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タイトル作成 - むつき - 2010/07/05(Mon) 15:28:02 [No.6776]
その他いらすと - むつき - 2010/07/08(Thu) 15:53:48 [No.6801]
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風呂・了 (No.6807 への返信) - 城 華一郎

時と、場所は、すでに現実の側のことである。

汗と、砂埃とで、どろどろに汚れた顔をした男女の群れが、
二列に分かれて、間に道をあけて、並んでいた。

奥手には、周りの市街の痛み具合から浮いた、
真新しい建物。

手前には、背中をしゃちほこばらせたアウ=ル。
着たきりスズメだった、変形のスーツは、裾が、ぴょこりと皺の寄って、
はみ出ている。

髪も、肌も、あごひげも、荒れ放題で、脂が浮いていた。

どこからも、それを非難する声は挙がらない。
誰も、似たような格好なのだ。乾いた気候のため、相当近くに寄らなければ、
臭いがしないのは、誰にとっても幸いだったはずである。

よくよく新築の建物の様子を伺うと、
さらに奥の方の、天井あたりが、ゆらり、ゆらり、
陽炎と似て非なる濃さで、大気が揺れていた。

人の列の、一番奥、左右に分かれて立っているのは、
遠目にも異彩を放つ、パンパンに太い筋肉を持った壮年の男と、
地を擦るほどに長い灰髪を三つに編んだ、年輪も艶やかな女。

二人の手には、縁取りの色、鮮やかな、
紅白のテープがつまみ持たれていた。

そして、アウ=ルの右手には、鉄製の厚い、作業バサミ。

建物の傍らと、正面、門構えに冠した、立て看板と、看板に、
万国共通の湯処マークと、「RF」のイニシャルが、青く、刻まれている。

列からは、熱いまなざしでアウ=ルを見つめる、妙齢女性の視線があり、
また、一同からの、ふてぶてしくも、たくましい笑顔が向けられていた。

この笑顔の上に表れている感情を、誇りと呼ぶのだろう。

みな、雄弁なほどの沈黙で、アウ=ルを待っている。

……まだ、第一号店の落成式に過ぎない。
これから、仕上げどころか、基礎工事を待っている予定地も、
いくらもある。

わかってはいても、
泥のように重く、ぬかるんだ苦難の道を、共に歩んだ仲間たちの、
列の間を、一歩、一歩、万感というより、疲れから、踏みしめて、
よぎる気持ちは、胸の内を、やはりうねっていた。

「テープカットだぜ」

見届け人のメイが、また、いかついのに愛嬌あるウィンクで促し、
セレモニーの進行を会場中に告げる。

眼前には湯屋がある。
鋏を入れて、断ち切るのは、これまでの苦労の、すべてなのだと、
刃が噛んだテープの端が、感触を伴って断ち切れるのを、見届け、
アウ=ル=フォルトは、初めて知った。

拍手が巻き起こる。

自分たちの現場が、終わったのだ。
ここからは、また、新たな人たちのための、現場になる。

身をやすらえるために来た人たち、
それを労い、もてなす人たち。

みんなの新しい日常が、ここから始まる。

突然、頬を滑る、珠の動きを感じた。

「あれ、うお……!?」

拭っても、拭っても、掌から手首のあたりが、
ぐじゅぐじゅに濡れるだけで、おさまらない。

刺し込む質の痛みが、心臓を強く絞り上げる。

「ど、どうした、俺。疲れすぎて、壊れたか!?」
「馬ァ鹿」

屈託のない罵倒。
掌から顔を上げると、メイは、妹と二人、並んでアウ=ルの前に立っていた。
手で押さえた上から、胸を、ドンと叩かれる。

「男が初めて、いっちょまえの仕事をやったんだ。
 そいつァ、当たり前のことだろ」
「あら、”前社長”の同じ素振りは、記憶にないけどねえ」
「まぜっかえすない、副社長どの!」

一同からの、拍手は止まない。
その、波濤のような、轟きを、感じるほどに、胸が軋む。

みな、誇らしげな顔を、そのままに、
アウ=ルに拍手を浴びせかけていた。

「いいもんだろ、人から求められる感じってのはよ」
「!」

痛みが、一気に熱へと転じて広がった。

ずっと、自分がなりたくてなったはずの職業の名を、
呼ばれるたびに痛んだ心の棘が、帰着するべき答えを見つけて、
ほどけていく。

そうか、俺は……、国に、みんなに、何かがしたくて。
そのきっかけがほしくて、ここに帰ってきてたのか……!

「みんな……あり、ありがとう!」
「馬ッ鹿、それもヌけた台詞だぜ、”社長”殿」
「へ?」

要領をつかみかね、まだ、ぽかんとしていると、
わあっと大挙してアウ=ルをみんながもみくちゃにしに、駆け寄ってきた。
ほとんどもう、人津波のありさまだ。

「親方、俺を使ってくれて、ホントにありがとう!」
「社長、私、こんなに充実して働けたの、初めてでした!」
「いいモンだよな、人の役に立てることを、させてもらえるって」
「うん、それもこれも、みんな親方が拾ってくれたおかげだよ!」
「若いのに、よっく辛抱して差配しなすった。
 いやあ、め組も、これで、当分安泰だね!」

口々に感謝を告げられるので、ほとんどは聞き取れないのだが、
耳に入っているから、意味が取れなくても、自然と体が熱く、反応した。

遠巻きに人ごみを避けているブラスフィールド兄妹が、
まぶしそうに、光景を、目を細めて視界に入れている。
どうにか取り巻きを押しのけて、アウ=ルは二人の下へとたどりついた。

メイは、嬉しそうに、笑っていた。

「おめえさんが今、抱えてるものは、
 ぜえんぶ、おめえさんがみんなにくれてやったものと同じなんだよ。
 いいかい、新社長。それが、共に和するってことだぜ。
 それが、共に和したってえ、実感なんだぜ」
「で、でも、俺は、メイさんに拾ってもらったから……!」
「俺は落っこちそうになったもんを、支えただけよ。
 後は全部、アウよ、おめえさんが形をつけたんだ。
 おめえさんの心で、こいつらの心もろとも、全部デザインしてやったんだよ」
「そんな、俺は、みんながいたから……ただ、当たり前のことをしただけで……」
「その”みんな”を、見つけてきたのも、あんただねえ。
 当たり前のことを、当たり前にやってのけるのが、仕事じゃないか。
 それも、国を直すなんて大仕事の、ひとつだ」

にいまり、細く、メイロードが笑んだ。

「さあっ、いつまでも泣いてんじゃないよ、次の仕事が首を長くして待ってるじゃないのさ!」
「は、はいっ!!」
「新社長、号令!」

――――鋭い声に、一同は直立不動で、その場に停止した。

次の言葉を、
次の、自分が求められ、また、自分が誰かを求める現場を、
みなが、待ち望んでいた。

現場第一主義、か……。

MEIDEA建築・伝統のポリシーが、髪の、毛先の震えるほどに、
隅々まで浸透して、アウ=ルの喉を、肺を、腹を、
意志を、貫ききった。

「――――全員、聞けえッッ!!!!
 俺たちは、作るぞッ!!!
 笑顔の素を、作るッ!!!
 それが俺たちの喜びで、笑顔の素で、
 だから、残りの仕事も……」

応!!!!

爆発的ないらえが一斉に返る。

「おお、やりきって見せろやあああああああああ!!!!!!!」

新しい、漢(ザ・ガイ)の咆哮が、
世界を揺らして、貫いた。

風呂屋の屋根からは、湯煙の水蒸気が立ち上り、
今にも訪れる客を出迎えんとする、新ピカの、明るく、朗らかな、
玄関口が、まぶしげに熱い陽光を受け止めていた。

ああ……。

つくづく世界は意志の力で出来ている。

だって、こんなにも、笑顔の光で、輝かせることが出来るのだから――――!


[No.6808] 2010/07/09(Fri) 16:42:38

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