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**序. Voice of wonder... Voice of wonder... Voice of wonder... この声が 君に >>届きますか......?<< 貴方に この声が ――――それは、とある心のクロスロード。 **一. 相も変わらぬ街並みがある。 そこが、いわゆる近代的なオフィス街だと説明されれば、国によっては戸惑う向きもあるかもしれない。 砂色の煉瓦は堅牢に直方体を築き上げており、重厚だ。 通りは舗装されているものの、絶え間ない海風が掃き掛けた砂塵で、常に、風景に溶け込んでいる。 イメージされるような高層のビルディングはなく、精々が、あって10階前後、そんなところであろう。 その建物の一室、情報端末の前で腰掛けながら、 忙しなく手元では静音性の高いコンソールによって操作を、 口元では、掛けた通信業務用ヘッドセットを介して受付を、 並列にこなしている一人の女の姿があった。 「はい、こちらヨロズお助け通信室です」 **二. それが大地を意味する女神の名と聞いて、うろ覚えに名付けたのは何時の頃だったろうか。 産湯に浸かることを、レンジャー連邦では、偉大なる母の手に抱かれる、とも形容する。 実母の他に、水という、大いなる存在を命の源とし、いわば二人の母に抱かれて産み落とされるのが、 レンジャー連邦の子らなのだ、という、古くからの言い伝えに従った習わしだ。 海に囲まれ、稀少なオアシスの真水をよすがに生きた、砂漠の国、ならではである。 ならば、生きる者に厳しくとも、そこにあった大地もまた、水同様に命を育んだ源に違いはないだろう、 というのが、この事務所の女主、アゲハ=ブラマンジェの言い分であった。 問題なのは、発音を間違えて覚えていたことである。 「はー……何の因果か、今日も今日とて何でもお任せオペレート……」 「室長が紛らわしい社名登録するからいけないんですよ」 女神の名は、ヨルズである。ヨロズでは、ない。 最初は軍での通信士経験を生かした、ただのご家庭ネット問題請け負い屋のはずだったのに、 ヨルズ>ヨロズ>よろづお助け=なんでも屋と誤解され、今ではあらゆる相談が寄せられてくる。 受け取った情報を元に、 家庭の悩みからペットロスのカウンセリング、作業のプランニングから進捗管理まで、 とにかく通信経由で対話処理出来るものなら、片っ端、だ。 「だって仕方ないだろー、うちは悩める善良な人たちの導き手なんだから」 唯一の縛りは、問題解決はあくまで当人が行い、事務所側はそれを手助けするだけだ、 という、ことぐらいだろうか。 当然仕事の流入量を制限する縛りとして有効機能しておらず、忙殺の憂き目にあっている。 「それで仕事を肩代わりする先の女神の名前を間違えるんだから、 名前負けというよりも、ただの負けですね、もう。繁盛してるのが救いですよ、ほんと」 「やかまし」 やっとこさ得た、社員に愚痴を零すチャンスすら、 既に良い子は寝る時間である時点で、ため息混じりにもなろうというものだ。 青いクッキー缶からザラメをふりまかれたハート型の奴を一つ、つまみ上げて、 あんぐりと唇の間で縦に咥え、噛み潰す。 バターの効いた小麦粉の風味が、まふまふと粉状になって口の中で溶けていく。 ああ、私も溶けたい。クッキーのように。甘い幸せをふりかけられて、ハート型をしていたい。 意味のわからない傍白に耽るアゲハをよそに、ぢりりりりん、と、またぞろ電話が耳に鳴る。 手早く冷めた紅茶で喉の奥までおやつを流し込み、打鍵一発、通信ON。 「はい、こちらヨロズお助け通信室です」 アゲハは、小麦粉一粒ほどの憂いも乗せない朗らかな声色で対応しながら、心の中で呟いた。 やれやれ、当分クッキーにはなれそうもない。 **三. 月が青白く照っている。 とは言っても、小さい窓から実感出来るのは、漏れ差す空気の青さしかないのだが。 もう、何年この光を見てきただろう。 開設してから初めての夜、ここに自分以外の人は誰も居なかった。 どころか、仕事の依頼一つなく、ツテを頼りにするという世間知を、 大分後になって身につけるまで、食うや食わずの生活が続いた。 青いクッキー缶の上をなでながら、照明の電源が落とされた室内で、 当時と同じ席に座り、アゲハは四角く差し込む光を見つめていた。 最初の依頼者から、報酬入りの封筒と一緒に贈られてきたのが、 今、なでているクッキー缶だった。 回線代も支払えなくなり、恥ずかしながらの窮状を晒しつつも、 膝を詰め合って相談に応じていた当時、依頼者の何とも言えない不安そうな顔を、 アゲハは覚えていた。 そりゃあ、二重の意味で不安だったろう。 こんな食い詰め者が仕事をしてくれるのかという不安と、 誰にも話せず、どうしたらいいかわからなかった不安、が。 『ありがとうございました。』 菓子折りと共に添えられていたメッセージカードには、 そう、几帳面な手書き文字で書かれていた。 『体は大事になさってくださいね。』 という、続く一文を読んで思わず苦笑いしてしまったのは、いい思い出だ。 今でもアゲハは、クッキーを買う時は、この西国らしいエキゾチックな金紋様や旗の図案が踊る、 丸い、三段詰めの缶を選んで部下に買わせていた。 自分には、直接誰かの問題を解決してあげることは出来ない。 代わりに、どんな問題だって、手伝ってあげることが出来るのだ、という、 誇りのようなものが、あの缶を受け取った時、生まれた。 オペレーターで、やっていこう。 どんな相談でも、断るまい。 そういう気概を持って、仕事をこなしているうちに、 ヨロズお助け通信室は、よろづ屋のような扱いになってしまったのだ。 アゲハはそのことをしきりに不思議がってはいても、後悔したことは一度もない。 **四. ある日、ナショナルネットを通じて飛び込んできたメールには、 奇妙な単語が踊っていた。 『届きますか......?』 「何のことですかねえ」 そう訝しむ部下と共に、モニターを覗きながら首を傾げる。 悪戯だろうか。それにしては短すぎるし、手がこんでいなさすぎる。やる方もつまらないだろう。 「わかった。珍しく本業だぞ、これは! きっと通信環境にトラブルが生じて、どうしていいかわからない初心者が、 偶然うちのアドレスを知って、通信テストを兼ねて助けを求めたに違いない!」 「……『きっと』と『偶然』と『違いない』で、憶測が三つも重なってるんですが、 それ、ありえますかねえ?」 うち、よろづ屋ですし、と呟く部下の頭を、ごちんと前歯でかじる。 げんこつだとパワハラになるか、これならよかろう、と、熟慮の末、一度叱る際の手段として採用したら、 なんだか妙に癖になってしまった挙動である。 以来、部下の間では、人食いアゲハと異名がついているのを、彼女は知らない。 もちろん、食われる側も悪い気はしないのだが。 (というのも、アゲハは魅力的で、身長差があると所構わず噛み付き場所を変える習性もあるからである) 溜めつ、眇めつ、結局その日は他の依頼に忙殺されて、 件のメールの謎解きはほったらかしにされたままになった。 /*/ その、翌日のことである。 『届きますか......?』 「また同じ発信者ですね。I・Pも同一ですし、送信時間も同じですよ」 きっとこりゃ、テストはテストでも、 ボットか何かの運用テストに勝手に使われちゃってるんですよ。 昨日返信してみてもこの有様ですし、通話もつながりませんし。 そんな風に勝手に納得してしまっている部下をよそに、アゲハはどうも、 このメールが気になって仕方がなくなりつつあった。 どんな相談でも、断らない。 それが依頼者の心からの悩みなら、トラブルなら、解決すべき問題で、 突破すべき関門なら、ヨロズお助け事務所は、断らない。 そう決めた、ポリシーゆえの、引っ掛かりだった。 届いているよ。 そう伝えてあげること、返事こそが何よりも難しい、 そんな依頼なのではないかと、考えるようになった。 **五. 「いきなりなんですか、この有様は!?」 出社一番に、社員の一人が叫んだのも無理はない。 「ん……ああ、ちょっとな。 処理機能の強化を図ろうと思って」 返事をしたのは床に座り込んでいるアゲハだった。 隣には分解された情報端末の、成れの果てらしきパーツが新聞紙の上で並べられており、 全部の机の前で同じ光景が展開されていて、足を踏み入れる隙間もない。 「そこ、うまく避けて通ってくれ」 「避けろって言ったって……」 よけ藩国の人じゃないんだから、と、ぼやきながらもすり足で新聞紙の間を押し分け、 自分の机に向かう。 「これ、仕事になんないんじゃないですか? 端末使えなかったら何にも出来ないじゃないですか、僕ら」 「そんなことはないぞ。 情報を扱う手段が端末だけだと思ったら、大間違いだ」 ここを使え、ここを、と、頭を指差す雇用主を見て、 社員は、え、僕サイボーグじゃないんで、自力でナショナルネット接続は……と答える。 彼の尻がアゲハの猛烈な噛み付きにあったのは言うまでもない。 /*/ 昼前頃には強化作業も終わり、すっかり事務所内は平静を取り戻していた。 外部の端末利用センターまで出向いて仕事を片付けていた面々が、買ってきた弁当を手にぶらさげながら、 所定の位置に戻された端末たちを意外そうに見つめている。 「早かったですね」 「当たり前だろ。言わなかったか? 私、軍属の頃は整備もやってたんだよ」 「通信士と整備士って全然かぶらなくないですか? っていうか、それ以前に整備士が情報機器扱うかなあ……」 「本人がやったって言ってるんだから信じろよ! ったく……ああ、やっぱりまた来てる」 「何がです?」 メールだよ、と指差す先のモニターには、 『届きますか......?』 の一文だけが載る小ウィンドウ。 「あれー。室長、フィルタリング処理のためにハード強化してたんじゃないんですか? 失敗?」 「馬鹿! 依頼をフィルタリングしてどうする、そんなことするか!」 「じゃ、何やってたんですか、一体」 「決まってるだろ」 手ぐすねと共に引き寄せた静音性コンソールで打鍵し始めつつ、アゲハは答えた。 「仕事だよ」 /*/ 私の名前は贅沢を意味している。 アゲハはそんな矜持を持っていた。 アゲハ曰く、ヨルズの名前が大地を意味するように、 ブラマンジェ、という家名は、贅沢、を意味している。 もちろん直接的には、あの有名なミルク菓子のブラマンジェのことだ。 白くてフルフル、甘くて香りが芳醇な、ゼラチン系プリン菓子の一種。 語源としては、白い食べ物、という意味を持っていたらしい。 砂糖を使うし、古いレシピでは香辛料や肉、魚も入っていたというから、 長らく上流階級だけの料理として供されていた歴史を持つ。 西国出自の料理であり、 アゲハという、ごくありふれた名前と相まって、 このフルネームはすごく平凡で、そして贅沢である。 そのようにアゲハは捉えている。 だって、どんなに普段、平凡なことのように思えても、 あらゆる災厄を免れて命と家がまだ存在し続けているというのは、 本来とても恵まれたことのはずだから。 食べ物も、とても身近にあって、ありふれていて、命と幸せを意味するものだから。 だから、名前がありふれていて贅沢であることを、 ブラマンジェ家の個人、アゲハという女性は、とても素晴らしいことだと信じていた。 それゆえに、思うのだ。 苦しい時は、いつだって一人きりで、その苦しみは平凡どころか特別に感じられ、 贅沢どころか、幸せの搾取にあわされているような、すごく貧相な心持ちになる。 クッキーの一枚一枚が、すごく大切に思えたあの苦しい日々を、 アゲハ=ブラマンジェは今でも忘れていない。 それでもって、自分が結構間抜けな理由で苦しんでいたことも、 アゲハ=ブラマンジェは忘れていない。 人間は、結構簡単に、幸せになれる。 ただし、誰かの助けを得られたならば、だ。 だから、昔の自分と同じ人たちを、 今の自分と同じ、平凡で贅沢でありふれた存在に変えるためにも。 (私は、彼らのところまで届いてあげなくっちゃいけないんだ。) 『届きますか......?』 の一言は、そんな矜持を持ったアゲハ=ブラマンジェの心に、 まさにクリティカル判定で通過したキーワードなのであった。 **六. 最初のメールから一週間が経過した。 「うーむ……」 相変わらず、わからんねえ。と、アゲハの知人でハッカーの男が言う。 レンジャー連邦の情報技術は、軍事同様、守ることに特化していて、 暗号解析や逆探知のような、攻撃的用途には向いていない。 それでも、情報戦要員はやはり最低限存在しているのだ。 朝一番に、その怪しげな風体をした男がやってきているのを、 もう通信室のメンバー全員も、見慣れてしまっていた。 文句は特に出ていない。 最初に誰かが、室長、つくづく顔が広いよな、と言ったら、 鼻に噛み付かれたのである。 室長の言葉の意味の取り方が間違ってるんじゃないか、 それはオペレーターとしてどうなんだ、ということで話題にもなったが、 人の友人を暗に怪人物扱いしたような口振りをしたそいつが悪いという結論になり、 アゲハの能力に対する疑問符は打ち消された。 ただしそれは、本人以外の間でのことである。 『届きますか......?』 この一週間、まったく変わらずに送信され続けてるメッセージを前に、 アゲハはスランプに陥っていた。 (何故だ。愉快犯か、愉快犯なら無意味な嫌がらせを続けることがストレス解消か。) (でもただの愉快犯はまがりなりにも本職のハッキングで身元が割り出せないほど技術力は高くないだろう。) (有能な愉快犯だとしたら……。ありえない。有能と無意味は結びつかない。程度が低すぎる。) (じゃあ何だ。一体このメッセージは何なんだ。怪談か? 魔術か? 舞踏子呼ぶか?) (うう、でも、電子情報を使って魔術を仕掛けるなんて複合的な技術、使われていたとしたら真っ先にOtecsが動くし。) 「……相手と意思の疎通が出来ないっていうことが、これほどストレスだとは……」 ありがとう、と友人に礼を述べて、送迎してから、また、アゲハは悩む。 もちろん仕事は滞る。リアルタイムで対話してナンボの商売なので、時間が潰れるほどにこなす仕事量は減る。 効率も上がらない。集中力を欠いて、コンマ1秒、相手の話す意図を掴み損ねる時間も増えた。 こんなんじゃ、教官にも怒られるよなあ、と、思っていた矢先のことだった。 「久しいな、ブラマンジェ通信士」 怜悧に笑う、女が来た。 /*/ 届きますか......? 情報の模倣と、因果律による延伸が繰り返される、網宇宙の中、 木霊が鳴り渡る。 何処へも固着をしない、ただ、応えを求めるためだけの呼びかけ。 だから、何かの情報に触れたとしても、接続されることなく、跳ね返る。 それでもその情報には、儚いばかりの切実さと、 乏しいだけの強度があり、何故だか普遍性が認められるがゆえに、 拡散が起きない。 その呼びかけは、とても弱い。 とても弱くて、だから、失われない。 /*/ 「我ら迷える子羊を導く者なり。 我ら迷える子羊を導くことによりて導かれる者なり。 我らは人なり。ただ、支え合うことで生きるだけの、 ただの人なり」 通信部の教条だったな。 覚えているかい。元気にしていたかね、ブラマンジェくん。 息災かい。 守っているかい。 生きてるかい。 一方的にべらべらと喋り立てる女の名は、 一向にブラマンジェ以外へと開示をされず、室員たちは苛立ちを増す。 矢のような視線の集中に気づくと、彼女は、ひらり、手をかざし回した。 「君らの雇い主の昔の同僚だよ。 会話で判るだろうね。 ついでに言うなら、古巣の守り手ではないな。 私も既に転職している。 何分、ご時世がご時世だろう? 昔の経験を活かして、アドバイザーとして開業したんだ。 今のご同業って奴さ。で、どうにも妙なメッセージが届いてね。 意味が分からないから、訊きに来た。 君らにも、覚えがあるんじゃないのか?」 届きますか......? って、それだけさ。 「あれはうちだけに送られてきていたんじゃないのね、やっぱり」 「まあ、当然そこには行き着いているよな」 どよめく周囲をよそに、女はブラマンジェの反応に首肯をし、 それから周りの全てに人差し指を、ぐるり、一巡、その場で回る動きで突きつけた。 「職業意識が足りないな、諸君。 自宅でナショナルネットをやっている連中はどれだけいる? はい、挙手」 全員の手が、さっと挙がった。 「では、果たしてその内のどれだけの連中が、 プライベートで匿名の相談活動を行ってる」 潮が引くように、室内の天井へと掲げられた挙手たちが引っ込んでいく。 残ったのは、アゲハとその女、2人きりだ。 「修行が足りんな。 『相手の顔が分からん』からこそ、初めて告白する悩みなんてのは、 世の中、ごまんと存在するぞ。 理解をしてやらなければ、人の心を解(ほど)くことは出来ない。 もつれたり、ほつれたりしてる糸の状態が、 私たちのような商売の依頼主の心境だ。 研究するといい。生涯の勉強だけが自らを高みに押し上げるぞ」 愛だよ、愛。 マネィだけでは真似出来ん、代替不能の尊く貴い情報だ。 よろずを名乗るなら、己のプライドごと、愛し給え。 能力のために費やした時間だけが、プライドだよ。 「あの、それで……どなたかご存知ありませんが、室長の元・同僚さん」 「私がどなたでも構わんな。その情報だけがあれば事足りるだろう。何だ?」 「室長と、同僚さんだけが気付いていて、僕達には分かっていないことって、 何なんですか?」 うちに帰って室長たちと同じことをやり始めれば、 すぐに気付けることなんですか? 以前、アゲハに鼻を噛まれた室員が、 再び果敢に挙手して質問する。 そうか、なるほど、なるほどね、と、 一人合点するアゲハをよそに、女は答えた。 「無理だ! 足りん!」 「な、何がですか!?」 勢いに押され、思わずのけぞる。 何でこの人、こんなに天然で偉そうなんだ。 室長の同僚だからって、僕達より上じゃないよな。多分。 上の横は、斜め上か。うわ、なんか正しくそんな感じするぞ、話してる感じ。 「おいおい、ここはアイドレス世界だぞ? 何かを行う際に、足りないものなんて、ほとんど1つか2つだろう。」 評価値と、可能行為だな。 君らはオペレーターだが、私たちは違う。 「じゃあ、一体お二人は何なんですか」 もう、と、泣きたい気持ちで一言だけ付け加えて聞いてみる。 「判らんか?」 「判りませんよ。通信士ですか?」 「そりゃ元だろ。現職と違う。 ……この通信は、私たちだけを対象に、送られている。 タグ解析は、多分どんなハッカーでも、難しいだろうな。 何たって、まだ存在しないタグだ」 「存在しないのに送れるんですか」 「送れつつあるだろ、私たちに。 送れつつあるなら、存在しつつあるんだよ、タグも」 オペレーターの、さらに奥底にある領域へ向けて、 発信されてるんだよ、この『声』は。 「あえて言うなら、そう、オペレーターの領分を超えた領域にな」 私はこいつを、試練と取った。 私がオペレーターを超える、そのための。 女はそう言って、にやりと笑う。 「これでプライドが刺激されないなら、 諸君、諸君らは、オペレーターとして失格だぜ?」 [No.7133] 2010/11/28(Sun) 05:57:11 |