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ある家では赤い海が見つかった。 レンジャー様式の、古式ゆかしい直方体型をした、焼煉瓦の家という、大きな箱の中で、床を1cmほども浸した、深い血だった。 発見をしたのは地域の避難を手伝っている舞踏子の一人で、まだ血は暖かかった。 ある家では赤の家と名前がついた。 これは、兼ねてから戦災に弱いとされていた自国の防御を鑑みて、頑強な地下壕を設けていた一家の住処で、同じく床が1cmばかり血で浸っていたので、不審に思ったホープの一人が探ってみたところ、地下は同質の液体で溢れ返っていた。もっと厳密に言うならば、溢れ返っていたからこそ、床上にまでそれが浸水していた、というような状態だった。 いずれも被害者は不明。 どちらも規模だけは算定されていて、おそらくは、数十人から数百人分の死体からなる、体組織ごと粉砕して作り上げられた、「戦死したムラマサの」遺体ではないかと、レンジャー連邦の民の間では、まことしやかに言われている。 不気味がるものはいたが、誰もこれを悼むものはいなかった。 戦場で、一体どのようにして、何者が、このような業を成したのか、誰も理解は出来なかった。 伝わってくる感情はただ一つ。 憎悪すら凌ぐ、真っ赤なまでの破壊衝動。何らかの感動をさえ喚起させまいとするほどの、圧倒的な粉砕。 /*/ 次に現れたのは、つぎはぎの人形だった。 腕を足に、足を腕に縫いつけた、本物の人間製の、人形だった。 腕には刀が十七本、足には剣が二十三本、胴体には巨大な、人の頭ほどもある杭が、一本、打ち込まれていた。 この、明らかに原型を留めた「ムラマサの遺体」の出現場所は、レンジャー連邦の、藩都広場、よりにもよって、政庁の真正面にある階段だった。 いつ、出現したのか、せわしなく情報の整理のために往来する職員たちや、藩国部隊の面々を含め、誰もこの人形の設置者を、発見することは出来なかった。 額には、頭蓋ごとナイフで削った血文字が、四つ。 『 N 』 『 O 』 『 A 』 『 H 』 N.O.A.H…… そう、銘打たれていた。 /*/ 「プリンセス、プリンセス。黄昏の姫君。偽りの蒼玉よ。物語の執行が始まりました。」 「と、いうことは、同時に僕たちの出番が終わったということでもあるんだね。」 憂鬱の溜息が、背もたれの背丈高い、荘厳な椅子に腰掛けた少女の唇から漏れる。 「まったく。創設者まで出張って来られちゃ、現役世代の迷惑だよ。せっかく苦労して僕たちが積み上げてきた予定調和を、崩されても、困るんだ。」 「御意に。当代の白は貴方様で御座いますれば。」 「カア、カア、カア。僕らが鳴けば、白も黒に代わります、ってか。やだやだ、仕事熱心な僕なんて、一番僕が見たくない僕じゃないか。」 少女は、手すりに肘をついたまま、手を鬱陶しそうに振り、顔を正面から背けて、口だけではなく実際にも嫌がっている素振りを配下の者へとアピールする。 「時に、赤い子はどうしてる? 久しぶりの出番にしちゃ、随分とやり口が雑じゃないか。こんなに『どっちつかず』じゃ、誰の仕業か、統一しづらいよ。」 ううん、それとも赤い子だからこそなのかな? 少女は悩み呟くが、どちらにせよ、関心の一時的な置き場を話題にしたに過ぎないようで、それを枕に、話はまた流れ出す。 「どうせなら、伝説を作りたいじゃないか。 状況が、混乱している今、だからこそ、僕らの這入り込む隙間は多い。 進撃せよ、物語。 殺意を糧に、猟奇を成せ。 他の何者もこれを代行せんと思えぬほどに、凄惨に。 他の何者もこれに追いつけぬほどの上書きで量産し。」 あらゆる悪意の極北を、見せつけるんだ。 「……それが、僕らの生きている、唯一にして最大の理由なのだから。」 蒼い、両サイドを三つに編み込んだ髪の少女はそう言って、深い前髪から、小さく瞳を覗かせた。 「生きるということは、生きているということを偽らないことだ。 精々フィクショノートの人たちにも感じてもらおうじゃないか。 僕たちだって、愚かに愚かを重ねて愚考し愚行する、一丁前の半人前なんだ、ってことをね。」 /*/ にゃあ、と鳴き声が街角で木霊する。 それだけは何時の時代も変わらない、くろがねの大鎌が刃の軌跡を空間に飛来させた。 一本の巨大な猫の爪のようなそれは、片足立ちで、壁を床にし、足蹴にした、一つの遺体の腹へと、下方からすくい上げるようにして突き刺さり、遺体を壁へと縫いつける。 ぷっつり、テンションを断ち切られた腹筋の合間から、内圧で臓物がこぼれ落ちてくる。遺体を蹴り押している足は、胸のあたりを高々と股関節も柔らかく開脚120度オーバーで抑えつけていたので、腹の中身に汚されることもないままだ。オーバーニーの紅白のソックスと、真新しい茶色のパンプスが、バレリーナのように半回転する体の動きに合わせて、優雅に引き戻される。ぷるんと健康的に太い、付け根まで剥き出しの太ももは、見た目に反して脂肪が揺れない。ほとんどが、筋肉なのだ。 「殺したいにゃー。」 物騒なことをのたまう言葉の本体は、上下のビキニ姿にマフラーをつけた、てんから異常な格好の持ち主だった。 「評価50なんて、フィクショノートでもACEでもない癖に、ずるいんだにゃー。」 唇を猫のようにとんがらせながら、ほっ、はっ、と、ヌンチャクを振るうみたいにして大鎌の柄を、くるくる器用に回転させ、右手から左手、左手から右手へと受け渡す。重力に逆らう杭となっていた刃が抜けて、地面に落ちるまでの間、遺体は百三十七ほどのパーツに分割されて、血しぶきもなくバラバラに裏路地へと転がった。 「ま、死んじゃえばそんなの、どっちみち関係ないんだけどねー。」 そう言って、ビキニマフラーの女はしゃがみこむと、マフラーの巻いた隙間からソーイングセットを取り出し、ぺろりと白い糸の頭をなめて尖らす。暇そうに余所見をしながら針穴へとその糸を通すのだから、先程の所行も合わせ、大概まったく器用なものだ。 「ほんじゃま、いっちょうお仕事、いたしますか!」 輪状に切った、遺体の足と腕とを、一枚一枚、サンドイッチのハムとレタスを重ねるかのように重ね、ちぐはぐに縫い合わせ、それが歪んだながらも一本の形状にまで成形し終わると、今度はその人造の四肢を、肩口と股間にある、元の断面には合わさずに、腰骨の真横あたりと肩甲骨の裏にそれぞれ縫いつける。 「無力化の象徴ってーのがキモだから、後は、そうだなー……。」 潰れた顔面を、腸が取れた胴の内側に無理やりめり込ませ、胴そのものも、裏表を1パーツずつ丁寧に互い違いの状態で縫い合わせて、人形、完成。 醜悪な、人の尊厳を無視し、弄んだ所行の完成である。 「醜悪な、人の尊厳を無視し、弄んだ所行の報いだから、しょうがないんだけどねー。」 はー、なんまんだぶ、なんまんだぶ。 自ら遂行しておいて合掌をし、それから、おっと、と思い出したかのように、これまたマフラーの隙間から、ナイフを取り出し、頭蓋に刻印。 「えぬ、おー、えー、えいち……のーあ、っと!」 その、人の肉で出来た粗悪な人形を、ひょいと米袋でも担ぐ程度の重たげな様子だけ見せて、ビキニマフラーの女は、縦に、5mほど跳躍した。 ゴムマリの弾んだような、筋肉の挙動は、まさにネコ科のそれであり、身長の何倍もの高さまで、容易に飛び上がってみせる様は、怪しいほどにたわわでくびれた肢体の、布地の少ない露骨な露出と相まって、もはや人外の存在を想起させる。 闇夜に金色の猫目が、緑色の光を反射した。 肉球もない、革製のパンプスを履きながら、音もなく彼女は町々の屋根を駆け飛んで、野生だけが成せる緩んだ緊張感のなさと激しい警戒の同居でもって、人目をかいくぐり、人形を大学正門へと置き去りにすることへ、成功する。 「目立つとこったら、やっぱここっきゃないでしょー。」 「うむ。人も大勢避難しておりますし、さすが先代の赤、感服いたしました!」 「にゃあ!?」 背後からかかる声に、感電したかのようにマフラーの尾を立て、振り返った彼女、イツクシ・キリヒメの前に立っていたのは、果たして燃えたぎる炎のような大量の赤毛を、三つに分けて、なお、溢れ返らせている、当代の赤、プリンセス・ノア、その人であった。 キリヒメは反射的に繰り出した大鎌の切っ先を間に挟みながら、一気に緩んだ表情とは裏腹、徐々に筋肉のテンションを落としつつ、プリンセス・ノアと対話する。 「なんでそう、見た目が派手なのに存在感ないかにゃあ、今代のは。」 「今時、並大抵のキャラクターでは凡百の群を抜く存在感など出せませんから! そういうのは、このプリンセス・ノアの場合、全部肩書きに任せてしまっているのです!」 三本の髪束を、まるで渦巻く炎のように、頭部の後ろで従えているプリンセス・ノアは、振り上げられかかっていた大鎌の柄を足の裏で踏み押さえるという、片足一本立ちの状態のままで、そう、快活に自認した。 「看板倒れならぬ、看板だのみってかー。にゃっはは、まー、私ん時もそんなの気にしなかったし、おっけーかー。」 足癖悪いのだけは、伝統かにゃー、と、キリヒメは鷹揚に眉根を寄せる。 猫に、前足も後ろ足も、関係ないもんな。 「とにかく、今日の分はこれで終わりっしょ?」 「ええ、終わりです。そう、幾つも都合よくムラマサの死体が手に入るわけではありませんから」 「ことに、今代みたいな使い方したら、そりゃーペースも落ちるよねえ……。」 「ははは、照れます。」 ところで仕上げのための刀剣を携えて参りましたが、今回は幾つほどお使いになられます? 問われてキリヒメは、んーっ、と腕組み顎に手をあて、大袈裟に悩む素振りを見せ、やはり、こちらも快活に、 「わかんねー! 忘れた、こいつ何件殺しやった?」 「三件、十三太刀ですね。略奪は丁度、その、倍の家屋から。」 「じゃ、刀十三本、剣、二十六本ね! あ、強姦の方は一件だったよ、覚えてたから、先、やっといた!」 「はい。」 こちらに、と、プリンセス・ノアは、その名に反し、まるで相手こそが仕えるべき姫君ででもあるかのように、肩越しに、片手で背負った金属の塊束から、言われたままの数字の刃を給仕した。 キリヒメは、それらを一本ずつ受け取ると杭打つように肉人形へとリズミカルに打ち込んでいく。 「帰ったらさー、イロハ坂ちゃん呼んで肩揉んでもらわない?」 「では、代わりにこのプリンセス・ノアが奉仕しましょう!」 「お前はどーして人の仕事を取りたがるかなー!」 「ははは、それこそがプリンセス・ノアの勤めですから」 やりとりの軽妙さとは真逆に、死体遺棄、死体損壊の、猟奇的な現行犯たちが、おもちゃのように遊び作られた死体の人形を前にして、けたたましくも、密やかに、そうして悪意の証をひけらかして去っていく。 二人ともが、笑顔と軽さを絶やさず、何よりも、その装いから瞳から髪から所行から、真っ赤な少女たちの、蛮行であり、犯行であった。 [No.6587] 2010/05/30(Sun) 20:32:37 |