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♪配偶者の会♪井戸端掲示板

パートナーにアスペルガー症候群を持つ、配偶者のための掲示板です。
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何年か後には、『発達障害者支援法』の13条・家族の支援〜
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寝屋川事件(1) / KS
* はじめにお断りしておきますが、この投稿は「発達障害者=犯罪者になりやすい」ということを言うためのものではありません。実際、数字の上からは、発達障害者の犯罪率は定型より低いそうです。

佐藤幹夫『17歳の自閉症裁判―寝屋川事件の遺したもの』(岩波現代文庫)という本を読みました。これは、2005年に起こったもので、17歳の少年が、包丁2本をもって、大阪府寝屋川市立中央小学校に侵入し、男性教諭1人を殺害、女性教職員2人にも瀕死の重傷を負わせた、というもの。「学校の安全」が問われ、各地で、学校の門の施錠などの措置が取られました。息子の学校でも同様でした。この事件の後しばらくは、息子が学校に行っている間、「大丈夫かしら。無事に帰ってくるかしら」と、毎日心配でした。

この事件で問われたものは、「学校の安全」だけではありませんでした。犯人の少年は「広汎性発達障害」を持っており、「発達障害と犯罪」や「発達障害者の責任能力」という観点からも注目を集めました。

私は、当時、発達障害については何も知らず、また特別な関心もなく、「学校の安全」の方にばかり心を奪われていました。「なんだか頭のおかしい人が起こした事件らしい。そんな人が学校に侵入出来てしまうなんて怖い!」ぐらいの低レベルの認識しかありませんでした。その数年後に自分の夫(当時)が、発達障害かも?と思うようになるとは、夢にも思っていませんでした。

寝屋川事件については;
http://yabusaka.moo.jp/neyagawasyou.htm

この本を読んで、色々なことを考えさせられました。発達障害という「文化」が、いかに定型の文化と「異なる」のか、ということを思い知らされた気がします。

自閉症とは何か?ということについての私の理解は、まだまだ浅薄なものでしかありません。が、ANさんの、現在の大人の発達障害者は療育を受けていないので自閉の特性がモロに出ているのではないか、というご指摘は慧眼だと思います。

私は、「定型=○、非定型=×」と言いたい訳ではありません。が、「ここまで違う」を肚の底から理解しない限りは、「先へ進めない」と思っています。前にも書きましたが、大人の発達障害の本は抽象的だったり、具体例が少なかったりで、いまひとつ、「ここまで違う」が分かりにくいのです。

子どもの自閉症についての本は、「ここまで違う」をリアリストの目で押さえた上で、子どもたちの将来を考えて行く、という真摯な態度に貫かれており、そのため、むしろ、「ここまで違う」が分かりやすいです。

「きれいごと」ではすまされない、本当に深くて広くて暗い「川」が、定型と非定型の間には横たわっているのだ、と思いました。

寝屋川事件を傍聴したある新聞記者さんの感想は:
http://fukutomim.iza.ne.jp/blog/entry/61050

上記サイトには、広汎性発達障害についての説明もあります。アスペルガーはこの広範性発達障害の一部だそうです。

私がこの本から学んだことを、みなさんとシェア出来ればと思います。少しずつ投稿したいと思います。

この本に書かれている犯人の少年の言動の「はぁぁぁ?」な部分とそれについての著者の分析は、私たちが苦しんでいる「はぁぁぁ?」の根本にあるものを鋭く描き出しています。あぁ、そういうことであったか!と、肚の底にずしんと来ました。(続く)
No.4950 - 2012/01/28(Sat) 02:27:48
 
 
 
 
寝屋川事件(2) / KS
犯人の少年は、裁判の場で、自分がおかした罪について、真面目に真剣に考えるのですが、彼が、真剣に考え、であるが故に正直に自分の考えを言えば言うほど、(生き残った)被害者や遺族や検察や弁護士や裁判官や傍聴人の頭の中は「???」でいっぱいになります。

たとえば、彼は亡くなった被害者の月命日に手を合わせることをしていたが、だんだん、手を合わせる時間が短くなっていく。で、なぜそうなったかと言うと、「面倒くさい」という気持ちが5%くらいある、と「正直に」言うのです。

定型は、「正直に答えろ」と言われても、心に浮かんだことのすべてを吐き出すことはないし、また、そう出来ない。場面や相手に応じて口にして良い事、悪い事を区別している、と著者はいいます。そして、なぜかと言えば、それは、「そこに相手がいるから」だ、と。

犯人の少年が、真面目になればなるほど、検察官や弁護士などの頭の中に、被害者や遺族を前になぜそんなことを?と、「違和感」が広がっていく。でも、これは、発達障害の人には「分かる」ことと「感じる」ことの間にギャップがあるからだ、と著者は指摘します。

そして、「分かる力」と「感じ取る力」は、それぞれ支え合い発達するのだけれど、この少年の場合「感じ取る」力の発達が途中で止まっている・・・ということがあるのだと。この「感じ取る力」は、人とのかかわり合いを繰り返すことで身につく。裏返して言えば、人との関わりがいがなければ「感じ取る力」を身につけることが出来ない。そして、発達障害というのは、人との関わりにおいて「弱さ」がある、ということなのだ、と著者は指摘します。

弁護士さんも発達障害の本を読んだり、専門家に話を聞いたりして、一生懸命犯人の少年を理解しようとするのだけれど、彼と会って話すと、とまどう。

弁護士さんの一人は「聞かれていることの意味は分かって、一見受け答えしているように見えるけれど、実は対応していないんだ、ということが分かるまでに時間がかかりました」と言ったそうです。

難しい本を読むのにも慣れており、また、立場上、専門家からレクチャー受けることも一般人より容易な立場にある弁護士さんでも、「実は対応していない」ということが分かるのに時間がかかるのです。私たちがとまどい、そのとまどいの中で翻弄されるのは無理もないでしょう。

事件直後、家裁で被害者遺族の意見聴取があった時、遺族は大事な家族を亡くしたばかりで、辛さ、苦しさを訴える。少年の隣で、母親も号泣している。でも、少年は顔色一つ変えない。弁護士さんは、これを目の当たりにして驚き、この障害が深刻で、「質的なもの」なのだ、ということを初めて理解した、と言います。それまで頭でしか分かっていなかった、と。

証人として証言に立った医師は、調書に書いてある「目を合わせない」「ときどきにやけている」という点について問われ、これは非言語コミュニケーションの障害であり、「対人相互反応の質的な障害である」と答えたそうです。つまりは、人と接する時に表情、身振り、視線の使い方を「その場にふさわしく」使えないということである、と。

また、少年の「独特な言葉使い」についても、この医師は問われました。弁護士が少年が日記を書いていることについて、「どんなふうに書いているのか」を尋ねたところ、「叙事的に書いたり、叙情的に書いたりする」と答えたそうなのですが、弁護士さんは、これをとても特徴的に思ったということで、医師の専門的な見解を求めたのです。

医師は、アスペルガーの人は言語能力に問題がないと考えられがちだけれど、実は、「特徴的な」言語の使い方をする人が多い、と答えました。

私が元夫に感じていた「違和感」や、話しても話しても話が重なっていかない原因も、根っこのところでは、こういうところにあったのでしょう。

この重篤な「違い」の存在を直視しない限りは、定型の側は、無理なことを無駄に期待して、いたずらに傷ついたり消耗することになるのだと思います。

そして、非定型の側も、自分たちのやり方で行動しているのに、「意味不明」な批難、批判を受けて、二次障害に陥っていくのだと思いました。

非定型の人との対応で、定型の側が、闇の中で刺されたような思い(なぜこんな目に遭うか分からない。どこから攻撃がくるか分からない)を味わうのと同様に、非定型の人も定型と接していると「意味不明」の嵐の中にいるように感じるのでしょうね。

定型と非定型の建設的な関係も(アストン博士の言う第一の道)、逆に、傷つくことは嫌だから「互いに接しない」という選択も(第三の道)、あるいは、嫌だけれどやむを得ない事情によって共存しなければいけない場合も(第二の道)、この「とてつもない違い」の認識の上のみに成り立つことではないか、と思いました。(続く)
No.4951 - 2012/01/28(Sat) 09:28:50
 
 
 
 
寝屋川事件(3) / KS
主治医への尋問の中で出て広汎性発達障害の人の「特徴」としてあげられていた点で興味深かったのは以下。
@情報を自分の中で適切に処理できない。(少年は、インターネットである宗教団体が社会の裏で暗躍しているなどの「裏社会」の存在を知り、こんな情報を知ってしまった自分をその宗教団体が殺しにくるのではないか?と怯えていた)
A情報との距離が適切に保てない。(掲示板には新しいカキコミがあるので不安でチェックせずにはいられない。裏社会を批判するようなカキコミをした人がまた新しいカキコミをしていると、「あぁ、この人はまだ殺されずにすんでいる」と安心する)
B空想、妄想への没頭が病的にいたるプロセスが独特。(近所の不良におびえ、「かつあげされるのでは」「それを契機に次々たかられるのでは」と妄想が膨らんでいった。死、死体などのサイトもよく見ており、そこから加害妄想も膨らんで行った。自分をいじめた人物を頭の中で残虐に殺していった)
C「高次対人状況」(自分の処理能力を越えた対人状況)に直面すると混乱、動揺する。(女性とも多少おつきあいめいたことがあったらしいが、うまく対応できなかった。そのことが、精神の安定を乱した面もある)
D発言と行動の間のハードルが低い。(定型も「死にたい」とか「殺したい」とか言うことはあるが、行動を起こすまでには「高いハードル」がある)
E言葉の意味を「知識として」理解していても、それは定型の人が理解するのとは違っている。(「殺す」という言葉の意味を知識として知っていても、それを定型と同じように分かっている訳ではない)
F辞書的意味での言葉の理解に遅れはないが、意味の理解に、語感、ニュアンスがともなわない。ひとつの言葉が文脈、状況で意味合いを変えることの理解が遅れている。(「ぶっ殺す」という表現を頻発する青年の例が出て来ていた。そうした過激な言葉は過激な場面で使うものだが、ごく軽い場面でも使ってしまう)

筆者は「言葉は文化の産物」と言います。発達障害者の関係性の遅れが、この「文化」を読む力を疎外している。人間は社会的存在、関係的存在だが、この関係に入る能力が劣っていると、言葉のニュアンス、語感、文化性を修得することの遅れをもたらす、と。

そして、言葉の問題は、認知・認識・行動の問題に関連する、と。よく言われる、発達障害の人の認知が「部分」に集約し、「全体」を把握出来ない、というのもここに関係しているそうです。「席に座らずに立つ」という行動が、ときに礼を失することになったり、誰かに席を譲る意思表示であったり、相手を歓迎する意味であったり、と、状況に応じて意味を変える。彼らには、場に応じた行動の選択が困難なのだ、と。

彼らには、自分を状況に応じて対象化する目をもたないのだそうです。検察官が少年は「人から見れば常識から外れていて、おかしく思われるということを、分かっていてやっている」のか?と質問したそうですが(責任能力の判定をするため?)、著者は、これこそが、「自分を対象化する目」だと言います。少年は、
なぜ「人からおかしく思われるのか」が分からない。でも、周囲のまなざしや言葉が容赦なくやってきて、それらがからかい、侮蔑であることは、知的な遅れがない彼には理解できる。が、「なぜおおかしいのか」が理解出来ない彼らはそのギャップに苦しむことになる。

元夫も、よく「場にそぐわない」発言をして周囲に引かれる・・・ということがあったのですが、それは、「文化を読む力」「場を読む力」がなかったからなのかもしれないですね。

元夫から「大事な話がある。離婚したい」と、改まっての申し出があったけれど、それは、この本の著者があげた「ぶっ殺す」を軽い気持ちで使う程度の意味合いしかなかったのかもしれませんね。

女性問題において、相手の女性にプロポーズする、という、定型だったら「ハードルの高い」発言も、軽い気持ちで出来てしまったのかもしれませんね。しかも、定型なら、そんな重大な発言をするからには「責任」を伴うということが、分かっていますが、彼らには、それが分からないのかもしれませんね。

こうやって、「違い」を知れば知るほど、絶望的なまでの「溝」があることが分かります。が、私に分からないことは、「で、どうする?」ですね。

元夫の相手の女性だって、いい迷惑ですよね。軽い気持ちでプロポーズされて、「つい言っちゃったんです」と言われたって。(私にはそういう言い方をしてましたけど、本人になんていってるかは知りません)

人は「言葉」を通じて関係を作って行きます。その「言葉」の持つ意味が、ここまで違うのなら、彼らと一体どうやって関係性を築けるのでしょうね。友達くらいならなんとかなりそうな気もします(実際、私は親しい非定型?な友人がいます)。
でも、結婚というような、2人で協力して、いろいろなことを決め、実行していかねばならない関係、子育てというような、大変な事業を一緒にやっていかねばならない関係において、相手と「言葉が通じない」ということをどうやって克服していけばいいのでしょうね。

相手が何か言った時に、その「真意」を確かめるのも、「言葉」によってです。簡単な日程調整すら、元夫との間では膨大なやり取りが必要でした。待ったなしの子育てを、そんな悠長なことやってて、どうやってやれるのでしょう。

立派に幸せな関係を築いてられる方もいらっしゃるので、単に、私が非定型との結婚には向かない・・・というだけかもしれないですけど、でも、厳しい道です。
私には無理です。
(続く)
No.4956 - 2012/01/28(Sat) 23:20:33
 
 
 
 
Re: 寝屋川事件(1) / AN
KSさん 今晩は

ちょっと体調が悪く 先程数日振りに掲示板を覗かせていただきました。

何と申し上げたらよいのか ASを夫にもつ身と(定型と思われるが)子供を持つ身の両方の立場に立って読みますと、言葉もありません。

とりわけ犯罪を犯したお子さんのお母様の身を裂かれるような ご心痛いかばかりかと 心が痛みました。

実は私はまだ 完全に立ち直れていなくて 夫の言動と余りにも近い文章や ここの掲示板に出会って間もない方々の「慟哭」を読むだけでも 少し気分が悪くなったりします。

それ程 一人で「思案に暮れて」きた日々は地獄のように辛い思い出ばかりです。
 
>
> 定型は、「正直に答えろ」と言われても、心に浮かんだことのすべてを吐き出すことはないし、また、そう出来ない。場面や相手に応じて口にして良い事、悪い事を区別している、と著者はいいます。そして、なぜかと言えば、それは、「そこに相手がいるから」だ、と。
>

そうですね。定型どうしでは たとえ喧嘩などしても それは「売り言葉に買い言葉」という場合もあるでしょうが、 

「そこに相手がいるから」 口に出していい言葉と それを言ってはお終いという言葉を 瞬時に選んで言いますよね。

また 言い過ぎてしまった時の「フォローの言葉」も 知っています。相手が心を痛めたときの 誤り方、慰めの言葉など、

主人の場合は この定型では有り得ない「バカ正直さ」というか 「え!」とこちらが一瞬 言葉を失うような「行き当たりばったり」の返答が 返って私を「痛めつけて」いました。

話していることへの「理解力の無さ」プラス「自省の念の無さ」です
おまけに 自分がパニくって言って仕舞ったことを 後の言葉でキチンと「フォロー」するという 知恵も無く、

言い放っておきながら こちらが そこをつくと
今度は とんでもないところから「言い訳を引っ張り出してきたり」の繰り返しでした

アタマが真っ白の時に口にしたことは 「絡み合って」後々自分でも 何処をどう言い訳したかすら わからなくなっていたようです。

また 「目を合わさない」「にやける」と 定型には すまないと思っていないような「ふてぶてしく見える」ような行動も 度々あります。
「相手の心」に思いを馳せられないからでしょう。「人格を疑われる」言動が 尽きません。

行き詰って とうとう「悪かった」と言う時でさえ 心からではないことは歴然としています。

「自分の 心の中には無い気持ちを」無理やり 人がすることだから 「真似るように 振舞う」と言いましょうか。。。空虚な言葉の羅列で、そこには「心」が見えないのです。 

自分の頭や心で 確かに「感じ」ていないことを 口先だけで
「モウシワケ アリマセンデシタ」と ロボットが話すように言っている気がします。

だから そんな「真似をしているだけの 夫」にこちらは 余計に傷つくのです
>
>> 弁護士さんの一人は「聞かれていることの意味は分かって、一見受け答えしているように見えるけれど、実は対応していないんだ、ということが分かるまでに時間がかかりました」と言ったそうです。
>

受け答えしているようで「実は対応していない」
そうそう そんな感じです。
> >
> 医師は、アスペルガーの人は言語能力に問題がないと考えられがちだけれど、実は、「特徴的な」言語の使い方をする人が多い、と答えました。
>
> 私が元夫に感じていた「違和感」や、話しても話しても話が重なっていかない原因も、根っこのところでは、こういうところにあったのでしょう。
>


私も夫の「独特の言葉使い」の傾向に 早くから気づいていました。 そこが かみ合わなさの「おおもと」にあることを。。。
>
> そして、非定型の側も、自分たちのやり方で行動しているのに、「意味不明」な批難、批判を受けて、二次障害に陥っていくのだと思いました。
>

そうですね。夫の親、兄弟すらわかっていません。
「何が 不満なのか!」という態度です。
医師はわかっていますけれども・・・

だから KSさんの書いてくださるような「事件」を読むことは
辛いことではありますが、夫のように 親にも兄弟にも「療育」を受けられず 大人になってしまった 大人のASは「貴重な時期を逸してしまったようで」 非常に残念です。

「重い事実」を受け止めて そのことを「深く知り」多くの人が きちんとした知識を持つこと、医者は勿論、 親、兄弟、友達 学校の先生、弁護士、そして「社会」に 広く理解されること、 そうすれば このような悲劇は 社会にAS概念が無かった頃の「昔話」になってくれると思いますし ここの掲示板へギリギリでたどり着く「配偶者」も減ると思います。

KSさん 大人のアスペルガーの「対処法 家庭、職場ヴァージョン」などの 単なる「KYな人との 接し方」程度では ダメですね。

また 気分を治して 続きを拝見します。ありがとうございました。
No.4957 - 2012/01/28(Sat) 23:28:54
 
 
 
 
ANさん、ありがとうございます / KS
>ANさん

レスありがとうございます。ここまで書くことにはためらいもありました。が、多分、ここを直視しない限りは、ここを通過しない限りは、結局、どうどうめぐりしかないのだろうな、と思い、書いてみることにしました。私も、少年の母親の悲しみを思うと、胸がつぶれる思いです。

このカキコミは、自閉圏の子どもさんをお持ちの方(とくにそれに気づいたばかりの方)には不快かもしれないと思いました。

ただ、多くの自閉圏の子どもさんをお持ちの方(それに気づいてからしばらく経った方)は、子どものために、厳しく現実を直視した上で、子育てと格闘されておられる。子どもの自閉症について書いてある本には、「できないこと」の具体例が詳しいです。きれいごとの抽象論では、ダメだということを、書く方も読む方も分かっているからでしょう。そして、その現実の上に、とてもステキな子育てをなさっている自閉症児の親御さんも多いでようです。

私も、この掲示板が「頼り」でありながら、この掲示板を読むのは辛いことも多かったです。その時々の体調を勘案しながら、訪問の頻度を決めていました。そして、それは、今も同じです。

お互い、辛い日々が続きますが、心身の健康第一に、無理をせずに、一歩ずつ進みましょう! どうぞ、お身体を大切になさってくださいね。

ANさんがレスを下さったので、少し気持ちがラクになりました。ありがとう!
1日も早くこんな掲示板が不要な社会になる日が来るといいですね!
No.4958 - 2012/01/29(Sun) 00:02:09
 
 
 
 
寝屋川事件(4) / KS
通常、犯罪が起こると「動機」との関係が問われます。『犯罪白書』の殺人の項目は「動機別」に分類されています。

少年は、「うつろな気分」に陥いっていた時に、「S先生刺す」という言葉が頭の中に浮かび、学校に向かいました。S先生というのは、少年の主張によれば、自分がいじめられいていた時にきちんと対処しなかった担任です。

が、学校でS先生を探すでもなく、別の教師や職員を次々刺しているのです。子どもを刺そうかと思ったけれど、子どもを刺すと同情が得られず、罪が重くなるからやめておこうというようなことを考えた、ということも供述しています。

「S先生がいじめの対処をしなかった→恨み→S先生を刺す」なら、分かりやすい。が、そうではない。少年の「動機」は一体何なのか?ということが分からない。

動機を「従来型のストーリー」として描けない。となると、従来の「理屈」での「殺意の認定」が困難となる。

そして、一般的には殺意の大きさと動機と行為には相関関係が見られるのに、この事件では、そのバランスが崩れている。重大な動機がないのに、行為の残酷さと被害の甚大さがとてつもない。

そもそも、法律を初めとするさまざまな社会制度は、定型が「人」という概念で捉えているものを前提として作られている。しかし、定型が「人」と考えているものは、ヒト科の生物全体ではなく、あくまでも「定型のみ」なのです。

非定型は、もちろんヒト科の生物です。しかし、定型が「人」とくくって理解しているものとは異なるのです。定型が、実は、定型のみに基づいて作成した「人」概念に基づいて構築した社会制度は、非定型の行動とは齟齬をきたすのです。定型の作った社会は非定型には「合わない」のです。

少年は、被害者や遺族に対して、申し訳ない気持ちはある、と答えました。「心の底から謝罪の念がわき、二度と犯罪を犯さない人にならなければいけないと思う」と答えました。しかし、「今はまだ心の底からの謝罪の念は持てずにいます」と言うのです。

少年は、定型の目からすると「ひどい!」と感じられる言葉をさらに重ねます。この本の筆者は、発達障害の人に寄り添う立場の人です。その筆者でさえ、「まさかここまで」と愕然とした、というような言葉が日記に書かれたり、語られたりするのです。

裁判官は「こういうことを日記に書くとまずいんじゃないか、と思ったりしないのか」と聞きます。少年は「あくまでも正直にというのがありますので」と答えます。

ここは、アスペと定型がしばしば「文化摩擦」を起こす大切な点です。

著者は、謝意があっても、それが表現されない限りは、それは「ない」ことになる、と言います。事故、不始末の際、どれほど深く反省していても、第三者の前で「詫びる」という行為がない限りは、「謝罪無し」として、糾弾をあびることになるはずだ、と指摘します。

著者は、謝罪は本人の「こころ」の問題ではあるけれど、「社会的ルールに服し、それを遵守する」という態度の表明という側面もあり、ときに、そちらの方が大事だとみなされる、と言います。謝罪は社会的な「形」の中で表明されてはじめて謝罪として表現され、受け止められるのだ、と。

少年の「謝罪の感情が心底根付いていない」という正直な発言は、少年の「こころ」を語ってはいるけれど、自分に求められているものが何であるか、という社会的な振る舞いがりかいされておらず、役割の意識が内在されていない、ということなのだ、と著者は言うのです。

家族のある、生徒から慕われる先生を一人殺し、あと2名も瀕死の目にあわせておいて「謝罪の感情が心底根付いていない」と「正直に言う」ことが、少年にとっては、「まだ、謝罪の感情が心底根付いていないにもかかわらず、表面だけ謝る不正直」より大事なことなのです。

これは、よく当事者のブログで、アスペの方が、書かれていることと共通しています。「定型は不正直」「裏表がある」「不誠実」「信用できない」など。

少年にとっては「正直」が一番大事なことなのでしょう。でも、これだけの犯罪をおかして、「正直」に「謝罪の念が心底根付いていない」ということが、どれだけ被害者や遺族を傷つけるかは分からない。そうなんです。「分からない」のです。

いや、多少は分かるのかもしれません。が、とりあえず、100%でなくても80%の謝罪の気持ちを表現する、というのは、少年にとっては、多分、正直ではない、堪え難い行為なのだと思います。

定型の側からすれば、これは絶望的な違いです。簡単に越えることの出来ない違いです。が、非定型の側も同様なんでしょうね。定型が作ったルールに従うのは、苦痛で仕方がないのです、多分。

で、そうなると、その先の「反省」や「更生」の可能性ということが、問題になってきます。

「S先生、刺す」という言葉が頭に浮かんだから学校に行った→S先生ではなく他の教職員を刺した→でも、心底謝罪の念を持てていない

となると、この先また同じことをするのではないか? 

「動機→殺人」の流れも、「犯罪を犯す→反省する」の流れも、定型と非定型は全然違うのです。この重要な相違を、今の法律は反映していない。だから、非定型を定型の法律で裁こうとすると、齟齬をきたす。

恐ろしいまでの相違、心が寒くなるような相違、気が遠くなるような相違、絶望的な相違。

とにかく、ここまでの相違がある、ということ、その理解抜きに先に行くと、とんでもないことになる。互いに。定型もだけど、非定型も。多くの非定型が二次障害を起こしてしまうのも、ここまで違うのに、定型が、非定型に定型のみをもとに作られた「人」概念をあてはめ、それに従わせようとするからなのだと思います。

ここまで違うのに相手を同じ「人」だという前提で行動していたら、何度も裏切られ、ショックを受け、傷つき、病んでしまいます。元夫と私の関係は、互いにそうだったと思います。私も傷つきましたが、元夫も、自分が考える(非定型的)「人」の概念に私の言動があてはまらなかったのでしょうね。
(続く)
No.4966 - 2012/01/31(Tue) 10:04:50
 
 
 
 
Re: KS様 / はな
はじめまして、はなです。
いつも、KS様の投稿を興味深く、拝見させていただいています。
本当に勉強になります。ありがとうございます!

この事件は、けして他人事ではありません。
低学年のアスペルガーの息子は、週に一度、療育を受けながら、勝ち負けのこだわりを訓練したりソーシャルスキルを学んでいますが、
普段の学校生活にとても疲れています。
脳のシステムがそうさせるのか、とにかく怒る事が多いです。
支援級にいてもやはり辛い事は多く、特に先生の発達障害への無知識から起こる出来事が多く、胸を痛めています。
強い口調で叱られると、自分が悪かったと反省するどころか、パニックになり、向かって来ます。私が子供の頃は、権力を振りかざす先生も多かったです。

子供の話ですみません。
大人は無理としても、子供にだけは、なんとか助けて行きたい。
教師や友達、親ももちろん、恨みや辛さだけが胸を支配して成長しないように、出来る限りの事をしてあげたいです。

途中ですみません。うまくまとまりませんでしたが、また、書き込ませて頂きます!

こちらの皆さんのお気持ちが、痛い程わかります。
今日も、一日、乗り切ります。
No.4968 - 2012/01/31(Tue) 13:03:57
 
 
 
 
子どもの場合 / KS
>はなさん

子どもはなんとか助けたいですよね。

非定型の人で、自分は非定型かも・・・と思ってる人は、きっとものすごい負荷の中にいるんだと思うんですよね。定型が無意識で出来る(定型も人との関わりの中で訓練を重ねてはいるのだけれど)ことが出来ず、何をやっても怒られたり、バカにされたりする。それを「ごまかして普通のフリ」をしようとするとすごく疲れるんだと思います。

周囲が「この人、本当に出来ないんだ!」というのを理解して、定型と同じ反応を「期待しない」ようにならないと・・・と思います。これは、「バカにする」とか「差別する」ということとは違います。

前にも少し書いたのだけれど、非定型の子どもの人生が「生きやすい」ものになるかどうか、周囲から攻撃されて二次障害に陥り辛い人生になるのかどうか、というのは、知能の高さや障害の重さで決まるのではなく、親や学校がどれだけその子を受容したか、必要な療育(あるいは無意識の療育的なもの?)を受けたかどうか、ということで決まるそうです。

いい大学出て、いい会社に入っても辛い人生になる場合もあれば、知能の遅れもあり発達障害の度合いが重い場合でも、その子「そのもの」として周囲が受け止めて、「違い」は「違い」としたままのつき合いが出来たり・・。

簡単なことじゃないし、きれい事じゃすまされないと思います。親だってキャパに限界がある。聖人君子じゃない。子どものアスペ傾向に傷つけられて悲しいことだってある。

でも、どうぞ、はなさんの子どもさんの辛さが少しでも減りますように。幸せの多い人生となりますように。そして、はなさんと子どもさんが一緒にいて「楽しい」と感じる時間が増えますように。

iroriaさんの「サボテンと雪椿」はきっと参考になると思います。どうぞ訪問してみてください。良い本も沢山紹介されています。
No.4977 - 2012/02/02(Thu) 08:29:17
 
 
 
 
寝屋川事件(5) / KS
裁判は、少年の「治療可能性」の問題も検討しました。それは、少年の「更生」の可能性とも関係してくるからです。医師が証人として、さまざまな質問に答えました。

まずは、一般論として広汎性発達障害の治療についての質問があり、医師は以下のように答えます。

@早期治療:3歳くらいまでに発見。1)中核的ハンディキャップである対人性をターゲットにするものと、2)そこは変わらないのだから、と、強いところを生かし、対症療法的に関わる、という2つのアプローチがあるそうです。
1)については、世界中の研究者が研究中で、決定打はまだないけれど、この時期に療育を受ければそうとうの改善が見られることが分かっているとのこと。8〜9歳以前の場合は、1)を目指すそうです。(それ以降だと1)は無理)

A10歳以降:発見が遅い場合は、その時点で、生活上社会上のハンディキャップ以外の二次的、三次的問題の積み重ねが起きているので、それをひとつひとつ解決する。それにより、生活適応が改善される。周囲にハンディキャップを理解してもらう働きかけも同時並行。

上記の一般論を押さえた上で、裁判は、少年についての話に移って行きます。証人である医師の説明は印象的でした。

犯罪者が「更生」する場合、自分がやったことを振り返り、内省し、実感し、更生に転換していく。しかし、広汎性発達障害の人は事情が異なる。社会的に不適応を起こした時に、悪気もなく、ぱっと重大行動をとってしまう場合があるそうです。彼らは「反社会的」というより「非社会的」であるがゆえに、「ぱっと」重大事件を起こしてしまう、というのです。そして、起こしてしまった後も「内省」ということが難しい。

証人の医師は、犯罪を犯した発達障害者も、ハンディキャップの克服や周囲の理解によって、生活困難が減れば、更生する場合もある、と言いました。

しかし、著者はこの医師の証言に対し、問題提起をします。

これまでの矯正教育は「反省→更生」という道筋を前提としていた。しかし、発達障害者に、定型のような反省の言葉や謝罪感情を求めることは困難である、と。そして、証人の医師が言っていることは、「反省はしないが更生はする」という従来の考え方からすると「奇妙な事態」が生じることになる、と。これをどう考えたらいいのか、と。

ここでも、「人=定型」を前提とした制度が非定型にはあてはまらない、ということが起きています。

障害のある人が「非社会的」であるが故、ことの重大さを理解せず、「ぱっと」重大事件を起こしてしまう、というようなことが起こるのでは、安心して暮らせません。事件が起こった後、犯人を「更生」させる「定型仕様」のやり方が機能しないのでは、彼らが再び檻の中から出てきた時の社会の安全が確保出来ません。

「人=定型」の社会制度ではなく、非定型にも対応出来る、二重構造の社会制度が必要になってくるのだと思います。

これだけの事件を起こしておいて「反省」がない。いや、「反省は出来ない」。そういう心のメカニズムがないから。

それを「ひどい!」とか「冷酷!」とか言ってもはじまらない。彼らには、それが欠落しているのだから。

本来、実刑というのは、「罰」でもあるけれど、その「罰」を受ける中で更生することも目的です。非定型に、「人=定型」を前提にした実刑を与えても、それは必ずしも更生にはつながらないわけです。ここでも、「人=定型」を前提とした制度が非定型を前にして機能不全に陥ってしまうことが分かります。

元夫は、女性問題や金銭問題についての「反省」がない。「(家庭にとっての)重大事件」を「ぱっと」起こしてしまう。しかし、それについて、定型的な意味で反省したり更生したりすることはない。すべては「他人のせい」です。

ここに来ている方の配偶者でも、深刻なケースですと、借金を繰り返したり、女性問題を繰り返したりして、しかし、まったく悪びれない、たとえ、口では謝って見せたりしても、「更生」につながらない、という場合があります。「反省→更生」というメカニズムが働かないのです。

やんばる先生が、出されている話の中に、AC♀とアスペ♂の結婚で、AC♀が治癒してきてカップルの危機が訪れた時に、アスペ♂の側がAC♀に従う形になると(AC♀がすべてを仕切って、アスペ♂がそれに従うという感じ?)表面的には極めて上手く行くようになる、とおっしゃってますが、これが「家庭内重大事件」の場合の、「反省はないが更生はある」っていうことになるのでしょうかね。

いずれにしても、「こんなに違う定型と非定型」の深刻さをまたしても感じました。
(続く)
No.4992 - 2012/02/04(Sat) 10:15:24
 
 
 
 
Re: ありがとうございます / はな
KS様
お返事を下さってありがとうございました。
とても嬉しかったです。
自分の話に返って来る、温かく、理解あるお言葉が胸にしみます。

> 非定型の人で、自分は非定型かも・・・と思ってる人は、きっとものすごい負荷の中にいるんだと思うんですよね。定型が無意識で出来る(定型も人との関わりの中で訓練を重ねてはいるのだけれど)ことが出来ず、何をやっても怒られたり、バカにされたりする。それを「ごまかして普通のフリ」をしようとするとすごく疲れるんだと思います。

夫と子供を見ていると本当にその事が良くわかります。
息子は、「普通のフリ」もクラスの自分が面白いと感じる子のコピーをする事みたいです。
だから疲れるのだと思います。

> 周囲が「この人、本当に出来ないんだ!」というのを理解して、定型と同じ反応を「期待しない」ようにならないと・・・と思います。これは、「バカにする」とか「差別する」ということとは違います。

見た目ではまるでわからないし、ものすごく達者に喋るため、それが本当に難しく、私の最大の課題でもあります。
「本当に出来ないんだ!」<「本当に出来ないの?」という考えが、自分も非定型の人も苦しめるのかもしれませんね。
自閉症スペクトラムの方に「本当に(人の気持ちがわからない)出来ないの?」という考えは、足の無い方に「早く走れ!」と言うのが無理な事と一緒かもしれませんが、ぱっと見で誰にでもわかる列記とした証拠が無いので、なかなか理解されづらく、不幸かもしれません。なんて、偉そうに書きましたが、受容などまだまだ出来ない私です。

子供には教えたいという一心で、時に声を荒げて叱れば、息子はその声に対して怒り、自分が叱られている内容は全く消えてしまうかのようで、向かって来ます。「私が叱っていたはずでは⁇」とちんぷんかんぷんになる事があります…。
これは夫も共通で、いくら私にとって正当な理由で怒っても、それが故に感情的になっても受け止めるどころか、反射光の様に強烈に跳ね返って来ます…。私の声のトーンや、言葉のみに反応する、という事が結婚して約10年、やっと解りました。
私が始めから穏やかに話せば大体が話は収束します。
しかし、それは本当に心が消耗します。

最近、この掲示板を拝見するのが私も安定剤のようになりました。
そして、今までの夫の言動、態度が糸がほどけていくような感じです。
子供に障害があるとわかってからの夫の態度も、理解出来ます。辛くて泣いているそばで、一緒に悲しむでも、勉強するでもなく、ただ自分は社会人として仕事を全うしなければならないという頑なな意見。
私が体調を崩し、起き上がれず、息子の園の送り迎えすらまともに出来ない時に、
「本当は会社に○時までに行かなくてはならないが仕方ない。帰りの迎えは無理だからな。」と。
ならば園には連れて行かないで良いと、泣きました。迎えに行かれないからです。そんな毎日でした…。なんて、冷たい人と結婚してしまったのか。昨年「一緒にいてもひとり」を読み、涙が滝の様に出て、私の中で何かが変わりました。

話がまとまらず、意味が分かりづらかったら、すみません。

> iroriaさんの「サボテンと雪椿」はきっと参考になると思います。どうぞ訪問してみてください。良い本も沢山紹介されています。

教えて頂きありがとうございます。
早速拝見しました!「サボテンと雪椿」ものすごく共感しました!

長くなりましたが、読んで頂きありがとうございました。
八方塞がりになって光も見えなかった時に、全て投げ出し命を絶たなくて良かった。方法はいく通りもあったのですね。
今は少し行く先が見える様な気がします。
No.4998 - 2012/02/06(Mon) 07:36:38
 
 
 
 
希望はあります / KS
>はなさん

> 自分の話に返って来る、温かく、理解あるお言葉が胸にしみます。
→そうなんですよね。長年失っていた「会話」「言葉のキャッチボール」。ここに来て、それを久しぶりに体験した時、私も本当に救われた思いがしました。元夫との重ねても重ねても重なって行かない会話。その理由が分からないための混乱。しかし、その辛さを、アスペ体験のない人に話しても分かってもらえない苦しさ。
この掲示板に来て、それを初めて分かってもらえ、受け止めてもらえ、慰め、励ましてもらえた。新しい方がいらっしゃると、その頃のことを思い出します。

はな夫(呼び捨てごめん)は、「普通のフリ」が出来る程度の知能の高さと学習能力があるのだと思います。元夫もある所まではそうでした。今も何とかごまかしてはいるようですが、キャパ越えしたとたんに破綻が出て来た気がします。そして、その破綻の出方に、私は元夫の「人となり」を見た気がします。「素」の人間があさましいのです。「素」の人間がもっと善良なら、ああいう破綻の仕方はしなかったでしょう。

> 息子は、「普通のフリ」もクラスの自分が面白いと感じる子のコピーをする事みたいです。 だから疲れるのだと思います。
→息子さん、きっと必死なんだと思います。定型の子も、周りを見てコピーしながら色々覚えて行く訳ですが、定型の子が1の努力で出来ることが、非定型には10くらいの負荷に感じられるのかもしれません。

> 見た目ではまるでわからないし、ものすごく達者に喋るため、それが本当に難しく、私の最大の課題でもあります。
> 「本当に出来ないんだ!」<「本当に出来ないの?」という考えが、自分も非定型の人も苦しめるのかもしれませんね。

→元夫も饒舌な人でした。だから、自分が場を仕切れる立場にあると、ものすごく上手く行くんです。でも、「やり取り」能力はないから、ちょっとトラブルが起きると、それをうまく収めることは出来ない。人間関係をばさばさ切るという形で対処していました。

「出来ない=劣った」という考え方が、親も子も苦しめると思います。でも、自分は「対人相互関係」を扱う能力が乏しい、という自覚なしに進むと、あとでより不幸になると思います。そして、何でも出来る子はいない。「出来ない=出来ない」であって優劣じゃない。

> 自閉症スペクトラムの方に「本当に(人の気持ちがわからない)出来ないの?」という考えは、足の無い方に「早く走れ!」と言うのが無理な事と一緒かもしれませんが、ぱっと見で誰にでもわかる列記とした証拠が無いので、なかなか理解されづらく、不幸かもしれません。なんて、偉そうに書きましたが、受容などまだまだ出来ない私です。
→親であれば、なおのことだと思います。自閉症の方には定型と同じパタンでは人の気持ちは分からないのだと思います。が、人の気持ちが全然分からない訳でもないと思います(人によります)。定型は「同じ=共感」となりがちですが、それが、定型も非定型も苦しめると思います。徹頭徹尾、「違う」ということを、見つめない限り、定型と非定型の関係はない、と私は思ってます。

しかし、「違う」者同士のコミュニケーションが不可能な訳ではない。そもそも私がここまで来ることが出来たのも、非定型の方から非定型の特質を教えていただいた、というのも大きいのです。見ず知らずの定型を助けてくださる非定型の方もいらっしゃるのです。

療育というのは、「定型との間でトラブルを減らすため」のものだと思います。もともとハンディのある人の方に負担をかけるものではないかと思っています。定型の子に対する非定型との対応の仕方、という療育も必要ではないかと思います。

ただ、定型の子への非定型との並存(私は共存とは言わない。異文化とつきあいたい人だけばつきあえばいい)教育なんてものは、まだ行われていませんよね、多分。

以前、ここでご紹介した『ロンドンアイ』というイギリスの子ども向けミステリーでは(残念ながら翻訳ないです)、アスペの主人公が集中して考え出したら声をかけない、とか、他にもいくつか、「この子が○○したら、僕たちは××する」という「非定型対策」が書かれていました。当時、元夫がアスペかも?とは思ってもいなかったので、具体的には忘れてしまいましたが。
>
> 子供には教えたいという一心で、時に声を荒げて叱れば、息子はその声に対して怒り、自分が叱られている内容は全く消えてしまうかのようで、向かって来ます。「私が叱っていたはずでは⁇」とちんぷんかんぷんになる事があります…。

→これ、よくあるみたいですね。定型は「内容」「声の調子」「表情」などを合わせて「相手が本当に言いたいこと」を判断していきますよね。非定型はそれが出来ないらしいですね。「表情」を読もうとすれば、「内容」の理解がおろそかになる。でも、「内容」だけで「言葉どおり」に反応すれば、場違いな対応となり、「なんて心ない人だ」となる。

非定型は、「打たれ弱い」部分もあるみたいです。自分が「怒られている」「批難されている」というのを声の調子で感じ取ると、そこだけに意識が集中してしまって、「内容」にまで行かないらしいです。

>私が始めから穏やかに話せば大体が話は収束します。
→素晴らしいですね。私は、そこまで到達する前に心が折れて、別れました。

>しかし、それは本当に心が消耗します。
→分かります。現状では、どちらがどちらに合わせてもお互い辛いだけ。
>
> 最近、この掲示板を拝見するのが私も安定剤のようになりました。

→私もそうでした。ここに来て、同じ苦しみを感じている人がいるのを知ってとても安心しました。そして、カサンドラ症候群という言葉を知ったのも大きかったです。「アスペの配偶者と暮らしていたら、病気になるんだ。アスペと結婚するってそれほど大変なことなんだ」ということを知ったこと。自分が可笑しいんじゃない、自分はおかしくなって当然の環境にいるんだ、と知ったこと。

➢ そして、今までの夫の言動、態度が糸がほどけていくような感じです。
→ルディ・シモン『アスペルガーのパートナーがいる女性が知っておくべき22の心得』は読まれました? これも、役立つと思いますよ。

>子供に障害があるとわかってからの夫の態度も、理解出来ます。辛くて泣いているそばで、一緒に悲しむでも、勉強するでもなく、ただ自分は社会人として仕事を全うしなければならないという頑なな意見。
→彼らは「察する」ということは出来ないので、具体的に「指示」しないとダメかもしれません。それがまたこちらとしては辛いんですけどね。「この本を読んで欲しい」などすると良いかもしれません。でも「読んで」だとダメかな? 「私が読んだことを伝えるので聞いて欲しい」みたいな感じ? 発達障害の子育てについては、良い本が沢山でてますよね。そういうのを読んで、親乃行動として押さえておくべきポイントなどは、そうやって伝えてみてはどうでしょう。

アスペの親は、子どもの年齢に応じた対応が出来ません。私の息子は、元夫があまりに理不尽な怒り方をして、一度自殺を考えたそうです。衝動的に屋上に上がって飛び降りようかと思ったそうです。私が不在のときにめちゃくちゃな怒り方をしたようです。

親子ともアスペで上手くいってる例もあるようですが、アスペ同士はうまく行かなくなると、定型×定型、定型×非定型よりさらに激しくうまく行かないようです。そのことも頭に入れて、はな夫教育も多少やっといた方がいいかも・・・です。だけど、これが疲れるのよね。自分の人生生きて、子育てして家事して、夫の人生まで生きなければいけないんだもん。

> 私が体調を崩し、起き上がれず、息子の園の送り迎えすらまともに出来ない時に、
> 「本当は会社に○時までに行かなくてはならないが仕方ない。帰りの迎えは無理だからな。」と。
> ならば園には連れて行かないで良いと、泣きました。迎えに行かれないからです。

→「連れて行ったら、誰かが迎えに行かねばならない」というのが分からないんですよね。定型的にはビックリ!なんですが、本当に分からないんですよね。でも、はな夫は、まだ教育の余地がありそう。多少ははなさんに協力しようという気持ちがありそう。ちょっと考えが足らないし、的はずれだったりしてるけど。

>そんな毎日でした…。なんて、冷たい人と結婚してしまったのか。
→「冷たい」のではなく、「あまりに違う」んです。「冷たい」とか「温かい」という概念を適用出来る相手ではないんです。辛いけど。

私も、ここに来たばかりのころは、元夫が「同じ人間」の範疇に入ってると思ってたので、「KSさん、彼らは対人能力に関しては3〜5歳の能力しかないんだよ。子どもと同じなんだよ」と言われると、抵抗がありました。でも、今は、その通りだと分かります。

私が紹介している本にもあるように、定型が「人」という言葉で自動的に思い浮かべているのはあくまでも「定型」なんですよね。だから、非定型の行動を見て、「人としてどうよ!」などと、思ってしまうんです。それ、でも、最初から「出来ないこと」「無理」を期待してるんです。

>昨年「一緒にいてもひとり」を読み、涙が滝の様に出て、私の中で何かが変わりました。
→「知る」ところからスタートですよね。「一緒にいてもひとり」であっても、やはり一緒にいたい魅力のある非定型がお相手である場合もあります。そういう場合は、工夫しながら、いい夫婦関係を作っていくことも出来るようです。

「サボテンと雪椿」の記事をひとつひとつ読みながら、また、iroriaさんとの対話を通じて、私は再生して行きました。iroriaさん、素晴らしい女性です。療育についても、詳しいです。はなさんの子育ての参考になると思います。

> 八方塞がりになって光も見えなかった時に、全て投げ出し命を絶たなくて良かった。方法はいく通りもあったのですね。
> 今は少し行く先が見える様な気がします。

→希望はあります。とくに子どもさんのことに関しては。親が愛情と知恵をもって接すれば、周囲から障害を個性として受け入れてもらえるようになるでしょう。私の周囲にも何人かアスペと思われる友人や血縁がいますが、幼いころの周囲の「受容」の度合いで、その後の人生が変わってくるように思っています。少ない例なので一般化するのは危険かもしれませんが。療育がなかった時代でも、親や周囲が「その子」を「その子」として受け止め、マイペースを認められて育った子は、自然に療育的な効果が出ているような気がします。そして、そのために身につけた自己肯定感が、余裕を生み「ちょっと変わってるけどいい人」と周囲が手助けしてくれて人生うまく回って行ってる気がします。まぁ、私の知ってる人は、仕事の能力が抜群なので、そのせいもあるかもしれませんが、仕事出来てもトラブル続きで潰れちゃう人もいますもんね。

大変な毎日だと思いますが、無理をせず、ご自分にもご褒美あげながら、一歩ずつ。お互い頑張りましょうね。
No.5000 - 2012/02/07(Tue) 13:06:34
 
 
 
 
PS(はなさんへ) / KS
もう、すでにご存知かもしれませんが、非定型の子どもの子育てについては、狸穴猫さんのサイトも参考になるかもしれません。ご自身が非定型です。再婚のご主人も非定型。しかし、前のご主人も非定型なので、非定型の夫(でダメなやつ)を持つ苦労はよくご理解されてる方です。同じ非定型でも、相手による、ということなのでしょうね。そのあたりを、狸穴猫さんは2人の夫の「自己肯定感」の違いか?と分析されておられます。

非定型の子をもつ定型の親にお願いしたいこと・・・というようなことも書いておられます。
http://maminyan.blog5.fc2.com/

30代後半で自分がアスペルガーだということを知った、solitudeさんのサイトも自閉症とは何か、というのを知る上で参考になりますし、自閉の子どもの苦悩を理解するのに有益です。親の立場から読めば、子育てのヒントが沢山隠されているように思います。
http://asupe.ya-gasuri.com/

非定型の子の子育てについては、情報もあるし、仲間いるし(親の会など)、なによりも専門家がついています。その方たちと連携して、やっていけば大丈夫です。はなさんの子どもさんの人生に幸多いことをお祈りしています。
No.5001 - 2012/02/07(Tue) 18:50:20
 
 
 
 
寝屋川事件(6) / KS
長くてすみません。おつきあいいただける方はもう少しおつきあい下さい。

次に同じ医師に対し、弁護人側からの反対尋問がありました。すでに書いたこととだぶるところもありますが、ご容赦ください。別の角度から、別の言葉で、別の例で説明され、私自身もストンと来た部分がありますので。

弁護人もまずは基本的な質問から入りました。つまり、広汎性発達障害とは何か?ということ、その最大の特徴である「対人相互性の欠如」とは何か?ということです。

これについては、概説書では表面的な説明しかしてなくて、本質が誤解されていることが多いそうです。私たちが一般向けの本を読んで、どこか物足りない、どこか、ストンと来ないのは、そのせいかもしれないですね。

「対人相互性の欠如」というのは、社交性がないとか、コミュニケーションが少ないか、というようなレベルの現象ではない、と、医師は言います。そんなレベルではなく、もっと根源的な部分での「欠落」なのです。

「私たち人類は」という主語を使って、医師は説明します。つまりは、「私たち人類=定型は」ということですけれど。

で、医師の言うには、「私たち人類は」、誰から教えられなくても、生まれたときから、母親の「あやし」に反応するんだそうです。そして、人がいるとぱっと人の方を見るんだそうです。

そうした赤ちゃんの頃からの「自然な人への反応」というものが、「人類には本来そなわっている」ということが、非定型の発見によって、逆に分かってきたというのです。そういうことが出来ない子がいる、ということの「発見」によって、「普通は」そなわってるんだ・・・ということが「発見」されたということでしょうね。

幼児になってくれば、少しずつ友達と関わりを持ち、「ごっこ遊び」をしたりするなどの年齢発達に応じた「対人反応的な儀式=遊び」が発達する。思春期になれば、恋という形が入ってさらに人間関係が複雑になったりする。そして、最終的に成人の世界に入る。

そのそれぞれの段階で「私たち」(=定型)は、とりわけ人に教えてもらわなくても、自然に身につく社会感覚がある、と証人はいいます。人に対して思わずレスポンス(反応)する、対面で話していると相手にタイミングを合わせてうなずく、など。そういう日常のすべてにわたって姿を現しているのが「対人相互性」だそうです。

他方、広汎性障害の人は、これを「知識」として獲得することは出来る。「人に会ったら挨拶しなさい」と言われれば挨拶は出来る。しかし、それが「本能的・直感的」な部分で体得されにくいんだそうです。そして、それが感情の発達に作用していく。なので、定型から見ると、非定型は「共感性がない」というよに感じられてしまうのだそうです。

知的能力の高い非定型(つまりはここに来ている人たちの配偶者)は、写真を見せて表情を尋ねれば、ほとんど正解を出す。「知的には」判読出来る。だけど、それを「より直感的に」理解したり、相手が怒った顔をしているから、こちらの行動を変更するとか、そいういう行動に結びつけることが出来ないのだそうです。

上記は、バロン=コーエンの「心の理論障害説」という自閉症理論の解説に基づいているそうです。この理論は、「人=定型」は、生得的に人の心を推測しようとする能力を備え、それが人類を繁栄させた理由なのだが、自閉症の人々には、この能力に障害がある、というのが基本的考え方だそうです。

「対人相互性」は、つまりは、「生得的能力」に近いもの、という考え方です。

非定型にこれが欠けているとするならば、私たちが、自閉圏の人びとを「人=定型」という概念にあてはめて、「人としてどうよ!」などと言うのは、とても的はずれなことです。「人」が「定型」しか含んでいないなら、非定型はそこには含まれていないのですから。「定型としてどうよ!」と非定型の人に言ったってはじまらない。共感してくれない、とか、人の気持ちがわからない、とか泣いたりわめいたりしたって、はじまらない。だって、対人相互性の「生得的能力」が欠けているんですもの。非定型の人に「もっと空気を読め」だとか、「あんたは人の気持ちが分からないのか」なんて言ったって、無理。だって、対人相互性に障害があるんですもの。

弁護士は次に、「広汎性障害を持っている人からすると、周囲の人(=定型)の行動は謎に満ちていることになる」という、この医師の書いた論文内の叙述についての説明を求めます。

医師は、特にそれは未診断のまま大人の複雑な世界に入ってしまった場合についての記述だと思うが、と前置きし、説明を始めます。たとえば、定型は、初めて会う人には「よそいき」の態度だが、少しずつ親しさが増すにつれ、親しいからこそ、多少きついことや意地悪いことも言う。それが、定型にとっては、親愛の情の確認にもなる。

しかし、非定型は、そのギャップが理解できない。だから、親しくなったのにひどいことを言われた!と思う。そして、「やり返してやる!」とそこに考えが飛躍してしまうんだそうです。

限られた少数の人との丁寧な接触なら、その人たちに関しては、「読み取り」がきくようになるけれど、不特定多数の中や、人の入れ替わりが激しい中にいると、まごついてしまう、とのこと。仕事で多数の人と接すると、その枠組みがきっちりしていれば混乱が少ないけれど、人間関係が濃密だと、非定型の側は負担を強いられることになるそうです。

非定型の人も「感情」は持っているそうです。それなりの喜怒哀楽はあるそうです。ただし、この医師によれば、それは、社会的に洗練されたものではない、「分化されたもの」にはなってない、とのこと。

子どもの頃、療育を受けていれば、定型との摩擦はかなり避けることが出来るでしょう。広汎性発達障害の場合は、知能的な遅れはない訳ですから(時に突出して良い)、「こういう場合、定型はこんな風にふるまう」とか、「こういう場合は、こういう一言をつけ加えておけば、トラブルが起きにくい」とか、そういう「技」によって、「心」はともなってなくても、不必要な摩擦は避けることが出来る。定型の側から「失礼なやつ!」と思われて、イジめられずにすむ。したがって、混乱やパニックや二次障害といったことに陥らずにすむ。

とはいえ、完全に同じという訳には行かないでしょう。それに、それでなくとも、対人性にハンディがあるのに、さらに、こんな「技」を使っていては、脳に負担がかかって、肝心の相手の言ってる「内容」に集中するエネルギーが不足してしまいます。

私は、以前、非定型の人は、私が英語で仕事をしている時のような状態にあるのではないか、ということを書きました。私の英語力では「全部」が見えないのです。分かってるところだけ、必死につなげて、時に、実は、分かってないのに笑顔でごまかして、やっとこさっとこ、体面を保っている。「どこかで大きな聞き漏らしをしているかも」と冷や汗かきながら、頭の中はフル回転。

ビジネスランチで、外人さんと食事しないといけない場合など「今日は横メシだよ。横メシって食った気がしないよな」などと言いますが、そんな感じ? 脳内リソース(これは、はなさんへのレスでご紹介したsolitudeさんという当事者の方の表現)を英語での会話で消費しちゃうと、食事を味わう部分がなくなっちゃう。

非定型の方たちは、いつも頭の中がてんやわんやの状態なのかもしれません。そして、そんなにてんやわんやしていてすら、私の英語が決してネイティブと同じにならないように、非定型の方の対人相互性は、定型と同じにはならないのでしょう。

英語を使って相手と対等にビジネスや外交をする場合、「必ず通訳を置け」と言われるそうです。ノンネイティブの英語がネイティブと同等にならない以上は、通訳を置いて、互いの言語が同等だ、として初めて対等な対話が成り立つと。

非定型と定型も、なんらかの形での、「通訳」が必要かもしれません。非定型の人にとって「当たり前」のものいいで、私たち定型はひどく傷ついている。逆もまた真なり。

先ほどの例で言うなら、定型の方は親しくなったので安心して、「お前、バカだなぁ」と言う。非定型は、「親しくなったのにバカにされた」と思って、傷つき、「なんだよ、バカにすんなよ!」と本気で怒る。定型の方は、親しくなったと思ったからこそ、そういう「なれなれしい」言い方をしたのに、自分が親しくなったと思ったのは錯覚だったのか、と傷つく。

定型の側は、非定型に対しては、親しくなっても丁寧語を貫くとか、親しみを定型と同じ形では見せないとか、多分、そんな工夫が必要なんでしょうね。非定型の側は、定型は親しくなったと思って、からかったりする、ということを「知識」として知るようにする。

でも、もし、非定型の方にハンディがあるなら、本当は、療育を受けるのは定型の側であるべきかもしれません。非定型の神経を逆撫でして、二次障害に陥らせないようにする、非定型に彼らには出来ないことを期待しないようにする、など。

親子のレベル(親が定型で子が非定型の場合)、学校、企業のレベルでは、頑張れば、なんとかなりそうな気がします。

が、親が非定型で子が定型の場合や、夫婦(定型×非定型)の場合には、それでもかなりの困難があると思う。夫婦(定型×非定型)は、それでも別れられる。親子は簡単には別れられないので、「親=非定型、子=定型」のケースは、親が自分の非定型を自覚してない場合、かなり悲惨度が高いかもしれないですね。
(ちょっと、話が逸れてしまったけど、続く。長くてすみません)
No.5002 - 2012/02/08(Wed) 09:40:54
 
 
 
 
寝屋川事件(7) / KS
弁護人は、さらに質問を進め、少年のことに話をうつします。まずは、いくら上記のようなハンディがあるとしても、ここまでの重大事件を起こしたのだから、反省することがあってよい、と普通は考えるけれど、それは難しいのか?ということを訊ねます。

証人の医師は、発達障害で犯罪を犯した少年たちは、真面目な子が多いし、こちらの質問には真面目に応えるし、反省の言葉を述べる子も多く、この寝屋川事件の犯人の少年も、そうであった。それらはすべて真面目であった、と自分は考える、と言います。

でも、それら発達障害の少年犯罪者に「何か思うことはないか?」という形で質問すると、「え? どういう風に思うんだろう」と考え込んでしまったり、混乱してしまうんだそうです。

医師は、「私たちが通常いう意味での感じ方は、やはり難しいと思います」と応えます。

家族のいる、みんなから慕われている教師を1名殺し、2名に瀕死のけがを負わせ(本当にあと一歩のところで命を落とすところ)、それでも「通常いう意味での感じ方」は出来ない。

愕然としますが、「これだけ違う」のです。

次に、広汎性発達障害のように知的障害がない場合、周囲の理解が得られないため、かえって不適応がおこりやすい、という点に話がうつります。これは、私たちにとても関係するかもしれません。私たちの夫や元夫は、知的障害がないタイプ、いや、むしろ平均より高いタイプですからね。

医師は、知的水準が高いゆえに、診断が見過ごされてしまうことが多く、そのために「厳しい状況」に追いやられてしまうケースが少なくない、と言います。

犯人の少年は、中学2年くらいから、ある宗教団体が暗躍していて、自分がその教団に殺される、という恐怖感を持っていました。医師は、その恐怖の度合いは「ちょっとした心配事」を大きく上回る深刻なレベルだった、と言います。

そして、これも概説書ではあまり書かれていないのだけれど、と前置きし、広汎性発達障害の人の特徴には「とんでもない信じ込み」というのがある、と言います。たとえば、ちょっとした情報誌でみた「君の地域が地震で危険だ」というような情報を、通常は、「そんなものかな」で過ごしてしまうところを、パニックを起こして、ものを買いだめしたり、移住を考えたりしてしまう。

この掲示板でも、ものすごい心配性な夫の例などが出て来ましたよね。私の元夫も「はぁぁ?」というくらい、心配性でしたね。私、それに振り回されて、ある途上国への出張を、断ったこともあります。今振り返ればバカでしたが。

こんなところも、この障害の特徴だったんですね。「概説書ではあまり書かれていない」ところに、私たちが、とても困ることの「根源」がある。自閉圏、広汎性発達障害の特徴の根っこの根っこのところにあるものが、私たちが困っていることの「根源」だったのです。
(続く)
No.5003 - 2012/02/08(Wed) 11:02:43
 
 
 
 
Re: 寝屋川事件(1) / カレン
KSさん、このシリーズずっと読んでいます。何度もコメントを途中まで書くのですが、いったん書き始めるとどうしても長くなり、そのたびに中途半端なまま時間切れとなり、結局削除しています。

伝えたい思いはたくさんありますが、とりあえず、「ここまで突き詰めて考え&書かれている、その趣旨、よくわかります」だけ、お伝えしておきますね。
No.5004 - 2012/02/08(Wed) 11:28:52
 
 
 
 
ありがとう!(カレンさん) / KS
>カレンさん

同志のカレンさん、ありがとう。お言葉嬉しかったです。

身体を壊すまで、倒れるまで苦しみ抜かれた末に、今の幸せ(関係の修復)を達成されたカレンさんに、私の気持ち、分かっていただけて嬉しいです。
(>関係修復をめざすみなさま それは可能です。カレンさんが実現しておられます)

まだ、ここを訪れて日が浅い方の気持ちや、子どもさんの障害を告げられて日が浅い方たちにとっては、ショッキングすぎる内容だろうと思うと、書くことにためらいもありました。でも、やっぱり「ここまで」理解しないと、本当の意味では先に進めない気がして。

お相手の障害が軽く、性格が良く、「ちょっと変わった人」くらいですんでいる場合、摩擦が軽くてすんでいる場合は、「ここまで」考える必要もないのでしょうね。むしろ、お相手の「個性」の観察の方が大事かもしれませんね。もっと「その人」を見て、「その人」が特有に苦手なことを発見して差し上げて助けてあげたり、「その人」が得意なことで助けてもらったり。

カレンさんも、今は、もう「ここまで」考える必要はないし、一般論はあまり必要ないよね。むしろ、そのエネルギーと時間を、「カレン×カレン夫」という、唯一無比の(どのカップルルもそうですが)、関係における自分たちの「特性」というのを考えて、独自の工夫をしながら、日々の「楽しい時間」を重ねた方がいい。なのに、私のカキコミ読んでくれて嬉しいです。お2人の関係がますます良いものになること、心から祈ってますよ! お幸せにね! そして、とても羨ましい。「苦労はあっても、絶対にこの人!」と思えるお相手と結婚しているんですもの。

私が「ここまで」考える気になったのは、元夫と「これじゃ、絶対に無理だった」というのを自分自身で納得したかったという面もあるけれど、Rosaさんなど(また、他のところでお世話になった当事者の方々)、私に親切にして下さった方達が折に触れて訴えてらっしゃる「苦しさ」を理解したい、ということもありました。リアルな世界でのJちゃんとの友情や弟との関係をより良いものにしていきたい、ということもありました。(母については微妙)

「ここまで違う」「ここまで出来ない」を肚の底から理解した上での「関係」というのはあると思います。「良い関係」もそうですが、「対立する関係」(定型同士だって対立するし)をやりくりするにも、「関係を切る」(定型同士でも関係を切ることはあります)にも、中途半端より、「ここまで」考えた方がスッキリする気がします。「仲が悪い」も「関係を切る」も、「定型×非定型」は定型同士と同じやり方だと、お互い消耗感も傷も深いですからね。

カレンさんの言葉に励まされ、もう少し、考え続けてみようと思っています。
joさんにも久しぶりにお会い出来たしね。

>joさん、私、もう少し考えてみるよ。そして、私も近い将来、joさんみたいに、フェイドアウェイ出来るようになりたい。でも、もう少しの間、ダメみたい。
No.5005 - 2012/02/08(Wed) 18:18:37
 
 
 
 
Re: 寝屋川事件(1) / カレン
> 身体を壊すまで、倒れるまで苦しみ抜かれた末に、今の幸せ(関係の修復)を達成されたカレンさんに、私の気持ち、分かっていただけて嬉しいです。

KSさん、こちらも嬉しいです。ありがとうございます!

本当に、最近の書き込みでは、というか、どの書き込みの中でも書いていないことですが、私は過去に何度も自殺未遂を起こしています。JRの遮断機の中から見た列車の光、薬のオーバードーズで朦朧とした中見たスローモーションのような世界、朦朧としたまま生霊のようにして見に行った子どもの学習発表会等々、本当に、何度も何度もあちらの世界に片足を突っ込んでいました。

でも、そんな状態ではいけないと、ある時期に腹をくくりました。
崩れてしまいそうになる精神を、なんとか立て直そうと必死で日々を、いえ、毎分毎分を過ごし、そして、やっと手に入れた今です。

KSさんだから言いますが(他の皆さんも読んでいらっしゃいますが)、うちの夫は難関私立大学の出身、私も超難関進学校である高校を卒業して国公立の大学を出ており、夫・私は社会的に信頼を得やすい職業についています(私は、職を辞して今は非常勤ですけど。)また、上の子は超難関国立大学の学生です。

でも、それらの肩書に、私はあまり興味がありません。「だから何?」という感じが強いんです。そして、それと同じ感覚で、「アスペルガーだから何?」という感じなんですね。一般的には、特にこの日本では受け入れられにくい感覚なのだとは思いますが。

「違うなら違うで、その違いを徹底的に知る」「共通点は共通点として、共有できるものとして大事にする」、そして何よりも、」「どんな立場、どんな境遇の人に対しても敬意を払うことを忘れない」が、今の私の信条です。

また、うちの夫とのことや家族のこととは別に、発達障がいのあるたやちと、その人たちが所属する集団の間に立って調整を図ろうとする立場を短期間ながら経験したこともあり、そこでは、両者の間の隔たり・壁・軋轢がどれほど大きいかを思い知り、間に立つことの苦悩を、想像以上に味わいました。

KSさんが書かれているように、「人とは何?」「人間って何?」というところから、根本的に社会一般・職場・学校等々に対して啓発・揺さぶりが必要だと思っています。

今、自分なりに、夫と私なりにできるところから、社会に対してたたき台になるような活動を開始し始めているところですが、いつか、KSさんとも何かを企画して活動できたら、などとも勝手ながらて漠然と考えています。

とりあえず、今は、発達障がいのある可能性大の様々な年齢の人たち&そのご家族とも関わりがありますし、そこでも最善を尽くしていきたいと思っています。私たち2人が、今そこそこうまく行っているから、ということだけでは、私は満足できません。「得たものは、人に還元する」・・・これも私の信条のひとつです。

「違いを違いと知る」・・・大きな覚悟は要りますが、すべてはそこからだと、今、あらためて思っているところです。今現在でも、夫に対しては徹底的に「できること・できないこと」を見極めるようにしていますが、そういう「苦労」も、幼少時からずっと好きでやってきたことの「楽しみ」のひとつでもあるかな(疑問が生じると、徹底的に突き詰めて考えたくなる・・・私の性分のようなものです・・・笑)。

KSさんの、「続き」楽しみにしています!
No.5006 - 2012/02/09(Thu) 00:17:34
 
 
 
 
KSさんへ NEW / こまち
この記事は、人間の頭の中がどうなっているのかを理解するのにとても役に立ちます。
KSさんがこの記事を書くことに大きな葛藤もあったことと思いますが、整理し公開いただいたことで、掲示板閲覧者の思考整理の一助になったことは、間違いありません。ありがとうございます。

ここで取り上げられている「分かる力」と「感じ取る力」について、少年は「感じ取る力」を身につけることが出来なかったという下り、相当頷けます。
我々(定型)は、「普通〜でしょ?」という言葉に象徴されるように、あーだからこうみたいな暗黙知があります。
それは「感じ取る力」があることを前提に振る舞っているからこその知なのです。
もし、「感じ取る力」がなければ、世の中の信号(人とのふれあい)のやりとりが困難を極めることは想像に難くないです。

私自身が冷静な状態ならば、非定型が発する言葉の数々は理解できます。
ただ、その言葉に延々とつきあわさせられるならば、精神的に破綻する可能性が高いでしょう。
人は生きている以上、ある程度の精神的安定を求めます。
しかし掲示板に集う配偶者の方には安住の地がありません。
周囲からは「どこの家も同じよ」とたかをくくられ、家ではトンチンカンな事が起こるの連続では、精神のよりどころがない。せめてものよりどころが、この掲示板です。

寝屋川の事件の記事を通し、人間とは何なのか?人は人をどのように理解するのか?を考えることが出来ました。理解したからといって、何かが変わる訳ではありませんが、分からないことが分かるというのもまた、大きな一歩だと思います。

法律では目に見える物(四肢障害など)に対する支援の必要性は早急に検討されますが、目に見えない物(発達障害など)は、困難度が見極めにくいために、後回しになってしまいます。
しかし、この寝屋川の事件で掘り起こされた事実は、「感じる力」の欠落によりどれくらい大きな障害が当人に立ちはだかっているかを明らかにしています。
これ以上事件が起きないように、寝屋川事件の奥に潜む本当の問題をしっかりと表に出し、障がい者及び周囲の人間が適切に支援されることを願います。

最後に
一般の離婚の理由のトップに上がる「性格の不一致」は、男性の「感じる力」と女性の「感じる力」に、元々大きな隔たりがある事が原因ではないかと思います。
この掲示板は発達障害者の配偶者の方向けではありますが、男女の脳の差を知る上でも非常に有用です。引き続き閲覧させていただきます。
No.5007 - 2012/02/09(Thu) 11:52:53
 
 
 
 
すみません NEW / カレン
昨夜の書き込み、表現がきついところや拙いところがありました。

学歴や職業のことについても、「興味がない」というのは的確な表現ではなく、「学歴や職業・あるいは障がいの有無を知ったとたんに、同じ人に対しても急に評価が変わることがある、そんなことを私はとても悲しく思っている」、ということを本当は言いたかったんです。

言葉が多すぎたり足らなかったりして、すみません。
No.5008 - 2012/02/09(Thu) 18:20:16
 
 
 
 
カレンさんへ NEW / KS
>カレンさん

カレンさん、本当にものすごい苦悩を生き抜かれましたね。カレン夫さんがカレンさんにとって、「それでもこの人!」だったから、そこまで苦しむことが出来たのもしれませんね。


> 「違うなら違うで、その違いを徹底的に知る」「共通点は共通点として、共有できるものとして大事にする」、そして何よりも、」「どんな立場、どんな境遇の人に対しても敬意を払うことを忘れない」が、今の私の信条です。
→これは大事なことですよね。

> KSさんが書かれているように、「人とは何?」「人間って何?」というところから、根本的に社会一般・職場・学校等々に対して啓発・揺さぶりが必要だと思っています。
→定型が「人」と呼んでいるものを前提に考えると、あちこちで摩擦軋轢が起こると思います。この「人=定型」概念が諸悪の根源かもしれません。「人」には二種類ある。もっとかもしれませんが、「見た目」は同じなのに、中身は全くの別物である、二種類を同じものと前提にするからお互い苦しい。

非定型は「人としてどうよ!」などと言われれば、「おれって人じゃないんかよ! 人の気持ちが分からないなんて言うけど、そういうこと言っておれを傷つけるそっちはどうよ!」となる。「人としてどうよ!」と言う定型の方もその前にうんとうんと傷ついている。「人」ならこんなことするはずない!!!という「仕打ち」を受けて。そして、お互いなじりあい、どんどん距離が開いていく。

もう、ののしりあいはやめよう。無意味だよ、と思う。

> 今、自分なりに、夫と私なりにできるところから、社会に対してたたき台になるような活動を開始し始めているところですが、いつか、KSさんとも何かを企画して活動できたら、などとも勝手ながらて漠然と考えています。
→私はね、今、ここで、こうやって、カキコミしてること自体が私にとっての「活動」であり「実践」であり「ご恩返し」だと思ってます。私自身が、ここにたどりついた時に、みなさんからしていただいたことを、新しい方にしてさしあげているつもり。でも、そのことで私自身が癒される。そこで、また私は新しくみなさんから色々なものをいただいてます。

ここでカキコミながら考えることは、私にとっての「再生」。みなさんに助けられながらでなければ、ここまでは考えられない。議論をしながら、みなさんと一緒に「活動」してるつもり。まさに、これは「自助活動」だと思ってる。「得たものを還元する」ではなく、「得ながら還元してまた得る」というか。
>
> 「違いを違いと知る」・・・大きな覚悟は要りますが、すべてはそこからだと、今、あらためて思っているところです。

→本当にそうだと思います。「同じ人間なんだから」という言葉は禁句。少なくとも、定型と非定型の間に横たわる溝は、おそろしく深い。それを知らずして前には進めないのだと思います。

カレンさんとカレン夫さんがますます良いご夫婦になられますように。ますますのご多幸をいつも陰ながら祈ってます。
No.5009 - 2012/02/09(Thu) 18:52:56
 
 
 
 
そうだったのか!(おまけ) NEW / KS
この本を読んで、定型は赤ちゃんでも「あやし」に反応する、というのを読み、「そうだったのか!」と思ったことがあります。

ここに来たばかりの頃、電車の中で会った見知らぬ人とのちょっとした会話ですら、「心がつながった」感じがしたり、赤ちゃんと「目が合った」ことですら「心がつながった」感じがするのに、元夫とは、「言葉」を尽くしても全然「心がつながらない」と、書いたことがあります。

それは、定型なら赤ちゃんでも「対人相互性」を持っていて、「相手に反応」するからだったんですね。私はそこまで「人=定型」の「反応」に飢えていたんですね。

非定型の人との(夫婦であってすら)「つながれない感」と定型との赤ちゃんとですら「つながった感」の違い。そこにある深い溝。決定的な相違。その謎が解けた気がします。

非定型の中には、「んなもん、定型の幻想だろ」とおっしゃり、定型をバカにし、揶揄される(ま、これも定型側が勝手にそう解釈してるだけかもね。非定型の言葉の使い方は「特殊」だってこの本にも書いてあったから。「ちょっと〜、やめてよ」ぐらいの気持ちで「ぶち殺してやる!」という表現を使う方もおられれるそうですからね)方も多いのですけれど、こういう互いの「批難」「批判」のエールの交換ももうやめにしたいですね。

お互いに「自分達には知らない世界があるらしい」「理解出来ない世界があるらしい」ということを「受け入れ」「受け止め」、その上で、「じゃ、どうする」を考えていければいいと思います。

私自身も、たとえば、非定型の「頭の中で考えただけで、言ったつもりになってしまう」とか「脳の中と外の区別がついてない」などのことを、「え〜っ、ありえない! 私エスパーじゃないしぃ!」などと言わず、「そういうヒト=生物もいるらしい」とか、「そういう脳の働きをするヒト=生物もいるらしい」という「事実」をまずは、受け止めたいです。

そういうヒト=生物に、「『普通』そういうことは言ってくれなきゃ分かんないよ!」などと言うのが無意味ということだけは、分かるようになってきました。彼らの「脳の構造」にとって、それ(その区別をつけることが出来ること)は「普通」じゃないんだもんね。「思った」と「言った」の区別がつけろよ、と言ったところで、つけられないんだもんね。

そういうヒト=生物と、どうすれば混乱なくつきあっていけるのかは、あるいはそもそもつきあうことが可能なのか、その点については、まだ全然分かりません。
No.5010 - 2012/02/09(Thu) 19:05:33
 
 
 
 
こまちさんへ NEW / KS
>こまちさん
励ましの言葉、ありがとう。
定型が「人」と呼んでいるものは、あくまで「定型の人」のみしか意味していないのだ、ということ、非定型の人の「対人相互性」が「生得的」に定型とは全く異なっているということ、定型がしばしば「人を人たらしめているもの」として、その「対人相互性」を重視していること、それ故に、定型も非定型も互いを理解出来ず、傷つく、定型と非定型の「脳の機能」や「脳の働き」はとことん違う、ということ、それを理解しないと、いけないのだ、と、今は思ってます。

> この記事は、人間の頭の中がどうなっているのかを理解するのにとても役に立ちます。
→私も、この本で、「あぁ、そういうことだったか」と理解出来たことが沢山あります。きれいごとばかりの本では、分かりませんよね。「普通の概説書ではあまり書かれてないことですが」という医師の証言などの中に、私たちに役立つヒントが沢山あるように思います。

こまちさんが、この記事が役立ったと言ってくださり、また少し気持ちがラクになりました。
>
> ここで取り上げられている「分かる力」と「感じ取る力」について、少年は「感じ取る力」を身につけることが出来なかったという下り、相当頷けます。
> 我々(定型)は、「普通〜でしょ?」という言葉に象徴されるように、あーだからこうみたいな暗黙知があります。

→そうなんですよね。これ、大事ですよね。「普通〜でしょ?」とあまりに異なる言動が返ってくると、定型は傷つく。でも、非定型にとっては、それが「普通」。非定型は定型の反応に傷つく。

> 私自身が冷静な状態ならば、非定型が発する言葉の数々は理解できます。
→これも、相当な忍耐と鋭さが必要ですよね。非定型の言葉の用法は、定型とは非常に異なる訳で、それが英語と日本語くらい違ってればいいけど、同じ日本語の「用法」が違ってる訳ですしね。定型が親しくなった非定型に「やだ、○ちゃんてば、おバカ」と言ってぽんと肩を叩いたら、相手が烈火のようになって怒ってとまどったり、逆に、定型が「あ、ごめん、計算ミスしちゃた」と言ったら、すごい形相で(非定型は表情もうまく使えませんからね)「ぶっ殺す」と言われたら、定型は「なにこの人」となるしね。

おなじ「ぶっ殺す」という言葉の含意が全然違うんだもんね。これはやっかい。もっと微妙なところでも、小さな齟齬があって、それが重なってくと、もう本当に話しても話しても会話が重ならないという虚しさで心が死にますね。

> ただ、その言葉に延々とつきあわさせられるならば、精神的に破綻する可能性が高いでしょう。
→そうなのよね。お互いの文法の違い、言葉の用法の違い、本当に意図していることが何か、の「通訳」「翻訳」の術がなければ、正気を失うところまで追いつめられる。お互いに。

> 人は生きている以上、ある程度の精神的安定を求めます。
> しかし掲示板に集う配偶者の方には安住の地がありません。

→この辛さが特に、シビアに表れるのが、夫婦でしょうね。そして、これは体験した人でないと、この大変さって、分からない。発狂しそうなくらい苦しいのに、それを理解してもらえない。この掲示板がたよりです。
>
> 寝屋川の事件の記事を通し、人間とは何なのか?人は人をどのように理解するのか?を考えることが出来ました。

→私たち(定型)が使っている「人」という言葉が定型しか差していない、というのは、私にとっても、目ウロコでした。だから、非定型が、定型から、「人としてどうよ!」と言われて、「おれは人じゃないんかい!」とか、「おれの気持ちが分からないそっちは人としてどうよ!」と言うのも、互いの「人」が意味しているものが違うからなんだよね。

非定型に「定型としてどうよ!」と言ってみたって始まらない。非定型について無知は定型に「非定型の気持ちが分からないなんて、あんた、非定型として(多分非定型の頭の中にある「人イメージ=非定型」なのだろうから)どうよ!」と言ってみたって始まらない。

>理解したからといって、何かが変わる訳ではありませんが、分からないことが分かるというのもまた、大きな一歩だと思います。
→そうなんですよね。少なくとも、非定型に定型と同じふるまいを期待しても、それは「不可能」ということを、徹頭徹尾、諦めること。そのことについて、絶望すること。そこが大きな第一歩かな、と思います。

お互い、同じ「人」だと思わないこと、これまでの「人」概念が定型しか差していなかったこと、だから、「人=定型」概念でものごとを進めようとしても、齟齬ばかり。

ただ、その先は?というと私も全然分からない。だから、お互い触れ合わない方がいいのか、棲み分けした方がいいのか。もちろん、それが差別、排除につながらない形で。かつ、互いに交流したい人同士の自由を阻止しない形で。
>
> 法律では目に見える物(四肢障害など)に対する支援の必要性は早急に検討されますが、目に見えない物(発達障害など)は、困難度が見極めにくいために、後回しになってしまいます。

→この「目に見えない」がやっかいですよね。非定型の方の中にも「白い杖」のように自分が非定型であることを周知できるマークがあればいいのに、というようなことをおっしゃってる方もいらっしゃいます。

もしかすると、耳が悪い方もきっと、同じような不便は味わってらっしゃるかもね。こちらも見た目同じだし。

> しかし、この寝屋川の事件で掘り起こされた事実は、「感じる力」の欠落によりどれくらい大きな障害が当人に立ちはだかっているかを明らかにしています。
> これ以上事件が起きないように、寝屋川事件の奥に潜む本当の問題をしっかりと表に出し、障がい者及び周囲の人間が適切に支援されることを願います。

→本当に。この少年だって、ここまで来る間に適切な支援を受けていれば、ここまで大きな事件を起こさずにすんだのでしょうからね。

> 最後に
> 一般の離婚の理由のトップに上がる「性格の不一致」は、男性の「感じる力」と女性の「感じる力」に、元々大きな隔たりがある事が原因ではないかと思います。
> この掲示板は発達障害者の配偶者の方向けではありますが、男女の脳の差を知る上でも非常に有用です。

→ある外国の専門家の方は「日本の男はみなアスペ」と言っておられます。ジェンダーの文化がアスペルガー的文化を一方の性には促進し、他方の性には抑圧するということがあるようです。

ネットサーフして面白い記事をみつけました。ただ、再びたどりつけずにいます。その記事は会社員の女性の方が書いたもの。当初、部下がアスペだと気づかず、励ましたり、叱ったりしていたのですが、全然、うまく機能せず、「ん? これは、なにか尋常ならざることがありそう」と思って色々調べ、「きっとこの人はアスペルガーに違いない」と思い至ったとか。そして、その後、沢山勉強されて、部下の社員の指導に応用されているとか。

その中で面白かったのは、女性アスペは女性に期待される役割から(あまり目立たないように、とか、他人に気をつかうように、とか)、アスペ傾向が押さえられる(修正される)のに対し、男性アスペは男性に期待される役割から(リーダーシップであるとか、他人に勝つことであるとか)、アスペ傾向がますます際立ってしまう(修正されない)そうです。

一時期話題になった『話を聞かない男、地図が読めない女』も、男=アスペと置き換えて読んでも充分話は通じます。

ジェンダーの問題が複雑に絡み、アスペ夫×定型妻の、定型妻の立場は、とても苦しいものになっていると思います。学校や会社では被害者になりがちな非定型♂が、家庭では抑圧者になりがちという傾向があると思います。本人に悪気はなくとも(本人は「正義」のつもりです)、実際にやってることは、モラハラだったり、DVだったり、児童虐待だったり(子に対し)するケースがままある訳です。深刻ですね。

ぽちぽちと続きを書いて行きますね。スレッド長くなっちゃいましたが、切ると前との関連が分からなくなるので、長々と行きます。

お互い、まだまだ苦しいですが、頑張りましょうね。この掲示板があって、本当に良かったけれど、ANさんがおっしゃったように、こんな掲示板が不要になる日が来るのが一番良い事ですよね。

相手が非定型と知らずに結婚する定型がいなくなる日・・・それが、早く来るといい。相手が非定型と知って、「それでも」「それだから」結婚するほどステキな非定型にめぐりあえた定型だけが非定型と結婚する、そういう日が早くくるといい。
No.5011 - 2012/02/10(Fri) 01:40:53
 
 
 
 
カレンさんへ(PS) NEW / KS
>カレンさん

たしかに出身校を聞いたとたんに態度が変わるのも、障害があると聞いたとたんに態度が変わるのも、あまり気持ちの良いものではないですね。

カレン夫さんとカレンさんのなさっている活動が実を結び、多くの方の助けになることを、応援しています。

私は、多分、アスペ関係については、この掲示板で書き込む以上のことはしないかなぁ、と思う。この先、気持ちが変わることもあるかもしれないけど。(アストン博士講演会はちょっとやってみたい気もしないではないが)

やるとしたら、AC少女の自己評価を上げ、アスペ♂に引っかからないようにする活動かなぁ。私にとっての一番の問題は、自分がACで自己評価が低かったが故に、アスペの特性が魅力的に見えてしまったということです。

もちろん、自己評価の高い♀、自己評価を回復した♀が、魅力的なアスペ♂と、苦労を理解した上で「それでもこの人!」と恋愛したり、結婚するのは大賛成。
No.5012 - 2012/02/10(Fri) 02:09:44
 
 
 
 
Re: 寝屋川事件(1) NEW / maha
 KSさんいつも拝見しています。

「やるとしたら、AC少女の自己評価を上げ、アスペ♂に引っかからないようにする活動かなぁ。私にとっての一番の問題は、自分がACで自己評価が低かったが故に、アスペの特性が魅力的に見えてしまったということです。」この意見に賛同いたします。

 私も、実家では「生育に問題がない子」だという理由で、放置されつづけていましたので、私に過剰に執着する恋愛時代の夫にほだされてしまった、依存してしまったという経緯があります。(今から分析すると。)まあ、3か月もすると人形操作されていたわけですが・・・。

 夫は、当時私にこんなことを言いました。「会いたい時だけ会えるように、押し入れに住んでくれないか。」ドラえもんか!!と思いましたし、彼の友人にそれを話すと皆大爆笑でしたが、夫は本心で言っていたのですね。あと「もし死んだら、ホルマリン漬けにして白雪姫のようにガラスのケースに入れて、それをテーブル代わりにする。」レーニンか!!(ロシアのレーニンは今でも永久保存されています。昔は展示されていました。)

 だから、どうしてそんな人間と結婚したんだと今、子供に盛んに責められています。勿論、私も当時気味悪く思いましたけど。

 そんなASPな「愛」を語られた方いるかしら・・・。

 
No.5013 - 2012/02/10(Fri) 07:35:52
 
 
 
 
/ ローズ
以前も夫の事で相談したのですが、ここ数年は夫と最小限の会話しかしません。?の連続ですし、前の事を話しをすると事実とは違う自分で勝手に話を変えていたりするのでこちらがおかしくなりそうでじょじょに話さなくなったのです。
今回、子供の事でどうしても話をしなくてはいけなくなり、先にメールで伝えておいて話をしたのですが、やはり夫の記憶が全く話が違っていました。いつもですが、あまりにも事実と違う夫の過去の記憶に閉口してしまいました。昔は夫の?にもソフトに反応していましたが、これが自分を苦しめていたと思いますので今はおかしいと言う事をはっきり言うようにしています。昔はおかしさがましでしたが。冷静に一つずつ相手の記憶が違うことを根拠をあげて説明していくんです。でも、彼らと話あいをするのは本当に神経を消耗します。最後はこれからは全てメールで伝えて欲しいと言われました。今回のようにメールだけでは事実がねじまげられてしまうし、不安です。勝手な思い込みがすごいんです。違ったまま記憶が上塗りされるので結果?になってしまいます。全く悪気がなく真顔でおかしなことを主張してきます。これが周りの人がひいていくんですけどね。本人もわかっているようですが、出来ないようです。できないから仕方ないと言います。小さい時どうだった?と聞くと絶対に答えません。先生や学校を怨んでいますので上手くいってなかったんでしょうね。

最終的には一度診てもらおうと言う事になりました。むこうは私がおかしいと思ってるので先に私から診てもらってからということになりますが。義母も昔から意味不明な人でとおっていたのですが、年と共にぼけも加わって拍車がかかってきています。夫も年と共に?と言う事が多くなってきてるのでいつか義母のようになっていくと思うと不安です。。夫を最終的に診てもらうにしてもそれまでの闘いを考えると途方にくれてしまいます。離婚の話し合いなんて考えるだけで気が遠くなります。でもこのまま残りの人生一緒に生活はできない。

mahaさんに教えていただいたうつ病のテストしてみました。あてはまるところもありましたが。ここまでおかしい夫といるの無理なので、現状を打破しなくてはいけないと思います。一度私が受診し、夫の受診につなげていきたいとおもいます。夫も科学的な臭いに敏感で吐きそうになってました。大げさにばかじゃないかと思ってました。せき込みもするんですよね。私はいやがる臭いのものもおかまいなしに使っています。
No.4979 - 2012/02/03(Fri) 10:24:56
 
 
 
 
ご自分が最初に・・・ / maha
 定型の人でも、年齢が行くと、「素」の性格があらわになっていくそうです。アスペルガー傾向の人は、なおさらかもしれません。老化は脳にも関係しますから。

 ローズさんのお話からでは、最近はメールでも、御苦労しているようですが、言葉ではさらに情報整理能力が落ちます。メールにしてくれというのは、解決策ではなく、そのほうがまだ当事者には理解しやすいという事でしょう。

 言葉で伝えるとなると、どうしても声の調子とか感情の表れが反映しますので、それは当事者の方には混乱をもたらすのだと思います。

 知覚過敏症は、アスペルガーの方には良くみられるものです。大げさではなく、本当に苦しみを感じているようですよ。

 それよりも、今の状況下でローズさんご自身のお体の事が心配です。鬱状態の可能性があるなら早い方が治りがいいです。鬱になると、体が動かなくなります。そうなっても、おそらくご主人やお姑さんは何もしてくれません。

 彼らは病人を放置してしまいます。看病したり病院へ連れていく事が自分の役割である、人として当然であることが解らない用なのです。私は2年放置されました。

 驚かすわけではありませんが、まずローズさんが医療の門を叩きましょう。どちらが先に医療にかかるかということで、勝敗が決まるわけでも善悪が決まるわけでもないのですから。

 誤字脱字合ったらごめんなさい、今から出かけます。
No.4985 - 2012/02/03(Fri) 17:03:27
 
 
 
 
ありがとうがざいます / ローズ
mahaさん、本当に大変な思いをされたんですね。
私も絶対放置されると思います。目の前で苦しんでいてもしらんぷり人に言われてから病院に連れて行ってくれました。子供が交通事故にあった時もそうでしたね。子供が入院した時も一度も病院に来ませんでした。
勝ち負けじゃないですよね。病院に早く行ってきます。

夫は似たような事が何回もあると頭の中で勝手に話をつなぎ合わせてしまうみたいです。メールのほうが書かれている事をひとつずつやるだけで済むのでいいんでしょうね。

知覚過敏も洋服の生地にものすごくこだわりますね。普通わからないレベルで。タートルネックは絶対着れません。ヒートテック暖かくていいのにと思うのですが。真顔で嫌がります。おおげさではないんでしょうね。

いつも丁寧なお返事くださってありがとうございます。すくわれます。
No.4993 - 2012/02/04(Sat) 10:24:19
 
 
 
 
Re: 夫 / k
ローズ様
 
 よくわかります。私も夫がアスぺルガーです。私は娘のことで
 と言って病院に行って診断してもらいました。社会生活できて
 いれば医者はどうにも解決してくれません。主人といるととても
 疲れます。最近は夫とほとんど話をしなくなりました。
 なぜ話をしないか夫は分かっていません。いつものようにごはん
 食べてテレビ見て過ごしています。私が話さなくても疑問にも
 思ってないようです。年をとり疲れるのですがそれが理解して
 もらえずずと同じように動けると思っているようです。
 話せばずるずるときりなくでてきます
       KM
No.4999 - 2012/02/07(Tue) 00:53:27
 
 
 
 
否定と多動 / 世田谷花子
 夫の事で相談させて下さい。今日は宅配便の不在通知があり電話しました。宅配便会社の不在通知には自動受付の電話番号しかありませんでした。その不在通知を夫が見て、「ドライバーに直接電話出来ないなんて三流の会社」と否定していました。私は運転中のドライバーに電話に出させない、安全を大切にする会社位にしか思いません。夫はお客の事を考えないとか色々否定する事ばかり言ってました。ドライバー直接に電話かけられ電話番号があるかどうかどうでも良い事ですが、夫が否定ばかりしている言動に疲れ来ました。電話の後に必死で片付け物している側で、夫に何もする訳でもなくて部屋の中を歩き回られるので、私の中のGPS作動しているみたいで疲れます。決して家事は手伝ってはくれません。私が家事が疲れたと漏らすと、女だからやって当たり前との返事されます。夫と一緒にいると疲れます。
No.4994 - 2012/02/04(Sat) 16:15:44
 
 
 
 
Re: 否定と多動 / maha
 こんにちは

 日常の些細な事ですらストレスになりますよね。

 ご主人は宅配便で送られてくるものを楽しみになさっているのでしょう。幼い子供と同じにワクワク待ちわびていたのに、それが不在で届かなかった。それで、今度はイライラしているのでしょう。いまのご主人の頭の中は、宅配便の事でいっぱいで、おそらく世田谷花子さん自身の事に関心は向けていないと思いますよ。

 彼らは、自己中心的にしか物事を見られないので、宅配業者の業務上の都合、妻の家事の苦労などを思いやる事が出来ないのです。いくら否定しても、世の中は彼らの周りなど回りません。あるいは、あれこれ否定する事で、待ち時間をしのいでいるのでしょう。

 蛾が屋内に入って来て電燈の周囲をブンブン飛び回っている位に考えて、放置しておきましょう。彼らは自分自身をコントロールできない状態にあるのですから。
No.4995 - 2012/02/04(Sat) 17:22:38
 
 
 
 
Re: 否定と多動 / mahaさん 
コメント有難うございます。説明不足でした。自閉症の息子がエアコン嫌いでエアコンの暖房を直ぐに切るので、宅配便は私が頼んだ品物でオイルヒーターです。夫は別室で鍵閉めてエアコン効かせて寝ているので全く関係ありません。単に私が自動受付の電話をかけているのが、夫には気に入らなかっただけです。「奴らは金儲けなのだから運転中でも電話出れるだろう」とか言います。他にも色々酷い事を言われました。息子の小学校の児童が配送中のトラックにひかれて亡くなった事もあり、自分が頼んだ品物じゃないのに、そこまで何もかも否定する夫がわかりません。娘の社会科見学で、お土産のクラス全員分のジュース一箱を観光バス車内に置き忘れられた事があります。小学生の娘は怒るのは仕方無いにしても、夫まで同調しています。私は「ジュースはそのうちに営業担当が届けてくれる。遠足が無事に終えられた運転手に感謝しても、枝葉末節な事で怒るな」と娘に注意しました。夫の言動無視したとしても、娘にまでその言動を真似ないか心配です。
No.4996 - 2012/02/05(Sun) 06:31:37
 
 
 
 
Re: 否定と多動 / maha

そうでしたか・・・今回の事は「知覚過敏」とか「こだわり」とか「認知の歪み」とか色々な事が重なったのですね。

 もう少し成長したら、御嬢さんは、お父さんの事を反面教師として見る事ができるようになるとおもいます。
No.4997 - 2012/02/05(Sun) 16:57:59
 
 
 
 
発達障害者に対する職業訓練 / こまち
週刊ダイヤモンドオンラインに
”発達障害の人が強み、特性を活かした仕事に就き、活躍することを応援するプロフェッショナルファーム「Kaien」”
の記事が載っています。

障がいを持つ人も、弱みを強みに変えて働ける場があれば、生き生きと生活でき、二次障害が減り、家族の負担も減るかもしれません。

参考までに、ご紹介します。
URL
http://diamond.jp/articles/-/15960
No.4981 - 2012/02/03(Fri) 12:30:14
 
 
 
 
Re: 発達障害者に対する職業訓練 / maha
 以前、アメリカでは、シリコンバレーなどのコンピューター関係の企業にAS傾向の方々が多く職を得ているときいたことがあります。
 日本では、近年やっと幼児期から現在高校までは発達支援教育を受けられる場所が出来てきていますが、大学以後の職業訓練が出来る場所が今後増えていく事はとても重要だと思います。二次障害が発症してしまうと、途端に家族関係が崩壊しますから。そうなってはもう、いくら献身的で我慢強い配偶者も一人では家庭を支えきれなくなります

 老人介護のシステム同様、そこで働く専門職の養成も緊急課題だと思います。

 
No.4991 - 2012/02/04(Sat) 02:31:00
 
 
 
 
(No Subject) / 驚き
朝日新聞を購読されている方はいらっしゃいますでしょうか。
「天才柳沢教授の生活」という漫画が週に一回程度、2面を使って大きく掲載されています。
こちらの皆様にはわかると思いますが、主人公の教授はアスペルガーだと思います。

新聞社側がアスペルガーというものを認識して掲載しているとは思えません。
情報の宝庫である新聞社までも気が付かない。
まだまだ認識されていないのだなと改めて感じました。
アスペルガーへの理解がもっと進んで、当事者も周囲の人にも生き易い世の中になってほしいです。
No.4980 - 2012/02/03(Fri) 11:09:36
 
 
 
 
モデルが実在します。 / maha
こんにちは

「天才柳沢教授の生活」には、故人ながらもモデルが実在します。そのため劇画上での教授は「アスペルガー」ではなく「風変わりな天才」として設定されているのだとおもわれます。

 フィクションで「アスペルガー」の人物が主人公になっていると考えられるものに阿部寛主演の「結婚できない男」があります。

 アメリカの連続ドラマには、アスペルガーの傾向の高い人物がよく登場しています。やはり言動が周囲から浮いているけれど、それなりに周囲が対応しているのは、米国では我が国よりもアスペルガーに対する啓蒙が進んでいるからなのかもしれませんね。
No.4983 - 2012/02/03(Fri) 16:18:56
 
 
 
 
Re: / 驚き
作者のお祖父様がモデルで軍隊時代のエピソードが有名な方のようですね。新聞社の認識の薄さが少しショックでした。
mahaさんレスありがとうございます。ご自愛ください。
No.4986 - 2012/02/03(Fri) 20:37:46
 
 
 
 
他人ごとなら / KS
アスペルガーって他人ごとなら「ちょっと変わってておもしろい」人々かもしれません。だって、言うことや、やることが定型の目から見たら「普通じゃない」んですもん。で、それは、ときにユーモラスなほのぼのとした微笑ましい可笑しさという風に見えなくもありません。

私のアスペ(?)な友人も、本人には悪いけど、我が家では「Jちゃんがこんなこと言ったの」「どひぇ〜!」と、食卓の話題に頻繁に登場してます。Jちゃんを軽蔑したり、バカにしているつもりはないのですが、とにかくズレまくってて、それが、定型の目からは、なんだか可笑しく可愛いのです。

たとえば他の方のブログで知ったのですが、水族館に行って魚を見た時に「美味しそう」という感想を述べるアスペの方はかなりいらっしゃるようです。

他人なら「微笑ましい」エピソードですむことが多いと思います。
「ねぇ、ねぇ、お母さん、今日、学校で水族館に行った時、お魚見て『美味しそう』って言った子がいたんだよ」「あらま、面白いこと言う子ねぇ」と。

他人ならほのぼの笑ってすませられても、水族館でデートしてる時に彼女が「美味しそう」と言ったら、彼氏はショックを受けるかもしれないですね。

元夫の言動も、昔は、「この人って素朴な人だなぁ」などと、微笑ましく思っていました。が、子どもも生まれ、いろいろなことを夫婦で協力してやっていかねばならない局面が出て来ると、「ほのぼの」や「素朴」ではすまない、こちらがひどく傷ついたり、被害をこうむる場面が増えてくる。今も元夫は、他人から見れば、「ちょっとはずれたところがあるけど、のんびりした、いい人」かもしれません。

漫画や文学の中には、けっこうアスペっぽい(アスペルガーまで行ってなくても)人って出て来るんじゃないかな? 性格が極端だから「話をつくりやすい」というのはあるよね。

のび太やジャイアンも発達障害らしいですしね。『のび太ジャイアン症候群4 ADHDとアスペルガー症候群-この謎の多い子どもたちをどう救うか』なんて本も出てます。(読んでませんが)

山本文緒さんの短編集『ファースト・プライオリティ』(角川文庫)の中の「偏屈」の主人公のOLなんて、まさにアスペでしょう!と思います。たとえば、雑談が苦手で、他の社員と話したくない時は仕事中に耳栓をしたりする場面が出て来ます。彼女が変わり者だと知らない女子社員が、明るく彼女に話しかけるのですが、その直後に露骨に耳栓するんです。本人は「悪気」はない。「仕事中に話しかけられると仕事にさわるから」と真面目にやってるんです。さすがに、上司が見かねて注意するんですが、OLには上司の言うことのポイントがピンとこない。

「普通の人」の「普通のお話」じゃ、売れない。その点、アスペ的な言動は、定型から見たら「変わってる」ので、漫画や小説にアスペが登場することが、けっこうあるのかも。特に子どもの小説の脇役には、発達障害タイプが多いと思います。すごく忘れ物が多い子やそそっかしい子など。

子ども向けミステリーの子ども探偵はアスペっぽい子が多いかも。「こだわり」が強いので、探偵としても優秀というのがありますよね。以前紹介した『ロンドンアイ』もそうです。

他にも、アメリカの子ども向け推理小説の主人公で、頭がとても良い女の子の話があるんだけど、彼女は、カメラのように映像で記憶してるんです。アスペの中にこういう記憶の仕方をする人がいると聞いたことがあります。この子もアスペなのかも。(題名忘れました)
No.4989 - 2012/02/04(Sat) 00:47:50
 
 
 
 
我が家でも・・・ / maha
みなさんへ 

 確かに、物語の主人公や脇役には、発達障害の傾向を持つ人は多く登場していると思います。「赤毛のアン」のアンにはあきらかにADHD傾向があるとおもいます。ドラマや劇画や映画の中に登場する発達障がいの傾向のある主人公の物語はどれも「大変面白く、魅力的な物」に思えます。

 たとえば「天才柳沢教授の生活」の劇画のエピソードの中に、教授と奥さんの婚約時代や新婚時代や、教授と実母の関係のエピソードがありますが。それをみるかぎり、他人との心の交流が普通に出来ない若き日の教授の一面が描かれているようにおもいます。柳沢氏は職業が経済学の教授ですが本人は「人間の行動心理学に関心がある。」という事なので、あの物語が成り立っているのだと思います。

 子供たちが成人したあとの、教授と奥さんの関係は、寝室が別だとか、奥さんがいつも外出がちだとか、教授が食べたいものは自分で購入するなどという所に注目すると、結構実生活の中で暗黙の了解において、お互い距離を置いていることが家庭円満の秘訣であるとわかります。

 才能があり紳士的で忌め面の教授は女性にもてるのですが奥さんの方はあまりやきもちをやかない様子。それでいながら教授の方は、もう何十年も前の若い頃の奥さんが異性にすかれていることを今でも苦にしている場面も見られます。成人してからの妹や養子の弟との関係も疎遠な感じが描かれているところが興味深いです。


 私は、当初は、いつも無表情な顔つきの「教授の母親」が他人との交流が苦手なAS的な人なのかと解釈していましたが、「教授の母親」が妹や養子と戯れながら洗濯物を干してにこやかに笑っているシーンや、海辺のシーン、教授の子供らしからぬ言葉に、別の部屋で母親が涙するシーンを見てから、「このお母さんは定型の設定なんだ。」と理解しました。後の父親の登場で、そっちのほうがタイプは違うけれどかなり普通じゃなかったからです。

 阿部寛主演の「結婚できない男」は、その偏った言動や細かい表情、生活スタイルなどが、あまりにもAS的で印象に残っています。女医さんと結婚するのかな?という方向で終わっていますが、おそらく結婚に行き着いてもすぐに別居が待っているような気がしました。

 我が家的にも、今、当事者と住んでいない事から、過去の家庭生活における摩訶不思議な「あんなことあった。こんなことあった。」のAS的奇異なエピソードをつまびらかに披露すれば、おそらく一つ一つが大爆笑物の話になってしまう可能性があります。

 でも、他人事ではなく家庭の中でそれらのエピソードが、一日に何回も繰り返されて365日延々と続いて積み重ねられていくと、喜劇はしだいに悲劇に、そして惨劇にかわるのです。

 歴史上の人物や天才と言われる人にも、決して定型とは思えないエピソードが沢山ありますよね。彼らは、最も得意とする分野でひとかどの人物になって現代にも語り継がれているのですが、時代を超えてその恩恵を受けている人々が大勢いる反面、プライベートな面でのつまり「家庭人」としてどうであったかというと、あまり知られていないけれど「父親や夫」としての側面があまりにひどい場合があります。

 そのご家族は、一体どのような思いで人生を送られていたのかと思うと胸が痛みます。WAIS-Vの心理検査に見られるグラフの形のように、自閉症スペクトラムの方々の個性や能力には、大変な光と影が備わっているのだと考えます。

 
No.4990 - 2012/02/04(Sat) 02:00:45
 
 
 
 
前進めよ / 他っちゃん
グチャグチャ長々と言ってないで、そんな旦那バッサリ捨ててサッサと他の男と付き合って家出てけばいいじゃない?

男も腐ってるけど、サッサと離れない女もどうよ。
同じだけ腐ってるの?

変だと思ったらすぐ嫌になって逃げるでしょ。
やっぱそういう女だから、そういう男とくっついちゃうの?

知恵遅れに話理解させる日常なんて、消耗してあったり前じゃん。
そんな疲労感吐き出すだけの人生にならないよう、早く人生切り替えな。人生は短いのよ。
No.4982 - 2012/02/03(Fri) 13:15:08
 
 
 
 
他っちゃんこそ「前進めよ。」といいたい。 / maha
 他っちゃんへ

 最近、ちょくちょく出てくるね。
今日のは、いつもの「意味不明な罵声レス」より良い書き込みでした。今回の他っちゃんの書き込みは、内容が理解できたので、お返事を書きました。

他っちゃんは、「匿名の隠れ蓑」の影で自分自身を語らない。
他っちゃんは、当事者なのか、当事者周辺の人なのかも不明。
他っちゃんは、所詮他人事だからいえる事くらいしか言っていない。

そんな他っちゃんが、ここの掲示板でいくら「毒」をはいても、「荒らしレス」しても、世の中何も解決することなんかないの。

 それより、他っちゃんこそ、自分自身と向き合って良く考えてみたらどうですか。私たちには、他っちゃんが何を抱えているのかわからないけれど。他っちゃんが「リア充」している人だったら、ここで意味なく毒なんか吐いていないわけで・・・。

 ここはもう見捨てて、他の場所で他っちゃん自身の『前に進む事」を考えてみてください。そのほうが、ずっと幸せになれるよ。
他っちゃん、自分をなんとかできないうちは、他人にだって影響力持てないよ。
No.4984 - 2012/02/03(Fri) 16:49:53
 
 
 
 
Re: 前進めよ / えむ
しつこいですよ。
他人をどうこう言う前に、そういうことを言って反応を見たがっているあなたの方がまずい状態ですね。
普通はそういうことに楽しみは見出せないものなんですよ。
一刻も早く診てもらいましょう。
No.4987 - 2012/02/03(Fri) 21:28:48
 
 
 
 
Re: 他ちゃん前進めよ / 驚き
他っちゃん、私も早く専門医に診てもらう事をおすすめします。
対策が取れますから。
No.4988 - 2012/02/03(Fri) 21:48:45
 
 
 
 
コアラさん / KS
その後お元気ですか?
以前のスレッドに、かなり長々とお返事を書きました。せっかく書いたので、上げておきましたので、こちらにまだいらしてるようなら読んでくださいね〜!
No.4975 - 2012/01/31(Tue) 19:24:50
 
 
 
 
Re: コアラさん / コアラ
KSさん 

ご丁寧なご返信ありがとうございました!!!!
すみません、こちらの返信が遅くなりました。
KSさんや他の皆様からの返信を読んでいて、涙が本当に止まらなくなってしまい、子供達にどうしたの??ってしつこく聞かれて、何も答えられなかったです。

今は元夫と離れて暮らしているので、精神的にだいぶ楽になりましたが、
毎日子供達に電話をかけてくるので、その電話対応がたまにやっかいです。

頂いたご返信の中でほんとにKSさんと似通っている箇所があまりに多すぎて、
びっくりしました。
特にやはり、彼の中の「枠」についての記述が的確だったので、びっくりしました。そうなんです。おっしゃる通り、彼の頭の中では、「コアラはこうあるべき」というなんかシナリオというか、あるべき姿みたいな物が出来上がっていて、それができないのは、私が怠けているから、とか修行がたりないから、みたいな事だったようです。そして、彼の言う通りにトレーニングや、本を読んで勉強してたら、その「あるべき姿」になれるはず!そしてそれを、怒りながら強制させられていました。負けず嫌いな私の性格がまた、拍車をかけて、その努力を一時はするのですが、続かない。当たり前です。だってやる意味がイマイチ納得出来ない。でも私は常に努力をしないとけない。。そしてその努力は彼が勝手に決めた「やるべき事」であって、私の「したい事」では全くないし、どうして、そのような自分にならなくちゃいけないのか、どうしてありのままの私という人間をわかってもらえないのか。受け入れてもらえないのか、愛してもらえないのかがとても疑問で、不満で、不安でした。そして、脅威でもありました。その努力は、私にとってどんなに大変な事であろうが、お構いなしです。何せ、それは「やるべき事」なのですから。そしてある意味、それは脅迫でした。

そして、いつも感じていたのは、家庭の中が、どこかの企業の様だった事。
家庭という心休まる場所ではなく、会社のように「仕事をこなしていく」ような所でした。
社長のスケジュールを管理するように、どこかに行く時には自分のスケジュールを予約しろと言ってきたり、なんでもメールでやりとりしろとか。

きっと、自分が会社をしていて、社長であり、そして、自分の家族とも15歳までしか一緒に生活していなかったためなのか、それ以外にどういう風にしていくのか、彼には理解できないのでしょうね。

本当に理解できないのですが、どうしても、昔の彼はそんな人ではなかったので、どうしても、なんでこんな人になってしまったのか、本当に信じられないんです。

でも、口が達者なのはどうしてなんでしょうかね。本当にああいえばこういうで、後から考えれば「ん??』って思うような理論を怒りとともに捲し立ててきます。そして、私は面倒くさくなるから、どうでもいいやってなり、生返事するとあとで大きな問題になるという悪循環です。

そしてご提案のあった、ACの事、はい、以前にカウンセリングに1年ほど通って、まず分かったのは私はACであったということ。
そして、西尾和美さんの本やら、他のACの本たくさん読みました。
けど、深入りするとどんどん落ち込んできてしまって、涙が止まらなくなり、どんどん弱気になってしまうので、あまり考えないようにはしていますが、カウンセリングに行って、自分の考え方の癖を変えるテクニックは覚えました。
なので、鬱病のようにしばらく何もできないほど落ち込む事はなくなりましたし、何よりも自分にどうもすることができないコトについては、「手放す」という技術を覚えました。
でももちろん、まだまだ取り組みベキ課題はたくさんあるのでしょうが、今はとにかく日々を普通に暮らしていきたいです。

そして、怒りやどんなにひどい目にあっているか分からなくなっていると言う点についても、そうなんです。私、彼と子供たちだけの生活がとても楽に感じていて、他人との関わりを拒否していた時期がありました。
今でももし家庭が円満なのであれば、そのような感じでも大丈夫なのかもしれません。おつきあいって、なかなか大変ですよね。私どうもお付き合いがとっても疲れるようで、できるなら家族オンリーの方が居心地がよく感じてしまいます。
そして、その限られた生活の中で、元夫をある意味とても崇拝していたように思います。(今思えば…最近はそうでもないですよ)もちろん何度となくいろんな事を疑問に感じていましたし、どうして私はいつもこんなに大変な思いをして生活をしているんだろうって思ってましたけど、他のところで逆に自分が受け入れられる気がしませんでした。
今でも多少そんなところはあります。どうしても自分をそんなに評価できません。今回仕事が変わり、新たに事業を初めるというプロジェクトの日本人でただ一人のメンバーになり、地元のテレビ局や新聞に掲載されたり、責任がある仕事を任されたりしてますが、特にこれといって評価するというほどの事か?と自分で思ってしまいます。それも問題なのでしょうかね。。。
だってそんなに努力していない気がするのです。
そういう仕事の経験をしてきたから、知識を持ってるのは当たり前だと思うし、通訳だって、本当に通訳学校に通ってトレーニングを受けてきた訳ではないので、中途半端だと思ってますし。
探求はありますが、所詮私だって人間ですから、やりたくない事は先延ばしですし…。そんなにすばらしい訳でもない気がするのですが、こういう考え方を改めるべきでしょうか…。なんだか物事を斜めからみているように聞こえますね。。。そして可愛げがないきもします。。。。
でも、評価ですか…。評価は他人が判断するものなのではないのかなとちょっと思っています。何か良い方法があれば教えてください。

そして、私は元夫との関係を改善させたいと今でも思っています。
お互いに歩み寄れたら、と切に願っています。
色々なリンクありがとうございました。
覗いて勉強してみます。

KSさん
ちなみに私のイニシャルもKSです。。。もしかしたら、KSさんはイニシャルじゃないかもしれませんが。。そんな事も含めて変に親近感を持っているコアラですが、どうぞこれからも宜しくお願いします。
No.4976 - 2012/02/01(Wed) 14:26:49
 
 
 
 
まずは泣くところから / KS
>コアラさん

まだこちらにいらしてたんですね。良かったです。コアラさんとは、もう少しおしゃべりしたかったので。

私もこの掲示板の前で何度涙が止まらなくなったことか、分かりません。私たちはまずは泣くところから始めるしかないのかもしれません。傷ついて傷ついて死にかけている感情を、泣くことで、少しずつ蘇生させていく。自分が傷ついていることすら気づけなくなっている自分を泣くことで取り戻して行く。ほほに流れる涙の温度に、自分がまだ死んでないことを気づかされる。そして、だんだん「生きたい」という意欲がほんとうに少しずつ回復してくる。

コアラさんと私の置かれた状況、そして私たちの(元)夫のタイプはかなり似ていますよね。

> 特にやはり、彼の中の「枠」についての記述が的確だったので、びっくりしました。そうなんです。おっしゃる通り、彼の頭の中では、「コアラはこうあるべき」というなんかシナリオというか、あるべき姿みたいな物が出来上がっていて、それができないのは、私が怠けているから、とか修行がたりないから、みたいな事だったようです。
→彼らは頭の中で「シナリオ」を描くと、それが「自動で」出来上がってくると考えてるみたいですね。その「シナリオ」の実現のために、具体的に1日何時間の努力をしなければならないか、とか、教材にいくらかかるか、とか、そういうことも分からないし、長期にわたって勉強を続けるためには「根気」が必要、とか、そういうことも分かりません。彼らの示す「職業勉強筋トレ」のメニュー自体が、現実に基づかない虚構なのです。だから、うまくいかないのです。

元夫は知能指数が高かったので名前のある大学に入りましたが、受験勉強の何たるか、は全然分かってなかったと思います。彼より知能指数が低い人たちが、コツコツと工夫しながら勉強をして、少しずつ能力を上げて行っている、そのプロセスが理解出来ていないと思います。

我が家の場合は、私自身が「彼の期待(愛情)に応えるために」と頑張ってるうちに、少しずつ仕事で成功を重ねていったというのがあります。が、それは、彼が頭の中で描いた「シナリオ」の外にあった。というか、彼の描いた「シナリオ」は、「僕が励ます→KSが頑張る」までだったんですね。だから、私が少しずつ力をつけて行ったことに気づくことも出来ないし、頭の中は、「力のない私」なんですよ。で、そのギャップに自分がついてけなくなってしまった。新しい事態が生じた時に、それに対応出来ないんです。

私の方は、それに気づかず、元夫のために、と一生懸命頑張ってました。で、ふと横を見たら、一緒に走ってるはずの元夫ははるか後方(あるいは途中で道が別れてしまって全然違う場所)にいて、もう心も何も通じない状態になってました。
>
> そして、いつも感じていたのは、家庭の中が、どこかの企業の様だった事。
> 家庭という心休まる場所ではなく、会社のように「仕事をこなしていく」ような所でした。

→それは大変でしたね。私のところは、元夫がいろいろなことを「仕切る」能力が低く、当初、いろいろやってくれてはいたのですが、だんだん生活が複雑になるにつれ、対応が出来なくなって、放棄するようになっていったと思います。で、その負担が私にかかってきました。
>
> 本当に理解できないのですが、どうしても、昔の彼はそんな人ではなかったので、どうしても、なんでこんな人になってしまったのか、本当に信じられないんです。

→私のところもそうですが、最初のうち「たまたま」(元)夫のシナリオと私たちの希望や行動が一致してただけなんだと思います。私たち定型は勉強を重ねたり、仕事を重ねたり、色々な人と触れ合う中で、成長して変わって行きますが、彼らが「変わる」速度は超遅いのです。定型は対人関係の中でどんどんと仕事のコツや顧客対応のコツを覚えて行きますが、彼らには、それはキャパ越えなのです。

ここに来ている人の夫の「初発」の能力は相当高い。で、その範囲でこなせることは何とかやれる。が、新しい事態が生じて、それが、自分が対応出来ないことが出て来ると、パニックになってしまうのです。定型なら工夫を重ねたり、他人に色々教えてもらったりしながら、新しい能力を身につけていくのですが、それが出来ないのです。少なくとも定型と同じ速度では出来ないのです。基本、自分で「臨機応変」に対応したり、「工夫」することは苦手で、「マニュアルを示す」がないと対応出来なくなりがちです。

以前、大学生の例で、「○月○日までにレポートを書くこと」と先生が指示したら、「書け」とは言われたが、「提出しろ」とは言われなかったので、書いたけど出さなかった大学生の話が出てました。大学に入学出来るだけの、受験勉強に対応出来るだけの、知能のある人ですらそうなのです。

> でも、口が達者なのはどうしてなんでしょうかね。本当にああいえばこういうで、後から考えれば「ん??』って思うような理論を怒りとともに捲し立ててきます。そして、私は面倒くさくなるから、どうでもいいやってなり、生返事するとあとで大きな問題になるという悪循環です。
→それは、対応を工夫する必要がありますね。我が家は逆にあちらが生返事をするので、それを信じると大変なことになります。
>
> そしてご提案のあった、ACの事、はい、以前にカウンセリングに1年ほど通って、まず分かったのは私はACであったということ。
> そして、西尾和美さんの本やら、他のACの本たくさん読みました。
> けど、深入りするとどんどん落ち込んできてしまって、涙が止まらなくなり、どんどん弱気になってしまうので、あまり考えないようにはしていますが、カウンセリングに行って、自分の考え方の癖を変えるテクニックは覚えました。

→ACと向き合うのは辛いですよね。西尾さんも「ゆっくりと」とおっしゃってます。お互い無理せず、少しずつ行きましょうね。でも、ACが治ってくると、本当にいろいろな事がラクになりますよ。私、今、本当に生きるのがラクになってきてますもん。

> そして、怒りやどんなにひどい目にあっているか分からなくなっていると言う点についても、そうなんです。私、彼と子供たちだけの生活がとても楽に感じていて、他人との関わりを拒否していた時期がありました。
→ACが治ってくると他人とのつき合いもラクになってきますよ。私も以前はNOを言うのが難しかったり、対立が苦手だったりで、いろいろなことをしょいこみすぎていました。今は、はっきりと意見を言うことも出来るようになってきてるし、その後で、「あんなこと言ってしまったけど、言い過ぎだったかしら」とくよくよすることもなくなりました。私を嫌いになるなら嫌いになればぁと居直れるようになりました。

> そして、その限られた生活の中で、元夫をある意味とても崇拝していたように思います。(今思えば…最近はそうでもないですよ)もちろん何度となくいろんな事を疑問に感じていましたし、どうして私はいつもこんなに大変な思いをして生活をしているんだろうって思ってましたけど、他のところで逆に自分が受け入れられる気がしませんでした。
→私も元夫だけが私を受け入れてくれている、という感じを持っていました。それは、私がACで自己評価が低かったからです。

> 今でも多少そんなところはあります。どうしても自分をそんなに評価できません。今回仕事が変わり、新たに事業を初めるというプロジェクトの日本人でただ一人のメンバーになり、地元のテレビ局や新聞に掲載されたり、責任がある仕事を任されたりしてますが、特にこれといって評価するというほどの事か?と自分で思ってしまいます。それも問題なのでしょうかね。。。
→すごいじゃない! すごいですよ、コアラさん。もっと自信もっていいですよ。かっこいい! 頑張ってね!

> だってそんなに努力していない気がするのです。
> そういう仕事の経験をしてきたから、知識を持ってるのは当たり前だと思うし、通訳だって、本当に通訳学校に通ってトレーニングを受けてきた訳ではないので、中途半端だと思ってますし。

→努力なしで出来たなら「元の能力が高かった」と思えばいいぢゃん! そして、どんな仕事もキリはありません。もっと上があります。特に、通訳みたいなお仕事なら、そうだと思います。勉強すればするだけ、先があります。コツコツと実績を重ね、勉強を重ねていけばいいと思いますよ。

> でも、評価ですか…。評価は他人が判断するものなのではないのかなとちょっと思っています。何か良い方法があれば教えてください。
→私は、自己評価が低い傾向があるので、自分で「自分の能力は1しかない」と思ったら、「×10」くらいで考えるようにしています。
そして、「出来なかったこと」「やらなかったこと」に焦点をあてて考えるのではなく(それはそれで大事ですが、そこに拘泥しない。必要な範囲で反省する)、「出来たこと」「やったこと」を中心に考えるようにしています。私たち、多分、「傲慢」なくらいでちょうど良いくらい謙虚なのです。謙虚というよりは、自分で自分を貶め、痛めつけているんです。
>
> そして、私は元夫との関係を改善させたいと今でも思っています。
> お互いに歩み寄れたら、と切に願っています。

→うまく行くといいですね。道はあると思いますよ。

私の場合は、私自身の気持ちが離れてしまっているというのもあり、かつ、カウンセラーさんからも、「元妻としての支援」などは「絶対にしない方がいい」と言われています。私のケースは「キレイさっぱり別れた方がいい」と。

すべてはケースバイケースです。コアラさんの場合は、また違う道があると思います。アストン博士のワークショップには、カサンドラを癒すものの他に、アスペルとうまく行くためのものもあります。カサンドラの方はとにかく傷を癒すというところに重点がありますので、相手とのことは、まず抜き。徹底的に「自分中心」のようです。アスペとうまく行く方は多分、いろいろな工夫、知恵を教えていただけるのではないでしょうか。

いっぱい頑張ったご褒美に、また通訳(英語なのかな?)の勉強も兼ねてアストン博士に会いに行ってきたらいいんじゃないかな? それくらいしてもバチはあたらないと思いますよ。

関係を修復したいなら、アストン博士のワークブックがお薦めです。これのアドバイスをとりあえずひとつずつ実践してみたら?

> ちなみに私のイニシャルもKSです。。。
→そうなんですね。私のは残念ながらイニシャルじゃないんですよ。でも、コアラさんのイニシャルがKSだなんて、そして、私たちの状況がこんなに似てるなんて、少なからぬ因縁を感じます。

これからもお互い励まし合って行きましょうね。今後ともよろしく!
No.4978 - 2012/02/03(Fri) 05:56:54
 
 
 
 
初めて投稿します。 / コアラ
こんにちは。初めて投稿します。私は去年の夏にAS傾向のある旦那と離婚しました。子どもがいるため、今でも普通に交流はありますし、つい最近まで同居していました。子供たちは離婚の事を知りません。さて、何から書いていいのか、なんだか様々な事がありすぎて、定型的には何が普通で何が普通ではないのかも、よくわからなくなってきています。離婚の理由も不可解なものでした。とにかく、「自分の言う通りにしておけば間違いはない。あんたは妻としては失格。うちはお金のことでいつもけんかになる。だから、経済を分けよう。離婚して、お互いが一人一人の子供の親権を持ち、一人分をお互いが扶養する。そもそも結婚なんて無意味だ。」とかなんとか。元旦那は大腸の難病になり、それが原因で稼げなくなってから、私に自分と同じだけ稼いで、自分を養えとか、無理難題を私に散々押しつけてきたあげく、結局私の稼ぎが足りない、このままでは路頭に迷う。なので、即離婚。お前はお荷物だ。病気ではないんだから、自分の食いぶちと子供一人分の食いぶちは自分でなんとかしろと執拗に迫られ、それもこれも最終的には私の為、みんなの為なんだと言って、私はかなり追いつめられました。「お前は能力があるのに、いつも怠けている。だから余計にむかつくんだ。」と言われ、出産後専業主婦になっていた私を責めました。でも私だってただ専業主婦になっていた訳ではありません。主婦は私にとって苦痛以外の何者でもありませんでした。だからまずは当時個人事業主だった旦那の経理を担当し、翻訳をしたり、子供の手が離れてきてからは英会話の講師などをしていました。そのかわり、家事はおろそかになっていましたが、私はとにかく外にでたかったんです。料理は得意なのですが、片付けが苦手な私です。でもやればできます。ただあまりにも苦痛な為、続きません。それが、彼のいう「怠けてる」という部分につながるみたいです。ASの傾向がある彼はごちゃごちゃしているのがだめだったみたいですが、私は意外と大丈夫な性格。かなりイライラしていたようですが、かなり二面性な為、最初は私には全くわかりませんでした。だんだんとそのイライラが態度に出始め、物を蹴ったり、ドアにあたったりという、DVのよううな兆候が結婚後5年ほどで現れ始め、常にイライラ、私を無視するなどと言った状況が2年ほど続きました。その時期は仕事も大変な時期だったようで、そんな感じだったみたいですが、私の彼に対する印象は全く真逆の人だったのでかなり悩みましたし、私が精神的に病み、カウンセリングに1年ほど通いました。私と彼の関係は共依存だと思います。私の育った環境がかなり複雑なのですが、私はそれなりにやってきました。が、共依存。私もまだまだ抜けられていません。

彼がASだと知ったのは実は1年ちょっと前です。本を大量に読む彼は、自分ではいろいろ調べてはいたようですが、私にカミングアウトしてきたのはそれくらいの話。それなのに、彼には記憶の障害があるというか、記憶力が著しく良くないのか、自分で思いこんでしまっているのか、ずいぶん前に私に話したと、彼の中では事実がすり替わっていることが多々あります。自分は首尾一貫していると信じているようですが、言う事は毎回違います。でもよくよく聞いてみると自分独自の共通項のような物があるらしいのですが、定型の私には伝わりません。私には離婚しても、まだうるさく干渉されるのがとても不愉快ですし、どうしていつも上から目線的にしか物事をみれないのか、そういう障害というか、ASだからそうなってしまうというのは頭では理解出来るのですが、気持ちの上ではとてもいい気分ではありません。いつになったら、解放されるのでしょう。。「あんたの事を心配してるから、言うんだ」と言って、いつも私は一方的に怒られるような形になるのは正直もうしんどいです。しつこく言われるのでこちらが、かなりうんざりして「わかったよ!」と強く出ると、「もう心配してやらない、勝手にしろ!!」と言って一方的に電話を切られたり。こちらが助けてほしい時にはその助けは得られないのに、大きなお世話なときにだけ、口をすごい勢いではさんでくるんです。そしていつも、「あなたの為に言ってるんだ。俺が言うって事はあとで必ず問題になる点だから言ってるんだ。素直に聞いておけばいいのに」と言われますが、じゃあ、口だけじゃなくて手も出してといいたくなります。必ず前置きに、「あんたの事だから、知らんけど、」と言う割には勝手に巻き込まれにやってきて、やんややんやと始める。だいたい自分に関わってくるような事については、必ず口出ししてきます。その言い方がおかしいから、きっと私がカチンとくるんでしょうが、なんなんでしょうか。感情論を抜きにしたら、きっといいこと言ってるのでしょうが、なんだか後で自分が大変なコトになるのが嫌だから私にいろいろ言ってくるような気がしないでもないです。でも本人は至ってまじめに、私の為と主張します。たまに、泣きながら訴えてきます。基本助けてもらうとかあまり期待してないです。というのも、期待するとこちらの心が折れるから。振る舞わされてしまって、私はつらいんです。結局、この離婚にしたって、いったいわたしに何のメリットがあるのか、よくわかりません。いい方に考えれば、仕事ができて、キャリアがつめるようになった。でもバツイチ、子持ち、苦労はかなり耐えません。二人でがんばろうって言うのがあったら、精神的な支えというか、つらい時は力を合わせてがんばろうっていう、なんかそんな風に言われてたら、違ったのでしょうか。きっと彼はそういうつもりだったんだとおもうんですが、彼独自の言い方だったので私は理解出来なかったみたいです。でもいつまでたっても私が動かないから、離婚です。自分でも気がついてるみたいです。自分がいくらいろんな事を言ったって、だれも聞いてくれないし、自分はみんなを説得出来ない。どうしてなのかはわからないが、どうしてもみんなは自分の言う事をきいてくれない。それもASだからなんでしょうか。
元旦那は仕事をほとんどしていない状態で、いつ自己破産するかもう時間の問題だとか。その前に私に自立してもらわないと困る。子供たちの為に。なんだか矛盾してませんか?言ってる事はなんかみんなの事考えてるような事ですけど、本当にそうなのか、とても疑問に思うんです。働きたくないとか平気でいうし。でも子供たちの為に腎臓を売ってでも、生活費は出すとか。でも実際にじゃあ、もっと生活のレベルを下げるとか、いろいろできる事はあると思うんです。でも、それはしない。でも臓器は売る。本末転倒のような気がするのはわたしだけなのでしょうか?言ってる事が、チグハグしてませんか?

なんだか話がいろいろ飛んでしまいましたが、だからといって、私彼の事は嫌いではありません。できるなら、家族はバラバラになりたくないんです。でもそうなると彼とはこの先もつきあっていかなくては行けない。そうなると私の対応の仕方が問題になってくるんですよね。仲良くしたいんです。なんかいつもゴールは同じなのにそれに向かっていく手段が違って喧嘩になる。しかもかなりの大げんかに発展するというこの建設的ではないものを、どうにか建設的なものにしていきたいのです。もっと私が寛大にならないといけないのでしょうね。でもかなり腹立つし、正直、こんな風に一生言われ続けるのか…って考えてしまうんです。はぁ、どうすればいいのでしょう。。。。
No.4839 - 2012/01/13(Fri) 01:04:44
 
 
 
 
はじめまして / maha
コアラさんへ

 こんばんは、寒い夜が続きますね。私は、mahaと申します。最近体調が悪くてお腹が痛くて眠れないので、こんな時間に掲示板を見ていました。今後、どうぞよろしくお願いします。

 コアラさんのお気持ち、大変良く解ります。書いてある事の一つ一つが、まるで同じ台本で演じられたドラマのように一致しています。我が家でも夫に同じような言動がありました。DVの始まり方も同じです。

 DVは、AS傾向に二次的障害が起こしたものだと思われます。我が家でも、急にそういう事が起こりましたので、その時のコアラさんの驚きと恐怖を思うとお気の毒でなりません。そうそう初めは物にあたるんですよね。それも、無言の脅迫のようで怖ろしかったでしょう。お子さんたちの気持ちも考えると離婚できてよかったのだと思います。

 私の夫も、自分の正当性や合理性を常に主張していました。客観的には整合性は無いのだけれど、そこに気が付くことが出来ないのでしょうね。また、他人の苦労には心が及ばないので、直接自分に利益があった事以外は妻に対する評価がありません。

 元夫さんは、大病をされたことで、それまで自分の中で組み立てられてきた「確固たる将来の計画」の見通しが立たなくなっり、パニクになってしまったのでしょうね。大病するとだれでも人が変わたようにもなりますが・・・。ご病気はまだ完治していないのですね。不安だと思いますが、それは、ご主人と実家の方に任せるしかありません。

 ASの記憶障害は確か、乖離という言葉で表されるものだったと思います。記憶がASの人の独自の解釈というか、客観的事実とは違った形で残されることがあるようです。
 ただ、思い込みと客観的事実の間に溝があるので、指摘されるとその溝が埋められず、一時的に嘘を付くとか、ごまかすとかしているうちに「自分は首尾一貫していると信じているようですが、言う事は毎回違います。」ということになるのだとおもいます。我が夫がやはりそのような傾向にあります。自分で付いた嘘に嘘を重ねる事で、自分の脳裏だけにある「正しくて合理的な話」を余計むなしくしてしまいます。

ASの方は勢いで「離婚」という計画を実行するけれども『離婚後」という新しい対人関係の距離が測れないのでしょう。でもコアラさん。コアラさん自身が、共依存関係になっているという事にさえ気が付いているので、必ず抜け出ることが出来ますよ。私は別居中ずっとカウンセリングを受けて3年掛かりましたが共依存はぬけました。もっと早くぬけられる事もあります。離婚して経済的に自立していけば、元旦那さんはしだいに過去の人になっていくでしょう。今後はご自分と子供たちのことだけ考えて、前を向いて暮らしてください。

 なんだかまとまりませんが・・・。
No.4840 - 2012/01/13(Fri) 03:00:51
 
 
 
 
Re: 初めて投稿します。 / はな
コアラさん、初めまして(^_^) はなです。
コアラさんの投稿を読み、そうそう!同じ!
と思い、書き込みしてしまいました。

こちらの「常識(大多数意見)」がまるで通用しない?というか…
だんだん、2人で話していると訳が分からなくなっていく…
なぜか人より立場が上(のように感じる)の態度、自分は正しい前提での会話。故にかみ合わなくなって行くように感じます。

私もコアラさんと一緒です。
心の底から嫌いになれないのです。子供の父親としても。
でも、これから先の人生考えると、辛いです。


コアラさんの返信で申し訳ありませんが、
mahaさんお身体お大事にしてください。
No.4841 - 2012/01/13(Fri) 11:46:03
 
 
 
 
私も! / KS
>コアラさん
私も離婚組です。
元夫から「離婚して欲しい」と言われ、「やりなおす時間が欲しい」と言って関係修復の努力を重ねたけど、その過程で、私の方が「こりゃ無理だわ」となりました。元夫の頭の中からは、自分から離婚を言い出したことの記憶がすっぽり抜け、私を恨んでいます。

何度か書いていることの繰り返しになりますが、「定型×アスペ」のカップルがうまく行くためには、@片方がアスペ(疑い含む)で、そのことが2人の関係を困難にしているという認識を2人が共有すること、A2人がこの関係をより良いものにしていきたい、という意志を共有すること、が大事です。

この掲示板でも、@Aの条件を満たして良い関係を築いていらっしゃるカップルの方もいらっしゃいます。

どうぞ、まずは、ご自分をいたわってあげて下さいね。今まで、本当に大変なご苦労を重ねていらしたと思います。よく頑張ってらっしゃる。すごいです。ご自分を誉めてあげてね。

私も生育家庭に色々あり、共依存体質が強かったです。少しずつ「癒し」の作業をしています。少しずつ、自分の手に自分の人生を取り戻しつつある感じがしています。

離婚出来ちゃってるっていうのは、らっきぃかも・・・ですよ。アスペとの離婚は揉めるとけっこう大変。

元夫さんのこと、今も好きなら、結婚という責任を伴う制度の外で、まずは友人としての信頼関係を築かれてはどうかと思います。

コアラさんの幸せを祈ってます。
No.4864 - 2012/01/17(Tue) 01:41:30
 
 
 
 
はなさんへ / maha
 お礼が遅れて申し訳ありません。
ありがとうございます。睡眠薬で、トータル4時間は眠れるようになりました。まだまだ、睡眠が足りないのですが。よりリラックスできるように、頑張ります。あ、この場合、頑張るのではなく工夫するですね。すぐ頑張ってしまうので、弱い体が付いて行かないmahaです。
No.4865 - 2012/01/17(Tue) 02:03:52
 
 
 
 
Re: 初めて投稿します。 / コアラ
ご返信を下さったみなさま
暖かいお言葉、ありがとうございます。
離婚した後も結局関係のない人にはなれない私達で、微妙な関係なんです。これから先も子供がいるので結局あれやこれやといろいろ口出しされると思います。いつも自分は正当性のある事をしている。そのルールを破っているのは私の方だ、故に、私が間違っている。と言われる事ばかりで、ただ単に認識の違いなどという考えは受け入れてもらえないようです。いつも、良いか、悪いか、どちらかで物事は処理され、自分は間違った事をしていないのに、なんで自分が文句を言われたり、怒られなくてはいけないのか?と感じているようです。
結局、私がよかれと思ってする事は、ことごとく彼にとってはそこまで必要ではない事らしく、結局私は感謝の「か」の字もされることもなく、そしてどうやら彼が本当に私にしてほしい事は他にあるらしいのですが、それについては私が逆に重要視していない事のため、私が取りかかるのが遅くなったり、やらないで先延ばしにしていると、私に対して、やれって言われた事をやっていないといって怒るということになるようです。
私が結局逃げているんだと思うんです。面倒なので。結局アスペの人の心配している事は、定型の私からするとたいした問題ではないように感じ、何をそんなに色々言っているだろう?そんなに言うなら自分でやればいいのに。と私はいつも思うんです。でも本人はそれをまたしつこく言ってくる→私は受け流す→私にキレるというようなパターンなんでしょうね。
私はアスペではないので、事の重大性は全くわかりません。ですが、彼にとってはとても重要、大変な事、もしくは後で問題になりそうな事のようです。
ある意味先見性があるのでしょうが、悪く言えば異常なほど心配性です。
それにあわせて生活してしまうと私は消耗してしまい、本当に疲れてしまいます。それで、受け流していると怒られる、なんで私がやらないのか、怠け者、もしくは自分の言う事を素直に聞かないへそ曲がり、負けず嫌い、恩を仇で返すとんでもない女と言う事になるようです。
私はそんなたいした事でもない事で、いきなり怒られるのは正直精神的にもう限界で、本当になにも話をしたくなくなるんです。でもそうして、距離を置いているとその状況をきっと察することができない元夫は、私が単純に無視しているとか、物事をきちんと考えていないと言う認識に至るみたいです。
私は面倒なので、流してるだけなのですが、それはきっと全く理解されていないんですね。イエスなのか、ノーなのかきちんと伝えてあげなくてはいけないみたいです。皆さんも同じようなことありますか?
あとは、私が手助けは正直口から手が出るほど欲しい状況な時でも、彼に素直に助けを求められません。いくら本人からオファーがあってもです。それは、また後でなにか言われたらどうしよう、またなにか地雷を踏んで、爆発されて、結局、色々助けてやったのに、恩を仇で返しやがってとか、素直に感謝されないとか、色々言われるのは正直つかれるし、そんな事まで言われてどうしてわざわざそんな面倒な人に助けてもらう必要があるのかと思ってしまうようになったからなんです。離婚してからますますその思いは強まりました。もともと人に助けを求めるのが苦手なのもありますので、御願い下手ではあるのですが、それでも本当に必要な時は、もっと気持ちよく助けてくれる人に頼んだほうが気も楽ですし、お返しもしやすいと思います。
なんだか彼から助けを借りるのは、本当に最近特に嫌な事です。でもどうしようもない事もあるので、その時には丁重にお願いしないといけなくて、それがまた私は気分がよくありません。弱みに付け込まれているようで本当に嫌です。
特にお金をだしてくれるわけでも全くないのに、どうしてそこまで私が頭を下げてやってもらう必要があるのかと最近本当に疑問に思うんです。
離婚したら仲良くなれるとかもっとお互いに感謝し合えるとか言われたのですが、全くそんな気配はありません。特に私は彼になんの経済的に借りもない訳ですから、彼の言いなりになる必要性もなくなった訳で、今考えてみるとずいぶん本当に窮屈な生活を何年にも渡って強いられてきたと言うか、自分でわざわざそんな事を選んでやってきたんだろうと今は思います。ですが、同時に彼との距離は空いてしまう一方です。離婚によって、働いたり、広く他の定型的な人々と接するようになって、彼と同じ生活をしなくても良くなった私はアスペ的な生活から、定型よりな生活に変化してきています。それが結局昔ほど愛情をもって彼を理解しようと思えなくなってきてる原因だとも思います。
となるとこの先私達の関係が良くなっていく事はあまりないのでしょうか?でもそれは私の望んでいる事ではないんです。どうして結婚前はあんなに仲良くて、お互いを支え合えたのか、もっと色々尽くしてきました。本当にあの生活はなんだったのか、到底同じ人だとは本当に思えません。私には大人になれとか言ってますが、自分は結局なんの責任もとらないままです。子供の事だって、親権は一人一人。経済的にも半分、いったいどの責任を取っているというのか。
私本当にこのままだと、どうにかなってしまいそうです。
実は最近、私の仕事が地方の豪雪地帯に決まり、引越をしました。新しい土地で誰も知り合いもいないし、元夫とは喧嘩ばかり。カウンセリングに行って話をしたいのですが、田舎すぎてそれもない状態です。
結局離れてしまえば、彼のアスペ感覚は私にはどんどんわからないものになってしまうので、これから先もどんどん摩擦が増えるきがします。
でも私が良かれと思ってしていることは余計なおせっかいで、まぁ、やってくれてありがとう。ぐらいな物です。でも自分が何かをしよう物なら、ありがたく頂戴しろと言わんばかり。人の有り難さをわからないから、自分も誰にも有り難がれないというのはわからないみたいです。とにかく私はいつもバカで、のろまな亀で、余計な事ばかりして問題ばかり起こす厄介者のような扱いだという印象なのですが、それをいうと、そんなことはない。私が勝手にそう感じているだけで、私がネガティブ思考で、自分の価値を自分で認められない傾向があり、それは自分でどうにかする事であって、彼の問題ではない。とっとと、自分でそれを克服して、これ以上彼に迷惑をかけないで欲しいと言われました。
私からすればいつでもあんなにキレられたり、なんだかよくわからない事で怒られたりしていたら、そんな風に感じても仕方がないのではないのかと思うのですが、それは私の勝手な被害妄想だと言うことで片付けられました。
かろうじて子供の母親だから、気にかけてやってるけれども、そうじゃなかったら、とっとくに絶交しているとまで言われて、被害妄想??ってなんでしょうか?これって彼がアスペだからなんでしょうか?私が悪いのでしょうか…。
毎晩こんな事ばかりで本当に疲れてしまいました。
No.4872 - 2012/01/17(Tue) 20:00:41
 
 
 
 
御気の毒に・・・ / maha
 コアラさん、慣れない土地に引っ越しして再出発しておられるのに、まだまだ大変さが続いていますね。

 ご主人とのやりとりは、今後電話は辞めたほうが良いと思います。用事は箇条書きで手紙です。そして、一歳余分な事は書かないのです。送ってくる手紙も、最初は嫌な内容かもしれませんが、知りたいところだけを切り取ってしまいこんでしまいましょう。元夫さんも、あれこれ書くだけの労力をかける事はだんだん少なくなっていくでしょう。元夫さんは、まだ、離婚した事が本当に理解できていないのです。
No.4873 - 2012/01/17(Tue) 20:20:46
 
 
 
 
離婚の方法について / maha
 コアラさん、離婚して2年以内なら調停申し込みで、養育費やその他の事を裁判所で取り決めてもらえますよ。(面会権なども含む。)もしかして話し合いの上の協議離婚でしたか?

 第三者に入ってもらわないと、彼らとの交渉は無理というほど困難です。たとえ自己破産しても、(自己破産にも50万ほどのお金が必要です。)親としての責任はついて回りますので、調停を利用されてはいかがでしょうか。
No.4874 - 2012/01/17(Tue) 20:33:59
 
 
 
 
私のところも / KS
>コアラさん
私のところも、離婚はしたけど、元夫は、そのことを理解出来てない模様。ほんとに、「ここまで分からないのかぁ」とビックリしますが、彼らの現実認識能力がそのレベルなのなら、そのことに怒ってもエネルギーの無駄だし、事態を混乱させるだけ。「で、どうする?」を考えなくちゃね。

コアラさん、相手の論理とペースに巻き込まれちゃダメよ。コアラさん、客観的には、かなりひどい目にあってるよ。友だちに話したら「何それ! 信じられない!」って言うよ。私も自分が昔巻き込まれてたから良く分かる。「KSちゃん、しっかりしてよ。あんた被害者なんだよ!」って何度も言われたけど、感情が抹殺されてて、怒ることすら出来なかった。

mahaさんがおっしゃるように電話はやめた方がいい。彼らは耳からの情報はちゃんと取得出来ていない恐れがあります。書いたものでも理解出来てないことが多かったりして唖然とするけどね。

私たちは、カップルカウンセリングというのもやったのですが、最後の段階では、元夫の方のカウンセラーさんから、メールでのやり取りすら禁じられました。このままじゃ、私が壊れるからと。話し合いはカップルカウンセリングの場だけにしろ、と。それぐらい彼らの破壊力はすごいのです。職場では戦々恐々として、なんとか必死にとりつくろってるかもしれないけど、その分、家庭内で暴君と化すことはよくあります。自分に都合の良い勝手な家庭像に基づいて、自分のロジック、自分の正義をふりかざして、妻をおさえかかる。

書きたいこと、色々あるんですが(コアラさんと私は共通する問題がいろいろあるので)、今日はちょっと時間ないので、また明日にでも改めて書くね。

子どもたちのために、気持ちを強くもって。自分がものすごく頑張っているということを自分に認めて、自分を誉めてあげて。コアラさん、ほんとうによく頑張ってらっしゃるよ。コアラさん、とてもすごいことしてるんだよ。私、コアラさんのこと尊敬するよ。
No.4876 - 2012/01/17(Tue) 21:18:29
 
 
 
 
コアラさんへ(1) / KS
>コアラさん

改めてコアラさんのカキコミを読み直しながら返信します。超長文になるので、何回かに切りますね。

> 私は去年の夏にAS傾向のある旦那と離婚しました。
→お疲れさまでした。離婚は疲れますよね。

>子どもがいるため、今でも普通に交流はありますし、つい最近まで同居していました。子供たちは離婚の事を知りません。
→子どもさんはまだ小さいのかしら? 離婚という大事な出来事を子どもに知らせないというのは「重大な秘密のある家庭」ですね。西尾和美さんというアダルトチルドレンの専門家は機能不全家庭のひとつに「重大な秘密があること」というのをあげていらっしゃいます。これは、実は、子どもさんたちの健全な発達のためには良いことではありません。

>さて、何から書いていいのか、なんだか様々な事がありすぎて、定型的には何が普通で何が普通ではないのかも、よくわからなくなってきています。
→分かります。私も何がなんだか分からない状態でした。大きな渦に巻き込まれて、地面に足をつけたいのだけれど、つま先が届いたと思ったらまた渦に巻き込まれて、どちらが上かどちらが下かも分からずにぐるぐる翻弄されてる感じでした。もがいても、もがいても、自分の姿勢を立て直せない感じでした。

>離婚の理由も不可解なものでした。とにかく、「自分の言う通りにしておけば間違いはない。あんたは妻としては失格。うちはお金のことでいつもけんかになる。だから、経済を分けよう。離婚して、お互いが一人一人の子供の親権を持ち、一人分をお互いが扶養する。そもそも結婚なんて無意味だ。」とかなんとか。
→これね、無茶苦茶です。大体ね、現在の日本では、女性の就労はとても不利です。結婚や出産によるハンディも負います。結婚するということは、「結婚しなかったら得られたかもしれない経済力」を「2人の生活のために捨てる」という側面もあるんです。だから、男は「責任」を取って、家計を支えるんです。男は女性が家事育児をしてくれてるから、働けるんです。それを言うなら、コアラ元夫(呼び捨てご免)は、家事育児もきっちり折半すべきです。家事育児をしながら、男と同等に働けと言うのは体力的時間的に無理なのです。友人でそれをやって命を落とした人もいます。

私の元夫も「自分=正義、KS=愚か者」という図式で偉そうに上から物を言います。その自信、一体どこから出て来るのですか?と言いたいですけどね。

でも、これもアスペの特徴かもしれません。全体像を見ることが出来ない。「もしかしたら自分が間違っているのかもしれない」とか、「こういう場合も考えられる」とか、複眼的に物を見ることが出来ない。

あと、会社などでびくびくしている分(どこかで自分は少数派かも、と気づいている人)、家庭で「オレ様=絶対」となってしまう傾向も強い気がします。そこで、普段のびくびくを埋め合わせ、精神のバランスを取っているんです。

我が家も、子どもが小さいうちは、子どもに対して優位に立てていたので、それで精神のバランスが保てていたように思います。それが子どもが成長して、色々な場面で適切な対応が出来なくなって、家庭内での権威が保てなくなってきた時に、徐々に壊れていった気がします。

>元旦那は大腸の難病になり、それが原因で稼げなくなってから、私に自分と同じだけ稼いで、自分を養えとか、無理難題を私に散々押しつけてきたあげく、結局私の稼ぎが足りない、このままでは路頭に迷う。なので、即離婚。お前はお荷物だ。
→ご病気、大変でしたね。でも、その後がめちゃくちゃですね。「コアラさんの稼ぎが足りない→離婚」のロジックが全然分かりません。はぁぁぁぁ?ですよね。

こういう、あまりに「はぁぁぁ?」なことが続くと、正気を保つのが大変です。私も子どものためになんとか正気を失わないように、と、カウンセリングに通ってました。しかし、姿勢を立て直しても立て直しても足払いをかけられるというか、次から次へと「はぁぁぁ?」が起こり、発狂寸前でした。

>病気ではないんだから、自分の食いぶちと子供一人分の食いぶちは自分でなんとかしろと執拗に迫られ、それもこれも最終的には私の為、みんなの為なんだと言って、私はかなり追いつめられました。
→これも無茶苦茶ですね。お辛かったでしょうね。本当にヒドい目にあいましたね。でも、あんまりヒドい目にあいつづけてると、自分がヒドい目にあってることすら分からなくなるんですよね。私もね、弁護士さんのところに相談に行って、発達障害疑いのことは言わなかったのだけれど、元夫の言動を話しただけで「それはひどい目にあわれましたねぇ」と言われました。そこで初めて「私、法律家の目から見てもひどい目にあってたんだ」と確認した次第。情けないけど、それくらい、感情も感覚も判断力も死んでました。

今すぐ怒ることは出来ないかもしれない。でもね、コアラさん、あなたは、とてもひどい目にあったんです。いずれ、怒りを感じられるようになってくださいね。「怒り」って大事な感情です。「怒り」に足下をすくわれてはいけないけれど。「不快」な感情は、人がサバイバルするために必要な感情です。「不快」な感情を引き起こす人や物事に近づかないことが身を守るんです。あまりに打たれ続けていると「不快」が感じられなくなっていくんです。

>「お前は能力があるのに、いつも怠けている。だから余計にむかつくんだ。」と言われ、出産後専業主婦になっていた私を責めました。
→あなたが優しいことにつけ込んで、このような言葉の暴力をあびせることは許せない行為です。コアラ元夫が発達障害のためにこのような暴言を吐いていたとしても、コアラさんは、そのことによって甚大なダメージを被るのです。

目が見えない人が、車を運転して人をひき殺しまくっても、「あの人は目が見えないから」と許される事はないです。それと同じ。悪意はなくても、能力がなくても、「足を踏まれたら痛い」「刺されれば死ぬ」のです。なんらかの手段でその暴力からは逃げなければなりません。あるいは、なんらかの手段で、暴力から受けるダメージから自分を守らねばなりません。ご自分のためにも、子どもさんたちのためにも。

心が死ぬのは怖いことです。私も心が死にかけていました。半分死んでました。心が死ぬことは、その人がその人でなくなることです。発達障害で悪気がなくて、能力がないから妻の心を殺す行動しか取れないのであれば、そして、改善の可能性がないのであれば(なにしろ病気ではなく、障害ですからね。治らないからこそ障害なのです)、妻は身を守らなければいけない。

コアラさん、他にも書いたけど、法律的に離婚出来てしまってるというのは、ある意味らっきーです。関係修復の方向に進まれたいのであったとしても、「すでに法律的に他人になっている」という状況なら、「安全」な場所で努力出来る。

「家庭」というのは本来なら一番安全で安心な場所のはずですが、一歩間違ったらこれほど恐ろしい地獄はありません。コアラさんは、法律的にはそこから「足抜け」しているのだから、むしろ、そのことを利用されたらいいと思います。
(長くなったので、続きはまた改めます)
No.4890 - 2012/01/20(Fri) 02:01:28
 
 
 
 
コアラさんへ(2) / KS
>コアラさん

続きです。書いてると、コアラ元夫に腹が立ってくるわ。コアラさん、あなた信じられないくらいひどい目にあってるよ!


>でも私だってただ専業主婦になっていた訳ではありません。主婦は私にとって苦痛以外の何者でもありませんでした。だからまずは当時個人事業主だった旦那の経理を担当し、翻訳をしたり、子供の手が離れてきてからは英会話の講師などをしていました。
→経理担当をしてたのなら「専業主婦」じゃないですよ。立派な家族従業員です。コアラ元夫は、きっと経理上は、コアラさんに「給与」を払いながら、税金の節約をし、コアラさんにきちんと給与を払ってなかったんじゃないの? その「脱税給与分」請求出来ると思うよ。

翻訳や英会話の講師をされて家計も助けてらしたのに、そんな有能で勤勉なコアラさんを「怠け者」呼ばわりするなんて、本当にひどい男だね。コアラさんは、まだコアラ元夫のことを好きみたいなので、気を悪くされるかもしれませんが。

英語が得意なら、是非、アストン博士の本を読んでください。アスペなパートナーを持つと「カサンドラ症候群」というのに陥る危険があります。アスペなパートナーに翻弄され、心と身体の調子が狂っていくのです。

アストン博士のHPは;
http://www.maxineaston.co.uk/

アストン博士の著書は;
http://www.maxineaston.co.uk/books/

私はThe Other Half of Asperger Syndromeという本を読んで、本当に目ウロコでした。「あぁ、そういうことであったか!」と。

私は、元夫を拒絶する気持ちがすでに心の底にあったため;
Aspergers in Loveはタイトルだけで、読む気が起こらず、読みませんでしたが、カレンさんによると、両親の片方がアスペルガーであった場合の子どもさんへの影響などにも触れられているようです。

The Asperger Coulpe's Workbookは、離婚が成立してから、離婚の残務整理のために相手の特徴を知っておこうと思って(闘いのために敵を知るため)、読み始めたら、体調崩したので読みかけですが、実践的で良い本です。

>そのかわり、家事はおろそかになっていましたが、私はとにかく外にでたかったんです。料理は得意なのですが、片付けが苦手な私です。
→あ、おんなじ〜! 私はAC起源のADHDなところがあるので、お片付けが超苦手。

ちなみに、ADHD傾向は、私は「性格」と思ってましたが、実は、生育家庭にDVがあったために私は ACで、そのためにADHD傾向が出ていた部分があります。そのことは、ACを癒すための作業をする中で発見しました。いまだに、片付けは苦手だったり、先延ばし傾向があったり、色々ありますが、以前に比べて、人生、ずいぶんと軽やかに生きられるようになってきました。

この点については、後ほど詳述いたします。

>でもやればできます。ただあまりにも苦痛な為、続きません。それが、彼のいう「怠けてる」という部分につながるみたいです。
→だいたいね、仕事と家事と育児の全部をやるのが、どれだけ大変なことか、というのが理解出来てないんですよ、コアラ元夫は。アスペの人は頭の中で「コアラは有能な女性だから家事育児をこなし、その上で社会的にも活躍すべし!」という「定式」が出来ちゃうと、そのことを実現するための、日々の営み、日々の実践が、どれだけ血のにじむような努力が必要なのか、とかいうのが分からないのよ。「枠」は分かるけど、その「中身」のひとつひとつが理解出来ないの。で、「枠」にとらわれちゃってるからさ、その自分の「枠」に合わないことが起こると、それが受け入れられないのよ。コアラさんが、生身の血の通った人間で、1日は24時間しかないってこと、コアラさんの体力に限界があるってこと、そういうことがぜ〜んぜん理解出来てないのよ。

これ、アスペ本人のことについても言えると思う。自分が「これだけ出来るはず」自分は本来「ここまで成功して当然」みたいな「枠」が頭の中に出来ちゃってる。それを実現するために、具体的などんな作業が必要で、どんな風な交渉ごとが必要で、ってのが見えてない。で、その「成功像」に自分がなれない場合、他人を責める、責める。

ま、私の元夫はそうでした。自分がうまくいかないのは、ぜ〜んぶ他人のせい!

私はこれが、とても嫌でしたねぇ。

>ASの傾向がある彼はごちゃごちゃしているのがだめだったみたいですが、私は意外と大丈夫な性格。
→そんなら、自分で整理すりゃいいのよ。何もかもコアラさんにやらせることないのよ。

>かなりイライラしていたようですが、かなり二面性な為、最初は私には全くわかりませんでした。
→私のところもそうだったかもしれません。元夫は割合穏やかな性格でしたが、実は、それは気が小さいからだったのかもしれません。一見、自信たっぷりに見えましたが、実は、つねに怯えながら暮らしていたのかもしれません。

で、日々の「交渉ごと」が出来ないから、協力しながら、互いに心地よい妥協点を見つける作業とかが出来ないんですよね。で、勝手にストレスを自分の中にためていく。

で、いったん、これは「妻の落ち度だ」と思うと、もう、そこからのがれられない。自分の落ち度が100で、妻の落ち度(と自分が信じるもの)が1でも、もう、妻の落ち度1が頭の中を占めちゃって、そこからどうにも抜けられないようですね。

私なんか、カウンセラーさんからも、友だちからも、「はぁぁぁ? なんじゃそれ?」と言われた「ささいな」出来事で、元夫はいまだに私を心底恨んで憎んでいます。定型や世間一般には「ささいな」事ですし、そもそも「お前、そんなこと自分でやれよ! 奥さん、フルタイムで仕事して、おまけに平日子育て一人で引き受けてんだよ!」というようなことです。彼らに「バランスの取れた思考」というものは存在しないのです。「フェアネス」などを期待しても無理なのです。

>だんだんとそのイライラが態度に出始め、物を蹴ったり、ドアにあたったりという、DVのよううな兆候が結婚後5年ほどで現れ始め、常にイライラ、私を無視するなどと言った状況が2年ほど続きました。
→それは大変でしたね。私はDVのある家庭に育ったので、暴力的なことがある家庭というものが、いかに落ち着かない、嫌なものかよく分かります。コアラさんの気持ちも、とても傷ついたと思います。

私のところは物理的に暴力的なことはなかったですが、「完全無視」をされましたね。私のところは単身赴任だったのですが、たまに帰ってきても、私に背を向けて、常にTVを見てました。何度も「私のことがそんなに嫌いですか?」とその背中に叫びたくなりました。

が、私は、自分の生育家庭でのこともあり、子どもの前でケンカしたくなかったため、その言葉を飲み込み、心の中にストレスを溜めていきました。それは、本当は、「暴力」のひとつでした。が、当時はそれに気づかず(無意識で気づかないフリをし)、「結婚生活も長くなればそんなものかな」と思ってました。

が、後に叔母にこのことを話したら、「それはおかしい! ひどい!」って言ってました。私、「ひどい」ことされても、「ひどい!」と感じるセンサーが麻痺してたんです。

元夫の方は、元夫で、私が元夫のイメージどおりにふるまわないことのストレスを溜めていきました。アスペの人は「頭の中で思った」だけでそれが「実現する」と思ってしまうこともあるみたいです。「頭の中で思った」ことと、「自分が本当に言ったことややったこと」の区別、脳みその内と外の境界があいまいなことがあるみたいです。これは当事者の方から教えていただきました。

私が耐えられなかったのは、この元夫の脳内で私が「あやつり人形」にされてることでしたね。元夫の頭の中ではシナリオがあり、「こうあるべき」「こうなるはず」というのがあるのです。で、それは、自分が「KSはこうしていればいい」などの発言によって、それが、すべて実現すると思っていたのです。で、そのとおりにならないとパニックになるのです。

「自分がうまくいかないことはすべて他人のせい」「他人が自分の思うようにふるまわないのもすべて他人のせい」です。やってらんない!と思いましたね。元夫を尊敬出来なくなりました。尊敬出来ない人と夫婦やるのは嫌でした。

>その時期は仕事も大変な時期だったようで、そんな感じだったみたいですが、私の彼に対する印象は全く真逆の人だったのでかなり悩みましたし、私が精神的に病み、カウンセリングに1年ほど通いました。私と彼の関係は共依存だと思います。私の育った環境がかなり複雑なのですが、私はそれなりにやってきました。が、共依存。私もまだまだ抜けられていません。
→私も同じです。子どものために正気を失わないためにカウンセリングに通いました。本も沢山読みました。

私も自分の生育家庭にいろいろあったけど、仕事も普通にしているし、自分ではACは克服出来てると思ってたんです。でも、根深いところで、子どもの頃の傷が癒えてなかったんです。

西尾和美さんの『アダルトチルドレンと癒し』は読まれたことありますか? 私はふとした偶然でこの本を手にして、「え? 私ってACだったんだ!」と思いました。
http://www.amazon.co.jp/アダルト・チルドレンと癒し―本当の自分を取りもどす-西尾-和美/dp/4313860037

今はまだ余裕がないかもしれませんが、いずれ、手に取ってみていただきたい本です。私は、自分がACだということ、自分では克服したと思っていたACが克服出来てなかったことを知ったこと、自分を癒す作業を始めたことで、初めて自分の人生を自分の手にしつつあります。

今は、同じ著者の『アダルトチルドレン癒しのワークブック』で自分癒しをしている途中です。癒しの作業は心への負担がとても重いので、自分の条件が整ってからでないと入れません。私も3章ぐらいでつっかかったままです。子どもの頃の家庭であったことを「思い出す」作業で、辛くなっちゃって、先に行けなくなってます。

精神科医のやんばる先生の「意味不明な人々」というブログがあります。発達障害や人格障害の患者さんたちと接して分かったことが書かれています。その中に、ASの男はADHDの女に惹かれやすく、とくにADHD女にACの「見捨てられ不安」があると、なおのこと、という記事があります。
http://blog.m3.com/adhd_asperger_etc/categories/15

私は、まさにこれだったと思います。AS♂がADHD♀に惹かれやすいという点については、mahaさんも指摘なさってますね。

ASが庇護を求める、という傾向についてのやんばる先生のご指摘も、なるほど、と思いました。コアラ元夫や私の元夫の「自分が頭に描いた庇護像」「それが100%達成されて当たり前像」にとらわれ、無理な要求してくる彼らの脳内の仕組みというのが、あるようです。
http://blog.m3.com/adhd_asperger_etc/categories/188

が、これじゃ、こちらはやってられません。無理です。壊れます。

> 彼がASだと知ったのは実は1年ちょっと前です。本を大量に読む彼は、自分ではいろいろ調べてはいたようですが、私にカミングアウトしてきたのはそれくらいの話。
→元夫には自覚はありません。私は、元夫にもカウンセリングを勧めました。当初は「オレはおかしくなんかない」と言うのを、何度も何度も懇願して行ってもらいました。が、カウンセリングは自分に「困り感」があり、なんとか事態を改善したい、と思う気持ちがないと機能しないので、元夫にはダメでした。

まぁ、私自身の精神衛生上は良かったです。とりあえず元夫を「専門家の目」で見て欲しかったので。

コアラ元夫には「自覚」があるので、その点では、関係修復の希望もあると思います。この「自覚」がない場合は、定型の側が一方的にとんでもない負担を負って、「表面上はうまく行ってる」ように見せることは可能ですが、本当の意味で「うまくいく」ためには、双方が「自分達がうまくいかない背景には片方がアスペルガーだからということがあるかも」という自覚を共有しないとダメです。

コアラ元夫は、せっかくのこの「自覚」を建設的な方向に持っていけないんですね。コアラ元夫にも「関係修復」の意志があるようなら、アストン博士の『ワークブック』を一緒にやるのも手だと思います。本当は専門家の助言を得ながらがいいのですが、日本には、これが出来る専門家はほとんどいないんじゃないかしらね。

英語がお得意なら、いっそ、海外旅行も兼ねて、アストン博士のカウンセリングを受けたり、ワークショップに参加されるのも手です。

>それなのに、彼には記憶の障害があるというか、記憶力が著しく良くないのか、自分で思いこんでしまっているのか、ずいぶん前に私に話したと、彼の中では事実がすり替わっていることが多々あります。自分は首尾一貫していると信じているようですが、言う事は毎回違います。
→これ、定型側は混乱するし、気が狂いそうになりますよねぇ。

>でもよくよく聞いてみると自分独自の共通項のような物があるらしいのですが、定型の私には伝わりません。
→右に同じです。私はもう元夫との関係修復はみじんも願ってないので、彼のために時間とエネルギーを使う気持ちはないのですが、コアラさんの場合は、アストン博士にカウンセリングを受けて、このあたりのことを教えていただく、という手はあるかもしれません。カウンセリングって時間がかかるから1回や2回でどうにかなるものじゃないとは思いますけど、でも、日本でカサンドラ症候群の知識がない方のセッションを10回受けるより、効果あるかもしれません。

>私には離婚しても、まだうるさく干渉されるのがとても不愉快ですし、どうしていつも上から目線的にしか物事をみれないのか、そういう障害というか、ASだからそうなってしまうというのは頭では理解出来るのですが、気持ちの上ではとてもいい気分ではありません。
→ほんとにね〜。あの「上から目線」なんとかしてほいしですねぇ。本当にいやな気分ですねぇ。激しく同意!です。

>いつになったら、解放されるのでしょう。
→ほんとに。これ、私の一番の課題です。でも、彼らは、捨てる時は「アッサリ」です。元夫は、どれだけ、普通だったら大事にする人間関係をアッサリ切ってきたことか・・・。彼らは「妥協しながら」「折り合いながら」他人とつき合うことが出来ません。自分のイメージどおりのおつき合いが出来ない相手はバッサリ切ります。なので、「バッサリ切られる」を私は目指しています。

>「あんたの事を心配してるから、言うんだ」と言って、いつも私は一方的に怒られるような形になるのは正直もうしんどいです。
→同じすぎ! でも、彼らの頭の中では、これが「真実」なのです。定型同士でも、お互いの頭の中の「真実」はズレています。が、定型同士はズレていることがある、というのを折り込み済みで妥協点を探しながらやっていきます。

>しつこく言われるのでこちらが、かなりうんざりして「わかったよ!」と強く出ると、「もう心配してやらない、勝手にしろ!!」と言って一方的に電話を切られたり。
→辛いですね。でも、時々強く出るのは大事です。定型同士でするように、「流す」をやってると、彼らの頭の中の「妄想」はどんどん膨らんで行きます。

>こちらが助けてほしい時にはその助けは得られないのに、大きなお世話なときにだけ、口をすごい勢いではさんでくるんです。
→ほんとにね〜。でもさ、自分ではすっごく「助けてる」つもりでいるんだよね。アスペは自分がやったことは1でも100ぐらいに思うからね。で、こっちがやったことは、100でも1ぐらいにしか認識出来ない。

>そしていつも、「あなたの為に言ってるんだ。俺が言うって事はあとで必ず問題になる点だから言ってるんだ。素直に聞いておけばいいのに」と言われますが、じゃあ、口だけじゃなくて手も出してといいたくなります。
→あまりに元夫と似過ぎていて、びっくりします。私、時々、アスペの人って宇宙人で互いに交信してるのかぁ?と思っちゃいますよ。だって、あまりに言ってることや、言い方が同じなんだもん。

>必ず前置きに、「あんたの事だから、知らんけど、」と言う割には勝手に巻き込まれにやってきて、やんややんやと始める。だいたい自分に関わってくるような事については、必ず口出ししてきます。
→なんとかコアラ元夫と適正な「距離」を取るのが先決ですね。とりあえずはコアラさんの「心の中」で。私も、これがなかなか難しかったですし、いまだに難しいです。

なので、離婚した後も、「はぁぁぁ?」ということを元夫が言ったりやったりすると、吐いたり、寝込んだりするほどの身体症状が出ます。恐るべし、カサンドラ症候群!

>その言い方がおかしいから、きっと私がカチンとくるんでしょうが、なんなんでしょうか。
→その「カチン」の感覚、大事にしてください。その「カチン」がコアラさんの「バランス」を取り戻す大事なヒントになると思います。

何度も書いていることの繰り返しになりますが、アストン博士は、アスペとの結婚は、@アスペな彼との生活が好き! A嫌だけど事情があって別れられないから妥協、B別れる、の3つしかないとおっしゃいます。

コアラさんには、@の道もまだ可能だと思います。が、仮にA(法的離婚はしてるとしても)の道を選ばれる時も、「自覚的に」そうされるかどうかで、「巻き込まれ度」は違ってきます。この場合、精神を二重構造にして、徹頭徹尾、アスペル元夫とはアスペ仕様な対応をして、表面はうまく行かせ、「実」を取るのです。とても強い精神が必要になると思います。定型の側からは「芝居」をすることになります。が、アスペの側は「ご満悦」でしょう。

子どものために、一時的にアスペ仕様の対応で乗り切っておられる方々お沢山おられます。カウンセラーさんの中にもこれを勧める人もいるみたいですね。「ご主人のことはキャッシュディスペンサーと思いなさい」など。

精神構造が単純な私には難易度が高く、無理そうですが。
(またまた長くなってしまいました。切ります)
No.4891 - 2012/01/20(Fri) 09:19:10
 
 
 
 
コアラさんへ(3) / KS
>コアラさん

続きです。書いていて思いましたが、コアラさんと私はとても似た状況にあるけれど、一番大きな違いは、私は元夫がもう全く好きじゃないこと、で、コアラさんには、まだ相手と「仲良くしたい」という気持ちが残っていること。最終的に進む道は違うかもしれないし、同じになるかもしれない。カレンさんと私が同じような経緯をたどって、全然違う選択をしたように。でも、私の体験が何かの参考になれば嬉しいです。カレンさんと私も途中経過は、同じような苦労、努力をしてましたから。

>感情論を抜きにしたら、きっといいこと言ってるのでしょうが、なんだか後で自分が大変なコトになるのが嫌だから私にいろいろ言ってくるような気がしないでもないです。でも本人は至ってまじめに、私の為と主張します。たまに、泣きながら訴えてきます。
→その「いい事」を実現する「手間」などを含まない「結論部分」だけ見れば「いい事」かもしれません。でも、それを「実現」するプロセスや、そのための苦労というのが彼らには理解出来ないのです。そういう苦労をして何かを実現したことというのがないからです。

元夫もそうですが、結婚しているアスペは基本的には知能が高いのですが(日本の女は経済力のない男と結婚しませんから、普通)、彼らは、その「初発」の「能力」で生きている気がします。定型は手持ちの能力が10でも、努力や工夫や試行錯誤でその能力を増やして行きます。特に、社会人になってからはそうです。

結婚出来るレベルのアスペの人は、初発で50くらい持ってて、で、学業ではその手持ちで「やりくり」出来てる。で、社会人になってからも、その50でやりくり出来るタイプの仕事に就けば、なんとかやりくり出来る。でも、定型のように、雑談を含む人とのつき合いの中で「有形無形」の仕事のヒントを学んで自分を伸ばして行くことは出来ていない気がしますね。

初発の50の中で処理出来ないことが起こると、職場でもうまく行かなくなっていくと思います。定型は初発が10しかなくても、10なりに工夫して、それを少しずつ15にしたり、20にしながら行くけれど。

アスペは、そういう複雑なプロセスを経て何かを「実現する」という経験がとぼしい気がします。元夫は知能指数はえらく高かったので、いわゆる「良い大学」に入りましたが、「努力」の量はすごく少ないです。だから、「何かをするには努力が必要」ということが分かっていません。私から見ると、努力しないで文句ばっかり言ってるように見えます。

だけど、ブランド志向だけは強いのです。自分が努力したことないので(その能力がない。努力も能力のうちです)、家族に対しても「かっこいい結果」だけを求め、その実現のためにどのような努力を本人がしなければいけないか、というのがまるで分かっていません。

努力したことがある人は、形だけにとらわれることはないし、他人を簡単に批難したりしないものです。「何かを実現する」ということが、どれだけ大変か分かっているからです。

だいたい、受験などにおいても受験勉強を真面目にやってない人ほど、大学の名前にこだわりますね。で、不要なコンプレックスやひがみ根性を持ってみたりね。

>基本助けてもらうとかあまり期待してないです。というのも、期待するとこちらの心が折れるから。振る舞わされてしまって、私はつらいんです。
→ようするに「あて」に出来ないんですよね。「口」ばっかりで。「口」ではキレイなことを言います。が、「口」で言っただけで、彼らの頭の中では「実現」しちゃってるんですよ。で、「こんな素晴らしいオレ様」に酔ってる。

「それ」をするためには、まず、あれをして、これをして、って何百もの細かな作業が必要だったりするのにね。で、そういう努力は妻に丸投げしといて、妻がそれを実行しても、その何百もの作業を妻がしたということは「理解出来ない」のです。

「期待しない」って悲しいし虚しい。でも、期待しても無駄なんです。だって、相手は「出来ない」んだもん。その「能力がない」んだもん。

私も、最初、元夫が「ここまで出来ない」というのを認めるのが苦しかったです。「認めたくない」気持ちがありました。が、「ここまで出来ない」のが「厳然たる事実」だったんです。

二次障害も出ていたかもしれませんが、元夫とは、最後の方、簡単な日程調整すら出来なかったです。この掲示板で当事者の方からも助言いただいて、「え? ここまで出来ないんだ」というのを、思い知った次第です。

「ここまで出来ない」人と家庭を営むのは辛いし、きついです。だったら一人でやる方がずっとラク。「ここまで出来ない」ことを自覚して、こちらが沢山の負担をおってることに「悪いね。苦労かけるね」と言ってもらえるならともかく、それを理解することも「出来ない」のです。そして、自分は「オレ様」「絶対正義」。私には無理です。

>結局、この離婚にしたって、いったいわたしに何のメリットがあるのか、よくわかりません。
→まったく、おかしな理屈ですよねぇ。意味不明。

>いい方に考えれば、仕事ができて、キャリアがつめるようになった。
→それはね、良かったよ! やっぱりね経済力は資本主義社会では「権力」です。金があれば出来ることがいっぱいある。金があることで得られる自由がいっぱいある。金がなければ耐えるしかない、泣いてあきらめねばならないことがいっぱいあるのです。

女が金稼ぐのは大変ですけどね。

>でもバツイチ、子持ち、苦労はかなり耐えません。
→子ども抱えて働くのは本当に大変なこと。私も自分がやってきたことだから、よく分かります。

>二人でがんばろうって言うのがあったら、精神的な支えというか、つらい時は力を合わせてがんばろうっていう、なんかそんな風に言われてたら、違ったのでしょうか。きっと彼はそういうつもりだったんだとおもうんですが、彼独自の言い方だったので私は理解出来なかったみたいです。
→「がんばる」ということの「中身」が理解出来てないんです。「がんばる」という美辞麗句は知っていても。

「二人でがんばろう」と言ったり、頭の中で思ったら、それが「自動で」手に入ると思っているんです。我が家のお風呂はスイッチを入れると「自動でお風呂を沸かします」と言うアナウンスが流れるんですが、私は、これを聞くと元夫のことを思い出してしまいます。あぁ、彼はなんでも「思う」(=スイッチ入れる)だけで、手に入ると思ってるんだなぁと。で、それが手に入らないと、「あれれ?」となって、パニックになりつつ、他人を責める。あるいは自分の不運を嘆く。

>でもいつまでたっても私が動かないから、離婚です。
→ほんとに無茶苦茶ですよねぇ。ご実家のご両親も驚かれていらっしゃるんじゃないですか? お友達だってビックリ!でしょう?

私は、当初はあまり他人に相談することも出来ずにいましたが、少しずつ友だちに相談する中で、自分がいかに、元夫の論理にとらわれてしまっていたか、元夫との生活でバランス感覚を失っていたかが分かりました。

元夫と暮らす中で、少しずつ実家や友だちとの人間関係も薄くなってた部分があるんです。実家は暴力があったので、元夫の助言でこれが切れたのは良かった面もあったのですが、でも、今思うと、元夫は、私をさまざまな人間関係から巧みに切り離して行ったという面もあります。

私のところは母もアスペ(?)なので、母とは距離を取ってますが、仲の良い親戚には、けっこう支えてもらっています。

カウンセラーさんからは、必要な時に助けを求めることが出来るのも「自立」のうち、と言ってもらいました。これまでは、苦しくても自分の中にためこんでました。でも、今は、少しずつ、自分の人間関係が豊かになりつつあります。

>自分でも気がついてるみたいです。自分がいくらいろんな事を言ったって、だれも聞いてくれないし、自分はみんなを説得出来ない。どうしてなのかはわからないが、どうしてもみんなは自分の言う事をきいてくれない。それもASだからなんでしょうか。
→すべてがASのせいじゃないかもしれませんが、ASのせいもあるでしょうね。ASの言うことって、一見、「もっともらしく」見えるけど、どこかで破綻してることも多いです。元夫も、すごく雄弁です。でも、なんか変。

ものごとがうまく回転している間は、それでいいのですが、いったんうまく回転しなくなった時に、根回ししたり、意見調整したり、定型なら「普通」にやってる「作業」が「出来ない」ので、破綻するのです。で、「あいつはダメだ」と「切る」。

> 元旦那は仕事をほとんどしていない状態で、いつ自己破産するかもう時間の問題だとか。その前に私に自立してもらわないと困る。子供たちの為に。
→自分勝手ですね。でも、経済的にもコアラ元夫は、やばい状況にあるみたいですね。コアラ元夫が親権持ってる方の子どもの生活費もあなたの肩にかかってくるかもしれません。せめて、コアラ元夫の生活費の負担だけからはお逃げなさいな。下手したら、全部、あなたが丸抱えで面倒見ることになりますよ。

>なんだか矛盾してませんか?言ってる事はなんかみんなの事考えてるような事ですけど、本当にそうなのか、とても疑問に思うんです。
→今は、真剣に2人の子どもさんのことを考えることが大事ですね。子どもさんの年齢が分かりませんが、親権があるということはまだ成人していない訳で、大学進学などとなれば、かなりのお金がかかります。コアラ元夫に頼らなくても、その程度のお金を出せるようになることが、一番の早道かもしれません。

私は子どもが一人なので、自分の生活と子どもの教育費くらいは元夫をあてにしないでも何とかなりますが、二人だったらかなりきついです。

>働きたくないとか平気でいうし。でも子供たちの為に腎臓を売ってでも、生活費は出すとか。
→腎臓なんてさ、売るって言っても1回しか売れないよ。コアラ元夫、かなりきてますね。腎臓売って、体調が悪くなったら、子どもたちの将来がもっと危うくなるって、そんなことも分からない。ま、分からないから障害なのか。(ごめんね。他人の元夫のことをここまでひどく言って)

>でも実際にじゃあ、もっと生活のレベルを下げるとか、いろいろできる事はあると思うんです。でも、それはしない。でも臓器は売る。本末転倒のような気がするのはわたしだけなのでしょうか?言ってる事が、チグハグしてませんか?
→元夫も金銭感覚無茶苦茶でしたね。1円の節約をしながら、バカな買物をする。そもそも、息子の高校入学金すら貯めてなかったんですよ。ビックリです。高校に合格した時に、費用を振り込むために一部負担して欲しいと言ったら、「ない」って言うんですよ。で、「全額借金する」って言うのよ。あきれはてましたねぇ。で、実際、借りて来たのよ。「借金しなければ払えないのならいらない。全額私が払います。今すぐ借金を返してください」と言ったけど。

子どもが産まれた瞬間から15年後には高校進学するって分かってるのにね。で、口では「子どもを愛している」とか言うんですよ。親としての責任とか分かってないのよ。でも「愛している」と言った瞬間、自分の脳内で「すばらしい父親=自分」のホルモンが出て、酔っぱらっちゃうんですよね。やってられません。

> なんだか話がいろいろ飛んでしまいましたが、だからといって、私彼の事は嫌いではありません。
→ここは、コアラさんと私の違うところね。私は関係修復の努力もしてみたけど、その過程で、元夫のことが大嫌いになりました。

コアラ元夫は、コアラさんにとって、まだ魅力ある人なんだね。

コアラさんの場合は、コアラ元夫に「自覚」もあるから、関係修復も可能かもしれない。うまく行く場合は「突然」上手くいくようになるらしいです。カレンさんのところもそうだったし、Mariaさんのところもそうでした。

>できるなら、家族はバラバラになりたくないんです。でもそうなると彼とはこの先もつきあっていかなくては行けない。そうなると私の対応の仕方が問題になってくるんですよね。仲良くしたいんです。
→アストン博士の本を早急に読むのがいいかもしれません。mahaさんが紹介してくださってた『アスペルガーのパートナーをもつ女性が知っておくべき22の心得』も良い本です。
http://www.amazon.co.jp/アスペルガーのパートナーのいる女性が知っておくべき22の心得-ルディ・シモン/dp/4902082101

>なんかいつもゴールは同じなのにそれに向かっていく手段が違って喧嘩になる。しかもかなりの大げんかに発展するというこの建設的ではないものを、どうにか建設的なものにしていきたいのです。
→ケンカするほど仲が良いとは良く言ったもの。カレンさんのところも、よく大げんかしたようです。大げんかできるだけぶつかり合える関係なら、そして「ゴールが同じ」と感じることが出来るなら、関係修復の可能性は大。

「知識があればうまく行く」ケースかもしれません。コアラ元夫に対し、ずいぶんとひどいことも書きました。失礼お許しください。

>もっと私が寛大にならないといけないのでしょうね。
→これ以上寛大になることはありません。「知識」を得て、工夫を重ねましょう。

>でもかなり腹立つし、正直、こんな風に一生言われ続けるのか…って考えてしまうんです。
→「知識」によって、そして、その「知識」を共有し、2人で工夫を重ねることによって、道が開けるかもしれません。

パンダさんの「アスペと定型」というブログはご存知ですか? 参考になるかもしれません。のぞいてみてね。

>はぁ、どうすればいいのでしょう。。。。
→まずは、ご自分が「どうしたいのか」という気持ちをみきわめることでしょうね。そして、アスペとの結婚をうまくいかせるための「知恵」を学び、それをコアラ元夫とともに試してみる。コアラ元夫が、コアラさんとともに、そういう努力をしてくれる人かどうかをみきわめることも含めて。

子どもさんとの時間も大切にしてくださいね。子どもと一緒に笑える時間をいっぱい持ってくださいね。

健闘を祈ります!
(コアラさんの1つめのカキコミへのレス、終了。だいたい、これで言いたいことはつきた感じがするので、2つめへのレスは省略します)
No.4893 - 2012/01/20(Fri) 11:23:26
 
 
 
 
コアラさん / KS
お元気ですか?
せっかく長々と書いたので上げておきます。
No.4974 - 2012/01/31(Tue) 19:23:23
 
 
 
 
頑張らないで〜 / misa
mahaさんへ
私は結婚してから今日までずーっと医者通いです。現状も体調が悪く、15年位前には甲状腺の癌にもかかり大事には至りませんでしたが、頭痛がひどくて入院、頻脈が治まらず入院など、元気ーと言える時が少なかったです。息子に言われて心療内科的なところも幾つか行きました。でも解決とはなりませんでした。なのでmahaさんのつらさは私なりにわかる気がします。私がすくわれていたのは、近所の友人や兄弟のつながりがあり、特に仲の良い姉にいつも夫の悩みを聞いてもらっていたからだと思います。mahaさんのように拘わり過ぎる親戚やご近所ではないので楽だったと思います。今朝、別に住んでいる長男(独身)が帰ってきたので、夫の事を話しました。【そういう病気があるとは知らなかったけど前からお父さんの事は軽く受け流して、自分が傷付かないほうがいいよと言ってでしょ、お母さんの気持ちがそれで楽になったのならそれで良かったね】と言ってくれました。mahaさんの文面を読ませていただくと、頑張って欲しくないけど、自分を大事に思うことを頑張れと言いたくなります。
No.4961 - 2012/01/29(Sun) 14:15:15
 
 
 
 
Re: 頑張らないで〜 / maha
misaさんへ

 体調不良を抱えながら、お店を切り盛りし、お子さんたちを育て上げて今日までこられたこと、尊敬いたします。支えてくださるご兄弟姉妹がおられるのもうらやましいです。
 
 私の事を気遣ってくださりありがとうございます。2月からは、今の自分に出来る範囲での楽しみ方を探してみたいと思います。
以前こちらで話題になっていた、塗り絵や刺繍などしてみるのも、よいかもしれませんよね。

 
No.4962 - 2012/01/29(Sun) 22:35:50
 
 
 
 
息子 / KS
>misaさん
私のところも、息子がとても頼りになり、助かっています。
頑張りすぎないこと、大切ですよね。

>mahaさん
先日、またマンダラ塗り絵をやってみました。塗っている間は、以前より明るい色使いをしているような気がしていたのですが、あとで比べてみたら、あまり変わっていませんでした。心が癒えるのには時間がかかりますね。
No.4971 - 2012/01/31(Tue) 13:13:35
 
 
 
 
Re: 頑張らないで〜 / maha
 KSさんへ

 海外で塗り絵がセラピーの一種としてはやっていたという事がるようで、輸入物の塗り絵などもネット通信販売で色々手に入るようですね。私は、信仰には関係なく「イコン」の色使いにとても惹かれます。あとステンドグラスなどにも・・・。ですから、ステンドグラス様式の塗り絵を注文しています。

 実は、長年絵を描く事は私の憧れの一つでした。クレパス画や油絵等にも手を出してみましたが、いずれも夫の知覚過敏に支障があり、道具を買うまではOKだったのですが、それ以降が差し止めになっていました。彼は、屋内に収納している画材のにおいが苦痛で受けいれられなかったのです。クーピーペンシルや色鉛筆の臭いもダメだったのですよー!!

 でも今は、誰も咎める人がいないので、もう少し暖かくなったら、外などで写生などしてみたり・・・あれこれ再チャレンジしてみようかと思っています。

 人間の目は色々な色彩を感じることが出来ます。特に日本の色彩感覚は繊細で沢山の色を認識してきたといわれています。現在でもひな人形や鎧武者人形の色使いなどをみているとそれが納得できます。

 色彩学には関心があります。今後、勉強してみたいことの一つです。国内にも色彩心理学を取り入れた「カラーセラピー」などの講座や団体があります。

 しかし、一部には、スピリチュアル志向をとりいれてグッズ販売をするのが目的という所もあるので、注意をしたいとも思っています。

  

 
No.4973 - 2012/01/31(Tue) 16:14:13
 
 
 
 
ありがとうございます / わんこ
mahaさんへ
返信ありがとうございます。
またオフ会の機会や皆様から情報を頂けたら嬉しいです。
この掲示板にようやくたどりついて少しホッとしています。
PCにやっと向かえるようになったというのが現時点での正直な所です。メンタルクリニックでも探してくれましたが子供がアスペルガーといった親向けのセミナーがある事は分かりましたが、配偶者がアスペルガーといった集まり、自助会の情報はまだ見つかりません。
25年間、結婚当初からおかしいな 変だなと感じていました。
夫がアスペルガーだと分かりそういうことだったのかと長年の謎が解けたように思い茫然としています。
子供3人もそれぞれにその遺伝子を少しずつもらっています。
子供達に対応するだけでも毎日大変なのにこの上夫まで・・・それは無理だと思いました。
それでも今目の前にある生活を全部放り出す事は出来ず 仕事は真面目にしている夫を家計を支えてくれる人と割り切って生活するしかないかなと思っています。
気持には波がありそう思える時と絶望的な気持になる時があります。
こうして投稿しながらもうまく気持を表せる言葉が見つからず 精神的にいっぱいいっぱいなんだと思います。
親にも友達にも理解されなかった私の本当の苦しい思い。
爆発しそうになっても無理やり蓋をして気持の奥へと追いやってきた気持ち。
少しずつでも話せるようになっていけたらと思います。
掲示板への書き込みは実は初めてだったので何も知りません。
失礼があれば教えて下さい。
みなさま どうぞよろしくお願いします。
No.4955 - 2012/01/28(Sat) 17:32:37
 
 
 
 
オフ会 / KS
関西・東海にはあるみたいです。関東でも出来るといいですね。
でも、出来たら、専門家のファシリエータのいるような会が出来るようになればいいな、と思います。
イギリスには、アストン博士という方の開いているワークショップがあり参加者が自分の体験を話し合う中で癒されていくのが中心ですが、議論の流れがあまりよくない方向に行ったり、という時には、アストン博士がファシリテータの役をやってくださるらしいです。「お勉強」の部もあって、専門家のお話も聞けるらしい。日本でもそういうのが開かれるようになるといいですね。
No.4972 - 2012/01/31(Tue) 13:19:21
 
 
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