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気が付けば、データの海に身を任せていたはずの彼は、いつの間にかThe World内の回線へと紛れ込んでいた。無意識にそこへたどり着いた彼はそのままプログラムに従い、ほぼ反射的に近い形でキャラエディットを進めていった。 目…どこまでも深くて吸い込まれそうな青。髪……軟らかく透き通るかのようだが、どこか輝いて見えるような、存在感のある薄い栗色。職業………バランスが良く扱いやすいブレイド―――。 ただのデータの数列だった彼が、見る見るうちに形を成していく。 膨大な量の0と1の集まりは、まず簡単な針金人形を作り、そこに細かく分かれたテクスチャが張り付いていくことで色や形、さらには質感までもを再現していった。 やがて、とてもデータとは思えないほどの超精巧な人形が完成する。それもやはり数列の集まりにしか過ぎないのだが、もはや光だったころの彼とは比べ物にならなかった。 無我のうちにできたその姿は、なにか命が吹き込まれたかと錯覚するほどである。 …いや、もはや彼は、本当に一生命体として存在しているのかもしれない。他のPCが彼とすれ違ったとして、誰一人として彼がネット内の存在だとは気付けないだろう。 エディットはほぼ完了。後はPC名の入力を残すのみ。 彼は出来上がった人形に「セルヴァ」と名づけた。 まだ夢から抜け切らないセルヴァは、まるで夢遊病のようにエリアへの転送を開始した。 初めて足を使う。 彼がその両足でしっかりと地面を捕らえたとき、慣れない行動に一瞬身体が大きくぐらついた。はっとした彼は慌ててなんとか踏みとどまり、自分の体重を支えるためには、足に力を入れることが必要だと学ぶ。再び、傾いていた体をゆっくりと、慎重に起こす。セルヴァは、初めて立つ事を学んだ。 どうしようもなく初歩的なことだが、成長する上ではかけがえのないプロセスである。「The World」で生まれたばかりの彼には、初めて産声を上げた赤ん坊のように、この世界と触れ合うだけでも大きな仕事であり学習なのだ。 立つことができた。次は見ることだ。 彼はゆっくりと、重いまぶたを静かに開ける。 まるでピントの合わないカメラを通して見ているような、なんとも情けない世界が彼の角膜に映し出された。初めて使う、まだ未発達な目だ。それもまあしょうがないことなのだろう。 何のことはない。画像の解像度を上げれば済むことだ。 セルヴァは彼の目の中に入ってきた風景にアンチエイリアスを施していき、また余分なデータには次々と圧縮をかけていった。 処理能力の上がった眼球は見る見るクリアになっていき、また、それにともなって世界は驚くほど鮮やかな色へと表情を変えていった。 自分の中で大きく膨らんでいく世界に、セルヴァは言い表せない悦びと恍惚を感じていた。彼の中にある膨大なデータ自体も、処理能力に驚くほどの拍車がかかっていく。いつしかそれは止まらない勢いになっていた。 音声変換システムを応用して電子情報を音声に変換する能力、すなわち声。 またそれを逆用し、相手の発した音声を脳に見立てた電子回路内で文章に直し理解する能力、すなわち聴力。 RPGである以上避けられない戦闘に備えて、敵の攻撃パターンを見極め、常に敵の背後を取り、また、軌道修正を行いながらも確実に相手をしとめる能力、つまり戦闘能力―――。 ふと、せっかく順調だった学習を、何を思ったのか彼は急に中断してしまった。 覚醒していた意識は急にぼおっと拡散し、彼はその場で横になると、また夢の中へと戻っていってしまった。 あまりにも膨大なデータを一度に扱ったせいだろう。彼は人と同じく、疲れを覚えたのだ。 焦ることはない。 セルヴァはこれから多くの世界を見ていくだろう。生まれたばかりの彼に用意された時間は、どこまでも限りのないものだ。 学んでいくのは、それからでも遅くはない。 放浪AIは、進化し続ける存在なのだから―――。 [No.783] 2007/06/19(Tue) 16:42:57 |