+ B B S +

HOME | お知らせ(3/8) | 記事検索 | 携帯用URL | フィード | ヘルプ | 環境設定 | ロケットBBS
【お断り】
宣伝の書込みが多いため、現在、次のホストからの投稿は拒否するよう設定しております。
nas949.p-osaka.nttpc.ne.jp/nas945.p-osaka.nttpc.ne.jp/nas944.p-osaka.nttpc.ne.jp/nas921.p-osaka.nttpc.ne.jp/
ap.cyberbb.ne.jp/ap.yournet.ne.jp/z86.219-127-24.ppp.wakwak.ne.jp/p6022-ipbfp1202osakakita.osaka.ocn.ne.jp
WINGBEAT COFFEE ROASTERS
福岡市博物館訪問 / ふたくん
大宰府から博多へ戻って、そのあと訪問したのは、福岡市博物館です。
地下鉄西新駅で降りて、サザエさん通りを北へ向かいます。
おお途中に西南学院大学があるぞ、4月だから新入生がたくさんいて、活気に満ちあふれているはずだ、ちよっと立ち寄って、元の防塁あとを見ていこうなどと思い、サザエさん通りを歩いていきました。

長谷川町子さん原作の「サザエさん」という漫画ですが、登場人物は意外と高学歴らしいのです。お父さんの磯野波平さんは京○大学卒で、お母さんの磯野フネさんは日○女子大卒。旦那さんのフグ田マスオさんは早○田大学商学部卒で二浪だそうです。学部と二浪をつけるなんて、長谷川町子さんもちょっと嫌味です。いとこの波野ノリスケさんは東○大学法学部卒で嫁さんの波野タイ子さんは立○大学卒だそうです。
そしてサザエさん、あわび女子学園卒だそうです。やっと信憑性のある学校がでてきました。

修猷館高校を通り過ぎると、すぐ西南学院大学があります。門を通り過ぎて中へはいっていこうと思ったのですが、中をのぞくと大きなまくが貼ってあり、学内が見えません。
入口の、門の横には「元寇防塁跡が校内にあります」という看板がありますが、前に来たときは、「中へ入ってご覧ください」と書いてあったのですが、今回はその記述はありません。
しかも、門から入ったとしても学生の姿は見えません。
どうやら今年は、ちょっといつもとは気配が違うようです。視線を流しただけで、通り過ぎました。

西新の交差点を左折して少し歩けば、右側に福岡市博物館があらわれます。
思えば福岡へ来ると、必ずこの福岡市博物館と大宰府天満宮を訪れます。
福岡市博物館へ来ると、福岡の歴史と文化を味わえるような気がするのです。
西暦57年に漢の光武帝からおくられた「漢委奴国王」の金印は、何度みても興奮します。ぼくの、古代へのロマンをかきたててくれます。

そして体験学習室を訪れると、学芸員の瀧〇千〇さんがおられて、幸いぼくのことを覚えていてくださって、少し会話につきあってくださいました。
ああ、ここであやまっておかなければいけません。西南学院大学のことです。
ここでの雑談で「西南学院大学は、校内に残っている元寇防塁跡の公開をやめたのかもしれない。看板に書いてあった自由に中へ入ってご覧くださいという書き込みが消えていた」という話をしてしまいました。
すると、瀧〇さんが「えええ、わたし西南学院大学の校内に元寇防塁あとがあって、校内に入って見学できますよってここで言ってたんですよ」と、嘆かれました。

実は、ここではよくわかっていなかったぼくなのですが、このあと帰り道で、西南学院大学をよくチェックすると、いま校舎の工事中ということで、、見学のために中へ入ることができない状況だというようでした。
そのために、わざわざ看板を作り変えて置いておくというのは、ていねいな仕事です。
ぼくだったら、前の看板のうち「自由にご覧ください」の部分にペンキを塗って、その部分を消すぐらいですが、実際にはそのことばのない看板が、きれいな形で作り直されて置いてありました。
よくチェックしないで、誤解しやすい言い方を瀧〇さんにしてしまったことを反省です。
おそらく、工事が終了したら、また「元寇防塁をごらんください」となるのではないでしょうか。

この時期福岡市博物館では、イベントとして「西洋の魔女」関連の展示でした。
これに関しては、あまり興味がなくて、そちらのほうは見学しませんでした。

それでは、また。
No.707 - 2016/12/04(Sun) 21:01:33
詳しい解説、女性のガイドさん / ふたくん
ボランティアガイドの方が、宮司さんの家に、昨年男の子が生まれたということを、教えてくださいました。宮司さんにとっては孫にあたるようです。
「これで、この神社も50年は大丈夫です」
と言って喜んでおられました。次には息子さんが継いでその次にはお孫さんがひかえることとなります。
関係ないけど、天皇家を思い浮かべました。

ガイドさんは、話されませんでしたが、隣の大分県の大きな神社○佐八幡宮では、男の子がいなくて、跡継ぎ問題で揺れていて、裁判沙汰になっているようです。
だから、元気な男の子が生まれてすこやかに育っていけば、わずらわしい問題はおきません。

だれが宮司になっても、たいして変わりはないように思えますが、大きな神社は膨大な土地などの資産があるそうで、代々その家が引き継いできたのに、よその人になってしまうと、うまく使えなくなってしまうようです(週刊新潮2016/9/15号によると)。女性が引き継いでもいいのですが、大きな神社になると、なかなか簡単にはいかないらしいようです。

今回の女性のガイドさんも、いろんなことをご存知で、話しを聞きながら感動していました。「幕末には勤皇の志士たちがやって来て、門前町のお店屋さんに泊まっていたそうです。西郷隆盛は今の松屋さんでした」
「えええっ、松屋さんは裏に庭があって、そこで梅ヶ枝餅を食べれるあの松屋さんですか?」と聞きました。以前来たときに立ち寄ったお店で、一週間ほど西郷隆盛は泊まっていたそうです。

三大天神はここ太宰府天満宮と防府天満宮(山口)、北野天満宮(京都)と言われています。福岡と京都はわかるのですが、なぜ山口の防府天満宮があるのですかと聞きました。

なんでも、菅原道真公が京都から流されてくるとき、防府でとても暖かい接待を受けて感激され、長く滞在されたそうです。「筑紫で亡くなっても魂魄はこちらへ帰ってくる」と誓われたそうで、ある日船がとめてあった勝間の浦に神光がたち、道真公も登山された酒垂山に瑞雲(ずいうん)がたなびくのを国司が見て、道真公が帰ってこられたと判断され、社殿を作られたそうです。
 神光 http://www.lctatsuki.com/0nayorolc1.htm
 瑞雲 https://search.yahoo.co.jp/image/search?rkf=2&ei=UTF-8&gdr=1&p=%E7%BE%8E%E3%81%97%E3%81%84%E9%9B%B2+%E7%91%9E%E9%9B%B2#mode%3Ddetail%26index%3D3%26st%3D0

したがって、一番はやく建てられた天満宮になるそうです。むむ、太宰府天満宮ではないようです。

国司と道真公は、ずっと祖先をたどっていくとつながるそうで、いわゆる親戚筋にあたるそうです。道真公がそこを発たれるとき、お礼に黄金の鮎12匹を贈られたそうです。
その黄金の鮎がお宝として、今でも残っているのかと調べたら、その後の火災で残っていないそうです。
それで、なんと平成になってから、黄金の鮎12匹を再生したそうです(うち3匹はもうすこし前に作成)。
なにかの機会に見てみたいものです。

中国からやってきた彼は、「瑞雲(ずいうん)」の意味がわからず、「縁起のいいきれいな雲のことですよ」と説明をつけました。

途中でこの三人の写真を撮ってもらおうと、歩いていた人にカメラを渡してシャッターをお願いしました。日本人だと思ったら韓国人でした。
そのあと、ガイドさんと話をしました。「仏教は中国にも韓国にもあるけれど、神道はないですよねえ、日本だけですよねえ」というと、「そうですね、日本だけですね」と答えてくれました。

去年(2015年)の11月に用事があって、埼玉県日高市へ行ってきました。JR高麗川駅で電車を降りて外へ出ると、すぐ右横に町の案内と神社の紹介をした大きな掲示板がありました。
それを読んで、「あああ、ここだったのか!」と驚きました。

今から1300年ほど昔、西暦でいうと668年に唐と新羅の連合軍に滅ぼされた高句麗からの帰化人高麗若光たちが、このあたりに住んだというはなしです。
そんなはなしは伝説として雑誌で読んだことがあったのですが、この高麗川(こまがわ)が実際のその地だと知って、驚いたのです。現実にあったわけです。
また、沖縄本島のそばに小さな島があって、そこにアマミキヨという神様が降り立ち、そのあと沖縄本島へ渡り、沖縄をひらいていったという伝説があります。
ただの伝説だと思っていたら、実際にその島が存在します。

伝説にすぎないと思っていたことが、現実に存在するということが、よくあるということのようです。
その高麗川ですが、高麗若光をまつった神社があります。タクシーの運転手さんに聞いたのですが高麗(こま)神社があり、その子孫60代が宮司として続いているそうです(後日訪問した)。
2016年は高麗氏1300年ということで、その前に韓国からテレビ局が取材にやってきたそうです。

ああ、ここでぼくが不思議に思っているのは、神道とは関係のない韓国が、高麗神社を開いてずっと維持していることです。
そんなはなしをボランティアガイドの方にすると、「そういった話は、九州にもありますよ」と、ぼくにとっては大変驚くことをいわれました。
あとで、詳しく調べてみようと思いました(あとで調べたら、宮崎県南郷村に663年に滅んだ朝鮮半島の百済の王族が逃れてきたという伝説があるらしい。関連の神社もあるらしい)。

本殿での参拝が終わって、本来ならこれで案内が終了となるのですが、ボランティアガイドの方は、さらに本殿のうらのあたりに連れて行ってくれました。
そこには、小さな神社があり、「天開稲荷神社」というそうです。人通りがあまりなく、存在じたいがしられていなかったようです。それがパワースポットといわれるようになってから、やってくる方たちが増えてきたそうです。
この神社が、大宰府天満宮の管轄なのかどうか知りません。

ボランティアガイドの女性にお礼を言って名前をうかがうと、名刺をくださいました。
浦〇小〇子さん、ありがとうございました。

それでは、また。
No.706 - 2016/10/17(Mon) 01:31:04
五回目の太宰府天満宮 / ふたくん
福岡旅行の2日目は、いつものように太宰府天満宮訪問です。
北陸の男性は、こどものころ菅原道真公の姿をかいた掛け軸をもらい、自分の神様としてお正月に掛けるのです。

そのせいかどうか、ことしの文部科学省の全国学力調査でも、富山・福井・石川が上位をしめました。菅原道真公つまりは天神様の配慮だと思いましょう。ぼくのように配慮をいただけない例外もいますが。
1100年以上昔にいた方が、神様として北陸の各家に、軸として掛けられているというのは、なにやら不思議な気がします。

まっ、そんなこんなで、今回もまた太宰府天満宮へ向かいました。
境内に入ってすぐ右側にある受付へ行き、今回もボランティアガイドの方を依頼しました。たくさんの参拝人が来ておられるのですが、幸運にもOKでした。
今回は女性の方がガイドでした。ただ受付けの巫女さんから、もうひとり希望者をつけて、ふたりで案内してもらって下さいということでした。

もうひとりの方は、中国の方でした。四十歳前後のまじめそうな紳士です。ボランティアガイドさんがやってくる間、少し話をしました。日本語は少々聞いたり話したりできるそうです。
「本当は今頃は熊本へ行っているはずだったのだけれど、昨夜の地震で新幹線がだめになり、今日からの予定が完全に狂ってしまった」ということでした。今週いっぱい日本にいるのだけれど、鹿児島へも行けなくなったし、どうしようと嘆いておられました。
それで、福岡の近場を回ることにしたそうです。

その方は、団体のツアーではなく、単身でやってきたらしいのです。日本語がじょうずなので、「日本と関係のある仕事で、ことばを学んだのですか?」と聞いたのですが、「いいえ」ということでした。勉強して覚えたそうです。

ことばというのは不思議なもので、ぼくの場合ずっと勉強してもさっぱり英語は身につきません。

先日名古屋の繁華街栄(さかえ)のバス停で貼り出された案内書を見ていました。「この場所で○日と△日にイベントがあるため、二日間どこそこへバス停を移動します」という内容でした。
その時、後ろから「すみません、何て書いてあるのでしょうか?」という問い掛けがありました。振り返るとアジア系の女性です。それで内容を説明しました。聞けば、会話はできるのですが、漢字が読めないそうです。なんでもフィリピンから四十年ほど前にやってきて、旦那さんは日本人だそうです。
ぼくが「日本語がそれだけしゃべれて、英語とタガログ語もしゃべれるでしょうから、すばらしいですね」というと、「ほかに、スペイン語もしゃべれます。あと母親の田舎の言葉も少ししゃべれます」と答えてくれました。父親はスペイン人だそうです。
そういえばフィリピンは、アメリカの植民地の前に、スペインの植民地でした。

インテリではありません。七人兄弟の末っ子だそうです。フィリピンに帰って住む気はなく、日本が気に入っているようです。

勉強したわけでもないのに、5ヶ国語を理解できるのです。ことばを身につけるための参考になりました。
そのあと、ちょっと雑談をしました。「フィリピンは新しい大統領が生まれて、もう二千人(10月の資料だと三千人)の麻薬関係者が殺されたそうで、すごい方が大統領になりましたねえ」と言ったら、「わたしは支持しています」と力強く答えてくれました。

それでは、また。
No.705 - 2016/10/08(Sat) 20:52:09
帰り道にコーヒーを / ふたくん
その女性は、○部○奈さんという方です。
ぼくが、前回太宰府天満宮でボランティアガイドの方から、神話に関心がありそうで「出雲大社へ行ってごらん」と言われたはなしをしたら、強くすすめてくれました。

彼女は旧暦十月神在月(かみありづき)に出雲を訪れたことがあるそうで、その時期、神話の雰囲気が街にあふれていたそうです。
この月(旧暦の10月で新暦でいえば11月ごろ)は、全国から神様が出雲へやってくると言われています。
そのころには、出雲では神迎えのお祭りが行われます。出雲大社から約1キロほど西にある稲佐の浜で、全国からやってくる神様を迎え、神職の方たちが出雲大社へ案内し、その後ろを一般の人たちが行列を作ってついて行くらしいのです。

彼女のはなしでは、そのころに喫茶店へ入っても、地元の人たちは神迎えの話題をしていて、いかにも神話の街だということを感じたそうです。
話を聞いたみっちさんもぼくも、そのころに出雲を訪れたいとくちばしりました。

いろいろとはなしをしたあと外へ出て、景色を楽しみました。
ジョギングでやってきて、くつろいでいたおじさんにカメラを渡して、写真を撮ってもらいました。
○部さんが「おふたりは、コーヒーを飲みますか?」と聞いてきました。もちろんぼくは飲みますし、みっちさんも飲みます。
その質問に、「ああ○部さんはまだまだしゃべり足りないので、どこか喫茶店へ入って、いろんなはなしを続けてしゃべりたいのかな」と思いました。
ところが実際はそうではなくて、ぼくがちょっと感動する内容でした。

まっ、それはともかく、上がってきた道をそのまま下がっていきました。
登ってくるときは荷物がしんどかったのですが、降りていくときは、楽なものでした。
途中のサギのコロニーでは、サギをちょっと観察して、明治通りへ降りていきました。

明治通りを藤崎駅方面へ歩きました。行く喫茶店は○部○奈さんが知っているお店です。
店があって、そこへ入りました。そのお店は席があって座っておしゃべりをするという種類ではありません。スタンドカフェで、何種類かのコーヒーの中から選んで注文し、ペーパーコップで味わうかたちです。

注文して、代金を払おうとしたら、すでに○部○奈さんが、三人分支払い済みでした。
「いやいや、自分が味わう分は自分でだしますよ」と、ぼくも、みっちさんも言いましたが、すでに遅かったようです。
このごろは、自動販売機で缶コーヒーを買うことはなくて、コンビニで入れたてコーヒーを求めて飲むぼくです。こういう飲みかたは慣れています。

実はこの店におられる店長さんの男性は、○部さんの先輩にあたる方だそうです(なんの先輩かわかりませんが、福島出身らしい)。お店のお役に立ちたいという気持ちがあったに違いありません。といっても、自分がそこで三杯コーヒーを飲むわけにはいきません。

そんなわけで、こころ優しい方だと思いました。
次回このあたりへやってきたら、ぜひまたこのお店でコーヒーを味わいたいと思いました。

コーヒーを味わって、お店を出ました。みっちさんは藤崎駅とは反対の方角へ、ぼくと○部さんは地下鉄藤崎駅へです。
すぐに駅へつきました。ぼくは、博多駅へ向かいます。○部さんは、反対方向です。
彼女は親切にも、福岡しろうとのぼくに、ホームまで付いてきてくれました。電車がきて、ぼくが乗り込んで席にすわると、彼女はホームのベンチに座って、ずっと手を振ってぼくを送ってくれました。ぼくも手を振っていたのですが、ちょっとはずかしくなって、手を振るのを止めたりもしました。
さよならのあと、彼女は反対側のホームへまわって、自宅へ帰られたようでした。

たいへんここちのいい、神社参拝でした。

ふと思うところがあって、あとで友人に相談しました。
「あれは、彼女が安全のために行ったことじゃないだろうか。つまり、ぼくを博多方面へ送り出してから、自分が帰るということで、初対面で怪しいやつという場合、こっそり後ろから尾行されたりしないための対応かなあ」などと考えてみました。
友人は、「それは無いと思う。会話とか、目つき顔つきで、怪しいやつならわかるだろうに」と、言ってくれました。
まあ、それもそうか、ということで、すばらしい愛宕神社参拝でした。


そして、その日の夜に、「平成28年(2016年)熊本大地震」がやってきました。

それでは、また。
No.704 - 2016/10/02(Sun) 13:06:35
愛宕神社境内にて / ふたくん
そう長くはない階段を登りきると、愛宕神社の本殿がありました。
みっちさんは、先ほど来てお参りはすんでおられたようで、ぼくだけお参りしました。

福岡県へやってきて、わりと神社をよく訪問しているような気がします。別に信仰心があつい善男善女というわけではありません。神社には古いいわれや歴史があるようで、それに引かれてやってくるのです。

この愛宕神社は、ホームページによると、西暦72年創建の福岡県でも最も古い神社だそうです。鷲尾神社があって、愛宕神社と一緒になって鷲尾愛宕神社となり、今は愛宕神社と呼ばれるそうです。

博多の駅から10分ほどのところに、ときどき泊まるホテルがあります。歩いていくと、大きな神社の横を通ります。なんという神社だろうと思って調べると、住○神社でした。
日本の三大住○神社(他は大阪、下関)が福岡市にあるのは知っていたのですが、こんな都心にあったのかと驚きました。
ところが、朝や夕方にそこを通るのですが、なんとなくお参りに行こうとは思わないのです。自分自身なんでだろう?と思っていたのですが、去年の11月にやっとわかりました。

http://matsuri.5ch.net/test/read.cgi/kyoto/14

こういう気配というのは、なんとなく感じるものなのですねえ。
宮司さんの、いじめ行為はいけません。
たとえば宗像大社へ行くと、すれ違った神職の方がさわやかに「こんにちは」と声をかけてくださったり、大宰府天満宮ではボランティアのガイドの方が一生懸命解説してくださったりと、その神社のよい気配が伝わってくるのです。

お参りしようと思わせないそちらの神社では、神社につかえる方たちの暗いイメージがなんとなく外に伝わっていくのでしょう。心構えをかえて、つかえていかないといけないのかもしれません。
6月や10月には、能楽殿で「稲川淳二の怪談ナイト」というイベントがひらかれるそうです。
その会場はよそとは違って、お客さんとの距離も近く、恐怖感がいっそう高まる雰囲気に包まれているそうです。
多分いろんな意味で怖いのでしょうね。

ついでながら、信州信濃の善○寺の貫主さんのセクハラ騒動や、四国八十八ヶ所62番宝○寺の僧侶の粗暴な行動などは、実際はどうか知りませんが、評判となるのはいかがなものでしょうか。

愛宕神社の右隣に休憩所がありました。そちらに入ってみっちさんと会話を続けました。
神社へは、そこそこ参拝者がやってきます。
ここは小高い場所で、福岡の町や玄界灘やそこに浮かぶ島などを、美しく見ることができます。デートにいい場所かもしれません。
男女のふたりづれや一人だけの女性など、どうやら縁結びのご利益をいただきたい様子の人達がパラパラとやってきます。
そして、ジョギングの人達もパラパラとやってきます。

会話をしていると、参拝にきた女性がひとり休憩所へ入ってきて、休憩しました。
二十代中半くらいの女性です(いつもながらぼくの年齢推測は±10歳狂いがちです)。
ぼくとみっちさんがいろいろとはなしをしていたのですが、出雲に関連した話しになった頃に、その女性がなんとなくはなしに参加してくれました。
どんなきっかけや言葉掛けをしたかは覚えていないのですが、話しに参加してくださって、とても面白い会話になりました。

その方はかつて福島県に住んでいて、東京の学校へ行き、そのあと九州へ来たそうです。
あの東日本大震災の影響を深く受けている方のようです。

それでは、また。

(後でわかったのですが、福島県出身ではなく山形県出身で、福島県に接する茨城県の町に在住。東京の学校ではなく神奈川県の大学へ行かれたそうです)
No.703 - 2016/08/09(Tue) 23:58:53
愛宕神社へ / ふたくん
このたびの平成28年(2016年)熊本地震におきまして、被災されました方々に、こころからお見舞い申し上げます。


五回目の福岡訪問です。ジェットスター航空が福岡と名古屋がつながる前は特別に来たことはなかったのですが、つながってからまだ3年ほどのうちに、激安価格があるとついついやって来るのです。

4月の14日、11時35分名古屋セントレアを飛び立ち、13時に福岡へつきました。
乗ってしまえば一時間ちょっとです。
いつものように、空港の食堂で明太子定食を食べながら、このあとの予定を考えました。
午後の時間も大分消化してしまいましたので、近場をまわろうとしました。

福岡市内の愛宕神社へまず行こうと思いました。
あるタレントさんが、ブログで愛宕神社のことを書いておられたのです。
福岡県には有名な神社がいくつかあります。

三大八幡宮の福岡筥崎宮、[宇佐神宮(大分)、石清水八幡宮(京都)]
三大天神の太宰府天満宮、[防府天満宮(山口)、北野天満宮(京都)]
三大愛宕神社の愛宕神社、[愛宕神社(京都)、愛宕神社(東京)]

そういうわけで、行ったことのない愛宕神社へ向かいました。地下鉄藤崎駅で降りて、旅行用に持ってきた荷物を預かるコインロッカーがないか探したのですが、見あたりません。しょうがないというわけで、手持ちのまま愛宕神社へ向かいました。
明治通りを少し歩いて室見川を渡ると、大きな看板があって愛宕神社への案内がありました。右折すると、ゆるい坂道が神社まで続くようです。
荷物持参で坂道をゆくのはちょっとつらいものです。たまにすれ違う方に、「愛宕神社は近いですか」と聞きました。たいがいの方は「もうすぐですよ」と答えてくれました。
このあたりの道は、地元の方たちにはちょうどいいお散歩のコースのようでした。

左側にはいくつものマンションや民家が建ち、右側には、民家があってそれがとぎれると、雑木林の森でした。
三、四人の方に「愛宕神社は近いですか」と聞いたのですが、一番最後に聞いたのが前のスレッドに登場されたみっちさんでした。

この方は手に高級一眼レフカメラを持っておられて、散歩がてら写真撮影をしておられる様子でした。ちょっと長い間の雑談になりました。
「この先の森にサギが巣を作っていて、それを撮影しようと思うのですが、もう少し長い焦点距離の望遠レンズがいいので、うちへとりに行こうと思って坂道を降りてきたんです」
ということでした。

はなしがはずんで、「じゃあもう一度愛宕神社へ行きましょう」ということで、ふたりで歩き始めました。
しばらく歩くと、右側に森が見えてきました。みっちさんが、「このあたりにサギの巣があるんですよ」と教えてくださいました。「ほらほら、あそこに巣がある」ということで、木の上の方をみるとシラサギがいました。下から見ているので、木の葉にかくれてはいるのですが、あちこちに巣があるようです。

サギの巣というのはコロニー(集団営巣地)になっていて、シラサギ(ダイサギ・チュウサギ・コサギ)だけでなく、アオサギ、ゴイサギなども同じ木に巣を作ったりもするらしいのです。
サギ仲間同士は、それなりに仲がいいようです。
そういえば、ぼくが住んでる愛知県には、高速道路の乗車口の回転して高速道路に入っていく部分に、サギがコロニーを作っていました。東名阪道の蟹江インターと弥富インターです。
周りを自動車専用の道路がかこみ、外敵がやってくる心配が少ないようです。そして海が近いということもいい材料かもしれません。ただ、昔はそうだったのですが今はどうなのか。林は切られずに残っているのかどうか。最近走っていないのでわかりません。

ああ、あとでネットで調べたら、道路公団のおかげで今でも守られているようです。

それでは、また。
No.702 - 2016/08/04(Thu) 00:03:00
いい旅になりそう^^ / ふたくん
みっちさん、こんばんは。

訪問ありがとうございます。
一年に一、二回ぐらい、福岡へやってくるのですけれど、きょう福岡へやってきました。
最初に訪れた愛宕神社でお目にかかり、はなしに参加してくださった○部○奈さんともども、たいへん面白い会話ができて、楽しい時間を過ごさせていただきました。

とても感謝しています。ありがとうございました。

ああ、ひとつ追加で書いておきますが、松尾観音寺の龍神像をさわると、幸せがやってくるという話ですが、龍というのは、鱗(うろこ)がたくさんあります。そのうち首のあたりに逆向きについている鱗が一枚あるそうです。それに触れると龍は怒りだすといわれています。
だから、首のあたりをさわるのには、よい子のみなさんは気をつけたほうがいいようです。
日本語で「逆鱗(げきりん)にふれる」ということばがありますが、ここからきたことばらしいです。

https://sanaemac.blog.fc2.com/blog-entry-689.html

「恋愛・仕事・子供」がうまくいくかもと書いていた、名古屋のモデルさんのブログがありました。
この方は今、どれもうまくいっているような気がします。

http://ameblo.jp/kubo-junko/entry-10419243475.html#main

知らない土地で、偶然出会った方と、いろんなお話を聞けるということが楽しくて、旅行をしているようなところもあるのですが、今回の旅行も、なにやらとてもいい旅行になりそうな予感をかんじます。

ああ、旅行記はずっと遅れてアップとなりそうです。



つい先ほど、熊本市で震度7の地震があったようです。
愛知県で地震が来ると、「うわっ、ついに東南海大地震がきた!」と一瞬驚いて、いや、それではなかったと、ホッとするのですが、このあたりではどうなんでしょうか。

被害がないことを、祈ります。

それでは、また。
No.701 - 2016/04/14(Thu) 22:38:40
こんにちは(^^)/ / みっち
ふたくんさんへ。

福岡の愛宕神社でご一緒した者です。
こちらに書き込んで良かったのかしら?
と、思いながらの投稿です(^^)

今日は楽しかったです。
ありがとうございました(^^)/

もうすぐ引っ越しする予定のブログですが
良かったら覗いて下さいね〜♪
http://yaplog.jp/yorosiku-ne/
No.700 - 2016/04/14(Thu) 18:35:46
エバーグリーン張栄発総裁、他界 / ふたくん
2016年2月1日付けの記事で知ったのですが、エバーグリーングループ(長江集団)総裁の張栄発さんが、1月20日に亡くなられたそうです。
生前の日本・台湾の交流促進につとめられたことに感謝して、つつしんでご冥福をお祈り申し上げます。

88歳だそうです。写真を見ると、人格者の顔というものがどういうものなのか、よくわかります。

https://www.youtube.com/watch?v=rsm1fCW3eis
http://blog.esuteru.com/archives/8489095.html
http://japan.cna.com.tw/news/asoc/201601200006.aspx

財産は子孫のために残さず、慈善事業に使いたいそうです。

ぼくの友人で、立派なおじいさんを持っていた方がいます。
ある時、亡くなった方を呼び出して話ができるというちょっと不思議な能力をもったひとがいて、そのひとに
「亡くなったおじいさんを、呼び出してください」
と依頼したそうです。
そうしたら、そのかたは呼び出そうとしたのですが、すぐに
「そのひとは、徳の高い方で、紫の雲の上のほうへ行ってしまわれている。私には呼び出せない」
と言われたそうです。
ふ〜む、そういうものか。そういったことが本当かどうかぼくにはわかりません。

もし本当なら張栄発さんは、まちがいなく紫の雲のはるか向こうまで上がっていっておられることでしょう -人-

それでは、また。
No.699 - 2016/02/03(Wed) 01:35:41
(No Subject) / ふたくん
沖縄旅行の二日目です。
自然と首里城へ向かいました。ホテルのあるおもろ町は、首里駅に近いのです。
お昼ご飯を食べるために、前回の沖縄訪問で訪れた沖縄そば屋の「風音(かざね)」に電話をかけました。なにしろこのお店は、毎日やっているわけではないのです。
少なくとも、食堂としての稼ぎで、暮らしているとは思えないのです。電話の結果は、「今日はお休みです」でした。では明日は?と聞いたら「明日もお休みです」という答えでした。
最近このお店のFacebookを見たら、お店の引越しを考えているようです。

さてそんなわけで、お昼ご飯は首里駅を出たすぐそばにある「くんち」へ入りました。一番重量感のあるそば定食をたのみました。依頼した定食が届けられると、「今年もひとつよろしくお願いします」と、沖縄民謡をお願いしました。去年来たときに、民謡をたくさん聞かせてもらったと言ったら、さっそく三線(さんしん)を用意して、歌う準備をしてくれました。

ああ、そのまえに小ぶりなガラスの器に、氷あずきをサービスでもってきてくれました。
ぼくらがいう「氷あずき」は、沖縄では「ぜんざい」というらしいです。「ぜんざい」といえば、あったかいものだと思うのですが、沖縄ではそうでもないようです。
ぼくらがいうところのあったかいぜんざいは、「ホットぜんざい」というそうです。
豆はやや大きめで、「金時」というらしいのですが、味はあずきそのもので、大変おいしかったです。

店主のおじさんが、沖縄民謡を歌い始めました。今年は聞いたことがないような曲ばかりでした。ぼくの田舎の富山県では、民謡といえば「越中おわら節」とか「むぎや節」とかいくつかはあるのですが、でも20曲そこそこでしょう(実際にはあるのかもしれませんが)。
それにくらべると、沖縄には数えきれないくらいあるようです。
次から次へと知らない曲が流れました。おじさんも、去年からの一年で、ずいぶんと覚えたのかもしれません。

何曲か終わったあと、「このへんで、よく知ってるやつを」とリクエストしたら、「安里屋ユンタ」を歌ってくれて、終了しました。

そのあとは、首里城訪問です。
No.698 - 2015/12/31(Thu) 23:13:57
以下のフォームに記事No.と投稿時のパスワードを入力すれば
投稿後に記事の編集や削除が行えます。
200/200件 [ ページ : << 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 ... 20 >> | 過去ログ ]

- HOME - お知らせ(3/8) - 記事検索 - 携帯用URL - フィード - ヘルプ - メール - 環境設定 -

Rocket Board Type-LK (Free) Rocket BBS