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簡素で四角い空間の中、聞こえてくるのは、外からの鳥のさえずりと、本のページをめくる音ぐらいだった。 退屈しのぎに持ってきてもらったものだが、紙の書物だなんて入院してからはずいぶんと久しぶりだ。ありがたいのは、パソコンの字と違って目が痛くならない点だろうか。 全部読み終わる。 体をどさっとベッドに横たえ、フーッと長い息をついた。いつものくせで軽く目頭を揉む。 この本の物語は、終わった。なのに自分はまだ続いていく。そこに奇妙なラグを感じた。 ここのベッドとも今日でお別れか。そう考えると、なかなか感慨深いものがあった。 病室に、看護士の女性が入ってきた。 「北村君、北村亮平君? お母さんが迎えに来ましたよ」 「あ、はい。今行きます」 呼ばれたオレは、まとめておいた荷物を持った。明日からはまた中一か。ちゃんと勉強についていけるだろうか? …悩んでいても仕方がないか。手術後の長期療養も終えたことだし、また気長にがんばるとしよう。 「退院おめでとう。でも北村君がいなくなると寂しくなるわねぇ」 無言で笑って返しておいた。ベッドを抜けて靴を履く。 時計を確認する。まだ間に合いそうだな。 「あら、何か予定でもあるの?」 「姉さんと会う約束してるんです。会うのは久しぶりだけど…」 実際会うのは初めてだ。そう考えると、なんだか変な感じだった。 どんな人だろう? やっぱり年上なんだろうな、きっと。 「それじゃあ、長い間お世話になりました」 「お大事にねー」 ドアはぱたりと静かに閉まった。看護士はひとり部屋に残り、ベッドの整頓に取り掛かる。 「あら?」 ベッドのわきの細長く慎ましやかな花瓶に、一本の植物が入れられていた。 庭にあったアジサイだ。まだつぼみさえ出ていないのに、わざわざ摘んできたんだろうか? 枯れ葉ばかりの寂しい茎には、どこから入ってきたのか、かわりに小さな青い蝶が止まっていた。 看護士が窓を開けた。 蝶が羽ばたいて茎から離れる。 小さな蝶は、よく晴れた青い空に、まるで吸い込まれるかのように消えていった。 〜Fin〜 [No.705] 2007/05/02(Wed) 20:37:05 |