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No.7849へ返信

all 荒海の賢者 文章 - 鈴藤 瑞樹 - 2014/02/10(Mon) 22:33:01 [No.7848]
最後の部分については - 鈴藤 瑞樹 - 2014/02/11(Tue) 00:32:52 [No.7853]
【賢者と詩と歌の王】 - 鈴藤 瑞樹 - 2014/02/11(Tue) 00:30:45 [No.7852]
【賢者と仲間たち】 - 鈴藤 瑞樹 - 2014/02/11(Tue) 00:29:59 [No.7851]
【賢者と詩人】 - 鈴藤 瑞樹 - 2014/02/10(Mon) 22:34:08 [No.7850]
【賢者と花の娘】 - 鈴藤 瑞樹 - 2014/02/10(Mon) 22:33:23 [No.7849]


【賢者と花の娘】 (No.7848 への返信) - 鈴藤 瑞樹

【賢者と花の娘】


春を告げる祭りとともに、詩歌藩国にも遅い春がやってきた。
いつもの海岸の、いつもの岩の上。
荒海の賢者はいつものように佇んでいた。
冬の前と違ったのは、頭の上に居るウサギのノウスである。
賢者の頭上の帽子を潰すようにして、じいっと海を見つめている。
まるでずっと以前からそこにいるのが当たり前であったかのように、その佇まいは自然に見えた。
賢者は木杖の先に白糸を結わえ付け、ぐうんと海へ振り落とす。

実に半年ぶりの釣りだった。
冬の間は漁村の村人たちからもらった食料や森でとってきた木のみなどで飢えを凌いでいたが、冬の長さが尋常ではなかった。
そろそろ魚が食べたいと賢者は思った、正確に言えば一週間ほども前からずっと思っていた。

そんな賢者の思いに応えてか、竿を引くたしかな手応え。

「おおっ、この感触はヤツか!」

雪が降り出す前から何度も釣り損ねている近海のヌシ。
黒く巨大な体躯はクジラほどもあるとは賢者の言である。

思わず立ち上がり竿と呼ぶ木杖を引き寄せる。
ヌシと賢者の一騎打ち、その勝敗はブチッという音とともに賢者の敗北で幕を閉じた。

「・・・糸が切れた」



/*/


街を歩けば、みなが声をかけてくれる。

「やぁ、舞音ちゃんこんにちは!」

「こんにちは、おばさん」

舞音にとって、家族とは父や弟だけではなく、街に住むすべて人々のことを指した。

「舞音ちゃん、からあげひとつ摘んでいきな」

「わぁ、ありがとうおじさん!」

ふわりと花が咲いたような、可愛らしい笑顔。

彼女が王の子であることは誰もが知っていたが、それを気にするような者はいなかった。

勉強が終わってから街を歩くのは、舞音にとって日課だった。
もくもくとからあげを食べながら、よく見知った商店街の人々すべてに挨拶をして回る。

特に理由があってのことではない。
しいて言えば、会いたい人たちに会ってまわるのが好きだからやっている。

彼女の名は舞音、詩歌王の子として宮廷に住まう少女である。
詩歌藩国に厳密な意味での世襲制度はない。
王は、精霊の森と呼ばれる場所で精霊より子を授かり、これを育て次代の王とするのがこの国の通例である。

詩歌藩王が精霊の森へを足を踏み入れた際に拾った双子の片割れが、この舞音である。

特別に優秀でも、不出来でもないが、その笑顔はみなに愛され、そういった意味では才能に恵まれたと言って良い娘だった。

父の放浪癖を真似たのか、たっぷり一時間ほどかけて街中をみてまわり、そろそろ帰宅しようかと思った頃だった。


・・・いてるよ・・・


「・・・?」


囁くような、小さくか細い声が聞こえた。
聞きのがさないよう、耳をそばだてる。

・・・ないてるよ、ないてるよ・・・

今度は聞こえた。不思議な声、だが聞き覚えのある声が。

「泣いている? どこで?」

誰が、とは聞かなかった。
泣いているなら助けなきゃ。

・・・こっちだよ、こっち・・・

声を追って南へ、南へ。
全速力でひた走る。


舞音が向かうその先には、賢者の住まう海岸があった。



/*/


森の真ん中で、二人は出会った。

声に導かれるままに息を切らせて走ってきた舞音が見たものは、体育座りで半べそをかいている老人だった、なぜか頭には白いウサギをのせている。

「あの、だいじょうぶ、ですか?」

息を整えつつ、舞音はそう訪ねる。
なぜとか、どうしてだとかの疑問をとりあえず置いておき、ひとまず助けようと自然に行動できるのは彼女の美点であった。

「おお・・・どなたか存じませぬが、かたじけない」

老人、もとい賢者は舞音のほうを向いてそう言った。

「じつは森の中で道に迷ってしまいましてな、ここはどこかのう?」



/*/


舞音は賢者の手を引き、森の外へと歩き出した。
聞けば、賢者は釣り糸を買うために街へ向かう途中だったのだという。
冬の間もよく歩いた森を通って北にある首都へ向かおうとしたところ、なぜか森を出られなくなってしまったらしい。

「それは、もしかしたらですけど、森の精霊たちの仕業かもしれません」

森の木々を寄る辺とする化身。
精霊たちがいたずらをしたのだろうと、舞音は考えた。

「ふぅむ、冬の間に木のみをとりすぎたかのぅ」

賢者にしても心当たりはないでもなかった。
つい腹が減って食べ過ぎた感は否めないので、仕返しされても文句は言えないのだった。

「しかし、よくワシの場所がわかったのう」
「花の精霊たちが教えてくれたんです 誰かが森で泣いているって」

賢者は片眉を上げて、感心したようにうなずいた。

「舞音は精霊の声が聞こえるのか」
「はい、賢者様にも聞こえるのですか?」
「さてどうだったか、昔は聞こえたこともあったかのう」

そうですか、と、舞音はすこしだけ残念そうに眉をひそめた。
精霊の声を聞く者はごく稀な存在だった。

馬やネズミや竜がしゃべる詩歌藩国であっても、精霊の声を聞き取れる者はほとんど存在しない。

さいわいにして、不思議な声が聞こえると言っても舞音が異常者扱いされることはなかったが、それでも自分と同じ者がいないことは、舞音にとって孤独だった。

ふいに舞音の頭にぽん、と手がのせられる。

「気にすることはない、世界は広い、まわりにいなければ探しに行けばよい」

しわがれた手がゆっくりと、舞音の頭を撫でる。

それは、かつて藩王たる父に言われた言葉に似ていた。

「世界は広い、いずれどこかで出会うこともあるかもしれない」

すこしだけ、藩王と賢者の姿が重なって見えた気がした。
舞音は嬉しくなって、はい、と笑顔でうなずいた。


[No.7849] 2014/02/10(Mon) 22:33:23

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