第40節
「さぁ、血の宴の時よ!喰らい尽くせ、ゲイヴォルグ!!」 二叉の槍の穂先を通じて邪眼から荒廃の呪いが“眼を合わせる事無く”吐き出され、周囲を侵食していく。邪眼と直結したゲイヴォルグはまさに“災いの一撃”を放つ『ロンギヌス』。 呪いによるデータ破壊は遅効性である事と、このフロアは通常のものよりも広大であるからよかったものの、そうでなければとっくにこの場は破壊し尽くされていた。 「もう無茶苦茶じゃない!!」 そんなプリムの悲鳴もゲイヴォルグの一撃がにべも無くかき消す。 「下がれ! 巻き込まれるぞ!」 バロールとロンギヌスが睥睨し合い、再び紅と青の破壊光閃が交わる。すると今度はゲイヴォルグが弾かれる。使いこなせていなくとも、破壊力では魔眼が邪眼を上回っている。 ルーガスは続けて、次の標的をターゲットする。狙いは右腕。邪眼もろとも呪いの発射口たるゲイヴォルグを打ち砕く。 そしてバロールがゲイヴォルグを捉え、その力を絞り込む― 「ぐ!!?」 ルーガスの左顔面に痺れとも火傷とも言えない激痛が走る。魔眼が宿主の意思を拒絶。否、侵食を始めたのだ。魔眼も邪眼も言い換えれば、移植された臓器のようなものである。データの上では適合しているとはいえ、異物と判断されればどちらかが侵される。その拒絶反応が起き始めた。 「こんな時に…!」 「危ない!!」 ドリルのように飛来したゲイヴォルグの切っ先に捕まり、ルーガスはその叉に体を挟まれる形で縫い付けられた。 「がぁッ!!」 「残念。もう少しあんたのネコミミ姿見てたかったんだけどなぁ」 そうなった以上仕方ない、と諦めたように言いながら、ルーガスの元にゆっくりと歩み寄る。 「まぁ、コレもあたしとあんたの運命。マニフェスト・デスティニーってヤツね」 愛すべき恋人(とも)の眼前に翳された邪眼が、引導を渡すべく見開かれようとしていた。磔のルーガスに逃れる術は無い。
「リィル!」 「わかってる!」 これ以上傍観は出来ないと、誰それと合図をせず二人が駆け出す。そして― 「「スペリオルユニオンッ!!」」 詠唱も“巻き”で飛ばして一気にセラフィムへと合体変身した。 「(最初から全力全開でいくわよ!)」 「(了解、リィル! 62秒でケリをつけるよッ!!)」 合体で生じた光は一瞬にして紅蓮の羽衣へとシフトする。 「「緋憐天翔ッ!!」」 翼が纏った聖火をブースターに、爆炎を引いてセラフィムが飛ぶ。 「ア゛〜〜ッ、もう邪魔しないでくんないッ!!」 邪眼の標的がルーガスからセラフィムへと変える。その隙を狙ってルーガスがアロンダイトを繰り出した。 それに気付き再びルーガスに戻そうとした時、今度はセラフィムのハルモニアがベイリンを狙う。ならばと、バックステップでやり過ごそうとするも、足元はプリムのデータトランスで固められている。ベイリンの退路は絶たれた。 ―ギャァァァァァァン!!― 頭部を捉えていた二つの剣は、ベイリンの正に眼と鼻の先でクロスしていた。その場を動かずに紙一重でスウェーし、間一髪躱していたのだ。 「おーおー、上等切ってくれるじゃないの。ブチ撒けられてぇかぁ!!」 至福の時間に茶々を入れられたベイリンは山猫のような雄叫びを上げ、ゲイヴォルグをルーガスから引き抜いて横薙ぎにフルスウィングした。 「「くっ!」」 急速反転させてゲイヴォルグの斬撃波を掻い潜る。開放されたルーガスも体を引きずって何とか脱出した。 「やめてよねぇ。あたしと本気で喧嘩して―」 ゲイヴォルグの赤と青の穂先から炎と氷がそれぞれ渦を巻きはじめる。 「あれは―!」 「ゆるゆるのあんた達が敵う訳無いでしょ! 禍つ災王への聖痕(ペレス・スティグマータ)!!」 濁流、奔流。そんな表現ではきかない災禍の流れがゲイヴォルグより解き放たれ、全てを薙ぎ払う。 セラフィムは烈神火形態(イグナイテッド・フェイズ)の機動力をフル全開にし、流れの僅かな隙間を縫って避ける。しかし― 「「!? プリムッ!!」」 プリムが災流の中で立ち往生していた。破壊された影響で、データトランスもオートリープも出来ないこの場では、プリムは増水した河の中洲に取り残された幼児同然だった。 「間に合え!!」 ルーガスが投げたアンサラーがゲイヴォルグを捉え、矛先がわずかに動き、流れが少し逸れる。その隙に高速で飛来したセラフィムがプリムをすれ違い様に抱え上げた。方向がずれていなかったら、二人(三人)まとめて巻き込まれていた所だった。 「あっはっはっはっ! マーリンのジーさんが言った通り、あんた達の頭って本当に鯛焼きが入ってるんじゃない?」 災厄をも操る邪神と化したベイリンは、自然の猛威にか弱く抗う卑小な人間を見るように、セラフィムらの甘さを嘲う。この時点ではただの挑発、としか思わなかったが…。 プリムを離れた場所に避難させ、再加速をかけた瞬間、爆炎の翼が急激に推進力を失い、そのまま空中に投げ出されたセラフィムが荒廃した地に墜落する。 「「ッ!?」」 燃え盛っていたはずの翼の光焔が燻り、終に炎は完全に消失した。 「えっとぉ。ひ〜、ふ〜、二回だったかなぁ」 ワザとらしく、指折りしながらベイリンが回数を報告する。至近距離のスウィングを避けた時、プリムを助け出した時。完璧に避けたはずだったが、その2回が翼をかすめていた。さっきの嘲笑は仲間を気にかける余り、それに気付かなかった事に対するものだった。 「ロンギヌスの呪いは一回かすっただけでも命取りだからねぇ。それが2回ともなると無事で済むものやらどうやら」 「「う、あああああ……!!!」」 聖火を失った6枚の翼は、あたかも重油を浴びた海鳥のそれのようにどす黒く変色し、邪気を振り払う神々しさも、聖母の両腕のような温かさも失われた。ハルモニアも消失し、さらにはセラフィム自身も蝕まれ、毒物を投与されたようにのたうちまわった。
「ウルサイ鳥はさっさと首落としちゃおうかしら!!」 鳴き喚く調理用の鶏を屠殺するように、ゲイヴォルグの切っ先が唸りを上げる。 セラフィムは元より、ルーガスも魔眼の拒絶反応で未だ身動きがままならない。唯一動けるプリムにしても、荒廃したこの場では成す術が無い。絶体絶命だった。 (何か…、せめて盾ぐらいには出来るデータか何か…) それでも諦めず辺りを見回して使えそうなものを探すと、さっきルーガスが投げたアンサラーが落ちていた。 「ルーガスゴメン、必ず元に戻すからぁッ!!」 プリムがアンサラーを手にしたまま両の手を合わせ、光を纏った短剣をセラフィムに投げた。 投げ放たれたアンサラーはデータトランスで分解されたが、何故か盾にも壁にもならず、そのままセラフィムを包み込んだ。 (え? あんな風にトランスしてないのに―) 疑問を口にする間も無く、アンサラーのデータがセラフィムを取り巻くように収束した瞬間、爆発のような閃光が放たれた。その凄まじい光はゲイヴォルグの奔流をも消し飛ばし、フロア一帯に渦を呼んだ。 一瞬の後、渦巻く光によって、呪いに侵された羽が光の中を巻き上がるように飛び交う。 舞い散る翼の奥、姿を現したのは― 黎黒の鎧を纏ったセラフィムだった。
[No.1317] 2009/12/28(Mon) 23:18:37 |