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その現象に、初めて公の反応を示したとされるのは、ニューワールドからの、とある移民だった。 名を、夜ノ塚雫という。 この、第一に胸の大きくて、第二に朗らかさの大きな女は、 方々で、置き去りにされている荷物や、それらと共に行こうとしていた足を急に反転させて、それきり戻っても来ない者たちを見て、大変訝しんでいた。 「ふむ。」 腕組みの上に胸を乗せながら、その胸と共に首をかしげて、胸ごと揺れた。 変だ。 置き荷が盗まれなくて治安がいいと、単純に頷こうにも、 テロリズム対策の不審物処理の原則からは逸脱している。 放置しすぎだろう。 さりとて、皆、ルールを守らんから、治安が悪い、とも言えない。 何しろ荷物をかっぱらう置き引きだっておらん。 はて、一体全体、この状況は何なのだ? 雫は、その時点で、形容しがたい齟齬が、自分と世界との間に生じているような、おぞましい戦慄の気配を予感した。 ここは筒井康隆ワールドか? これからどんなナンセンスな展開が待っている! なにより、道端に、雪の降り積もるようにして人の手で重ねられていく、それらの忘れ物たちは、 トランクケースや鞄など、まだ可愛い方で、 雫が見た中でも一番危ないケースでは、港に山が出来ていた。 比喩などではなく。 標高610mを超える、国際基準に則った、鉄の山が。 予感も気配もへったくれもなく、素直に戦慄した。 というか、やばいだろう、これは。どう考えても、何も考えなくても、頭からっぽにしてもわかるぐらい。 危ないぞと警告するまでもなく、 それらは合金製のコンテナで築き上げた、現代型ピラミッドの如き威容で、 もはや明らかに、港そのものを違う空間へと作り替えてしまっているのに、 まるで、彼女だけを残して、世界は何も違和感を覚えていないかのようで。 その感覚は、それが夢だと気づいた途端に砕けてしまう、妖しい幻想の中に迷い込んだような錯覚を、際限もなく与えてくるようで。 仄かに湧き上がりつつあった何かを、慌てて心の奥底から振り落としながら、 文字通りに崩落寸前で雪崩を打ちそうだった、その四角く頑丈な雪たちを、 雫は排除にとりかかったものだった。 3ヶ月掛かった。 勿論、1人ではない。 同じニューワールドから知り合いを呼び、その知り合いのツテを引き、 それこそ会社が興らんばかりの勢いと組織力で、事態を切り崩しに掛かった。 幾ら手があっても、余ることはなかった。 何しろ雫たちがコンテナを下ろすその端から、 誰かしらがまたコンテナを積んでいくのだ。 「おい! お前、そこのお前だ! 自分が何をやっているのか、わかっているのか!?」 怒鳴られた相手は、 しかし、きょとんとしていて、まったく自覚がなかった。 どころか、問い質してみても、自身のやっていることを、記憶してすらいないのだ。 そんな連中がわんさといたものだから、 しかも、方々にいることがわかったものだから、 夜ノ塚雫の、移民して早々の仕事は、この奇妙な荷物たちと、 その置き主への説教の繰り返しになってしまった。 /*/ 「全く、さしもの私も怖気が立ったぞ」 この2ヶ月というもの、すっかり自宅化してしまった事務所の一角で俯せる雫は、 テーブルへと重たそうに乗せた胸の間から、そう、うんざりとした声を上げた。 いかにコンテナの強度があろうとも、鉄塊ではなく、中に空洞を持つ、 ただの箱なのだ。 歴史的建築物であるところのピラミッドとは違い、 山積みの最下層部や、あちこちでは、中身もろとも押し潰れ、 その上下左右にコンテナが寄り積み重なっていたものだから、 本当に不安定で、どこへ向かって崩れるかもわからなかった。 海ならまだいい。当面港が使えなくなるだけだ。 陸地方面や、最悪、真下へと崩落していたら…………。 ぶるり。肩を震わすと、雫は、 ようやっと己の豊かな胸から面を上げた。 対面で、自分と同じ、味気ない事務机に座っている話相手は、古くからの知人で、東国人の、スバルという。 その氏を、そのまま、ずばり、東(あずま)と言い、 しかしその名を昴(すばる)とは持たぬ、女であった。 勿論、ひらがなやカタカナで表記するという意味ではない。 当て字や、異国の言葉でスバルを意味する名を持つ訳でもない。 それではどこにスバルの文字があるのかと聞いたらば、 複合姓、あるいは二重姓とも定義される、チャーチルの姓のように、 二重に名を持つだけのことである。 トウ・エン=スバル、あるいは東円(あずま まどか)とも、 東昴(あずま すばる)とも、彼女は名前を持っていた。 ある、特殊な集団の頭を継ぐべく、 男として育てられ、しかし、雫のお陰で、女として、でもない、 男として育ち、あくまで女である、ありのままの自分でいられるようになった、 そういう縁を持つ人物である。 まだ、若い。 20そこそこであろうか。 少年めいた肉の薄さがあり、男と言われれば、なるほどと笑って頷いてしまいそうであり、 何故そこで笑うのかと問われたならば、愛らしい麗しさが、その頬や唇の赤みには、 万人が見てもそうと知れる、女生の明るさでもって、表れているからである。 その癖、目の細さは育ち同様の、 真っ直ぐで、融通の利かなそうなキツい形をしており、 垣間見える男性性と女性性のギャップによって、 ついつい、からかいたくなる、そんな愛らしい尖り方をした性格が、 面からも伺い知れる、若者だった。 相変わらず、この女はなんてうつ伏せ方が出来やがると、 自分の胸をクッションがわりにしていた旧友に唸りながらも、 スバルは、その言葉に対しては芯から同意した。 「オブリビオンズか。」 Oblivion、忘却、あるいは無意識の名詞の、複数形を意味する単語である。 今では雫たちの活動がきっかけともなって、ペルセウスアームの国民たちにも、 広く自覚されるようになった、現象のことだ。 「俺だってお前に聞かされるまでは半信半疑だったさ。 目的地を忘れ去られ、行き場を失ったメガトン単位のコンテナたちが、危うく質量兵器化して、藩国船の階層に穴をあけるところだった…… どころか、『まるごと藩国1つが、滅亡したことさえ誰にも気付かれずに忘れ去られている』、なんてな」 3ヶ月前には、まだ、名前も知られていなかった、この現象は、 その範囲や性質の、かなりのところまでが定義付けられつつある。 1つ。 症例としてはペルセウスアームが一番酷く、巣窟とも言え、オリオンアームでもかなりの数が見受けられるのに比べて、ニューワールドでは、まだ、ほとんどないに等しいほど、発現していないこと。 1つ。 発現の対象は、人間を中心としており、その現象の定義としては、雫たちが片付けたような、置き去りにされる荷物を代表例として、「何かを忘れていることに気がつかないまま、それでも忘れた何かが存在することを前提として、日常を過ごしてしまう」こと。 今回は、国が滅亡しているにも関わらず、そのことを忘れていた荷物の送り主たちが、当たり前のように貿易を営もうとし、輸出物資を港に延々と送り続けていたせいで起こった事例だった。 「引換にするはずの代金も、空にしていったトラックやフェリーに詰め込む代わりのコンテナや、受取人のサインがないことにも気がつかないで、荷物と一緒に旅立つはずの連中は、その場で既に仕事を済ませたつもりになって、Uターンまでしちまって、な」 ありえないだろ、と、スバルが言い、 ありえんな、と、雫が同意しながら、引き継いだ。 「『経済から何から何まで混乱しているのに、その混乱にすら気がつかない』なんて状態は、ほんとに、まったく、ありえない」 1国分の、人と、物の、流れである。 影響の小さい訳もない。 この頃、世間では、とにかく景気が悪い、何故だ、 原因不明の不況が訪れている、と、いうことで、 政府が悪い、世界が悪いと、犯人探しに躍起だったが、 何のことはない。 みんながみんな、端から考慮すべき要因を忘れていただけだったのだ。 「結局、滅亡した国のことは思い出してもらえなかったけどな……。」 スバルは、 自分の氏族を総動員して行った対策のことを考え、 俺がもし男だったら、気苦労で若ハゲしてたろうよ、と、 笑えない冗談を飛ばした。 オブリビオンズと名付けられた、一連の現象に巻き込まれた人達は、 結局、更なる新しい日常を上書きすることでしか、 行動習慣を改められなかった。 実際、笑い飛ばしたくもなる。 何で一文の得にもならんのに、他人の会社の輸出先を、 代わりに見つけて契約してやらねばならなかったのだ。 だが、雫は、この神経質な友人の、愚痴にも似た、珍しいネタフリがあったにも関わらず、 体ごと、憂鬱そうにその眉尻も寝かせたままだった。 思い出せないのはまだいいよ。 「私なら、大事なものが失われたことに、気づけさえないなんて、そんなこと……」 ぎゅう、と左脇を締めて、 雫は自らの鼓動が、まだ、確かにそこにあることを噛み締めた。 そんなの。 寂しすぎて、つらすぎる。 [No.7112] 2010/11/22(Mon) 21:36:32 |