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詩歌藩国は芸術の国であるが、最も有名なのは音楽である。 始まりは吟遊詩人。詩歌藩がその色をNWに示した最初の職業。 念願の音楽院。その教育力は想像をはるかに超える評価であった。 そして音楽系最終到達地点、音楽家。この国は音楽だけで絶技に匹敵する力を得た。 ではほかの芸術は? 絵画、彫刻、建築、工芸など数え上げればきりがない。 そもそもこの国は大洋にぽつんと浮かぶ島国。 必要な物は自分達で創り、伝え、改良を加える。 結果、独自の文化が発達を続けた。 革新的な技術の発達は望めないが、着実に文化が洗練を重ねる。 その様は、冬に耐える芽であった。 いつか来る春に備え、日々力を蓄え、そして厚い雪を破る。 その一瞬がついに来た。 作品達はNWで目が飛び出る程の値段で取引されている。 帝国の精強、星鋼京の博物館には詩歌の名品が集められた。 皇帝陛下の御髪に輝く黄金の髪飾りは詩歌、星鋼京、後ほねっこの職人たちが生んだ傑作である。 帝国貴族の間で詩歌の宝飾を身に付けぬ者はいないであろう。 そして、この国は芸術家の研鑽に報いた。 それが、産業育成である。 産業育成においてまず中心に据えられたのは絵画である。 イリューシア美術院の設立。 長く絵筆を執る芸術家を招き、教育の担い手という生き方を示した。 若き芸術家の卵には生きる指針と同胞、そして自分の知らない芸術を与えた。 電子美術という全く未知の芸術体系。 絵具ではなかなか表現できない電子の魔術に学生は目を奪われた。 陶芸、彫刻など絵画とは違う身に迫るリアリティ。 それに憑かれた芸術家は多かった。 この産業育成の後、巨大な女神像を訪れる若者が随分増えたのがその証左であろう。 また、芸術の保護というこれまでにない取組も行われた。 美術品国家補償制度、文化財保護法、文化財関係の税優遇。 これまで野放しだった芸術作品への制度による支援が行われたのは大きな進歩である。 この取組は星鋼京の協力がなくては為し得なかったであろう。 芸術保護の最前線基地、それは美術館。 ここに勤める学芸員は、芸術の守護者である。 国のそこかしこにある文化財がいかなる歴史的経緯を経てその存在を希求され、生み出されたのか。 その美しさを見る人にどうすれば最もダイレクトに伝えられるのか。 彼らの苦悩は尽きず、喜びもまた涸れることはない。 詩歌藩国で初めて開催された芸術祭での学芸員達の縦横無尽の活躍は国民の記憶にも新しい。 この国に根付く芸術は、長い冬を超えた。 華が開く。 芸術の民が掴んだ、栄光の華が。 [No.7687] 2011/05/27(Fri) 23:35:41 |
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