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・亀の神殿 亀の神殿は基本的に誰でも出入り自由な開かれた神殿である。 そのため詩歌藩国の人々にとって身近な存在であり、観光客はもちろんのこと、藩国の人々も日常的にこの神殿に訪れている。 特に小麦の種まきの時期に行われる豊作祈願の儀式の際には神殿の周辺で大規模なお祭りも同時に行われるため、大変な賑わいを見せる。 ここからは亀の神殿の建物について説明しよう。 亀の神殿はその名が表すとおり、亀をモチーフに作られており、神殿の屋根自体も亀の甲羅を模した形状をしている。 また、いたるところに亀の彫像や亀を描いた絵画などが飾られている。 ほかには細部まで亀のデザインが用いられており、床に敷き詰められたタイルなども実は亀の甲羅の形をしていたりする。 この亀の甲羅のタイルの中には一つだけ頭と手足がついたかめ神様のタイルと呼ばれる完全な亀の形のタイルがあり、このタイルを発見した者は幸せになれると言われている。 訪れた際にはこのかめ神様のタイル探してみるのもおもしろい。 しかし、神殿内のタイルの総数は10万枚を超えるため、探すにはそれなりの覚悟が必要である。 また、運よく探し当てた者も発見したことを誰かに話すとその幸運が逃げると言われているため、どこにそのタイルがあるかは公にはなっていない。 +++++ ・蛇の神殿 塔の周りには蛇イチゴの畑があります。 『蛇神神殿』 蛇神様を奉る神殿です。 信徒と一般参詣者に特別な区分けはありませんが、信徒証明書を持っていると中にある図書室が利用できます。 満月に合わせて開かれる縁日にはなどの出店が立ち並び、たくさんの参詣客で溢れかえります。 月例:第一休日に骨董市開催 例祭:脱皮祭、蛇苺収穫祭、冬眠祭 開帳:二年に一度、御神体である鱗を開帳 ----- ■B0408【神殿】:へび神様の神殿 ・巨大な鱗:成人男性の手のひらを三枚並べたくらいの大きさ。半透明で日に透かすと虹色に煌めく。神殿の祭壇に安置されていた。 ・羽の生えた体の長い生きものの絵:シーカヤック遺跡の壁画にも描かれていた題材。こちらでは結構大きく、祭壇背後の壁に描かれている。 ・書物の入った箱:本棚代わりに使用されていたと考えられる。全て見たことのない文字で、植物や動物の図がある図鑑らしきもの、現在とは異なる星座の記された天文書らしき内容のもの等がある。現存しない、空想上の生きものかと思われる図が入った本も。 ・半壊して朽ちた小舟とオール:半分が食い千切られたように失われた小舟が、折れたオールと共に神殿の裏手の崖付近で朽ちているのが発見された。一部残存している小舟に施された彫刻は、精緻にして秀麗。それにしても、空からどこへ漕ぎ出でようとしたのだろうか。 ----- 詩歌藩国には世にも不思議な土地が存在する。浮遊島である。いつから存在したかは定かではない。しかし詩歌藩国が藩国として機能し始めたころにはすでに存在していたという。詩歌藩国ではこの浮遊島を聖域として藩国政府がこれを管理しており、一般国民は近づけないようになっていた(とはいっても空中にあるため元から近づくことは不可能だったのだが)。しかし島の中に詩歌藩国に伝わる神話に登場するへび神様を祭った神殿が存在することは、国民のだれもが知っている有名な話である。神話ではへび神様は国民を苦しめた神であり、そのため人々にあまり好かれていなかったが、そんな神様にも役割というものはあった。詩歌藩国の子どもが、母親から「いい子にしていないとへび神様がやってきて、連れて行かれちゃうわよ!」や、「悪さばっかりしているとへび神様にいいつけるわよ!」などと言われて育つように、悪さをする者に罰を与える神様として詩歌藩国の人々に崇められているのだ。そのため、へび神様が祭られている場所に近づくものも罰が与えられるとしてへび神様の神殿がある浮遊島が聖域となっているわけである。 とはいっても浮遊島に誰も住んでいないわけではない。本島から何人かの神官が浮遊島に派遣されており、彼らはそこで自給自足の生活を送りながら、神殿の管理を行っている。この浮遊島の気候は本島よりも高い位置にあり、また神話の中でへび神様が国土を寒くした影響か藩国の中でも寒い場所に属するが、不思議なことに肥沃な土壌となっているため、比較的作物も育ちやすい。そのため、作物の生産は容易である。しかし神話にあるようにへび神様は小麦を非常に嫌っているため、小麦の栽培は行われていない。また、浮遊島内には数は少ないが獣も生息しており、それらは月に一度神官によって狩が行われ、へび神様への供物とされる。 近年へび神様信仰について見直しが図られており、浮遊島への立ち入りも徐々に開放されつつある。 しかし由来不明の施設などが多く、研究者の頭を悩ませている。 浮遊島及び神殿にはもう一つ裏の役割も存在する。それは本島が戦火に包まれた際の緊急避難場所である。そのため、かなりの量の食料や毛布などが神殿の地下に密かに作られた部屋の中に保存されている。また、別の部屋には本島との緊急連絡用の通信機なども置かれているのだ。実は派遣される神官の中の一人には軍部のものがあてられている。これにより緊急時には速やかに本島から浮遊島に国民を避難させる手順が整えられている。こうして、へび神様の神殿は人々の信仰のための建物としても機能を持ちつつ、本当の意味で人々を守るものとしても存在しているのだ。 +++++ ・詩歌藩国は数多くの神話を持つ ・詩歌藩国には神話に基づいた建物が数多く存在する ・詩歌藩国の神話の中でも特に有名なのはへび神様とかめ神様の話である ・へび神様とかめ神様の話 かめ神様は風と海を従えて詩歌藩国の人々を苦しめたへび神様が藩国の地下に眠りについた後、詩歌藩国にやってきて人々を寒い風から守り、この土地を住みやすくした // かめとへびのお話。(おとぎ話) - 桑那 灯 あなたのおじいさんのおじいさん、そのまたおじいさんにもわからないくらい、古い古いお話です。 私たちの国にはへびの神さまが住んでいました。たいそうやきもち焼きで、かんしゃくもちで、 ただ、けんかだけはとくいという神さまです。それでもへび神さまは、風はかみついてけらいにし、海はしめつけてしたがわせました。 へび神さまは、木々よりも魚よりもけものよりも、私たちが一ばんお気に入りでした。 こんなにかわいいものがぬすまれてしまわないように、 へび神さまはさむい風をはこび、国じゅうを雪でおおってしまいました。へび神さまがさんぽをするときだけは、風がしごとをさぼるので、 すこしだけあたたかくなるのですが、さんぽは一年のうちの半分の半分の半分くらいしかありませんでした。つまり、今よりもとってもさむくて、 雪と海のほかにほとんどなかったのです。しかたなく私たちは、魚やけものをつかまえてごはんにしていました。でも、魚やけものはしゃべります。 だから私たちは、ごはんのじかんが大きらいでした。 魚もけものもへび神さまのものなので、 私たちはいつもへび神さまにひとこと言ってからつかまえていました。もしおこらせて、魚やけものをぜんぶかくしてしまったら大変ですからね。 また、へび神さまは女でしたので、たまに、かっこいい若者やかわいらしい少年、それと、きれいすぎる女のひとを「とく上のお気に入り」にして、 そばにおきたいといいました。私たちは丘、へび神さまは海に住んでいますので、そばにおく、ということは海にもぐらねばいけません。 丘から海にもぐると、どうなるのかはわかりますね。 (わからない人は、ためしに三十分くらいおふろのなかにでももぐってみてください。すぐにわかります) だから、もしあなたがさっきの三つのなかのどれかだと言うのなら、ぜったいに海に出てはいけません。気をつけて。 ある日、へび神さまはさんぽのとちゅうでこどもをひろいました。めずらしいすがたでしたのでとっておこうかとかんがえましたが、 見るとこどもはきずだらけできたなかったので丘にすててしまいました。私たちはそれをまたひろって、みんなでかんびょうしました。 外のせかいのお話をききたかったからです。こどもはなんとかげんきになり、外のおもしろいお話をたくさんしてくれました。星の話、花の話、 どうぐの話、人の話・・・そのなかでも「おうごん」の話が一ばんおもしろいでした。星のようにきらきらしてて、花のようにうつくしい、 そんなものがあるのです。私たちはみてみたいとおもいましたが、こどもはここにくるとちゅうに海でおとしてしまったといいました。 でも、かわりにこれをあげる、といってきいろのつぶつぶをくれました。つぶつぶはかずが少なくてひとり一つぶしかもらえなかったので、 とられたりなくしたりしないように土のなかにうめました。するとめがでて、つぶつぶは一本になりました。 一本はたくさんのつぶつぶですのでさらにたくさんの一本になり、いつしか「はたけ」ができました。こどもは、それが「小むぎ」だといい、 「おうごん」よりもかちがあるといいました。小むぎがあるばしょは、冬でもあたたかくなりました。(ふつう、「あたたかい」から「小むぎ」ができる、 あべこべじゃないか、と思われるかたは、よおく考えてみてください。「ごはん」が食べたいから「ワン」となくのではなく、 「ワン」となくから「ごはん」が出てくるのと、おんなじことです) とにかく、小むぎはたくさんできて、 しかもしゃべらないので私たちは小むぎを食べるようになりました。魚やけものをとるひつようがなくなったので、 へび神さまにおねがいするのも少なくてすむのです。もともとあまり好かれてはいない神さまでしたので、 私たちはすぐにへび神さまの言いつけをきかなくなりました。とうぜんへび神さまはおこります。風と海にさぼっていただろうといい、 まえよりもがんばってしごとをさせました。小むぎの力もさすがに負けて、みんなかれてしまいました。それでもへび神さまはまだおこっていて、 いつまでもいつまでもふぶきをおこしました。あんまりさむいので、魚もけものもしゃべらなくなりましたが、あんまりさむいので私たちもお家から出られません。 けっきょくごはんぬきです。 一年の半分くらいそれがつづいて、私たちがしっぽをふる元気もなくなったころ、 こどもはへび神さまのところに行きました。もう小むぎはなくなったので、ふぶきはやめてほしいと言いにいったのです。 へび神さまは、すこし考えて、ほんとうかどうかようすをみようと思い、一日だけふぶきをやめて、そのあいだにこむぎがほんとうにないかみてまわる、 といいました。こどもは、それならぼくも手つだうといいました。へび神さまよりも小さいから、国のすみずみまで目がとどくといういいぶんです。 へび神さまは、それでなっとくしました。じつはさみしくておこっていたのですから。 こどもが行ったあと、ふぶきはたしかにやみました。 しかも一日だけでなく、次の日も、次の日もふぶきはおこりませんでした。それというのも、こどもはへび神さまにお話をたくさんきかせて、 みまわるまでの時間をのばしていたのです。そのうちに雪がとけ、力をたくわえていた小むぎはどんどんふえました。 へび神さまはこどものうそにきづいてたいそうおこり、ついにこどもを丘へかえしはしませんでしたが、あんまりにも小むぎがふえたために、 風の力でもすべての小むぎをからすことはできなくなってしまいました。 へび神さまは、今までけんかにだけは負けたことがなかったのに、 小むぎとのけんかに負けてしまいくやしくて、地の中にこもってしまいました。へび神さまがいなくなり、少しだけあたたかくなったので、 かわりにかめ神さまがこの国に住むようになりました。かめ神さまはへび神さまよりもやさしく、さむい風をふせぐためにこうらで私たちをまもってくれました。 それが、今ではシュティオン山みゃくとよばれているのです。 // [No.4822] 2008/05/12(Mon) 03:52:13 |
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