「修行」の中に「ダメだ」って否定がその中にはいってる?ってどういうことなんですか? これは、まんまさんの場合という意味なのかそれとも「修行」そのものもふくむという意味なのか 言ってる意味はなんとなくわかるんですが、じんさんの考えもう少し聞かせてください
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No.125 - 2003/12/15(Mon) 12:43:03
| ☆ Re: 「修行」などという言葉・・・ / オリ&アン | | | ーじんさんじゃないけど私の意見ー 修行? 修行なんて言葉、私はだーーーーーい嫌い。 この人生が修行の場だなんて言われたら、 舌噛み切って死んでやるー! です。
なーにを修行する必要があるのかまったくわからん。 「料理がうまくなるように」とかの修行ならわかるけど、 この人生でいったい何を修行するのか・・・。 そんな息苦しい世界まっぴらごめんだ!
あくまでも、私の意見ですけど。
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No.132 - 2003/12/16(Tue) 02:20:06 |
| ☆ Re: 「修行」などという言葉・・・ / オリ&アン | | | あっ嫌だなこれ、勝手に色が決まる。 上の字、黒が良かったんですけどね、 一個学習しました。
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No.133 - 2003/12/16(Tue) 02:24:01 |
| ☆ Re: 「修行」などという言葉・・・ / じん | | | ぼくは、「修行」と言う言葉に、ネガとポジの二つの意味を付与しています。
ネガは、ブッダの悟りのお話にありますよね。 ブッダが、難行苦行して、悟れないと絶望したとき、悟ったというお話し。 つまり、修行を放棄したとき悟りが起きたということ。
他方、緊張の果て、リラックスが起きるように、 修行の極に、修行が超えられる、ということもあります。
だから、最初からリラックスして、 あるがままでいれる人はそうすればいいわけで、 ただ、ワクワクすることをやればいいわけです。
それができない人は、修行を超えるために修行をすればいいわけです。 「苦極まって、楽に転ず」ってわけです。
ここから、仏教にも、易行派と難業派が別れたわけです。 でも両者が争う必要はないわけで、 易行道があってる人はその道を歩めばいいし、 難業道があってる人はその道を歩めばいいわけです。
もちろん、いずれの道も、極められなければ、 超越は起こりませんがね!!
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No.141 - 2003/12/16(Tue) 23:04:57 |
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