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なんとなく書いてみたものの、なんだかよくわからないものが書けました・・・。 こう、鈴藤の中の作業イメージみたいなものだと思ってください。 あまりかけ離れているようであれば修正するのでご指摘のほど、よろしくお願いします。 /*/ ・目指す場所 まず第一に、絵を描くことの楽しさ、喜びを知ること。 それがもっとも優先される課題だ。 吟遊詩人をはじめとして、音楽教育に力を入れてきた詩歌藩国であるが、いまだ主産業は農業であり、音楽ではない。 産業としては大きな規模ではないのだろう。 しかし、今、詩歌藩国はなんと呼ばれているだろうか。 農業の国ではない。詩と、歌と、竜の国だ。 それは外から見た場合はもちろん、詩歌に住む人々にとっても同じ認識だろう。 音楽によって、ことさらに国が富を得たわけではない。 主たる産業となったわけでもない。 しかし、音楽は常に詩歌の民とともに生き続けてきたし、これからもきっとそうだろう。 ただそこに、当たり前のものとして受け入れている。 私はそれで良いと思う。 必要だから、有効だから育てるというのはなにか違う。 はじめにあるのは、ただ好きだという想い。 音楽院が建ったのは、ただ、音楽が好きだったから。 国に住む民にもそれを知ってほしかったというだけの素朴な理由からだった。 吟遊氏詩人は、音楽に関連した職業があったらいいよねと、それだけの単純な理由だった。 きっと愛してゆけるだろう。 そう思って詩と歌を国へ招いた。 以来、彼らはずっとそばに居てくれる。 私はそれで良いと思う。 吟遊詩人が街中で竪琴を鳴らすのと同じように。 多くの人が、思うままに絵筆を走らせることができるというのは、しあわせなことなのではないかと。 願わくば、これより招く彼らもまた。 詩や歌と同じように、最良の友となることを。 [No.7578] 2010/09/02(Thu) 20:54:25 |
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