ボロマールさんへ (随分遅れてごめんなさいっ!) - 士具馬 鶏鶴 - 2007/05/15(Tue) 22:53:30 [No.155] |
└ 士具馬さんへ - ボロマール - 2007/05/17(Thu) 04:30:26 [No.162] |
└ 異邦人 (そしてその目撃情報) 第五(完) - 士具馬 鶏鶴 - 2007/05/15(Tue) 23:00:44 [No.160] |
└ 異邦人 (そしてその目撃情報) 第四 - 士具馬 鶏鶴 - 2007/05/15(Tue) 22:59:21 [No.159] |
└ 異邦人 (そしてその目撃情報) 第三 - 士具馬 鶏鶴 - 2007/05/15(Tue) 22:56:22 [No.158] |
└ 異邦人 (そしてその目撃情報) 第二 - 士具馬 鶏鶴 - 2007/05/15(Tue) 22:55:31 [No.157] |
└ 異邦人 (そしてその目撃情報) 第一 - 士具馬 鶏鶴 - 2007/05/15(Tue) 22:54:39 [No.156] |
遠ざかっていくビル群を背に、寅山はさらに進んでいく。路面は次第に石畳へと変わっていき、人通りも随分と増えていった。通りには様々な店が立ち並び、ショーウィンドウには多種多様な商品が数多く陳列されていた。 寅山は政庁エリアをぬけて大通りにでると、迷う様子もなく一軒の喫茶店に入る。通り沿いのテラスに出されたテーブルに着くと、直ぐにウェイターが注文をとりにきた。 寅山が、レモンティー、アイスでとジャケットを脱ぎながら短く言うとウェイターは恭しく礼をして店内へと戻る。脱いだジャケットを椅子の背にかけて、寅山は軽いため息をついた。 何気なく通りへと視線をやると、忙しそうに走り回る人々の姿が目に付く。彼らの顔に疲労の色はなく、そのどれもが充実感に満ち溢れていた。爆発するような活力が、その通りにはひしめきあっていた。 そんな通りに等間隔で植えられた街路樹からは、力強い日の光がこぼれている。石畳の通りに小さな木陰が生まれ、その下に涼を求める人の姿はない。僅かに生まれた木々の影は、春らしからぬ汗ばむ程の気候を強く印象付けるだけだった。 時折正面から吹いて来る弱々しい風に、暖かさを感じる。席を店内に替えようかな、などと思ったその時。 それは、一瞬の出来事だった。 店のトイレから出てきたその男は、テラスで椅子に座っている寅山の姿を見るや否や迷いのない瞬発力を生かした走りを見せた。 幸いにも男と寅山の間を妨げる物は何もなく、距離にしてほんの数メートル。だが、その男の足についた無駄のない筋肉はその爆発的な瞬発力を生み出していた。 タイミングのピッタリはまった踏み込みと軸足の固定。腰を捻り、胸を反らした姿勢から全体重をかけるように、右肩から拳の先端までをしなやかさを失わない力強さと供に動かす。丁度、限界まで絞られたバネが急にその圧力を失い、躊躇いの無い伸長を起こすように。 寅山に渾身の右ストレートを今まさに届けようとする、その男の年は若い。上下を同じ紺青色で統一し、通気性の良さそうな着物と綿製のハーフパンツを身に着けている。短く逆立った白い髪に細身ではあるが無駄のない筋肉質の体格。普段ならば優しそうに見えるであろうその顔つきには、温和そうな表情はなく厳しさしか残っていなかった。相手を見据える目には、固く鋭い意思のようなものが宿っていた。 その男の放つ殺気に、寅山は顔色一つ変えていない。 ただ一言、あっちーと呟いて、無造作に右腕を動かした。右の掌を広げ、まっすぐに右腕を伸ばす。迫り来る男の方へと顔を動かすことも無く、相変わらず寅山の視線は通りに流れていく人々の方へと注がれていた。 男の踏み込みが石畳の路面に打ち付けられ、乾いた音を生む。既に右ストレートは完璧な直線軌道を描き始めており、この状態での軌道修正はほぼ不可能と言ってよかった。自らの右拳が収まるであろう場所を知るその男自身の顔には、苦々しさが浮かんでいた。 そして、男の一撃は寅山の右の掌に収まった。打ち付けられた拳が、肉と肉とがぶつかる鈍い音を立てた。 「・・・・鈴藤、奇襲にしては随分お粗末だな」 寅山は相手の右拳をしっかりと片手で受け止めたままの状態で、相手の顔を見ることもなく、落ち着いた口調で言った。 鈴藤と呼ばれたその男は、寅山の右手から自らの拳を振りほどき、一歩後ろに下がって、 「・・・・仕方ないだろ、こっちも奇襲をかけるつもりなんて微塵もなかったんだ」 「じゃあ、今の渾身の右ストレートは何だ?いつからこの国では拳での挨拶が一般常識になったんだ?」 鈴藤の忌々しそうな声を聞いて、寅山が呆れた声で言う。 少しだけ不思議そうな表情を浮かべながら、 「それがさ、寅山さんの顔を見たら体が咄嗟に動いちゃって。・・・・レモンを見たら口から唾液が出てくるみたいな、そんな感じ」 鈴藤はそう言った。そして、 「・・・・まぁ、いい。それよりも、本題に移ろう」 寅山が、ため息交じりに鈴藤へと席を勧める。その仕草をみて、鈴藤は寅山の向かい側のイスに音も無く座った。 鈴藤が席につくのを見て、寅山は椅子の背もたれに掛けていたジャケットのポケットから折り畳まれた一枚の書類を出した。取り出した書類を折り畳んだままテーブルの上に置き、鈴藤の方へと滑らせて、 「では、鈴藤さん。これがお引き受けしたご依頼についての報告書です。どうぞお受け取りください」 さっきまでとはまるで違う、相手と一線を引いた口調で言った。 自分の方へと押し出されたその書類を、鈴藤は顔色を変えることもなくしばらくの間眺めていた。そして、おもむろに、 「・・・たしかに、受け取りました。支払いについては先日受け取った請求書通り、所定の金額を指定の口座に振り込んでおきます」 同じように口調を変えてそう言った後、その書類をハーフパンツのポケットにしまった。 店の奥からウェイターが、美しいカットの施されたガラスのコップに注がれた琥珀色のアイスレモンティーをジェラルミンの盆に載せて、テーブルへと歩いてきた。 軽く会釈をして、お待たせいたしました、アイスレモンティーです。と言ってテーブルの上に置いた。 「ところで、なんでわざわざこんな所で男二人で密会しなくちゃいけないだ?お向かいなんだから呼び鈴ひとつで事足りるだろ?」 ウェイターの、何かご注文はございますか?という丁寧な口調での問いに、あぁ、結構です。と鈴藤は短く答えた。 鈴藤の返答に顔色を変えることもなく、ウェイターは爽やかな笑顔を浮かべながら、かしこまりました。と完璧な一礼をして店の奥へと戻っていった。 ウェイターの後姿をほんの数秒眺めた後、 「何馬鹿なこと言ってるんだ、これだから鈴藤は困る」 寅山が鈴藤の顔を見て、口調を元に戻しぼやいた。 「仮にも探偵が、お向かいの呼び鈴鳴らして配達員よろしくサインお願いしまーすなんて言ってたら格好悪いじゃないか」 「・・・・・」 寅山の呆れたような口調で話す姿を、鈴藤は言葉もなく眺めていた。その表情には、ウンザリやゲッソリという表記が良く似合う疲労感が克明に浮かんでいた。 さも当たり前の様な事を聞くなと言った表情で、寅山はテーブルのレモンティーの入ったコップを持ち上げて、一口飲んだ。 「全く、そういう所にも気をつけるべきだと私は思うよ。そもそもだな・・・・」 コップをテーブルに置いて、寅山が鈴藤を前に熱弁をふるおうとしたその時。 「さすが詩歌藩国の心臓部、見事なものだった。機能性重視にも関わらず、あれほどの装飾を施されているとは」 ボロマールは政庁を離れたあと道なりに進んで行き、一番初めに足を踏み入れた大通りへと戻ってきた。訪れた時に自らを照らしていた太陽は、真上から少しだけ傾いていた。男が簡単な入国手続きを済ました時に感じた肌寒さは、すっかりなくなっていた。全身を包む空気には、暖かさを感じた。 頭上に広がる空の青さは薄くなり、流れる雲には陰影がついていた。輪郭すら見えない太陽が、その存在感を気温や吹き抜ける風に乗せて詩歌藩国へと運んでいた。 ボロマールは通りに面した日陰の脇道へと入り、少しの間腕組みをしたまま立っていた。そして、腕組みを解いた。 「・・・・うん、今度は工場地区にも行ってみよう。せっかく来たんだし」 そう言った後、再び大通りへと出てボロマールはその通りを横切ろうと歩き出した。 [No.159] 2007/05/15(Tue) 22:59:21 |