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   .hack//スケープゴート - 狐憑き - 2007/05/18(Fri) 12:44:02 [No.739]
第四幕 - 狐憑き - 2007/07/29(Sun) 21:32:21 [No.865]
回想編 2 - 狐憑き - 2007/06/19(Tue) 16:42:57 [No.783]
第三幕 - 狐憑き - 2007/06/19(Tue) 14:56:02 [No.782]
第二幕 - 狐憑き - 2007/05/19(Sat) 15:33:47 [No.744]
第一幕 - 狐憑き - 2007/05/18(Fri) 13:18:44 [No.741]
回想編 1 - 狐憑き - 2007/05/18(Fri) 12:53:26 [No.740]



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.hack//スケープゴート (親記事) - 狐憑き

こんにちは! ごきげんで〜す *´∀`)ノシ


新作と言うかなんというか、別スレの「青い鳥の名は」の続編です。書くのかどうかでうだうだ悩んでた作品ですが、続きがある以上はどんどん前に出していっちゃおうと思います。

ちなみに、続きものではありますが、向こうは向こうで一応完結してますので、前作を読むのが面倒な方は本作から読んでも大丈夫だと思います。……多分。

ちなみにちなみに、本作の表主人公は「青い鳥」で主人公やってた紫陽花ちゃんではありません。脇役やってたウィンチェスター君です。ちょっち自己中な彼なので、物語もずるずるそっちのほうに行っちゃうかも知れません。|‖(−“−;||
それでも平気だという心優しい方、読んでくださると嬉しいです。^^



注意書きです。
以下の内容が苦手な方は読むのを控えたほうがいいかもしれません。

※本作に出てくるのは、ほとんどが本作オリジナルキャラです。ハセヲさん達は多分出てきません。
※主人公の銃剣士(スチームガンナー)はガラが悪くて自己中です。そういうのが苦手で気分を害されそうな方は、読まないことをお勧めします。
※作者の都合上、かなりの期間更新されないことがあります。御了承ください。


以上が大丈夫な方は、気が向いたら読んでいただければ光栄です。
では本編スタートです!!


[No.739] 2007/05/18(Fri) 12:44:02
回想編 1 (No.739への返信 / 1階層) - 狐憑き

彼が初めて目を開けたとき、最初に見たのは光だった。


何もない空間。色も輪郭も、影すら存在しない。
ただ何億という光の線が、遥か彼方から遥か彼方へと、目で捉えることが不可能なスピードで駆け抜けていくばかりであった。
光自体の速さは刹那だが、軌跡が残っていることによって、かろうじてそれが存在していたことを確認できる。
空間に不規則に、だがすべて平行に並んだ膨大な量の光の閃光。
それらの真ん中に立っていると、まるでそこが巨大な光のトンネルであるかのようだった。

足が付かない。地面がないから。
そこにあるのは、すべて宙だった。
彼はその無の空間に、まるで彼だけが異質であるかのようにポツリと存在していた。
果てしなく広い空間を星達が一斉に走り出したかのような光景に、生まれたばかりの彼はそれだけで胸が詰まってしまい、恐れをなして小さくうずくまる。


ふと彼は、たくさん流れている光の中にも、止まっているものがあるのに気が付いた。

そして彼は気付く。その光は止まってなんかいない。自分がその光と同じスピードで動いているだけなのだと。
そう。彼もまた光なのだ。
理解の範囲を超えた速さで駆け抜け、遥か彼方を目指す光だ。

彼はべつにどこかに行こうとしているわけではない。どこかにいきたいわけでもない。しかし、いずれはこれらの光すべて、どこかそれぞれの居場所へとたどり着いていくのだろう。


彼は、ゆっくりと目を閉じた。
やがてはたどり着くであろう、まだ見ぬ先を思って―――。



生まれたばかりの彼にはまだ知る由もなかったのだが、その果てしないと思われた空間はネットを網羅する回線の内部で、そこに流れる無限の光はすべて、


………そう、すべてデータなのだということを、彼は遠からず知ることになるだろう。


[No.740] 2007/05/18(Fri) 12:53:26
第一幕 (No.739への返信 / 1階層) - 狐憑き

 ◇
哀れなキミが叫んでる
出口の見えない闇だのと
光の届かぬ闇だのと
なんて滑稽なんだろう
目を閉じたまま叫んでる

ひたすら小さな人間が
汗するピエロを見て哂う
他人を蔑み得られた悦で
勘違いの中酔っている


高見を決め込む傍観者気取りの者達よ

今に見てるがいい、次は君たちの番だ


夢中に踊れる熱も知らずに
全てを外から欲するものよ
理解と誤解を履き違え
全てを得たと驕れるものよ

己が罪科に背を向けて
お前はお前で踊るがいい
お前は誰にも邪魔されないさ
誰もお前に気付かない


やがて、本当の闇が訪れ―――





 ●
とあるPCが、草原エリアに座り込んで一息ついていた。

こんなに殺風景な場所に、よくもまあちょうどいい椅子があったものだ。
ごつごつしていて灰色。
不自然で不恰好なその椅子は、よく見ずとも、さっき葬ったPC達の亡骸の山だった。


椅子の材料になっているのは全員PKK。こいつらの標的は俺だった。


今の俺はPKではない。結構前から自粛している。
それでもかかってくるということは、今までの悪評を聞きつけてきた、とでもいうところだろう。

PKK自体は別に嫌いではない。遊びのうちだと俺も思う。
だが純粋に“PKK”としてではなく、“正義の味方”気取りのロールでかかってくるやつらは、正直かなりウザかった。

戦闘前にも言ったはずだ。今の俺はPKではない、と。
だが、そしたらやつらはなんて言ったと思う? なんの遠慮もなしに、初対面のオレに対して。


『やめさえすればすべて許されるとでも? そんなもので、いままでPKされた人達が浮かばれるとでも思うのか!! 貴様の様な傲慢な輩のせいで、The Worldを平穏に暮らすほかのプレイヤー達が脅かされているのを知らぬわけではないだろう! それを黙ってみているだなんて……オレにはできん!! もう一度この世界に秩序と安寧を取り戻すため、今まで貴様が犯した罪……その身でとくと思い知れ!!』―――


まるで最初から用意していたかのような、台本どおりの御立派な台詞。始めからこちらの言い分など聞くつもりもなかったのだろう。魂胆が見えみえだ。


“秩序と安寧のため”、だと?

………ハッ。笑うしかねえよな。
別に罪滅ぼしって訳でもねぇが、オレはもうPK止めたって言ってんだろ。
それを承知でかかってくるってことは、つまりはそういうことだ。


ようはこいつら、自分の正義を見せ付けたいだけさ。
自分のものさしで気に入らない相手を一方的に悪だと決めつけ、負かしてやりたいだけなんだよ。

そもそも、やられた本人が雪辱でかかってくるっていうんなら、俺だって文句は言わないさ。
そのときは正々堂々受けてたつ。それが俺のプレイスタイルだ。
だが俺や、こともあろうかやつらの言う“被害者”とさえ面識のない第3者が、他人の古傷を大義名分に俺を裁くとはどういうことだ?
赤の他人を言い訳にして、更生中の俺を徹底的に叩きのめす。
本当にPKされたやつらを侮辱してるのは、オレから言わせりゃあいつらのほうさ。



しばらく思いにふけたのち、うんざりしながら腰を上げる。

くだらない。本当に―――

ここにいるのにも嫌気がさして、銃剣士「ウィンチェスター」は、草原エリアを後にした。


[No.741] 2007/05/18(Fri) 13:18:44
第二幕 (No.739への返信 / 1階層) - 狐憑き

「というわけで、今日から我らがギルド“飛砂の民”に、新しい仲間が増えることになりましたー」

@ホーム内で、陵(みささぎ)が棒読みした。
その姿を説明しろと言われたなら、“どこにでもいそうな平凡な若者”がベストだろう。ギルドメンバーの陵は、ベージュが基調の服を着た、あっさりしてて女好きな扇闘士だ。


陵やウィンチェスター、他少数のギルドメンバーが今そこに集まっている。
ギルド飛砂(ひさ)の民は、陵とウィンチェスターが現在籍を置いている場所だ。

床に畳の敷き詰められた和風っぽい内装のギルド。ギルドのマスコット、キビ☆ランディの後ろには「人生をサボるな!!」と、ど太い字で書かれた奇妙な掛け軸が、異様な存在感と共にそこにあった。ギルドメンバーは5人だけ。比較的小規模なギルドだが、メンバー全員の平均レベルは140前後という、上級プレイヤーの集うギルドだ。

ギルドの方針は、これといって存在しない。

時々にギルドマスターの気まぐれでなにか活動をすることもあるが、基本的にはとりあえずただ拠点として存在しているだけのギルドで、メンバーは自由気ままな活動を楽しんでいる。
ケストレルと似たような感じなのだが、人数が少ない分小回りもきくし、ギルド全体の結束力もおそらくこちらのほうが上だろう。


そんなギルドの@ホームで、陵の隣りに、照れた様子で可憐な少女が立っていた。

息がつまるほどきちんと着込んだ着物を、所々動きやすいようにカットしたかのような変わった衣装。少し背伸びしてエディットしたので、顔立ちは本人よりも若干大人びて見える。
髪は豊かに巻きがかかっている。頭のてっぺんは鮮やかだが抑えめなピンク色で、毛先にいくのにしたがって、星のきれいな夜空のような、深い青へと変わっていった。ごく鮮やかだが、不自然さは微塵も感じない。これまた見事なグラデーションだ。

この色合いはそう、まるで―――

「今日からこのギルドに入った、紫陽花…読み方あじさいでいいんだよね? 紫陽花ちゃんでーす。みんな仲良くしてね〜」
「えっと…よろしくおねがいします!」

紫陽花はぎこちなく挨拶した。
人前に出るのはあまり得意ではないらしい。どうやら緊張しているようだ。


華奢な体に似合わず、職業はグラップラー。
拳闘士紫陽花は今日、生まれて初めてギルドに入団した。

「は〜い先生、質問で〜す」
「はいなんですか? ウィンチェスター君」

何故さっきから小学校のようなノリなのだろう。2人ともやる気がないのだから仕方がない。

「紫陽花さんは〜、……レベルなんだっけ?」
「え? …今は109です」
「ならまあ納得出来るけどよ、問題は………そのとなりのチビ!!」
「え、オレ?」

紫陽花とは対照的に、ふてぶてしささえ感じさせるほどリラックスした少年が、彼女の隣にだら〜んと立っていた。呼ばれてちゃんと振り向いたのはいいが、呼ばれる前まではあきらかに退屈そうにそっぽを向いて、右から左へ話を聞き流していた。

ウィンチェスターの額に青筋が浮かぶ。

「お前はあきらかに初心者だろうが!! なんでこのギルドに入ってくるんだよ!?」

ウィンチェスターは少年に向かって怒鳴るように言い放った。
つい最近このゲームを始めたばかりのこの少年は、確かにこのギルドに入るのには少し場違いだった。
少年は一瞬どう返事をしようか考える。そしてパッと、憎たらしいほどの笑顔になって紫陽花の腕に抱きついた。

「だってオレ、いつでもあっちゃんとセットだも〜ん」


次の瞬間、ウィンチェスターが激昂したのは、もはや言うまでもないだろう。
いちいち神経を逆なでしてくる少年に向かって、ウィンチェスターは助走までつけて飛びかかった。
少年はそれを間一髪で避けながら、やべぇと言って逃げ出した。追いかけっこの始まりだ。

「……で、あそこでウィンチェスターに追われているのが、一緒に入ってきたリカオン、略してリオ君で〜す。レベルはまだ低いみたいだけど、みんなちゃんと気にかけてあげてね〜」
「は〜い」

暴れる2人に目もくれず、陵は残りのギルドメンバーに紹介を続けた。
紫陽花だけは2人が気になるようだったが、視線を向けるだけで、止めに入る気までは起こらなかったようだ。

視線を陵に戻す。

「じゃ、今度はこっちのメンバー紹介するよ。おーいリオ、ちゃんと聞いてるか〜? ……向かって一番左が“Sn”。ブランディッシュだ」
「…………」

Snと呼ばれた男は黙っていた。
うろたえる紫陽花を見て、陵はちょっと苦笑いした。

「あぁゴメンゴメン、こいつこういうロールなんだ。別に機嫌が悪いとかじゃないし、世話好きで結構いいやつだから^^;」
「は、はぁ……」

無口で世話好き。不思議なロールだ。

「で、そこのフリッカーが“ブリュンヒルデ”。PCは女だけど中身はオカマw」
「コラアァァ!! せめてネカマって言えぇ!! ……アジサイちゃんだったよね? 何か分かんないことでもあったら、なんでも聴いていいからねぇw」

語尾にハートマークでもつきそうな猫なで声で、ブリュンヒルデは手をひらひら振って挨拶した。
見た目的には年上のお姉さんなのだが、戦いになればその大鎌で、容赦なく相手を切り伏せるという。一応このギルド内に2人いる、レベルMAXのうちの1人だ。

「で、俺はご存知ダンスマカブルの陵(みささぎ)で、後ろでドタバタやってる性悪で無愛想な大男が、紫陽花ちゃんも知っての通りスチームガンナーのウィンチェスター。まぁあいつと俺でここに誘ったんだし、言われなくても分かるよね?」
「はい、大丈夫です」

ふとウィンチェスターとリオを見ると、ちょうどリオが捕まったところだった。首根っこをつかまれて、それでもまだ逃げ出そうと大暴れしている。

紫陽花は先月、この2人に助けてもらったばかりだった。
大きな手術を間近に控えて落込むリオを元気付けるため、紫陽花は無謀にも上級クエストにソロで立ち向かっていった。当然の如くボロボロになるが、そこで彼らと偶然出会い、成り行きで協力を得て見事クエストクリアを成し遂げることが出たのだ。

リオの手術も無事成功。
退院もできて落ち着いてきたところなので、良かったらこのギルドに入らないかということで誘われて今に至る。


陵は紫陽花に向きなおり、陽気に大きく微笑んだ。

「紫陽花ちゃん、ここが俺たちの@ホーム。ギルドに入るのは初めてだったよね?」
「はい」
「これからはここを好きに使っていいから。自分の家だと思ってくつろいでね。なんせ@ホームだしw」



紫陽花は部屋を見回した。

簡素ながらも、しっかりとした造りの部屋だ。
このゲームはそれなりに長くやっているが、なんせずっとソロ活動だ。ギルドに入る機会にはあまり恵まれていなかった。

ここが初めて入ったギルド、初めての家。そして今目の前にいる、初めての家族たち。

正直、不安がないといえば嘘になる。でもきっと大丈夫。うまくやっていけると思う。
今の私ならきっと何があっても笑っていけるはずだから。そう思っていられる限りは、何があっても大丈夫。



うじうじ悩んでた半年前とは別人だった。
でもそれを一番実感してるのは、きっと本人なのだろう。


[No.744] 2007/05/19(Sat) 15:33:47
第三幕 (No.739への返信 / 1階層) - 狐憑き

「最後が俺たちのギルドマスターなんだけど…おっかしいなぁ? そろそろ来るとは思うんだけど」

噂をすればなんとやら。
陵の言葉がちょうど終わるか終わらないかのうちに、ドアが壊れそうな勢いでバンッ! と開いた。
ドアをあけた人物はそのままづかづかと部屋に入り込み、リオといがみ合っている真っ最中のウィンチェスターめがけて、いきなり、美しいほどのラリアットをきめ込んだ。

喧嘩に夢中だったウィンチェスターはそれに気付くこともできず、そのまま細い腕から繰り出される、金属バットのような衝撃の餌食になった。なにが起きたか理解もできないまま、そのまま2メートルは吹っ飛んでいく。

「ごふっっ!!?」

しばらく床で体を削った後、ウィンチェスターの体は前のめりになって倒れた。恐る恐る顔を上げると、ラリアットの張本人が目の前で仁王立ちをしていた。
ウィンチェスターの顔が青ざめる。

「あっ姉貴!? いきなり何すんだよ!!」
「何って? 久しぶりのかわいい弟に、ちょ〜っとあいさつしただけじゃない。なにか問題なわけ?」
「こんなあいさつの仕方があるかあぁーッ!!」

女性だった。
髪はセミロング。こげ茶でまっすぐ、癖がなくつややかな髪だった。
服の袖は肩までまくりあげていて、へそだしにぶかぶかのズボン。ガテン系という言葉が似合うかもしれない。
そして顔には満面の笑み。
お姉さん顔で、豪快な笑顔の良く似合う、気の強そうな整った顔だった。

その女性に向かって、ウィンチェスターがほえる。

「大体、集合は1時半だって言っただろ? なんでこんなに遅れてきたんだよ!」
「お前なぁ、あたしが休みの日は昼まで寝る主義だってのは知ってるだろうが。早起きだなんて高度なテクニック、あたしにできるとでも思ったのか?」

今日は日曜日でみんな早くこれるから、集会は昼過ぎちょっとに集合しようという約束だったのだ。
だが昼までだって?
じゃあ、3時を指してるこの時計は間違ってるとでもいうのか。

「いつまで待っても来ないから、一回解散して時間つぶしにエリアまで行ったんだぞ? それなのに帰ってきてもまだいなかったから、しょうがなく先に集会始めてたんだよ。分かるか? 2時間以上待たせてたんだぞ、2時間以上!!」
「おお、それは悪かった。すまんなお前たち」

彼女は素直に、ウィンチェスター以外のメンバーに頭を下げた。

「この……!!」

絶句するウィンチェスターは気にも留めずに、彼女はいつもより若干、メンバーの数が増えてることに気が付いた。

「およ? 1、2、3、…」
「あぁ、メンバーが増えたのよ。この子達が今日から入った新人さん」
「あー! そっか、そうだったな!」

前へ出て説明したブリュンヒルデに、彼女は大げさに納得した。かなりオーバーアクションな人だ。
女性は紫陽花とリオのほうまで小走りして二人の手をとると、いかにも嬉しそうに挨拶をした。

「ようこそ、ギルド“飛砂の民”へ!! あたしがここのギルドマスターのコーディーリアだ。ま、みんなからはコーディーって呼ばれてるけどな。よろしく、2人とも!」

2人を前に彼女が笑う。
豪快だが下品さを感じないその笑みは、紫陽花にはまるで太陽に見えるかのようだった。


[No.782] 2007/06/19(Tue) 14:56:02
回想編 2 (No.739への返信 / 1階層) - 狐憑き

気が付けば、データの海に身を任せていたはずの彼は、いつの間にかThe World内の回線へと紛れ込んでいた。無意識にそこへたどり着いた彼はそのままプログラムに従い、ほぼ反射的に近い形でキャラエディットを進めていった。

目…どこまでも深くて吸い込まれそうな青。髪……軟らかく透き通るかのようだが、どこか輝いて見えるような、存在感のある薄い栗色。職業………バランスが良く扱いやすいブレイド―――。

ただのデータの数列だった彼が、見る見るうちに形を成していく。
膨大な量の0と1の集まりは、まず簡単な針金人形を作り、そこに細かく分かれたテクスチャが張り付いていくことで色や形、さらには質感までもを再現していった。

やがて、とてもデータとは思えないほどの超精巧な人形が完成する。それもやはり数列の集まりにしか過ぎないのだが、もはや光だったころの彼とは比べ物にならなかった。
無我のうちにできたその姿は、なにか命が吹き込まれたかと錯覚するほどである。
…いや、もはや彼は、本当に一生命体として存在しているのかもしれない。他のPCが彼とすれ違ったとして、誰一人として彼がネット内の存在だとは気付けないだろう。

エディットはほぼ完了。後はPC名の入力を残すのみ。
彼は出来上がった人形に「セルヴァ」と名づけた。


まだ夢から抜け切らないセルヴァは、まるで夢遊病のようにエリアへの転送を開始した。
初めて足を使う。
彼がその両足でしっかりと地面を捕らえたとき、慣れない行動に一瞬身体が大きくぐらついた。はっとした彼は慌ててなんとか踏みとどまり、自分の体重を支えるためには、足に力を入れることが必要だと学ぶ。再び、傾いていた体をゆっくりと、慎重に起こす。セルヴァは、初めて立つ事を学んだ。

どうしようもなく初歩的なことだが、成長する上ではかけがえのないプロセスである。「The World」で生まれたばかりの彼には、初めて産声を上げた赤ん坊のように、この世界と触れ合うだけでも大きな仕事であり学習なのだ。


立つことができた。次は見ることだ。
彼はゆっくりと、重いまぶたを静かに開ける。

まるでピントの合わないカメラを通して見ているような、なんとも情けない世界が彼の角膜に映し出された。初めて使う、まだ未発達な目だ。それもまあしょうがないことなのだろう。

何のことはない。画像の解像度を上げれば済むことだ。
セルヴァは彼の目の中に入ってきた風景にアンチエイリアスを施していき、また余分なデータには次々と圧縮をかけていった。
処理能力の上がった眼球は見る見るクリアになっていき、また、それにともなって世界は驚くほど鮮やかな色へと表情を変えていった。

自分の中で大きく膨らんでいく世界に、セルヴァは言い表せない悦びと恍惚を感じていた。彼の中にある膨大なデータ自体も、処理能力に驚くほどの拍車がかかっていく。いつしかそれは止まらない勢いになっていた。

音声変換システムを応用して電子情報を音声に変換する能力、すなわち声。
またそれを逆用し、相手の発した音声を脳に見立てた電子回路内で文章に直し理解する能力、すなわち聴力。
RPGである以上避けられない戦闘に備えて、敵の攻撃パターンを見極め、常に敵の背後を取り、また、軌道修正を行いながらも確実に相手をしとめる能力、つまり戦闘能力―――。


ふと、せっかく順調だった学習を、何を思ったのか彼は急に中断してしまった。
覚醒していた意識は急にぼおっと拡散し、彼はその場で横になると、また夢の中へと戻っていってしまった。

あまりにも膨大なデータを一度に扱ったせいだろう。彼は人と同じく、疲れを覚えたのだ。



焦ることはない。
セルヴァはこれから多くの世界を見ていくだろう。生まれたばかりの彼に用意された時間は、どこまでも限りのないものだ。
学んでいくのは、それからでも遅くはない。
放浪AIは、進化し続ける存在なのだから―――。


[No.783] 2007/06/19(Tue) 16:42:57
第四幕 (No.739への返信 / 1階層) - 狐憑き

綺麗に整列された棚から、心地よい冷気が落ちてくる。

学校の放課後、俺と潤一と翔吾は校外のコンビニまで昼飯の買出しに来ていた。
俺たちのほかにも同じ制服を着た高校生たちがちらほらいる。皆、冷房の効いた店内から、外の鬱々とした猛暑の中に帰るのを嫌がっていた。

「ってか、こんなに暑くなるとか聞いてないっつーの」
「あー、外の電信柱がゆれて見える〜。部活とかマジ行きたくね〜」

潤一と翔吾が交互に愚痴をこぼす。
俺はペットボトルの並んだ棚の前で、出てくる冷気を全身に浴びていた。
シャツが重い。学校指定の灰色の夏制服は、外を通ってくる間に汗でビチャビチャになっていて、胸に背中に、今や不快にも身体中へとまとわり付いていた。
だがそれも周囲に熱を奪われて、徐々に冷たくなっていく。

「こんな日に練習とか、ぜってぇ倒れるだろ。このままフケねぇ?」
「でも遅れると柴ガッパがうっせぇんだよなぁ。無駄に熱血しやがって…」
「まぁ試合近いしな。うちの部じゃせいぜい予選落ちだろうけど」
「やる気でねぇー!! マジ退部希望ー!!」

柴ガッパというのは、我がバスケ部の顧問、小柴先生のあだ名だ。なぜあだ名がカッパなのかは……まぁ、言わなくとも想像付くだろう。

ラベルの目新しさに惹かれて、「お茶の里 こいしぶ」と書かれたボトルを手に取る。今日の俺の昼飯は冷うどん。コンビニは何でもそろっている。
潤一はカップめんを手に、翔吾も、散々読みまわされてボロボロになっている雑誌を棚に戻してレジへと向かった。

「あ、やべっ足んね〜。誰か200円!」
「またかよ…こないだの500円だってまだ帰ってきてねぇだろ」
「小銭ぐらいで…お前絶対A型だろ。いいだろケチケチすんなって!」

潤一に合掌して頼んでいるのは翔吾。店員もあきれ気味で、少々目が冷め気味だ。

「ったく、ぜっってー今度なんかおごれよ!」
「分かったって。わりぃな!」

折れたのは潤一。渋々と100円玉を二枚渡す。
どうせ帰ってこねぇだろ。
俺は密かに思ったが、声にまでは出さなかった。







「へ? 今日はもう終わり?」

体育館へと戻るなり、隣りにいた翔吾が素っ頓狂な声をあげた。
普段のほこりっぽさすら湿気と熱気で掻き消えた練習場では、すでに人もまばらになって、一年生が道具の片づけを初めていた。練習もまじめでなかなかいい一年だが、2年生が俺たちだ。一年後はきっとこうなっている。
今俺たちとしゃべっているのは、最近入ったマネージャーの女子だった。

「そ。なんか先輩たちが文化祭の準備で、体育館使うらしいよ。だから今日の練習はもう終わりだって」
「なにそれ!? ちょ、俺ら聞いてないてないんですけどw
……ちきしょ、カッパの野郎おォッ!! ないなら無いっていえっつーの!!」
「別にいいっしょ、練習やらなくてすむんだし。てかむしろ大歓迎!」
「そーそー。あぁ、奇跡って起きるもんだな〜!! ゲーセン行こうぜ!! 自由が僕らを呼んでいる!!」
「お、いいねぇ!」

フォローに翔吾が乗ってくる。
どうやら怒ったのはフリだけだったらしい。部活がなくなったと聞き、一番喜んでるのはおそらく翔吾だろう。心の中では見事なガッツポーズ。

「じゃあ行こうか!」
「ちぃ待ち! 俺はちょっと家まで財布とってくる! 学校から近いし、どうせ2人とも貸してくれないだろ?」
「あたりまえ。っていうかさっきの分も返せよ」
「……へ〜へ〜」

ノリノリの2人。
俺も付いていきたいところなのだが…




「わりぃ、今日は俺パス」

テンション崩したようで悪いが、オレは2人にそう言った。

「えぇ〜!? なんで〜!?」
「やんなきゃいけないことがあってな。まぁ急ぎじゃないんだけど、なんていうか…」
「……あぁ、また姉ちゃんがらみか」

潤一が、蛇がカエルを丸呑みするのを目撃したかのような表情でうなずいた。2人とは付き合いが長いので、こういうとき、気持ちを察してくれやすくて助かった。

「………わりぃ」
「いいよ。お前のねぇちゃんが気まぐれで、怒ると手がつけられなくなるのは知ってるから。姉さんがらみだったらそっちのほう優先にしてくれていいって」
「そーそー、気にすんな! だってあれだろ? お前の姉ちゃん、高校時代にたまたま居合わせたコンビニで強盗にあって、その場で素手で犯人のし上げたとか、因縁つけてきた西が丘高の3年連中返り討ちにしてやったとか…」

われながら思う。どんなねぇちゃんだよ。

「しょうがねえ、俺たちだけで行くか…。じゃあな、春樹!」
「また明日な〜!」

2人と別れを告げる。
2人が出て行ったその後も、俺はしばらく2人の背中が消えるまで、校門を見つめてその場にじっと佇んでいた。




………はぁ。

まったく姉貴はどういうつもりなんだ。いきなりあんなレベルの高いクエストに挑戦しようだなんて。
おかげでメンバー全員昨日から大混乱だ。姉貴の奔放は今に始まったことじゃないが、せめてもう少し後先考えて行動してはくれないのか。

思えばいつもそう。
小さいころから振り回されっぱなしで、俺には姉貴の行く先を見極めることなんてできなかった。いつもあかるく豪快で、姉貴が泣く所さえ見たことがない。家にいるとしょっちゅうからかわれたし、姉貴の卒業後はすぐに都会へとひとり立ちされてしまった。おかげで、家には今、口うるさい両親のもとに俺一人が残されている。
ったく、さっさと抜け駆けしやがって。今頃どこで何やってんだか…


家に帰り、かばんを乱暴にほおり投げ、シャワーを浴びたらすぐにディスプレイの前に立つ。
開くのはもちろんThe world。
姉貴が俺を振り回せる場所は、今やここだけになっている。
2ndはキャラは姉貴に知られていないのだが、レベル129まで上げたキャラは、そうそう簡単には捨てられない。







本名、遠野春樹。
キャラの名前は、ウィンチェスター。


[No.865] 2007/07/29(Sun) 21:32:21
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