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No.1008へ返信
.hack//pain 初回必読
- 宴六段 -
2007/06/21(Thu) 17:28:48
[No.791]
└
17://www.ruin-ハメツ.
- 宴六段 -
2009/05/03(Sun) 11:59:23
[No.1291]
└
16://www.reason-リユウ.
- 宴六段 -
2008/07/11(Fri) 16:33:35
[No.1259]
└
15://www.revenger-フクシュウシャ.
- 宴六段 -
2008/06/05(Thu) 19:02:48
[No.1250]
└
14://www.depravity-ダラク.
- 宴六段 -
2008/04/03(Thu) 16:03:39
[No.1196]
└
13://www.tragedy-ヒゲキ. 後章
- 宴六段 -
2008/03/28(Fri) 15:09:35
[No.1188]
└
13://www.tragedy-ヒゲキ. 前章
- 宴六段 -
2008/03/28(Fri) 14:59:53
[No.1187]
└
12://www.past-カコ.
- 宴六段 -
2008/03/12(Wed) 19:15:47
[No.1143]
└
11://www.despair-ゼツボウ.
- 宴六段 -
2008/02/18(Mon) 15:27:56
[No.1048]
└
10://www.lost-ソウシツ.
- 宴六段 -
2008/01/18(Fri) 19:23:19
[No.1023]
└
9://www.expectation-キタイ.
- 宴六段 -
2007/12/21(Fri) 18:51:14
[No.1008]
└
8://www.discovery-ハッケン.
- 宴六段 -
2007/12/17(Mon) 17:38:26
[No.1004]
└
7://www.moontree-ツキノキ.
- 宴六段 -
2007/12/17(Mon) 17:36:35
[No.1003]
└
6://www.rade-キシュウ.(11/30更新)
- 宴六段 -
2007/11/01(Thu) 18:52:10
[No.971]
└
5://www.guard-ボウギョ. 後編
- 宴六段 -
2007/09/24(Mon) 16:04:32
[No.938]
└
5://www.guard-ボウギョ. 前編
- 宴六段 -
2007/09/24(Mon) 13:55:24
[No.936]
└
4://www.reserch-チョウサ.
- 宴六段 -
2007/08/28(Tue) 16:58:24
[No.903]
└
3://www.contact-ソウグウ.
- 宴六段 -
2007/08/17(Fri) 17:29:54
[No.891]
└
偽アトガキ
- 宴六段 -
2007/08/17(Fri) 17:33:16
[No.892]
└
2://www."riquest‐イライ.
- 宴六段 -
2007/06/28(Thu) 15:19:38
[No.803]
└
アトガキモドキ(汗
- 宴六段 -
2007/06/28(Thu) 15:29:17
[No.804]
└
1:www.”world‐セカイ”.
- 宴六段 -
2007/06/21(Thu) 17:34:43
[No.792]
9://www.expectation-キタイ.
(No.791 への返信) - 宴六段
忠誠には制裁を
裏切りには報酬を
9://www.expectation-キタイ.
__________________________________
「ん、あんたがオーヴァンか?」
「そういうお前は≪赤色の請負人≫だな」
「そうだな。 あんたはここ≠ナ何がしたいんだ?」
「……言葉では言い表せない。 決して容易く言ってはならないモノだ」
そんな言葉だったか、俺と彼の交わした初めての言葉は。
「何だそれ。曖昧すぎ」
「……ふ」
薄く笑んだ彼に言葉を返す。
「お前は【黄昏の旅団】で何をしたい?」
「――――識れた事、この世界の真実を。 黄昏の鍵を求めんと」
「俺にそれを訊くか?w」
「答えてはくれないのだろう?」
もう一度微笑む青色。 その笑みはどこか危うげだった。
「思い出は大切だ。 だが記憶は悪い所だけ記憶しない」
「俺は逆だな。 悪い記憶しかない」
自嘲する様に言っていたところで、一人の女性PCが歩み寄って来た。
「……お友達?」
「あ?」
「志乃――」
看護士を彷彿とさせる白色の呪療士は『志乃』という名前らしい。
それは。
赤色と青色、そして白色の初めての邂逅だった。
******
「……。 そろそろ決着着けるべきかねぇ……」
口に出してみたが、なかなか踏み出せなかった。
頃合を計ってみていたのに、わからない。
どうすればいいのか、あんな話を聞いた後で。
その話も、俺の呆言であれば突き崩せる。
だがそれでいいのか、≪請負人≫?
ある程度以上関わらないのが自分の信条ではなかったのか?
干渉せず。
関与せず。
安定した羊水の中をゆったりとたゆたうのが主義ではなかったのか?
「…………」
答えは出ない。
未だ出ない。
出そうにも無い、動かない限りは。
そこで。
携帯電話にデフォルトで入っているような着信音が鳴り響く。
「……彩音?」
<やほー(´ω`)>
1:1チャット。 俗にウィスパーと呼ばれる機能。 これがあれば、例え遠く離れていようと電話回線でつないでいるように自由に話せるし、他人に内容が漏れる心配も無い。
それゆえにか、ウィスパー中にPCは口を開く事はないのだ。
……それにしても、あんまり『やほー』って感じの顔文字じゃない気がする。
「いきなりウィスパーで何?」
<いや、少し緊急で報告だよ>
報告……?
<ついに……、っていうかやっと@キ団が動き出すみたい>
「場所は?」
今俺がいるのはアルケ・ケルン大瀑布。 移動が面倒でなければ、すぐに移動したい。
<コシュタ・バウア戦場跡♪>
「……へえ。 だったらあの噂は本当だったんだな」
噂。
ウィルスコアとロストグラウンドの関係性についての噂。
あまり目立った噂ではなかったが、旅団と【TaN】のとっては重要すぎた。
<ねえ。キー・オブ・ザ・トワイライトってあるのかな?>
「うん?」
<何でも願いが叶うんでしょ? だったら彼ら≠ヘどうするのかなーって>
「さぁね。 オーヴァンの考える事なんてわかんねぇ」
<ルナは知ってたんじゃなかったの?R:1のとき」
「確実にあったのを知ってるだけ、な。直接視た――視えたわけじゃない」
<じゃあなかったの?>
だから……!
「いや、あるのは知っていた。 確実にね」
<変だよ、それ>
響いてきた声だけで苦笑してるのがわかった。
変だろうか?
「別にいいだろ……、仲間、昔の奴らだけど信じてんだよ」
<……?>
疑問符を浮かべる彩音の顔が脳裏にちらついたが、その言を無視した。
「わかった。 用事を済ませてそっちに行く。 準備よろしく」
<了解っ♪>
******
「あれぇ?昨日会ったばかりですよね、報告なんて……」
「あ、いえ、これは報告じゃないんですよ」
少し、頭を掻いた。 やはりこういう役目は俺には相応しくないし、こういう相手は苦手だ。
ぶっつけ本番。 というか、やっつけ仕事?
どうでもいいか。
「なんだって、こんなエリアに呼び出したんですか?」
呼び出したのは普通の草原エリア。 そこら中にいるはずのモンスターも、俺の選択ワードでかなり少なく設定されていた。
「――――……あんた、ワザとだろ」
「ふぇ?」
口が怜悧な言葉を吐き出した。
一瞬の逡巡のうちに吐き出された後、それはするすると口を突いて出て行く。
「俺に、『自分がただの依頼人じゃない』って教えてんの」
「…………」
澪の顔は困惑、でいいのだろうか、複雑な表情が浮かんでいた。
と、思ったのも束の間、すぐにまた、最初に会ったときに感じた様などこか作り物≠カみた笑顔を浮かべた。
「そうですねぇ……、何故気付いたんですか? わたしがあなたと同じ『請負人』で、【TaN】に雇われているものだと」
「っ……!? 請負人なら簡単な誘導尋問に引っかかんなよ。 そして一気に身バレしすぎだ」
まあ多少は驚いたが。
まさか同業者≠セったとはね。 『この世界』に請負人は数人いるんだとは聞いていたが……。
それでも俺以外には話にも出た事は無かった。
『請負人』は万物において、完璧にこなすスペシャリスト≠ナなければならないのだから、『報復屋』並びに『復讐屋』や『殺し屋』のように容易く成立するものではないのだから。
これは自慢でもなんでもない。 客観的に、冷静に言ってもこうならざるを得ない職業。
それが『請負人』。
「種明かしでもしようか? 一。 あんたは何故か、俺が面倒に巻き込まれている事を知っていた」
一つ目の種明かし。これはほんの少し疑問に思った事が気になって後で調べた。
禍つ式°yび禍つ神≠ノ関する噂はすべて消去されている。 勿論、システム管理者たる匂宮によってだ。
一般PCですら、その対象に入る。
一番酷い奴はアカウント停止処分になっていたはずだ。
「二。 あんたは一人では旅団を追えないと言っていたが、それにしては毎度払っている額が多すぎる。 総合的には、なかなか潤沢な量だ。 これなら時間が限られているとはいえ、自分で追ったほうが幾らかマシだ」
二つ目は、昨日あの話を聞いたあとに再度事務所を調べてみた。 一人で持てない事はない。 だが、それでも惜しみなく払える様な額でもない。
澪の見た目は中級者、良くても上級者に成り立てと言った所だ。 例え『澪』がセカンドPCだったとして、そうまでして追う様な内容ではなかったし、大した報告でもなかった。
ゆえに、怪しく思えた。
だから、調べるべきだと思った。
「つまり、俺を使っていたのは足跡を残さないように。 そいで、尋常じゃない額の金を払うことが出来たのは、バックに【TaN】がいたから、だろ?」
滑稽にも。
滑稽にも俺は相対的に敵対ギルドである【TaN】に情報を垂れ流していたという事だ。
旅団の味方の振りをして。
旅団最大の敵は俺だった。
全く、えげつない手を使いやがる。
「ぱちぱちぱち。さすがルナさんです^^」
まただ。 あの微笑み。
安らぐはずの微笑みは、怜悧な刃物のように俺を貫く様だった。
「ついでに勢いで訊くが、あんたの天然はロール≠ゥ?」
「天然……何の事です?」
……どうやらアレはマジらしかった……。
「でも、もう遅いですよ」
「コシュタ・バウアのことか?」
「ええ。 そろそろ暗部との戦いも始まっているはずですし」
しかしまあ。
こいつとの会話は緊張感というものが無いな。
「じゃあ俺が行くまでだな」
「……どうして旅団に加勢を?」
ああ、緊張感が無いんじゃない。
「【TaN】が動くなら【陰華】も動くはずだろうが。 色々あって、あいつら止めなきゃいけないんだよ」
「…………」
緊張感が無いんじゃなく。
「それに、」
「それに? なんです?」
こいつは緊張感を、
「――――俺は意外にも旅団が気に入っていてね。 昔からちょっと、興味のあるものと気に入ったものには手を出さずにいられないタチなんだよw」
主義は傍観主義でも。
根本的性質は違う。
「……やらせませんよ」
彼女は唐突とも言えない微妙なタイミングで、背中で発光した光の中から大剣を抜き取り、地面に叩きつけた。
その大きさは軽く澪の身長を超えている。
というか、始めて知ったが澪は撃剣士(ブランディッシュ)だったのかよ。
大剣の形状は撃剣士の装備としては幾分か細身で、刺突のための切先が無かった。 まるでただの鉄板に柄を取り付けたみたいだったが、手で柄を掴む部分には段違いになって更に細身の刃が浮いていた=B
全体的に灰色のそれの刀身、幅広の部分には艶やかな椿の華が見事な技量で彫られている。
「見た目に似合わない武器だな」
着物とドレスの併せみたいな衣装を見ながら呟いた。
「『必殺剣 椿一文字』。 なかなか格好いいでしょう?」
言いながら、頭を低い姿勢にしての疾走。 大剣――椿一文字は流れるように持ちつつ、下向きに刃先を向けていた。
遅れて、今まで消されていた緊張感が一気に張りあがった。
――――速い。
やば、今までに戦ってきたPCの中で5本の指に入るかもしれない。
左腰の辺りに発光した光の中から我が愛太刀『壱式』を抜刀。
自らも低い体勢にして動こうとするが、それよりも先に澪が間合いに入った。
――やはり、速い。
「っああああぁあぁあぁぁぁぁああ!!」
気勢と共に澪の一閃。 綺麗すぎる軌跡を描いて鬼気迫る。
体を上げるような馬鹿な真似はせず、そのまま自然に地面に倒れた。
俺の背中の上を大剣が通り抜ける――
――と思ったらすぐに翻り、そのまま断頭しようと振り落ちる。
見た目中級者ってのに騙された!
こいつ、気配とか全部計算してやがる……!?
「――っぐ」
転がって回避。
転がった先で再び跳躍。 空中で刀を目の前に構え、着地。
そこへまた澪が疾駆して来た。
「速いって言ってんだろ!」
澪の切り返しの速さに思わず呻く。
あれ? この俺が追い込まれてる……?
刀と大剣で打ち合う。
不快な金属音を掻き鳴らして、ふたつの得物は喰らい合った。
鍔迫り合いに澪と睨みあう。 が、彼女は全くの無表情。 『絶対零度』という言葉がちらついた。
ぎり、と壱式が軋む。
――やばいな。 やはり撃剣士相手にこの刀では軽すぎる=B
力押しになれば、澪が押し切ってくる事は目に見えていた。
そこで、一度刀を軽く振り払って後ろへ跳ぶ。
予想はしていたものの、また澪が疾駆。 離れた距離も一気に詰め直されてしまった。
「糞がっ!」
「――――、」
たん、という足を踏み込む軽い音とともに大剣を薙ぎ払う。 一瞬の間隙を突いて、また後方へ跳躍。 浅い草地に足が着いた軽い音を耳にする。
また詰めて来ると思ったが一旦、椿一文字を下げて見つめてくる。
……休憩か?
意図は掴めないが、大体わかってきた。
澪の撃剣士にしては速すぎる攻撃が、だ。
撃剣士は基本的に大振りな攻撃と共に繰り出される大打撃を主とする。 故に攻撃には絶対隙ができる――はずだった。
その間隙を突いて攻撃するのが常套手段だし、俺自身そうして来た。
だが、澪はその全てを熟知した上で攻撃を仕掛けてきている。
攻撃が繰り出されるまでのタイムラグをわかった上で走る量を調整し、攻撃が繰り出された後の硬直ディレイを理解した上で体の位置を調整、次の疾走に備えている。
――こいつ、廃プレイヤーかよ……!
『廃プレイヤー』とは『廃人プレイヤー』と『高い』という意味の『High Player』を掛けたThe World%チ有の造語である。
澪はそんな時間無いって言ってやがったのに……。
やはりあれはブラフか。
「――――、」
また澪の疾駆。
あわせて俺も疾走を開始。
再び金属音を掻き鳴らし、鍔迫りあう。
先程は俺が切り払ったが、今度は澪が仕掛けて来た。
刀を横に逸らされ、一瞬だけ無防備状態になってしまう。
そこへ思い切り椿一文字が振り上げられ、刹那の間を置かずに一気に降りて来た。
にやり、と澪の顔が初めて歪む。
――面倒なっ!
通常のプレイヤーならここで諦める策を取るだろうが、俺はそういうわけにはいかない。
曲がりなりにも俺は『請負人』。
死ねるかよ。
一瞬のうちの出来事だが、時間が止まって見えた。
横に流されたままだった壱式でスキル『旋風飛刃疾(せんぷうとばし)』を発動。
これは俺にとって特別すぎる。
何でも請け負う『請負人』として、自らの手の内をほとんど明かさないという原則を持っている俺は、戦術も含めてスキル全てを秘匿しなければならなかったからだ。
それが、使わなければならない状況。
今の状況を顕著に表していた。
――通常なら敵に対して真空刃が繰り出されるこのスキルを、自らを置いている位置に近い場所へ向かって撃ち出す。
澪の大剣が俺に届く前に、粉塵を上げて地面が爆ぜる。
その衝撃で軽く吹き飛び、澪の断頭を辛くも避けつつ、体勢を一瞬で立て直し大太刀を水平に構えたまま一歩。
一瞬にして相手との距離を詰める、侍の一歩。
地面に大剣を叩き付けた攻撃硬直の彼女の体を横に薙ぎ払う。
と。
彼女の姿が消失。
「っ!?」
消えたかの様に見えたのは、間違いではなかった。
彼女は。
彼女は地面に半ば埋まっている様に固定された大剣を支点にして、まるで曲芸でもやっているかのように体を天に向けたのだ≠チた。
足は蒼穹を真っ直ぐに向いて。
手はしっかりと柄を掴んで。
そのまま前へ倒れて着地。
後ろを顧みずに、背中の方で椿一文字を引き抜いた。
「――化け物かよ……!!」
思わず弱音を口に出してしまう。
「えへ♪」
苦し紛れに『旋風飛刃疾』をの真空刃を放つが、振り返った澪の大剣で弾かれた。
「――本当に化け物だな、あんた」
「そこまで褒められても何も出ませんよw」
ここで微笑み。
どこまで馬鹿にしてんだか。
「……行くぞ」
これ以上戦闘を長引かせても旅団の所まで間に合わない。 ハセヲやオーヴァンを助けたくも、時間が無ければ間に合う事も出来ない。
次で、決める。
体勢を直し、また椿一文字を構えなおした澪に対して『侍の一歩』を踏み込む。
下から掬う様な斬撃であったが、大剣によってすぐに防がれてしまった。
一瞬の鍔迫り合いののち、澪が先程と同じく大きく大剣を振り上げる。
俺は先程のように彼女の間合いから逃げるでもなく、ただ太刀を眼前で構え、防御姿勢を取るだけ。
この様な防御は圧倒的攻撃力を持つ撃剣士に対しては最悪の対応。 大剣の威力で来られれば、大太刀とはいえ俺の壱式など真っ二つに折られてしまうだろう。
澪が、今度こそ歪に嗤った。
これで仕舞いなのだと。
すべては無意味なのだと。
自分が戦いに幕を引くのだと。
椿一文字という死神が、迫る。
椿一文字という死神が、壱式を破砕せんと打ち当たる。
椿一文字という死神が、そのまま俺を断絶せんと力を込める。
俺は。
壱式は。
刹那に当たった椿一文字という死神を。
受け流した=B
左斜めに傾けた壱式は椿一文字を、金属音と共に流してゆく。
水平だったものに物が当たり、その一瞬で斜めにしてやれば。
撃剣士であるが故に高威力の大剣は高速で迫り、
撃剣士であるが故に高威力の大剣は止められない。
「――――!!?」
澪の顔が驚愕に彩られた。
剣道の基本だ、ばぁか。
心中で呟き、傍らの地面に固定された大剣を横目にした。
そう、剣道の基本。 相手の竹刀を受け流して面を取る、基本的な技。
受け流していた刀を元に戻しつつ、疾らせた。
女性型PCの澪相手にさすがに首切りなど出来ない俺は、胸の下辺りから体を両断した。 驚愕と恐怖に彩られた澪の顔をそのままに、暗灰色の身体は飛んでいく。
「――終了、っと」
深く息を吐き出しての独白。
いや、本当に死闘だった。 それとも激闘か? どうでもいいが。
HPの削りあいこそ無かったものの、俺もどこかで何かをミスしてしまえば、一瞬にして今の澪と同じ状況になっていただろうと、容易に想像できてしまうこの状況。
それこそが死闘。
至高なる死闘。
意味の無い思考をしたそこで、再びウィスパーの着信を報せる軽い音が入った。
「何?」
澪の死体を横目にしながら、簡潔に訊いた。
ついこの間まで依頼人だったPCが死体となって――敵となり死闘を繰り広げた末に――転がっているのはどこか倒錯的で蟲惑的に見えた。
<遅いよ、ルナ>
「いや、今終わった」
<もうコシュタ・バウアの戦いも終わりっぽいけどね>
「うん?」
<ウィルスコア?だっけ。 いやぁ、ゴードちゃんが合流しちゃったw>
「……あ」
全て揃えて円柱で使う、みたいな事を言ってたような言ってなかったような。
「それって、間に合わない?」
<あ、今飛んだ>
マジかよ……。
そして何このライブ感。
「……奥の手かな……」
<匂宮さん?>
「まあ、そういうことになる」
全く、面倒な。
<――ねえ、あえて訊くんだけどさ>
声だけしか聞こえてこないが、彩音の顔が怪訝になっているのが安易に想像できた。
<そこまでして【黄昏の旅団】に関わる程の理由があるの?>
「理由と来たか……」
理由、ね。 なんだかさっきも言った気がするけど。
「やっぱり気になるんじゃないのかな、オーヴァンの事がさ」
<ふふ、他人の事みたいに言うんだねw>
「…………」
オーヴァン、『黄昏の求道者』。
彼の目的は計り知れない。
だからこそ。
――だからこそ。
「だからこそ、彼の見ている世界を知りたいのかもしれないな」
<……?>
声をあげずとも、疑問符の浮かぶ彩音の顔が浮かんだ。
やば、可愛い。
「いや、なんでもない。 急いでそっち行くから」
<んー、わかった^^* 待ってるね>
ウィスパーチャットが途切れた音がした。
……決着、ね。 決着。
どちらが勝とうと、結末を見なければならない。
結末を、見る。
幕引き雑用は俺の仕事。
終焉を見届ける。
自分の意志でもなく。
誰かの意思で手足となる。
それが、≪請負人≫。
「んじゃ、まあ。 行きますか」
今度は澪の死体に目もくれず、プラットホームへと歩き始めた。
******
身体の周りに纏わりついた光輪の蛇が完全に紐解けるのを待って、歩き出す。
回りくどい言葉無しに言うと、つまりはコシュタ・バウアに到着といった所だ。
「やっぱりもう終わってるわけね」
先程から間髪入れずに飛んできたわけだが、ここで戦闘があっていたなどとは夢にも思わせない静けさだった。
「あーあ、ギリギリ間に合わなかったね♪」
横から茶々を入れてくる彩音。
ずっとプラットホーム周辺の塀、その後ろの茂みに隠れていたらしい。
「――行くぞ」
「早っ」
「間に合わなかったんなら、間に合わなかったなりに次を急ぐしかないだろ」
「えへへ、そーゆーとこ好きー」
ばっ。
俺の顔赤くさせてどうするつもりだ。
「じゃあ、全力で援護するのがわたしの役目だね♪」
「って、お前も付いてくる気なのかよ!」
言うと、彼女は「あたりまえー」とか言いつつ無邪気に笑った。
……くそ、その笑顔が凶器なんだ。
「わかったよ、お前の実力は俺が一番知ってるし、むしろ戦力になるからいいんだけどさ」
でも。
【陰華】がいるんだから、当然禍つ式≠烽ナてくるよなぁ……。
そこは俺がフォローして、彩音にばれない様に努力するしかないか。
――今度は俺から攻める番だな、【陰華】さんよ。
今度こそ終わらせてやんよ。
ウィスパーチャットを匂宮に連絡を取る。
「いいぞ。始めよう」
<……決着、着けて来い>
「言わずもがな」
ヴン、という音と共に視界にノイズが走る。 瞬間、体のビジュアルが途切れ千切れになりながら、消えていった。
これは、簡単に言えばハッキングだ。
本来、特殊なアイテムが無ければ侵入できないとされているロストグラウンド、『背面都市マグニ・フィ』。
そこで、天才ハッカーを自負する匂宮に独自プログラムによるハッキングを試みてもらった。
今までロストグラウンドを削除、ないしは編集隠匿できなかった彼は、まるで親の仇のように――というか自分の仇か――狂気的かつ驚喜的に熱中したようで。
かなりの短時間で完成したようだった。
「まあ、私は天才だからな」というのは匂宮自身の言。
どうでもいいか。
とにかく。
彼が偏執狂であったおかげで、限定的なロストグラウンドに強制的かつ湾曲的な不正アクセスを果たしたのだった。
地面に足が着いた。
「……っと」
「到着、だね」
辺りを見回しながら、彩音が呟く。
言葉が一瞬詰まったのは、この地の風景が荘厳であったためだろう。
背面都市。
「成程これは――」
朽ち果てた都市というに相応しい。
ロストグラウンド、『背面都市 マグニ・フィ』。
高度文化の片鱗たる完璧に気付きあげられた壁面に、蔦の様な植物が這い回っている矛盾。 暗く曇った空は地上と変わらず。
所々腐りかけた植物が地を張っている通路の先には巨大な門。 これにもまた植物が這い回っているようだったが、誰かが通り抜けた後であるためか開いていてよく確認できない。
背後のプラットホームより後ろの床は崩れており、ここから出来る範囲では朽ち果てた遺跡の様な外観を呈していた。
これ以上は言葉には言い表せまい。
進化しすぎた文明はこうも無残に、美しく朽ちてゆくものなのだろうか。
かつて栄えたであろう神々しさを残しつつ、この場所には死臭と腐敗臭がするかのようだ。
「凄いね、ここ……」
「っと、ゆっくりしてる場合じゃないな」
入り口付近からでも、耳を澄ませば聞こえてくる。
奥の闇から刃物と刃物が打ち合う、不快な金属音。
「――行こう」
「りょうかーいw」
さてさて。
澪との戦いの後、HP回復などは済ませていたものの――あんな神経磨り減らされるような戦闘のあとで、精神的に疲れていないわけがない。
しかし、行くしかない。
ここでログアウトしても、誰にも何も言われないだろう。 そもそも、俺がこの件に関わらなければならないのは【陰華】の事だけなのだから。
でも。
それでも俺は、ここで逃げ出してしまったら。
多分自分自身が許せないだろう。
多分自分自身が遣る瀬無いだろう。
だから、手伝ってやるよ、旅団。
――走り始めた俺に、彩音が声をかけて来た。
「何か、ルナ疲れてない?」
「やっぱわかるか?」
「ルナの事でわたしに分からないことは無いからねw」
「……疲れてても、やらなきゃいけない事ってあるだろ」
「そこまで大事?」
怪訝な顔で見てくる。
既に金属音は痛いほど耳に届いている。
「うん、大事。 かなり」
と。
「うん?」
あることに気付いて、足を止める。
「どしたの?」
「え、ああ……」
不安そうに訊いて来た彩音に曖昧な返事をして誤魔化す。
今、金属音を辿ってここまで来たものの、ある一点を通り抜けてから突然に金属音が小さくなってしまったのだ。
「……まさか」
まさかとは思うが、これは都市迷路という奴ではないのだろうか?
ここは洞窟のように薄暗い、しかし整備されている通路。それなりに広くはあるが、天井や壁が迫って来る様な圧迫感を受ける。 よくよく目を向ければ、真っ直ぐだと思われていた通路には所々横穴の如く通路が開いていた。
「――ねえ訊いていい?」
「いや、言うな」
「……迷った?」
「だから言うなって」
迷った。
もうどこから音が響いているかわからなくなってしまっていた。
「うわ、最悪ぅ」
「んな事言うなってば」
とにかく、少し歩いてみようとあたりを見回す。 数ある通路のうち、いくつかの穴は大きさが違うようだった。
そこで彩音に話しかけようとした時、
がしゃん。
「どうした、彩音――?」
彩音のほうを振り返ってみるが、
「あ?」
いなかった。
「ぇええぇえぇええええ!?」
忽然と。 完全に。
彩音の姿が消えていた。
「え、っと」
そうだ、ウィスパー。 あれで会話できるはず。
すぐにウィンドウで彩音を呼び出す。
<うぅ……ルナぁ……>
「……何したよ?」
<壁に寄りかかったら壁が裏返ったぁああ……!>
涙声で語る彩音。 えっと、裏返った?
仕掛け扉って奴か?大昔の忍者屋敷みたいな?
「何とか戻って来れない?」
<無理っ;>
どうやら自分でも試したらしい。
「わかった、動けるか?」
<なんとか>
「そっちはそっちで何とか動いててくれる?」
<了解……;>
涙声。 もう、可愛すぎるんだよ……。
「言っとくけど、絶対戦闘始めんなよ?見つけたら報告するだけにしろ」
禍つ式℃揩チてる奴らの餌食になりかねない。
<うん、わかった>
「絶対だぞ?絶対見るだけにしろよ?」
<何かそれってリアクション芸人みたいな台詞だねっw>
おお、元気が戻った声がする。 良かった。
心配事も済んだし、じゃあ行きますか。
とりあえず、手近な通路を曲がる。
曲がってみて他の通路と相違点を探してみるが、まあどこも似たようなものか。
だからこそ迷路なわけだが。
「ああ、もう! 面倒なっ」
途方も無く走り出したときに呟いた一言は、虚しく通路に響き渡った。
******
私――――匂宮は歩いていた。
正確には歩かせていた≠ニ言うべきか。
私にはリアルが存在し、システム管理者としての匂宮は私の仮の姿、つまるところはPCという名の傀儡人形なのだから。
……本当なら、すぐにでも座標を打ち込んで管理者の特権である直接転送を実行したいものなのだが、向かっているのが特殊エリアというのだから致し方あるまい。
まるで、というか通常ギルドの@Homeの扉を開いて室内に侵入。 さらに歩み、通常ならば武器練成ルームがあるはずの長く薄暗い通路を足早に通り抜けた。
一瞬の暗黒の後、目の前に空間が広がる。
通常の練成ルームであるのなら信じられない程の広大さ。 天井を見てもどこが一番上なのかわからない程だ。
だが何も存在していないからこそ、自分自身の孤独感が強調された。
一歩を踏み込んだ所で、突き当たりの壁が光を放つ。
ヴヴ、と起動の音と共に微かな光に浮かび上がった、自らの口で自らの身体を飲み込もうとする邪蛇――ウロボロスが回転を始めた。
同時に何もなかった空間に、数え切れない程の小型ウィンドウが世界≠移しながら表示される。
「……これはまた、随分と粋な演出だな?」
一言、部屋の主に告げる。 一時間を置いて、部屋主が暗がりから現れた。
「特に他意はない。 君が偶然にも到着しただけだろう?」
部屋主は私と同類の者。だが、彼のPCは真実の姿ではない。
部屋主――彼は異形の者だった。
まず、顔つきからして人間ではない。 この世界特有の獣人、それも虎に分類されるような鼻付きや瞳孔の細い目。 体を覆う衣服は中東の部族の正装の様。 顔を隠さんとばかりに巨大なターバンを模した帽子が頭を覆っていた。
「そう皮肉を言うな。 軽口の言い合いは『彼』だけで充分」
「君は、いつも他愛ない事を言っているようだな」
くくく、と獣の喉で器用に嘲笑う獣人。
「我々の雑談など、必要ない。そろそろ本題に入らねばなるまい」
「だろうな。 では、始めよう」
獣人が手元の球体に手を翳すと、ウィンドウの一つが拡大される。 どうやら私にも見えるようにと、配慮してくれている様だった。
……我々は同志にして同氏。 互いに同じ管理者=B
私は匂宮、仮の姿。 リアルから数えての仮の姿。
彼は――『直毘』。 もう一人の彼から数えて二番目の、セカンドとしての仮の姿。
そして、世界の三分の一を占める【TaN】が真実のギルドマスター。
兇宴が、始まった。
******
「だあああぁぁぁぁああっ! 何だこの迷路はっ!」
いい加減忍耐も擦り切れてきた。
あまりに同じ様な形を晒した通路が多すぎる。
『どこの通路のどこが違う』という相違点を探し、目印になるものを見付けようとするのだが、どうにも見つからない程、同様の風景が広がるのだ。
もう、面倒臭い……。
諦めかけたとき。
――じゃきっ。
金属音。
「あ?」
一瞬だったため、どこで鳴っているのかわからなかったが
――じゃきっ。
更に金属音。
「……そこか」
向かって左手の方に変わり映えしない通路。 その奥から音は聞こえる。
これは途方もない迷路の中で見付けた道標の様なもの。 聞き逃すわけにはいかない。
通路を曲がり、小走りに進む度に金属音が大きくなっていく。
途中何度も通路を曲がり、幾度も同じ通路を駆け抜け――
「……あ」
広場に出た。
まるで中世ヨーロッパに作られた城の王との謁見の間の様な作りの広場。
その様な場所に横っ面から出て来たようで。
右手の方にはハセヲが。
左手の方には――PKの集団が。
両者対峙していた。
うん。
何だこれ。
何でハセヲ一人に対し、PKたち――多分【TaN】と【陰華】の連合だろうが――は軽く十人は超えているのですか?
愚問か。
とにかく。
疾駆。
一番近い位置にいたPKに対し、壱式を抜刀しつつ不意打ちを掛ける。 PKは闖入者の乱入に気付きながらも、俺の壱式の一閃のものとに、何の叫び声もあげることの無いままに死亡状態へ堕とされた。
「お前っ、何で……!?」
「ぼさっとすんなよ!」
疑念の声をあげたハセヲを一喝しながらハセヲを背にして立つ。 侵入者に気が付いたPKが向かってくるが、俺の刀に刃を阻まれる。
もしかしなくても、ハセヲはこれだけの数に対抗していたのか。
「他の奴は?」
必死で刃を捌きながら、叫んだ。
「オーヴァンが先に行ってて……、それでまだ帰ってこないから先に行けって……!」
思考が上手く回っていないからか、言動から意思が掴みにくいが、つまりは旅団の面々がハセヲを先行させてオーヴァンを追わせたのだろう。
何故ハセヲ一人なのかという疑問は残るが、まあそんなもんだろう。
それで別働で動いていた【陰華】の部隊がハセヲとぶつかった、というわけか。
それにしても、よくもまあ。
これだけの人数と渡り合ったものだ。
「大体の状況はわかった。 ここは任せて先に行け。オーヴァンを追いたいんだろ?」
「っ、けど!」
「まあまあ、心配すんなってw」
続けて、言う。 手を出すと決めたのだから、最後までやり抜くしかない。
傍観者が私闘でもなく他人に介入する。
それは。
失格だ。
「ここはきっちりと請け負ってやるからさ――」
「おい、余所見すんな!」
いまだこの場に残っているハセヲが叫び、目の前にいる敵に視線を戻すが、その横からもう一振りの剣が迫ってきているのが見えた。
おそらく他の奴の凶器だろう。
ここで切り払ってからまた防御してもいいんだが。
まあ良い機会だしな。
久々にあれやってみるか。
「大丈夫大丈夫、すぐに対応できる」
頭を下げて一太刀目を避けつつ、言う。
「って、ちゃんと防御しろよ! 斬刀士なら――」
双剣を提げたハセヲが言いたかったのは、武器が一本しかないんだから、だったんだろう。
だが、俺は。
太刀を持った手を右手だけにして、左手を離す。
もう一度、殺してやるとばかりに細身の剣が迫る。
「なあ、誰が斬刀士なんて言ったよ?」
「…………!?」
俺の左手には。
離された左手には。
もう一本太刀が握られていた=B
迫ってきた剣を左の太刀で弾く。
「――――瞬刀、『零式』」
がぎっ、と金属同士が鈍い音をあげるが、右手で相手の刃を防御しながら左手の零式で相手の胴を薙ぎ払う。
さて、あと何人だっけか。
「お前――そのジョブは」
「ああ、これ? 言っとくけど不正改造じゃないからな。 念の為」
この職業に名前はない。 匂宮に頼んでメンバーアドレスでの職業表示は斬刀士に設定してあるものの、通常のプレイヤーから見れば不正改造者に見えても仕方あるまい。
言うなれば、弐刀士(ダブルブレイド)。
二本の大太刀を両手で自在に操る、二刀流。
全く。
このPCは。
事情を話すと――無駄に長くなるか。
この様な事態で語っている場合でもないしな。 また次の機会にでも。
「だから、先に行けよ。 俺一人でも立ち回れるし」
「……、死ぬなよっ……」
言って駆け出したハセヲ。背後にあった暗い道へと走って、中に入ればもう見えなくなる。
「死んでたまるかよ」
請負人が。
見ると、軽く目算で敵の数は十三。
いけるか?と自らに訊き。
いくしかないだろ、と自らに応えた。
決意が決まると同時に地を蹴り、敵の集団の中に飛び込んだ。
PK達の驚愕の顔。 それはそうだろう。 まさかこんな行動を起こすわけはないと踏んでいたのだから。
じりじりと狭い通路で一人一人を各個撃破していくのが常套手段。
多分それが一番の正解の戦法だろう。
だが。
だが、それでも。
敵の視線の渦中で腰を低くして二刀を広げつつ、呟いた。
「この力を解放したいだけだったりね」
渦中で回転。一人二人を二刀を振り回して斬り捨てる。
まるでそれは殺人廻天。
この狭い場所では、相手方はろくに刃を振り回せまい。 下手すれば仲間を傷付ける事になるからだ。
そこでやはり、刺突が繰り出される。
それに対するは俺の跳躍。
刺突を繰り出した相手の背後に着地、左の零式でそいつを屠りつつ、更に繰り出されてきた刃を右手で防ぐ。
そして左手の太刀を翻し、防御していた相手を斬り捨てた。
――二刀は二刀でも、双剣士などとは性質からして違う。 双剣士の双剣ならば質量が軽すぎて両の刃でなければ相手の凶刃を受けられないが、大太刀では違う。
どちらかで防御しつつ、どちらかで斬り払う。 両の刃で攻撃するも、片方で防御して反撃するも自由。
変幻自在にして顕現自在。
あと、八人。
「おおおおぉぉおぉぉぉおおおおおっ!」
多人数に対して一人だけで殺戮されているという絶対状況に恐慌が起きたのか、一人が狂ったように自らの得物を振り回す。 仲間を傷付けながら迫る刃は大剣。 突進してきた彼に対し、俺は
「っぜぇ」
神速でもって対応。
彼の目にも止まらなかったであろう疾駆ですぐ横を通り抜け、そして壱式を走らせて殺す。
「っがあ!」
敵の苦鳴を聴きながら、右手の方向に踏み込み更にもう一人敵を血祭りに上げ、切り刻む。
右に、左に。 刃が走り、体をずたずたに切り裂く。
「っと」
疎かになっていた左側の敵も零式で切り裂いた。
ここで、また壱式を用いて次の獲物を狙うが――
「何だよ、ノリ悪ぃな」
PKたち全員が散開、俺の周囲に展開していた。
近くに寄らなければ無事だとでも思っているのか。
甘い。
「――――!?」
一人が目を見開く。 一歩で相手の懐に飛び込んで斜め十字に刻む。
十字に体を切り裂かれたそいつは、やはり灰色になって倒れる。
更に右に跳躍。右の壱式で一閃、そのまま回って左の零式で体を貫く。
そこで今まで受動態な行動しかとっていなかった敵が動いた。
残りの三人が一気に突貫。
俺の立っている位置は壁の間際。 中世の城であればちょうど玉座のある位置。
あ、もしかして気付かないうちに追い込まれていた……?
相手は集団戦闘、集団暗殺のスペシャリスト。 俺如きが対峙し得る相手ではない、ということか。
今まであっさりと敵がやられているのはこのときを狙うためか。
俺の『強さ』を利用した罠。
横に跳躍しようとも、狭すぎて緊急回避は行えない。
絶体絶命とやらか。
強さに対する慢心を利用された。
甘いねぇ。
砂糖菓子に蜂蜜かけて食べるぐらい甘い。
三方向から刺突が迫る。
俺は、避けるでもなく二刀を構えた。
突き出された一本目を回避、できないので零式で軽く払い除けると同時に壱式を右の凶器に当て、払う。
そして俺の心臓を貫かんとばかりに迫る最後の一本は、二刀で払い除けた直後にしゃがんで避わす。
三人同時に来たからって、三人同時に息を合わせることなどできはしない。 かならずタイムラグがあり、それを突けばいいだけのこと。 そうして空いた隙を狙って中央の敵を十字に切り裂き、追い込まれていた場所から脱出しつつの横薙ぎに斬撃。
一刀のもとに、というか正確には二刀の元に斬り捨てた。
「っと、戦闘終了かな」
『強さを利用した罠』。
だったら俺はその『強さを利用した』罠を利用して%Gを倒す。
そろそろハセヲ追いかけるか。
「――――案外、大したものではないのだな?」
「……あんた誰だ」
俺が来た道と同じ通路からゆらり、と男が陰から現れた。
無駄に侍な格好をして、髪を流したままにしている男に問う。 無精髭を汚らしく放ったままにしたようなエディットのPCだ。
「これは失礼。 それがしの名は『疎宣』(うとうべ)――【陰華】が三葉の一枚。 ≪請負人≫と手合わせ願いたい」
「――三葉、だと……!?」
驚愕。
当然だ。 三葉といえば、【陰華】の三幹部の事を指す。 つまりは分隊を束ねる猛者。
「なんでそんなお方がここにいるんだろうな?」
「さてね。 我らが主は気まぐれでな、ともかく貴殿を殺せと申しておられる」
殺すとは禍つ式≠フことか。
全く、彼の言う主、【陰華】の支配者『柏木』はえげつない野郎だ。
「いいよ、やろう。 どうせ俺が全部倒すまで待ってたんだろうが」
「おや? 気付いておったのか」
静かに首を振る。
「いんや、タイミングが良すぎなんだよ。 これくらいなら推量できる」
「そうか、では。 疎宣、参る」
言い終わる前に走りこんできた。 手にした武器、否、禍つ式は重槍。 ちょうど戦国時代の足軽達が装備していた、槍。
というか、もう今日で戦闘何回目だ。
本当に激戦ばっかで気が休まることがないな。
これが終わったらゆっくり休むとしようか。
「んじゃま、行きますか」
俺は、地を蹴って走り出した。
******
「君は良心が痛まないのかね?」
一仕事終えた『彼』が問うた。
「それはお前の事ではないのか?」
一仕事終え、捕獲者の彼に私は問う。
「私か? 私は何も感じない。 私にあるのは興味のみ」
「お前の興味は狂気に値するな」
私の皮肉も多少、歯切れが悪い。
「だが、無意味とわかっていて≪請負人≫を放置したのは君だろう?」
「お前はどうなんだ? 多少の問題があったとして、彼を捉えた気分≠ヘ」
その彼を見遣る。 捕獲者――直毘の罠に陥り、この特殊空間に拘束された男。
其の名をオーヴァンという。 彼は、彼のPCは先ほどから苦鳴を漏らしていた。
「嬉しい限りだ。 さて、だからと言っていまこの状況にある≪紅風≫をどう思う?」
ウィンドウのひとつが拡大され、私の眼前に表示された。
<んじゃま、行きますか>
請負人の一言。 そこから疾駆しての禍つ式≠抜刀する。
瞬間に大きなノイズ。 直毘を見遣ると、目配せだけで球体型の端末を操作してノイズを取り去った。
「……ほう?」
直毘が感嘆の声をあげた。
画面を見ると、ルナが禍つ式≠構えているのがわかる。
「なるほど、これが『真の姿に近付いた』、か」
見ると、禍つ式二本≠構えている。
――禍つ式は相手の力を吸収して、自らの形状を変化させる。
これが弐刀士としての禍つ式、か。
疎宣の振り上げた槍での上からの斬撃。 軽々といなし、脇に跳躍するルナ。
「これはこれは。 今度こそは請負人の敗北かな?」
直毘が面白そうに小さく笑った。
9://www.expectation-キタイ.…………了。
_____________________atogaki
アトガキの内容にこれだけ悩んでるのは私だけでしょうか、こんにちは(ぇ
いや、もう一番長いです……orz
最後まで長々と読んでくれた方、最高っ!
格好いいよ、本当に!
女の方ならものすげえ可愛いです、美しいです!
次回こそは短くなるんで、どうかこの先もよろしくお願いいたします。。。
[No.1008]
2007/12/21(Fri) 18:51:14
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> > > > > > 忠誠には制裁を > > > > > > > > 裏切りには報酬を > > > > > > > > > > > > > > 9://www.expectation-キタイ. > > > > > > > __________________________________ > > > > 「ん、あんたがオーヴァンか?」 > > > 「そういうお前は≪赤色の請負人≫だな」 > > > 「そうだな。 あんたはここ≠ナ何がしたいんだ?」 > > > 「……言葉では言い表せない。 決して容易く言ってはならないモノだ」 > > > そんな言葉だったか、俺と彼の交わした初めての言葉は。 > > > 「何だそれ。曖昧すぎ」 > > > 「……ふ」 > > > 薄く笑んだ彼に言葉を返す。 > > > 「お前は【黄昏の旅団】で何をしたい?」 > > > 「――――識れた事、この世界の真実を。 黄昏の鍵を求めんと」 > > > 「俺にそれを訊くか?w」 > > > 「答えてはくれないのだろう?」 > > > もう一度微笑む青色。 その笑みはどこか危うげだった。 > > > 「思い出は大切だ。 だが記憶は悪い所だけ記憶しない」 > > > 「俺は逆だな。 悪い記憶しかない」 > > > 自嘲する様に言っていたところで、一人の女性PCが歩み寄って来た。 > > > 「……お友達?」 > > > 「あ?」 > > > 「志乃――」 > > > 看護士を彷彿とさせる白色の呪療士は『志乃』という名前らしい。 > > > それは。 > > > 赤色と青色、そして白色の初めての邂逅だった。 > > > > > ****** > > > > > > > > > 「……。 そろそろ決着着けるべきかねぇ……」 > > > 口に出してみたが、なかなか踏み出せなかった。 > > > 頃合を計ってみていたのに、わからない。 > > > どうすればいいのか、あんな話を聞いた後で。 > > > その話も、俺の呆言であれば突き崩せる。 > > > だがそれでいいのか、≪請負人≫? > > > ある程度以上関わらないのが自分の信条ではなかったのか? > > > 干渉せず。 > > > 関与せず。 > > > 安定した羊水の中をゆったりとたゆたうのが主義ではなかったのか? > > > > 「…………」 > > > 答えは出ない。 > > > 未だ出ない。 > > > 出そうにも無い、動かない限りは。 > > > そこで。 > > > 携帯電話にデフォルトで入っているような着信音が鳴り響く。 > > > 「……彩音?」 > > > <やほー(´ω`)> > > > 1:1チャット。 俗にウィスパーと呼ばれる機能。 これがあれば、例え遠く離れていようと電話回線でつないでいるように自由に話せるし、他人に内容が漏れる心配も無い。 > > > それゆえにか、ウィスパー中にPCは口を開く事はないのだ。 > > > ……それにしても、あんまり『やほー』って感じの顔文字じゃない気がする。 > > > 「いきなりウィスパーで何?」 > > > <いや、少し緊急で報告だよ> > > > 報告……? > > > <ついに……、っていうかやっと@キ団が動き出すみたい> > > > 「場所は?」 > > > 今俺がいるのはアルケ・ケルン大瀑布。 移動が面倒でなければ、すぐに移動したい。 > > > <コシュタ・バウア戦場跡♪> > > > 「……へえ。 だったらあの噂は本当だったんだな」 > > > 噂。 > > > ウィルスコアとロストグラウンドの関係性についての噂。 > > > あまり目立った噂ではなかったが、旅団と【TaN】のとっては重要すぎた。 > > > <ねえ。キー・オブ・ザ・トワイライトってあるのかな?> > > > 「うん?」 > > > <何でも願いが叶うんでしょ? だったら彼ら≠ヘどうするのかなーって> > > > 「さぁね。 オーヴァンの考える事なんてわかんねぇ」 > > > <ルナは知ってたんじゃなかったの?R:1のとき」 > > > 「確実にあったのを知ってるだけ、な。直接視た――視えたわけじゃない」 > > > <じゃあなかったの?> > > > だから……! > > > 「いや、あるのは知っていた。 確実にね」 > > > <変だよ、それ> > > > 響いてきた声だけで苦笑してるのがわかった。 > > > 変だろうか? > > > 「別にいいだろ……、仲間、昔の奴らだけど信じてんだよ」 > > > <……?> > > > 疑問符を浮かべる彩音の顔が脳裏にちらついたが、その言を無視した。 > > > 「わかった。 用事を済ませてそっちに行く。 準備よろしく」 > > > <了解っ♪> > > > > > > > ****** > > > > > > 「あれぇ?昨日会ったばかりですよね、報告なんて……」 > > > 「あ、いえ、これは報告じゃないんですよ」 > > > 少し、頭を掻いた。 やはりこういう役目は俺には相応しくないし、こういう相手は苦手だ。 > > > ぶっつけ本番。 というか、やっつけ仕事? > > > どうでもいいか。 > > > 「なんだって、こんなエリアに呼び出したんですか?」 > > > 呼び出したのは普通の草原エリア。 そこら中にいるはずのモンスターも、俺の選択ワードでかなり少なく設定されていた。 > > > 「――――……あんた、ワザとだろ」 > > > 「ふぇ?」 > > > 口が怜悧な言葉を吐き出した。 > > > 一瞬の逡巡のうちに吐き出された後、それはするすると口を突いて出て行く。 > > > 「俺に、『自分がただの依頼人じゃない』って教えてんの」 > > > 「…………」 > > > 澪の顔は困惑、でいいのだろうか、複雑な表情が浮かんでいた。 > > > と、思ったのも束の間、すぐにまた、最初に会ったときに感じた様などこか作り物≠カみた笑顔を浮かべた。 > > > 「そうですねぇ……、何故気付いたんですか? わたしがあなたと同じ『請負人』で、【TaN】に雇われているものだと」 > > > 「っ……!? 請負人なら簡単な誘導尋問に引っかかんなよ。 そして一気に身バレしすぎだ」 > > > まあ多少は驚いたが。 > > > まさか同業者≠セったとはね。 『この世界』に請負人は数人いるんだとは聞いていたが……。 > > > それでも俺以外には話にも出た事は無かった。 > > > 『請負人』は万物において、完璧にこなすスペシャリスト≠ナなければならないのだから、『報復屋』並びに『復讐屋』や『殺し屋』のように容易く成立するものではないのだから。 > > > これは自慢でもなんでもない。 客観的に、冷静に言ってもこうならざるを得ない職業。 > > > それが『請負人』。 > > > 「種明かしでもしようか? 一。 あんたは何故か、俺が面倒に巻き込まれている事を知っていた」 > > > 一つ目の種明かし。これはほんの少し疑問に思った事が気になって後で調べた。 > > > 禍つ式°yび禍つ神≠ノ関する噂はすべて消去されている。 勿論、システム管理者たる匂宮によってだ。 > > > 一般PCですら、その対象に入る。 > > > 一番酷い奴はアカウント停止処分になっていたはずだ。 > > > 「二。 あんたは一人では旅団を追えないと言っていたが、それにしては毎度払っている額が多すぎる。 総合的には、なかなか潤沢な量だ。 これなら時間が限られているとはいえ、自分で追ったほうが幾らかマシだ」 > > > 二つ目は、昨日あの話を聞いたあとに再度事務所を調べてみた。 一人で持てない事はない。 だが、それでも惜しみなく払える様な額でもない。 > > > 澪の見た目は中級者、良くても上級者に成り立てと言った所だ。 例え『澪』がセカンドPCだったとして、そうまでして追う様な内容ではなかったし、大した報告でもなかった。 > > > ゆえに、怪しく思えた。 > > > だから、調べるべきだと思った。 > > > 「つまり、俺を使っていたのは足跡を残さないように。 そいで、尋常じゃない額の金を払うことが出来たのは、バックに【TaN】がいたから、だろ?」 > > > 滑稽にも。 > > > 滑稽にも俺は相対的に敵対ギルドである【TaN】に情報を垂れ流していたという事だ。 > > > 旅団の味方の振りをして。 > > > 旅団最大の敵は俺だった。 > > > 全く、えげつない手を使いやがる。 > > > 「ぱちぱちぱち。さすがルナさんです^^」 > > > まただ。 あの微笑み。 > > > 安らぐはずの微笑みは、怜悧な刃物のように俺を貫く様だった。 > > > 「ついでに勢いで訊くが、あんたの天然はロール≠ゥ?」 > > > 「天然……何の事です?」 > > > ……どうやらアレはマジらしかった……。 > > > 「でも、もう遅いですよ」 > > > 「コシュタ・バウアのことか?」 > > > 「ええ。 そろそろ暗部との戦いも始まっているはずですし」 > > > しかしまあ。 > > > こいつとの会話は緊張感というものが無いな。 > > > 「じゃあ俺が行くまでだな」 > > > 「……どうして旅団に加勢を?」 > > > ああ、緊張感が無いんじゃない。 > > > 「【TaN】が動くなら【陰華】も動くはずだろうが。 色々あって、あいつら止めなきゃいけないんだよ」 > > > 「…………」 > > > 緊張感が無いんじゃなく。 > > > 「それに、」 > > > 「それに? なんです?」 > > > こいつは緊張感を、 > > > 「――――俺は意外にも旅団が気に入っていてね。 昔からちょっと、興味のあるものと気に入ったものには手を出さずにいられないタチなんだよw」 > > > 主義は傍観主義でも。 > > > 根本的性質は違う。 > > > 「……やらせませんよ」 > > > 彼女は唐突とも言えない微妙なタイミングで、背中で発光した光の中から大剣を抜き取り、地面に叩きつけた。 > > > その大きさは軽く澪の身長を超えている。 > > > というか、始めて知ったが澪は撃剣士(ブランディッシュ)だったのかよ。 > > > 大剣の形状は撃剣士の装備としては幾分か細身で、刺突のための切先が無かった。 まるでただの鉄板に柄を取り付けたみたいだったが、手で柄を掴む部分には段違いになって更に細身の刃が浮いていた=B > > > 全体的に灰色のそれの刀身、幅広の部分には艶やかな椿の華が見事な技量で彫られている。 > > > 「見た目に似合わない武器だな」 > > > 着物とドレスの併せみたいな衣装を見ながら呟いた。 > > > 「『必殺剣 椿一文字』。 なかなか格好いいでしょう?」 > > > 言いながら、頭を低い姿勢にしての疾走。 大剣――椿一文字は流れるように持ちつつ、下向きに刃先を向けていた。 > > > 遅れて、今まで消されていた緊張感が一気に張りあがった。 > > > ――――速い。 > > > やば、今までに戦ってきたPCの中で5本の指に入るかもしれない。 > > > 左腰の辺りに発光した光の中から我が愛太刀『壱式』を抜刀。 > > > 自らも低い体勢にして動こうとするが、それよりも先に澪が間合いに入った。 > > > ――やはり、速い。 > > > 「っああああぁあぁあぁぁぁぁああ!!」 > > > 気勢と共に澪の一閃。 綺麗すぎる軌跡を描いて鬼気迫る。 > > > 体を上げるような馬鹿な真似はせず、そのまま自然に地面に倒れた。 > > > 俺の背中の上を大剣が通り抜ける―― > > > ――と思ったらすぐに翻り、そのまま断頭しようと振り落ちる。 > > > 見た目中級者ってのに騙された! > > > こいつ、気配とか全部計算してやがる……!? > > > 「――っぐ」 > > > 転がって回避。 > > > 転がった先で再び跳躍。 空中で刀を目の前に構え、着地。 > > > そこへまた澪が疾駆して来た。 > > > 「速いって言ってんだろ!」 > > > 澪の切り返しの速さに思わず呻く。 > > > あれ? この俺が追い込まれてる……? > > > 刀と大剣で打ち合う。 > > > 不快な金属音を掻き鳴らして、ふたつの得物は喰らい合った。 > > > 鍔迫り合いに澪と睨みあう。 が、彼女は全くの無表情。 『絶対零度』という言葉がちらついた。 > > > ぎり、と壱式が軋む。 > > > ――やばいな。 やはり撃剣士相手にこの刀では軽すぎる=B > > > 力押しになれば、澪が押し切ってくる事は目に見えていた。 > > > そこで、一度刀を軽く振り払って後ろへ跳ぶ。 > > > 予想はしていたものの、また澪が疾駆。 離れた距離も一気に詰め直されてしまった。 > > > 「糞がっ!」 > > > 「――――、」 > > > たん、という足を踏み込む軽い音とともに大剣を薙ぎ払う。 一瞬の間隙を突いて、また後方へ跳躍。 浅い草地に足が着いた軽い音を耳にする。 > > > また詰めて来ると思ったが一旦、椿一文字を下げて見つめてくる。 > > > ……休憩か? > > > 意図は掴めないが、大体わかってきた。 > > > 澪の撃剣士にしては速すぎる攻撃が、だ。 > > > 撃剣士は基本的に大振りな攻撃と共に繰り出される大打撃を主とする。 故に攻撃には絶対隙ができる――はずだった。 > > > その間隙を突いて攻撃するのが常套手段だし、俺自身そうして来た。 > > > だが、澪はその全てを熟知した上で攻撃を仕掛けてきている。 > > > 攻撃が繰り出されるまでのタイムラグをわかった上で走る量を調整し、攻撃が繰り出された後の硬直ディレイを理解した上で体の位置を調整、次の疾走に備えている。 > > > ――こいつ、廃プレイヤーかよ……! > > > 『廃プレイヤー』とは『廃人プレイヤー』と『高い』という意味の『High Player』を掛けたThe World%チ有の造語である。 > > > 澪はそんな時間無いって言ってやがったのに……。 > > > やはりあれはブラフか。 > > > 「――――、」 > > > また澪の疾駆。 > > > あわせて俺も疾走を開始。 > > > 再び金属音を掻き鳴らし、鍔迫りあう。 > > > 先程は俺が切り払ったが、今度は澪が仕掛けて来た。 > > > 刀を横に逸らされ、一瞬だけ無防備状態になってしまう。 > > > そこへ思い切り椿一文字が振り上げられ、刹那の間を置かずに一気に降りて来た。 > > > にやり、と澪の顔が初めて歪む。 > > > ――面倒なっ! > > > 通常のプレイヤーならここで諦める策を取るだろうが、俺はそういうわけにはいかない。 > > > 曲がりなりにも俺は『請負人』。 > > > 死ねるかよ。 > > > 一瞬のうちの出来事だが、時間が止まって見えた。 > > > 横に流されたままだった壱式でスキル『旋風飛刃疾(せんぷうとばし)』を発動。 > > > これは俺にとって特別すぎる。 > > > 何でも請け負う『請負人』として、自らの手の内をほとんど明かさないという原則を持っている俺は、戦術も含めてスキル全てを秘匿しなければならなかったからだ。 > > > それが、使わなければならない状況。 > > > 今の状況を顕著に表していた。 > > > ――通常なら敵に対して真空刃が繰り出されるこのスキルを、自らを置いている位置に近い場所へ向かって撃ち出す。 > > > 澪の大剣が俺に届く前に、粉塵を上げて地面が爆ぜる。 > > > その衝撃で軽く吹き飛び、澪の断頭を辛くも避けつつ、体勢を一瞬で立て直し大太刀を水平に構えたまま一歩。 > > > 一瞬にして相手との距離を詰める、侍の一歩。 > > > 地面に大剣を叩き付けた攻撃硬直の彼女の体を横に薙ぎ払う。 > > > と。 > > > 彼女の姿が消失。 > > > 「っ!?」 > > > 消えたかの様に見えたのは、間違いではなかった。 > > > 彼女は。 > > > 彼女は地面に半ば埋まっている様に固定された大剣を支点にして、まるで曲芸でもやっているかのように体を天に向けたのだ≠チた。 > > > 足は蒼穹を真っ直ぐに向いて。 > > > 手はしっかりと柄を掴んで。 > > > そのまま前へ倒れて着地。 > > > 後ろを顧みずに、背中の方で椿一文字を引き抜いた。 > > > 「――化け物かよ……!!」 > > > 思わず弱音を口に出してしまう。 > > > 「えへ♪」 > > > 苦し紛れに『旋風飛刃疾』をの真空刃を放つが、振り返った澪の大剣で弾かれた。 > > > 「――本当に化け物だな、あんた」 > > > 「そこまで褒められても何も出ませんよw」 > > > ここで微笑み。 > > > どこまで馬鹿にしてんだか。 > > > 「……行くぞ」 > > > これ以上戦闘を長引かせても旅団の所まで間に合わない。 ハセヲやオーヴァンを助けたくも、時間が無ければ間に合う事も出来ない。 > > > 次で、決める。 > > > 体勢を直し、また椿一文字を構えなおした澪に対して『侍の一歩』を踏み込む。 > > > 下から掬う様な斬撃であったが、大剣によってすぐに防がれてしまった。 > > > 一瞬の鍔迫り合いののち、澪が先程と同じく大きく大剣を振り上げる。 > > > 俺は先程のように彼女の間合いから逃げるでもなく、ただ太刀を眼前で構え、防御姿勢を取るだけ。 > > > この様な防御は圧倒的攻撃力を持つ撃剣士に対しては最悪の対応。 大剣の威力で来られれば、大太刀とはいえ俺の壱式など真っ二つに折られてしまうだろう。 > > > 澪が、今度こそ歪に嗤った。 > > > これで仕舞いなのだと。 > > > すべては無意味なのだと。 > > > 自分が戦いに幕を引くのだと。 > > > 椿一文字という死神が、迫る。 > > > 椿一文字という死神が、壱式を破砕せんと打ち当たる。 > > > 椿一文字という死神が、そのまま俺を断絶せんと力を込める。 > > > 俺は。 > > > 壱式は。 > > > 刹那に当たった椿一文字という死神を。 > > > 受け流した=B > > > 左斜めに傾けた壱式は椿一文字を、金属音と共に流してゆく。 > > > 水平だったものに物が当たり、その一瞬で斜めにしてやれば。 > > > 撃剣士であるが故に高威力の大剣は高速で迫り、 > > > 撃剣士であるが故に高威力の大剣は止められない。 > > > 「――――!!?」 > > > 澪の顔が驚愕に彩られた。 > > > 剣道の基本だ、ばぁか。 > > > 心中で呟き、傍らの地面に固定された大剣を横目にした。 > > > そう、剣道の基本。 相手の竹刀を受け流して面を取る、基本的な技。 > > > 受け流していた刀を元に戻しつつ、疾らせた。 > > > 女性型PCの澪相手にさすがに首切りなど出来ない俺は、胸の下辺りから体を両断した。 驚愕と恐怖に彩られた澪の顔をそのままに、暗灰色の身体は飛んでいく。 > > > 「――終了、っと」 > > > 深く息を吐き出しての独白。 > > > いや、本当に死闘だった。 それとも激闘か? どうでもいいが。 > > > HPの削りあいこそ無かったものの、俺もどこかで何かをミスしてしまえば、一瞬にして今の澪と同じ状況になっていただろうと、容易に想像できてしまうこの状況。 > > > それこそが死闘。 > > > 至高なる死闘。 > > > 意味の無い思考をしたそこで、再びウィスパーの着信を報せる軽い音が入った。 > > > 「何?」 > > > 澪の死体を横目にしながら、簡潔に訊いた。 > > > > > > > > > > > > > > ついこの間まで依頼人だったPCが死体となって――敵となり死闘を繰り広げた末に――転がっているのはどこか倒錯的で蟲惑的に見えた。 > > > <遅いよ、ルナ> > > > 「いや、今終わった」 > > > > > > > <もうコシュタ・バウアの戦いも終わりっぽいけどね> > > > 「うん?」 > > > <ウィルスコア?だっけ。 いやぁ、ゴードちゃんが合流しちゃったw> > > > 「……あ」 > > > 全て揃えて円柱で使う、みたいな事を言ってたような言ってなかったような。 > > > 「それって、間に合わない?」 > > > <あ、今飛んだ> > > > マジかよ……。 > > > そして何このライブ感。 > > > 「……奥の手かな……」 > > > <匂宮さん?> > > > 「まあ、そういうことになる」 > > > 全く、面倒な。 > > > <――ねえ、あえて訊くんだけどさ> > > > 声だけしか聞こえてこないが、彩音の顔が怪訝になっているのが安易に想像できた。 > > > <そこまでして【黄昏の旅団】に関わる程の理由があるの?> > > > 「理由と来たか……」 > > > 理由、ね。 なんだかさっきも言った気がするけど。 > > > 「やっぱり気になるんじゃないのかな、オーヴァンの事がさ」 > > > <ふふ、他人の事みたいに言うんだねw> > > > 「…………」 > > > オーヴァン、『黄昏の求道者』。 > > > 彼の目的は計り知れない。 > > > だからこそ。 > > > ――だからこそ。 > > > 「だからこそ、彼の見ている世界を知りたいのかもしれないな」 > > > <……?> > > > 声をあげずとも、疑問符の浮かぶ彩音の顔が浮かんだ。 > > > やば、可愛い。 > > > 「いや、なんでもない。 急いでそっち行くから」 > > > <んー、わかった^^* 待ってるね> > > > ウィスパーチャットが途切れた音がした。 > > > ……決着、ね。 決着。 > > > どちらが勝とうと、結末を見なければならない。 > > > 結末を、見る。 > > > 幕引き雑用は俺の仕事。 > > > 終焉を見届ける。 > > > 自分の意志でもなく。 > > > 誰かの意思で手足となる。 > > > それが、≪請負人≫。 > > > 「んじゃ、まあ。 行きますか」 > > > 今度は澪の死体に目もくれず、プラットホームへと歩き始めた。 > > > > > > > > > > ****** > > > > > > 身体の周りに纏わりついた光輪の蛇が完全に紐解けるのを待って、歩き出す。 > > > 回りくどい言葉無しに言うと、つまりはコシュタ・バウアに到着といった所だ。 > > > 「やっぱりもう終わってるわけね」 > > > 先程から間髪入れずに飛んできたわけだが、ここで戦闘があっていたなどとは夢にも思わせない静けさだった。 > > > 「あーあ、ギリギリ間に合わなかったね♪」 > > > 横から茶々を入れてくる彩音。 > > > ずっとプラットホーム周辺の塀、その後ろの茂みに隠れていたらしい。 > > > 「――行くぞ」 > > > 「早っ」 > > > 「間に合わなかったんなら、間に合わなかったなりに次を急ぐしかないだろ」 > > > 「えへへ、そーゆーとこ好きー」 > > > ばっ。 > > > 俺の顔赤くさせてどうするつもりだ。 > > > 「じゃあ、全力で援護するのがわたしの役目だね♪」 > > > 「って、お前も付いてくる気なのかよ!」 > > > 言うと、彼女は「あたりまえー」とか言いつつ無邪気に笑った。 > > > ……くそ、その笑顔が凶器なんだ。 > > > 「わかったよ、お前の実力は俺が一番知ってるし、むしろ戦力になるからいいんだけどさ」 > > > でも。 > > > 【陰華】がいるんだから、当然禍つ式≠烽ナてくるよなぁ……。 > > > そこは俺がフォローして、彩音にばれない様に努力するしかないか。 > > > ――今度は俺から攻める番だな、【陰華】さんよ。 > > > 今度こそ終わらせてやんよ。 > > > ウィスパーチャットを匂宮に連絡を取る。 > > > 「いいぞ。始めよう」 > > > <……決着、着けて来い> > > > 「言わずもがな」 > > > ヴン、という音と共に視界にノイズが走る。 瞬間、体のビジュアルが途切れ千切れになりながら、消えていった。 > > > これは、簡単に言えばハッキングだ。 > > > 本来、特殊なアイテムが無ければ侵入できないとされているロストグラウンド、『背面都市マグニ・フィ』。 > > > そこで、天才ハッカーを自負する匂宮に独自プログラムによるハッキングを試みてもらった。 > > > 今までロストグラウンドを削除、ないしは編集隠匿できなかった彼は、まるで親の仇のように――というか自分の仇か――狂気的かつ驚喜的に熱中したようで。 > > > かなりの短時間で完成したようだった。 > > > 「まあ、私は天才だからな」というのは匂宮自身の言。 > > > どうでもいいか。 > > > とにかく。 > > > 彼が偏執狂であったおかげで、限定的なロストグラウンドに強制的かつ湾曲的な不正アクセスを果たしたのだった。 > > > 地面に足が着いた。 > > > 「……っと」 > > > 「到着、だね」 > > > 辺りを見回しながら、彩音が呟く。 > > > 言葉が一瞬詰まったのは、この地の風景が荘厳であったためだろう。 > > > 背面都市。 > > > 「成程これは――」 > > > 朽ち果てた都市というに相応しい。 > > > ロストグラウンド、『背面都市 マグニ・フィ』。 > > > 高度文化の片鱗たる完璧に気付きあげられた壁面に、蔦の様な植物が這い回っている矛盾。 暗く曇った空は地上と変わらず。 > > > 所々腐りかけた植物が地を張っている通路の先には巨大な門。 これにもまた植物が這い回っているようだったが、誰かが通り抜けた後であるためか開いていてよく確認できない。 > > > 背後のプラットホームより後ろの床は崩れており、ここから出来る範囲では朽ち果てた遺跡の様な外観を呈していた。 > > > これ以上は言葉には言い表せまい。 > > > 進化しすぎた文明はこうも無残に、美しく朽ちてゆくものなのだろうか。 > > > かつて栄えたであろう神々しさを残しつつ、この場所には死臭と腐敗臭がするかのようだ。 > > > 「凄いね、ここ……」 > > > 「っと、ゆっくりしてる場合じゃないな」 > > > 入り口付近からでも、耳を澄ませば聞こえてくる。 > > > 奥の闇から刃物と刃物が打ち合う、不快な金属音。 > > > 「――行こう」 > > > 「りょうかーいw」 > > > さてさて。 > > > 澪との戦いの後、HP回復などは済ませていたものの――あんな神経磨り減らされるような戦闘のあとで、精神的に疲れていないわけがない。 > > > しかし、行くしかない。 > > > ここでログアウトしても、誰にも何も言われないだろう。 そもそも、俺がこの件に関わらなければならないのは【陰華】の事だけなのだから。 > > > でも。 > > > それでも俺は、ここで逃げ出してしまったら。 > > > 多分自分自身が許せないだろう。 > > > 多分自分自身が遣る瀬無いだろう。 > > > だから、手伝ってやるよ、旅団。 > > > ――走り始めた俺に、彩音が声をかけて来た。 > > > 「何か、ルナ疲れてない?」 > > > 「やっぱわかるか?」 > > > 「ルナの事でわたしに分からないことは無いからねw」 > > > 「……疲れてても、やらなきゃいけない事ってあるだろ」 > > > 「そこまで大事?」 > > > 怪訝な顔で見てくる。 > > > 既に金属音は痛いほど耳に届いている。 > > > 「うん、大事。 かなり」 > > > と。 > > > 「うん?」 > > > あることに気付いて、足を止める。 > > > 「どしたの?」 > > > 「え、ああ……」 > > > 不安そうに訊いて来た彩音に曖昧な返事をして誤魔化す。 > > > 今、金属音を辿ってここまで来たものの、ある一点を通り抜けてから突然に金属音が小さくなってしまったのだ。 > > > 「……まさか」 > > > まさかとは思うが、これは都市迷路という奴ではないのだろうか? > > > ここは洞窟のように薄暗い、しかし整備されている通路。それなりに広くはあるが、天井や壁が迫って来る様な圧迫感を受ける。 よくよく目を向ければ、真っ直ぐだと思われていた通路には所々横穴の如く通路が開いていた。 > > > 「――ねえ訊いていい?」 > > > 「いや、言うな」 > > > 「……迷った?」 > > > 「だから言うなって」 > > > 迷った。 > > > もうどこから音が響いているかわからなくなってしまっていた。 > > > 「うわ、最悪ぅ」 > > > 「んな事言うなってば」 > > > とにかく、少し歩いてみようとあたりを見回す。 数ある通路のうち、いくつかの穴は大きさが違うようだった。 > > > そこで彩音に話しかけようとした時、 > > > がしゃん。 > > > 「どうした、彩音――?」 > > > 彩音のほうを振り返ってみるが、 > > > 「あ?」 > > > いなかった。 > > > 「ぇええぇえぇええええ!?」 > > > 忽然と。 完全に。 > > > 彩音の姿が消えていた。 > > > 「え、っと」 > > > そうだ、ウィスパー。 あれで会話できるはず。 > > > すぐにウィンドウで彩音を呼び出す。 > > > <うぅ……ルナぁ……> > > > 「……何したよ?」 > > > <壁に寄りかかったら壁が裏返ったぁああ……!> > > > 涙声で語る彩音。 えっと、裏返った? > > > 仕掛け扉って奴か?大昔の忍者屋敷みたいな? > > > 「何とか戻って来れない?」 > > > <無理っ;> > > > どうやら自分でも試したらしい。 > > > 「わかった、動けるか?」 > > > <なんとか> > > > 「そっちはそっちで何とか動いててくれる?」 > > > <了解……;> > > > 涙声。 もう、可愛すぎるんだよ……。 > > > 「言っとくけど、絶対戦闘始めんなよ?見つけたら報告するだけにしろ」 > > > 禍つ式℃揩チてる奴らの餌食になりかねない。 > > > <うん、わかった> > > > 「絶対だぞ?絶対見るだけにしろよ?」 > > > <何かそれってリアクション芸人みたいな台詞だねっw> > > > おお、元気が戻った声がする。 良かった。 > > > 心配事も済んだし、じゃあ行きますか。 > > > とりあえず、手近な通路を曲がる。 > > > 曲がってみて他の通路と相違点を探してみるが、まあどこも似たようなものか。 > > > だからこそ迷路なわけだが。 > > > 「ああ、もう! 面倒なっ」 > > > 途方も無く走り出したときに呟いた一言は、虚しく通路に響き渡った。 > > > > > > ****** > > > 私――――匂宮は歩いていた。 > > > 正確には歩かせていた≠ニ言うべきか。 > > > 私にはリアルが存在し、システム管理者としての匂宮は私の仮の姿、つまるところはPCという名の傀儡人形なのだから。 > > > ……本当なら、すぐにでも座標を打ち込んで管理者の特権である直接転送を実行したいものなのだが、向かっているのが特殊エリアというのだから致し方あるまい。 > > > まるで、というか通常ギルドの@Homeの扉を開いて室内に侵入。 さらに歩み、通常ならば武器練成ルームがあるはずの長く薄暗い通路を足早に通り抜けた。 > > > 一瞬の暗黒の後、目の前に空間が広がる。 > > > 通常の練成ルームであるのなら信じられない程の広大さ。 天井を見てもどこが一番上なのかわからない程だ。 > > > だが何も存在していないからこそ、自分自身の孤独感が強調された。 > > > 一歩を踏み込んだ所で、突き当たりの壁が光を放つ。 > > > ヴヴ、と起動の音と共に微かな光に浮かび上がった、自らの口で自らの身体を飲み込もうとする邪蛇――ウロボロスが回転を始めた。 > > > 同時に何もなかった空間に、数え切れない程の小型ウィンドウが世界≠移しながら表示される。 > > > 「……これはまた、随分と粋な演出だな?」 > > > 一言、部屋の主に告げる。 一時間を置いて、部屋主が暗がりから現れた。 > > > 「特に他意はない。 君が偶然にも到着しただけだろう?」 > > > 部屋主は私と同類の者。だが、彼のPCは真実の姿ではない。 > > > 部屋主――彼は異形の者だった。 > > > まず、顔つきからして人間ではない。 この世界特有の獣人、それも虎に分類されるような鼻付きや瞳孔の細い目。 体を覆う衣服は中東の部族の正装の様。 顔を隠さんとばかりに巨大なターバンを模した帽子が頭を覆っていた。 > > > 「そう皮肉を言うな。 軽口の言い合いは『彼』だけで充分」 > > > 「君は、いつも他愛ない事を言っているようだな」 > > > くくく、と獣の喉で器用に嘲笑う獣人。 > > > 「我々の雑談など、必要ない。そろそろ本題に入らねばなるまい」 > > > 「だろうな。 では、始めよう」 > > > 獣人が手元の球体に手を翳すと、ウィンドウの一つが拡大される。 どうやら私にも見えるようにと、配慮してくれている様だった。 > > > ……我々は同志にして同氏。 互いに同じ管理者=B > > > 私は匂宮、仮の姿。 リアルから数えての仮の姿。 > > > 彼は――『直毘』。 もう一人の彼から数えて二番目の、セカンドとしての仮の姿。 > > > そして、世界の三分の一を占める【TaN】が真実のギルドマスター。 > > > 兇宴が、始まった。 > > > > > > > ****** > > > > 「だあああぁぁぁぁああっ! 何だこの迷路はっ!」 > > > いい加減忍耐も擦り切れてきた。 > > > あまりに同じ様な形を晒した通路が多すぎる。 > > > 『どこの通路のどこが違う』という相違点を探し、目印になるものを見付けようとするのだが、どうにも見つからない程、同様の風景が広がるのだ。 > > > もう、面倒臭い……。 > > > 諦めかけたとき。 > > > ――じゃきっ。 > > > 金属音。 > > > 「あ?」 > > > 一瞬だったため、どこで鳴っているのかわからなかったが > > > ――じゃきっ。 > > > 更に金属音。 > > > 「……そこか」 > > > 向かって左手の方に変わり映えしない通路。 その奥から音は聞こえる。 > > > これは途方もない迷路の中で見付けた道標の様なもの。 聞き逃すわけにはいかない。 > > > 通路を曲がり、小走りに進む度に金属音が大きくなっていく。 > > > 途中何度も通路を曲がり、幾度も同じ通路を駆け抜け―― > > > 「……あ」 > > > 広場に出た。 > > > まるで中世ヨーロッパに作られた城の王との謁見の間の様な作りの広場。 > > > その様な場所に横っ面から出て来たようで。 > > > 右手の方にはハセヲが。 > > > 左手の方には――PKの集団が。 > > > 両者対峙していた。 > > > うん。 > > > 何だこれ。 > > > 何でハセヲ一人に対し、PKたち――多分【TaN】と【陰華】の連合だろうが――は軽く十人は超えているのですか? > > > 愚問か。 > > > とにかく。 > > > 疾駆。 > > > 一番近い位置にいたPKに対し、壱式を抜刀しつつ不意打ちを掛ける。 PKは闖入者の乱入に気付きながらも、俺の壱式の一閃のものとに、何の叫び声もあげることの無いままに死亡状態へ堕とされた。 > > > 「お前っ、何で……!?」 > > > 「ぼさっとすんなよ!」 > > > 疑念の声をあげたハセヲを一喝しながらハセヲを背にして立つ。 侵入者に気が付いたPKが向かってくるが、俺の刀に刃を阻まれる。 > > > もしかしなくても、ハセヲはこれだけの数に対抗していたのか。 > > > 「他の奴は?」 > > > 必死で刃を捌きながら、叫んだ。 > > > 「オーヴァンが先に行ってて……、それでまだ帰ってこないから先に行けって……!」 > > > 思考が上手く回っていないからか、言動から意思が掴みにくいが、つまりは旅団の面々がハセヲを先行させてオーヴァンを追わせたのだろう。 > > > 何故ハセヲ一人なのかという疑問は残るが、まあそんなもんだろう。 > > > それで別働で動いていた【陰華】の部隊がハセヲとぶつかった、というわけか。 > > > それにしても、よくもまあ。 > > > これだけの人数と渡り合ったものだ。 > > > 「大体の状況はわかった。 ここは任せて先に行け。オーヴァンを追いたいんだろ?」 > > > 「っ、けど!」 > > > 「まあまあ、心配すんなってw」 > > > 続けて、言う。 手を出すと決めたのだから、最後までやり抜くしかない。 > > > 傍観者が私闘でもなく他人に介入する。 > > > それは。 > > > 失格だ。 > > > 「ここはきっちりと請け負ってやるからさ――」 > > > 「おい、余所見すんな!」 > > > いまだこの場に残っているハセヲが叫び、目の前にいる敵に視線を戻すが、その横からもう一振りの剣が迫ってきているのが見えた。 > > > おそらく他の奴の凶器だろう。 > > > ここで切り払ってからまた防御してもいいんだが。 > > > まあ良い機会だしな。 > > > 久々にあれやってみるか。 > > > 「大丈夫大丈夫、すぐに対応できる」 > > > 頭を下げて一太刀目を避けつつ、言う。 > > > 「って、ちゃんと防御しろよ! 斬刀士なら――」 > > > 双剣を提げたハセヲが言いたかったのは、武器が一本しかないんだから、だったんだろう。 > > > だが、俺は。 > > > 太刀を持った手を右手だけにして、左手を離す。 > > > もう一度、殺してやるとばかりに細身の剣が迫る。 > > > > > > > > > > > > > 「なあ、誰が斬刀士なんて言ったよ?」 > > > > > > > > > > > 「…………!?」 > > > 俺の左手には。 > > > 離された左手には。 > > > もう一本太刀が握られていた=B > > > 迫ってきた剣を左の太刀で弾く。 > > > 「――――瞬刀、『零式』」 > > > がぎっ、と金属同士が鈍い音をあげるが、右手で相手の刃を防御しながら左手の零式で相手の胴を薙ぎ払う。 > > > さて、あと何人だっけか。 > > > 「お前――そのジョブは」 > > > 「ああ、これ? 言っとくけど不正改造じゃないからな。 念の為」 > > > この職業に名前はない。 匂宮に頼んでメンバーアドレスでの職業表示は斬刀士に設定してあるものの、通常のプレイヤーから見れば不正改造者に見えても仕方あるまい。 > > > 言うなれば、弐刀士(ダブルブレイド)。 > > > 二本の大太刀を両手で自在に操る、二刀流。 > > > 全く。 > > > このPCは。 > > > 事情を話すと――無駄に長くなるか。 > > > この様な事態で語っている場合でもないしな。 また次の機会にでも。 > > > 「だから、先に行けよ。 俺一人でも立ち回れるし」 > > > 「……、死ぬなよっ……」 > > > 言って駆け出したハセヲ。背後にあった暗い道へと走って、中に入ればもう見えなくなる。 > > > 「死んでたまるかよ」 > > > 請負人が。 > > > 見ると、軽く目算で敵の数は十三。 > > > いけるか?と自らに訊き。 > > > いくしかないだろ、と自らに応えた。 > > > 決意が決まると同時に地を蹴り、敵の集団の中に飛び込んだ。 > > > PK達の驚愕の顔。 それはそうだろう。 まさかこんな行動を起こすわけはないと踏んでいたのだから。 > > > じりじりと狭い通路で一人一人を各個撃破していくのが常套手段。 > > > 多分それが一番の正解の戦法だろう。 > > > だが。 > > > だが、それでも。 > > > 敵の視線の渦中で腰を低くして二刀を広げつつ、呟いた。 > > > > > > > > > 「この力を解放したいだけだったりね」 > > > > > > > > 渦中で回転。一人二人を二刀を振り回して斬り捨てる。 > > > まるでそれは殺人廻天。 > > > この狭い場所では、相手方はろくに刃を振り回せまい。 下手すれば仲間を傷付ける事になるからだ。 > > > そこでやはり、刺突が繰り出される。 > > > それに対するは俺の跳躍。 > > > 刺突を繰り出した相手の背後に着地、左の零式でそいつを屠りつつ、更に繰り出されてきた刃を右手で防ぐ。 > > > そして左手の太刀を翻し、防御していた相手を斬り捨てた。 > > > ――二刀は二刀でも、双剣士などとは性質からして違う。 双剣士の双剣ならば質量が軽すぎて両の刃でなければ相手の凶刃を受けられないが、大太刀では違う。 > > > どちらかで防御しつつ、どちらかで斬り払う。 両の刃で攻撃するも、片方で防御して反撃するも自由。 > > > 変幻自在にして顕現自在。 > > > あと、八人。 > > > 「おおおおぉぉおぉぉぉおおおおおっ!」 > > > 多人数に対して一人だけで殺戮されているという絶対状況に恐慌が起きたのか、一人が狂ったように自らの得物を振り回す。 仲間を傷付けながら迫る刃は大剣。 突進してきた彼に対し、俺は > > > 「っぜぇ」 > > > 神速でもって対応。 > > > 彼の目にも止まらなかったであろう疾駆ですぐ横を通り抜け、そして壱式を走らせて殺す。 > > > 「っがあ!」 > > > 敵の苦鳴を聴きながら、右手の方向に踏み込み更にもう一人敵を血祭りに上げ、切り刻む。 > > > 右に、左に。 刃が走り、体をずたずたに切り裂く。 > > > 「っと」 > > > 疎かになっていた左側の敵も零式で切り裂いた。 > > > ここで、また壱式を用いて次の獲物を狙うが―― > > > 「何だよ、ノリ悪ぃな」 > > > PKたち全員が散開、俺の周囲に展開していた。 > > > 近くに寄らなければ無事だとでも思っているのか。 > > > 甘い。 > > > 「――――!?」 > > > 一人が目を見開く。 一歩で相手の懐に飛び込んで斜め十字に刻む。 > > > 十字に体を切り裂かれたそいつは、やはり灰色になって倒れる。 > > > 更に右に跳躍。右の壱式で一閃、そのまま回って左の零式で体を貫く。 > > > そこで今まで受動態な行動しかとっていなかった敵が動いた。 > > > 残りの三人が一気に突貫。 > > > 俺の立っている位置は壁の間際。 中世の城であればちょうど玉座のある位置。 > > > あ、もしかして気付かないうちに追い込まれていた……? > > > 相手は集団戦闘、集団暗殺のスペシャリスト。 俺如きが対峙し得る相手ではない、ということか。 > > > 今まであっさりと敵がやられているのはこのときを狙うためか。 > > > 俺の『強さ』を利用した罠。 > > > 横に跳躍しようとも、狭すぎて緊急回避は行えない。 > > > 絶体絶命とやらか。 > > > 強さに対する慢心を利用された。 > > > 甘いねぇ。 > > > 砂糖菓子に蜂蜜かけて食べるぐらい甘い。 > > > 三方向から刺突が迫る。 > > > 俺は、避けるでもなく二刀を構えた。 > > > 突き出された一本目を回避、できないので零式で軽く払い除けると同時に壱式を右の凶器に当て、払う。 > > > そして俺の心臓を貫かんとばかりに迫る最後の一本は、二刀で払い除けた直後にしゃがんで避わす。 > > > 三人同時に来たからって、三人同時に息を合わせることなどできはしない。 かならずタイムラグがあり、それを突けばいいだけのこと。 そうして空いた隙を狙って中央の敵を十字に切り裂き、追い込まれていた場所から脱出しつつの横薙ぎに斬撃。 > > > 一刀のもとに、というか正確には二刀の元に斬り捨てた。 > > > 「っと、戦闘終了かな」 > > > 『強さを利用した罠』。 > > > だったら俺はその『強さを利用した』罠を利用して%Gを倒す。 > > > そろそろハセヲ追いかけるか。 > > > 「――――案外、大したものではないのだな?」 > > > 「……あんた誰だ」 > > > 俺が来た道と同じ通路からゆらり、と男が陰から現れた。 > > > 無駄に侍な格好をして、髪を流したままにしている男に問う。 無精髭を汚らしく放ったままにしたようなエディットのPCだ。 > > > 「これは失礼。 それがしの名は『疎宣』(うとうべ)――【陰華】が三葉の一枚。 ≪請負人≫と手合わせ願いたい」 > > > 「――三葉、だと……!?」 > > > 驚愕。 > > > 当然だ。 三葉といえば、【陰華】の三幹部の事を指す。 つまりは分隊を束ねる猛者。 > > > 「なんでそんなお方がここにいるんだろうな?」 > > > 「さてね。 我らが主は気まぐれでな、ともかく貴殿を殺せと申しておられる」 > > > 殺すとは禍つ式≠フことか。 > > > 全く、彼の言う主、【陰華】の支配者『柏木』はえげつない野郎だ。 > > > 「いいよ、やろう。 どうせ俺が全部倒すまで待ってたんだろうが」 > > > 「おや? 気付いておったのか」 > > > 静かに首を振る。 > > > 「いんや、タイミングが良すぎなんだよ。 これくらいなら推量できる」 > > > 「そうか、では。 疎宣、参る」 > > > 言い終わる前に走りこんできた。 手にした武器、否、禍つ式は重槍。 ちょうど戦国時代の足軽達が装備していた、槍。 > > > というか、もう今日で戦闘何回目だ。 > > > 本当に激戦ばっかで気が休まることがないな。 > > > これが終わったらゆっくり休むとしようか。 > > > 「んじゃま、行きますか」 > > > 俺は、地を蹴って走り出した。 > > > > > > > > > ****** > > > > > > > > 「君は良心が痛まないのかね?」 > > > 一仕事終えた『彼』が問うた。 > > > 「それはお前の事ではないのか?」 > > > 一仕事終え、捕獲者の彼に私は問う。 > > > 「私か? 私は何も感じない。 私にあるのは興味のみ」 > > > 「お前の興味は狂気に値するな」 > > > 私の皮肉も多少、歯切れが悪い。 > > > 「だが、無意味とわかっていて≪請負人≫を放置したのは君だろう?」 > > > 「お前はどうなんだ? 多少の問題があったとして、彼を捉えた気分≠ヘ」 > > > その彼を見遣る。 捕獲者――直毘の罠に陥り、この特殊空間に拘束された男。 > > > 其の名をオーヴァンという。 彼は、彼のPCは先ほどから苦鳴を漏らしていた。 > > > 「嬉しい限りだ。 さて、だからと言っていまこの状況にある≪紅風≫をどう思う?」 > > > ウィンドウのひとつが拡大され、私の眼前に表示された。 > > > <んじゃま、行きますか> > > > 請負人の一言。 そこから疾駆しての禍つ式≠抜刀する。 > > > 瞬間に大きなノイズ。 直毘を見遣ると、目配せだけで球体型の端末を操作してノイズを取り去った。 > > > 「……ほう?」 > > > 直毘が感嘆の声をあげた。 > > > 画面を見ると、ルナが禍つ式≠構えているのがわかる。 > > > 「なるほど、これが『真の姿に近付いた』、か」 > > > 見ると、禍つ式二本≠構えている。 > > > ――禍つ式は相手の力を吸収して、自らの形状を変化させる。 > > > これが弐刀士としての禍つ式、か。 > > > 疎宣の振り上げた槍での上からの斬撃。 軽々といなし、脇に跳躍するルナ。 > > > 「これはこれは。 今度こそは請負人の敗北かな?」 > > > 直毘が面白そうに小さく笑った。 > > > > > > > > > > > 9://www.expectation-キタイ.…………了。 > > > > > > _____________________atogaki > > > アトガキの内容にこれだけ悩んでるのは私だけでしょうか、こんにちは(ぇ > > > いや、もう一番長いです……orz > 最後まで長々と読んでくれた方、最高っ! > 格好いいよ、本当に! > 女の方ならものすげえ可愛いです、美しいです! > > 次回こそは短くなるんで、どうかこの先もよろしくお願いいたします。。。
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