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平昌五輪が近い / ふたくん
ふと気がつくと、あと3ヶ月ほどで、冬季五輪が平昌で開かれるんですね。
はたして半島のあの北の国が、無事に開かせてくれるのでしょうか。
出場する選手たちも、いい状態にもっていくために、懸命に努力中でしょうか。

出場選手が決まっていない種目の選手は、必死です。
フィギュアスケートがそうです。世界選手権の成績によって、女子の出場枠が2となってしまったのです。
有力候補としては、宮原知子、三原舞依、樋口新葉、本田真凛あたりでしょうか。年末の日本選手権での成績がものをいいますが、故障あがりの宮原選手がどのくらい滑れるのかわかりません。
そして、11月第一週末の中国でのグランプリシリーズが大きなポイントとなるのではないでしょうか。
本番の韓国に一番近い外国、中国での大会ということに注意です。宮原選手以外の有力候補がひととおりそろうというところに注目です。
おそらくは、日本の協会が考慮した結果に違いありません。

男子の方は3枠で、羽生結弦、宇野昌磨の両選手で問題ないのですが、あとひとりは微妙です。
できるなら返却して、女子枠1つ増やしてもらいたいくらいです。将来が期待できる若い選手がいいのですが、それより力が上のベテラン選手にとっては、そうもいかないでしょう。

いろんな種目で選手たちには活躍して、メダルをとって欲しいのですが、スキーの女子ジャンプに期待です。

高梨沙羅選手には、ぜひこのオリンピックで金メダルをとって欲しいです。
大きな大会といえば、世界選手権・オリンピックがあるのですが、合計五つの大会に出ています。個人成績としてはソチ五輪4位、そして世界選手権では6位・2位・4位・3位
という成績で、金メダルがないのです。

ワールドカップでは、ずいぶんとたくさん金メダルをとっているのですが。
去年は、年間トップの成績でした。いや去年だけではありません。6年前からある女子総合優勝で4回年間優勝しているのです。優勝しなかった初期のころは、3位と2位に入っているのです。今ごろ本人も、なんとか勝ちたいと思っているかもしれません。

部外者のぼくのアドバイスとしては、「気持ちの安定を」というしかありません。
たとえばスケートの羽生選手は、弓弦羽神社や清明神社などを参拝しておられます。ぼくの田舎出身のレスリング登坂選手は、高岡市横田の神社を参拝しておられます。
それで勝つとまではいいませんが、すこしは気分転換になるかもしれません。

おすすめしたい神社は、龍神関係の神社かもしれません。ジャンプに影響のある風をつかさどるかもしれません。平昌のジャンプ台は危ない横風があったりして、危険視もされているようです。防御塀も設定されたりしていますが、どういうぐあいなのか。

ほかには、秩父の方にある三峯神社などはどうでしょうか。月初めに白い袋に入ったお守りをだすそうです。その日は山道に早朝から車がずらりと並び、大混雑らしいです。なんだかいい運をもらえそうです(ここは山犬=にほんおおかみが神のお使い)。
そして、九州に小さな剣をさずける神社があるそうです。柔道の谷選手がいただいて、金メダルを獲得したらしいです。

いずれも、ぼくには体験がありません。したがって保障はできないのですが、精神面のおちつきになればなあと思います。

それでは、また。
No.715 - 2017/11/02(Thu) 00:18:25
福岡旅行終了 / ふたくん
大島港から九州本土の神湊へ戻りました。
せっかくここまできたので、かえりは宗像大社辺津宮へ寄っていこうと思いました。

神湊のバス停から乗車して、二十分弱で、宗像神社辺津宮に着きます。
この神社は、たいへん広い土地の上に建っています。ただ、昔から広い土地だったわけではないようです。
それは、生涯この神社に厚い信仰心を持った出光興産創業者出光佐三さんが、まわりの土地をコツコツと買い上げ、神社に寄進されたりしたからのようです。
駐車場は、500台の車がとめられるそうです。

出光佐三さんは、当時イギリスに押さえられていた石油を、ひそかにイランより仕入れて、独占を破った方です。日章丸というタンカーで、最悪沈没という危機をかいくぐって、にほんへ運びました。日章丸事件とよばれるそうです。

百田尚樹さんの「海賊とよばれた男」という小説に、詳しいようです。
映画では、岡田准一さんが主演です。

出光佐三さんは、宗像大社を信仰するのがふさわしい方のような気がします。

そして宝物を集めた「神宝館」を見て回りました。
龍神からもらったという翁のおめんは、一段といい扱いで飾ってありました。みあれ祭りで使うおめんは、模写して作ったサブのおめんだそうです。そうだろうなとは思っていたのですが、確認できてよかったです。

ささっと宗像大社辺津宮を見終わって、バス停へ向かいました。バスを待っていると、旅人らしきおじさんがやって来て、バス時間を手帳にうつしました。うつし終った頃に話しかけました。JR東郷駅からタクシーで来たそうです。約1,400円だったそうです。ふむ、そのくらいかかるんだ。
「わたしは愛知からきたのですが、おたくはどこから来られたんですか?」と聞くと
「新潟です」と答えてくれました。
鉄道で、はるばる来られたようで、ぼくがジェットスター航空の格安切符でやって来たと話すと、気絶しそうに驚かれました。まっ、それほどでもないか。

宗像大社や宮地嶽神社、古墳群などが見たくて来たそうです。うむ、その気持ちはよく理解できる。

バスが来たので乗車し、博多の町へ帰っていきました。
そして翌日の飛行機で、名古屋へ帰りました。

それでは、また。
No.714 - 2017/08/31(Thu) 23:09:03
筑前大島を離れる / ふたくん
その夜は、島の旅館に泊まりました。

夕方のまだ明るいうちに荷物を宿に置き、近くの史跡「安昌院」へ向かいました。
そのお寺には、安倍宗任のお墓があります。

むかし岩手のあたりで勢力を伸ばしていた安倍一族をなんとかしなければいけないということで、朝廷は源頼義を派遣。これが前九年の役(1051年〜1062年)です。
父・頼時と兄・貞任は殺害されてしまいましたが、宗任は降伏して京の都へ送られました。
都の貴族が、奥州の蝦夷(えみし)は花の名前など知らないだろうと思って、梅の花を見せたところ、
「わが国の 梅の花とは見つれども 大宮人はいかがいうらむ」
と、歌で答えたので、貴族たちは大変驚いたそうです。

なにしろこの平安時代は、女性をくどくときも答えるときも、歌で思いを伝えたりしたわけで、それが教養のひとつだったようです。

お墓のまえで、手をあわせて帰りました。
この安倍一族は、今の総理大臣安倍さんのご先祖で、当人もお参りに来たことがあるらしいです。

https://hakataboy.com/temple.php?dirpath=temple/Fukuoka/Munakata/AnsyouIN/

泊まる旅館は三〇屋さんです。お手伝いの女性が、
「きょうは、宗像大社中津宮の神職の方の送別会なんです。この上の部屋なんです。もしかして、うるさいことがあるかもしれませんが、よろしくお願いします」
と言われましたが、ノープロブレムです。

運転手の吉〇さんによると、宗像大社の神職の方たちは、みなお酒が強いそうです。考えてみれば、10日間ひとりで沖ノ島で神様に仕えるくらしをするわけです。自然とお酒に強くなるかもしれません。
ただ、酔っ払って寝てしまうと、翌朝のなにかの儀式に影響がでるかもしれません。

旅館の女性が、島のことをいろいろ書いた、冊子状のコピーを持ってきてくれました。
島の人口は、およそ700人ほどです。島のひとたちはそれぞれ仲がよく、おたがいこまかいことまでよく知り合っているそうです。

ひそかに、沖ノ島から木を切り出したひとがいて、その一族が幸せじゃない状態になっていったということも、はなしてくれました。
また、海で遭難したひとが、助けてくださいと神様に祈って、助かった話とかもあって、島の方たちの宗像信仰をかんじました。

むかし、島の山の中に得体のしれない生き物というか動物がいたというはなしがあります。ちょうど、河童みたいなものだそうです。河童が住めるような川はありませんが。
ずっとむかしかと思ったら、明治時代のはなしのようです。
今でいえば、「山と渓谷社」が出して、意外とたくさん売れた「山怪」という、山の不思議本に出てくるようなはなしです。売れたために、「その2」も出ました。さらに「その3」もでました。

二階からうるさい音が聞こえるということはまったくなしで、ぐっすり眠りました。
翌朝、宿のご主人や女将さんが挨拶してくれました。ご主人は若いころ、愛知県の春日井市で働いていたことがあると話してくれました。愛知県人は、食後にコーヒーを飲むということをよく知っていて、朝食後にコーヒーをだしてくれました。
朝食で、ちょっと感激したのは「コメはこの島でとれたものですよ」という女将さんのことばでした。昼間にぐるりと島を回って、一か所だけ小さな水田があったのを見ています。それだけに、とても貴重なものに思えました。味もとてもよかったです。

宿に別れを告げて、歩いて10分ほどの大島港へ向かいました。

大島港には、今日の日曜日にも島内案内をするために、バスが待っていました。
「こんにちは、吉〇さん」といってあいさつをしました。
今日も元気そうな吉〇さんに、「今日は沖ノ島が見えますかねえ?」と、ためしに聞いてみました。
「う〜ん、青空は出てるけど、水平線のあたりは雲でおおわれているので、だめだろうね」という返事でした。
「見えるんだったら、また乗車するんですけどねえ」といいながら、船に乗る準備をしました。

神湊からやってきた船を降りたひとたちのうち、50代後半の10人余りの方たちのひとりに話しかけました。「大学のクラブの集まりです、毎年集まって旅しているんです」ということでした。うらやましいクラブです。「民俗学研究会」かしらんと思いました。

そして、船に乗り島を離れました。

それでは、また。
No.713 - 2017/08/01(Tue) 23:28:27
とりあえず、筑前大島一周 / ふたくん
沖津宮遥拝所のあと、砲台跡や島の最高峰御嶽山展望台をめぐりました。
砲台跡は現実に使われたことはなく、訓練用だったみたいです。
御嶽山の展望台からは、ずっと遠くまで見晴らせます。運転手の吉〇さんによると、ここからでも条件が良ければ、沖ノ島が見えるんですよということでした。
「へぇ〜、ここからでも見えるんだ」と驚きました。
あとで調べたら、隣りの地島(じのしま)や本土の宗像市にある山の上からも見ることができるようです。

今日は条件が悪くて見えないはずなのですが、吉〇さんが「かすかに見える」と言い出しはじめました。
「えええっ」と驚いて、位置・方向を聞いて、よ〜く見たのですが、ぼくには見えません。北九州市から来たふたりの女性も一緒に探したのですが、やはり見えません。
吉〇さんのジョークだったのかどうか、いずれにしても再訪して見ることになりそうです。

吉〇さんに、島のおもだったところをぐるりと案内していただいたのですが、道路がよく整っていました。
聞けば、1969年に三笠宮殿下が沖ノ島三次調査の際に沖ノ島を訪れたそうです。島へ渡るときは、そのまえに筑前大島に渡るそうで、島の道路がいっせいに整備されたそうです。
「沖ノ島に渡られるときは、殿下も裸で禊をされたんですか?」と聞くと「もちろんです」と答えてくれました。

沖ノ島へはどんな方たちが渡っているのだろうと思いました。
毎年5月27日には、200名ほどの男性が許可を得て、上陸を許されるのですが、昨年2016年5月27日に、俳優の鈴木亮平さんが上陸しています。
ブログに訪問記がありました。ただ、お約束通り島でのお話はないしょです。

https://ameblo.jp/suzuki-ryohei/entry-12184933544.html

ぼくがこの俳優さんを印象が残るように知ったのは、この年の夏ぐらいからです。
今ではハウス食品の「メガシャキ」で、大学の先輩の光浦靖子さんとCMで活躍しておられます。
来年のNHK大河ドラマ「西郷どん」の主人公をやるらしいです。
いや別に、沖ノ島を参拝したからツキがまわってきたといってるわけではありません。

最後に中津宮をお参りして、そのあとスタート地点でありゴール地点でもある大島港へ向かい、筑前大島一周が終わりました。
「また出直してきますよ」ということばを吉〇さんに残して、お礼を言って泊りの宿へむかいました。

それでは、また。
No.712 - 2017/06/30(Fri) 20:04:49
筑前大島と沖ノ島 / ふたくん
宿の女性から後から聞く話しでは、この島のイノシシはなかなか美味しいそうです。
宗像市が、小さい「イノシシ肉処理場」を作ってくれるらしいということです。
たくさんイノシシが住んでいるということは、畑が荒らされたり木が痛められたりするんだろうなと思いました。
宿の女性の話しによると、昔はマムシをはじめ、たくさんヘビを見たけれど、このごろはほとんど見ないそうです。イノシシの食糧になっているそうです。
冬眠中の冬でも、土を掘り起こしてヘビを探し出すそうです。崖ぞいの土も掘り起こすそうで、毒を持っているマムシでも、問題なく食糧にしてしまうそうです。
土を掘り起こして、よくヘビを見つけるなあと思うのですが、彼らには人間に無い、するどい嗅覚があるからかもしれません。

ずっと昔からイノシシが住んでいたようではなく、いつのころからか、誰かが島に持ち込んで、それがどんどん増えてきたそうです。
ただ増えすぎて、同じような血統が混じり、このごろはやや減少気味だという話しもあります。

大島海運の方が、海を泳いでいるイノシシを見たことがあるということを言っておられたそうで、他の地区のイノシシとの交配もあるのかなと思いましたが、このあたりの海は、潮の流れがとても速いそうです。
運転手の吉〇さんによると「この島から神湊まで、泳いで渡った人間はいないはず」だそうです。
筑前大島の隣にある小さな地島では、以前はいたけれど今はもうイノシシはいないそうです。

イギリスとフランスの間のドーバー海峡は、たまに人間が泳いで渡り、ニュースにもなるのですが、神湊⇔筑前大島間は人もイノシシも難しいようです。
学生時代の友人で、瀬戸内海の因島出身のこがいました。話しによると海を泳いでいるシカを見たことが何回かあるそうです。
そちらでは、いろんな事情で島を渡るシカがいるらしいです。

イノシシがヘビの駆除に役立つのなら、沖縄のハブ退治に役立たないのだろうかと思いました。琉球イノシシが住んでいるのだけれど、あまり貢献していないみたいです。

この島には、キジはいるそうですが、ぼくとしては是非いてほしい鳥がひとついます。
それはカササギです。「カチ、カチ、カチ」といって鳴くため、カチガラスともいわれます。元もと日本には住んでいなかったそうで、「勝ち、勝ち、勝ち」と、鳴き声が縁起がいいということで、秀吉の時代に朝鮮から連れ帰ったという話しです。事実かどうかわかりません。「古事記」にカササギが出てくるという話しがあります。どの部分なのか、確認がとれません。
ただ、遺伝子的にみると、朝鮮より中国に近いらしいです。

カササギは、日本全国に住んでいるわけではありません。佐賀では住んでいる森が名所になったりして、佐賀県の鳥となっていますが、全国的には少ないようです。
ぼくは学生時代に東京の練馬区で見たことがあります。韓国へ行ったときには、ソウルの世界遺産「宗廟(チョンミョ)」で見たことがあります。

この筑前大島にいてほしいというのは、七夕の大本、宗像大社中津宮があるからです。
牽牛と織女の間を橋のようにしてカササギがつながり、天の川を渡すという伝説があります。七夕と縁のある鳥がカササギです。

https://www.youtube.com/watch?v=bf4QQkDPEUk

https://www.nies.go.jp/biodiversity/invasive/DB/detail/20380.html

吉〇さんには、いろんなことを聞きました。
沖ノ島については、昔から島の話しは言わないしゃべらないというお約束のようです。
さしさわりのない範囲の話しでいうと、海が荒れて危険な時は船を島に寄せるようです。
海岸の鳥居より中へは、人ははいらないようですが、では、そこまで行っていいのかどうか、おそらくやむをえず許されるのかもしれません。その場合、鳥居の外に小さな避難小屋が欲しいところです。
年に一度、許されて上陸する男性200名の荷物預かりにも便利かもしれません。

沖ノ島のトイレは、きれいな水洗トイレだそうです。まあ宗像大社は、全国でも最初に交通安全のお守りを売り出したり、福岡だけでなく、全国的に信仰を集める大きな神社です。離れ小島とはいえ、それだけの立派な水洗トイレを持つというのも理解できます。
ただウォシュレットかどうかは、聞き忘れました。

それでは、また。
No.711 - 2017/06/08(Thu) 05:31:18
おひさしぶりです / ふたくん
こんにちは、ぽんさん。

このサイトも、ほおっておけば消滅するだけだと思い、それは悲しいことだと考えて文章を、続けて書こうと思ったのです。
といっても津江さんの情報というのは特にはなくて、その話題に触れることはできません。

ぼくの友達は、どこかのサイトを選んで、たとえばアメブロとかヤフーのサイトとかに自分のサイトを開いて、旅行記を書いたらいいんじゃないのと言ってくれるのですが、このサイトが消えてしまうと「焼肉ヒーロー」を扱った部分も消滅するので、それが嫌さにこちらに書き込んでいます。

円ちゃんが、Twitterをやっておられるというのは知りませんでした。
お元気そうでなによりです。
この頃は、「恋のから騒ぎ」のメンバーの方々がさんまさんの番組に出られて、なつかしく見ています。みさえさんとかローラさんとか相変わらずでした。見たい方はほかにもたくさんいますが、我満ちゃんや秋山直美さんも見たいです。そして元気になって小林麻央さんもです。
ここ一、二週間では16期の岩佐まり(真理子)さん{サンデージャポン・TBS}と17期の牧野結美さん{じっくり聞いタロウ・TV東京}を見ました。いろんな方がOBじゃなかったOGです。

さて「焼肉屋さかい」ですが、経営関係でちょっと問題があって、経営者関係がガラリと変わってしまいました。とても残念に思っています。
No.710 - 2017/03/13(Mon) 23:45:35
どうしていますか / ぽん
皆様&ふたくん、大変お久しぶりです。

つい先ほど、円ちゃんがTwitterで「焼肉屋さかい」についてつぶやいていましたので、懐かしく思い、何年振りかで久しぶりにアクセスしてみたら、今でも運営されてることに感激を覚え、コメントします。

円ちゃんらを輩出した伝説の恋愛トークバラエティ「恋のから騒ぎ」が、ちょうど6年前のあの日の夜、17年の歴史に幕を下ろすはずだったのが、幸か不幸か2週間放送延期になりつつ終了し、気が付けば「焼肉ヒーロー」に出演していた円ちゃんも輝美さんも結婚してママになってしまいました。

でもこうして、今も伝説が語り伝えられてることはありがたいですし、無理とは思いますが、またいつか同窓会みたいな企画が実現したら、番組ファンとしてこれ以上の喜びは無いと感じています。

いつか、番組ファンを交えたお食事会でも実現させたいものですね。
もちろん、会場は「焼肉屋さかい」以外に考えられません!

へばまた!
No.709 - 2017/03/11(Sat) 11:49:09
小型バスで筑前大島巡回 / ふたくん
福岡旅行の三日目は、海に浮かぶ筑前大島の周遊です。
今回の福岡旅行の、ぼくにとってはメインのイベントです。
前回来たとき、電動自転車を借りて島を回ろうと思ったのですが、風が強くてとても無理だと思ったのです。それより小型バスに乗って島を一周した方がいいと判断しました。
この島では、土曜・日曜と祝祭日に無料の小型バスを、一日3本走らせています。
それでこの日、土曜日を予定したのです。

そして最大の目的は、あの神の島「沖ノ島」を見ることです。空気が澄んでいて、雲がかかっていない時、この大島から40キロほど離れた沖ノ島を見ることができるのです。

JRの博多駅から門司方面行きの列車に乗り、東郷駅で降ります。
二日前の大きな地震の影響で、博多駅発が一時間弱遅れての出発でした。東郷駅の一つ手前の駅を過ぎたあたりで、緊急ブザーが車内に鳴り響き、停車してしまいました。
小さな余震があったようです。「うわ〜、一、二時間とか、半日ぐらい停車なんてことになったら困るなあ・・」と思ったのですが、幸い十分少々の停車のあと、動き出しました。

東郷駅についてバスに乗り、筑前大島へ向かう船が出る神湊(こうのみなと)へ向かいました。
途中で、親切にも以前ぼくを乗せて宗像大社へ送ってくださった、磯〇さんの駐車場の横を通りました。その時のあずき色の車がとまっていて、あの時の感謝の気持ちがまた浮かんできました。あのおばさんはお元気でしょうか。

終点の神湊でバスを降りました。4月の中旬ということで、どこかでウグイスが鳴いています。
船の出発まで時間があり、近くのお店でお昼ご飯を食べ、やがて船が出港しました。
25分の乗船で筑前大島に到着です。
土曜日なので、一日に三便島内巡回の無料バスが出ます。港の出口にそのバスが停車していました。乗車定員は28名ということで、ささっとバスに乗り込みました。
なんてことはなく、乗った人は6名でした。後ろから2列目に座りました。一番後ろの列に、女性二人が座りました。三十代後半くらいの年齢に見えます。

走り始めたバスの中で、その女性たちと会話が始まりました。
「ぼくは愛知から来たのですが、お二人はどちらからみえたんですか?」と聞くと「北九州市です」と答えてくれました。

この二人もあの神の島「沖ノ島」を見たいようです。その島は女人禁制です。男性は5月の指定された日27日に、予約した上でおよそ200名ほどが上陸を許されます。
上陸するときは、はだかになって海へ入り、禊ということで身を清め、そのうえで上陸します。

いまこの島は世界遺産への登録を希望しています。それはエジプト考古学者吉村作治さんの提案からはじまったそうです。
ぼくの希望としては、そっとしておいて欲しいと思います。なまじ登録されたために、よからぬひとがやってきて、荒らされたら困るなあと思うのです。

しばらくして、バスは大島港とは島のちょうど反対側の「沖津宮遥拝所」へつきました。
条件がよければ、沖津宮がある沖ノ島が見えるのです。
みんなバスから降りて、沖合を見ようと海に近づきます。運転手の方も一緒に降りてきました。
その遥拝所は祠があり、鳥居が一つ建っています。そして祠の向こうに沖ノ島が見えるかもしれないのです。
ところが残念ながら、その日は見ることができません。
運転手さんと会話をしました。名前は吉〇さんだそうです。
「う〜ん、この時期はなかなか見れないんですよ。秋の十月ごろのいい天気の日なら見ることができるけど」
ということです。

運転手さんは、生まれついての島のかたで、島のことはとてもよくご存じです。
途中で車を止めて、「あの木を見てください。木に、はえているのは“きくらげ”ですよ」と教えてくれました。
ぼくが「この島には動物はいるのですか?シカとかサルとか?」と聞くと、
「シカもサルもいないけど、イノシシはいるよ」と答えてくれました。

「昨年の春に来た時、宗像大社中津宮から御嶽神社へ向かって、山の中を歩いたけれど、イノシシの気配はかんじなかったですよ」と言うと、
「イノシシが先に気配をかんじて、姿を隠すんですよ。この島には、人口よりよほど多いイノシシがいますよ」と、教えてくれました。

それでは、また。
No.708 - 2017/01/05(Thu) 17:35:05
福岡市博物館訪問 / ふたくん
大宰府から博多へ戻って、そのあと訪問したのは、福岡市博物館です。
地下鉄西新駅で降りて、サザエさん通りを北へ向かいます。
おお途中に西南学院大学があるぞ、4月だから新入生がたくさんいて、活気に満ちあふれているはずだ、ちよっと立ち寄って、元の防塁あとを見ていこうなどと思い、サザエさん通りを歩いていきました。

長谷川町子さん原作の「サザエさん」という漫画ですが、登場人物は意外と高学歴らしいのです。お父さんの磯野波平さんは京○大学卒で、お母さんの磯野フネさんは日○女子大卒。旦那さんのフグ田マスオさんは早○田大学商学部卒で二浪だそうです。学部と二浪をつけるなんて、長谷川町子さんもちょっと嫌味です。いとこの波野ノリスケさんは東○大学法学部卒で嫁さんの波野タイ子さんは立○大学卒だそうです。
そしてサザエさん、あわび女子学園卒だそうです。やっと信憑性のある学校がでてきました。

修猷館高校を通り過ぎると、すぐ西南学院大学があります。門を通り過ぎて中へはいっていこうと思ったのですが、中をのぞくと大きなまくが貼ってあり、学内が見えません。
入口の、門の横には「元寇防塁跡が校内にあります」という看板がありますが、前に来たときは、「中へ入ってご覧ください」と書いてあったのですが、今回はその記述はありません。
しかも、門から入ったとしても学生の姿は見えません。
どうやら今年は、ちょっといつもとは気配が違うようです。視線を流しただけで、通り過ぎました。

西新の交差点を左折して少し歩けば、右側に福岡市博物館があらわれます。
思えば福岡へ来ると、必ずこの福岡市博物館と大宰府天満宮を訪れます。
福岡市博物館へ来ると、福岡の歴史と文化を味わえるような気がするのです。
西暦57年に漢の光武帝からおくられた「漢委奴国王」の金印は、何度みても興奮します。ぼくの、古代へのロマンをかきたててくれます。

そして体験学習室を訪れると、学芸員の瀧〇千〇さんがおられて、幸いぼくのことを覚えていてくださって、少し会話につきあってくださいました。
ああ、ここであやまっておかなければいけません。西南学院大学のことです。
ここでの雑談で「西南学院大学は、校内に残っている元寇防塁跡の公開をやめたのかもしれない。看板に書いてあった自由に中へ入ってご覧くださいという書き込みが消えていた」という話をしてしまいました。
すると、瀧〇さんが「えええ、わたし西南学院大学の校内に元寇防塁あとがあって、校内に入って見学できますよってここで言ってたんですよ」と、嘆かれました。

実は、ここではよくわかっていなかったぼくなのですが、このあと帰り道で、西南学院大学をよくチェックすると、いま校舎の工事中ということで、、見学のために中へ入ることができない状況だというようでした。
そのために、わざわざ看板を作り変えて置いておくというのは、ていねいな仕事です。
ぼくだったら、前の看板のうち「自由にご覧ください」の部分にペンキを塗って、その部分を消すぐらいですが、実際にはそのことばのない看板が、きれいな形で作り直されて置いてありました。
よくチェックしないで、誤解しやすい言い方を瀧〇さんにしてしまったことを反省です。
おそらく、工事が終了したら、また「元寇防塁をごらんください」となるのではないでしょうか。

この時期福岡市博物館では、イベントとして「西洋の魔女」関連の展示でした。
これに関しては、あまり興味がなくて、そちらのほうは見学しませんでした。

それでは、また。
No.707 - 2016/12/04(Sun) 21:01:33
詳しい解説、女性のガイドさん / ふたくん
ボランティアガイドの方が、宮司さんの家に、昨年男の子が生まれたということを、教えてくださいました。宮司さんにとっては孫にあたるようです。
「これで、この神社も50年は大丈夫です」
と言って喜んでおられました。次には息子さんが継いでその次にはお孫さんがひかえることとなります。
関係ないけど、天皇家を思い浮かべました。

ガイドさんは、話されませんでしたが、隣の大分県の大きな神社○佐八幡宮では、男の子がいなくて、跡継ぎ問題で揺れていて、裁判沙汰になっているようです。
だから、元気な男の子が生まれてすこやかに育っていけば、わずらわしい問題はおきません。

だれが宮司になっても、たいして変わりはないように思えますが、大きな神社は膨大な土地などの資産があるそうで、代々その家が引き継いできたのに、よその人になってしまうと、うまく使えなくなってしまうようです(週刊新潮2016/9/15号によると)。女性が引き継いでもいいのですが、大きな神社になると、なかなか簡単にはいかないらしいようです。

今回の女性のガイドさんも、いろんなことをご存知で、話しを聞きながら感動していました。「幕末には勤皇の志士たちがやって来て、門前町のお店屋さんに泊まっていたそうです。西郷隆盛は今の松屋さんでした」
「えええっ、松屋さんは裏に庭があって、そこで梅ヶ枝餅を食べれるあの松屋さんですか?」と聞きました。以前来たときに立ち寄ったお店で、一週間ほど西郷隆盛は泊まっていたそうです。

三大天神はここ太宰府天満宮と防府天満宮(山口)、北野天満宮(京都)と言われています。福岡と京都はわかるのですが、なぜ山口の防府天満宮があるのですかと聞きました。

なんでも、菅原道真公が京都から流されてくるとき、防府でとても暖かい接待を受けて感激され、長く滞在されたそうです。「筑紫で亡くなっても魂魄はこちらへ帰ってくる」と誓われたそうで、ある日船がとめてあった勝間の浦に神光がたち、道真公も登山された酒垂山に瑞雲(ずいうん)がたなびくのを国司が見て、道真公が帰ってこられたと判断され、社殿を作られたそうです。
 神光 http://www.lctatsuki.com/0nayorolc1.htm
 瑞雲 https://search.yahoo.co.jp/image/search?rkf=2&ei=UTF-8&gdr=1&p=%E7%BE%8E%E3%81%97%E3%81%84%E9%9B%B2+%E7%91%9E%E9%9B%B2#mode%3Ddetail%26index%3D3%26st%3D0

したがって、一番はやく建てられた天満宮になるそうです。むむ、太宰府天満宮ではないようです。

国司と道真公は、ずっと祖先をたどっていくとつながるそうで、いわゆる親戚筋にあたるそうです。道真公がそこを発たれるとき、お礼に黄金の鮎12匹を贈られたそうです。
その黄金の鮎がお宝として、今でも残っているのかと調べたら、その後の火災で残っていないそうです。
それで、なんと平成になってから、黄金の鮎12匹を再生したそうです(うち3匹はもうすこし前に作成)。
なにかの機会に見てみたいものです。

中国からやってきた彼は、「瑞雲(ずいうん)」の意味がわからず、「縁起のいいきれいな雲のことですよ」と説明をつけました。

途中でこの三人の写真を撮ってもらおうと、歩いていた人にカメラを渡してシャッターをお願いしました。日本人だと思ったら韓国人でした。
そのあと、ガイドさんと話をしました。「仏教は中国にも韓国にもあるけれど、神道はないですよねえ、日本だけですよねえ」というと、「そうですね、日本だけですね」と答えてくれました。

去年(2015年)の11月に用事があって、埼玉県日高市へ行ってきました。JR高麗川駅で電車を降りて外へ出ると、すぐ右横に町の案内と神社の紹介をした大きな掲示板がありました。
それを読んで、「あああ、ここだったのか!」と驚きました。

今から1300年ほど昔、西暦でいうと668年に唐と新羅の連合軍に滅ぼされた高句麗からの帰化人高麗若光たちが、このあたりに住んだというはなしです。
そんなはなしは伝説として雑誌で読んだことがあったのですが、この高麗川(こまがわ)が実際のその地だと知って、驚いたのです。現実にあったわけです。
また、沖縄本島のそばに小さな島があって、そこにアマミキヨという神様が降り立ち、そのあと沖縄本島へ渡り、沖縄をひらいていったという伝説があります。
ただの伝説だと思っていたら、実際にその島が存在します。

伝説にすぎないと思っていたことが、現実に存在するということが、よくあるということのようです。
その高麗川ですが、高麗若光をまつった神社があります。タクシーの運転手さんに聞いたのですが高麗(こま)神社があり、その子孫60代が宮司として続いているそうです(後日訪問した)。
2016年は高麗氏1300年ということで、その前に韓国からテレビ局が取材にやってきたそうです。

ああ、ここでぼくが不思議に思っているのは、神道とは関係のない韓国が、高麗神社を開いてずっと維持していることです。
そんなはなしをボランティアガイドの方にすると、「そういった話は、九州にもありますよ」と、ぼくにとっては大変驚くことをいわれました。
あとで、詳しく調べてみようと思いました(あとで調べたら、宮崎県南郷村に663年に滅んだ朝鮮半島の百済の王族が逃れてきたという伝説があるらしい。関連の神社もあるらしい)。

本殿での参拝が終わって、本来ならこれで案内が終了となるのですが、ボランティアガイドの方は、さらに本殿のうらのあたりに連れて行ってくれました。
そこには、小さな神社があり、「天開稲荷神社」というそうです。人通りがあまりなく、存在じたいがしられていなかったようです。それがパワースポットといわれるようになってから、やってくる方たちが増えてきたそうです。
この神社が、大宰府天満宮の管轄なのかどうか知りません。

ボランティアガイドの女性にお礼を言って名前をうかがうと、名刺をくださいました。
浦〇小〇子さん、ありがとうございました。

それでは、また。
No.706 - 2016/10/17(Mon) 01:31:04
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