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さらに半月が経過した。 ブラスフィールド兄妹は、月明かりの下で、その名の通り、真鍮の色をした、 分厚い砂除けの衣を身にまとい、自然石の上に腰掛けている。 岩と砂とで、風呂屋の、本棟と食事処の渡り廊下から見える中庭に、 レンジャー様式の庭園をしつらえる予定の場所である。 まだ、無造作に大小の岩が置かれているだけだが、 岩のでこぼこ具合が、波間に突き出た島にも見立てられるような並びをしている。 「諸島造(しょとうづくり)か」 無精髭をなでつけながら、ぴしゃり、尻に敷いた岩を、 メイが手のひらで面白そうにぶっ叩く。口にしたのは、庭園様式の名前だ。 「こんな短い期間だってのに、よくやるじゃねえか、あのデザイナー」 三つに編んだ、長い灰髪を、己の膝にしなだれかけつつ、 妹であるメイロードの方は、これも、自分たちの足元を見つめている。 「そりゃ、わざわざ荒れた故郷に戻ってくるぐらいの奴ですからね。 根性は座ってるでしょう」 二人の影が、月光に、圧し伸ばされて、大地に投げかけられていた。 「こいつも人を使ってやった仕事でしょ? いい目、してますよ」 「違えねえ」 いつになく、雷鳴のようなメイの大声は、鳴りを潜め、 しみじみと呟くように相槌を打つ。 「ああいう若いのが、いいんだよ。なあ、妹っこよ」 上機嫌に呼びかけられて、メイロードは皺深く苦笑した。 妹っこ、という呼ばれ方を、最後にしたのは、両親が工事現場の事故で亡くなる前だ。 それっきり、二度と兄は、自分のことを、そう呼ばなくなった。 社長、副社長、で、それからずっと、やってきたのだ。 だから、兄がその呼び方を口にしたことで、 メイロードには、すべて、わかったのだ。 「引退する気ですか」 「ははっ、まあなー」 メイロードを振り返り、からりと笑ったその日焼け顔は、 蒼い光を受けて、どこか穏やかでさえある。 「あの坊主、やれるじゃねえか。 ああいうのがいるんなら、もう俺らの時代は、終わりよ」 「現場第一主義も、ここまでですか……長かったですね?」 「あん? 馬鹿言えェ、社長辞めるってだけだろが」 「まだ、働く気ですか、兄さんは」 「阿呆、おめえさんだって引退させねえからな。 あいつにいい人が出来るか、いい相棒が出来るまで、当分現役だぞ」 「あら、事務方の子を慰めて、いい雰囲気になってたみたいですよ? 若いっていいですよねえ、勢いだけで、あんなに真っ赤になって」 「あ? 聞いてねえぞ!? ちっきしょ、羨ましい野郎だな」 けらけらけら、本気になってやっかむ兄を、笑う。 「なんでも、湧き水にふっ飛ばされて、なんでかその時、服も脱げちゃって、 真っ裸で落っこちちゃった子なんですって。 もうお嫁にいけないとか、わんわん泣いて、『えー、ほんとに空から女の子、降ってくるのかよー』 って、愕然としてましたよ、あの子。 しかももう一人慰めた後だったから、なんだか微妙に修羅場っちゃったみたいで、大変で」 「おいおい、どんな漫画体質だよ、あいつは。分けろよその運を一人分ぐらい」 「結局私ら、独り身ですからねえ……遅咲きの華を目指しますか?」 「まず、おめえから片付いてもらわねえとな。 俺にゃあ言い寄る女、いっぺえいるからよ!」 「はい、はい」 ついさっきの台詞と、もう矛盾してますよ、とは、 つっこまないでおくのが、言わぬが華ってものだろう。 ……こんな時間を過ごすのは、久しぶりだ。 昼夜を問わない突貫作業も、国を背負ったプレッシャーも、 誰かの命を預かる責任感も、みんな、みんな、慣れっこで。 でも、いつの間にか、体は年老いていて、 疲れは深く骨身にこびりつき、拭いきれない。 とっぷり、今日みたいな、静かな夜に、 その疲れが浮かんできて、我にもなく、センチメンタルな気分にさせるのだ。 砂漠の夜は、冷たく、染みる。空の、冴え冴えとした黒さも、また。 「――――この国のことを、ちゃんと覚えていて。 隅々まで目を通して、自分のセンスで新しく作り直せるような子、 そうはいないものね。兄さん、本当にいい拾いものしましたね」 「あたぼうよ、こちとらめ組の大将だからよ!」 快活な哄笑が、夜空に響く。 「人の心をデザインするのが、デザイナーってもんだろう。 明るくて、和めて、くつろげる。風呂だけじゃねえ。 観光ってのは、光を観に、来るんだ。 誰にとっても、光である、そういう心を、あいつはモノに籠めてしつらえられる奴なのさ。 今、一番必要だろ? この国にはよ」 「だからって、最初っから総代丸投げはやりすぎだったと思いますけどね」 「なんだよ、おめえも反対しなかったじゃねえか」 「はい」 にっこり、笑い返しながら、思い出すのはアウ=ルのこと。 光を観ることを、諦めない。 たったそれだけのことを、アウ=ルは、やってのけ続けている。 だから、人がついてくるのだ。 ただの若造を、冗談で親方と仰ぐ奴らは、現場には、いない。 自分の命を預ける責任者なのだ。 性根の座っていない、「わかっていない」出向の臨時現場監督が、 影でどんな扱いを受けるかは、メイロードのよく知るところだ。 「あの子は、ちゃあんと人の命が動く、現場にいて、 命で動く、現場を見て、仕事しようとする子ですからね」 「おうよ。それが商売ってもんだろ、なあ、妹っこ!」 にやにや、自分が座る岩とも大して変わらない、いかつい面構えを、 楽しそうにひん曲げ、メイは笑っている。 「あいつは国に戻ってきた。 そこで、自分の仕事の意味を求めようとしてたんだよ。 拾ってやりゃあ、働くさ。 あいつは商売ってものをわかってる。 生きるだけなら、ただの糞袋なのが、人間だ。 生かそうとするから、人間って奴ぁ、すごくなれるんだよ。 そいつが本当の商売だろう。 あいつは国を、生かしたかったんだよ」 だから、それでメシを食わしてもらうことに、 疑いを持たずに、突っ走れる。 「見ろ。俺らみてえなロートルまで、あいつが帰ってきたせいで、 働いちまってるじゃねえか」 「はい。生かされてますね、兄さん」 フフ、と微笑み、頷いた。 風は相変わらず冷たいが、砂漠の夜に、今日も月明かりは優しい。 /*/ [No.6806] 2010/07/09(Fri) 00:40:55 |