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時と、場所は、すでに現実の側のことである。 汗と、砂埃とで、どろどろに汚れた顔をした男女の群れが、 二列に分かれて、間に道をあけて、並んでいた。 奥手には、周りの市街の痛み具合から浮いた、 真新しい建物。 手前には、背中をしゃちほこばらせたアウ=ル。 着たきりスズメだった、変形のスーツは、裾が、ぴょこりと皺の寄って、 はみ出ている。 髪も、肌も、あごひげも、荒れ放題で、脂が浮いていた。 どこからも、それを非難する声は挙がらない。 誰も、似たような格好なのだ。乾いた気候のため、相当近くに寄らなければ、 臭いがしないのは、誰にとっても幸いだったはずである。 よくよく新築の建物の様子を伺うと、 さらに奥の方の、天井あたりが、ゆらり、ゆらり、 陽炎と似て非なる濃さで、大気が揺れていた。 人の列の、一番奥、左右に分かれて立っているのは、 遠目にも異彩を放つ、パンパンに太い筋肉を持った壮年の男と、 地を擦るほどに長い灰髪を三つに編んだ、年輪も艶やかな女。 二人の手には、縁取りの色、鮮やかな、 紅白のテープがつまみ持たれていた。 そして、アウ=ルの右手には、鉄製の厚い、作業バサミ。 建物の傍らと、正面、門構えに冠した、立て看板と、看板に、 万国共通の湯処マークと、「RF」のイニシャルが、青く、刻まれている。 列からは、熱いまなざしでアウ=ルを見つめる、妙齢女性の視線があり、 また、一同からの、ふてぶてしくも、たくましい笑顔が向けられていた。 この笑顔の上に表れている感情を、誇りと呼ぶのだろう。 みな、雄弁なほどの沈黙で、アウ=ルを待っている。 ……まだ、第一号店の落成式に過ぎない。 これから、仕上げどころか、基礎工事を待っている予定地も、 いくらもある。 わかってはいても、 泥のように重く、ぬかるんだ苦難の道を、共に歩んだ仲間たちの、 列の間を、一歩、一歩、万感というより、疲れから、踏みしめて、 よぎる気持ちは、胸の内を、やはりうねっていた。 「テープカットだぜ」 見届け人のメイが、また、いかついのに愛嬌あるウィンクで促し、 セレモニーの進行を会場中に告げる。 眼前には湯屋がある。 鋏を入れて、断ち切るのは、これまでの苦労の、すべてなのだと、 刃が噛んだテープの端が、感触を伴って断ち切れるのを、見届け、 アウ=ル=フォルトは、初めて知った。 拍手が巻き起こる。 自分たちの現場が、終わったのだ。 ここからは、また、新たな人たちのための、現場になる。 身をやすらえるために来た人たち、 それを労い、もてなす人たち。 みんなの新しい日常が、ここから始まる。 突然、頬を滑る、珠の動きを感じた。 「あれ、うお……!?」 拭っても、拭っても、掌から手首のあたりが、 ぐじゅぐじゅに濡れるだけで、おさまらない。 刺し込む質の痛みが、心臓を強く絞り上げる。 「ど、どうした、俺。疲れすぎて、壊れたか!?」 「馬ァ鹿」 屈託のない罵倒。 掌から顔を上げると、メイは、妹と二人、並んでアウ=ルの前に立っていた。 手で押さえた上から、胸を、ドンと叩かれる。 「男が初めて、いっちょまえの仕事をやったんだ。 そいつァ、当たり前のことだろ」 「あら、”前社長”の同じ素振りは、記憶にないけどねえ」 「まぜっかえすない、副社長どの!」 一同からの、拍手は止まない。 その、波濤のような、轟きを、感じるほどに、胸が軋む。 みな、誇らしげな顔を、そのままに、 アウ=ルに拍手を浴びせかけていた。 「いいもんだろ、人から求められる感じってのはよ」 「!」 痛みが、一気に熱へと転じて広がった。 ずっと、自分がなりたくてなったはずの職業の名を、 呼ばれるたびに痛んだ心の棘が、帰着するべき答えを見つけて、 ほどけていく。 そうか、俺は……、国に、みんなに、何かがしたくて。 そのきっかけがほしくて、ここに帰ってきてたのか……! 「みんな……あり、ありがとう!」 「馬ッ鹿、それもヌけた台詞だぜ、”社長”殿」 「へ?」 要領をつかみかね、まだ、ぽかんとしていると、 わあっと大挙してアウ=ルをみんながもみくちゃにしに、駆け寄ってきた。 ほとんどもう、人津波のありさまだ。 「親方、俺を使ってくれて、ホントにありがとう!」 「社長、私、こんなに充実して働けたの、初めてでした!」 「いいモンだよな、人の役に立てることを、させてもらえるって」 「うん、それもこれも、みんな親方が拾ってくれたおかげだよ!」 「若いのに、よっく辛抱して差配しなすった。 いやあ、め組も、これで、当分安泰だね!」 口々に感謝を告げられるので、ほとんどは聞き取れないのだが、 耳に入っているから、意味が取れなくても、自然と体が熱く、反応した。 遠巻きに人ごみを避けているブラスフィールド兄妹が、 まぶしそうに、光景を、目を細めて視界に入れている。 どうにか取り巻きを押しのけて、アウ=ルは二人の下へとたどりついた。 メイは、嬉しそうに、笑っていた。 「おめえさんが今、抱えてるものは、 ぜえんぶ、おめえさんがみんなにくれてやったものと同じなんだよ。 いいかい、新社長。それが、共に和するってことだぜ。 それが、共に和したってえ、実感なんだぜ」 「で、でも、俺は、メイさんに拾ってもらったから……!」 「俺は落っこちそうになったもんを、支えただけよ。 後は全部、アウよ、おめえさんが形をつけたんだ。 おめえさんの心で、こいつらの心もろとも、全部デザインしてやったんだよ」 「そんな、俺は、みんながいたから……ただ、当たり前のことをしただけで……」 「その”みんな”を、見つけてきたのも、あんただねえ。 当たり前のことを、当たり前にやってのけるのが、仕事じゃないか。 それも、国を直すなんて大仕事の、ひとつだ」 にいまり、細く、メイロードが笑んだ。 「さあっ、いつまでも泣いてんじゃないよ、次の仕事が首を長くして待ってるじゃないのさ!」 「は、はいっ!!」 「新社長、号令!」 ――――鋭い声に、一同は直立不動で、その場に停止した。 次の言葉を、 次の、自分が求められ、また、自分が誰かを求める現場を、 みなが、待ち望んでいた。 現場第一主義、か……。 MEIDEA建築・伝統のポリシーが、髪の、毛先の震えるほどに、 隅々まで浸透して、アウ=ルの喉を、肺を、腹を、 意志を、貫ききった。 「――――全員、聞けえッッ!!!! 俺たちは、作るぞッ!!! 笑顔の素を、作るッ!!! それが俺たちの喜びで、笑顔の素で、 だから、残りの仕事も……」 応!!!! 爆発的ないらえが一斉に返る。 「おお、やりきって見せろやあああああああああ!!!!!!!」 新しい、漢(ザ・ガイ)の咆哮が、 世界を揺らして、貫いた。 風呂屋の屋根からは、湯煙の水蒸気が立ち上り、 今にも訪れる客を出迎えんとする、新ピカの、明るく、朗らかな、 玄関口が、まぶしげに熱い陽光を受け止めていた。 ああ……。 つくづく世界は意志の力で出来ている。 だって、こんなにも、笑顔の光で、輝かせることが出来るのだから――――! [No.6808] 2010/07/09(Fri) 16:42:38 |