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アトガキモドキ(汗 - 宴六段 - 2007/06/28(Thu) 15:29:17 [No.804]
1:www.”world‐セカイ”. - 宴六段 - 2007/06/21(Thu) 17:34:43 [No.792]


5://www.guard-ボウギョ. 後編 (No.791 への返信) - 宴六段








******







 「……それで、条件は何を出したんだ?」


 一通り話し終わり、一息ついたところにフィロが続けて問うてきた。


 そこまで一気に語ったので少し疲れてはいた。 しかし、日頃のあらゆることに対して無関心なフィロがせっかく訊ねてくれたので、一息ついてから応答する。


 「いや、んな大した条件でもないんだけどねw」


 軽く笑う。 苦笑である。


 本当に、微妙というか大した程の条件でもないのだが、ここまで話したのだから仕方ない。 最後は黙して語らず、というわけにはいくまい。


 「条件つってもな、事務所の維持費なしにするのと――――」


 事務所の維持費、カット。 これで大分楽になる。(というか、たかがゲームで苦労してた俺をどうかと思うが、【TaN】の奴らもそんな感じなんだろうか。 無論、奴らの事なんか想像したくも無いのだが)。


 それは、オーケイ。


 だが、もうひとつの条件の方に、言い澱む。 ……澱むというか、濁る感じか? 呆言だけど。


 むう……。 これ以上言うと、あれがあれなんだよなー……。


 「それと、何だ?」


 フィロが催促してくる。 何か、まるでドラマの刑事とかに追及されてるみたいだな。


 ま、答えるしかないか。


 いや、でもなあ……。


 「ここまで言ったんだったら、言うしかないだろう?」


 いや、でもなあ……。


 「何か言い辛いことでもあるのか?」


 いや、でもなあ……。


 「お前さんのことだから何を条件にしたのかくらい、予想は付くが……」


 いや、でもなあ……。


 「何かはっきりしてくれ」


 いや、でもなあ……。


 「……。 言いたくないのなら、無理に言わんでもいい」


 いや、でもなあ……。 っていつの間にか解決している。


 彼は嘆息混じりに台詞を吐いた様だ。


 迷うだけで、解決。 我ながら凄い才能だな。


 ……勿論、呆言だが。


 「ごめん。 言えねえわ、やっぱり」


 「だったら最初から言うもんじゃない」


 なにやら少し怒っているようだ。 声に微量であるが怒気が混ざっていた。


 傍から見ると、可愛い獣人であるフィロに説教されているという姿は何だか間抜けなので、すぐに逃げ出すべく準備を始める。


 準備といっても何も無いが。


 とにかく俺は走り出した。


 「おい、人が話している途中で何処かに行くもんじゃないぞ」


 とか言いつつもフィロが追って来る気配は無い。 そこまで本気で怒っているわけではない様だ。


 というか、今ここで気付いたのだが、結構色んな奴から逃げてるな、俺。 前は澪から逃げ、今は追ってきていないとはいえフィロから逃亡している。


 あの時≠燗ヲげれば良かったのかとも思う。 七年前のあの時。


 無責任にも決して逃げ出さず。


 相対するだけの力も矜持≠烽ネい癖に。


 ただ生きていた。


 逃亡は、必要。


 『逃げ出さない事もまた勇気』なんて嘘だ。


 まさに呆言。


 出来ない事は出来ない事。


 厭な事は嫌な事。


 何も出来ないくせに、何かを成せるなんて偽物だ。


 何も出来ないんだったら、黙って見ていろ。 さっさと敵前逃亡しろ。


 中途半端で投げ出すんだったら、最初から何もやるな。


 ……思考している自分に、ちょっと自己嫌悪。


 すぐに切り替え。


 ま、逃げ続けの人生も悪くは無いのかもしれない、と思った。


 思いました。


 しばらくして、中央区の噴水前広場に出た。 こんなマイナスというか、呆言思考をした時に思い出すのは、何故か匂宮に提案――強引ではあったが――した条件。 一つ目は先程フィロに言った様に事務所の維持の事。 PCが圧倒的に不利な危険に晒されるのだから、これは必須、というか必要最低限の条件。 はっきり言って妥当とはいえない条件だが、仕方無しに妥協した。


 まあ、好き好んで請負人をやっている事からして、維持費がどうこうしたからと言っても請負人を辞める気は毛頭無いが。


 依頼は個人でBBSとかで募ればいいわけだし。


 HNや契約の内容や場所が晒されるのだから、客は激減するし、@Home的な機能を持った事務所を失うのは手痛くはあるが。 しかし、HN晒し防止なんかはショートメール機能を活用すればいいわけだし(捨てキャラを作るとか面倒だけど)、事務所の代替は彩音と俺でギルドを結成するのも悪くない。


 気付かないうちに思考の横飛びを起こしてしまっていた。 ここで軌道修正。


 問題は二つ目だ。 言いたくないのには、れっきとした理由がある。 理由なくただただ渋っていたわけではないのだ。


 問題の二つ目、ねえ。


 問題とは言っても、さほどのことでは―――って、また悩んでいる自分が情けない。


 問題の二つ目とは。


 『これらの事を彩音には伝えず悟られず、絶対に巻き込まない事』、だった。


 ――――ほら。


 ――――――――ほらね。


 馬鹿だと思っただろう?


 呆言過ぎると思っただろう?


 どれだけ彩音に惚れてるんだと思っただろう?


 こんな首を突っ込んで抜けなくする様な請負人、否、下種以下の俺が。


 本当にあの少女≠ニしか形容しきれない彼女を。


 本当に、『好き』だったなんて。


 誰が信じるだろうか。


 誰が信じてくれるだろうか。


 今までの俺を知っているものであるならば、誰が信じるだろうか。


 これは呆言ではない=B


 嘘吐き≠フ吐く、本当の本当に、真実。


 嘘吐きであるはずなのに。 嘘を吐かない、真実の嘘吐き=B


 なんて、これは呆言だけれど。


 だけど。


 だけれど。


 これでいい。


 これで良かった。


 これで、良かった。


 あいつだけは絶対に巻き込んでしまいたくは無いから。


 「っと……。 惚気はこの辺で辞めとこうか」


 時間的にも頃合だ。


 行こう。


 目先の思考にかまけて目的――依頼――を忘れてはならない。


 俺はカオスゲートへと歩き始めた。


 旅団の監視は終わっちゃいないのだ。 次に調査すべきは『匂坂』と『タビー』という二人のPC。


 タビーについては先日、彩音が一通りのことは調べており、調査結果をまとめたレポート形式のテキストファイルを読んではいたのだが、それでも自らの目で見なければわからないことが多少ある。 実際、自分の目――主観的かつ、依頼人以外の客観的――な結果を欲しがる依頼人もいるわけだから、調査依頼では必要な作業である。


 何しろ、タビーというPCは旅団の方から声をかけたのだ。 ギルド【黄昏の旅団】は在るかもわからない伝説のアイテム≠フ探索を行うという性質上、ギルドメンバーの募集をかけつ事はまず無い。 今まで入っているメンバーは自ら旅団の方に掛け合って入団しているのだ。 ……とは言うものの、既に二人が辞めてしまっているのだが。


 だが、今回。


 例外中の例外。


 オーヴァンはハセヲとタビーの両人をほとんど同時期に勧誘、そして入団させている。


 これは例外。 異常。


 怪しい。 きな臭い。


 だから俺は彼らの動きに注目しているのだ。


 注目。


 すなわち、『睨む』という事。


 ……別に意味は無いが。


 こんな呆言、放っておいてさっさとエリアに移動するとしようか。


 幸い、匂坂とタビーがログイン時にはいつも一緒の行動をしている事は調査済みだった上に、最近どこのエリアに出没しているかは把握していた。


 というか、把握できていないとおかしい。


 彼らがBBSを利用している事を予測して、丁度いいレベルのエリアワードを流しておいていたのだから。 思考しつつ、カオスゲートのメニューを操作してブックマークの欄を展開する。


 「さて、実力拝見と洒落込めるのかな?w」


 転送されていく俺は、独白だけをその場に残していった。









******




 「えぇと……、これは一体どーゆー状態なんでしょうか……?」


 結果から言うと、洒落込めなかったわけだが。


 ちょっと理解不明。


 いや、ちょっとどころではない。


 言い直すなら物凄く意味不明。


 何で?


 何でなんだ?


 転送されてきたのに。


 ターゲットの匂坂とタビーを探して。


 あわよくば見つけて。


 尾行するはずだったのに。


 目標が何故目の前にぃぃ!?


 というか。


 それよりも。


 何故彼らの後ろにPKの集団がっ!?


 何でわかるんだ、だって?


 だって武器構えてこっち睨んでるしっ!!


 「わわわっ! また人が来たよ、師匠ぉ!」


 「とにかく落ち着け! ……ってあんたは……」


 「……すげえ事になってねぇか? お前ら……」


 突然現れた事に驚いているのは彼らだけではなく、PK達も同じの様である。 証拠に、睨みながらもぽかんとした顔を作るという器用な事を実行していた。


 「むむむっ、師匠のお知り合い?」


 「知り合いと言うか、何というか……」


 何か漫才みたいだな、こいつら。 特にかけあいが。


 ……成程。


 匂坂はともかくタビーの姿は初めて見る。


 獣人とは聞いていたのだが、フィロの様な完全に獣人前としているわけではない様だ。 耳や鼻は確かに猫のそれだが、他は通常の人型PCとなんら変わりない。


 しかしまあ、匂坂が言い澱むのも無理はあるまい。


 彼はオーヴァンや志乃から俺についての話を聞いているだろうし、俺は俺で旅団について個人的興味から調査していた時期に、ルートタウンで見かけた事があったからである。


 つまりは互いに『一方的な』知り合い、というわけだ。


 …………うわ、微妙な関係…………。


 「って、ギャグやってる場合じゃないな」


 何かPK達事態に対応しようとしてるし。


 殺意と敵意に固められ、爛々と光る目。 それにはあらゆる感情というものが無い様に感じられたが、奥底に秘められた『何か』があるようにも思われた。 予測でしかないが、【TaN】の暗部であろうことから、そんな目をしているのだろう。 ……ゲームで何言ってるんだろうな、俺。


 旅団の敵≠スる、【TaN】。 やはり匂坂達を尾けていやがったのか。


 ……結構、面倒臭いんだけど。


 仕方あるまい。


 手の内に我が愛用の大太刀、壱式≠現出させ、剣道で言う一刀一足の様な構えを取った。


 「お、おい……!」


 匂坂が心配そうな声をかけて来るのを無視しつつ、二人の背後に回って護るような形にする。 PKどもも俺を敵と認めた様で、殺意を二人からこちらに向けて来た。


 「お前――――――」


 「戦うつもりが無いなら、早く行けよ。 時間稼ぎくらいなら、やってやるさ」


 匂坂が武器を装備しようとしているのを、一声で制する。 何も言い返してこないのを見ると、異論は無いようだった。


 「……行くぞ、タビー」


 「ええっ!? あたし達がいた方が……っ!」


 なおも渋るタビー。


 そんな彼女に冷たく言い放つ。


 「手前(てめえ)らなんか、いたって足手纏いなだけだ。 お前らに、この数は無理だろ」


 言い方に問題があったが、間違ってはいない。 請負人としてレベルの高い俺でも、二人もの人数を守りながら戦えるだけの自信があるわけではない。 しかし、やはりというか問題ありありの様で、タビーはあからさまにムッとしている様だった。


 だが、言った事の意図が理解できたのだろう。 一応の所は了承してくれた様だ。


 困ってる人は助ける主義。 旅団には借りと好意がある。


 「俺は請負人。 他人の出来ない事を背『負』う、請負人。 だから――――






 手前らの業もきっちり請け負ってやるよ。






勿論、俺の好意と厚意により、無料でな」


 今回だけだ、次は絶対に金を請求してやる。


 ちゃんと付け加えておく事は、忘れなかった。











******



 斬刀士らしき男性PCの緩く湾曲した刃を壱式≠ナ受け、そのまま刃を逸らして脇へと流す。


 常ならばそのまま切り伏せているものではあったが、これは一対多の戦い。 背後の撃剣士(ブランディッシュ)が動く気配を感じて、刀を後ろへ回しておいた。


 予想通り、というか見事に予想的中で斧の様な形状の大剣が振るわれるのを確認。 後ろに回したままだった刃で受けるが、流石は圧倒的な膂力を持つ撃剣士。 華奢な体は重みに耐え切れず前方へと押し出される。


 不利な状況に追い込まれたかのように見えた俺はしかし、その力を利用して先程の斬刀士へと蹴りを繰り出した。


 「ぐ、ぅっ!」


 間抜けな唸り声。 見事に腹にヒットしていた。


 数で勝てるとおもうなよなw


 伊達に請負人やってるわけじゃ、ないんだよ。


 それでも、斬刀士の後ろに位置していた重槍士が長く強大な長槍を突き入れてくる。


 軽くいなしながら、今更のように状況思考。 PKの数は5。 内四人は前衛職の斬刀士、撃剣士、重槍士、双剣士。 一人が後衛職――後方支援の魔導士(ウォーロック)。 いささか前衛が多すぎる感が否めないが、安定した編成である。 そこから俺の高速思考が弾き出した、この場における合理的かつ論理的判断は――――


 蹴り飛ばして間もない斬刀士やいまだ相対していない双剣士がこちらへ向かってくる前に、魔導士との距離を一気に詰め、目の前にまで迫った。


 目標は、回復・支援・及び広範囲攻撃魔法を司り、その全てを使役する魔導士の撃破。 一対多の死闘劇を演じる役者としては、支援系の職業を潰す必要がある。


 しかし、流石と言うべきか。 根本的――職業の設定上比較的動きの素早い双剣士が、魔導士の前に立ちはだかって俺の視線と死線を封じた。


 繰り出される双つの兇刃。


 水平に滑るようにして鋏の様に左右から迫るそれに対し、先程までの様に刀で受けるなど愚かな行為はしない。


 大太刀の最底辺である鍔頭を、左肩の高さまで持ち上げて構えた突き≠フ姿勢をとりつつ、膝を折ってしゃがむ。


 当然、双剣士の刃は空振り。 顔には驚愕が彩られていた。


 妙な形に腕を交差させている双剣士に、とどめを刺すための必殺の刺突。


 体の中心を綺麗に刺し貫いた刀を引き抜くと、双剣士は灰色の死亡表示になって地面に転がった。


 「まず、一人」


 ただの戦闘だとしても、なかなか早かったはず。


 次いで、倒れた双剣士を踏みつけて更なる跳躍。 攻撃スペルを紡ごうと魔導士が焦る。


 焦燥の魔導士の魔法詠唱。 それが終わる前に奴の傍を、慣性で抜けつつの一閃。 着地した頃には胴体から滑り落ちた首がひとつ。


 ……ここまでで数秒といった所か。


 この速さ、そうまるで『駆け抜ける一陣の疾風』の様な――これこそが俺の二つ名である紅風≠スる所以(ゆえん)。 この速さだけが、何の特徴も無いルナ≠フ頼れる『力』。 独りよがりでも一人だけで請け負う事のできる、孤独。


 大体、ギルドなんて作って報復屋とか五目屋なんてやってる奴の気が知れない。


 このセカイ≠ナはいつ裏切られるか、わかったものじゃないというのに。


 だからこその独りよがり。


 『孤独を愛せ』


 『請負人は一人で生きていくんだよ』


 「……たいがい呆言、かつ横飛びすぎ……」


 目の前に目を向けろ。


 目の後ろの思考なんか、気にしてんじゃねえ。


 この状況を生き抜け。


 間合いを計るために、残りのPK達の方へ向き直る。


 近くには、いなかった。 すぐに反撃してくるだろうと思っていたゆえに、拍子抜け。 だが、油断は禁物。 彼らは【TaN】の黒い部分たる、暗部。


 少しだけ離れてこちらを睨んでくる目を、睨み返しながら右手に提げていた太刀を両手で構えなおす。


 「…………」


 何のつもりか、睨むだけで武器すら構えてはいない。


 あまつさえ、武器の装備解除を始めてしまった。


 あまりの不審感に囚われて動く事が出来ない。


 距離を詰める事どころか、足を動かす事すら叶わない。


 不審感、ではない。


 未知の恐怖。 勘ではあるものの、『何か』を感じる。


 「……!」


 三人が仕舞った武器に次いで、間髪いれずに新たに空間から凶器を抜き放つ。


 澱光を伴って現出したのは刀剣、大剣、重槍というそれぞれの職業に見合った得物。


 通常ならなんらおかしさも面白味も無い、ただの武器アイテム。


 だが、それぞれの色素は漆黒の闇、形状は宗教的な湾曲や無駄な棘を纏っている。


 つい昨日出会ったあいつ≠彷彿とさせる兇刃が、こちらに向けられる。


 「……禍つ式……?」


 おい、ちょっと待て。


 俺以外にいなかったんじゃないのか、匂宮?


 と。


 自動的に俺の壱式≠ェ装備解除され、彼らの禍つ式に呼応するように右手に矛盾≠ェ現れた。


 まるで、俺に『戦え』と言っているかのように。


 まるで、俺に彼らを『破壊しろ』と言っているかのように。


 とりあえず、禍つ式を構える。


 ったく……。


 毎度毎度、損な役回り過ぎんだよ、俺は。


 「っぜぇな。 妙な事に巻き込まれていらいらしてんのに……」


 悔やみ事、否、恨み言のように呟いた。


 感情のままに五感を研ぎ澄ませていく。


 完全な戦闘態勢への移行。


 あちらを見やると、いまだにこちらを睨み続けていた。


 ご苦労な事だ。


 意味など無いのに。


 そう、戦いに意味などない。


 全くの、皆無。


 全くの、絶無。


 「さて、と。それでは『死合い』でも演じますか」


 紅風≠ェ駆けた。

















******





 まあ。


 結果だけを言えば。


 戦闘の結果のみを報告するならば。


 「俺の勝利――って事になるのか?」


 一応、かなりの瀬戸際ではあったが。


 PCルナ≠ェなまじ強いだけあって、禍つ式の力が加わる事で強大な力を発現する事が出来た。


 故に、『勝利』。


 無論、奴らの方が禍つ式の扱いに慣れていたようではあった――あとで匂宮に訊き出さなければなるまい――が、元々のプレイヤースキルは俺の方が高いために結果的に勝利となったわけだが。


 それでも。


 『ぎりぎり』。


 何とか、といった所か。


 あまりに酷い戦闘だったので、描写は控えさせていただく。


 倫理観にも、悪影響だし。


 まあ、作者の事情も入りつつ。


 そんなこんなだったわけで。


 今現在、禍つ式は消え去ったPCデータの残り滓――残滓を吸収していた。


 あのときの禍つ神と同じ事をしているのだと思うと、嫌悪感が溢れて気持ち悪い事この上ないのだが、その辺りの事は匂宮との契約も踏まえて『仕方ない』と我慢するしかない。


 生きるためのに喰らい。


 喰らうため生きる。


 生きる糧として。


 生きるうえでの喰らう事の快楽。


 ……別に快楽なんざ感じちゃいないが。


 「弱肉強食、ねぇ?」


 独白した所で、禍つ式の『吸収』が終了した。


 黒刀を軽く振り払う。


 刃に纏われた血を払うかの様に。


 血など微塵も付いてやしないのに。


 「…………?」


 ん?


 何か、違和感。


 何か、長さが。


 「――――伸びている?」


 そう。


 前に、つい先程に狂気と凶器を振るっていたときとは長さが違う。


 そのように感じた。


 理由は、わからない。


 理由も、理屈さえもわからない。


 理屈抜きで考えると、こいつは―――


 「成長しているようだな」


 「……俺はまだ口に出していないんだが?」


 いつの間にやら現れたのか、少し離れた場所に匂宮が立っていた。


 本当に神出鬼没だな、こいつは……。


 「驚いたか?」


 「うるせえ。 あと、こないだ嘘吐きやがったな?」


 何に驚いたのかを訊くかはさておき。


 禍つ式を解除しながら訊ねてみる。


 「さて、何の事だかな?w」


 「あくまでもシラを切る気か……」


 滅多に笑わない奴=匂宮が口の端を歪ませた。 にたり、と。


 ……気色悪……。


 「それはさておき、私がここに来たのはだな――」


 「いや、それはさておいちゃ駄目だろ」


 匂宮の言動を阻止してまで突っ込みを入れた。


 嘘吐きに関しては、どうやら話す意思は無いようだ。


 「聞いた方が良いと思うが?」


 「……あ?」


 「とても重要な事、だ」


 彼の意図する所がいまいち読めない。 意味がわからないという『意味』も含めて。


 「……! まさか、禍つ式で斬ったプレイヤーに影響が……!?」


 ひとつの可能性が脳裏をよぎり、恐慌が起きそうになる。


 大体、データドレインと聞いた時から『可能性』は考えていたんだ。 無理やり脳内で否定はしていたが。


 リアルのプレイヤーが意識不明になる事を彼ら≠ヘ何と呼んでいたか。 今となっては古く、思い出したくも無い記憶であるため、頭が自ら拒否を始める。


 「その様な報告は上がっていていないな」


 「そう、か……」


 多少安堵はしたものの、不安はいまだ心中に渦巻いたまま、だ。


 「データドレインとは言っても、禍つ式≠フ力はさほど強いわけではないなのでな。 だが、乱用はお薦めできないな。 まだよく理解できていないからな、こちら側≠ナは」


 さておき、と彼は二度目だという事に気付きながらも無視し続ける。


 「問題が……、ある。 お前【陰華】を知っているだろう?」


 「ああ、あのPKギルドか」


 敵対状態にある彼らを思い出してしまい、不快感。


 「正確に言うと、暗殺者ギルドだな」


 「……? PK=暗殺ってわけじゃないのか?」


 PKも暗殺も結局は同じ事だろう。 それにThe World≠ノは特殊装備を施してPCの顔を隠す程度しか『暗殺』と呼べる様な仕様は存在しない。


 思考していて思い出したが、【TaN】の暗部と【陰華】の下位構成員は同じ覆面を常時携行しているんだとか。


 今更思うが、あまり意味が無い気がする。 確かに裏の仕事でギルドの関与を知られたくない場合は有効かもしれないが、PK後に恨まれて復習に来たPCを迎え撃つぐらいの自信は、無いのだろうか。


 その程度の自信と覚悟が無いくせに―――PKなんてするんじゃねえ。


 …………。


 っと、思考が横に逸れていた。


 「帰ってきたか。 あちらの世界から」


 「あっちって、どこだよ」


 「ふん……、貴様の愚考の世界からだ」


 「人の思考のことを愚かとか言うなよ。 小さな頃に習わなかったか? 『人の意思は尊重しましょう』みたいなの」


 「私は天才だからな。 小学校の教師にすら忠告を与えさせなかった」


 なんつー小学生だ。


 「……駄目人間」


 「貴様に言われたくない」


 軽口の応酬。


 不本意ながら、互いの口の汚さにより俺の胸中から不安が消え去っていた。


 不安にかわって芽生えたのは、匂宮に対する胸糞悪さだったが。


 「話を元に戻そう。 The World≠ノは暗殺スキルは無い。 それには何も異論は無いのだろう?勿論、『システム上は』、という前提付きではあるがな。


 だが規則という名のシステム、いやこの場合は原則≠セな。システムが存在するという事はすなわち、その外も例外なく例外≠ェ否応なく存在しているという事だ。 システムを『逸脱』したアイテム、それが禍つ式≠ナあり、暴走した禍つ神=v


 匂宮は長ったらしい解説のような説明を論じた。 長い話は苦手ではないが、相手が匂宮ともなれば、話は別だ。


 「話が回りくどい。 省略し、要約しろ」


 「せめて聞こうとする努力をみせろ。


 ……禍つ式≠ヘ微弱ながらも刃にデータドレインを宿した『禍々しい方程式』だ。 相手のデータを強制改竄、ひいてはデータを破壊後に吸収する能力を有しているが先程判明した。


 貴様にわかるように要約してやると、これは暗殺能力といえる」


 「前置きが長い時点で要約じゃない……」


 確かに『改竄・吸収=PCデータの消去』という式が成立するのならば、それはすなわち『暗殺』と呼べるかもしれない。


 だが、別に『暗殺』と言わずともイリーガルな力≠ニでも呼べばいいのではないだろうか。 いまいち、匂宮の言いたい事が掴めない。


 と。


 そこで先程の思考が。


 飛躍し、跳躍し、躍動する。


 思考が連結。


 思考が連動。


 同時に融解し、融和し、融合する。


 「まさか……!」


 禍つ式の絶大な力。


 【陰華】の連中が欲しがるであろう、『暗殺』。


 加えて、先程の禍つ式所持者達。


 あれは。


 あいつらは。


 匂坂とタビーを狙っていたのではなかったのか。


 尾けて。


 狙って。




 ――――殺す。




 それが『暗殺』。


 匂宮は「ああ」と頷いた。


 「貴様もその思考へ辿りついたか」


 「……憶測に過ぎないだろ?」


 否。


 例えあれがただのPKだったと仮定して。


 手に入れた禍つ式を試しに来ただけだったとして。





 あれほど無口だったのは何故だ。


 あれほど戦闘慣れしていたのは?






 そんなこと、決まっている。


 「残念だが、【陰華】のマスターである柏木≠ェ禍つ式の適格者である事が判明した。 報告から推して量ったに過ぎない事だが、





 【陰華】は禍つ式の量産化に成功した。




 ……その可能性は極めて高い」


 それは。


 俺にとっての。


 「最悪の宣告だな」













5://www.guard-ボウギョ. …………了。









_________________


うん。
長いです……orz
後編だけでこんなに。
長すぎるぅ。。。

な、なるべく短くしようと思います^^;
ではまたどこかで。


[No.938] 2007/09/24(Mon) 16:04:32

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