Re: .hack//Pain#EX.1 私の王子様 (No.984 への返信) - 宴六段 |
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愛しい愛しい
狂おしいほどに愛しい貴方
貴方に私の全てを捧ぐ
――私の素敵な王子サマ
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その日が初めてだった。
前々から気になりつつも、周辺機器やらの値段が目に付いて手を出したくとも出せなかった大人気MMORPGThe World R:2=B
高校生にもなり、一般の家庭と同じようにお小遣いという学生唯一の収入源(うちの高校ではバイトは禁止だった)が上昇したため、あたしは始めてこのゲームをプレイする事になった。
いままで色んなオンラインゲームを試してきたものの、このゲームの評判はすこぶる高く(とはいってもたまに中傷発言が見られるのがネットである)、ここまでプレイヤーの多いものは今まで見た事も無かった。
そして今。
リアルに近い、黒髪をツインテールにし赤のセーターと学校の制服の様なチェックのミニスカートを身に着けたようなキャラクターエディットを完了させ、
大金をはたいてマイクロモノクルディスプレイ(これはサングラスのように掛ける小型ディスプレイの事らしい)、通称『M2D』から見る画面の中で、
あたしは殺されようとしていた。
「え、っと。 ちょっと意味が分からないんですけど……」
目の前には物々しい装備を身に付け、俗にPKとか呼ばれているらしい、見た目にも凶悪そうなプレイヤーが数人佇んでいた。
「あ?もしかしてあんた初心者?」
その中の一人、リアルにもいそうな金髪のちゃらちゃらした男が馬鹿にしたような口調で訊ねた。
「そ、そうよ。今日始めたばっかだし!」
どこか馬鹿にしたような口調に腹が立ち、強気で言い返した。
「ふーん。 だからソロだったんだ?」
そろ……?と訝しむあたしをPK達が更に馬鹿にしたように嘲笑する。
当然だと思った。
あたしは、ネットの世界ではそれが当たり前である事を知っていた。 知らない方が悪く、知っていなければ『そんなことも知らないのか』と馬鹿にされる。
「で、何をするって言うのよ?」
少し強がって訊いてみる。
分かりきっている。 殺されるんだ。
真の意味での死じゃない。 このThe World≠ニいう仮想世界での、死。 現実世界とは違い、傷なんか残ったりしない、死。
だけど、分かっていても恐いものは恐い。
「ひゃはは――」
下卑た笑い声をあげながら、男がこちらへ向かってくる。手にナイフ(それともダガーというのだろうか?)の様な刃物を提げて。
怯えたあたしは地面に尻をつく。 草原の様なフィールドであるからか、軽く草が倒れるような音がした。
と、PK達の向こう側に三人組のパーティが見えた。 PKたちとは違い、善良そうな人たちのようだった。
助けて。
言おうとしても死の恐怖に声が出ない。それでも怯えた顔を見て言わんとしたことを理解したようで――
――諦めた様な表情をとった。
絶望。
無視、されてしまった。
あのパーティは面倒ごとに巻き込まれるよりも、自分達の安全の方をとったのだ。
恐怖のせいで回らない思考のなかで、瞬時にそれだけは理解できた。
「じゃあね、お嬢ちゃんw」
嘲笑とともに振り下ろされる刃。 あたしは目を瞑る。
――――ああ、こんなゲーム、辞めてやる。
完全に諦めた、そのとき。
きぃん、と金属と金属が打ち合うような高音が耳に響く。恐怖のあまり、開かない目をゆっくりと、細く開けてゆく。
「…………!」
開かなかった目が、驚愕に見開かれる。
「何だテメエ!」
目の前には、赤色。
PKが振り殺そうとした刃物を、あたしの目の前で大きな日本刀を使って受け止めている青年の様なPC。
「おいおい。初心者の、しかも女の子に手ぇ出すなってw」
透き通る、侍みたいな台詞を口にする声。
燃えるような、キレイな赤い髪――、
一瞬、事態が理解できなかった。
赤髪の細身の身体に薄手の灰色コートを身に纏った彼は続ける。
「PKとかやめとけって」
守るようにして背後に回したあたしを一瞥し、
「初心者狙いの女の子狙いなんて汚すぎるだろ」
「ぁあ? だからどうしたってんだよぉ!?」
「……言っても無駄か? なら――」
「俺が殺してやる」
言った途端、彼は刀を走らせた。 あたしには何かが走ったようにしか見えない。
正確に言うと、視覚すらできなかった。
男の首が飛ぶ。
周りのPK達が慄く。そして、一人がいまさら気付いたように、
「べ――、≪紅風≫っ!?」
「請負人だとぉっ!?」
その声にそこにいる全ての者が驚き、慄き、震えた。
『赤色』は更に走る。
あまりに速すぎて、あたしには一歩にしか見えないその速度で、一人の懐に飛び込むとすっと刀を薙ぎ払う。 二つに別れた体を一瞥もせず、また走る。 こういうのを『疾駆』とでも言うのだろうか。
混乱から立ち直った一人が剣を赤色に振り降ろす。
『赤色』はあたしを守ったその日本刀で防ぐ――――かのように見せ、一度金属音を掻き鳴らし、
軽く弾いた軌道のまま剣を受け流し、刀が完全に剣を過ぎた後に元の水平に戻した。
そのまま走り抜ければPKの体は分断されるわけで。
さらにもう一人、と言わんばかりにもう一度走る――と見せかけて、一歩。
その一歩で、赤色は数メートルの距離を詰めた。
「――――!?」
一歩で距離を詰める――なんて、侍でもないのに……!
最後の一人となっていたPKが斧の様な大剣を文字通り振り落とす。
赤色の彼はその凶器すら目にしてない。
全ては無意味。
あたしの目にも、PK達や、
あのパーティすら目に映らない。
世界は、赤色。
あた しのモノクロー ムの 世界 が赤 に染ま る
赤色の彼は巨大すぎる斧などとは打ち合う様な真似をせず。
簡単に剣道の小手を取るような気軽さで。
その大男の腕をそれこそ気軽に℃aり落とした。
「…………!」
次の瞬間には驚愕に彩られた大男の首が飛んでいた。
まさに一瞬。
この戦闘ですらも、赤色の手によっては一瞬の出来事のように思えた。
赤色の彼は、ちらりとあたしを振り返り、
「……大丈夫か?」 とだけ訊いた。
「え、あ、はい。 大丈夫、です……」
あたしは少しだけ戸惑いながら答える。
別にあたしは鬼だとか武神だとかそういった類のものを信じているわけじゃないけど、それでも赤色は『鬼神』と呼ばれるソレに分類されてもいいと思った。
「大丈夫って言えるなら心配ないな。 じゃ、そういうことで」
「あ、あの。 何か、お礼とかしなくていいんですか!?」
何の躊躇いも無く立ち去ろうとした彼を引き止める。
うわ、なにやってんのあたし。 少女漫画じゃないんだから……!
「うん? ああ、いや。初心者なんだろ、あんた」
「…………」
……トーゼンの事を訊かないで欲しかった。
「俺、初心者からは金取んないんだよ。友達とか出来たら宣伝してくれればいいから」
言って、今度こそ立ち去る。
……少し経ってからあのパーティがまだこの場に残っているのに気付いた。
「さすがっつーか、あれが≪紅風≫か」
「≪請負人のルナ≫、ね」
「≪紅風≫……?≪請負人≫……?」
どう考えても現実味のない、ネーミングだった。
ただ。
そのときあのキレイな赤色に対して思った事は、
「……王子様……」
って、あたし――――乙女過ぎやしませんか?(汗)
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あれから数時間。
あたしは『ルートタウン』と呼ばれる、マク・アヌとやらにいた。さっきの三人に『あの人』のことを訊いて、タウンに行けば分かると言われた。
「って、全然わかんないじゃないのー!」
叫んでみたら周りの人たちに白い目で見られた。 ……ひどい……。
周りの人たち、と言ってもここは『錬金地区』という区画だそうで、あまり人がいなかったのがせめてもの救いというか何というか。
「……はあ……」
どこを探してもあの赤色――王子様の姿は見当たらない。 あんなにキレイな赤髪なのだから目立たないわけないのに。
どうしても王子様に会いたくて、ここにいる。
こんなゲーム辞めてやる、なんて思ったけれど、助けてもらったお礼もしていないし何よりあの人に会いたかった。
よく分からないけれど、恋心とか言うものなんだろうか。 高校生にもなって一度も恋愛した事なかったなんて、人には言いたくもないけども。
相手のほんとう≠フ顔も分からないゲームでこんなことを思っているあたしは完全に『痛い人』、だ。
だけど――それでもあの赤色はあたしを完全に恋という名の甘い罠(うわ、何この乙女!)に堕としていた。
あの、殺人者達を一掃したあのときに。
いや、それ以前のあたしとPKの間に割って入っていたときから、目の中にはあの人しかいなかった。
だから、目の前は真紅に染まっていた。
きっと、あの赤色は物凄い人格者で、正義のためにPKたちと戦っているのだ……!格好よすぎる!
街中(それともタウン中?)を探しても一向に見つからないから、あてどもなく周囲を見回す。
錬金地区に連なるお店を見ると、ここは『高級』などの名前が付いたショップが多いみたいだ。
そのせいか、どこの店も建物のつくりが豪華(こういうときは豪奢?)だった。
だけど、その中に一つだけ古風なつくりの建物が混ざっていた。 なんというか、古びたレンガで造られたカフェ風な建物というか……。 とにかくこの豪華な町並みには合わない風景だったので、目に留まった。
建物の一階部分は普通のショップ、ではなくそれこそオープンカフェの様な感じ。でもこれはグラフィックだろうからコーヒー頼んだりとか出来ないだろうけど。
だけど、あたしの目に留まったのはそこを注視した時に見えた、M2Dディスプレイに表示された文字。
「――『請負人事務所』……?」
何の飾りもないその文字は一階よりも更に古びた――いや、露骨にボロい二階部分に表示されていた。
請負人。
そういえばあたしを無視したあのパーティは、王子様のことを≪請負人≫と呼んでいた気がする。
行ってみよう。
決めて、歩き出した。
取っ手に手を掛けた所で転送が始まる。 いきなりのことだったので、少し驚いてしまった。
転送と同時に始まった読み込み――ロードに数瞬にすぎない時間をとられ、目の前に広がったのは、それこそ中世の面影を残した家具調度で整えられたクラシックな雰囲気の部屋。
そう、まるで小説などに登場する古き良き探偵事務所みたいな――。
「――――あれ、依頼人?」
室内の眺めに気を取られて、視界の人物に気が付かなかった。 すぐにそっちに目を向けると、
「…………王子様!」
「……は?」
革張りのソファ(?)に座ったキレイな赤色。言動のおかしさに気付いて慌てて口の辺りを押さえる。
「いやっ、えぇと。 気にしないで下さいっ!」
うわなに痛い発言してんのあたし!
咄嗟に飛び出た言葉に一人驚愕!
「……なんだか一人でボケて一人で突っ込んでるみたいな表情してるけど……」
赤色は続ける。
「依頼でもあるのか?」
「依頼……?」
ていうか、あたしを助けた事を覚えちゃいないのかこの人は。
「うん?≪請負人≫の事務所に来たってことは依頼以外ないだろ」
「いやっ、あたしは――」
何といえばいいんだろう。
あっちは覚えていないかもしれないけど、助けてもらったから――
そう、お礼だ。
「えっと、さっきPKの人たちから助けてもらったお礼が言いたくて――」
「…………」
しばらく考え込む、赤色。 顎に手をやって考える姿も格好いい。
「……ああ、あれか」
思い出してくれた!
赤色の行動や言動に一喜一憂する自分がなんとなく恥ずかしくなって、少し顔が上気するのを感じた。
「いや、別にそんなもんいらないんだけど」
ともすれば冷たく聞こえる言葉も優しく耳を打つ。
「義務みたいなもんだろ、あんなの」
ん?この言葉は拒否に近い気が……。
「義務?」
「そう、義務。権利の対義語。 だってあーゆーのってさ、請負人からしてみれば結構宣伝みたいな意味も孕んでるし」
「はらっ…・・・?」
「孕む。 『含む』とかと同じ意味」
王子様、あたまいい! じゃなくて、
「でも宣伝って……。 じゃ、あれは誰かのためとかじゃなくて――」
「ああ、自分のため。 請負人事務所の発展を進めるため、だな」
一瞬、息が詰まった。 自分の考えていたような王子様とは、違う。
「え、と」
「別にあんたを助けたわけじゃないさ。 あれが中級者くらいだったら、無視してたかもしれねえし」
冷たい言葉が溢れてくる。赤色の口唇から流れ出た冷水は、徐々にあたしの心を蝕む。
「あんまり俺に関わらない方がいいよ? ほら、こういう仕事とかやってるとさ、
恨まれるから。
近付いたら他人まで巻き込みかねないしね」
言い放ったその顔が、少しだけ寂しげに見えたのは、あたしの感傷のせいだったのだろうか。
「つーことで、ちょっと依頼人のとこ行ってくるから。別に出て行けとかは言わないけど、程々にな」
澪はなんでいちいち呼び出してくるんだ、とかぼやきながら出て行く赤色。 崩れ去った王子様が出て行く間、あたしはただ呆然と眺めているだけだった。
「『関わるな』って……」
ドラマとかでよく聞きそうなセリフ。物凄い拒絶の色が混ざっているなんて、知らなかった。
赤色は関わりたくないのか。
でもね、王子様。
もうあたしは恋に落ちちゃってるんです。
関わるな、なんて無理ですよ。
「とは言っても、何か策があるわけでもないしなー……」
さっきまで彼が座ってたソファに座ってみた。そのまま膝を立て、手を回していわゆる『体育座り』にしてみる。
膝に顎を乗せ、目を瞑った。
瞼の裏に浮かぶのはPKから助けてくれたときの王子様。凛々しく刀を扱う、至上の赤色。
「……初恋なのになー……」
うわ、言動が乙女……!!
「へえ、誰に?」
「うぇっ!?」
思いもよらない声に、またも奇声を上げてしまった。 驚愕加減に体のバランスが保てなくなって、ソファから滑り落ちる。 そして気が付いたら目の前には板張りの床。 ゲームだから、そこまで痛みがないのがせめてもの救いだった。
「……大丈夫?」
とても優しく、でも幼さが残ったような声。 あたしはここで初めて闖入者の姿を目に入れた。
「えっと、大丈夫……。なんとか」
薄紅色の浴衣みたいな着物を身に着け、キレイな髪を後ろで結い上げてかんざしみたいな棒でまとめている、女の人――。
「それは良かった♪」
嬉しそうな声をだして、笑顔。何でこの人は他人のことでこんなに素直に喜べるんだろう……とか考えているうちに、すぐに表情が変わる。
「ところで、あなたは?」
「えと、なんていうか……」
「まずはお名前から(笑)」
疑問符をそのまま表情に出したような顔から一変、可愛らしい微笑みに変化した。本当にくるくる表情の変わる人だと思った。
「あ、『憐(レン)』っていいます」
「憐ちゃん、だね。 わたしは『紫(むらさき)』、よろしくね^^」
あれ、そういえばこのゲームでは初めて名前を名乗るかもしれない――と考えた所で、王子様にも名前を名乗っていない事に気が付いた。 ……王子様の名前も聞いていないが、それは彼の『関わるな』という言葉に起因(とか難しい言葉使っちゃったりしてw)しているのかもしれなかった。
「で、憐ちゃん。こんな場所で何してたの?」
またも疑問の表情を浮かべる紫さん。 何だかこの人の言葉は幼い子供みたいだな、とか考える。
勘だけれどあたしよりは年下だと思う。あくまでも勘だから一応さん付けで呼ぶけど。
「えと、あれ、何だっけ……」
「なんか初こ――」
「ちょっ、紫さんストップ!!」
あたしの痛すぎる乙女発言を反復しないでぇぇぇ!!
「?」
やはりここでも疑問の表情。くぅ、可愛いのが目に付きすぎる。
「と・に・か・く!あたしは請負人さんに会いに来ただけですから!」
「ルナに?」
へえ、あの赤色はルナ≠チていうんだ。キレイな名前――とか考えてる場合じゃないし。
「ルナっていうんですか、あの人」
「うん、女の人みたいな名前でしょw」
あ、確かに。
「でもそれ言うと物凄く怒るからあんまり言わないであげてね?」
「いや、その心配は……いらないと思う……」
先ほどのことを思い出して口調(主に敬語)も崩れた。
――関わるな――。
てゆうかよく考えたら初対面の相手に言うコトバかフツー!?
でも、だからこそ傷ついたわけだけど。
「どしたの?」
少し、可愛さに落ち着きが入った気がした。
「……うん……」
なんだか、紫さんになら話せる気がした。
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「そっか。 そんなこと言ったんだ……!」
「てゆうかヒドイと思いません!?初対面でそんなコト言われるなんて思いませんでしたよ!」
「うん、そうだね!女の子に言う台詞じゃないよ、そんなの!」
なぜか二人で勝手に盛り上がっていた。
とりあえず、紫(さん付けで呼んだら怒られたので、もう付けない)にさっきまでの事を全部話した。 紫にも何か共通するようなものがあるようなので、自然、二人で話が弾んだ。
「今日はもう来ないと思うから、リアルで言っとく!」
リアル……?ときいてみると、「現実世界、ゲームの外の事」と教えてくれた。 うん、初心者は色々とよく調べとかないといけない。
「リアルって事は……、知り合いなんですか?」
「うん、同じ学校vV」
「高校生なの?」
「や、大学生だよ」
……?……!!
ちょっ、あたしより年上なの!?あたしより可愛らしいのに!?
意外すぎ!
……あーあ、きっとリアルでも物凄い可愛いんだろーなー……。 神様って不公平。
「どしたの?」
この顔も反則でしょうに!
「いや、気にしないで……」
とにかく。 そんなこんなであたしたちは『落ちる(ログアウトのことを言うらしい)』ことにした。
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「……なんですか、ルナ≠ウん?」
「さんはいらない」
「へえ?紫ちゃんと同じこと言うんですね」
時は巡って翌日。あたしはまた請負人事務所にいた。 目の前には少し前まで『王子様』と騒いでいた事が信じられない、赤色の≪請負人≫。 あたしもルナも完全に険悪モードだった。
てゆうかあたしが勝手に険悪にしてるだけだけど。
「『彩音』は関係ないだろ。 それよりも俺が訊きたいのはだな……」
「へえ、紫ちゃんってリアルでは彩音っていうんですか」
「え、ちょっ、なんでお前――」
リアルの事知ってるんだ、とでも言おうとしたのだろうか?
「とにかく。 何でお前がここにいるんだよ」
こほん、と咳払いをして訊きなおしたルナ=B
「いちゃいけませんか?w」
「俺が訊いてるのは『何故依頼人でもないお前がここにいるか』、だ」
「でもあたしが言いたいのはいてもいいかどうかです」
「……なぁ、お前言ってる事が無茶苦茶ってわかってるか?」
くっ、何でそう的確に突っ込みを入れてくるかなこの請負人は!
「残念だけどお前のは屁理屈にすぎないからw」
もう、なんでこんな追撃してくるかな、この人は!!
「ぅう……」
少しだけ泣きたくなってしまったではないか。なんのトラウマがあるか知らないけど、昔からこういう風に言われるのは苦手なのに……。
「こらーっ、憐ちゃん苛めるなぁあ!!」
気が付くと、紫がそこにいた……と思ったらルナに空中からのダイビングクロスチョップをかましに行った。
「どわぁっ、彩音、やめぇえ!」
……なんか、ルナって紫の前だとキャラ違うな……。 とか部屋の隅に吹っ飛んでいく彼を横目に思ったり。
「い・じ・め・る・なあっっ!」
「わ、わかった、わかったからその首に添えた手をどけっ……!!」
窒息寸前のルナ。 てゆうか、ゲームだよね!?これ!!?
「わかったなら、良し!」
……うわあ。
紫が絶対権限、みたいな。
「げふっ……、くそ、もういいさ。 澪んとこと行って来る!」
なんだか悪役みたいな捨て台詞を吐いて扉から出て行った。
逃げるように。
……うーん、やっぱり王子様じゃないな。
「紫ちゃん、ありがとー!」
「こんなのでよかったらいつでもいいよ〜♪」
快活に言う彼女に反比例してあたしはまた気分が落ちる。
「はぁ……、なんで紫には優しいのに……」
「それは違うと思うよ?」
……え?
「どういう意味?あんなにつっけんどんに『関わるな』なんていわれたら――」
「それがルナの優しさだね」
「え?」
紫はソファに座りながら続ける。 あたしだけ立っていてもアレなので、低い机のを挟んで向かい側のソファに座る。
「どういう、意味かわからないんだけど」
再度、疑問の声をあげると紫はかるく目を瞑りながら、
「優しさって、難しいよね」
わからない。
「『関わるな』の他に、何か言わなかった?」
「何か……?」
なんだったか。 記憶を探り出す。
――――。
――――――――…… 「あんまり俺に関わらない方がいいよ? ほら、こういう仕事とかやってるとさ、恨まれるから。近付いたら他人まで巻き込みかねないしね」――――
「……あ」
「どう?」
「近付いたら他人まで巻き込みかねないとかなんとか――」
「それだねぇ」
正解!みたいな感じで紫が手を打った。
「これが、優しさ?あの人の?」
なんだか信じられない。
「そうだね……、ルナってさ、ほら不器用だから」
それは不器用の一言で済ませていいんだろうか。
「人とかとあんまり付き合いたくないとか思ってるらしいからね、その分口も悪くなるみたい」
「付き合いたくないって……。 じゃあ、何でこのゲームをやってんのよ……」
「それは本人しか知らないんじゃないかな?」
そうだけどさ。
「口が悪いって言うか、面倒臭いんじゃないかな」
「うん?」
「そーゆー風につっけんどんに言っとけば、離れていくって思ってるのかもしれないしね」
「……だから優しさ……」
「分かってあげてとは言えないし、言わないけど――知っていてくれればいいから」
知る事。 知っていればいい。
「今、結構周りが面倒な事になってるんだよねー……。とある組織と対立しちゃって」
「……ちょっとゴメン!謝ってくる!」
「いってらっしゃい」紫はなんの疑問も無く見送りの言葉を掛けた。
謝る?なんだそれ。何について謝るつもりだ、とか思うが、なんとなくそうしたい≠フだ。
とにかく、謝る。うわ、あたし意味わかんない。
でも――、勝手にルナに偶像を作り上げて、理想像を作り上げて勝手に心中『王子様』とか呼んでたのは、最低だと思う。
走る。
夕日の沈む街をこれでもかと駆ける。
錬金地区から中央区よりもっと先のドームまで。
王子様、なんて人格を無視してる。
王子様というのはあくまでもあたしが創り描いた幻想な訳で。
人に幻想を押し付けるのは、間違ってる。
ドームのカオスゲートの前にまで辿りついた。
ゲームの中なのに、全速力で走ったように息が切れる。
「えとっ、どこだっけ……!」
エリアワードを訊き忘れていた。 なんて馬鹿なんだ、あたし……。
「――――お困りかい?お嬢さん」
気が付くとすぐ横に青色の青年が――佇んでいた。声には同年代の男の子達とは違う、落ち着いた雰囲気。
「あなたは……」
青髪に、夕暮れ色のサングラスをかけた男は言う。
「なに、ルナの友人といったところさ」
「友達……」
そのひとは左手が、いや左腕がおかしなことになっていた。 なんだか数千年前の異文明を象徴するような拘束具(日本語あってる?)が腕全体を覆っていたのだ。
こんなエディット、あるのだろうか……と思ったところで、まじまじと見ていた自分が何だか気恥ずかしくなって目を逸らした。
「君は、彼を捜しているんじゃないのかい?」
「そうですけど、何か知っているんですかっ!?」
「――――彼は今『Δはじまる 復讐の 毒牙』にいる……」
「――っ、ありがとうございますっっ!」
すぐにカオスゲートのメニューでエリアを生成する。 よかった、初期のエリアワードでもいける!
転送のエフェクトが体にまとわりつき、転送が開始される。
そのとき、青色の彼が呟いたように、見えた。
声は聴き取れなかった。 もしかすると、薄く笑っていたのかもしれない。
――なぜか、寒気が走る。
独特の音とともに、視界がブラックアウトし、自分の体が転送されていった。
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転送が終了し、草原の広がる大地に降り立つ。 青々とした草原には燦々と太陽の光が差していた。
「えっと……」
きょろきょろして赤い姿を探す。
青色の彼の言う事には、ここにいることとの事だったけど……、
「いないじゃん。嘘吐き……!」
くそぅ、ゲームとはいえ、ネット世界なのだから人なんて信用するもんじゃないなぁ。
「――――貴様が、『憐』か?」
唐突に背後から声が上がって、びくりと肩が跳ねた。
振り返ると、物々しい雰囲気を身に纏ったPCがいた。しかも軽く5人はいる。
わかる、この感じ……。 一度遭遇しているからなんとなく分かる。
「PK……!?」
「違うな。別に名乗る必要も無いが、貴様の請負人との関係……使える」
語彙が乏しいよ!
乏しいけど――何が言いたいのか分かってしまった。
――――「今、結構周りが面倒な事になってるんだよねー……。とある組織と対立しちゃって」
「まさか狙ってたの?」
「貴様が知る必要はない」
うわあ、映画とかでよく見るセリフだぁ。
「まあ、貴様を殺す事だけは知っておいて貰おう」
「殺すってw これ、ゲームだし(苦笑)」
「……ふん」
言って、黒い剣を光の中から抜き放った。 周囲のPKたちも同様にそれぞれの職業に合った凶器を抜き放つ。 剣をはじめ、それらはいずれも黒い光を放っている。
何この武器――――怖い。
「じゃあ、勝手にそう思っていろw」
明らかに嘲笑を含んだ嗤いに背筋が震える。
え、何この状況。 もしかしてまた同じ目に会おうとしてますか?
「きひひひひっ、じゃあなw」
剣を振り上げ、勢いをつけて振り下ろす。死神をそのまま具現化したような凶器と狂気が迫り、思わず尻餅をついた。
あ、もう終わりですか、そうですか。
せめてルナに謝りたかったな―――――――
目を瞑って死神を待つ。
ああ、時間が長く感じる。
色々と思い出してきた。 これが走馬灯って奴?
と言ってもThe World≠ナの思い出なんか―――――
――――――――って、何か長くない? 時間が遅く感じるっていってもここまで長く感じるなんてありえないだろう。
なのに、まだ生きている。 生きているというか、まだものを考えられる。
「――――いつまで目ぇ瞑ってんの」
声。
この声……!
「面倒臭ぇ奴だな、あんたは」
目を、開いた。
途端に目の前が赤く染まる。
「……ルナっっ!!?」
目の前に、赤色。
いつもの刀とは違う黒い長刀を持って、佇んでいる。
あたしを、守るように。相手の死神を、自らの黒い妖刀で防いでいる。
「何で……!?」
驚きの声をあげる。 何で、助けに……? だってあんなにあたしの事避けてたくせに……!
「愚問だね」
そうしてこちらを振り返り、爽やかに、爽快に、快活に、開豁に、微笑んだ。 似合わないくらいに眩しいその笑顔は、初めて見る表情だった。
「別に俺は正義の味方でもないし、むしろ悪の味方だと思ってるくらいなんだけど――」
「誰かが望むのなら、正義くらいは請け負ってやるさ」
正義の味方にはなれないけど、でも正義の味方だと思われるのは嫌いじゃない。 と言って、もう一度微笑む。
ああ、もう。
この人は。
さっき撤回したはずなのに。またも思い浮かぶ。
なんて。
――――なんて王子様なんだろう。
「さて、巻き込んじゃったのは俺の方だしな。 今回は無料という事で軽ーく請け負ってやんよ」
言って、前を向いた赤色。
ああ、この人は。
こんなにも優しかったのか。
今頃、後悔した。
……Fin.
____________________ イイワケ。 __________ あれ……短編じゃなかったっけ? と思った方。 正解です。 その判断は間違っていません。 間違っているのはそう、宴六段、私です。
全然短編じゃねえよ! なんだこれ! 長ぇ!! 右端のスクロールバー見たら物凄い長さで読む気失せるよっ!
……宴、乱心。 うわああああああ(しばらくお待ちください…)
…失礼。 これは短編です。 一話完結です。 誰が何と言おうと。 短編ですとも(涙)
何だか長いので感想が書きづらいんでしょうかね?サイトのほうは感想が私の小説よりも、師匠の方が……(力量の差)
じ、次回は短く行きますので、よろしくお願いします……orz
[No.985] 2007/11/30(Fri) 16:08:06 |