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古めかしい外套を着た、男がいた。 それは錆びた鉄の灰色であり、歳経た巌の鈍色であり、あるいはこうも透明になれるのかという、光陰の黒白を帯びた、砂色の外套であった。 男の微笑みは、微かというよりは幽かであり、唇の端を、ほんの1ミリほども曲げてはいるまい。また、芒洋と遠くをまなざした目元の浮かべる表情の変化も、似た程度に過ぎない。一つ言えることは、かの男が見せた感情は、この地が男に見せた血生臭い光景に比して、傍から伺っているものがいたら、あまりにも不釣合いだったろう、という、ごく、ありきたりの感想である。 男の前にある光景。 それは荒廃の街並みであり、 それは酸鼻の現場後であり、 それは人間の人間たる証であり、 つまるところ、 この地、レンジャー連邦の、民が暴虐に晒された痕跡、である。 殴打で原型を留めない顔面の死体がある。四肢は両断され、わざわざ杭打ちで民家の内壁に、胴体と離されたところで、その無力さをあげつらうかのようにして、晒されている。肌の色は、男と同じ、やや浅い褐色。もっとも、死後大分日数が経過しているせいで、青黒く変色してはいたが。腐食が一向に進まないのは、乾燥した風土のせいだろう。潮風も、街の外の塀と、分厚い煉瓦造りの、窓の小さい家の中までは届かない。 男は、その死体を前にして、微笑んでいたのだ。 その微笑みの名を、人は、酸いも甘いも噛み分けてきた、ニューワールドでは長寿の類に入れてもいいかもしれない、壮年という年代ならではの、達観と名付けるかもしれないだろう。 だが、男の胸に湧き上がり、今、唇の端を動かし、目元を緩く細めさせている感情の名は、まさに男が取り続けている、生々しい人の死を前にしている態度ではない、さながら学生時代のアルバムを眺めでもしているかのような、色褪せて掠れたものの名であった。 その感情の名を、懐かしみという。 男の名は、ムゥエと言った。 /*/ 干支が三つほど遡る昔、ムゥエは復讐者であった。 国を乱し、父の命を奪う遠因となった、王と、王の周りにいる民、つまりは第七世界人を憎み、殺そうとする、暗殺者として、自らを作り替えた経歴を持つ。 渓流の大岩が、転がり削れて小石になるほどの歳月ではないが、幾度も大雨を受けて、押し流され、翻弄され、気づけば周りの風景を異にしていたように、ムゥエもまた、短くない時間の中で、変化を遂げていた。 母と、母の創り上げた組織との戦いは、もう、次代の、そのまた次の世代にまで託し、自らは第一線を退いている。 思うにあれは、あの、レンジャー連邦の惨劇と俗に呼ばれる市場閉鎖から始まった金融危機は、必然であったのだ、と、そう、今のムゥエは捉えるようになっていた。 あの事件がなければ、きっと自分たちは、母も、生まれてきては、いなかっただろう。時系列の順からすると、すごく逆説的ではあるが、因果律からすれば、ごく自然な結論を、いつしかムゥエは見つけていた。 あれは、憎しみを生み出すための契機だったのだ。 軋む、金属の義腕で左胸に手をあてながら、考えている。既に場所は前線へと移っていた。 友誼が故に、見返りも求めず戦う異国の民がいる。それを前にして、戦う力がありながら、故国の守りに加わらぬ法理は、ムゥエには、ない。 彼を含めたレンジャー連邦側の抗戦を一顧だにせぬ不気味なぬめりを帯びた巨大な人型は、空間を割るかのごとくに、その巨腕で戦線をかき乱していた。あれは、そう、ゴートホーン。人によりて人を狩る、人殺しの咎人機。 憎しみとは、あのようなものであると、ムゥエは思う。 『ドウシテ ジブン ガ コンナ メ ニ』 義腕の付け根が幻痛にうずく。 『オマエタチ モ オナジ メ ニ アエ』 痛い。 痛い痛い痛い痛い痛い。 そして、 苦しい。 つらいよ。 そう、告白することも出来ないほどの、孤独がそこにはある。 先程までムゥエが目の当たりにしていたのは、無力化されたムラマサを、近隣の住民たちが、なぶり殺しにした、その跡だ。 ムゥエには、とてもよくわかっていた。 共鳴するといってもよい。 彼らは、奪われたものの代償を求めている。 失われた命や、尊厳や、財産。 そんなものの代償ではない。 奪われたのは、愛だ。 抱きしめて、手を取り合い、互いを健やかに認め合う、たったそれだけの行為を、育む機会を、ムラマサたちは、ムラマサたち自身から、そしてレンジャー連邦の民から、奪っていったのだ。 出会わなければ結ばれない。 結ばれなければ生まれない。 生まれなければ、続かない。 続かなければ、終わってしまう。 失われても、また、命は彼らの元を訪れるだろう。 財産も、尊厳も、同じままを取り戻すことは不可能だが、新しく積み上げられることは、ある。 終わらなければ。 「注意しろ、あいつは技を盗んでいくぞ!!」 忍びの技を駆使する部隊が、そう、怒号のように、周囲の仲間たちへと号令を発した。それを受けて、一糸乱れぬ統率で、さながら狼のごとく、牙を蓄え、必殺の一撃を潜めているのは、忍者部隊の傘下にありながらにして、なお、独立の気風を失わぬ、かつてのわんわん帝國の傭兵軍団である。 『東都、軍事工場前にて敵影あり。そちらは陽動と思われます、皆様ご注意を!』 「つったって、こっちはこっちで、西部の農場前だ、退けないねえ」 「ああ、もう、これ以上、敵に補給されて、粘られるのは!」 ゴートホーンは学習する。同じ攻撃も防御も通じない。 だからあらゆる現場のものを具材とし、寄せ手側は今、戦術の道を次々に切り開いては応戦している真っ盛りである。 ムゥエは、これに、協応していた。 土地勘があり、なおかつ藩国部隊からのオペレートをダイレクトに受けられる、サイボーグボディだからである。 かつての暗殺者としての技は、ムラマサにこそ通用すれども、もはや集団で殺到する中での一撃でなければ効果は上がらず、ましてやゴートホーンの装甲を突破する力もない。 文字通り、性能の元となる、世代が違うのだ。 ムゥエは西国人である。 だが、今のレンジャー連邦の民の、多くは愛の民である。 愛は、奪われることを、殊に強く嫌う。 憎しみへと、容易に転ずるほどに。 その憎しみの矛先は無力な自分であり、また、直接の外敵に振り向けられる。 ムラマサの四肢を分断したのは、無力化を徹底して相手に対し、突っ返すための表現行動であり、あれもまた、一種の精神的な自己防衛本能なのである。生体反応を調べたが、加虐行為は『すべて』生前に行われたものだ。 とても、懐かしかった。 脳を脳内麻薬で灼くほどの憎悪が、あの現場には、見えた。 ムゥエは憎悪を親とする子供であり、一線を退いたとはいえ、広くは身内とも言えるレンジャー連邦国民の間に、その感情の姿を見ることになって、不覚にも、暖かいほどの懐かしさを感じたのだ。 その暖かさは、どれだけ歳を経ようとも記憶に薄れることのない、傷の痛みに流れた血のぬくもりと同じ温度をしており、自らの無力に世界と己を呪った、あの、激しいまでの情熱の温度でもあった。 生きている。 こんなにも、生きている。 「奴が進路を変えるぞ!」 『予測経路、出ます、大学構内……地下書庫、早期に避難した人たちのいる場所です!!』 「オーライ、ぶっ壊しても請求はナシで頼むよレンジャーさん。建物の柱を使って仕掛ける、旦那、道案内だ、先行しろ!」 応、と、これに短くいらえつつ、ムゥエは再び微笑んだ。 憎しみもまた、愛なのだ。 誰にも奪えない。奪ってはいけない。 だから―――― (受け止められるか?) かつて、自分が刃を突きつけた、その時と同じように。 余すところなく受け止めきるつもりが相手になければ、 その時は。 ムゥエは駆ける。戦場ならぬ、自らの故郷を、憎悪の庭を。 そんな糞っ垂れに最低な世界へと抗い、変える、そのために。 [No.6580] 2010/05/27(Thu) 17:50:54 |