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16://www.reason-リユウ. - 宴六段 - 2008/07/11(Fri) 16:33:35 [No.1259]
15://www.revenger-フクシュウシャ. - 宴六段 - 2008/06/05(Thu) 19:02:48 [No.1250]
14://www.depravity-ダラク. - 宴六段 - 2008/04/03(Thu) 16:03:39 [No.1196]
13://www.tragedy-ヒゲキ. 後章 - 宴六段 - 2008/03/28(Fri) 15:09:35 [No.1188]
13://www.tragedy-ヒゲキ. 前章 - 宴六段 - 2008/03/28(Fri) 14:59:53 [No.1187]
12://www.past-カコ. - 宴六段 - 2008/03/12(Wed) 19:15:47 [No.1143]
11://www.despair-ゼツボウ. - 宴六段 - 2008/02/18(Mon) 15:27:56 [No.1048]
10://www.lost-ソウシツ. - 宴六段 - 2008/01/18(Fri) 19:23:19 [No.1023]
9://www.expectation-キタイ. - 宴六段 - 2007/12/21(Fri) 18:51:14 [No.1008]
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4://www.reserch-チョウサ. - 宴六段 - 2007/08/28(Tue) 16:58:24 [No.903]
3://www.contact-ソウグウ. - 宴六段 - 2007/08/17(Fri) 17:29:54 [No.891]
偽アトガキ - 宴六段 - 2007/08/17(Fri) 17:33:16 [No.892]
2://www."riquest‐イライ. - 宴六段 - 2007/06/28(Thu) 15:19:38 [No.803]
アトガキモドキ(汗 - 宴六段 - 2007/06/28(Thu) 15:29:17 [No.804]
1:www.”world‐セカイ”. - 宴六段 - 2007/06/21(Thu) 17:34:43 [No.792]



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.hack//pain 初回必読 (親記事) - 宴六段

はじめまして、宴六段と申します。
いつも読んでばかりだったので、投稿させていただきます^^
ちなみにこれはG.U.本編沿いのお話ですので、私の趣味が多々入っていることがあります(苦笑)
なので、初回の注意事項を。

・G.U.本編と絡む部分があったりするので、そういうものがお嫌いな方は読むことをお勧めできません。

・ネタバレを含みます。 まだG.U.をクリアしてないなど事情のおありの方は、読むことをお勧めできません。



ま、まだまだありそうな気がしますが、今回はこの辺で^^;
では、次から物語が始まります。。。

あ、まだまだ未熟ですが、どうか温かい目でお見守りくださいぃ!




******



――――――――

―――忘れるな、この想い――――――

―――忘れるな、この痛み――――――

―――忘れるな、あの姿―――――――



******


[No.791] 2007/06/21(Thu) 17:28:48
1:www.”world‐セカイ”. (No.791への返信 / 1階層) - 宴六段







1:www.”world‐セカイ”.







――――――――――――――――――――





 ――――――ひゅっ、という鋭い風切音とともに、冷たく鋭利な刃が俺の頭部のすぐ傍を突き抜けていく。


 俺は、相手が日本刀を模した様な刀剣で必殺の一撃を放ってきたために、頭を傾けただけだったのだが、それだけで敵の目は驚愕に見開かれた。


 敵は刺突の後の不安定な態勢を整えようとするが、俺はその隙を見逃さない。
すぐにスキル"疾地双刃≠発動。


―――世界が俺の横を駆け抜けていく――――


 いや、実際は自分が敵のすぐ傍を高速で移動していたわけだが、目の錯覚か周囲が動いているように見えた。


 その高速移動の際、自らが手にしている刀を走らせていたので、まともに防御などできない敵に大ダメージを与えることができた……はず。


 こちらの隙を突かれても困るので、すぐに振り返ってみる。敵はやはりというか、死亡状態を表す灰色になって倒れていた。


 「…………いまいち実感がないんだよな、血が出ないってのは」


 「当たり前だ。そんな表現があれば、このゲームはすぐにR‐18指定になってしまう」


 俺の独白にいちいち反応してくる声。


振り返ってみると、すぐ傍に一人のPCが立っていた。
驚いたが、顔に出さないようにする。


 「なんだ近くに出没するんなら連絡ぐらいしろよ、匂宮(におうのみや)。それとも、神出鬼没がお前のモットーだったのか?」


 「いや、システム管理者である私の前で堂々PKを行う輩は誰だ、と思ってね」


 「はんw。このゲームってばPKも仕様の内だし。それにあっちがいきなりPKしようとして来たから、PKKしたまでだ。PKじゃねぇよw」


 少し自嘲気味に笑ってみた。が、匂宮は無反応。


 俺はつくづくこいつのことが気に入らなかった。ひとつはこの無感動加減だが、本当の理由は容姿。


 白銀の髪に背中の翼、これまた白銀を基調とした衣服(鎧?)。目の辺りはM2Dの様な仮面で隠れてはいるのだが、そのPCボディは昔の知り合いとそれにまつわる事件を思い出してしまう。


 「会話の途中で思考が横飛する癖が直っていない。お前の短所だな」


 こいつのこの性格も存分にむかつくことも忘れていた。


 「うるせーよ。大体、人の短所を指摘すんな」


 「正義のPKK気取りが吐く台詞か?」


 …………大概うざくなってきたので、落ちることにした。


 ――――逃避ともいうんだが。


 「もう落ちる」とだけ言って、ログアウトの準備をする。


 「ああ、それと」


 どうせこの言葉も皮肉で返されるのだろうと思いながら、言い訳じみた訂正を試みる。


 「俺は正義のPKKなんかじゃない」

 
 しかし、その返事は素っ気無いが、意外な言葉だった。


 「ならば――――お前は一体なんだ?」


 そこで、俺は精一杯格好つけながら、言い放つ。


 格好つけて、まるで自分に言い聞かせる様に。








 「俺は名は『ルナ』。人の業を背負う、"請負人≠フルナだ」






          1:www."world‐セカイ". ,了







…………To Be Continued









___________________

ええと^^;


こんにちは、宴です。

っていうか1話目から私の趣味が。。。



……あとがきの趣旨がかわりそうなので、ここで転換をw

ごらんになって頂きありがとうございましたっ!
きっと読んでくれた方はとっても素敵な方なんですよ!(何
これからも執筆頑張っていきますので、よろしくお願いします♪
(↑期末試験前なのにこんなの宣言してる……)


[No.792] 2007/06/21(Thu) 17:34:43
2://www."riquest‐イライ. (No.791への返信 / 1階層) - 宴六段









自らを信じるな











他人を信じろ











ただし他人は信用するな












…………………… 2://www."riquest-イライ.



__________________________________







 世界最大のネットゲーム『TheWorld』。 

 誰もが、何をすることも、誰になるかも自由。 究極なまでに、自由。 

 もちろん、自由といったところで、システム面での不自由さは残るものだが。
 
 ひたすら冒険し、強さを求める者もいたし、その強さを『アリーナ』で証明しようとする者もいた。 『チャット』で談笑するものもいれば、アイテムを売って『商人』をロールする者もいた。

 ―――――ここには、世界の縮図がある。

 







 何をするのも自由というMMORPGのなかで俺が選んだ生き方は、『請負人』という人生だった。

請負人…………。簡単に言えば『何でも屋』な訳だが、このゲーム『TheWorld』での依頼といえばほとんどが、私情絡みのPK、もしくはギルド同士の抗争においての傭兵だった。

請負人を始めた初期の頃は、レベルもさほど、というか今ほど高くはなかったため、依頼の成功率も当然低かった。 だが、多くの、ありとあらゆる種類の依頼をこなす事によって、多量のPCの集まるΔマク・アヌの片隅に事務所を開くこともできるようになった。
 
だから今ではそれなりに名が売れている。

「…………で、依頼にいらっしゃったのなら、早く内容をお願いします」

この日事務所を訪ねてきたのは、女性型PCの撃剣士(ブランディッシュ)。 長く墨でも流し込んだような黒い長髪に、日本舞踊で用いるような衣装に近い着物と、ドレスの併せ――――着物ドレスとでも言うのだろうか――――に身を包んでいた。

「あ、はい。今回貴方に依頼したいことはですね……」
 
そう言って、彼女は手からSS――スクリーンショット、つまりは画像データとでも言えばいいのだろうか――を出現させて、俺に手渡した。

 俺はすぐにデータを開く。そのSSには蒼髪のPCが写っていた。

 「SSに写っている方、〔オーヴァン〕さんといいます。ご存知ですか?」

 「あ〜・・・・・【黄昏の旅団】のマスターで銃戦士(スチームガンナー)の?」

 「その通りです^^」

 そう言って彼女は軽く微笑んだ。

 ―――――――オーヴァン。知っているか、と訊かれて、知らない、と答える者は恐らく少ないだろう。 彼はそれくらい『変人』としてだが有名である。 ま、『The World』をしばらくの間続けているプレイヤー限定だが。

 実際、俺も『面識』くらいはある(ゲームで面識というのもおかしな話だが)。話してみたこともあったが、実に掴み所のない奴、というのが俺の中でのイメージとして焼
き付いている。



 「あのぅ……」

 いつの間にやら、思考が横飛びしていたらしい。心配そうな表情でこちらを見ていた。

 「あ、いや、ごめん。 で、続きは?」

 「はい、その〔オーヴァン〕さんについて調べて欲しいことがあるんですけれど」

 「調査・・・・・・、ですか」

 「ええ、でもオーヴァンさんのことについてではなく、彼が昨日接触したPCについて調査して頂きたいのです」

…接触したPC? 何故だろう。

しかし、俺は大切な商談を逃したくないので、笑顔を作った。

 商人の如き肯定の表情である。

 「了解、あなたの業を請け負います。 調査するPCの容姿など教えてください」

 「それも依頼の内、というのはいかがでしょう?」

 そう言って彼女は微笑む。

 えっと。

 それは、『オーヴァンと接触したPCがいる』ということしか知らないってことかな?そう受け取っていいのかな…?





                      ******





 会話のあと、彼女に前金の入金を行ってもらった。 これは@Homeのような機能を要擁した事務所に入金される。


 「さようなら。良い結果を期待しております」

 そんな決まり文句のような言を述べてから、立ち去ろうとする彼女を見たとき、俺はある事に気がついた。


 「そういえば、あなたの名前を訊き忘れていましたよ」

 「あぁ、そういえばそうでしたね」

 わたし、うっかり忘れちゃうんですよ。 と付け足してまた微笑む。 俺は、本当によく笑う奴だ、と思った。

彼女の微笑むという行動は、無邪気さからくるそれとは違って、清楚な感じの笑みだ。

 ―――――だから。 だから何か裏があるのではないか、と考えてしまう。

 「わたしのPCネームは〔澪(みお)〕と申します。 さんずいに漢字のぜろ、ですよ?」

 「澪さん、ですね。了承しました、二日後にまた逢いましょう」

 「ええ。それではごきげんよう、ルナさん^^」

 澪が出口のドアに付いているドアノブに手をかけると、PCボディに青い光輪がかかって転送されていく。 匂宮によると、事務所のシステムはその様に設定されているのだそうだ。  今頃はマク・アヌの街に降り立っているだろう。

 「さぁて、どうしたもんかねぇ………………」

 独りごちてみた。

 オーヴァンが接触したPC…。恐らく旅団のメンバーでは無いだろう。 旅団のメンバーならば、『【黄昏の旅団】についての調査』という依頼名目でいいはずだ。

 その点から思考を飛躍させると、『接触したPC』というのはオーヴァンにとっての重要な存在、という結果に至る。 さらに思考を切り替えていくと、彼にとって何が重要
か、ということに考えなければならない。
 
 ――――――いや。
 
 彼にとって何が重要かなど考える必要などない。 

知れたこと。

彼が『TheWorld』を続ける理由さえもが、そこにはあった。

「『キー・オブ・ザ・トワイライト』、か」

 しかし、オーヴァン。

 あるのかも無いのかもわからないアイテムを探してどうする?

 いや、R:2以前のヴァージョンでは確かに『それ』は存在した。 俺は直接確認したわけではないが、知らないと言えば嘘となってしまう。  俺自身が確認していた訳ではないのだが………………。

 『変人』としてだが有名、というのがオーヴァンの評判なのだが、実際はかなり聡明であることは確かである。

 その彼が在る、というのならば…………。

 キー・オブ・ザ・トワイライトは、在るのかもしれない=B

 俺の推理、というか推論はさらに膨らんでいく。

 ロストグラウンドだって存在するじゃないか。  そもそも、あれは…………。

 「っと、思考の飛び過ぎだ」

 思考を元の位置へと戻す。  オーヴァンの動向を探っているのはフィロ、と【TaN】の直毘か。

 むぅ。  ちょっと悩む。
 
……………。 

直毘と会うことは、まずありえないな。 
  
 @Homeから滅多に出て来ないうえに、というかそれ以前に俺と【TaN】との関係がやばい。

 傍から見て、商業ギルドとしての【TaN】と俺との関係はすこぶる良好だ。  依頼の代金として払われるレアアイテムを【TaN】に売るなどしているので、それなりにお得意様、ということだ。

 【TaN】の裏の顔たる、通称『暗部』―――――。  それが直毘と会うわけにはいかない原因、である。

 確かに【TaN】とは良好な関係を築いていた。 しかし、ついこの間に俺は『敵対』してしまっていた。

 『依頼』を終えて、プラットホームを使用して帰ろうとしていたところに現れたPK。 その依頼が気に入っていなかった俺は、腹立ち紛れにそいつをPKKした。 いつもなら、そんなことはせず逃げて帰るのだが、本当にイライラしていたので、殺してしまった。

 そして、そのPKはPK専用殺し屋ギルド【陰華(かげはな)】所属のPCだったことが、あとで判明。 教えてくれたのは、匂宮。 

 余り知られていない…というか、一般PCは知らなくていいことなのだが、【TaN】の暗部のほとんどのPCは【陰華】から派遣されてきている。 つまり、【陰華】は【TaN】の下位組織でもあるのだ。

 【陰華】に対する敵対は【TaN】に対する宣戦布告。 そうあちらは受け取ったらしい。




 そんなこんなで俺は【TaN】と敵対していた。

  
  「そう考えると、フィロが最善か」

 今の時間ならあの爺さんのことだし、Δマク・アヌの橋の上に居るだろう。

 俺は立ち上がり、ドアノブに手を掛けた。












 果たして彼はそこにいた。 小さなPCボディに猫のような顔と茶色の猫肌に、フードつきの呪衣を羽織っており、地面から浮いて胡坐を掻いていた。

 俺が近づいていくと、彼も気づいたようで目だけをこちらに向けてきた。

 「よう、爺さん。元気か?」

 「まぁまぁ、と言った所だな。お前さんはどうだね?」

 「"まぁまぁ≠ネんて便利な言葉使うな、そう言ったのはフィロだろうが。 自分で使うなよな」

 「そうだったな」

 微苦笑するフィロ。 俺も昔はよく説教されたものだった。

 今となっては、記憶に古い話である。

 「ところで。 なんのようでここに来た?」

 「は?」

 「お前さんが用もなしに儂の所に来るはずが、無いだろう?」

 「……………………確かにな」

 読まれていた、か…………。 予想はしていたが。

 ま、いっか。

 「単刀直入に訊くが、いいか?」

 「答えられることなら、な」

 これは俺の予想通り、的中。

 「……………………オーヴァン…………」

 「?」

 「オーヴァンが昨日接触したPCを知らねぇか?」

 「ああ、知っとるよ」

 「はぁっ!? 何を………っっ!?」

 超予想外。余りの驚きに言葉に詰まってしまった。『知らないが、情報ならある』という答えを予想していたのだが。
 
 「本当か?」

 「ああ。さっきも会っておったよ」

 …………………フィロって……………。

 ったく、この爺さんどんだけ人脈広いんだよ…………。

 しかしながら、この人脈は『使える』。

 「詳しく訊かせてくれないか、フィロ?」

 












 




 フィロから訊いたPC、名前は『ハセヲ』というらしい。 黒い錬装士(マルチウェポン)で、昨日INしたばかりの初心者。 まさかオーヴァンがそんな奴に接触したとは考えがたいが…………。

 しかし、固定概念というのは、請負人という職業には邪魔なだけなので無視しておこう。

 「……問題はハセヲが何処にいるか、だよなぁ……」

 フィロは元旅団員である『Bセット』を紹介してやった、と言っていた。

 Bセット…………。 双剣士(ツインソード)、いや銃戦士だったか? PCの名前と職業なら、事務所に帰れば調べられる。 だが、今更戻っているだけの時間はない。

 Bセットは錬金地区から出ない…………。そんなことは俺も会った事があがゆえに、百も承知である。 だからこそ見つけることは容易だ。 容易、ではあるのだが、彼女は旅団時代のことを他人に話したがらないので、多分ハセヲを違うPCへと紹介するだろう。

 …………いや、元旅団員はゴードくらいしかいないわけだが。

 彼を捜すのも面倒くさいな。

 ふむ。

 匂宮にでも捜してもらおうか。

 奴はシステム管理者だから、わからんことも無いだろうが…………。でも、これって公私混同って言うのかなぁ…………。

 なので、俺は匂宮にショートメールを送って、ゴードのエリアワードと座標を送ってもらう事にした。



******







 「それで?依頼内容は全てこなせたの?」

 「ま〜な。でも色んな所廻って疲れた…………」

 「『The World』って、マップ広いもんね。 ごめん、昨日用事があって…………」

 マク・アヌの事務所で俺は、"助手≠ニも呼べるPCと話していた。 依頼をこなしたのは昨日のこと。 彼女が興味を持ったらしかったので、話してやっていた。

 「彩音が謝る必要ないだろ?用事っつったって病院だろーが」

 「まぁ、そうなんだけどね…………。って、あぁぁっっ!!ルナ、今わたしのこと『彩音』って呼んだでしょ!?」

 「ああ、ごめん、紫」

 紫は、縁日で見かける様な浴衣姿で、長い黒髪を後ろで束ねている。職業は呪療士(ハーヴェスト)。請負人の助手である彼女は、それ以前にリアルでの知り合いでもある。だから、リアルでの名前―――――彩音―――――で呼ぶととても嫌がった。

 リアルでの自分と『ここ』での自分は分けていたいのだろうか。

 しかしながら、俺は本名で呼ぶ癖が一向に治らなかった。

 「そういえば、ルナ。昨日ちゃんと学校に行った?」

 「ん?いや、午前だけだったぜ?」

 「うわ。 昨日病院から帰ってきてずっと待ってたのにぃっっ!!」

 いや、そんなの知らないし……。

 でも連絡してなかった訳だし、一応謝っておくか。

 「ごめんごめん。 メールでもしときゃ良かったな…………」

 「メールでも見たかわかんないよ?」

 「…なんで?」

 「携帯部屋に置いてたし」

 「…………未開人…………」

 なんで携帯電話なのに携帯してないんだよ。 そう突っ込みを入れたくなったが、我慢して一言だけに留めた。

 「ふーんだ。 いつでも携帯持ってる現代人がおかしいんですよ〜だ」

 「いや、携帯は携帯すべきだから携帯なんだろ」

 ってなんか訳わからんな、いまの台詞……。

 「携帯電話ならぬ携帯談話なんてどーでもいーよ。 どーでも」

 彩音は、肩をすくめて手を横に開くポーズをする。 まるで一昔前の外国映画に出てくる俳優の真似だ。 そういえば、彩音は昔の映画を見るのが好きだったんだっけ。 なんか忘れてた。

 「本題は、あれだよ?」

 「あれってなんだよw」

 代名詞で言われても。

 「ん〜、これははぐらかさないで欲しい、かな」

 「…………」

 「三点リーダ四つで黙んないでよ……」

 ああ。

 こういう口調の彩音になったときは注意すべきだったんだっけ。 久しぶりに会った、そういう訳ではないのにど忘れしていた。 

 最近、黙ってる台詞多くないかな?

 「『ハセヲ』ってPCのことは調べたんだよね?」

 「ああ。一応、見た目とかもまとめといたけど?」

 「うん、それなんだけどね…………」
 
 ……?

 なんのことだろう。 彩音は何が言いたい?

 何か、忘れてる?

 「実は、オーヴァンが接触したのは、ハセヲくんだけじゃないんだよね」

 「…………? …………!!」

 な……!?

 何ぃぃぃ!!?

 嘘っっ!? なんで? why?

 ハセヲだけじゃないって、じゃあ、誰が!?

 「うん、確か名前は『タビー』ちゃん、だったっけ」

 うわぁぁぁぁぁぁ!!

 誰だよ、タビーって! 今更そんな奴のこと調べられるかっ!

 今何時と思ってんだ! P.M.20:00だぞ!? P.M.ってのは、即ち午後って意味だ!! って、なんで冷静に解説してるんだよ! 依頼人『澪』に報告するのは明日(土曜)のA.M.10:00だぞ!? A.M.ってのは、即ち午前って意味だ!! って、なんで冷静に解説してるんだよ! 

 「あぁぁぁぁ……」

 ここで終わり、か。

 請負人に限らず、【TaN】の様な商業ギルドや便利屋などの二次的職業は『信用第一』が基本の『ルール』であることは、言うまでも無い。 言うまでも無いから、失敗してはならない。 商業ギルドの信用とは『価格』。 対して請負人は『依頼の達成率』。 これは遵守しなければ、ゲーム内での噂やらBBSやらで『ルナは依頼するに足りない請負人だ』と言われてしまう訳だ。




 だから、【TaN】の様に大きくなったギルドは、取引マニュアルなどを作ってメンバーに渡して安全性と『価格』やクレーム対策を設定、請負人として有名になってきた俺は、どの依頼にも全力で当たったし、ほぼ失敗は無かった。

 だが、そんな俺の尽力伝説も終わり…………。

 今回の依頼だけじゃん? そう思ったら大間違いである。

 噂の力を舐めてはいけない。 個人系BBSの『よもやまBBS』に出入りしている連中は、そういう話題が大好きだ。

 知り合いのPC、噂好きで『噂屋』の異名をとる『ヌァザ』などは喜んで俺の噂を流すだろう。 尾鰭をつけて。 知り合いなど問答無用で。

 「駄目だ、死ぬ……」

 「なんだか困ってるみたいだけど?w」

 「請負人は『信用第一』だから……」

 そこまで言って俺は、脱力してうな垂れた。

 彩音は、俺を見てふふふ、と笑う。 何がおかしいんだよ。

 「これ、何かわかる?」
 
 何かのデータを手中に出現させて、言う。 『The World』では、SSや文書データ(容量が軽いものに限るが)は他人に見せたり、渡したりできる。その機能を使っているのだろう。 昨日も澪が使っていたか。

 「何? 文書データっぽいけど?」

 「ああ、これ?」

 彩音の微笑。 いつもなら癒されてる所だが、今の俺には癒されてるような余裕は皆無。

 「ルナが調べ損ねた『タビーちゃんの全て・全一巻』だよ〜^^」

 全一巻て…………。

 「何で持ってんの?とか突っ込むべき所は色々あるけど……」

 まだ他にもあるけど。 なんで(^^)の顔文字?とかあるけど。

 「正直言って、欲しいっ!」

 「ほ〜い^^」

 そう言ってデータを投げて寄越す彩音。 気付かなかった俺は、それをギリギリでキャッチする。 

 ……? 何か、素直だな。

 「いいのか?」

 「うん。 タビーちゃんの事、全部と言っていい程調べ尽くしてあるからね」

 「へぇ? 何かあんの、条件でも?」

 なーんか嫌〜な予感がするぞ。 こういう時は。

 「ふふふ…………w」

 うああ。

 超嫌な予感なんですけど。

 「データ欲しいなら、代わりに何か今度奢ってよ?」

 「…………リアルで…………?」

 訊ねると、彩音は少し頬を膨らまして、「当たり前〜〜♪」とだけ返してきた。 う〜、意外と今月ピンチなんですけど。

 しかし、これは今後の事務所、請負人の存続に関わる問題だ。 俺は、請負人の稼ぎを一定分上納することで、マク・アヌに事務所を置かせてもらっている訳だが(上納先が匂宮であることが腹立たしいが)、これが払えなくなると事務所は跡形も無く消えてしまう。
     金
 つまり、GPがなくなった瞬間、請負人稼業は終わりを告げる。

 今月は『The World』でもリアルでもピンチだった。

 「――――――分かった。 何が奢って欲しい?」

 ここで先手を打つ。 こういう時にこそ言っておかなければ、後で何をねだられるか判ったものではないからだ。

 さぁ、どうでてくる、彩音?

 「今はまだ欲しい物ないし、欲しい物ができたら言うから今はパス〜〜vV」

 …………作戦の裏を掻かれました(滝涙) 













2://www."riquest-イライ=c………了。


[No.803] 2007/06/28(Thu) 15:19:38
アトガキモドキ(汗 (No.803への返信 / 2階層) - 宴六段

ええと(汗)

長い…………。

一気に書いてしまったせいで、恐ろしく長いです。 二話の癖に……。

なんか、書きたいこと「とにかくまとめちまえ!!」みたいで書いたんで。。。

次回はもっと短くしたいと思います!

ではでは〜(^^)ノシ



P.S.
感想とか書いていただければ泣いて喜びます(←あつかましい!)


[No.804] 2007/06/28(Thu) 15:29:17
3://www.contact-ソウグウ. (No.791への返信 / 1階層) - 宴六段





選ぶは友か



選ぶは敵か



与えるは生か



与えるは死か



どちらを取ろうが変わらぬ生き地獄













____________________________




















 依頼人にデータを受け渡す日がやってきた。



 彼女は『TaN』などに目を付けられるのは面倒です、と言ってショートメールを送ってきた。 その内容はエリアの指定。



 そこはレベルがかなり低く、恐らくだが初心者達のために用意されているであろうエリアだった。 行ってみてわかったが、成程、この程度のレベルならモンスターたちに邪魔される心配が無いというわけだ。




 しかし。



 しかしなのだが、初心者が多いということは、イコールそれら初心者を狙う下衆なPKもいるとうことである。





 現に今、俺の目の前にPKされそうになっている初心者らしきPCがひとり。 持っている武器からして双剣士(ツインソード)だろうか、敵に立ち向かおうと必死に武器を構えている。




 その勇気は買うが、顔は見えないが三人のPKに囲まれて足が震えている。




 「ちぇ、しゃーねぇなぁ……」




 困っているPCを助けてやるのも請負人の仕事の内、だ。



 俺はゆっくりとPKたちの方へ向かって歩いてゆく。



 馬鹿でも気づくよう、わざとらしく足音を立てて接近。 やはりというかPKたちが一斉にこちらの方を振り返った。



 ……いや、これで気づかなかったら気づかなかったで馬鹿を超越して『愚者』なんだけどね。




 無駄に図体が大きく、筋肉が盛り上がっている猪の様な獣人が「なんだ、てめぇ」と低脳丸出しの阿呆面で言葉を吐き出した。 厳つい体躯に似合いすぎるこれまた厳つい重槍からして、重槍士(パルチザン)だろう。





 「何って、一応PKKのつもりなんだけどね(苦笑)」



 言った瞬間に三人とも大声をあげて笑いだす。 余程俺の言った事がおかしく聞こえたのだろう。


 「三人に勝てると思ってんのか?w」


 言って獣人が巨大なドリルの様な重槍をこちらに向けて来た。 後ろに控えている二人も、追って細身の長剣と小型の銃剣を構える。 どうやら斬刀士(ブレイド)と銃戦士(スチームガンナー)らしい。  この二人は人族型のPCだった。



 「んじゃ、死ねよ」



 なんて単調な言葉。 語彙の乏しさに感動するね。 と、高速思考したところで重槍が突き出されてくる。 




 かなりの速度であることから、素早さを重視したステータスなのだろう。 PK達の動きを見る限り、重槍士が俺の防御を崩して他の二人が一気に攻める、という戦略だという事が予想できた。





 ――――しかし、俺は防御する気など毛頭無い。






 「よっ、と」



 スキル"走影≠右方向に指向性を持たせて発動。迫る槍を避ける。 


 驚きに見開かれる獣人の目。


 圧倒的な速度を持つ槍撃を防ぐには――否、自らの身体に触れさせないためにはそれを超える速度を出せばいいだけのこと。


 俺の特殊スキル"走影≠ヘ、横方向に平行移動するというものだ。 まさにこの様な戦闘では打って付けのスキルだったろう。


 重槍士が態勢を整えようとしている。 俺はSPを消費して"疾地走刃≠発動。 すかさず重槍士を我が愛刀"壱式≠ナ斬り伏せた。


 彼の断末魔の叫びは、獣のそれではなかった。


 獣の様なカタチをしているとはいえ、中に在ってPCを操作しているのは人間。 『人形』の支配権を握っているのは『操り主』しかいない。


 と、ここで無駄思考を排除。


 倒れた獣人の背後に、銃剣を構えている銃戦士が見えたからだ。


 その射線を避けるために、左手の方向から向かってきていた斬刀士を壁にしつつ、射線を防ぐ。


 しかし、うかうかなどしていられない。 狂気の煌きを放つ刀を振り上げた、斬刀士が迫って来ていた。


 「うらぁァァァァッッ!!」


 咆哮しながら斬りかかって来る斬刀士。 彼の刃はしかし、俺へと到達することは無かった。


 俺の構えた、銀の煌きを放つ"壱式≠ェ彼の刃を阻んでいる。


 「んぎぎ……!」


 斬刀士が間抜けな唸り声をあげた。 見た所、膂力の方は俺の方が勝っているようだが……。


 拮抗状態。


 どうしようもなく、拮抗状態。


 ――――どうするかなど、別段迷う必要など無い。 この様な拮抗状態を脱する方法は――――。


 「――――蹴り飛ばすっっ!!」


 迷う事無く下方向から突き上げるような蹴りを放った。


 決して、迷わず。


 まるで迷う事など知らないかの様に。


 ……こういう拮抗状態で、意外、というか唐突な攻撃を受けるのは斬刀士というバランス重視の職業上、とても『痛い』。 その証拠に、


 「がっ!」


 とか無様な声をあげていた。 無論、隙もできる。 それを見逃すはずの無い俺は、斬刀士を文字通り『薙いだ』。


 灰色に変色して倒れていくそいつを視界の隅に見やりながら、また疾駆する。 到達目標は銃戦士。


 斬刀士が倒れたことによって、射線が開いている。


 彼は、銃剣をこちらに向けて構えた。


 続いて銃撃。


 距離にしてリアルの単位で七十メートル程度。


 爆音とともにマズルフラッシュを生み出した銃剣は反動で空へと反りあがった。 マズルフラッシュと硝煙の中を突き抜けるように飛び出してきた銃弾は、迷いも無しにこちらへ向かってくる。


 恐らくそれは、俺を『殺そう』としているのだろう。


 「殺されるか」


 独白している間が一秒未満。


 音速で迫ってきている銃弾に対して、その独白のみという行動は愚の骨頂。


 ただし独白のみならば、だ。


 俺は馬鹿ではない。


 銃戦士はレベルが高くないのだろう。 音速とは言っても、遅い。 ゲームのシステムに縛られている以上、ある程度以上の差はレベルによって左右される。


 "あいつ≠ノ比べれば、こんな弾速なんでもない。


 "あいつ≠ノ比べれば、こんな高速なんでもない。


 見える。


 ここまで高速思考するのに、一秒。


 合計でまだ二秒未満。


 ここで着弾一歩前。


 目の前にある銃弾。


 煌く俺の銀(しろがね)。


 弾かれてあらぬ方向へと飛んでいく銃弾。


 思考を始める前から、下方向より抜き払う様に閃かせていた刀が弾丸を弾いた甲高く、不快な音が大きく響き渡った。


 俺は更に距離を縮めようと疾駆。


 銃戦士は更なる銃撃を加える。


 続く弾丸。


 続く威弾。


 連なるように撃ちだされるそれを、次々と落としていく俺。 硝煙の向こうには銃戦士の焦燥する顔があった。


 銃戦士が引き金を絞り込む。


 しかし、最早弾く必要性は皆無。 防御する重要性は絶無。


 ――――もう刃が銃剣に触れている。


 マズルフラッシュと刃が銃剣を僅かに反らせるのは同時。 軌道を逸らされた弾丸が頭の横を駆け抜けてゆく。


 そのままもう一度振り上げた刀でもってして、縦に一閃。


 断末魔すら聞こえない程の速斬。


 終演。


 人形劇は終了した。


 終焉。


 すべては終了した。


 見ると、初心者は腰を抜かしていた。


 っていうか――――。


 彼は双剣士ではなかった。


 いや、確かに双剣を持ってはいる。 だが、武器以外でのことで俺は気づいた。


 「――――ハセヲ?」


 錬装士だった。


 前回の調査で調べていた初心者PC、ハセヲ。 オーヴァンが自ら勧誘したという異端。 他のほとんどは自ら参加したというのに。


 「……なんだよ?」


 ハセヲがふてぶてしさ全開で、言った。











********








 とりあえず、まだまだ澪が来る気配が無かったので、ハセヲの傍で座り込んでみる。 理由は?と訊かれても「暇潰し」としか答えられないのだが。 俺がその場で座ったのを見てか、ハセヲ俺の目の前に座した。 これで"対話するPCの図♀ョ成。……冗句だけど。


 「…………」


 自分から話しかけておいてなんだが、話す事が無い。 これではどうしようもこうしようも無いので、ハセヲがこの長ったらしい沈黙を破ってくれることを願いつつ、自分自身は厳かに沈黙を護る。 そう、まるで聖堂の宣教師のように!俺よ、口を利くな!


 いやぁ、このエリアは日光が綺麗だなぁ。 綺麗で眩しいから何も見えないなぁ。


 「……なぁ、あんたはいったい何者なんだ。 どうして俺の名前――っていうかPCネーム知ってた?」


 おお、作戦大成功。 まさか本当に沈黙を破ってくれるとは。 何かハセヲっていじりがいがあるなー、とか考えてみる。 ……実際旅団でいじられている風景が目に浮かんだ。 有り得る……。


 「んー……。 前にタウンでPCデータがONになってるのを見た、じゃ駄目か?」


 「そう、か」


 おおぅ、納得しやがった。 俺とかなら「タウンにいる大量のPC一人一人を一々記憶できるのか?」とか訊いてみるんだけども。 彼をよく見てみると、顔は納得していない風だった。 恐らく面倒なことは嫌い、という様な性格なのだろう。 その点では少しだけ共感できなくも無いため、心中でだけ肯定しておこう。


 「もうひとつだけ、訊いていいか?」


 やはり何か気になったようで、ハセヲが訊ねてきた。 なんだろう、何かあったけ。


 「おーう、訊け訊け。 何でも訊けw」


 「何で俺を助けた?」


 ああ、なんだそんなことかよ。 理由なんて訊かれてもな……。


 ――いや、理由はあるんだけどね? 一応は。


 「理由、ねぇ。 ま、強いて言うなら昔の"The World≠知っているから、かな」


 「……?」


 「昔の"あの世界≠知っていながら、今の"この世界≠ナPKと同じ行為をもってPKを殺すなんてのは、矛盾してるし、結構阿呆らしいとは思うんだけどね〜w」


 「昔の"The World≠チて……、あんた、今一体いくつだよ」


 ハセヲは驚いた顔で問うてきた。違和感でもあったのか?


 ……ああ、言葉遣いかな。


 「確か今年で十九かな。一番最初にこのゲームやったのは十二歳の時。っていうか、いきなりリアルのこと訊いてくるなよ」


 「あ……、ごめん」


 十二の時、ね。 今思えば相当ひねたガキだったな。


 十二歳。 あの頃俺は"彼ら≠ノ出会い、"彼女ら≠サして"彼女≠ニも出会った。


 多分、幸せだったのだろう。


 俺の中で一番人生が楽しく、人生が素晴らしく思えた――思うことができた、時期。 世界は酷かったというのにも関わらず。"The World≠ヘ異常だったというのにも関わらず。


 それでも、それでもあの頃、あの時期に俺は。






 ――――――生きる意味を見出していた。





 「十二の頃から? じゃあ、七年間もこのゲームを……?」


 「いや、俺は中途半端が得意でね。 一年くらいで辞めちまった」


 まあ。 その三年後にINすることになった訳だが、それはまた違うお話。 今語るべき話ではないし、人に語れるような立派な話でもない。 俺も人に語りたくないし。


 「じゃあ、何で今になってまたこのゲームを?」


 「――――俺は」


 何で始めたのだったか。


 思い出せない。


 いや、きっかけは覚えている。


 彩音だ。


 しかし、きっかけではなく。


 何を思い、何を決意して始めたのか。


 「多少は成長、したのかな」


 あるいは惰性か。


 上がったのか、下がったのか。


 昇ったのか、降りたのか。


 成長と堕落。


 あるいは。


 あるいは二つ――双つを繰り返しているのか。


 表裏一体。


 「成長していると信じたいが、っと」


 「?」


 と。


 軽い音が響く。 勿論、俺のPC限定だ。


 ショートメールの着信音だったのだ。


 疑問符を浮かべているであろうハセヲを無視して、急ぎメールを開く。


 差出人は、澪。


 <申し訳ありません。 今、少し用事ができてしまいまして……(>_<) Δマク・アヌの港区までお願いいたします>


 え……。 何つーか、面倒臭っ!


 マク・アヌの港区って人通り多くないか?


 ていうか、港区のどこだよ。


 「すまん、ハセヲ。 用事が入っちまった」


 「別に、誤ることでもねぇし」


 ハセヲは拗ねた子供の様な顔で答えた。 そんなふてぶてしさ全開だと、友人関係ぶち壊れるぞ? このゲームじゃ、コミュニケーションも結構重要だと思うんだけどなあ。


 「それじゃ、機会があればまた、な」


 言いつつ腰をあげる。


 次いで、背を向けて立ち去ろうとすると、


 「おい!」


 呼び止められた。 何か不都合でもあったか?


 「名前、教えとけよ」


 そういや名前とか教えてなかったっけ。 年齢は言ったのに。


 PCデータもオフだったか。


 というよりも、名乗る意味なんかあるのか?


 見出せないなりに答えてみた。


 「ルナ、だ。 職業:請負人。 だから何かあれば連絡しろ」


 そう伝えながら、メンバーアドレスを投げて寄越す。 どうせあちらから連絡してくることは無いだろう。 リアルではどうか知らないが、そういうキャラではないというのが、依頼の調査も含めての話してみての見解だ。


 「……請負人?」


 んな怪訝な顔すんなよ。


 「そ。 要するに何でも屋さw」


 そんじゃ、またな。


 そう言って俺はプラットホームへと向かった。


 振り返りは、しなかった。











********











 港区に来てみた。


 澪はどこにいるのだろうか。 と、辺りを見回してみるが人が多くてわからない。 そういえば、今日は休日なのだったか。 だからINしてるプレイヤーも多いということか。むしろ、"The World≠ネどに限らず多くのオンラインゲーム等は平日から時間のある十代のプレイヤーよりも、成人達の方が多いはずなのである。


 だから、休日。


 いつもはできない分、大人たちは羽目でも外しているのだろうか。―――社会人でもない俺が言えたことではないが。





 ……つーか、位置なんてわかんねぇよ。 港区って結構広いし。


 場所の指定くらいしておけよ……。


 あの人って何気に天然だよな。


 「どうしたもんかねぇ」


 軽く嘆息交じりの独白を吐き出した。 いや、憂鬱なものだ。 相手が期待できない待ち合わせって言うのは、苦手だ。 待ち惚けとかすっぽかしとか、色々あるじゃないか。 


 と、そんなことを思考していたときに、


 「あ……?」


 今、何か見えた、ような……?


 うん、見えた。 凄い変なものが。


 俺の視界に写るほどの狭い範囲で、動く何か。 それは黒い長髪のPCに見えた。


 距離がかなり離れているために良くは見えないが……。


 「澪、だろうな」


 かなり挙動不審なため、周りのPCたちから『退かれている』ように見えた。 ひょっとするとあの動きは、一人一人のPCの顔を覗き込んでるんじゃなかろうか。 え、PCデータONでPCネームが出ている奴が多いのに?


 うわぁ。


 今すげえ話しかけたくない……。


 知り合いとか思われたくない上に、今のあの状態の澪に会いたくない。 もしかしてあれか、漫画とかでよくある性格豹変モードか? 一昔前の『萌え系と思わせてホラー』のヒロインなのか?


 俺はこの場から立ち去ろうと思い、人だかりに対して背を向ける。 今依頼人の澪に会えずとも後に適当な言い訳をして、事務所で報告すれば良いだけの事。


 思考して、一歩を踏み出したその時。


 「ああっ、ルナさんっ!」


 げ、気づきやがった!!


 彼女はこちらに小走りで向かってくる。 既に周りのPCの視線はこちらに向きかけていた。


 くっ、来るなぁぁぁぁぁ!!


 とりあえず、逃げよう!というか逃げなければ!! 周りの視線は向きかけていたものから、完全に集まりつつある。 疾走しよう。 俺は今の場所から程近い傭兵地区へと走り出した。


 「待ってくださいよぉ!」


 待てと言われて待つ奴がいるかよ、待ってたまるかっ!


 ……って、澪から逃げている俺も怪しい気がするんだが。 でも逃げるしかないって、実際。 立ち止まって話しかけてもかなり怪しまれるし、今更止まることなんてできないし。


 しかし、止まらないわけには行かないことは、自分でもわかっている。 理解している。俺だって、走り続ける意味など全く無いという事くらい知っている。


 それでも、しばらく走り続けた。 周りに人が集まってこないよう、一応のつもりで。


 やはり休日。人が多すぎて、無人の場所など無いかのようだ。


 しかし、少ない場所を探すことはできる。 少し進んだところにその場所を発見できた。


 さて、そろそろ止まってやるかね。 考えて、俺は飛行機が制動をかけるようにして足を止め、そうして停止した。 当然、いくらか滑るように進んだが、そこは流石にゲームだろう。 すぐに速度を殺し切ることができた。


 リアルでは上手くいかないことができる、それがゲーム。


 思考していたときだった。


 「ひゃうっ!」


 奇声を発しつつ俺の傍を転がり抜ける物体が一つ。 それは俺の右側をぬけ、ある程度進んだ上で建物のレンガ壁に激突。 ようやく停止した。


 勿論、澪だった。


 「……何やってんだ」


 どうやら俺のように上手く止まれず――――というか、俺がいきなり止まったせいもあるのだろうが――――転倒し、そのまま速度を落とさず激突したらしかった。


 転ぶのかよ。


 転ぶのかよ!ゲームなのに……。


 「酷いですよぅ、ルナさん……」


 額を打ち付けたのか、赤く腫れている澪が言った。


 いや、そんな俺が悪いみたいな目しないでくれよ、罪悪感が……。


 というか。


 「やっぱり、リアル過ぎだよな。 このゲームは」


 ゲームの中の行動で額が赤くなるなんて、数年前には考えられなかったぞ……?


 「なんでこんな事するんですかー!(`3´)ノ」


 「―――いや、すみませんね」


 流石にこのまま言わせておくと完全に悪者になってしまうと考え、意味は無いと考えつつも澪へと手を差し出す。 彼女は差し出された手を見、少し不思議そうな顔をしたものの、次の瞬間には微笑を浮かべながら手を取った。


 「リアルだったらあれですけど―――、ゲームですから」


 「……さいですか」


 「あら、古風な表現ですね」


 なんというか。


 人を憎めない性格とやらなのだろうか、彼女は。 その点彩音と似ているような似てないような……。


 ああ、違う。 彩音は憎めないんじゃなくて、疑えないんだったか。


 ま、どうでもいいか。


 「ところでお訊きしたいのですが、何故わたしから逃げていたのです? 理由が全くわからないんですが……」


 え。


 客観的に見て、変人だとしか思えない奴と周囲の人間に知り合いだと思われたくなかった、が理由なんだが。 言える訳ないよなぁ、傷つかれても困るし。 なにより"お金様=\―じゃなかった、"お客様≠ネわけだし。


 「ふふふ、俺だって考え無しに走ってたわけではないのだ」


 「ふえ? なんでですか?」


 「実は俺の嫌いな港区から逃げて、傭兵地区におびき出すための作戦だったのだ!」


 「えええっ、そんな理由がっ……!?」


 いや、嘘ですよ?嘘なんですよ? こんな冗談みたいなテンションと言動なんてしたこと無いし、やりたくも無かったし。


 天然……、やはり天然なのか?


 「しかし、まあ。 それはこの辺に置いといて」


 自分の両手対にし、左の方に持っていく。


 「仕事の話に移りましょう」






********












 「――――メールにテキストファイルを添付して送りましたし、以後の報告はメールでもよろしいでしょうか?」


 一通りの『旅団』についての報告と、ファイルについての説明を終えた俺は、澪にそう尋ねてみた。 いちいちゲーム内のショートメールで待ち合わせの約束をして直接対面、そこで報告を行うのは面倒すぎる。 ゆえに、双方に負担のかからない方法を取りたかったからだ。


 しかし彼女は、


 「嫌です」


 ………………………。


 …………"無理≠ニかじゃなくて"嫌≠ネの………?


 言葉を失っている俺に気づいたのか、澪は注釈を付け加えるかの様に言う。


 物凄い満面の笑みで。


 「だって、メールよりも直接会って会話する方が何だか温かみがあるじゃないですか」


 …………いや。


 いやいやいやいや。


 いやいやいやいやいやいやいやいや。


 ゲームで温かみとか言われてもっっ!!


 「……? 違い、ますか?」


 「いえ、その通りですね……」


 依頼人にはできるだけ抗わないのが、俺の請負人流。 一応の肯定だけはしておくことにしよう。


 でも、まあ。 この依頼に限っては今回限りだし。


 この場でさっさと説明やらを済ませて、落ちるとしよう。


 と、思考して口を開こうとしたとき――――


 「ええっと、次の依頼の連絡をしておきましょう」


 「っ!?」


 まだあるんですか!? 今回限りの依頼、オーヴァンやら旅団やらの調査で終わりじゃないんですか!?


 嫌だなぁ、この人なんか苦手だし。


 「……? どうかされましたか?」


 「いえ、気にしないでください……」


 「気になんてしてませんよ〜♪w」


 何だろう。 ゲームの中とはいえ、本気で女性を殺したいと思ったのはこれが初めてだ。


 何だこいつ。


 もう一度言おう。


 何だこいつ!!


 「えーっとですねぇ、次の依頼は旅団の監視らしいです」


 "らしい≠チて何だよ。 つーか、監視、だって?


 「詳しいことは後でメールしますね」


 メールって――――、メールが嫌だといってたのはどこのどいつでありやがりますか!?


 やばいよ、この人。 真性の天然だ……。 一応依頼は受けるけど、あまり関わり合いにはなりたくない。


 「ではでは失礼します〜(^_^)ノシ」


 言ってから彼女は近くのワープポイントへと向かい、この場から立ち去って行った。


 しばらくその後姿を眺めていたが、疲労がどっと身体に押し寄せてきたため、俺は近くの壁に背を預ける。


 目を閉じる。


 勿論、リアルもゲームもほとんど同時に、だ。


 あーあ、結局依頼受けちまったな……。 匂宮に上納する、事務所の維持費たる今月分のGPはまだ貯まっていないのだけれど。 『黄昏の旅団の監視』―――きな臭過ぎ。 何だかやばい匂いがする。


 「なんにしても、ログアウトして考えるか……」


 思考と同時の独白。 ため息混じりに吐き出した、そのときである。


 とん、と肩を叩かれた。


 「――――」


 叩かれたのは右肩。閉じていた両めのうち、右目だけを開けてみる。


 そこに在ったのはPC。 頭よりも大きく、かつ丸く平らに広がった帽子を被り、全身が白に包まれた看護士か何かを連想させられる呪療士(ハーヴェスト)。 もちろん女性、だ。


 少し見覚えがあるような、無いような……。


 「――――どちら様?」


 「志乃、"黄昏の旅団≠フ。一度だけあったことがあるはずだけど……?」


 問うた俺に、彼女は微笑みながら答えた。 ……質問に質問を返さないで。


 「……ああ、旅団のサブリーダーか。 オーヴァンはどうした?」


 「いつものように不在。 『情報収集』って言ってたけど、ね」


 ま、これは社交辞令みたいなものだ。 今の状況においてオーヴァンは関係ない。


 「んで、志乃さんが俺に何の用?」


 一応のところはわかりきっている答えではあるが、訊いておくに越したことは無い。


 牽制の意味もある。


 「んー……」


 こちらの意が伝わったのか、それとも悟ったのか志乃が少しだけ唸った。


 「"黄昏の追求へのお誘い=\―――ってところかな?」


 「……成程」


 ずいぶんと洒落た言い方するじゃねえか。


 というか、さっき唸っていたのはこれを考えていたからか?


 やはりというか、志乃の事はよくわからない。


 「――オーヴァンね」


 続けて志乃は言う。


 「君を待ってると思うんだ」


 「……」


 志乃は、言う。


 あくまでも優しい声音で。


 優しく、優しく。


 母のように。 姉のように。


 まるで優しく俺を責めるかのように。


 それは脅迫にも似た、優しすぎる『優しさ』。 度を、越えている。


 感じるのは恐怖。 例えまやかしだとしても。 俺の幻『覚』だとしても。






 ――――優しいのは、嫌いだ。





 慣れて、いないから。


 「……いや」


 「?」


 「遠慮しとくよ。 興味、無いしな」


 「そう……」


 見るからに残念そうだった。


 ……去るか。


 思考して、立ち去ろうと行動する。


 「じゃ、俺は――――」


 「っ君は!」


 言を遮られた。 見ると、ほんの少しだけ、微量の困惑の表情が見て取れる。


 本人も自分の咄嗟の行動に驚いているようだった。


 それでも志乃は続けた。 これが重要だとい言わんばかりに。


 「君は…………"キー・オブ・ザ・トワイライト≠知ってる……そうでしょう?」


 「……」


 黙して語らず、という訳ではないが彼女の言葉に鼻白んでしまった。


 いきなりか。


 ああ、彼女としては外堀から埋めて行き、そうした上で"キー・オブ・ザ・トワイライト≠フ核心を突こうという思惑だった。 だが、思ったよりも早く俺が逃げようとした―――だから、不自然とはいえ事の核心を突いた……ということか。


 "黄昏の鍵=A"キー・オブ・ザ・トワイライト=B


 「……知らないわけじゃない、ってレベルだ」


 「それでも、知ってるなら……!」


 「――駄目だな」


 「……」


 「お前らじゃ、きっと見つけられない」


 探す方がどうかしている。


 だってあれは。


 可視にて不可視。 在るのか無いのか。 彼岸と此岸をゆらゆらとたゆたう様なモノ。


 そして、たゆたった末にどこに行き着くことも無いままに消えてしまったモノ。


 夢幻を築く、ユメのアト。


 「……志乃さん、俺、もう落ちるから」


 「―――そう」


 その答えは。


 一体何に対してだったのか。


 無駄に苦い後味を味わいつつ、俺はログアウトを開始した。










********










 "俺≠ヘ"世界≠ゥら抜け出、真の"世界≠ヨと帰還した。


 "本当の世界≠ニは言っても、マンションの一室、それも俺の寝室に置いてあるPCの前なわけだが。


 M2Dを外して目を外気へと晒す。


 いつもよりも長い時間ログインしていたためか、目がしばしばする。 瞼を開けたり閉じたりして乾燥した目を潤そうとしてみたが、こういう時にばかり上手くいかないものだ。 仕方なく顔を洗いに洗面所へいく事に決めた。


 デスクトップPCの前に置いてある椅子に座っていた俺は、手に持っていたM2Dを放る様にしてディスプレイの横に置き、立ち上がった。 電源は……切っておくか。 この後に出かける予定があるからだ。


 立ったままOSの終了動作をし、後はコンピューターが終了するのを待たずに歩き出した。


 扉を開き、廊下を隔ててすぐの『洗面所兼バスルーム』に入る。


 蛇口を捻り、水を流す。 水を手にすくって充分な量を溜めてから顔全体にぶつけるようにして、洗った。


 それを二、三度繰り返した後に、側に常備してある洗顔用タオルで水滴を全て拭き取った。


 ふと、鏡を見る。


 映っているのは勿論自分。 ……自分以外が映っていたのなら、それはそれで怖いが。


 先程までゲームをやっていた為か、自分の顔――すなわち"真田 流奈≠ナある――とゲームでの"ルナ≠ェダブる。 しかし、まあ、仕方ないだろう。 "THE WORLD≠フ"ルナ≠ヘリアルの自分に似せて、偽て作ったのだから。


 ゲームでのルナは燃え盛るような緋色の髪、リアルの俺は日本人らしく黒髪という絶対的な違いはあるが。


 思考中に気づく。


 ――――いや、それは間違いだったか。


 あのPCは俺自身が作ったわけではないのだから。 今ではもう、結構前の話なので思い出そうとも思わないが。 記憶を辿るとかの行為はそんなに好きじゃない。


 「……髪、伸びてきたかな……」


 無駄思考を排除するために独白で誤魔化す。


 ついでに鏡の中の自分に自己紹介でもしておくか。


 名前は『真田 流奈』。歳は、ハセヲにも公開してしまった通りに、某私立大学に通う十九歳。 彩音とは大学も同じである。 ちなみに俺も彼女も一人暮らし。


 俺の髪はいつも彩音に切ってもらっていた。 彩音はプロの美容師になれるんじゃないかと思うほど、器用なのだ。


 ……今日にでも切ってもらうかな。


 確か今日は彩音の家に行く予定だったはず。


 洗面所から出、再び寝室に向かって歩き出す。 眠るために行くのではない、寝室にあるクローゼットに用があるのだ。


 俺は二週間に一度程度、彩音の家――と言ってもマンションの一室ではあるが――に招かれる。


 招かれる、などと言っても色っぽい事情ではない。 ほとんど強制的に晩飯を作らされるのだ。


 クローゼットの扉を開き、また思考する。


 彩音の所へ行くと言う事は、変な格好で行ってはならないと言う事である。 ……理由は……、『推して量れ』、である。


 今来ているものは上下黒のTシャツ(勿論長袖)とジーンズ。 今の時期は冬、と言う事は上着を羽織らなければならない、というか寒いだろう。 今の時間帯が夕方である事も影響することも考え、白のジャケットを取り出した。


 ふむ。


 では、行くか。


 俺は大学生が一人暮らしをするには広過ぎ、かつ金銭的に大丈夫なのか?と疑問に思われるであろう一部屋2LDKの部屋を後にした。


 勿論、親が金を出している―――という訳ではない。


 というか、俺には親どころか家族もいない。


 ……その辺りの話は、思い出したくはないが、悲しいわけでもないしそんな『不慮の事故』的な涙ぐましくも、格好いい理由があるわけではない。


 ただ、家族がいない。 それだけ。


 家族代わりがいる、いや、この場合は『いた』、か。 この近くにいるわけでは無いから。


 その家族代わりが家賃やらの生活費を全て負担しているのだ。 無論、自分の使いたい金は自分で用意しているが。


 エレベーターで最下階に降りた。


 扉が開き、エントランス(ロビーとかいう気もするが)に出る。


 一昔前のオートロックを採用しているために内側からは自動ドアと化す扉を抜け、完全に外に出た。


 冬であるせいか、既に夕日が半分ほど落ち始めている。


 歩き出す。


 彩音の住んでいるマンションへは、ものの十分もかからない。 ちなみに、彩音の住んでいる所は俺が住んでいるところと違って、かなり近代的な最新設備の整った場所である。 これまた、大学生は無理だろうと思われるようなマンションではあるが、彩音の苗字を知っている者……、『紫上家』だと分かれば、納得いくであろう。


 大昔、それこそ明治以前から続いていると言っても過言、嘘にならない名家、『紫上家』。


 元は小さな日本貴族だったらしいが、戦後の高度経済成長期に乗じて大きな利益を上げ、今の様な大家となったらしい。


 そんな、ただ家にいるだけでも豪奢な暮らしが保障されるであろう紫上家にありながら、しかし彩音は彼女いわく『家出娘』だった。


 だが、紫上家の力をもってしても家出娘が家に戻っていない事実が何か引っかかった俺は、彼女を問い詰めてみた。


 軽くウザがれながらも最後に訊き出した家出の実際は、『勘当』、であった。


 紫上家の党首……つまり、彩音の父親と諍いを起こした彼女は、何をどうしたのかは知らないし、知りたくもないが、膨大な量の手切れ金を用意させやがったのだ。 ただ、膨大な量と言っても紫上家全体の資産からすれば一部に過ぎないだろう。


 しかし、紫上家は顔に泥を、それこそ『たっぷりと』塗られたはずである。 『家出娘』ならぬ『勘当娘』はかの名家、『紫上家』の党首に大きな打撃を与えて去っていったのであった。


 全く、なんて奴だ。


 そんな彼女の事を考えつつ歩いていると、遂に到着した。


 地上十九階立て、高級マンションに分類されるであろうそこは、古めかしい俺の住んでいるところの様な鍵式オートロックではなく、最近になって一般普及した指先の静脈照合型。 一応、俺の静脈も登録したあるため、認証させてドアを開きエレベーターに向かう。


 静脈認証をしたため、彩音の部屋にも俺がここにいるという情報がいっただろう。






 さて、今日は何を作らされる事になるのやら…………。









********




 今、俺の目の前では彩音が物凄い勢いでパスタを啜っていた。


 「ごく普通のパスタなんだけど……、そんなに美味いか?」


 「はっへ、ふふぁはひょうひふまいひゃもん!」


 「……は?」


 彩音の部屋で料理――今回はパスタだった。材料は彼女が用意していたが――を作り終わり、食べていたときである。 結構凄い勢いだったので、訊いてみた。


 「……口に物を入れて喋らない」


 注意。


 それに応じてか、急ぎ口内のものを噛み砕き、飲み込む彩音。


 「そんな急いで食べんでも……」


 まだ口の端からパスタが一本垂れている。


 彩音の部屋に来た俺は、彼女のために料理を振舞った。 半年ほど前から続いている習慣で、彩音自身は『二週間に一度の流奈'sディナー』とか呼称している。


 ……センスを疑ってしまったじゃないか!


 彩音が材料を買ってきてくれていたのと、俺の手際のいい調理によって三十分程度で料理が完成した。


 彼女の皿には多めに、俺は作っているだけで満腹感が出てきたため、少なめに盛られている。


 口の端の一本に気づいたのか、するすると啜り飲み込んで彩音はようやく口を開いた。


 「だって、流奈、料理上手いだもん」


 あー……、さっきのはそう言いたかったのか。


 彩音は"The World≠ナの姿の様に髪は結い上げず、肩までかかるセミロングにしてあった。 髪色は薄いブラウン。 これは染めたのではなく、もともとの自然の地毛なのだそうだ。 総じて俺の主観を含めると――含まずにも――、可愛い。


 「お前だって、一人暮らししてんだし、上手くなってるはずだろ?」


 「…………」


 「どーした? ……まさか作ってない、とか……?」


 「うぅ……三日に一回は作ってるよ……?」


 「三日に一回って……。 一ヶ月に十日しか作ってないって事かよ!? しかもお前、朝は食パンのトーストだし、昼食は大学の食堂じゃねーか……」


 ちょっと絶望。 弁当とか作ってもらいたかったんだけどなー……。


 「それでも少しは上手くなってきてるよ!?」


 ぷー、と怒った様に頬を膨らませる、彩音。


 あー、可愛い。


 「いやいや、一番最初に作ってもらったシチュー、あれを食べた瞬間、口内に石炭鉱山が出現した理由は何?」


 反論した俺に彼女は黙り込んだ。 しまった、俺ってば好きな奴には意地悪したくなるから…………。


 と、思考したところで彩音が再び口を開く。


 「ざ、斬新な味だったんだよ。 世界で一番……!」


 「ま、そういう事にしとこうかな?」


 「うわ、ひどーい」


 言いながらも笑う彩音。 滅多に笑う事が無い俺も、つられて微笑む。


 笑うのって結構苦手だけど、こいつの前でなら自然に笑える気がする。 本気でそう思った。


 ゆえに望まずにはいられない。


 例え時間という概念が有限だとして。


 この幸福な時間が永遠に続く事を。





 ――――――それから俺達は雑談を交し合った。


 本当に他愛の無い、意味の無い雑談。 本当に意味の無いそれは、かなり遅くまで続いた、


 しかし、明日も一応学校があるため、「また明日」と言って俺は部屋を出、帰路に着いた。


















3://www.contact-ソウグウ.…………了。


[No.891] 2007/08/17(Fri) 17:29:54
偽アトガキ (No.891への返信 / 2階層) - 宴六段

かなり更新遅れてしまってすみません〜><


リアルの方が物凄い多忙だったので……(涙)

しかもありえないほど物凄い長文……。

なんかもうすんません……(何)



あ、こんな奴に感想とかくれたら、泣いて喜びます(←何度もあつかましい)


[No.892] 2007/08/17(Fri) 17:33:16
4://www.reserch-チョウサ. (No.791への返信 / 1階層) - 宴六段








寸前の生






寸前の死











一寸先には何がある?















4://www.reserch-チョウサ.






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 「――――旅団の監視、ねえ……」


 俺は迷っていた。 依頼を受けるか否か。


 ここは寝室のPC前。 すでに三十分は思考しているだろう。


 ……いや、もうあの状態では受けたも同然なのだろうが、今この状況において考えてしまう程大問題だと感じる。


 実はまだ、匂宮に納める分のGPが足りていないのだ、『少し』とは言えない額が。 澪からの依頼――旅団の調査の報酬金は結構な額だったし、恐らくそれに俺自身の金を足せばギリギリ届くだろう。 しかし、俺の金を動かすのは回避し、忌避しなければならない。


 今俺の所持金全てを使えばノルマに届く。 が、それはある意味請負人生命を絶つということにもなりかねない。


 『何故か』、簡潔に答える。


 それは勿論、回復アイテムが買えないからである。


 全額使えば、アイテムという一種の任務遂行中の"保険≠ェ使えなくなる。 イコール、ある程度のGP――『ある程度』とは言っても、一般PCから見れば結構な額だろう――を貯蓄しなければならない。 イコール、その間にノルマを払えずに、"事務所消滅=Aという嫌な方程式……しかも絶対式が成り立ってしまう。


 このような事を避けるために、依頼人からの報酬の振込先は@ホームと同等の機能を有した事務所にしていたのだが……、失敗したかな。


 今月を生き残るために、残された道はひとつ。


 「依頼を受けるしかない、か」


 ……嫌だけど。


 つーことは、彼女はうちの顧客と言う事になるのか。


 我が事務所では、同じPCに二回以上の依頼を受けると、事務所に自動で顧客として登録されることになっていた。 現在登録されている顧客は十数名程度。 その半数が未だにうちに依頼に来る。 何だか物騒な世の中ですな。


 ま、それで儲けさせてもらっているのだから、何も文句は言えやしないが。


 というか、澪よりも先に依頼に来いよ、顧客……!


 俺って常時ピンチな気がしてきた……。


 とにかく。


 依頼は受けるとして、まだ問題がたくさん。 いや、別に大したものではないのだが。 俺個人の中では"一応″lえておかなければならない事、それが残っていた。


 すなわち、"澪は何故、旅団を監視≠オたいのか。


 請負人への依頼に意味を成さない"物=者≠ネど、何もない。 PKにしろ、PKKにしろ、悪意や復讐心、それが個人的、または組織的な"カタチ≠ナ存在するのだ。 絶対と言い切ってもいい。


 ――――――『請負人ってのは、正義の味方なんだよ』


 違いますよ、藍華さん。


 ……大言壮語、です。


 請負人はそんなに綺麗な職業じゃない。


 たとえ、貴女がそうで在ったとしても。


 俺と貴女とでは、全く違います。


 まるで対極。


 俺は――僕は逆なんです。


 貴女が正義ならば、俺は悪。 貴女が表であれば、俺は裏。


 表世界の正義に対して、裏世界の悪。


 正義と誠意の貴女と、悪意と殺意の俺。


 「……呆言だぜ」


 無駄に思考を費やしてしまった。


 とにかく、悪意やら何やらを代行するのが"俺の請負=B


 他に例を挙げたら限が無いので、この辺でやめておこう。


 しかし、澪はそれらの感情が見て取れない。 はっきり言わせて貰うと、無いと言ってもおかしくは無い、と俺は思う。


 普通に会話している最中には感情剥き出しの彼女が、だ。


 内容が内容だけに、気になって仕方が無い。 かなりの違和感である。


 俺はその手の違和感はバッタバッタと切り伏せていきたい人間、否、請負人である。 今回もかなりきな臭い。 ひょっとすると、今までで一番かもしれない。


 だが―――。


 推理、ではなく推論を組み立てるには情報が不足している。 全く無いといっても過言ではない。


 今度は無駄ではない思考をしながら、PCの前へと移動する。 椅子に座り、手馴れた手付きでM2Dを手にとって、これまたごく自然な動きで装着。 電源を入れて装着完了。


 すぐに"The World≠ヨのアクセスを開始した。










******









 Δマク・アヌ。


 請負人事務所に、俺はいた。 "The World<鴻Oインしてすぐにここへ来た……、というわけではない。 実のところ、『旅団の監視』という困難かつ面倒な依頼をこなそうと思い、こっそりと、気付かれない程度に旅団を尾行したあとに、事務所に帰ってきているのだ。


 『旅団の監視』という事は、すなわち動きがあれば教えろ≠ニいうことに他ならない。 しかし、オーヴァンを中心とする旅団が、このThe World≠ノ点在する喪失の地――ロストグラウンド――=Aアルケ・ケルン大瀑布(旅団は稀にこの地を拠点にする事があった)に集合したのちに、二手に別れて行動し始めてしまったので、オーヴァンが付いていたハセヲの方をマークしていたのだが……。


 ぶっちゃけた話、ずっとオーヴァンと志乃による支援でハセヲがレベルを上げているだけだった。 もう片方、タビーと匂坂の方についてもらっていた彩音……、じゃない、紫に交替してもらった。 あちらもレベル上げをしていた最中に休憩に入ってしまっていたらしい。


 だから、オーヴァン達のいるエリアに来てもらってから、交替。 そして、ルートタウンに戻ってから匂坂達のいるであろうエリアには行かず、こうして事務所で休んでいるという事である。


 ……ばれたら、あとで怒られるだろうけど。


 「しっかし、澪は何を考えてるんだろうなあ……」


 全くをもって、分からない事が多すぎだ。 それに、いつまでの期間、彼らを見張って置かなければならないんだろうか。


 そうだ。 後でメールを送っておこう。 こういう事は訊いておかなければならない。 あとで物凄い損をする事になるという事は、今までの経験から苦しい程よくわかる。


 自分に言い聞かせてから、思考も独白も停止。


 …………。


 …………………。


 ……………………………………。


 ……………………………………むう、こちらはこちらでやる事が無いな。


 俺はゲームの中だということをわかりつつも、長椅子に寝転がる。 頭の後ろで手を組み、足を手摺りに乗せた。


 せめて緊急の仕事でも入ってくれればなあ……。 仕事と言っても、匂坂達の所に戻るのは面倒過ぎるし。


 あ、やば。


 本当に眠たくなってきたかも。


 けど、寝落ちなんてしている所を彩音に見られたら……、恐いなぁ。


 あ、でも怒ったら怒ったで可愛いかもしれない、とか考えている俺は変態なんだろうか。 つい、彼女の怒った顔を思い浮かべてしまう。 頬をぷくー、と膨らませた表情。ちょっと笑ってしまった。


 かなり面白い事を思考しつつ、長椅子の反対側の窓際のグラフィックへと目を向ける。 そこにあるのは高さはちょうどいいが、しかし幅が広いとは言えない小さな机。 実は事務所宛ての依頼メールは匂宮のシステムを介してこの事務所に届くのだ。 なんというか、匂宮の趣味というか、グラフィックまでこだわっているのは脱帽物である。


 メールが転送されて来るとこの机の上にウィンドウが展開され、俺や彩音はそのメールを開いて依頼を確認、そのあとに個人でショートメールで返信しているのだ。


 「……いや、暇だな」


 思考すらも面倒臭い。 本当にこのまま眠ってしまいそう……。


 ゲームの中のルナ≠フ目が霞む。


 とまで考えた瞬間、見つめていた机の上……ではなく、俺自身にショートメールの着信を知らせる軽い音。


 長椅子に横になったままショートメールを開封、内容を確認する。


 <通常の草原フィールド、『Δ雅なる 早秋の 成れの果て』にて、何人ものPKが暴れている。 さすがに一般PCから苦情が出たので、鎮静化させて来い>


 送り主は匂宮だった。


 苦情、ね。


 The World≠フ仕様や利用規約で公式にPKは認められている。 というか、それ以前では考えられないが、確かにThe World R:2≠ナはPKシステムを売りにしているのだ。


 ――――だからと言って、行き過ぎた殺人行為≠野放しにするわけにはいかない。


 ただし、管理者達は表立って迷惑PC≠ノ介入するわけには行かない。 だからこその、俺≠ネのだ。


 ……確かに暇だし、迷惑PCの鎮圧も請負人の仕事のうちだが、命令口調はどうかと思う。 ま、彼は一応この事務所の家主みたいなものだから俺は文句も言えやしないが、もう少し柔らかい口調にはできないのだろうか、とか愚考してみる。


 いやっ! 柔らかい口調の匂宮などキモ過ぎて見るに堪えない……。


 第一、奴はフィアナの末裔の片割れ、しかもよりによって俺の知り合いの蒼天≠フ格好をしていやがるのだ。 もちろん、管理者特権で背中から翼も生えている。 …………俺への嫌がらせか?


 そんな格好で『大丈夫?』とか言われたくねえよ……。 目の部分にゃ、M2Dみたいなのを掛けてるし。


 ん、でも確か翼のグラフィックは自作だったんだっけか?


 っと、思考を横飛びさせてしまっていた。 そろそろ行かなければ、苦情は凄まじい事になるだろう。 そのクレームは全て匂宮行きだから、別にいいんだけれど。


 「さて、と。 そんじゃ、張り切って商いに行きますかねえ……!」


 俺は外に向かって歩き出した。












******













 そこ≠ヘリアルでは無いというのにもかかわらず、死臭が漂っていた。


 ゲームの中だというのに。


 虚飾そのものの世界だというのに。


 暴れまわっているはずのPK達のグループはおらず、苦情を送ったはずの一般PC達の姿すら存在してはいなかった。


 否、存在してはいけないと、ここには人が存在してはいけないという印象を強く℃けた。


 ここ――Δ雅なる 早秋の 成れの果て――には唯一俺と、前方にいる男性型PCだけであった。


 そいつの姿そのもの≠ヘ一般に存在するPCとなんら変わりない。 だが、その身体は仕様外であるかのように黒く、否、そんな事よりも何よりも窪んだ様にはっきりとは窺えない目≠ノ宿る光が奴の禍々しさを強く象徴していた。 そして、PCが手に提げた刀剣は真っ黒なPCボディに比例するかのように、黒さと禍々しさを帯びていた。


 ―――こいつは、やばい。 俺の請負人としての勘が性急に、かつ早急に最大級の警鐘を鳴らしている。


 何だろう、この感覚は。


 不安と恐怖が一気に押し寄せてきている、といった感じだ。 このエリアの、今にも土砂降りの雨が降りそうな曇天がそんな俺の胸中を具現化しているようでさえあった。


 こいつは手に負えない、早くプラットホームからゲートアウトしなければ。 判じたときだった。





 ――――――そいつは殺気を形成した――――――




 俺の本能的な跳躍。 横飛びに飛んだ俺は、転がりつつ速度を殺す。


 ……先程まで立っていた場所に黒き影が、疾った。


 放たれたのは必殺の刺突。 結構な距離が開いていた――リアルに換算して20メートル程の距離だった――俺の所まで来る……、尋常でない速度だ。


 「っっ!!」


 立ち上がりつつ、思考。 無論、高速思考だ。


 間違い、無い。 PKのグループも一般PCをも殺ったのは、こいつだ。 PK後の仕様たる死体が無いのが気にかかるが、今はそれどころではない。


 奴の素早さは桁違い、否、桁外れ≠ネのだ。


 桁が違うのではなく、それを超越してまで桁が外れている。


 「匂宮め……、厄介に巻き込みやがって……!!」


 俺も本気を出さねば危うい。 というか、出しても生き残れるか……?


 応戦しつつ、撤退。 行動を決定。


 思考して、刀を現出させようとした時。


 「おっ、早くも発見〜♪」


 「へえ、やっぱBBSの情報も信じてみるもんだな」


 この様な場にそぐわない、暢気な声。 三人組のパーティーなのだが、俺の背後にあるプラットホームからこのエリアに入って来た様だった。


 今の言動からすると、このPCとこの状況について誰かがBBS、大手たるよもやまBBSにでも書き込みをしたのかもしれない。 三人パーティーは奴に近付こうとしている。


 きっと、高をくくっている。 これはゲームだというある種の虚構が生んだ安心感。 だが、このゲームには仕様を逸脱した状況≠ェ生み出される事がある……、それを知っているのはごく僅かな人間のみだが、俺はそれを知りえた。 七年前の、あのときに。


 だから、わかる。


 これは逸脱≠オている。


 完全に、外れてしまっている。


 危険だ。 彼らはただのイベント気分でここに来たのかもしれないが、しかし、奴は―――


 「そいつから離れろっ!!」


 三人に向かって叫ぶ。 彼らは奴に近付く足を止めてこちらを振り返った。


 瞬間、奴が動き出す。


 「蛾ッ、蛾亜亞ァァァァア亞アaaア阿アァアァアアアァA&ァァッッあsdklj」


 「…………!」


 耳に痛いほどの吠え声。 最早言語としての意味を見出せない、ただの叫び。


 意味不明の咆哮を上げた奴は、神速に近い速度で三人へと肉迫する。 文字通り見えない=wソレ』は三人の中心へと至り、一人、また一人と斬り狩ってゆく。 いや、斬るというよりも鈍器で叩き殺すといった方が相応しいかもしれない。


 食い千切る様にしてPCを狩っていくそれは、最後の一人へと刀剣を振り上げた。


 「ちょっ、何――――」


 最後の一人は他の二人と違い声を上げる事が叶ったが、しかし最後まで口を上げる事はできなかった。


 俺はその間中、何もできなかった。 ただ恐怖、していた。


 否、過去形ではない。 今も進行形だ。


 ――――アレハコワイ――――


 俺はその時、初めて理解する。 何故PCの死亡表示が無かったのかを。


 奴が殺ったPCは倒れたわけでは、ない。


 グラフィックのテクスチャが剥がれ落ちて、現れたのはデッサン人形の様な味気の無いPCの素体。 しかし、PCの名残であるとも言えるそれですら、ばらばらに崩れて散り、データの塵と化した。 最早人間≠フ姿は無い。


 周りに在るのは、バーコードの様な縦線が連なった解読不能なコード列。


 「やはり、か」


 現実世界――リアルの彼らがどうなったかなど、想像もつかないし、知る由も無いが、少なくとも彼らのPCはもう駄目だろう。 キャラの消失(ロスト)――。 それはこの世界≠ナの真の死を表していた。


 奴の周囲に渦巻いていたデータの塵は、前兆も無くひとつに収束を始める。


 まるで、意思を持っているかの様に。


 まるで、意思を持たされているかの様に。


 塵が集まり、奴はそれを見つめる。


 何を思ったか。


 奴は。


 それを。


 塵どもを。


 一気に。




 ――――喰らった。




 「っっ!?」


 性格には喰ったのではない。 全身をもって吸収しただけなのだ。 だが、その行為は何故か俺の頭の中に直接的なイメージとして焼き付けられた。


 酷い吐き気が襲う。


 本当に酷い、吐き気だ。 苦痛である。


 ……データを吸収する―――。 こんな事、まるで





 仕様を逸脱している





じゃないか。


 奴がまた動き始めた。 更なる殺意を目に宿し、更なる悪意を見に纏い、刀剣を構える。


 リアルでの俺が、どっと汗を噴き出す。 いや、リアルの俺? 今、俺はリアルにいるのか……?


 今更になって感じる。 自分の感覚が無いのだ。


 風が吹きすさぶ。 もしかすると、雨が降るのかもしれない。


 風を感じた=B ……感じただと? ゲームなのに?


 リアルの俺が、認識できない。 今認められるのは、The World≠ナの感覚のみ。


 ――こんな所で殺されたら――。


 「……冗談じゃない……」


 今はその思考を破棄する。 今現在のやるべきことは、この状況からの回避。


 排除ではなく、回避だ。


 逃げ出す事。


 ……奴が揺らぐ事の無い殺意と悪意で俺を見つめている。


 突然。


 本当に突然にその姿が霞んだ。


 奴は俺のすぐ横に出現した。 余りに速すぎて、現れた瞬間しか見えなかった。


 薙ぎ払う様に繰り出された刃。


 「っ!!」


 俺は上体を反らして、斬撃をかわす。 が、尋常でない速度で刀を振り切った体勢を整えられた。 振り下ろされる更なる追撃。


 次は上体を反らしたまま、地面に着地、身体を回転させて地面を転がる形で追撃を避ける。 転がった先でも、相手の攻撃を予測して立ち上がりざまに後方へへと跳躍。 案の定奴は俺の思ったとおりの場所――すなわち俺のいた場所――に刀剣を突き刺した。


 本気で冗談じゃない。 こちらに武器を出現させ、構える暇すら与えてくれはしない。


 「――――化け物かよ……!」


 更に刃が神速で迫ってくる。 身を横に捌いて避けるが、黒き刃が鼻先を掠めていく。


 考えろ、この状況を脱する方法を!


 奴は思考を途切らせる様な威圧感と共に、刃を走らせてくる。 もう長くは持たないだろう。 思考しつつしゃがみ込んで刃を回避した時。


 その回避方法を見越していたかの様に、俺の腹部に向かって繰り出される、蹴り。


 体勢が体勢だけに、避けられないっ!


 「かはっ……!!」


 蹴りの威力で空中を飛ぶ、身体。 先程とは違い、他意によって地面を転がった。 止まった先で、振り下ろされる、刃。


 「…………っ!!」


 開いた口が、言葉や音を紡ぎださない。


 もう、終わり……か。 結構早かったかも。


 つーか、こんな所で殺られんのかよ。


 彩音の顔が頭の中に浮かんだ。 キャラデータを失うのか、意識を失うのか――――。


 七年前のあいつ≠フ時も俺と同じ胸中だったんだろうか。


 ……いや、俺は思考がいかれているらしいから、こんな死≠ノなんの感慨も抱かない様な胸中では無かったのかもしれない。


 どちらにしても、PCルナ≠ヘ消えるだろう。


 ああ。


 このPC、俺が作ったんじゃなかったんだっけ。


 ごめん、彩音。 って、彩音が作ったわけでもないんだけどさ。


 刹那のうちにあらゆることを想った。 こういうのって、走馬灯が走る、とかいうのだったか。


 とうとう刃が俺の眼前に迫る。 俺は目を瞑らない。


 俺にはなんの感慨も無い。 なんの感慨も抱こうとはしない。


 俺の前には、結果だけが残る。 結果だけが、目に映る。


 結果。


 成果。






 ――――――奴の刃が、それと違う刃に阻まれた。






 「……なあっ!?」


 その刃は、奴のものと同じく黒くはあったが、日本刀の様なしなやかな姿であるためか、凛とした美しさがあった。 そして、鍔元に存在する目玉≠ェ禍々しさと同時に、異様な美しさを一層惹き立てていた。 刃の持ち主を探るべく、視線だけを動かした俺の顔は、驚愕に彩られていたに違いない。


 刀を握っていたのは、自らの手だったのだ。


 自分が刀を握っている――。 そう知覚した瞬間、思い出したかのようにずっしりと相手の力を体重を共に感じた。 しかしながら、自らの手にしている刀には重みというものを全く感じなかった。


 右手の刀から力が伝わってくる。 美しさに比例した、怖気が流れ込んでくるような、禍々しき力。


 ――――魔的――――。


 そんな言葉が頭を過ぎった。


 この刀には、美しさの中に魔的な何か≠ェ潜んでいる。 何故だか、わかった。


 俺は、奴の兇刃を切り払うかのように押し返す。


 爆ぜる、力。 力。 力。 力―――――。


 今までに無いほどの圧倒的な力を感じる。 自らの身体の内からではない、手にする禍々しい刀からの、力。


 悪魔に魂全てを売り渡した狂戦士の如き力だ。


 狂気に、兇気。 狂という兇。


 「…………」


 追撃をかける様に、自分と相手との距離を詰める。 力と同様、驚異の速度により距離は一気に零になる。


 相手の迎撃。


 先程まで捉えることのできなかった斬撃が、見える。 攻撃を直視し、捉えることができる。


 横薙ぎに払われた兇刃を、しかし俺は同じく兇刃でそれを受け止め、それを支点として中空へと舞い上がった。 その間、自らの刃に込める力を弛めて相手の刃を受け流す事も忘れない。


 相手が刃を空振っている数瞬のうちに、空中から奴の背後に降り立った。


 気付いた奴が焦ることなく空振った刃を流してくるが、もう間に合わない。 間に合わせてやるつもりも、こちらには毛頭ない。


 俺が放つは必殺の一閃。


 刃は奴の胴を易々と斬りに走り、一気に真っ二つに裂いた。 上半身と下半身が二つの部位に分解されて、地面を転がる。


 「…………」


 倒した、のだろうか。 鬼神の如き奴を。


 ――――――鬼神の如き力で。


 と。


 地面に転がっていた二つに分断されていた死体≠フテクスチャが剥げ落ち始める。 更にあのデッサン人形の様な素体も崩れて、コード列のようなデータの塵と化していった。


 データの塵は意思でも持っているかの様に、一気に俺の下へと向かい、押し寄せてくる。 身構えるがしかし、それらは奴とは違い、俺の体へと向かってきているのでは無いらしかった。 データが向かってきているのは、俺の手の内に在る漆黒の刃だ。


 近付いた途端、コード列は刀に吸収されていく。 吸収しているのは鍔元に象嵌された目玉=\―――。


 嫌悪感からか、背筋に冷たいものが走る。 やり方さえ違えど、奴と同じ事をしているのだ。 常人には堪えられまい。


 ―――そう、常人なら。 ……呆言だな、常人などといって俺は違うとでも言う気か?


 確かに俺の精神は正常ではないという意味では、常人ではないのかもしれないが。


 「……それにしても、だな」


 思考を切り替えた。


 何なのだろう、この力は。 手に在る刃に目を落とす。 データを吸収していたことから、さっきまでの奴と同じ異常の力なんだろうけど。


 「あるいは異形の力、か」


 ふと見ると刃は消失していた。 跡の形すら残さず、名残さえない。 消えたのも見るまでは分からなかった。 しかし、代わりであるかの様にその手に在ったのは、黒い炎。 掌に乗るほどの大きさであるが、墨でも流し込んだかの様に黒く、静かに燃える黒炎の中心に、先程まで手にあった刃と同じく目玉がゆらゆらと揺れていた。


 「…………」


 通常のアイテムと同じく、揺らめくそれは手に現したり消したりなどできるようだ。 現に今、武器と同じく消失させた後にまた出現させる事ができた。 だがどうやっても――どうやってもと言っても、何をやるのか思いもつかないのだが――、異形の刃を出すことは叶わなかった。


 「……一体何なんだよ……」


 「禍つ式≠ニ言うんだ、それは」


 突然、背後から声が飛んできた。 俺の独白に対する余りに早い即答。 声には聞き覚えがあった。


 やはり、この素っ気無くさばさばとした物言い、あいつに違いあるまい。


 体は前方向に向けたまま、顔だけをぐるりと回して振り返る。


 「――――――匂宮……?」




















 4://www.reserch-チョウサ. …………了。











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アトガキ書



今回は本文の方へ書くようにしました!
いちいち別のレスの方に書くと、物凄い無駄だと今更ながらに気付いたので……(汗)

今回も異常に長いですね……。
実は時間も結構かかってるんですけど、一応Rootsに沿って話を進めているので、詰めないと時系列がずれてしまうのです(という言い訳)。

1話が長いと読むのが面倒ですよねー……(^^;)
こんな1話が長い小説ですが、どうか感想をお願いします!(結局それが言いたいんかい!)


[No.903] 2007/08/28(Tue) 16:58:24
5://www.guard-ボウギョ. 前編 (No.791への返信 / 1階層) - 宴六段
















攻撃が最大の防御だというのなら

















防御は最大の攻撃だろうか?
















5://www.guard-ボウギョ.


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 「それはお前さんも大変な目に遭ったな」


 「爺さん、大変ってなもんじゃねえよ。 俺はキャラ失っちまうかもしれないところだったし」


 「それも、ありだったかもしれんなあ」


 「さらりと酷い事言うのな、あんた……」


 ルートタウン、Δマク・アヌ。 その桟橋にて話込む二つの影。 周りから聞いてみると、実に妙な会話なうえに、一人は古めかしいような話し方であるため、怪しい会話に聞こえてしまっていた。


 あの事件≠ニも言うべき出来事が起こって、翌日。 確信を持ってこの場所に来てみると、思った通りに彼≠ヘそこにいた。 彼≠見慣れない初心者がNPCと勘違いするのではないか、と俺に危惧させる程ずっとここにいる彼≠ニは、もちろん、R:1以来の古参PCフィロ≠ナある。


 しかし、ここは確かに良い場所だな、と思う。 フィロがずっとここにいる気持ちもわかる気がする。 とは言っても彼がここに、The World≠ノINし続ける理由になど毛ほどの興味もないが。


 この橋からは、街中に張り巡らされている水路から流れゆく大海を眺められる。 更に言うと、海の水平線すらも眺める事ができるので夕日の浮き沈みがくっきりと現れる。 『美しい』といっても言葉が足らないぐらいだ。


 いや、ゲームなんだろと言われてしまえばそこで終わりなのだが、グラフィック技術に関しては一種の芸術だと言える。 近年、そっちの世界でも認められる傾向にもあるし。 しかし、まあThe World≠フこの洗練され、かつ完成されたグラフィックは一体誰が作っているのだろう。 気になって仕方が無いが、知りたくもない気がする。 何故かそういう思考をすると、背筋に悪寒が走るのだ。


 「おい、いるのか?」


 おっと、いつもの如く思考が横飛びしていたらしい。 フィロにPCの前にいるのかと尋ねられてしまった。


 「ちゃんといるよ。 ちょっと考え事してただけさ」


 「お前さんの悪い癖だ。 他人と話しながらあまり他の事を考えるな」


 「……匂宮みたいなこと言うなよ……」


 本気で、素でやめて欲しかった。 特に、昨日の様な事があった後には。


 「おお、そういえばその後どうなったか訊いてないなぁ。 匂宮は何でその場に来た?」


 問いかけに。


 彼の問いかけに、一瞬息が詰まった。


 答えるべきか、否か。


 むしろ、真実を話すか、虚偽を述べるか。


 選択肢は絞って二つ。


 こんな所で、双つ。


 ……フィロを巻き込んでいいと思えるほど、俺は覚悟のある――良識、悪識ある人間ではない。


 俺自身が物事に巻き込まれる場合はともかくとして、俺が人を巻き込んでしまうと、とんでもなく取り返しの付かない事になるのだ。


 無論、今までの経験からの話ではあるが。


 だが―――――独りで抱え込めるほど人間ができてるわけでも、ない。


 「ああ、それはだな……」


 とつとつと話し始めた。


 結局、巻き込む事にしてしまった。


 一応の所。


 本当にとりあえずは誰かに相談したいと思っていた。 否、願っていた。


 しかし、彩音にだけは相談などしたくない。 彼女を巻き込めるほどの覚悟が俺にあるわけではないし、そんな覚悟など、いらない。


 だから、彩音以外で信用、信頼できるのはフィロしかいなかった。


 彼ならば、滅多にタウンから出る事が無い。 一応のところは=A安心だろう。


 俺は、マク・アヌの置物≠ニ呼ばれる隠者にゆっくりと、詳しく語るために集中し始めた。






******









 「禍つ式≠ニいうんだ、それは」


 禍つ式……? 即座に疑問符が頭の中に浮かび、疑問に疑問が重なってゆく。


 「禍つ式……、この目玉みたいな炎が?」


 手の内に在る目玉を一瞥してみた。 黒い炎はまだゆらゆらと揺れている。


 「正確には、発動した武器の事を言う」


 剣は禍々しかったろう? 問うて来る匂宮に表情はなく、思考を読み取ることは難しいどころか、不可能の様に思えた。


 頷いて肯定の意思を表す。


 「先程の事≠経験したのならわかったろうが、禍つ式はPKしたデータを破壊、吸収して自らの糧とすることができる。 ……PKされたPCデータもロストした事を確認した」


 「破壊……? ……『確認した』って、てめえは何か知ってるのかよ……?」


 「これも正確に言うならば、破壊というよりは改変=\―改竄≠ノ近いのだがな。 自分にとって有意義なデータに変換するという」


 もうひとつの質問に答えてはいないが、今は少し待ってみようと思う。 重要な事は後の方に持っていく、それが匂宮流話術なのだから。


 「改変って……、その言い方だと……」


 「うん? 何か思い当たる節でもあるのか?」


 改変≠ニ聞き、ひとつの言葉、単語が脳裏に閃いた。 わかっている、イリーガルだろう。


 だが、その単語≠ニいうか、むしろ用語≠ノ近いその言葉を口に出したくは、ない。


 口にしてしまえば、きっとまた巻き込めまれる。


 昔の様な事は、もうごめんだ。


 思い出したくもない。


 「…………いいや、知らない」


 匂宮が怪訝そうな顔になる。 彼は人の考えを読む事など、そういうことに関して鋭いから俺の内心がわかっているのかもしれない。


 「……まあ、いいだろう。 我々はこの改変の力をデータドレイン≠ニ呼称している。 このゲームの仕様にはない、逸脱したイリーガルな力≠セ」






 ――――――データドレイン――――――





 言葉に自然、動悸が早まる。 体が拒否反応を起こすように。 脳や思考、精神までもが拒否をしようと反抗を始める。


 頭がその言葉を理解しようとするのを、全力で、死力を尽くしてでも阻止しょうとする。


 やめろ、理解しようとするな。 素直に、実直に受け止めろ。


 マジになるな、ムキになるな。


 真面目に向き合えばいいだけの事、だ。


 「我々……?」


 思考を切り離す事も兼ねて、話を関係の無い方に向ける。 これ以上匂宮に悟られては、多少まずい。


 「ああ、数人のシステム管理者とGM(ゲームマスター)から構成される、特殊な内部組織だ。 未だ名称はないが、な」


 もっとも、この様な話を一般PCに話していいわけが無い。 くそ、やはり巻き込まれたのか。


 「なんかあまり知られたくなさそうだな、簡潔な説明の仕方だと」


 「当たり前だ。 本来ならこの様な通常のエリアで話す事も憚られる」


 通常のエリアとは言ったものの、このエリアはもはや通常とは言えない範疇にあるだろう。 あいつ≠フせいで所々のグラフィックが傷つき、ワイヤーフレームが剥き出しになっている箇所も見受けられる。


 「なら、グリーマ・レーヴ大聖堂≠ノでも行くか? あの場所なら『女神様』が護ってくれるかもしれないぜ?w」


 俺の言うグリーマ・レーヴ大聖堂≠ニは、アルケ・ケルンと同じく喪失の地、ロストグラウンドと呼ばれる特殊なエリアのうちのひとつである。 このThe World≠フ前身となったフラグメント=c…。 その世界が創生されたときに作製されたものらしいが、非常におかしな事に、システム面での神と同等の存在であるはずの管理者の操作すら全く受け付けないらしい。 削除修正も受け付けないために、CC社は仕方なし≠ニいう形で公認している。


 天才ハッカー兼、CC社の契約相談役という肩書きを自他共に認められている匂宮にすら操作できないらしく、その事を妬んでいるのか、それとも悔しく思っているのか知らないが、とにかく良い感情≠抱いてはいないだろう。 俺には全く関係ない話だが、このロストグラウンドの話を出せばそうそう見る事のできない、匂宮の苦しそうな表情を拝めるので、事あるごとにこの話を持ち出すことにしている。


 持ち出して用いる。


 用いるのだが…………


 「私は御免だ。 それに、あの教会じみた場所で懺悔すべきなのは貴様だろう?」


 「……何で?」


 匂宮は。


 にたり、と嫌な顔で微笑した。


 「忘れたのか? 貴様はつい先程に一人のPCを消し去ったのだぞ?」


 「っ……!?」


 いつもとは違い、反撃を受けてしまった。 しかも、気に病んでいる事への中傷を交えるという離れ技をやってのけやがった。


 「そして、貴様は今この状況から脱する方法を考えていただろう?」


 「…………ばれたか」


 「だが、生憎と貴様はこの状況から逃亡する事はできない。 理由は……、わかっているな?」


 「――――わかって、いるさ」


 わかってるさっ!


 そうだとも!


 理解してるよ、そんな事。


 これでもかって、くらい。


 …………。


 …………はあぁ…………。


 理由、ねえ?


 一応、考えてみるか。


 理由、そのいち。 俺は奴≠ェ暴走していたとはいえ、禍つ式≠ニやらでPCを消失させた。 つまり、ゲーム上での不正を働いたというわけだ。 システム管理者は不正を逃がさない、というか逃がしてはならない。


 つまるところ、俺のPCを削除するだけの正当な@摎Rが在るということだ。 俺の事を本気で嫌っている匂宮は喜び勇んでPCデータを消去するだろうな……。


 次に理由その二、だが……。 よく考えれば思考する必要が無いな。


 結局、俺は逃げることのできない追い込まれた状況にあるのだから。


 「状況を再認識したか?」


 問うて来る匂宮を殺してやりたいと思いつつ、頑張って、本当に頑張って、本当の本気に頑張って堪えて、無言で頷いた。


 彼は口元に笑みを浮かべていた。 少し、満足した表情である。


 うぜぇぇぇええぇええええええ!!!!


 殺して差し上げましょうかっっ!?


 視線に殺意を込め、匂宮を睨んだ。


 眼光光線、なんて。


 「……なにやら激烈な殺気を感じるのだが?」


 「気のせいだな。 もしくは幻覚症状。 良い病院を紹介してやろうか?」


 そして発狂して死ね。


 「まあ、いい。 貴様はいつも殺気だらけだからな」


 それはお前と一部の人間(主にPKだが)だけじゃ。


 本気でPKしてくれようか?


 ちなみにPKする≠ニ書いて殺す≠ニ読む。


 なんて、呆言だけど。


 「で、逃げられないのはわかったし、しっかり理解した。 だけど、俺に何をしろと?」


 「ようやく本題に辿り着いたな。 まったく、どこまで手を焼かせるつもりなのか……」


 おい。


 ちょっと待て。


 そういう言い方されたら、まるで俺が物分かり悪いみたいじゃねえか。


 とか心中で突っ込みを入れていると、匂宮が驚愕の一言を放つ。


 本当にいきなり、だった。


 「貴様に課したい事。






 本題とは禍つ式の暴走により、暴走PC=禍つ神≠ニ化したPCの駆除、だ」






 「……!?」


 俺の表情は、匂宮を除いた第三者から見れば凍りついていたに違いない。 一瞬、思考が止まる。


 空白。


 そして思考の再生。


 一時停止からの再生が、始まった。


 「お、い。 待てよ、さっきの奴でも大苦戦だったのに、あんなのを狩れ≠セと? ふざけんなよ、 できるはずが――――」


 「無いとでも言いたいのか? ふん。 別にやろうがやるまいが関係など無いがな、暴走しない禍つ式――我々は矛盾(オリジナル)≠ニ呼んでいるが、それを扱える者は貴様しか見つかっていないのだ。 このセカイ≠ェ滅んでも良いというのならば、今すぐにPCルナ≠破棄するが良い」


 「……このPCなら、プレイヤーは誰でもいいのかよ?」


 訊ねた俺に匂宮は、ふん、と鼻で笑う。


 どうやら説明が面倒臭いらしかった。


 「当たり前、言えば多少おかしくなるか。 これはゲーム―――それを前提としているのだから」


 確かに、おかしいと言えばおかしいか。 そもそもゲームだというのに禍つ式≠ネんてモノが出てきては、仕様を逸脱――それこそ矛盾≠オている。 矛盾以外の何物でもない。


 しかし、The World≠フゲーム内アイテムがプレイヤーを選ぶなどということが、実際に有り得るのだろうか。 実際、有り得ないのだろう。 俺だって、匂宮にしたってBBS等に転がっている様な噂であればそうそう伸爾などしないだろう。


 『理解』など以ての外、である。


 だが、認めざるを得ないというのが今の俺の現状。


 実際に戦闘を経験したから、というのは理由にもならない。 事実はあくまでも『事実』、だ。


 理解できているのは諦めているからか? もはや諦める他無いと思っているからだろうか? それとも容認しているのか。 仕方なく受け止めているからか?


 受け止め、そのまま自らのうちに納める。


 容認などできるような人間か?俺は。


 ――――――――――否。


 七年前のあの事件=B そして『彼』を知っているから。 『彼ら』を知って=A識って≠「るから。


 当事者でも無かった癖に。


 直面したわけでもなかった、傍観者だった癖に。


 何もできないではなく、何もしなかった&ネに。


 ……ともかく、『理解』できる。


 だから『理解』できる。


 その理由以上でも。


 その理由以下でもない。


 『彼』は使用を逸脱した『力』を持っており、また『彼』自身も仕様を逸脱した存在だった≠フだから。


 「かはは……。 まったく、嗤えてくるよな、俺の人生って奴は……」


 「…………」


 「まったく、面白ぇよ……。 あの時≠セって巻き込まれてたのに、また同じ様な事に巻き込まれてる。 もう懲り懲りだっつーの……!」


 俺は誰から見てもわかるように顕著に嗤う。


 自嘲的に。


 擬嘲的に。


 自分自身を嘲笑った。


 嗤う事で心情を消そう、などと愚鈍な事、呆言めいた事はしない。


 嗤える程の資格のある様な人間でも無いくせに?


 しかも、巻き込まれていた、だって?


 それこそ呆言、愚の極み。


 愚の骨頂。


 あれは巻き込まれていた≠フではないだろう?


 巻き込まれにいった≠だろう?


 そうして首を突っ込んで、後悔。


 悔恨を思う癖に、自ら首を突っ込んで抜けなくなっている。


 だからこその傍観者だった癖に。


 結局は人のせいにしていやがる。


 本当に嗤えるのは、俺自身だ。


 ……ここで思考終了。


 うん、軽く死にたくなってきた。


 「――わかったよ、匂宮。 手前(てめえ)らに協力してやる」


 「……妙に物分りが良いのだな、今日は」


 怪訝そうに顔を窺ってきた。 ま、仕方なくは、あるかな。


 あえて口に出しはしないが。


 「はん。 ただ単に諦めてるだけさ」


 無論。


 嘘ではあったのだが、匂宮は頷いた事から、納得はしているようだった。 匂宮は馬鹿ではない。 むしろ、天才だ。


 CC社契約勤務の天才ハッカー。 それが彼の肩書きのなだから。


 ただし、彩音いわく『馬鹿と天才は紙一重〜♪』らしいが。


 おっと、思考がずれてしまっていたか。


 「では、私は報告に帰るとしよう」


 問う事を諦めたのか、匂宮がプラットホームではなく自分の管理者権限で直接ゲートアウトしようとした。 俺は名前を呼んで止めた。


 まだ用はある。 まるで、というか本当に面倒臭そうに「何だ」という視線を送ってくる奴に、言い放つ。


 「協力してやるって言ったけどさ、それには条件があるんだよ」


 「…………何だ?」


 凄く嫌そうな顔。


 とは言うものの、仮面モドキでほとんど表情は見えないのだが。


 「んな嫌そうな顔すんじゃねえよ。 大した事でもねえんだから」












前編……了。


******


すみません、宴六段です……。

今回の話は異常な長さになってしまったので、前後編で行きたいと……(涙)

だったら、最初から分けろよ!!
という話なんですが、それがなんとも……orz

どうか、どうか温かい目で見守ってやってくださいませ!(懇願)


[No.936] 2007/09/24(Mon) 13:55:24
5://www.guard-ボウギョ. 後編 (No.791への返信 / 1階層) - 宴六段








******







 「……それで、条件は何を出したんだ?」


 一通り話し終わり、一息ついたところにフィロが続けて問うてきた。


 そこまで一気に語ったので少し疲れてはいた。 しかし、日頃のあらゆることに対して無関心なフィロがせっかく訊ねてくれたので、一息ついてから応答する。


 「いや、んな大した条件でもないんだけどねw」


 軽く笑う。 苦笑である。


 本当に、微妙というか大した程の条件でもないのだが、ここまで話したのだから仕方ない。 最後は黙して語らず、というわけにはいくまい。


 「条件つってもな、事務所の維持費なしにするのと――――」


 事務所の維持費、カット。 これで大分楽になる。(というか、たかがゲームで苦労してた俺をどうかと思うが、【TaN】の奴らもそんな感じなんだろうか。 無論、奴らの事なんか想像したくも無いのだが)。


 それは、オーケイ。


 だが、もうひとつの条件の方に、言い澱む。 ……澱むというか、濁る感じか? 呆言だけど。


 むう……。 これ以上言うと、あれがあれなんだよなー……。


 「それと、何だ?」


 フィロが催促してくる。 何か、まるでドラマの刑事とかに追及されてるみたいだな。


 ま、答えるしかないか。


 いや、でもなあ……。


 「ここまで言ったんだったら、言うしかないだろう?」


 いや、でもなあ……。


 「何か言い辛いことでもあるのか?」


 いや、でもなあ……。


 「お前さんのことだから何を条件にしたのかくらい、予想は付くが……」


 いや、でもなあ……。


 「何かはっきりしてくれ」


 いや、でもなあ……。


 「……。 言いたくないのなら、無理に言わんでもいい」


 いや、でもなあ……。 っていつの間にか解決している。


 彼は嘆息混じりに台詞を吐いた様だ。


 迷うだけで、解決。 我ながら凄い才能だな。


 ……勿論、呆言だが。


 「ごめん。 言えねえわ、やっぱり」


 「だったら最初から言うもんじゃない」


 なにやら少し怒っているようだ。 声に微量であるが怒気が混ざっていた。


 傍から見ると、可愛い獣人であるフィロに説教されているという姿は何だか間抜けなので、すぐに逃げ出すべく準備を始める。


 準備といっても何も無いが。


 とにかく俺は走り出した。


 「おい、人が話している途中で何処かに行くもんじゃないぞ」


 とか言いつつもフィロが追って来る気配は無い。 そこまで本気で怒っているわけではない様だ。


 というか、今ここで気付いたのだが、結構色んな奴から逃げてるな、俺。 前は澪から逃げ、今は追ってきていないとはいえフィロから逃亡している。


 あの時≠燗ヲげれば良かったのかとも思う。 七年前のあの時。


 無責任にも決して逃げ出さず。


 相対するだけの力も矜持≠烽ネい癖に。


 ただ生きていた。


 逃亡は、必要。


 『逃げ出さない事もまた勇気』なんて嘘だ。


 まさに呆言。


 出来ない事は出来ない事。


 厭な事は嫌な事。


 何も出来ないくせに、何かを成せるなんて偽物だ。


 何も出来ないんだったら、黙って見ていろ。 さっさと敵前逃亡しろ。


 中途半端で投げ出すんだったら、最初から何もやるな。


 ……思考している自分に、ちょっと自己嫌悪。


 すぐに切り替え。


 ま、逃げ続けの人生も悪くは無いのかもしれない、と思った。


 思いました。


 しばらくして、中央区の噴水前広場に出た。 こんなマイナスというか、呆言思考をした時に思い出すのは、何故か匂宮に提案――強引ではあったが――した条件。 一つ目は先程フィロに言った様に事務所の維持の事。 PCが圧倒的に不利な危険に晒されるのだから、これは必須、というか必要最低限の条件。 はっきり言って妥当とはいえない条件だが、仕方無しに妥協した。


 まあ、好き好んで請負人をやっている事からして、維持費がどうこうしたからと言っても請負人を辞める気は毛頭無いが。


 依頼は個人でBBSとかで募ればいいわけだし。


 HNや契約の内容や場所が晒されるのだから、客は激減するし、@Home的な機能を持った事務所を失うのは手痛くはあるが。 しかし、HN晒し防止なんかはショートメール機能を活用すればいいわけだし(捨てキャラを作るとか面倒だけど)、事務所の代替は彩音と俺でギルドを結成するのも悪くない。


 気付かないうちに思考の横飛びを起こしてしまっていた。 ここで軌道修正。


 問題は二つ目だ。 言いたくないのには、れっきとした理由がある。 理由なくただただ渋っていたわけではないのだ。


 問題の二つ目、ねえ。


 問題とは言っても、さほどのことでは―――って、また悩んでいる自分が情けない。


 問題の二つ目とは。


 『これらの事を彩音には伝えず悟られず、絶対に巻き込まない事』、だった。


 ――――ほら。


 ――――――――ほらね。


 馬鹿だと思っただろう?


 呆言過ぎると思っただろう?


 どれだけ彩音に惚れてるんだと思っただろう?


 こんな首を突っ込んで抜けなくする様な請負人、否、下種以下の俺が。


 本当にあの少女≠ニしか形容しきれない彼女を。


 本当に、『好き』だったなんて。


 誰が信じるだろうか。


 誰が信じてくれるだろうか。


 今までの俺を知っているものであるならば、誰が信じるだろうか。


 これは呆言ではない=B


 嘘吐き≠フ吐く、本当の本当に、真実。


 嘘吐きであるはずなのに。 嘘を吐かない、真実の嘘吐き=B


 なんて、これは呆言だけれど。


 だけど。


 だけれど。


 これでいい。


 これで良かった。


 これで、良かった。


 あいつだけは絶対に巻き込んでしまいたくは無いから。


 「っと……。 惚気はこの辺で辞めとこうか」


 時間的にも頃合だ。


 行こう。


 目先の思考にかまけて目的――依頼――を忘れてはならない。


 俺はカオスゲートへと歩き始めた。


 旅団の監視は終わっちゃいないのだ。 次に調査すべきは『匂坂』と『タビー』という二人のPC。


 タビーについては先日、彩音が一通りのことは調べており、調査結果をまとめたレポート形式のテキストファイルを読んではいたのだが、それでも自らの目で見なければわからないことが多少ある。 実際、自分の目――主観的かつ、依頼人以外の客観的――な結果を欲しがる依頼人もいるわけだから、調査依頼では必要な作業である。


 何しろ、タビーというPCは旅団の方から声をかけたのだ。 ギルド【黄昏の旅団】は在るかもわからない伝説のアイテム≠フ探索を行うという性質上、ギルドメンバーの募集をかけつ事はまず無い。 今まで入っているメンバーは自ら旅団の方に掛け合って入団しているのだ。 ……とは言うものの、既に二人が辞めてしまっているのだが。


 だが、今回。


 例外中の例外。


 オーヴァンはハセヲとタビーの両人をほとんど同時期に勧誘、そして入団させている。


 これは例外。 異常。


 怪しい。 きな臭い。


 だから俺は彼らの動きに注目しているのだ。


 注目。


 すなわち、『睨む』という事。


 ……別に意味は無いが。


 こんな呆言、放っておいてさっさとエリアに移動するとしようか。


 幸い、匂坂とタビーがログイン時にはいつも一緒の行動をしている事は調査済みだった上に、最近どこのエリアに出没しているかは把握していた。


 というか、把握できていないとおかしい。


 彼らがBBSを利用している事を予測して、丁度いいレベルのエリアワードを流しておいていたのだから。 思考しつつ、カオスゲートのメニューを操作してブックマークの欄を展開する。


 「さて、実力拝見と洒落込めるのかな?w」


 転送されていく俺は、独白だけをその場に残していった。









******




 「えぇと……、これは一体どーゆー状態なんでしょうか……?」


 結果から言うと、洒落込めなかったわけだが。


 ちょっと理解不明。


 いや、ちょっとどころではない。


 言い直すなら物凄く意味不明。


 何で?


 何でなんだ?


 転送されてきたのに。


 ターゲットの匂坂とタビーを探して。


 あわよくば見つけて。


 尾行するはずだったのに。


 目標が何故目の前にぃぃ!?


 というか。


 それよりも。


 何故彼らの後ろにPKの集団がっ!?


 何でわかるんだ、だって?


 だって武器構えてこっち睨んでるしっ!!


 「わわわっ! また人が来たよ、師匠ぉ!」


 「とにかく落ち着け! ……ってあんたは……」


 「……すげえ事になってねぇか? お前ら……」


 突然現れた事に驚いているのは彼らだけではなく、PK達も同じの様である。 証拠に、睨みながらもぽかんとした顔を作るという器用な事を実行していた。


 「むむむっ、師匠のお知り合い?」


 「知り合いと言うか、何というか……」


 何か漫才みたいだな、こいつら。 特にかけあいが。


 ……成程。


 匂坂はともかくタビーの姿は初めて見る。


 獣人とは聞いていたのだが、フィロの様な完全に獣人前としているわけではない様だ。 耳や鼻は確かに猫のそれだが、他は通常の人型PCとなんら変わりない。


 しかしまあ、匂坂が言い澱むのも無理はあるまい。


 彼はオーヴァンや志乃から俺についての話を聞いているだろうし、俺は俺で旅団について個人的興味から調査していた時期に、ルートタウンで見かけた事があったからである。


 つまりは互いに『一方的な』知り合い、というわけだ。


 …………うわ、微妙な関係…………。


 「って、ギャグやってる場合じゃないな」


 何かPK達事態に対応しようとしてるし。


 殺意と敵意に固められ、爛々と光る目。 それにはあらゆる感情というものが無い様に感じられたが、奥底に秘められた『何か』があるようにも思われた。 予測でしかないが、【TaN】の暗部であろうことから、そんな目をしているのだろう。 ……ゲームで何言ってるんだろうな、俺。


 旅団の敵≠スる、【TaN】。 やはり匂坂達を尾けていやがったのか。


 ……結構、面倒臭いんだけど。


 仕方あるまい。


 手の内に我が愛用の大太刀、壱式≠現出させ、剣道で言う一刀一足の様な構えを取った。


 「お、おい……!」


 匂坂が心配そうな声をかけて来るのを無視しつつ、二人の背後に回って護るような形にする。 PKどもも俺を敵と認めた様で、殺意を二人からこちらに向けて来た。


 「お前――――――」


 「戦うつもりが無いなら、早く行けよ。 時間稼ぎくらいなら、やってやるさ」


 匂坂が武器を装備しようとしているのを、一声で制する。 何も言い返してこないのを見ると、異論は無いようだった。


 「……行くぞ、タビー」


 「ええっ!? あたし達がいた方が……っ!」


 なおも渋るタビー。


 そんな彼女に冷たく言い放つ。


 「手前(てめえ)らなんか、いたって足手纏いなだけだ。 お前らに、この数は無理だろ」


 言い方に問題があったが、間違ってはいない。 請負人としてレベルの高い俺でも、二人もの人数を守りながら戦えるだけの自信があるわけではない。 しかし、やはりというか問題ありありの様で、タビーはあからさまにムッとしている様だった。


 だが、言った事の意図が理解できたのだろう。 一応の所は了承してくれた様だ。


 困ってる人は助ける主義。 旅団には借りと好意がある。


 「俺は請負人。 他人の出来ない事を背『負』う、請負人。 だから――――






 手前らの業もきっちり請け負ってやるよ。






勿論、俺の好意と厚意により、無料でな」


 今回だけだ、次は絶対に金を請求してやる。


 ちゃんと付け加えておく事は、忘れなかった。











******



 斬刀士らしき男性PCの緩く湾曲した刃を壱式≠ナ受け、そのまま刃を逸らして脇へと流す。


 常ならばそのまま切り伏せているものではあったが、これは一対多の戦い。 背後の撃剣士(ブランディッシュ)が動く気配を感じて、刀を後ろへ回しておいた。


 予想通り、というか見事に予想的中で斧の様な形状の大剣が振るわれるのを確認。 後ろに回したままだった刃で受けるが、流石は圧倒的な膂力を持つ撃剣士。 華奢な体は重みに耐え切れず前方へと押し出される。


 不利な状況に追い込まれたかのように見えた俺はしかし、その力を利用して先程の斬刀士へと蹴りを繰り出した。


 「ぐ、ぅっ!」


 間抜けな唸り声。 見事に腹にヒットしていた。


 数で勝てるとおもうなよなw


 伊達に請負人やってるわけじゃ、ないんだよ。


 それでも、斬刀士の後ろに位置していた重槍士が長く強大な長槍を突き入れてくる。


 軽くいなしながら、今更のように状況思考。 PKの数は5。 内四人は前衛職の斬刀士、撃剣士、重槍士、双剣士。 一人が後衛職――後方支援の魔導士(ウォーロック)。 いささか前衛が多すぎる感が否めないが、安定した編成である。 そこから俺の高速思考が弾き出した、この場における合理的かつ論理的判断は――――


 蹴り飛ばして間もない斬刀士やいまだ相対していない双剣士がこちらへ向かってくる前に、魔導士との距離を一気に詰め、目の前にまで迫った。


 目標は、回復・支援・及び広範囲攻撃魔法を司り、その全てを使役する魔導士の撃破。 一対多の死闘劇を演じる役者としては、支援系の職業を潰す必要がある。


 しかし、流石と言うべきか。 根本的――職業の設定上比較的動きの素早い双剣士が、魔導士の前に立ちはだかって俺の視線と死線を封じた。


 繰り出される双つの兇刃。


 水平に滑るようにして鋏の様に左右から迫るそれに対し、先程までの様に刀で受けるなど愚かな行為はしない。


 大太刀の最底辺である鍔頭を、左肩の高さまで持ち上げて構えた突き≠フ姿勢をとりつつ、膝を折ってしゃがむ。


 当然、双剣士の刃は空振り。 顔には驚愕が彩られていた。


 妙な形に腕を交差させている双剣士に、とどめを刺すための必殺の刺突。


 体の中心を綺麗に刺し貫いた刀を引き抜くと、双剣士は灰色の死亡表示になって地面に転がった。


 「まず、一人」


 ただの戦闘だとしても、なかなか早かったはず。


 次いで、倒れた双剣士を踏みつけて更なる跳躍。 攻撃スペルを紡ごうと魔導士が焦る。


 焦燥の魔導士の魔法詠唱。 それが終わる前に奴の傍を、慣性で抜けつつの一閃。 着地した頃には胴体から滑り落ちた首がひとつ。


 ……ここまでで数秒といった所か。


 この速さ、そうまるで『駆け抜ける一陣の疾風』の様な――これこそが俺の二つ名である紅風≠スる所以(ゆえん)。 この速さだけが、何の特徴も無いルナ≠フ頼れる『力』。 独りよがりでも一人だけで請け負う事のできる、孤独。


 大体、ギルドなんて作って報復屋とか五目屋なんてやってる奴の気が知れない。


 このセカイ≠ナはいつ裏切られるか、わかったものじゃないというのに。


 だからこその独りよがり。


 『孤独を愛せ』


 『請負人は一人で生きていくんだよ』


 「……たいがい呆言、かつ横飛びすぎ……」


 目の前に目を向けろ。


 目の後ろの思考なんか、気にしてんじゃねえ。


 この状況を生き抜け。


 間合いを計るために、残りのPK達の方へ向き直る。


 近くには、いなかった。 すぐに反撃してくるだろうと思っていたゆえに、拍子抜け。 だが、油断は禁物。 彼らは【TaN】の黒い部分たる、暗部。


 少しだけ離れてこちらを睨んでくる目を、睨み返しながら右手に提げていた太刀を両手で構えなおす。


 「…………」


 何のつもりか、睨むだけで武器すら構えてはいない。


 あまつさえ、武器の装備解除を始めてしまった。


 あまりの不審感に囚われて動く事が出来ない。


 距離を詰める事どころか、足を動かす事すら叶わない。


 不審感、ではない。


 未知の恐怖。 勘ではあるものの、『何か』を感じる。


 「……!」


 三人が仕舞った武器に次いで、間髪いれずに新たに空間から凶器を抜き放つ。


 澱光を伴って現出したのは刀剣、大剣、重槍というそれぞれの職業に見合った得物。


 通常ならなんらおかしさも面白味も無い、ただの武器アイテム。


 だが、それぞれの色素は漆黒の闇、形状は宗教的な湾曲や無駄な棘を纏っている。


 つい昨日出会ったあいつ≠彷彿とさせる兇刃が、こちらに向けられる。


 「……禍つ式……?」


 おい、ちょっと待て。


 俺以外にいなかったんじゃないのか、匂宮?


 と。


 自動的に俺の壱式≠ェ装備解除され、彼らの禍つ式に呼応するように右手に矛盾≠ェ現れた。


 まるで、俺に『戦え』と言っているかのように。


 まるで、俺に彼らを『破壊しろ』と言っているかのように。


 とりあえず、禍つ式を構える。


 ったく……。


 毎度毎度、損な役回り過ぎんだよ、俺は。


 「っぜぇな。 妙な事に巻き込まれていらいらしてんのに……」


 悔やみ事、否、恨み言のように呟いた。


 感情のままに五感を研ぎ澄ませていく。


 完全な戦闘態勢への移行。


 あちらを見やると、いまだにこちらを睨み続けていた。


 ご苦労な事だ。


 意味など無いのに。


 そう、戦いに意味などない。


 全くの、皆無。


 全くの、絶無。


 「さて、と。それでは『死合い』でも演じますか」


 紅風≠ェ駆けた。

















******





 まあ。


 結果だけを言えば。


 戦闘の結果のみを報告するならば。


 「俺の勝利――って事になるのか?」


 一応、かなりの瀬戸際ではあったが。


 PCルナ≠ェなまじ強いだけあって、禍つ式の力が加わる事で強大な力を発現する事が出来た。


 故に、『勝利』。


 無論、奴らの方が禍つ式の扱いに慣れていたようではあった――あとで匂宮に訊き出さなければなるまい――が、元々のプレイヤースキルは俺の方が高いために結果的に勝利となったわけだが。


 それでも。


 『ぎりぎり』。


 何とか、といった所か。


 あまりに酷い戦闘だったので、描写は控えさせていただく。


 倫理観にも、悪影響だし。


 まあ、作者の事情も入りつつ。


 そんなこんなだったわけで。


 今現在、禍つ式は消え去ったPCデータの残り滓――残滓を吸収していた。


 あのときの禍つ神と同じ事をしているのだと思うと、嫌悪感が溢れて気持ち悪い事この上ないのだが、その辺りの事は匂宮との契約も踏まえて『仕方ない』と我慢するしかない。


 生きるためのに喰らい。


 喰らうため生きる。


 生きる糧として。


 生きるうえでの喰らう事の快楽。


 ……別に快楽なんざ感じちゃいないが。


 「弱肉強食、ねぇ?」


 独白した所で、禍つ式の『吸収』が終了した。


 黒刀を軽く振り払う。


 刃に纏われた血を払うかの様に。


 血など微塵も付いてやしないのに。


 「…………?」


 ん?


 何か、違和感。


 何か、長さが。


 「――――伸びている?」


 そう。


 前に、つい先程に狂気と凶器を振るっていたときとは長さが違う。


 そのように感じた。


 理由は、わからない。


 理由も、理屈さえもわからない。


 理屈抜きで考えると、こいつは―――


 「成長しているようだな」


 「……俺はまだ口に出していないんだが?」


 いつの間にやら現れたのか、少し離れた場所に匂宮が立っていた。


 本当に神出鬼没だな、こいつは……。


 「驚いたか?」


 「うるせえ。 あと、こないだ嘘吐きやがったな?」


 何に驚いたのかを訊くかはさておき。


 禍つ式を解除しながら訊ねてみる。


 「さて、何の事だかな?w」


 「あくまでもシラを切る気か……」


 滅多に笑わない奴=匂宮が口の端を歪ませた。 にたり、と。


 ……気色悪……。


 「それはさておき、私がここに来たのはだな――」


 「いや、それはさておいちゃ駄目だろ」


 匂宮の言動を阻止してまで突っ込みを入れた。


 嘘吐きに関しては、どうやら話す意思は無いようだ。


 「聞いた方が良いと思うが?」


 「……あ?」


 「とても重要な事、だ」


 彼の意図する所がいまいち読めない。 意味がわからないという『意味』も含めて。


 「……! まさか、禍つ式で斬ったプレイヤーに影響が……!?」


 ひとつの可能性が脳裏をよぎり、恐慌が起きそうになる。


 大体、データドレインと聞いた時から『可能性』は考えていたんだ。 無理やり脳内で否定はしていたが。


 リアルのプレイヤーが意識不明になる事を彼ら≠ヘ何と呼んでいたか。 今となっては古く、思い出したくも無い記憶であるため、頭が自ら拒否を始める。


 「その様な報告は上がっていていないな」


 「そう、か……」


 多少安堵はしたものの、不安はいまだ心中に渦巻いたまま、だ。


 「データドレインとは言っても、禍つ式≠フ力はさほど強いわけではないなのでな。 だが、乱用はお薦めできないな。 まだよく理解できていないからな、こちら側≠ナは」


 さておき、と彼は二度目だという事に気付きながらも無視し続ける。


 「問題が……、ある。 お前【陰華】を知っているだろう?」


 「ああ、あのPKギルドか」


 敵対状態にある彼らを思い出してしまい、不快感。


 「正確に言うと、暗殺者ギルドだな」


 「……? PK=暗殺ってわけじゃないのか?」


 PKも暗殺も結局は同じ事だろう。 それにThe World≠ノは特殊装備を施してPCの顔を隠す程度しか『暗殺』と呼べる様な仕様は存在しない。


 思考していて思い出したが、【TaN】の暗部と【陰華】の下位構成員は同じ覆面を常時携行しているんだとか。


 今更思うが、あまり意味が無い気がする。 確かに裏の仕事でギルドの関与を知られたくない場合は有効かもしれないが、PK後に恨まれて復習に来たPCを迎え撃つぐらいの自信は、無いのだろうか。


 その程度の自信と覚悟が無いくせに―――PKなんてするんじゃねえ。


 …………。


 っと、思考が横に逸れていた。


 「帰ってきたか。 あちらの世界から」


 「あっちって、どこだよ」


 「ふん……、貴様の愚考の世界からだ」


 「人の思考のことを愚かとか言うなよ。 小さな頃に習わなかったか? 『人の意思は尊重しましょう』みたいなの」


 「私は天才だからな。 小学校の教師にすら忠告を与えさせなかった」


 なんつー小学生だ。


 「……駄目人間」


 「貴様に言われたくない」


 軽口の応酬。


 不本意ながら、互いの口の汚さにより俺の胸中から不安が消え去っていた。


 不安にかわって芽生えたのは、匂宮に対する胸糞悪さだったが。


 「話を元に戻そう。 The World≠ノは暗殺スキルは無い。 それには何も異論は無いのだろう?勿論、『システム上は』、という前提付きではあるがな。


 だが規則という名のシステム、いやこの場合は原則≠セな。システムが存在するという事はすなわち、その外も例外なく例外≠ェ否応なく存在しているという事だ。 システムを『逸脱』したアイテム、それが禍つ式≠ナあり、暴走した禍つ神=v


 匂宮は長ったらしい解説のような説明を論じた。 長い話は苦手ではないが、相手が匂宮ともなれば、話は別だ。


 「話が回りくどい。 省略し、要約しろ」


 「せめて聞こうとする努力をみせろ。


 ……禍つ式≠ヘ微弱ながらも刃にデータドレインを宿した『禍々しい方程式』だ。 相手のデータを強制改竄、ひいてはデータを破壊後に吸収する能力を有しているが先程判明した。


 貴様にわかるように要約してやると、これは暗殺能力といえる」


 「前置きが長い時点で要約じゃない……」


 確かに『改竄・吸収=PCデータの消去』という式が成立するのならば、それはすなわち『暗殺』と呼べるかもしれない。


 だが、別に『暗殺』と言わずともイリーガルな力≠ニでも呼べばいいのではないだろうか。 いまいち、匂宮の言いたい事が掴めない。


 と。


 そこで先程の思考が。


 飛躍し、跳躍し、躍動する。


 思考が連結。


 思考が連動。


 同時に融解し、融和し、融合する。


 「まさか……!」


 禍つ式の絶大な力。


 【陰華】の連中が欲しがるであろう、『暗殺』。


 加えて、先程の禍つ式所持者達。


 あれは。


 あいつらは。


 匂坂とタビーを狙っていたのではなかったのか。


 尾けて。


 狙って。




 ――――殺す。




 それが『暗殺』。


 匂宮は「ああ」と頷いた。


 「貴様もその思考へ辿りついたか」


 「……憶測に過ぎないだろ?」


 否。


 例えあれがただのPKだったと仮定して。


 手に入れた禍つ式を試しに来ただけだったとして。





 あれほど無口だったのは何故だ。


 あれほど戦闘慣れしていたのは?






 そんなこと、決まっている。


 「残念だが、【陰華】のマスターである柏木≠ェ禍つ式の適格者である事が判明した。 報告から推して量ったに過ぎない事だが、





 【陰華】は禍つ式の量産化に成功した。




 ……その可能性は極めて高い」


 それは。


 俺にとっての。


 「最悪の宣告だな」













5://www.guard-ボウギョ. …………了。









_________________


うん。
長いです……orz
後編だけでこんなに。
長すぎるぅ。。。

な、なるべく短くしようと思います^^;
ではまたどこかで。


[No.938] 2007/09/24(Mon) 16:04:32
6://www.rade-キシュウ.(11/30更新) (No.791への返信 / 1階層) - 宴六段















 あるいは神秘か








 あるいは人の夢か










 存在価値に限りは無い











6://www.rade-キシュウ.

___________________________






 化け物、だった。


 もとあったであろう青年の形はない。 『ヒトガタ』は崩れ落ち、口は大きく裂け、目は爛々として鋭い眼光を放つこれ≠、『化け物』以外どう形容しようというのだ。


 もっとも、禍つ神≠ニいう種としての名前は存在しているが。


 「傲宇ぉォォ汚ォ尾O$&%#オオォ¥汚ォッッッ!!」


 汚泥に塗れ、もはや何を表しているのか不明すぎる咆哮。 叫んでいるのは『ヒトガタ』の形をとった異形。 人間を捨ててまで手に入れた力は絶大。 だが、人間を捨てたという事実は人の倫理観を捻じ曲げる。


 「汚ぇんだよ、声が」


 吐き捨てる、嫌悪感に彩られた声。


 勿論、俺≠アとPC『ルナ』。 手に提げているのは妖艶なまでに美しい黒刀。 美しい曲線を描いたそれの刀身部の根元には、もはや美麗とも言えるほどに禍々しい目玉が象嵌されていた。


 俺の、『矛盾』――。


 『ヒトガタ=PC』の『理性=プログラム』を狂わせる存在でありながら、順当な動作である不具合≠起こさず、同じ禍つ式を狩る『矛盾存在』。 これまでに遭遇したいくつかの戦闘で更に刀身が伸びていた。


 「誤ォォォオオ汚oぉ――――――」




 ――――――怨ッッッ!!!




 ここで一気に咆哮が爆発。 黒い身体が駆けてくる。 ただの棍棒と化した槍の様なものを提げている事からして、どうやら元は重槍士だったらしい。


 丸みを帯びたそれを、突いてくるのではなく叩き殺そうと上部へ振り上げる。


 ここで、俺が始めて動いた。


 振り上げた隙を突いて、そいつの脇を駆け抜けながらの一斬。 斬るのではなく、流すような一閃。


 閃いた『矛盾』は、禍つ神の巨大な体躯を二つに分解する。


 禍つ式でありながら、同胞たる禍つ神を刈り取る『矛盾』。


 それでもまだ、生きている♂ミつ神。 俺の顔には驚愕すら浮かばない。 全くの無表情。


 むしろ、この非日常に慣れてしまった自分に対して驚愕するべきだ。


 空中に上半身だけが浮いた化け物が、こちらに向かって怖気の走る様な笑い顔を浮かべた。


 腕を伸ばし、『矛盾』を掴もうとする化け物。


 「……させるかって、ね」


 黒刀が掴まれぬうちに後ろへ下げ、更に刃を翻させる。


 更なる下からの斬撃。


 翻った刃は既に片割れのひとつと化していた半身を、もう一段階分裂させた。 抵抗などこの世界には存在せず、慣性のみが支配する世界。


 ばちゃり。


 水の入ったビニール袋を地面に叩きつけたような音。


 最終的には三段階に分解された身体が地面に落ちる。


 「慣れたものだな」


 ふと見ると、少し離れて匂宮が直立不動で存在していた。 まさに神出鬼没。


 「その神出鬼没、マジでやめてくれ。 気持ち悪い」


 「『驚く』、ではなく『気持ち悪い』、か。 なんという言い様だ……」


 「これが本当の気持ちだ。 真摯に受けとめてくれ」


 「嫌だ」


 「…………」


 お互い口が悪すぎる。


 俺の方から仕掛けたわけではないので、この話はこの辺で置いておこう。 こいつと話すのは、いい加減疲れた。


 手前(てめえ)の始末は自分で付けろ、ってね。


 「で?」


 「『何の用だ?』くらいは言え」


 「手前と話すのは疲れたんだよ」


 常々思っている事を言葉にしてみた。


 「そうか、偶然にも気が合うな」


 ……あれ?


 「私も貴様の相手をしてやることにほとほと疲れているんだ」


 な、


 な、な。


 なんですと!?


 相手をしてやる、だと……?


 「手前は俺の事をどこまで見下せば気が済むんだよ……」


 「私は貴様の事を見下してなどいない」


 毅然として言い放つ匂宮。


 「これが貴様の当然の扱いだからだ」


 「黙れ!」


 それを見下していると言うのではなかろうか。 もう、本当に疲れた……。


 「……もういい、用があるんだろーが。 お前が出没したって事は」


 「人を野生動物みたいに言うな。 それに、何だその無気力感溢れる台詞は」


 「遠回しに隠蔽すんなよ。 さっさと用件を頼む……」


 「――面白い報せが入ってな」


 「…………」


 「良い報せと悪い報せ五分五分と言ったところだ」


 こいつの面白い報せというのは大抵の場合、面白味も無い『悪い報せ』であることがが多い。 それらの経験を総合すると、匂宮の話は聞きたくもなくなってしまった。


 だがまあ、調子に乗った匂宮は俺の心情などお構い無しに話を続けるわけで。


 「【陰華】の事なのだが……、こちらに気付いたようだ」


 「気付く? 何に?」


 「請負人、『紅風』のPCルナ≠ェ禍つ式≠所有しているという事実に、だ」


 「……答えろ、匂宮。 それのどこが面白い報せなんだ?」

 
 「案ずるな。 これは私の『策』だ」


 意図が掴めない。


 「俺が禍つ式を使役できる=B そんな情報を手前が流したってのか?」


 「そう。 実に素直に引っかかってくれたものだ」


 少しだけ出口が見えた。 出口に向かってゆっくりと思考の道筋を辿り始める。


 手繰り寄せ、扉を発見。 取っ手に手をかけて実に緩慢に開きにかかった。


 「……俺への嫌がらせ?」


 「その辺りの線引きは賢明ではないな。 いくら私といえど、その様な事はとてもとても」


 存外、扉は硬かった。 なかなか開こうとはしてくれない。


 「ふむ。 だったらあれか?やはり俺への悪巧み――」


 「ははは。嫌がらせとどこが違うんだろうな?」


 滅茶苦茶棒読みだった。


 「じゃあ陰謀」


 「貴様がどんな目で私を見ているか解った気がする」


 「…………」


 う。


 やはりというか、まだわからない。


 こうなれば最後の手段。


 『意外性』という名の剣を手に構え。


 『知力』という名の力をもってして。


 たたっ斬る!


 「すまん、素で教えてくれ」


 「……阿呆」


 結局匂宮頼みの俺に、いい加減呆れる。


 「前々から思っているのだが、貴様は何故本気を出さないのだ?」


 「何の事だか」


 「とぼけるな」


 「…………」


 彼の直線的な視線に耐えられず、瞳の方向を思わず逸らしてしまった。 こいつはM2Dの様な仮面を装着しているのに、妙に鋭い眼光を放ってくる。 『天才』とはかくいうものであるのだろうか。


 だいたい、俺は天才とか知らないし。


 知ってても一人。


 たった一人。


 勿論匂宮を除いて、だ。


 「本当の貴様はあらゆる事に秀で、優れているというのにどこか飄々としている。何故だ? 請負人を始めた頃の貴様のあの勢い=Aあれは何だったというのだ?」


 「…………」


 「私は、嫌いだ」


 「……何が?」


 「持てる力を尽くさない人間が、だ」


 つまり『俺』ということか。


 「とはいえ、貴様の『力』は主に思考に使われているようだな。 そう、





 ――――『高速思考』に、な」


 「っ!?」


 何故、わかった……? この『システム管理者』は今なんと言った?


 「そもそも、請負人を始めた理由は、貴様がこの世界を……」


 「るせーよ。 そんなことを手前に言われる筋合いは―――」


 「ある」


 …………。


 なんだか沸々と怒りが湧いてきた。 どうしてこんな奴≠ノこんな事≠言われねばならないのか。


 そもそも『本気』とはなんなのか。


 ふざけるな、呆言も過ぎると吐き気に変わる。


 「――――黙れ」


 「…………」


 なおも口を開こうとしてきた匂宮に、一言。 言い放った後に彼を見遣ると、口を閉じてはいる。 閉じてはいるのだが……


 「やるじゃないか。 まさにそれだな」


 口元はにやにやと歪んでいた。 まるで、我が意を得たりと言うかの様に。


 「最初から狙ってたのかよ」


 苦々しい、というか憎たらしい。


 匂宮は「ふ」、と鼻で笑いつつも


 「さてね」


 とだけ嘯いた。


 「……いつか殺してやる」


 「殺人予告か?w」


 「呆言だよ」


 そんなことよりも。 本題の意味と意図は理解した。 この無駄会話中に思考させてもらったのだから。


 ――『高速思考』、で。


 「つまり、お前はこう言いたいんだろう?」


 【陰華】に俺の禍つ式の情報を流し、【陰華】の『殺人嗜好性』をPCルナ≠ヨと向ける。 それで一般PCへの被害を抑えられる。 大胆すぎる囮≠ニ言った所か。


 「概ね正解だ」


 「相も変わらずやり方が汚いね。 吐き気がする」


 汚いと言うよりも、えげつないと言った方が正しいかもしれない。


 「だから、両方だと言ったろう?」


 「は?」


 「良い報せと、悪い報せ」


 「……成程」


 全く。


 本当にえげつない。


 「それで、結局何が言いたいんだ?」


 対して匂宮は。


 気持ちの悪いくらいの満面の笑みで。


 本当に殺してやりたいと考えてしまう程の憎たらしい笑顔で。


 「これから襲われる事も多くなるだろうが、よろしく」


 「…………」


 抜刀、したかった。












******





 『Δ隠されし 禁断の 飛瀑』、アルケ・ケルン大瀑布。


 こんこんと流れ続ける勢いづいた、しかし清流である事には変わりない流れは留まる事を知らない。 まるで生を営む『人』の有象無象の様だ、と似非詩人の様な感想を受けている自らの内心を嗤う。


 「全く、呆言すぎんだよ」


 先程の匂宮の事だ。 勝手に策を作り、更にそれだけではなく当事者たる俺を無視して実行しやがった。 俺を囮≠ノする、だと? 冗談じゃない、俺だって『いちプレイヤー』だ。例え請負人になった理由≠フ件があったとして、世界に介入≠キる程傲慢でも、高姿勢でもいるつもりじゃない。


 この世界≠ノ介入するなど――、愚の骨頂。


 「はあ……」


 全く、嘆息しか出ない……。


 空を見上げる。


 黄昏の様な、微妙な色合いを含んだ色の空。


 「よぉう!」


 いきなり声をかけられ、そしてクロスチョップを叩き込まれて驚く。 さすがに声には出さなかったが。


 「何だよ。音も無く現れるなよ、彩音」


 「誰かを思い出すのかな?」


 後ろには俺の首を絞めんとする、浴衣姿の呪療士。 彩音だ。


 「つーか、何だ。『よぉう』って」


 「えへへー、萌え狙いかな?」


 「方向性間違ってるし、自分で狙いとか言うな!」


 そして疑問形かよ……。


 「まあまあ、今日は大事な話しがあって来たんだからw」


 「はあ」


 大事な話だって?


 「彩音ちゃんの大発表ー♪」


 というか、彩音はこんなキャラだったろうか。 妙にテンションが高くないか?


 「面白い報せ≠ヘもうたくさんだ……」


 「そういうコト言わないの!(*´゜ω゜)ノ」


 これはまた……。 普段そこまで使わないであろう顔文字なんか使っちゃって。


 『そこがまた可愛い』、とか考えてしまう俺って……。


 「それで、大発表って何?」


 「絶対ルナも喜ぶよ♪」


 いや。


 何か恐いんだが。


 「きっと、とか多分、とかじゃなくて『絶対』なのか……」


 「うん!」


 断言、しやがった。


 「えとねー、あれだよあれ」


 「偉く遠回しなんだな」


 「この度、紫上彩音は病院より完全退院する事となりましたぁ♪」


 「へぇえ、良かったじゃん!」


 決して『え、もう退院してたんじゃないの?』とか興醒めな事は言わない。


 ――――確かに半退院状態ではあったが。


 紫上彩音は決して『元・お嬢様』というキャラを外さない。 彼女は元より身体が弱いのだ。


 この間の食事会(でいいのか?)は単なる彼女のわがまま。 いつもあの様な外泊を許す様な病院でもないし、月一度という条件付きでそれでも、無理やり許可してもらっているのだから。 それに、彩音は大学の講義の全てを学内で受けているのではないのだ。


 数年前より実施されている、ネット内で講義を受けられるサイバー大学制。 元は、どうしても校内で講義を受けられない人のために作られた制度だが、その制度の施行により、例えば地方の成績の良い人間が都内の六大学の講義を受けられるという事にもなった。 無論、合格した者だけではあるが。


 だが、それによって弊害が生まれているのもまた事実。


 地方からいちいち都内に移って一人暮らしなどせずとも、合格さえすれば都内だけではなく地方政令都市等の有名国立大の講義を自宅で受けることが出来るのだ。 勿論、入学志願者が一定の大学に集中することは避けられなかった。


 そのせいで幾つもの大学が消え去った事か。


 まあ、うちの大学が潰れる様な事はない。 自慢ではないがと言っている時点で自慢に入ってしまうのが惜しむらくだが、俺たちの学び舎は一応有名私立大なのだから。


 と高速思考完了。


 とにかく、彩音は身体が弱い。 だから、稀に学内で講義を受け俺と帰る時=病院へ直行という方程式が成り立つ。 本人も病院の事が大嫌いらしく、病院まで連れて行くという俺の役目は骨が折れる。 そう、嫌がりまくるのだ。 とにかく嫌がる。 とことん嫌がる。


 究極的なまでに、絶対的なまでに『駄々を捏ねる』。


 病院で彩音を担当している看護士さんにも頼まれている身であるがため、俺以外に病院に連れてくるという義務がある。


 毎回ほとんど強引だったが、最近は物分りがいいようで、この間などは俺の方を待っていてくれたようだった。


 「それでこんなにテンション高いのか」


 「そっ。 あんな陰気でジメジメしてて陰鬱な患者どもがいる様な場所にはいたくないよ♪」


 「いくら何でも、それは失礼だろ……」


 そこで働いてくれている人とかに。


 でも、まあ。


 「良かったな」


 「あれ、ルナのツンがデレに変わった!」


 「そして、俺はどう考えてもツンデレじゃない」


 どこがだ。 ツンツンしてるだけでデレが一生来ないではないか。


 「私には分かるの。 ルナはツンデレw」


 「勝手に言ってろ……」


 「ほら来た、デレが!」


 「来てねえ!」


 うわ何の会話だこれ。


 負けているわけではない、断じて。 リアルでもThe World≠ナも言葉で勝つのは俺でなければならない。


 「じゃあ、彩音は何属性なんだよ」


 「へ?」


 「どう考えたって、デレしか来ないだろ」


 「デレしか来ないって言うなー!」


 「じゃあ、ツンが来るのか?いつ?どこで?」


 「ううぅ……ルナが虐める;」


 勝った!


 勝ったけど、何でだろう。


 物凄い後味悪いんだけど……。


 ――――邪道か。


 別にやり方が邪道なわけではない。


 俺が『こういう風に』彩音を言い込めるのが邪道なのだから。


 「あー……ごめんごめん。 別に、虐めてるわけじゃないよw」


 とか言ってみると、やはりというか、


 「じゃあ、ルナはツンデレという事で――」


 「それは絶対にない」


 全く、隙も何もあったものじゃない。


 「とにかく。 彩音はもう病院に行かなくてもいい、と?」


 「そうそう! 本当、良かったぁ〜」


 だったら俺も助かる。 駄々を捏ねまくる彩音はもう御免だ。


 まあ、彩音担当の看護士さんに会えなくなるのは、残念かな。


 「あー、ルナってば今『若菜』さんに会えなくなって寂しい、とか考えたよね?」


 「美人って形容詞が似合うはずなのに、物凄い男勝りな人だよなあ」


 「うん。 わたしとしてもあの言葉遣いはどうにかした方がいいと思うんだけどね……」


 「病院内だってのに平気で煙草吸うしな」


 医者とかの見てない所限定だけだったが。それにしてもあの人はヤンキー上がりとしか思えなかった。


 「さておき」


 「……?」


 疑問符を浮かべたのは俺である。


 「ものすっごい話変わるし、関係ないし、ルナも忘れてるであろう話なんだけどね……」


 俺も忘れてるって、何でわかるんだよ。 とか考えてしまっている時点で忘れているという事もまた然り。


 「えぇと、何かあったか?」


 彩音は「ほらね」といった表情で嘆息した。


 明らかに呆れられてるぞ、俺……。


 「やっぱり忘れるんだよねえ、ルナって……;」


 「だから何だって」


 「うん、あのね」


 ここで一つ息を吐く。




 「まだ、何も奢ってくれてないよね?」




 …………。


 「なああぁあっ!!」


 忘れていた……orz


 愚の骨頂だろう、こんな事を忘れているなんて。


 「もう三日ぐらい経ってるんだけど」


 「いや、まだ三日……」


 一応の言い訳を試みてみる。


 「うん、でも昨日学校から一緒に帰ったよね?」


 帰ったけど!


 病院に帰ったけど!忘れてたんだよ!


 何故か内心逆切れになっている自分に気付き、心を落ち着かせる。


 「でも気付かなかった、と」


 確かに忘れていたし、俺が悪い。 一方的に全体的に悪いさ。


 でも人には過失とか言うものがあるだろう!?


 これ以上俺を責めないでくれ!


 「ふぅん。 ルナはわたしの事なんかどうだって、いいんだ?」


 「そんなことねえって」


 「じゃあ、何で気付かなかったの?」


 「だ、だから、忘れて、ました……」


 俺は責めに参って来ている。しどろもどろ。


 「…………」


 彩音の追撃。 もはや言及ではなく、視線による詰問へと変わっている。


 俺はこの視線に弱かった。


 いつもの言い合いならともかく、何かこう、彩音は稀に本気で怒る事がある。 本当に珍しいし、滅多にあることは無いのだが、ある一定の条件下≠ノおいて発動する様なのだ。


 経験から得たものであるが。


 あれ?


 経験から得たものなのに、どういう状況において『発動』するのかわかってない気が……。


 「――わかった」


 そこまで思考した瞬間、彩音が諦めた様に呟いた。






 「『愛してる』って言って?」





 「――――――は?」


 瞬間、頭の中が真っ白に染まった。


 「はあぁああぁぁぁぁあああああぁああ!!?」


 何言ってるの、この子!?


 いきなりすぎやしませんかというか何を言ってるかわからないというか何でこんな事を言い出すのかわからんというか句読点が付けられないっっ!!


 「なななな何を言ってらっさる!?」


 「だから愛してると言――」


 「いい、その先は言うなぁあっ!」


 ちょ、高速思考すら回らない。


 「だって、ルナが何も奢ってくれないからじゃん?」


 言って、少し頬を膨らませる。


 「だからと言ってそんなことをいきなり口走るのは辞めなさい!//」


 と、瞬間軽い音が発せられた。この音は―――ショートメールか。


 簡易ウィンドウを開いて送り主を調べてみると、澪から送られて来たようである。


 おおぅ、ナイスタイミング過ぎるよ、澪様ぁあ!


 「ごめん、ちょっと依頼人から緊急で呼び出されたっ!」


 言い訳と言う名の後味を残しつつ、その場を離脱。 そのまま走り抜ける。


 彩音が何かを言おうとしていたが、これ以上は俺が混乱してしまう。


 振り返りは、しなかった。 











******






 「……いやあ、意外に早かったですね」


 「ワケアリなんですがね」


 言葉も心もどこか苦々しい。


 「……? 用事か何かを放り出してこられたのですか?」


 「いえ、気にしないで下さい。所詮、私的なものですし」


 というか感謝しているぐらいなのだが。


 なのだが、心苦しい……。くそ、何であの時逃げたのか……。


 「なんだか疲れているようですね?」


 「はあ……」


 訊かれても適当な返事しか返せない。 一瞬の事の事なので分からないが、第三者から見てその返事は嘆息交じりだった事に違いない。


 「何か他の事でも大変でしょうし」


 ……意味ありげに言葉を放った彼女に不審な目を向ける。 禍つ式≠フ事を言っているのだろうか?


 だったら何故。


 禍つ式°yび禍つ神≠フ件に関しては俺とCC社側の人間、即ち匂宮しか知らないはず。


 そして匂宮と請負人の関係は一部――主にCC社の人間だが――しか知らないのだから。


 「何の事を、言っているんですか」


 「風の噂です♪」


 噛み合わない会話。 澪にしては珍しい。


 ……噂、か。 『噂屋ヌァザ』ならばこんな話、筒抜けなのかもしれない。『PCロスト事件に請負人が関わっているらしい』などという噂でもあるのか。


 「……とにかく。 緊急の呼び出しをした理由をお聞かせ願えますか?」


 「ええ、大した事でもないんですけれど―――」


 大した事無いのかよ。


 大した事無いのかよ!


 「わたしは旅団の監視を依頼しましたよね」


 「ええ、依頼内容変更の手続きを踏んで。監視は順調ですが?」


 「報告は頂いています。 ですが」


 ……何なんだ。


 いつに無く真面目な口ぶりと言動の澪に危機感に近いものを覚えた。 いつもは能天気で天然な彼女だからこそ、だ。


 「今回わたしがあなたを呼び出したのはですね――――」


 ここで一旦ためが入った。 息を大きく吸い込むような動作をする。


 そして一言。


 「――――報告がメールだけなんて寂しすぎますぅうっっ!」







 「――――――は?」





 請負人本日二度目の間抜け声だった。


 何を。 何を言っているんだこの人……!


 「メールで報告なんて、冷たすぎると思うんですっ」


 「何で……」


 俺が言うと、彼女は腕をぶんぶん回しながら弁論する。


 「だって何だか読んでいても『〜であると思われる』とかばっかりで悲しくなってきちゃうんですよ!? この気持ちわかりますか!?」


 「いや――」


 だって、普通報告書ってそんなもんだろ?


 言おうとしたが、有無を言わせないような口調で彼女は続ける。


 つーか、緊急で呼び出しといて用事がこれだけとか、そんなまさかな事ないよなぁ?


 「わかりませんか!?わからないんですか!?」


 「わかったから少し黙ってくれ……」


 だから何で俺の周りはこんなんばっかなんだ……orz


 「わかって、頂けましたか?」


 「――ああ」


 わかったから。


 『わかった』と言わざるを得ない俺の気持ちも察してくれ……。


 「それで、結局それだけなんですか。用事って」


 「ええ!」


 満面の笑みで爽やかに答える彼女。


 なんというか。 その、あれだ。


 「……一発殴ってやりたい……」


 女性を殴りたいと思ったのは初めてだが、そうこれは間違える事のない想い――――殺意。


 「それでは、ルナさん!」


 「え、ちょっ――」


 「報告場所はウィスパーしますのでっ」


 「待――」


 さっさと走り出した彼女を何とか引き止めようと試みてみたものの、既に声が届くような場所にはおらず。 むしろ意図的に無視しているのではないかと言う疑念さえ抱いてしまうような、軽やかな猛ダッシュだった。


 「軽やかな猛ダッシュって矛盾しすぎだな」


 自分自身の思考に突っ込んでみた。


 呆言でもやっていないと遣る瀬無い。


 しばらくの間、ぼんやり思考してみる。


 ……ああ、どうしよう。


 先程の彩音のことだ。 あんな風に逃げてしまったら明日大学であったとしたら――退院したから明日から普通に来るんだったか――、合わせる顔がない。


 今更になって危機感を抱いた。


 彩音とまともに話せないなんて、何という大打撃なんだろう……。 今になって初めて気が付いた。


 「くそ……」


 あーあ、明日休もうかな、学校。リアルにネットを持ち込むなんて、馬鹿らしすぎるとは思うが。


 彩音もいつも言っている事だし。


 「……正直に謝るか」


 そして何とか誤魔化すしかあるまい。 「愛してる」なんて言葉、恋人でもないのに使えない――そんな純情ぶった想いなんざ、一笑に付す。


 なんて幼稚な想いだったんだろうか。


 「融通効かねえな、俺も」


 呟いた瞬間に、タイミングを狙ったかのようにショートメール受信の単音。


 簡易ウィンドウを開いてみると、事務所に届いた依頼メールが自動的に転送されてきたようだった。


 どうせくだらない依頼だろうが。


 差出人を確認するために目を動かす。


 名前を見て驚愕。 一瞬詐欺か何かではないかと猜疑心を抱いたが、考えをすぐに破棄。


 システム的に偽れるようなものではないし、例え偽るとしてもその様な事は恐れ多くもできまい。


 「――――欅、だと……?」


 PK廃止を訴える、The World%烽フ自治を担う巨大ギルド――――月の樹=B


 あまりに有名すぎる盟主の名がそこにはあった。










6://www.rade-キシュウ.………………了。














________アトガキ



どうも、リアルが色々と急がしすぎて更新がおざなりになってしまった宴です、すみません……

そんなこんなで私のサイトにメールが来まして。

『宴様の小説は1話が長すぎて感想が書きにくいです;』



ななな、なんだとぅ!

だから感想が少なかったのですね!?(待て!!)

くそぅ、誰か、誰か感想を……!(結局それが言いたいのか)

あ、次回は多分本編は進みません。
最近戦闘シーンが少なかったので、その辺の補足でもやろうかと思いまして。
なんだか読み返すしてみたらですね、こう、『鮮やかさ』みたいなのがないので。。。
.hack//Pain♯Ex ……あ、これでいこう(何)

ではでは、このあたりで^^;





(※追記:次回(第七話の前に、.hack//pain#EX1をご参照ください)


宴六段


[No.971] 2007/11/01(Thu) 18:52:10
7://www.moontree-ツキノキ. (No.791への返信 / 1階層) - 宴六段




兆しは死








変化は生








引き起こす因は







数多の死









7://www.moontree-ツキノキ.



______________







******


 全く。


 全くどうしてこんな所に来ているのか。


 請負人としてPKKも仕事内容とする俺としては、こんなに居心地の悪い場所はないというのに。


 「どうしましたー? ルナさんっ♪」


 「…………」


 【月の樹】本部。


 PK廃止を主眼として活動するこの集団の盟主――ギルドマスター『欅』の考えている事はわからない。


 メール内容はこうだ。


 『依頼したい事がありますので、一度都合の開いた日に本部へお越しください♪    欅』


 ……簡素にも程がある。


 結局、今日――つまり昨日の禍つ神やら彩音やら澪やらの激動の一日から見て翌日。


 欅の思惑通り来てしまっていた。


 受け取った時点で、その依頼内容すら記していないメールに対して突っ込みを入れなかったわけでもないが――そして何故こちらに出向いてくれないのだ――、とにかくその辺りは恣意的に無視する事にした。


 今回は彩音――じゃなかった、紫を同伴して、だ。


 事務所の『お留守番』は少し前に知り合った『憐(レン)』というPCに任せてあるのだが……


 というか、昨日ログアウトしてすぐに謝りに走った俺の苦労も汲んで欲しい。


 『愛してる』云々は結局俺の呆言で有耶無耶にさせてもらっているが……、腹を括れ俺……!


 とまあ、そこまでは呆言。


 さておき仕事でもしないと。


 「……茶話はいい加減にしませんか?」


 和風の謁見場の様な場所で、座りながら一人で世間話に華を咲かせていた欅に声をかけた。


 「あれー?これって茶話だったんですかぁ?」


 「…………」


 「ふふふ♪ 沈黙しないで下さいよ、冗談冗談」


 「……はあ」


 そりゃ溜息も出るさ。


 「それで、PK廃止を訴える【月の樹】の欅様≠ニもあろう方が、一介の請負人に何の用で?」


 しかも少なからず【月の樹】には嫌われているはずである。 証拠に、この謁見の間は欅と三番隊の隊長であり、欅の腹心である楓以外の人間は人払いしてあった。 ゆえにこの空間に存在しているのはギルド員以外の人間では俺と彩音のみ。


 「いえ、別に大した依頼でもないんですよ(笑)」


 ……。 大した依頼ではない、か。


 大した事ある∴ヒ頼人は必ずその言葉を使う事を、俺は知っている。


 「続けてください」


 「目付け役です♪」


 「……は?」


 意図がつかめず、間抜けな声が出る。


 意図を解さない俺に、欅の傍らに佇む楓が説明した。


 「貴方をこのギルドの目付け役として雇いたい、と欅様は仰っておられるのです」


 「目付け役……、監視か」


 「――有り体に言えば」


 「そういうことです^^」


 ……ふむ。 と、いうことは何の目付け役かもう分かったようなものだ。


 「最近の『榊』率いる二番隊――いえ、榊に従う者たち全ての行動は目に余ります。そこで、請負人であり≪紅風≫たるルナ様にお頼み申したいのです」


 目に、余る。


 急進派の榊が。 確かに最近の【月の樹】はいちプレイヤーと、あくまでプレイヤー達の集団であるギルドの権限を越えているとも取れる。


 俺も何度か榊に目を付けられた事がある。 個人的な感想だけを言わせて貰うと、かなりうるさかった。


 「むぅ……」


 「いかがでございましょうか?」


 俺は彩音をちらりと見遣る。


 「…………」


 なんだか変な目で見られた。 くそ、まだ根に持ってやがるな。


 「どうですかぁ?」


 欅に訊かれ、返答する。


 「……わかりました。 お受け致しましょう」


 「わぁあい♪ありがとうございます^^*」


 まあ、欅のキャラクターは憎めなくはあるな。


 くそ、可愛いじゃねえか。 俺にショタ趣味はないが。 実は欅のファンが多かったりするのは、これがロールに見えないからであろう。


 しかし、欅のキャラクターがロールでないとすると【月の樹】のギルドマスターに納まっている理由と意義が見出せなくなる。


 うーん、【月の樹】。 謎過ぎる。


 「連絡方法は、どうするんですか?メールとか……」


 「いえ、それはこちらの方で用意させていただきます。 メールだと何かと心配事は残るものですから」


 ……なにそれ。 澪もそうだったがメールではない方法で連絡するのが流行ってるんだろうか。


 「了解しました。 ですが、目付け役の具体的内容は――――」


 「あ、それは特にありませんよ」


 「……?」


 「目に付いた行動を教えていただければいいだけですから♪」


 「了解……」


 それは目付け役というよりは街で見かける監視カメラの類ではなかろうか?


 「では、失礼します」


 端的に言って、謁見の間を出た。





 ******





 「ねーねー、何でこの依頼受けたの?」


 「別に、他意はないさ」


 入り口近くにあるプラットホームへと向かう帰り道。 彩音が顔を覗き込みながら訊いてきた。


 「嘘」


 「…………」


 つーか、最近沈黙多いなあ。


 「まあ、あれかな。結局の所、あんまり気に入らないから――」


 と、プラットホームに着いた所で言い終わろうとしたとき。


 「……誰が気に入らないのかな、≪紅風≫?」


 丁度転送されてきた所だったらしい、二人のPC.


 一人は鮮やかな緑の長髪を後ろで束ね、着物の様な衣装を身に着けた美丈夫。 目を始めとして、体全体が妖しい雰囲気を纏っていた。 二番隊を束ね、急進派として【月の樹】の実質の実力者、その名は榊。


 もうひとりの青年PC――こちらも何度か見た事がある。 橙色の髪を逆上げし、上半身を露出した明らかに不良じみた男。 その男の姿もどこか和風テイストだった。


 「なんだ、反逆者と狗っころかw」


 「んだと、テメエ!」


 不良っぽい青年……、『松』は七番隊の隊長であり、かなりの親榊派である。 この手の挑発を投げれば確実に食いついてくる。


 実際にやってみたらこんな物だ。今にも噛み付きそうな勢いで迫ろうとしている。 というか実験みたいなものだったが。


 「――――やめろ、松」


 どこか綺麗過ぎる声で、榊が諌める様な声をあげた。


 「……!」


 憤りは治められないながらも、榊と命令とあっては何も言えず、なんとか落ち着けた様であった。


 やばい……、松って物凄く遊べそうだ。


 「へえぇ、飼い主の言う事は聞くんだ?w」


 更なる挑発。


 「テメエぇぇ!!限度ってもんがあるだろうがッッ!」


 「よせと言っている!」


 「いいんですかっ、榊さん!?」


 「……この男の挑発に乗るな。 これはそういう男だ」


 「…………」


 おっと。


 さすがは榊、俺の手内を読んでいたらしい。 まあ、この程度読めなければナンバーツーになどにはなれもしないか。


 「そう私の部下を苛めないでくれるかな、≪赤色の請負人≫?」


 「へえ。 まだそんな名前で呼んでくれる奴がいるなんて思わなかったぜ」


 「≪紅風≫など、PKK風情が冠して良い二つ名ではないだろう」


 「言ってくれるよ」


 そして俺は請負人であってPKKではない。


 「それで、どうして君がここにいるのかな? ここは君の様な者にとっては居心地の悪い場所ではないのか?」


 「質問ばっかぶつけんの、やめとけ。 嫌われるぞ」


 「≪請負人≫に好かれるのだけはご勘弁願いたい」


 「……成程」


 面倒臭いなぁ、会話が。


 「何でもいいだろ? ご想像にお任せしたい」


 「…………」


 顎に手をやるような動作をして、こちらを見遣る榊。


 答えが口をついて出る前に、その横を通り抜ける。彩音はいきなりの動作に驚いたようだったが、間とも言えない間をあけてすぐについて来た。


 プラットホームに触れ、動作を完了した瞬間、


 「――気を付けたまえ、≪請負人≫。 君の危機は既に迫りつつあるという事を」


 どこか妖しげな笑みを形取り、囁く様に呟いた榊。


 「……? それはどういう意――」


 言い終わる前にプラットホームの転送動作が開始される。 気付いた頃には、言葉の真意を測る事無くマク・アヌのドームに移動してしまっていた。





******





 「ねえ、なんであんな険悪ムードだったのかな?」


 「ん?」


 事務所に帰って一息ついているところに、彩音が訊いてきた。


 「え、何かあったの(・・?)」


 「や、何でもねえよ」


 彩音とは違うもう一人の声は、『憐』という女性PC。 少し前から俺の事務所に居ついてしまった迷惑極まりない奴である。 彼女は今、俺の座っているソファとは反対側のそれに腰掛けていた。


 まあ、多分の原因は俺にあったわけだが。


 「んーとね。 簡単に説明するとルナが依頼人の仲間さんに喧嘩売ってたんだよ」


 「違っ、そして簡単に説明しすぎ!」


 「へえ、そんなことがw」


 言って、じろりと流し目を向けてくる憐。


 「何だその目は」


 「いーや、請負人さんにもそんな感情あったのかなーって」


 え、そんな目で見てたのか……。 こいつのことはよくわからない。


 「もっと冷血に冷徹に世界の事達観して喧嘩売るなんて馬鹿なこととか思ってるんだとばかり――」


 「もういい……」


 何だその普段見かけないマシンガントークは。というか、俺だけに皮肉っているような気がするのは、やはり気のせいか?


 「もういいって……全然わかんないよー……;」


 「いやぁ、別に。 榊とかに結構絡まれること多いから少し仕返しでもしようかな、と。 そんなに意味のある行動じゃないから気にするなw」


 言って軽く笑った。 意味なんてない。 むしろ腹いせに近いものだったのだから。


 松なんか、俺の事恨んでしまったかもしれない。


 しかし、それはそれ。 俺がこの世界に入って一番に学んだ事は『気持ちの切り替え』である。 いつまでも同じことを考えていても仕方ない。 さっさと次の行動に移るとしよう。


 「ちょっくら行ってくるわ」とだけ言って事務所を出る。


 意外にも、二人は普通に送り出してくれた。


 「……さて。最近匂宮と会ってないしなー……」


 情報が欲しい。 旅団の監視を行うために、彼らがどこにいるか知る必要がある。


 確か、ゴードが使っている情報屋がいたっけな。 あいつ――『なすび』ならゴードに言われて旅団に動きに気を配っているだろう。 それもこれも、ゴードが旅団にご執心なおかげだ。


 「さぁて、一丁請け負いいきますか」


 俺は、随分昔に登録したメンバーアドレスを探し始めた。


******



 『隠されし 禁断の 古戦場』、コシュタ・バウア戦場跡。


 神代、神々と人間が最終戦争を行ったとされるいわく付きのロストグラウンド――。少し前、彩音に聞いた話を思い出した。


 空は黒く曇り、時折雷鳴が轟く。 その黒空には古代の龍を形取ったかの様な遺跡が浮かんでいた。 『あれに行き着くことが出来れば、この世界≠ェ何たるかを知る事が出来る』という噂が立ってしまうほどに、異様な風景だった。


 猿を模した獣人型PC、情報屋のなすびに訊いた結果、この場所に辿り着いたのだが……。


 「こりゃ、情報料返還決定だな」


 5万も払って置かせながら、ガセネタかよ。 やはり一般PCの情報屋などというものは使えないな。


 とは言うものの、匂宮以外にそんな者はいないのだが。


 ……多分、最初はここにいたんだろうな、旅団は。 現在彼らはBBSやらの噂に従って『ウィルスコア』という仕様外のアイテムを探しているはずだった。ガセネタである可能性が否めないが、行動しないわけにもいかない旅団はとりあえずの所、噂に従っている様だ。


 何かあってタウンに帰ったか。 それとも逃げたか。


 何から? 【TaN】からだ。


 【黄昏の旅団】と【TaN】の対立は一層深まり、一般プレイヤーの間の話では圧倒的人員を持つ【TaN】が勝つだろうと予測されているのだが……。


 どちらにせよ、依頼のためとはいえ見届けないわけにはいくまい。


 まあ、その話題はその辺に置いておいて。


 【TaN】から逃げたとすれば、ここで戦闘があったということである。


 どうも、そんな感じには見受けられないが。しかし、ゲームであるからに証拠みたいなものは見つけられるわけも無く。


 「とりあえず、なすびから金返してもらうか」


 踵を返し、プラットホームへ向かおうとする。


 瞬間。


 「…………っ!」


 殺気。


 本能的に前方へと跳躍。 すぐに体を後ろに向けた。


 先程踵を返したそこに、全体的に黒い装束の男がこれまた黒く禍々しい刃を突き刺していた。


 「――――禍つ式……!?」


 息が詰まりそうな圧迫感が場に広がる。 自分の手の内にあの目玉の様な装飾品めいた物体が現出。 直感的にそれを展開、妖艶な黒刀を構える。


 そこに、また一人禍つ式を持ったPCが現れる。今度も黒装束を着た男のPC。手には黒い大剣を軽々と構えていた。


 轟く雷鳴。 その雷光の強い光で、両人の顔が見えたが布製の仮面の様なもので、目つきくらいしか分からなかった。


 恐らくは【TaN】の所持する特殊アイテム……、PCグラフィック追加系の『暗部』御用達。 それは仮面から全体の姿まで変容させる、便利なアイテムだろう。


 【TaN】暗部の話があまり明るみに出ず、『どこの誰かが暗部らしい』という様な噂を聞く事が無いのはこれのおかげだろう。


 それに【陰華】は【TaN】の下位組織。 【TaN】と同じ装備を所持するのは当然だった。


 ――相手は、二人か。


 考えつつ、違和感。


 どこか不自然なものを二人から感じる。


 「――――、」


 たんっ、と軽く踏み込んで来る。 細い刃の男の太刀筋を見極め、黒刀で受け流すようにして避ける。


 ああ、今の剣の重さでわかった。


 こいつらは。


 こいつらは禍つ神化していない=B


 つまり――。


 「手前ら……【陰華】か」


 「…………」


 応答は無いが、否定も肯定も無い事その事実が【陰華】である事を如実に示唆していた。


 恐らくは【TaN】の暗部にも人員を派遣している【陰華】、請負人とのセカンドコンタクトだ。


 手口は……、前回≠ニ変わらないだろう。 憐と関わったときの禍つ式≠フ戦いから、やり口はわかっている。


 面倒臭。


 無言で近寄ってくる細身の方に、一歩踏み込む。 古代の侍の様にその一歩だけで相手の間合いに完全に入る。


 「……!」


 さすがに一歩で踏み込んでくる事が出来るとは思っても見なかったらしい男が、よく見えない顔を驚愕に彩りながら、返り討ちだと言わんばかりに刃で切り返してくる。


 邪魔。


 高速で繰り出された刃が、相手のそれを払う。 その瞬間も背後への警戒は怠らない。


 予想通り、大きく体大剣を振りかぶっていた巨漢と青年の中間にあるようなエディットの男に、自分の体を回転させると同時に、払った刃をそのまま持っていく。


 細身の男は払われた刃の重みで動けず。


 大剣の男は大きく振りかぶっているがために、対応できない。


 一閃。


 閃いた刃は男の体を胴から切断。 体を二つに分かたれた。


 細身の男が反応してくる前に、もう一度一歩だけステップして彼の間合いから外れる。


 脱出と同時に、手に熱を感じた。


 ふと見ると、俺の禍つ式≠スる『矛盾』が光を帯びていた。 データドレインする瞬間の刃とは違った、薄赤い光。


 余所見をしている暇は無いとばかりに、今度は男の方からこちらの間合いに踏み込んでくる。 俺はそれに応えて『矛盾』の刃の部分を流すように下に向けつつ、駆ける。


 瞬間。


 「――――あ……?」


 間抜けな声が口から漏れる。












 ――力が、爆発した。







7://www.moontree-ツキノキ.……了。







________________
アトガキの書
________________

なんとか。

なんとか全て書き上げましたよ、一週間内に!(嬉)
しかも今回は少し短く出来ました(笑)
結構削っちゃいましたが(ぇ
でも予定調和なわけで。

閑話休題。

欅様登場でございます。
というか【月の樹】を出してみました。
絶対に仲良いはずがないですよね、主人公と;


ではでは、次回も頑張ります^^*


[No.1003] 2007/12/17(Mon) 17:36:35
8://www.discovery-ハッケン. (No.791への返信 / 1階層) - 宴六段




 喪失の地。


 それは既に失われたはずの領域。


 古き戦場跡に男が佇む。 空は相も変わらず曇天。時折雷鳴が響き渡る。


 独特な雰囲気を持った男――彼の持つ雰囲気と鼻梁に掛けられた黄昏色の色眼鏡。 そして何よりも其の左腕の拘束具が異形さを物語っていた。


 「…………」


 どうして。


 彼はもうここまで辿りついたのか。 それともその途中なのか。


 道のりは長く険しい。それが『成長』ともなれば、事易しとは行く筈もない。


 それでも諦める訳にはいかない、否――いかなかった。


 自らを縛り付け、自らのココロを閉ざし、誰も信用せず、何人をも信頼せず、自らの力のみで立ち得る事それ難し。


 だが。


 それでも彼がやらなければ、この世界はどうなっていただろう?


 彼がやらなければ、この世界は混乱しなかったろう?


 ――何れにせよ、彼は待っている。


 恐怖が増幅される事を。


 恐怖という名を持つ、死神そのものを。


 「死よりも恐いモノ、か」


 赤色に言っていた事。


 それは的確すぎる。


 本当にあの≪請負人≫は上手く言い過ぎる。


 「――――強くなれ」


 呪文のように言い続ける。 それはただ『一人』に向けた言葉ではない。


 今の所、これは保険でしかない。


 だが、重要すぎた。


 余りにも歪で、余りにも同類。


 アノ二人ハドコマデユケルノカ?


 だからこそ彼は呟いた。


 ――――Welcome To The World=Aと――――






******





 「……これか、ハセヲ達が見つけたって奴は」


 翌日、再び『コシュタ・バウア戦場跡』に訪れた俺は、ハセヲ達から――正確には志乃からリークされた情報に従い、この円柱に囲まれた広場に刻まれた傷痕を見下ろしていた。


 最近あらゆるエリアで目撃されている、三角形の傷痕……。やはりここにも刻まれていた。


 主にロストグラウンドに刻まれたそれは、どれもどす黒い色で痛々しくも美しい。


 「…………」


 しばし、近くに寄って見つめる。


 というか、何なんだこれは。


 意味がよくわからない。


 意図がよくわからない。


 誰がこれを刻んだのか。 何がそうさせたのか。 意味はあるのか。 意図はあるのか。 意志はそこにあるのか。 意思はそこにあるのか。


 わからない。


 「……つか、何か関係でもあるのかって話だな」


 無いはずがないだろう、この時期に。


 【黄昏の旅団】と【TaN】の戦いは長引く一方、そろそろ決着を着けんと【TaN】が思っているのは確かだろう。


 ここで旅団が動けば、それを潰しにかかるはずだ。


 もはや最終戦争は近い。


 そんな状況下でこの傷痕。


 状況は、動く。 何人の意志などお構い無しに、時間だけは刻々と進む。


 それは残酷な事だろうか。


 と。


 傷痕が微かに輝いた、気がした。


 「……?」


 更に一歩近付いてみる。


 また光った。 どうやら気のせいではなかったらしい。


 更にまた光る。何度も連続して煌き、まるで心臓が鼓動を打っているかの様だ。


 なんだこれは。


 危険を感じ、離れようと足を動かした。


 瞬間。


 「――――!?」


 今まで以上に大きく輝いたと思った瞬間、赤い光に包まれて、俺は大地から浮いていた。




 ******





 …………。


 …………。


 幾分の時が去ったともわからぬうちに、地面に叩きつけられる。


 「……ってぇ……」


 尻餅を突いたため、右手で体を支えながら立ち上がる。


 「何なんだよ、一体……!」


 悪態を突きながら、目を瞑って腰の辺りを摩る。


 それにしても、今のは何だったのだろう。 一瞬のうちに浮遊感覚に襲われ、地面に叩きつけられて――


 「あ?」


 気付くと、周囲の景色が一変していた。


 まず、いつでも鳴り響いているような雷鳴がない。 どころか空は暗くもない。


 立っているのは地面ではなく、人口の建造物。 中世ヨーロッパのレンガみたいな様式で作られた、途中で朽ち果てた巨大な橋。


 そして、その周囲には現実にもそうそうないであろう、巨大な滝。


 「アルケ・ケルン大瀑布……?」


 『Δ隠されし 禁断の 飛瀑』、ロストグラウンドのひとつ、アルケ・ケルン大瀑布にいる様だ。


 何故?


 それはこっちが訊きたい。


 周囲をもう一度確認してみると、橋の途中に設けられた円形の広場にあの傷痕≠ェ刻まれているのを発見した。


 まさか。


 「転送、された?」


 傷痕から、傷痕へ。


 傷痕から傷痕へ? 正規のプラットホームでもないのに?


 なんだそれは。 意味がわからない。


 たとえこの世界に有り得ない事が起こる状況だとしても、イリーガルすぎるぞ……?


 仕様を逸脱、してるじゃないか。


 「…………」


 そういえば。


 とあるエリアに、隕石が落ちたとかいう噂を耳にした。


 ガセネタかとも思っていたが……


 「…………」


 だとしたら、今のこの現象に関係性があるのだろうか。


 彩音の報告では、旅団のメンバーにも様々なバグ現象が起こったという。 全く関係のない場所に飛ばされたり、仕様の内とも思えぬ場所でフリーズしたり、など。


 まさか、あの傷痕が原因なのか? 俺がついさっき転送されてここに来たみたいに。


 「…………」


 深く思考を巡らせるために、橋が切れている場所で座った。 見下ろすと落ちてしまいそうな高さがあるが、足を投げ出す。


 まず、ロストグラウンドには大きな意味がある。


 大した意味でもないが、決して小さな意味でもない。


 ただそこに在る。 ただそこに居る。


 在るだけで意味がある。


 特殊な場所だけあって、一般PCとは違うモノ達も多く集まる。


 ……昨日の『禍つ式遣い』二人も、そうだ。


 「全く、昨日の奴らは……」


 あの時起こったことは、よく覚えていない。 というか、思い出したくもない。


 力が爆ぜ。


 ……おっと。


 思考がずれてきていた。


 この話をまとめるのはまた今度、だ。


 ともかく。


 もしかすると、あの傷痕を刻んだのは禍つ式≠ネのかもしれない。


 ――否。


 すぐに考えを否定。


 例えデータドレインと同等の力を持っていたとして、グラフィックを傷つけるまでの力は保有していないし、転送など以ての外。


 「……、行き詰った」


 思考に。


 くそ、結局わからず仕舞いじゃねえか。


 思考の乏しさと冴えなさに反吐が出る。


 「所詮呆言、か」


 「自虐ネタか?」


 唐突に声。


 「神出鬼没の匂宮、ただいま参上ッ!!」


 「私はそんな事は口が裂けても言えないな」


 何だよ、俺が決め台詞決めてやってんのに。


 「ノリが悪いぞ」


 言って首だけを動かして背後を見遣る。 そこにはやはり、あの反吐が出るシステム管理者が立っていた。


 「貴様ほどではあるまい」


 見ていたくもないので、また前方の瀑布を見つめた。 だが構わずに彼は喋り続ける。


 「報告、聞くか?」


 「……頼む」


 匂宮を見ずに頷く。


 「昨日の貴様の報告だが――」


 昨日。 あの二人の禍つ式遣い。


 「貴様の予想通りだった」


 「禍つ神化していなかった≠ニいうことか」


 「そうだ。 やはり【陰華】が一枚噛んでいるようだな」


 これは俺も予想済み。


 「あの状況をモニタリングしていたのだが……」


 言い澱む匂宮。


 「どうした?」


 「どうも、よくわからなかった」


 「……は?」


 よくわからない、だって? あの匂宮が?


 自分が天才で自分がわからない事があるのが許せない、あの匂宮が?


 「モニタリングしていたPCの画面に原因不明のノイズが走った後、使い物にならなくなったのだ。 そう、貴様の禍つ式に異変が起こったときにな」


 「……? ……!」


 一瞬意図がつかめず、一瞬で理解した。


 "あのときに異常な量の過負荷がサーバーに掛かったと言うのか?


 確かにあのときにノイズが走ったのは俺の画面でも確認していた。


 だが、そこまで酷いものだったのだろうか。


 「それについて、訊きたい。 あの時、何があった?」


 ……。


 沈黙。


 「別に」


 「つまらんいいわけをするな」


 別にいいわけじゃないんだが。


 「いやまあ。 真の俺に近付いた、みたいな?」


 「何故疑問系なんだ……」


 気にするなよ、そういうこと……。


 「なんとなくはぐらかされた様な気がするが、まあ良しとしてやろう」


 あん?


 良しとしてやろう=Aだと……?


 「訊いていい?ねえ、何様?一体何様?」


 「俺様w」


 「キモっ」


 「貴様がな」


 ……というか、いい加減不毛な言いあいだと思う……。


 「もういいさ。 俺はちょっと移動するぞ」


 「依頼人か?」


 「……ああ……」


 これから会う澪の事を思い出し、憂鬱になる。 あの人は何か苦手だ。


 報告はメールだけでいいだろうに、あの人は。


 匂宮に「じゃあな」と飾り気のない言葉だけ言って、その場から離れた。




******





 「もういい加減にしません?」


 「ふぇ? 何をですか?」


 「メールにしたいんですよ、報告とか……」


 「どうしてです?」


 「いや……」


 もうこのやり取りも何度目だかわからない。 それほどまでに拒まれ続け、これほどまでに申請し続けているのに……。


 「このやり取りも何度目でしょうかね……」


 「あれ、15回目ですよ♪」


 「…………」


 なんで正確に覚えてるんだよ。


 「そもそも、あなたは何で旅団の監視なんて依頼したんですか?」


 「企業秘密、と言いたい所ですがさすがにずっと黙っているわけにも行きませんよね?」


 いや、別に行ってもいいんだが。


 「端的に言ってしまえば興味=Aですね」


 「興味……」


 「ええ、それこそ本当に、興味だけ」


 興味。


 それは好奇心ではないのか。


 ……同じようなものか。


 「興味、ですか」


 「そう。 あのギルド――【黄昏の旅団】はとてもとても興味深いんですよ、わたしにとって。 できるならずっと見ていたい……」


 何か思い入れでもあるのだろうか、旅団に対して。


 「それでも、人には制約がある。 時間≠ニいう絶対的かつ相対的な、制限が」


 制約。


 残酷な残刻。


 ただ過ぎ去る事だけが目的の様に、時間だけは何人にも妨げられない。


 ああ、そういうこと≠ゥ。


 リアルは誰にも大切なものだ。


 現実が無ければ、虚ろのこの世界は存在できない。


 実像がなければ虚像が存在できないように。


 「だから、あなた方にお頼みした」


 「……成程」


 「だから、メールなど使いたくないのですよ」


 うん?


 「冷たい云々ではなかったのですか?」


 「それが第一ではあります。でも、この世界にあって報告を聞きたい。 わかりますか?」


 正直、度し難い。


 でも、何となくはわかる。


 旅団と同じ世界にあって、旅団の話をしたい。


 「……駄目、ですか?」


 「いえ。 むしろ、良い……」


 ああ、全然いいよ、澪。


 良すぎて奥ゆかしいくらいだ。


 「でも、まあ。雑談はこれくらいにしておきますか♪」


 「はあ」


 これ以上話したくない、みたいな。


 別にいいけど。 俺もそろそろ落ちなきゃいけない時間だったし。


 「じゃ、始めますか」


 「お願いします^^*」


 報告を、開始した。





8://www.discovery-ハッケン.…………了。


____________
アトゥガキ
____________

なんなんでしょうね。
挨拶って(何)
こんなにも迷うものだとは思いませんでした、こんにちは(←)

さあ、次回から怒涛の展開が待っている!(はず)
とうとう9話まで来ました。
少し前から書き始めて、遅筆で有名になり(ぇ)ここまで。
Rootsを見ていた方はわかると思います。
9話からが、正念場。
恐らくRoots最高の盛り上がりになりますよね?

プレッシャーです……;
が、頑張りますので、何卒よろしくお願いします^^*


[No.1004] 2007/12/17(Mon) 17:38:26
9://www.expectation-キタイ. (No.791への返信 / 1階層) - 宴六段






忠誠には制裁を







裏切りには報酬を













9://www.expectation-キタイ.






__________________________________



 「ん、あんたがオーヴァンか?」


 「そういうお前は≪赤色の請負人≫だな」


 「そうだな。 あんたはここ≠ナ何がしたいんだ?」


 「……言葉では言い表せない。 決して容易く言ってはならないモノだ」


 そんな言葉だったか、俺と彼の交わした初めての言葉は。


 「何だそれ。曖昧すぎ」


 「……ふ」


 薄く笑んだ彼に言葉を返す。


 「お前は【黄昏の旅団】で何をしたい?」


 「――――識れた事、この世界の真実を。 黄昏の鍵を求めんと」


 「俺にそれを訊くか?w」


 「答えてはくれないのだろう?」


 もう一度微笑む青色。 その笑みはどこか危うげだった。


 「思い出は大切だ。 だが記憶は悪い所だけ記憶しない」


 「俺は逆だな。 悪い記憶しかない」


 自嘲する様に言っていたところで、一人の女性PCが歩み寄って来た。


 「……お友達?」


 「あ?」


 「志乃――」


 看護士を彷彿とさせる白色の呪療士は『志乃』という名前らしい。


 それは。


 赤色と青色、そして白色の初めての邂逅だった。




******








 「……。 そろそろ決着着けるべきかねぇ……」


 口に出してみたが、なかなか踏み出せなかった。


 頃合を計ってみていたのに、わからない。


 どうすればいいのか、あんな話を聞いた後で。


 その話も、俺の呆言であれば突き崩せる。


 だがそれでいいのか、≪請負人≫?


 ある程度以上関わらないのが自分の信条ではなかったのか?


 干渉せず。


 関与せず。


 安定した羊水の中をゆったりとたゆたうのが主義ではなかったのか?



 「…………」


 答えは出ない。


 未だ出ない。


 出そうにも無い、動かない限りは。


 そこで。


 携帯電話にデフォルトで入っているような着信音が鳴り響く。


 「……彩音?」


 <やほー(´ω`)>


 1:1チャット。 俗にウィスパーと呼ばれる機能。 これがあれば、例え遠く離れていようと電話回線でつないでいるように自由に話せるし、他人に内容が漏れる心配も無い。


 それゆえにか、ウィスパー中にPCは口を開く事はないのだ。


 ……それにしても、あんまり『やほー』って感じの顔文字じゃない気がする。


 「いきなりウィスパーで何?」


 <いや、少し緊急で報告だよ>


 報告……?


 <ついに……、っていうかやっと@キ団が動き出すみたい>


 「場所は?」


 今俺がいるのはアルケ・ケルン大瀑布。 移動が面倒でなければ、すぐに移動したい。


 <コシュタ・バウア戦場跡♪>


 「……へえ。 だったらあの噂は本当だったんだな」


 噂。


 ウィルスコアとロストグラウンドの関係性についての噂。


 あまり目立った噂ではなかったが、旅団と【TaN】のとっては重要すぎた。


 <ねえ。キー・オブ・ザ・トワイライトってあるのかな?>


 「うん?」


 <何でも願いが叶うんでしょ? だったら彼ら≠ヘどうするのかなーって>


 「さぁね。 オーヴァンの考える事なんてわかんねぇ」


 <ルナは知ってたんじゃなかったの?R:1のとき」


 「確実にあったのを知ってるだけ、な。直接視た――視えたわけじゃない」


 <じゃあなかったの?>


 だから……!


 「いや、あるのは知っていた。 確実にね」


 <変だよ、それ>


 響いてきた声だけで苦笑してるのがわかった。


 変だろうか?


 「別にいいだろ……、仲間、昔の奴らだけど信じてんだよ」


 <……?>


 疑問符を浮かべる彩音の顔が脳裏にちらついたが、その言を無視した。


 「わかった。 用事を済ませてそっちに行く。 準備よろしく」


 <了解っ♪>






******





 「あれぇ?昨日会ったばかりですよね、報告なんて……」


 「あ、いえ、これは報告じゃないんですよ」


 少し、頭を掻いた。 やはりこういう役目は俺には相応しくないし、こういう相手は苦手だ。


 ぶっつけ本番。 というか、やっつけ仕事?


 どうでもいいか。


 「なんだって、こんなエリアに呼び出したんですか?」


 呼び出したのは普通の草原エリア。 そこら中にいるはずのモンスターも、俺の選択ワードでかなり少なく設定されていた。


 「――――……あんた、ワザとだろ」


 「ふぇ?」


 口が怜悧な言葉を吐き出した。


 一瞬の逡巡のうちに吐き出された後、それはするすると口を突いて出て行く。


 「俺に、『自分がただの依頼人じゃない』って教えてんの」


 「…………」


 澪の顔は困惑、でいいのだろうか、複雑な表情が浮かんでいた。


 と、思ったのも束の間、すぐにまた、最初に会ったときに感じた様などこか作り物≠カみた笑顔を浮かべた。


 「そうですねぇ……、何故気付いたんですか? わたしがあなたと同じ『請負人』で、【TaN】に雇われているものだと」


 「っ……!? 請負人なら簡単な誘導尋問に引っかかんなよ。 そして一気に身バレしすぎだ」


 まあ多少は驚いたが。


 まさか同業者≠セったとはね。 『この世界』に請負人は数人いるんだとは聞いていたが……。


 それでも俺以外には話にも出た事は無かった。


 『請負人』は万物において、完璧にこなすスペシャリスト≠ナなければならないのだから、『報復屋』並びに『復讐屋』や『殺し屋』のように容易く成立するものではないのだから。


 これは自慢でもなんでもない。 客観的に、冷静に言ってもこうならざるを得ない職業。


 それが『請負人』。


 「種明かしでもしようか? 一。 あんたは何故か、俺が面倒に巻き込まれている事を知っていた」


 一つ目の種明かし。これはほんの少し疑問に思った事が気になって後で調べた。


 禍つ式°yび禍つ神≠ノ関する噂はすべて消去されている。 勿論、システム管理者たる匂宮によってだ。


 一般PCですら、その対象に入る。


 一番酷い奴はアカウント停止処分になっていたはずだ。


 「二。 あんたは一人では旅団を追えないと言っていたが、それにしては毎度払っている額が多すぎる。 総合的には、なかなか潤沢な量だ。 これなら時間が限られているとはいえ、自分で追ったほうが幾らかマシだ」


 二つ目は、昨日あの話を聞いたあとに再度事務所を調べてみた。 一人で持てない事はない。 だが、それでも惜しみなく払える様な額でもない。


 澪の見た目は中級者、良くても上級者に成り立てと言った所だ。 例え『澪』がセカンドPCだったとして、そうまでして追う様な内容ではなかったし、大した報告でもなかった。


 ゆえに、怪しく思えた。


 だから、調べるべきだと思った。


 「つまり、俺を使っていたのは足跡を残さないように。 そいで、尋常じゃない額の金を払うことが出来たのは、バックに【TaN】がいたから、だろ?」


 滑稽にも。


 滑稽にも俺は相対的に敵対ギルドである【TaN】に情報を垂れ流していたという事だ。


 旅団の味方の振りをして。


 旅団最大の敵は俺だった。


 全く、えげつない手を使いやがる。


 「ぱちぱちぱち。さすがルナさんです^^」


 まただ。 あの微笑み。


 安らぐはずの微笑みは、怜悧な刃物のように俺を貫く様だった。


 「ついでに勢いで訊くが、あんたの天然はロール≠ゥ?」


 「天然……何の事です?」


 ……どうやらアレはマジらしかった……。


 「でも、もう遅いですよ」


 「コシュタ・バウアのことか?」


 「ええ。 そろそろ暗部との戦いも始まっているはずですし」


 しかしまあ。


 こいつとの会話は緊張感というものが無いな。


 「じゃあ俺が行くまでだな」


 「……どうして旅団に加勢を?」


 ああ、緊張感が無いんじゃない。


 「【TaN】が動くなら【陰華】も動くはずだろうが。 色々あって、あいつら止めなきゃいけないんだよ」


 「…………」


 緊張感が無いんじゃなく。


 「それに、」


 「それに? なんです?」


 こいつは緊張感を、


 「――――俺は意外にも旅団が気に入っていてね。 昔からちょっと、興味のあるものと気に入ったものには手を出さずにいられないタチなんだよw」


 主義は傍観主義でも。


 根本的性質は違う。


 「……やらせませんよ」


 彼女は唐突とも言えない微妙なタイミングで、背中で発光した光の中から大剣を抜き取り、地面に叩きつけた。


 その大きさは軽く澪の身長を超えている。


 というか、始めて知ったが澪は撃剣士(ブランディッシュ)だったのかよ。


 大剣の形状は撃剣士の装備としては幾分か細身で、刺突のための切先が無かった。 まるでただの鉄板に柄を取り付けたみたいだったが、手で柄を掴む部分には段違いになって更に細身の刃が浮いていた=B


 全体的に灰色のそれの刀身、幅広の部分には艶やかな椿の華が見事な技量で彫られている。


 「見た目に似合わない武器だな」


 着物とドレスの併せみたいな衣装を見ながら呟いた。


 「『必殺剣 椿一文字』。 なかなか格好いいでしょう?」


 言いながら、頭を低い姿勢にしての疾走。 大剣――椿一文字は流れるように持ちつつ、下向きに刃先を向けていた。


 遅れて、今まで消されていた緊張感が一気に張りあがった。


 ――――速い。


 やば、今までに戦ってきたPCの中で5本の指に入るかもしれない。


 左腰の辺りに発光した光の中から我が愛太刀『壱式』を抜刀。


 自らも低い体勢にして動こうとするが、それよりも先に澪が間合いに入った。


 ――やはり、速い。


 「っああああぁあぁあぁぁぁぁああ!!」


 気勢と共に澪の一閃。 綺麗すぎる軌跡を描いて鬼気迫る。


 体を上げるような馬鹿な真似はせず、そのまま自然に地面に倒れた。


 俺の背中の上を大剣が通り抜ける――


 ――と思ったらすぐに翻り、そのまま断頭しようと振り落ちる。


 見た目中級者ってのに騙された!


 こいつ、気配とか全部計算してやがる……!?


 「――っぐ」


 転がって回避。


 転がった先で再び跳躍。 空中で刀を目の前に構え、着地。


 そこへまた澪が疾駆して来た。


 「速いって言ってんだろ!」


 澪の切り返しの速さに思わず呻く。


 あれ? この俺が追い込まれてる……?


 刀と大剣で打ち合う。


 不快な金属音を掻き鳴らして、ふたつの得物は喰らい合った。


 鍔迫り合いに澪と睨みあう。 が、彼女は全くの無表情。 『絶対零度』という言葉がちらついた。


 ぎり、と壱式が軋む。


 ――やばいな。 やはり撃剣士相手にこの刀では軽すぎる=B


 力押しになれば、澪が押し切ってくる事は目に見えていた。


 そこで、一度刀を軽く振り払って後ろへ跳ぶ。


 予想はしていたものの、また澪が疾駆。 離れた距離も一気に詰め直されてしまった。


 「糞がっ!」


 「――――、」


 たん、という足を踏み込む軽い音とともに大剣を薙ぎ払う。 一瞬の間隙を突いて、また後方へ跳躍。 浅い草地に足が着いた軽い音を耳にする。


 また詰めて来ると思ったが一旦、椿一文字を下げて見つめてくる。


 ……休憩か?


 意図は掴めないが、大体わかってきた。


 澪の撃剣士にしては速すぎる攻撃が、だ。


 撃剣士は基本的に大振りな攻撃と共に繰り出される大打撃を主とする。 故に攻撃には絶対隙ができる――はずだった。


 その間隙を突いて攻撃するのが常套手段だし、俺自身そうして来た。


 だが、澪はその全てを熟知した上で攻撃を仕掛けてきている。


 攻撃が繰り出されるまでのタイムラグをわかった上で走る量を調整し、攻撃が繰り出された後の硬直ディレイを理解した上で体の位置を調整、次の疾走に備えている。


 ――こいつ、廃プレイヤーかよ……!


 『廃プレイヤー』とは『廃人プレイヤー』と『高い』という意味の『High Player』を掛けたThe World%チ有の造語である。


 澪はそんな時間無いって言ってやがったのに……。


 やはりあれはブラフか。


 「――――、」


 また澪の疾駆。


 あわせて俺も疾走を開始。


 再び金属音を掻き鳴らし、鍔迫りあう。


 先程は俺が切り払ったが、今度は澪が仕掛けて来た。


 刀を横に逸らされ、一瞬だけ無防備状態になってしまう。


 そこへ思い切り椿一文字が振り上げられ、刹那の間を置かずに一気に降りて来た。


 にやり、と澪の顔が初めて歪む。


 ――面倒なっ!


 通常のプレイヤーならここで諦める策を取るだろうが、俺はそういうわけにはいかない。


 曲がりなりにも俺は『請負人』。


 死ねるかよ。


 一瞬のうちの出来事だが、時間が止まって見えた。


 横に流されたままだった壱式でスキル『旋風飛刃疾(せんぷうとばし)』を発動。


 これは俺にとって特別すぎる。


 何でも請け負う『請負人』として、自らの手の内をほとんど明かさないという原則を持っている俺は、戦術も含めてスキル全てを秘匿しなければならなかったからだ。


 それが、使わなければならない状況。


 今の状況を顕著に表していた。


 ――通常なら敵に対して真空刃が繰り出されるこのスキルを、自らを置いている位置に近い場所へ向かって撃ち出す。


 澪の大剣が俺に届く前に、粉塵を上げて地面が爆ぜる。


 その衝撃で軽く吹き飛び、澪の断頭を辛くも避けつつ、体勢を一瞬で立て直し大太刀を水平に構えたまま一歩。


 一瞬にして相手との距離を詰める、侍の一歩。


 地面に大剣を叩き付けた攻撃硬直の彼女の体を横に薙ぎ払う。


 と。


 彼女の姿が消失。


 「っ!?」


 消えたかの様に見えたのは、間違いではなかった。


 彼女は。


 彼女は地面に半ば埋まっている様に固定された大剣を支点にして、まるで曲芸でもやっているかのように体を天に向けたのだ≠チた。


 足は蒼穹を真っ直ぐに向いて。


 手はしっかりと柄を掴んで。


 そのまま前へ倒れて着地。


 後ろを顧みずに、背中の方で椿一文字を引き抜いた。


 「――化け物かよ……!!」


 思わず弱音を口に出してしまう。


 「えへ♪」


 苦し紛れに『旋風飛刃疾』をの真空刃を放つが、振り返った澪の大剣で弾かれた。


 「――本当に化け物だな、あんた」


 「そこまで褒められても何も出ませんよw」


 ここで微笑み。


 どこまで馬鹿にしてんだか。


 「……行くぞ」


 これ以上戦闘を長引かせても旅団の所まで間に合わない。 ハセヲやオーヴァンを助けたくも、時間が無ければ間に合う事も出来ない。


 次で、決める。


 体勢を直し、また椿一文字を構えなおした澪に対して『侍の一歩』を踏み込む。


 下から掬う様な斬撃であったが、大剣によってすぐに防がれてしまった。


 一瞬の鍔迫り合いののち、澪が先程と同じく大きく大剣を振り上げる。


 俺は先程のように彼女の間合いから逃げるでもなく、ただ太刀を眼前で構え、防御姿勢を取るだけ。


 この様な防御は圧倒的攻撃力を持つ撃剣士に対しては最悪の対応。 大剣の威力で来られれば、大太刀とはいえ俺の壱式など真っ二つに折られてしまうだろう。


 澪が、今度こそ歪に嗤った。


 これで仕舞いなのだと。


 すべては無意味なのだと。


 自分が戦いに幕を引くのだと。


 椿一文字という死神が、迫る。


 椿一文字という死神が、壱式を破砕せんと打ち当たる。


 椿一文字という死神が、そのまま俺を断絶せんと力を込める。


 俺は。


 壱式は。


 刹那に当たった椿一文字という死神を。


 受け流した=B


 左斜めに傾けた壱式は椿一文字を、金属音と共に流してゆく。


 水平だったものに物が当たり、その一瞬で斜めにしてやれば。


 撃剣士であるが故に高威力の大剣は高速で迫り、


 撃剣士であるが故に高威力の大剣は止められない。


 「――――!!?」


 澪の顔が驚愕に彩られた。


 剣道の基本だ、ばぁか。


 心中で呟き、傍らの地面に固定された大剣を横目にした。


 そう、剣道の基本。 相手の竹刀を受け流して面を取る、基本的な技。


 受け流していた刀を元に戻しつつ、疾らせた。


 女性型PCの澪相手にさすがに首切りなど出来ない俺は、胸の下辺りから体を両断した。 驚愕と恐怖に彩られた澪の顔をそのままに、暗灰色の身体は飛んでいく。


 「――終了、っと」


 深く息を吐き出しての独白。


 いや、本当に死闘だった。 それとも激闘か? どうでもいいが。


 HPの削りあいこそ無かったものの、俺もどこかで何かをミスしてしまえば、一瞬にして今の澪と同じ状況になっていただろうと、容易に想像できてしまうこの状況。


 それこそが死闘。


 至高なる死闘。


 意味の無い思考をしたそこで、再びウィスパーの着信を報せる軽い音が入った。


 「何?」


 澪の死体を横目にしながら、簡潔に訊いた。













 ついこの間まで依頼人だったPCが死体となって――敵となり死闘を繰り広げた末に――転がっているのはどこか倒錯的で蟲惑的に見えた。


 <遅いよ、ルナ>


 「いや、今終わった」






 <もうコシュタ・バウアの戦いも終わりっぽいけどね>


 「うん?」


 <ウィルスコア?だっけ。 いやぁ、ゴードちゃんが合流しちゃったw>


 「……あ」


 全て揃えて円柱で使う、みたいな事を言ってたような言ってなかったような。


 「それって、間に合わない?」


 <あ、今飛んだ>


 マジかよ……。


 そして何このライブ感。


 「……奥の手かな……」


 <匂宮さん?>


 「まあ、そういうことになる」


 全く、面倒な。


 <――ねえ、あえて訊くんだけどさ>


 声だけしか聞こえてこないが、彩音の顔が怪訝になっているのが安易に想像できた。


 <そこまでして【黄昏の旅団】に関わる程の理由があるの?>


 「理由と来たか……」


 理由、ね。 なんだかさっきも言った気がするけど。


 「やっぱり気になるんじゃないのかな、オーヴァンの事がさ」


 <ふふ、他人の事みたいに言うんだねw>


 「…………」


 オーヴァン、『黄昏の求道者』。


 彼の目的は計り知れない。


 だからこそ。


 ――だからこそ。


 「だからこそ、彼の見ている世界を知りたいのかもしれないな」


 <……?>


 声をあげずとも、疑問符の浮かぶ彩音の顔が浮かんだ。


 やば、可愛い。


 「いや、なんでもない。 急いでそっち行くから」


 <んー、わかった^^* 待ってるね>


 ウィスパーチャットが途切れた音がした。


 ……決着、ね。 決着。


 どちらが勝とうと、結末を見なければならない。


 結末を、見る。


 幕引き雑用は俺の仕事。


 終焉を見届ける。


 自分の意志でもなく。


 誰かの意思で手足となる。


 それが、≪請負人≫。


 「んじゃ、まあ。 行きますか」


 今度は澪の死体に目もくれず、プラットホームへと歩き始めた。









******





 身体の周りに纏わりついた光輪の蛇が完全に紐解けるのを待って、歩き出す。


 回りくどい言葉無しに言うと、つまりはコシュタ・バウアに到着といった所だ。


 「やっぱりもう終わってるわけね」


 先程から間髪入れずに飛んできたわけだが、ここで戦闘があっていたなどとは夢にも思わせない静けさだった。


 「あーあ、ギリギリ間に合わなかったね♪」


 横から茶々を入れてくる彩音。


 ずっとプラットホーム周辺の塀、その後ろの茂みに隠れていたらしい。


 「――行くぞ」


 「早っ」


 「間に合わなかったんなら、間に合わなかったなりに次を急ぐしかないだろ」


 「えへへ、そーゆーとこ好きー」


 ばっ。


 俺の顔赤くさせてどうするつもりだ。


 「じゃあ、全力で援護するのがわたしの役目だね♪」


 「って、お前も付いてくる気なのかよ!」


 言うと、彼女は「あたりまえー」とか言いつつ無邪気に笑った。


 ……くそ、その笑顔が凶器なんだ。


 「わかったよ、お前の実力は俺が一番知ってるし、むしろ戦力になるからいいんだけどさ」


 でも。


 【陰華】がいるんだから、当然禍つ式≠烽ナてくるよなぁ……。


 そこは俺がフォローして、彩音にばれない様に努力するしかないか。


 ――今度は俺から攻める番だな、【陰華】さんよ。


 今度こそ終わらせてやんよ。


 ウィスパーチャットを匂宮に連絡を取る。


 「いいぞ。始めよう」


 <……決着、着けて来い>


 「言わずもがな」


 ヴン、という音と共に視界にノイズが走る。 瞬間、体のビジュアルが途切れ千切れになりながら、消えていった。


 これは、簡単に言えばハッキングだ。


 本来、特殊なアイテムが無ければ侵入できないとされているロストグラウンド、『背面都市マグニ・フィ』。


 そこで、天才ハッカーを自負する匂宮に独自プログラムによるハッキングを試みてもらった。


 今までロストグラウンドを削除、ないしは編集隠匿できなかった彼は、まるで親の仇のように――というか自分の仇か――狂気的かつ驚喜的に熱中したようで。


 かなりの短時間で完成したようだった。


 「まあ、私は天才だからな」というのは匂宮自身の言。


 どうでもいいか。


 とにかく。


 彼が偏執狂であったおかげで、限定的なロストグラウンドに強制的かつ湾曲的な不正アクセスを果たしたのだった。


 地面に足が着いた。


 「……っと」


 「到着、だね」


 辺りを見回しながら、彩音が呟く。


 言葉が一瞬詰まったのは、この地の風景が荘厳であったためだろう。


 背面都市。


 「成程これは――」


 朽ち果てた都市というに相応しい。


 ロストグラウンド、『背面都市 マグニ・フィ』。


 高度文化の片鱗たる完璧に気付きあげられた壁面に、蔦の様な植物が這い回っている矛盾。 暗く曇った空は地上と変わらず。


 所々腐りかけた植物が地を張っている通路の先には巨大な門。 これにもまた植物が這い回っているようだったが、誰かが通り抜けた後であるためか開いていてよく確認できない。


 背後のプラットホームより後ろの床は崩れており、ここから出来る範囲では朽ち果てた遺跡の様な外観を呈していた。


 これ以上は言葉には言い表せまい。


 進化しすぎた文明はこうも無残に、美しく朽ちてゆくものなのだろうか。


 かつて栄えたであろう神々しさを残しつつ、この場所には死臭と腐敗臭がするかのようだ。


 「凄いね、ここ……」


 「っと、ゆっくりしてる場合じゃないな」


 入り口付近からでも、耳を澄ませば聞こえてくる。


 奥の闇から刃物と刃物が打ち合う、不快な金属音。


 「――行こう」


 「りょうかーいw」


 さてさて。


 澪との戦いの後、HP回復などは済ませていたものの――あんな神経磨り減らされるような戦闘のあとで、精神的に疲れていないわけがない。


 しかし、行くしかない。


 ここでログアウトしても、誰にも何も言われないだろう。 そもそも、俺がこの件に関わらなければならないのは【陰華】の事だけなのだから。


 でも。


 それでも俺は、ここで逃げ出してしまったら。


 多分自分自身が許せないだろう。


 多分自分自身が遣る瀬無いだろう。


 だから、手伝ってやるよ、旅団。


 ――走り始めた俺に、彩音が声をかけて来た。


 「何か、ルナ疲れてない?」


 「やっぱわかるか?」


 「ルナの事でわたしに分からないことは無いからねw」


 「……疲れてても、やらなきゃいけない事ってあるだろ」


 「そこまで大事?」


 怪訝な顔で見てくる。


 既に金属音は痛いほど耳に届いている。


 「うん、大事。 かなり」


 と。


 「うん?」


 あることに気付いて、足を止める。


 「どしたの?」


 「え、ああ……」


 不安そうに訊いて来た彩音に曖昧な返事をして誤魔化す。


 今、金属音を辿ってここまで来たものの、ある一点を通り抜けてから突然に金属音が小さくなってしまったのだ。


 「……まさか」


 まさかとは思うが、これは都市迷路という奴ではないのだろうか?


 ここは洞窟のように薄暗い、しかし整備されている通路。それなりに広くはあるが、天井や壁が迫って来る様な圧迫感を受ける。 よくよく目を向ければ、真っ直ぐだと思われていた通路には所々横穴の如く通路が開いていた。


 「――ねえ訊いていい?」


 「いや、言うな」


 「……迷った?」


 「だから言うなって」


 迷った。


 もうどこから音が響いているかわからなくなってしまっていた。


 「うわ、最悪ぅ」


 「んな事言うなってば」


 とにかく、少し歩いてみようとあたりを見回す。 数ある通路のうち、いくつかの穴は大きさが違うようだった。


 そこで彩音に話しかけようとした時、


 がしゃん。


 「どうした、彩音――?」


 彩音のほうを振り返ってみるが、


 「あ?」


 いなかった。


 「ぇええぇえぇええええ!?」


 忽然と。 完全に。


 彩音の姿が消えていた。


 「え、っと」


 そうだ、ウィスパー。 あれで会話できるはず。


 すぐにウィンドウで彩音を呼び出す。


 <うぅ……ルナぁ……>


 「……何したよ?」


 <壁に寄りかかったら壁が裏返ったぁああ……!>


 涙声で語る彩音。 えっと、裏返った?


 仕掛け扉って奴か?大昔の忍者屋敷みたいな?


 「何とか戻って来れない?」


 <無理っ;>


 どうやら自分でも試したらしい。


 「わかった、動けるか?」


 <なんとか>


 「そっちはそっちで何とか動いててくれる?」


 <了解……;>


 涙声。 もう、可愛すぎるんだよ……。


 「言っとくけど、絶対戦闘始めんなよ?見つけたら報告するだけにしろ」


 禍つ式℃揩チてる奴らの餌食になりかねない。


 <うん、わかった>


 「絶対だぞ?絶対見るだけにしろよ?」


 <何かそれってリアクション芸人みたいな台詞だねっw>


 おお、元気が戻った声がする。 良かった。


 心配事も済んだし、じゃあ行きますか。


 とりあえず、手近な通路を曲がる。


 曲がってみて他の通路と相違点を探してみるが、まあどこも似たようなものか。


 だからこそ迷路なわけだが。


 「ああ、もう! 面倒なっ」


 途方も無く走り出したときに呟いた一言は、虚しく通路に響き渡った。





******


 私――――匂宮は歩いていた。


 正確には歩かせていた≠ニ言うべきか。


 私にはリアルが存在し、システム管理者としての匂宮は私の仮の姿、つまるところはPCという名の傀儡人形なのだから。


 ……本当なら、すぐにでも座標を打ち込んで管理者の特権である直接転送を実行したいものなのだが、向かっているのが特殊エリアというのだから致し方あるまい。


 まるで、というか通常ギルドの@Homeの扉を開いて室内に侵入。 さらに歩み、通常ならば武器練成ルームがあるはずの長く薄暗い通路を足早に通り抜けた。


 一瞬の暗黒の後、目の前に空間が広がる。


 通常の練成ルームであるのなら信じられない程の広大さ。 天井を見てもどこが一番上なのかわからない程だ。


 だが何も存在していないからこそ、自分自身の孤独感が強調された。


 一歩を踏み込んだ所で、突き当たりの壁が光を放つ。


 ヴヴ、と起動の音と共に微かな光に浮かび上がった、自らの口で自らの身体を飲み込もうとする邪蛇――ウロボロスが回転を始めた。


 同時に何もなかった空間に、数え切れない程の小型ウィンドウが世界≠移しながら表示される。


 「……これはまた、随分と粋な演出だな?」


 一言、部屋の主に告げる。 一時間を置いて、部屋主が暗がりから現れた。


 「特に他意はない。 君が偶然にも到着しただけだろう?」


 部屋主は私と同類の者。だが、彼のPCは真実の姿ではない。


 部屋主――彼は異形の者だった。


 まず、顔つきからして人間ではない。 この世界特有の獣人、それも虎に分類されるような鼻付きや瞳孔の細い目。 体を覆う衣服は中東の部族の正装の様。 顔を隠さんとばかりに巨大なターバンを模した帽子が頭を覆っていた。


 「そう皮肉を言うな。 軽口の言い合いは『彼』だけで充分」


 「君は、いつも他愛ない事を言っているようだな」


 くくく、と獣の喉で器用に嘲笑う獣人。


 「我々の雑談など、必要ない。そろそろ本題に入らねばなるまい」


 「だろうな。 では、始めよう」


 獣人が手元の球体に手を翳すと、ウィンドウの一つが拡大される。 どうやら私にも見えるようにと、配慮してくれている様だった。


 ……我々は同志にして同氏。 互いに同じ管理者=B


 私は匂宮、仮の姿。 リアルから数えての仮の姿。


 彼は――『直毘』。 もう一人の彼から数えて二番目の、セカンドとしての仮の姿。


 そして、世界の三分の一を占める【TaN】が真実のギルドマスター。


 兇宴が、始まった。






******

 

 「だあああぁぁぁぁああっ! 何だこの迷路はっ!」


 いい加減忍耐も擦り切れてきた。


 あまりに同じ様な形を晒した通路が多すぎる。


 『どこの通路のどこが違う』という相違点を探し、目印になるものを見付けようとするのだが、どうにも見つからない程、同様の風景が広がるのだ。


 もう、面倒臭い……。


 諦めかけたとき。


 ――じゃきっ。


 金属音。


 「あ?」


 一瞬だったため、どこで鳴っているのかわからなかったが


 ――じゃきっ。


 更に金属音。


 「……そこか」


 向かって左手の方に変わり映えしない通路。 その奥から音は聞こえる。


 これは途方もない迷路の中で見付けた道標の様なもの。 聞き逃すわけにはいかない。


 通路を曲がり、小走りに進む度に金属音が大きくなっていく。


 途中何度も通路を曲がり、幾度も同じ通路を駆け抜け――


 「……あ」


 広場に出た。


 まるで中世ヨーロッパに作られた城の王との謁見の間の様な作りの広場。


 その様な場所に横っ面から出て来たようで。


 右手の方にはハセヲが。


 左手の方には――PKの集団が。


 両者対峙していた。


 うん。


 何だこれ。


 何でハセヲ一人に対し、PKたち――多分【TaN】と【陰華】の連合だろうが――は軽く十人は超えているのですか?


 愚問か。


 とにかく。


 疾駆。


 一番近い位置にいたPKに対し、壱式を抜刀しつつ不意打ちを掛ける。 PKは闖入者の乱入に気付きながらも、俺の壱式の一閃のものとに、何の叫び声もあげることの無いままに死亡状態へ堕とされた。


 「お前っ、何で……!?」


 「ぼさっとすんなよ!」


 疑念の声をあげたハセヲを一喝しながらハセヲを背にして立つ。 侵入者に気が付いたPKが向かってくるが、俺の刀に刃を阻まれる。


 もしかしなくても、ハセヲはこれだけの数に対抗していたのか。


 「他の奴は?」


 必死で刃を捌きながら、叫んだ。


 「オーヴァンが先に行ってて……、それでまだ帰ってこないから先に行けって……!」


 思考が上手く回っていないからか、言動から意思が掴みにくいが、つまりは旅団の面々がハセヲを先行させてオーヴァンを追わせたのだろう。


 何故ハセヲ一人なのかという疑問は残るが、まあそんなもんだろう。


 それで別働で動いていた【陰華】の部隊がハセヲとぶつかった、というわけか。


 それにしても、よくもまあ。


 これだけの人数と渡り合ったものだ。


 「大体の状況はわかった。 ここは任せて先に行け。オーヴァンを追いたいんだろ?」


 「っ、けど!」


 「まあまあ、心配すんなってw」


 続けて、言う。 手を出すと決めたのだから、最後までやり抜くしかない。


 傍観者が私闘でもなく他人に介入する。


 それは。


 失格だ。


 「ここはきっちりと請け負ってやるからさ――」


 「おい、余所見すんな!」


 いまだこの場に残っているハセヲが叫び、目の前にいる敵に視線を戻すが、その横からもう一振りの剣が迫ってきているのが見えた。


 おそらく他の奴の凶器だろう。


 ここで切り払ってからまた防御してもいいんだが。


 まあ良い機会だしな。


 久々にあれやってみるか。


 「大丈夫大丈夫、すぐに対応できる」


 頭を下げて一太刀目を避けつつ、言う。


 「って、ちゃんと防御しろよ! 斬刀士なら――」


 双剣を提げたハセヲが言いたかったのは、武器が一本しかないんだから、だったんだろう。


 だが、俺は。


 太刀を持った手を右手だけにして、左手を離す。


 もう一度、殺してやるとばかりに細身の剣が迫る。












 「なあ、誰が斬刀士なんて言ったよ?」










 「…………!?」


 俺の左手には。


 離された左手には。


 もう一本太刀が握られていた=B


 迫ってきた剣を左の太刀で弾く。


 「――――瞬刀、『零式』」


 がぎっ、と金属同士が鈍い音をあげるが、右手で相手の刃を防御しながら左手の零式で相手の胴を薙ぎ払う。


 さて、あと何人だっけか。


 「お前――そのジョブは」


 「ああ、これ? 言っとくけど不正改造じゃないからな。 念の為」


 この職業に名前はない。 匂宮に頼んでメンバーアドレスでの職業表示は斬刀士に設定してあるものの、通常のプレイヤーから見れば不正改造者に見えても仕方あるまい。


 言うなれば、弐刀士(ダブルブレイド)。


 二本の大太刀を両手で自在に操る、二刀流。


 全く。


 このPCは。


 事情を話すと――無駄に長くなるか。


 この様な事態で語っている場合でもないしな。 また次の機会にでも。


 「だから、先に行けよ。 俺一人でも立ち回れるし」


 「……、死ぬなよっ……」


 言って駆け出したハセヲ。背後にあった暗い道へと走って、中に入ればもう見えなくなる。


 「死んでたまるかよ」


 請負人が。


 見ると、軽く目算で敵の数は十三。


 いけるか?と自らに訊き。


 いくしかないだろ、と自らに応えた。


 決意が決まると同時に地を蹴り、敵の集団の中に飛び込んだ。


 PK達の驚愕の顔。 それはそうだろう。 まさかこんな行動を起こすわけはないと踏んでいたのだから。


 じりじりと狭い通路で一人一人を各個撃破していくのが常套手段。


 多分それが一番の正解の戦法だろう。


 だが。


 だが、それでも。


 敵の視線の渦中で腰を低くして二刀を広げつつ、呟いた。








 「この力を解放したいだけだったりね」







 渦中で回転。一人二人を二刀を振り回して斬り捨てる。


 まるでそれは殺人廻天。


 この狭い場所では、相手方はろくに刃を振り回せまい。 下手すれば仲間を傷付ける事になるからだ。


 そこでやはり、刺突が繰り出される。


 それに対するは俺の跳躍。


 刺突を繰り出した相手の背後に着地、左の零式でそいつを屠りつつ、更に繰り出されてきた刃を右手で防ぐ。


 そして左手の太刀を翻し、防御していた相手を斬り捨てた。


 ――二刀は二刀でも、双剣士などとは性質からして違う。 双剣士の双剣ならば質量が軽すぎて両の刃でなければ相手の凶刃を受けられないが、大太刀では違う。


 どちらかで防御しつつ、どちらかで斬り払う。 両の刃で攻撃するも、片方で防御して反撃するも自由。


 変幻自在にして顕現自在。


 あと、八人。


 「おおおおぉぉおぉぉぉおおおおおっ!」


 多人数に対して一人だけで殺戮されているという絶対状況に恐慌が起きたのか、一人が狂ったように自らの得物を振り回す。 仲間を傷付けながら迫る刃は大剣。 突進してきた彼に対し、俺は


 「っぜぇ」


 神速でもって対応。


 彼の目にも止まらなかったであろう疾駆ですぐ横を通り抜け、そして壱式を走らせて殺す。


 「っがあ!」


 敵の苦鳴を聴きながら、右手の方向に踏み込み更にもう一人敵を血祭りに上げ、切り刻む。


 右に、左に。 刃が走り、体をずたずたに切り裂く。


 「っと」


 疎かになっていた左側の敵も零式で切り裂いた。


 ここで、また壱式を用いて次の獲物を狙うが――


 「何だよ、ノリ悪ぃな」


 PKたち全員が散開、俺の周囲に展開していた。


 近くに寄らなければ無事だとでも思っているのか。


 甘い。


 「――――!?」


 一人が目を見開く。 一歩で相手の懐に飛び込んで斜め十字に刻む。


 十字に体を切り裂かれたそいつは、やはり灰色になって倒れる。


 更に右に跳躍。右の壱式で一閃、そのまま回って左の零式で体を貫く。


 そこで今まで受動態な行動しかとっていなかった敵が動いた。


 残りの三人が一気に突貫。


 俺の立っている位置は壁の間際。 中世の城であればちょうど玉座のある位置。


 あ、もしかして気付かないうちに追い込まれていた……?


 相手は集団戦闘、集団暗殺のスペシャリスト。 俺如きが対峙し得る相手ではない、ということか。


 今まであっさりと敵がやられているのはこのときを狙うためか。


 俺の『強さ』を利用した罠。


 横に跳躍しようとも、狭すぎて緊急回避は行えない。


 絶体絶命とやらか。


 強さに対する慢心を利用された。


 甘いねぇ。


 砂糖菓子に蜂蜜かけて食べるぐらい甘い。


 三方向から刺突が迫る。


 俺は、避けるでもなく二刀を構えた。


 突き出された一本目を回避、できないので零式で軽く払い除けると同時に壱式を右の凶器に当て、払う。


 そして俺の心臓を貫かんとばかりに迫る最後の一本は、二刀で払い除けた直後にしゃがんで避わす。


 三人同時に来たからって、三人同時に息を合わせることなどできはしない。 かならずタイムラグがあり、それを突けばいいだけのこと。 そうして空いた隙を狙って中央の敵を十字に切り裂き、追い込まれていた場所から脱出しつつの横薙ぎに斬撃。


 一刀のもとに、というか正確には二刀の元に斬り捨てた。


 「っと、戦闘終了かな」


 『強さを利用した罠』。


 だったら俺はその『強さを利用した』罠を利用して%Gを倒す。


 そろそろハセヲ追いかけるか。


 「――――案外、大したものではないのだな?」


 「……あんた誰だ」


 俺が来た道と同じ通路からゆらり、と男が陰から現れた。


 無駄に侍な格好をして、髪を流したままにしている男に問う。 無精髭を汚らしく放ったままにしたようなエディットのPCだ。


 「これは失礼。 それがしの名は『疎宣』(うとうべ)――【陰華】が三葉の一枚。 ≪請負人≫と手合わせ願いたい」


 「――三葉、だと……!?」


 驚愕。


 当然だ。 三葉といえば、【陰華】の三幹部の事を指す。 つまりは分隊を束ねる猛者。


 「なんでそんなお方がここにいるんだろうな?」


 「さてね。 我らが主は気まぐれでな、ともかく貴殿を殺せと申しておられる」


 殺すとは禍つ式≠フことか。


 全く、彼の言う主、【陰華】の支配者『柏木』はえげつない野郎だ。


 「いいよ、やろう。 どうせ俺が全部倒すまで待ってたんだろうが」


 「おや? 気付いておったのか」


 静かに首を振る。


 「いんや、タイミングが良すぎなんだよ。 これくらいなら推量できる」


 「そうか、では。 疎宣、参る」


 言い終わる前に走りこんできた。 手にした武器、否、禍つ式は重槍。 ちょうど戦国時代の足軽達が装備していた、槍。


 というか、もう今日で戦闘何回目だ。


 本当に激戦ばっかで気が休まることがないな。


 これが終わったらゆっくり休むとしようか。


 「んじゃま、行きますか」


 俺は、地を蹴って走り出した。








******







 「君は良心が痛まないのかね?」


 一仕事終えた『彼』が問うた。


 「それはお前の事ではないのか?」


 一仕事終え、捕獲者の彼に私は問う。


 「私か? 私は何も感じない。 私にあるのは興味のみ」


 「お前の興味は狂気に値するな」


 私の皮肉も多少、歯切れが悪い。 


 「だが、無意味とわかっていて≪請負人≫を放置したのは君だろう?」


 「お前はどうなんだ? 多少の問題があったとして、彼を捉えた気分≠ヘ」


 その彼を見遣る。 捕獲者――直毘の罠に陥り、この特殊空間に拘束された男。


 其の名をオーヴァンという。 彼は、彼のPCは先ほどから苦鳴を漏らしていた。


 「嬉しい限りだ。 さて、だからと言っていまこの状況にある≪紅風≫をどう思う?」


 ウィンドウのひとつが拡大され、私の眼前に表示された。


 <んじゃま、行きますか>


 請負人の一言。 そこから疾駆しての禍つ式≠抜刀する。


 瞬間に大きなノイズ。 直毘を見遣ると、目配せだけで球体型の端末を操作してノイズを取り去った。


 「……ほう?」


 直毘が感嘆の声をあげた。


 画面を見ると、ルナが禍つ式≠構えているのがわかる。


 「なるほど、これが『真の姿に近付いた』、か」


 見ると、禍つ式二本≠構えている。


 ――禍つ式は相手の力を吸収して、自らの形状を変化させる。


 これが弐刀士としての禍つ式、か。


 疎宣の振り上げた槍での上からの斬撃。 軽々といなし、脇に跳躍するルナ。


 「これはこれは。 今度こそは請負人の敗北かな?」


 直毘が面白そうに小さく笑った。










9://www.expectation-キタイ.…………了。





_____________________atogaki


アトガキの内容にこれだけ悩んでるのは私だけでしょうか、こんにちは(ぇ


いや、もう一番長いです……orz
最後まで長々と読んでくれた方、最高っ!
格好いいよ、本当に!
女の方ならものすげえ可愛いです、美しいです!

次回こそは短くなるんで、どうかこの先もよろしくお願いいたします。。。


[No.1008] 2007/12/21(Fri) 18:51:14
10://www.lost-ソウシツ. (No.791への返信 / 1階層) - 宴六段











失意と絶望







失墜と失速







超越と墜落













10://www.lost-ソウシツ.






_____________________________













 跳躍した先に槍が突き出された。 それを左の黒刀で流し、懐に飛び込もうとするが疎宣の槍先が反転。 刃が付いているのは反対側を向け、そのまま突く。


 元来、槍や薙刀といった中距離武器には反対側に小型の刃が付いているものなのだ。 絶対の刺突を身を捩っただけで避け、阻まれた飛び込みを再度挑戦しようとするが、また槍先が翻って刺突が繰り出される。


 ――苦戦している。


 <……くそ>


 <どうした、≪請負人≫。もう息切れか?>


 軽く笑う疎宣を見、悪態を突くルナ。


 完全に中距離戦闘に慣れている疎宣は、自分の間合いというものを把握している。


 槍の特性による中距離戦闘、か。 確かに苦戦する相手だが。


 「貴様になら出来るだろう? ≪請負人≫……」


 独白。


 同時にルナが笑う。


 ルナが哂う。


 ルナが嗤う。


 まるで可笑しい様に。


 <くはは。 面白いな、実に面白い>


 <……?>


 <見事だよ、疎宣とやら。でもな――>


 一息。


 怪訝そうな顔をする疎宣に、ルナは言う。








 <――澪程ではないな>







 <……?>


 <あいつ程鬼神じみた奴も可笑しいけどさ、あんたみたいに中途半端な奴も珍しい>


 続けるルナに、無精髭を扱いていた疎宣の腕が止まった。


 <半端、だと……?この俺が……!?>


 どうやら動揺しているらしい疎宣のロールが、崩れた。


 <消え失せろ>


 告死。


 瞬間、ルナの体が赫い光条と化す。


 禍つ式が緋色に発光している。


 ほう、と直毘がまたも感嘆する。


 「禍つ式の力を最大限まで……」


 使用者に近付いている禍つ式はそれだけ同調しやすい。


 同じ鼓動を持った心臓は、同じだけ脈打つということか。


 十字に一閃。


 侍装束の疎宣は、光の屑となって消え去っていく。


 テクスチャが剥げ落ち、ただのポリゴンラインとなった傀儡人形は無残にも風に揺れただけで崩れる。


 「――まぁ、こんなものか」


 私が呟くと、直毘が驚いたように見つめてくる。


 「……何だ」


 「君はかの≪赤色≫を信じるのだな?」


 「それしかないだろう、我々には」


 「『碑文使いPC』が揃うまでは、な」


 言ってウィンドウを縮小、完全に閉じてしまった。


 「さて、我々にはまだこれ≠フ解析が残っている」


 振り返る直毘の目には興味津々といった感じか。 年齢相応というか何というか。


 そう、知識欲。


 純粋な狂気に匹敵し、凌駕し、劣る。


 ……さて、またくだらない仕事にもどろうか。





******





 「面倒な……」


 小さく吐き捨て、禍つ式から血糊を払うかのように振り下ろした。


 これで、全部か?


 周りを見ても一人としてPCは存在していない。 任務完了、MISSION COMPLETEって奴だ。


 それにしても三葉の一人――疎宣とか言ったか。 かなりの腕で禍つ式を使いこなしていた。


 【陰華】って……。


 「関わりたくはないな」


 「誰と?」


 いきなり声が聞こえ、本能的に飛びのいた。 声の主を振り返る。


 「……驚かせんな、彩音」


 「えへへー、萌え狙い」


 言って、てへっと拳を頭に付ける。


 というか神出鬼没キャラが定着しそうになっている様だった。 気をつけろ。


 いきなり現れたりするのは匂宮だけでいい。


 「つか、どうやってここまで来た?」


 「んー、何となく?みたいな?」


 「二回も疑問系作るな」


 そして『何となく』で辿り付けた彩音に驚愕するわ。


 しかし。


 こいつが来る前に終わらせる事が出来て良かった。 こいつだけは、巻き込みたくはない。


 「……ハセヲくんは?」


 「先行った。 俺らも行くかね」


 「そだね、今回の依頼って――」


 みなまで言うな。


 「勿論ロハだろうな……」


 嘘だけれど。 匂宮に禍つ式関連の事で報酬がなくとも事務所経営はやっていけるのだから。


 って、あれ? じゃあ俺が請負人続けてる理由って……?みたいな。


 「……呆言だな……」


 くだらない思考を破棄。 全く、俺の思考は自分で勝手に話を進める。 少しは俺の許可を取れ。


 あれ?許可を出すのは精神で?思考するのも精神?


 え、じゃあ俺の許可って……。


 「……疲れた……」


 「ん?どしたの、ルナ?」


 彩音が心配そうに話しかけてくるので、本当の本当にここで思考を破棄した上に廃棄した。


 これ以上は、不毛だ。


 「なんでもない」と手を振って歩き出した。 向かうのは更なる奥、オーヴァンの求める場所へ。


 黄昏の鍵――キー・オブ・ザ・トワイライト。 原器的かつ原基の代物。其は全てを叶えるという。


 一体オーヴァンは何故その様なものを探すのか、求めるのか。


 興味があるから俺はここまでついて来た。


 興味があるから旅団に加担した。


 「だから――――落胆だけは御免だぞ……?」


 闇へと歩を進める。 一寸先も闇にしか見えない。


 その先に光は射すのか。


 まるで旅団と俺をそっくりそのまま体現したような状況。


 射せば天国、闇ならば地獄、ってね。


 天国というか、どちらかというと楽園なのかもしれないが。


 どちらでも構わない。


 俺はオーヴァンが何を求めたのかだけを知りたかったのだから。


 それが、願望。


 それが、元望。


 求め、望んだ求望。


 ――――果たして。


 俺たちはたどり着いた。


 だが光は射していたのだろうか。


 物理的には、射していたといえる。


 その言い回しは言い回せていないかもしれない。 もはや直接表現に等しい。


 彼の求めた場所で、俺達は。







 失意と絶望だけを目にした。





 光は――射さない。


 ――俺の願いが叶う事など、ありはしなかった。





10://www.lost-ソウシツ.…………了。










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ATOGAKI、という名の戯言。
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よっし、何とか縮小化に成功いたしましたv
ですが、今回の話を執筆中に調子がおかしくなったためか、途中部分の文章・文体が変なことに……!
しかも結局この話は何が言いたかったのかわかりませんな……orz

いけませんね、やはり洋楽とか音楽を聴きながらでないと、私は調子付かないようです(汗)
では、また続きで会いましょう。





[No.1023] 2008/01/18(Fri) 19:23:19
11://www.despair-ゼツボウ. (No.791への返信 / 1階層) - 宴六段








――――twilight――――






その先にあるは『光』か『闇』か






どちらであろうとさして変わらず





_____________________






 「……ここにもいない、ってどこにいんだよ……」


 ここでいくつのエリアを回った事か。 もはや数える事もする気がしない。 ロストグラウンドも含め数え切れない量のエリアやフィールドを巡ったが、目的の『モノ』は得られなかった。


 目的の『モノ』。


 それは一日前に遡らなければならないだろう。


 つい昨日――。


 コシュタ・バウアに連なる背面都市 マグニ・フィでの死闘を終え、奥の目標を確認に行った俺たちは、ただ絶望だけを目にした。


 実際に『あった』のはハセヲのみ。 他のメンバー達は俺たちよりも後に来たのだったが、文字通り後にも先にもオーヴァンがいなかった=B


 先に行ったはずなのに。


 そして、同時にというか、彼らの求めた物――キー・オブ・ザ・トワイライトの気配もありはしなかった。


 虚空。


 そんな言葉が適する程、何も無かった=B


 だからこその絶望。 彼ら全員が戸惑い、絶望した。


 どこにもプラットホームは無く。


 どこにも逃げる事など不可能。


 俺達も、コンピュータを強制切断して再起動。 強引にタウンに戻るしか方法は無かった。


 ――どう考えても、オーヴァンが『鍵』を持っているとしか考えられない。


 そのうえ、【TaN】と【陰華】の暗躍。 彼と【TaN】が結んでいると考えても無理からぬ状況だった。


 一端の所、@Homeに戻り――以前に俺はゲストキーを貰っていた――少しだけ志乃と話をした。


 他のメンバーは既に夜時であったために落ちた。 彼らとは翌日に話し合う事になった。


 とは言うものの、


 「これからどうするんだ?」


 という問いに彼女は答える事が出来なかった。


 それ程、憔悴しきっていたのだ。


 旅団に光は射さない。 彼らは見えない旅路をのろのろと歩いているだけだ。


 そして、今日。


 大学が休講だったため自宅にいた俺は、志乃から@Homeに呼び出された。


 「どうした」


 ゲストキーを使用して入ってきた俺に、開口一番、


 「依頼をお願いしたいの」


 と頼んできたのだ。


 壁に背を預けたまま座り込む彼女を見、少し離れた場所で腕を組んで背中を預けた。


 「……旅団の現在責任者は何をお望みで?」


 空気が重たいので、少しだけ茶化した感じで発言してみた。 というか、俺がこの空気に耐えられない。


 「人の捜索を」


 短く言い放つ彼女に俺は予想を深める。


 「失せ者探し、か」


 言わずもがな。


 「オーヴァンの捜索だな?」


 彼は、いまだに帰ってきていなかった。 昨日も大分待ったのだが、結局は@Homeにまで帰還しなかった。


 しかもメンバーリストを見る限り、『オンライン』と表示されると来た。


 もはや、自ら隠れているとしか考えられないのだ。 彼の意思を最も理解しているはずの志乃が、その様なことを考えているとは信じがたいが……


 「オーヴァンね、身動きできないような状況にあると思うの」


 俺の懸念が怪訝な視線となって表れていたのか、力なく儚い微笑みを浮かべながらこちらを見遣った。


 「あくまで志乃さんはそう考えている、と?」


 「逃げてしまうようなひとじゃない。 ルナにもわかるでしょ?」


 ……わからないでもないけど。


 それでも、思考を超越してしまうほどの状況なのだから仕方ないだろう。 実際、このあと旅団に伝えてもどうなる事やら。


 「それで、どうするんだ」


 「できれば、いいえ、必ず見つけて欲しい」


 多額の金も辞さない。 言わんばかりに強い意志を、彼女の瞳の中に認めた。


 「……いらない」


 「……?」


 「ロハでいいって言ってんだよ。 俺にも色々と思うところがあるからな」


 ロハ――すなわち無料。 無料の請負はあんまり得になる事はないんだけれど……、まぁいいだろう。 どうせ納めるべき税もないんだし。


 税も無いが、納めるべき人間もまたいない。


 匂宮が最近ログインしていないようなのだ。 オーヴァンとは真逆でオフライン表示が出ているだけ。


 誰にでもリアルがあるのはわかっている。 だが、システム管理者としてリアルもThe World≠燗ッ一となるべき彼がこの世界にいないのは多少どころではなく、おかしい。


 ……コシュタ・バウアでの一件以来、何かが、どこかがおかしくなって来ている。


 少しずつ、少しずつ。 まるで、徐々に侵食されているような。


 「オーヴァン、どこにいるんだろう……?」


 虚しく呟いた志乃の横顔。 いつも毅然としている彼女らしくない。


 「いっつもいないのにさ、オーヴァンって存在感デカすぎだよなw」


 まあ、それだけ中心的な人物と言う事ではあるが。


 ……@Home内を見渡すと、部屋の片隅にトマトを模した植物の植わった鉢植えがぽつりと置いてあるのみだった。


 「…………」


 黙ったままの志乃を見、壁から背を離した。


 旅団にはオーヴァンがいなくてはならない。 それは自明の理だ。


 だとすれば、旅団にとってオーヴァンとは業なのだろうか。


 「了承した。 【黄昏の旅団】の業、全て俺が請け負った」


 言ってからゆっくりと歩き出した。


 人の業を背負うのが請負人。


 「……ありがとう……」


 部屋から出る刹那、志乃がそう呟いたのを聞き、後ろ向きに軽く手を振った。


 ――そして、今ここにいる。


 竜骨山脈 ブリューナ・ギデオン。 『死せる太陽』の異名を持つこのロストグラウンドは深い霧に覆われていた。


 マグニ・フィと同じで、退廃的な印象を受けるこの灰都市は設定上、『太陽の神 タラニス』の戦車を引いていた『真竜 ギデオン』の眠る地とされている。


 少し前に訪れたとき、彩音から聞いたものだ。 彼女はロストグラウンドに関する知識は誰にも負けないと言う自負がある。


 ……広場の少し高い屋根のうえには、灰色の巨竜が安らかに眠っていた。 それは彫刻の様で、かつ確かに息づいていた時の息遣いが聞こえて来る様な――。


 ――あんたは今、一体どこにいるんだろうな?


 声には出さずに心の中だけで独白した。


 ――旅団は皆待っている。


 どこか不思議な、違和感にも似た雰囲気を纏った彼だったからこそ、ロストグラウンドにいてもおかしくはない……、と判断したものだったがここにもいない様だった。


 「帰るか」


 今度ははっきりと口に出して灰色の世界に背を向けた。 もと来た道を辿り、プラットホームを操作。 すぐにタウンに戻った。


 数瞬の暗転のあと、目の前に広がるのは見慣れた球状の建物内部。


 歩いていって門を開き、外に出た。 悠久の都は暗闇に覆われ、ゲーム世界では夜の時間帯になったばかりのようだった。


 一旦事務所にでも戻るか、と思考したものの帰ってもあの小うるさい憐がいるだけだと思うと、少しだけ憂鬱になる。


 匂宮がいれば、オンラインであるオーヴァンの所在などすぐに掴めるというのに。


 彼に送ったショートメールの返事すら来やしない。


 ……オーヴァンがAFK――つまり離席したままでなければすぐにでも帰って来いというのに。


 「……ふう」


 「どうした。 悩み事か?」


 門から出たはいいものの、これからどうするか途方に暮れて座っていた所に擦れたような声。


 「よう、フィロ」


 宙に浮いて移動する小型の獣人、フィロが俺の隣にいた。


 「旅団からの依頼を受けたんだって?」


 「まあ、ね。 ……ここじゃ邪魔だな。移動するか」


 門の前の階段に座り込みだなんて、一昔前の不良じゃあるまいし。


 「そうだな、ここではオープンでは話せそうにない」


 見渡した後に軽く笑って移動を開始したフィロ。


 確かに周囲を見れば、PCが増えて来ていた。 リアルの時間に直せば既に六時過ぎ、学生達が帰宅したりなど、普通のオンラインゲームならばIN率が増える頃だ。


 俺自身も腰を上げ、ワープポイントに向かって歩き出した。



******




 「ほう、オーヴァンの捜索?」


 「そ。 俺もオーヴァンあってこその旅団だとは思うんだけどね」


 移動すると言ってもやはり、いつもフィロが居座っている橋の上だ。


 「エリアを回っても意味はない」


 ぐ。 微妙に痛い所突きやがった。


 「そりゃ、カオスゲート前で待ってるほうがいいかもしれないけどさ」


 一番効率的な方法を思考してみた。一番理想的ではあるが、一応の所に欠陥みたいなものは無くはない。


 こちらがカオスゲートで待ち伏せる……という方法を考え付いたのなら、相手も考え付くと言うのが道理と言うもの。


 面倒な事に、その様なことに気付かないほどオーヴァンは間抜けではないだろうし、それ以上の策を思考し施行してくるはずだ。


 俺にも思いつかないような、策。


 きっと彼には考え付くのだろう。 過大評価ではなく、客観的に考えてだ。


 「オーヴァンなら、何か違う方法を思いつくだろうなぁ」


 俺と同じ思考を辿ったのか、フィロが呟いた。


 傍らの栗色の毛をした獣人は、何を考えているのか少しだけ笑んでいるようだった。


 「だから、俺が請け負ってるんじゃねぇか」


 フィロに言うではなく、自分に向かって言い聞かせた。こうでもしないと、報われない気がした。


 「そんな役回りだなぁ?」


 フィロがこちらの横顔を見遣りながら笑う。 何だか楽しそうだった。


 「全くだな」


 肯定。 損な役回りというのは間違いではない。


 というよりも、請負人というのは損な役回りであることが常だからと言うのもある。


 誰かの手足となるのが請負人。


 その腕で業を背負い、その足で業を運ぶ。


 ――呆言だけれど。


 「ともかく、そういうことだから」


 「……怪我しない程度に頑張ることだ」


 これは、彼なりの気遣いなのだろうか。


 だとしたら随分気の抜けた応援だ。


 「じゃ、また」


 「ああ。また、な」


 結局、ものの五分も橋の上にいなかったわけだが。


 フィロはここが定位置なのだから、『移動』という意味での意義はあったわけだ。


 場を離れながらウィンドウを開き、ウィスパーチャットで彩音を呼び出す。


 数秒と経たずして声が聞こえてくる。


 <どしたー?>


 「タウンの方頼む」


 <お客様がお使いになった文章には、述語だけしかありません。 主語をお確かめになった後、もういちどご唱和ください>


 お留守番電話サービスセンター口調で言われた。


 少しふざけただけなのに……。


 「いや、オーヴァンがタウンにいるみたいなこと、見聞きしたら連絡よろしくって事」


 <りょーかーい。 憐ちゃんも連れてっていいかな?>


 「給料は払わん」


 <わかってるよw>


 無論、彩音にも払っていないが。


 給料なんてシステム、うちみたいな零細企業にはないのだ。 手伝いは全てボランティア。


 憐にはここで最近の若者に不足がちな『ボランティア精神』とやらを学んでもらおう。


 返事して、ウィスパー回線を切った。


 更にドームへと移動しつつも無駄な時間を出さないために思考を開始する。


 オーヴァンの消息、とは言ったものの一体何の方法が良いのかわからない。


 探すとしても、膨大なエリア……しかも、The World≠フワード組み合わせ式のシステムでは、とんでもなく膨大な量を当たらなければならない。


 嘆息。


 そもそも、澪と戦った辺りからおかしくなって来ている気がする。


 化け物とはよく言ったものだ。次は戦いたくない。


 あの方法を看破されたのなら、二刀を解禁しても太刀打ちできそうにない。 次回の会敵は避けよう。


 そこではたと気付いた。


 そういえば、彼女は最初に何か言っていなかっただろうか。


 核心的なことを言っていた気がする。


 確か――、


 「もう遅い」、だったか?


 ……何が。


 どうしてそこだけ、意味のない言葉だけに引っかかったのかわからない。しかも俺は「コシュタ・バウアの事か」と訊いた後に言質を得ている。


 このような状況になった事で、どうでもいいことにまで過敏になっているのかもしれない。


 このまま考えていても埒が明かない。


 こうなる事が予測できていたならいたで、直接訊いてしまえばいいのだから。


 俺も澪も――請負人。一度の戦闘で決別など、ありはしない。


 ただもう一度。


 もう一度だけ踏み込めばいいだけなのだから。


 メンバーアドレスのウィンドウを開き、澪を選択する。


 カーソルを澪まで運んだ所で、気付いた。


 「……こいつもオフラインかよ……」


 今日はオフライン日和か。なんちゃって。


 リアルの時間を思い出したが、今は五時を過ぎた頃だった。


 ……うわ、俺って六時間くらいINしてるし。


 それにしても、俺の授業は休講だったから朝からINできたものの通常の日程ならば今はまだIN率が増える時間帯ではない。


 澪は――忙しいだの何だの言っていたから学生なのかもしれない。


 喋り方からすると、高校生辺りが妥当か。 ロールの可能性もあるけど。


 それにしてもやる事がない。


 そうだな、最近は激動の日々過ぎて頭脳労働をしていない。


 軽く推理とも言えぬ推論でも立ててみるか。


 思い出すのはやはり澪。


 一番謎なファクターであるがゆえに考えざるを得ない。


 確か……『【TaN】に雇われた請負人』だとか言っていたな。


 だとすれば、直属なんだろうか。


 そこから推論を立てようとも、無理だと言う事はわかっている。


 何故なら。




 既に【TaN】などというギルドは存在しないのだから。




 既に滅んでしまっている。


 表のギルドマスターである『俵屋』がアカウント停止処分。 理由は『ギルドぐるみ』でのチート等不正行為の発覚。


 注文されて捌き切れないアイテムを、チートで作り出していた。


 運営側に訴えたのは【黄昏の旅団】、サブマスターの『志乃』。


 オーヴァンより預かった不正行為の証拠資料を提供、一時間後には俵屋のアカウントは停止。


 これで一人が世界から追放された。


 ちなみに直毘や側近のエンダーの行方は知らない。


 裏の顔である彼らの姿はあまり知られていないのだから、消息不明でも仕方がない。


 俵屋とは違って、どこかで生きている≠セろう。


 まあ。


 ――オーヴァンに資料を渡したのは、俺だけどね。


 元々、システム管理者側にも【TaN】の不正行為疑惑はあった。だがそれでも恣意的に無視されていたのは、あのギルドが巨大だったからだろう。


 【ケストレル】や【月の樹】といった巨大ギルドを超えた、商業ギルド。


 The World≠フ安定した物価は彼らが作っていたと言っても過言――否、むしろ過小評価。


 だからこそ、多少の行為を見逃していた節が運営側にはあった。


 そこで俺の登場。


 俺、というか匂宮だが。


 彼に頼めば、すぐに資料を手に入れることが出来た。


 そうしてオーヴァンに渡しあの資料は、ここで効力を発揮し、他を圧倒する巨大ギルドは一夜のうちに滅んでしまったのだった。


 ……思考が脱線していた。


 ともかく、【TaN】は存在しない。


 しかし、手掛かりは消えたわけではないのだ。


 残ったものがあり、いる。


 禍つ式≠使役する暗殺ギルド――【陰華】。


 彼らは【TaN】傘下の子ギルドとはいえ、総元締めの俵屋がいなくなっただけで滅んだりはしない。


 ならばオーヴァンの件は奴らの仕業か?


 否。 禍つ式を使役できない一般PCだとはいえ、彼がその様な事で死ぬ≠ニは思えなかった。


 少し飛躍させすぎたか。


 思考を正そうとしたところで、軽い着信音が響く。


 差出人は……、フィロか。 彼にしては珍しい。


 普段は自分から連絡する事など知らない様な爺さんなのに。


 内容はごく簡単にして簡素なものだった。


 ゴードがThe World≠引退――。


 簡単だろう?


 内容も、辞める事も。


 ……あれだけオーヴァンに固執していた彼でも、あっさりと。


 ゲームだから、か。


 それとも、けじめとか、そういうものでも着いたのだろうか。


 辞めてしまったのなら、関係のない話だ。


 The World%チ有の逃亡者≠ネど、いくらでも存在しているのだから。


 どうでもいい。


 だが――。


 「気にはなるさ、旅団がどうなっていくのか」


 独白。


 オーヴァン失踪の報が与える外傷と内傷は大きすぎた。


 どうなるのかわからない。


 「――道は間違えるなよ。 明けない夜なんてないんだから」


 黄昏の後には闇。


 暗闇の帳が裂けるまでにはいくらでも時間はかかるだろう。


 けれど、夜はいつか明ける。


 夜明けはきっと来るのだ。


 信じられるかどうかの問題。






 一人、思考を途切れさせた。







11://www.despair-ゼツボウ.…………了。






____________
→ あとがきする
  やめる
____________

え、と。
上のアトガキタイトルって……orz
わかり辛いですね、すみませ……(ノд`;)

ともあれ。
ご無沙汰しておりました、宴です。
いや、掲載が久しぶりというわけで、掲示板の方は覗かせていただいておりましたが(笑)
リアルが多忙を極めてたりするのですけれど、そんなことはどうでもいいですね(←)

ええと、閑話休題。
しかし……。
私は章の最初に必ず抒情詩を書くようにしてたりするんですが、今回はわかりにくかったですね(苦笑)

ここで解説させていただきますと、多くの.hackファンならば周知の事実の『twilight』――意味は『黄昏』です。
しかし、これも前作を遊んだり、Rootsを見ていらっしゃった方ならばお分かりでしょうが、『夜明け前の薄明かり』という意味もあったりします。

以上。(ぇ
というわけで、宴でした。

p.s.
最近、初めて書き込み!という方も増えてきたようですね……
良い事です^^*
それでは、破軍の輪舞曲様、紫紺様、RM-78ガソダム様頑張ってくださいっ!
菊千文字様、わん仔様、我々も負けていられませんよ!?(ぉ


[No.1048] 2008/02/18(Mon) 15:27:56
12://www.past-カコ. (No.791への返信 / 1階層) - 宴六段

誰彼にも過去はあり



現在と未来の根幹となる



隠匿したいのか



秘匿したいのか



汝が選ぶは如何なるか

******



「……ここにいないってんなら、どこにいるんだよ……」

 畜生、と嘆息を一つ。志乃から受注した依頼を実行しようとしてはいるのだが、なかなかどうして見つからない。

 竜骨山脈ブリューナ・ギデオン。雲海が目下に広がるこの喪失の地にも目標――オーヴァンはいなかった。

 奴が移動し続けている可能性も否めないが、それならば何故、タウンにすら戻ってこないのだろうか。

 タウンに戻って来さえすれば、すぐにわかるというのに。

 ……オーヴァンが失踪、というのはThe World≠フプレイヤー達には有名な噂となりつつあった。その最中、彼がタウンで目撃されたとなると大騒ぎとなるのは目に見えずともわかりきっていた。

「だのに、ねえ?」

 誰彼ともなく訊いてみた。特に意味は無い。ただの嘆息と同義だ。

 つーか段々面倒になって来たぞ……?

 面倒というか、もう息災で。

 呆言だけど。

「離れるか」

 この鬱蒼というか、ずっと先まで見渡せない様に渡った霧に心中を侵されつつあった。

 要するに、風景に滅入って来ただけである。

 背後の朽ち果てかけた建物の中まで戻り、青色の球体が回転しているような『プラットホーム』を操作。タウンにまで戻る。

 戻った先で更にカオスゲートのコマンドを実行し、ブックマークから適当なワードを選び転送。

 行き着いた先に広がった景色は先程の雲海とは打って変わって、夜の帳。遠くには雷鳴が轟き空には竜を象った浮遊物体。

 コシュタ・バウア戦場跡――。

 ここから始まった戦いは遥か彼方の浮遊遺跡、マグニ・フィまでに及んだ、旅団と【TaN】の古戦場。

 遥か昔にも戦いがあったという戦場跡は、そうは見えないほどに沈み渡っていた。

 ここに来たのに意味も恣意もないが、ランダムで選んだとは言っても何か『運命』的なものを感じずにいられなかった。

「これも……呆言だけどな」

 無駄な思考を破棄。

 ちなみにここに来た意味は何もない。

 何となく鬱屈としそうだった気分を変えるためにここに来たわけだったが、大して変わらない。

 またマク・アヌに戻って移動するのも面倒なので、少し進んだ先――ちょうど円形の祭壇のような広場の床石と地面の境目、小さな段差に腰掛けた。

 膝に肘を立て、頬杖をついた。

 ……全く、仕事の進展の無さに苛立ちを覚える。

 不毛な作業だし、フィロの爺さんに言われた通りに損な役回りだと自覚してはいたが、ここまでだったとは。

 冬になったからか、最近のぼぉっとした思考のせいで、上手く思考も回らない。

 というか、匂宮さえいてくれれば万事解決なわけだが。

 本人がいないのだから仕方ない。彼も彼でリアルだったり仕事だったり知りたくもないプライベートな事情があるのだから。

 こういう時にこそ奴が一番苛つく。

 苛つく上に思考を苛む。

 二重の相乗効果、とか言ってみたりして。

「さっきから横道に逸れてばっかだな」

 独白に自嘲の意を込めた。そして吐き出されるのは溜め息。

 ……そういえば、何で請負人になったんだっけ?

 憧憬、だったか。

 あの人≠ノ憧れてというのは格好悪いから言わないけれど。

 それでも無意識のうちにああいう風になりたかったんだろう。

 ただ――『真似』はできても『完成』はできなかった。むしろ、なり損なって名誉を毀損した気がする。

 憧憬はしても同型にはなれなかったわけだ。

 請け負う人。請負人。人の業を全て背負い、依頼を全うする。

 無茶だったかな。

 自分自身の過去も背負えてないくせに。

 俺の過去なんて誰も興味ないし、聞きたくも無いだろうがこれは自分の思考。少しだけ懐かしい疼痛に浸ってみようか。

 疼痛。

 そう、疼痛だ。

 それは以上でも以下でもない。

 それは異常でも異化でもない。

 思考を回す。

 思考を舞わす。

 昔の『キヲク』を乱舞させる。

 ――きっかけはやはり、七年前。

 あの頃の俺は人生全ては同じくして『幸福』なのだと信じていた。自分の事ながら、無垢過ぎて吐き気がする。

 『彼ら』も『俺』になど出会わない方が良かっただろうに。

 目的を同じくとしつつも、出会わない方が身のためだった――お互いに。

 ……思考が腐ってきたな。他の思考まで腐食されないようにゴミ箱へポイ。

 ともあれ――――。

「はい、どーん!」

 何だか妙に漫画チックな擬音とともに背中に衝撃。余波で前転の感じで転がった。

「……痛ぇ……」

 うつ伏せるように倒れている体勢からゆっくり立ち上がった。声から攻撃の主を予測。

「神出鬼没キャラが板について来たじゃねぇか……彩音」

「えへへーw」

 全く、笑い事ではない。キャラ被りは中々辛いんだぞ。

「何してたのかな?」

「別に。腐った思考」

「腐った、ねえ?」

 なにやら意味ありげに口を歪めやがった。

「特に意味は無いし、「呆言だよ、かな?」

 …………。

 何だろう、この感覚。

 相手に思考と台詞を先読みされるのが、こんなにも嫌なことだなんて思いもしなかった。彩音だからいいけど。

「ともかく、見つかった?」

「見つかってたらこんなとこにはいないだろうが」

「それもそうだね(>ω<)」

 うん、それもそうだけどさ……。

 顔文字の使いどころ間違ってないだろうか。

 面倒だから指摘しないけど。

「っていうか――」

 言いかけたところで、身構えた。

「ぬぬ?どしたー?」

「――――、」

 空気が、違う。

 何の警戒も抱かない彩音を守るようにして周囲を見渡した。得物の大太刀、壱式を抜刀。

 何だこの空気は。目に見えておかしいところは何も無いが、とにかく




 気持ちが悪い。



 見た所、彩音にはわからないらしいが、この空気はやばい=B

 勘――とか不確定的なものではなく、ただ単純に気分が悪い。

 まるで自分が建っている場所が狭まり、どろどろとした汚泥に身を沈めるような――。

 そんな不快感。

 しかも迫ってくる壁すらも、汚泥と変化するような足掻いても足掻いても脱出し得ない、大きな沼に嵌ってしまったような――。

 不快感。

 気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪いッッッッ!!!

 吐き気が喉を駆け上がり嘔吐を催すような不快感に身体が堪えられない。

「ちょ……ルナぁ!?」

 頭を抱えて地面に倒れこんだ俺を見、彩音が駆け寄ってきた。

 ――俺 の視界 が 端か ら消え――ゆ――

 ――――、

 ――――――――暗、。%&"$ 転して %"%$&$'!= い ~|&$"%'――――――――

 ――――――――――――――――――、



******



 ……

 …………

 ………………………

 ………………………………………………、

 ………………………………………………………………………………………………。

「……あ」

 声が出た。

 周りは暗闇。横たわっているようで、不思議と身体は安定している。

 何も見えない深淵。

 暗闇だけが支配しているような感覚。

 昏々と眠り続ける空間。

 意識が遠のいていくような、安寧の感。

 このまま眠り続けても前へは進めまい。

 気怠るい身体を無視して瞼を開いた。

「…………」

 確かに横たわっていたものの、周囲には先程までの光景が一変していた。

 全体的に白い=B

 目が霞んでいるわけでもなく、眩しいくらいに白かった。

 だが、その白さは病院などで見かける病的で清潔なものでなく、禁忌的などこか危うさを伴った白光だった。

「ここは……」

 呟いた俺の周りで、何かが動いた=B

「…………!?」

 一瞬で風景が変わる。

 白さはそのままに、右手の方に四角い図形を象った物体がいくつも並んだ。

 それはまるで――。

 さらに左手の方でも変化。

 こちらは等間隔に並び、長方形と正四角形の組み合わせで構成された物体。

 まるでこの光景は――

「……学校……」

 朧げながらにを再現したそれは、七年前に俺の通っていた中学校に酷似していた。

 白い背景に廊下を再現しただけの空間だったが、俺に与えた驚愕は大きい。

 すく、と立ち上がる。

 こうして立ち上がってみても、白い背景にただ物体らしきものを浮かべただけの空間であるのに、学校の廊下――それも七年前の記憶を強いイメージとして訴える場所に仕上がっていた。

 ふと自らの体を見遣る。

 服装は、上下黒のインナーとジーンズの様な物に灰色のコートを羽織った『ルナ』の姿。

 リアルに近い世界でゲーム内の姿をしている矛盾に、違和感を感じる。

「つーことは、これはThe World≠フ中なのか……?」

 独白しつつ、手前のドアを開いた。

 横開きのそれは、がらがらと小気味良い音を立てた。

 どうも、教室の後方の扉だったらしい。右手の方に空間が大きく広がる。

 入ってすぐ、衝撃を受けずにいられなかった。

 先程までの白い風景と打って変わって、この空間は教室そのもの≠セったのだ。

 日に当たって黄色く変色した木張りの床。

 個人用に高さを調節された生徒用の机と椅子。

 窓の近くには手摺り。

 飴色にまで使い込まれた教卓。

 黒板は綺麗に消されずに曇っている。

 まさに俺が過ごした学び舎だった。

 それでも、ここがそう≠セと信じられない――否、信じたくない俺はひとつの目的のために歩く。

 まさかと思いながら教室の一番端、窓際の席に向かった。

 恐る恐る、机の表面を覗き込む。

 ……果たして。

 表面には、文字が刻まれていた。

 刃物か何かで木を彫って、刻んだ短い文章。

 ――――忘れるな、この想い――――

「く、はは……」

 七年前――。

 未熟だった少年が刻んだ、精一杯の決意表明。

 彼らと歩むと決定した、決定事項。

 十三歳だった、≪赤色≫の未熟すぎる決意だった。




******




「――――、」

 駄目だ。

 恐慌を起こしてはならない。

 頭を抑え、掻き毟った。

 七年前の『キヲク』が喚起されようとしている。

 目を硬く瞑り、深淵の闇へ瞳を誘う。

 一切合切の思考を破棄。今までの記憶全てを廃棄ッッ!!!

 忘れろ忘れろ忘れろ忘れろ忘れろ忘れろ忘れろ忘れろ忘れろ忘れろッッ!!!

 思い出すな思い出すな思い出すな無かった事にしろ全ては皆無何も起きず何も起こらず何も起こさせなかったあの七年前のことなど悪夢以外の何者でもないのだろうが全てを忘却しろ忘却して忘却して永遠に永久に思い出すことなどない様に蓋をしろむしろ密閉して一生涯思い出すな絶対に絶対的にぃぃぃ!!永久に思い出すことなどないようにッッ!!!

 肩が震えるほどに大きく息を吐いた。

 いやむしろ息などしていただろうか?

 息は どうや っ て する ん だっ け   ?

 呼吸が止まる。

 視界が狭まり、危険を知らせる赤色が端から迫ってくる。

 記憶を喚起させようと、迫る。

 ふと、視界に先程までの机が、再び映った。

 ――――忘れるな、この想い――――

 忘れ る な 忘れて はな らない こ の事を 無かっ た事になど するも のか ―――

 嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だあぁぁぁぁああぁあぁぁぁぁぁぁああぁぁぁ亞あああぁぁぁぁァぁぁぁああァァァああああぁぁぁぁァァァァァァっっっッッ!!!!!

「やめろぉぉぉぉぉォォォっ!!」

 ぷつん。

 ああ……

 俺――

 意識が――

 遠のい て黒ずみ。

 このままじゃ黒霧。

 喪失してしま暗闇。

 暗闇。








******



 記憶――追憶。





 あなたは……?あたしの名前なんて訊くなよ 誰でも知ってるさ  赤色  目の前が真っ赤に燃えて 美也禰さん そんな名前で呼ばないで わたしのことはお姉ちゃんって呼びなさ  これからあなたはこの家の家族なんだから いつでも帰ってきて良いんだよ? 犬なんて欲しいの?  別に     お姉ちゃんに言ってみなさいっ♪ カイト……?  普通の名前だね  流奈、何泣いてるの?  初めまして、カイト。   俺はルナ  請負人のルナだ    目的はお前と同じ   ただいま   鍵……開いて……?  異臭 死臭 鉄の臭い 錆の臭い 予感 悪寒  姉さん……!? 母さんっ、父さんっ     何で……なんで……








 何でみんな死んでるの?










 泣いちゃ駄目でしょ、流奈…… 姉さんっ!  今救急車…… 助からないかもしれない 助けるっ! 無理、なことは言わないの     誰だよ 誰だよ誰だよ誰だよ 一体誰がこんな事をっ!?  息、止まって……!? 死ぬな、おい、死ぬなって――――



 警察  通り魔  強盗   狂った殺人鬼 犯人はわからない 殺してやる復讐 憎悪  いつもこうなる        この家に来る前も                     また同じような事で             死にたい            殺してくれ   いっそのこと一思いに死んでやる                                                             あなたの名前は?

    誰だよ

              わたしは彩音


                         知るか


 冷たいな                見ず知らずの奴に名前なんか教えるかよ              怖いの?               何が


         君は君自身を怖がってる        

うるさい


                               俺に近寄れば死ぬ          そうだね



 なんだって?                            同意したんだけれど?


                      わかってるよ、君は



         死のうとしてるんだよね?



 ……。


    大丈夫。  何も怖くない。

   安寧。

 眠り

 穏やかに。


 わたしが傍にいるよ




 わたしは死なないから――――











******





 目が、覚めた。

 うつ伏せに倒れた俺は、顔を横に向けて地面とこんにちは。

「…………」

 手を突いて立ち上がる動作の最中、頭を強く振って鈍った思考を取り戻した。

 極力思い出さないように心がけ、立ち上がる。

 広がっているのは先程と全く変わらない教室。

 机には一瞥もくれず、入ってきたのと同じ扉から外に出た。

 まずはここから脱出する。どう考えてもここは異常≠セ。

 ここがThe World≠セというのなら、こういうことも――、

 ぶ、ん。

 一瞬の音と共に、禍つ式を出現させた。

 両手に握ったそれを見つめる。

 ――ここがThe World=Aゲームの世界であればこの空間もまたデータである可能性が高い。

 そもそも、この空間の正体がわからないのだが、それはまあいい。

 七年前にだってこういった空間は――っと、また思い出す所だった。

 廊下の窓枠に向かって一閃。

 がき、と壁が崩れるような音を立ててひびが入った。

 もう一発……。

 思考して、黒刀を大きく振り上げた刹那――


 ごぅん。


 どこか鈍い音が空間全体に響き渡った。

 慌てて音の発信源を探すと、どうやら背後の方からのようだ。

 背筋が寒くなるような雰囲気に呑まれながらも、振り返り、確認。

 遠方だが大きく写る。

 音の主、それは

「……魚?」

 どこか魚介類を彷彿とさせる、透明な身体を持ったそれは、巨躯を揺らしながらこちらを見つめていた。

 無機質な瞳で一瞥され、身が竦んだ。

 感じた刹那に巨体がぬるり、と動き出す。

「――――!?」

 生理的な嫌悪感と恐怖感が同時に俺の内心を抉った。

 そいつは、こちらを凝視したまま――加速。

 空中を器用に泳ぐ黒い魚≠ェ突進して来た。

 一気に俺まで到達した異物≠ノ対し、禍つ式で一閃しつつ床蹴る。横方向へ跳躍し、魚の側面を抜ける形になる。

「…………!」

 そこで俺は目にしてしまった。背筋全てが粟立ち、嘔吐を催しそうなそれ=B

 魚類によくある、鱗――。

 やけに黒いと思っていたが、魚≠フ体には鱗が存在していなかった。

 あるはずの場所には、黒く染まった人間の腕がびっしりと――――

 と、魚が反転。

 このような狭い場所で――と考えた傍から空間が変化しており、もはや廊下を模した空間ではなく、ただただ白いだけの場所と変わっていた。

 幸いにも、先程傷付けた場所が近くだったので、目で探して走った。

 現実世界の距離に直して数メートルを一気に駆ける。

 そこで魚がまた肉迫。

 避けられない――!

 余裕のない俺は、両黒刀を交差して突進を受け止めた。

 四肢が全てバラバラになりそうな大きな衝撃が襲う。

 空中に浮かせられ、重力を無視して宙でそのまま押され続ける。

「ぐぅう……っ!」

 唸り、化け物の鼻先で交差したままの両刀を十字に斬り払う。

 刻まれた頭を捩り、反動で俺が吹き飛んだ。

 叩きつけられるべき地面もないのでなされるがまま地面に着地、同時に転がって衝撃を受け流す。

 身を捩っていた魚がこちらを睨んだ。

 刹那、鱗の代わりであった黒い腕が展開される。だらしなく垂れ下がっていただけの腕は、数え切れない無数の闇と化し、俺を襲わんと肉薄する。

 腕の展開された本体であるはずの魚は紐解かれるように、体が瓦解していった。

 気がつけば、上方の空中を全て覆うほどに腕が増殖していた。もはや先程傷付けた場所など見つからない。

 中空すべてを覆うように展開されたそれらに、冷たい悪寒を覚えた。

 次の瞬間には数本の腕が絡まりあったグロテスクな『腕』が迫る。

 右の刀でそれを斬り伏せ、更に上から迫る同物体を斬り払って軌道を逸らした。

 間を置かずに更なる急襲。横から振り上げるように襲い掛かってきた腕を左の刀で叩き斬る。間髪入れずに腕が迫る。今度は二方向、左右対称に斜めから。

「少しは休ませろ、って!」

 解き放つようにして両刀を展開し、強襲を防いだ。

 が、連携するようにまた腕が――

 認識を超えそうになる程の量を携えて、幾方向からも手が見えた。

 前方から迫るそれを、体を捻って回避。

 捻り様に二刀を振るって先程の二つを払い、下方向から迫ってきていたものを右の得物で逸らす。

 逸らした次の瞬間にはそれを反転、しつつ左の凶器で上からの手を防ぎ、反転し終わった刀で払った。

 ――きりが、ない。

 肩を揺らし、止めていた呼吸を一気に吐き出した。

 そもそも、何故こんなことをやっているのか。また迫った黒手を防ぎながら、思った。

 違方向から向かってきたいくつかを、防ぎきれないものとして判断。後方――と言ってもすでに方向感覚は無くなって来ている――に跳躍して、反転して追いついて来た物を打ち落とした。

 段々身体がおかしくなって来たようだ、手足が冷えてきた感覚を覚える。

 そう――まるで凍傷のような。

 思考させる暇も持たせてくれないらしい、また腕が――

「っぜぇ!」

 空気と言葉を吐き出しつつ一閃。本当にキリが無い。

 ――俺は、帰るんだよ!

 心中で毒吐きながら体を捻らせる。そのすぐ傍を、新しく発生した腕が薙いで行った。

 帰る。

 この悪夢の様な場所からあいつの元へ。

 帰る。

 疼痛疼くこの場所から――彩音の所へ!

 意志とは裏腹に、身体は疲弊して来ていた。

 意志薄弱でも、帰る。

 意志は力。

 意識は地から。

 右の黒刀を振るい、力の固まりを吐き出した。

 それは疾風の如き衝撃。

 真空を圧縮して撃ち出した様な一陣の風が、手を薙ぎ払いながら疾駆する。

 ――これも、禍つ式の力なのか。

 もう驚きもしない。

 むしろ、新しい力は好都合。

 力の湧きあがる様な実感に、不敵ににやり、と口の端を歪めた。

「あああぁぁぁああぁぁァァあアぁぁぁぁあああああぁああッッ!」

 交差させて空を切り裂き、クロスさせた『衝撃波』を撃ち出す。駆ける『黒』は多くの手を巻き込み、嵐の如く吹き荒れた。

 地をも抉るその勢いから目を離し、残っている力を振り絞って走る。

 自分が意図的に付けたひび割れが、地面に移行していたのだ。恐らく先程の世界が改変されたときに、だろう。

 赤く光るそれは、何か≠ノ似ていた。

 どこかで見覚えのある――

 無駄思考に割って入ってくるように手が横手から迫る。

 右の刀で払い、体勢をそのままに駆けた。

 地面に移行した『それ』に跳躍して到達、刹那に二刀を突き刺した。

 手には硬く、しかし薄く張られた膜を貫く手応え=B

 割られた膜の内から光が漏れ出した。

 ――やった――――!

 これで、帰ることができる……!

 安堵感に包まれ、ほっと胸を撫で下ろす。

 脳裏には『彼女』の姿。

 束の間――

 今までずっと追跡されていた腕が、俺の腕に絡みついた=B

「――――!!!」

 声にならない悲鳴が、漏れた気がした=B

 瞬間、いくつもの黒い泡を伴った黒手が俺の右手に集中して突き刺さった=B

 痛覚。

 激痛。

 痛い―――!

「――、」

 大声を上げて叫ぶ。

 声が、聞こえない。

 聞こえる云々ではなく、聞くだけの余裕が、無かった。

 脳の末端神経が焼き切れそうに灼熱する。

 激痛なんてものじゃない、これは――





 狂った様に、痛い




 むしろ痛いではなく、熱い=B

 身体全体が灼熱している。

 体にそのまま火を放たれたような感覚。

 皮膚が焼け神経が焦がされる。

「嫌だぁぁぁぁあぁぁぁぁああああぁぁあぁぁあぁああああぁぁぁああああああああァあァァァあああァあァァァアァァアアアアアアアアッッッ!!!」





 意識が、遠く――――










12://www.past-カコ.……了。



******
アトガキる―後が斬る
******

おはこんばんちわ……ううん、いいんじゃなかろうか、宴です、おはこんばんちわ(ぁ

とりあえず、遅れてましたねorz
そして今回も長いぃ……(涙)
少しでも短くするために、今回は改行を一行ずつ少なくしてみましたw
気になる方はご確認ください(笑)

えと、こんな終わり方でいいんでしょうかね?
次回に続く!みたいな。
ちなみに黒い手はあれです。
え、あれですよ?
わざと黒い泡という表現は避けましたけど、一つだけ入れました(ぇ
勘のいい方、恐らく正解です^^*

それでは今日はこの辺で。

……宴。


[No.1143] 2008/03/12(Wed) 19:15:47
13://www.tragedy-ヒゲキ. 前章 (No.791への返信 / 1階層) - 宴六段


隠されしかの場所





禁断の事実が





聖域で待つ




13://www.tragedy-ヒゲキ.

******




 瞼の間から、光が差し込んできた。白く穏やかなそれは、俺を安寧へと誘う。

 瞼を開き、更なる安穏を手に入れようとして――

 瞼の裏を日が焼いた。

「お目覚めかな?流奈クン」

「……おはようございます」

 気付くとそこは、白でいっぱいの世界だった。薬品のものが混じったような『清潔』という文字を正確に体現した匂いが鼻腔をくすぐる。

 一般に病院と言う。

 その病院のベッドの上で、俺は横たわっていた。

 上体だけを起こすと、気怠るさが体中を駆け巡った。

「いやはや、てめえはそんなに眠る方だったか?」

「……いえ、若菜さん」

 寝台の傍には、二十代の豊満な肢体を、規定より明らかに小さいだろうナース服に身を包んだ看護士さん。 彼女はパイプ椅子の上で足を組み、少しだけ開けた窓に向けて煙草を吹かしていた。

 彩音の担当看護士である彼女、名は西條 若菜と言う。

 一言で言えば、『不良看護士』。絶対確実に胸を張って、元ヤンだと言える。

 赤く染めた髪は肩に掛かるかかからないかの瀬戸際で、吊り目気味の瞳は、不健康そうにいつも瞼が半分ほど落ちかかっている。

 総じて言えば美人なんだろうが、モデルの様に近付き難い印象を受ける。

「以上説明終了、っと」

「何が?」

「いえ、個人的な話ですよ」

「別にいいけどな。にしてもすげーよなぁ、お前如きに個室用意するなんてな」

 どうやら彩音のことを言っているらしい。思ってみれば、周りに他人は見えない。いくら巨大な病院としてもそうは無いだろう個室入院棟だった。

「ですかね。ていうか、窓開けないで下さい。寒いです」

 外は冬が本格化してるためか、どんよりと曇っている。どうみても寒空だ。

「いいじゃねぇかよ。ほら、寒くないように暖房は28℃で入れてあるんだから」

 環境の敵だった。

「別にいいんですけどね……」

 こういう性格であることはわかっている。付き合いは長いほうだ。

「あれ……?そういえば俺、どうして病院なんかにいるんですかね?」

「あー……」

 呆けたように口をあんぐり開け、若菜さんが今まで右手に持っていた煙草を口に咥え、立ち上がった。

 何事かと訝しんでいた所に、いきなり火花が散った。勿論脳裏に、だ。

「痛ぁぁぁあぁ!?」

 若菜さん必殺の拳骨、だった。

 まさに鉄拳制裁、時間を置いても退かない痛みに顔を歪める。

「な、何ですかっ!?」

 右手の拳を吹いて冷やしている彼女に、疑問の眼差しを向けた。

「これは彩音ちゃんの分。そして、」

 がんっ!

「うぁぁあああぁっ!」

 更に一撃。重く振るわれたそれは、先程と同じ箇所に振り落とされたために、倍加の効果を生んだ。

「これがオレの分」

「…………」

「おう、何だその反抗的な目は。おねぃさんもう一発かましちゃおうかなぁ?」

「ちょ、やめて下さいって!」

 口に紫煙の上がる煙草を咥えたまま、腕を上げる若菜さん。

 必死で行動を止めた。

「オーケイ、わけを話してやろう」

「……ですか」

「ん。あれだ、彩音ちゃんを心配させた分に加えてオレのストレス発散」

「け、結局俺がここにいる答えになってません!」

 何というか、最初からそう言ってくれていれば、覚悟みたいなものも持てたのに。

「ああ、お前、いきなり倒れたらしいな。んで、最初に発見して病院に出荷したのが彩音ちゃん」

「倒れ……?」

 記憶を探す。

 そういえば、あの時――変な空間で黒い手に蝕まれて……?

 そこからの記憶が蘇って来ない。

 ……そもそも、彩音といる時にあの場所に飛ばされたのだから――

 だから不安に思った彼女が、心配して駆けつけてくれたのだろうか? 俺如きのために?

「なんだお前、覚えてねぇのかよ」

「そりゃ……覚えてないでしょうよ。……ところで、俺の症状って何だったんですか?」

「意識不明だよ。昏睡状態だったらしいから、結構心配してたんだぜ?」

 その後一回だけ意識反応起こしたんで大丈夫だったけど、と付け加える。

「らしいって……あなた俺の担当じゃなかったんですか」

「ああ、今オレがここにいるのは婦長には内緒だからな」

 ……とことん不良だった。

「それで、どのくらい眠ってたんですか?」

「あん?何でそんなこと気にするよ?」

「ちょっと諸事情がありまして」

 旅団の事とか旅団の事とか旅団の事とか。

「んー……二日、ぐらいだっけな」

「……え……?」

 そんな長い間、意識不明だったのか――?

「最近多いんだよなぁ。いきなり意識不明になって送られてくる奴。お前は目ぇ覚ましたんだから、いい方だろ」

「って、他にもいるんですか」

「しかも目を覚まさねぇんだとよ」

 …………。

 閉口、してしまった。同時に疑問も生じる。

「もしかしてその人たち、機械、とか扱ってませんでしたか?」

「機械?ああ、まあ一様にM2Dは掛けてたらしいな。お前も類に違わずに」

 ……脳内のパズルが完成した。

 確信できる、その意識不明者たちはThe World≠やっていた。

 M2Dであれば、いくらでもソフトはあるだろうが、その様な可能性を含んでいるのはあのゲームだけなものだ。

 そして俺は同じ症状に遭った、と。

 それが禍つ式なのか、それともあの空間で見た黒いモノ≠フせいなのかはわかりかねるが……。

「どうしたよ?」

 思考に耽っていたのを見、若菜さんが心配したように声を発した。

 見ると、既に椅子に座り直して足を組んでいる。

「いえ、何となく気に掛かっただけです」

「ふぅん。ま、とにかく彩音ちゃんには感謝しとけ。そして謝れ」

「わかりました」

 ところで彩音はどこに?と訊けば、廊下のソファで寝てると来た。

「邪魔したくなかったんだろーよ」

「……成程」

 皮肉っぽくに笑う若菜さんに一応同意。

 心配を掛けたのは申し訳ない。

 再び静寂を取り戻した病室内に、不躾な電子音が鳴り響く。

「あ、オレの携帯だわ」

 今度は病人患者の敵だった。

 俺の心中にはお構い無しに電話に出、話を始めてしまった。

「ん、ああ。またかよ。うん、オーケイわかった。すぐ行く」

 何やら同僚と話しているらしい、深刻そうな顔をして電話を切った。

「……どうしたんですか?」

「また、らしいな」

 ――それは意識不明者の事を言っているのか。

 したり顔で頷いた俺は、退室を促す。

 すると彼女は、手にした煙草を火のついたまま窓から投げ捨ててから出て行った。

 ……どこまでも環境の敵だった。

「さて」

 ここで一呼吸。少し落ち着いて考えてみよう。

 俺は、コシュタ・バウアにいた。

 そこで彩音がやって来た。

 そして俺はどこか≠ヨ飛ばされた。……飛ばされたのか、それとも『無意識化』に置かれていたのかはわからないが。

 その間、何があったのか。

 そもそも、あの空間は何だったのか。

「思考停止、だな」

 止まる。

 まずは彩音に訊くしかあるまい。

 結局、あの時の俺は錯乱状態に近しいものがあったのだから。

「いよっと」

 掛けられた布団を跳ね除け、寝台から降りた。まだ気だるさが全身を支配してはいるが、動けないわけじゃない。

 話によれば、二日も眠っていたのだから、疲労は無いがやはり動かしていなかった分のだるさは残るわけか。

 個室の扉を横向きにスライドさせ、廊下に出た。

 さすがは総合病院。廊下も清潔に、そして来客用なのかそれとも患者用なのかわからないソファまで完備されている。

 だが、彩音の姿は見当たらなかった。時間は確認していなかったが、日が昇っていたので食事でも取りにいったのだろう。

 話を聞こうと思ったのだが――仕方ない、何か暇でも潰そう。

 ……実際、若菜さんは何も言っていなかったが、絶対安静が命令されてるんだろうな。

「どうでもいいけど」

 独白。

 そうだな……先程搬送されてきたとか言う意識不明者でも見学に行きますかね。

 というか、不謹慎だな、俺。

 人間は自分の生活に結びつかないと行動すら起こさない、とは言うものの、俺のそれは度を越していると思う。

 呆言だけど。

 とりあえず、その意識不明者――昔の流儀に倣って『未帰還者』と呼ぼう――は集中治療室にいるはずだ。各階に設けられているナースステーションにでも寄って、訊いてみよう。

 思考しながら、すでに俺の体は歩き始めていた。


******





 かたかたかた。

 キーボードを打つような軽やかさを体現した音が響き渡っているのにも関わらず、そこ≠ヘ暗く光源を制限されていた。

 GMにだけ許された特別な部屋。我々はそこ≠『知識の蛇』と呼ぶ。

 擬似キーを打ってコマンドを実行しているのは私の同僚。即ち、彼らがこの音源であった。

 かくいう私もキーを叩いている最中なのだが。

「…………」

「何かね、匂宮?」

 どうやら思考が目線となっていたようで、彼らのうち一人が作業を一旦止め、胡乱気な目を向けて来た。

「何も無いさ。だが――不毛だと思ってね」

「不毛ではない。我々が行っているのは未来に繋がる『努力』だ」

「ふん。まさかお前からそんな言葉が聞けるとはな――八咫」

 体の半分程をはだけ、僧衣に身を包んだ彼――短く刈り込んだ頭部は修行僧に似ていた。

 名を『八咫』という。

 恐らく神話に登場する八咫烏をモチーフにした『名前』なのだろうが、どこか気に入らない。

 ――前回の『直毘』と同じく。

「君はどう思うね?」

 八咫が傍らに控え、これまたキーを叩いていたPC――パイに声をかけた。

「私、ですか?」

 戸惑いを表現した顔には、知性を湛えた細く四角い眼鏡がかかっており、だが体のあらゆる部分を露出させたギャップが男共を熱狂させるのだろうか。

 だが私は彼女の事を気に入ってはいない。八咫にだけ付き従い、何をするにも彼の許可を必要とする彼女に、苛立ちを覚えずにはいられないのだ。

 長い桃色の髪を二つにまとめたツインテールが戸惑いに比例して揺れた。

「――不毛ですが、千里の道も一歩から、という言葉もあります」

「というわけだ」

 暗い橙色の丸眼鏡を通して、こちらを見遣る八咫。

「別に他意があったわけではない」

 いいわけの様に言い放って、作業に戻った。

 すると、それを端にしたのか彼らもまた作業に戻る。

 そうだ、我々に時間はない。

 作業――というよりも事後処理を行わなければならないのだから。




 そう――――獲物≠ノ逃げられたばかりなのだから――。



******



「七尾……志乃?」

「そうそう、そんな名前だったかな」

 結局集中治療室に行けなかった俺は、ナースステーションで得意な愛想笑いを振りまきながら訊いてみた。

 名前を訊いた瞬間に連想したのはやはり彼女。旅団のサブリーダーにして、現指導者。

 PC『志乃』。

 一瞬表情が凍りついた気がしたが、すぐに戻る。

 いやまさかな。

 まさか本名をそのままPC名にするとは思えなかった。

 ――リアルで会った事もないのだから、何ともいえないが。

 だがそれも実際にゲームで訊ねれば憂いも晴れるだろうから、気にしない事にした。

 答えてくれた看護士さんにお礼を言ってその場を離れた。

「……帰るかな」

 依然病院着のままだったが、何の異常も無いのに長居するつもりはない。適当に許可とって帰るか。

 どうせ原因不明で運ばれてきただけ。検査入院しろ、と言われそうだが断るつもりだ。

 別にいいか、勝手に帰っても。

 後で若菜さんが恐そうだが、それは後での事である。今心配する必要性も感じない。

 結局、この日は医者に連絡して帰宅した。





後章に続きます(汗)


[No.1187] 2008/03/28(Fri) 14:59:53
13://www.tragedy-ヒゲキ. 後章 (No.791への返信 / 1階層) - 宴六段

******



 PCを起動、デスクトップのThe World≠起動する。

 特に然したるソフトも入れていないため、快適な状況でIDとパスワードを入力し、PC選択画面に移行。

 迷わずに『ルナ』を選び、ログインする。

 しばしの間『Now Loading』の読み込み画面が続く。

 しかし、すぐに悠久の古都マク・アヌのドームに身体が降り立った。

「……さて」

 マク・アヌは今夕刻の様で、ドームのステンドグラスに燦々と黄昏色が差し込んでいた。リアルも夕方だが、ゲーム内では時間の進みが違うため、すぐに夜となるだろう。

 とりあえず、ワープポイントを使って錬金地区へ移動。しばしの徒歩の後、請負人事務所に入室した。

 暗転してすぐに夕日に照らされる長椅子と長机が目に入った。

 ……長椅子に座る人物も。

「あー、ルナ!」

「……よう、憐」

 どうもこんにちわ、そしてさようなら。

 とお別れしたくなるくらい苦手だ。

「彩音ちゃんなら今でかけてるよ」

「あ?」

 というか、何で俺の思考が読めた!?

「えへへ、ルナの思考なんて簡単だね。彩音ちゃんのことしか考えてない」

「それは誤解だ。俺はそんなに変態じゃない」

「そんなに、ってw」

 笑われた。

 今まではずっと俺が上手だったはずなのに、彩音に感化されたらしく最近は言い負かすようになって来ていた。

 そこが気に入らないわけだけど!

「ま、いいや。何か旅団の奴が訪ねてこなかったか?」

「うん、来たよ。黒い錬装士の……えぇと、ハセヲ君だっけ」

 ……?

 ハセヲが?

「何て?」

「いや、ルナがいないなら別にいい、だって。無愛想だよね;」

 ハセヲが、ねえ。

 何か嫌な予感がするな。ショートメールでも送って、連絡とってみるか。

 そのまま喋り続ける憐を他所にウィンドウを展開し、ハセヲのアドレスを呼び出した。

 文面を工夫せず、今話せるか、とだけ送ると、即返答が来た。

「……アルケ・ケルンに来い……?」

「どうしたの?」

「ちょっと今から出かけてくるわ」

「え、ああ、依頼が来てるんだけど――!?」

「後で!」

 半ば飛び出すようにして事務所を出た。

 文面が――

 ハセヲの文面からはどこか、悲壮感の様な……とにかく切羽詰まったような感じを受けたのだ。

 くそ、何もなければそれでいいんだが……。

 ドームに向かい、すぐに転送を開始した。


******





「……嘘、だろ」

「いや……」

 初めには驚愕。その直後には否定していた。

「だって、志乃さんが……?」

 いまだ信じることの出来ない俺が、声を絞り出す。

「――確かにこの目で見たんだ……。あれは、ただの『死亡表示』なんかじゃなかった……!」

 アルケ・ケルン大瀑布。

 止め処もなく流れ続ける滝を眺めながら、彼――ハセヲは語った。

 その瞳はどこか、虚ろ。

 瞳に光が存在していない。

 対する俺は、目を見開いていただろう。

「リアルに連絡とって、病院教えてもらった。はは……ここまで来たら信じないわけには……」

「おい、その病院の名前って……」

「駅前ちょっと行った所の、**だけど」

 駅前という単語が出てきたのは以前に俺が、同じ地域に住んでいると言ったからであろう。

 しかし、帰って来たのは先程まで俺が眠ってた病院の名前だ。

 ということは、突然搬送されてきた『七尾 志乃』ってのは……。

「…………」

 重たい沈黙が流れる。

 ――――嫌な予感のしたハセヲが駆けつけたとき、既に志乃はPKされていたらしい。

 ただのPKであれば、『黄泉がえりの薬』や回復スキルの『リプメイン』でもすぐに復活できる。

 ただ、そのときの志乃に対してはそのどれもが効果を表さなかったらしい。

 そして――、PCが砕け散るように消失して

「意識を失ったって言うのか……?」

 そう。

 これじゃ。

 これじゃまるで七年前と同じ≠カゃないか。

 意識不明者、未帰還、ゲーム内で殺≠ウれた。

「なあ、ルナ……。俺、どうすればいいんだ……?」

「…………」

「オーヴァンも……志乃も……いなくなって俺は――?」

「それは……」

 力なさそうに、虚ろな目でこちらを見遣るハセヲには自殺志願者の如き悲愴感が漂っていた。

 ハセヲのよりどころがオーヴァンで。

 ハセヲの居場所が志乃だった。

 それら全てを失くした彼は、どうすればいいのだろうか。

「オーヴァンは、どうしていなくなったんだ……?」

「…………」

「あいつがいなくなって、何もかもがッ!」

「ハセヲ……!」

「だってそうだろ!?マグニ・フィの戦いで失踪してから、俺たち旅団はっ!!」

「…………」

 返す言葉もない。その通りなのだから。

 ハセヲは叫んだ。

 声の限りに。

 どうどうと流れ続ける瀑布に向かって、声高に。

 問う。

「どこにいるんだよ……!オーヴァン………ッッ!!」

 答えは、なかった。






「む……?」

 無機質な電子音が、これまた無機質な室内――知識の蛇≠ノ響いた。

「どうかしたのか、八咫?」

 私の問いには答えず、キーの操作を続け、部屋に六角形のウィンドウが多数展開を始めた。

 この世界の千里眼たる知識の蛇を起動したのだ。

「何か――?」

 傍らで作業を続けていたパイが反応。だが、依然八咫は黙していた。

 キーを叩き続け、一際大きいウィンドウに『Serching...』の文字が浮かんだ。どうやら監視プログラムによるエリア検索を行っているようだが……。

 検索が終了し、エリアが表示―――される手前で画面が停止した。

 真っ赤に染まるウィンドウの中央には、薄い赤色で『Eror』の表示。

「やはり、か」

「だから、どうしたんだ」

 八咫に問う。

「異常現象だ。Δ隠されし 禁断の 聖域にて異常現象が見つかった」

「何、だと?」

 見ると、パイも驚愕しているようだった。すぐに主人である八咫に許可を求める。

「では、今から私が急行を――」

「無駄だ。逃げられた」

 無表情のまま、彼女を制す。私はその様な事よりも、違う事の方が気にかかっていた。

「……八咫、昨日も同じ場所で『現象』が起こったのではなかったか?」

「――君の予感は的中している」

 それは。

 何を意味しているのか。

「……エリアにプログラムが入り込むまでの、復旧時間を算出する」

 言う前に既に行動していた。

 ――これだから勘というやつは――――!


******


「……?ショートメール?」

 依然、アルケ・ケルンで黄昏ていた俺に、軽すぎる音が響いた。差出人は、『憐』となっている。

 げ……と思うが、一応開封。いつも憐は他愛もない雑談メールを送ってくるから困るのだ。

 内容は――

「……ハセヲ、ちょっと外す!」

「あ、ああ……」

 疑問符を浮かべるハセヲに対し、俺は慌てて碧色のプラットホームへ向かっていた。

 くそ、まさか憐からのメールがこんなにも重大だなんて、予想だにしていなかった。

 いつもいつも普通のメールばかり故、覚悟をしていなかった。

 続いて、更なる着信。走りながらショートメールを読むという器用な事をしつつ、プラットホームを起動――

 瞬間、凍りつく。

 差出人は不明。誰なのだという疑問以前に、無題であることも気にかかる。

 だが、内容を読んだ所でその様なものは頭のうちから吹き飛んでいた。

「聖域が侵される=Aだと……!?」

 これはグリーマ・レーヴ大聖堂の事を言っているのか?

 先程の憐からの連絡――彩音が一度事務所に来て、慌てて出て行ったという情報と重なって、俺を焦燥させる。

 ――――こういうときの勘はいいから困るんだよっ!

 暗転してデータの読み込みをする時間すら惜しい。

 暗闇が裂け、世界が開けた。背を向けているカオスゲートに振り返り、起動。

 ブックマークコマンドを実行し、履歴から大聖堂を選ぶ。

 また世界が暗転。

 これも俺を焦燥させる結果としかならない。

 聖堂へ向かう一本道でさせ長く感ぜられる。これまでにないくらい全力疾走し、小階段を駆け上り、重い鉄扉を押し開ける。

 硬く閉ざされたそれを、持てる限りの力で押すが、ゆっくりとしか開かない。

 最奥のステンドグラスから漏れた赤光が少しずつ開かれてゆく扉と、隙間の俺を照らした。

 ――――、そして

「―――」

 ――――果たして。

 彩音はそこにいた。

「あ……」

 …………屍として。

 つい先程殺されたように、空中で舞っていた。

「――あ、あ」

 動けない。

 奥に位置する祭壇の前でゆっくりと、スローモーションがかった動きで彩音が地面に向かってゆく。

 背中から仰向けに、身体を打つ。

「あ、やね……っ!」

 ようやく。

 身体がいつもの動きを取り戻した。

 離れていた距離を一気に詰めるために、走る。

 横に並べてある長椅子を目にもくれず、ただ彼女の元へと走った。

 倒れた彩音の頭を右手で起こし、支える。

 左手は彼女の右肩へ。

 彼女は、目を瞑って黙っていた。

 一言も喋らず。

 何も言わず。

 彫像のように。

 ―――死んだように。

「おいっ、彩音!」

 スキルのうちスペルである、『リプス』を発動。『生命の萌芽』の波動が彼女の身体に伝わるが、問題は解決されない。

 なら、復活スペルか!?

 またスキル、『リプメイン』を発動させるものの、彩音が目を開ける気配はない。

 どういうことだよ!

「リプス!リプメインっ!くそっ、聞こえてんのか!?彩音っ!」

 何度も詠唱するが、効果が見られない。

 そのうち、彼女の腕が――

 テクスチャが剥げ、ワイヤーフレームが剥き出しになった。

「…………!?」

 そして砕け散り、向き質なデータの塵が俺の鼻先を飛んで消えていった。

 腕だけではない。彼女の脚が、腰が、身体が、首が、顔までもにひびがはいってゆく。

「おい……、何だよ、コレ……!」

 いずれも硝子が割れるような音を立て、崩壊を始める。

 彼女の身体を――冷たくしか感じられないその身体を抱きしめる。

「おい、返事してくれよ!彩音ぇ……!!」

 俺の腕の中で、彼女の身体が消失した。

 消失した。

 消えた。

 消えた。

 消えた。

「……あ、ああぁ……」

 何だこれは。

 何だこれは何だこれは何だこれは何だこれは何だこれは何だこれは何だこれは何だこれは何だこれは何だこれは何だこれは何だこれは何だこれは何だこれは何だこれは何だこれは何だこれは何だこれは何だこれは何だこれは何だこれはぁっ!!

 どうして、こうなる?

 意味がわからない。

 理解できない。

 理解したくもない。

 目の前で、割れた硝子の様な欠片が宙を舞い。

 そのまま自然に消えてゆく。

 理解できない。

「何なんだよ……!」





 どうして――――死んでるの?





「……電話……」

 そうだリアルに戻って、

 掛けていたM2Dを乱暴に引っぺがし、床に放った。

 一瞬で現実世界に戻るが、今は感情などどうでもいい。

 今は感傷などどうでもいい。

 黒の冬物ジャケットを羽織り、携帯のアドレス帳から彩音の携帯に電話をかける。

 ……。

 …………。

 しばらくコール音を聞くが、出ない。

「くそっ!」

 玄関で靴を履くのももどかしい。左足のスニーカーが上手く履けず、踵部分を踏んでしまうが、構うものか。

 余りの慌てように足がもつれそうになりながら、部屋を飛び出し、階段を駆け下りる。

 外に出、彩音の部屋までの最短ルートを走る。

 途中、中途半端にしか履いていなかったために左の靴が脱げてコンクリートの地面をそのままで走るが、構っている時間はない。

 息が切れて過呼吸に陥りそうだが、どうでもいい。

 彩音の住んでいるマンションに到着。玄関先を顔見知りの管理人が箒で掃いていたが、無視する。

 裏口の階段扉を鍵で開き、先程とは逆に階段を駆け上った。

 彩音の部屋がある階に辿り着くと、近所迷惑も上等な(といっても一つの階に一部屋しかないが)足音を立てて扉の前に立つ。

 ノブを回すと、鍵が掛かっている硬い感触。

 前に貰っていた合鍵を取り出し、差し込もうとするが、焦っているせいで上手く鍵穴にはまらない。

「入れ、入れっ!」

 がちゃがちゃと、関係のない場所を突いてしまう。

 数度の往復の後、やっと鍵穴に入れる事が出来た。

 ドアを開け、片方しかない靴を投げ出すようにして脱いで侵入。

 広い廊下をまっすぐにPCのある部屋に向かった。

 ドアを開き、中に突入といってもおかしくない勢いで入室した。

「……彩音!」

 PCの前に彼女は倒れていた。

 横向きに。

 不本意に。

 あまりにも自然に。

 あまりにも不自然に。

「は、はは……嘘、だよな?」

 歪に笑いながらゆっくりと歩み寄る。

「いつもの、悪戯だろ?」

 そう、彼女は意地の悪い悪戯が大好きなのだ。

 これはいつもの悪戯にすぎない。

「ああ、そうか。こないだ約束してからずっと、何も奢って無いから怒ってるのか」

 自業自得だな、それじゃ。

 上手く動かない身体で、膝を付いてゲーム内と同じく右手で頭を持ち上げた。

「それとも何か、ああ、この間『愛してる』って言わなかったからか」

 彼女は、冷たい。

 身体は、冷たい。

 無意識に語りかける。

「なあ……いくらでも言ってやるから……」

 冷たい。

 怜悧。

 冷水。

 冷氷。

 どの言葉を取っても表わせない。

「愛してる、って何度でも言って、叫んでやるから……」

 願望。

 願い。

「愛してる、愛してるから……。お願いだから目を開けてくれ……、目を……」













「彩音ぇぇぇぇぇぇぇぇぇええええぇぇえええぇぇえぇぇぇぇぇぇぇッッッ!!」















13://www.tragedy-ヒゲキ.…………了。





______
悲劇的かつ喜劇的なアトガキ
______

今日は無難にこんにちはと言ってみようかでも期待してくれる人も居たりするんだろうなぁとか戯言を吐いてみる、宴です、こんにちわ(ぇ

はい、このお話で区切りです。
ちょうどRootsも折り返し地点。
私的にもルナ的にも、です。
もはやこのシリーズはプロローグですらありません。
ただの基盤。
ただの基本。

ルナの根底にあるものを晒しているだけにすぎません。
根底にして根源。
全ての水には源があるというお話です。

……こんな話はRoots編最終回にでも回しますか(←)

えぇと、閑話休題。

トリロジ届きましたっ!^^*
いやはや、福岡の上映会でも見ましたが、本当に良作品に仕上がってますね(笑)
パロディも相変わらず笑わせてくれますしw
……でも雑誌は売ってる書店が見つからず……orz
明日くらいにアニメイトやら行ってみたいと思います(ぁ

でも本編最後のシーン……。
あれ、次回作があると考えていいんですよね!?
次に期待して良いんですよね、社長!

おっと、このまま語り続けると時間が全然足りないので……。
それでは今日はこの辺で。


[No.1188] 2008/03/28(Fri) 15:09:35
14://www.depravity-ダラク. (No.791への返信 / 1階層) - 宴六段






世界は奪われた者は語れない。







14://www.depravity-ダラク.


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******


 あの後。

 鬼気迫る顔をしていた俺を心配したらしい管理人が、彩音の部屋まで駆けつけ、茫然としていた俺を他所に救急車と警察を手配してくれた。

 そんなことは、後で知った。

 当時のことはよく覚えていない。

 病院に一度向かったあと、警察に連れて行かれ事情聴取を受けたが何も覚えていない。

 何かを訊かれていた気がするが、適当に答えていたと思う。

 こういう時の俺は冷えすぎていて怖いと内心で思ったが、どうでもいい事だと気付いた。

 そして今現在存在しているのは再び病院。

 集中治療室で検査を受けているという彩音の傍にいたくて、廊下のソファに腰掛けていた。

「…………」

 呆言。

 無。

 何も考えない。

 考えても仕方がない。

 呆言。

「――何やってんだ、流奈」

「……若菜さん」

 茫漠としていた思考に侵入してきたのは看護士の西條 若菜さんだった。

 彩音の担当だったと言う彼女もまた、沈痛な面持ちで立っていたが隣に座って煙草を吹かし始めた。

 全く、どこから取り出しているんだかジッポライターまで手にしている。

 彼女は何も言わずに紫煙を吐き出している。

「……彩音、入院生活から退院できた事を凄く喜んでたんですよ」

「ん」

 ぽつぽつと喋り始めた俺に、軽く応えてくれた。

「湿っぽくてうじうじしてる患者共と医者共はうんざりだ、なんて失礼な事言って」

「そか」

「んで、退院の報せもらったときには俺も喜んだんですよ。彼女も俺も、病院なんてそれこそ死ぬ程≠ィ世話になりすぎている」

「…………」

 煙草を燻らせる彼女は、また煙を吐き出した。それを返事の代わりとしている。

「だから―――なんでこんなことになっちゃったんでしょう?」

「…………」

 若菜さんは答えない。

「あんなにも嫌ってたのに――病院から抜け出すことの出来たのに、どうしてまた帰ってきちゃったんでしょう?」

 若菜さんは答えない。

 俺も、言いながら一切思考してなどいない。口が意思と関係なく勝手に働いているだけだ。

 ――沈黙だけが空気に浸透した。

 夜間であるため照明が最低限に絞られた薄暗い廊下で、治療中の赤いランプだけが煌々と自らの存在だけを誇示していた。

 ソファに腰掛ける事なく、膝に腕を乗せ、全体重を脚に任せる。

 共に、頭を垂れた。

「――――、」

 そうして、両手で顔を包んだ。

「どうして、あいつがあんな目に……!」

 慟哭。

 声を絞ったつもりだったが、かなりの声量が廊下の空気を伝播していった。

「…………」

 若菜さんは答えない。答えられない。

 無理に答えることはできない。

 ただ、その場に存在しているだけだ。

 誰もいないような状態で、思考だけが進んでいった。

 ――世界なんて、関係ない。

 ただ、彩音が『こんな目』遭った事実。

 意識不明。

 未帰還者。

 悲愴に悲壮。

 重ね続ける。

 哀しいのだろうか。

 悲しいのだろうか。

 心は冷えている。

 冷却する必要性もない。

 しなくても最初から温度を奪う。

 ふと、気付いた。

 顔を覆っていて、初めて気付いた。

「…………?」

 違和感。

 このような状況に――悲しんでいるような状況にいる人間には似つかわしくない、違和感が残る。

 違和感を知りたくないという警鐘を精神が勝手に打ち鳴らす。

 違和感。

 そう、何かが足りない。

 不足している。

 不測している。

 また、そこではたと気付いた。

「……涙が、出ない……?」

 おい、どうしたんだよ。

 悲しいんだろう?

 寂しいんだろう?

 痛いんだろう?

 その胸は焼け付いているんだろう?

 なら――――どうして涙が出ない。

 身を切り裂くような悲しみに対し、お前は涙を流すことが出来ていない。

 涙とは人間の感情表現。

 お前は――――

「あ……ああ……っ」

「……?どう―し…―?」

 若菜さんがなにやら呻いているが、聞こえない。

 心中の言葉は尚進む。

 どうしてお前は泣かない。

 どうして悲しまない。

 欠落しているのか?

 失格しているのか?

 お前は―――




 お前は、人間じゃないのか?




「ぁあああぁあぁぁぁああっ!」

 耐え切れない。

 絶え切れない。

 突然に立ち上がり、向かいの壁に向かう。

「…………!」

 もはや他人の言葉など聞こえなかった。

 ただ、自分の意志と意思だけが研ぎ澄まされていく。

 壁に手を付き、頭を――

 自分の頭を思い切り




 壁に打ち付けた。




 ごん。

 頭が振動を起こし、脳が揺れる。

「何――ってん――!」

 断片的に声が聞こえるが、どうでもいい。

 ああ、早く涙を流してくれ。

 もう一度打ち付ける。

 血が滲んで流れてきたのか、目の前が薄く赤に染まった。

「誰か――止め……!」

 周りの音も何も俺には無意味。

 意味を成さない。

「止――ろ!」

 肩を掴まれるが、構わず連続して頭を打ち付けた。

 赤い視界の端に、先程まで誰か≠ェ吸っていた煙草が、煙を上げていた。





******



「鳳」

 呼び止められ、私物を片付けかけていた手を休めた。

「……佐伯か」

「何よ、その不服そうな目は」

 四角い知的な眼鏡を掛けた美貌の女性が、隣に仁王立ちしていた。

 ―――残業退社時刻前のサイバーコネクト社、情報資料編纂室。

 私は先程まで続けていた『作業』を一度打ち切り、残業地獄から抜け出そうとしていた。

 そこに彼女だ。

 私は悪い予感を感じずにはいられなかった。

「佐伯 玲子――退社していたのではなかったのか?」

「残念ね、鳳 出葉さん。そんなにわたしが苦手?」

 皮肉的な言い回しに答えるが如く、肩より少し先まで髪を伸ばした彼女が笑った。

「……多少のロールも必要と言う事か」

「『パイ』の事を言っているのかしら?」

 気難しい時もある彼女のPCとは少しだけ違い、リアルでは少しだけ微笑みが多い。

「そういう貴方はずっとリアルの延長ね?」

 皮肉られたらしい。

「表裏のない人間だと言ってほしい」

「わかったわ、天才ハッカーでありCC社に雇われた若き鳳 出葉さん。貴方に逆らえばどうなるかわかったものではないわ」

「…………」

「冗句に決まってるでしょ。そんな目で見ないで」

 情報史料編纂室。そんなものは名ばかり、実の内容は『ProjectG.U.』という内部にも秘密のプロジェクトの補佐機関である。

 室員は私と佐伯の二人を含め、三人。協力者が――一応一人と言っておこう。

 上司は既に退社し、今は私と彼女が絶賛残業中であった。

 ちなみに佐伯はプログラム部門も兼ねているため、編纂室にいることはほとんどなかったりする。

「それで、何か用か?」

 一般社員には閑職として伝わっている室内には似つかわしくない大量の台数を揃えたPCとサーバー、演算装置に資料ファイルを納めた閑職には勿体無く思える広い部屋に存在しているのは二人だけ。

 しかも、仕事内容が見えないように窓や室内からも見えるような枠に嵌められているのは擦りガラスときた。

 男なら興奮でもるような状況だろうが、残念ながら佐伯を対象とするような思いは湧いてこなかった。

「『八咫様』から連絡よ。また新たな『未帰還者』が現れたそうで」

「……はぁ」

 溜め息を漏らすのも致し方あるまい。

 ある種、一般社員からは秘匿されているとはいえ、監獄にも近いこの場所にはいつも私の嘆息が満ちている。

 このような場所を特別に℃рフためにつくってもらったのはある意味、至上の喜びなのだが、やはり今日は――

「徹夜決定ね」

「…………」

「わたしが先にシャワー浴びさせてもらうわ」

「構わない」

 言うが早いか、佐伯はすぐに消えた。

 この編纂室には、まるで私がここに住み着くように設定されているのか、シャワーやトイレまで完備されている。

 つくづくこの会社は私を利用し続けるつもりなのだと感じた。

「それと、その服似合ってるけど威圧感たっぷりだからやめた方がいいわよ。他の女子社員には好かれてるみたいだけど、男子諸君に『気取ってる』なんて思われてるわ」

 入浴の準備をしたのか、しばらくして戻ってきた彼女が通り過ぎながら言ってきた。

「気に入ってるんだから仕方ない」

 ぽつりと呟く私は、自らの格好を見つめなおした。

 デザイナー系のソフトスーツ。黒を基調としていて、白の薄いラインが縦に走っている。

 確かに格好つけていると思うが、私としては気に入っているし、勝負服に近いものを感じていた。

「格好いいからいいけどね」

「…………」

 嬉しくない。お返しに言葉をくれてやる。


「貴様のスーツも似合いすぎだ」

 今彼女が身に着けているものはベージュ色のごく普通のスーツだ。だがそれは偽装で、実は外国のブランドものであることを私は知っていた。

「……!?」

「中身の素材≠ェいいからか」

「ななな、何いいだすのっ!?」

「……素直な感想だが?」

「もういいっ!」

 顔を赤らめた彼女は、ばんっ!とドアを閉めて、バスルームに消えた。

「……やりすぎたか」

 反省。ともに頭を切り替える。

 さて、また仕事でも再開しよう。

 紙杯に入った冷えたコーヒーを少し啜り、PCに向かう。

 八咫からのメールを読み、未帰還者の調査を開始した。

 そう私の名前は鳳 出葉。



 天才ハッカーであり、世界の管理者≠フひとり――――匂宮。



******


「全く!てめえいきなりはなにしやがるんだ!」

「…………」

「何とか答えてみろや、ぁあ!?」

 ……確信した、この人絶対元ヤンだ。

「――すみません」

 刹那に沈黙。

「……柄にもねえ、謝ってんじゃねえよ」

 落ち着きをもどしたのか、若菜さんが椅子に座りなおした。

 あれから。

 あれから診察室に連れ込まれた俺は、止血や包帯の治療を施され、彼女の説教を受けていた。

 というか、額に巻いた包帯がきつすぎて痛いんですが。

「どうして、あんなことを始めた?」

 詰問。

 答える気が起きない。

「若菜さんは」

「あん?」

「若菜さんは、涙が出ない事なんてありますか?」

「どういうことだ?」

 疑問符を浮かべた彼女に、答える。

「悲しい出来事があったにも関わらず、欠落したように涙が出てこない――なんてことありますか?」

「……お前……」

「そういうことです」

 言って、立ち上がる。

「帰るのか?」

「ええ、もう夜更けもいいところですから」

 持つべき荷物など持ってきていない俺は、すぐに退出しようとした。

「包帯とか、ありがとうございました」

「流奈」

「……はい?」

 重々しい空気を体現したような彼女の表情。

「……死ぬなよ?」

「――――」

 はい、とは言わなかった。



******


 電車で自分のマンションまで帰って。

 部屋に帰宅して、とりあえず寝台に向かって。

 倒れるように眠りに落ちたかったが、どうにも眠れない。

 体は疲れを癒したいと訴えかけているのに、何かが邪魔している。

 そもそも俺は眠る気があるのだろうか、などと呆言じみたことを考える。

 枕に顔を埋め、五体を倒置して死体の真似をする。

 死体。

 死ぬ、ね。

 一度死んだ身でありながら、俺は生きていた。

 死んだのに、生きていた。

 でも今――まさに死んでいる。

 死んでも構わない。

 若菜さんが言っていた事は、図星で大正解。

 そも、生きている意味なんてあるのだろうか?

 ないな、とわかりきった質問をかわした。

 堕落、って奴か。

 怠惰かもしれない。

 惰性。

 身を投げ出して俺は――

 ここで思考は最初に戻る。



 そんなことを考えながら、結局一睡も出来なかった。

「…………」

 窓の外を眺めると、朝日が差し込んできていた。

 枕から顔をあげ、横を向くが、体はそのまま。

 目は虚ろに決まっている。

 何かが、足りない。

 不足した何かはわかっているが、心がそれを認めたくない。

 彩音が――いないなどと。

 目的もなく立ち上がり、トーストを作ってみるが、食欲が湧かなかった。

 結局、それはそのままゴミ箱へ。

 リビングの冷たいフローリングに倒れ、肌が冷たさを実感する。

 堕落。

 呆けたように口を開き、息をする。

 そのうち、呼吸すら面倒になって息を止めた。

「――――」

 途中、酸素不足で体から血が引いていった。

 簡単に人は死ねる。

 それこそ、俺の様な人間であれば、意志だけで死ねる。

 死ぬ事に異論はない。

 俺は、簡単に死ねる。

 死にたかった。

 死ねなかった。

「……は」

 息を再開した。

 尋常な人間の精神ではない。通常なら息を止めていれば苦しくなって、否が応でも身体の動作で強制的に呼吸が再開される。

 ただ俺は、そんなことを関係無しに死ねるのだ。

 現に、今だって苦しいなんて感じなかった。

 ――フローリングに転がって幾時間が経っただろうか。

 ベランダに出る窓を眺めると、時間だけは経ったようで夕闇が広がりかけていた。

 いいか、別に。

 どうでもいい。

 完全に不完全にどうでもいい。

 最終的に究極的にどうでもいい。

 どうにでもなればいい。

 飢えて餓死しようが、細菌にでも感染して病死しても構わない。

「……呆言か……」

 生きる気力の無い奴なんて死んでしまえばいい。

 その通りだ。

 生命力の無い奴なんて、死んでしまえばいい。

 全くをもってその通りだ。

 馬鹿馬鹿しくて捗々しい。

 突然の眠気。

 俺は―――



 睡魔。




******


 突然の眠りにもかかわらず、安穏としていた。

 だが、それも多くの時間を費やさずして終わる。

 気が付くとPCの前に座っていた。

 無意識的に行動していたらしい。もはや病気である。

 自嘲的に精神解剖をし、仕方無しにデスクトップからThe World≠選んで起動する。

 しばしのログイン画面の後、見慣れたステンドグラスが目に入った。

 Δサーバーのルートタウン、マク・アヌである。

 昔に依頼を受けた顔見知りが声をかけてきた気がしたが、無視。もはや彼らの顔など覚えていない。

 どこへともなくカオスゲートを起動させてエリアへ移動。ブックマークから適当に選んだエリアを移動し始めた。

 草原フィールド、荒地フィールド……。

 果ては神社を模したダンジョンまで。

 あとになって気付くが、どれも彩音と行った事のあるエリアばかりだった。

 ロストグラウンドにも足を向けた。

 コシュタ・バウアにブリューナ・ギデオン、アルケ・ケルンにも向かった。

 あの頃あれほど色彩豊かに見えたエリア類は、どれも灰色だった。

 灰色。 暗恢色。

 最後にはグリーマ・レーヴ大聖堂――彼女が死んだ¥齒鰍ノも向かった。

 重苦しい扉を開き、足音を響かせて進む。

 長い長い祭壇への道は、途中で止まってしまった。

 もう、この辺でいいだろう。

 綺麗に整列された参拝者のための長椅子に腰掛ける。

 力を抜くと、自然に身体が倒れ、長椅子に寝転ぶ形になる。状態は横向きに、足は腰掛けた時と変わらず。

 不自然。不安定。

 それが、自分には似合っている。妥当なんだろう。

 目を瞑り、落ちない眠りを願った。



******

「……憐?」

「ですです」

「それで、お前は『ルナ』を知っているのか?」

「ですです〜」

 会話が成立していない、気がした。

 請負人事務所。夕刻をとっくに過ぎ去ったこの時間、ここには助手見習いという破綻した肩書きの少女。

 私は用をすませようと思っていたのだが、今日は無理の様だった。

「では、私はギルドに帰るとしよう」

「あ、お名前とか窺ってもいいですか?」

「私は――」

 渋る。

 これはギルドマスターからの密命であり、請負人と接触していることが『彼ら』に知れてしまえば、ギルドマスター――主の立場も危うい。

「…………?」

 なおも疑問符を浮かべ続ける娘に、正直に答える。

「私は『竜胆(りんどう)』。【月の樹】一番隊所属の分隊長だ」

「【月の樹】ってあの有名な?」

「だな。……私が今日ここに存在しているのは内緒ということにしておいてくれないか?」

「いいですけど……」

「何か?」

「あなた女性、ですよね?」

 ああ、一人称の事をいっているのか。

「それにその頭……」

「放っておいてくれ」

 今更ながらに自分の分身ともいえるPCを見直す。

 肩まで届きそうで届かない髪をざんぎりに切り揃え、服は簡易な白を基調とした着物。

 帯の色は真黒。だが、これらはまったくをもっておかしくない。 女性型PCであれば、誰でもエディット可能だ。

 一番の特徴は――

「猫耳、ですよね」

「だから放っておいてくれ」

 ……まさか趣味だとは口が裂けても言えやしないだろう。

 頭にちょこんと乗っている二つの耳は、人の身にはない、黒い毛が生えた猫の耳。

 獣人ではないが、人族を選択して、エディットをする際にオプションとして付いていたので一目惚れ。

 もとよりリアルでは可愛いものには目がない。……友人には似合わないと言われている趣味だが。

 女子剣道部主将がこのような姿でゲームを遊んでいると知れたら、どうなるかわかったものではない。

 きっと私の所属する生徒会でいじられるネタにしかならないだろう。

 ――しばらくプレイするうち、他人の目をよく惹く事に気が付いた。

 獣人でもないのに、ましてや凛としたエディットのキャラに猫耳がついているのはとんでもなく蠢惑的に見えるらしい。

 目立つから外したいものだが、今更PCを消すことはできないし、何より可愛い。

 ……いい訳か。

「で、どのよーなご用件で?」

「【月の樹】とだけ言ってくれればわかると思う。ショートメールをよろしくとも伝えてくれ」

「あいあいさー」

 用件を全て伝え、私はタウンに戻った。


******



 記憶。

 いつかも忘れてしまった。

『流奈ってさぁ、サンタクロースとか信じてないの?』

『おう、いるわけないじゃん』

『えぇ、いるよ?』

『いない』

『いるってば』

『いない』

『いるったら、いるの!』

『……どこに?』

『フィンランドに』

『即答かよ……』

『わかった、いつか絶対連れてく!そして存在を証明するっ!』

『フィ、フィンランドにか?』

『うんっ!』

 …………。

 丁度一年前。

 クリスマスの前だったか。今は十二月の聖夜を間近に控えて、街も喧騒を増してきている……はずだ。

「―――連れてってくれるんじゃなかったのか、彩音……」

 ぽつりと呟いたが、空気に浸透しただけだった。

 虚しい。虚空。

 穀雨。

 呆言か。

 ――と、扉が開く重い音が響いた。

 続いてかつかつ、と床を踏む靴音。

 一般PCだろうか、俺は立ち上がって見ることすらしない。



 興味が、ない。



 しばらく無視して足音を聞いていた。目は瞑ったままだ。

 どうやらこちらに向かってきているようだ。

 果たして、その足音は俺の近くで止まった。

 長椅子の上に転がっている俺を覗き込んでくる、顔。

「やはり、ここにいましたか」

「……一体何の用だ、澪」

 薄く目を開けて答えた。

 俺の顔を確認してにこりと微笑む、顔。それは【TaN】の属する同業者、澪だった。

 彼女は、俺の転がっている長椅子から離れ、一つ後ろの列のそれに腰掛ける。

「別に、用がないわけではないですよ」

「俺に復讐にでも来たか?」

「……?理解できないのですが、あなたはわたしに何かなされたのですか?」

 ……全く、こいつは……。

「俺がPKしただろうが」

「ああ、あんな些細な事ですか?お互いに請負人でしょう、わたし達は。あの程度のことを根に持っている人間がいるとするのなら、酷く心の狭い人もいたものです」

「そういえば、あのときの言動からすればオーヴァンがいなくなるのもわかっていたのか?」

 少し前に気になっていた事を訊いてみた。彼女はくすり、と笑って曖昧に答えた。

 顔も見ない会話は続く。

「それにしても……ここがそうなのですね? あなたが留まっているということは」

 ――――、

 身を、強張らせた。

 身体が自然、動かなくなる。

 体内機関が停止。呼吸も乱れ、動けない。

 もとより死んでいたような有様だが、死体の如く停止を強要された。

 震えが走りそうになるが、手に力を込めてそれを止めた。

「あなたらしくないですね……。こういう場所にずっと留まっているというのは」

 俺は自嘲的に嗤う。自らを嘲笑った。

「嗤いたきゃ、嗤え」

 自らを馬鹿にし。自らを虐待する。

 責め立てる。

 以前の自分――など考えらない。そんなもの、忘れてしまった。

 欠落したから。

 大切な何かを失くしてしまったから。

 もはや戻る事すら敵わない。

 もはや戻る事すら叶わない。

 進むことすら出来ず、同じ場所に留まっているだけ。

 停止、停止、停止、思考も行動も全て停止。

 その彼岸にして此岸。間をゆらゆらと揺れ漂っている。

「あはははははは!」

 思い切り笑われた。

 常なら怒ったりなどするなのだろうが、そんな気も起きはしなかった。

「嘘ですよ、全く嗤えません。ですが――その事について言及するつもりはないのですね」

 俺は何も答えない。

 何も答えられない。

 何も答えてはならない。

「わたしの失礼な言動について何も思わなかったのならあなたは、



 本当に駄目ですよ。



そうでしょう?」

「っ……」

 そう、なのだろうか。

 俺は……。

 俺は……。

 俺は、否定と肯定、どちらがしたい?

「確かに、そうかもしれない……」

 俺は、独白するように言葉を紡ぎだす。

 勝手に。

 ごく自然に。

 言の葉を紡ぐ。

「そもそも、最初から――端から駄目だったのかもしれない。彩音と出会う前だって、現実で何人もの人を殺してきた。自分自身が殺ったわけではないけれど、どういい訳しようが俺の責任であった事に変わりはない……」

 そう。

 俺は。

 俺の責任で。

 俺のせいで。

 人を殺して死なせて来た。

「今回だって決して例外と言うわけじゃない。俺はな、澪。彩音が意識不明になったっていうのに、

 泣けなかったんだ。

 涙が一筋も毀れなかった」

 悲しい、はずなのに。

 悲しくて、何かが足りないはずなのに。

 大切な何かが足りないはずなのに――

「だから、俺は欠落者≠ネんだろう。逸脱≠オているんだよ、人の道から」

 お前がいると人が死ぬ。

 ――全くだ。

 だからお前なんか死んでしまえ。

 ――本当に全くその通りだ。

 でも――お前も死んでしまったんだろう?

 俺にそんな事を言っていた『彼女』も死んでしまった。

 死なせた。殺した。

 俺は――――

「あなたは阿呆ですかっ!!」

 突然、後ろの長椅子に座っていたはずの澪が覗き込みながら怒鳴って来た。あまりの剣幕に、俺は目線を逸らす。

「最初から駄目だった?人であれば最初から駄目な人なんて、存在しません! 今までにリアルで何人も殺した? あなたの責任で殺して――死なせたのだとしても、あなたの手は汚れていませんっ!」

「それは――」

「ちょっと黙っていてください!」

 普段は微笑んでいるだけの顔が、今は怒声とともに変化していた。

 俺は威圧感に押し黙る。

 彼女は、こんな人間だったろうか。

 そもそも、俺が彼女の何を知っている?

 ―――彼女は、誰だ?

「いいですかっ!?ここからが本題です!」

 澪は一気にまくし立ててから、ふっと大きな息を吐く。どうやら自分を落ち着かせているようだった。

「あなたは何か勘違いされています。今まであなたの責任で何人殺してきたか、わたしは知りませんし、今は関係ありません。だってあなたは――」



「――今は誰も殺していないし、死なせていない」



「……っ!?」

 そうでしょう?と微笑む顔。

「彩音さんだって死んでなんかいません。意識はないけれど、生きているのでしょう?それを死人扱いでもしたら、彼女は怒りますよ」

「死んで、ない……」

「そうです、死んでなんかいません。それが今の時点での事実であり、真実。 そして、今のあなたを示す言葉です」

 言葉は力。

 想いは剣。

 俺は長椅子に座りなおし、ゆっくりと立ち上がる。

 澪の方は向かない。絶対にだ。

 今向かい合ってしまえば、無様な顔を見せてしまう気がする。

 こんな顔を見せるのは、彩音だけでいい。

 それでも、気持ちは軽くなっていた。

 吐き気は引いていた。

 気分は軽快だった。

 背中を押されたように歩みだす。出口へと、しっかりと歩く。

 ―――出口は、見つかった。

 ―――答えは、見つかった。

 あとは前に進むだけ。

 決して早くなんかなくていい。

 歩くような、速さで。そんな速さでいい。

 それが今の俺の精一杯。

 俺の、最高速度。

 大聖堂の重苦しい扉を開こうと、手を置いたとき。

「ああ、もう一つだけいわせてくださいね。付け加え、みたいなものですが」

 俺は振り向かない。

 背中だけを見せて、彼女が続けるのを待った。

「あなたは泣けなかった、彩音さんが意識不明になっても涙が出なかったとおっしゃいましたけれど。 大昔にとある心理学者は学会でこう発表したそうです。



 ―――人は自分のためにしか泣けない。



その学者曰く、恋人なんかが死んだ時片割れが涙を流すのは、一人になった自分自身が寂しくて可哀そうだから、なのだそうです」

 澪は優しく語りかけた。

 恐らく振り返れば微笑んでいる事だろう。間違いない。

 だが、俺は決して振り向かない。

 振り返らない。

 あくまでも格好付けて。

 請負人に戻るために。

 更に請負人から変わるために。

 自らの業を背負えるように。

 自らの業を請け負うために。

 ――もう、戻らない。

 修羅すら、甘い。

 羅刹をも超越すると、心に決める。

 全ての思考を廃棄して、俺は心を失う。

 ただ依頼をこなす冷徹な暗殺者――請負人のほんとう≠ノなるために。

「あとは言わなくてもおわかりでしょう。あなたならば」

 ―――それは詭弁だ。俺の記憶が正しければ、その学者の論文は学会で猛反対されている。彼らも自分達の精神をその様に定義されたくなかったのだろう。

 だが、それでも。

 しかしながら――

 俺は扉を開く。俺は修羅を開く。




「…………ありがとう」



 踏み出す。一歩ずつ。

 澪の詭弁。

 詭弁だが、それでも。

 それでも彼女の言った事が全てで。

 俺は。

 全てを。




 ――――救われた気がした――――




******



 俺から世界≠ヘ奪われた。

 灰色の世界へと変えられた。

 ならば。

 取り返すのみ。

 全てを、この手で――。





14://www.depravity-ダラク.……了。





____________
アトガキっ!
____________

『挨拶もそろそろネタ切れでしょ』と読者様の心中を予想してみました、ネタ切れは……しくしく……(何)

どうもおはこんばんちわ、宴です。

Roots前編はこれにて終了。
これからはもはルナのお話ではありません。
彼であっても決して彼ではない。
修羅でも羅刹でもない。

ただの怯怖です。

……なんて戯言、素人が語っても格好付かないわけで。
何か、すみません(汗)

それでは今回はこの辺で。
今回も長くてすみませんでした……orz


[No.1196] 2008/04/03(Thu) 16:03:39
15://www.revenger-フクシュウシャ. (No.791への返信 / 1階層) - 宴六段


黄昏の先には真なる闇


貪り尽くす獣の咆哮


全ては誰の為か


15://www.revenger-フクシュウシャ.

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 ひび割れた地面。巨大な山と見紛いそうな崖が聳え立っている。

 空は夜と間違えるほど黒雲に覆われており暗く、時折聞こえる雷鳴からしてすぐに大雨でも降りそうな勢いだった。

 世界に点在する荒野のフィールド。

 植物も少なく設定された、荒涼とした大地が果てもなく広がるその地に、獣は潜んでいた。

 じっと待っていた。

 荒れる息は、この天候の中の気温のせいか白い。

 故に、姿を隠していた。

 見つからぬよう、山ともとれる丘陵の上に這いつくばっていた。

 獣の見つめる先には―――人の集団がわらわらと集まっていた。

 彼らは言うなれば狩人だった。

 別に言えば殺人者。

 弱者を囲い、多勢に無勢、自らの得物で彼らを嬲っていた。その光景は凄惨を極める。

 この世界における生命力の証を減らしていき、死亡しそうになった所で回復薬を使用する。

 いわば永遠に続く生き地獄。

 彼らは皆が皆哄笑をあげていた。弱者の無能ぶりを嘲るが如く。

 自らの力を誇示するが如く。

 彼らはかくも悲しき強者≠セった。

 どれだけ凄惨で、どれだけ卑怯であろうとも、この世界では『力』こそが絶対唯一。

 狩人たちは狩猟を続けた。

 なんと歪んだ世界。

 それを覗き見る、獣。

 じっと見つめるその瞳には、凍えた怒りが。

 視線で生物を殺せるとはこの事だろうか。

 赫怒の死線で獣は睨み続けた。

 彼らは嗤う。

 自分達が絶対的優位な立場にある『狩人』なのだと。

 絶対の力を行使する『狩人』なのだと。




 ――だが、獣もまた狩人だったのだ。




「……何だ……?」

 殺人者の内一人が声をあげた。何かの視線を――死線を感じ取ったのだ。

 だが、遅すぎた。

 仲間達が彼の声に気付いたときには、彼は既に死んでいた。

 もんどりうって囲いの中央に躍り出た彼は灰色。

 その彼がいたはずの場所にはまさしく獣がいた。

 悪魔とも死神とも言い換えることのできる、『それ』はとにかくそこに存在していた。

 燃え盛るような赤い髪に真紅の瞳。赫怒の色合いに対し、纏っている衣服は黒一色。

 長外套の裾が、風に靡いた。

 人族と呼ぶのもおこがましい。

 まさに鬼神の顕現。

 鬼神の体現。

 目にはふつふつと沸き起こる怒りだけが支配していた。奥に秘めたるは悲しみ。

 哀愁にして悲哀。

 どこまでもどこまでも深い紅色の瞳。

 底が知れない、奥深さ。

 殺人者たちは総じて――恐怖した。

 総じて怯怖した。

 彼らが知覚できたのはそこまで。

 次の瞬間には獣は、紅風と化していた。

 瞬く暇もない程に風が舞う。

 それはまるで、爽やかな風だった。

 全てを薙ぎ払う疾風と化し、次々とヒトガタが屠られていく。

 まさに、風。

 ―――ありったけの悪意の篭もった。

「お前―――!」

 そこまで言語化できただけでましだったかもしれない。

 言い終わらないうちに、周囲にいた仲間達は全て殺戮されていた。

 十数人もの軍勢だったにも関わらず。

 死屍累々と屍が転がる大地。

 まるで天災にあったが如く、しかしこれは人為的に行われた行為だった。

 鋭利な太刀を突きつけられた殺人者――浅黒の肌の彼女は、生理的な、直感的な恐怖に震えた。

 あるいは怯怖かもしれない。

「な、んなんだよぉ……」

「…………」

 獣は答えない。黙したまま、殺意を具現化していた。

 喉に突きつけられた刃が、ちらりと動く。彼女はそれに恐怖して、口を開いた。

「お前、何者だ……っ!」

 答えたのか、刃の動きが止まった。凍て付くような赤に、蔑む様な色が交わる。

 しばしの沈黙。

 両者が曇天の中、静寂を保っていた。

 そして―――

「……PKKのルナだ……」

 『獣』は小さく、独白するかの様に言い捨てた。

 自らの存在を。

 自分の現在を。

 まるで自分とこの世界、そして殺人者供に教えてやるかの様に。

 ――自分を追って来い、と。

 それは告死と同じ行為。

 告げたあとには首が飛んでいた。

 まさに一瞬の早技。

 どさり、と首が地面に叩きつけられる。

 残ったのは獣のみ。

 既に殺されていた新米の冒険者は、世界から欠落していた。

 曇天。大きく雷鳴。

 轟く。

 雨が降り始めた。 再び落ちてきた雷に、獣の横顔が照らされる。

 濡れて頬に髪が張り付くが、獣は気にも留めていなかった。

 目は限りなく虚ろ。虚構だけが瞳を支配している。

 獣はしばらく太刀を手に提げて佇んでいたが、何かに気付いたように、この世界から消失した。


******




 ブラウザを開き、大手の掲示板群を覗いてみた。

 板は勿論、The World板。ここに自分が立てたスレッドがあるはずだ。

 スレッドタイトルは『請負人活動報告スレ』。

 我ながらネーミングセンスが疑わしくなるが、最近になって書き込みは増えているようだ。

 スレ主……つまり自分が書いた文は、こうだ。

 『最近になって請負人のPC『ルナ』がPKになったと聞いたのですが、誰か詳細知りませんか?』

 無論、名前欄は『名無し』。他のレスに関しても全て名無しで通されているのがこの掲示板の特徴だった。

 匿名性、とやらだ。

******

名無し:正確にはPKKな。

名無し:つかこないだ俺やられたんだけどwww

名無し:請負人ってあんなキャラだっけ?

名無し:さっきPKKされてきた俺が来ましたよっと。

 レスは尚も続く。

名無し:いつのまにか書き込みがPKだらけにw

名無し:The World≠ネんてそんなもんだろwww

名無し:で?請負人がどうしたって?

名無し:PKKされたって……。お前、実際はやられてないだろ……

名無し:なんでんなこと言えるんだよw

名無し:こう……なんていうか、もうログインしたくなくなるみたいな、怖いみたいな……

名無し:ちょwww電波www

名無し:ネトゲで怖いとか言われてもなw

名無し:別に信じてもらえなくてもいいんだけどよ。

名無し:つってもそんな噂が出てくるのは気になるな。


******

 これ以上は話が進まなかった。

 飽きて、ウィンドウを消す。

 次に違うスレッドを開いた。タイトルは『PK報告スレ』。

 話題にあげていた『奴』の話は流れたようで、違う話が展開されていた。

 失望してウィンドウを消した。

 携帯を開いて確認すると、切迫する程に時間が迫っていた。

 PCをシャットダウンさせて冬物の黒いジャケットを纏って外出。

 出かけ先は病院。

 駅前に位置するそこに、目的。

 受付に簡素な言葉を投げかけて移動。

 結構な上階の個室に入室。

 そこに―――。




「…………」



 眠り姫がいた。

 眠り姫? 自分の表現に嫌悪。

 何という的確な表現だろうか。

 気持ち悪い。

「彩音……」

 陶磁器のような白い顔で、彼女は眠っていた。

 まるで――死人みたいに。

「……っ」

 何だ、これは。

 備え付けられたパイプ椅子に座りながら、毎度のように思う。

 死んでなんかいないさ。

 ああ、生きてる。

 ただ、言葉を喋れないし動けないだけだ。

 けれど。

 だけれど、それは死んでいるのと何が違うのだろう?

 理解しない。

 理解しない。

 できないのではなく、しない。

 したくない。

「呆言だけどさ……」




「暗くて深いそこから―――助け出してやるから」



 俺――真田 流奈は独白するのだった。



******





 マク・アヌ。

 黄昏の古都に射す光が眩しい。

 俺は、一歩一歩ドームへと歩んでいく。

 踏みしめ、踏み固め。

 生きる事。

 どうでもいいが、暇なので思考。

 生きるみたいに、踏みしめる。

 呆言に過ぎないが。

 道を行くPCの幾人かが、俺を振り返った。どうやら、BBSの宣伝効果は絶大らしい。

 それに……、今の格好も効果的かもしれない。

 いつもの灰コートではなく、闇よりも尚濃い、黒――夜色の外套を羽織っている。

 あまりに邪悪だとは思うが、実はこれが本来の姿なのだ。

 匂宮に頼み込んで、灰色のコートに『改造』してもらっていた。

 灰にしていたのは、単純に嫌だったからだ。リアルのあの頃を思い出しそうで、怖かった。

 だが、そんなことも関係ない。

 今は奴を――彩音を意識不明にした奴を殺すだけ。

 ならば今までの自分の姿を思い切り晒してやろう。

 『紅風』なんかではない、PKKの俺として。

 請負人として、自分の業を背負う。

 背負う。

 背負って、解消してみせる。

 本気。

 今までの自分など、生温い。

 本気だ。

「やってやろうじゃねぇか」

 いつまでも視線を感じながら、請負人事務所の扉を開いた。

 いつものように入室すると、そこには数人の影。

「遅かったな」

「遅刻ですね」

「…………」

 匂宮に澪が口々に言い、憐が黙ったままだった。

「…………」

 俺は、口を開かない。

 わかっているさ。

 俺は、何でも利用して成し遂げてやる。

 成立させてやる。

 完全に無欠にわかっている。

 彼らだって、俺に好意を抱いているのもわかっている。

 俺はそれすら利用する。

 躊躇なんてしない。

 絶対に、助け出す。

 哄笑でもあげたい、気分だった。

 彩音。

 今俺の姿が見えているなら嗤ってくれ。

 俺の姿を。

 俺の無様な、最低な行為を。

 最低な好意を。

 ここから物語は幕をあける。

 今までのは前座に過ぎなかった。

 狭小な俺を許せ。

 全て、やってやる。



 それでは皆様。

 ここからは醜き復讐者の物語。

 どうか、笑ってご覧下さいませ―――。



15://www.revenger-フクシュウシャ.…………了。


____________
アトガキ
____________

どうも宴です。
挨拶が冴えない事に定評があります、すみません(何

いや、もう全然更新できなくてすみません(二回目…)
何か、あれですよ。
受験生。

でも更新は自重しないつもりです、すみません(三回目!)

ええ、まあ。
序章書いただけのやっつけ仕事なので、今日はこの辺で。

宴でしたっ!


[No.1250] 2008/06/05(Thu) 19:02:48
16://www.reason-リユウ. (No.791への返信 / 1階層) - 宴六段



消えろ消えろ消えてしまえ


全ての殺人者は我が前に跪け


我はかの炎すら身に纏おう





16://www.reason-リユウ.


******



「それで?」

「……あんたが、三爪痕から生き残ったってのは本当か?」

「言いたいのは、それだけか?」

「惚けるなよ。ボケるにはまだ早いぞ、爺さん」

 マク・アヌの桟橋。運河同士を繋ぐそれに、いつも佇み『置物』と揶揄される彼。

 ある事実を聞きつけた俺は、彼を問いただしていた。

「三爪痕、なぁ?」

「だから―――」

「ハセヲ……、も捜していたぞ」

「…………!」

 俺と目的を同じとする、修羅。修羅にして羅刹。

 羅刹天。

「あいつの事は、いい。俺が訊きたいのはあんたの『経験』だ」

「…………」

「『三爪痕から、生き残った』、あんたの知っている事をすべて話せ」

「…………」

 ち、と舌打ちする。

 また、だんまりかよ……!

「……なぁ紫は、そんなこと望んじゃあいないだろう?」

「――――、」

 それは。

 なんという呪詛の言葉だ。



意識に  空白ができ  た。



 刹那にして意識を元に戻す。

「あんたには関係ないことだ」

「それなら、儂もお前さんとは関係ないな」

「交渉決裂、だな」

「…………」

 胡乱気な目でこちらを見遣るが、俺の心に何も兆しはしなかった。

 否――もとより、心など捨てた。

 必要などない。

「―――お前さんは、どうしてPKKなんぞになった?」

 詰問に近い質問だった。フィロは更に畳み掛けてくる。

「あれほど、PKを嫌っていただろうに」

「PK?PKK?関係ないね。 どうでもいいことに拘るのは、やめた。もうやめた」

 まるで歌うように言う。こんな問答は、すでに何度も憐と交わしている。

 無意識に、言い続けてきた。

 記憶している暗記している暗唱する。

「そも、殺人って、何だ?」

「…………」

「殺人なんて、そんなもん≠セろう?」



「お前さんは――」



 しばらく溜める。

「殺人を許容するか?」

「…………」

「お前は殺人を許せるのか?」

「あんた―――」

 禍つ式のことを知っているのか?

 とは、訊けなかった。

「……あんたとて、無駄に年を喰ってんじゃないんだから、わかるだろう?その辺に生きている動物なんかとは違い、俺達は人間だ」

「……まさか」

「人間みたいな知的生命体はな、自らの命を顧みずに復讐に走る生き物だ」

 哺乳類は絶対にそんなことをしない。危険なら、親が殺されても命なんぞ晒さない。

 絶対に、逃げる。

「俺は、逃げない。逃げてなんかやるものか。俺のこの心を満たすまでは絶対に、奴を殺して殺して殺して殺しつくしてやる。

 名実ともにこの身が砕け散ろうと、俺は成し遂げてみせる。どこまでもどこまでも追いかけ、奴を苦しめて殺してやる……」



 俺は舞台俳優気取りか。吐き気がする。

 軽く自己嫌悪。

「あんたが『あいつ』の容姿も何も言わないなら、それでも別にいい。だけど――」



「俺とあいつ≠ヘ出会った瞬間、




 「殺しあう」




 先に靴音を鳴らして去ったのは、俺だった。




16://www.reason-リユウ.……了。




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アトガキ
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どもども、お久しぶりなので長文は自重した臆病者の宴です。
はい、久しぶりなのにボリュームなくてすみません……。

いや、受験生ですもの(ぇぇぇ

凄い少しずつ書いてますw
微々たるものですが、楽しんでいただければ幸いなのですが……。

それでは今日はこの辺で!

宴でしたっ!


[No.1259] 2008/07/11(Fri) 16:33:35
17://www.ruin-ハメツ. (No.791への返信 / 1階層) - 宴六段


求めるは、力。


比類なき力。


全てを薙ぎ払うが如き。


それなくば、我は―――





16://www.ruin-ハメツ.



******


 片を付けると書いて、片付けると読むらしい。壮大に呆言だけれどさ。

 次々に死体へと変貌させていく。自分自身でも、信じられない。

 鬼神。

 鬼の、神。

 斬る。

 斬る、斬る、斬る、斬る、KILL、KILL、KILL。

 暗雲の立ち込めた、草原の大地。

 PK共を相手に殺し合いを演じる。

 悲鳴をあげ、断末魔の叫びをあげ、似非の殺人鬼たちは倒れていく。

 PKK――など、ロールするつもりはない。

 ただの餌にすぎないのだから。

 彩音を殺したPCを誘き出すための、餌。

 それに、最早PKという人種を許容する事ができなかった。

 最後の一人を血祭りに挙げた。俺の心には、何の感慨も去来しはしなかった。

 去来どころか、去っていくだけ。

 去って、行った。全て、何もかも。

 何も、かも。

「……どうでもいいんだよ」

 独白。

 呟いた言葉は、降り始めた雨に溶けて消えていった。

 始めは小雨だった糸は、次第に身を太くしていく。

 さながら、芋虫のように。

「戯言だ、どうでもいい。全ては虚無」

 虚無。

 人間の視覚も聴覚も嗅覚も――五感の全ては脳の神経を介して感じているだけ。

 目の前にある死体も、存在しない幻。

 まやかし。

 現ではなく夢。

「――――、」

 ただ、彩音だけが真実だった。

 汚れ、汚泥、腐った世界で、唯一の真実。

 それさえ折られた。

 折られた。

 翼は折られた。

 地に堕ちた鳥は、もがくことしかできない。

 否、鳥なんて綺麗なものではなかった。

 死者、そう屍がちょうどいい。

 屍が歩く。

 足を動かし、ゆらゆらとたゆたう。


≪いるか、請負人?≫

「……匂宮」

≪ゲームマスターから依頼を入れる≫

 誰かの声が聞こえた。

 匂宮という、幻。

≪【陰華】の禍つ式¥蒲L者が@Homeの一部に集まっている。禍つ式でもって殲滅しろ≫

 にやり、と口の端を歪めた。鏡を見れば、さぞかし邪悪な笑みを浮かべていることだろう。

 悪鬼の笑みを。




「―――分かった。殺して殺して殺してやる」



******


「があああああああああっ!」

 気迫の声。怒号。轟声。

 地下迷宮のような暗い廊下に、断末魔の悲鳴が絶え間なく響く。今も、俺の放った刃で一人が死んだ。

 二つの禍つ式が次々に敵を斬り伏せていく。

≪更に敵。いずれも禍つ式所有者だ≫

「さすがに飽いてきたな」

 この場所に侵入――匂宮がハッキングで作った特別な転送ホールを使った――して、はや一時間。【陰華】の人員は強大だった。

 いくら斬っても湧いてくる。それに、雑魚だと思われたPCが禍つ式の力によって実力以上を発揮しているのだ。

 簡単には終わらせてくれない。

 右から斬りかかってきた槍を捌き、左の黒刀で突き刺す。突き刺したそれを引き抜き、そのまま前から掛かってきた女を胴体から切断。上半身と下半身に分かれた死体は、虚ろなままに地面へ落ちた。

 地獄の様相、は言いすぎか。こちらも禍つ式で強化しているので、なんと言う事は無いがそろそろ疲れてきた。

 禍つ式の使用は、精神との間接的な癒着と等しい。ゲームのシステムを改竄し、リアルの感覚をゲーム内で与えている。

「面倒といいますか、なんといいますか」

 背後の敵を後ろ蹴りで蹴り上げ、振り返り際に一閃。煌いた漆黒が、敵を飲み込んだ。

 疲れた、というよりも飽きてきた。

 禍つ式で強化されているとはいえ、もともとの値が俺以下なのであれば結果は同じである。

 残念ながら、俺自身もこの事態を解決する術を知らない。

 たったひとつだけ。

 敵方を全て殲滅し、全滅し尽くすしか、知らない。

 切り刻む、切り刻む、斬り切り刻む。

 血を浴び、返り血を浴びる。

 汚れていく体。穢れていく身体。




「―――まさに鬼神だなぁ、おい」




 声。誰かの声。

 今までの狂気に駆られたPK共とは、全く違う声。冷静で、かつフランクな声。

「お前が柏木か……」

 振り向くと男は、着物姿の優男。均等円の眼鏡を掛け、白い着物の両袖に手を突っ込んでいた。

「ああ、違う違う。俺はただの下っ端――三葉の一人さね」

 黒い髪を一つに束ねた頭を振り、笑顔を向けてくる。緊張感のない男だった。

 物穏やかな瞳を向けながら口を開く。袖から出した右手には、既に銃剣を握っていた。

 凶器の色は、どこまでも闇色。

 狂気の色は、どこまでも夜色。

「俺は『戯画図』、三葉の一人で銃戦士。んじゃまぁ―――」


 はじめますか、と言って弾丸が放たれる。

「―――っ」

 速い。

 銃剣を構えた素振りがなかったのに、側面に飛んだ俺のすぐ脇を、弾丸が駆け抜けていった。

 即座に反応。両刀を持ったまま体を落とし込む。そして疾走。

 色あせた煉瓦造りの床を蹴り、接近。

 敵の禍つ式の銃撃。通常の弾丸の、数倍の速度で飛来する弾を横に飛んで回避。だが、なおも直進する。

 超速度で撃って来る銃弾に対して、超反応で回避を行う。前衛職と後衛職の戦い。

 さらに数発撃ちかけられる弾丸を今度は回避せず、右の刀で弾き、左の刀で受け流す。

 敵までの距離は数メートル。あと少し踏み込むだけで、俺の間合い。

 違和感。

 【陰華】の精鋭『三葉』の一人にしては、簡素すぎる攻撃。戯画図の顔を直視。

 彼の顔に張り付いていたのは、へらへらとした締まりのない表情。まるで面でも被ったように変わらない。

「胸糞悪ぃな、本当に―――」

 誰かを彷彿とさせ、誰とは断定せずに、踏み込んだ。

 侍の使う、超速度での間合い取り。あとは刀を薙ぐだけで戦いは終了する。

 黒刀の獰猛な狂気が、白い着物を切り裂く。中身の身体に到達させるため、更に力をいれていく。

 彼の身体を斬り終わる、その前に。

 まるで簡単に、回避された。

 紙一重。

 後ろにすり足で下がったかのように、離れた場所で銃剣を構えていた。

「危ねー危ねー」

 などと言いながら、へらへらと笑っている。

 ふむ、手強い。

 衣服を切り裂かれるのを見て、相手の間合いを知り、そして回避へと派生させた、ね。

 とんでもねえ空間把握能力。これも禍つ式に増強された力なのだろうか?

 一瞬の休息は、相手の銃撃で狩猟を告げる。

 刹那に判じ、上方へと跳躍。

 先程まで足をついていた場所に、爆光。大量の呪紋が炸裂するのを確認。

 赤く燃え盛った炎が俺の姿を照らした。

「一対一ではなかったのかね」

「そんな確約はしてないしなぁ」

 同時に、空中の俺に火線が集中される。多くの銃弾、呪紋が俺を狙う。

 火球を黒刀で切り裂き、数条の光を身体を捻ってかわした。銃弾は自由にしていた左の刃で弾く。

 あまりにも危険すぎる回避方法。だが、今の俺にはそれが似合いと思考し、錯誤した。

 錯誤錯誤錯誤。

 頭のおかしくなった俺の行動。もはや人間でいることすら自分自身が許さない。若干、呆言だけれど。

 なんだか思考がおかしくなってきている。異常者であることを課した、つけか。

 明快な描写は必要としない。脳が上手く働いてくれない。

 自ら否定した、PKという殺人を、許容している自分。もう、どうでもいいか。

 石畳に着地。即座に場に蹴って移動。

 跳躍、壁を蹴って更に跳躍跳躍。

 呪紋と銃弾による弾幕が張られているが、ここまで加速した俺を捉えることはできない。

 そのまま直下に着地。

 予想外の加速と、挙動に驚いたのか戯画図が眼を見開いた。だが、次の瞬間には口の端を歪めて笑う。

 幾重にも重なる、呪紋と銃弾。着地点を予測されていたらしい、火線の集中。



 ―――回避不可、とどこか他人事に判断。



 これは、絶命確定だな。目の前の火球を見、絵空事。

 回避しようにも、地に足がついて間もない。タイムラグというか、ロスのせいで一瞬の隙が生まれている。戯画図はこれを狙っていたか。

 あーあ、PC台無しだな。

 なんかどうでもいいけど。

 また生まれ変わっても、きっと俺は奴を――――




******



「禍つ式≠フ変化、とは」

「まさかの展開か?」

「いや―――想定の範囲内だ」

 いつもと変わらぬ殺風景な室内。ただ光源の変化を起こし続けるウロボロスの文様と壁だけが、この部屋を照らす。

 蓮の葉に乗って画面を操作する八咫は無表情。

「あれは『異常現象』と同等の数式を持っている」

「ほう、それは初耳だな」

 我々の追っているモノと同じ、か。成程、それは得心いった。

 なればこそ、請負人は異常現象そのものと言えるのではないのだろうか?

 彼の『追っているモノ』と同じく――。

「絶対者と同じもの、か」

「……パイ、何か発言したそうだが?」

「――いえ、何もありません」

 彼女の思案していることは手に取るようにわかる。現実世界でも隣に近い場所にいるせいか、理解力を深めていた。

 きっと彼女は、こう考えているのだろう。

 『この仕様から逸脱したPCを削除した方がいいのではないか』、と。

 妥当だ。

 これ以上なく妥当な意見であろう。

 だが、八咫と私、無類のピーピング・トム――覗き見趣味の人間は、興味をそそられて仕方がないのだ。

 この請負人は、流しておいた方が、より面白い。



******



 炸裂したと思った。

 死んだと思った。心でもおかしくなかった。

 でも死ななかった。

 死んでいれば楽だったのに。

 死んだあとにしばし眠っていれば、意識がなくなっていれば。

 眠らせてくれていれば、次に目を覚ましたときには事が解決していたのだろう。

 だが、まだ死なせる気はないらしい。

 この手にある、禍つ式≠ノは。

「まだ戦えってのか?随分と嗜虐趣味な凶器なんだな」

「―――てめー」

 二刀であったはずの凶器が、ひとつになっていた。

 それだけではない。元の形の何倍もの大きさに変化し、もはや大太刀とは形容しきれないレベルにまで『進化』していた。

 曰く、それは大剣と呼ぶが相応しい。

 何の装飾もない真闇の刀身に、大きな目玉が象嵌されていた。

 その目が、どこかグロテスクに、どこか艶かしく、ぎょろりと蠢いた。

 柄を握る感触は――鉄棒を握る感覚に近い。どうやら握り心地に配慮はしてくれなかったらしい。ただの呆言だが。

 人の身長を悠に超える長大な刃に、同じ長さの柄を見る限り、それは『薙ぎ払う』という事に特化しているようにさえ見えた。

 それを特性として捉えるのならば、鎌に近いのかもしれない。

「『矛盾』にのみ内包される『成長機構』、か。柏木の野郎の言っていたこともあながち……」

 何事か呟いている戯画図。意識を外しながらも銃口は依然と俺の頭をポイントしている。

「――面倒だぁな。ここで終わらしといたほうが、後々楽っぽい」

 放て、と号令が飛ぶ。

 戯画図の背後に控えていた多数の銃剣士に魔導士、加えて妖扇士までもが射撃と魔法を発動。

 瞬時に殺到してくる銃弾に高位魔法の嵐。

 遠距離攻撃をこれでもか、と投入した攻撃を、俺は幅広の刃で受けるのみだった。

 禍つ式≠ェ、教えてくれる。

 我が身は何があろうと折れはしない、と。

 もうもうと上がる煙の中、自分の身は無傷だった。

 煙を切り裂いて、疾駆。

 あまりに大きすぎる大剣の峰をを右の肩に乗せ、レンガ床を翔ける。これだけ巨大な凶器であるのに、全くをもって重さを感じない。

 それこそが仕様外の骨頂。

 硬直ディレイの終了したPCが弾丸と魔法を次々に撃ちかけてくるが、禍つ式≠ノよって身体能力の向上した俺の敵ではない。

「貴様ッ――」

 一瞬で懐に飛び込んだ。驚愕の顔をあらわす戯画図の表情の隅から隅まで全て把握できる。

 薙ぎ払うように、その巨大な刃を振った。

 上半身と下半身が寸断され、床に落ちていく戯画図の屍骸。

 なおも攻撃を続ける陰華どもに、刃を振るう。

 刃に非ない、黒き衝撃波が生まれ、多数のPCを巻き込みながら薙いでいった。

 香り立つ、死の匂い。

 俺はその匂いに酔ったかのように哄笑をあげ続けていた。




16://www.ruin-ハメツ.…………了。



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アトガキ

どもども、お久しぶりです。
受験も終了して、新生活にも慣れてきたので連載再開させていただきます。
過疎気味ですけど頑張りますよー(何
それでは今日はこの辺で。
宴でしたっ。


[No.1291] 2009/05/03(Sun) 11:59:23
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