:33
石版 第六幕「彼は満足したのだろうか」 其の十二
(No.421への返信 / 44階層) - 文矢
部屋。ミサイル研究所が全てを支配している、部屋。黒い空気が混じった部屋は異様な雰囲気を醸し出している。
「さてと……まず、これを見てくれよ」
ミサイル研究所はそう言うと、部屋の端にあるメタルの遺体を指差した。ミサイル研究所がその部分だけ解除したのか、静香とどらEMONは首を動かすことができた。メタルの遺体の方を二人は向く。メタルの遺体は布を被せてあるだけだ。
どらEMONは嫌な予感がすると感じた。何か、とんでもない物を見せつけられる気がする。そんな嫌な予感が。冷や汗が頬をつたる。
ミサイル研究所は『どす黒く』笑った。そして、腕を左右へ大きく広げる。まるで、何処かへ飛び立とうとしているかのように。
そして、ミサイル研究所はゆっくりと指を鳴らした……
破裂。破裂。破裂。まず、メタルの体の上にある布が吹っ飛び、そして大量の血が飛び出す。臓器の欠片が吹っ飛び、スクラップ映画のような光景が部屋の中に広がる。そして、少し遅れてボンッという音が部屋の中に響く。
「キャアアアア!」
静香の悲鳴。どらEMONは信じられない、という顔でその光景を見る。
部屋には血のシャワーが降り注ぎ、ベチャベチャと腐りかけの血液が音をたてる。そして、その血のシャワーを嬉々してミサイル研究所が浴びる。まるで、雨が降らない数日の後に降った大雨を喜ぶ農民のように、黒く、黒く、黒く、黒く、笑いながら。
狂っている。今まで出会った、誰よりも。どらEMONはそう感じる。体の震えは止まらない。
「くく、周りの気圧を下げればさ、体は爆発するよなぁ。山の頂上へ持っていったポテトチップスの袋が膨らむのと同じで。学校で習ったろ? どうだ! 怖くなってきただろう? こんな感じで死にたくないと思ったろ? 思え、思え、思え! 俺は最強なんだ、ハハ!」
ミサイル研究所はやはり腕を大きく広げたまま叫ぶ。その姿は、まるで悪魔。鬼。世界中のあらゆる悪という言葉で例えられるだろう。どんな小説の悪魔よりもこの男は酷いとどらEMONは思う。静香は考えるどころでは無かった。恐怖によるパニックに包まれ、何も言えない。
「お前……仲間の死体をそんな演出の為に使ったのか?」
どらEMONは大量の汗をかきながら、ミサイル研究所へと言う。
「ハ! 下らないな。仲間といってもすでに死んだんだからどうでもいいだろ? というよりも俺様に使われてメタルだって光栄だと思っているさ」
「お前らは、自分の正義の為に動いているんじゃないのか? お前はまるで悪魔だ!」
「悪魔、ありがとう。いい言葉だ。確かに、イカたこは自分が世界を変える、正義だ。とでも思っているだろうね。だがね、俺はそうじゃない。俺は、悪だ! 正義なんかじゃない、悪だよ、悪!」
ミサイル研究所の言葉にどらEMONは唖然とする。悪、その言葉を喜ぶ男などいるだろうか。近所の悪ガキに「お前らは悪だ」と言ったらそのガキは怒るだろうし、汚いことをやっている政治家に「あなたは悪です」と言ったらその政治家も怒るだろう。何なんだ、この男は。
「昔からそうだったよ。テレビとか漫画とか見ててもさ。ヒーロー側には感情移入なんかできなかった。だって、奴らは「地球を守る」だとか言っているだけだろ? 何でさ。あいつらを見てるとあいつらは食欲や、性欲や、睡眠欲さえ無いんじゃねえのと思うだろ? その点悪は違う! 悪役達は自分の欲望に素直に生きてる! 良い事じゃないか。そっちの方がかっこいい! 俺は昔から悪になりたかったのさ! もっと呼んでくれ! 俺を悪だと! 悪魔だと、卑怯だと、もっと、もっと、もっとぉ!」
「じゃあこう言えばいいのか? 『お前は正義のヒーローだ』」
どらEMONは引きつった笑いを浮かべながら言う。だが、ミサイル研究所は全く気にかけていなかった。どうでもいい、という感じであった。
どうすればいい―― どらEMONは考えるが、どう考えてもこの状況は覆せないという結論が出るだけであった。この悪魔め。どらEMONは歯をくいしばりながらそう思った。
[No.422]
2008/11/24(Mon) 07:07:31
石版 第六幕「彼は満足したのだろうか」 其の十三
(No.422への返信 / 45階層) - 文矢
やられていく―― ナグドラは焦りを覚えていた。何にか、それは仲間たちが次々とやられていっていることだ。部隊の三分の二が既に倒されていて、そしてこうやって考えている間でも一人やられていた。
誰だ。誰がやっているのか? ナグドラは考える。ドラえもんか? 秘密道具でやっているのか? それは無い、無い筈だ。やられた仲間のロボットを何体かナグドラは見ていた。
そのロボットは、綺麗だった。鮮やか、と言い換えてもいい。ロボットの間接部分、カメラ、適格に急所を捉え、彼らを戦闘不能な状況にさせていた。ナグドラが前ドラえもんと戦った感触では、ドラえもんはこういう戦いはできない。ならば、誰がやったのだろうか。あなどってはいけない。ナグドラは考える。
ナグドラが歩いているのは、イカたこの部屋へ通じる廊下の一つだった。ここに来るかもしれない、となんとなく思っていたのだ。
「その、なんとなくが当たったかな」
ナグドラはそう呟き、操縦桿を握りしめた。そして、頭の中で侮ってはいけない、と自分自身に再確認させる。ゼクロスは侮っていたから負けたのだ。侮るな、侮るな。
ナグドラの目の前に現れたのは、のび太だった。イカたこに、別空間へ飛ばされたのび太。彼が、帰って来ていたのだ。ナグドラは舌打ちした。こんなにも早いとは想定外だったのだ。
一瞬だった。ナグドラが思考に使ったほんの数秒。その間に、まずナグドラのカメラが破壊された。メインカメラはもちろん、サイドカメラまでも。一瞬だった。
目の前の画面が真っ黒に染まる。
「畜生!」
ナグドラはそう言うと、操縦桿のスイッチを押す。マシンガンだ。マシンガンを発射し続けるが、当たった感触は無い。
焦り。ナグドラはロボットを動かす。なるべく速く。集音装置も撃たれたらしく、外の音も聞こえない。今、ナグドラは視力と聴力を奪われたも同じ状況だった。
暗闇から、襲ってくる。まず、左足部分に衝撃があった。ナグドラは思う。やられた。さっき見たロボット達と同じように、関節部分を狙われている。バランスを崩す。
左足を狙われたという事は、この部分かとナグドラは勘でマシンガンを撃つ。だが、さっきと同じように当たったという感触は無い。全く。
操縦桿を動かす。ナグドラは考えた末、壁を利用してロボットを一回転させた。右足で壁を蹴り、使えない左足をひきずるようにして一回転したのだ。もし、のび太が死角の股下にいるならこれでやれる筈、そう思ったのだ。
だが、感触は無い――
呼吸が荒くなるのをナグドラは感じる。いつの間にか、ナグドラは大量の汗をかいていた。焦り。焦り。焦り。焦り。
どうすればいい? どうすれば、いい。ナグドラは考える。考える。
前も後ろも何もかも見えなければ音も聞こえない。絶望的な状況だった。今、自分にあるのはロボットの感覚だけ。しかも、左足を撃たれた等のおおまかな感触しか分からない。ナグドラは考える。
その時、ナグドラは閃く。普通ならやらない、閃き。視覚も聴力も戻る、閃き。だが、ナグドラはさらに考える。その閃きは綱渡りの様な物だった。下にはネットも何も無い、高層ビルからの綱渡り。失敗したら、死。
「それでも、やるしか無いか」
ナグドラはそう呟く。自分の、テクニックを信じる。それがナグドラの出した結論だった。
ボタンを押す。そのボタンは出入り用のボタンだった。機械音がし、ロボットの胸の部分が外れる。ナグドラが出した閃きは、これだった。この状態だったら外も見える。外から音も聞こえる。
操縦桿を動かし、ロボットを動かす。のび太は、何処にいる? ナグドラはまずその問題を解決しようとする。ロボットを回転させる。
「死ね」
その時、そんな声が聞こえた。のび太の声。サンプルとしてイカたこから聞かせてもらった声と同じだった。ナグドラはマシンガンをその声の方向へと向ける。だが、感触は無い。
股下。のび太は、ロボットの股下をくぐっていた。そして、胸の部分が外れているロボットへと銃を向ける。もちろん、その銃口が向けられているのは……
「侮ってはいけないのにな」
一発。ナグドラの首に、のび太の一発は当たる。ナグドラの体が揺れる。そして、ナグドラの視界が暗くなっていく。これで終わりと、ナグドラは思う。
ナグドラは思う。最期に頭に浮かんでいるのは、何故ゼクロスだったのだろうか。ナグドラは考えた。そして、結論を出す。頭の何処かで「ゼクロスと自分は同じだな」と思っていたからだと。
ナグドラは、声も出さず静かに、静かに死んだ――
[No.425]
2008/12/07(Sun) 06:27:52
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