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平和とは逃げないですむこと。 / あなたのやぎさん
私用ではありますが、ちょっと忙しい時期と重なりここに来るのに時間がかかりました。今回は文化スポーツの部活動でしたね。昭和21年と言えば貧しく食うぐ区の時代ですが、さすがに若さで乗り切り
ボート部では国体優勝。スキーも1位になる部員のあって楽しい学生時代だったことがよく分かります。
それと感心するのが一人二役、三役とこなしていることです。スポーツをやり演劇をやり音楽をやりと大活躍。
素晴らしい青春時代でしたね。
この読み物を読むとき私はいつもその頃自分はどうしていたかを思い出しながら読んでいます。
満州から引揚、祖父母のいる山口県の下関市にいる頃です。下関の国民学校3年生でした。
食べ物に不自由し、お米のご飯はなかなか見ることはありませんでした。それでも、毎日学校に行っていました。
もう、戦争は終わった。疎開や避難をしないですむと言うことがどんなにいいものかを子供心にも感じていたのでしょう。日本に引き揚げてから初めて落ち着いて学校に行けるようになったのです。日本に着いたのは昭和21年7月末でした。9月になって2学期から学校に行く塔になりました。

No.70 - 2004/07/23(Fri) 09:27:01

Re: 平和とは逃げないですむこと。 / kitamura
あなたのやぎさん

お忙しい中を、続けてお読みいただき有難う御座います。
「やぎさんの目」を拝見致しました。この頃の暑さの中、
やぎさんには、京都、横浜、池袋とお元気にご活躍のご様子、
素晴らしいことで、他人事ながら嬉しく感じています。
「北満の馬子唄」が好評だったのは良かったですね。北満からの
引き揚げ辛い過酷な旅の中での、誰かが歌う故郷を思う馬子唄の
心打つメロデーがとても印象的な小説です。
「小樽地獄坂」もそろそろ終盤になりました。昭和二十一年から
二十二年にかけては、社会も経済も思想もすべて混乱の中でしたが、
少しずつ新しい違った形も見えてき、二十二年五月には新しい憲法
も施行され、貿易も再開されるという年でした。そんな世間の中へ
私たちは地獄坂を下って行くわけです。
もう少しと言うところですので、やぎさんのご声援に応えられる
よう頑張りますので、宜しくお願い致します。

No.71 - 2004/07/24(Sat) 10:04:43
若いエネルギーが一杯 / あなたのやぎさん
第9巻「春来たる。やっと始まったわが緑が丘」
読了しました。
昭和21年4月。多くの学生たちが続々と小樽へ戻ってくる。やはり学徒の士。学び舎が最高の場所。明るさが漲ってきますよね。例え貧しくとも耐えられる。涙が出るほどの感動が感じられます。
どの時代でも若いっていいですね。頭が柔軟だからでしょうか。新しい時代に向う意気込みを感じました。
あの時代の若者が戦後高度成長の担い手になっていったのですね。
辛くても頑張れる。今もその気持ちが大切です。
読んでいて元気を貰いました。

No.68 - 2004/06/25(Fri) 15:57:43

Re: 若いエネルギーが一杯 / kitamura
あなたのやぎさん

何時も読み続け、励ましを戴き本当に感謝しております。
私たちには何時までも消えることのない記憶として生きていることですが、北海道新聞にこんな記事が出てていたそうです。
「太平洋戦争末期に造られた木製トーチカ(防御陣地)と見られる跡が、十勝大樹町の丘陵で発見された。木造であることは珍しく関係者は、物資不足でセメントが尽きたのか、などと推測、戦争を考える貴重な歴史遺産としてさらに詳しい調査を続ける」。
 トーチカの推定図も掲載されており、それは私たちが大樹村で懸命に丘を掘って造った機関銃座に間違いありませんでした。
あの「重機関銃座」も「木造トーチカ」とでも言わないと今では通用しないのだろうと思っていたら、同期の石原源吉君から
「新聞記事の中で、「歴史遺産」なる語句に接し、日本人があの戦争について黙しているうちに、五、六十年で『歴史遺産』に・・、あそこで働いていたオレは『モヨロ貝塚人・・』か」と苦笑めいた来信がありまし。
 私たちの郷愁かも知れませんが、歴史遺産であるよりも一つの青春の記憶としてもう少し続けて行きますので、何卒、宜しくお読み下さるようお願いいたします。

No.69 - 2004/06/26(Sat) 13:10:04
北海道情報発信サイト! / えいじ [北海道] [ Home ] [ Mail ]
初めまして、生まれも育ちも北海道のえいじって言います。実は北海道の情報を発信するサイトを作成しました!北海道の観光地サイトを掲載しています。また特産品、格安航空券、ホテル等をご紹介しております。北海道の魅力を沢山の人達にお伝えしたいと思います。今の季節、北海道はとてもいいですよ!まだまだ情報不足ですが、一生懸命頑張りますので是非ご覧下さい!僕のサイトが何かお役に立てれば嬉しいです。
URL→ http://hokkaido-s.jp

No.67 - 2004/06/23(Wed) 19:11:38
長い長い冬休み / あなたのやぎさん [関東] [ Home ]
第8巻「長い長い冬休み」読ましてもらいました。
多くの方の手記をまとめて作り上げる粘り強い作業に敬服しております。
戦後の物資の枯渇した厳しい時代を振り返ると、よくやってきたなと感慨一入だと思います。
私は昭和21年7月に満州から引揚げて参りましたが、子供心にも食べ物のない時代でひもじい思いをしていたことだけは忘れられません。
今でこそ、言えるあの時代の思い出。個別具体的であるからこそ説得力のあるものになっているのだと思います。
これからも益々のご健闘を祈っています。お¥

No.65 - 2004/05/21(Fri) 18:05:58

Re: 長い長い冬休み / kitamura
あなたのやぎさん

続きがだいぶ遅れていましたが、早速にお読み戴いて
ありがとうございました。
今の若い方たちには60年近い昔の話ですから、歴史の中の物語のような感じで読まれているようですが、私たちは、戦後の日本の国家観、価値観の大変動を一番ものを考える学生の時代に経験してきたのですから、いくら苦しいことがあっても、皆にとっては一生忘れられない三年間だったのです。
 長い記録ですのでやぎさんのように、最初から続けて読んで、励まして下さる方には本当に感謝しております。
 遅れ遅れですが、「長い冬休み」の次には「春来たる」を予定しており、私たちの戦後が始まります。
これからも宜しくお願いいたします。

No.66 - 2004/05/23(Sun) 19:56:38
おはようございます / 畑山邦彦 [ Home ] [ Mail ]
おひさしぶりです。
書き込みは久しぶりですが、「地獄坂」は読みに時々寄せてもらっています。25日に、緑丘会札幌支部の正副委員長会議があり私も参加しました。その時に、ホームページ等についての報告をしました。なかなか浸透していくのが大変ですが、色々な機会の度に啓蒙活動を進めていくことを確認しました。その時にうれしいお話が聞けたのでご報告いたします。「ホームページで紹介、リンクされている『小樽地獄坂』とても興味深く見ることが出来てよかったです。」というようなお話を参加者のかたからいただきました。先輩たちの頃の『小樽地獄坂』のように、いまの後輩たちの『新小樽地獄坂』も面白いかもとおもっています。これからも宜しくお願いいたします。追伸リンクのところに緑丘会札幌支部もいれていただけるとうれしいのですが。

No.63 - 2004/02/27(Fri) 10:15:53

Re: おはようございます / kitamura
書き込みありがとうございます。
緑丘会札幌支部のホームページも畑山さんのご努力でますます
素晴らしいものに発展しているのを拝見させて貰っていました。
「小樽地獄坂」を見ていただく同窓の方々が増えているのが
分かってきており、畑山さんのおかげと、大変有難く思っています。
リンクのことも承知いたしました。
『新小樽地獄坂』の示唆は大変面白いですね。自分たちが当たり前
だと思っていた学生生活が、世相の移り変わり、人生観の変化など
によって、時代が移ることによって意外と興味を持たれることが
あるようです。
 これは、先月の緑丘会新年交礼会で、秋山学長から現在の大学の
こと、独立行政法人化や、専門職大学院のお話を伺い、また、学生の
九割が北海道内の高校出身者であることも知り、隔世の感を覚えた
こともあっての私の実感です。
 今後とも宜しくお願いいたします。

No.64 - 2004/02/28(Sat) 11:03:55
学生運動 / あなたのやぎさん
私の学生時代は60年安保の時です。
若い世代の純真さが基盤になって学生運動はあったように思っていますが、その嚆矢は北村さんの時代なんでしょうね。
私はどちらかと言うとノンポリで後ろから見ているほうでしたが、結構大勢参加していましたね。まだ学生運動が四分五裂する前でした。
とかく学長などは攻撃の対象になりやすいのでしょう。
一般の社会人とは運動が少し違っていたように思います。一人合点が多いのかもしれません。

No.61 - 2004/02/15(Sun) 16:42:53

Re: 学生運動 / kitamura
あなたのやぎさん

いらして下さって有難うございます。

私たちの頃は、まだ学生運動というほどの組織も出来ておらず、
新しい日本を考えるにしても、革新的な思想といえば共産主義であり、
民主主義といってもアメリカの真似もできない、という中で多くの
学生たちは、一体どうしたらよいのかということを真剣に模索して
いただけだったと思います。
最初に私たちが意識したことは、戦争中の日本帝国のものの考え方を
否定しなければいけないということでした。しかし旧い体制の中で過ごして
きた多くの大人たちには、自分自身を否定しなければいけないこと
なので、簡単に新しい社会に順応することは非常に難しいことの
ようでした。
私などはそのような大人たちからは軽薄としか見られない、戦後派
(アプレゲール)と言われるような傾向に興味を惹かれていました。
 戦後直ぐの時期には、共産党が急激に力をつけ、過激な一部の学生が
参加して活動していましたが、学生運動はまだ少数のものたちだけで
大勢の学生が運動に本格的に参加するようになったのはやはり日米安保
の頃からではないでしょうか。

No.62 - 2004/02/15(Sun) 20:51:54
こんばんは / グリ
たまきさん、kitamuraさん、こんばんは。
実は年始に何度かお伺いしてご挨拶申し上げようか迷ったのですが、仰々しいかと思い遠慮させていただきました。
今更ですが、本年もどうぞよろしくお願いします。
寒い日が続きます。
お二人ともどうぞ、お体に気をつけて、サイト運営、頑張ってください。
応援しています。

No.59 - 2004/01/13(Tue) 22:59:18

Re: こんばんは / kitamura
グリさんには大変お世話になっていながらご無沙汰ばかり
申し訳なく思っています。
時々はグリさんのところを覗いて、美しい絵、楽しい絵本などを眺めています。何故かグリさんの世界に入ると、気持が落ち着き、心が慰められます。何故でしょうね。
今年も皆さんに励まされながら、マイペースですが頑張って行きますので、宜しくお願い致します。応援、本当に有難うございます。

No.60 - 2004/01/14(Wed) 11:56:42
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