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   青い鳥の名は - 狐憑き - 2007/04/24(Tue) 21:24:14 [No.639]
おまけ ハミング・エイジ - 狐憑き - 2007/05/02(Wed) 20:37:05 [No.705]
最終回 雨に打たれて開く花 - 狐憑き - 2007/05/02(Wed) 20:32:49 [No.704]
第11話 ミラージュ - 狐憑き - 2007/05/01(Tue) 22:19:04 [No.696]
第10話 傷付いてもそれは - 狐憑き - 2007/04/30(Mon) 21:23:38 [No.685]
第9話 障壁 - 狐憑き - 2007/04/29(Sun) 20:16:08 [No.672]
第8話 arbun blue - 狐憑き - 2007/04/28(Sat) 19:57:49 [No.668]
第7話 柳の音 - 狐憑き - 2007/04/27(Fri) 19:53:44 [No.666]
第6話 足音はいつも突然 - 狐憑き - 2007/04/26(Thu) 20:44:52 [No.657]
第5話 雨上がり - 狐憑き - 2007/04/26(Thu) 20:34:25 [No.656]
第4話 明日も明日は来るから - 狐憑き - 2007/04/25(Wed) 21:03:02 [No.648]
第3話 秋霜烈日 - 狐憑き - 2007/04/25(Wed) 20:58:02 [No.647]
第2話 春風の申し子 - 狐憑き - 2007/04/24(Tue) 21:55:44 [No.641]
第1話 ヒクツノカタマリ - 狐憑き - 2007/04/24(Tue) 21:32:36 [No.640]



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青い鳥の名は (親記事) - 狐憑き

ごきげんよう!
毎度お騒がせ狐憑きです!! ^^


え〜〜っと、まず昔話のスレについてです。
最近急に忙しくなってしまったのと、なかなか続きが思い浮かばないのとで、昔話のほうがずっと止まってしまっています。
ネタを下さったり、毎回読んでくださっていた方々、本当に申し訳ありません…

まだ忙しいのは続きそうなので、次に書き込めるのがいつになるかは分かりません。
が、どんなに時間がかかっても続きは書いていこうと思います。
打ち切りにすることはないので、どうか気長に待ってやってください。m(_ _)m



で、この小説なのですが、結構前に無印の小説掲示板に書き込んでいた作品を少し修正したもので、ひとまずすでに完結しております。

で、なんでいまさらここに書き込んだのかというと、微妙に続きがあるからです。

向こうの掲示板に乗せるのにもいまいち時間が経ってしまっているので、昔話のつなぎもかねて、いっそのことここで一から乗せ直そうかと思い書きました。

続きはまだ未完成なので、下手すると昔話と共倒れになりかねません。
なので、続きを載せるかどうかは皆さんのご意見や昔話の製作ペースしだいで後々決めて行きたいと思います。
もしかしたら続きは書けないかも知れませんが、12話+αまでの話はすでに出来上がっていますので、これのせいで向こうの更新がさらに遅れたりなどはないと思います。



※注意書きです。
気に入らない点のある方は読むのを控えたほうがいいかもしれません。

・本作に登場するキャラはほぼ全員オリジナルです。ハセヲさん達は出てきません。
・主人公の女の子はネガティブで少し自己中です。
・作者は文章力とかがありません(T_T)

以上の内容が大丈夫な方は、読んでくださると嬉しいです^^


前置きが長くなってしまいました。
それでは、本編を始めたいと思います!



お詫びと訂正
「12話+α」が「14話+α」になっていました。
訂正しておきます。

そして書き忘れていましたが、主人公の職業は拳術士(グラップラー)です。補足しておきます。


[No.639] 2007/04/24(Tue) 21:24:14
第1話 ヒクツノカタマリ (No.639への返信 / 1階層) - 狐憑き

子供の頃は、異世界というものにあこがれていた。

どこにでもいるような普通の少年少女。
ある日突然不思議な世界に導かれ、世界を苦しめる巨大な悪と戦い、仲間に出会い、英雄として成長していく物語に心を躍らせたものだった。
そして「どこにでもいる」というフレーズに、自分と主人公を重ね合わせたりもした。
 
だからこんなにさえない私でも、違う世界に行けば変われるかもしれないと、いつかは私も導かれる日が来るのだと、まるで恋焦がれるかのように、幼い頃の自分は本気で信じてさえいた。


―――もちろんそんな日は、いつまで待っても来たりはしなかったのだけれど。


  ●


 中学に入って6ヶ月が経つ。
引っ込みじあんな私は自分からクラスメートに話しかけることも出来ず、いまだにクラスになじめずにいた。
にぎやかな教室の中にいても、私だけはいつも一人。憂鬱な今日という日が終わるのを、ただ静かに待つだけだった。
すでにクラス内ではいくつかのグループができ、そこから聞こえてくる笑い声は、まるではるか遠くから響いてくるかのようだ。

 苦手だった。

 クラスにいる子達はみんな私より大人っぽくってかわいかった。
それに比べて私はどんくさくて、いつも失敗ばかり。みんな口に出さないだけで、すでにだめなやつとしてのイメージが張り付いていることだろう。
 声が聞こえてくるだけで、笑い声が上がるだけで、私にはそれが自分への嘲笑に聞こえてならなかった。実際そうだったこともあって、私はどんどん周りが信じられなくなっていった。

 どうせ私が嫌いなんでしょ?
どうせみんな私のことなんかどうでもいいんでしょ?

だめだとは分かっているのにこんな言葉ばかりが頭をよぎってしまう。もしかしたら、こんな自虐的な言葉にさえ酔っているのかもしれない。

 そしていつしか、終わりのチャイムと同時に教室から逃げるように出て行くのが、手に負えない私の悪癖となっていった。




 私の最近の日課は「The world」にPC、“紫陽花”としてログインすることだった。
ここには小心なリアルの自分を知るものは誰一人としていない。何をやっても失敗ばかりの、だめでどじな自分を知っている人なんてどこにもいないんだ。
そう思っていたらいつの間にかのめりこんでしまい、気が付けばかなりの速さで初心者と呼ばれる時期を抜けていた。
今ではさらにレベルも上がり、ソロプレイで中級エリアに繰り出す毎日だ。それなりに良いアイテムも結構持っているし、中級PCとしては結構充実しているほうだった。

 でも、ここでも私は変わることができなかった。
どんなにPC、……うわべだけを育てても、所詮中身の私は私。
普段から人と話すことに慣れていないため、人に呼びかけられただけでも意味もなくびくついて、会話の途中でもすぐに口ごもった。
思った言葉を相手に伝えればいいだけなのに…ただそれだけなのに。
口にしたとたん頭が真っ白になり、会話は途切れ、妙な空気と間が生まれる。結果すぐに相手に見限られてしまい、“紫陽花”はリアルの私と同じ末路をたどった。


 現実は甘くない。たとえネットの世界でも。
改めてそれを思い知らされた気がして、胸がずしりと重くなった。それでも未練からか、それとも現実逃避からなのか、ずるずるとロールは続いていく。


こうして今、PC“紫陽花”はここにいた。


[No.640] 2007/04/24(Tue) 21:32:36
第2話 春風の申し子 (No.639への返信 / 1階層) - 狐憑き

思い返しているうちに、どうにもやるせない気持ちになった。
冒険に出かける途中だったが急に気が変わり、私はエリア転送へのメニュー画面で×ボタンを押した。そしてマク・アヌへとタウン転送。

理由なんか特にない。
ただ毎日毎日、ソロで冒険を繰り返すよりかは気がまぎれるかと思ったのだ。


 私は何の気なしに@ホーム近くの桟橋に座った。
きらきらと光る水面を見つめていれば、近くではパーティーが楽しそうに会話をしている。
都市伝説めいた噂話、この間手に入れたレアアイテム、それを見つけたフィールド。
ひとしきり話すとそこに行こうということになったらしく、一行はカオスゲートへと向かっていった。
一人でいることには変わりないのに、なぜかさっきよりもむなしくなった気がする。結局エリアへと足は向かった。
ワードはランダム。どうせマク・アヌから行ける所ならレベルなんか知れている。
M2Dからは一瞬でマク・アヌが消え、代わりに緑豊かな草原エリアが現れた。



 そしてエリアに入ってくるのと同時にかん高い金属音を聞いて、私はとっさに振り向いた。
見ると、大柄な鎌闘士の男が小柄な双剣士の少年をいたぶっているまさに真っ最中だった。

(初心者狩り…?)

にしては何かが妙な感じだった。
表情の入力を間違えているのか、双剣士はまったく怖がっている様子がない。むしろ逃げ回りながら、PKされそうだという現状を楽しんでいるかのようだった。
そして鎌闘士はそんな双剣士を相手に苛立ちを全開させていた。


どうしたものか…助けたほうがいいんだろうか? でも相手のレベルのほうが高かったら嫌だし……何より状況が訳分からん。

 こんなことを考えて間抜けに突っ立ている私をよそに、勝負は意外にあっけなく終わった。
私を見つけた鎌闘士が、仲間に入られたら分が悪いとでも考えたのか、自分からあっさり身を引いたのだ。
どうやらPKとしてはレベルが低かったらしい。なにか悪態をつきながら、さっさとプラットホームまで走っていってしまった。

「あ゛ー…」

逃げていくPKの背中を見つめ、私はなんだか居心地が悪くなった。私何もしてないのに…いや、何もしてないから居心地悪いのか。




「あの〜」

急に後ろから話しかけられて驚く。
見ると、さっきまでやられていた双剣士がいつの間にか私のすぐ後ろに立っていた。

「ありがとうございました! もうちょっとでお陀仏になっちゃうとこでしたよ〜。……てへ? ^^」

「てへ?」って…
素で言うやつ初めて見た。あまりに危機感を欠いた口ぶりに私は困惑する。

「ありがとうって…私なんにもしてないじゃん」
「でもあなたが来たから助かったことには変わりないじゃないですか。結果オーライってやつでしょw」

小柄なPCによく似合う、少年のような声だった。
小学生?
でも最近の変声器は高性能だ。声の高さはあまりあてにならない。


「それにしたってあんまり困ってなかったみたいじゃん。PKされそうだったんだよ、アンタ」
「う〜ん…でもこれってゲームだよ? ならPKするにしたってされるにしたって楽しまなくっちゃ! あ、別にPKになりたいとかそういう意味でもないけど」
「それにしたって…怖くないの?」
「ぶっちゃけ怖いっすよ〜。でもそれも含めて面白くない? ^^」


思わず椅子からずり落ちた。

面白い? PKされるのが?
なんて軽い考えしてるんだ、コイツ。
なんだかさっきの鎌闘士の気持ちが分かったような気がした。いたぶる相手がこれじゃあそりゃいらつきもするな。
…別に同情もしないけど。



「ところで、今一人なんすか? もしかしてヒマ?」

こちらのあきれっぷりをよそに、双剣士は話を続けてくる。

「よかったらレベル上げ手伝ってもらえません? さっきも言ったかもしんないけど、オレまだ始めて2日目なんですよ〜。もうやり方とかわかんなくって^^; 説明書読んでも何がなんだかぜんぜんだし」

唐突だね、また。

「まあこっちもヒマだから問題ないんだけど……分かった。獣神像までなら付き合ったげる」
「マジッすか? やりぃ!! ^^」

大げさに喜ぶ双剣士を尻目に、私は相手に聞こえない程度に大きなため息をついた。
なんだか独特のペースを持った奴だ。ひとしきり冒険したらどっと疲れそうな気がする……




 ん? まてよ? 
そういえば久しぶりに人とまともに話せてた気がする。相手が子供みたいだから緊張することなく普通に振舞えたんだろうか。

 自然とふっと笑ってしまった。
小心者だな、私。年下相手にしかうまく話せないなんて。

 心に浮かんだ言葉は自虐的なものだったのに、なぜかそれだけじゃなかったふうに思えて、胸にのしかかっていたリアルの重みが、少しだけ、ほどけていったような気がした。


[No.641] 2007/04/24(Tue) 21:55:44
第3話 秋霜烈日 (No.639への返信 / 1階層) - 狐憑き

 ◇
手を伸ばす。
掻き消える。
何度もそれを求めては 届くことなく地を嘗める
やがては人はあきらめる 理想の自分を描くのを
「人は変わらぬ」何故いえる? まだ終わってすらいないのに


 ●
 
「“しようか”?」

メンバーアドレスを交換しての第一声がそれだった。

「しようかじゃなくてあじさいだよ、あじさい」
「だってオレ漢字とかわかんないも〜ん」

わざとらしく口をとがめる相手に、私はがっくりと肩を落とした。
まあホントに小学生だったなら、“紫陽花”を“しようか”と読めただけでもよしとするか。

「そっちの名前は…“リカオン”?」
「そ。戦いの神様の名前なんだって。なんだか強そうじゃん?^^ でもめんどいからリオでい〜よ〜w」

そう言われましても…。
だったら何で最初からリオにしないんだよ。そうゆうロール?

「…とりあえず、まずは証のかけら集めるよ。それがないと神殿入れないんだから」
「は〜い^o^/ リーダーについていきま〜すw」


 その後、冒険は順調に進んでいった。
レベル上げが主なので、私は敵を倒さない程度に軽くあしらいながらバトルの基本をリオに教えていった。
向こうも必死でついてきているらしくて飲み込みは早く、あっという間に獣神像の前まで来てしまった。



そして、宝箱の前で。

「ほんとにいいの?」
「適正レベルじゃないし、あたしがとっても役に立たないもん。アイテムはあんたがもって行けばいいよ」
「まじっすか? ありがと! も〜うけ^^」

そういってけりこんだ宝箱の中身は回式・鮫牙だった。
自分にぴったりのアイテムにリオはご満悦だ。
すぐに装備してステータスを確かめた後、ふと、もっともな疑問を口にした。

「そういえば、あっちゃんは何でこんなとこに来たの?」
「…あっちゃん?」
「あじさいだからあっちゃん。細かいこと気にしな〜いw 結構レベルあるのに、なんでこんな初心者エリアにいるのかな〜って」
「別に…どうせソロならたまには気分転換もいいかなぁって思っただけだよ」

ここに来た理由を思い出して、また急に気分が悪くなった。
ふてくされる私を覗き込んで、


「…もしかして、なんか嫌なことあった?」


 いやなこと? そりゃ毎日さ。
こんなうじうじした自分自身が、嫌で嫌でたまらない。


まさかこんなことは言えずにふさぎこむ私に、なにか感づいたのか、リオは私を励まそうとした。

「いいよいいよ、なんもいわなくても。誰でも落ち込むことぐらいあるよね^^」

見掛けは子供っぽいくせして、いやに分かったような口を利く。私はついむっとして、リオに当たってしまった。

「アンタはぜんぜんそんなことなさそうに見えるけど? 不幸だなんて言葉しらなそう。何があってもお気楽で、楽しそうにしちゃってさ」
「楽しいもん。楽しいと思い込まなきゃ^^ 自分が不幸だなんて思い始めたら、普段なら笑って過ごせるような失敗もいちいち大げさになっちゃって、毎日落ち込み地獄じゃないっすかぁ( ̄3 ̄)  そんなのやじゃない?」


 無意識に手に込めた力に、コントローラーが悲鳴を上げた。
リオにとっては何気なかったであろうはずの言葉に、急に、過剰なほど心臓が締め付けられる。
今の自分がまさにそれだったからだ。

「誰だって失敗はあるし、そりゃマジへこむときもあるけど〜。自分が幸せって思える人と不幸だと思っている人との差ってそこだと思うんだ。幸せだと思える範囲の幅? どんなことでも楽しもうと思えば、自然と自分が不幸だなんて思えないものだよ^^」

気楽な発想、つたない話。
それでも、リアルでの積もりに積もったストレスが堰を切るのにはそれで充分だった。

「でも! それでもつらいことってあるでしょ? 失敗ばっかりで、誰にも見向きもされなくなって……! どんなにがんばっても報われないことだってあるんだよ!?」

 自分が情けない。
私は急に何を言い出すんだろう? 何をむきになっているんだろう? 相手は今日あったばかりの、見ず知らずの年下だというのに。
急に声を荒らげた私に、それでもリオが動じることはなかった。
ただ、不思議そうに私を振り返る。

「誰も自分を見てくれないと思っているときは案外、自分が周りを見れなくなってるときでもあるんだよ? 相手のことをよく知らないまま、自分のことだけ分かってもらおうだなんてできないよ。みんな自分を見てほしいんだから」
「………」

 私はそれ以上言葉が出てこなくなって、下を向いて黙り込んだ。
PCがコントローラー以外の動作のまねをするわけもなく、紫陽花は不自然にそこに突っ立ったまま動かなかった。
 
なんで?
相手に罵られたわけじゃない。
きつい事を言われたわけでもない。
ただ思っていることを直接言われただけ。

なんで、こんなに哀しいの。




「……え〜っと」

リオは雲行きの悪さに気付いたのか、居心地が悪そうに視線を泳がせていた。
我に返った私は自分の大人気ない行動を反省する。
そうだよね。あんたにするような話じゃなかった。いきなりこんな話されれば誰だってそりゃびびるよね。

「…変な話しちゃったね。宝箱も取ったし、そろそろ戻ろっか」

やりきれない空気を引きずったまま、2人はエリアを後にした。


[No.647] 2007/04/25(Wed) 20:58:02
第4話 明日も明日は来るから (No.639への返信 / 1階層) - 狐憑き

マク・アヌは、にぎやかだった。
楽しそうに会話をする人達とすれ違うたび、こんなにたくさんの人がプレイしているんだということをいまさらながら実感する。

リオと私は桟橋に座っていた。
夕日に染まった波が風に揺られてきらめくのを見つめる。
今の私はさっきまでとはうって変わり、自分でも驚くほど落ち着いていた。

今なら判る気がする。
あんなにぐるぐるとした気分に囚われていたのは、たぶん、自分しか見えなくなっていたからなのだろう。
私は見放されたわけじゃない。
ただ人と正面から向き合うのがなんとなく嫌で逃げ続けていた。
だから、ぶつかり方を知らずにここまで来てしまったんだ。
そうやってただ逃げるだけの過去は、つらくてすでに過ぎていってしまったことだ。でもそれに続く未来はまだどうしようもなくなった訳じゃない。
根拠もない自信は胸の中で静かに加速していった。

たぶん「希望」ってこういうものをいうんだろうな。
自分で思って、あまりのクサさに思わず吹いてしまった。



「じゃあオレそろそろ落ちるね。と、それからゴメンm(_ _)m なんか余計なこと言ったみたいで」

立ち上がってリオがいう。
さっきのことを気にしているらしく、少し元気がなかった。
私よりずっとしっかりした子だ。自慢の弟ができたような気分になって、思わず頭をなでてやりたくなった。

「ううん、むしろ…今日はありがとね」
「?」

なんで“ありがと”なのかよく分からなかったらしい。戸惑うリオを横目に、私は立ち上がって大きく伸びのモーションをした。

「明日もインするの?」
「え? うん。なんで?」
「あんたさえよければ明日からも一緒に冒険しない? レベル上げとか手伝うよ」

リオは驚く。

「いいの? …でもそっちのレベルじゃここでの冒険なんてつまんなくない?(´・ω・`)」

らしくなく謙遜する。私は少しお姉さんぶって、声に勢いを乗せた。

「遊び方いろいろ、それがThe world!何でも楽しまなくっちゃ、でしょ?」

そう言って夕日を背に微笑んでみせる。リオには今、私がどんな風に見えているのだろうか。

「……そうっすね、うん! じゃあ思いっきりお言葉に甘えちゃうから覚悟しとけよ!!狽(≧ω≦)」
「望むところだよ!じゃあまた明日ね」
「うん!また明日ー!!」

 リオが笑いかける。
ログアウトしていくのを見届けた後、私は夕日を振り返る。マク・アヌには相変わらずの夕焼けが広がっていた。


 きっと、ここから始まる。どうしようもない明日への期待と憧れは、今はただ膨らんでいくばかりであった。


[No.648] 2007/04/25(Wed) 21:03:02
第5話 雨上がり (No.639への返信 / 1階層) - 狐憑き

 ◇
玉繭の如き雲は今 暮れ行く空を包み込む
黄金の皿は岩戸の中へ 死に逝く今日は忘れられ
地べたを這いずる昨日を悔やみ 望まぬ過去とするならば
明日こそ優雅に飛ばんとするか 己が姿も見ぬくせに


 ●

 リオと冒険を始めてから、もう一週間が過ぎようとしていた。
この短い間にずいぶんと仲良くなり、暇さえあれば冒険の毎日だ。
私もそうだったのだが、始めっから見事なはまりっぷりだ。リオはよっぽどThe worldが気に入ったらしい。

「みてみて! ビョウキ発見〜」
「それアンラッキーアニマルだよ?」

言った次の瞬間には体当たりされている。
ぶつぶつ馬鹿にされた挙句、リオの体をステータスダウンのエフェクトが包み込んだ。

「あっちゃ〜…」
「言ったでしょ? あんまり行き当たりばったりなのもダメだって」
「ドンマイ!狽(・w・) あっ、気が揺れてる!! チムチムだっけ? み〜っけ!」

人の話なんか聞きやしない。止めるのも聞かずに木に突撃すると、今度はキングチムチムに下敷きにされていた。

「ふぎゃ〜〜っ!? なになに、なんで襲ってくんの!? 今までの恨み? どーほーの仇!?」
「落ち着きなさいって。隙を見て蹴り返せばいいだけなんだから」

言いながら、私はキングに蹴りを入れる。
王の割には扱われ方がぞんざいだ。ボフッと短く音を立てると、光の束となって消えてしまった。

「わ〜、チム玉一気に50も増えた〜ヽ^o^/」
「あんたねぇ…」

横目で睨むモーションをかける。
リアルの私はというと、必死で笑いを噛みこらえていた。



 最近、少しずつだが気持ちが前向きになっていた。
クラスの子達に対しても前よりは恐怖心が薄れたので、まずは相手を見つめることから始めてみた。
みんなの見ている番組を見たり、好きなタレントの話をしたり。
前はなんだかみんなとあわせることで、自分が消えていく気がして抵抗を感じていたが、強要されてる、なんて変な被害者意識さえ持たなければ、純粋に楽しんでいる自分がいることに気がついた。

いきなりはさすがに無理だけど、少しずつなら変えていける。そう信じることができるようになった気がした。



 異世界に、あこがれていた。
それはきっと、環境さえ変われば嫌な自分とも決別できると信じていたから。
人はそんなに簡単には変われないと思っていた。
物語の英雄たちは、想像も絶する苦難を乗り越えてやっとハッピーエンドを迎える。
だから何か大きなきっかけさえあれば私だって強くなれる。逆を言えば、それがないと強くなれないんだと信じ込んでいたのかもしれない。

実際に私を変えたのは、ネットの中での小さな出会いと、そこにつくまでの長い時間だった。
そして本当に変わるべきものは、周りではなく自分のほうだということを知った。


まだ独りよがりかもしれない。
また間違っているのかもしれない。
でも、今の自分にはそれで充分だった。
そう思えることが大切だったのだから。


[No.656] 2007/04/26(Thu) 20:34:25
第6話 足音はいつも突然 (No.639への返信 / 1階層) - 狐憑き

「今日のエリアはボス退治? RPGって言ったらやっぱこれだよねぇ^^ どこじゃクセモノ、鮫牙のえじきにしてくれる〜!」

バトルが始まってもいないのに、獲物を取り出しぶんぶんと振り回す。ここがリアルだったらかなり危ない行為だ。

「そういって前、キャリーの自爆に巻き込まれてたのはどこの誰だったっけ? ピンチになっても私は手、かさないよ」
「うぅっ…そこを何とか〜(T^T)」
「一撃で終わっちゃったらつまんないじゃんか。いつもどおりサポはするから、当たって砕けてこ〜い!!」
「……ちぇっ、ケチ(´_ゝ`)」

リオはふてくされて、つま先で石を転がした。
バトルの操作にはぎこちなさがまだ残ってるくせに、感情表現だけはいつも上級者並みだ。見せつけがましくぶーぶー言って、つまらなそうに歩き出したリオの背中が――

 いきなり、固まった。

どうしたのかと聞こうとしたができなかった。リオがいきなり苦しそうにうめきだしたからだ。

「ちょ、ちょっと……」

何が起きたのか分からなくて私は焦った。
PCのリオに表情はなかったが、息をするのも苦しいことが、イヤホンを通して嫌というほど伝わった。
ゼェゼェと息が漏れ、腹の底から練りだしたような低い声は、必死で苦痛と戦っている。

「ちょっと、どうしたの? 大丈夫!?」

返事はない。
かわりに、机かなにかを叩くような鈍い音が聞こえた。
FMDを脱ぎ捨てたらしく何の音もしなくなり、そこにはリオの抜け殻と、立ち尽くす私だけが残された。
どうしたらいいのか分からないまま、沈黙はあまりに長く感じられた。



 しばらくするとリオは戻ってきて、冗談めいた顔で笑った。

「ゴメンゴメン、餅食べながらプレイしてたんだけど、のどに詰まらせちゃって。いや〜、死ぬかと思った〜( ̄Å ̄;)」

汗をぬぐうモーション。声はあくまで明るかった。



嘘。
あの息の仕方はのどに何か詰まらせたときのものではない。明らかに呼吸器系等の異常だ。

何でほんとのこと言わないの?
もしかして、言えないほど大きな病気抱えてる?

相手が隠す以上、気軽に尋ねることなんか出来なかった。
私は悔しさと歯がゆさにかられ、前を行くリオの頭を、後ろから無言で小突いてやった。


[No.657] 2007/04/26(Thu) 20:44:52
第7話 柳の音 (No.639への返信 / 1階層) - 狐憑き

 ◇
叫び続けて声は枯れ 走り続けて道に伏し
思い続けて未だなお それでも届かぬものがある
走り出すのが遅いのだ なくして初めて気が付いて
共に歩いた、その間 どれだけお前は気に留めた?


 ●
 あれから3日。昨日も今日もリオはいつもどおりで、まるで何事もなかったのかのようだった。
最初はいぶかしんでいた私も思い過ごしだったかと思えるようになり、リオが突然苦しみだしたことなど、日に日に頭から薄れていった。
もっともこれは、安心というよりは嘆願だったのかもしれない。
こんなにいいやつに何かつらいことが起こってるかもしれないだなんて、思いたくもなかったから。

 その次の日。リオはインしていなかった。
少し早めに来すぎたかとも思ったが、約束した時間になってもリオは来なかった。
その日は特に深く考えず、久しぶりにドル・ドナのエリアで冒険した。



そしてさらにその翌日、土曜日のことだった。

「ゴメンね、昨日は来れなくて ( ̄人 ̄;)」
「別にいいよそんなの。でも、ほんとにどうしたの?」
すると、リオのくせして珍しく神妙な面持ちになる。
「えっとね……とりあえず、ダンジョン行こ?」

 転送された先は洞窟エリアだった。所々にともった明りが暗闇に映え、控えめながらも神秘的だ。

「とりあえず獣神像の前まで行こう。そこで話すから」

そういったリオの声には、いつもと違って覇気がなかった。
何かあったんだ。少し緊張しつつも私はリオの後についていった。

「始めてあったときってさ、オレまだホントに初心者だったよね。チムチムをモンスターと間違えて攻撃したり、キャリーを他のプレイヤーと勘違いして話しかけたら殴られたりさ」

暗くて狭い抗道を歩きながら、こんなことを話し出す。

「どうしたの? 急に。今日のリオやっぱり変だよ」

軽く笑って見せたが、不安は隠せなかった。

「まあまあ^^でも一緒に冒険しててさ、オレ結構上達してきたっしょ? オレの光る才能もあると思うけどぉ〜……やっぱあっちゃんのコーチのおかげなんだよね。お礼、言いたくてさ」

さりげなくうぬぼれ入ってたのはこの際聞き流すとして、お礼って?


まるで、今日でそれが終わるみたいな言い方。


「一緒に遊んでるうちに、オレに姉さんがいたらこんな感じなのかな〜って思えるようになってきたんだよね。な〜んか最初はぶすっとしてたし、いちいち反論してくるとことか、年下かもって印象だったんだけどw」
「…痛いとこ突くね」

地下3階。
いつもなら練習がてらすべてのモンスターを倒しながら進むのに、今日に限っては避けられる戦闘は避けて最深部を目指していた。



 そしてとうとう、獣神像の前。

「で、話って?」

先に口を開いたのは私のほうだった。妙な空気に、気持ちが変に焦っていたのだ。
リオはというと、うつむいて何かをためらってるかのようだった。そして、じれったいほどにゆっくりと口を開く。




「あのね……オレ多分もうすぐインできなくなると思う。やめるんだ、The World」


 突然だった。後ろから何かで頭を殴られたかのような気分だ。

「やめるって…何で? まだ始めてすぐじゃんか!!」

思わず声が大きくなる。
指は苛立ちからか、無意識に×ボタンを連打していた。

「うん…でもね……仕方がないんだ。もうすぐ手術が始まっちゃて、ゲームなんてできなくなるから」

手術?
私は数日前にリオが咳き込んでいたことを、ここまできてはじめて思い出した。

「……心臓かなにか悪いの?」
「ううん、近いのかな…肺だよ。入院してるんだ、今」

笑ってた。
でもどこか、切なげだった。

「今までもたまに発作はあったんだけどね、薬飲んで休んじゃえばそれなりに楽だったんだ。でも最近になって回数が多くなってきて、検査したら…大きな手術になるって」


長い沈黙。重たい空気を何とかしたくて、無理やりにでも口を開く。

「でもさ、手術終わったらまた遊べるんだよね? 卒業なんて言わないでさ…」
「成功するか分からないんだ」

強い口調でさえぎられて、私は肩をビクッと震わせた。私のほうがすでに泣きそうだ。

「…母さんも先生も大丈夫だって言ってくれてるんだけどね。寝てる俺のそばで話してるの、目を覚まして偶然聞いちゃったんだ。大金が必要だし、成功するかもわからない。覚悟はしておいて下さいって。……だから、絶対にプレイできるのは今日と明日まで。双剣士リカオンは、The Worldを卒業します!^^」


あぁもう、この子ときたら。
深く、重いため息が漏れた。
こんなときまで明るく勤める。どうして弱音をはかないの? どうしてもっと頼ってくれないの?
 もうちょっとぐらい、甘えてくれてもいいじゃんか。

「明日言おうかとも思ったんだけど、あっちゃん絶対怒ると思ってさ。先延ばしにするのもなんかな〜って^^;」

ほんとはずっと隠していけると思ったのにな〜、とつぶやく。今となってはすべてが虚勢だ。こんなリオは見たことがなかった。


やばい、かける言葉が見つからない。
私よりこの子の方がずっとつらいはずなのに。私のほうがしっかりしなきゃいけないのに。

私はこの子の、姉貴分なのに。

もうその後はどちらも言葉が出てこなくなって、沈黙のまま今日の冒険は終わってしまった。



自分に何ができるだろう?
何をしてあげられるのだろう?

ベットの中で一晩中考えたが、結局その日は何の答えも出すことはできなかった。


[No.666] 2007/04/27(Fri) 19:53:44
第8話 arbun blue (No.639への返信 / 1階層) - 狐憑き

 薄暗い部屋の中に、かすかな朝の気配が舞い込んできた。


午前3時。
私にとっては日がな一日を寝て過ごすためだけにある休日に、こんなに早くから起きるだなんてことは前代未聞だった。
カーテンを開けてみても外はまだ薄暗い。湿り気を帯びた微妙な色合いが、氷のような寒空をしっとりと包み込んでいた。カラスが鳴いている。

 目覚ましをセットしたわけではない。なぜか自然と目が開いたのだ。
回らない頭の中では、ぬくい布団から出たくないという甘えと、早く起きなければだめだという奇妙な叱咤があまりにもゆっくりと葛藤を繰り広げていた。もっとも、体は布団の中でもぞもぞと動くばかりであったが。
数分の貴重な時間をかけた後、結局、なぜか休日には必要のないはずの叱咤のほうが勝ってしまった。
自分で勝手に決めたことなのに、とても嫌そうに布団を抜ける。

―――何かやらなきゃいけなかった気がする……

虚ろで定まらない焦点は、やがて一台のパソコンを見つける。

―――そうだ、The world……

 寝ぼけた体はふらふらと机へ向かった。手に持った、かけなれているはずのM2Dが妙にずしりと重い。

それを、装着した。

マク・アヌは閑散としていた。
いつものような活気はない。ここがリアルであったなら、夕暮れの町並みとしては本来こっちがあるべき姿なのかもしれない。残念ながら今は朝方だが。
もちろん誰一人としていなかったわけではない。徹夜でプレイを続けている人もいるし、中には何らかの理由で朝早くからプレイに勤しんでいる人々もいた。

 紫陽花とてその例外ではなかった。
私は一人、カオスゲートの前に立っていた。
そして一息大きな深呼吸をする。それと同時に紫陽花の体を光が包み込み、まだ見ぬ新境地へと私をいざなっていった。

 再び目を開けると、そこには青空とビルの群れが広がっていた。さながら真昼の摩天楼―――Λサーバータウン、ブレグ・エポナだ。
もちろん来るのは初めてだ。PC育ては早いほうだったが、さすがにソロでは遅れが出ていた。
ここにもあまり人はいない。私はまっすぐ町の中へと駆けて行った。
目的は、クエスト屋だ。

「…では、このクエストを受けるんですね? 少々お待ちください」

NPCがプログラムされたとおりにしゃべる。
受けたのは、このタウンでは一番低レベルなクエストだ。ダンジョンも短ければあまり手間もかからない、ただボス一匹倒すだけのお手軽なクエスト。

だが、今の紫陽花のレベルでは、それは自殺行為に等しかった。

 死んで帰ってくる可能性のほうが圧倒的に高い、無謀というにふさわしい挑戦。だが、今の私にはやり遂げなければならないという強い決意があった。
クリアできる確証はない。だけど、負ける気なんてぜんぜんしない。

 だって、私は自信を手に入れた。そして今度は私が自信をあげる番だ。
出会えて楽しかった。一緒に冒険できてうれしかった。だから――

 ブレグ・エポナの大空は、まるで私の背中を押してくれているかのように青く、青く澄んでいた。


[No.668] 2007/04/28(Sat) 19:57:49
第9話 障壁 (No.639への返信 / 1階層) - 狐憑き

 ◇
蝋にともりし灯火は 消え行く刹那になお燃ゆる
死に逝く今日の灯火は 隠るる間際になお光る
仰ぎて見れば星々の なんと矮小なることか
内に秘めたは偉大とて 秘めしままならただの塵

光ってみせよ 煌々と

叫んでみせよ 私はここだ!

それとも塵は塵のまま 儚きわが身に酔いしれるのか
そして燃えつき砕けし灰を 弱き奴等とわらうのか


 ●
――転送先は草原エリア。あいつと初めて会った場所もそうだった。

「このクエストのボスを倒すためには、まずはおびき寄せて、相手に倒すべき実態を与えなければならない……よし!」

誰にともなく、もしくは自己確認のためにつぶやく。
クエストの内容は簡単。ヴァイタルビスタにもらった3つの装置を、それぞれ祭壇に取り付け相手をおびき寄せる。それを倒せばクエストクリアだ。
…死ぬ前にお目にかかれれば、の話だが。



「はあぁッ!!」

すさまじい打撃音が鳴り響く。それでもなおモンスターは動じない。

「やっぱ一筋縄じゃいかないか…」

やはりレベルが足りなさすぎた。手数で勝負しても、やっとのことで十数ドット分のHPを減らせるぐらいだ。


オオォーーン!!

「!!」

獣のうなり声。次の瞬間には、紫陽花の華奢な体はバトルフェンスまで吹っ飛ばされていた。
捨て身の突撃をもろにくらった紫陽花の体力は、半分以上をごっそりと持っていかれていた。

「くっ……!」

思わずリアルで吐息が漏れた。私は急いで回復アイテムを使う。何度も、何度も。
惜しむことはない。
さっきのタウンで、今まで集めた装備は全部、アイテムの代に換えてきた。

「このぉ!!」

ダダダンッ!!
 渾身の一撃が入る。獣はグラリと揺れたかと思うと、灰色になって消えていった。



「まずは一個…!」

装置を祭壇に取り付ける。ボスを実体化させるためには、最低でもあと2回は戦わなければならない。
今の戦闘で少しレベルが上がった。装備も宝箱から出てきた高レベルのものに付け替える。時間がない、早く決着をつけなければ。



二つ目の祭壇。
レベルが上がったといっても、やはりたった1レベルでは何の足しにもならなかった。大量に買い込んだアイテムにも限界がある。このままのペースでは、ボス戦の途中で底を尽きそうだ。

「まだまだぁッ!!」

ダダダダッ!!
クリティカルヒット!心地の良い効果音とともに、愚鈍な子鬼は地に伏した。



「あと一個! 祭壇は…」

顔をあげて見回した。でもそのときはまだ、“彼ら”の存在に気付いてもいなかった。





「奇遇だな、お嬢さんww」

声は、背中のほうから降ってきた。
ただでさえ気を張っていたときだ。このエリアには自分以外だれもいないと思っていたので、余計に驚いた。
 振り向いてはみたが、見たことのないPCだ。あばずれな風格の銃戦士と、その横には特徴のない平凡な顔つきにエディットされた妖扇士が一人。口元に浮かべた人の悪い笑みと、手にした武器を隠そうともしない。

 顔から一気に血の気が引いた。
まずい、PKだ。

「覚えてねぇってか。まぁアタリマエだなw あの時チビのツインソード追っかけてたのは、俺の2rdキャラだったんだし」

銃戦士が言う。
チビのツインソード? そういえばリオと初めて会った時、あいつはまさにPKされる寸前だった。それなのにリオときたらその状況を笑ってたもんだから、妙に印象に残っている。

まさか、あのときの鎌闘士?

「にしても、初心者狩りで世話になった相手と、まさかこんな上級エリアで再開できるなんてなw これもなにかの縁じゃねぇ?」

だとしたら今すぐ縁切り神社に直行だ。こんな最悪の状況で出会うだなんて、神様ってやつはなんて残酷なんだ。

 恐る恐る相手をターゲットしてみる。
銃戦士…名前はウィンチェスター。妖扇士は……陵? 読めなかった。

「あの時邪魔してもらったお礼、よければここでさせてもらおうかな」

銃剣を肩に担いだまま、ひょうきんな口ぶりでずかずかと無遠慮に歩み寄ってくる。
心臓が早鐘のように高鳴り、私はそれを必死で隠した。

「…私は手を出した覚えないんだけど」
「や、でもお前が来たからPK中断せざるを得なかったことには変わりないだろ? なんせ、あっちのPCはまだLv.7だったんだし」

そんなんでPKをやっていたのか? 妙なところで感心してしまった。

「あ〜も〜、本気にすんなって! 別にそんなんで仕返ししようだなんてせこいこと思ってねぇよw ただ…」

男はゆっくりと右腕を上げる。顔には笑顔。張り付いている。


「せっかく逢えた運命の相手、このまま逃すわけもねぇよな?」


銃口は、私の眉間を捕らえた。


[No.672] 2007/04/29(Sun) 20:16:08
第10話 傷付いてもそれは (No.639への返信 / 1階層) - 狐憑き

コントローラーを握り直す。
直後、私はすんでのところで放たれた銃弾を避けていた。
まずい、こっちには余計な戦闘する時間も体力も残ってないってのに……!

 無情な攻撃が止むことはなかった。見たところ妖扇士が攻撃してくる様子はなかったが、銃戦士はバトルと名のついた暴力をとても楽しんでいるようだった。

「ッハハ、逃げるばっかりか? レベルはいくつだ!? そんなんでソロやっていけるほど、ここのサーバーは甘くはねえよ!!」

確かにそうだ。私もそれは分かっている。

「でも、それでも…!」

銃弾を、すべて避けた。レベルで追いつけないなら技術で勝負するしかない。
指の皮がめくれるほど強くコントローラーのスティックを倒す。こんなところでやられるわけにはいかない。こんなところで……!! 
相手の予想外の動きに、銃戦士の顔から笑いが消える。むしろそれは懐まで踏み込まれたことで焦りへと転じていた。

「なっ…」

銃剣は遠距離の武器、間合いに入ってしまえばむしろこちらのペースだ。相手が体制を整えようとしている。妖扇士が駆け寄ってくる。でもそれよりも先に――



 それよりも先に、銃弾の死角まで来た私はその場に手を突きひざまずいていた。
PKたちが固まる。

「お願い、見逃して!!」

叫ぶかのように嘆願する。PK達は突然のことに、ただただあっけにとられるばかりであった。


 ここで戦ってたとえ勝てたとしても、消耗戦は必死だろう。クエストクリアは間違いなく無理になる。それじゃだめなんだ。

「友達が今日でやめるの。今日が最後なの!! バカが付くほど明るい子で、でも今すごく大変な病気と闘ってて……! 元気付けてあげるにはもうこれくらいしか方法が思いつかない。このクエストは絶対クリアするの! だから…お願い……!!」

 声の最後が震えた。


泣き虫だけはどうにも直りそうにない。M2Dの隙間から頬に伝った熱い雫は、コントローラーを握り締めた手の上に落ちていた。
目の前にあるはずの画面はあふれる涙で歪んでいき、私はギュッと目を瞑る。




「…ちっ、うッぜえの。辛気くせぇ〜w」

一気にやる気が失せたらしい。銃戦士が背を向けて帰ろうとした。
が。

「そのクエスト、何人まで参加できるの?」

はっとしてM2Dをはずし、目を拭いた。再びかけ直すと、いつの間にか妖扇士のほうが紫陽花のすぐそばまで来ていた。

「は? おいおいみささぎぃ、冗談だろ? そんなんほっといてさっさと行こうぜw」

そういう銃戦士を一瞥しただけで、みささぎと呼ばれた彼は言った。

「ここであったのもなにかの縁だって、さっき言ってたのはお前のほうだろ?」
「おいおいおい、まさかマジか? マジでいってんのか?」
「前にも言っただろ? おれはフェミニストだって。それにPKやめるいい機会じゃないか。いつまでも意地なんか張ってないで、コーディーにばれる前にここで止めといたほうがいいって」
「姉貴…いや、そうじゃねぇよ! だいたいなんで俺が…」

どうやら、2人の間にもこちらには分からない事情があるらしい。しばらく講義しあった結果、先に折れたのは銃戦士のほうだった。



「………ちっ」
「えっと…」

どういう顔をするべきなのか…
陵は、うろたえる私に向かって笑いかけた。

「大丈夫だよ。あいつ今姉弟でごたごたしてて少し気が立ってるだけなんだ。へいきだって。根はバカみたいにお人よしなやつだからさw」

そういって私の頭に手を置き、安心させようとする。
もしかしたら、思ってたよりいい人達なのかも……

「でも何でですか? 見逃してもらえるだけでも嬉しいのに、助けてもらう理由なんて…」
「あいつの憂さ晴らしに付き合ってやってたけど、やっぱ女の子いたぶるなんておれの趣味じゃないしな。おまけに涙まで見せられといて放置と来ちゃあ、おれの沽券にかかわるんだよ。大丈夫。おれはかわいい子の味方だw」

そういって陵は私を励ました。
ロール? それとも素?

でも、今はそんなことどうでもいい。

「あ……ありがとうございます!」

 裏返った声でお辞儀した。



今はただ優しさがありがたくて、また涙が止まらなくなっていた。


[No.685] 2007/04/30(Mon) 21:23:38
第11話 ミラージュ (No.639への返信 / 1階層) - 狐憑き

「…部屋掃除してたらメモリーカードなくしちまってたんだよ。だからしょうがなく、別垢とって初心者狩りやってたんだ」
「間抜けがw」
「うるせ」

 私たちは歩きながら話していた。
2人とも私より年上だったらしい。ウィンチェスターは高校生で、陵にいたっては社会人だそうだ。
…何の職業か聞いたら黙ってしまったが。悪いこと聞いた?

「でも、なんでPKやめようとしてたんですか?」
「…それは聞くな」
『こいつちょっと前までは、こいつの姉貴とコンビ組んでPKやってたんだよ。結構名のあるPKだったんだぜ? けどあるとき、狩った相手が実は姉貴の片思いの相手だったってことが偶然分かっちまってな。結果、姉貴は大失恋。かなりのショックだったらしくて、PKはもうやらないことを堅く誓い、弟にも強要してるってワケ。こいつのねぇちゃん怖いからなぁ〜w』
「み〜さ〜さ〜ぎぃ〜、何べらべらしゃべってんだ!!」
「やべっ!! 聞こえてた!? ^^;」

陵は私にしか聞こえないように会話モードを切り替えていたのだが、間を読まれたのかすぐばれてしまった。
始まったおっかけっこにおもわず笑ってしまい、私の張りっぱなしだった緊張は少しほぐれた。

「そういや、クエストの内容は?」
「え? あ、ボス退治です。祭壇に装置を取り付けて、“ファタ”ってモンスターをおびき寄せて倒せばいいんですけど…」
「祭壇ってあれか?」

ウィンチェスターが指さした。私たちはいつの間にか、三つ目の祭壇のすぐそばまで来ていた。

私はうなずく。
全員が武器を構えた。

「俺が仕掛けるから、陵は術で援護を。お譲ちゃんは邪魔になんない程度に見てなw」


 三番目の守護者は、ネス湖のネッシーみたいなモンスターだった。三匹いる。

「塵球至煉弾!」
「オルバクドーン!!」

降り注ぐ焼夷弾に海獣がもがく。
すかさず反撃に転じるが、2人は攻撃のパターンを見切って簡単にかわす。すぐにまた、獣に銃剣の一閃が入った。

「たるいな。すぐにでも屠れそうだw」

ウィンチェスターが余裕に笑う。
やはり強い。できる限りのサポートをしながら、私はひそかに感動していた。

「油断すんな、後ろだ!」
「は? …うげっ!」

瀕死のモンスターが、せめて刺し違えんとでもいうようにウィンチェスターの後ろに迫っていた。すでに口にはブレスの発射準備が整っている。避けきれない!
私は無意識にボタンを押していた。

「金剛発破掌!」

打撃が入る。攻撃としては頼りなかったが、瀕死の相手に止めを刺すにはそれで充分だった。
モンスターが、倒れた。色を失い風と共に掻き消えていく。

「ホラ見ろ調子に乗るから…」
「勝ったんだからいいじゃねぇかwそれよりほら、さっさと装置とやらを」
「はい!」

ウィンチェスターにせかされて、盛り上がった土の上に装置をつけた。これで全部。



反応はなかった。

「変だな、何も起きない……」

そういったのもつかの間、三つの祭壇のちょうど中心に当たる位置にうねりが生じた。
その空間だけ奇妙に揺らぎ、大きな陽炎のように立ち昇った。みるみるうちに膨らむそれはシャボン玉の表面のようにかき混ざっていき、やがて一つの影を落とす。
幻影は、人の形を成していた。

「あれが“ファタ”…」




 ファタ・モルガナ、つまりそれは蜃気楼だった。
中世に高く名をはせた魔女、モルガン・ル・フェイの名を冠したその蜃気楼は、実は彼女の成れの果てだという一説もある。

「じゃああの影は、彼女本体なのかな…」
「気ィ抜くなよ。来るぞ!!」

影が、ほえた。
高く長いその雄たけびは、まるで彼女の叫び声にも聞こえた。苦しんでいるのだろうか?

「塵球至煉弾!」

ウィンチェスターが打ち込む。弾丸は怒涛のように魔女の体に降り注いだ。
ダメージは………――ゼロ。

「効いてない!?」

そうか、相手は蜃気楼だ。殴って倒せる相手ではない。
物理攻撃が効かないのであれば――

「スペル攻撃! 物理攻撃じゃ多分、暖簾に腕押しなだけ。スペルで攻めればきっと……!」

私の声にうなずき、2人は戦法を切り替えた。陵が中心となり、私とウィンチェスターが呪符で攻める。

「ああアッ!!」

影が叫ぶ。よし、効いてる!
彼女は苦しそうにもがき、髪を振り乱した。
とたん、光の柱が私たちを貫いた。

「のわっ!!」
「オルレイザス!?」

一撃では満足できなかったらしい。彼女は呪紋を変えながら、休む間もなくスペルを乱射した。一番レベルの低い私を筆頭に、パーティーのHPがみるみる減っていく。

「私が回復します! 2人は攻撃を!!」

戦いは、激しさを増していった。




 後は耐久勝負だった。
相手のHPが尽きるのが先か、こちらの回復が底を付くのが先か。すでにどちらが尽きても不思議ではない。お互いしのぎを削りあう、泥沼の戦いだった。

 負けられない、絶対に。
自分のためにも、手伝ってくれている二人のためにも、
―――なにより、私のこの勇気をくれた、あいつのためにも。

回復アイテムがついに底を尽いた。私は回復をやめ、意を決してすべての呪符を相手に叩き込む。

それは、最後の賭けだった。

「いっけえぇぇーーーッ!!!!」

赤い衝撃が画面を走った。

重なり合う強大な大爆発、相手のHPが0を差す。
影はよりいっそうの声を出して叫び、眩しいほどの鋭い閃光に貫かれる。その光に焼かれるかのように浄化され、長きに渡る私たちと影との戦いは、ついに終止符を打った。



薄れていく影の中から、やがて一人の美しい女性が現れる。彼女は消えいく間際、私たちに向かって微笑んだ。
―――ありがとう。


まばゆい光は、空の青へと散っていった。


[No.696] 2007/05/01(Tue) 22:19:04
最終回 雨に打たれて開く花 (No.639への返信 / 1階層) - 狐憑き

 パーティー全員に一つずつアイテムが提供された。クエストクリアだ。

「やった……!」

喜んだのもつかの間、ディスプレイの隅のタイマーを見て驚愕する。

「もうお昼!? 大変! 待ち合わせに遅れる!!」

紫陽花は慌てふためいた。
気持ちは急ぐが、2人にはまだちゃんとしたお礼もできていない。

「早く行ってあげなよ。大切な約束なんだろ?^^」
「でも、まだお礼が何も――」

私は口ごもる。こうしている間にも時間は過ぎていくというのに…

煮え切らない態度に腹を立てたのか、ウィンチェスターが会話をきった。

「あーもー、さっさと行けばいいだろ! 時間がもったいねぇんだろ? あんましつこいと、今度呼ばれても絶対来てやらねぇからな!」
「え? それってどういう……」

確かに、パーティーを組むときにメンバーアドレスをもらってはいたが、こっちと相手じゃレベルにだいぶ差がある。足手まといになるだけだし、世話になるのは今回限りだと思っていた。

「借りはまた今度返してもらう。もちろん利子つけて倍返しでなw だからこっちが招集かけたときはなにが何でも必ず来い。これで文句はねぇんだろ?」

ウィンチェスターがにやりと笑う。相変わらず人の悪い笑みだが、きっとこれが彼なりの優しさなのだと思う。

「ほらな? 悪ぶってるくせして、結構なお人よしだろw」
「だからうっせーっつーの! …行ってこいよ、待ってんだろ?」

そうだ、あいつが待っている。2人にはもう、なんとお礼を言えばいいのか。

「……本当に、ありがとうございました!!」

草原を出て、ブレグ・エポナを後にする。
私はマク・アヌへと、止まることもなく駆けていった。





 夕暮れの街、マク・アヌ。
初めてここに来たときは、この見事な空の彩りに感動したものだった。
しかし今のリカオンには、別れの色以外には映らなかった。

――怖い。

リオは一人、桟橋の上にたたずんでいた。
手術が近い。そう思うと震えが止まらなかった。
もともとこの恐怖と、病室に一人いることの寂しさを紛らわせるために始めたThe Worldだ。ここにいると楽しかった。嫌なことなんかすべて忘れられた。
だって、姉さんができたから―――。

でも、それも今日でお別れだ。また逢えるかどうかは分からない。
気持ちは悪いほうへとばかり動いていく。どんなに振り払っても、“もしも”のときのイメージが、まるで見てきたかのように、鮮明にまぶたに浮かんだ。そのたびに背筋から血が退いていく。
また会えるだなんて、とても思えなくなっていた。

嫌だ、怖い。だれか―――


「ほぉ〜ら、なに一人でしょげてんの。いつものあの元気はどうした?」

振り向いた。

「あっちゃん……」

そこには紫陽花がいた。何も変わることのない、いつもどおりの彼女が。顔を見たとたん、嬉しさと苦しさで胸がいっぱいになった。
この感情はいったい、なんという名前なのだろう。

「あっちゃん、オレ……」

怖いんだ。
言おうとして言葉が出てこない。
紫陽花がふぅっ、とため息をつく。そしてリオを見つめ直し、力強く歩み寄ってきた。

「ほら、コレ」
「?」

そういって渡されたアイテムは、双剣だった。
訳が分からず、リオが顔を上げる。

「これって…」
「それとってくるの大変だったんだからね? R:1時代の武器だったらしいんだけど、クエストの報酬用に特別にリメイクされたもので、すっごいレアアイテムなんだから!」

 確かにすごい武器だった。ステータス画面を見てもレア度は五つ星で、レベルもリオからみれば目をむくような代物だ。
でも――

「でもオレ、こんなレベル高い武器装備できないよ! それに、こんなのもらってもオレ…もう……」

語尾まで続かない。消え入るような声に、紫陽花は―――




「…ッだああぁぁーーッ!! いい加減にしなさいよもう! そんな弱気じゃ、治る病気も治んないでしょうがぁッ!!!」

 まじめな空気をブチ破って、紫陽花が、そりゃあもう見事な雷を落とした。リオが唖然として固まる。

「それに何? “こんなの”って!! 私がその武器手に入れるために、一体朝からどれだけ苦労したと思ってんの!? 格上クエスト受けたり、PKされそうになったりさぁ! それをこんなのって……あぁもう!」

リオが双剣を返そうと出しかけていた手を、紫陽花はぐっと押し込めた。

「せっかく苦労してとってきてあげたんだから、つべこべ言わずに受け取んなさい! で、手術が終わったらそれが装備できるようになるまでスパルタ修行ね!!」
「でも、成功しなかったら…」
「失敗なんてないの! 最後は気力の問題なんだから。いい?」

紫陽花はリオの両手を強く握った。
感触など伝わるものか。なのに…何故だろう。少しだけ手が温かくなった気がした。

「死んだ後のことなんか生きてるうちに考えてどうするの! 今は生きることだけ考えて。あんたの手術は絶対成功するよ。むしろあきらめたりなんかしたらあたしが許さないんだから!! 分かった!?」

 早口で一方的にまくし立て、紫陽花はすごい形相になっていた。息継ぎするのを忘れたせいで酸欠になり、ゼェゼェ言っている。顔が台無しだ。
リオはというとしばらくほおけて、まったく動くことができなかった。
しばらくしてやっと、思い出したようにはっとなり……





「ぷっ…クッ………アハハ、アハハハハハハッ!!!」

 なにがつぼに入ったのか、次の瞬間には身を捩じらせて大爆笑していた。
それはもう、発作が起きるんじゃないかと心配してしまうぐらいに。

「ま、まったく! なんてことしてくれたんだよ!! せっかくシリアスでそれっぽい空気だったのに、あっちゃんのせいで一気に吹っ飛んじゃったじゃないかぁ!! ^^;」

さっきまでの重たい空気を返してくれよ、今まで必死に悩んでた自分が馬鹿みたいじゃないか。

もう、自分が死ぬかもしれないなんて実感はどれだけがんばっても沸いてこなかった。手術なんて怖くない。死なないんだから。終わればすぐに、また逢えるから。

「そうだよね、こんなうじうじしたのなんてオレらしくないよね! ありがとう。あっちゃんのおかげでやっと決心が付いた」

リオが微笑んだ。一点の曇りもない、あのいつもの無邪気な笑顔だ。

「…病室の窓からね、庭にアジサイが植わってるのが見えるんだ。あんなにきれいな花なのに、梅雨が終われば枯れちゃうんだよ? 雨の中でしか輝けない花なんだよね」

紫陽花が静かになる。リオは、声を明るくした。

「でも、あっちゃんは枯れないんだね。雨が終わればもっとキラキラ輝くもん。オレもきっと、雨が終わればまたきれいに咲けるよね?^^」

リオの無邪気な質問に、紫陽花は優しく微笑んで――

「電波?」
「…オレ今いいこと言ったんだけど」



 その後の冒険といったら、せっかくエリアに来たのに戦わないで、ほとんどしゃべりこんでしまった。
草原の上で、他愛もないおしゃべりに2人は壊れるほど笑った。
しばらく会えないから話し溜めしておかなくっちゃ。再会した時には、もっともっとしゃべるんだ。

 その時までには話の種を作っておかなきゃ。精一杯、今を生きて。



「名残惜しいけど――そろそろ終わるね」
「なぁに言ってんの、終わったらまたすぐできるでしょ!」
「その終われるまでが長いんじゃんか〜(T^T)」

街で別れるその瞬間まで、リオは双剣を大事そうに抱えて手放さなかった。

「すぐだって。じゃあがんばんなさいよ! またね、リオ!」
「…うん! またね〜!!~~ヾ^o^」

紫陽花との再会の約束。その武器の名は、「絆の双剣」―――。







―――むかし、むかしの物語。ある仲のいいきょうだいが、青い鳥を求めて旅に出ました。
長く険しい道を越え、人は冷たくも温かく。
やがて彼らは道の果て、ついにそこへとたどり着きます。
“僕らは鳥にあえなかった。鳥はホントはいないんだ。
 だけども僕らは鳥を見つけた。ホントはずっと、そこにいたんだ”

追い求めれば見失い、手を伸ばしたらすり抜けて、でも気が付けば、そこにいる。
人によっては違うけど 持たない人などいはしない。

たとえ迷って辛くても、見失っては嘆いても、
それでも僕らは歩き続ける。また逢えることを信じているから。



教えてください、あなたの鳥を。
あなたの青い、その鳥の名は―――


[No.704] 2007/05/02(Wed) 20:32:49
おまけ ハミング・エイジ (No.639への返信 / 1階層) - 狐憑き

 簡素で四角い空間の中、聞こえてくるのは、外からの鳥のさえずりと、本のページをめくる音ぐらいだった。

退屈しのぎに持ってきてもらったものだが、紙の書物だなんて入院してからはずいぶんと久しぶりだ。ありがたいのは、パソコンの字と違って目が痛くならない点だろうか。


 全部読み終わる。
体をどさっとベッドに横たえ、フーッと長い息をついた。いつものくせで軽く目頭を揉む。
この本の物語は、終わった。なのに自分はまだ続いていく。そこに奇妙なラグを感じた。
ここのベッドとも今日でお別れか。そう考えると、なかなか感慨深いものがあった。


病室に、看護士の女性が入ってきた。

「北村君、北村亮平君? お母さんが迎えに来ましたよ」
「あ、はい。今行きます」

呼ばれたオレは、まとめておいた荷物を持った。明日からはまた中一か。ちゃんと勉強についていけるだろうか? …悩んでいても仕方がないか。手術後の長期療養も終えたことだし、また気長にがんばるとしよう。

「退院おめでとう。でも北村君がいなくなると寂しくなるわねぇ」

無言で笑って返しておいた。ベッドを抜けて靴を履く。
時計を確認する。まだ間に合いそうだな。

「あら、何か予定でもあるの?」
「姉さんと会う約束してるんです。会うのは久しぶりだけど…」

実際会うのは初めてだ。そう考えると、なんだか変な感じだった。
どんな人だろう? やっぱり年上なんだろうな、きっと。

「それじゃあ、長い間お世話になりました」
「お大事にねー」

ドアはぱたりと静かに閉まった。看護士はひとり部屋に残り、ベッドの整頓に取り掛かる。

「あら?」



 ベッドのわきの細長く慎ましやかな花瓶に、一本の植物が入れられていた。

庭にあったアジサイだ。まだつぼみさえ出ていないのに、わざわざ摘んできたんだろうか?
枯れ葉ばかりの寂しい茎には、どこから入ってきたのか、かわりに小さな青い蝶が止まっていた。

 看護士が窓を開けた。

蝶が羽ばたいて茎から離れる。
小さな蝶は、よく晴れた青い空に、まるで吸い込まれるかのように消えていった。



〜Fin〜


[No.705] 2007/05/02(Wed) 20:37:05
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