![]() ![]() |
![]() ![]() |
![]() ![]() |
![]() ![]() |
![]() ![]() |
![]() ![]() |
![]() ![]() |
![]() ![]() |
![]() ![]() |
![]() ![]() |
![]() ![]() |
![]() ![]() |
![]() ![]() |
![]() ![]() |
![]() ![]() |
![]() ![]() |
![]() ![]() |
![]() ![]() |
![]() ![]() |
![]() ![]() |
![]() ![]() |
![]() ![]() |
![]() ![]() |
![]() ![]() |
![]() ![]() |
![]() ![]() |
![]() ![]() |
![]() ![]() |
![]() ![]() |
![]() ![]() |
![]() ![]() |
![]() ![]() |
![]() ![]() |
![]() ![]() |
![]() ![]() |
![]() ![]() |
![]() ![]() |
![]() ![]() |
![]() ![]() |
![]() ![]() |
![]() ![]() |
![]() ![]() |
![]() ![]() |
![]() ![]() |
![]() ![]() |
![]() ![]() |
![]() ![]() |
![]() ![]() |
![]() ![]() |
![]() ![]() |
![]() ![]() |
![]() ![]() |
![]() ![]() |
![]() ![]() |
![]() ![]() |
![]() ![]() |
![]() ![]() |
![]() ![]() |
![]() ![]() |
![]() ![]() |
![]() ![]() |
![]() ![]() |
![]() ![]() |
![]() ![]() |
![]() ![]() |
![]() ![]() |
溶岩のように煮えたぎる空だった。 赤くて。赤くて。 夕焼けの太陽よりも、殴られて飛沫いた自分の血よりも、熟れ過ぎて落ちたトマトの腸よりも、真夜中の猫の瞳の照り返しよりも、古ぼけて溶けかけたクレヨンの無垢で汚れた赤色よりも、君の唇よりも、死んだペットの猫を焼いた時の炎よりも、旅行先で見たダンサーが付けていた造花の首飾りよりも、零れた君の命の質感よりも、産まれたての子どもが着ている濡れ色よりも、国民の一部を皆殺しにされて辱められた時にこみ上げてきた感情よりも、自分で描いた物語の登場人物の髪の毛のイメージよりも、真白い金属のカンバスに垂らされたペンキの輪郭の鮮烈さよりも、君の抱擁に感じた温度よりも、生まれ故郷の近くにあった雑草まみれで誰にも忘れられたような小さな公園の鉄棒の錆よりも、たった一人の親友の結婚式で出された酒の沁みるほどの辛味よりも、熱に浮かされてのたうつ腰と背に覚えたねじれた痛みの執拗さよりも、君の涙よりも、ああ。赤くて、赤くて、赤くて、赤くて、赤くて、赤くて、赤くて、赤くて、赤くて、赤くて、赤くて、赤くて、赤い空で。 鱗雲はまるで空が沸騰して吹きこぼれた赤い泡のようで、そこだけ色味がだんだらに薄められたり、濃くなったり、赤く、赤く、ずたずたにぶちまけられていて。 その下で、僕は穴を掘っているんだ。 筋肉の代わりに鉛を腕と背中に貼りつけたんじゃないかってほど、シャベルで掬い上げる動作が重かった。 僕は足の裏で全体重を掛けて地面に鉄を食い込まし、柄の部分をきつく握り締め、抉り取った土を頭上へ放り上げる際に、滑らないように固く握り締め、振り上げる際に、それでもやっぱり重たくて、土と自分の腕とが重たくて、あんまりに掌がシャベルの木の柄にこすれるもんだから、やわい皮膚がぼろぼろになって、べろべろに薄皮が破けて、いつの間にか絞り尽くされるほど滴っていた汗や、どうしてもひっかぶってしまう土埃とがその傷口に擦り込まれて、痛くて、痛くて、ひりついて、熱くて、痺れて、だるく焼けついて、力を本当に込めているのか、わかんなくなって、だけども泣きながら体をありったけねじって土を穴の外へと投げ捨てて、 自分の墓を、掘っているんだ。 怖くて、痛くて、もう、逃げ出したいのに、周りには見張ってる人も誰もいないのに、空が赤くて世界が赤暗いだけなのに、湿った竪穴が、狭くて、自分の発した体熱で妙に生暖かくて、離れられなくて、すっかり穴は人、一人分の背丈まで、深くて、どうやって出てくればいいのかも見当がつかなくて、なのに途方にくれることだけは何故だか許されていないらしくて、ひたすらに、ひたすらに、僕は穴を掘っているんだ。 わからない。 赤暗くて自分の顔もわからない。掌がどうなっているのかも見えやしない。靴下はじっとりと汗に冷えていて、靴先は半ば土砂で埋もれかかっていて、着込んだ上着は肌に張り付いてぬるく、髪の間に入り込んだ砂利の存在を、吹き出す汗と体の動きが絶えず意識させ、爪の間は多分真っ黒で、でも、見えなくて、土の中にいるだろう、蚯蚓や、蟻や、その他のなんだかよくわからない、生々しい虫たちの気配も認められないくらいで、シャベルの切っ先には、どれだけ掘っても石の詰まったような層なんかの絶望的な跳ねっ返りは訪れなくて、僕はひたすらに全体重を掛けて鉄の上から土の奥へと、のめりこんでいく感覚だけを、何秒かに1回ごとに、重ねていく。 どこまで掘ればいいのかも、わからない。 世界は煮えたぎる赤い空だった。 僕は赤暗い穴の中だった。 自分の掘っているのが、自分の墓だということだけは、自分の姿がもう、てんから自分の目で確かめきれないのとおんなじくらい、誤魔化し方が見つからない事実だと、僕は、確信だけは持っていて。 僕は恐ろしいだけの赤い空の下で、恐ろしいだけの自分の墓を掘っていた。 「…………という夢を見たんだよ」 何ですか、それは。 三園晶はリアクションに困った挙句の生真面目な問い返しでもって、ひたすら資料整理を進める傍ら、訳の分からない戯言をほざく上司に対して聞き返した。 会議室の中央に鎮座する、円形を長四角く引き伸ばしたようなテーブルの上には、各人が愛用するコップを手元に、整理し、取り崩されるのを待ち望んでいる、ターン更新用の年次決済書類の束が、クリップでまとめられ、関係省庁別に仕分けられ、「済」「未済」の箱の中に取り分けられ、それでもまだまだ目を通して内容を把握しなければならない情報たちでひしめいていた。 電子妖精が開発されようと、その、ずっとずっと前からハッカーたちが文化として持ち込んでいた、現代的コンピュータを所持・運用し続けていようと、セキュリティを題目にし、人の温もりを作業の縁(よすが)として維持することを望む、レンジャー連邦の不思議な慣習から、まだまだペーパー処理は、フィクショノートたちが取り扱う政務・事務からなくなることは、なさそうである。 砂漠の乾いた空気が室内にも充ち満ちているが、これは窓が開いているとか、設計上と施工との間に手抜いた乖離があるがゆえの隙間から入り込んでいる、なんて事情がある訳ではなく、単に大体が国のどこへ行っても、これと同じ空気で満ち溢れているせいだ。後は潮風の湿り気を、海岸付近をぐるりと一巡している道路「にゃーロード」や、あるいは藩国の第二玄関口である、環状線駅ビル辺りなら、感じることも出来るのだろうが、国土の海抜を守るため、数年前に進めた防風林の植林事業のお陰で、めっきり内陸部では、意識することが少なくなっていた。 晶と椅子を並べての、打ち明け話に、夢中になっていた城 華一郎は、お留守になっていた手元に気づくと、観光業の収支内訳を睨んで唸る。 「復興、間に合ったのはいいが、これ、ほんとに給料ちゃんと出せてるんだろうなあ。競争率の高い業界だし」 どうやら内容を話し切ったことで、華一郎の中では、夢の話題が片付いたことになっているらしい。それでいいんなら、いいかな、と、晶も食いつくことなくスルーした。出身国である芥辺境藩国と比べ、同じパイロット国で、同じ西国ということもあり、相似点も多いとはいえ、相違点も、同じくらい、多い。夢使いや夢魔狩人たちなら、今の城さんの夢にも入っていって、悪夢をやっつけることが出来たのかな、と、ちらり、思い出す。昔は何度かそれらの職業アイドレスも、身にまとっていたことはあったのだ。案外その辺の事情を知っていて、相談してきたのかもしれないと思ったけど……考えすぎかな? 丁度晶とは華一郎を挟んだ反対側に腰掛け、華一郎の右手に自らの左手を重ねている、美しい青髪の女が、目を見開いたまま、コンマ数秒間だけ動きを止め、それから、 「国税局の統計によれば、観光業に就業している国民の平均年収は、全体の平均よりもパーセンテージ表記で6.3ポイント、にゃんにゃんにして299.9972のマイナスです」 と、淀みなく、あたかも意味そのものを口にしたような、輪郭とアクセントとイントネーションの美しい発音で告げる。 その挙動に、うん、ありがとう、と、半呼吸ばかり彼女のことを見つめてから、華一郎は微笑みで頷きを返した。 ウィング・オブ・テイタニア。 愛する者のために、人の域を超えた力を発揮する、人ではない、しかし不思議の側の岸にも渡りきってはいない、そんな中間的な存在である「妖精」の、女王のために用意された翼として生み出された存在が、果たしてその美しい青い女の正体である。 無名世界観内で、目立った戦績を残しているのが、ヤガミとドランジの妖精たちであったことから、それらの妖精を司るとされているが、恐らくは、それ以外の妖精が現れれば、やはり、そのような所以と権能を備えていたであろう。同時に、この2人の妖精が、何故、多かったかと原因を求めるなら、2人ともが、目を離せば危険に突っ込んでいく、自分以外の誰かのための生真面目さを持ち備えていたからでもあるだろう。要するに、その手のタイプが好きな人たちにとって、どうにも「ほっとけない」のだ。 評価情報の実態が集まっていないせいか、テイタニア自身にドランジやヤガミを対象とした、妖精的超常能力の発現ケースはほとんどない。恐らく今後、プロモーションなり、運命の変化が起こったとしても、彼らを対象とした能力の維持が行われるかどうかは、怪しいだろう。 晶はそんなテイタニアと手をつないだままでいる華一郎を、これまた不思議そうに眺めた。ひょっとしたら、今の夢の話は、僕にじゃなく、テイタニアさんに向かってしたものかもしれない。でも、城さんの顔は僕の方を向いていた。もし、テイタニアさんの方を向いて話していたらと、光景を想像すると、ああと得心が行った。何か構図的に、2人の世界に行っちゃってる風に見えるよね。城さんは、それを避けて、僕が参加出来そうな話題を選んで振ってきたのかもしれない。 そんな、あれやこれやに頭を巡らしながら、財務状況に資料を添付して、万年筆で新たに書き起こした書類を、上座に据え付けてあるホワイトボードに貼りに行く。 赤。 赤が意味する夢占いって、何だったっけ。 あと、お墓かあ。 地下が意味するのは死の国で、普通、歯が抜ける夢と同じような、再生の象徴なんだけど、生え変わりを実際の幼児期に経験している歯と違って、地下行は、戻ってくる体験が必ずしもセットになっていないから、どうなんだろう。堀り進めている最中ということは、精神的な死に、まだ、城さんがたどり着いていない証拠なのかもしれない。でも、そのことを教えてしまって、本来あるべき夢の流れから、浅い段階で踏みとどまってしまうと、再生が行われなくて、危険だ。 だから、今、思い至った話は、僕の中にだけ、仕舞っておこう。城さんも、話すだけで、十分満足したみたいだし。 世の中には、軽々に答えを得てはいけない問題がある。 その辺りの事情を弁え、自分が出来ることは何かという線引きを出来る判断力こそが、晶の特徴であった。 つい、離席する際の癖で、そっと2頭身にディフォルメされた人形を、身代わりに置いてきてしまったが、テイタニアと華一郎は気にすることなく、黙々と紙を捌いている。近しく見える2人のことを、少し引いたところで眺めながら、想像する。城さんの妖精に、テイタニアさんがなるとしたら、一体どんな超能力が備わるのかしら。 ついでに用事を思い出してしまった。接続も不安定だから、このまま、そっと、今日はログアウトしよう。 それにしても、と、呟いた。 あんなに青い人がそばにいるのに、どうして赤い夢を見たんだろう? [No.7131] 2010/11/28(Sun) 04:50:45 |