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WINGBEAT COFFEE ROASTERS
博多ぶらぶら2 / ふたくん
西南学院大学を出て、歩くと10分少々で福岡市博物館につきます。
4月に来たときは、ぼくの話しの相手をしてくれたお姉さんに、
「11月になったら、常設展示場の改築が終わってオープンしますから、そのころにまた来てくださいね」
と言われたので、この時期にジェットスターの安値を見計らいながらやってきました。
その時の訪問で出会った、賢い三歳児の女の子と母親を、チェックしておくと言っておられたので、どうなっただろうという関心がありました。

入館してすぐ、「体験学習室」へ向かいました。4月に話し相手になってくれたお姉さんに会おうと思ったのですが、見当たりません。顔を見れば分かるだろうと思っていたし、名前を聞くのも失礼かなと思って聞いていなかったので、それがどなたなのかわかりません。
事情をはなし、2013年6月25日付けの書き込みを印刷したものを見せると、親切にも話し相手になってくださった瀧○千○さん(今度は名前を伺った)が、館内の学芸員さんたちにチェックをいれてくださって、探してくださいました。
その間、館内のいくつかの展示室をまわって見学しました。

2014年2月1日付けの書き込みで、宗像大社神宝館が8万点の国宝所有、福岡市博物館は三点の国宝と書いて、いかにも少ないような書き方になりましたが、そんなことはありません。立派なものです。国宝が一点もない県もあるのです。
「漢委奴国王」の金印は知っていて、興味深く見たのですが、残りの刀剣二点については、そう関心もなく、サッと見てしまいました。

ところが、あとで知ったのですが、今年のNHK大河ドラマの「軍師官兵衛」を見て、二点のうちの一点が「へし切り長谷部」だったので、驚きました。
織田信長の小説を読むと、無礼をはたらいて膳棚下に隠れた茶坊主を、棚ごと押し切ったという、よく切れる刀だそうです。この場面は、乱暴なプッツン信長を良く象徴している場面なので、必ず書かれています。
あの「へし切り長谷部」を黒田官兵衛がもらっていたとは、そして福岡市博物館にあるとは知りませんでした。うまく宣伝すればさらにいいのにと思いました。

さてリニューアル後の館内展示物をひととおり見学して、最初に行った体験学習室へ戻りました。
休みの人もいたりして、該当者が見当たらず、再会はできませんでした。残念。

新しくなった福岡市博物館は、以前来たときよりさらにすばらしくなっていました。
体験学習室には、おとなが着れる民族衣装がいくつもあって、ヨーロッパから来たらしい若い女性が、嬉々として試着していて、たいへんきれいでした。あやうく、写真を撮りまくりそうになったのですが、おさえておきました。
また来ようっと。

さて次は、福岡城です。

それでは、また。
No.665 - 2014/04/05(Sat) 00:33:32
博多ぶらぶら1 / ふたくん
きょう一日は、博多の街をあちこち動き回ろうと思いました。

地下鉄の祇園駅で降りて少し歩くと東長寺がありました。
唐から帰った空海は、いくつかお寺を作っていますが、最初に作った寺だそうです。木造の坐像としては日本最大の大仏さまが、デンと座っておられました。10.8メートルだそうです。

そのあと、歩いていくと博多祇園山笠や博多おくんちなどの祭事をおこなう櫛田神社がありました。境内には小屋があって、飾り山が一つ常設で展示してあります。
そういえば、最初の日に乗ったタクシーの運転手さんが、福岡観光の行き先に「櫛田神社」をあげていました。よく知らないぼくは何の関心もなかったのですが、なるほど来る価値があるのかもしれません。
神社の横には川端通りがあって、大きな商店街です。この街に支えられているのなら、豊かな神社でしょう。古くから博多の氏神・総鎮守だそうです。

小さな池があって、りっぱな鯉が泳いでいます。その上に針金が縦横に張ってあります。
巫女さんに、
「この針金は、猫よけですか?」
と聞いてみました。猫が魚をつかまえて食べるのかなと思ったのです。
「いえいえ、猫よけじゃなくて、鳥よけです」
と答えてくれました。確かに金魚ぐらいだったら可能だけど、この大きな鯉では無理でしょう。

そういえば、上の方で何羽かのカラスが、人間の声によく似た鳴き声でカーカー鳴いていました。カラスが鯉をねらうとは思えないのですが、まあ、わかりません。深い池ではないので、水を飲んだりつついたりするのかもしれません。博多のカラスは元気そうですから。

さてつづいては福岡市博物館です。地下鉄西新駅で降りて歩いて向かいました。
途中に西南学院大学があり、元寇防塁の案内板があります。春に来たときに写真を何枚か撮ったのですが、横にひとが写っていたわけでもなく、元寇防塁の大きさが分かりにくいのです。
今日はぼくが横にいて、誰かに依頼して撮ってもらおうと思いました。
元寇防塁がある中庭出入り口より数メートル離れた、人通りがありそうな場所で、ひとが来るのを待っていました。
4、5分すると、女子大生が一人やってきたので、事情を話したらさわやかにきいてくれました。
「はい、チーズ」
と声をかけて撮影してくれました。
「すばらしいですね。こういうのを残しているなんて」
と言ってくれたので、ぼくも
「それを、外部のひとにも公開しているのも、すばらしいですね。西南学院大学はすばらしい」
と返しました。にこにこしながら会話してくれたこの女子大生もすばらしかったです。

とりあえず、ここまで。

それでは、また。
No.664 - 2014/03/24(Mon) 00:13:01
ふたたび太宰府天満宮へ / ふたくん
その日、朝方の福岡は雨でした。ホテルを出た9時過ぎは雨は降っていませんでしたが、地面は濡れていました。
行き先は4月にも行った大宰府天満宮です。福岡へ来たら、ぼくにとってはお約束の場所です。
今は雨だとしても、着いたらきっと晴れるという確信がありました。
そのあとは、隣の佐賀県へ入って、あの吉野ヶ里遺跡へ行ってみようと考えました。

博多の駅のマクドナルドで、コーヒーとソーセージマフィンを朝食として食べて、そのあと駅の阪急ビルを上がって丸善によって本をみて、それから地下鉄に乗り、天神駅から西鉄電車で大宰府へ向かいました。

一時間程度で大宰府駅につきました。雨は降っていなくて、曇り勝ちですが地面はぬれていません。駅から天満宮に歩いていくうちに、雲が切れてきて青空も出てきました。入り口の受付事務所へ着いたときにはお日様も出てきました。
前回きたときのように、またガイドさんをお願いしたいと思ったのですが、事務の巫女さんによると、予約でいっぱいだということでした。前回は案内してもらったと言ったら
「それは、運がよかったですね。なかなか難しいんですよ」
と言われてしまいました。
今日はひとりで回りたいと思います。

今日もこの太宰府天満宮は、ひとがたくさんです。
そばにいたお姉さんに頼んで、写真をとってもらったのですが、日本の方だと思ったら台湾のひとでした。台湾大好きなぼくは、「おお、台湾ですか」と喜んでしまいました。

そのあとお参りをして、境内をあちこち動いて見学して天満宮を出ました。

前回大宰府天満宮に来たときのことを書いた、2013年6月19日付けのNo.650の書き込みを参照してください。

高樹澪さんのことにふれておきたいと思います。2013年3月か4月上旬に大宰府天満宮を取材されました。正式参拝をされて、それを4月下旬のBS日テレ「日本100巡礼」で放送されました。そのとき神様の波動を受けて感動されていましたが、何を祈願されたかはよくわかりません。

しかし、そのあと人生に変化がおきています。もともと「メル友」で「飲み友」だった方と5月から付き合いが始まり、その5月にプロポーズを受けたらしいのです。そして入籍されたそうです。
これと神様の波動が関係あるのかどうか、ぼくにはわかりませんが、何かあるのかもしれません。

http://matome.naver.jp/odai/2138647210633846301

末永く、お幸せに。

高樹澪さんのオフィシャルブログがありました。それによるとBS日テレで放送された「日本100巡礼」は前編が2013年4月24日(水)で、後編が5月1日(水)でした。そしてその後5月27日(月)に、プライベートで太宰府天満宮を訪れています。
ぼくの目では、プロポーズを受けた後のお礼参りかなと思います。

さて、帰りの参道で名物の「梅ヶ枝餅」をひとつ買って、食堂兼業のその中にはいって食べました。「みど○や」というお店です。毎月25日は菅原道真公の命日だそうで、この日だけ、普段は白い「梅ヶ枝餅」が、よもぎが含まれた緑色の「梅ヶ枝餅」も併せて販売されるそうです。せっかくなので緑色を求めて、店のお茶サービスで食べました。

太宰府天満宮のあとは、隣の県の吉野ヶ里遺跡へ行ってみたいと思いました。
遅い時間にお昼ご飯としてそばを食べ、西鉄の大宰府天満宮駅からいくつか戻り、バスに乗ってJR鹿児島本線の駅に出て、鳥栖駅経由で乗り換え、吉野ヶ里駅まで行きました。
駅などを間違えてしまったりして、ついたのは遅い時間になってしまいました。今日はやめて別の日にゆっくり出直そうと思ったのですが、まあせっかく来たんだから、短い時間でもいいから、寄ってみようという気になりました。

夕方4時少し前に着いて、約一時間ほど見て回りました。
ひとつだけ感想を書いておくと、「はし」が遺物として何本か置いてあったのに驚きました。昔から日本人は、はしを使っていたんだ、今でも外国の発展途上国では、素手でものを掴んで食べるのにと感心しました。今と違って、昔のほうが手を洗いにくくてより不潔なんでしょうけど。

また別の機会に再訪です。

それでは、また。
No.663 - 2014/03/02(Sun) 19:34:08
宗像大社筑前大島の中津宮へ / ふたくん
田島にある、宗像大社辺津宮の見学を終えて、次の行き先は筑前大島の上にある中津宮です。
バスに乗り神湊(こうの)漁港へと向かいました。終点が神湊漁港です。15時30分発の大島行きの船に乗り込みました。パラパラと人も乗っています。まずまずの込みようです。
玄界灘は荒れた海という印象があるのですが、今日はおだやかで静かな海です、
25分ほどで大島漁港へ到着しました。参考までに運賃は大人550円です。

船からおりて、案内地図を見て歩いていくと、10分ほどで宗像大社中津宮へつきました。

この大島は、一周13.5キロほどで、人口は約1000名ほどの島です。ああ、こんな島でのんきに暮らすのも悪くないなあ、なんて思ったのですが、あとで友人に話すと「コンビ二も本屋もないところで、暮らせないだろうに」と言われて、「ごもっともです」と答えてしまいました。

階段を上っていくと神社の社屋があります。小さな島にしてはそこそこ大きな神社です。社務所の窓は開いていて、灯りがついています。管理の神職が常駐のようです。
ただ船に乗ってこの島に渡って、この神社にやってきたのはぼくだけで、この時間ほかに参拝者は見かけませんでした。

この中津宮には、小川が流れています。これが天の川で左の丘の上に織姫神社、右の丘の上に牽牛神社があります。この七夕伝説が広く全国に広まって、この大島中津宮が七夕伝説の発祥の地となっているそうです。
ぼくの田舎の高岡市の七夕祭りは、仙台・平塚とともに日本三大七夕祭りと言ってるのですが、愛知へくると一宮市の七夕祭りが三大だと言ってますし、安城市が三大七夕祭りだと言います。
三大なんとかという場合、三番目は何かと怪しいものです。

さて、三つの宗像大社のうち、田島の辺津宮、筑前大島の中津宮をたずねました。
残る一つは、沖ノ島の沖津宮です。行ってみたいと思うのですが、通常は入れないのです。5月27日に200名ほどはいれるそうです。たくさんの希望者の中から選ばれるのだそうです。
そして、入る前に全裸で海の中で禊をして、そのあと島に上がれます。

沖ノ島は九州本土から60キロほど離れた、玄界灘に浮かぶ周囲4キロの孤島です。
縄文時代、弥生時代の遺物や、古代祭祀跡からたくさんの出土品を回収して、8万点の国宝が指定されました。
女人禁制で宗像大社の神官が1名、10日交代で住んでいるそうです。しかも毎日一度海で禊をしているらしい。うぅぅ、ぼくにはつとまらないよ。

さて今、「宗像・沖ノ島と関連遺産群」を世界遺産にという動きがあります。
どうなんでしょうか。ぼくとしてはやめておいた方がいいと思います。
立ち入り禁止の沖ノ島に、ルール無用のろくでもない人が上がり込むおそれがあります。

そして、沖ノ島で集めた国宝を収めた神宝館ですが、しっかり管理してほしいと思います。このごろ、対馬の寺で盗まれた石仏が外国で発見されたのですが、訳の解らん法律解釈で対馬の寺に返されていないのです。ちょっと調べると、これがはじめてではないのです。

http://blogs.yahoo.co.jp/konan119269/33736873.html

こんな具合で、厳重に気を付けてほしいものです。法治国家とはいえない国がありますから。

帰りの船に乗るために、大島漁港へ戻りました。時間に余裕があったので、いろんな掲示などをみました。おおお、この島からあの沖ノ島が晴れていたら見ることができるんですね。島の上のほうに展望台があるそうです。今日はだめですが、次回にぜひ行ってみたいと思います。なんでもレンタル自転車があって、一般型は500円、電動式は1000円だそうです。電動式を利用ですね。

6時発の最終船で、大島漁港を出て船・バス・JRで、博多方面へ帰りました。
船の待合室のテレビでは、相撲の千秋楽で日馬富士が優勝を決めていました。関係ないけど。

それでは、また。
No.662 - 2014/02/14(Fri) 22:27:37
神宝館in宗像大社 / ふたくん
宗像大社の宝物庫「神宝館」は、国宝をなんと8万点も所蔵しているそうです。
これがいかにすごいことか。福岡市博物館には三品です。あの「金印」と刀二本です。

「ちはやぶる 金の岬を過ぎぬとも 我は忘れじ 志賀の皇神(すめらぎ)」万葉集第7巻1230
訳 荒れ狂う鐘の岬を通過しても、私は忘れません、安全航海を祈った志賀島の神様を

宗像大社のすぐ北のあたりに、鐘崎という岬があります。潮流が激しく、暗礁も多い危険な海です。その昔大陸方面から送られた鐘がそのあたりで沈んでしまいました。
その岬の先に、鐘が沈んでいるという伝説がずっと残っていたのですが、「よし、引き上げてみよう」というひとが出てくるものです。
室町時代に宗像大社大宮司興氏(おきうじ)、江戸時代に黒田長政、大正時代に嘉穂郡穂波町の実業家山本菊次郎といったかたたちがチャレンジしたそうです。

75代の大宮司宗像興氏が沈んだ鐘を引き上げようとしたのですが、竜神様が引き上げを望まず、海が激しく荒れたそうです。作業ができないということで、断念したそうです。
断念したらたちまち海の荒れがおさまって、鐘の代わりにこれをあげようということで、海の中から「翁(おきな)」の面が浮かんできたそうです。
この「翁」のお面が神宝館の棚に飾られていました。

うぅぅ、ぼくはこんな神秘的な話しが好きなのです。そしてそのお面はすばらしいお面でした。ちょっと神秘的なかんじもあります。そして今でも秋の「みあれ祭り」で使われているそうです。ただ、同じようにコピーされたお面があって、お祭りで使われるのはそちらの方かとも思いました。
このお面は、すばらしいのですが、国宝にはなっていないようです。
竜神様からもらったものを国宝にすると、評価付けとか理由付けとかがむずかしいのでしょうか。
さて、その後の黒田長政や山本菊次郎のチャレンジはどちらもダメでした。

山本菊次郎の場合、鐘らしきものを見つけて、苦労の末に引き上げたのですが、上がってみたら鐘ではなくて大きな石でした。いかにも竜神様のマジックといったかんじです。
この石は、織幡神社の側にかざってあります。次回の福岡訪問の際にぜひ見てみたいです。
竜神様もせっかくだから、翁のお面とペアになる「嫗(おうな)」のお面をプレゼントしてくれればいいのになんて思いました。

ひととおり神宝館の宝物を見学したあと、管理人室のあたりにいたおじさんに、何かと質問などしました。
今の宗像大社のトップの宮司さんは、宗像一族なんでしょうか?と聞きました。
伊勢神宮は、天皇家の女性が入っておられた気がします。
出雲大社は、ずっと「千家」家が引き継いでます。
なんでも昔いちど血統はとぎれたらしいのですが、関連の家が引き継いでずっときているらしいです。

ほかにもいろいろ聞いたのですが、メモは残ってません。知識にはなっているようです。

大きな満足感を持って、神宝館をでました。
次の行き先は、筑前大島にある中津宮です。三姉妹女神の次女が祭られています。

外を歩いていると、すれちがった禰宜さんがさわやかに「こんにちは」と声をかけてくれました。こちらも「こんにちは」とかえしてすれ違っていきました。
ああ、こんな機会に禰宜さんに質問すればよかったと思いました。それは
「こちらの禰宜さんは、みなさん沖ノ島へ出張されるんですか?それとも資格とかなにかあるのですか?」
ということです。まあ、次回の訪問で聞いてみたいと思います。

それでは、また。
No.661 - 2014/02/01(Sat) 21:23:16
ああ、古くからある宗像大社 / ふたくん
福岡県には、行ってみたい神社が太宰府天満宮のほかに、もうひとつあるのです。
それが宗像大社(むなかたたいしゃ)なのです。じつをいうと宗像大社は3つあるのです。宗像市田島と、海の上の大島と、沖ノ島の三箇所で、それぞれに天照大神のむすめ美人3姉妹をひとりずつお祭りしています。美人というのは、ぼくの空想です。田島の神社のことを宗像大社ということもあります。

博多の駅から門司の方面行きに乗り、30分ほどで東郷駅につきます。その駅で、エレベーターに乗りたい女性にちょっと親切をして、そして「宗像大社へ行きたいのですが近いですか」と聞いたら、「親戚が車で迎えに来てますから、聞いてみましょう」ということでした。
そのおじさんに聞いたら、「この道をすすんで、2本目の交差点を左に曲がってずっと行けば着きますよ」とのことでした。かかる時間を聞いたら、歩いて2、30分ぐらいということだったので、歩いていくことにしました。
いい天気で、知らない町というか村を歩くのは、なかなか楽しいものです。

ところがです。2、30分歩いても、神社の気配がないのです。誰かに聞こうと思ったのですが、なかなかひととすれ違わないのです。困ったなあと思いながら歩いていると、会いましたよ親切そうな婦人です。
「ああ、宗像大社はもう一本先の道を左折ですよ。それに2、30分じゃ無理ですよ。そちらの方向へ行きますから、車に乗せてあげます」
という申し出にあっさり甘えて、近くの駐車場へお供しました。
そしてそのまま、宗像大社まで送ってもらいました。車の中では、旅でのあんな話やこんな話をして、退屈はさせなかったとは思うのですが。20分ぐらいでした。まったく歩く時間ではなくて、車での時間が2、30分でした。まさに神様のお使いのような方で、大変感謝しました。
「わたし、ふたくん(仮名:実際には本名をいう)といいます。さしつかえなかったら、苗字だけでも教えていただけませんでしょうか?」
という問いかけに
「磯○といいます」
と答えて下さいました。
「磯○さん、ありがとうございました」
ていねいにお礼を言って、別れました。迷える人間を一人神のもとへ導いた磯○さんには、近々きっといいことがあるに違いありません。

宗像大社は、交通安全の大本のような神社で、そちらの仕事の増加つまりは交通事情の発展で一層大きくなったようなところがあります。
田島、筑前大島、沖ノ島の宗像大社を結ぶと、その先に朝鮮半島があります。
かつて、遣隋使や遣唐使の方たちは田島の宗像大社にお参りされたそうです。
そんないきさつからして、交通安全の神様としての立場が強くなったのかもしれません。

この神社には、いろんな方が参拝しておられます。神様がその前に人間をやっておられたときに訪問しておられます。
神功皇后(近くの香椎大社の祭神)、九州だけでなく全国区的にも人気の高い菅原道真公、ぐっと最近の東郷平八郎公このひとは、東郷神社にまつられています。神道ではないけれど弘法大師も参拝されています。

ぼくが訪問したその日は、七五三のあとの休日で、たくさんの参拝者でにぎわっていました。
この神社は、伊勢神宮や出雲大社と同じく、建て替中でした。本殿の右のあたりに仮本殿があり、そこで参拝でした。お参りする場所の横のあたりに長い椅子がいくつも置いてあったので、そこに座って参拝者をわりと長い時間見ていました。
和服で着飾った七五三の子供たち、そのほかふつうの参拝者など、ほんとうに多いのです。

そうしているうちに、仮本殿の前に椅子がずらりと並べられ、太鼓が持ち込まれました。
その椅子に正装をしたひとたちが座りました。バス一台程度の人数です。女性が一割程度です。やがて太鼓が打ち鳴らされ、神主さんの、みことのりが響きました。

正式参拝です。集団で正式参拝なんて、どういう人たちだろう、どこかの企業だろうかと思って、終了後むこうの建物へ行こうとするひとの後ろから
「すいません、みなさんどちらの方ですか?」
とことばをかけました。すると、4人ほどの女性グループが振り返って
「マルバツマルバツです」
と答えてくれましたが、英単語を二つ重ねたようで、よくわからなかったのです。
「それって、旅行代理店の名ですか?」
と聞き返したのですが、
「違います。マルバツマルバツです」
といわれてしまいました。

あとで気が付いたのですが、コ○モ○イ○のことでした。神道系新興宗教といういわれかたをしています。たまたまあとで週刊新潮12月5日号を見たら、この団体が記事になっていました。ということは、後ろのほうの座席にリーダーの深○東○氏もいたのだろうかと思いました。ちょっと見ておきたかったと思いましたよ。

たくさんの参拝者のわりには、やや少ない入場者の「神宝館」は次回に。
なにしろ国宝の山ですから。でも一番感動したのは、国宝に対してではありませんでした。

それでは、また。
No.660 - 2014/01/11(Sat) 21:56:43
ふたたび福岡へ / ふたくん
あの格安航空のジェットスターが、セールをやっていたので、ついつい申し込みましたよ福岡往復。片道4,190円、往復で九千円を割る金額です。ジェットスター、儲かってるのだろうか、これからもちゃんとがんばって欲しいよ。エアアジアはセントレアから去ってしまったしね。

11月下旬の土曜日、夕方5時40分名古屋出発で7時15分福岡着の飛行予定でしたが、30分ほど遅れました。まあオーストラリアの会社なので、日本のように時間ピッタリの行動とは違うということかもしれません。

福岡空港のお店で、晩ご飯として明太子定食を食べながら、店のひとに「明日の日曜日は福岡で、なにかイベントがあるのですか?」と質問しました。というのは、今晩の土曜日はホテルがあいてなかったのです。早い時期からこの土曜日だけ埋まっていたのです。そりゃ一泊15万円なんてのはあいてましたが、そうもいきません。なんとカプセルホテルも予約でいっぱいなのです。まんが喫茶で一晩すごそうかとさえ思いました。
「う〜ん、大相撲の千秋楽がありますね」と答えてくれたのですが、そういう理由ではないでしょう。

そのあとタクシーで、たまたま楽天で発見した福岡のユースホステルへ向かいました。
運転手さんに聞くと、「今日は矢沢栄吉さんのコンサートがあるので、そのせいでしょうかねえ。今ごろやっているところですよ」と回答してくれました。
ああ、そのせいですね。エイちゃんのコンサートだったら、全国からたくさんのファンがやってくるに違いありません。終わったら、今晩は福岡に泊まることでしょう。

ちなみに、Mr.Childrenの名古屋でのコンサートに、東京から妹さんが、福井から姉さんがやってきて、一緒に楽しんだというはなしもあります。

友人に、なんとかユースホステルに泊まれることになったと話したら、大変珍しがっていました。「ミーティングルームで、自己紹介なんかするんじゃないの?みんなで歌なんか歌うかも。ああいうところは、ややヒダリ系でロシア系の歌だったりして。♪君、な〜あき里にも、春は忍び寄りぬ♪なんてね」おいおい、それって昔の歌声喫茶かなんかじゃないの!?
実際には、トイレと風呂、洗面が部屋内にはないだけで、あとはワンルームマンション風の一部屋で、ベットは2つあり、一つを使いました。その部屋はぼくだけでした。
なにも変わったことはなく、普通に一泊しました。

さてタクシー料金は約2千3百円でした。名古屋から福岡までの600キロを4,190円で来たのに、福岡空港からユースホステルまでの数キロを約2千3百円支払うという経済行動は、どうなんだろうと思ったのです。まっ、仕方がないか。
タクシー料金が台湾並みに安ければ、利用者はドドッと増えるのにと思うのですが。

それでは、また。
No.659 - 2013/12/17(Tue) 01:18:55
津江さんのブログ訪問 / ふたくん
久しぶりに津江さんのブログへいったら、二人目の赤ちゃんの写真がありました。
おめでとうございます^^
http://ameblo.jp/tsue-terumi/
元気でかわいい写真ですね。長男の息子くんと一緒に、ぐっすり眠っている写真を見ると、なんともいえずかわいらしくて、愛情がなみなみとわきあがってくるでしょうね。
すばらしい人生が開けていく気がします。

さて、そちらでの書き込みで、ブログをやめるということばがありました。
う〜む、あのブログの書き込みが全部消されてしまうのでしょうか。
津江さんの日記が消滅してしまうようで、とても残念です。
昔は「ネットレコーダー」というソフトがあって、ホームページを記録できたらしいのですが、今はそんなソフトがあるのでしょうか。あればどなたか教えて欲しいものです。

津江さんのその書き込みに、コメントを入れたいのですが、いれたらそれでおしまいになって、終わってしまいそうで、もう少しあとにしたいのです。
ちょっと旅に出ますので、もどってからにしようと思います。

津江さんと、ちょっと似ている人といえば、海川ひとみさんをあげてみたいと思います。
中京テレビの「ラブリーパブリ」に出ていたかたです。3、4年前に引退して、今は一歳四ケ月の子どもが一人です。
ずっとブログを持っていて、今は子どもやワンちゃんなどに関する日記です。
http://ameblo.jp/kaikawa/
こんなかたちだったら、日記として残るんだけどと思います。

さて、津江さんの書き込みで、ぼくら訪問者への感謝のことばがありました。
いえいえ、こちらのほうこそ津江さんに感謝です。とても楽しく応援させていただきました。ブログが終わっても、ずっと記憶に残っていくと思います。

それでは、また。
No.658 - 2013/11/23(Sat) 00:40:48
斎場御嶽へ その2 沖縄旅行完了 / ふたくん
知念岬の入り口で見かけた子は、沖縄テイストの子で、写真を出して「この人は、何県出身でしょうか?」と聞いたら、9割が「沖縄県でしょう」と答えると思います。ただ、髪の毛に茶色が入っていました。このひとは黒髪が似合うでしょうに。
なんでもあのAKB48は原則黒髪なんですね。先日脱退した子が茶髪で、例外だったということでそれを知りました。まっ、関係ない話ですが。

知念岬の先端は、美しい公園でした。空には2台のハングライダーが舞っています。いくらかの金額を出せば、何分間か同乗できるそうです。青い空と青い海の間を飛ぶのは、気持ちがいいことでしょう。
えっ、怖い!?バンジージャンプやスカイダイビングよりはいいかな?

海の向こうに島が見えます。久高島です。実をいうとここへ来るまで、知念岬も久高島も知りませんでした。あっ、斎場御嶽は知っていましたが。沖縄の伝説として、琉球創世の神が島に降り立ち、そして沖縄本島へ渡り開拓していったという話は知っていました。その島こそ久高島だったのです。ふむ、今回は久高島には渡れないけど、次回は渡るぞと思いましたさっ。

え〜っと、久高島にはハブはいないそうです。一安心です。何年か前に島の港の近くで、2メートルもの大物がみつかったそうで、十年物だと驚かれたそうです。その時は大量の木材が沖縄本島から島に運ばれた時だったそうで、まぎれこんだようです。

島には宿が4、5軒あるそうですが、1軒は男性の一人旅はおことわりだそうです。以前自殺があったからだそうです。まったく困った話しです。

島には男性立ち入り禁止の御嶽(うたき)などもあるそうです。たとえば相撲の土俵とか大峯山などは女人禁制なのです。女性の権利を主張するひとは、女性がそこへ入ってもいいではないかと言うのですが、御嶽に男性が入ることは賛成するのでしょうか。オ〜イ、○嶋センセ〜イ。

知念岬の男性たちは漁師として海へ出て、奄美大島近辺へ行ったそうで、そのあたりで子どもが出来たりもしたそうです。なるほど、奄美大島あたりにも沖縄テイストがあっても不思議ではありません。

さて知念岬を楽しんで、そのあと斎場御嶽へ向かいました。ゆるい登り坂を進んでいくと、駐車場がありました。バスが3台ほど止まっていて、ぞろぞろと修学旅行の学生が降りてきました。斎場御嶽を管理する建物があって、大人200円を払ってそこから入っていきます。そして沖縄の森の中を歩いていきます。
沖縄の南部の森は激しい爆撃を受けて、古くからあった森はこわれてしまったのですが、このあたりは爆撃を受けず、古い状態が残っている貴重な場所だそうです。

斎場御嶽には大きな岩が寄り添うように立っていました。上のほうから水滴が落ちてきて、それを杯よりちょっと大きい目の器で受け止めている箇所がいくつかあります。
「さわらないでください」という書き込みがあります。韓国からやって来たらしき7人組の大学生のうちの一人が、関心深くぐっと顔を近づけて見に来ました。
さわったら「ノーノー、ドントタッチ!!」と叫ぼうと思ったのですが、さわりはしませんでした。よしよし。

斎場御嶽に十分満足して、帰りのバス亭へと向かいました。次のバスまで1時間ほどあったので、近くの店で沖縄風野菜そばを食べました。その店はちょっと広いめで、舞台もあり、サンシンが置いてあって、自由に弾いてくださいと書いてありました。サンシンを弾きながら、島唄でも歌おうと思ったのですが、そんな能力はないのが残念です。
そのそばは、ぼくの味覚に合って、とてもおいしかったです。

とてもいい沖縄旅行でした。またくるぞと思いました。沖縄本島だけじゃなく島にも行きたいと思ったのですが、たとえば石垣島というのは、本島から船で行くと10時間かかるそうで、まじめに計画をたてて飛行機で行かないとだめのようです。

それでは、また。
No.657 - 2013/09/04(Wed) 19:32:03
斎場御嶽(せーふぁうたき)へ その1 / ふたくん
沖縄で泊まった宿の二軒目は、沖縄バスセンターの裏にある宿で、気に入ってずっと、といっても三泊ですがそこでした。

朝その宿を出て、バスセンターへ行きました。大きな地図にバス路線と観光地がかいてあります。しばらく見ていたら、うしろから声がかかりました。
「どうですか、9,000円で沖縄の南のあたり行きませんか。パワースポットもあってなかなかいいところですよ」
タクシーの運転手さんでした。う〜ん、2、3人で来ているのなら乗ってもいい話なんだけど、一人じゃなあと思って断りました。
パワースポットということばから、そうだ「斎場御嶽(せーふぁうたき)」へ行こうときめました。「斎場」とは「最高の」という意味で、「御獄」は「祈りの場」という意味らしいです。

そんなわけで、該当バス路線で次のバスを待って乗り込みました。
知らない街を、バスの窓からのぞいていくのは、意外と楽しいのです。
名古屋にもあるイオンや牛丼屋、ハンバーガー屋などもあって、街の風景はそうかわらないのですが、寺や神社はみかけません。そのかわり小さな御獄らしきものを時々みかけました。

街場を離れると、名古屋とは異なった風景となってきました。
水田がまったくありません。五月のこの時期は水田に稲の苗が植えてあるというのが印象なんですが、このあたりでは米は作らないのでしょうか。米作は南の方から伝わったと思っていたのですが。「水はけがいい」と首里城ガイドの伊○さんが言ってた言葉を思い出しました。

とうもろこしに似た背の高い植物があったので、あれがウージかなと思いました。
ウージとは、さとうきびのことです。しかしあのウージの森では、あなたと出会うことは無理でしょう。
さとうきびはイネ科の植物です。

途中の小さな丘を見ると、おおぉ、あれはお墓じゃないか。それは石柱が立っている本州のものとは違って、平たい感じです。台湾で見たものによく似ていて、宗教はどうなんだろう!?仏教なんだろうか、まさか道教でもないだろうけどと思いました。次回沖縄へ行ったときには確かめてみたいと思います。

あとで調べたら、亀甲墓(きっこうばか)といわれて、女性の子宮の形で、墓の入り口は産道にあたるそうです。ふむ、なんだか意味が深い。大型の墓だと内部は6〜8畳あって、戦時中は防空壕がわりにも使われたそうです。う〜む、お墓でやられてしまうなんてのもいかがなものか・・・

海が見えてきました。ああ、なんてきれいな海なんだ!これが沖縄の海なんだ。
そして、那覇から乗ってちょうど一時間で「斎場御獄」バス停に着きました。バス代は810円でした。
バスを降りて山の方へ行けば斎場御獄で、海の方へ行けば知念岬です。空には二台のパラグライダーが飛んでいます。
まずは、知念岬へ向かいました。まだ工事中ながら、食事をしたりみやげ物を扱ったりしているセンターがあったので、立ち寄りました。

おおお、やっとみつけた!そこの販売員の子は、沖縄テイストの子でした。沖縄の南、知念岬の入り口でようやくみつけましたよ沖縄テイスト。
シーサーの飾り物を二つ買いました。

とりあえず、今回はここまで。
それでは、また。
No.656 - 2013/08/12(Mon) 23:19:01
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