SS置き場 - 城 華一郎 - 2012/11/17(Sat) 13:11:54 [No.7808] |
└ サイボーグ花屋さんss完成 - むつき - 2014/01/30(Thu) 14:56:46 [No.7887] |
└ 1/8更新完成-結婚衣装SS(とあるオッサンの見た風景) - むつき - 2012/12/06(Thu) 17:16:38 [No.7817] |
└ 訓練風景 - 城 華一郎 - 2012/12/02(Sun) 00:21:23 [No.7816] |
職業訓練で花の勉強をしていた記憶を掘り起こして書いていきます。 花のお仕事ってこんなんですよ、って内容にしていきます。 サイボーグとお花屋さん レンジャー連邦の西都、そこは農業従事者が多く暮らす都である。 こんこんと水が湧き出す大小のオアシスを囲むように干拓された土地には、昔からオレンジ、ナツメヤシなどを中心とした砂漠での栽培に適した果樹栽培と、最近はそれにビニールハウスの姿も目立つようになっていた。 中で栽培されているのは、この国で何かと需要の多い「花」である。以前は輸入も多かったが、国内需要の増加により、近年は花農家や花屋の数も増えていた。 誰かへの贈り物に、気持ちを伝えるしゃれた小道具に、お部屋のインテリアや、墓前に添える追悼の花など、男女問わず店先に並ぶ色とりどりの花を買い求め、生活の彩として日常に溶け込んでいる。 そして、意外な事にそんな花に関する業種に、サイボーグ職からシフトしてくる者が少なくなかった。 防水コーティングが必須にはなるが、ボディに仕込んだ武器を農機具や断ち鋏に変え、馬力のある体で力仕事を軽くこなし、埋め込んだセンサーなどは、繊細な温度管理が必要な品種に対して大変役にたった。そう、存外サイボーグは植物を扱うのに適している、そういうことである。 「あー、気温が上がってきたなあ、そろそろ開けるか?」 半透明のビニールに囲まれたハウス内で作業をしていた男は、体内に埋め込まれたセンサーからのアラームを受け取って薄く透ける空を見上げた。 今日も抜けるような晴天、早朝は肌寒く、かえってハウスの中のほうが暖かかったのに、日が昇った今はかなり暑い。水耕栽培の棚には天に伸びるように整えられた薔薇の株が平行に並び、頃合のものはすでに収穫されたのか、蕾をつけた枝葉だけが目立っているが、香りだけが甘く残っていた。 「そうだな、今やる。」 返事をした方、その見た目は左肩に無骨なサブアームを付けた、そう、この国では大分見なくなったレトロタイプのサイボーグの男が、根元だけに水をやるために持った大型じょうろを軽く扱いながら、水耕栽培棚を越えた先にあるハウスの壁面開閉スイッチを押すためにサブアームを伸ばした。 少し、重さが左にかかる。男は強化された足で器用にバランスを取り、スイッチを押した。キイイイ…と歯車の軋む音と、ビニールが動くバサバサという音と共に外からの風が入ってくる。 「ああ、涼しいな」 日中は強い日差しを抑え、夜は砂漠ならではの冷え込みから、時には砂嵐からハウスの中のものを守る。それがこのハウス群の役割である。 電動で開かれた開口部から世話をしている植物からでた湿気が風に流された。すぐにまた暑くなるが、この瞬間だけは気持ちの良い位涼しかった。 作業台におかれた防水ラジオから、風に乗って今流行のアイドルの曲が流れる。 「脇芽取りは終わったぞ、先に収穫した分はもう市場にいったな?」 少しして、指先に薔薇の脇芽取り専用パーツを付けた無骨な男が、傍で雑草抜きをしてた通信特化型女性サイボーグに声をかけた。こちらは綺麗な人型をしているが、やはり目立つ所に機械を埋め込んでいるのがみえた。 「ドライバーに聞いてみますね、…………無事到着してセリに入ったそうです。」 花の市場は午前中に終わってしまうもので、農家は深夜〜朝早くに直接搬入するか、回収業者に委託して運んでもらうかのどちらかが主流だが、ここでは前者を選んでいる。 女性は、この薔薇を栽培するいくつかのハウスと、小さいけれど薔薇専門の直営店を営む男に、少しの間の後に返事を返すと、沢山売れると良いですねえ、と微笑んだ。 「うむ…。直営店に卸す分は、今束ねてラッピングしてるはずだ、足りない本数あったらすぐ持って行くと連絡しておいてくれ。」 「ラジャ。」 男は過去軍人であった。 その証に、明らかに産業用では無い、戦闘用の物々しさを残した人型サイボーグの姿なのである。 スキンヘッドにいかつい顔、義眼を隠すサングラスが大きな体躯とあいまって威圧感があった。しかし、その装備は現在ほとんどをこの仕事の為のものに変えられており、硬い手には柔らかい植物を扱うために特殊シリコンを一部コーティング、裁ちバサミ、ナイフなどの花専用パーツを内臓させ、腰には殺虫剤や液肥などの専用タンクなどを装備する改造を行って来ている。 今も大きな手につけたパーツを細やかに動かし、葉についた青虫を摘んで薬液の入った腰のボトルにぽいっと処分した。 「今日はアレンジの予約が多かったな、グリーンも持って行くか…。」 なぜ退役軍人がこの世界に飛び込んだのか…誰もが疑問に思うだろうが、このハウスのオーナーが花を愛しているのは確実であった。 まっすぐ枝が伸びるように張られた紐の位置を直しながら、男は丹精込めて育てた砂漠の薔薇に目を細め、そうやって常に何か手入れをしながら歩いては、出荷作業用の建物へ向かったのである。 暑い外から一変、ここは冷房の効いた出荷作業をする作業部屋である。 倉庫も兼ねたこの長方形の建物には、道具やラッピング用の資材を置く棚と大きなシンク、長い作業台が3つと、水上げしておいた開ききらない薔薇を、種類別に入れた大量のバケツ。一角にはさらに温度を下げた保管庫と小さなコンロに冷蔵庫、夜勤用の仮眠室、トイレが備え付けられていた。 窓は東と南側にいくつか並び、すぐ側にハウスが並んでいるのが見えている。 そんな中で軽作業に向いたサイボーグの女性や、花が好きで働いている人たちも一緒に作業台に並び、店頭に並べる花の下準備を賑やかにしていた。 まず、作業台に引かれたラインに薔薇の頭を合わせ、台からはみ出た分の茎を裁ちバサミで切り揃え、ラバー加工したハンドパーツを装着した女性が薔薇の葉と棘を扱く様に取って行く。品種によっては分厚い皮の手袋すら通す硬い棘もあるのだが、彼女達にとってはなんて事の無い作業であり、取りにくい細かい棘も指先のパーツを使えば綺麗に刷ることができた。 「綺麗に取れると良いわあ…。」 「わかるわかるw」 この棘取り、慣れると癖になる人が多い作業で、うっとりとつぶやいた女性もその一人。生身の手でも安心して触れるようになった茎を見て、うまく取れたねと女たちは笑いあった。(棘のあるほうが良いという顧客の為に、予約が入ればそのまま納品するが、一般的には棘取りをしたものをここでは出している。) 「ラッピングフィルム、棚から持ってきてー。」 「はーい、サイズは?」 「Mでー。」 別の台では棘と葉の処理が終わった薔薇を手早く組み合わせ麻紐をかけ、花の周りに残った余分な葉を取り、単品か数種類取り混ぜて束ねた花の束を、透明な筒型フイルムを使い、スポン、と茎の下から花びらを傷つけないように入れ込んで、フイルムの下部を巻きつけたらテープでとめ、再び水の入ったバケツに入れておく。 これで店先でよく見る花束の形状になるのだ。ラッピングしないものももちろん用意する、店舗に来た顧客が自分の好みで選べる様に品種ごと、こちらはティスプレイ用の背の高いバケツに入れ込んでおく。 これらの作業は機械化の進んだ現在でも手作業が殆どで、花は生もの傷つきやすく、そして自然なカーブを描く茎は不揃いであるために、束ねるのにはどうしても人間の繊細な感覚が求められるのだ。 ちなみに足元は葉掻きした葉や切った茎、落とした棘で埋まっているが、気にしない後で掃除をすることになっている。花は長いこと水から離すと持ちが悪くなるので、掃除をいちいちしながらという訳にはいかないのだ。 床も緩い傾斜をつけたコンクリート敷きで、バケツからこぼれた水は排水溝へ流れる様にしてあるから、ゴミを除いたら水を撒いて洗うこともできた。 「おう、花足りてる様だな。」 そこへ男がシャッター隣のドアを開けて室内に入ってきた、頭を下げてドアフレームを潜る。片手に持った段ボール箱をぶつけない様に気をつけながらの入室である。 「あ、オーナー、お疲れ様です。店舗分の準備できました。」 「お疲れさん、片付けして…午後はハウスの仕事へ回ってくれ。」 「はあい」 笑ってシャッター前にある箱型コンテナ上のバケツと箱の上に、もって来たものを積む。その箱には別のハウスから採ってきたレザーファンやアイビーなどのアレンジ用のグリーンが入っていた。今日の夕方までに納める花篭や花輪に添えるために使う葉である。 薔薇専門にやってはいるが、フラワーアレンジメントを作るにはそれだけ、という訳にはいかない。花に合わせてグリーンを配置したり、時にはカスミソウやスプレーマムなどの緩衝的な花も組み込んだりするので、ハウスの一つはそれらの栽培用に充てていた。お客のリクエストによっては市場から他の花も仕入れたり、そうやって柔軟に対応して行くのがこの会社のやり方だった。直営店ならではの戦略である。 一般的な花屋は全て市場から仕入れたものを販売するが、この方法だと高価な薔薇を手ごろな価格で売ることができるし、大きな花束にしても酷く財布が傷まない、と評判は上々。専門店という事で他の花屋との住み分けも出来ていた。 「じゃあ俺は店のほうへ行く、冷蔵庫にゼリー入ってるから休憩時間に食べるといい。」 「やったー、副社長のローズヒップゼリーおいしいんですよね、商品化しないんですか?」 差し入れに沸き立つ女性陣。この国では仕事の合間におやつを食べることが多く、持ち寄りで誰かが用意することもあるが、副社長…普段は経理をしていてハウスには来ない男の愛妻が、水菓子を作って寄こす事もあるのだ。 「…相談しておくよ。」 商魂逞しい従業員に笑いながら男はシャッターの開閉ボタンを押す。搬入口と室内の間にビニールカーテンを下げているとはいえ、外の強い日差しと熱気が入り込む。直ぐに入り口側に移動させたワゴン車のトランクを開けに走り、コンテナを無骨な両の手でつかむと、強化骨格と人口筋肉の力にものを言わせてあっという間に積み込んだ。 「いってらっしゃいませ!」 従業員の元気な声と、シャッターが閉まる音の中男は車を走らせる。長閑な景色が続く中カーラジオから聞こえる音楽だけが賑やかだった。 南都、そこは王城や政庁、図書館を中心に、その近くには生鮮食品や食料品などのお店が並び、商業と娯楽の北都とはまた違った賑わいを見せる都である。 王城を挟む様に大きな公園が二つあり、その後ろには大きなオアシスがなみなみと水を湛えているのが見える。そんな閑静な場所と賑やかな街がいっしょくたになった、その賑やかな方の一角に、ピンクの薔薇の絵をあしらった白壁が特徴的な花屋があった。 ローズガーデン、という名の薔薇専門の花屋である。 建物の隣には車を3台停める為のスペースが開いていて、境にしてあるフェンスにはよく手入れされた蔓薔薇が絡み、原種に近いその木には小さな赤い花がたわわに咲いていた。道路側にはベルの付いたかわいらしい木製のバリアフリードアと、中が良く見えるサッシ戸、その上には強い日差しを遮るテント地の日よけ、日陰になっている敷地には薔薇の苗木や鉢が並び、駐車場側もサッシになっているが、こちらは主に搬入口として使われていた。 その店の駐車場に西都から来たワゴン車が入り、大きなスキンヘッドの男が車のドアを開けて降りる。 「おはようございます、オーナー。」 と、同時に男を待っていたのか、脇のサッシを開けて一人の美しい妙齢の女性が顔を出した、緩いウエーブのかかったロングヘアに口元のほくろが色っぽい。首周りに接続用のパーツが除いているから部分的なサイボーグをしているのだろうが、豊かな胸を薔薇の刺繍がプリントされたエプロンで包む、この紅薔薇の君の姿を目当てに訪れる男性客も少なくは無いだろう。 「ルイ、今日の分の束花と追加の花だ、後グリーンが少しだな。」 「ありがとうございます」 男は口元だけの笑みを向けると荷台からコンテナを下ろし、サッシから入って直ぐにある保冷庫へ箱を入れ、バケツに入れていた束花はサッシの向かいにあるもう一つのサッシを開けて、明るい白壁の店内へと素早く搬入していく。 残っていた束花も新しいバケツに移動させ、空いたバケツの水をカウンターの側にあるシンクに投げたらコンテナに戻し、潰してあったダンボールやゴミを回収して、車のトランクを閉めた。 「ハウスの方で準備してくださるから、たすかりますわ。」 「他の店だと水変えから何から全部店んなかでやるからな、朝から戦争だ。」 「そうですわね。」 ルイ、と呼ばれた女性はここの販売スタッフ兼店長をしていた。彼女はアンニュイに見える笑みを浮かべながら束花の配置を直す。 ロマンティックな外装と違い、店の中はシンプル・機能性を重視しており、濃いベージュ色に塗装されたコンクリート床は、ハウスの作業場と同じように排水口を設けていた。 ドアから入って右の壁は束花のコーナー。手前から売れ筋の花束を並べ、その後ろにはレトロデザインの木箱を組み合わせて台代わりにし、小ぶりなミニ花束や、ランクが上になる束花、さらにその後ろの棚には色とりどりの薔薇とグリーンを並べる。 正面には作業台を兼ねた大きなカウンターテーブルにレジ、その右背面には暑さを嫌う繊細な薔薇を入れるガラスケース、左には木製の棚がしつらえてあり、包装紙やフィルム、リボンなどが整然と並べてあった。そしてその一部にノートパソコンや電話、ポットなどを置いてテーブル代わりにしていた。 変わって左側、正面サッシに沿って室内にも鉢物が並べられ、壁に面しては大きなシンク。そして保冷庫やトイレ、ミニキッチンなどがあるスペースへ繋がるサッシ戸があり、その左側サッシ前はちょっとしたスペースが空いているが、そこは大きなアレンジメントを作る為に空けてあり、外から製作する様子が見える事で、宣伝効果にもなる、とルイの提案でそうしているのだ。 最後に、真ん中より左に木製丸テーブルと丸椅子が置かれ、テーブルの上にはちょっとした薔薇グッズコーナーとして、ローズオイルやポプリ、お茶などのオリジナル商品をディスプレイ、他では買えないこれらを求めにわざわざ遠方より来店する人もいたりする。 「ヒトミとアイはどうした?今日は休みではないだろう?」 男は鉢物の手入れをしながら、カウンター後ろの棚に置かれた時計に視線を向けた。 「朝一で納品のアレンジを届けに行ってますわ。」 「ああ、今日オープンする店のだな。」 ルイはカウンターテーブルの上に花篭を出し、その中にオレンジ色のペーパーとフィルムをひだを綺麗につけながら入れ込み、バケツに浸しておいたオアシスと呼ばれるアレンジメント用の吸水性の土台を詰める。その他に陶器の容器やぬいぐるみのついたバスケットへ同じようにオアシスを詰めた。 「ヒトミの同級生がお店を開くんですって、だから自分も納品についていったんですわ。」 「なるほどな」 男は頷きながら鉢物に潜んでいた蛾の幼虫をポットに捨てる。虫は取っても取ってもどこからかやってくるなと顔をしかめる。 「お父さん、アイビーを…あら、失礼、オーナーアイビーを取ってくださいます?」 使用する薔薇を品種ごとに並べながらルイがぽろり、と男へ声をかけ、直ぐにしまったわ、という風に眉尻を上げた。 「お前な、今は他に客もいないし、構わんぞ?」 彼女は男の娘であった、とはいえ血は繋がってはいない。なぜならば、子孫を残すには彼は体を改造しすぎていたのだ。しかし夫婦であれば子供が欲しくなる…そこで彼は細君と相談して、国の孤児院から3人の娘たちを引き取る事にしたのだ。 彼女たちは元々姉妹であり、長女のルイはその時すでに孤児院から独立していたが、一緒に引き取り家族として暮らすことにしたのがこの親子のなれ初めである。 「いけませんわ、こういうのは徹底しないと…。」 甘い父親に生真面目な長女は眉間にしわを作る、それを見た男は、せっかくの美人が台無しだぞ、言おうと口を開いた。 「だっだいま〜、あれ、父さん来てたのー?」 「帰りました、お父さん来てたのですね。」 その矢先の事である、チリンチリンとドアベルが賑やかになり、二人の娘が店内に入ってきた。 「ヒトミ、アイ、オーナーでしょう!それとスタッフなんだからそこから出入りしないの!」 ルイは接客用の笑顔を引っ込め、キッと年若い二人を睨み、もう!と豊かな胸を振るわせる。 「ごめんごめんー、暑くなって来たからつい。」 えへへ、と笑ったのは末っ子のアイ、花というよりまだ蕾という所だろうか、ショートカットに健康的に引き締まった若い体をエプロンで包んだ娘。いつも男の子みたいな格好をしているが、豊かな表情と溌剌とした姿に、いつか花咲く黄薔薇の君と慕われている。 「すいません、姉さん」 後から入ってきたのは次女のヒトミ、綺麗なストレートのロングヘアを一つに束ね、清楚な雰囲気とその涼やかな美貌、バランスの良いスタイルはクールビューティー、と、姉とは違ったタイプの美しさで、白薔薇の君と賞された。 「ははは、お帰り。」 男はそれそれ美しく成長した娘たちを笑う。元々は妻のやっていた店だったが、彼女が体を壊してから長いこと閉めていたのを、彼女たちが再開を望み、こうやってまた運営してくれることに、柄にもなく出ない涙がでそうになる。自分はとても恵まれているのだ、と心から思えていた。 「ただ今帰りましたー、オーナー!」 そんな男の心中をよそに、無邪気に姿勢を正し敬礼をする末っ子、にかっと父親に笑うとくるりと後ろを向いて、腰につけてたポーチから伝票を出して、カウンター向こうの憮然顔のルイに手渡した。 「もう、気をつけて頂戴!」 アイから伝票を受け取ったルイは、ため息を一つつくとそれを専用の箱に入れ、カウンターテーブルを妹に譲る。 「ヒトミお疲れ様、アレンジのベースは作っておいたわよ。」 「ありがとう、ね…店長。」 「オーナーが来て下さったから、手が空いたのよ。」 アレンジはコーディネーターの資格を持つヒトミが請けていた。接客は苦手な妹だが、手先が器用でセンスがあり、それは見事な花篭を作るのだ。彼女は男にも礼を言うと、マイ花鋏を腰のホルスターから出し作業を始める。ヒトミはサイボーグではない、少し怖がりな性格な彼女はそのままでいる事を望んだのだ。 「ありがとうございます、オーナー。」 「ああ、気にするな。今日はハウスが忙しくなかったから寄ったんだ。どうだ、友達は喜んでくれたか?」 男は問いに対してにっこりと笑った次女に口元を緩める。 「かわいいジェラードショップだったよー、ごちそうになっちゃった!」 「まあ…!」 仕事中に何してるの!?と叱る姉に妹は首をすくめる。 「勘弁してやれルイ。アイ、小遣いやるから今度はみんなで食べるといい。」 「オーナー!甘いですわよ!」 「わーい、父さん大好きー。」 末っ子の方はというと、こうやって平日は夕方から夜に配達を手伝ったり、休日にはこうしてお店のスタッフとして愛嬌を振りまいている。彼女は現在大学の農業課を選考しているので、父のハウスの後釜につくつもりなのだろう。ちょこちょこ小遣いを貯めて、いずれは部分的に…と計画を立てている。 そして、そんな美人3姉妹がいる花屋は薔薇の質の良さもさることながら、彼女たちの魅力もあって南都の有名店となっていた。 チリンチリン 親子の喧騒の後、少しして木製のドアが開き、数人の女性が入ってきた。 「いらっしゃいませ!」 三人の女性の声に、今日は太い男の声もあり、綺麗に装った女性達はその男の出で立ちにギョッとした顔をしたが、すぐにオーナーと分かり引きつった笑顔を送ってくる。スキンヘッドとサングラスの大男はそういった事もあって、普段はハウスでの仕事を中心にしていた。もともと接客は向いていないのだ、と言いながら。 「まあ、奥様方いらっしゃいませ、今日はどの様なものをお求めでしょうか。」 すぐにルイが魅惑的な笑顔で女性たちを出迎え、女性達は彼女の姿を見てホッとしたように話出した。 「ルイさん、今日はみんなで病院へ友人のお見舞いなのよ、何か良い薔薇を選んでくださる?」 「まあ…薔薇はお見舞い向きではありませんが…そうですね、香りの控えめな品種がございますわ、色も淡いですし、これとこれを組み合わせますが、よろしいでしょうか?」 花を買う時に曖昧な注文をする顧客は多い、なのでいつ、どこで、何に使うのか、顧客の好みや、送る相手の好みなどを会話の中から汲み取って行く事が花屋の接客で大事な所。話を聞きながら並んだバケツの中からオフホワイト、クリーム、淡いピンクの3種を薦め、女性が頷いたのを見て微笑む。 「ごめんなさいね、薔薇が好きな人だからどうしても持って行きたくて。」 「いえいえ、でしたら、きっと喜ばれますわよ。」 ルイは女性から聞いた予算と合う様に、薔薇とグリーン他の小花をその場で組んで見せた。 「この様な感じでいかがでしょう?グリーンと小花も散りにくいものに致しましたわ。」 「まあ、ありがとう、素敵ね。皆さんもいいかしら?」 代表の女性が他の女性へ同意を求め、皆がそれぞれ頷いたのを見てルイはリボンや包装紙の色もさらに聞いた。 「ではこちらでお作りしますわ、茎の長さはどうなさいます?」 「そうね、花瓶あったかしら?ええと、短めに切ってくださいな。」 「長さは花瓶によりますし…でしたらこちらのプラスチックの花瓶はいかがでしょう?お値段もお安いので、退院の際に処分していただいても構わないものですわ。」 棚の一角に花につき物の雑貨も少し置いてあった。その中からスケルトン素材のつるりとした緩いカーブを描いた円筒形の花瓶をルイは取る。シンプルでシュチュエーションを選ばないデザインのそれは、色が何種類かあり子供の小遣いで買える価格。 「まあ、ルイさんはホント上手ね。じゃあそれもお願いするわ。」 女性たちは笑うと+αの気遣いに笑い、彼女の案にOKを出した。 ルイは素早く手首に内蔵した鋏で薔薇の茎を切り、花瓶にそのまま入れてもよい様に組んだ花束を麻紐を結ぶ、次にカウンターの上にフイルムと薔薇の花に合わせた包装紙を広げて、茎に保湿用のペーパーを巻きつけラップで包んだら、包装紙でくるりと巻いてテープで根元をとめ、その上からリボンをきりりと結んだ。最後に、全体の体裁を整え、艶やかな笑顔で顧客へと手渡した。 流れる様に花束が作られるのを見ていた女性達は、包まれたお見舞いの花を受け取ると、素敵、きっ喜んでくれるわよ、と口々に言い合い少女の様にはしゃぎ合っている。ルイはそんな光景に目を細めて微笑んだ。 「ありがとうございましたー。」 先の女性達の喜ぶ顔を見送った後、入れ替わり立ち代りと顧客が入り慌しい時間が流れて行く。老若男女、職種もさまざま、そして、それぞれが理由を携えてこの店を訪れる。休日の花屋は何かと忙しかった。 次女はというと、その間もくもくとフラワーアレンジメントを作っていた。 「お姉ちゃんって、ほんとうまいよねー。」 一息ついて三時のおやつをしていた末っ子が、カウンターに頬杖をつきながら出来上がっていく作品をじっと見る。可愛らしいぬいぐるみがついたバスケットへ、レモンリーフを外側と天辺の花の周りに配し、明るい黄色とピンクのミニ薔薇をバランスよくドーム型にオアシスへ刺したら、青と白の小花を隙間を埋めるように刺し、そして、最後にパールビーズがついたスティックをアクセントに入れれば、女の子好みの大変可愛らしいアレンジが出来上がる。 「そお?」 次女は褒め言葉にそっけない返事をしたが、微笑んでいるので嬉しかったのだろう。長女はそんな彼女に労いのお茶を渡した。 「ヒトミは腕が良い、俺は誇りに思うぞ。」 男も丸テーブルの椅子について、娘の作ったものに感心しながらお茶を飲む。父の言葉に今度は恥ずかしそうにうつむく次女。 「よかったわね、ヒトミ」 姉もそんな様子にうふふ、と笑いながら父親から空いたカップを受け取る。 「まあ、お前たちのお陰で助かってるよ。」 男はカップを長女へ渡し立ち上がると、次女が作ったアレンジの一つをもってサッシのほうへ向かった。ハウスへ戻る時間が来たのだ。 「これだけ通りすがりだから納品しとくぞ、納品書ついてるか?」 「これですわ。通用口は店舗の裏側になりますので、そちらから。」 ルイから納品書と地図を受け取る。見れば顧客は南都の西門近くの飲み屋で、定期発注のあるお得意様だった。 「おう、じゃあ行って来る。後は頼む。」 この後ローズガーデンは夜まで忙しい時間帯に入る。帰宅途中に花を求める人や、男が届けるこの花篭の様に、ディスプレイに使うのだ、と夜の店からの発注も多かった。 「よろしくお願いします、オーナー。」 男は長女から地図と納品書を貰うと、3姉妹に見送られながら、サッシ戸をくぐり駐車場へ出る。 「む…。」 思わず声が出る。外は午後の日差しで暑く、車のドアを開けて熱気を逃がしても。エアコンが効くまでは中に入れない。しばしの暇をもてあまして空を仰ぐ。さっき保管庫に行ったときにエンジンをかけておけばよかった、と思った。 さらに時はすぎて、男は仕事を終えると夜勤の者にハウスを任せ、夕暮れの中作業小屋を後にする。初めは何もかも一人で、試行錯誤の毎日だったが…今は従業員も増え、いっぱしの会社、という形を取ることができているが、規模としては小さいものだろう。 全ては自宅で男と娘達の帰りを待つ細君の存在が、彼の人生を変えたのだ、そう、男は思っていた。 花が好きで花屋の後を継いだその繊細でたおやかな人は、おおよそ彼との共通点など無い女性であったが、式典用の花を発注する時に知り合ってから、気になって、どうしても気になって、いつの間にやら店の常連さん、になってしまった一人のサイボーグ男。 毎日の様に店に通い、植物の事を話す為に似合わない勉強を始め、付き合うようになってからは一緒に花農家を見に行ったり、花の魅力を教えてもらい…そしていつしか彼女が男の妻となってすぐ発覚した病をきっかけにし、男は軍を早期退職して、彼女の夢を手伝う人生を選んだ。自分の代わりはいくらでもいても、彼女と彼女の店はこの国に一つだけ、そう思ったからだった。 ハウスからほど近い所に建てられた平屋の建物が男の自宅である。家の周りは防砂を兼ねた潅木とナツメヤシが囲み、庭にはとりどりの花が咲いているのが見えた。 駐車スペースにワゴンを停め、蔓薔薇の絡む生垣につけた真鍮の門扉を開けて玄関ポーチへ入ると、玄関先には水草が涼しげに見える水盤が置かれ、男の歩みに合わせて丸い波紋を作る。 砂漠の気候に適した壁の厚い石作りの家は、LDKと水周り、夫婦の部屋、姉妹の部屋が設けられてはいるが、仕切りの少ない分広々とした印象を受けた。 「今帰ったぞ」 玄関を開けると、直ぐに居間が続いている。正面にシューズボックスを仕切りに使っているが、天井部分はふさがれてはいない。左は姿見兼収納、男が視線を右へ向ければ、ほっそりとした壮年の女性が微笑みと共に出迎えに立っていた。 「お帰りなさい、あなた。」 男は笑って抱きしめた後、手に持っていた1輪の薔薇を細君に差し出す。 「今日一番の薔薇だ。」 「まあ、淡いグリーンがとても綺麗に出てるわ!花びらも瑞々しいし…葉がもう少し丈夫ならきっと良い品種になるわね。」 薔薇を両手で受け取った妻の目はなかなか厳しい、角度を変え香りをじっくりと検分し、そして同時に楽しんでいる。 「…いつもながら緊張する瞬間だな。」 「私はいつも楽しみにしてるわよ。」 この行為は男が花農家を始めたときからずっと続いていた。 彼女の夢を引き継いだ時に、妻が認める薔薇を作り続けるために、その日ハウスで一番美しく咲いた1本を彼女への手土産とする事。それが彼の決意だった。 病は治ったが疲れやすく、無理をすると床に伏してしまう身の妻には、体力が必要な花屋に立つのは無理で、それを痛ましく思った男が頭を悩ませて決めた事である。 「ふふ…食卓に飾りましょうね、どの一輪挿し合うかしら。」 かの細君は心配そうに反応を見ていた夫に優しい笑みを返すと、台所へ足取り軽く向かい、男は、ふむ、とハウスの薔薇に葉を強くするために適したものがあるか、と考えた後外套を収納へ納め、体を洗浄するためにバスルームへ向かった。 「ご飯、できてますよ。」 「ああ、今行く。」 さっぱりとした後、男は外したパーツを作業台に置き先にダイニングテーブルへ向かう。店舗を預かる娘たちはまだ帰らないので、先に二人で夕食を食べるのだ。 「いただきます。」 「どうぞ。」 食卓には淡いピンクの一輪挿しと共に、先ほどのグリーンの薔薇が活けてあった。それだけでテーブルの上が華やかに感じる。花とは不思議なものだ、そう思いながら席に着き、温かい食事を口に入れた。 「夕方にルイから連絡があってね、ブライダルブーケの発注が来たのよ。」 ふと向かいに座る妻が口を開いたので、男は薔薇の花から視線を上げる。 「お前にか?そうすると古馴染みの人からのか?」 「ええ、とてもお世話になった方の娘さんのブーケよ。」 嬉しそうに、本当に嬉しそうに笑う姿にもしかして、と思い当たる人物を脳裏に浮かべ名を挙げたら、その通りよ、と返される。 こんな風に今でも彼女の仕事を知る人から仕事が来ることがあった。 男は店頭に立っていた頃の細君を思い出す。楽しそうに花と向き合い、美しいブーケを魔法の様に組んでいた姿を。 「あなたと子供たちがお店を残してくれたから。」 目じりのしわが最近深くなったが、年をとってもあの頃と何も変わらないと男は思った。 「そうか。」 「ええ、諦めないで良かった。まだ私、花屋を続けられてる。」 「俺にも出来ることがあると思ったからな…。」 褒められた照れに薔薇に視線を落とす。柔らかな組織と柔らかな色、硬い体が作った花はどこまでも柔らかく人の心を癒していた。妻の心も、戦いで傷ついていた自分の心も。 「あなたもあの子達も教えがいがあったわ、すっかり素敵なサイボーグの花屋さんね。」 「…ブーケに使う花は最高の物を持ってくる。」 食事の他に鋼と生身を繋ぐ神経系をサポートするサプリメントを飲みながら、なんとかそう言うと、今日も又細君の魔法にかかったサイボーグ男は、また明日も頑張ろう、と決意を新たにした。 サイボーグが花屋でいるのも悪くない、いや、向いている。そう思いながら。 [No.7887] 2014/01/30(Thu) 14:56:46 |