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14://www.depravity-ダラク. (No.791 への返信) - 宴六段






世界は奪われた者は語れない。







14://www.depravity-ダラク.


___________________________



******


 あの後。

 鬼気迫る顔をしていた俺を心配したらしい管理人が、彩音の部屋まで駆けつけ、茫然としていた俺を他所に救急車と警察を手配してくれた。

 そんなことは、後で知った。

 当時のことはよく覚えていない。

 病院に一度向かったあと、警察に連れて行かれ事情聴取を受けたが何も覚えていない。

 何かを訊かれていた気がするが、適当に答えていたと思う。

 こういう時の俺は冷えすぎていて怖いと内心で思ったが、どうでもいい事だと気付いた。

 そして今現在存在しているのは再び病院。

 集中治療室で検査を受けているという彩音の傍にいたくて、廊下のソファに腰掛けていた。

「…………」

 呆言。

 無。

 何も考えない。

 考えても仕方がない。

 呆言。

「――何やってんだ、流奈」

「……若菜さん」

 茫漠としていた思考に侵入してきたのは看護士の西條 若菜さんだった。

 彩音の担当だったと言う彼女もまた、沈痛な面持ちで立っていたが隣に座って煙草を吹かし始めた。

 全く、どこから取り出しているんだかジッポライターまで手にしている。

 彼女は何も言わずに紫煙を吐き出している。

「……彩音、入院生活から退院できた事を凄く喜んでたんですよ」

「ん」

 ぽつぽつと喋り始めた俺に、軽く応えてくれた。

「湿っぽくてうじうじしてる患者共と医者共はうんざりだ、なんて失礼な事言って」

「そか」

「んで、退院の報せもらったときには俺も喜んだんですよ。彼女も俺も、病院なんてそれこそ死ぬ程≠ィ世話になりすぎている」

「…………」

 煙草を燻らせる彼女は、また煙を吐き出した。それを返事の代わりとしている。

「だから―――なんでこんなことになっちゃったんでしょう?」

「…………」

 若菜さんは答えない。

「あんなにも嫌ってたのに――病院から抜け出すことの出来たのに、どうしてまた帰ってきちゃったんでしょう?」

 若菜さんは答えない。

 俺も、言いながら一切思考してなどいない。口が意思と関係なく勝手に働いているだけだ。

 ――沈黙だけが空気に浸透した。

 夜間であるため照明が最低限に絞られた薄暗い廊下で、治療中の赤いランプだけが煌々と自らの存在だけを誇示していた。

 ソファに腰掛ける事なく、膝に腕を乗せ、全体重を脚に任せる。

 共に、頭を垂れた。

「――――、」

 そうして、両手で顔を包んだ。

「どうして、あいつがあんな目に……!」

 慟哭。

 声を絞ったつもりだったが、かなりの声量が廊下の空気を伝播していった。

「…………」

 若菜さんは答えない。答えられない。

 無理に答えることはできない。

 ただ、その場に存在しているだけだ。

 誰もいないような状態で、思考だけが進んでいった。

 ――世界なんて、関係ない。

 ただ、彩音が『こんな目』遭った事実。

 意識不明。

 未帰還者。

 悲愴に悲壮。

 重ね続ける。

 哀しいのだろうか。

 悲しいのだろうか。

 心は冷えている。

 冷却する必要性もない。

 しなくても最初から温度を奪う。

 ふと、気付いた。

 顔を覆っていて、初めて気付いた。

「…………?」

 違和感。

 このような状況に――悲しんでいるような状況にいる人間には似つかわしくない、違和感が残る。

 違和感を知りたくないという警鐘を精神が勝手に打ち鳴らす。

 違和感。

 そう、何かが足りない。

 不足している。

 不測している。

 また、そこではたと気付いた。

「……涙が、出ない……?」

 おい、どうしたんだよ。

 悲しいんだろう?

 寂しいんだろう?

 痛いんだろう?

 その胸は焼け付いているんだろう?

 なら――――どうして涙が出ない。

 身を切り裂くような悲しみに対し、お前は涙を流すことが出来ていない。

 涙とは人間の感情表現。

 お前は――――

「あ……ああ……っ」

「……?どう―し…―?」

 若菜さんがなにやら呻いているが、聞こえない。

 心中の言葉は尚進む。

 どうしてお前は泣かない。

 どうして悲しまない。

 欠落しているのか?

 失格しているのか?

 お前は―――




 お前は、人間じゃないのか?




「ぁあああぁあぁぁぁああっ!」

 耐え切れない。

 絶え切れない。

 突然に立ち上がり、向かいの壁に向かう。

「…………!」

 もはや他人の言葉など聞こえなかった。

 ただ、自分の意志と意思だけが研ぎ澄まされていく。

 壁に手を付き、頭を――

 自分の頭を思い切り




 壁に打ち付けた。




 ごん。

 頭が振動を起こし、脳が揺れる。

「何――ってん――!」

 断片的に声が聞こえるが、どうでもいい。

 ああ、早く涙を流してくれ。

 もう一度打ち付ける。

 血が滲んで流れてきたのか、目の前が薄く赤に染まった。

「誰か――止め……!」

 周りの音も何も俺には無意味。

 意味を成さない。

「止――ろ!」

 肩を掴まれるが、構わず連続して頭を打ち付けた。

 赤い視界の端に、先程まで誰か≠ェ吸っていた煙草が、煙を上げていた。





******



「鳳」

 呼び止められ、私物を片付けかけていた手を休めた。

「……佐伯か」

「何よ、その不服そうな目は」

 四角い知的な眼鏡を掛けた美貌の女性が、隣に仁王立ちしていた。

 ―――残業退社時刻前のサイバーコネクト社、情報資料編纂室。

 私は先程まで続けていた『作業』を一度打ち切り、残業地獄から抜け出そうとしていた。

 そこに彼女だ。

 私は悪い予感を感じずにはいられなかった。

「佐伯 玲子――退社していたのではなかったのか?」

「残念ね、鳳 出葉さん。そんなにわたしが苦手?」

 皮肉的な言い回しに答えるが如く、肩より少し先まで髪を伸ばした彼女が笑った。

「……多少のロールも必要と言う事か」

「『パイ』の事を言っているのかしら?」

 気難しい時もある彼女のPCとは少しだけ違い、リアルでは少しだけ微笑みが多い。

「そういう貴方はずっとリアルの延長ね?」

 皮肉られたらしい。

「表裏のない人間だと言ってほしい」

「わかったわ、天才ハッカーでありCC社に雇われた若き鳳 出葉さん。貴方に逆らえばどうなるかわかったものではないわ」

「…………」

「冗句に決まってるでしょ。そんな目で見ないで」

 情報史料編纂室。そんなものは名ばかり、実の内容は『ProjectG.U.』という内部にも秘密のプロジェクトの補佐機関である。

 室員は私と佐伯の二人を含め、三人。協力者が――一応一人と言っておこう。

 上司は既に退社し、今は私と彼女が絶賛残業中であった。

 ちなみに佐伯はプログラム部門も兼ねているため、編纂室にいることはほとんどなかったりする。

「それで、何か用か?」

 一般社員には閑職として伝わっている室内には似つかわしくない大量の台数を揃えたPCとサーバー、演算装置に資料ファイルを納めた閑職には勿体無く思える広い部屋に存在しているのは二人だけ。

 しかも、仕事内容が見えないように窓や室内からも見えるような枠に嵌められているのは擦りガラスときた。

 男なら興奮でもるような状況だろうが、残念ながら佐伯を対象とするような思いは湧いてこなかった。

「『八咫様』から連絡よ。また新たな『未帰還者』が現れたそうで」

「……はぁ」

 溜め息を漏らすのも致し方あるまい。

 ある種、一般社員からは秘匿されているとはいえ、監獄にも近いこの場所にはいつも私の嘆息が満ちている。

 このような場所を特別に℃рフためにつくってもらったのはある意味、至上の喜びなのだが、やはり今日は――

「徹夜決定ね」

「…………」

「わたしが先にシャワー浴びさせてもらうわ」

「構わない」

 言うが早いか、佐伯はすぐに消えた。

 この編纂室には、まるで私がここに住み着くように設定されているのか、シャワーやトイレまで完備されている。

 つくづくこの会社は私を利用し続けるつもりなのだと感じた。

「それと、その服似合ってるけど威圧感たっぷりだからやめた方がいいわよ。他の女子社員には好かれてるみたいだけど、男子諸君に『気取ってる』なんて思われてるわ」

 入浴の準備をしたのか、しばらくして戻ってきた彼女が通り過ぎながら言ってきた。

「気に入ってるんだから仕方ない」

 ぽつりと呟く私は、自らの格好を見つめなおした。

 デザイナー系のソフトスーツ。黒を基調としていて、白の薄いラインが縦に走っている。

 確かに格好つけていると思うが、私としては気に入っているし、勝負服に近いものを感じていた。

「格好いいからいいけどね」

「…………」

 嬉しくない。お返しに言葉をくれてやる。


「貴様のスーツも似合いすぎだ」

 今彼女が身に着けているものはベージュ色のごく普通のスーツだ。だがそれは偽装で、実は外国のブランドものであることを私は知っていた。

「……!?」

「中身の素材≠ェいいからか」

「ななな、何いいだすのっ!?」

「……素直な感想だが?」

「もういいっ!」

 顔を赤らめた彼女は、ばんっ!とドアを閉めて、バスルームに消えた。

「……やりすぎたか」

 反省。ともに頭を切り替える。

 さて、また仕事でも再開しよう。

 紙杯に入った冷えたコーヒーを少し啜り、PCに向かう。

 八咫からのメールを読み、未帰還者の調査を開始した。

 そう私の名前は鳳 出葉。



 天才ハッカーであり、世界の管理者≠フひとり――――匂宮。



******


「全く!てめえいきなりはなにしやがるんだ!」

「…………」

「何とか答えてみろや、ぁあ!?」

 ……確信した、この人絶対元ヤンだ。

「――すみません」

 刹那に沈黙。

「……柄にもねえ、謝ってんじゃねえよ」

 落ち着きをもどしたのか、若菜さんが椅子に座りなおした。

 あれから。

 あれから診察室に連れ込まれた俺は、止血や包帯の治療を施され、彼女の説教を受けていた。

 というか、額に巻いた包帯がきつすぎて痛いんですが。

「どうして、あんなことを始めた?」

 詰問。

 答える気が起きない。

「若菜さんは」

「あん?」

「若菜さんは、涙が出ない事なんてありますか?」

「どういうことだ?」

 疑問符を浮かべた彼女に、答える。

「悲しい出来事があったにも関わらず、欠落したように涙が出てこない――なんてことありますか?」

「……お前……」

「そういうことです」

 言って、立ち上がる。

「帰るのか?」

「ええ、もう夜更けもいいところですから」

 持つべき荷物など持ってきていない俺は、すぐに退出しようとした。

「包帯とか、ありがとうございました」

「流奈」

「……はい?」

 重々しい空気を体現したような彼女の表情。

「……死ぬなよ?」

「――――」

 はい、とは言わなかった。



******


 電車で自分のマンションまで帰って。

 部屋に帰宅して、とりあえず寝台に向かって。

 倒れるように眠りに落ちたかったが、どうにも眠れない。

 体は疲れを癒したいと訴えかけているのに、何かが邪魔している。

 そもそも俺は眠る気があるのだろうか、などと呆言じみたことを考える。

 枕に顔を埋め、五体を倒置して死体の真似をする。

 死体。

 死ぬ、ね。

 一度死んだ身でありながら、俺は生きていた。

 死んだのに、生きていた。

 でも今――まさに死んでいる。

 死んでも構わない。

 若菜さんが言っていた事は、図星で大正解。

 そも、生きている意味なんてあるのだろうか?

 ないな、とわかりきった質問をかわした。

 堕落、って奴か。

 怠惰かもしれない。

 惰性。

 身を投げ出して俺は――

 ここで思考は最初に戻る。



 そんなことを考えながら、結局一睡も出来なかった。

「…………」

 窓の外を眺めると、朝日が差し込んできていた。

 枕から顔をあげ、横を向くが、体はそのまま。

 目は虚ろに決まっている。

 何かが、足りない。

 不足した何かはわかっているが、心がそれを認めたくない。

 彩音が――いないなどと。

 目的もなく立ち上がり、トーストを作ってみるが、食欲が湧かなかった。

 結局、それはそのままゴミ箱へ。

 リビングの冷たいフローリングに倒れ、肌が冷たさを実感する。

 堕落。

 呆けたように口を開き、息をする。

 そのうち、呼吸すら面倒になって息を止めた。

「――――」

 途中、酸素不足で体から血が引いていった。

 簡単に人は死ねる。

 それこそ、俺の様な人間であれば、意志だけで死ねる。

 死ぬ事に異論はない。

 俺は、簡単に死ねる。

 死にたかった。

 死ねなかった。

「……は」

 息を再開した。

 尋常な人間の精神ではない。通常なら息を止めていれば苦しくなって、否が応でも身体の動作で強制的に呼吸が再開される。

 ただ俺は、そんなことを関係無しに死ねるのだ。

 現に、今だって苦しいなんて感じなかった。

 ――フローリングに転がって幾時間が経っただろうか。

 ベランダに出る窓を眺めると、時間だけは経ったようで夕闇が広がりかけていた。

 いいか、別に。

 どうでもいい。

 完全に不完全にどうでもいい。

 最終的に究極的にどうでもいい。

 どうにでもなればいい。

 飢えて餓死しようが、細菌にでも感染して病死しても構わない。

「……呆言か……」

 生きる気力の無い奴なんて死んでしまえばいい。

 その通りだ。

 生命力の無い奴なんて、死んでしまえばいい。

 全くをもってその通りだ。

 馬鹿馬鹿しくて捗々しい。

 突然の眠気。

 俺は―――



 睡魔。




******


 突然の眠りにもかかわらず、安穏としていた。

 だが、それも多くの時間を費やさずして終わる。

 気が付くとPCの前に座っていた。

 無意識的に行動していたらしい。もはや病気である。

 自嘲的に精神解剖をし、仕方無しにデスクトップからThe World≠選んで起動する。

 しばしのログイン画面の後、見慣れたステンドグラスが目に入った。

 Δサーバーのルートタウン、マク・アヌである。

 昔に依頼を受けた顔見知りが声をかけてきた気がしたが、無視。もはや彼らの顔など覚えていない。

 どこへともなくカオスゲートを起動させてエリアへ移動。ブックマークから適当に選んだエリアを移動し始めた。

 草原フィールド、荒地フィールド……。

 果ては神社を模したダンジョンまで。

 あとになって気付くが、どれも彩音と行った事のあるエリアばかりだった。

 ロストグラウンドにも足を向けた。

 コシュタ・バウアにブリューナ・ギデオン、アルケ・ケルンにも向かった。

 あの頃あれほど色彩豊かに見えたエリア類は、どれも灰色だった。

 灰色。 暗恢色。

 最後にはグリーマ・レーヴ大聖堂――彼女が死んだ¥齒鰍ノも向かった。

 重苦しい扉を開き、足音を響かせて進む。

 長い長い祭壇への道は、途中で止まってしまった。

 もう、この辺でいいだろう。

 綺麗に整列された参拝者のための長椅子に腰掛ける。

 力を抜くと、自然に身体が倒れ、長椅子に寝転ぶ形になる。状態は横向きに、足は腰掛けた時と変わらず。

 不自然。不安定。

 それが、自分には似合っている。妥当なんだろう。

 目を瞑り、落ちない眠りを願った。



******

「……憐?」

「ですです」

「それで、お前は『ルナ』を知っているのか?」

「ですです〜」

 会話が成立していない、気がした。

 請負人事務所。夕刻をとっくに過ぎ去ったこの時間、ここには助手見習いという破綻した肩書きの少女。

 私は用をすませようと思っていたのだが、今日は無理の様だった。

「では、私はギルドに帰るとしよう」

「あ、お名前とか窺ってもいいですか?」

「私は――」

 渋る。

 これはギルドマスターからの密命であり、請負人と接触していることが『彼ら』に知れてしまえば、ギルドマスター――主の立場も危うい。

「…………?」

 なおも疑問符を浮かべ続ける娘に、正直に答える。

「私は『竜胆(りんどう)』。【月の樹】一番隊所属の分隊長だ」

「【月の樹】ってあの有名な?」

「だな。……私が今日ここに存在しているのは内緒ということにしておいてくれないか?」

「いいですけど……」

「何か?」

「あなた女性、ですよね?」

 ああ、一人称の事をいっているのか。

「それにその頭……」

「放っておいてくれ」

 今更ながらに自分の分身ともいえるPCを見直す。

 肩まで届きそうで届かない髪をざんぎりに切り揃え、服は簡易な白を基調とした着物。

 帯の色は真黒。だが、これらはまったくをもっておかしくない。 女性型PCであれば、誰でもエディット可能だ。

 一番の特徴は――

「猫耳、ですよね」

「だから放っておいてくれ」

 ……まさか趣味だとは口が裂けても言えやしないだろう。

 頭にちょこんと乗っている二つの耳は、人の身にはない、黒い毛が生えた猫の耳。

 獣人ではないが、人族を選択して、エディットをする際にオプションとして付いていたので一目惚れ。

 もとよりリアルでは可愛いものには目がない。……友人には似合わないと言われている趣味だが。

 女子剣道部主将がこのような姿でゲームを遊んでいると知れたら、どうなるかわかったものではない。

 きっと私の所属する生徒会でいじられるネタにしかならないだろう。

 ――しばらくプレイするうち、他人の目をよく惹く事に気が付いた。

 獣人でもないのに、ましてや凛としたエディットのキャラに猫耳がついているのはとんでもなく蠢惑的に見えるらしい。

 目立つから外したいものだが、今更PCを消すことはできないし、何より可愛い。

 ……いい訳か。

「で、どのよーなご用件で?」

「【月の樹】とだけ言ってくれればわかると思う。ショートメールをよろしくとも伝えてくれ」

「あいあいさー」

 用件を全て伝え、私はタウンに戻った。


******



 記憶。

 いつかも忘れてしまった。

『流奈ってさぁ、サンタクロースとか信じてないの?』

『おう、いるわけないじゃん』

『えぇ、いるよ?』

『いない』

『いるってば』

『いない』

『いるったら、いるの!』

『……どこに?』

『フィンランドに』

『即答かよ……』

『わかった、いつか絶対連れてく!そして存在を証明するっ!』

『フィ、フィンランドにか?』

『うんっ!』

 …………。

 丁度一年前。

 クリスマスの前だったか。今は十二月の聖夜を間近に控えて、街も喧騒を増してきている……はずだ。

「―――連れてってくれるんじゃなかったのか、彩音……」

 ぽつりと呟いたが、空気に浸透しただけだった。

 虚しい。虚空。

 穀雨。

 呆言か。

 ――と、扉が開く重い音が響いた。

 続いてかつかつ、と床を踏む靴音。

 一般PCだろうか、俺は立ち上がって見ることすらしない。



 興味が、ない。



 しばらく無視して足音を聞いていた。目は瞑ったままだ。

 どうやらこちらに向かってきているようだ。

 果たして、その足音は俺の近くで止まった。

 長椅子の上に転がっている俺を覗き込んでくる、顔。

「やはり、ここにいましたか」

「……一体何の用だ、澪」

 薄く目を開けて答えた。

 俺の顔を確認してにこりと微笑む、顔。それは【TaN】の属する同業者、澪だった。

 彼女は、俺の転がっている長椅子から離れ、一つ後ろの列のそれに腰掛ける。

「別に、用がないわけではないですよ」

「俺に復讐にでも来たか?」

「……?理解できないのですが、あなたはわたしに何かなされたのですか?」

 ……全く、こいつは……。

「俺がPKしただろうが」

「ああ、あんな些細な事ですか?お互いに請負人でしょう、わたし達は。あの程度のことを根に持っている人間がいるとするのなら、酷く心の狭い人もいたものです」

「そういえば、あのときの言動からすればオーヴァンがいなくなるのもわかっていたのか?」

 少し前に気になっていた事を訊いてみた。彼女はくすり、と笑って曖昧に答えた。

 顔も見ない会話は続く。

「それにしても……ここがそうなのですね? あなたが留まっているということは」

 ――――、

 身を、強張らせた。

 身体が自然、動かなくなる。

 体内機関が停止。呼吸も乱れ、動けない。

 もとより死んでいたような有様だが、死体の如く停止を強要された。

 震えが走りそうになるが、手に力を込めてそれを止めた。

「あなたらしくないですね……。こういう場所にずっと留まっているというのは」

 俺は自嘲的に嗤う。自らを嘲笑った。

「嗤いたきゃ、嗤え」

 自らを馬鹿にし。自らを虐待する。

 責め立てる。

 以前の自分――など考えらない。そんなもの、忘れてしまった。

 欠落したから。

 大切な何かを失くしてしまったから。

 もはや戻る事すら敵わない。

 もはや戻る事すら叶わない。

 進むことすら出来ず、同じ場所に留まっているだけ。

 停止、停止、停止、思考も行動も全て停止。

 その彼岸にして此岸。間をゆらゆらと揺れ漂っている。

「あはははははは!」

 思い切り笑われた。

 常なら怒ったりなどするなのだろうが、そんな気も起きはしなかった。

「嘘ですよ、全く嗤えません。ですが――その事について言及するつもりはないのですね」

 俺は何も答えない。

 何も答えられない。

 何も答えてはならない。

「わたしの失礼な言動について何も思わなかったのならあなたは、



 本当に駄目ですよ。



そうでしょう?」

「っ……」

 そう、なのだろうか。

 俺は……。

 俺は……。

 俺は、否定と肯定、どちらがしたい?

「確かに、そうかもしれない……」

 俺は、独白するように言葉を紡ぎだす。

 勝手に。

 ごく自然に。

 言の葉を紡ぐ。

「そもそも、最初から――端から駄目だったのかもしれない。彩音と出会う前だって、現実で何人もの人を殺してきた。自分自身が殺ったわけではないけれど、どういい訳しようが俺の責任であった事に変わりはない……」

 そう。

 俺は。

 俺の責任で。

 俺のせいで。

 人を殺して死なせて来た。

「今回だって決して例外と言うわけじゃない。俺はな、澪。彩音が意識不明になったっていうのに、

 泣けなかったんだ。

 涙が一筋も毀れなかった」

 悲しい、はずなのに。

 悲しくて、何かが足りないはずなのに。

 大切な何かが足りないはずなのに――

「だから、俺は欠落者≠ネんだろう。逸脱≠オているんだよ、人の道から」

 お前がいると人が死ぬ。

 ――全くだ。

 だからお前なんか死んでしまえ。

 ――本当に全くその通りだ。

 でも――お前も死んでしまったんだろう?

 俺にそんな事を言っていた『彼女』も死んでしまった。

 死なせた。殺した。

 俺は――――

「あなたは阿呆ですかっ!!」

 突然、後ろの長椅子に座っていたはずの澪が覗き込みながら怒鳴って来た。あまりの剣幕に、俺は目線を逸らす。

「最初から駄目だった?人であれば最初から駄目な人なんて、存在しません! 今までにリアルで何人も殺した? あなたの責任で殺して――死なせたのだとしても、あなたの手は汚れていませんっ!」

「それは――」

「ちょっと黙っていてください!」

 普段は微笑んでいるだけの顔が、今は怒声とともに変化していた。

 俺は威圧感に押し黙る。

 彼女は、こんな人間だったろうか。

 そもそも、俺が彼女の何を知っている?

 ―――彼女は、誰だ?

「いいですかっ!?ここからが本題です!」

 澪は一気にまくし立ててから、ふっと大きな息を吐く。どうやら自分を落ち着かせているようだった。

「あなたは何か勘違いされています。今まであなたの責任で何人殺してきたか、わたしは知りませんし、今は関係ありません。だってあなたは――」



「――今は誰も殺していないし、死なせていない」



「……っ!?」

 そうでしょう?と微笑む顔。

「彩音さんだって死んでなんかいません。意識はないけれど、生きているのでしょう?それを死人扱いでもしたら、彼女は怒りますよ」

「死んで、ない……」

「そうです、死んでなんかいません。それが今の時点での事実であり、真実。 そして、今のあなたを示す言葉です」

 言葉は力。

 想いは剣。

 俺は長椅子に座りなおし、ゆっくりと立ち上がる。

 澪の方は向かない。絶対にだ。

 今向かい合ってしまえば、無様な顔を見せてしまう気がする。

 こんな顔を見せるのは、彩音だけでいい。

 それでも、気持ちは軽くなっていた。

 吐き気は引いていた。

 気分は軽快だった。

 背中を押されたように歩みだす。出口へと、しっかりと歩く。

 ―――出口は、見つかった。

 ―――答えは、見つかった。

 あとは前に進むだけ。

 決して早くなんかなくていい。

 歩くような、速さで。そんな速さでいい。

 それが今の俺の精一杯。

 俺の、最高速度。

 大聖堂の重苦しい扉を開こうと、手を置いたとき。

「ああ、もう一つだけいわせてくださいね。付け加え、みたいなものですが」

 俺は振り向かない。

 背中だけを見せて、彼女が続けるのを待った。

「あなたは泣けなかった、彩音さんが意識不明になっても涙が出なかったとおっしゃいましたけれど。 大昔にとある心理学者は学会でこう発表したそうです。



 ―――人は自分のためにしか泣けない。



その学者曰く、恋人なんかが死んだ時片割れが涙を流すのは、一人になった自分自身が寂しくて可哀そうだから、なのだそうです」

 澪は優しく語りかけた。

 恐らく振り返れば微笑んでいる事だろう。間違いない。

 だが、俺は決して振り向かない。

 振り返らない。

 あくまでも格好付けて。

 請負人に戻るために。

 更に請負人から変わるために。

 自らの業を背負えるように。

 自らの業を請け負うために。

 ――もう、戻らない。

 修羅すら、甘い。

 羅刹をも超越すると、心に決める。

 全ての思考を廃棄して、俺は心を失う。

 ただ依頼をこなす冷徹な暗殺者――請負人のほんとう≠ノなるために。

「あとは言わなくてもおわかりでしょう。あなたならば」

 ―――それは詭弁だ。俺の記憶が正しければ、その学者の論文は学会で猛反対されている。彼らも自分達の精神をその様に定義されたくなかったのだろう。

 だが、それでも。

 しかしながら――

 俺は扉を開く。俺は修羅を開く。




「…………ありがとう」



 踏み出す。一歩ずつ。

 澪の詭弁。

 詭弁だが、それでも。

 それでも彼女の言った事が全てで。

 俺は。

 全てを。




 ――――救われた気がした――――




******



 俺から世界≠ヘ奪われた。

 灰色の世界へと変えられた。

 ならば。

 取り返すのみ。

 全てを、この手で――。





14://www.depravity-ダラク.……了。





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アトガキっ!
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『挨拶もそろそろネタ切れでしょ』と読者様の心中を予想してみました、ネタ切れは……しくしく……(何)

どうもおはこんばんちわ、宴です。

Roots前編はこれにて終了。
これからはもはルナのお話ではありません。
彼であっても決して彼ではない。
修羅でも羅刹でもない。

ただの怯怖です。

……なんて戯言、素人が語っても格好付かないわけで。
何か、すみません(汗)

それでは今回はこの辺で。
今回も長くてすみませんでした……orz


[No.1196] 2008/04/03(Thu) 16:03:39

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