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一週間が経った。 「親方ー、北都が進まねえー」 おう、わかった、と、アウ=ルは床板のハツり具合を確かめながら、部下の一人にいらえた。 うん、滑らかな仕上がり。やはり風呂屋の床は、天然板張りだろう。 工房には、カシュカシュと鉋をきかせる音、 やすりをかける、鼓膜にザラリ、鳴り響く音、 仕入れられたばかりの石や材木の検分に走る、 野郎臭い汗ばんだ大声のやりとりなどが、 ひしめいている。 屋外からは、大物を取り扱う、土木作業さながらの、 ゴツい金属音や、破砕音、研磨音も聞こえてくる。 今、アウ=ルがいるのは、作業用に広く取られたフロアだが、 戦場のような有様であり、けれど、あくまで「ような」であって、 実際目にした戦後の街並みとは比べ物にならない、 命の息づいた乱雑さが、展開されている。 アウ=ルもまた、地べたに直接図面や資料を敷き詰めながら、 その乱雑さの一部と化しながら、紛れ込んでいた。 北都。 戦場というならもっとも激戦区だったとされる、元・被占領地域だ。 水利の汚染は酷く、今頃は、新たに水源を得るために、 お得意のボウリング作業をメイたちが行っているはずである。 そう、複数の水源が必要なのだ。 親指の爪を噛みながら思考を切り回す。 それも、常用のものと、緊急ラインと、 2種類を用意しておく必要がある。 トン、トン、トン。指が水道地図上をたどっていった。 既に工事が開始されてから、一週間。少ない大学職員に動員をかけ、 企業の専門家たちとフィールドワークチームを組んでもらい、 可能性のある、ポイントは、ありったけ出してもらってある。 そこから、集めた事務方たちと知恵を寄せ合って、 さらに非常時、安全性の高い場所に、あたりをつけての、 ボウリング作業が開始されているのだ。 汲み上げすぎても、地盤沈下が起こる。 数を揃えればいいというものではない。 四方を海に囲まれ、一時期は、砂が飛散するということで、 国が、沈むのではないかと、騒ぎになったこともある。 走る水脈は、不思議なことに、この島の地下には幾重にもあるが、 なるべく取水量が均等になるよう配慮しなければならない。 頭の痛いことである。 アウ=ルは、搬入量チェックに書類を小脇で抱えて走っていた事務方の一人を捕まえると、 「水脈調査はどうなってる?」 「死活問題ッスからねえ。昔から大学でピックアップ済みの奴を抜いたら、 幾らにもならんスよ」 「そうか。いい。増えてるんなら、贅沢は言わない。 水量にも、水源数にもな」 そうこうしている間にも、入れ替わり、立ち代りに、 誰かしら、ふいとアウ=ルを見つけては尋ねてくる。 「親方ー、飾り石の形、見てやってください」 「おう、ちょっと待ってろ」 「親方ー、藩都の第一号店舗、骨組み上がってます」 「早いな、さすがに自治会に動員かけただけはある」 「親方ー、パンフレットのデザインで、女の子たちが話があるって」 「ええ? 写真の現物は予定でアタリをつけておけって指示したはずだろ。 別件か? ちょっと待ってろ」 「親方ー、ボイラーの型番、現場の間取りと合わないってー」 「親方ー、食材輸入のルートがまだ開かないって、事務の女の子が泣いてる」 「親方ー、観光業者が相談したいことがあるって、直談判に」 「親方ー、空から女の子が」 「削れ削れ、壁の方を削って合わせろ! まだコンクリートも枠段階だろ、刺した鉄筋動かせ! 見込みで動け、予め内外の企業と話をつけておいて、ルート開いたら物流テストしろ! つうか、外交筋は俺じゃないから! メイロードさんに出てもらえ、あの人コワいから話まとまりやすい! おいちょっと待ってろって言ってるだろ、整列! つうか、風呂屋の現場に女の子は降って来ねえよ!! お前どこの所属だ!?」 へい! 一斉に、あらくれた男どもが、 優男とまではいかないものの、学生上がりのやわい体をしたアウ=ルの一声で並び出す。 「ったく……」 結局、夕方になってしまったこともあり、途中から、 味噌汁のぶっかけメシをすすりつつ、みんなで車座になって、 まとめて話を進めてしまった。 こんな間に合わせじゃなく、うまい蕎麦が食いたいよ、と、ぼやく。 復興途中だと、温かいメシが食えるだけ、恵まれているのは、判ってる。 それでも、心にそろそろ、潤いというか、贅沢が欲しいのだ。 メシ、風呂、寝る。 誰が言ったか、偉大なキーワードである。 家があって、うまいものが食べられて、 一日の疲れを癒せる時間がありさえすれば、 人間は、結構、なんとか、生きていけるのだ。 ああ、蕎麦、蕎麦、わさびのきいた、蕎麦。 しかし、蕎麦には綺麗な水が欠かせない。 うまい蕎麦を、また食べるためには、水回りの再整備にも関係している自分たちが、 頑張るより他にないのだ。 そこまで思い至れば、ただただ肩を竦めるばかりである。 あろうことか、気がついたら、観光地の復興に関する総代にまで、 まつり上げられてしまっていた。 メイロード曰く、 『水回りの都市計画も含めた風呂作りは、ライフラインと密接に関わってくるからだよ。 国や街が息を吹き返すにゃあ、まず、何がなんでも水なのさ』 だ、そうである。 まさか蝶と猫の絡んだ、国のイグニシアの判子が押された書類を、 持ってこられるとは、思わなかった。 【まかせた!】 聞けば、燃料生産地の建設地の発注書が、10文字だったそうだから、 再建が半分の5文字というのは、丁度いいのかもしれない。 丁度いいのか? 色々と、国の体制について、悩んでしまわなくもない。 フランクすぎだろ、これ。 とはいえ、さすがに観光地全体ともなれば、専門外のことが多いので、 信頼の置けるチームリーダーを選抜して、それぞれに働いてもらっているが、 一週間、机に突っ伏しては起きるような生活を繰り返しているので、疲労も大概だ。 親方、親方と、柄にもない呼ばれ方をしているが、 メイが大将なので、そちらよりはマシだろうと、我慢している。 「デザイナーにやらせる仕事じゃないって、絶対……」 風呂屋につきものの、食事処のメニューや意匠を確認しつつ、 ああ、ちくしょう、俺も久しぶりに食いたいぞ、バタフライアイス、と、 甘いものが欲しくなる。 よだれは垂れるが、手は抜けない。 風呂屋とは、総合リラクゼーションの空間であり、 清潔さ、店員のサービスの質の高さは勿論のこと、 お客が満喫出来る、ゆとりが必要なのだ。 それは、品目の限られた料理たちで定番感と独特感を同時に出し、 広々としていながらも、混雑の行き過ぎないよう、 精算も兼ねたデジタル入館キーを差した、靴箱の数まで考えて、 限界人数や、曜日ごとのペース配分まで考えなければならない、 といった、商売の域にまで、完全に立ち入った話になる。 無論、入浴施設そのもののクオリティも下げられない。 市街の中に設ける関係上、限りあるスペースを最大限に活かして魅せるため、 壁の高さや、入浴者たちの視点にまで配慮を行き届かせ、 うだらないよう、長く入って新陳代謝を高められるよう、 飽きることなく、涼む腰掛け処まで適度に配置して、 種々の風呂を組み合わせなければならない。 まして、今、手がけているのは、国営の銭湯である。 バリアフリーにも気を払わねばならないということで、 いくつかのパターンを試す形で、基本デザインを複数固めてから、 後追いで、各現場にねじこめるだけの工夫を重ねている。 「外が見えないよう、露天は壁の高さを……だな。 ただ、閉じ込められている気分にならないよう、 わざと空間と視線を区切るためだけの高板を外に出る際に設けよう。 こうすれば、意識がそこで切り替わって、周りよりも、空の高さに気持ちがいく。 広く感じられるぞ」 ぶつぶつぶつ、設計を進めていく。 幸いなことに、風呂自体は文化的にレンジャー連邦に根付いていたため、 蒸し風呂中心の組み立てという、ある程度までの骨組みは、流用出来た。 今、アウ=ルが詰めているのは、そこから先、 クオリティを追い求めての、空間デザインのレベルの話である。 「学生時代、建築事務所でアルバイトしてた経験が生きたっちゃ、 生きたけど……」 集中力を回復させるために、のびをしながら、溜息ついた。 本当にまったく、どうして自分がやる羽目になったんだか。 /*/ [No.6802] 2010/07/08(Thu) 23:25:39 |