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   ボロマールさんへ (随分遅れてごめんなさいっ!) - 士具馬 鶏鶴 - 2007/05/15(Tue) 22:53:30 [No.155]
士具馬さんへ - ボロマール - 2007/05/17(Thu) 04:30:26 [No.162]
異邦人 (そしてその目撃情報) 第五(完) - 士具馬 鶏鶴 - 2007/05/15(Tue) 23:00:44 [No.160]
異邦人 (そしてその目撃情報) 第四 - 士具馬 鶏鶴 - 2007/05/15(Tue) 22:59:21 [No.159]
異邦人 (そしてその目撃情報) 第三 - 士具馬 鶏鶴 - 2007/05/15(Tue) 22:56:22 [No.158]
異邦人 (そしてその目撃情報) 第二 - 士具馬 鶏鶴 - 2007/05/15(Tue) 22:55:31 [No.157]
異邦人 (そしてその目撃情報) 第一 - 士具馬 鶏鶴 - 2007/05/15(Tue) 22:54:39 [No.156]



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ボロマールさんへ (随分遅れてごめんなさいっ!) (親記事) - 士具馬 鶏鶴

  たけきの藩国の皆様、はじめまして。詩歌藩国所属の大族、士具馬 鶏鶴と申します。何の挨拶も無しに書き込む無礼をお許しください。


  今回私がたけきの藩国の掲示板に書き込むことになったのは、先日(と言っても随分前になってしまうのですが)のボロマールさんの詩歌藩国訪問の御礼と記念のSSを送らせていただきたかったのが理由です。

  ボロマールさん、初対面にも関わらず、さほど話もすることもなく質問ばかりしてしまい本当にごめんなさい。それと、せっかく質問に答えていただいたにも関わらず、SS完成に随分時間をかけてしまったことも本当に申し訳ないと思っています。

  というわけで、なんとも拙いSSですが広い心で受け取っていただけたら非常に嬉しいです。もし、読んで頂けて色々文句がございましたらそのついでにでも詩歌藩国に遊びに来てください。(あ、もちろん、そっちメインでもみんな歓迎します。)





  (あ、パスワードは9876です。念のために書いておきます。)


[No.155] 2007/05/15(Tue) 22:53:30
異邦人 (そしてその目撃情報) 第一 (No.155への返信 / 1階層) - 士具馬 鶏鶴



  その日、詩歌藩国は快晴の空に見下ろされていた。
  点在する雲は霞んでおり、透けて薄いみずいろの空が見える程度のものだった。時折海鳥の高い声が、その変化の少ない空に響いていた。





  詩歌藩国北部、王都イリューシアにほど近い湾岸沿いの漁港には足音が絶えなかった。様々な職業や年齢、それらに適した服装をした人々が各々の歩調で進んでいく。
  停泊する漁船から魚介類と氷の詰まった頑丈そうな木箱を運ぶ屈強な男達が居る一方で、色彩豊かな服に身を包んだ女性が港を出てすぐの所にある様々な店が立ち並ぶ大きな通りを歩いているなどといった風景がそこにはあった。



  だが、そんな詩歌藩国の日常も、今日だけは少し違った。
  明らかな異色が、その日常という名の完成された絵画の中に浮かび上がっていた。





  その漁港には、小さな旅客ターミナルがある。
  ターミナルといっても船舶の到着予定時間を表示する電光掲示板も無ければ、金属探知機もない。ただ、鉄パイプを溶接して作られたゲートとプレハブ製の小さな入国審査所、そして辛うじて読める本州行きへの船賃の書かれた金属板が審査所に掛けられているだけだった。
  湾岸部の少し外れた場所にひっそりと佇むその建物へと自ら足を向ける人の姿は無い。停泊する船舶の姿も無く、ただそのプレハブ製の入国審査所が太陽に照らされて、通りのコンクリートで固められた地面に黒い影を落としていた。





  「・・・はい、入国審査はこれで終了です。ボロマールさん、詩歌藩国にようこそ。楽しんでいってくださいね。」
  「そうさせてもらいます、どうもね!」
  入国審査官の声の後に、景気良く返事をする声があった。
  そして、ゲートが開いた。




  奥からは、酷く肌の露出度の高い格好をした男が姿を現した。
  無駄無く鍛え上げられた細身で筋肉質な体つきをしており、肌の色は薄い褐色。黒い髪を肩の辺りまで伸ばしていたが、どこか無造作に放り出されているかのようにも見える。咥えている煙草からは薄く煙が出ており、先端には紅色の火が燈っていた。黒縁の眼鏡からは特徴的な細い糸目が見えており、今はそれが優しさを帯びていた。


  そして、そんな男が身に纏っていたのは褌だけだった。木綿で作られたそれは一点の汚れも無い朱色に染め抜かれており、スラリと伸びる両足は綺麗にムダ毛処理がされていた。



  「くーっ、さっすが北国!少し肌寒さがあるなー!」
  ゲートから出てきたその男は、辺りに視線を配りながらそう言った。北国に居る人間がするべきでない格好をしていながらも、男の声からはその肌寒さをどうにかしようという気概は一切感じられない。

  遠くから聞こえる人々の声を聞き、男はターミナルから少し離れた賑わいのある漁港付近へと視点を定める。
  「なるほど、あっちがメインストリートか。さっそく詩歌藩国の賑わいに触れてみよう」
  そう言うと、褌姿のその男は逸る気持ちを抑えているかの様にゆっくりとコンクリートで固められた道の上を歩いて行った。


[No.156] 2007/05/15(Tue) 22:54:39
異邦人 (そしてその目撃情報) 第二 (No.155への返信 / 1階層) - 士具馬 鶏鶴





  目と鼻の先に漁港がある、その石畳の大きな通りに面して一軒の個人商店があった。
  店先に大きな窓ガラスがはめ込まれ、中の様子が外から良く見えるようになっている。店の中にはその大きな窓枠と向かい合うように長い木製のカウンターが備え付けられ、背後の壁を様々な商品が隙間無く並べられた棚が覆っていた。


  そんな店内には、一人だけ客が居た。年の若い男で、肩より少し下の辺りまで伸びた白い髪を後ろでくくり、前髪が目を覆っている。白衣を羽織り、その下には深い緑色のタートルネックを着ていた。


  カウンターを隔てた年の若い店の主人が、膨らんだこげ茶色の紙袋をカウンターの上において、
  「・・・では須藤さん、どうぞ。こちらがご注文の品です」
  店主に須藤と呼ばれたその客は、自分の方へと置かれた袋の中身を確認し、
  「・・・はい、確かに。注文通りです」
  そう言って、袋を受け取った。須藤は顔を店主の方へと戻し、
  「支払いはいつも通り、振り込まれてますよね?」
  「えぇ、もちろんです。いつも御贔屓にしていただきましてありがとうございます」
  確認するように店主へと質問して、店主に御礼の言葉と御辞儀で返される。
  「いえいえ、こちらこそお世話になっております。これからもどうぞよろしくお願いしますね」
   須藤が律儀に店主の御辞儀へ答えると、両手でカウンターの上に乗せられていた紙袋を抱える。
  「それじゃ、私はこれで失礼します。お仕事がんばってください」
  そう言いながら、カウンターに背を向けて店のドアへと歩いていく。荷物を片手に持ち替えて、分厚い木のドアに付けられた鈍い色の金属製ノブへと手を掛ける。

  「お買い上げ、ありがとうございましたー」
  須藤がドアノブを捻りドアを押し開くと、後ろからそう言う店主の声がしていた。





  店を後にして石畳の大きな通りに出ると須藤は独り言のように、
  「えーっと、他に買い物は無い筈だからこれで戻り・・・かな」
  そう言うと体の向きを反対に変えて、のんびりとしたスピードで歩き出した。町を行き交う人々の姿やディスプレイに展示された家具や雑貨を眺めながら、須藤はその身を陽光の元に晒している。  白衣や髪の白が力強い太陽の光に照らされて、色の明るさを増す。道の脇に等間隔で植えられた街路樹の葉が透けて、深緑から薄い黄緑色へと変わる。時折吹き抜ける潮の匂いをする風が、小さくその葉を揺らしていた。
  透き通るみずいろの空には陰影の付いた白い雲が浮かび、じっくりと眺めれば流れていく様がわかった。




  「・・・また仕事へ戻るには勿体無い位の、良い天気だ・・・・」
  須藤は歩みを止めることもなく、息を小さく吐きながらそうつぶやく。
  男の目は白い前髪に覆われてその表情を窺い知ることは難しかったが、その声色からは男が自分の周りを包む風景を満足そうに楽しんでいることが分かった。




  そんな散歩気分で須藤が荷物を抱えて歩いていると、遠くに十字路が見えてきていた。



  そして、須藤は『その』男の姿を見た。



  距離があるので男の全体像や細部までははっきりと見えてはいなかったが、『その』男が随分奇抜な格好をしていることだけは間違いないことが須藤には分かった。
  長く伸びる黒い髪とほぼ全裸に近い格好。身に着けた衣類は目の覚めるような朱色の褌だけだった。近づいていく程に、『その』男の体が随分鍛え上げられていることがその体つきからわかった。



  「・・・え?」
  思わず須藤は困惑した様子でそう呟くと、一旦その足を止める。少し先に居るその赤い褌姿の男を凝視して、しばらくの間硬直していた。
  そうしている間にも、その赤い褌姿の黒髪の男は十字路を渡って須藤の視界から消えていく。周囲を気にする様子もなく、物珍しそうに建造物や店先に並ぶ商品達を眺めながら歩いていった。ついさっき、須藤自身がしていたように。


  「・・・・・・・・・・いや、まて。ここで声を掛けないわけにはいかないだろ、さすがに」
  やっと硬直が解けて、須藤は自身を奮い立たせるかの如くそう言うと、十字路の所まで石畳の道を駆け抜けていく。袋の中身を落とさないようにしっかりと紙袋の口を折り曲げて、片手で掴む。須藤の羽織る汚れのない白衣の裾が、慌しく揺れていた。


  20秒ほど走った後、十字路の所に着いた。須藤は辺りに視線を配り、先ほどの朱色の褌姿の男を見つけようとしたが、その男の姿はどこにもなかった。
  須藤は、念のためと思い十字路に沿って作られている脇道や抜け道を幾つか覗き込んでみたが結果は変わらなかった。


  「・・・・・・見間違い・・・・か・・・?」
  そう一人呟く須藤の横顔には、つーっと一筋の汗が流れていた。


[No.157] 2007/05/15(Tue) 22:55:31
異邦人 (そしてその目撃情報) 第三 (No.155への返信 / 1階層) - 士具馬 鶏鶴




  一方その頃、同じく王都イリューシア。



  港町の喧騒から少し離れた路地の一角にその立て看板はひっそりと置かれていた。「虎さん探偵(雑用)事務所」と白い木板に黒いペンキで書かれたそれは、まだ作られてからそれ程日がたっていないらしくま新しさが色濃く残っている。空から降り注ぐ真昼の陽光が、路面に立て看板の小さな影を縫いつけていた。



  その小さなたて看板の横には、三階建ての雑居ビルが路地の壁に埋め込まれるように建っていた。
  一階部分のスペースには古ぼけた古本屋が入っており、壁際には天井まで届く本棚が隙間なく置かれている。人一人がやっと通る事のできる程の通路が出来るように、同じ位の高さを持つ本棚が店内に並べられている。そして、どの本棚にも書物が詰め込まれていた。床には入りきらない本の山が点在し、ただでさえ狭い店内により圧迫感を与えていた。
  また、その店に並ぶ書物は多様だった。幼い子供が読むような薄い絵本の隣に辞典並みの厚みを持つ革張りの啓蒙書が本棚に並んでいた。
  そんな店の一番奥の壁際に小さなレジがあり、年老いた店主が腰を下ろしていた。不機嫌そうな表情を浮かべながら、手に持つ本のページへと視線を落としていた。その姿からは、客の来店を心待ちにするといった雰囲気は微塵も感じられなかった。



  そんな店の外、ビルの一階部分の右側に二階へと続く階段があった。傾斜は随分と急で、狭い空間の天井には古ぼけた電灯が据え付けられている。入り口付近の壁には電灯のスイッチはなかった。


  古本屋の店主が、薄暗い店内で本のページを三度めくり終わった頃。
  ビルの右側に作られた二階へと続く階段から、カツン、カツンと靴底の床を叩く音が聞こえた。その音は一定の間隔で大きくなっていき、しばらくして黒いレザー靴が見えた。


  階段の奥から姿を現したのは、一人の男だった。
  男は白いYシャツに、黒いジャケットを羽織っていた。腰を太い黒のベルトを締めて、下には色の浅いブルージーンズを穿いていた。白い顎鬚を綺麗に伸ばし、波打つ前髪が少しだけ顔に掛かっている。形の良い眉の下には、どこか厳しさを消しきれない鋭さを持った目があった。
  整った顔立ち、鍛え抜かれた無駄のない体、それらが見事なバランスでその男を構成していた。ただ、口に咥えた抹茶色をした棒つきアイスバーが、男からそれらの恵まれた外見を台無しにしていた。


  その男は、時間を持て余すかのように一歩ずつ階段を下りていく。男の体が大袈裟に上下する度に、口から出ているアイスの棒も小さく揺れる。
  男が細い階段を下りきって、路地に出た。照りつける陽光の眩しさからか、眉間に皺を寄せる。アイスバーの棒を口から出し、眉間に皺を寄せるその姿は実に滑稽だった。
  直ぐに目が慣れたのか、男の表情は険しさを失う。体を「く」の字に曲げて、片手に持っていた木の板を看板の上に立てた。その板には、「只今外出中」とだけ書かれていた。
  男は路地を抜けようと歩き出したが、歩を進め始めた直後に足が空中で止まる。体を反らし、口に含んだアイスバーを取り出しながら、階段横の古本屋の中を覗き込む。店主の不機嫌そうな表情で本を読む姿を見て、反らしていた体勢を元へと戻した。
  そして、視線を古本屋の店内から路地の先へと移す。手に持っていた宇治金時味のアイスバーを再び口に含み直して、歩き出した。






  「・・・まだ春先だってのに、なんでこんなにアイスが旨いんだ。仮にも北国だぞ、まったく」
  食べ終わったアイスバーの棒だけを咥えながら、その男、寅山 日時期は呟いた。これといった目的地もないように、当て所なく歩き続けている。その姿は、余りある時間をなんとかして消費しようする様にも見えた。寅山は通りに置いてあるゴミ箱を見つけて、咥えていたアイスの棒を捨てた。



  事務所に程近い路地を抜けて、寅山の足は自然と大通りへと向かった。途中には、閑静な住宅街や公園などがあった。住宅街に並ぶ家々はどれも立派な門がついていた。公園には緑が多く、広々としたそこには幾つかベンチがあるだけだった。


  寅山はそういった場所をゆっくりとした歩調で通り過ぎ、しばらくして背の高いビルが立ち並ぶ地域に出た。住宅街とビル街との分かれ目辺りに、流線型の金属製の看板が立っている。そこには、「詩歌藩国 政庁エリア」と書かれていた。
  その看板を見ることもなく、寅山は変わらずのんびりとした速度で政庁エリアへと進んでいく。途中、一際存在感のある背の高いビルの前で足を止めたが、結局寅山の足はビルの方へとは向かなかった。





  寅山がそのビルの前を素通りしてから数秒後。入れ違いのようにして、一人の男が街路樹の陰から現れた。赤い褌と黒い長髪が眩しい、年の若い男。ボロマールだった。


  「・・・なるほど、ここが詩歌藩国の中枢か。」
  遥か高くまで伸びるビルを見上げながら、ボロマールは落ち着いた口調で誰とも無く呟いた。黒縁の眼鏡の奥から微かに鋭さの残る両目をのぞかせ、ほんの少しだけ微笑んでいた。


  そして、
  「それじゃ、さっそくお邪魔させてもらおうかな」
  ボロマールは歩き出した。


[No.158] 2007/05/15(Tue) 22:56:22
異邦人 (そしてその目撃情報) 第四 (No.155への返信 / 1階層) - 士具馬 鶏鶴

  遠ざかっていくビル群を背に、寅山はさらに進んでいく。路面は次第に石畳へと変わっていき、人通りも随分と増えていった。通りには様々な店が立ち並び、ショーウィンドウには多種多様な商品が数多く陳列されていた。

  寅山は政庁エリアをぬけて大通りにでると、迷う様子もなく一軒の喫茶店に入る。通り沿いのテラスに出されたテーブルに着くと、直ぐにウェイターが注文をとりにきた。
  寅山が、レモンティー、アイスでとジャケットを脱ぎながら短く言うとウェイターは恭しく礼をして店内へと戻る。脱いだジャケットを椅子の背にかけて、寅山は軽いため息をついた。
  何気なく通りへと視線をやると、忙しそうに走り回る人々の姿が目に付く。彼らの顔に疲労の色はなく、そのどれもが充実感に満ち溢れていた。爆発するような活力が、その通りにはひしめきあっていた。
  そんな通りに等間隔で植えられた街路樹からは、力強い日の光がこぼれている。石畳の通りに小さな木陰が生まれ、その下に涼を求める人の姿はない。僅かに生まれた木々の影は、春らしからぬ汗ばむ程の気候を強く印象付けるだけだった。
  時折正面から吹いて来る弱々しい風に、暖かさを感じる。席を店内に替えようかな、などと思ったその時。




  それは、一瞬の出来事だった。

  店のトイレから出てきたその男は、テラスで椅子に座っている寅山の姿を見るや否や迷いのない瞬発力を生かした走りを見せた。

  幸いにも男と寅山の間を妨げる物は何もなく、距離にしてほんの数メートル。だが、その男の足についた無駄のない筋肉はその爆発的な瞬発力を生み出していた。

  タイミングのピッタリはまった踏み込みと軸足の固定。腰を捻り、胸を反らした姿勢から全体重をかけるように、右肩から拳の先端までをしなやかさを失わない力強さと供に動かす。丁度、限界まで絞られたバネが急にその圧力を失い、躊躇いの無い伸長を起こすように。


  寅山に渾身の右ストレートを今まさに届けようとする、その男の年は若い。上下を同じ紺青色で統一し、通気性の良さそうな着物と綿製のハーフパンツを身に着けている。短く逆立った白い髪に細身ではあるが無駄のない筋肉質の体格。普段ならば優しそうに見えるであろうその顔つきには、温和そうな表情はなく厳しさしか残っていなかった。相手を見据える目には、固く鋭い意思のようなものが宿っていた。




  その男の放つ殺気に、寅山は顔色一つ変えていない。
  ただ一言、あっちーと呟いて、無造作に右腕を動かした。右の掌を広げ、まっすぐに右腕を伸ばす。迫り来る男の方へと顔を動かすことも無く、相変わらず寅山の視線は通りに流れていく人々の方へと注がれていた。
  男の踏み込みが石畳の路面に打ち付けられ、乾いた音を生む。既に右ストレートは完璧な直線軌道を描き始めており、この状態での軌道修正はほぼ不可能と言ってよかった。自らの右拳が収まるであろう場所を知るその男自身の顔には、苦々しさが浮かんでいた。


  そして、男の一撃は寅山の右の掌に収まった。打ち付けられた拳が、肉と肉とがぶつかる鈍い音を立てた。

  「・・・・鈴藤、奇襲にしては随分お粗末だな」

  寅山は相手の右拳をしっかりと片手で受け止めたままの状態で、相手の顔を見ることもなく、落ち着いた口調で言った。
  鈴藤と呼ばれたその男は、寅山の右手から自らの拳を振りほどき、一歩後ろに下がって、

  「・・・・仕方ないだろ、こっちも奇襲をかけるつもりなんて微塵もなかったんだ」

  「じゃあ、今の渾身の右ストレートは何だ?いつからこの国では拳での挨拶が一般常識になったんだ?」

  鈴藤の忌々しそうな声を聞いて、寅山が呆れた声で言う。
少しだけ不思議そうな表情を浮かべながら、

  「それがさ、寅山さんの顔を見たら体が咄嗟に動いちゃって。・・・・レモンを見たら口から唾液が出てくるみたいな、そんな感じ」

  鈴藤はそう言った。そして、

  「・・・・まぁ、いい。それよりも、本題に移ろう」

  寅山が、ため息交じりに鈴藤へと席を勧める。その仕草をみて、鈴藤は寅山の向かい側のイスに音も無く座った。
  鈴藤が席につくのを見て、寅山は椅子の背もたれに掛けていたジャケットのポケットから折り畳まれた一枚の書類を出した。取り出した書類を折り畳んだままテーブルの上に置き、鈴藤の方へと滑らせて、

  「では、鈴藤さん。これがお引き受けしたご依頼についての報告書です。どうぞお受け取りください」

  さっきまでとはまるで違う、相手と一線を引いた口調で言った。
  自分の方へと押し出されたその書類を、鈴藤は顔色を変えることもなくしばらくの間眺めていた。そして、おもむろに、

  「・・・たしかに、受け取りました。支払いについては先日受け取った請求書通り、所定の金額を指定の口座に振り込んでおきます」

  同じように口調を変えてそう言った後、その書類をハーフパンツのポケットにしまった。
  店の奥からウェイターが、美しいカットの施されたガラスのコップに注がれた琥珀色のアイスレモンティーをジェラルミンの盆に載せて、テーブルへと歩いてきた。
  軽く会釈をして、お待たせいたしました、アイスレモンティーです。と言ってテーブルの上に置いた。

  「ところで、なんでわざわざこんな所で男二人で密会しなくちゃいけないだ?お向かいなんだから呼び鈴ひとつで事足りるだろ?」

  ウェイターの、何かご注文はございますか?という丁寧な口調での問いに、あぁ、結構です。と鈴藤は短く答えた。
  鈴藤の返答に顔色を変えることもなく、ウェイターは爽やかな笑顔を浮かべながら、かしこまりました。と完璧な一礼をして店の奥へと戻っていった。
  ウェイターの後姿をほんの数秒眺めた後、

  「何馬鹿なこと言ってるんだ、これだから鈴藤は困る」

  寅山が鈴藤の顔を見て、口調を元に戻しぼやいた。

  「仮にも探偵が、お向かいの呼び鈴鳴らして配達員よろしくサインお願いしまーすなんて言ってたら格好悪いじゃないか」

  「・・・・・」

  寅山の呆れたような口調で話す姿を、鈴藤は言葉もなく眺めていた。その表情には、ウンザリやゲッソリという表記が良く似合う疲労感が克明に浮かんでいた。
  さも当たり前の様な事を聞くなと言った表情で、寅山はテーブルのレモンティーの入ったコップを持ち上げて、一口飲んだ。

  「全く、そういう所にも気をつけるべきだと私は思うよ。そもそもだな・・・・」

  コップをテーブルに置いて、寅山が鈴藤を前に熱弁をふるおうとしたその時。





  「さすが詩歌藩国の心臓部、見事なものだった。機能性重視にも関わらず、あれほどの装飾を施されているとは」

  ボロマールは政庁を離れたあと道なりに進んで行き、一番初めに足を踏み入れた大通りへと戻ってきた。訪れた時に自らを照らしていた太陽は、真上から少しだけ傾いていた。男が簡単な入国手続きを済ました時に感じた肌寒さは、すっかりなくなっていた。全身を包む空気には、暖かさを感じた。
  頭上に広がる空の青さは薄くなり、流れる雲には陰影がついていた。輪郭すら見えない太陽が、その存在感を気温や吹き抜ける風に乗せて詩歌藩国へと運んでいた。

   ボロマールは通りに面した日陰の脇道へと入り、少しの間腕組みをしたまま立っていた。そして、腕組みを解いた。

  「・・・・うん、今度は工場地区にも行ってみよう。せっかく来たんだし」

  そう言った後、再び大通りへと出てボロマールはその通りを横切ろうと歩き出した。


[No.159] 2007/05/15(Tue) 22:59:21
異邦人 (そしてその目撃情報) 第五(完) (No.155への返信 / 1階層) - 士具馬 鶏鶴


  一人の男が、大通りを横切っていた。
  その男以外にもその通りを横切る人の姿は多くあったが、その男が通りを横切る姿はやけに目立っていた。


  黒い長髪に黒縁の眼鏡、その奥には細い糸目。そして、体に纏う唯一の物である赤い褌。鍛えられた細身の若い男は、自分の格好になんら違和感を覚えている様子もない。小さく鼻歌まで、歌っていた。
  男の遥か頭上から少し傾いた太陽が、その男の影を路面に縫い付けていた。両足の間からは、ヒラヒラと動く褌の影があった。





  「・・・・・おい」

  寅山が、鈴藤の後ろの方へと視線をやりながら今から口にしようとしていた言葉全てを飲み込んで、一言呼びかけた。
  相変わらず寅山への呆れを隠すこともなく、ほんの少しだけ険しさを混ぜた様な表情で、

  「なんだよ、そもそもの先は一体何処いったんだよ」

  やや棘の含んだ声で鈴藤が答えた。

  「いや、ついさっきその先は吹っ飛んだ。それよりも、今俺の目の中に入ってるヤツが大変興味深いんだ」

  どこか考え深げな声色で、鈴藤に語りかける寅山の姿からはさっきまでとは全く異質の空気が漂っている。

  「・・・・ヤツ?女の子の間違いじゃないのか?」

  「いいから、さっさと後ろ向いてみろ。俺の言ってる意味がお前でも必ず理解できる」

  皮肉交じりの返答を返した後、寅山の全く気にする様子もない言葉を聞いて鈴藤は深いため息をついた。通りの方を正面に向けて上半身を横向きにし、視線を背後へと向ける。
  そして、固まった。二人の視線の先には、赤い褌姿の男が通りを横切る姿があった。

  「・・・・・・あれはたしか・・・・」

  「なんだ、そっちの知り合いか。・・・・・さすが鈴藤だな、知り合いも一味違う」

  しばらくの間、二人の間に沈黙が生まれた。その男の動きを追う二人の目の動きが殆ど同じだった。ゆっくりと男の進む方向へと曲がっていく首のスピードも大差なかった。
  周囲に満ち溢れている雑踏の音が、さっきより大きくなった。風に揺れる葉の音が、より鮮明に二人の耳へとはいってきた。

  「・・・・で、どうする?」

  ゆっくりと首を動かしながら、寅山が問いかける。

  「・・・・・寝ぼけた事聞くなよ、寅山 日時期。広報部所属のこの鈴藤 瑞樹が、来客者に対して何のアクションも起こさなかったなんて知れたら恥だ」

  同じ様に首を褌姿の男の進行方向へと曲げながら、鈴藤はさっきまでとはまったく違う口調で堂々とそう言った。その言葉の端々からは、鈴藤のプライドが見え隠れしていた。

  「・・・・なら、決まりだな。俺もついてく」

  後ろ向きだった上半身を元に戻し立ち上がる鈴藤の姿を見て、寅山も椅子から立ち上がり言った。背もたれに掛けていたジャケットを手に取り、ポケットの中へともう片方の手を突っ込む。折り畳まれた財布を取り出して、中から硬貨を数枚掴みテーブルの上に置いた。カチンと乾いた音が小さくした。






  二人は喫茶店を離れ、一路赤い褌姿の方へと走り出した。行き交う人の波をスイスイと抜けていく。彼らの速度は、ついさっきまで流れていた穏やかな時間を完膚なきまでにぶち壊していた。


  赤い褌姿の男が通りを渡り終えて、二人の視界から消えた数秒後。寅山と鈴藤は、その人物が二人の視界から消える一歩手前の場所に立っていた。

  二人の立つ石畳の路面には、多くの人々が行き交っていた。随分なスピードで走りこんできた彼らに対して奇異な視線を投げかける者は、居なかった。食料品の入った買い物袋を持つ主婦も、友達を連れて楽しそうに話をしながら歩いていく年の若い着飾った女性達も、涼しげな青色のポロシャツを着た老人も、誰もが自分のペースで街中を歩いていた。
  息を乱すこともなく、彼らはその男が歩いていったであろう方向へと目を向けた。



  彼らの視線の先に、赤い褌姿の男は居なかった。
  そこにはただ、石畳の通りと遠くに見える白い山々、そして透き通る高い青空だった。人の姿は無く、背後から聞こえる雑踏の音だけしかなかった。


  二人の顔に、一筋の汗が流れた。これが季節外れの陽気のせいなのか、はたまた自身の中に存在する眼前の事実を否定しようとする常識とそれを気にすることもなく漠然と二人の前に横たわる非常識との葛藤なのかは、彼らにも分かりはしなかった。


  しばらくの間、二人はただ立ちすくんでいた。そして、そんな彼らの事を気にする人間は、居なかった。





  後日談




  その後、寅山・鈴藤の両名による王都内の必死の捜索が行われたが、彼らの努力は空振りに終わった。
  その1時間後、赤い褌姿の男の姿が工場地区で目撃され再び鈴藤・寅山の両名は追跡を行ったが、結果は散々なものに終わった。


  そして、後日。

  赤い褌姿で年の若い、黒くて長い髪と黒縁眼鏡が特徴的な男の入国と出国が、確認された。


[No.160] 2007/05/15(Tue) 23:00:44
士具馬さんへ (No.155への返信 / 1階層) - ボロマール

士具馬さん素敵なSSありがとうございます
楽しく読ませていただきました
訂正などは特にありません
後日、改めてお礼に伺わせていただきたいと思います


[No.162] 2007/05/17(Thu) 04:30:26
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